井筒俊彦  『超越のことば ― イスラーム・ユダヤ哲学における神と人』

「だが、通常、現実には、アートマンは決してアートマン=ブラフマン的純粋性において機能してはいない。純粋性どころか、アートマンは様々な機能次元で、様々な側面から かぶせ を被って自己疎外を起こし、アートマンならざるもの(非アートマン)に変質し、ブラフマンとの本源的同一性を完全に喪失した非本来的状態に堕在している。」
「このようにして数限りない非アートマン的属性が私に かぶせ られ、私はそれらの寄託された属性の背後に己れのアートマン的本性を覆い隠されていく。本来は不変不動、無記名である私は、変転常ならぬ浮動性を帯び、記名的な我、つまり公共的に名前が記載された主体、「個我」、としてしか機能しなくなる。」



井筒俊彦 
『超越のことば』

― イスラーム・ユダヤ哲学における神と人

岩波書店 
1991年5月28日 第1刷発行
v 474p
B6判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,400円(本体3,301円)



本書「あとがき」より:

「本書が主題とするイスラーム・ユダヤ宗教思想のコンテクストにおいて、「超越のことば」とは、唯一絶対の超越者、人格的創造神、の自己顕現を意味する。」
「神が人に語りかけ、人はそれを神的秘密の暗号として受けとめる。
 受けとめられた暗号は、解説されなければならない。ここに「超越のことば」の解釈学的プロブレマティークが生起する。」



本書は論文集ですが、第Ⅲ部には、岩波新書『イスラーム哲学の原像』がまるっとまるごと収録されています。
カバーは背ヤケ(褪色)しやすいタイプです。


井筒俊彦 超越のことば


帯文:

「神の言語行為とはなにか
神のことばとして語り出される
神秘的体験の諸相を明快に説き明かす
碩学の思索の結晶」



カバーそで文:

「神が語り、宗教が始まる。神のことばは、預言者を通じて人々に語りかけられる。神の言語行為として下された啓示は宗教の核となり、歴史的に展開して特有の文化を創造する。イスラーム・ユダヤ哲学、そして古代インド哲学における神の言語行為へと迫る碩学の思索は、唯一絶対神に帰依した諸民族の心性をあますところなく描きだした。」


目次 (初出):

Ⅰ 言語現象としての「啓示」 (「岩波講座・東洋思想」第4巻『イスラーム思想2』 1988年、所収)
Ⅱ アヴィセンナ・ガザーリー・アヴェロエス「崩落」論争――『哲学の崩落』と『崩落の崩落』をめぐって (同上)
Ⅲ 存在と意識の深層――イスラーム哲学の原像 (『イスラーム哲学の原像』 岩波新書、1980年)
 序
 第一部 イスラーム哲学の原点――神秘主義的主体性のコギト
  第一回講演
   1 問題の所在
   2 スーフィズムと哲学の合流
   3 スーフィズムと哲学の歴史的接点
   4 アヴェロイスとイブン・アラビー
   5 神秘主義とは何か
   6 自我意識の消滅
   7 ナジュムッ・ディーン・クブラー
   8 シャーマン的世界とスーフィー的世界
   9 意識構造モデルの基体としての「魂」
   10 二つの霊魂観
   11 スーフィー的意識の構造
   12 スーフィー的深層意識と唯識的深層意識
  第二回講演
   1 意識の変貌
   2 観想のテクニック
   3 ズィクル修行
   4 イマージュの湧出
   5 「神顕的われ」と「神的われ」
   6 神的第一人称
   7 スーフィズムと哲学的思惟
   8 意識零度・存在零度
   9 意識と存在の構造モデル
   10 哲学的主体性の成立
   11 存在世界の段階的構造
 第二部 存在顕現の形而上学
   1 序
   2 存在概念と存在リアリティー
   3 アヴィセンナの存在遇有説
   4 形而上的実在としての存在
   5 意識の変貌
   6 表層意識と深層意識
   7 意識の「ファナー」と「バカー」
   8 存在の「ファナー」と「バカー」
   9 人間の三段階
   10 存在の自己顕現
   11 存在顕現の構造学
Ⅳ 中世ユダヤ哲学史における啓示と理性 (「岩波講座・東洋思想」第2巻『ユダヤ思想2』 1988年、所収)
Ⅴ マーヤー的世界認識――不二一元論的ヴェーダーンタの思惟構造をめぐって (「思想」787号(1990年1月)、所収)

あとがき
初出覚書




◆本書より◆


「言語現象としての「啓示」」より:

「では、詩人とジンの結びつきは、一体、どのようであったか。第一にそれは、非常に親しい、個人的な関係だったということである。」
「詩人アーシャーと、彼のジン、ミスハルとの関係の密接さについては、アーシャーの詩作そのものが証言している。ある時、彼は他部族の詩人から攻撃を仕掛けられた。勿論、詩による攻撃である。彼個人に対する攻撃か、彼の部族に対する攻撃か、いずれにしても、その頃のアラビア社会の通念としては、自分が敗北すれば、それはただちに彼の部族そのものが面目を失うことになるのである。しかも当時のアラブにとっては、韻律に乗る詩的言語は、剣や槍や弓矢よりも恐ろしい武器だったのであり、歌合戦は実際に干戈を交える合戦より、はるかに決定的なものとされていた。ところが、いま、攻撃を仕掛けられたアーシャーは、敵のコトバに応じることができない。コトバが全然出てこないのだ。彼は苛立ち、不安と焦燥にかられる。だが、彼には自分の不能の原因がわかっていた。彼のジン、ミスハルが、どうしたことか、姿を見せないのだ。ということは、詩のコトバの流れ出すべき源泉が閉ざされてしまったということである。敵の攻撃に対して強力な詩をもって闘うことのできない事情を、彼は次のように詩をもって(引用者注: 「詩をもって」に傍点)説明する。「経験浅い初心者というわけでもないこの私だが、閉じこめられて動きもとれぬ。ただ、ミスハルがコトバをくれさえすれば、即座にものが言えるのに。互いに友情篤い仲間どうし。ぴったり気の合ったジンと人との結びつきだのに」、と。」



「存在と意識の深層」より:

「だがしかし、さまざまな東洋思想の伝統は、ただそれ自体として、歴史的、文献学的に研究されているだけでは、あるいはたんに学派的、宗派的に有難がられているだけでは、現代の世界に生きる価値を喪失していくほかはないと思う。現代には現代の生きた問題がある。現代思想には、現代に生きる人間としてのわれわれの実存に直結し、そこから自然に湧き上がってくる問題があり、またそれに対応する独特の視座があるはずだ。このような現代的人間の切実な関心において、現代の視座から、東洋の思想伝統を、まだまったく摂取されていないイスラームやユダヤ教の思想まで先取りしながら、批判的に考究し、採るべきところは採り、捨てるべきところは捨てて、そこに新しい東洋思想の、未来に向かっての地平を開いていかなければならない。」
「もっとも、こういう「東洋」の把握のしかたそのものが問題だと思われる向きもあるかも知れない。」
「こうなればもう、「東洋」をどう受けとめるかは、個人個人の意識の問題である。そしてこういう観点からすれば、私が上に述べたことも、私自身の「東洋」意識にもとづいた、結局私だけの今後の仕事のプログラムにほかならない、ということになるだろう。だが、それは私にはどうにも仕様がないことなのだ。主体的、実存的な関わりのない、他人の思想の客観的な(引用者注: 「客観的な」に傍点)研究には始めから全然興味がないのだから。」

「まず私は神秘主義の顕著な、そして決定的に重要な一つとしていわゆる現実、あるいはリアリティーの多層的構造ということを考えてみたいと思います。現実、リアリティー、すなわち存在世界が多層的構造であるという意味は、文字どおりそれが一重ではないということ。われわれがふつう現実と呼びかつそう考えている経験的世界は、実は現実、あるいは存在の外側、表側あるいは表層であるにすぎないのであって、その下にいくつもの層が重なって垂直的方向に広がって、存在領域の多層的構造をなしている、とそう考えます。現実の深部、あるいはより正しくは複数でいくつかの深層を認めるといったらいいと思います。現実の目に見える表面の下に垂直に重なっているいくつかの存在領域、下にいけばいくほど暗くなっていきます。つまりわれわれの通常の認識器官である感覚や、知覚や理性ではとらえられないものになっていきます。そしてわれわれがもしこの方向をどこまでもたどっていけば、真の暗闇のなかに踏み込んでしまいます。そしてこの全体、明るい白昼の光に照らし出された表層からいちばん下の底知れぬ暗黒の領域までを含めてその全体を現実、リアリティーと考えるのです。それが神秘主義の最も初歩的な、そして最も顕現(けんげん)的な現実ヴィジョンであります。
 しかし、もちろんこれだけではありません。これだけではまだ神秘主義にはなりません。神秘主義をして真に神秘主義という名にふさわしいものとする第二の特徴があります。それは現実がいちおう客観的にいま申しましたような多層構造をもつというだけではなくて、それを見る人間、それをそれとして認知する人間の側にも主体的に意識が同じような多層構造をもっていると考えるところにあります。つまり意識のほうにも表層から最深層に及ぶ垂直に重なった領域の広がりがある。しかも、客観的現実の多層と、主観的意識の多層とのあいだに、一対一の対応関係が成り立っていると考えます。つまり簡単にいえば、浅い表面的意識では現実の浅い表面だけが見える。意識の深層には現実の深層が見えるというわけです。
 ただしここでは一応、意識と現実、つまり主体と客体とを区別し対立させて考えましたが、この区別はあくまで理論的説明の便宜のために常識的な主客の区別を利用しただけのことでして、神秘主義本来の立場からすれば、本当はこんな区別があるわけではない。主体的世界と客体的世界という二つの存在秩序がはっきり区別されるのはまったく表層的事象であって、深部に入って行くにつれてこの区別は薄れてゆき、最後には全然なくなってしまう。これはおよそ神秘道にたずさわる人なら誰でも知っている実際の経験的事実でありまして、このような立場から、ひるがえって省みれば表層においてすら、実は主客の別はもともとなかったのだということになるのであります。」
「意識と現実とがいま申しましたように互いに対応した多層構造であるとしますと、意識の深い次元が開かれないかぎり、現実の深い次元はぜんぜん見えてこない。ところが、意識の深層というものは、われわれが自然の心の働きをそのまま放置しておいたのでは、ふつうの場合なかなか開けてこないのです。感覚や知覚や理性にもとづくわれわれの心の認識形態というものは、実に根強い、しぶといものでありまして、簡単にその支配を脱するということができるようなものではない。この心の生来の傾向を変えるためには、無理にもそれを強力にねじ曲げなければならない。そこで特別な修行とか、修道とかいうことが必要になってくるのです。
 方法的組織的な修行によって意識のあり方を変える、これが神秘主義の第三の大きな特徴であります。」
「四方八方に散乱しようとする心の動きを抑えて、老子がいっていますように肉体の窓や戸口を全部閉ざして、つまり外に向かい、外界の対象を追いかける心の動きを抑えて、意識の全エネルギーを一点に集約し、経験的次元で働く認識機能、つまり感覚・知覚・理性などとはまったく異質の認識機能の発動をうながそうとする。こうして開かれた意識の深層意識的認識機能が活発に働きはじめた心のあり方を、伝統的に観想とか瞑想とかふつう呼んでおります。西洋でいうコンテンプラチオ(contemplatio)、仏教でいう三昧(さんまい)(samadhi)の境地であります。」

「自我意識の消滅、これこそコンテンプラチオ実現の第一条件であります。自我の意識、経験的実存の中心点としての自分という主体の意識、それがきれいさっぱり拭い去られなければ、コンテンプラチオという状態は絶対に実現しません。」
「一般に神秘主義の立場から言いますと、このような経験的自我は偽りの自我にすぎない。(中略)だからそんな偽りの自我の見る世界とか、現実とかいうものも偽りの世界、偽りの現実であって、本当にある(引用者注: 「ある」に傍点)ものではない。この偽りの自我の妄想的形姿が消えれば、たちまちその回りに広がっている世界も消えてしまう。小さなランプの光は消えて、(中略)あたりは真の闇になる。存在的にはまったく何もない無になってしまう。すべてが意識的には闇となり、存在的には無になってしまう。
 しかし、神秘家の経験によれば、実はこの闇こそ本当の光であり、この無こそ本当の存在の充実であります。小さな光はなくなるかわりに全存在、全宇宙が煌々(こうこう)たる光の海と化すなどとよく申します。煌々たる光の海というのはもちろんひとつの比喩ですが、それは偽りの自我およびその対象が全部消えて無に帰してしまったあとの無そのものが、そのまま自覚となり覚体と化して実現した状態を比喩的に言い表わしたものであります。これが真我、真のわれ、真の主体として自覚されるのです。」

「イスラームの伝統においても事態は本質的にこれとまったく同じことでありまして、修行の道としてスーフィズムは、やはり自我の消滅ということに中心をおいて展開します。修行によって、修行の深まりとともに偽りの「われ」の意識が消滅する。「われ」が消えるとともに、「われ」に対立するものの世界が消える、その無の漠々たる空間に真我が現われて、それに対応して真実在が、つまり現実、あるいは存在の真の姿が現われてくると考えます。」

「神秘主義的実在体験にもとづくイブン・アラビーの形而上学的ヴィジョンにおいては、いっさいが存在零度から始まって、しだいに自己限定、自己分節を重ねながら、現象的多者の成立に至る、無から有へのダイナミックなプロセスとして形象化されます。これはまたイスラーム信仰者としてのイブン・アラビーの宗教的表象においては、絶対不可知の神が、つまり自らをまったく見せない「隠れた神」 Deus absconditus がしだいに自らを開顕して「現われた神」 Deus revelatus となるプロセスでもあります。この見地から彼は存在の無から有への展開の過程をタジャッリー(tajalli)、つまり神の「自己顕現」と呼びます。」
「このようにして、イブン・アラビーの形而上学的ヴィジョンにおいては、われわれの世界はゼロ・ポイントにおける存在、つまり存在零度の絶対無限定者が、「有無中道の実在」と称する根源的アーキタイプの柔軟に変転する鋳型を通って、つまりイスラーム的にいいますと、神の意識の内部分節を通過することによって、つぎつぎに自己限定を重ねながら、あたかも大海の岸辺に打ち寄せる波のようにつぎからつぎに、一瞬ごとに新しく立ち現われてくるダイナミックな存在の自己顕現、タジャッリーの絶えることのない永遠の過程として理解されるのであります。始めから終わりまで終始一貫して「存在」と呼ばれる宇宙的エネルギーの自己顕現のシステム、それが「存在一性論」という名称で世に知られるイブン・アラビーの神秘主義的哲学であります。」



「マーヤー的世界認識」より:

「そもそも「マーヤー」は、ヴェーダにまで遡る古い語(ことば)であり、人格的絶対者、神、すなわち宇宙万有の主宰者、としての「梵(ブラフマン)」の創造的機能の巨大な力が、この「マーヤー」という語の意味領域の中心部を占める。ただし、創造力とはいっても、(中略)むしろ存在世界、存在的事物事象を仮現(引用者注: 「仮現」に傍点)せしめる能力としての了解への傾向性が圧倒的に強い。このことについては、古サンスクリットでの「マーヤー」(maya)の通俗的意味が、魔術、幻術、妖術、手品などであり、このオカルト的能力を行使する専門家(魔術使い、幻術師)などが通常、「マーヤー師」(mayavin, mayin)と呼ばれていた事実が示唆的である。ウパニシャドにおいて、宇宙を主宰する最高神(Isvara)は、まさにこの意味での「幻術者」(マーヤー師)と考えられ、この名称をもって呼ばれている。
 このような古代的神話形象の世界像においては、マーヤーは当然、神自身の不可思議な能力、「あたかも幻術師が幻術(マーヤー)によっていろいろな事物事象を幻出させるように」(シャンカラ)、神が、我々の現象世界を、我々の目の前に現前させる宇宙的幻力を意味する。「マーヤー」は神の(引用者注: 「神の」に傍点)、世界現出能力(maya-sakti)である。
 聖典すなわちヴェーダとウパニシャドに淵源する神話形成的思惟のこの次元では、従って、いわゆる現実(引用者注: 「現実」に傍点)世界の事物事象の虚妄性はもとより、現実世界それ自体の虚妄性を創り出し、我々にそれらをあたかも文字どおりの現実あるいは実在であるかのごとく思わせるのは、まさに、ほかならぬ神そのものの幻力であるということになる。逆に我々人間の側からすれば、「幻術師」である神に騙されて、偽りの世を、偽りと気づかずに、そこに生まれ、生き、死んでいくわけである。
 いわゆる存在は、根源的欺瞞であり、その欺瞞的存在世界現出の責任は万有の主宰者である神そのものにある。この責任は、やがて不二一元論の哲学的進展とともに、人間意識の側に移されていく。つまり、人間意識の本源的構造そのものの内に、存在のマーヤー的多者性現出の機能が、始めから編み込まれていると考えるようになっていくのである。」

「不二一元論のテクストにおいては、「マーヤー」は様々に言い替えられている。(中略)それらの中でも、特に決定的重要性をもつ同義語の第一として、adhyasa をここで取り上げる。
 我が国のインド思想専門家は、普通、「付託」などと訳しているが、原義的には何か(A)の上に何か別のもの(B)を据える、かぶせる(引用者注: 「据える」「かぶせる」に傍点)ことである。Aの上にBを重ねかぶせれば、Aの本当の姿形は見えなくなって(中略)Bが表面に現われてくる、あたかもそこにあるものはAではなくてBであるかのように。
 「何か(A)を正しく認識せず、(誤って)別の何か(B)をそれのかわりに認知してしまうこと」というのが adhyasa にたいしてシャンカラの与えた一番簡単な定義だが、この意味では、「付託(かぶせ)」現象は我々の生活経験において、いつどこででも起こる、起こり得る、きわめて卑近な事態にすぎない。いわゆる「見間違い」「聞き違い」など対象の五人はすべてそれの具体的ケースであって、べつに「付託」とか「マーヤー」などということごとしい名称を持ち出すまでもないと考えられるかもしれない。不二一元論者たちが好んで使う例としては、夕闇の中で道路上に横たわる縄を蛇と見間違えたり、一条の水の流れと見間違えたりする場合や、それに類する知覚判断の誤りはすべてそれである。」

「それまでA(例えば縄)はB(蛇)の属性をかぶせ(引用者注: 「かぶせ」に傍点)られ、Bに陰覆されて表面に見えていなかった。Bの被帕(ベール)が取り払われると同時に、Aの形姿があらわになる。命題的に言うと、「これはBだ」という判断が取り消され否定されて「これはAだ」という新しい判断がそれに取って替わる。この新しい判断は、新しい経験に基づいて生起する。(中略)新しい経験に基づく新しい判断によって、今まで正しいと思っていた判断が取り消され、いわばキャンセルされるのだ。この「取り消し」を badha といって、不二一元論哲学の枢要な術語である。」
「なぜ「取り消し(バーダ)」が不二一元論において、それほど重要な術語的役割を果たすのかといえば、それはこの哲学では、「取り消し」可能か不可能かが、実在度の判定基準をなすからである。およそ、何らかの形で取り消され(引用者注: 「取り消され」に傍点)得るものは、それを取り消すものにくらべて実在度が低い。そして不二一元論では、それを「マーヤー」の一般的定義とする。なまの感覚・知覚にせよ、判断にせよ、概念にせよ、取り消し可能なものは全てマーヤーであるという。これが「マーヤー」という語(ことば)の正しい定義なのであって、幻想、幻影、虚妄、その他これに類するものは、全て上述の意味において「取り消し可能なもの」の通俗的な表現にすぎない。」

「「これは縄である」という命題は、それが真であるならば、たしかに「これは蛇である」という「付託(かぶせ)」命題を取り消すに足るだけの実在度をもっている。(中略)だが、この種の命題の取り消し不可能性は、どんな新しい経験をもってきても決して二度と取り消されることはあり得ないというような絶対性をもつものではない。
 「取り消し可能」とか「取り消し不可能」とかいっても、我々の現象的世界の事態としては、いつどう変わるかわからないのだ。
 このように浮動的な個々の誤認とそれの修正可能性不可能性は、不二一元論哲学(引用者注: 「哲学」に傍点)の真の関心事ではない。「これは蛇である」に対立する「これは縄である」のような、相対的な取り消し不可能性ではなくて、絶対的に(引用者注:「絶対的に」に傍点)取り消し不可能なものを、この思想は探求する。いったん覚知されたら、もはや他のどんな経験によっても絶対に取り消され、取って替わられることのあり得ないもの、そのようなものが見出されなくてはならない、そしてそのようなものの立場から我々の経験世界の一切が隅から隅まで見なおされなくてはならない。」
「この哲学体系においては、上述したところに従って、他のいかなるものによっても絶対に取り消され得ないものが、最高度の実在性をもつとされることは当然であろう。最高度の実在性をもつ、というよりむしろ、それはそれ自体が最高の存在リアリティなのであって、そのような意味に了解された絶対的存在リアリティが、すなわち不二一元論のいわゆる「ブラフマン」である。
 どんな経験によっても、いかなる他のものによっても絶対に取り消されることのあり得ないもの、それは唯一無二、ブラフマンである。ということは、ブラフマン以外の一切(引用者注: 「一切」に傍点)が取り消し可能なものであるということにほかならない。個々の判断の間違いやそれの個別的修正が問題なのではない。我々が認識主体的に経験するありとあらゆるものが、ただひとつの例外もなしに間違いであり嘘である(引用者注: 「間違い」「嘘」に傍点)。全存在世界が無数の「付託(かぶせ)」の多重多層的に錯綜する糸の織り出すひとつの巨大なテクスト(テクスチュア)なのだ。」

「全てはブラフマンであり、ブラフマンに対して「他のもの」は存在しない。換言すれば、いま我々の目の前に現象している森羅万象、世界、「他のもの」は全て本当はブラフマンそのものにほかならないということである。我々が何を見、何を経験しても、結局、ブラフマンを見、ブラフマンを経験しているのである。ただし普通の場合、我々はそれらが例外なしにブラフマンであるということに気づいていない。全てはブラフマン体験であるのに、我々はブラフマンならざる「他のもの」を見たり聞いたりしているものと思いこんでいる。そういう目で見られた世界がマーヤーである。「世界は偽」とは、その意味である。
 「偽」(mithya)とは、単なる非有とか無とか、あるいは夢まぼろしであるとかいうことではない。不二一元論の立場から言うと、我々の意識に現象する世界はマーヤーではあるが、全くの無ではない。なぜなら現象的存在の底には、ブラフマンという実在的基体(adhisthana)が伏在しているからである。ただ我々は、ブラフマンをブラフマンとして正しく見るかわりに、いつもそれを取り消し可能な形で、つまり非ブラフマン的な、事物事象の形で、見ているだけのことである。(中略)いわゆる客観的世界とは人間意識の本源的、原初的機能によって作り出された存在のかぶせ(引用者注: 「かぶせ」に傍点)組織なのである。」

「外的世界をそのような形で現出させる人間的主体性そのものが、実は、一種の、内的「付託(かぶせ)」の所産だったのである。外的世界の出現より先に、ブラフマンの真相を覆い隠してそれをマーヤー的世界に変える認識主体の意識それ自体がはじめから根源的にマーヤー化されている。主体がマーヤー化されているからこそ、それはブラフマンをマーヤー的にしか見ることができないのだ。
 本論の最初の部分で私は、宇宙的真実在、窮極の存在リアリティであるブラフマンが、人間の内部では「アートマン」という名を帯びて実在していることを指摘した。少なくともそれが不二一元論の立場であり、この立場ではアートマンはすなわちブラフマン(アートマン=ブラフマン)なのである。だが、通常、現実には、アートマンは決してアートマン=ブラフマン的純粋性において機能してはいない。純粋性どころか、アートマンは様々な機能次元で、様々な側面からかぶせ(引用者注: 「かぶせ」に傍点)を被って自己疎外を起こし、アートマンならざるもの(非アートマン)に変質し、ブラフマンとの本源的同一性を完全に喪失した非本来的状態に堕在している。
 このように様々なかぶせ(引用者注: 「かぶせ」に傍点)に犯されて自己本来の面目を忘失した非アートマンを、術語的に「個我(ジーヴァ)」という。それを我々は、普通、自分の主体性であると考えている。」

「このようにして数限りない非アートマン的属性が私にかぶせ(引用者注: 「かぶせ」に傍点)られ、私はそれらの寄託された属性の背後に己れのアートマン的本性を覆い隠されていく。本来は不変不動、無記名である私は、変転常ならぬ浮動性を帯び、記名的な我、つまり公共的に名前が記載された主体、「個我」、としてしか機能しなくなる。」





























































































































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井筒俊彦 『井筒俊彦著作集 1 神秘哲学』

「すでに日は暮れようとしているのに、しかもなお行くべき道は邈然として遠い。しかしながら、たとい日は暮れ、目指すところは限りなく遠くとも、私はこの道を独りどこまでも辿り続けて行くことであろう。「いまだ夜は深けれど」(aunque es de noche)と十字架のヨハネは言う。いまだ夜は深けれど……そうだ、今やすべては夜の闇にふかくとざされてはいるが、やがてすがすがしい黎明が来るのだ。やがて爽昧の風は立ち、さしそめる暁光に全世界が燦爛と輝きいでる時が来るだろう。(中略)私はそう信じているのである。」
(井筒俊彦 『神秘哲学 第二部』 より)


井筒俊彦 
『井筒俊彦著作集 1 
神秘哲学 』


中央公論社 
1991年10月10日 初版印刷
1991年10月20日 初版発行
478p 
A5判 丸背クロス装上製本 
貼函 函ビニールカバー
定価6,800円(本体6,602円)

付録 1 (8p):
井筒俊彦氏のこと(関根正雄)/創造の出発点(中沢新一)/編集室だより/図版(モノクロ)2点


「『神秘哲学(ギリシヤの部)』(一九四九年九月、光の書房刊)
『神秘哲学――第一部 自然神秘主義とギリシア』(一九七八年一二月、人文書院刊)
『神秘哲学――第二部 神秘主義のギリシア哲学的展開』(同右)」
「本書は人文書院版を底本としました。」



「「著作集」刊行にあたって」より:

「みずからが体系の樹立を志向するのではなく、いわば外的な力に運ばれるままに、また内的動因に導かれるままに、思索を続けること学問を続けること、が私のみずからに課した方法的プリンシプルであった。
 そのような志向性の展開の過程に現象する学問的所産にこそ、もしかすると、真に内的な生きた実存的生の軌跡が現成し、同時に、実存的現実(リアリティ)がより有機的流動的な形でその影を宿すのではなかろうか? 若年の旧著『神秘哲学』を書き始めたころの私の心中には漠然とそのような考えがあった。それはむしろ、スコラ的な理性(ラチオ)や知性(インテレクトス)を中心とする、枯渇した(とその頃の私の考えた)抽象的体系哲学への若者の挑戦であり、情意(パトス)的主体性、心的主体性(マインド)、の観照的対象領域を綜合的な思惟の場とする実存的な生の哲学への私自身の情熱的斜向であった。
 私は先ずギリシヤ哲学の中に、そのような、真に生き生きとした流動的かつ有機的な思索の流れを探ろうとした。プリソクラティックからネオプラトニズムに至るギリシヤ哲学の展開の中に、東洋的とも言えるその、情意(パトス)的・「心(プシュケー)」的、な主体性の哲学の典型的な顕現の一例、を私は見たのであったが、今でもその考えのおおよそのところは変らない。その意味ではこの「神秘哲学」が、学問にかかわる私の主体的態度とその志向性の方向を決定づけたものであり、多分、私の無垢なる原点、とも言えるものであったのかも知れない。」



井筒俊彦 神秘哲学 01


目次:

新版前書き

第一部 自然神秘主義とギリシア
 覚書
 第一章 自然神秘主義の主体
 第二章 自然神秘主義的体験――絶対否定的肯定
 第三章 オリュンポスの春翳
 第四章 知性の黎明
 第五章 虚妄の神々
 第六章 新しい世紀――個人的我の自覚
 第七章 生の悲愁――抒情詩的世界観
 第八章 ディオニュソスの狂乱
 第九章 ピンダロスの世界――国民伝統と新思想
 第十章 二つの霊魂観
 第十一章 新しき神を求めて――形而上学への道
 第十二章 輪廻転生から純粋持続へ

第二部 神秘主義のギリシア哲学的展開
 序文
 第一章 ソクラテス以前の神秘哲学
  ディオニュソス神
  クセノファネス Xenophanes
  ヘラクレイトス Herakleitos
  パルメニデス Parmenides
 第二章 プラトンの神秘哲学
  序
  洞窟の譬喩
  弁証法の道
  イデア観照
  愛(エロース)の道
  死の道
 第三章 アリストテレスの神秘哲学
  アリストテレスの神秘主義
  イデア的神秘主義の否定
  アリストテレスの神
  能動的知性
 第四章 プロティノスの神秘哲学
  プロティノスの位置
  プロティノスの存在論体系
  一者
   「流出」
   神への思慕

「著作集」刊行にあたって
主要人名索引



井筒俊彦 神秘哲学 02



◆本書より◆


「新版前書き」より:

「ギリシア哲学のほかにも私は様々な主題に主体的な関わりをもち、いろいろなものに手を出して、結局雑然として取りとめのない人間になってしまったことは我ながらあきれ返るばかりだが、神秘主義という名で知られている精神的現象の内蔵する哲学性、神秘主義的意識の次元における哲学的思惟というようなことにたいする関心だけは始終かわらず守り続けて来たらしい。」
「本書も今言った神秘主義と哲学の関係を、ギリシア哲学の発展史という一つの具体的な事象の中に探求しようとした作品である。だから表面的には一応ソクラテス以前からプロティノスに至るギリシア哲学史の体裁を取ってはいるが、本当はギリシア哲学を研究しようというのではなく、ましてギリシア哲学史の叙述を目的とするのでもなく、より一般的に、形而上学的思惟の根源に伏在する一種独特の実在体験を、ギリシア哲学という一つの特殊な場で取り出して見ようとした拙い試みである。」
「果して、この本が最初出版されたとき、理性的なギリシア哲学をこれではあんまり「神秘化」しすぎる、とさる斯界の大家が洩らされたとか。その通りだ。たしかにそういう面もある。だがしかし、ギリシア的思惟の底には、少くとも密儀宗教的な神秘体験のパトスが渦巻いていることもまた事実であり、このパトスの地下の声に耳を傾けることもギリシア哲学にたいする正しいアプローチの一つではあると私は今でも確信している。」



第一部第一章より:

「悠邈(ゆうばく)たる過去幾千年の時の彼方から、四周の雑音を高らかに圧しつつある巨大なものの声がこの胸に通って来る。殷々(いんいん)と耳を聾せんばかりに響き寄せるこの不思議な音声は、多くの人々の胸の琴線にいささかも触れることもなく、ただいたずらにその傍らを流れ去ってしまうらしい。人は冷然としてこれを聞きながし、その音にまったく無感覚なもののように見える。しかしながら、この怖るべき音声を己が胸中に絃ひと筋に受けて、これに相応え相和しつつ、鳴響する魂もあるのだ。
 私は十数年前はじめて識った激しい心の鼓動を今ふたたびここに繰り返しつつ、この宇宙的音声の蠱惑(こわく)に充ちた恐怖について語りたい。かつてディールスの蒐集したソクラテス以前期断片集を通読した最初の日から、まだ何事ともさだかには識別し難いままに、そこに立罩(たちこ)める妖気のごときものが私の心を固く呪縛した。私は本書に於いて、この妖気の本体を究明し、その淵源を最後まで辿ってみたいと思う。
 ソクラテス以前期の哲人達の断片的言句に言い知れぬ霊気が揺曳し、そこから巨大なる音響が迸出して来るように思われるのは、彼らの思想の根柢に一種独特な体験のなまなましい生命が伏在しているからである。すべての根源に一つの宇宙的体験があって、その体験の虚空のような形而上的源底からあらゆるものが生み出されて来るのである。彼らの哲学はこの根源体験をロゴス的に把握し、ロゴス化しようとする西欧精神史上最初の試みであった。彼らについては「はじめに思想があった」のではなくて、「はじめに直観があった」のである。あらゆることのはじめに有無をいわさぬ絶対的体験があったのである。私はこの根本体験を西洋神秘思想史の伝統に従って「自然神秘主義」 Naturmystik と呼ぶことにしたい。自然神秘主義的体験とは、有限相対な存在者としての人間の体験ではなくて、無限絶対な存在者としての「自然」の体験を意味する。人間が自然を体験するのではなく自然が体験するのである。自然が主体なのである。(中略)ここでは自然は一つの形容詞ではなく、主語であり、絶対的超越的主格である。それは宇宙万有に躍動しつつある絶対生命を直ちに「我」そのものの内的生命として自覚する超越的生命の主体、宇宙的自覚の超越的主体としての自然を意味する。
 ミレトスのタレスに始まるソクラテス以前期の哲学・自然学を、生命のない屍としてではなく、生気横溢する姿に於いて捉えるためには、人は先ず自ら進んでこの溌剌たる生命の流れの中に躍入し、言説を絶する自然体験の端的を直証しなければならない。自らも彼らと同じ直観をもって宇宙の幽邃な秘義に徹入し、彼らと同じ体験によって霊覚の境涯に転身しなければならぬ。こうしてはじめて人は言説以前のものが、いわばおぼつかない足取りで一歩一歩言説(ロゴス)の世界に入って来る微妙な過程をあますところなく観ることができるであろう。
 本書は古代ギリシアの自然学の発展を平面的歴史的に叙述しようとするものではなく、身をこの一種独特な世界観生成の渦中に投じ、西欧哲学史の発端に蟠踞して全宇宙を睥睨する巨大な哲人達の自然体験を親しく追体験し、もってギリシア哲学の発生の過程を主体的に把握しようとするものである。すでに主体的把握である以上、それがきわめて主観的であることは言をまたない。そしてもし客観的であることが一般に学的認識の根本条件であるならば、このような主観的叙述は学ではあり得ないかも知れぬ。しかしながら、事いやしくも神秘主義にかんするかぎり、徹底的に主観的であることこそ、かえって真に客観的である所以なのではなかろうか。いわゆる客観的態度はここでは何ものをも齎すことがない。神秘主義的体験を外面から観察してこれを客観的に捕捉しようとするとき、すでに神秘主義の生命はいずこへか消逸して、そこにはもはや死した形骸のほか何物も見出されないからである。(中略)神秘主義的体験にたいしては、いたずらに「客観的」に、その周囲を反転することをやめ、自らその体験の渦中に飜入し、内部から主観的に主体的にこれと同一化するのが唯一の正しい途である。こうしてはじめて神秘主義はその幽玄な秘奥を人に開示するでもあろう。すなわちここでは真に主観的であることが真に客観的である所以なのである。」
「イオニアの自然学に始まりアレキサンドリアの新プラトン哲学に至るギリシア形而上学形成の根基には常に超越的「一者」体験の深淵が存在している。この神秘主義的体験は個人的人間の意識現象ではなく、知性の極限に於いて知性が知性自らをも越えた絶空のうちに、忽然として顕現する絶対的超越者の自覚なのである。人がもしこのギリシア的神秘体験を識得しようと欲するなら、先ず自ら経験界の彼岸に飜転し、自然神秘主義の主体とならなければならぬ。「似たものは似たものによって、等しいものは等しいものによってのみ」認知されるという考え方は、たんにプラトン認識論の原則であるのみならず、古い昔からギリシア人のあいだにひろく行われていた特徴ある思想であるが、この原則は背後に一種の超越的直観を予想するとき、はじめて最も充実した意味を発揮する。そしてソクラテス以前の哲学思想もまた、まさにそれに類似する精神にたいしてのみ自己の核心を開顕するきわめて特異な体験の所産なのである。今ここにこの「似たもの」の体験をもつ人があって、ソクラテス以前期諸家の断片集を繙く機会をもつならば、必ずや彼はあらゆる論議を超脱して、じかに己が胸に迫って来るある不思議な力を感得し、言いしれぬ興奮と歓喜とを覚えるであろう。このような人にとっては、ソクラテス以前の自然学者は、まさしくニイチェのいわゆる「巨人たち」なのであり、またひとりこのような人だけが、時代と場所との間隙を越えてこれらの巨人たちと面々相対し、膝を交えてこれと語り、彼らの雄渾な体験の窮玄処に参入することを許されるのである。」



第一部第八章より:

「ディオニュソス! 人々この恐るべき神の名を喚べば、森林の樹々はざわめき、深山は妖しい法悦にうち震う。秘妙な忘我の風が全地を覆い、人も野獣も木も草も、あらゆるものは陰惨な陶酔の暗夜に没入し、野性の情熱が凄じく荒れ狂う。全ては流動、全ては激熱、全ては狂騰、全ては灼熱の歓喜。この放恣な野性の沸騰は、かの彫塑的ヘラス精神にたいして、まさしくローデの言葉通り外来的異国的要素であった。しかしながらこの純異国的信仰がひとたび襲来すると、それはあたるべからざる急勢をもってギリシア全土を北から南へ席捲し、伝襲的国家宗教の反抗を粉砕しつつ、駸々としてギリシア精神内に浸透し、内面からこれを完全に変貌させることによってついにギリシア精神の本質的要素と化するまでは止まなかったのである。アジアの蛮神ディオニュソスは、こうして完全にオリュンポス神族の一員となりすました。ギリシアの神々のうちで最も若い神と、ヘロドトスによって記録されたこの神をホメロス、ヘシオドスはまだほとんど知らなかった。」


第二部第一章より:

「ディオニュソスは己が帰依者に永遠の生命を、久遠のいのちを保証し、「新しき人」となる道を教えた。しかもこの神は、その祭礼に参与する信徒達に、永遠の生命を親しく体験させたのである。狂燥の限りをつくし、凄愴目を覆わせるような野蛮な手段によってではあったが、この暗い祭礼の醸し出す異様な狂憑の痙攣のうちに沈淪する信徒達は、小我を脱却して大我に合一する法悦を直験し、肉体の繋縛を離れた霊魂の宇宙生命への帰一還没を自ら直証することを許された。彼らは永遠の生命に触れ、新しき人として甦生した者の言慮を絶する至福を体験した。ホメロス・ヘシオドスに由来する従来の貴族的で芸術的な国民宗教が、その永い伝統の威力をもってしても到底拮抗できなかったディオニュソス宗教の絶大なる魅惑の秘密はまさにこの点に存した。」
「紀元前六世紀に於けるディオニュソス信仰の興隆は、まさしく全ギリシア的現象であった。ここに冥闇と渾沌の「夜」の精神がいわゆるアポロ的清澄の光明とならんでギリシア精神の本質的要素となったのである。理性と美の象徴とまで称えられるこの叡知的で芸術的な民族の血管中にも、こういう野性の黒い血が混流していることを人は忘れてはならないであろう。そして、それはたんにギリシア民族一個の問題ではなくて、実にヨーロッパ精神そのものに関わる精神史的事実なのである。」
「ディオニュソス宗教のギリシアに於ける隆盛は同時に西欧神秘主義の発端を劃するものである。無残にも引裂かれた生肉と、滴り落ちる生血の匂いも凄まじい蛮神ディオニュソスの手ずから、西欧的人間は神秘主義の洗礼を受けたのであった。この神の狂暴な祭礼を通じて、西欧的人間は初めてエクスタシス(霊魂の肉体脱出)及びエントゥシアスモス(神の充満)と称する特殊な体験を味識し、かつこの体験に於いて、感性的物質的世界の外に、「見えざる」真実在の世界が厳存する事実を親しく認知したのであった。」



第二部第二章より:

「一体、愛の道にせよ弁証法の道にせよ、それらの道によって形成される神秘主義的実存の進展方向は自己の外であった。それは上への道であり外に向っての道である。窮極の目的地は、天涯の彼方、悠邈として眼路はるかな辺りに存する。(中略)死の道の方向はこれとまさに反対である。そこでは、人は自己の外に出るのではなくて、自己の内に入るのである。外に向って散乱しようとする念慮の蠢動を制止し、外部への一切の扉窓を閉じて、心の眼を内部に振り向け、深く深く霊魂は自己の底なき底に沈潜して行く。それは上昇ではなくて、下降であり、その道は外への道ではなくて、内面への道、深みへの道である。魂が自己を自己の内に向って集定し、自己の底深く専注して行くこと、この魂の自己沈潜がすなわち魂の浄化であり、「死の実践」なのであった。」
「魂は聖なる神の似像であり、魂の源底には神の面影が宿っている。さればこそ、人間の精神は他の何物にも依拠することなく、ただひたすら自己自身の内面深く沈んで行くことだけで、絶対者探究の業を実現できるのである。プラトン的に言うならば、久遠の実在としてのイデアの世界は、遠く仄かな記憶となって魂の底に忘却されてひそんでいる。この観点からすれば、イデア界は人間を天外高く隔絶する超越的彼岸の世界ではなくて、かえって人間の心の中に隠蔽され埋没している内在的世界といわなければならない。イデア認識は一種のアプリオリである。魂は元来、神的でありイデア的なものであって、その本質上イデア認識はそこに始めから本源的に内具しているのであるが、肉体の溷濁に妨げられて、その記憶をほとんどまったく忘却している。故に、魂を真実在の認識にまで駆動しようと欲するならば、要はそれから肉体の曇りを払拭し、魂をしてその本来のイデア性に還してやればいい。換言すれば、感性界の混淆錯雑のうちに没溺し、神的世界を忘れ果てている魂を引き上げ浄めて、ふたたび記憶を新たにしてやればいい。失われた記憶を甦生させ、これにふたたび溌剌たる活動の充実を与えること、それが死の道としての哲学である。すなわち哲学はここでは魂の「憶起(アナムネースィス)」を意味する。」





























































































































井筒俊彦 『意識の形而上学』

「さて、人が実存的に「不覚」の状態にいるということは、(中略)「妄念」の所産にすぎぬ妄象的存在界を純客観的に実存するものと思いこんでそれに執着し、そのために人が自己の本性を晦冥され、自己本然のあり方から逸脱して生きている――しかも、それに気づかずに――ということ。「不覚」の真只中にいながら、それを全く自覚していない、それこそ「不覚」の「不覚」たる所以なのである。」
(井筒俊彦 『意識の形而上学』 より)


井筒俊彦 
『東洋哲学 覚書 
意識の形而上学
― 『大乗起信論』の哲学』
 

中央公論社
1993年3月20日 初版発行
1993年5月20日 四版発行
204p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,500円(本体2,427円)
表紙・扉: 唐代摺仏
カバー: 十一面千手観音立像(泉涌寺蔵)



本書「あとがきに代えて」より:

「この本の第一部「存在論的視座」は雑誌「中央公論」一九九二年五月号に、第二部「存在論から意識論へ」は同じく一九九二年八月号に、そして第三部「実存意識機能の内的メカニズム」は同じく一九九二年十月号に、それぞれ掲載された。」


井筒俊彦 意識の形而上学 01


帯文:

「壮大な構想による東洋哲学の思想的未来
六世紀以後の仏教思想史の流れをかえた『起信論』を、東洋哲学全体の共時論的構造化の為のテクストとして現代的視座から新しく捉え直した、世界的碩学の遺著。」



目次:

第一部 存在論的視座
 I 序
 II 双面的思惟形態
 III 「真如」という仮名(けみょう)
 IV 言語的意味分節・存在分節
 V 「真如」の二重構造
第二部 存在論から意識論へ
 VI 唯「心」論的存在論
 VII 「意識」(=「心(しん)」)の間文化的意味論性
 VIII 「心真如」・「心生滅」
 IX 現象顕現的境位における「真如」と「心」
 X 現象的世界の存在論的価値づけ
 XI 「空」と「不空」
 XII 「アラヤ識」
第三部 実存意識機能の内的メカニズム
 XIII 「覚」と「不覚」
 XIV 「不覚」の構造
 XV 「始覚」と「本覚」
 XVI 「熏習」的メカニズム
 XVII 倫理学的結語

あとがきに代えて (井筒豊子)
事項索引



井筒俊彦 意識の形而上学 02



◆本書より◆


「第一部 存在論的視座」より:

「『大乗起信論』は、疑いもなく、本質的に一の宗教書だ。
 だが、この本はまた仏教哲学の著作でもある。私は、いま、特にこの第二の側面に焦点を絞って『起信論』を読みなおし、解体して、それの提出する哲学的問題を分析し、かつそこに含まれている哲学思想的可能性を主題的に迫ってみたいと思う。つまり、この論書が顕在的に言表し、あるいは潜在的に示唆している哲学的プロブレマティークの糸を、できるところまで辿ってみようとするのだ。
 要するに、私が年来考え続けている東洋哲学全体の、共時論的構造化のための基礎資料の一部として、『起信論』という一書を取り上げ、それの意識形而上学の構造を、新しい見地から構築してみようとするのである。」
「東洋哲学全体に通底する共時論的構造の把握――それが現代に生きる我々にとって、どんな意義をもつものであるか、ということについては、私は過去二十年に亙って、機会あるごとに繰り返してきたので、ここでは多くを語らない。要は、古いテクストを新しく読むということだ。「読む」、新しく読む、読みなおす。古いテクストを古いテクストとしてではなく……。
 貴重な文化的遺産として我々に伝えられてきた伝統的思想テクストを、いたずらに過去のものとして神棚の上にかざったままにしておかないで、積極的にそれらを現代的視座から、全く新しく読みなおすこと。切実な現代思想の要請に応じつつ、古典的テクストの示唆する哲学的思惟の可能性を、創造的、かつ未来志向的、に読み解き展開させていくこと。
 どの程度の成果が期待できるか、自分にはわからないが、とにかく私は、およそこのような態度で東洋哲学の伝統に臨みたいと考えている。」

「いま述べたような哲学的読みを目的として『起信論』のテクストを取り上げる場合、我々は先ず二つの顕著な特徴に出逢う。
 その一は、思想の空間的構造化ということ。「心(しん)」とか意識とかいう非空間的な内的機能を主題としながら、『起信論』の形而上学的思惟はそれをどこまでも空間的、領域的に構想する。この操作によって、本来の時間性を離脱した「心」は有限・無限の空間的拡がりとして表象され、その形で第一義的に構造化される(ベルグソンの顰め顔が目に見えるような!)。」
「『起信論』の思想スタイルの第二の特徴は、思惟が、至るところで双面的・背反的、二岐分離的、に展開するということである。言い換えるなら、思惟の進み方が単純な一本線でない、ということ。そこに、この論書の一種独特の面白さ、と難しさ、とがある。」
「思考展開の筋道は、至るところ、二岐に分かれ、二つの意味指向性の極(テロス)のあいだを、思惟は微妙な振幅を描きながら進んで行く。右に揺れ左に揺れ戻りつつ展開する思惟の流れに、人はしばしば路を見うしなう。要するに、一見単純な論理的構成にもかかわらず、『起信論』の思惟形態は、直線的ではないのだ。だから、このような思考展開の行き方を、もし我々が一方向的な直線に引き伸ばして読むとすれば、『起信論』の思想は自己矛盾だらけの思想、ということにもなりかねないだろう。」

「こうして『起信論』的「真如」の、無有と万有のあいだにゆらぐ双面性を話題とするにつけ、私はプロティノスの説く「一者」の形而上学の双面性を憶う。プロティノスは言う(要約)、
 「一者」は全宇宙の絶対無的極点。一切の存在者を無限に遠く超脱して、言亡慮絶の寂莫たる超越性の濃霧の中に身を隠す独絶者。それでいてしかも「一者」は「万有の父(パテール)」として、一切者を包摂しつくして一物たりとも余すところがない。自らを、「有」の次元に開叙するとき、あたかも巨大な光源から光が四方八方に発散するごとく、縹渺と無限宇宙を顕現し、また反対に自らを収摂するときは、一切の存在者を自己に引き戻し、全世界を寥廓たる「無」の原点に帰入させて一物も余すところがない、と。
 プロティノスの描く「一者」のこの形姿は、そのまま、ただちに以て『起信論』の「真如」の描写とするに足る。
 すなわち、全現象界のゼロ・ポイントとしての「真如」は、文字どおり、表面的は、ただ一物の影すらない存在の「無」の極処であるが、それはまた、反面、一切万物の非現実的、不可視の本体であって、一切万物をうちに包蔵し、それ自体に内在する根源的・全一的意味によって、あらゆる存在者を現出させる可能性を秘めている。この意味で、それは存在と意識のゼロ・ポイントであるとともに、同時に、存在分節と意識の現象的自己顕現の原点、つまり世界現出の窮極の原点でもあるのだ。」



「第二部 存在論から意識論へ」より:

「「心真如」の形而上的極限を、意識論的に、「自性清浄心」と呼ぶ。このことは前に述べた。そしてまた、より広い意味では、A領域それ自体が、全体を挙げて「自性清浄心」である、ということも。意識と存在のゼロ・ポイントとしての「心真如」は清浄であって、ただ一点の妄染すら、そこには無い。つまり「心真如」それ自体は、哲学的言辞で言えば、一切の意味分節を超絶しているのであって、それをこそ「空(くう)」というのだ。『起信論』のテクストは言う、
 「言うところの空とは、本(もと)より已来(このかた)(=本性的に)一切の染法相応せず(=妄念の生み出す一切の意味分節的区分区別と合致しない)。謂(いわ)く(=つまり)一切の法(=意味分節単位)の差別(=区分区別)の相(=様相)を離れ(=超脱し)、虚妄(こもう)の心念無き(=分節意識の虚妄性と関わり無き)を以ての故に」と。すなわち、「空」とは、簡単に言えば、一切の意味分節的区分区別を超脱した状態のことである。」
「だが、(中略)『起信論』の思惟は、例によって、それとは正反対の方向に行く。正反対の方向とは「不空」の方向のことだ。」
「そもそも、「形而上的なるもの」の窮極処を「空」とか「無」とかいうような、現象的「有」の実在性を絶対的に否定する表現で把握するのが、東洋哲学一般に通ずる特徴的アプローチなのであるが、いまここで『起信論』が、「空」に対して「不空」という概念を定立したことは、『起信論』にとって、現象的「有」の実在性の否定が、それだけが、形而上学の最後の言葉では決してなかった、ということを物語る。
 すなわち、「心真如」の存在論的真相を「空」または「無」と見る見処から、この形而上学は方向を一転して、同じ「心真如」の「有」的側面に向う。(中略)ここで光を浴びて出てくるのは、現象界の形而上的根基、すなわち一切の現象的存在者の絶対窮極的原因としての「心真如」である。そして、それに伴って、存在分節機能もその発動の位相を変える。
 この新しい局面においても、我々の目に映る現象界は、依然として存在分節の世界である。多重多層に縺れ乱れる数限りない内的外的分節単位の群れ。だがそれらの現象的「有」は、ここではもはや「妄念」分節の所産ではない。そうではなくて、それらは全て「心真如」そのものの自己分節なのである。つまり、この観点からすれば、全現象界が「心真如」の内的自己変様なのだ。なぜそのようなことになるのかというと、全て原因されたものは、自己の源泉としての原因の中に、始めから存在していたのだという、前述の存在論的大原則によって、現象的「有」は全て窮極原因としての「心真如」の中に、始めから不可視の存在可能態において、潜勢的に、伏在していると考えられるからである。「心真如」の中に、元型的あるいは形相(イデア)的に潜在していたものが、現勢化する。それが「心真如」の自己分節にほかならない。」
「限りない豊饒、存在充実の極。この側面における「心真如」は、一切の現象的事物事象を、あますところなく、形相的存在可能性において包蔵している。あらゆるものが、そこにある。ギッシリ詰まったイデア空間、言語アプリオリ的分節空間、とでも言うべきか。このアプリオリ的意味空間から、外にはみ出すものはない、外から入ってくるものもない。全包摂的全一性において、一切が永遠不変、不動。」
「ここでもまた、あの特徴的な双面的・二岐分開的思惟形態に、我々は出逢う。「空」「不空」という相対立し、相矛盾する二側面が、結局、本来的には、ただ一つの「心真如」自身の、自己矛盾的真相=深層にほかならないということについては、もはや絮説を要しないであろう。」

「上述したところから明らかなように、「心真如」(A領域、意識と存在の未分節態)と「心生滅」(B領域、意識と存在の分節態)の相互関係には、きわめて微妙なものがある。両者の関係は本性的に流動的、浮動的であり、柔軟であって、単純に此処までがA領域、此処からはB領域、という具合にキッパリ区画して固定できるようなものではない。両者は現に、不断に相互転換しているのだ。もともとBはAの自己分節態にほかならないのであるから、Aは構造的に、それ自体の本然的な現象志向性に促されてそのままBに転位し、また逆にBは、当然、己れの本源であるAに還帰しようとする。『起信論』的に表現するなら、AとBとは「非一非異」的に結ばれているのだ。
 A領域とB領域とのこの特異な結合、両者のこの本全的相互転換、の場所を『起信論』は思想構造的に措定して、それを「アラヤ識」と呼ぶ。
 「アラヤ識」――alaya-vijnana アーラヤ・ヴィジュニャーナ(中略)――は、もともと唯識派哲学の基本的術語だが、『起信論』の説く「アラヤ識」と、唯識哲学の説くそれとの間には、顕著な違いが幾つかある。
 なかでも一番重要な違いは、唯識の立場では「アラヤ識」は千態万様のB領域のみに関わるのに反し、『起信論』的「アラヤ識」は、「心真如」(A領域)と「心生滅」(B領域)との両方に跨ること。」
「換言すれば、『起信論』の「アラヤ識」は、無分節態の「心」と分節態の「心」、すなわち現象以前の「心真如」と現象的「心生滅」との両領域にわたる。つまり、A・B領域を共に一つのフィールドの中に包摂し、両者を綜観的に一つの全体として見るのだ。かくて『起信論』の「アラヤ識」においては、A領域とB領域との両方に跨る柔軟な複合体が成立するのであって、この点から『起信論』のテクストは「アラヤ識」について、「不生滅と生滅と和合して、一に非ず異に非ず」と説く。
 かくて『起信論』は、「アラヤ識」を特徴づけて「和合識」とする。すでに繰り返し述べたように「真妄和合」である。「真」がA領域、「妄」がB領域を意味することは言うまでもない。すなわち、「アラヤ識」を通じて、A・Bという二つの相対峙する存在次元(または意識次元)が相互浸透的につながれる、と考えるのである。」
「唯識哲学と『起信論』とのあいだの、「アラヤ識」をめぐってのもう一つの相違点は、深層意識性を強調するか否かに関わる。(中略)唯識においては「アラヤ識」は「真妄和合」ではなくて、完全に「妄識」である。「妄識」は、構造的に、意識の最下底、深層意識であって、無分節的「心」(=A領域)とは全然関わるところがない。ましてや、A領域からB領域、すなわち無分節態から分節態に向っての意識の起動のごときは問題になる道理がない。」
「これに対して『起信論』では、「アラヤ識」は「和合識」だから、当然、「真」と「妄」(=AとB)の結び付きが根本的な問題とならざるを得ない。事実、『起信論』は、絶対無分節態の意識(=「真」、A)が、自己の分節態(=「妄」、B)に向って起動する、まさにその起動の境位を「アラヤ識」と呼ぶのだ。
 右に述べた意識論的・存在論的状況は、『起信論』の「アラヤ識」の中間者的性格を規定する。すなわち、「アラヤ識」は、ここでは、A領域とB領域とのあいだに介在して両者を相互的に連結する中間領域――仮りにそれを、A・Bに対するM領域と呼ぶことにしよう――である。Aそのものが、いままさに一転してBになるところ、形而上的「一」が形而下的「多」に転ずる、その接点、それがここでいうM領域である。」
「MはAがBに移行する連鎖点。Aの本来的存在志向性は、必然的にAをしてBの存在分節態に展開させるのであるが、Aのこの現象的存在展開は、必ずMを通じて行われる。Bが己れの本源としてのAに戻る還行プロセスも、また同様に必ずMを通して起る。」
「それでは、一体どうして、M領域がこのような重大な機能を果すことができるのであろうか。」
「それは要するに、M領域、すなわち「アラヤ識」が、形相的意味分節のトポスだからである。形相的意味分節、イデア的・「言語アプリオリ的」意味分節。存在界の一切が、そこではすでに、予め全部分節されている。先験的に、十全に(中略)。かくて、全ての形相的意味分節単位は、それぞれ存在カテゴリーであり、存在元型であって、「アラヤ識」はそれら存在カテゴリー群の網羅的・全一的網目構造なのである。現象的存在分節の根源的形態が、この先験的意味分節のシステムによって決定されているのだ。現象的「有」の世界(=B)の一切は、この元型的意味分節の網目を透過することによって次々に型どられていく。」

「いまM領域そのものを、全体的に、広い意味での「アラヤ識」としよう。この広義の「アラヤ識」はそのまま二岐分開して、「如来蔵」と狭義の「アラヤ識」との二つになる。」
「M1(「如来蔵」)は無限に豊饒な存在生起の源泉。M2(「アラヤ識」狭義)は、限りない妄念的「仮有」の生産の源泉。この両方が同じ一つの「アラヤ識」(広義)の相反する二つの「顔」をなす。
 かくて、M領域は、「如来蔵」(M1)としては、本性的に「不生滅心」、すなわち、「自性清浄心」の限りなき創造性の場所、としてのA領域に所属し、「アラヤ識」(M2)としては、限りなき妄象の発生の場所としてのB領域に所属する。そして両者相互のあいだには、完全に不即不離(「非一非異」)的関係が成立していることは、言うまでもない。
 いま述べたような意味で、「如来蔵」(M1)という語と「アラヤ識」(M2)という語は、それぞれ反対の立場から、同じ一つの領域(M)を意味指示的対象とする。
 要するに、B領域の存在分節態を、Aの本体そのものの自己展開として見るとき、M領域は「如来蔵」(=「如来の宝庫」、存在現出の限りなき可能体)としてポジティヴな価値づけを受け、逆にBを全一的Aの分裂的汚染態として見るとき、同じM領域が、「妄念」的存在世界への第一歩というネガティヴな性格を帯びて現われる。
 そして、およそこのようなものが、『起信論』の考想する「衆生心」の真相なのである。」



「第三部 実存意識機能の内的メカニズム」より:

「平凡な日常的人間にとって、現実とは端的に現象的世界である。我々は通常、現象的「有」の渦巻く世界の中に生きている。勿論、例外的人間(様々に異る程度においてこの通則からはみ出る人、いわゆる宗教的人間)も少くはない。しかし『起信論』の観点から見れば、そのような例外的な人間も、大多数は、依然として「不覚」の埒外に出てはいない。(中略)「離念」の道を窮め、「自性清浄心」と合一した個的実存のみが「覚」の境地にあるといわれるに価するのであるから。」
「『起信論』の考想する「覚」は、全一的「真如」(=「心」)の覚知、すなわち「法界一相」的覚知であって、Aへの道を窮めることが、そのままBの真相を把握するというような形での、A・Bの同時的覚知でなくてはならない。現象界の中に生き、現象界だけしか知らない人の実存的境位は、「不覚」の最たるものであって、そのような人は、己れの現に生きている現象界の真相を把握して、それを正しく位置づけることもできないのである。
 以上のごとき事態を、我々が己れの実存的状境として身に引き受けたとき、「覚」に向っての「不覚」からの脱出ということが、当然、真剣な課題とならざるを得ない。」
「理論的、いや、理念的に言えば、人は誰でも(=「一切衆生」)「自性清浄心」をもっている。それが、いわゆる現実界の紛々たる乱動のうちに見失われている。いかにすれば、本性の「清浄」性に復帰することができるか。これが『起信論』の宗教倫理思想の中心課題として提起される。」

「「不覚」がどのようなものであるかということは、(中略)「覚」に真正面から対立するもの、という意味で、およそのところは、すでに了解されたことと思う。「自性清浄心」、すなわち存在と意識のゼロ・ポイントを究め、それと実存体験的に合一することによって、「心真如」(A)と「心生滅」(B)との両方を同時に照見する全一的意識野が拓かれた境位、それが「覚」であるとすれば、それの否定としての「不覚」の真相は、おのずから明らかであろう。」
「さて、人が実存的に「不覚」の状態にいるということは、(中略)「妄念」の所産にすぎぬ妄象的存在界を純客観的に実存するものと思いこんでそれに執着し、そのために人が自己の本性を晦冥され、自己本然のあり方から逸脱して生きている――しかも、それに気づかずに――ということ。「不覚」の真只中にいながら、それを全く自覚していない、それこそ「不覚」の「不覚」たる所以なのである。
 ところが、ふと何かの機会に(中略)忽然と「不覚」の自覚が生じてくることがある。それというのは、『起信論』によれば、「本覚」としての資格で機能する「覚」は、「不覚」の状態にある人々に向って、絶えず喚びかけの信号を送り出し続けているからなのであって、もしたまたま、発信されたこの実存的信号が、心の琴線に触れることがあれば、自分の実存が「不覚」の状態に陥ちこんでいること、すなわち己れが自己本然の姿を忘れて生きていること、に気づき、慄然として、自己のあるべき姿(=「覚」の状態)に戻ろうとする。それが、すなわち「始覚」なのである。
 「始覚」は「覚」を志向する修行の道。この「始覚」的修行の道は、具体的に言えば、「煩悩」の染垢にまみれて「心」の本然的あり方とは無縁の実存を生きてきた人が、一念発起して、一歩一歩「不覚」を克服しようと努めていく行程である。はじめて発心してから、たゆみなく修行を続けて遂に本具の「自性清浄心」に還り着くその全道程を「始覚」というのである。」
「意識の「真」的本姿への引き戻しが、事実上可能であることを『起信論』は主張する。要するに、現象的「有」の、重層的に集積した数かぎりない意味カルマの底に深く埋れている「本覚」を、「始覚」修行の浄化作用によって洗い出すだけのことなのだ、というのである。
 そしてこのことが可能なのは、現象的「有」の次元に働く「本覚」が、たとえ「アラヤ識」の群れなす妄象の只中にあって、現象的「染」にまつわりつかれ覆い隠されて、表面的には「不覚」と見まがうばかりになっているとはいえ、深層的には、実は、本来の清浄性を、そのまま、一点の損傷もなしに保持しているからである、と。」

「だが、それにしても、実に長く険しい道のりだ、「究竟覚」を達成するということは。『起信論』の語る「究竟覚」の意味での「悟り」を達成するためには、人は己れ自身の一生だけでなく、それに先行する数百年はおろか、数千年に亙って重層的に積み重ねられてきた無量無数の意味分節のカルマを払い捨てなければならず、そしてそれは一挙に出来ることではないからである。
 かくて、一切のカルマを棄却し、それ以前の本源的境位に帰りつくためには、人は生あるかぎり、繰り返し繰り返し、「不覚」から「覚」に戻っていかなくてはならない。「悟り」はただ一回だけの事件ではないのだ。「不覚」から「覚」へ、「覚」から「不覚」へ、そしてまた新しく「不覚」から「覚」へ……。
 「究竟覚」という宗教的・倫理的理念に目覚めた個的実存は、こうして「不覚」と「覚」との不断の交替が作り出す実存意識フィールドの円環運動に巻き込まれていく。
 この実存的円環行程こそ、いわゆる「輪廻転生」ということの、哲学的意味の深層なのではなかろうか、と思う。」




































































































井筒俊彦 『イスラーム生誕』 (中公文庫)

「「マジュヌーン」という語は今のアラビア語では普通に「気狂い」の意に使われているが、その本来の意味はジンに憑かれた男のことである。俗にいう「もの狂い」とか「もの憑き」に当る。(中略)詩人は特にその最も典型的なものであった。」
(井筒俊彦 『イスラーム生誕』 より)


井筒俊彦 
『イスラーム生誕』
 
中公文庫 い 25 2

中央公論社
1990年8月10日 初版
1991年4月10日 4版
236p
文庫判 並装 カバー
定価440円(本体427円)



本書「はしがき」より:

「昭和二十七年に、アテネ文庫の一冊として私は『マホメット』と題する小さな本を書いた。それが本書の第一部「ムハンマド伝」の原本である。」
「全体を読み返して気のついた間違いを訂正し、語句をいささか今様に変えなどしたが、根本的には昔のままの姿である。」
「第二部「イスラームとは何か」は、(中略)普通ほとんど注意されていないジャーヒリーヤとの関聯の観点から、宗教としてのイスラームの性格を探ろうとする意図で書いたものである。この部分は全部、新しい執筆にかかる。」



単行本初版は1979年10月、人文書院刊。本書はその文庫化。


井筒俊彦 イスラーム生誕


カバー裏文:

「イスラーム教及び創始者ムハンマド(マホメット)の誕生と歴史は、キリスト教のように知りつくされたとは言い難い。
イスラームとは、ムハンマドとは何か。シリア、エジプト、メソポタミア、ペルシア…と瞬くまに宗教的軍事的一大勢力となってキリスト教を席捲した新宗教イスラームの預言者ムハンマドの軌跡を辿る若き日の労作に、イスラーム誕生以前のジャーヒリーヤ時代(無道時代)との関連の歴史的解明と、さらにはコーランの意味論的分析を通じてイスラーム教の思想を叙述する独創的研究を加えた名著。」



目次:

はしがき

第一部 ムハンマド伝
 一 序
 二 沙漠の騎士道
 三 享楽と苦渋
 四 ムハンマドの出現
 五 預言者召命
 六 メッカの預言者
 七 メディナの預言者

第二部 イスラームとは何か
 一 イスラームとジャーヒリーヤ
 二 イスラーム――実存的飛躍
 三 イスラーム精神とジャーヒリーヤ精神
 四 イスラーム的信仰
 五 宗教共同体の成立
 六 「アブラハムの宗教」
 七 アッラーという神
 八 イスラームの預言者

文庫版後記




◆本書より◆


「第一部 ムハンマド伝」より:

「キリスト教的西欧において、ムハンマドや彼の興した宗教が、真に学問的な態度で、つまり先入観も偏見もなしに取扱われるようになったのは実は最近のことなのである。」
「しかしまた他面から見れば、それだけにかえって昔の人が知らなかったような数々の難問がムハンマドへの我々の通路を掩蔽するようになって来ているとも言えるのではなかろうか。」

「ムハンマドは私の青春の血潮を湧き立たせた人物だ。」
「歴史的な学問研究は飽くまで客観的精神に終始しなければならぬ。それは自分でもよく分ってはいるけれど、しかし冷たい客観的な態度でムハンマドを取扱うことは私には到底できそうもない。自分の心臓の血が直接に流れ通わぬようなムハンマド像は今の私には描けない。」

「両親の温い愛に包まれた懐しい幼年時代というものが彼にはなかった。成人してから、自分の子供の頃を憶い出すとき、彼の記憶に先ず浮んで来るのは苛酷な人生の試練ばかりだった。さればこそコーランの中には繰り返し繰り返し yatim 「親なし子」が重要なテーマとして現われて来るのだ。ムハンマドは悲しいにつけ嬉しいにつけ自分が孤児として育ったことを忘れることができない。孤児が虐待されているのを目撃するや、彼の心にむらむらと忿怒の情が湧き起る。

  いないな、汝らは孤児を尊ぶことなし
  互いに励まして貧者を養うこともなし。
  いな、むしろ、彼らの遺産を食いつぶし
  浅間しくも貪婪のかぎりをつくすのみ。

と彼はメッカの富豪どもを糾弾している(コーラン第八九章一八―二一節)。」
「孤児であった自分を見棄てずに、優しく救い上げ給うた神、ムハンマドはしみじみ有難く思う。」

「ムハンマドの提唱するモラルは、「血のつながり」を基盤として成立していた無道時代的な人間関係の一番感じやすいところを意地悪くつついた。もし万が一ムハンマドの運動が成功でもしたら、父祖伝来の生活形態は完全な危機に立たされてしまうだろう。事ここに至って、メッカのクライシュ族は露骨に敵意を示し始めた。」
「メッカ市におけるイスラームの進展は一頓挫をきたした。(中略)真摯な信仰とは別の動機からムハンマドの傍に集まっていた連中が次々に背き去って行ったことは当然のこと。かてて加えて、個人的にもムハンマドは不幸続きで、(中略)ただ独り敵地の真中に取り残されてしまった。」
「窮地に陥った彼は大胆な手を思いついた。それは一時メッカの町を去って隣りのメディナ市に遁れ、そこで異部族の間に同志を募ろうという考えである。今日の目から見れば、それくらいのことは大胆な行為でも無謀な行為でもないのだが、同じ血を分けた部族民に背いて、異部族に味方を求めるということは古アラビアの社会では絶対に考えられないことだ。」



「第二部 イスラームとは何か」「七 アッラーという神」より:

「アッラーとはいかなる神か。(中略)天地、自然、人間、万物を無から作り出した創造主。万有の生滅を主宰し、一切を意のままに運転する絶対意志。人間をはじめ、あらゆる生あるものが奴隷として仕え、それらのものに主(しゅ)として崇められ讃えられる超絶的支配者。」
「だがそういう、一神教としてはむしろ常識に属することがらとは別に、それとは全然違った側面がアッラーにはあった。それはジャーヒリーヤ時代のアラブの宗教生活との関聯において、ジャーヒリーヤ的コンテクストにおいてこの神が現わす特別の顔である。」
「西アラビアの文化都市メッカにあるカアバ神殿は、そのまわりを犯すべからざる聖域として、絶大な威勢をふるう全アラビアの信仰の中心地。アッラーはこの神殿の主神であった。
 原来ジャーヒリーヤ時代のアラビアでは、諸部族は、遊牧民であれ定住民であれ、それぞれが自分の神をもち、その神の祭儀を通じて特定の地域に宗教的に結びつけられていた。だが、それら多数の地域神の地域的信仰の上に、それらすべてを統括する一大中心地としてメッカの神殿が君臨していた。」
「メッカ神殿には、それらの部族の各々の地域神をあらわす神像が数百を数えて祀られていたという。つまりカアバ神殿はアラビア多神教の一大拠点、偶像崇拝の中心地だったのである。それらの神々の主神としてのアッラーがいかに高い位置を占めていたかは想像にかたくない。」
「だからジャーヒリーヤもアッラーが偉大な神であることには少しも異議はなかった。(中略)ただ問題は、ジャーヒリーヤにとってアッラーが唯一の神ではなかったということだ。いかに最高の地位にあるとはいえ、アッラーは要するに多神の中の一にすぎない。」
「いくらアッラーを最高の神として崇めても、その下にこのような神々の存在を認めたのでは、その高さは相対的高さにすぎない。ところがイスラームはアッラーの絶対的高さを主張する。「絶対」、すなわち文字通り対峙するものを徹底的に否定する独在性である。」
「この絶対的一神教の世界観においては、言うまでもなく、世界に存在する一切のものはアッラーの被造物であるが、ジャーヒリーヤの信仰する神々のごときは被造物ですらなく、「ただの名前」にすぎない。アラビア語で一般に「神」を意味する言葉は「イラーハ」(ilah)であり、その複数形は「アーリハ」(aliha)だが、イスラーム的コンテクストでは「アーリハ」という複数形は空虚な言葉、指示対象をもたない言葉である。」
「いわゆる神々はことごとく実体のないただのコトバ、昏惑の心の所産として一挙にしりぞけられ、こうして(中略)唯一の実在としてアッラーの形姿だけが残る。これがイスラームの主張する絶対一神教である。
 ここに至ってわれわれは、ムハンマドの宗教運動がなぜあれほど猛烈なジャーヒリーヤの抵抗と攻撃を受けなければならなかったのかを理解することができる。イスラームは、ジャーヒリーヤ的宗教を根柢から覆そうとすることに自己の立場の出発点を置いた。ジャーヒリーヤの見地からすれば、イスラームは、父祖伝来の宗教と、その宗教に基づく社会組織の顚覆を図るきわめて危険な陰謀以外の何ものでもあり得なかったのである。」

「以上は絶対一神教的なアッラー観のイスラームにおける形成を、純粋にジャーヒリーヤからイスラームへの移行過程として見たもの。この過程は、どこまでも徹底的に多神教的神観を否定し破壊して行くという否定的操作として成立する。しかしアラビアにおける一神教的アッラー観の形成過程は、このような否定的側面だけで尽されるものではなかった。もう一つ別の、肯定的な側面がそこにはあった。
 この肯定的側面とは、ジャーヒリーヤ自体の側にも、内部的に、多神教を一神教の方に向って積極的に押し進めて行こうとする注目すべき動向があったことを指している。」
「イスラーム誕生当時のアラビアには、ユダヤ教的・キリスト教的雰囲気が漂っていた。言うまでもなくアラビアのユダヤ教徒やキリスト教徒は、絶えず聖書的意味での神について語った。そして彼らが自分たちの信仰する旧約あるいは新約の神を口にするとき、彼らの使う言葉は「アッラー」という語であった。すなわち、すでにジャーヒリーヤ時代、「アッラー」はセム的絶対一神を意味する言葉として、現実に使用されていたのである。勿論、多神教を信奉するアラブたちも、ユダヤ教徒・キリスト教徒との頻繁な交渉を通じて、この特殊な意味で使われるこの言葉を始終耳にしていたはずである。そしてこの点を思うとき、われわれは、ジャーヒリーヤ時代のアラビア語において、「アッラー」という語の意味構造の中には、少なくともその片隅には、絶対的一神の表象が組みこまれていたと考えざるを得ないのである。」
「例えば、(中略)ベドウィン詩人ナービガ――この人は当時アラビアで一二を争うジャーヒリーヤの大詩人だった――のごときは、ヒーラ王朝を訪れて、世に有名なキリスト教君主ヌウマーン・イブン・アル・ムンジルの愛顧を受け、この王をほめたたえる歌を作り、後にヌウマーン王の寵を失ってからはガッサーン朝に移り、その宮廷の客となって、アムル・イブン・アル・ハーリスのほめ歌を作った。」
「彼がこれら二人のキリスト教王朝の君主に捧げた頌詞の中には、アッラーがふんだんに出て来る、しかもキリスト教的絶対神の名として。」
「原来、一般に言葉の意味の変化をひき起す力は実に微妙なもので、社会的に影響力のある人によって度々特別の意味に使われると、いつのまにかその方向に向って色付けが生じて来るものである。たとい本心でないにしても、一世の大詩人ナービガがアッラーの語をキリスト教的意味に使ったということだけで、それが人の口の端に上り、少なくともその語をある特殊な言語的コンテクストで使用する際の人々の無意識の領域に働きかけるようになる。」
「こうしてジャーヒリーヤのアラブの言語意識のうちに、アッラーという言葉の意味構造は、知らず知らずのうちに一神教的色彩を帯びて行ったのだった。
 だがそれだけではなかった。アッラーという語の意味の一神教化への傾向を促進したもうひとつの重大な要因があった。そしてこの方面での一神教化は、(中略)純粋にジャーヒリーヤ的な一般アラブ民衆の宗教の只中から自然に、意図せずして、起って来たのである。
 原来この「アッラー」Allah という語は、al-ilah が発音上詰って出来た言葉。「イラーハ」(ilah)とは一般に「神」の意であり、「アル」(al-)は定冠詞であって、そのまま例えば英語に訳せば the god に当る。ユダヤ教、キリスト教をはじめイスラームでは「神」をあらわす普通名詞に定冠詞をかぶせることで、唯一絶対の神、それに対峙する他の神の存在を絶対無条件的に排除して、全宇宙にただそれだけ独存する神を意味する。しかしこの同じ定冠詞と名詞の組み合せは、英語の the god でもそうであるように、たくさんある神々の中のある特定の神を指して、「この神」とか「あの神」とかいうふうに個別指示的に使うことも当然できる。ジャーヒリーヤ時代のアラブは、まさにこの第二の意味でアッラーの語を使ったのである。」
「ジャーヒリーヤのアラブは多くの大部族、そのまた支部族に分岐していて、通例、部族の各々がそれぞれ自分の領界(テリトリー)に結びついた特別の神を祀っていた。そしてそれらの数多い部族神、すなわち地域神にはそれぞれ独自の名目が付けられていた。つまり各々が固有名詞をもって呼ばれていた。アッラーにしても、この次元においては、もともとメッカの豪族クライシュの部族神だったのである。」
「但し、このアッラーという名は、メッカの部族神を指示する固有名詞としての役割のほかに、一種特別な機能を果していた。それというのは、各部族が自分の神を呼ぶに際して、固有名詞を使うかわりに、さっき言った第二の意味、つまり the god のような意味でアッラーという語を始終使ったからである。
 この言語用法が、アッラーなる名の一般化を大いに促進することになった。(中略)多くの違った部族があって、多くの違った神々がそれぞれ別の名を所有している。もしそれらの部族のどれもが、自分の部族神を the god に当るアッラーという名で呼び慣わすならば、当然「アッラー」は一般的意味指示作用をもつことになる。つまり抽象的に「神」を意味する傾向に進んで行く。そしてこのような抽象的「神」の意味が一旦確立されてしまえば、もうそこから「一神」への移行はただ一歩である。こうしてジャーヒリーヤの言語慣用そのものの中に、アッラーの一神化への傾向は知らずして進められていたのである。」



「第二部 イスラームとは何か」「八 イスラームの預言者」より:

「原来、この種の霊感現象とその特殊言語的性格とは、ジャーヒリーヤの人々にとってさほど珍しいことではなかった。今の言葉でいうシャマニズム現象として、当時のアラブのむしろ見慣れ、聞き慣れたことだったのである。何か目に見えぬ神霊的な存在が、突然誰か――多くの場合には職業的あるいは専門的な巫者――に襲いかかり、一時的にそれに乗り移って、その人を忘我状態に引きこむ。するとその人は普通の状態では絶対に言えないような重々しい言葉を、緊迫した拍子で口にし始める。俗にいう憑者(つきもの)である。アラビア語では「タジュニーン」(tajnin)という。「タジュニーン」とは字義通りに、「ジン」(jinn)が憑くことを意味する。「ジン」は(中略)アラブの通俗信仰で大きな働きをする妖霊である。そしてジャーヒリーヤのアラブたちの目に映ったムハンマドの霊感状態は、まさしくこの種の「タジュニーン」現象だったのである。
 ところでジャーヒリーヤ時代のアラビアで、「タジュニーン」現象の典型的なものとされていたのは詩歌である。古代のアラビア沙漠で誰もが信じていたところによると、贋ものでない本当の詩人は、ジンから霊感を受けて詩を作る。詩人はジンに憑かれた人。また、ジンとのこういう親密な交渉のゆえに、詩人は常人の認識の限界を超えた、存在の不可視の次元についての事情に通じた人として一般の人々の尊敬を受けていた。「詩人」を意味するアラビア語「シャーイル」(sha'ir)は文法的にいわゆる能動的現在分詞形で、その源にある動詞は「シャアラ」(sha'ara)、「知る」「知識をもつ」という意味である。従って「詩人(シャーイル)」とは知者、特に常人の知り得ぬ不可視界を直接に知り、その事情に精通した人を意味する。
 古代中国において、殷王朝では最高位にあった巫者が、時代とともに次第に下落して、ついには乞食、賤業者のたぐいになってしまったのと同じく、アラビアでも、シャマン的知者としての詩人にたいする尊信は次第に落ちて、ムハンマド出現の頃にはすでにその地位は昔に比して著しく低くなり、詩人は世人に蔑まれることが多く、悪くすると狂人扱いされかねないほどの有様だったし、またさればこそ、詩人と同一視されたムハンマドが憤然としてこれに抗議した気持もわかるのだが、しかし、有名な大詩人ともなれば、その頃でもまだ充分世人の尊敬の的であった。ジンの霊感でもの言う人としての詩人のイメージはまだ人々の意識に生きていた。
 さて、ジャーヒリーヤ時代の俗信におけるジンと詩人との結びつきには、かなり興味深い側面がある。ジンは生れつき気まぐれないたずら者。だがそれでいて、なかなかの気むずかし屋であり、またそれなりに忠実なところもあった。ジンは誰にでも霊感を与えるというわけではなかった。個々のジンにはそれぞれの特殊な好みがあって、その好みに従って人を選んだ。
 これと思う人を見つけると、ジンは不意に彼に飛びかかり、地面に叩きつけ、胸の上に馬乗りになって、いやでもその人を自分の言葉の代人にしてしまう。ここで初めてその人はそのジンのいわば専属詩人になるのだ。つまりこの経験はその人にとって詩的世界への入所式のような儀礼的意味のある事件なのであって、こういう経験をまだしたことのない人は正式な意味での「詩人(シャーイル)」ではない。
 こうして一旦成立したジンと詩人との関係は、まるで恋人同士の関係のように親密なものであって、互いに相手を裏切って他に心を移すようなことはまず絶対になかった。一人一人の詩人のジンは、それぞれが特定の呼び名――一種の綽名――をもっていた。例えば大詩人アーシャーと組んだジンの名はミスハル(Mishal)、訳せば「鑿(のみ)」とか「よくすべる舌」とか、いかにもなめらかでしかも鋭いこの詩人の詩風をあらわす綽名である。アーシャーの作品の中には、このジンがこの名で度々登場して来る。」
「それはさておいて、(中略)詩人の詩的体験を通じて、詩人は一番最初の「入所式」から始めて、霊感の興奮のうちに、我(われ)にあらぬ律動的な言葉を口走り、ついにそのような言葉の技術を身につけて行く。この全行程は、預言者の形成行程と形式的、構造的に非常に似ている。ジンであれ何であれ、ともかく超自然的な存在の霊感によるという点でも、その霊感が「上方から降下して来る」という点でも、またこの経験によって不可視の世界の情報を獲得して「知者」になるという点でも。
 こう考えてみれば、ムハンマドが啓示を受け出したころ、ジャーヒリーヤの人たちが彼を詩人と考えたことも故なしとしない。コーランのいろいろな箇所で、ムハンマドばかりでなく古来多くの預言者が「マジュヌーン」(majnun)として扱われたことが指摘されている。「マジュヌーン」という語は今のアラビア語では普通に「気狂い」の意に使われているが、その本来の意味はジンに憑かれた男のことである。俗にいう「もの狂い」とか「もの憑き」に当る。(中略)詩人は特にその最も典型的なものであった。」
「なお、ジャーヒリーヤには、詩人のたぐいのほかに、もう一つ、社会的に非常に重要な役割を果した「マジュヌーン」の種類があった。「カーヒン」(kahin)と呼ばれる一群の人々である。
 このアラビア語は、語源的にヘブライ語の「コーヘーン」(kohen)と姉妹関係にある古い言葉である。(中略)普通名詞としてのヘブライ語でのこの語の意味は「祭司」、つまり神殿に仕えて神を祀る聖職者である。」
「アラビア語でこれに該当する「カーヒン」もまた古代アラビア社会で非常に高い位置を占める巫者だった。すなわち詩人と同じく、これもまたジンと結びついた「もの憑き」で、その内的構造からいっても、機能からいっても、詩人とよく似ていた。
 「カーヒン」はもと、一定の神殿にあって神託を人々に告げる高位の祭司だったが、詩人の場合と同様、次第にその地位は低下し、神殿との結びつきを失って、ムハンマドが活躍し始める頃には、巷間の巫者、たんなる占い師のようなものに堕しつつあった。それでもなお、夢判断、医術、失せ物のあり場所の言いあて、犯罪者の捜査などでは民衆の日常生活にはなくてはならぬ存在だったし、また部族と部族の争い事が起った時には、部族の「知者」、相談役として重宝がられもした。」

「ジャーヒリーヤの人々は(中略)ムハンマドを「カーヒン」と見なした。
 イスラーム側がこれをあくまで否定したことは言うまでもない。」
「ムハンマドは詩人でもない、巫者でもない。ムハンマドはイスラームの預言者、アッラーの使徒だ、と。だがこの主張をほとんどすべてのアラブに認承させるには、ムハンマド自身を始めとして、彼を信じる人たちの必死の努力が必要だったし、またムハンマドの主張をどこまでも認めまいとする頑強な敵との劇しい闘争を経なければならなかった。ある意味では、コーランはこのすさまじい闘いの生きた記録である。」






















































































































井筒俊彦 『意識と本質』 (岩波文庫)

「底の知れない沼のように、人間の意識は不気味なものだ。それは奇怪なものたちの棲息する世界。その深みに、一体、どんなものがひそみかくれているのか。本当は誰も知らない。そこから突然どんなものが立ち現われてくるか、誰にも予想できない。」
(井筒俊彦 「意識と本質」 より)


井筒俊彦 
『意識と本質
― 精神的東洋を索めて』
 
岩波文庫 青/33-185-2

岩波書店
1991年8月8日 第1刷発行
1992年11月16日 第2刷発行
417p
文庫判 並装 カバー
定価720円(本体699円)



本書「後記」より:

「「意識と本質」を私が書き始めたのは、一九八〇年、春逝く頃のことだった。(中略)最初は二回ぐらいで終りにする積りだったものが、書き進むにつれて筆を止めることができなくなり、とうとう八回にわたって断続的に連載してもらうことになってしまった。第一回は『思想』一九八〇年六月号、最終回が出たのは一九八二年の二月号。」
「本書には、この論文のほかに、それより時期的に早い三つの小論文が含まれている。第一は「本質直観」、雑誌『理想』一九七九年十二月、「イスラーム哲学」特集号所載。禅における有意味性と無意味性を取り上げた第二の論文は、同じく『理想』一九七五年二月、「禅と現代」特集号のために書いた「禅における言語的意味の問題」。第三の「対話と非対話」は、『思想』一九七九年一月号所載。いずれも、この機会に、わずかながら加筆訂正した。」



本書「編集付記」:

「本書の底本には『意識と本質』(一九八三年、岩波書店刊)を使用した。」


井筒俊彦 意識と本質


カバー文:

「東洋哲学の分析から得た根元的思想パターンを己れの身にひきうけて主体化し、その基盤の上に新しい哲学を生み出さなければならない。本書はこうした問題意識を独自の「共時的構造化」の方法によって展開した壮大な哲学的営為であるが、その出発点には自分の実存の「根」が東洋にあるという著者(1914-)の痛切な自覚があった。」


目次:

意識と本質――東洋哲学の共時的構造化のために
 I~XII
本質直観――イスラーム哲学断章
禅における言語的意味の問題
対話と非対話――禅問答についての一考察

後記




◆本書より◆


「意識と本質 IV」より:

「周子の言葉に「一物一太極」というのがある。儒学の哲学的世界像においては、『易』のいわゆる「太極」は、勿論、宇宙万有の形而上的本体であるが、この「太極」はまた万物の一つ一つにも、いわば小さな「太極」として内在する、と周子は説く。前に一言した伊川の「理一分殊」もそれと同じ考えをあらわす。」
「だが、宇宙の窮極的根源としての「太極」が、何かそれ自体と違ったものに変って個々の事物の小「太極」になる、というわけではなく、絶対に一なる「理」がばらばらに分裂し、それぞれが独立して部分的に個物に宿るというわけでもない。どこまでも「太極」は一、「理」は唯一である。ただ、この唯一なる「理」に形而上的側面と形而下的側面という、二つの側面、あるいは現成次元、があるだけのことだ。」
「「理」は我々の経験的世界と根源的に関わっている。その関わりは、形而上的「理」が必然的に形而下的姿で現われる、現われざるを得ない、というところに成立する。ただ、常に必ず形而下化した形で経験界に現われながら、その形而上的側面を、個々の事物の「本質」としてそっくりそのまま保持している。そういう形で、「理」は形而上的であるとともに形而下的でもあるのだ。
 但し、普通の人の普通の目には、経験的事物の存在の深みにひそむ、この形而上的側面が見えない。つまり、表層意識には、「理」はその表層的存在様式である形而下的側面だけを示す。そして、(中略)「太極」はその形而下的側面においては、必然的に自らを陰陽という「気」に質料化するものであるがゆえに、しかも陰陽二元は限りなく複雑微妙な形で互いに融合して止まぬものであるがゆえに、形而下的側面における「理」は無数の、それぞれ違った具象的「理」となって現われてくる。人には人の――人だけに固有の――「理」、花には花の「理」、云々、というふうに。「窮理」はそこから始まる。
 「窮理」の道に入る人は、こうして、存在世界全体の深層構造を見通すことなしに、ただ目前のあれこれの事物の考察から始めるので、個々の「理」がばらばらに見えるだけで、本当はただ一つの「理」しかどこにもないのだということが、最初のうちはどうしてもわからない。言い換えると、個々の「理」の形而下的側面だけを見て、形而上的側面を見ない。」
「「窮理」修道の初段階にいる学人には、己れの求める「理」の形而上的側面はほとんど――あるいは、きわめて漠然とした、歪んだ形でしか――見えていない。だが、形而下的側面だけは、そのつもりになって努力しさえすれば、はっきり見える。形而下的側面における「理」は相対的な、質料的に特殊化され限定された「理」であって、その限りにおいて理性の省察に向って開かれているからである。それを唯一の手掛りにして、「窮理」の道に学人は踏み入る。個々の事物の「理」の形而下的側面を窮めつつ、彼はそれらの「理」の形而上的側面に次第に迫っていく。そして最後に、個々の「理」の形而上性を越えて、その彼方に、それらすべてを統合する至極の「理」、すなわち「太極」、の純粋無雑な形而上性を見る。それが「脱然貫通」である。
 しかし、不思議なことに、万有の唯一の窮極的「本質」である「太極」は、同時にまた、あらゆる事物の「本質」が無に帰して消滅してしまう無「本質」の一点、全存在界のゼロ・ポイント、「無極」でもあるのだ。」
「「無極而太極」、私が既に繰り返し口にしてきたこの言葉。無極にして太極、無極でありながら同時にそれがそのまま太極である、という。無・即・有。「理」の形而上的極限における無と有の、この矛盾的相即のうちに、我々は宋学的「本質」把握の東洋的性格を見るべきであるのかもしれない。」



「意識と本質 VII」より:

「吉州青原惟信禅師のこの述懐、あまりにも世に有名でいまさら引用するまでもないが、(中略)敢えてここに掲げて、無「本質」的分節の分析の手がかりとする。曰く、
  「老僧、三十年前、未だ参禅せざる時、山を見るに是れ山、水を見るに是れ水なりき。後来、親しく知識に見(まみ)えて箇の入処有るに至るに及んで(すぐれた師にめぐり遇い、その指導の下に修行して、いささか悟るところあって)、山を見るに是れ山にあらず、水を見るに是れ水にあらず。而今、箇の休歇(きゅうかつ)の処を得て(いよいよ悟りが深まり、安心の境位に落ちつくことのできた今では)、依前(また一番最初の頃と同じく)、山を見るに祇(た)だ是れ山、水を見るに祇だ是れ水なり」(『続伝燈』二十二、『五燈会元』十七)。」
「第一段は禅の道に入る以前の時期。当然、彼は普通の人の普通の目で、自己の外なる世界を眺めている。山は山であり、川は川。世界は有「本質」的にきっぱり分節されている。同一律と矛盾律によって厳しく支配された世界。ここでは、山はどこまでも山であって川ではない、川ではありえない。山は山の「本質」によって規定され、川はまた川の「本質」によって規定されているからだ。
 ところが、参禅して、一応見性し、ある程度の悟りの目を開いて見ると、世界が一挙に変貌する。第一段階であれほど強力だった同一律と矛盾律が効力を失って、山は山でなく、川は川でなくなってしまうのだ。山も川も、あらゆる事物が、「本質」という留金を失う。それまで、いわゆる客観的世界をぎっしり隙間なく埋めつくしていた事物、すなわち「本質」結晶体が融けて流れだす。存在世界の表面に縦横無尽に引きめぐらされていた分節線が拭き消される。もはや山は山であるという結晶点をもっていない。川は川であるという結晶点をもっていない。つまり、山はもう山ではないし、川はもう川ではないのだ。そして、そんな山や川を客体として自分の外に見る主体、我、もそこにはない。すべてが無「本質」、したがって無分節、もっと簡単に言えば、「無」なのである。」
「第三段階は再び「有」の世界。第二段階で一たん無化された事物がまた有化されて現われてくる。第一段階の世界と一見少しも違わぬ事物の世界が目の前に拡がる。山を見れば、それは以前と同じく山であり、川を見れば、相も変らぬ川。要するに「休歇の処を得た」達道の人の目に映るのは、第一段と同じく分節された存在の姿、分節的世界なのである。だが、第一段の分節世界と第三段の分節世界との間には一つの決定的な違いがある。
 既に見たように、第一段階でそれぞれに「本質」を与えられ、整然と分節されていた様々な事物は、第二段階で「本質」を奪われ、分節を失う。第二段階から第三段階への移りにおいて、それらの分節は全部また戻ってくる。しかし、分節は戻るが、「本質」は戻ってこない。存在分節があるからには、もはや無一物の世界ではない。山は山として存在し、川は川として存在する。山もあれば川もある。だが、それらの山や川には「本質」がない。言い換えれば、それらの山や川は「本質」的凝固性をもたない山であり川であるのだ。」

「「本質」がもともと実在しない幻影のごときものであり、「本質」に基いて個々別々の事物を個々別々の事物として現象させる存在分節が、従って、本当は妄想分別にすぎないと悟る時、つまり経験界の事物がすべて本当は無「本質」なのだと悟る時、人は「向上」の道への第一歩を踏み出す。」

「韶山寰普(しょうざんかんぷ)の「鷺飛んで霄漢(しょうかん)(大空)は白く、山遠くして色深青(遠山の青は大空の青と見分けがたい)」(『五燈会元』六)(中略)。白一色の全体の中に白いものがひそみ、限りない深青の拡がりの中に深青のものが伏在する。何ものも弁別できないという点では無であり無分節だが、しかしそこに何かが無いわけではない。「心の体(絶対無分別の意識)は虚空の如くに相似て、相貌有ること無く、亦た一向に是れ無なるにあらず(だからといって、ただ否定的に何もないというわけではない)。有にして而も見るべからざるなり」という黄檗(おうばく)禅師の言葉(『宛陵録』)が思い合わされる。
 「有而不可見」(何か存在してはいるのだけれど、それが目に見えない)とは、本論の言葉で言い換えれば、無分節の只中に既に分節線が引かれている、だがその線は見えない、ということだ。不可見の分節線は一体どこにひそんでいるのか。形而上的事態としては、絶対無限定の実在そのものの中に、はじめから矛盾的に存在限定の可能性がひそんでいる、ということもできよう。が、また、意識的事態としては、人の言語アラヤ識的深層の奥底に、意味的「種子」として隠されている、と考えることもできる。」

「無「本質」の世界。それは存在的透明性と開放性の世界。「水清くして底に徹す。魚の行くこと遅遅たり。空闊(ひろ)くして涯(かぎ)りなし。鳥の飛ぶこと杳杳(ようよう)たり」(宏智『坐禅箴』)。この魚は、道元のいわゆる「魚行きて魚に似たり」の魚、この鳥は「鳥飛んで鳥のごとし」の鳥。魚は魚、鳥は鳥として立派に分節され区別されていながら、しかも、この鳥とこの魚との間には不思議な存在相通があり、存在融和がある。つまり、分節されているのに、その分節線が全然働いていないのだ、まるで分節されていないかのように。」
「禅の覚知に現成する「真如」とは、決して絶対無分節、すなわち「無」だけではない。ここでの無分節は、「無」でありながら――というよりむしろ、真に深い意味での「無」であるという、まさにそのことによって――限りない分節、つまり「有」なのである(「無一物中無尽蔵」)。そしてまた逆に、それらの限りない分節の「有」が、そのまま無分節でもあるのだ。(中略)「諸法の空相」それ自体にほかならぬこの山河大地は、その空相において己れの分節を否定する。が、それらが現に山河大地、すなわち存在分節、である限りにおいては、それらは互いに相通し、透明であり、無礙である。」



「意識と本質 VIII」より:

「底の知れない沼のように、人間の意識は不気味なものだ。それは奇怪なものたちの棲息する世界。その深みに、一体、どんなものがひそみかくれているのか。本当は誰も知らない。そこから突然どんなものが立ち現われてくるか、誰にも予想できない。
 人間のこの内的深淵に棲む怪物たちは、時として――大抵は思いもかけない時に――妖しい心象(イマージュ)を放出する。そのイマージュの性質によって、人間の意識は一時的に天国にもなり、地獄にもなる。だが、怪物たちは、ふだんは表に姿を現わさない。ということは、彼らの働く場所が、もともと、表層意識ではないということだ。だから人間の、あるいは自分の、表層意識面だけ見ている人にとっては、それらの怪物は存在しないにひとしい。怪物たちの跳梁しない表層意識をこそ、人は正常な心と呼ぶ。平凡な常識的人間の平凡な意識は、まさに平穏無事。もし怪物たちが自由勝手に表層意識に現われてきて、その意識面を満たし支配するに至れば、世人はこれを狂人と呼ぶ。つまり、そのような表層意識のあり方は、表層意識としては、アブノーマルな事態なのである。そしてこのことは同時に、彼ら、内的怪物たち、の本来的な場所が、表層意識ではなくて、深層意識であることを示唆する。深層意識領域という本来あるべき場所にあって、あるべき形で働く限り、どんなに醜悪妖異なものにも、それぞれの役割があって、それらがそこにあるということが、時には幽玄な絵画ともなり、感動的な詩歌を生みもする。汚物を貪り食う餓鬼の類(たぐい)ですら、深層意識的現実の世界秩序の中では然るべき己れの位置をもっている。例えばチベット・ラマ教美術の暗く不気味な空間に浮ぶ異形のものたち。胎蔵界マンダラの外縁、外(げ)金剛部院(最外院)を充たす地獄、餓鬼、畜生、阿修羅など輪廻の衆生。ただ、こういうものたちが、その本来の場所である深層意識の観想領域を離れて、表層的意識面に出没し、日常的世界をうろつき廻るようになる時、はじめてそこに、人間にとって、深刻な実存的、あるいは精神医学的問題が起ってくるのだ。
 意識の機構における心象(イマージュ)の重要性は、心理学によってつとに確立された事実であって、ここに縷説(るせつ)を必要としない。イマージュ形成こそ、人間意識の、他の何物によっても説明できない、最も本源的な機能であると言われている。事実、我々の心は絶えず様々なイマージュを、次々に、己れの内面に生み出している。生み出されたイマージュの一部は、いろいろな形で外部に投影される。イマージュ形成のプロセスを離れて人間意識はあり得ない。いわゆる意識の流れとは、要するに起滅する無数のイマージュの断続的連鎖である。この機能は我々が眠っている間も強力に働き続けて、夢と呼ばれるイマージュを生んでいく。」
「元来、この種のイマージュが妄想とか幻想とかされるのは、それが日常的意識現象の一部として、表層意識の立場から見られるからであって、それらの本来属する場所においては決して妄想でもなければ幻想でもない。かえってそれらこそ真の意味での現実であり、存在真相の自己顕現なのである。(中略)ただ、本来、深層意識で機能すべきこれらの、事物性から遊離したイマージュが、それを組織的に取り扱うことのできない常識的人間の日常意識に割り込んでくると、異常現象となり、往々にして病的現象になるのだ。職業的(あるいは天才的)シャマンやタントラの達人のように、深層意識の超現実的次元を方法的に拓いた人たちだけが、この種のイマージュを正しく活用する術を心得ている。」



「意識と本質 IX」より:

「それが存在世界であるか否かは別問題として、とにかくこういうイマージュ空間が、意識体験上の事実として実在することは、ユングの証言を俟つまでもなく、誰の目にも明らかである。「元型」イマージュなどというものを問題にもしない禅者ですら、実経験的にはそれを知っている。一心不乱に坐禅する修行者の瞑想がある程度まで深まってくると、不思議なイマージュが次々に現われて彼の心を充たし、その内的静寂を掻き乱す。」
「禅宗第五祖、弘忍(601―674)は、坐禅する初心者に向って、こう忠告する。夜中、坐禅していると、聖・俗、ありとあらゆる種類のものをお前は見るかもしれない。様々な色、青や黄や赤や白などが、瞑想状態にあるお前の目の前に現われてくるだろう。ある時は巨大な光が、燦爛と輝きながらお前自身の身体から発出し、ある時は仏陀が肉身の姿で現われる。かと思うと、また多くの不思議なものが、猛烈な速度で、互いに変融し合う有様が見える。こんなことが起ったら、じっと静かに心を保ち、決してどれにも注意を払ってはいけない。みんな虚妄で無根拠なのだ。お前自身の妄念の働きでそんなものが見えるだけなのだから、と(『修心要論』)。
 シャマニズムや密教のような精神的伝統と、これはまるで正反対の態度である。」



「対話と非対話」より:

「もともと私の本当の意図は、異文化間の対話の可能性を論じるところにはなくて、むしろそのようなことを大問題とせざるを得ない現代の言語理論の動向にたいし、対話というものについてそれとは全然違った別のアプローチがあり得るし、また現にあることを指摘するところにあったということを申し上げておきたいと思います。当然なことですが、現代の言語理論が問題とする対話とは、要するに常識的な言語観に基いた対話の概念であります。禅の問題とする対話は、これに反して、非常識な言語観に基いた非常識な対話です。この非常識な次元では、異文化間の対話であれ同一文化内部の対話であれ、それが可能であるかないかなど問題にもならないのです。こんな非常識な対話だけではこの世の中は実際成り立ってはいかないので、これだけでいいとか、これでなければならないとか申すつもりは全然ありませんが、対話というものにたいして、またより一般に言語というものにたいして、常識的言語理論とは全く違った見方もある、そしてそれが人間精神の形成にとって、それから人間についての哲学的思索にとって重大な意義をもつものであるということを自覚しておくのは悪いことではないと思うのです。
 事実、禅本来の観点から言いますと、普通の意味での対話、あるいはついさっき申しました言語による思想感情の水平的コミュニケーションは全て第二義的なものにすぎません。(中略)禅に言わせればそれよりもはるかに重要な問題、人間実存そのものの存否をかけた大問題があるのです。その大問題は人間の自覚という一事であります。そして人間の自覚は、本論の主題をめぐるコンテクストにおきましては、人間が自己を「無言」の言語化として悟るということを措いてはあり得ないのです。人間実存の中核に関わるこの問題が解決されない限り、水平的対話――二人の個人の間の対話であれ、二つの異文化の間の対話であれ――にかかずらうことは、禅の観点からすれば、全く無意味なのであります。
 禅の観点からすれば、現代の言語理論内に生じている言語的コミュニケーションの難問と、それに関聯する数々の複雑な問題は、主として言語の伝達機能に不相応な重点が置かれるところに起因します。むしろ言語については、意味分節的機能にこそ第一の重点が置かれなければならない。否定的意味においても肯定的的意味においても。これが言語に対する禅の根本的態度です。否定的意味においては、言語の意味分節的機能は、あらかじめきちんと分節された認識形態のシステムを押しつけることによって、我々の心に「現実」の歪んだ形象を生みつける。言語の分節機能のこの否定的な影響力が先ず何よりも第一に取り除かれなければならない。それが完全に払拭されたとき、その上で、第二段階として、我々の言語行為が今度は肯定的積極的に、非言語が具体的な言葉として自己を分節していく形而上的プロセスとして自覚されなければならない、というのです。
 単純率直に申しますと、形而上的深みを欠いた水平的言語コミュニケーションは、禅に言わせれば実存的意味のないあだ事であります。他人を理解しなければならないとか、他人に自分を理解させなければならない、などと申しますが、もし当の私が自分自らを理解しないでおいてそんなことをして一体何になるでしょう。それがまさに禅の問題とするところなのであります。」




こちらもご参照下さい:

寿岳文章 『和紙落葉抄』


同書「「白紙の賛」について」より:

「何の変哲もないすき立ての白紙を、これにむかう者が何かの絵、何かの形に見立て、詩なり、歌なり、あるいは俳句なり標語なりを書きつけたのが、白紙の賛である。賛を読む者は自分自身の想像力を働かして、空白の世界に何とでもすきなように(中略)こころの筆でえがく。」
「小堀遠州の子と伝えられる大徳寺第八十四世江雲和尚の白紙賛に
  看々普賢銀世界
というのがある。白紙を一面の銀世界に見立て、花下、四頭の白象に乗る普賢菩薩を拈(ねん)じたイメージであろう。(中略)白紙は語らず、無碍自在な世界なのである。白紙を一条の滝と見立てて、「涼しさはたくひも更に夏山の峯よりおつる音無しの滝」と賛した大綱和尚その他、さすがに禅家には白紙の賛が多い。」





























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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