渡辺昌美 『フランスの聖者たち ― 古寺巡礼の手帖』

「モン・サン・ミシェルの場合には、岩山そのもの、島そのものに霊力が秘められていたように思われる。まだキリストも大天使も知らぬ異教の神々の時代から、山(モン)は聖所であった。」
(渡邊昌美 『フランスの聖者たち』 より)


渡邊昌美 
『フランスの聖者たち
― 古寺巡礼の手帖』


八坂書房
2008年12月25日 初版第1刷発行
347p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円+税


「本書は、一九八四年八月に大阪書籍より刊行された『フランスの聖者たち――古寺巡礼の手帖』の改訂新版(増補版)である。」



本書「新版あとがき」より:

「新版を造るに当って、本文にはごく僅かしか修正を加えていない。ただし、図版はほぼ全面的に入れ換えたし、何よりも新たに小川国夫氏との対談を第十章として付け加えた。これはもと『西方の誘惑』(朝日出版社、一九八一年)と題する同氏対談集の一部であった。」


本書はまだよんでいなかったので日本の古本屋サイトで1,000円(+送料350円)で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


渡辺昌美 フランスの聖者たち 01


目次:

第一章 聖堂の四季 サン・ドゥニ(1)
 前口上
 『愉快な巡礼』
 聖者文献に見る中世史の風景
 権威も栄光も
 ゴシックの開幕
 月ごとの仕事

第二章 歴史の工房 サン・ドゥニ(2)
 記録作りの伝統
 聖ドゥニ伝説の成立
 アベラールの批判
 偽文書と史書のはざま

第三章 ピレネーの桃源郷 サン・ベルトラン・ド・コマンジュ
 マリア信仰の先駆者
 廃墟からの槌音
 奇蹟譚の中の実像
 「大赦の年は惨苦の年」
 巡礼の理想像

第四章 たまごの聖母さま ノートルダム・ドラフレード
 女たちの祭り
 土俗信仰との習合

第五章 大天使の要塞 モン・サン・ミシェル
 死闘の舞台
 聖ミカエル信仰の伝播
 メルキュール神からミカエルへ
 聖堂の惨劇
 天然の大要塞
 防備への腐心
 大天使顕現
 海の難儀の大天使
 岩山のもつ聖性
 お山の道
 子供巡礼
 天兵の長、冥界の使者
 聖所の終焉

第六章 金色の乙女 サント・フォア・ド・コンク
 天国と地獄の境界
 聖者に託した空想と願望
 聖なる盗みの典型
 黄金の座像
 聖女信仰の断層

第七章 泉の僧院 フォントネイ
 造営と発見の連鎖
 信仰形態の転換
 書物としての建造物
 清貧の中のシトー会
 建築に示す透明な精神

第八章 海から来た聖者 サン・ジルダ・ド・リュイス
 中央と地方の落差
 二つのブリテン
 海峡を跨ぐ信仰圏
 渡来した聖者信仰
 風土を反映した気風

第九章 遙かなる旅路 巡礼と同胞団
 愛憐の兄弟たち
 厳しい規約
 巡礼の救護と寺の繁栄
 危難に満ちた「巡礼の道」

第十章 幻の聖なる道 サンチャゴ巡礼 対談|小川国夫×渡邊昌美
 「たまごの聖母さま」
 キリスト教の大衆化
 恐怖の神から救いの神へ
 異端の出現
 「見る」聖書
 「聖ヤコブの道」
 聖ヤコブ伝説
 『聖ヤコブの書』
 墓場の聖ヤコブ
 信仰の肉体性
 サンチャゴへの道
 巡礼たちのゆくえ
 キリスト教世界とイスラム教世界
 サンチャゴ巡礼の意味
 対談のあとで (渡邊)

初版あとがき
新版あとがき



渡辺昌美 フランスの聖者たち 02



◆本書より◆


第一章より:

「聖者文学は、歴史事実を探る手がかりとしては、はなはだあてにならない。作者に宣伝の意図があることもそうだが、それよりも作者が強烈な信念に溢れているからだ。ある聖者伝の前文には、「この聖者について文書も伝承も何一つ残っていないにもかかわらず、筆者は啓示と恩寵を得て一息に書上げることができた」と、誌されている。つまり、思いつくまま勝手に書いたと堂々と語っているのだ。しかし、個々の記事内容は信頼できないにしても、いくつか読み比べて見て、もしそこに何らかのパターンを発見できれば、事情はやや違って来よう。当時の人々の考え方、感じ方、言ってみれば中世史の風景の一つをそこに見ることができるかも知れないからだ。」


第五章より:

「大天使ミカエルに献ずる教会は、高所にあることが多い。モンテ・ガルガノは、一〇〇〇メートルを越す山塊の突出部、アドリア海を見はるかす岩場にある。南フランス、ル・ピュイのサン・ミシェル寺は針状の奇岩の頂上にある。そして、モン・サン・ミシェルは、小さな島、文字通り巌頭の聖所である。天と地の間を自由に往復する天使が翼を休めるにふさわしい場所と言ってよい。ミカエル信仰には山岳信仰、少なくとも奇岩信仰のおもむきがあるのだ。
 これらの山頂や巌頭はいずれも、キリスト教以前からすでに聖所であった。ローマ時代、フランスではガロ・ロマン時代、そこでメルキュール神が祀られていたのである。これまた主神の命のままに現世と冥界を往復する使神であった。そういえば、両者は何とよく似ていることか。ともに有翼(部位こそ違え)の、美しく強壮な若者の姿で現れる。そして何よりも、両者とも、死者の霊を導く任を帯びているではないか。
 ガリアに転戦したカエサルは現地ケルト人を観察して、「神々のうちではとりわけメルキュールを信仰する。その神像は極めて多い。この神をあらゆる手の技の発明者、旅路の案内者、財貨や商売の保護者と考えている」と書記した(近山金次訳『ガリア戦記』岩波文庫、六巻一七節)。もちろん、メルキュールはギリシア・ローマの神の名だから、これに似た土俗の神をその名で呼んだのである。ガリアのメルキュールの実際の名は地域によってさまざまで、アルタイユス、キソニウス、アドスメリウス等々、神話学者の探り出した範囲で四十余りもあるし、若者の守り神、運命神、あるいは単なる種族神に近いものもあるらしい。その名や性格の統一整理はむしろローマ宗教の影響下に進んだので、もとはさまざまの地域神がいたのであろう。」
「こうして、ガリア土着の神々にメルキュール神が外から来て重なり、さらにその一部は大天使ミカエルとして転生した。ただし、最後の転生はかならずしも円滑ではなかった。キリスト教がガリアの地に浸透して来る中で、メルキュール神は執拗に抵抗したからである。新しい神にとっても、あなどりがたい先住者だった。」

「まだキリストも大天使も知らぬ異教の神々の時代から、山(モン)は聖所であった。ガルガノから招き寄せられた新しい神の使いに、真に活力を与えたのはこの岩山がもち伝えた古来の聖性ではなかったであろうか。」



第十章より:

「さきほどいったように一口に巡礼といっても、部隊を組んで武装して行くような巡礼もあれば、民話に残っているような、親子連れでトボトボと歩く巡礼もあったり、さまざまのがいたと思うんです。しかしやはり、われわれの興味を惹くのは、トボトボと行く巡礼のほうですね。」
「大体が、皆が皆、路銀を十分に持っていたとは思えないんです。寺や僧院に宿を借りたり、野宿したりで、食べ物も人に乞うことが多かったんじゃないでしょうか。むしろ食を乞うこと自体に宗教的な意味があったようにも思うんです。キリストと使徒たちだって、財産もなくて、放浪して歩いてる。一所不住、悉皆無一物ですね。それに加え、明日のことを心配しちゃいかんといってる。巡礼はあれにならおうとしたんじゃないか。」
「物乞いは恥かしいふるまいどころか、積極的な意味を持ってた。ちょうど、禅家の托鉢と同じわけで。」























































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渡辺昌美 『異端者の群れ ― カタリ派とアルビジョア十字軍』

「おそらく、彼らにとっては、自分自身が打ち殺されることをも含めて、現世のことはどうでもよかったのであろう。」
(渡邊昌美 『異端者の群れ』 より)


渡邊昌美 
『異端者の群れ
― カタリ派と
アルビジョア十字軍』


八坂書房
2008年5月22日 初版第1刷発行
331p vii
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円+税


「本書は、一九六九年五月、新人物往来社より刊行された『異端者の群れ』の改訂新版である。」



本書「あとがき」より:

「新たに版をおこすに当たって、誤記誤植を正すのはもちろん、構成も少し改めたが、基本的には旧著のままである。(中略)図版はほとんど全面的に入れ替えた(中略)。」


本書はまだよんでいなかったので、ヤフオクで1,700円(+送料400円)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。カタリ派の考え方はたいへんしっくりきました。


渡辺昌美 異端者の群れ 01


帯文:

「ヨーロッパ中世を震撼させた
異端運動の全容に迫る
中世最大の異端、カタリ派の南フランスにおける活動の軌跡を、その社会的背景、教義の具体的内容から「アルビジョア十字軍」の顛末にいたるまで、史料を縦横に駆使して陰影豊かに描き出した名著。図版多数。」



目次:

はしがき

序章 聖ベルナールの怒り
 1 呪いの町
 2 信仰の掟
 3 異端の運動
 4 カタリの発現

第一章 南フランスの風雲
 1 南部の国々
 2 吟遊詩人
 3 豊かなる南ガリア
 4 軽い土と重い土
 5 不完全封建制

第二章 異端カタリ派
 1 バルカンの遠き祖たち
 2 異端の書
 3 善き神と悪しき神
 4 絶望の戒律
 5 異端者の群れ
 6 完徳者と帰依者

第三章 アルビジョア十字軍
 1 アルビジョア派
 2 ローヌ河畔の惨劇
 3 ベジエの虐殺
 4 カルカッソンヌの攻囲
 5 征服者シモン・ド・モンフォール

第四章 百合の紋章
 1 フランス人との戦い
 2 ミュレの合戦
 3 王旗の登場
 4 異端審問

後日譚

あとがき

人名索引
関連略年表



渡辺昌美 異端者の群れ 02



◆本書より◆


序章より:

「いうまでもないが、異端とは、キリスト教、端的にいえばカトリック教会の内部にあって、教会が確定した教義に対して異なる解釈を立てる者の謂(いい)である。その点、ユダヤ教徒やイスラム教徒のような異教徒とは違う。カトリック教は(中略)、異教徒に対してはある意味で寛容であった。しかし、同じキリストの名によって行動する異端者に対しては、寸毫の仮借をも認めようとはしなかったのである。
 異端者に対する特有の刑罰は火刑だが、これも遺骸を焼尽し、灰にして最後の審判にあずかれなくするのが目的だった。死者といえども、もし生前異端者であったことが発覚すれば、平和な眠りは許されない。死骸を墓から曝(あば)き出して辱(はずかし)めを加えたうえ、火刑台で焼かれねばならなかった。(中略)異様としか考えられないほど、熾烈な憎悪である。
 しかも、このような過酷な刑罰をもって禁圧されても、異端者の出現が跡を絶たなかったという事実はどう見ればよいだろう。もとより、異端者自身の側に「異端」の自覚があるわけではない。霊魂の救済にいたる真の、そして唯一の道は、自分だけが発見したと確信しているからこそ、教会がさまざまに手を尽くして勧める棄教、帰正を拒み通し、あえて処刑を、つまり「殉教」を選ぶのが普通であった。」



第二章より:

「カタリ派教義の出発点は二神論である。ベルナール・ギイの『異端審問官提要』は、「彼ら異端者、並びにその過てる加担者は、二つの神、二つの主を信じかつ語る。すなわち、善き神と悪しき神がこれである。おしなべて、可視的、形而下の事象は善き神――彼らのいう天なる父――の業にあらず、悪魔(ディアボルス)あるいは大魔(サタナ)、すなわち悪しき神の業なりと確言する。なぜなら、彼ら、これをこそ悪しき神、この世の神と呼ぶがゆえである。かくて、彼ら、二つの創造者、および二つの創造、すなわち不可視にして非物質的なる存在の創造と可視にして物質的なる存在のそれを区別する」と規定している。
 また、モネタは、「神はきわめて善である。しかるに、この世に善き何物もない。されば、世にあるもの、一つとして神の手になりしはない」とある異端者の言を引用している。
 こうして、彼らは現世=物的世界=罪悪、および彼岸=霊的世界=至福の平行する二つの世界を想定し、それぞれが別の創造者、主宰者の支配下にあると考えたのである。」
「現存するいっさいのもの――単に在り方でなく、存在すること自体、むろん己れ自身の存在をも含めて――が悪なのだ。これがカタリ派の出発点だ。絶望の教理といわれるゆえんである。」

「いうまでもないことだが、彼らが「二つの神を信ず」といっても、これは二神の存在を確信したものであって、信仰し、帰依したのはその中の一神、善き神だけなのだ。また同じく二神論であっても、(中略)古代のゾロアスター教の悪神は現実の人間生活に害悪をもたらす破壊の原理を意味しているので、カタリ派と同じでないことに留意しておきたい。
 それなら、善と悪の二原理は互いにいかなる関係に立つか、あるいは、どこに起源をもっているのか。二つの原理が永遠に、しかも本来対等かつ無関係に併在すると割り切ってしまうのが、いわゆる絶対派である。

  一はまったく善にして、他はまったく悪なる、二つの主が、初めもなく、終わりもなく、定在すると彼らは信じかつ語る。しかして、善なる神は善なる諸天使を、悪なる神は悪なる諸天使を、それぞれに創れりという。

 これに対し、善神の一要素が分離し腐敗して悪の原理と化したと解するのが、穏和派であった。『ヨハネ問答録』はつぎのように述べている。

  吾(=ヨハネ)問う。主よ、サタンいまだ堕ちざりしとき、父の傍らにありてその栄光いかばかりであったか。主こたえていう。視るべからざる父の御座(みくら)に倚(よ)りて諸天の霊を統(す)べるまでに栄光の中にあった。諸天より降(くだ)りて地界に至り、また地界より登って視るべからざる父の御座の傍らに来た。

 要するに悪神も前身を探れば天使の長(おさ)なのだ。」

「人間を霊と肉の複合体、その意味で両原理の接合点と見るかぎり(中略)絶対派にとっても、二つの神の交渉が考えられねばならなかった。この場合、悪神の天界への侵入と天使の拉致という神話が説かれた。」
「こうして堕落した天使らは、悪神の捕虜として地上に繋(つな)がれいまだに天に帰ることができない。彼らを繋ぐ鎖、封ずる獄舎こそ、物質でつくられた肉体にほかならない。彼らによれば、これが地上における人間の由来であった。」

「キリストの性格も、当然ちがってくる。ただ聖なる神にのみ属するものが、悪魔の作った肉体をもつなどということは、およそありえないからである。

  かの者らは、我らの主イエス・キリストの、とこしえに処女なるマリアによる降誕をこばんでいう。キリストは人が人の本然のゆえにそうなったようには、真に人の形、人の肉を帯びたることなく、苦しみを受けたることなく、十字架につけられたることなく、死者のうちよりよみがえりたることなく、人の肉をもって天に昇りたることなく、すべてはあたかもそうあったかのごとくにあったのだ。

 これは『審問官提要』の一節だが、要するにキリストは現実の存在でなく、ただ仮幻にだというのである。「この世におけるキリストは幻影(ファントマ)であった」。この考えは、カタリ派の発明ではない。古代にグノーシス派やマニ派をはじめ、ひろく流布していたドセティズム(キリスト仮現説)の流れを汲むものである。
 大体、人間の原罪は天使の堕落そのもの、つまり天上で霊が犯したところで、肉体とは無関係なのだから、救世主がその肉身の受難や地上の生命の死をもって人類のために贖罪するという考えは、およそ成り立たなかったのだ。本体においてキリストは天使そのものだとされる。十字架も、したがって、キリストの贖罪を記念する聖なる記号ではなく、人間と悪魔が神の使いに加えた忌わしい襲撃の恥ずべき記念にすぎない。「十字の崇敬されることがあってはならぬ」。
 それなら、幻としてであれ、キリスト降臨の意味なり使命なりはいったい何であったか。人間の由来と本質、すなわち真理と救済の途を啓示することだけであった。」

「世界と人間の本質が右のごとくであるならば、救済にいたる方途もまた、おのずから明らかとなる。救済とは形而下の世界での輪廻転生の悪循環を断ち切って、本来の故郷たる天界に帰ることにほかならない。天界における聖なる被造物、天使は三つの要素から成り立っていた。すなわち、霊(アニマ)と精霊(スピリトゥス)と形である。(中略)形というのは、「衣」とも「天なる体躯」ともいわれる。この世のものならぬ、つまり物質でない物(引用者注: 「物」に傍点)でできた体やかたちなのだ。ところで、堕落に際して罪を犯したのはこのうちの霊だけなので、精霊と形は引き裂かれたまま天界に残留している。霊が罪を浄め、現世の絆を断ち切って、もとの精霊と形に合体すればふたたび天界の住人になれるのだ。
 物でできた不浄の世界とできるかぎり接触をさけ、いわば死せるがごとくに生きることが、戒律の根幹となる。徹底的な禁欲主義である。(中略)カタリ派の場合は、欲望が修行や思念を乱すからという方便ではなく、原理として欲望を排撃するのである。」

「戒律の筆頭にくるのは終生の貞潔である。子孫を生むことは、彼らにとって、積極的に悪魔の手段として働くこと、さまよえる霊のための獄舎を今一つ作ることにほかならない。己れのうちに肉欲を感ずるとすれば、それは悪神の呪縛を示すにすぎない。「わが命の終らん日まで、いかなるときにも肉欲(リビドオ)を果たさず」。」
「かといって、カタリ派が女性を嫌ったり、卑しめたりした形跡はまったくない。本来、霊には性別はなかったのだから、救済に達する資格は男女まったく同等だった。」

「戒律はいっさいの肉食を禁止する。これは、一方では彼らの殺生戒にもとづく。「彼らは、いかなる仕方においてであれ、獣も禽(とり)も殺さない。なぜなら、彼らは、彼らの宗門と戒律に参入しない人間の身体を離れた霊は、一つの体躯から他の体躯へ移り、野獣鳥禽のうちにも入ると信ずるからである」。」
「肉食の禁は他方では、交尾によって生じた食物で、霊の汚染されることをおそれたのでもある。」
「異端者は旅をするときにはかならず小鍋を携行した。それは旅宿で借用する調理具に、かつて肉を煮た前科があるかもしれないからである。
 このように神経質に肉食を避けながら、魚類は例外だった。(中略)中世では魚は水中に自然に湧くと考えられ、温かい血をした動物と同列にあつかわないのが普通だった。」

「こうして彼らは厳重な菜食主義者になる。少量のパンと水、時にはハシバミの実だけで露命をつないだのだ。日常的に半断食状態なのだが、そのうえ特定の断食期間があり、その期間がまたやたらと長い。」
「すでに彼らは自殺寸前なのだが、一歩すすんで自殺し、手っ取りばやく解脱を入手してしまう例もないではない。トゥールーズのギレルマなる婦人は、「たびたび刺絡を行ない、ついで長時間冷水に身をひたして体力を削いだうえ、毒を喫したが、なお死の遅れるのを憂えて、陶片をもって自ら傷つけて、死んだ」。」
「大体が現世の生命に執着しない、少なくとも執着すべきでないと考えているのだから、一命にかかわることのわかり切った断食を敢行したり、迫害を目前にして自ら死を急いだりする者がいた場合、これをとめることはしなかったらしい。」

「こうして死んだ異端者には、葬儀もない。霊の去った死骸は、囚人の解放されたあとの獄舎そのものだからである。ただ嫌悪の対象にすぎない。目に触れるのをさけるために埋めはするものの、時には川に棄てたり、井戸に投じた例もある。」

「彼らはいっさいの世俗権力を認めようとしない。この世の権力はことごとく悪しき代に――つまり旧約時代に――悪しき神によって立てられたので、「神の教会にあっては、王も、また権勢あるものもない」。
 このように権力はまず全面的に否定されるのだが、とくに権力の二つの属性が非難に値した。一つは、裁判と処刑の機能である。」
「今一つの権力の属性は、戦争である。」
「彼らは自衛のための戦争も認めない。教会側の対論家がどうして世の悪をふせぐかと問うたのに対して、ただ神の道を説くことによってと答えている例がある。彼らは、無政府主義者であるとともに、徹底的な無抵抗主義者であった。事実、十字軍が南フランスに乱入したときにも、異端者が武器を摑んで防衛戦に参加した例はないのだ。おそらく、彼らにとっては、自分自身が打ち殺されることをも含めて、現世のことはどうでもよかったのであろう。」

「私有権も認められない。商業や手工業、農業など、物的な財貨の生産や交換も、ということはいっさいの日常業務は霊魂の救いのために有害である。悪しき神たる造物主の世界との関係を恒常化するような、いかなる態度もよろしくないのである。」

「私たちが今までに見たところによってもおのずから明らかなとおり、異端者はまったく現世に背を向けた人間であるにもかかわらず、地域社会のきわめて広い範囲にわたる社会階層から支持されていたのだ。少し大袈裟な言い方をすれば、彼らは一地方の希望と崇敬を集めていたとさえ見えるのだ。」



第三章より:

「カタリ派がとくに毛織物商人の間に拡がり、毛織物工(テクストーレス)という言葉がそのまま異端者の同義語になるという現象が一時北方で見られた。十二世紀後半期には南フランスでも同様の事情が見られる。」
「毛織物職人、皮革職人出身の異端者の例はずっと後までいくらでも発見できる。」
















































































渡邊昌美 『巡礼の道 ― 西南ヨーロッパの歴史景観』 (中公新書)

渡邊昌美 
『巡礼の道
― 西南ヨーロッパの歴史景観』
 
中公新書 566

中央公論社 
昭和55年2月15日 印刷
昭和55年2月25日 発行
257p 目次3p
新書判 並装 カバー 
定価490円(本体476円)
装幀: 白井晟一



本書「あとがき」より:

「サンチャゴ巡礼は中世美術の観点から説かれるのがふつうで、研究も進んでいる。本書はこの面には、ほとんど触れなかった。中世の人々の心象の風景をほんのわずかでも覗いて見たい、とりわけなぜ人々はあのように歩きつづけたのかを知りたい、という点に著者の主たる関心があったからである。マークしたのは十一世紀から十三世紀、中世のなかでもいちばん中世らしい時代だが、材料の関係で叙述はその前後にかなりはみ出している。」


図版(モノクロ)多数。


渡辺昌美 巡礼の道


カバーそで文:

「一千年にわたって西欧各地から、夥しい巡礼を集め続けた路がある。スペインはサンチャゴへ至る道である。最盛期、路上には奇蹟が生じ、聖遺物が氾濫し、数多の信仰譚と民間説話が結晶した。当時の『巡礼の案内』を手引きに参詣路を行けば、中世における技術・情報伝播や武勲詩と吟遊詩人の正体が明され、公式信仰と民衆信仰の接点に生きる庶民の思いとともに、南欧世界の土俗性と変り始めるヨーロッパの心の風景が映し出される。」


目次:

一 大帝の星
 天と地の二つの銀河
 聖ヤコブの書
 カール大帝事績録
 我が骸はガリシアにあり
 偽テュルパン問題
 作意とその基盤
 伝説の結合と西欧の成立
 聖ヤコブ像の三類型
 プロヴァンスの星屑

二 巡礼の案内
 四つの道
 パリのサン・ジャック
 オルレアンからトゥールへ
 聖マルタンとフランス
 中世初期の巡礼
 ポアティエへ
 マーク・トゥエインと遣欧使節
 死骸の霊力への信仰
 大衆信仰と教理との接線
 アンジェリーとサント
 ブライユからボルドーまで
 シーズの峠へ

三 ピレネーまで
 ル・ピュイの道
 ヴェズレーとマリア・マグダレナ
 タラスコ伝説
 聖者伝説の淵叢ブルゴーニュ
 いま一つのマリア
 さらにいま一つのマリア
 聖遺物の争い
 死者の都
 サン・ジル
 サン・ギエム
 トゥールーズを経て

四 聖ヤコブの謎
 西の果てガリシア
 ヤコブ伝説の諸要素
 使徒と地域配当
 ヤコブ、スペインに現わる
 七司教伝説
 縁起
 レオの手紙
 遺骸の謎
 伝説の底にあるもの
 孤立した前線の象徴として
 聖ヤコブと揺がぬスペイン

五 旅の心
 巡礼の諸相
 罪滅ぼしの旅
 旅に駆り立てる内心の衝迫
 変りはじめる心の風景
 聖性の浸透
 聖遺物の売買
 敬虔な盗み
 現代とは異なる論理
 聖遺物開帳の日
 奇蹟を招く
 マリア信仰
 民衆信仰の成熟
 旅の心

六 サンチャゴまで、天国まで
 ピレネー越え
 ナバラの国
 フランス人の道
 路上の奇蹟
 道を維持する人々
 サンチャゴ講
 一日五十キロの行程
 宿と路銀
 身分としての巡礼
 歓びの丘

あとがき




◆本書より◆


「いまでもヨーロッパの寺院を訪れるなら、ガラス越しに見えるように工夫した遺物匣に、聖者の遺髪や乾からびた腕、ときには正装の法衣に包まれた骸骨の安置してあるのに行きあうことがある。(中略)『巡礼の案内』が私たちに指示するのはいずれも聖者の遺骸の在る所である。この種の遺骸、またはその破片、それがなければゆかりの品を一口に聖遺物(レリキア)という。中世、聖遺物への帰依が民衆の信仰のもっとも標準的な形態であった。聖遺物のある所に奇蹟が生じ、巡礼が集まる。多くの巡礼地点を連ねた長大な旅路の果てには、サンチャゴが、つまり聖ヤコブの遺骸がある。」
「聖遺物崇拝を抜きにしては、巡礼も、サンチャゴの成立そのものも、理解できないであろう。」

「聖遺物崇拝は、それだけ見れば庶物崇拝である。具体的な対象に固着するものだけに、これが際限もなく繁茂し始めた場合、キリスト教の教義そのものが分断され崩壊しかねないのだが、結果から言えばそのようなことはまったく生じていない。統一は見事に保たれ、大衆信仰が独走して教義の大枠から逸脱することはついになかった。あれだけ流行し、ほとんど着想のおもむくままに発見あるいは創出された、大量の聖遺物にも明確な限界がある。早い話、イエスや聖母についてはゆかりの遺品はあっても、遺骸はおろかその断片すら崇拝された例がない。イエスは昇天しマリアは天に挙げられたので、肉体が地上に残るわけがないのである。ここに、教理による厳しい限界設定の跡を見てもまちがいはないであろう。ただ福音書に、イエスは割礼を受けたとある。とすれば、その時切り取られたはずの微小な組織は地上に残っていてもよい。十三世紀の末、ジェノア大司教ジャック・ド・ヴォラジーヌが多くの聖者伝を集めて編んだ『黄金伝説(レゲンダ・アウレア)』は、大衆の宗教感情をよく汲み上げて広く世におこなわれた本だが、そのなかにこの残片が論じられている。「天使は、それをカール大帝のところにはこんでいった。大帝は、それをアーヘンの聖母教会にうやうやしく葬らせた。しかし、その後、彼は、それをアーヘンからさらにシャルトルに移した。いまは、ローマの至聖所小聖堂(サンクタ・サンクトリウム)にあるということである。だから、この小聖堂には、ここにキリストのご割礼の聖肉片、聖へその緒および聖靴を安置すと書かれている」(前田・今村訳『黄金伝説』人文書院)。ここにはおそらく、押しひろがろうとする大衆信仰とこれを鼓舞しながらも統制しなければならない教理との、ぎりぎりの接線がある。
 個々の聖者とその遺骸がどんなに崇拝されていても、それを奨励する教会側の文書は、これをより高次のイエスに、あるいは使徒を通じてイエスに結合することを忘れなかった。」

「十一世紀の末頃から目につく一つの動きは、隠遁者、苦行者の発生である。僧院を出て遁世する者もあったから、あきらかに旧来の修道制度の枠を超えている。教会の許可を受けたり、特定の誓願を立てるわけではない。全くの内的衝迫に従って、家財を棄て生業を離れて森に入るのである。聖徳の名がひろがれば追随者が集まり、集団の形成される場合もあった。発心の動機はさまざまだが、追い求めた理想はだいたい共通している。すなわち、所有の否定と一所不在つまり放浪である。むろん、労働もしない。日々の糧は喜捨を仰ぐか、草の根を噛むかで、一切の日常生活を放棄する。ひたすら福音書に見るイエスと弟子たちの生活に範を取り、それに密着しようとしているのである。この種の理想ないし運動は、ふつう、福音的貧困(パウペリタス・エヴァンゲリカ)ないし使徒的生活(ヴィタ・アポストリカ)と呼ばれた。要するに、福音に回帰しようがための清貧運動である。
 星雲にも似た運動のなかから、新しい修道会が誕生することもあった。教会側の誘導と組織化が成功した場合である。大修道会シトーがその典型だが、十二世紀に成立する新修道会は、ほとんどが清貧運動に起源をもっている。逆に統制を逸脱して異端に傾く者もあった。所有の否定と放浪、つまり日常生活を遮断しようという衝動のなかには、もともと過激な要因がふくまれている。異端化する場合には、教会の蓄財、それに幼児洗礼を攻撃する例が多い。安易な救済、便宜主義化に反撥するのである。」
「この種の実践はだれにでもできはしない。特別な宗教的資質に恵まれ、しかも強靭な意志を持つ少数者の特権であった。そこで、思うのである。巡礼は、この使徒的生活の理想実践の大衆版だったのではないか。一時的な日常の放棄、遁世だったのではないか。当人が意識していたかどうかは別として、名もない人々を危険な長途の旅に駆り立てる衝動めいたものが働いていたとすれば、それはすでに与えられた救済を挺(ぬきん)でたところに真の救済が感じられたからではないか。」
「巡礼は、ただ一つを除いて、宗教的にはなんの義務も課せられてはいなかった。そして、その義務とは、ひたすら歩きつづけてとどまらないことだけであった。巡礼(ペレグリヌス)とは、語源的には通過者、異邦人を意味した。もと、キリスト教徒そのものが、この世を拒否し、またこの世に容れられぬ漂泊の異邦人だったのである。」


























































渡邊昌美 『異端カタリ派の研究 ― 中世南フランスの歴史と信仰』

「持戒の要諦は悪神の所産たる物質界と能う限り没交渉に生きるにあり、信者個人の次元ではまず肉欲と肉食を徹底的に憎悪した。(中略)社会次元では、権力、家族、所有、生産等一切に価値を認めない。現世そのものが悪の世界だからである。」
(渡邊昌美 『異端カタリ派の研究』 より)


渡邊昌美 
『異端カタリ派の研究
― 中世南フランスの歴史と信仰』


岩波書店 
1989年5月25日 第1刷発行
ix 464p 地図2p 略年表・略語表7p
A5判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価9,900円(本体9,612円)



本書「あとがき」より:

「本稿第一部ではイタリア・カタリを軸として扱った。南フランス史への接近を意図しながらイタリアから始めるのは錯誤に似るが、これはもっぱら史料状況による。諸時期にわたってカタリ派教義と組織の断面を観察した、それも精度の高い報告が残っているという恵まれた状況は、南フランスには到底望めない。」
「第二部で南フランスを考えた。この苛烈で悲観的な教説があれほど濃密な展開を見せたのには、もちろん第一部で考えた外来信仰継受に際しての西欧側の宗教的関心が土台ではあっても、それにとどまらない何か南フランス固有の事情があって、それに教団側の条件が対応したはずである。南フランスの場合、(中略)審問関係の記録が豊富で、異端の具体的な言動を見ることができる。」
「今までに発表した二、三の論文の使用できる部分は、手直しした上本稿の中に取入れた。」



渡辺昌美 異端カタリ派の研究


目次:

序論
  1 オルレアンの火刑台からアルビジョア十字軍まで
  2 二元論異端とその名称
  3 系譜をめぐる諸説
  4 史料状況

第一部 カタリ派の輪郭
 第一章 諸教団の分布
  1 一二五〇年の状況
  2 諸教団の分類
  3 二大分派
 第二章 分裂と展開
  1 伝来の第一および第二段階
  2 第三段階
  3 分裂の決定化
 第三章 穏和派と絶対派
  1 教団と教説の連続
  2 穏和派二教団の教説、および相違点
  3 絶対派の輪廻転生説と終末観
 第四章 絶対派の内部分派
  1 ヨハネス・デ・ルギオと『両原理論』
  2 二元論神学の発達――デュラン・ド・ユエスカの周辺
 第五章 穏和派の内部分派――ナザリウス派の形成と「秘伝書」の伝来
 第六章 救済の構造
 第七章 源流と継受
  1 東欧の史料状況
  2 ボゴミリ派の教説と慣習
  3 カタリ絶対派の淵源と小パオロ派
  4 継受の諸階梯
 第八章 「山の彼方の司教」と謎の教団

第二部 南フランスのカタリ派
 第九章 禁欲の戒律
  1 人間観と倫理規範
  2 日常の禁忌
  3 慣行の拒否
 第一〇章 行動の様態
  1 耐忍(自発殉教)の問題
  2 宣教と司牧
 第一一章 南フランス教団の出現
  1 異端気運の醸成
  2 サン・フェリクス異端会議
  3 『宗会要録』論争の現状
  4 南フランス諸教団の確立
 第一二章 展開と受容の範囲
  1 濃密地帯と地理的限界
  2 実勢力推計の試み
  3 階層分布
  4 中小領主の異端傾斜
 第一三章 教団の構造
  1 社会的適合の問題
  2 救慰礼の構造
  3 救慰礼の性格
  4 教団の均質性と参進礼
 第一四章 カタリ派と社会の接線
  1 帰依者の儀礼――致善礼と結縁礼
  2 禁欲と乱倫
  3 帰依者の本質
  4 ラングドック的諸条件
  5 展望

あとがき

略語表
略年表




◆本書より◆


「序論」より:

「一〇二二年、オルレアンで異端が発覚した。騎士アレファストなる者の密告によったのである。異端らは密かに集会している所を急襲され捕縛されたが、高位の聖職者も含まれていたために問題が重大化する。」
「司教座サント・クロワ聖堂の会議場に引出された異端たちは、ほぼ終日にわたる「鉄よりも厳しい」訊問に曝されたが自説を、つまり異端の信仰を堅持して譲らなかった。(中略)死刑囚一四名のうち助命を乞うたのはわずか一名、他は全員進んで火中に入り、中にはまことの信仰のゆえに焔の中にあっても火熱を感じないと呼号する者すらあったという。
 オルレアンの一〇二二年は、中世異端史上一つの劃期である。もとより、ここで異端発生が始まるという意味ではない。異端は、ある意味では、キリスト教とともに古いのである。ただ、中世に入って以来それまでは異端出現件数の比較的少い時期が続き、発生してもほとんどが神学次元のものであったこともあって教会内部で処理され、「世俗の腕」 bras seculier を借りて処刑する例は見られなかった。オルレアンの事件は、異端特有の刑罰として火刑を用いる先例を開いた点で、まず注目に値する。それも、その苛酷さよりも、世俗権力の強力な介入、つまり異端の社会化ないし政治問題化という点で注目に値する。第二に、これは一連の異端続発の開始を告げる事件であった。」

「カタリ派の基本教義は二元論である。善悪二神の対立を想定し、それぞれの属性と創造の系列を考える。善神の属性は不変不朽、不可視の霊性でその領域は霊界である。悪神(悪魔)のそれは変転常なき物質、形而下の世界、つまりは現実世界である。現世の創造者たる旧約の神、モーセの神は悪神にほかならず、もちろん旧約聖書は排撃せねばならない。善神の創造にかかる霊(天使)が肉体の獄舎に捕えられ、現世に繋がれているのが、とりもなおさず人間である。キリストは人間の聖なる起源と救済を啓示すべく来臨した天使であって、降誕、奇蹟、受難等の事件はいずれもそのように見えたにすぎない(仮現論)。完全な天使が物質にかかわることはあり得ぬからである。ここでは贖罪の教理、まして三位一体論は成立たない。救済に到達するには、キリストの樹てた教会(カタリ教団)に参入してその戒律を保たねばならぬ。持戒の要諦は悪神の所産たる物質界と能う限り没交渉に生きるにあり、信者個人の次元ではまず肉欲と肉食を徹底的に憎悪した。教会次元では、カトリック教会とその秘蹟、職階、諸制度をはじめ、十字聖号、会堂、聖遺物、墓地等々、当時一般の信仰生活を全面的に否定した。ローマ教会は悪神の教会だからである。社会次元では、権力、家族、所有、生産等一切に価値を認めない。現世そのものが悪の世界だからである。欣求浄土、現世厭離の極、彼らはただちに肉体の呪縛を脱せんとして自殺を儀典化し、耐忍(エンドゥラ)と称したとの説がある。その事実関係は検証が必要だが、論理的には教義の帰着するところで、矛盾はない。戒律や慣行は全カタリを通じて変らないが、教義の基本部分の理解には同派内部でも若干の出入りがある。一方には善悪二神をともに永遠と見て、いわば対等に置く者たちがあり、絶対派と呼ばれる。現在の歴史的時間は両世界が部分的一時的に混合した状態にあり、究極的には原初の分離併立に帰ると見るのである。他方には、悪は善より派生したもので終局においては滅亡すべきもの、つまり善に対して劣位に立つと考える者たちがあり、穏和派ないし究極一元派と呼ばれる。ただし、歴史的時間における二神の相関の捉え方は絶対派に変らない。さらに教義の細部に至ると、両派内部にも見解の分れる場合があった。
 このような教説のゆえにカタリ派は、同時代にあっては特別に危険視されたし、後世にはまず「悲観主義(ペシミズム)」、「虚無思想(ニヒリズム)」として興味を引いたのである。そして西欧的、つまりキリスト教とは無縁の教説であるとか、ひいては、全カタリ派共通の信念であったと誤解された輪廻転生説を手掛りに、仏教思想の影響があるなど、特異性に着目した解釈が行われた。
 この種のある程度猟奇的な関心が先行する理解は別にしても、それでも、特異な点がないわけではない。このような教説がどこで成立したか。南フランスに十字軍導入という非常手段を必要とするまでに展開し得たのは何故か。アルビジョア十字軍前後における、現地、フランス、ひいては西欧の状況変化にはかなり大きなものがある。むろん、それらすべてが異端問題の結果であるわけではないにしても、異端が契機となっている部分はある。とすれば、この教説はその過程でどのような機能を果したのか。そもそも、このような教説がなぜ社会に受容されたのか。」

「カタリ派の語源は一般に、ギリシア語のカタロイ(清浄者)で、彼らが極端な禁欲主義だったところから清浄派の意味で用いられたとされる。厳密に言えば、この解釈を証明するような材料はどこにもない。十二世紀末、神学者、というより文人であったアラン・ド・リールが語源説を三つ並べている。(中略)言うところは道聴塗説に依拠して混乱しているが、要するに同時代人にとっても語義はすでに不明だったのである。」
「いずれにせよ、カタリ派とは外部からの命名で、異端自身がカタリと称した例の見当らないことは留意しておかねばならない。」







































































渡邊昌美 『フランス中世史夜話』 

「メリュジーヌは嘆いた。(中略)そして窓がまちに跳び乗ると、たちまち有翼の大蛇と化した。塔のまわりを三度めぐり、窓を通り過ぎる度に悲しげに鳴いたが、やがていずかたともなく飛び去った。」
(渡邊昌美 「蛇体の妃」 より)


渡邊昌美 
『フランス中世史夜話』
 

白水社 
1993年2月10日 印刷
1993年2月25日 発行
226p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,000円(本体1,942円)
装幀: 田淵裕一



本書「あとがき」より:

「本や史料を読んでいると、大抵は本筋とは関係なしに、印象に残る言葉や文章に出合うことがある。そういう言葉を思い出すまま、それを手がかりに書き連ねて見た。」
「一九八七年四月号から翌年三月号まで、同じ題で白水社の雑誌『ふらんす』に連載した。本書中の比較的短い一二編がその時のもので、ごく僅かの手直しを加えてある。その他は新たに書きおろした。



図版(モノクロ)5点/カット46点。


渡辺昌美 フランス中世史夜話 01


帯文:

「騎士道、聖者伝説、海底に消えた都、魔法を使う法王の話など、興味深いエピソード、あまり知られていない逸話を、中世史料とくに年代記に即して語る。赤々と燃える暖炉の傍らでの一夜の楽しい語りのごとき中世史譚の数々。」


帯背:

「中世史譚の玉手箱」


目次:

騎士のおそれ
建国者コナン
海底の都
大帝の墳墓
魔法を使う法王
死者の巻物
騎士気質
絵巻物
僧院
クリュニーの栄光
白い兄弟たち
院長シュジェ
十二世紀の群像
ジェヴォーダンの魔獣
パン屋の一ダース
紋章
暗夜のつどい
蛇体の妃
幽明の境
亡霊
黒い聖母
東方の博士たち
審問の教科書
死の季節
リュブロンの惨劇
話好き

あとがき



渡辺昌美 フランス中世史夜話 02



◆本書より◆


「ジェヴォーダンの魔獣」より:

「一七六四年年夏の初め、ランゴーニュの近くで羊飼いの少年が食い殺された。これが発端で、以後頻々と被害があいつぐ。翌年三月にはジャヴォル村で九歳のフランソワが襲われた。「今朝運ばれて来たのを見ると、頭の骨は噛み砕かれ、肺も心臓も食い尽くされていた」、と村の司祭が書いている。牛を連れて帰った八歳のジャンは自宅の門口で哀れな目にあった。「叫び声に驚いて父親が出てみると、獣が何かを引きずるのが見えた。人を集めて森に踏み込んだところ、まず子供の木靴、次には帽子、そして最後に子供が見つかった。子供は噛まれていた。連れ帰ったが、間もなく絶命した。様子から見て、獣は子供をもてあそんだとしか考えられない」。これは役人の報告である。
 一七六七年までの二年半の間に、約百人の死者が出ている。ほとんどが年少者で、しかも女児が多い。地理的にはジェヴォーダン六八名、オーヴェルニュ三〇名、ヴィヴァレーとルエルグ各一名、つまりフランス中南部山地の大部分にわたっている。
被害の集中発生という点でこの事件が異例なのは確かだが、それよりもそれが引きおこした恐慌状態の方にこの事件の特色がある。実は当時、誰もこれを狼害とは考えなかったので、一頭の巨大な「けだもの」が広大な領域を疾風のように駆けめぐっていると思ったらしい。」
「狼群の間に狂犬病が蔓延したというのが実態だったらしいが、狼害の記録は何もこの時突然出現するわけではない。有名な『パリ市民の日記』一四二一年の記事には、「昨今の狼どもはひどく飢えていて、夜間町々に入り込んで害をなす。しばしばセーヌその他の川を泳ぎ渡る。墓地を掘り起こして埋葬したばかりの死者や、市門に吊された刑死者の屍(しかばね)に跳びついて脚を食い切る。女子供の食われたことも稀ではない」とある。狼は『日記』に何度か登場するが、一四二三年にはパリの街路を疾駆しているし、一四三九年にはサン・タントワーヌ門付近で一四名を襲った化け物狼「クールトー」の記事がある。」
「ジェヴォーダンの狼に新しい型の農民文化の形成を見たのは歴史家ル・ロワ・ラデュリである。農山村に行商人が浸透し、特に絵入りの小冊子、いわゆる青表紙本(リーヴル・ブルー)が流布するようになった結果、農民の空想力が活発化して恐慌となったので、「魔獣」はいわばマス・メディアの産物だというのである。別の歴史家ドロールは、戦乱や飢饉で社会の活力が低下する時に狼が出現する。狼は一つの社会が病んでいるかどうかを計るバロメーターだ、と言った。つまり、人間社会は人々が思うような確固たる基盤の上どころか、自然との危うい均衡の上に立っているので、少しでも均衡が破綻すれば狼、とりもなおさず自然が侵入して来るというのである。」



「パン屋の一ダース」より:

「十一世紀の初め、「トゥルニュスの市場では、おぞましくも人間の肉を獣肉同様に調理して売る者があった」という有名な話がある。この時はよほどの大飢饉だったらしい。「神の怒りから逃れるには神にすがるほかはないのだから、森の木の根を掘り、流れの水草をむしって食った末、万策尽きた。今思い出しても、果たして信じられるだろうか。あの悲惨な時代は回想するだに厭わしい。物狂おしいまでの飢渇の果てに、歴史に稀なる残虐行為が繰り拡げられた。人が人を貪り食ったのである。公道で旅人を襲い、手足を引き裂き、火に焙って食べた。故郷を捨てて逃れる者に宿を貸し、夜中に喉笛を掻き切って糧とした。また、卵や菓子で子供をおびき寄せては飢を満たした。至るところで死骸を掘り出しては陰惨な饗宴に供した」。」


































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

※心の傷、胸焼け、劣等感等ある場合が御座いますが概ね良好な状態になります。

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