Frances Yates 『Giordano Bruno and the Hermetic Tradition』

「Thus that wonderful bound of the imagination by which Bruno extended his Copernicanism to an infinite universe peopled with innumerable worlds, all moving and animated with the divine life, was seen by him - through his misunderstandings of Copernicus and Lucretius - as a vast extension of Hermetic gnosis, of the magician's insight into the divine life of nature.」
(Frances Yates 『Giorgano Bruno and the Hermetic Tradition』 より)


Frances Yates 
『Giordano Bruno
and the Hermetic Tradition』
 
With an introduction by J. B. Trapp
Routledge Classics

Routledge, 2002
xxvi, 507pp, 20x12.8cm, paperback

First published 1964 by Routledge & Kegan Paul



ルネサンス期イタリアにおける「ヘルメス文書」受容史であるフランセス・イエイツの主著『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス的伝統』をよみたかったのですが日本語版は高いので五分の一の値段で買える原書をよんでみました。内容はともかくイエイツの文章はたいへんわかりやすい英語で書かれているのでさくさくよめるのでよむとよいです。ところどころにラテン語やイタリア語の原文が(英訳なしで)引用されていますが気にすることはないです。
これは紙は白くて読みやすいのですが図版は荒いです。文字はやや小さめです。裏表紙には「Printed in Great Britain」と書いてありますが、中の最後のページには「Printed in Japan/落丁、乱丁本のお問い合わせは/Amazon.co.jp カスタマーサービスへ」と書いてあって謎です。
表紙のダンボール箱は何なのかしら。たぶん中になにかが隠されている箱は「オカルトフィロソフィー(隠秘哲学)」の象徴なのではないでしょうか。箱が二つあるのは「グノーシス(ヘルメス学)」と「カバラ」を表わしているのではないでしょうか。上向きの矢印が書かれているのは地上を離れて天上へ向かう魂を表現しているのではないでしょうか。深読みでしょうか。

本文中図版(モノクロ)33点。


yates - giordano bruno and the hermetic tradition


Contents:

Preface
Abbreviations
Introduction by J. B. Trapp

1. Hermes Trismegistus
2. Ficino's Pimander and the Asclepius
3. Hermes Trismegistus and Magic
4. Ficino's Natural Magic
5. Pico della Mirandola and Cabalist Magic
6. Pseudo-Dionysius and the Theology of a Christian Magus
7. Cornelius Agrippa's Survey of Renaissance Magic
8. Renaissance Magic and Science
9. Against Magic: (1) Theological Objections; (2) The Humanist Tradition
10. Religious Hermetism in the Sixteenth Century
11. Giordano Bruno: First Visit to Paris
12. Giordano Bruno in England: The Hermetic Reform
13. Giordano Bruno in England: The Hermetic Philosophy
14. Giordano Bruno and the Cabala
15. Giordano Bruno: Heroic Enthusiast and Elizabethan
16. Giordano Bruno: Second Visit to Paris
17. Giordano Bruno in Germany
18. Giordano Bruno: Last Published Work
19. Giordano Bruno: Return to Italy
20. Giordano Bruno and Tommaso Campanella
21. After Hermes Trismegistus was Dated
22. Hermes Trismegistus and the Fludd Controversies

Index




◆本書より◆


「People like Giordano Bruno are immunised from a sense of danger by their sense of mission, or their megalomania, or the state of euphoria bordering on insanity in which they constantly live.」

(ジョルダーノ・ブルーノのような人種は、使命感、あるいは誇大妄想癖、あるいはほとんど病気といえそうな不断の多幸感ゆえに、危険をかえりみないのだ。)



◆感想◆


「ルネサンス期の偉大なる前進運動のすべてはその活力を後ろを振り返ることによって得ている(The great forward movements of the Renaissance all derive their vigour, their emotional impulse, from looking backwards.)」という名文で始まる本書は、「ヘルメス文書」特に「ポイマンドレース」と「アスクレーピオス」に登場する「ヘルメス・トリスメギストス」が、プラトン以前・モーゼと同時代の(あるいはさらに古い)古代エジプトの知者として、フィチーノ、ピコ・デッラ・ミランドラ、ブルーノ、カンパネッラといった思想家たちによって熱狂的に崇拝され、ルネサンスのオカルト哲学(魔術思想)の潮流が形成されてゆくことになるものの、じつは「ヘルメス文書」は2~3世紀になってようやく成立したものであり、ようするに勘違いだったのですが、「(「ヘルメス文書」の成立年代推定ミスという)この甚だしい歴史的錯誤が驚くべき成果を上げるに至った(This huge historical error was to have amazing results)、その一部始終を述べた本なのであります。そして著者によれば本書の目的は、従来、地動説を擁護して蒙昧な宗教家たちに火炙りにされた近代科学の殉教者として讃えられてきたブルーノが、じつは反近代的なエジプトマニアの魔術信奉者であったと論証することにあるのであります。(Ever since Domenico Berti revived him as the hero who died rather than renounce his scientific conviction of the truth of the Copernican theory, the martyr for modern science, the philosopher who broke with medieval Aristotelianism and ushered in the modern world, Bruno has been in a false position. The popular view of Bruno is still roughly as just stated. If I have not finally proved its falsity, I have written this book in vain. / For what is the truth? Bruno was an out-and-out magician, an "Egyptian" and Hermetist of the deepest dye, for whom the Copernican heliocentricity heralded the return of magical religion, ...



こちらもご参照下さい:

荒井献+柴田有 『ヘルメス文書』
ブルーノ 『無限、宇宙および諸世界について』 清水純一 訳 (岩波文庫)



















































































































































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フランセス・イエイツ 『薔薇十字の覚醒 ― 隠されたヨーロッパ精神史』 山下知夫 訳

フランセス・イエイツ 
『薔薇十字の覚醒
― 隠されたヨーロッパ精神史』 
山下知夫 訳


工作舎 
1986年7月30日 第1刷
1987年2月1日 第2刷
440p 図版(モノクロ)32p 
著者略歴・訳者紹介1p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,914円(本体3,800円)
エディトリアル・デザイン: 西山孝司



本書「訳者あとがき」より:

「本訳書の底本は、Frances Amelia Yates, "The Rosicrucian Enlightenment" 1972, Routledge & Kegan Paul である。」


イエイツ 薔薇十字の覚醒 01


帯文:

「魔術と
カバラと
錬金術

F・イエイツ
「科学革命」の
謎に挑む!

F・ベーコン
デカルト
ニュートン
ライプニッツ
キルヒャー
ケプラー
彼らも薔薇十字団員だった!?

図版32頁
色刷り付録 薔薇十字宣言 収録。」



カバーそで文:

「一七世紀、
新・旧教諸国間の抗争が絶えないヨーロッパに
突如とどろきわたった薔薇十字宣言。
それは「魔術(マギア)とカバラと錬金術(アルキミア)を原動力に、
独自のユートピアに基づく新時代の幕開けを告げていた。
その背後に潜むのは知識の秘密結社、薔薇十字友愛団。
彼らの「見えない革命」は、
ルネサンスと科学革命の時代をつなぐ、
隠されたヨーロッパ精神史を形づくる……。」



目次:



第1章 王家の婚礼 王女エリザベスとファルツ選帝侯の結婚
 婚礼に秘められた意味
 テムズ川とライン川の合流
 祝宴の終わりとファルツ統治のはじまり
 一七世紀文化の光輝
第2章 ボヘミアの悲劇 ファルツ選帝侯フリードリヒ五世の凋落
 悲劇への伏線
 ボヘミア王位継承
 ファルツ選帝侯の誤算
 三〇年戦争の端緒を開く
 ルネサンスと啓蒙主義の間の空白
第3章 薔薇十字運動の潮流 ジョン・ディーからボヘミアの悲劇へ
 アンドレーエと『化学の結婚』
 アンドレーエが生きた時代
 「福音軍事同盟」にはじまる
 歴史の鍵を握るアンハルト侯
 ジョン・ディーの影響
 薔薇十字とボヘミアの悲劇
第4章 ふたつの薔薇十字宣言 『名声(ファーマ)』と『告白(コンフェッシオ)』
 薔薇十字友愛団の結成
 ディーの『聖刻文字の単子(モナス・ヒエログリフィカ)』との関係
 寓意と象徴の物語
 薔薇十字思想批判
 反フリードリヒ諷刺文書
 ボヘミアの千年王国構想
第5章 第三の薔薇十字文書 『C・ローゼンクロイツの化学の結婚』
 寓意画に描かれたハイデルベルク城
 ローゼンクロイツが巡る幻想の七日間
 ローゼンクロイツのモデルとは?
 『化学の結婚』が象徴するもの
第6章 薔薇十字哲学の代弁者たち ロバート・フラッドとミハエル・マイヤー
 薔薇十字プロパガンダを進めた出版業者
 フラッドとマイヤーの著作
 フラッドの薔薇十字哲学
 ヘルメス的ルネサンス再興
 マイヤーに流れるディーとブルーノの伝統
 薔薇十字国家ファルツ
第7章 ドイツの薔薇十字騒動 その隆盛と終焉
 薔薇十字宣言への熱い反応
 目に見えない薔薇十字学院
 友愛団の支持者たち
 宗教的立場を超えた結社
 薔薇十字運動終焉の秘密
第8章 フランスを襲った薔薇十字恐慌 流言と論争
 薔薇十字友愛団に対する魔女狩り煽動
 ヘルメス的伝統の中での位置づけ
 メルセンヌ=フラッド論争
 デカルトと薔薇十字友愛団
 デカルトの後半生にまつわる謎
第9章 イギリスでの薔薇十字展開 フランシス・ベーコンとその著作
 ベーコンの「学問と霊知の友愛団」構想
 薔薇十字運動とベーコン哲学の符丁
 ジェームズ一世治下の思想活動
 薔薇十字寓話『ニューアトランティス』
 失楽園以前のアダムへの回帰
第10章 イタリアの自由主義者と薔薇十字宣言 パオロ・サルピからトマソ・カンパネラへ
 イギリス=ヴェネチア外交事情
 『名声(ファーマ)』に併録されたボッカリーニ文献
 ブルーノ=ボッカリーニ=カンパネラ
 閉じられた普遍的改革の扉
第11章 アンドレーエの薔薇十字解釈 キリスト教協会の結成とユートピア都市構想
 演劇的表現としての薔薇十字友愛団
 譬喩に塗り込められたアンドレーエの真意
 アンドレーエの創造したユートピア都市
 「キリスト教協会」の実態
 薔薇十字の夢の継承
第12章 コメニウスとボヘミア薔薇十字騒動 『世界の迷宮』に描かれた顛末
 ハイデルベルク時代のコメニウス
 ファルツ侯に対するコメニウスの印象
 コメニウスが見た薔薇十字騒動
 薔薇十字への失望と幻滅
 福音主義的敬虔さの中への逃避
 天使からの「万有知(パンソフィア)」を得て
第13章 目に見えない学院から英国学士院(ロイヤル・ソサエティ)へ 薔薇十字運動の新たな展開
 フリードリヒ五世の死と王妃のその後
 王妃エリザベスが継承したもの
 イギリスに広まる新たな改革の予感
 歴史はくりかえす
 英国学士院(ロイヤル・ソサエティ)来歴
 魔術=科学的伝統の分離
 英国学士院(ロイヤル・ソサエティ)創立の隠された背景
第14章 薔薇十字的錬金術へのアプローチ アシュモールとニュートン
 一七世紀イギリスの錬金術復興運動
 アシュモールのジョン・ディー弁護
 錬金術に関心をよせたニュートン
 大英博物館の薔薇十字写本
第15章 薔薇十字主義とフリーメーソン 秘教的ルネサンスの遺産
 薔薇十字友愛団は実在したか?
 もうひとつの秘密結社の存在
 建築史とフリーメーソン神話
 エリザベス朝の秘教的影響
 ルネサンスと科学革命を結ぶ運動
第16章 薔薇十字啓蒙運動 歴史から消えた一時代
 歴史的枠組としての薔薇十字
 薔薇十字の魔術的要素
 科学の進歩を導いた宗教的立場
 薔薇十字友愛団とイエズス会の共通項
 薔薇十字の覚醒にむけて

薔薇十字宣言 
 『友愛団の名声(ファーマ・フラテルニタティス)』
 『友愛団の告白(コンフェッシオ・フラテルニタティス)』
補遺 薔薇十字宣言 書誌学的な注

原注
訳注
薔薇十字運動参考系図
薔薇十字運動参考年譜

訳者あとがき

索引
著者・訳者紹介



イエイツ 薔薇十字の覚醒 02



◆本書より◆


「この本が扱う時代は、前後に多少のずれはあるが、ほぼ一七世紀の初頭に限られている。ここで論じられるのは、「薔薇十字宣言」として一般に知られている一七世紀の初めにドイツで出版された文書と、それらの文書の歴史的な背景である。それ以後現在もふくめて「薔薇十字」を自称してきた運動については、論及の対象からまったくはずした。」
「たしかに一七世紀の初めに「薔薇十字啓蒙運動」と呼んでしかるべき運動が存在した。本書はまさにそのことを扱おうとしているのだ。
「「薔薇十字」は、ヨーロッパの文化史のなかで、ルネサンスと、いわゆる一七世紀の科学革命とをつなぐひとつの段階を表わしている。ルネサンスのヘルメス=カバラ的伝統は、この段階で錬金術というもうひとつのヘルメス的伝統の影響をうけることになる。「薔薇十字宣言」とは、その段階のひとつの表われであり、「魔術(マギア)とカバラと錬金術(アルキミア)」の組み合せを、実際そこで謳われているように、新しい啓蒙運動に向かう原動力として描くのである。」

「『化学の結婚』は(中略)錬金術的な幻想小説であり、元素融合の基本的イメージである結婚、すなわち花婿(スポンスス)と花嫁(スポンサ)の合体のイメージを用いている。さらに死のテーマ、すなわち元素が金属変成の過程でかならず経なければならないニグレドのテーマにも触れている。こうした錬金術的結婚や錬金術的な死、あるいはまた「錬金術師(キミスト)」の作業を象徴あるいは隠蔽している獅子や処女を、目に見える形で示した挿絵なら、同時代のミハエル・マイヤー派の錬金術的寓意画が提供してくれるだろう。物語の錬金術的な基盤は、その一日すべてが錬金術的な作業に費されるという一事によっても強調されている。
 むろんこの寓意物語は、魂における再生や変貌の過程を象徴する精神的なものである。錬金術はつねにこうした二重の意味をふくむものであるが、この場合ディーの「単子(モナス)」の図によって導入された精神的錬金術のテーマは、きわめて深遠なものである。登場人物の動きのほとんど数学的ともいえる厳密さの中には、『聖刻文字の単子(モナス・ヒエログリフィカ)』の理論の完全に忠実な反響をすら見るべきかもしれない。」

「フラッドの『両宇宙誌』は大雑把にいうなら、ルネサンスの魔術(マギア)とカバラに次の要素を加味して紹介したものといえるだろう。その要素とはパラケルススによって発展した錬金術(アルキミア)と、その伝統にジョン・ディーがもたらした展開とである。もしかりに薔薇十字宣言を、魔術(マギア)とカバラと、ジョン・ディーやパラケルススのもたらした錬金術(アルキミア)の新発展に基づく、改革への請願が語られている空想物語と解釈するならば、フラッドの哲学はまさに「薔薇十字」哲学、すなわち現代風に改められたルネサンス哲学とみなすことができる。」

「フラッドが完全な哲学体系を構築しようとしていたのに対して、マイヤーはおもに錬金術の寓意画を通じておのれの思想を表わした。しかしいずれにせよ彼らの哲学はともにディーの影響を受け、強固なヘルメス的基盤を備えていた。ヘルメス・トリスメギストスやエジプトのヘルメス的真実に対するマイヤーの崇拝ぶりも、フラッドのそれに少しも劣らない。フラッドとマイヤーは、他の何を表わしていようとも、なによりもまずヘルメス哲学者であり、初期ルネサンスの最初のヘルメス哲学の衝撃力が一部で衰えかけていた時代に、まさに一種のヘルメス的ルネサンスを代弁していたのである。」

「フラッドとマイヤーに関する本章の研究は、このふたりの「薔薇十字」哲学者がいずれも、ファルツのフリードリヒ運動の軌道上に位置していたことを示そうと試みてきた。」
「ファルツではまさしく一文化が形成されつつあったのだ。それは直接ルネサンスに由来するものだが、より新しい流れをともなっており、まさに「薔薇十字」的という形容詞によって定義されうるような文化であった。
 このような深い潮流が渦巻くその中心にいた君主こそ、ファルツ選帝侯フリードリヒであった。そしてその流れの推進者たちは、彼らの目標の政治=宗教的表現を、ボヘミアの冒険へ向かう運動のうちに求めていたのである。今のわたしの見方によれば、フィリップ・シドニーやジョン・ディーやジョルダーノ・ブルーノといった人物のまわりでくり広げられた前時代の神秘主義的運動のすべてが、アンハルト侯によるフリードリヒ擁立プロパガンダにおいて頂点をむかえようとしていたのである。
 フリードリヒ運動がこれらの深い潮流の原因だったわけではないし、それらの潮流の唯一の表現というわけでもない、けれどもフリードリヒ運動は、これらの潮流に政治=宗教的な表現を与えようというひとつの試み、つまりヘルメス的改革の理想をひとりの実在の君主を中心に実現させようという試みだったのである。この運動は、数多くの隠された水脈をただひとつの流れの中に統合させようとした。イギリス伝来のディーの哲学や神秘的騎士道が、ドイツ神秘主義の潮流と合流することになった。新しい錬金術は宗教的不和を合一するはずであった。そしてそれは「テムズ川とライン川の結婚」への隠喩という倍音をともなって、「化学の結婚」にひとつの象徴を見いだしていたのだ。」

「近代のベーコン研究家は、薔薇十字文献に通じておらず、それは彼らの研究にふくまれることもないし、思想史や科学史の正当な一分野として認められてもいない。しかし『名声(ファーマ)』や『告白(コンフェッシオ)』が忘却の彼方に沈む以前に『ニューアトランティス』を読んだ人々は、ニューアトランティスの住民の中に、ただちに薔薇十字友愛団やその目に見えない学院を認めたことだろう。」
「ニューアトランティスの世界には、この世のものならぬ性質がある。なるほどそれは科学革命の到来を予言するものかもしれないが、その予言は近代精神にのっとったものではなく、他の関連の中で行なわれているのである。ニューアトランティスの住民は学問の大復興を達成し、したがって失墜以前の楽園におけるアダムの状態に回帰したかに見えるのだ――これこそベーコンと薔薇十字宣言の作者の双方にとって進歩の目標であった。」

「薔薇十字団員は実在するのか。(中略)わたしにいえるのは次のことくらいである。すなわち、わたし自身の調査の及ぶかぎりでは、宣言が公刊された時期ならびに騒動の吹き荒れていた時期に、「薔薇十字団」を名のり、組織立ったグループとして実在していた秘密結社の証拠を発見することができなかったことである。(中略)そのうえ、薔薇十字宣言は世間に挑発的に放たれた、まったく公然たる声明であった。秘密結社の第一目標がみずからを秘密に保つことである以上、これほど劇的に振る舞い、みずからを公表するのは、実在の薔薇十字的秘密結社としては奇妙な行動といわなければならないだろう。
 宣言はむしろ、ある世界に関する、ユートピア的神話の形をとった啓蒙運動の布告と見るべきであろう。その世界では、ほとんど精霊にも比すべき啓蒙化された存在が、善行を施し、病いを癒し、自然科学や技術の分野の知識を広め、失寵以前の楽園の状態に人類を復帰させようと務めているのだ。したがって、これらの文書の裏に実在の秘密結社を仮定するのは、単なる通俗的誤解にすぎなかったのである。そして宣言の起草者は、この誤解に手を焼いていたふしがうかがえる。ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエは、クリスチャン・ローゼンクロイツとその友愛団が虚構であることをはっきりさせるために、多大の努力をはらわなければならなかった。
 にもかかわらず、宣言の布告から、現実的な何かが浮かびあがってきたのをわれわれは見てきた。薔薇十字友愛団はなるほど虚構であったが、彼らはある実体、すなわちキリスト教同盟やさまざまな協会を創設しようと試みた人々のグループを暗示していた。
 この問題の正しい見方は、「実在の」薔薇十字団の捜索を諦め、そのかわりに薔薇十字運動が秘密結社の形成を示唆したかどうかを調べることであろう。学者は自分の発見をたがいに伝え合い、会合を開いて協力すべきであるという『名声(ファーマ)』の著者の勧告の中には、後に英国学士院に具体化されるような学問の進歩をめざす協会の構想がこめられていたことはすでに見た通りである。それでは宣言には、かつて実在し、今も実在している国際的秘密結社、すなわちフリーメーソンの構想または青写真もこめられていたのだろうか。」

「この本で行なった調査に対するひとつの見方は、それがヨーロッパ史の失われた時代を発掘したと見る見方である。われわれは地層を掘りさげる考古学者のように、一七世紀初頭における三〇年戦争勃発直前の表面上の歴史の下に、ひとつの文化全体、ひとつの文明全体を発掘した。それは視界からかき消されていたが、短期間であるからといっていささかも重要性が減ぜられるものではなかったのである。われわれはそれを、薔薇十字的文化と呼ぶことができるだろう。そして多くの観点からそれを検討することができるはずである。
 その文化に対するひとつの見方は、その薔薇十字的な側面やディーの衣鉢を継いでいる面で、それが海外で継続されたエリザベス朝だったとする見方である。エリザベス朝は、イギリスルネサンスの栄光に包まれたその婚礼の記憶も生々しいファルツ選帝侯とその花嫁とともに、ドイツとボヘミアへわたったのである。」
「ここにわれわれは、ヨーロッパ的諸伝統の交錯や関連を見ることができる。それらはファルツにおける薔薇十字時代が歴史から消えたために、われわれから見失われたいたものである。この時代をあらためて再構成するなら、さらに多くの関連が明らかになるにちがいない。」



イエイツ 薔薇十字の覚醒 03




こちらもご参照下さい:

アンドレーエ 『化学の結婚 付・薔薇十字基本文献』 種村季弘 訳・解説
種村季弘 『薔薇十字の魔法』
































































フランセス・A・イエイツ 『記憶術』 玉泉八州男 監訳

「ルネサンスの隠秘哲学には、相違は無視して類似だけに注目するという偉大な才能がある。フィチーノには、トマス・アクィナスの『大全』と彼流のプラトン神学とを結びつけて憚らないところがある。」
(フランセス・イエイツ 『記憶術』 より)


フランセス・A・イエイツ 
『記憶術』
監訳: 玉泉八州男

翻訳: 青木信義・井出新・篠崎実・野崎睦美

水声社 
1993年6月10日 第1版第1刷印刷
1993年6月20日 発行
519p 著者・訳者について1p 
図版(モノクロ)24p
A5判 丸背紙装上製本 カバー 
定価6,180円(本体6,000円)
装幀: 中山銀士



本書「凡例」より:

「本書は、Frances A. Yates, The Art of Memory (Routledge & Kegan Paul, 1966) の全訳である。」


別丁図版22点、本文中図11点。


イエイツ 記憶術 01


カバー裏文:

「十六世紀末、隠秘主義の伝統は急進的な方向へと傾いていた。
ある者たちは、ゾロアスターやトリスメギストス、その他の太古の賢人たちが記している秘教を
フィチーノやピコが臆病さの故に実践していない、と考えていた。
ジャック・ゴオリーの持論では、彼らが奇跡を行なう〈魔術師〉になることができなかったからであった。
ジョルダーノ・ブルーノの記憶術体系は、
悪名高き魔術的イメージや記号を用いることにかけて、はるかに大胆である。
『影』においてブルーノは、黄道十二宮の十分角のイメージを何のためらいもなく導入しているし、
『キルケ』では記憶術を、女妖術師によって唱えられる極端に魔術的な呪文から始めている。
――本書より」



目次:


第一章 古典的記憶術に関するラテン語三大文献
第二章 ギリシアにおける記憶術……記憶と霊魂
第三章 中世における記憶術
第四章 中世における記憶術とイメージの形成
第五章 記憶術論考
第六章 ルネサンスの記憶術……ジュリオ・カミッロの〈記憶の劇場〉
第七章 カミッロの〈劇場〉とヴェネツィア・ルネサンス
第八章 記憶術としてのルルの思想
第九章 ジョルダーノ・ブルーノ……『影』の秘術
第十章 記憶術としてのラムス主義
第十一章 ジョルダーノ・ブルーノ……『秘印』の秘術
第十二章 ブルーノ記憶術とラムス記憶術の衝突
第十三章 ジョルダーノ・ブルーノ……記憶術に関する後期の諸作
第十四章 記憶術とブルーノのイタリア語対話篇
第十五章 ロバート・フラッドの〈劇場〉記憶術体系
第十六章 フラッドの〈記憶の劇場〉とグローブ座
第十七章 記憶術と科学的方法の成長

原注
索引

訳者解説



イエイツ 記憶術 02



◆本書より◆


「テッサリアの貴族スコパスが催した祝宴の席上、ケオス出身の詩人シモニデスは、主人役に敬意を表して叙情詩を吟じたが、そこにはカストルとポリュデウケスの双子二神を讃える詩行も含まれていた。スコパスは、狭量にも、この称讃詩(パネジリック)の謝礼は約束の半分しか支払わぬ、差額は詩の半分が捧げられている双子神から受けとるがよい、と詩人に告げた。暫くして、シモニデスの許に、面会を求める若者が二人外で待っているとの伝言が届けられた。祝宴の席を抜け出し外に出てみたが、誰も見当らない。だが、彼が座を外していたわずかの間に、大広間の屋根が崩れ落ち、スコパスはじめ客人は一人残らず瓦礫の下敷となって果てた。いずれの死体も損傷がひどく、埋葬すべく引き取りに現われた身内の者にさえ見分けがつかない。しかし、シモニデスは、人々が座っていた場所を覚えていたので、どの遺体が誰のものか親族に教えてやることができたのである。」
「この経験は詩人に、彼が創案者と目される記憶術の諸原理を、思いつかせる契機ともなる。死体を識別できたのは、列席者が占めていた場所を記憶していたからに他ならない点に着目した彼は、秩序だった配置こそ確実な記憶にとって不可欠のものであると思い至ったからである。」

「彼の推論によると、この能力を育みたい者は、一連の場を選定し、頭の中で、記憶したい事柄を意味するイメージを形づくり、これらのイメージをそれぞれの場に貯えておかねばならない。その結果、場の秩序が事柄の秩序を維持し、事柄のイメージが事柄そのものを表わすこととなる。かくして、われわれは場とイメージを、それぞれ蝋引書板とそこに記された文字として、用いることとなる。」
(キケロ 『弁論家について』)

「シモニデスの記憶術発明を巡る話は、キケロがその書『弁論家について』(De oratore)の中で記憶を雄弁(レトリック)の五段階の一つとして論じているくだりに、生き生きと語られている。そこには、古代ローマの雄弁家が活用した「場」(loci)と「イメージ」(imagines)による記憶術の概略が紹介されているのだが、古典的記憶法(mnemonic)の概説は、このキケロによるものの他、さらに二篇あり、(中略)一つは作者不明の『ヘレンニウスへ 第四書』(Ad C. Herennium libri IV)に収められたもの、いま一つは、クインティリアヌスの『弁論術教程』(Institutio oratoria)に収められたものである。」
「記憶法の一般原則を理解するのは難しいことではない。第一段階は、一連の loci すなわち場を記憶に刻み込むことである。(中略)もっとも頻繁に用いられた記憶のための場システムの型は、建築物の類であった。」

「プラトンの観点に立つと、ソフィストに利用された人為的記憶は明らかに、呪われたもの、記憶を冒涜するものとなろう。(中略)プラトン的記憶は、記憶技術を姑息に操ることではなく、実在と関連づけて一切を組織づけようとする試みなのである。
 そしてこのことを記憶術の枠組みの中で行なおうとする壮大な試みが、まさにルネサンスの新プラトン主義者たちによってなされたのだった。」

「カミッロの〈記憶の劇場〉は、(中略)ウィトルウィウスの劇場の平面図を歪曲したものにすぎない。」
「カミッロの〈劇場〉においては、劇場の正規の機能が逆転しているのだ。客席に坐って舞台で演じられる劇を眺める観客はいない。この〈劇場〉の唯一人の「見物客」は舞台のある場所に立ち、客席の方を見る。七段をなして高くなっていく客席の七の七倍の門の上に描かれた像を、つくづくと見やるのである。」
「カミッロは記憶術をルネサンスに流布し始めた新しい思想と調和させようとする。彼の〈記憶の劇場〉は、ルネサンスのいわゆる新プラトン主義の中に含まれるフィチーノとピコ、魔術(マギア)とカバラ、ヘルメス主義とカバラの教えといったものすべてをとり入れたものなのだ。彼は古典的記憶術を隠秘術にかえたのである。」
「フィチーノ同様、カミッロもキリスト教的ヘルメス主義者であって、ヘルメスの教えをキリスト教と関連づけようと腐心している。」
「中世の記憶体系と結びついていた強い宗教性は、新しく大胆な方向をとった。人間の精神と記憶は今や「聖なる」ものとなり、魔術的に活性化された想像力により最高位の現実を把握する力をもったのである。また、ヘルメス主義的記憶術は、魔術師を形成する手段ともなった。聖なる小宇宙が聖なる大宇宙を反映し、天、即ち彼の「精神」が属している聖なる段階の意味を把握する創造的手段となったのである。記憶術は隠秘術に、ヘルメス主義的な奥儀になったのである。」

「ブルーノにとって最も高次元の形相とは〈一者〉、すなわち神的統一体であった。記憶術体系は高次元の〈統一体〉に近づく準備として、星のレヴェルにおける統合を目的とするものだったのであり、したがってブルーノにとって魔術とは、それ自体が目的ではなく、現象界の背後に存在する〈一者〉に近づく手段だったのである。」

「ルネサンスも最後期に入って、その哲学が十七世紀に台頭して来た様々の動向に抗しきれなくなってきた時期に、フラッドはルネサンス的記憶術の最後の大記念塔ともいえるものを築くのである。(中略)カミッロの〈劇場〉が一連のルネサンス的記憶術体系の出発点であり、フラッドの〈劇場〉がその終点となるわけなのである。」
「彼は魔術=宗教的ヘルメス主義にカバラ主義を結びつけ、かくして、ずっと以前にカミッロの〈劇場〉で見られたものとほぼ同様の、ルネサンス的〈魔術師(マグス)〉による世界観を完成させたのである。」





こちらもご参照下さい:

パオロ・ロッシ 『普遍の鍵』 清瀬卓 訳 (世界幻想文学大系)













































フランセス・イエイツ 『世界劇場』 藤田実 訳 (晶文全書)

フランセス・イエイツ 
『世界劇場』 
藤田実 訳

晶文全書

晶文社 
1978年6月25日 初版
1988年7月10日 7刷
303p 索引vi 
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,890円(本体2,806円)



本書「序」より:

「私は前著『記憶術(アート・オブ・メモリ)』で、その一章を使って、ロバート・フラッドの記憶術の記述のなかにある舞台図版が、シェイクスピアの地球座を解明する光となりうることを論じておいた。」
「本書がまず第一に焦点をあてているのは、イギリスのルネッサンス哲学を代表するジョン・ディーとロバート・フラッドの二人である。わけてもこの両者の著作の中にルネッサンス期のヴィトルーヴィウス復活の影響が明瞭にあらわれていることに本書は論及する。イニゴー・ジョーンズ以前にも、イギリスにルネッサンス期のヴィトルーヴィウス復活の強力な影響があったことは、一般には知られていない事実である。本書で私は、当代の魔術者(メーガス)であり数学者であったジョン・ディーをチューダー朝のイギリスで、ヴィトルーヴィウスの影響を普及させた人物として認識するよう主張している。」
「地球座をふくめてロンドンの公衆劇場は、ヴィトルーヴィウスがその建築書で記述した古代劇場を改作したものであり、中産階級と職人階級をとくに魅きつけたディーの影響力の範囲の中でつくられたものといえる。ディーの関心はそのままフラッドの関心にひきつがれたからには、フラッドの著作はこの公衆劇場に関しての適切で自然な情報源であることが明らかになる。だから、フラッドの著作中の「記憶術(アルス・メモリアエ)」の章にある公衆劇場の舞台図版は、イギリスのエリザベス朝劇場建設運動の内部にいた人物から得られたものとして非常な有効性をもっている。」



Frances A. Yates: Theatre of the World, 1969
本文中図版(モノクロ)多数。


イエイツ 世界劇場 01


目次:


Ⅰ ジョン・ディーとエリザベス朝時代
Ⅱ ジョン・ディーとヴィトルーヴィウス
Ⅲ ロバート・フラッドとヴィトルーヴィウス
Ⅳ ロバート・フラッドとジェームズ朝時代
Ⅴ 新しい見方におけるイニゴー・ジョーンズ
Ⅵ ロンドンの劇場
Ⅶ 古代劇場を改作したものとしてのイギリス公衆劇場
Ⅷ イギリス公衆劇場の舞台――ロバート・フラッドの記憶術論中の舞台
Ⅸ 道徳的表徴としての劇場
Ⅹ 公衆劇場と仮面劇――イニゴー・ジョーンズの劇場神殿論
結論

付録 A ジョン・ディー ユークリッド『原論』英語版への数学的序文における建築論
付録 B 幸運座劇場建築契約書
付録 C L・B・アルベルティ『建築論十巻』より古代の劇場、円形闘技場、円形競技場論抜萃
付録 D ロバート・フラッド 記憶術における架空場所使用反対論
付録 E イニゴー・ジョーンズ(ジョン・ウェッブ)のローマ古代遺跡としてのストーンヘンジに関する見解

原注
訳注
訳者あとがき
索引



イエイツ 世界劇場 02



◆本書より◆


「貧乏ではあったが、ディーは自分がイギリス古代の王の子孫だと信じていて、エリザベス女王とは遠い親戚であると称していた。一五四二年に彼はケンブリッジ大学のセント・ジョーン学寮に入学し、そこで手に入るかぎりすべての知識を吸収した。ディーはこの学寮にいた数年間のことを記して、次のように言っている。
 「私はたいへん熱心に勉学に没頭していた。この時代の私は次のような規律をまもって、それを破らぬようにした。すなわち毎夜四時間の睡眠しかとらぬこと。毎日飲食(とそのあとの休息)には二時間だけみとめる。残りの十八時間は(礼拝式に出かけて礼拝する時間をのぞけば)、研究と学習に費したのであった。」」

「女王は、一度ならずモートレイクにディーを訪問し、またレスター伯とその甥のフィリップ・シドニーも同様にそこを訪れた。(中略)エリザベス女王自身が敬意を表し、レスター伯が保護を与え、エリザベス朝ルネッサンスの指導者となったフィリップ・シドニーやその仲間に知識を授けたこの人物の蔵書について多少その知識を得ておくことは、たしかに大切なことである。
ディーとその蔵書について、F・R・ジョンソンは一九三七年に次のように記している。
 「十六世紀の第三・四半期に、ジョン・ディーとその友人や弟子たちはイギリスの化学アカデミーを構成していた。ディーは大陸の著名な科学者のすべての人たちと親しく知りあって書簡を交しており、そのことによってこのイギリスのグループは、外国で生まれた最新の考え方や発見にずっと触れることができた。修道院の解散とともに分散した古い書籍や写本を取りもどし、それによって大きい国立図書館を設立するようディーがメアリー女王に嘆願したが、顧みられなかったという話は有名である。このように提案しても何も生れてこないと知って、彼は科学の書籍と写本をあつめた自分自身の文庫をつくりはじめた。この文庫は一五八三年までに四千冊以上にも達した。これはまちがいなくイギリスで最大の科学書の文庫であって、たぶんヨーロッパ中でもこれを超えるものはなかった。というのは、ディーは科学関係の重要な中世の写本の膨大な量のものを蒐集していたからである(修道院で掠奪を働いた者たちはこれらの写本にほとんど値打ちをおいていなかったから、それだけたやすくディーはこれらを手に入れることができた)。それだけではなく、数学的諸科学の最新の印刷本も文庫の棚に並ぶようにと気を配っていたのであった。……ディーの友人や弟子たちの中の同学の科学者は、この大した蔵書を常に自由に利用できたのであった。」」
「ジョンソンのことばは、この蔵書がもっぱら数学的科学的方面の蔵書であるという印象を与えているが、その目録(引用者注: ディーの蔵書目録)をよく見れば、これはルネッサンス特有の博識万能型の人物の蔵書だということは明らかである。」
「科学史家たちは、大いに必要とされるディーの再評価に向って見事に一歩前進したのであるが、彼らの描いてみせた構図は、ほんの部分的なものにすぎない。彼らは自分に関心のある側面にだけ焦点をあてているので、ディーとその蔵書は、文学と美術の史家に語るものが何もないという印象を与えてしまっている。だが、ディーのもっていた知識は、個々ばらばらの学問分野へと分けていけるものではない。その知識は、それが生まれる土台となった宗教・哲学・魔術を統合する文脈の中において見なくてはならないのである。精霊日記に見られたカバラ的魔法使いは、科学史家が関心をよせている実践的科学者、航海者たちの助言者、数学研究を奨励する運動の中心の大黒柱となった人と別人なのではない。それはまったく同一の人物で、ただ違う次元での仕事をした、というより、いささかあわれなぐらいにそうしようと努めた人物なのであった。」
「思想史というものは、一人の人物の果した仕事のさまざまの要素の中から、後の時代になってさらに発展したために重要視されてくる要素を、それだけ単独にとり出してくることはすべきではない。思想史は、このやり方でいくと、損われ歪められたものになってしまう。一個人の思想は、現代人が賞賛しうる側面ばかりでなく、現代人が理解困難と思う側面も含めて、そっくりその全体を見なくてはならない。十九世紀には、ディーはその「魔法」のゆえに、真剣に考察すべき対象から外されてしまったが、これは科学史家がすでに気づいたように誤りであった。しかしディーを科学者としては受け入れるものの、彼の他の側面は除外するやり方もまた不完全である。われわれはディーを全体として見る必要があり、この点で彼の蔵書の目録は役に立つものではないかと申し上げたい。」

「彼は本なしに生きることのできない人物であった。それゆえに、いっそうあわれをさそうのは、老後に極度の貧窮におちいったとき、食事を購うために彼は蔵書を一冊また一冊と売却せねばならなかったとアントニー・ア・ウッドが伝えていることである。一六〇八年に、八十一歳でディーはモートレイクの邸で死を迎える。彼は、見たところ完全な失敗者として死んだのではあるが、彼の名前をめぐってひとつの伝統が集積し、その影響は消えることなく生き続けたのである。
ディーはルネッサンスのヘルメス主義の中心的流れを直接に汲むものだが、この流れがディーのもとにとどくのは、ルネッサンスでもいささか時期が遅れてからであった。」
「エリザベス朝では神秘―魔術―科学とつながる運動は、公式なおもてむきの学問、つまり正規に教育されるプロテスタント的人文学(ヒューマニズム)に反するものであった。こういうエリザベス朝のイギリスにいたのでなければ、ディーもさほど風変りにみえなかったかもしれない。ルネッサンス・イタリアのヴェニスでならば、ある深遠な秘義を伝えるアカデミーの一員として、ディーはもっとあたりまえに見えたことであろう。」
「ディーは、しっかりとした安全な背景がなくて、きっとどこにも所属していないという感じを抱いたにちがいないし、まただれからも公に認められることがなかった――というのは、レスター伯およびエリザベス女王の支持は内密のもので、公式のものではなかったのである――が、他方でこういう事情そのものが、他のところで得られるよりはるかに大きい自由をディーに与える役に立った。つまり、天使をよびよせる術のようなとほうもない魔術と、高度な「数学的魔術」つまり応用科学や科学技術の、この双方の魔術に没頭しうる自由をディーにあたえる手助けをした。」
「無数の正方形の中に細かい数字を書きこんで天使をよび出す魔術に、ディーはとても真面目にとりかかっている。大英博物館に所蔵の天使をよび出す魔術を書いたディーの原稿を見た人は、だれでも、そこに込められたこまかな骨の折れる努力に感銘をうけるであろう。超天界に存在する数を正しく用いて天使をつかまえることなら、彼は少しも労を惜しみはしなかったであろう。というのは、ディーにとって天使以上に、自然の秘密をよりよく教えてくれるものは誰もなかったからである。」

「ヨーロッパ諸国ではルネッサンスが進展するにともなって、あらたな新古典主義的建築様式の建築物が熱心に建てられた。この建築様式は、いちばんもとをたどれば、アウグストス帝と同時代の人であるローマの著述家ヴィトルーヴィウスの著わした建築に関する著作を復活研究するところから生まれてきたものである。ユークリッド『原論』によせたディーの「序文」が刊行された年である一五七〇年までに、ヴィトルーヴィウス復興運動は、レオーネ・バティスタ・アルベルティの『建築論』、あるいはダニエレ・バルバロのヴィトルーヴィウス建築書注解のような古典主義建築理論についての著作を、数多くイタリアで生んでいたのであった。一五七〇年という年は、実はパラーディオの偉大な著書である『建築四書』が刊行された年であって、この著書こそ、ヨーロッパ全体にわたって、こののち幾世代ものあいだ新古典主義的建築のバイブルとなるのである。(中略)この建築様式こそ他の何にもましてルネッサンスの特色をあらわし、中世との訣別を際だたせるものであった。」
「「イギリスのヴィトルーヴィウス」であるイニゴー・ジョーンズが、イギリスでおくればせながら新古典主義的建築をはじめて行なった時より五十年ちかくも前に、ジョン・ディーは一般向きに書いた「序文」を通してエリザベス朝の中産階級の人たちに比例(プロポーション)と構図(デザイン)の基本原理を教え、あらゆる数学的技術は「建築」というものを自らの女王として仰ぎ、それに奉仕するものであることを明らかにしたのであった。」

「ジョン・ディーは、一六〇八年に死を迎える。(中略)ヘルメス的哲学の伝統には、科学の上で、また芸術の上で、すぐれた仕事を達成していく推進力が結びついていたが、この伝統は、イギリスではロバート・フラッドがひきつぐ。フラッドは、一五七四年、すなわちディーの「序文」が出てから四年後に生まれ、一六三七年、チャールズ一世が即位して十三年になる年に死んだ。だから、フラッドの方がずっと年少になるが、若い頃はディーと同時代の人間であったことになる。彼が円熟した年齢になって多くの著作を出した時期は、ジェームズ一世の治世に属していた。ディーとフラッドがイギリスでのルネッサンス哲学者の代表としてみとめられるようになったあかつきには、ディーがエリザベス朝時代の哲学者であり、フラッドがジェームズ朝の哲学者であることがわかるであろう。
この両者の哲学は似かよっている。ヘルメス=カバラを中核にして、純粋科学から神秘主義や魔術までのさまざまな色合いをなかに含んだルネッサンス・ネオプラトニズムから双方ともに生まれ出たものである。」
「フラッドの途方もなく長い著作である『両宇宙誌(ユトリウスクエ・コスミ・ヒストリア)』は、ディーの数学的「序文」に基づいたものであって、同一の「ヴィトルーヴィウス的主題群」をとりあつかい、しばしばディーと同じ典拠から引用をしている。フラッドは決してディーの名前を出してはいないが、彼は明らかにディーの弟子であり、その有名な「序文」の感化からそれぞれ自分の仕事を企てていった多くの者たちの一人であった。」
「フラッドが彼の著書の『両宇宙誌』のなかで記述している「二つの世界」とは、大宇宙の世界すなわちいわゆる宇宙と、小宇宙の世界すなわち人間のことである。フラッドによる整然とした配列の森羅万象の組織方法によれば、この二つの世界は双方とも「技術誌」を持っている。すなわち、前者の場合は、宇宙という外的世界に関係をもつ技術と科学であり、後者の場合は、人間という内的世界に関係をもつ技術と科学である。フラッドによれば、大宇宙と関係ある技術(テクニック)ないし科学技術(テクノロジー)は、基本的にヴィトルーヴィウス的技術であると認められる。」
「言いうることは、イギリスにはヴィトルーヴィウスの影響の伝統がとだえることなくつづいて、ジョン・ディーとロバート・フラッドの二人に作用したということ、またこの伝統は科学技術(テクノロジー)の発達、とくに発達しつつあった劇場芸術において必要とされた科学技術とつながりがあったということである。」

「図版において自分の論旨に正確な視覚表現を与えることは、フラッドが明らかにとても重要視していたことである。このことは、象徴として、また記憶を助ける手段として、これらの図版が意義をもっていたことを示している。フラッドは象徴的にも記憶術的にも論旨と完全に一体に結びつくものとしての絵文字(ヒエログリフ)の考え方に取り付かれていた。」

「ここでふたたび深い意義をもつ二つの歴史上の年代を強調したい。ディーの「序文」が出版されたのは一五七〇年であった。ジェームズ・バーベッジが劇場座を建てたのは一五七六年であった。この六年の間にユークリッド『原論』とその「序文」は、「一般の職人たち」の間に新たな熱意を押しひろめ、彼らが実際的経験から知っていた幾何学と数学を新たに応用する仕方とその新しい意義とを彼らに示し、すべての科学に君臨する女王としての古代建築の新しい見方を切り開いてみせたのであった。このように沸き立つように高揚した運動のなかにこそ、指物師兼俳優で、新しい劇場を建てたいと望んだジェームズ・ベーベッジを置いてみるべきだと私は信じている。彼がこの新しい劇場を古代劇場にいささか似たものにしたいと願ったのは当然のことであったし、事実この当時のイギリスの劇場が同時代の人たちに古代劇場に似たものであるとの印象を与えたことは、われわれがすでに見た通りである。」

「本書のひとつの主題は、イギリスにおけるルネッサンスのある流れを代表するものとして、ジョン・ディーとロバート・フラッドを示すことであった。この両者は、マルシリオ・フィチーノやピコ・デラ・ミランドラからの系統をひいた、いわゆるルネッサンスのネオプラトニズムがヘルメス的要素やヘブライの秘儀(カバラ)的要素をつよく吸収している強力な影響力の流れから生まれ出たのであった。ディーやフラッドは、ルネッサンス期としては大へん遅い時期に現われたのであった。しかし、この両者は時期的に遅れはしたものの、とくに強力な形でイギリスに浸透してきたヘルメス的伝統を代表するルネッサンス哲学者とよばれる資格がある。
これまでディーとフラッドを隠秘学(オカルト)的な著作家とする偏見があったため、歴史の上で彼らが非常に重要な意味をもっていたのを認識するのがおくれているのである。この偏見は、ルネッサンス哲学全体が、オカルティズムを吸収していた事実を無視しているのである。」
「ディーとフラッドの著作のうちで本書が比較的詳細に研究した面は、両者の著作にたいするヴィトルーヴィウス自身からの影響と、ルネッサンス期のヴィトルーヴィウス解説者たちからの影響である。」
「非常に広範囲に各方面の研究の分野を網羅するこの新しい文脈の中で、私はこの時代の劇場史を示そうと試みたのであった。この劇場というのは、イギリス・ルネッサンスで最高度の芸術がつくりあげられた領域なのである。だから、ディーとフラッドを貫く線が劇場史への新しい筋道であることが判明しても少しも意外ではない。この劇場史の新しい筋道によって、エリザベス朝時代とジェームズ朝時代のロンドンの公衆劇場が、古代劇場を改作してこの時代に適合させた劇場であり、これがディーを中心とする活動から生じた民衆規模のヴィトルーヴィウス復興運動の中でつくり出された劇場であると理解できるのである。
本書がもたらすひとつの結果は、イギリスの公衆劇場、とくにそのもっとも著しい例である地球座にたいする見方の変化であるべきだし、またそれであってほしいと思う。地球座の「理念」はいまや当然変るべきである。(中略)新しい時代に適合し、かつルネッサンス・キリスト教の精神(エトス)に影響されたあり方で古代劇場の最も重要な側面をこの上なく精妙に表現した民衆劇場という考え方になるべきである。」
「本書に集めたさまざまな種類の証拠は、ことごとく地球座の「理念」として「世界劇場」を指し示している。円形の黄道帯(ゾディアック)内部の三角形分割(トライアンギュレーション)を基礎とする平面図形をもった古代劇場の宇宙構造的意味に、さらに神殿としての劇場という宗教的意味とまたそれに関連したルネッサンス教会の宗教的・宇宙的意味がつけ加わった。地球座は魔術的劇場であり、宇宙的劇場であり、宗教的劇場であり、「世界劇場」の内部で人間の生のドラマを演じる役者たちの声と身振りを最大限に支援するように設計された俳優のための劇場である。」
「シェイクスピアにとって彼の劇場は、宇宙のパターンであり、大宇宙の観念であり、小宇宙たる人間が与えられた役柄を演じる世界〔宇宙〕舞台であっただろう。「世界全体はひとつの舞台である」。このことばは真の意味で地球座の本質をとく鍵である。」
「地球座の建物は、細部にわたって復原されることは決してないであろう。が、長い間姿を消していたこの木造の劇場建築物は、いまやヨーロッパの伝統の中で、他に置きかええないそれ自身の独自の位置を占めることができる。この劇場は、ルネッサンス期のヴィトルーヴィウス復興運動の伝統の中でなされた大胆で独創的な古代劇場の改作であった。」



























































フランセス・イエイツ 『シェイクスピア最後の夢』 (藤田実 訳)

フランセス・イエイツ 
『シェイクスピア最後の夢』 
藤田実 訳


晶文社 1980年12月25日初版/1989年2月10日2刷
256p 図版(モノクロ)8p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,370円(本体2,301円)
ブックデザイン: 平野甲賀
カバー絵: 騎士たちの馬上試合(ヴァロアの綴れ織り)
Frances A. Yates : Shakespeare's Last Plays - A New Approach, 1975



原題直訳は「シェイクスピアの後期の劇――新しいとらえかた(アプローチ)」。

著者による「はしがき」より:

「本書の表題は、一九七四年一月にロンドン大学ユニヴァーシティ学寮(コレッジ)で、私が連続四回にわたって行ったノースクリフ卿記念文学講義の表題と同じである。(中略)私は、シェイクスピアが自らの時代の諸問題とその時代の思想の流れにどのようなかかわり方をしていたかについてこれまで考えてきたことを、(中略)ひとつ仔細に点検してみようと思ったのであった。(中略)本書の最初の四章は、講義の際の話し言葉から書物に書く言葉に移しかえる時に、どうしても文体の上で変えなければならなかったところや、小さい部分でいくらか内容を書き改めたところをのぞけば、(中略)講義をほとんどそのまま収録してある。(中略)本書の四つの章の前には、これまで発表した私の研究をいくらか概略した序章を添えてある。本書で私が研究したことは、これまで刊行した私の著作の中に含まれた私の仕事を発展させてできたものである。」
「第五章(中略)は、先の連続講義の一部分ではなく、まったく新規に筆をとったものである。」



シェイクスピア最後の夢1


カバーそで文:

「1603年、エリザベス女王の死とともに、イギリスのルネッサンスが死んだ。〈ルネッサンス精神の嫡子〉シェイクスピアは、その後の困難な晩年を13年間生きる。
スペイン旧教勢力の抬頭によって扼殺されつつある〈陽気なイングランド〉を救えるか――その最晩年の劇「シンベリン」「あらし」「ヘンリー八世」にこめられたシェイクスピアの最後の希望を読み解き、ヨーロッパ精神史の十字路に迫る。」
「フランセス・イエイツ ルネッサンス研究の第一人者として知られるイギリスの女性文学者・歴史家。1899年生まれ。シェイクスピアへの関心を持続しながら、ヨーロッパ各国のルネッサンス精神史研究に従事。1944年以来、ナチスドイツを逃れロンドンに移った「20世紀の知の宝庫」ワールブルク研究所のスタッフに加わる。『記憶術』『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス主義的伝統』をはじめヨーロッパ思想史を書きかえる秀れた著作がある。」



目次:

はしがき

序章
1 ジェームズ一世時代のエリザベス朝復興運動
2 『シンベリン』
3 『ヘンリー八世』
4 〈後期の劇〉における魔術――『あらし』
5 続編――シェイクスピアの〈後期の劇〉とベン・ジョンソン
結び

原注
訳注
訳者あとがき



シェイクスピア最後の夢2



◆本書より◆


「チューダー王朝やスチュアート王朝の人たちが大いに利用した「ブリテン」の伝説の典拠は、もちろんジェフリー・オブ・モンマスの書いた有名な『ブリテン諸王歴代誌』である。これは十二世紀の著作で、トロイ人アエネアスの子孫のブルートがどのようにアルビオンの島にやってきて、そこにアーサー王にいたる代々のブリテン王の系譜の土台を築いたかということを、胸がわくわくするように物語ったものである。十六世紀のはじめにポリドーア・ヴァージルは、ジェフリー・オブ・モンマスがこの『ブリテン諸王歴代誌』を書いたということの確かさ具合にすでに疑問を発しており、それ以後、そのことには他からも批判が向けられていた。しかし、この書物はチューダー王朝の王統伝説の土台をなすものとして、感情の面からなくてはならぬものであった。この伝説を通して、チューダー朝は他のヨーロッパの王朝にひけをとることなく、トロイの血筋をひく家柄をつくることができたので、いろいろな批判は無視されて、この「ブリテンの歴史」はエリザベス朝人の想像力の中に堅固に祀りあげられた状態になっていた。歴史批評の成長とともに、だれしもこのブリテンの伝説の支配力が十七世紀の初頭までに弱まっただろうと予想するだろうが、すでに見たように、この伝説は今度はスチュアート王朝へと応用されて、その力と重要さをなおも維持したのであった。新しいスチュアート王朝は古きチューダー王朝と連続していることを強調することによって、人びとが感情の面で新しい王朝に忠誠心を移しかえることをたやすくしたのであった。」

「エリザベス朝の新教思想と、この思想のあらわれとしての宗教改革を経た、純粋なキリスト教を意味する純潔と貞節の比喩表現は、エリザベス朝の騎士道の理念とわかちがたく溶け合っているのである。アーサー王とその騎士たちの純粋さ、ないしはプロテスタント的騎士道の倫理は、宗教改革を経たキリスト教の神学的純粋さと結合しあって、エリザベス朝時代にあった〈処女王(ヴァージン・クイーン)〉をめぐる比喩表現を形成する。しかもシェイクスピアは、ジェームズ一世の時代に至ってもなお、その王女エリザベスをめぐって、この比喩表現を用いているのである。ブリテンの騎士道の伝統にある古代的純粋さと、国王の手になるチューダー王朝の宗教改革の神学的純粋さとが結合するという二重にかさなった歴史の流れが、歴史にたいするこの詩的な見方に浸透しているのである。その一方のチューダー朝の宗教改革の方の流れは政治的角度から歴史の見方に浸透して、イギリスのローマ・カトリックからの分離を正当化し、またもう一方のブリテンの古代的純粋さの流れは、宗教改革の方の流れを騎士道的伝統や騎士道精神の純粋さと合体させて、神秘主義と神話と魔術へ通じる扉をひらくのである。
この見方の中には、ルネッサンスの古代神学(プリスカ・テオロギア)への信仰、古代の想像上の智者(マグス)たちを起源とする伝統ある純粋性と宗教的価値へのルネッサンス時代の信仰に非常に似たものがある。この古代の智者とは、想像上のエジプトの予言者でありヘルメス的哲学と魔術の師である、ヘルメス・トリスメギストスや、ゾロアスターや、オルフェウスや、その他の想像上の古代的真理の教師たちのことである。ルネッサンスの新プラトン主義者は、神秘的洞察や魔術的直観の次元では、あらゆる宗教的真理を綜合してもよいとする信念の正しさを、これらの智者たちに見たのである。純粋のブリテンの古代神学とチューダー朝の宗教改革が、ルネッサンス新プラトン主義のあらゆる豊かな内容とその核をなす魔術、およびそれが開いてみせた限りなく豊かな比喩表現と融合したものが、スペンサーのエリザベス女王をめぐる叙事詩『妖精の女王』の本質をなすのである。スペンサーのこの詩は、〈処女王〉としてのエリザベス女王を中心にしたもので、詩人の論点を展開するための土台として、ブリテンの歴史とチューダー朝の歴史を結合させている。フィリップ・シドニーもまた、ルネッサンスのさまざまな影響の浸透したアルカディア的空想物語(ロマンス)を書くための土台として、ブリテン的騎士道と結びつく宗教改革を利用している。
私はシェイクスピアの〈後期の劇〉全体を、古代復興として、つまりジェームズ一世の時代に生き残った古いエリザベス朝人による意識的な過去への復帰として見たいと思う。」

「「ヘルメス・トリスメギストス」なる人物が書いたとされるいわゆる「ヘルメス文書」があって、これが、ルネッサンス時代にとほうもなく大きい影響力を発揮したのであったが、この「ヘルメス・トリスメギストス」は実在ではなく、想像上の人物なのであった。このヘルメス・トリスメギストスの書いた著作は、ネオ・プラトニズムに含まれたヘルメス主義的な核をなすものとして、ネオ・プラトニズムとつながりをもつものであった。このことは今日ではよく知られていることである。ヘルメス・トリスメギストスが書いたと思われていた著作の中には、漠としてはいるが敬虔なる感情の〈宇宙宗教〉を教えるものがあるが、また明瞭に魔術に関係したものもあり、とくに『アスクレピウス』がそうである。これは対話形式になっており、ヘルメス・トリスメギストスは、音楽の伴奏を含むさまざまな儀式や作法によってエジプトの古代僧侶が神々の像に生命を吹きこんだとされる宗教的魔術が、どのようなものであったかを述べている。ヘルメス・トリスメギストスを宗教哲学者として讃仰する多くのルネッサンス期の人たちは、魔術を容認しないゆえにに、ヘルメス正典から『アスクレピウス』を締め出したのであった。しかし、ジョルダーノ・ブルーノのような徹底した宗教的ヘルメス主義者は、その教説の土台をなすものとして、『アスクレピウス』に述べられた魔術を採り入れていたのであった。その教説とは、つまり来るべき魔術=宗教による社会の改革の訪れを告げ報らせようとするものであって、この改革では世界は失われた原初の黄金の時代に回帰することになるのであった。ブルーノは、イギリスで出版したイタリア語の対話形式の著作の中で、この魔術的=宗教的使命を述べ伝えているが、そこには『アスクレピウス』の中の、生命を吹きこんで神を創ることを記した一節からの影響が溢れている。ブルーノは『アスクレピウス』からのこの一節を、自然および自然の中にある神的なるものを深奥まで理解したものと解釈したのであった。
シェイクスピアは、『冬ものがたり』の中の、ポーライナがハーマイオニーの彫像を動き出させる場面では、『アスクレピウス』の中の神を創造する有名な一節を暗示しているのである。」

「プロスペローは、アグリッパの教える〈隠秘哲学〉を学んで、それを実践にうつす方法を知ったのである。さらにアグリッパと同様にシェイクスピアは、真の魔術者の高度な知的・道徳的魔術が、低級で醜い妖術や魔法とはいかに根本的に異っているかを、『あらし』の中で明らかにしたのである。プロスペローは魔女サイクロックスやその邪悪な息子キャリバンから対極的に離れた存在である。たしかに、プロスペローは良き魔術者=智者として、世界を改革する使命をおびている。彼は自分の島という世界から魔女の悪しき魔術をとり除く。良き者には報いを与え、悪しき者はこれを罰する。彼は正義の審判者、もしくはすぐれた徳を備え、世の中を改革してゆく君主であって、その魔術=科学の力を善なる目的のために用いる。『ヘンリー八世』における進歩的(リベラル)なプロテスタントの宗教改革の勝利は、『あらし』においては魔術の島の夢の世界において世の中の改革を実行する智者の勝利に、よく似た対応点が見出せる。
プロスペローの魔術は、それゆえに良い魔術であり、社会を改革する魔術である。しかし彼の魔術がそこで働きをみせる知性の構造ないし組織とは、厳密にどのようなものなのであろうか。この点でわれわれは、アグリッパが定義したことを参考にしなければならないが、それは、やや思い切って単純化すると次のようになる。
宇宙は三つの世界に分けられる。すなわち地球上の自然からなる元素的世界と、星々からなる天上的世界と、精霊ないし知性ないし天使からなる超天的世界である。自然的魔術は元素的世界で働く。天界の魔術は星辰の世界で働く、そうしてさらに最高の宗教的魔術があって、これは超天的世界で働く。気高い宗教的智者は、魔術をもって超天界の精霊や知性をよび出して、自分の働きの助けをなさしめることができる。この種類の魔術を敵とする者たちは、これを悪魔的な魔法とよび、また実際に、深い宗教心からこの魔術を信じた者も、天使の代りに悪しき精霊、すなわち悪霊をよび出してしまう危険をつねに認識していた。プロスペローは精霊を魔術によってよび出す力をもっており、彼がよび出すエイリエルという精霊を通してその働きを行ったのであった。『隠秘哲学』というルネッサンス魔術の案内書で説かれている魔術の二つの大きな分野である〈魔術(マギア)〉と〈カバラ〉のうち、プロスペローは、病を癒すセリモンの魔術、すなわち『冬ものがたり』に広く浸透している深い自然的魔術よりも、主としてカバラ的な精霊をよびおこす魔術の方を用いているように思える。
プロスペローのことを考えるに当って、ジョン・ディーの名前をもち出すことはどうしても避けられないことである。ジョン・ディーはシェイクスピアが知りあっていたにちがいない偉大な数学的智者(マグス)で、フィリップ・シドニーの師であり、またエリザベス女王に深く信任されていた人物である。一五七〇年に刊行された英訳のユークリッド『原論』につけた彼の有名な「序文」は、エリザベス朝の科学者や数学者たちの新興の世代の人たちの〈バイブル〉となったのであるが、この「序文」の中で、ディーはアグリッパにならって三つの世界の理論を述べ、アグリッパと同様に、この三つの世界のすべてを貫いて、〈数〉がそれらを結びつける鎖の輪として存在していることを強調している。(中略)低い地上の元素的世界では、彼は数を科学技術と応用科学として研究した。天上的世界では、彼の数の研究は占星術と錬金術に結びついていた。超天的世界では、(中略)数の計算法によって精霊をよび出す秘法を発見したと彼は信じていた。ディーの型の科学は「薔薇十字的」なものと分類しうるのである。この「薔薇十字的」ということばが用いうることはすでに私が示唆しておいたとおりで、このことばを用いて私は、魔術=科学の伝統の歴史の中に、ルネッサンスと十七世紀の間に介在したひとつの段階を指し示しているわけである。
プロスペローというすべてを支配する人物は、まさしくこのような薔薇十字的段階を象徴している。われわれはこの人物を、劇の中では、魔術を用いて精霊をよび出す人だと見る。しかしこのようなディーに似た人物がもつ知識には、科学へと発展してゆく数学、とくにディーが堪能で、エリザベス朝の大航海家たちに教え、航海術の科学へと発展してゆく数学が、含まれていたであろう。」
「私は、シェイクスピアの『あらし』を見る新しい文脈をここに提案する。この劇は単独にひとつ切りはなされて生じた現象ではなく、〈最後の劇〉のグループを構成するひとつの劇なのである。〈最後の劇〉に属する他の劇も、学問としての魔術の雰囲気を呼吸している。すなわち『ペリクリーズ』のセリモンの医学的魔術、『冬ものがたり』の深遠なヘルメス主義的魔術、『ヘンリー八世』の精霊をよびおこす歌がそれである。これらの魔術はそれぞれお互いに結びつきをもっていて、すべてルネッサンス魔術の後期のものに属している。シェイクスピアの『あらし』はヨーロッパ精神史のぬきさしならぬ重要な局面、つまり十七世紀のいわゆる科学革命に相接し、その革命をひしひし予感している時代の局面を、最高度に表現してみせたもののひとつであろう。その主人公のプロスペローは、あまりにも明瞭に科学者としての魔術者であって、その宇宙観の内部で科学者としての働きをなすことができたのである。ただその宇宙観には、厳密な意味での科学が認めていない働きの分野が含まれていただけのことである。
プロスペローの見通しと狙いの中には、道徳の改革の要素も含まれていて、これは非常に重要なことである。それはユートピアの要素であり、薔薇十字思想の時代の科学的なものの見方にある主な特徴であった。そのような時代には、発達しつつある魔術=科学の知識は、改革した社会の中にこそ置くことが必要だと見られていたのである。そのような社会は、広がりゆく知識の流れをうけ入れるために、この新しい道徳への洞察によって広く開かれた社会でなければならなかった。科学者としてのプロスペローはまた、自分の支配する孤島を、悪の影響から解放することに打ちこむ道徳改革者でもあった。
最後にわれわれは、『あらし』を『ヘンリー八世』との関連において見なくてはならない。というのは、『ヘンリー八世』では、シェイクスピアの〈後期の劇〉のもつ道徳や社会を改革しすべてを調和させてゆくという主題が、実在の歴史上の人物を通じて表現されているからである。」

「基本的には、この研究でシェイクスピアのとらえかたとして私が採ったのは歴史主義的方法で、たんに出来事としての歴史という文字通りの意味だけでなく、歴史にかかわりをもち、比喩表現(イメジャリ)の形であらわされたものとしての観念(思想)の歴史の意味においても、歴史というものを利用したのであった。」
「この時期には、王家の若い世代、つまり皇太子ヘンリーとその妹君の王女エリザベスとを中心にして、エリザベス朝の伝統の復活があったことをわれわれは知った。ジェームズ一世時代の中でのこのエリザベス朝復興を、われわれはシェイクスピアの〈最期の劇〉と関連づけようと努めた。そして、シェイクスピアはこの一群の劇で青春時代に自分の魂に生気を吹きこんでくれたものをふり返り、それがまた若い世代の中にまた新たに生れてくるのを発見した、あるいは、発見しようと念願したことを示唆しておいた。」

「〈後期の劇〉に見られる愛の魔術にもとずく幸福な解決が可能に見えたのは、ルネッサンスの魔術的世界の中でだけのことであった。そうして、この魔術的ルネッサンス世界に危機が迫っていたのであった。」

「イギリスにおけるエリザベス朝復興の運動は、ジェームズ一世がスペインに対する利害関係を重んじて最後にこれに水をさし、また三十年戦争でこの運動がドイツで拡大するのに成功せずに抑圧されたことが原因で、失敗に帰してしまった。」

「シェイクスピアの『あらし』が、ジョン・ディーの精神の注入された、また(アンドレーエのように)秘教的伝達のために演劇による寓話を利用した一種の薔薇十字宣言であるとみれば、エリザベス朝復興運動は、『あらし』においてその最高の詩的表現に到達していると敢えて言いうるのではないか。
ヨーロッパのカトリック圏では、ルネッサンスの影響は反宗教改革運動においてきびしく阻止された。ジョルダーノ・ブルーノの死をきっかけに、ルネッサンス哲学を抑圧しようとする強力な動きがすでに出ていたのであった。ルネッサンスでは標準的であった(薔薇十字的音楽哲学を鼓吹する)フランチェスコ・ジョルジの『宇宙の調和』が疑惑を受けるようになった。哲学と文学批評の双方における新アリストテレス主義が、ルネッサンスの新プラトン主義を食い止める役を果していた。このようなルネッサンスの潮流を阻止する動きが、ヨーロッパ中のいたるところで行われていた。フランスでは、バイフの詩歌音楽院がフランス・ルネッサンスの新プラトン主義の傑出した成果であったが、この新プラトン主義が新しい思想の傾向の前に膝を屈しつつあった。
本書が困難だが新しい課題としているのは、シェイクスピアをヘルメス主義の伝統の中にすえてみる試みである。われわれは、秘儀的・魔術的思考がすでに危険にさらされている世界で、おそくなってから不意にそのような思考がほとばしりでてきたところに、他ならぬシェイクスピアが属していたのだというように考えはじめているが、目下の段階ではあまり性急すぎた限定を下すのを避けることが大切である。」





















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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