カルロ・ギンズブルグ 『闇の歴史 ― サバトの解読』 (竹山博英 訳)

「様々な衝突のある社会では(つまり、おそらく、どの社会にもあてはまるはずだが)、ある人物にとっての悪はその敵にとって善とみなされることだろう。だがだれが何を「悪」と決めるのだろうか? ヨーロッパで魔女狩りをしていた時、特定の人物が「魔女」あるいは「魔術師」だと、だれが決めていたのか? その判定は、常にある力づくの関係の結果であり、その結果が縦横に走るように普及すればするほど効果的になった。迫害者が提起した、敵対的な型にはまったイメージを取り入れることによって(中略)、犠牲者は自らの文化的アイデンティティを失うことになった。」
(カルロ・ギンズブルグ 『闇の歴史』 より)


カルロ・ギンズブルグ 
『闇の歴史 ― サバトの解読』 
竹山博英 訳


せりか書房 1992年11月20日第1刷発行
513p 索引v 図版16p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価4,429円(本体4,300円)
装幀: 工藤強勝+竹内雄二
Carlo Ginzburg : Storia Notturna: Una decifrazione del sabba



『ベナンダンティ』続編。
歴史の闇に葬られたユーラシアのシャーマニズム的古代信仰の世界。

本書「訳者あとがき」より:

「『ベナンダンティ』は十六、十七世紀に、北イタリアのフリウーリ地方で農民たちが行なっていた、不思議な農耕儀礼を研究した本だった。それは夜に畑の豊饒のために恍惚状態で戦う男たちと、やはり夜に恍惚状態で死者を見る女たちとを扱っていた。この男女は、やがて異端審問官たちによって、サバトを行なう魔女、魔術師として告発され、ベナンダンティの農耕儀礼はサバトとして断罪された。
ギンズブルグは『ベナンダンティ』を執筆中に一つの問題点に出会った。それはベナンダンティの告白の中に、夜間の飛行、動物への変身といったシャーマニズムに通ずると思える要素があることだった。ユーラシア大陸北部の広大なステップ、タイガ地帯に存在したこの信仰が、なぜ中世ヨーロッパの魔女裁判に出て来たのだろうか? 一体いかなる関係が存在したのか?」



闇の歴史1


帯文:

「魔女の饗宴サバトとは何か。ユダヤ人迫害や異端審問の資料から、ユーラシア大陸に時空を越えて出現するオイディプス、シンデレラ等の神話、寓話、儀礼を詳細に検討し数千年にわたる民衆文化の基底に潜むシャーマニズム的要素を開示し、人間存在のもう一つの核心に迫る。」


帯背:

「魔女の饗宴と通底する
ユーラシアの闇の世界」



カバー:

「人間が何千年ものあいだ、神話、寓話、儀礼、恍惚体験によって象徴的に表現してきた、不可解な体験は、われわれの文化、われわれが地上に存在するあり方の、一つの隠された中心として存在し続けている。過去を知ろうとする試みもまた、死者の世界への旅の一つなのだからである。」


カバー裏:

「オイディプスの跛行から、シンデレラの靴まで、その道のりは曲がりくねり、錯綜していたが、形態的類似に導かれてたどることができた。われわれはまったく異なった文化的文脈に起源を持つ、それらの神話や儀礼に見られる、内奥の相似を再構成することで、探究の過程で遭遇した、一見すると説明不可能であったり、二次的な細部を解釈することができた。それはリヴォニアの狼憑きの集団を率いる跛行の子供と、オリエンテが生き返らせた動物たちである。だがこの神話と儀礼の複合体に、大まかであっても、何らかの地理的区分を導入すると、対立が姿を現わすのが見えてくる。半身の人間、あるいは再生のために殺された動物の骨を集める風習は、ユーラシア大陸、北アメリカ、アフリカ大陸に見られる。」


目次:

序論
第一部 
 第一章 ハンセン病患者、ユダヤ人、イスラム教徒
 第二章 ユダヤ人、異端者、魔女
第二部
 第一章 女神を追い求めて
 第二章 例外の検証
 第三章 恍惚状態での戦い
 第四章 動物への仮装
第三部
 第一章 ユーラシア的推測
 第二章 骨と皮
結論

訳者あとがき
索引



闇の歴史2



◆本書より◆


「序論」より:

「様々な衝突のある社会では(つまり、おそらく、どの社会にもあてはまるはずだが)、ある人物にとっての悪はその敵にとって善とみなされることだろう。だがだれが何を「悪」と決めるのだろうか? ヨーロッパで魔女狩りをしていた時、特定の人物が「魔女」あるいは「魔術師」だと、だれが決めていたのか? その判定は、常にある力づくの関係の結果であり、その結果が縦横に走るように普及すればするほど効果的になった。迫害者が提起した、敵対的な型にはまったイメージを取り入れることによって(中略)、犠牲者は自らの文化的アイデンティティを失うことになった。この歴史的暴力の結果を記録するのに留まりたくないものは、資料が単に形式的対話に終わらない稀な場合に働きかけるよう、努めなければならない。つまり迫害が消し去ろうとした文化の断片が、変形とは比較的無縁な形で取り出せるような資料である。」


「ハンセン病患者、ユダヤ人、イスラム教徒」より:

「普通の人にとってさらに重要だったのは、十三世紀から十四世紀にかけて、ユダヤ人とハンセン病患者を社会の外縁に追放しようとした収斂的傾向だった。一二一五年のラテラン公会議は、ユダヤ人は服に、普通は黄色か、赤か、緑の丸い布をつけるように定めた。ハンセン病患者も特殊な服を着なければならなかった。灰色か、(希には)黒の外套で、赤い帽子と頭巾をかぶり、時には木製の鳴子(クリケット)を持たなければならなかった。(中略)マルシアク公会議(一三三〇)で、ユダヤ人とハンセン病患者はすぐに見分けられるように、目印をつけるべきと義務づけられたことは、両者にどれだけ汚名の烙印が押しつけられていたかを物語っている。パリの聖イノサン墓地の扉には、「狂人、ユダヤ人、ハンセン病患者と交わらないよう注意せよ」という碑文が掲げられている。」
「外縁化が彼らに集中したのは、彼らの状態が不分明で、枠の縁にあったからだった。(中略)だが十三世紀末から十四世紀初頭にかけて、外縁性は差別に変化した。」



「女神を追い求めて」より:

「エリク、パルシファル、ランスロットといった英雄は、橋、草原、荒野、海などで人間の世界とへだてられた不思議な城へ旅をするが、それは死者の世界への旅だと認められている。時には地名自体がその素性を明らかにする(リモール、シャステル・ル・モール)。それは生き物が時の流れから解放された土地である。旅行者はそこで食べる食べ物に注意しなければならない。死者の食べ物は、古い伝承によると、生者に禁じられているのである。」


「ユーラシア的推測」より:

「教会法学者や異端審問官たちにはディアーナと同一視され、シャーマニズム的恍惚体験信仰の中心にいて、動物に囲まれたり、半分動物の姿で表わされた夜の女神。われわれはその中に、狩猟や森の保護者である、ユーラシア的女神の遠い子孫を認めた。二千年の年月と、何千キロものタイガとステップ地帯を(中略)一飛びで飛び越えさせるこの近似は、純粋に形態学的根拠をもとに定式化された。今、それをある歴史的系列に転換する可能性がかい間見えている。ステップ地帯の遊牧民、スキタイ人、トラキア人、ケルト人とつながる系列である。われわれは恍惚状態、魔術的飛行、動物への変身といったシャーマニズム的主題が、スキタイ人の領域にも、ケルト人の領域にも存在したことを見てきた。」


「結論」より:

「生者の社会では、死者は、社会体制に不完全に組入れられているものたちによってしか体現できない、と言われている。この原理は、コーカサスのクセヴスル族の間で行なわれる、ドゥギの葬送儀礼によって完全に明らかにされる。この儀礼では、死者と女は暗黙裡に同一視される。両者とも部族の参加者であり部外者で、内部にいるのと同時に外部にいるからである。だが陰謀の側面でも、シャーマン的仲介者の側面でも、外縁性、つまり不完全な同化が、魔女や魔術師の歴史的先行例となるものたちの共通項となっている。木の鳴子、色のついた小車輪、羊膜袋、余分な数の歯が、ハンセン病患者、ユダヤ人、異端者、ベナンダンティ、タルトスらを、それぞれの場合に、社会的共生と隔離、真の信仰と異端、生者の世界と死者の世界との間に介在する存在として明示していた。一三二一年、ハンセン病患者たちは、健常者の侮蔑に復讐するため、健常者に病気をうつそうとしている、とされた。その二年前、アルミエのアルノー・ゲリは、普段つきあっている死者たちが、あらゆる男女の生者たちの死を願っている、と語った。陰謀という主題の奥底には、たとえ新しい言葉で練り上げられているにしても、非常に古い主題があった。それは最近死んだ死者が――まさに最上の外縁的存在である――生者の社会に抱く敵意である。」
「もし埋葬が死者に対抗する儀礼でもあることを認めるなら、魔女や魔術師の火刑に付与された浄化的価値を理解できることだろう。特に魔女の持つ浄化価値である。周知のように、悪魔崇拝裁判での女性の被告(あるいは有罪者)の割合は、地域によって大きく違っていたにもかかわらず、女性の火刑は非常に多かった。(中略)もちろん、悪魔崇拝で告発される可能性があったものたちの中で、女性が、外縁者の中でも特に外縁的に見えたことは(特に一人で生きている女性の場合、つまり社会的に無防備の場合)、想像するに難くない。だがこの外縁性は、弱さの同義語である以外に、人々が、生命を生み出すものと、死者やいまだ生まれざるものの無定形の世界との隣接性を、多少なりとも漠然と感知したことをも反映しているのである。」



闇の歴史3



こちらもご参照下さい:
カルロ・ギンズブルグ 『ベナンダンティ ― 16-17世紀における悪魔崇拝と農耕儀礼』 (竹山博英 訳)




































































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カルロ・ギンズブルグ 『ベナンダンティ ― 16-17世紀における悪魔崇拝と農耕儀礼』 (竹山博英 訳)

「ベナンダンティ信仰は、神学的にも教義的にも悪魔学的にも、支配階級の文化の図式には収まらなかった。それは非理性的な突出物だったから、既成の図式に収まるか、さもなくば消え去るしかなかったのである。」
(カルロ・ギンズブルグ 『ベナンダンティ』 より)


カルロ・ギンズブルグ 
『ベナンダンティ
― 16-17世紀における悪魔崇拝と農耕儀礼』 
竹山博英 訳


せりか書房 1986年2月20日第1版発行
398p 序文xix 目次・地図(イタリア全図)ほか3p
四六判 丸背紙装上製本 カバー 定価3,000円
装幀: 工藤強勝
Carlo Ginzburg : I Benandanti: Stregoneria e culti agrari tra Cinquecento e Seicento



「訳者あとがき」より:

「本書は一九六六年にイタリアで初版が出版され、一九七二年にその後の研究成果をふまえて増補、改訂がなされた改訂版が発行された。本書(中略)はこの改訂版をもとにしているが、(中略)著者のギンズブルグよりさらに改正の指示があったため、改訂版に新たに改訂が施されることになった。」

本文中図版(モノクロ)4点。


ベナンダンティ1


カバーそで文:

「16-17世紀、北イタリアのフリウーリ地方に《ベナンダンティ》とよばれる魔術師たちがいた。彼らは農作物の豊饒を願い、兎、猫にまたがり悪の魔術師と夢の中で戦いをくり広げたという。農民の恐れと不安、欲望、希望を一身に体現するベナンダンティと異端審問官との息づまる対決を通して、キリスト教化以前の真の民衆文化の姿を斬新な手法で浮彫りにしたギンズブルグの処女作。ギンズブルグへのインタヴューを収録する。」


カバー裏文:

「「ある時はある野原に、また別の機会には別の野原に行く、グラディスカのこともあるし、ヴェローナまで足をのばすこともある、そしてみなで一緒になって戦い、気晴らしをする……悪をなす男女たちは畑に生えるもろこしの茎を使い、ベナンダンティの男女たちはういきょうの茎を使う……適当な日を選んで出かけるのだが、特に大きな集まりを催す木曜日には広い野原に行く、その日は前もって決められている……そして魔術師や魔女たちは立ち去る途中で悪さをするから、それをはばむためベナンダンティは後を追わなければならない。ベナンダンティは家に入って手おけにきれいな飲み水が入っていないと、地下室に降り、樽の栓から汚いものを入れてぶどう酒をだめにしてしまう……」。」


目次:

序文 (1965年3月)
改訂版への序文 (1972年10月)
外国語版への序文 (1980年)

第一章 夜の戦い
第二章 死者の行進
第三章 異端審問官と魔女の狭間のベナンダンティ
第四章 サバトのベナンダンティ

原注
付録: モドゥーコとガスパルットの審問記録

ギンズブルグへのインタヴュー: 『ベナンダンティ』はいかにして書かれたか (竹山博英/1985年9月17日)
訳者あとがき (竹山博英)



ベナンダンティ3



◆本書より◆


「序文」より:

「私が本書で試みたのは、一六世紀の末から一七世紀半ばにかけて、フリウーリ地方の農村社会で、その宗教的行動や広い意味での民衆の心性が、いかなる状態にあったか研究することである。だがこの研究はある極度に限定された視点からなされている。つまりある民間信仰が外部からの圧力により、徐々に悪魔崇拝(ストレゴネリーア)に同化される過程を扱っているのである。」

「そこではベナンダンティを中核にした純粋に民衆的な性格をもつ一つの信仰が、異端審問官たちの圧力のため、少しずつ変化してゆき、結局は伝統的な悪魔崇拝の外観を呈するに至るまでの過程が示される。しかし本書で例示されたように、判事が尋問中に示した図式と、被告が語る像との間には食い違いや落差がある。それだからこそそこから純粋に民衆的な基層を取り出すのが可能になるのだ。その基層は徐々に変質をこうむり、やがて支配階級の文化の枠組みに呑みこまれ、姿を消すことになった。」

「本書はゲルマン的伝承とスラブ的伝承が流入しているフリウーリ地方で、さほど時をさかのぼった時期ではないが(一五七〇年以降)、まぎれもなく一つの豊饒信仰が存在した事実を明確に提示しようとしている。」



「夜の戦い」より:

「自分自身に関して、モドゥーコは少しのためらいも見せずに、「わしはベナンダンティの一員です。一年に四回、つまり四季の斎日に、仲間と戦いに行くからです。夜になって、魂に変じて、体は残し、目に見えない姿で出て行きます。わしらはキリストの側に立ち、魔術師たちは悪魔の側について互いに戦うのです。わしらはういきょうの束を持ち、やつらはもろこしの茎を使います」と述べた。」
「 「もしわしらが勝ったら、その年は豊作で、負けたら、飢饉になる」(中略)ベナンダンティの夜の集会の中心には、豊饒儀礼が姿を現わしている。それは一年間の農耕サイクルにあわせて作られている。
モドゥーコはもう八年間、ベナンダンティの仲間には加わっていない、と述べた。「二十歳で仲間に入り、もしやめたければ四十歳でやめられます」。この「一団」に加わるものはすべて「シャツを着て〔羊膜に包まれて〕生まれてきたものたちです……二十歳になって、兵士を召集する時のように太鼓の音で呼び出され、呼びかけには必ず応じなければならなくなります」。」

「ベナンダンティの成員は、饒舌や子供っぽい自慢癖から絶えず秘密をもらしている。この結社の構成員は何よりもまずある共通の要素で結ばれている。シャツを着て生まれてくること、つまり羊膜に包まれて誕生することである。」
「羊膜に包まれて生まれてきた子供は魔術師になる運命にある、という信仰は、フリウーリ地方やイストリア地方も含めて、イタリア各地の民間伝承にいまだに見られる。」

「ここまではベナンダンティを結社として扱ってきた。だがひどく奇妙な結社であり、その儀式は、ベナンダンティの証言から判断すると、夢の中で起きた出来事としか思えない。だが実際には、ベナンダンティ自身の意見は違っていて、彼らは「魂に変じて」参加する集会は、現実のものだ、と固く信じている。」

「「ベナンダンティの言うことには、魂が体の外に出ると子ねずみのような姿になり、その姿のまま戻ってくる、もし魂のない体がひっくり返されたりすると、魂は帰れなくなり、体は死んでしまう」。」

「ベナンダンティとシャーマンとの、単なる類似ではなく、実際上のつながりを想定しても、間違いはないと思える。恍惚状態、動物にまたがったり、変身して行なうはるか彼方への旅(狼、あるいはフリウーリの例に見られるように蝶やねずみ)、それも小麦の苗を取り返したり、農作物の豊作を確保するためである。こうした要素にまた、(中略)死者の行進への参加という要素が加わって、ベナンダンティは予言や夢想の能力を得るのだが、こうしたものはすべて一つにあわさり、ある像を形成する。それはシャーマニズムを連想させる。」



「死者の行進」より:

「ここでベナンダンティ全員を結びつけていた物質的条件の意味が明らかになる。つまりシャツを着て生まれることだ。「シャツ」とはヨーロッパや世界の各地の民間信仰では、「外部の魂」が宿る場所と考えられている。そこでシャツは放浪の魂、夭折した死者の世界に結びつけられる。それは死者の世界と生者の世界を結ぶ媒介、かけ橋である。それゆえたとえばデンマークのような国では、シャツを着て生まれてきた子供は、幽霊を見る能力があるとされるのだ。」
「一六世紀のフリウーリ地方の農民で、シャツに包まれて生まれる幸運を得たものは、かなり早くから、家族、友人、村全体の人々に、特別な「星」の下に生まれたと教えられたのだ。首に下げた「シャツ」は、(中略)その持ち主を逃れられない運命に結びつけていた。つまり成年に達すると、四季の斎日の木曜日に、不思議な昏迷状態に陥り、ベナンダンティの「仕事」を始めるのである。」



「異端審問官と魔女の狭間のベナンダンティ」より:

「ロダーロはこう語るだけだった。「わしは自分がシャツを着て生まれたこと以外は何も知らない、シャツを着て生まれたものはベナンダンティになるとみなが言ってるが、わしは母親に聞いて、シャツを着て生まれてきたことは知っています」。異端審問官はその重い口を開かせようとして、「シャツを着て生まれたものはベナンダンティになる」と言ったのはだれか、「ベナンダンティとは何を意味するのか?」、問いただしたが、徒労に終った。「わしはだれが言ったか分らない、というのもシャツを着て生まれるとベナンダンティになると、みなが口をそろえて言ってるからです。でもベナンダンティだってみなと同じキリスト教徒だと思う」。」

「ベナンダンティ信仰は、神学的にも教義的にも悪魔学的にも、支配階級の文化の図式には収まらなかった。それは非理性的な突出物だったから、既成の図式に収まるか、さもなくば消え去るしかなかったのである。」



「サバトのベナンダンティ」より:

「一六四八年一月三十日、異端審問官のジュリオ・ミッシーニ修道士のもとに、貧しい身なりの娘が出頭した。彼女はカミッロ・ディ・ミノンスの娘のメネガだった。彼女の懺悔を聞いた修道士たちが、異端審問官に、彼女は七歳の時から悪魔憑きになっている魔女だと前もって報告していた。彼女は次のように語った。
 「私の母は私を家に置きたがったのですが、義父はそう望みませんでした。そこで私は乞食をして歩き、施しで生きています。一度ある家で働いたことがあるのですが……とりついた悪魔が悪さをするので、主人は私を追い出し、こうして働くこともできずに、乞食をして歩いています」。かつてメネガはフェアディスの二人の女、ジャコマ、サッバタと知りあいになっていた(中略)。「ドンナ・ジャコマとドンナ・サッバタは私に魔術を教え、しこみ、父と母に従わぬよう、私を生み育てたものを呪うように言いました。自分の娘のようにできるだけよくしてあげるから、一緒にいるようにとも言いました。そしてイエス・キリストの信仰を呪うように、もしそうしなければ殺してしまう、神の尊厳など絶対に体験させない、と脅しました。(中略)さらにサッバタは母と義父との間にできた、まだ乳飲み子の妹を私にさらわせ、足で踏んで息を詰まらせました。(中略)結局その子を私に殺させたのですが、母が帰ってくると、私は本当のことを話しました。母は私が義父に殺されないようにととりつくろい、ほかの小さな子供たちが揺りかごをひっくり返し、そのため赤ん坊が死んだことにしました。すると義父は私を追い出したので、こうして施しを求めてさ迷い歩いているのです」。
メネガは義父にうとまれるか、あるいは無視されており、母は小さな子供たちの世話に忙殺されていた。だから彼女は自分の家で得られなかった母の慰安と保護を、二人の魔女に投影し、見出していたのである。二人の魔女は彼女の心の中で家庭の代替物となり、本当の家庭への彼女の不満と反抗を正当化したのだった。メネガはこの表現不可能な自分の感情を、ドンナ・ジャコマとドンナ・サッバタという名の虚構に作り変え、便利に利用した。かくも不幸な自分が存在する世界への冒涜的なまでの反感、他人には美しく居心地が良くても、自分にはそうでない世界を作った神への反発、こうした感情をメネガは二人の魔女に投影した。そのため彼女らは、メネガの意志に反して、神や聖水や火を呪うようにしむけたのだ。こうして魔女の一人が、母の愛を独占していた小さな妹への、抑圧されていた憎しみを吐き出すようにしむけた。この憎しみは無邪気にも彼女自身の言葉に一瞬だが顔を出す。「私がひどく憎んでいたのを利用して、口に灰を詰めさせました」。これほどはっきりした事例はまれにしか見られないことだろう。しかし悪魔崇拝が、メネガが味わったような心の傷と苦しみを軽減するのに、どれだけ貢献したか分らないのだ。」



ギンズブルグへのインタヴュー「『ベナンダンティ』はいかにして書かれたか」より:

「私はオカルト的なものへの興味はまったくと言っていいほどもっていません。おそらく文化的抗争という要素に引かれたのでしょうが、裁判記録に残された農民たちの話や彼らの生きざまに魅せられたのは事実です。ただもうずっと後になってからなのですが、ある友人に指摘され、魔女に無意識のうちに一種の思い入れをしていたことに気づきました。(中略)おそらくこうした思い入れはあったでしょうし、また意識していなかったからこそより重要なのかもしれませんが、いずれにせよその他にもいろいろな要素が集まって、魔女の問題に取り組むようになったのだと思います。」

「真に偉大であることとは、すべてのものごとに開かれた態度で臨むことではないのです。すべてに開かれていると、独創性を失うおそれがあります。」



ベナンダンティ2



こちらもご参照下さい:
カルロ・ギンズブルグ 『闇の歴史 ― サバトの解読』 (竹山博英 訳)
ミルチア・エリアーデ 『シャーマニズム』 全二巻 (ちくま学芸文庫)
谷川健一 『神に追われて』





































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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