『ヘルダーリン全集 4 論文・書簡』 (責任編集: 手塚富雄)

「私はやはりひきこもった孤独な生活を捨てることはできません、捨てたくもありません。」
「ぼくは現代の支配的な趣味とかなり頑強に対立しているが、しかし将来もぼくのこの強情さをゆずりはしない。そして願わくは、自己をあくまで貫徹させたい。」
「私は、自分自身と、(中略)私に似ているすべての人を、普通以上によく理解しているからこそ、本性、すなわち自然に従うのです。」

(ヘルダーリン)


『ヘルダーリン全集 4 論文・書簡』 
責任編集: 手塚富雄


河出書房新社 昭和44年2月20日初版発行/昭和63年3月21日9版発行
709p 口絵3p 目次1p 詳細目次・文献11p
四六判 角背布装上製本 貼函 定価9.800円(本体9,515円)
装幀: 山崎晨

月報(8p):
「ヘルダーリン全集」完成に際して (手塚富雄)/《詩人の故郷》② (浅井真男)



本文二段組。
論文と手紙、およびヘルダーリンに関する資料(ドキュメント)を収録。

本書「解説 ドキュメントについて」より:

「主としてヘリングラート版『ヘルダーリン全集』第六巻(一九二三年刊)第二部『ドキュメント』から資料を取った。」


ヘルダーリン4-1


帯文:

「ヘルダーリンにおける論理と詩作の対決を理解するために不可欠な論文形式の遺作をはじめ、幼時から精神の薄明期におよぶ豊かな内面を示す書簡と共に、著名な「ディオティーマの手紙」やヘーゲル、シラーが詩人にあてた手紙を収録」


目次:

口絵
 ヘルダーリン全集原本 (シュトゥットガルト大版/ヘリングラート版)
 ヘルダーリンから母への手紙
 1825年ごろ(55歳)のヘルダーリン (G・シュライナー筆)
 1842年ごろ(72歳)のヘルダーリン (L・ケラー筆)
 〈ヘルダーリンの塔〉とよばれる詩人最後の住家 (1850年ごろの水彩画/復原後の写真)
 ズゼッテ=ディオティーマのマスク (1795、L・オーマハト作)
 テュービンゲンにあるヘルダーリンの墓

論文 (氷上英廣・神品芳夫・宮原朗・野村一郎・手塚富雄 訳)
 エムペドクレスの底にあるもの (氷上)
 アキレウスについて (神品)
 イリアス寸評 (神品)
 詩作のさまざまな種類について (神品)
 音調の転移について (神品)
 言語表現のための注意書き (宮原)
 詩作様式の相違について (野村)
 詩の様式の混合 (神品)
 宗教について (氷上)
 亡びのなかで生まれるもの (氷上)
 『オイディプス』への注解 (手塚)
 『アンティゴネー』への注解 (手塚)

書簡 (重原淳郎・小島純郎・志波一富・横田ちゑ 訳)
 デンケンドルフ マウルブロン 1784-1788
  母へ (6通)
  ナターナエル・ケストリーンへ (1通)
  イマーヌエル・ナストへ (11通)
  ルイーゼ・ナストへ (1通)
 テュービンゲン 1788-1793
  母へ (13通)
  妹へ (8通)
  弟へ (4通)
  ノイファーへ (9通)
  ルイーゼ・ナストへ (3通)
 ワルタースハウゼン イェーナ ニュルティンゲン 1749-1795
  母へ (8通)
  妹へ (1通)
  弟へ (3通)
  祖母へ (1通)
  義弟のブロインリンへ (1通)
  ノイファーへ (11通)
  シラーへ (3通)
  ヘーゲルへ (3通)
  ヨハン・ゴットフリート・エーベルへ (3通)
  イマーヌエル・ニートハンマーへ (1通)
  シュトイドリーンとノイファーへ (1通)
 フランクフルト 1796-1798
  母へ (12通)
  妹へ (5通)
  弟へ (14通)
  義弟のブロインリンへ (1通)
  ノイファーへ (7通)
  シラーへ (5通)
  ヘーゲルへ (2通)
  イマーヌエル・ニートハンマーへ (1通)
  ヨハン・ゴットフリート・エーベルへ (1通)
  コッタへ (1通)
  牧師マイヤーへ (1通)
 ホンブルク 1798-1800
  母へ (16通)
  妹へ (4通)
  弟へ (3通)
  ズゼッテ・ゴンタルトへ (4通)
  ノイファーへ (5通)
  シラーへ (2通)
  ゲーテへ (1通)
  シェリングへ (1通)
  イザーク・フォン・シンクレーアへ (1通)
  フリードリヒ・シュタインコップへ (2通)
  ヨハン・ゴットフリート・エーベルへ (1通)
  クリスティアーン・ゴットフリート・シュッツへ (1通)
  フリードリヒ・エメリヒへ (1通)
 シュトゥットガルト ハウプトヴィル ニュルティンゲン ボルドー 1800-1804
  母へ (9通)
  妹へ (10通)
  弟へ (4通)
  家族の人々へ (2通)
  シラーへ (1通)
  アントン・フォン・ゴンツェンバッハへ (1通)
  クリスティアーン・ランダウエルへ (2通)
  カシミール・ウールリヒ・ベーレンドルフへ (2通)
  フリードリヒ・ヴィルマンスへ (3通)
  レオ・フォン・ゼッケンドルフへ (1通)
 テュービンゲン 1806-1843
  母へ (61通)
  妹へ (3通)
  弟へ (1通)

ドキュメント (浅井真男 訳)
 テュービンゲン 1784-1793
  ファン・レーフースの想い出から
  マーゲナウの手記から
  ルイーゼ・ナストからヘルダーリンへの手紙
  ノイファーからヘルダーリンへの手紙
  シュトイドリーンからシラーへの手紙
  シラーからシャルロッテ・フォン・カルプへの手紙
  シューバルトの批評
  『テュービンゲン学術論評』の批評
  『ニュルンベルク学術新聞』の批評
 ワルタースハウゼン イェーナ 1794-1795
  シャルロッテ・フォン・カルプからシャルロッテ・フォン・シラーへの手紙
  シャルロッテ・フォン・カルプからヘルダーへの手紙
  シャルロッテ・フォン・カルプからヘルダーリンの母への手紙
  シラーからコッタへの手紙
  シンクレーアから某への手紙
  シェリングからヘーゲルへの手紙
  ヘーゲルからシェリングへの返書
  ヘーゲルからシェリングへの手紙
  シェリングからヘーゲルへの手紙
  ヘーゲルからシェリングへの手紙
 フランクフルト 1795-1798
  ヘーゲルからヘルダーリンに寄せた詩
  ヘーゲルからヘルダーリンへの手紙
  シラーからヘルダーリンへの手紙
  シラーとゲーテの文通のなかに現われたヘルダーリン
  ハインゼからゼンメリングへの手紙
  イェーナ文学新聞紙上のヴルヘルム・アウグスト・シュレーゲルの批評
  高地ドイツ一般文学新聞紙上の『ヒュペーリオン』第一部の批評
  カルル・ローバウアーのオーデー
 ホンブルク 1798-1800
  カルル・ユーゲル 『人形の家――ゴンタルト家の伝承』から
  ヘンリー・ゴンタルトからヘルダーリンへの手紙
  ズゼッテ・ゴンタルトからヘルダーリンへの手紙〔ディオティーマの手紙〕
  カルル・ゴックからヘルダーリンへの手紙
  ヨーハン・フリードリヒ・シュタインコップからシラーへの手紙
  シラーからヘルダーリンへの手紙
  ムルベックからヘルダーリンへの手紙の断片
 ニュルティンゲン シュトゥットガルト ハウプトヴィル ボルドー 1800-1802
  1800年春のヘルダーリン(シュワープ『ヘルダーリン略伝』による)
  1800年秋のヘルダーリン(シュワープ『ヘルダーリン略伝』による)
  ゴンツェンバッハからヘルダーリンへの手紙
  ゴンツェンバッハの証明書
  シャルロッテ・フォン・カルプからヘルダーリンへの手紙
  シャルロッテ・フォン・カルプからジャン・パウル・リヒターへの手紙
  ランダウエルからヘルダーリンへの手紙
  1802年夏のヘルダーリンの帰郷(シュワープ『ヘルダーリン略伝』による)
  シンクレーアからヘルダーリンへの手紙
 ニュルティンゲン ホンブルク 1802-1806
  ランダウエルからヘルダーリンの刃はへの手紙
  1802年のヘルダーリン(シュワープ『ヘルダーリン略伝』による)
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙
  ランダウエルからヘルダーリンへの手紙
  シンクレーアからヘルダーリンの母への手紙
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙 
  シェリングからヘーゲルへの手紙
  ヘーゲルからシェリングへの返書
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙 (3通)
  ヴィルマンスからヘルダーリンへの手紙
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙 (2通)
  ホンブルク方伯に対するシンクレーアの請願書
  シェリングからヘーゲルへの手紙
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙
  シンクレーアからヘルダーリンの母への手紙
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙 (2通)
  医師ミュラー博士からヴュルテンベルク侯国政府当局への報告書
  母からヘルダーリンへの手紙
  シンクレーアからヘルダーリンの母への手紙
 テュービンゲン 1806-1843
  シンクレーアから公女マリアンネ・ヴィルヘルムへの手紙
  ヴュルテンベルク国内閣から国王への報告書
  シンクレーアからヘーゲルへの手紙
  ツィンマーからヘルダーリンの母への手紙 (3通)
  1820年代のヘルダーリン(クリストフ・シュワープ『ヘルダーリン略伝』から)
  カルル・ゴックからケルナーへの手紙
  コンツからケルナーへの手紙 (2通)
  ヴィルヘルム・ヴァイプリンガーの日記から
  ヴァイプリンガー『ヘルダーリンの生活と作品と狂気』から
  ヘルダーリンの最後(クリストフ・シュワープ『ヘルダーリン伝』から)
  ロッテ・ツィンマーからカルル・ゴックへの手紙
  グメーリン教授からカルル・ゴックへの手紙
  クリストフ・シュワープのヘルダーリン追悼演説  

解説
 論文について (氷上英廣)
 書簡について (志波一富)
 ドキュメントについて (浅井真男)
年譜

参考文献
 BIBLIOGRAPHIE
 邦語文献
  1 翻訳
  2 研究書・論文

詳細目次


ヘルダーリン4-2



◆本書より◆


「書簡」より:

「きょう、ぼくはひとりぶらついていたのだ――とつぜん、ぼくの大好きな妄想が、ぼくの未来の運命が、目の前に浮かびあがってきた(中略)、そのとき、こんなことがぼくの心に浮かんだのだ、大学時代を終えたら、隠遁(いんとん)者になりたいものだ――そして、この考えはぼくにひどく気に入った。」

「あなたは私の気質をご存じです。それは虐待、圧迫や軽蔑(けいべつ)には全く向いていません。しかし相手がまさに気質であるだけに、どうしても克服することができないのです。おお、愛するママ! 私の亡(な)き父は、「大学時代が最も楽しかった」と常々何度もおっしゃっていましたが、私はいつか「大学時代が私の一生を不愉快にした」と言わなければならないのでしょうか。」

「私の風変わりな性格、私の気まぐれ、私の計画癖、それに、(実を言いますと)私の名誉心――これらはすべて、全く根絶しようとすれば、必ず危険を伴うような特性です――これらが私に、静かな結婚生活、平和な牧師生活で幸福になることを期待させないのです。」

「あまり多くを望まないほうがよいのだ。ぼくに忘却を与えてくれると思うものがあれば、ぼくは何にでも飛びつく。だが、その都度、自分は調子が狂っていて、ほかの人間たちのようには、喜ぶ能力がないのだと感ずる。」

「ぼくはここでは全く何の喜びもない。それで、ぼくはほとんど毎晩、(中略)その日のいろいろな不愉快を振り返って、それが過ぎ去った! ことを喜んでいる。ぼくがばか者どもに順応しないものだから、彼らのほうでもぼくに順応しないのだ。」

「社会には愚かしさや、まやかしが付き物ですから、そうたくさんの社会に順応することは、私にはとても望めないのです。」

「ぼくは個々の人間にはもはやそれほど暖かく愛着していない。ぼくの愛は人類なのだ。もちろん、(中略)あまりにも多く見いだされるような、堕落した、卑屈な、怠惰な人類ではない。(中略)ぼくが愛するのは、来たるべき世紀の世代なのだ。(中略)自由がいつか来るにちがいない。」

「ここでは、ぼくはとても静かに生活している。平静と落ち着きをいつもこれほど乱されないで過ごした時期は、ぼくの人生でわずかしか思い出せない。
 おまえは知っている、弟よ! 何物にも気を散らされないということの中に、どんな価値があるかということを。」
「弟よ! おまえのよりよき自我を高く保て。そして、それを何物によっても抑圧されるな、何物によっても!」

「母上、とにかく良いものであろうと悪いものであろうと、自分の本性の固有の性質を知ること、境遇に流されずにできるだけ自己を保持すること、あるいは、この自分の本性の特質にとって有益な環境に身をおこうと努力すること、これは人間の義務なのです。それだけではなく、おっしゃるような方法で市民社会の一地位を占めることは、まったく私の信条に反することでもあるのです。」

「私はやはりひきこもった孤独な生活を捨てることはできません、捨てたくもありません。」

「ぼくは全然といっていいほど人中に入っていかない。」

「奇妙なことだ、――ぼくは夢の中以外では恋をしない運命なのだろうか。」

「いろいろな性格、いろいろな立場を相手にしなければならない環境が、もともとぼくには苦手なのだ。」

「ご一家の方に、あらかじめ、私は欠陥の多い人間で、先天的のや後天的のや、本来もっているのや偶然のものや、環境が悪かったために身にしみついたものや、さまざまの欠点のあることを、(中略)どうかはっきりとお伝えください。」

「しかし私は孤独に耐えていくつもりです。(中略)書斎の中で孤独に過すほうが、全然関係のない人たちのつまらない喧騒の中で過すよりは、やはりよいのです。」

「しかし、ぼくは今また発見しなければならなかったのだ、未知なものはぼくにとって、それが実際にありうる以上のものになりがちなことを。また、新しく人と知合いになるたびに、ぼくはなんらかの錯覚を出発点とすることを。子供っぽい金色の予感を犠牲にすることなしには、決して人間を理解することを学べないことを。」

「世界の歩みは、止められないものならば、その歩みに任せよだ。ぼくたちはぼくたちの道を進もう。」

「しかし、この幸運、つまり、私のような考え方や感じ方をしない人ならば誰でもきっと掴んだであろうこの幸運を利用しなくても、もし母上が、私の性格を、私自身が判断せざるを得ないように判断してくだされば、母上にもどうにか諦めていただけると思うのです。
 母上、役に立つ人が求められているのです。正直に申しあげて、私はいったい役に立つ人間でしょうか。」
「このようなことを言うと、故郷の人たちは、むら気とか、たわ言とか言います。母上は、どうかそのようにはおとりにならないでくださいますように。この点で私が本性に従うこと(中略)は決して無分別なことではありません。私は、自分自身と、この点で私に似ているすべての人を、普通以上によく理解しているからこそ、本性、すなわち自然に従うのです。」

「ぼくたちの無言の至福が言葉にならねばならぬとすれば、この至福にとってそれはまたつねに死なのだ。ぼくはむしろこのまま子供のように楽しい美しい平和のうちにすごしてゆきたい。ぼくがもっているもの、ぼくがあるところのものを計算などせずに。なぜなら、ぼくのもっているものはいかなる思想によっても全的には捉えられないからだ。」

「けれども、雑踏のなかで、あらゆるものにあちこちとこづき廻されながら切抜けて行かねばならぬならば、誰が美しい姿勢を保つことができよう? 世界がこぶしを固めて打ちかかってくるときに、誰が自分の心を美しい節度のなかに保っておくことができよう? われわれが、われわれの周囲に、深淵のように口をひらいている無によって、あるいは、形も魂も愛もなくわれわれに迫る、社会と人間たちの活動のさまざまな何かかにかによって、てひどく心を乱されれば乱されるほど、われわれのがわの抵抗もますます情熱的に、激烈に、たけだけしくならざるをえないのだ。(中略)外部の窮乏と貧困が、おまえの心の充実を貧困と窮乏にかえてしまうのだ。おまえはおまえの愛を抱いて、どこへ行くべきかを知らず、おまえの富のゆえに、乞食をして歩かねばならないのだ。こうして、われわれのもっとも純潔なものが、運命によってけがされるのではなかろうか? そして、われわれはまったく無垢であるにもかかわらず、破滅せざるをえないのではないか?」

「ぼくは現代の支配的な趣味とかなり頑強に対立しているが、しかし将来もぼくのこの強情さをゆずりはしない。そして願わくは、自己をあくまで貫徹させたい。」

「愛情においてであれ、労働においてであれ、つねに自分の全心全霊を破壊的な現実世界にさらすよりは、われわれの本質の表面だけでことに当るほうが望ましい場合が、往々にしてあるのだ。」
「われわれはあまりに早くに、われわれの美しい、生(いのち)に満ちている天性、われわれの心霊の故郷の歓喜を、闘争や熱中や憂慮と取り換えてはいけないのだ」
「愛するカール! ぼくは難破を経験した者のように語って居るのだ。(中略)ぼくはぼくの天性を、平安と憂(うれい)のないつつましい生活とのなかで成熟させなかったので、何かを全的に成就することが困難になるだろう。」
「ぼくはひたすら平安だけを求めているのだ。」

「青年期から成人期への過渡期ほど、すべての点でいとわしい時期はない。ぼくの信ずるところによれば、生涯の他の時期には、他人のこと、自分自身の生まれつきのことが、これほどまでに気にかかることはないのだ。」

「ああ! この世界はぼくの精神を幼いころからおどしつけて、ぼく自身の内部へ追い返したが、いまなおぼくは、いぜんとしてこの苦しみにさいなまれている。ぼくのような仕方で遭難したすべての詩人が、面目を失わずに収容されることのできる病院は存在している――それは哲学という病院だ。しかしぼくはぼくが最初にいだいた愛から(中略)離れることはできない。詩神たちの甘美な故郷からただ偶然によって吹き流されただけのぼくは、この故郷に訣別して漂流するよりは、むしろ功業もなく没落するほうをえらびたい。」

「ぼくには力よりもむしろ軽快さが、理念よりもむしろニュアンスが、主調音よりもむしろ多様に排列された調子が、光よりはむしろ影が不足しているのだ、そして、このすべてのことはひとつの原因からきているのだ。ぼくは現実界にある凡庸で月並なものを忌みきらいすぎるのだ。ぼくは、君がそう言いたいなら、本当のペダントなのだ。ところが、思い違いでなければ、ペダントというものは通常きわめて冷淡で愛情の薄いものなのだが、(中略)ぼくはこう信じてさえいるのだ、ぼくはひたすらな愛情からペダンチックなのであり、ぼくが忌みきらうのは、ぼくの利己心が現実界によって妨げられるのを恐れるからではなく、ぼくが心からの共感をもって他者と結びつきたいと思う気持が、現実界によって妨げられるのを恐れるからなのだ。ぼくはぼくの内部のあたたかい生(いのち)が、日常の氷のように冷ややかな出来事によって冷却させられるのを恐れる、そして、この恐れは、若いときから破壊的にぼくを襲ったすべてのものを、他の人々より多感に受けとめたことからきているのだ。」

「詩への、おそらくは不幸ともいえるこの愛着を私はいまだにもっており、そして自分自身についてのあらゆる経験を経てもなお、詩へのこの愛着は、私が生きているかぎり私からはなくならないと思われるからなのです。」

「ともかく、人々がわれわれを直接攻撃したり侵害したりさえしなければ、彼らと平和に暮らしてゆくことはさして困難なことではなかろう。彼らがかくかくであるということよりは、彼らが自分のありかたを唯一のありかたとみなして、別様のありかたをまったく認容しようとはしないこと、このことがむしろ禍いなのだ。」


     *     *     *     

「尊敬する母上!
 いただきましたお手紙、まことに喜ばしく思わずにはいられませんでしたことを、申しのべさせていただきます。あなたの立派なお言葉は、私にとりましてたいへん有益です。私は、あなたの立派なご意向を賞賛いたしますと同時に、あなたに感謝申しあげなければなりません。あなたのご心情とあなたのたいへん有益なご訓戒には、必ず私を喜ばせ、私に役立つようなお言葉があります。おそえくださいました衣類もたいへん上等です。私はいそがねばなりません。失礼ながら、なお少し申しそえさせていただきます。つまり、きちんとした態度をするようにという、そのような御うながしが、私にとっては(私の希望どおり)ためになるものとなり、あなたにとっては快いものとなるようにいたしましょう。
 あなたのこよなく忠実な息子 ヘルダーリン」

「こよなく尊敬する母上!
 お送りくださいましたもの、まことにありがとうございます。お書きくださいましたお便り、非常にうれしく存じました。人は、あなたの責務となっているような、そういう訓戒をうけ、そして私にふさわしいような、こういうやりかたでごあいさつを返し、きちんと身を持さなければなりません。
 すでに申しあげましたことを私はくりかえしました。
 あなたのこよなく従順な息子 ヘルダーリン」

「こよなく尊敬する母上!
 私はまた、あなたにお手紙を書こうとしております。日頃私が書きましたことは、あなたは覚えてしまわれたでしょう。それでも私は、何回もくりかえしたような言葉を書きました。私は、あなたがいつもほんとうにお元気でいらっしゃってくださるようにと願います。心から、おいとま申しあげます。
 あなたの従順な息子 ヘルダーリン」

「尊敬する母上様!
 私がいつも非常に短い手紙であなたにご苦労をおかけしていますことを、悪くおとりくださいませんようにお願い申しあげます。自分の尊敬する人々にどのような気持をいだいているか、どのような心づかいをしているか、またどんな毎日をすごしているかについて申しのべること――自分の気持を知らせるこのやりかたには、一つの特徴がみられます。つまり、人は自己弁明をしなければならないときにこういうやりかたをするのです。私は、またこれで終りにいたします。
 あなたのこよなく従順な息子 ヘルダーリン」

「尊敬する母上!
 またお便り申しあげます。まえに書いたことを、またくりかえすというのも、かならずしも無用の仕事ではありません。人が互いに何かよいことを勧め、また、互いにまじめなことをいうときには、まったく同じことをいっても、めったに変ったことをもちださなくても、さほど悪くは受け取られません。それは右のことに理由があるのです。私はこのことはこれでやめにいたします。心より、おいとま申しあげます。
 あなたの従順な息子 ヘルダーリン」

「こよなく尊敬する母上様!
 ツィンマー夫人から私は、母上を心にかけて手紙を書き、そしていまでも私はあなたに心服しておりますのを、申しのべることを怠らないようにと注意されました。人間の自分自身にたいする義務は、とりわけ、息子が母親にたいしていだくこのような心服にもみられます。人間相互の結びつきはそのような規範をもっています。そしてこの規範は、これを遵守し、かなりの練習をつむことによって次第にむずかしくなくなり、いっそう心にかなっていると思われるようになります。私のあなたにたいする心服は変っていないというこのしるしで、がまんしてください。
 あなたの従順な息子 ヘルダーリン」

「尊敬する母上!
 こういう状態にあって日頃私のいだいております気持のしるしとして、私はあなたにこの手紙を書きます。私は、自分ではこれでよいと思っており、そしてあなたにはすでに知られておりますこのやりかたで、私の周囲の人々に理解してもらえるようにと、そのために、私はいったい何をあなたに想起していただくようにしたのでしたか、それをいつでも自分にいうことができれば、とてもうれしいのですが。
 あなたの従順な息子 ヘルダーリン」

「こよなく尊敬する母上様!
 私は、これがあなたのご命令であり、そのご命令に私が従うことであると信じて、あなたにお便りいたします。もしそちらに変ったことがありましたら、あなたは私にそれをお知らせくださることと存じます。
 あなたのこよなく従順な息子 ヘルダーリン」

「こよなく尊敬する母上!
 あなたのご好意とご親切のこのしるしが、(私の期待どおり)私に真の感謝の念をおこさせました。もしも私が、すべての徳は好んで全体から自分をさし引くということを、また徳というものはいっぱんに、かならずしも調和に対立するものではないということを考えますなら、あなたの善行も、おそらく、全然報いられるところがないままということはないでしょう。私は、神からいのちを恵まれておりますあいだは、あなたのご親切とご助力を自分の利益のためにあまり呼びださないよう、ますますはげむつもりです。そしてあなたのご嘉賞をえることにつとめ、感情の面で、ついあなたのお気持をそこねることのないようにしつつ、ますます感謝の念をいだくよう、はげむつもりです。
 あなたが愉快な毎日をおすごしでいらっしゃいますこと(と推察させていただきますが)は、私自身にとりましてもうれしいことです。あなたと、あなたのところのみなさまにおいとまのご挨拶を申しあげます。
 こよなく従順な息子 ヘルダーリン」

「最愛の母上、もしも私があなたに、あなたにたいしては私の心をすっかりわかっていただけるようにすることができなくても、おゆるしください。私は丁重に、申しあげさせていただくことのできますことを、あなたにくりかえし申しあげます。私は善なる神さまに――学者のようないいかたをしますなら――すべてにおいてあなたをお助けください、そして私をも、とお願いします。
 私のことをお世話ください。時は確実に過ぎてゆき、そして情けにみちています。そのあいだにも
 あなたのこよなく従順な息子 フリードリッヒ・ヘルダーリン」



「ドキュメント」より:

ヴァイプリンガー『ヘルダーリンの生活と作品と狂気』より:

「しばしば指物師の妻か娘たち息子たちの一人かが哀れな詩人を連れて庭園や葡萄山へ出かけたが、そういうとき彼は石に腰をおろして、帰路につくまで待っているのだった。彼がききわけのない状態になるのを防ぐためには、まったく子供のように扱わなくてはならなかったのである。彼を外出させるときには、あらかじめ手を洗って清潔にするように言いきかせなくてはならない。半日も草をむしっているために、たいてい手はきたなくなっているからである。(中略)帽子は目深(まぶか)にかぶるのだが、ひどく思いふけっている場合でないかぎり、二歳の子供に向かっても帽子を取るのである。彼を知っているテュービンゲン市の人々が決して彼をあざけることはなく、そっとして彼の行くのにまかせておいたことは、たいへん褒むべきこととして記しておくにあたいする。そうして彼らはしばしば言ったものだ、ああ、あの方はむかしはずいぶん利口で学問があったのに、いまではこんなに愚かしくなってしまったのだ、と。」

「彼の一日はきわめて単調に過ぎていった。朝、とりわけ全般的に彼の不安と苦しみの烈しくなる夏には、彼は日の出前か、日の出とともに起きて、すぐに家から出て内庭のなかを散歩する。この散歩はたいてい四ないし五時間続くのだが、それで彼は疲れきる。彼が好んですることは、ハンカチを手に持って柵の棒をたたくか、草をむしることである。彼は見つけたものは、鉄くずであろうと革の切れっぱしであろうと、ポケットに突っこんで持ち去る。そんなことをしながら彼はいつもひとりごとを言い、みずからに問い、みずから答えるのだが、ときには「そうだ」と、ときには「いや」と、ときには両方の答えをする。彼はとかく否定の答えをしたがるのである。
 そのあとでは家へはいって、室内を行ったり来たりする。家人が食事を室内へ運ぶと、たいへんな食欲をもって食べ、葡萄酒も好んで、与えさえすればいつまでも飲んでいるであろう。食事が終わると、彼は一刻でも食器が自分の部屋のなかにあるのにがまんできずに、すぐに戸口の外の床に持ち出す。彼は室内には絶対に自分の物しか置きたがらないので、ほかの物はすべてただちに戸口の外に出すのである。一日の残りは、ひとりごとと室内の行ったり来たりに暮れてしまう。」

「彼は子供たちをたいへん愛したが、子供たちはこわがって彼を避けた。彼は全般的にずいぶんびくびくしていたが、とりわけ死を怖れていた。神経の衰弱がひどいので、彼はおびえやすかった。ほんのささいな物音にも縮みあがるのである。(中略)ときには大声に叫んだり、自分自身に向かって猛烈な議論を吹っかけながら荒れ狂う。(中略)ほんとうに逆上してしまうと、彼は寝床に横になって、数日のあいだ起きあがろうとしない。

「私は彼に別の書物を与えようとして、まだ彼の記憶に残っているホメロスならば読むだろうと考えた。私はある翻訳を持っていたが、彼は受け取らなかった。(中略)その理由は傲慢ではなくて、馴れないものに関係することによって与えられる不安に対する怖れである。馴れたものだけが彼の不安をかきたてない。つまり『ヒュペーリオン』とほこりをかぶった古い詩人たちである。ホメロスは彼にとっては二十年来縁遠くなっていたし、新しいものはすべて彼の心を乱したのである。」

「彼は年老いた母には手紙を書いたが、いつもそうするようにせきたてなくてはならなかった。その手紙はでたらめなものではなかった。彼は努力をしたので手紙は明白なものにすらなったが、ただし、文体についてみても、まだしまいまで考えとおし書きとおすことのできない子供が書いたもののような意味で、明白なのである。あるときの一通は実際によくできていたのだが、次のように終わっている、「もうやめなくてはならないと思います」。ここで彼はすでに混乱していて、それをみずから感じ、筆をおいたのである。」

「奇妙なことに、むかしのよい時代に彼の心を強く捉えていた対象の話をさせることはできなかった。フランクフルト、ディオティーマ、ギリシア、彼の詩その他、むかしあんなにも重要だった事柄については、彼はひとことも語らなかった。」

「ヘルダーリンは、つねに支配されるような固定観念は持っていない。彼は狂気よりはむしろ衰弱の状態におちいっていたのであって、彼の言行に現われるいっさいの無意味なものは、精神的および肉体的な消耗の結果である。」

「彼はたいていひどく自分のなかにもぐりこんでいるので、自分の外にあるものにはいささかの注意も払わない。彼と全人類とのあいだには底知れぬ谷間があり、彼は決定的に人類の外に出てしまっており、たんなる記憶か、たんなる必要上の馴(な)れか、全く死滅することはなかった本能かの結合以外には、人類とはなんの結合もできない。例えば、あるとき一人の子供が窓辺の危険な位置に立っているのを見て、ひどく驚愕してすぐに走り寄って子供をどけた。こういう見かけは人間的な関心は、かつてたいへん感受性が深くてあけひろげだった温かい心情の名残りだったのだが、そういう本能的な衝動以外のなにものでもなかったのである。」

「彼はひとりぼっちで、退屈しているから、語らずにはいられない。彼はなにか意味のあることを言う、それをまとめあげることができない、なにかほかのことが心に浮かぶ、それが次々と第三、第四のことによって押しのけられ、つぶされる。すると怖るべき混乱が現われ、彼はそのなかで不快を感じる、彼は無意味なことを語り、たわごとをしゃべりたてるが、そのあいだに彼の精神はふたたび安らぎを見いだす。他人といっしょにいるときには、礼儀正しく愛想よくしなくてはならないと考えるので、なにかたずね、なにか言うが、他人に対してはなんの関心もなく、他人の答えることに対しても関心がない。そのあいだに彼はひどく自分の思いに巻きこまれてしまうので、相手をたちまち無視して、自分自身と語る。答えなくてはならないという困惑におちいると、考えたくはないし、相手の言ったことには注意していないのだからそれが理解できない、そこで彼は無意味な言葉で相手を片づける。」































































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『ヘルダーリン全集 3 ヒュペーリオン・エムペドクレス』 (責任編集: 手塚富雄)

「こうして自分自身の世界をもっているならば、損失などということがあるだろうか。われわれの内部にいっさいがあるのだ。」
(ヘルダーリン 「ヒュペーリオン」 より)


『ヘルダーリン全集 3 
ヒュペーリオン・エムペドクレス』 
責任編集: 手塚富雄


河出書房新社 昭和41年10月25日初版発行/平成6年4月25日18版発行
444p 口絵3p 目次1p 
四六判 角背布装上製本 貼函 定価7,800円(本体7,573円)
装幀: 山崎晨

月報(8p):
エムペドクレスについて (村治能就)/《ヘルダーリン会》のこと① (浅井真男)



書簡体小説「ヒュペーリオン」と未完成の詩劇「エムペドクレス」およびその草稿・断片を収録。
「ヒュペーリオン」は二段組です。


ヘルダーリン3-1


帯文:

「現代ギリシァの一青年を主人公にして、友情、恋愛、政治的被密結社を描くヘルダーリン唯一の散文小説『ヒュペーリオン』と、ギリシァの自然哲学者が自らをエトナの噴火口に投じて自然との合一を身をもって実現する戯曲『エムペドクレス』の各編を断面をもあわせて収録」


目次:

口絵
 古典時代のギリシア世界 (地図)
 妹の結婚に、ヘルダーリンが贈りものにした等身大の肖像画。1792年、22歳のころ。パステル画、フランツ・カール・ヒーメル筆。
 エムペドクレス悲劇の舞台となったエトナ山 

ヒュペーリオン (手塚富雄 訳)
 ヒュペーリオン
 タリーア断片
 ヒュペーリオン草稿断片
  韻文稿
  ヒュペーリオンの青年時代

エムペドクレス (浅井真男 訳)
 エムペドクレスの死・第一稿
 エムペドクレスの死・第二稿
 エムペドクレスの死・第三稿
 エムペドクレスの死・構想と草稿

解説
 『ヒュペーリオン』 (手塚富雄)
 『エムペドクレス』 (浅井真男)



ヘルダーリン3-2



◆本書より◆


「ヒュペーリオン」より:

「折にふれてこのような言葉がわたしの口から洩れ、さらには怒りの思いのうちにひと粒の涙がわたしの眼に浮かんだとき、きみたちドイツ人のあいだによく見うけられる賢明な人たちは、わたしの悩める心を好餌として、かれらの箴言(しんげん)の数々をわたしに吹きこみ、わたしに次のように教えることによって自分たちの喜びとしたのだ。「嘆いてはいけない。行為せよ」と。
 ああ、わたしは行為しなければよかったのだ。それならわたしは現在、どれほどもっと幸福だったろう。どれほど今より希望に富んでいたことだろう。
 そうだ、人間どうしのことは忘れてしまうのがいいのだ。さまざまの苦しみと憤懣(ふんまん)をかさねて飢え求めている心よ、そして帰って行くがいいのだ、おまえの出(い)で立ったところへ、自然の胸のなかへ、うつろわぬ静かな美しいこの母のふところのなかへ。」

「わたしは、これがわたしのものだと言いうるものを、何ひとつもっていない。
 わたしの愛する人たちは、遠くに離れ、またこの世にいない。その人たちのことを伝えてくれる声は、どこからも聞こえてこない。
 この世のわたしの事業は終わった。わたしは意欲に充ちて仕事におもむいた、その仕事のために血を流した。そして世界を一文(いちもん)も富ませはしなかった。
 名もなく友もなくわたしは帰って来て、墓地のように声もないわたしの祖国をさまよう。」
「けれど、天上の日よ、おんみはまだかがやいている。聖なる大地よ、おんみはまだ緑している。いまも河流はゆたかに海にそそぎ入り、陰(かげ)をつくる樹々は真昼の日のしたにそよいでいる。春の歓喜の歌は、わたしの地上の思いを寝入らせてくれる。生気に充ちた世界の充実は、窮乏になやむわたしを陶酔で養い、満ち足らわしてくれる。」
「わたしは、あるいは空のエーテルを仰ぎ、あるいは聖なる海に目をそそぐ。するとさながら、わたしには、わたしに近しい霊が双の腕を開いてわたしを迎えてくれるように、孤独の悲しみが神性に充ちた生の中へ融け入ってしまうように、思われるのだ。
 万有とひとつになること、それが神性に充ちた生である。それが人間の至境である。
 生きとし生けるすべてのものと一つになること、おのれを忘れて至福のうちに自然のいっさいの中へ帰ってゆくこと、それは人の思いと喜びとの頂点である。聖なる山頂、永遠のやすらぎの場所である。そこでは真昼も暑さを失い、雷(いかずち)も声をおさめ、湧き立つ海も麦畑の穂波にひとしくなるのである。
 生きとし生けるすべてのものと一つになる! この言葉と共に、道徳はその峻厳な装いを、人間の知性はその王笏(おうしゃく)を、捨てる。そして、ありとあらゆる思いは、永遠に一なる世界のすがたを前にして消えてゆく。」
「そういう高みにわたしはしばしば立つのだ、(中略)しかし、一瞬意識がもどると、わたしは下界へ投げ落とされる。分別の世界に帰ると、わたしは元のままのわたしで、孤独であり、現世のあらゆる苦しみを担っている。そしてわたしの心の避難所である永遠にして一なる世界は去ってしまう。」
「ああ、わたしはきみたちの学校で学ばなければよかったのだ。」
「わたしはきみたちのところで学んで、理性的になった。わたしとわたしを取り巻くものとを区別することを、徹底的に学んだ。その結果は、わたしはいまこの美しい世界のなかで孤立している。わたしがすこやかに育った自然の園から、このようにそとへ投げ出され、真昼の太陽のもとでしぼんでいる。
 ああ、人間は、夢見るとき、神のひとりであり、考えるとき、乞食(こじき)である。」

「こうして自分自身の世界をもっているならば、損失などということがあるだろうか。われわれの内部にいっさいがあるのだ。」

「どこへわたしは自分というものから逃げて行くことができよう、もしわたしがわたしの幼いころの楽しい日々をもっていなかったら。」

「彼は、運命と人々の愚昧(ぐまい)とのために、家を追われ、他郷を流浪し、少年のときから、世にたいして憤り、礼になずまなかったが、しかし心のうちは愛に充ち、自分の内部の殻を破って、なつかしい天地へ躍り出たいという願いに充ちていた。わたしは、早くからすべてのものと内心において別れをつげ、人々の中にいても心の底からの異郷の者、孤独者であり、世間の笑止な鈴の音にかこまれながら、自分の胸中の好ましい調べをまもっていた。」

「ときとしていまも或る精神力がわたしの中にいきいきと動いた。しかし、むろんただ破壊的に動いただけだ。
 「人間とは何だろう」そんなことを考えた。
 「それは混沌界のように湧き立つ。そうかと思うと朽ち木のように腐る、そしてけっして成熟することはない。こういうものが世界に存在しているのは、いったいどうしてなのだろう。どうして自然は甘いぶどうの房にまじってこんな酸っぱいぶどうがあることをがまんしているのだろう。」

「われわれが子供のようになりうるということ、いまもなお無垢淳朴(むくじゅんぼく)の黄金時代、平和と自由の時代が帰ってくるということ、現代にも、ひとつの喜び、地上における憩いの場があるということは、なんとすばらしいことだろう。」
「もとよりこの生は貧しく、孤独である。われわれは、峡谷にひそむダイヤモンドのように、この下界に住んでいる。ふたたび天上への道を見いだそうとして、どのようにしてここへ下ってきたのかを尋ねても、答えはあたえられない。
 われわれは、枯れた枝や燧石(ひうちいし)のなかに眠っている火のようなものだ。この窮屈な縛(いま)しめの終わる日を今か今かと待ちこがれ、もがいているのだ。しかし、解放の瞬間はやってくる。そのとき牢獄は神的なものによって破られる。焔は薪を離れて、勝利のかちどきをあげる。そうだ、そのとき、くびきを解かれた精神は、苦悩と奴隷の姿とを忘れ去って、栄光のうちに太陽の殿堂へ帰る思いをするだろう。」

「こうしてわたしはドイツ人たちの住む国へ来た。」
「昔からの野蛮人だ、彼らは。勤勉と学問によって、そして宗教によってさえも、いっそう野蛮になったのだ。」
「ドイツ人ほど支離滅裂な国民は考えられない。職人はいる。だが人間がいない。思想家はいる、だが人間がいない。牧師はいる、だが人間がいない。主人と使用人、青年と大人はいる、だが人間がいない。これはまるで、手や腕や五体のあらゆる部分がばらばらになって散らばり、おびただしく流された血が砂を染めている悲惨な戦場と同じではないか。
 各人が自分の職分を果たしているのだと、きみは言うだろう。わたしもそう思う。ただ、その各人は全身全霊をもってそれをしているのでなければならない。自分のうちにあるどんな力も、それが自分の称号に関係しないからといって、窒息させてはならない。そんな小心翼々とした心づかいから世間体だけをよそおっているのではいけない。真摯さと愛をもって、本来の自分であるのでなければならない。」
「かれらがせめて謙虚であるならいいに。そしてかれらのあいだにいるすぐれた人々を自分たちの小さな規則で縛らないなら。かれらがせめて自分たちと違った者をののしらず、たとえ人をののしっても、神的なものを嘲笑しないでいるなら!」
「胸をかきむしられるのは、きみたちの国の詩人や芸術家たちを見るときだ。いまなお精霊を敬い、美しいものを愛し育てているすべての人を見るときだ。これらのよい人が世に生きている姿は、自分自身の家に他郷の客のように住んでいる人に似ている。かれらは忍従の人ユリシーズのようだ。彼が乞食の姿で、自分の家の戸口に坐ったとき、中の広間では恥しらずの求婚者たちが騒ぎ立てていて、だれがあの浮浪者を連れてきたのだとどなっていた。」
「わたしは昔からのあの運命についての名言を、これほど深く実感したことはない。それはこう言っている。心がじっと忍んで傷心の夜を耐え抜いたとき、ひとつの新しい浄福がひらけてくる。闇夜に聞こえる小夜啼鳥の歌のように、深い苦しみのうちにはじめて、世界の生命の歌が神々しくひびいてくるのだと。つまりわたしは今、精霊といっしょにいるように、花咲く樹々といっしょに生きるのだ。」
「こうしてわたしはいよいよ深く自然に身をゆだね、ほとんど際限を知らなかった。自然にもっと近づくために、わたしは、できれば子供になりたかった。また、自然にもっともっと近づくために、わたしは、できるならいっさいの意識を離れ、けがれのない日の光のようになりたいと思った。おお、一瞬でも自然の平和に、自然の美に融け込んだと感じることができるなら、それは、さまざまの思いにみちた幾年よりも、あらゆることを試みずにはいられない人間のあらゆる試みよりも、どれほど貴重なことだろう。わたしが学んだこと、これまでに行なったことは、氷のように融けてしまった。」
「「おお、自然よ」わたしは思った。「そして自然の神々よ。わたしは人間界の夢は見つくしてしまった。そしていま、自然よ、おんみだけは生きていると言おう。」
「「人間たちは腐った果実のように、おんみから落ちる。おお、かれらが落ちて朽ちてゆくのにまかせるがいい。そうすればかれらはおんみの根にもどってゆくだろう。そしてわたしは、おお、生命の樹よ、わたしはふたたびおんみと共に萌え出て、おんみの芽吹く梢のまわりに息づくことだろう。なごやかに、そして親密に。なぜなら、わたしたちは共にみな黄金の種子から生い育ったものだから。」
「「わたしたちは自由だ。外見だけの平等を求めてあくせくするのではない。どうして生命の調べは千変万化していけないことがあろう。わたしたちはみな大空の霊気を愛しているではないか、そしてもっとも深いところで平等なものとして親しみあっているではないか。」
「「血管は心臓で別れてまた心臓へ帰る。そしていっさいは、一なる、永遠の、灼熱している生命なのだ」
 そうわたしは考えた。」



「エムペドクレスの死 第一稿」より:

「おお、天上の光よ!――わたしに教えをたれてくれたのは
人間たちではなかった――ずっとむかし、
わたしのあこがれる心が生(いのち)に満ちたものを
見いだすことができなかったころ、わたしはあなたに顔を向け、
草木のようにあなたに身をゆだねながら、
敬虔な喜びに酔って、長いあいだひたすらあなたに帰依していたのだ。」

「聞くがいい、ここの民衆のあいだでは
あの敬虔な生(いのち)は安らいを見いだすこともなく、
あんなに美しいままいつまでも孤独でいて、
喜びもなく死んでしまうのだ。」

「毎日毎日、
おまえたちが駈けまわり、悪あがきをやり、おちつきなく、
うろうろびくびく、まるで埋葬されない亡者のように
ひしめきあっている忌まわしい舞踏を眺めて
暮らさなくてはならぬとは」
「ほかに道がないとしたら、わたしにはむしろ、
山の獣(けもの)といっしょに言葉もなく、人知れず、
雨にさらされ、陽の灼熱に焼かれて生き、食物を
野獣とわかつほうが、もう一度おまえたちの
盲目のみじめさのなかへ帰って行くよりはましなのだ。」

「わたしたちはちがった道を歩むのだ。」
「                       わたしには
別の運命が与えられている。わたしが生れた
その時に、別の行路が、いあわせた神々によって、
わたしに預言されていたのだ――」

「わたしは死すべき身の者たちに強いられているのではないのだよ。
自分の力で、怖れもなく、みずから選んだ道を
降りて行くのだ。これがわたしの幸福なのだし、
わたしの特権でもあるのだ。」



「エムペドクレスの死――構想と草稿」より:

「第一幕
エムペドクレスはその心情と哲学によって、すでに早くから文化を憎悪するようになり、きまりきった仕事とさまざまな対象に向けられた関心とのすべてを軽蔑するようになっていたのだが、すべての一面的な生活の敵であって、真実に美しい人間関係のなかでも不満を感じ、動揺し、苦悩を覚えた。その理由はただ、そういう関係が特殊な関係であって、彼はいっさいの生きたものとの大きな調和のなかでしか満足しえないのを感じていたからにすぎず、また彼がそういう関係のなかでは、神のようにあまねく現前する心をこめて、神のように自由に広々と生き、愛することができないからにすぎず、自分の心と思想が当面のものをいだけば、継起の法則に束縛されてしまうからにすぎない――」

「第四幕
彼を嫉妬する人々は、(中略)民衆を彼に反抗するように煽動し、民衆は(中略)彼を市から追放する。こうしてすでに早くから彼の胸にきざしていた決心、すなわち、みずから進んで死におもむくことによって無限の自然と一体になろうとする決心が熟する。」

「第五幕
エムペドクレスは死の準備をする。自分の決心を固めるにいたった偶然的な動機はいまは彼にとってことごとく消え去り、彼はあの決心を、自分の最も内奥の本質から帰結する必然とみなす。彼がなおエトナ山の地方の住民とともにする二、三の場面において、彼はいたるところで、自分の考え方、決心が正しいという確証を見いだす。(中略)エムペドクレスは燃え立つエトナの火口に身を投ずる。」
































































『ヘルダーリン全集 2 詩II 〈1800-1843〉』 (責任編集: 手塚富雄)

「いまこそ来たれ、火よ!」
(ヘルダーリン 「イスター」 より)


『ヘルダーリン全集 2 詩II 〈1800-1843〉』 
責任編集: 手塚富雄


河出書房新社 昭和42年5月31日日初版発行/平成2年6月28日13版発行
428p 口絵3p 目次1p 詳細目次5p
四六判 角背布装上製本 貼函 定価7,800円(本体7,573円)
装幀: 山崎晨

月報(8p):
ヘルダーリン小感 (山室静)/《詩人の故郷》① (浅井真男)



本書解説より:

「本書「詩II」には、一八〇〇年から没年までのヘルダーリンの詩をおさめた。成熟期のヘルダーリンの詩世界がここでその全容をわたしたちに示すのである。」


ヘルダーリン2-1


帯文:

「ヘルダーリンの全創作活動の頂点をなす、一八〇〇年以後の詩を収録
現代人の運命を先取し、リルケ、ハイデガーをはじめ生の問題を思索する人に深刻な影響をおよぼした書「多島海」「ディオティーマ哀悼歌」「パトモス」「平和の祝い」「唯一者」「ライン」等」



目次:

口絵
 詩「唯一者」の原稿
 ディオティーマ像
 ライン瀑布
 デロス島キュントス山頂から多島海を望む
 スーニオン岬

詩II (手塚富雄・浅井真男 訳)
 オーデ
  ドイツ人の心が歌う (手塚)
  平和 (浅井)
  ドイツ人に寄せる(二詩節) (手塚)
  ドイツ人に寄せる (手塚)
  ルソー (浅井)
  ハイデルベルク (手塚)
  神々 (浅井)
  ネッカル川 (浅井)
  故郷 (手塚)
  愛 (浅井)
  生の行路 (手塚)
  ディオティーマの快癒 (浅井)
  別れ 第二稿 (浅井)
  ディオティーマ (浅井)
  故郷に帰る (手塚)
  祖父の肖像 (浅井)
  婚約者のまぢかい帰還を待つある女性に (手塚)
  はげまし 第一稿 (浅井)
  はげまし 第二稿 (浅井)
  自然と技術 あるいはサトゥルヌスとユピテル (浅井)
  エドゥアルトに (手塚)
  アルプスの麓で歌う (手塚)
  詩人の天職 (浅井)
  民衆の声 (手塚)
  盲目の詩人 (浅井)
  キローン (浅井)
  なみだ (手塚)
  希望に寄せる (浅井)
  ヴルカーノス (手塚)
  詩人の意気 第一稿 (浅井)
  詩人の意気 第二稿 (浅井)
  意気消沈 (浅井)
  束縛を破った河流 (手塚)
  ガニュメート (手塚)
 エレギー
  エレギー (浅井)
  メノーンのディオティーマ哀悼歌 (浅井)
  さすらい人 第二稿 (浅井)
  野外へ (浅井)
  シュトゥットガルト (手塚)
  パンと葡萄酒 (手塚)
  帰郷 (手塚)
 さまざまな詩型
  多島海 (浅井)
  永眠した人々 (浅井)
  ランダウエルに (手塚)
  齢い (浅井)
  ハールトのはざま (浅井)
  生のなかば (手塚)
  あたかも祝いの日の明けゆくとき…… (手塚)
 後期の讃歌
  母なる大地に (浅井)
  ドーナウの源で (浅井)
  宥和するものよ…… 第一稿 (手塚)
  宥和するものよ…… 第二稿 (手塚)
  宥和するものよ…… 第三稿 (手塚)
  平和の祝い (手塚)
  さすらい (浅井)
  ライン (浅井)
  ゲルマニア (手塚)
  唯一者 第一稿 (手塚)
  唯一者 第二稿 (手塚)
  唯一者 第三稿 (手塚)
  パトモス (手塚)
  追想 (手塚)
  イスター (浅井)
  ムネーモシュネー 第一稿 (浅井)
  ムネーモシュネー 第二稿 (浅井)
  ムネーモシュネー 第三稿 (浅井)
 讃歌草案
  あまねく知られた者に寄せて (浅井)
  ドイツの歌 (浅井)
  鳥の群がゆるやかに…… (浅井)
  まるで海辺に…… (浅井)
  故郷 (浅井)
  葡萄づるの水気が…… (浅井)
  黄ばんだ葉の上に…… (浅井)
  人間の生はなんだろう…… (浅井)
  神とはなんだろう?…… (浅井)
  マドンナに寄せる (手塚)
  巨人族 (浅井)
  あるときわたしはムーサに…… (浅井)
  しかし天上の者たちが…… (浅井)
  むかしは、父なるゼウスよ…… (浅井)
  あなたは思うのか…… (浅井)
  鷲 (浅井)
  堅固に築かれたアルプスの山脈よ!…… (浅井)
  身近なもの 第三稿 (浅井)
  ティニアン島 (浅井)
  コロンブス (浅井)
  領主に (浅井)
  半神や族長の生涯に…… (浅井)
  まことに深淵から…… (浅井)
  ヴァチカンは…… (浅井)
  ギリシア 第一稿 (浅井)
  ギリシア 第二稿 (浅井)
  ギリシア 第三稿 (浅井)
 最後期の詩
  友情、愛…… (浅井)
  遠くからわたくしの姿が…… (浅井)
  ある子供の死に寄せて (浅井)
  名声 (浅井)
  ある子供の誕生に寄せて (浅井)
  この世の快さを…… (浅井)
  ツィンマーに(生の流れの……) (浅井)
  天から…… (浅井)
  ツィンマーに(どんな人間についても……) (浅井)
  春(野に新しい歓喜が……) (浅井)
  人間(善をうやまう者は……) (浅井)
  楽しい生 (浅井)
  散歩 (浅井)
  墓地 (浅井)
  満足 (浅井)
  かならずしもすべての日々を…… (浅井)
  展望(人間たちが楽しい気持でいるのは……) (浅井)
  ル・ブレ氏に (浅井)
  春(なんという喜びだろう……) (手塚)
  秋(かつてあって……) (手塚)
  夏(取り入れの畑が……) (手塚)
  春(新しい日が……) (手塚)
  遠望(緑が平坦な遠方から……) (手塚)
  春(日はかがやき……) (手塚)
  より高い生 (手塚)
  より高い人性 (手塚)
  精神の生長 (手塚)
  春(人間は心のうちから……) (手塚)
  夏(こうして春の花期が消えると……) (手塚)
  冬(蒼白の雪が……) (手塚)
  冬(樹々の葉が……) (手塚)
  冬(野は荒涼と……) (手塚)
  夏(年の時間はまだ……) (手塚)
  春(光があらたに……) (手塚)
  秋(自然の光輝はいま……) (手塚)
  夏(谷には小川が……) (手塚)
  夏(日々は柔和な……) (手塚)
  人間(人間がおのれ自身によって……) (手塚)
  冬(季節のもろもろの……) (手塚)
  冬(年が変り……) (手塚)
  冬(年の日が傾き……) (手塚)
  ギリシア(人間とともに……) (手塚)
  春(日はめざめ……) (手塚)
  春(太陽は新しい……) (手塚)
  春(深みから……) (手塚)
  時の霊 (手塚)
  友情 (手塚)
  遠望(人間の安住する生が……) (手塚)
 断片 (浅井)
 記念帖に (手塚)
 献呈のことば (手塚)

解説 1800年以後のヘルダーリンの詩について (手塚富雄)



ヘルダーリン2-2



◆本書より◆


「ルソー」より:

「そしてあまたのひとびとは自分の時代を越えて遠くを眺める。
彼らは神によってはるかなところを示されるのだが、あなたはあこがれながら
岸辺に立っていて、あなたの同胞にはいまわしい者、
影と思われているそ、あなたも決して彼らを愛しはしない。」

「気のどくなひとだ、あなたの広間のなかには人声ひとつ響かない。
そこであなたは埋葬されない死者のように、さだめなく
さ迷い歩き、いこいを探し求めるが、たれひとり
あなたが歩むようにときめられた道を示すことはできない。」

「あなたはあの使者たちの声を聞き、あの異邦の者たちの言葉を理解し、
彼らの魂を解き明かしたのだ! あこがれを抱(いだ)く者には
合図だけでことたりたのだ。そして合図は
遠いむかしから神々の言葉なのだ。」



「ディオティーマ」より:

「あなたは黙って耐え忍んでいる、ひとびとはあなたを理解しないから、
高貴な生(いのち)よ! うるわしい日にも地に眼を伏せて
黙っている、ああ! どんなにあなたが
陽の光のなかに自分のともがらを探し求めてもむだだからだ。」



「ヴルカーノス」より:

「なつかしい火の神よ、さあ来て、
女たちのやさしい心を柔和な雲、
金いろの夢につつんでくれ、そして護ってくれ、
いつも悲しみの深いこのひとたちの咲き匂うやすらかさを。」



「メノーンのディオティーマ哀悼歌」より:

「日ごとにわたしたちは家から出て、つねにちがったところを探す、
もうとうにこの国の道をすべてひとに問いただしてしまった。
かなたの涼しい丘々も、樹陰(こかげ)も、泉も、
すべて訪れる。霊はのぼりくだりしながらさまよい歩いて、
ひたすら憩いを求めるのだ。矢に当って傷ついた獣も同じように森に逃げこむが、
いつもならば、そこで真昼にも暗闇のなかで安全に憩うことができたからだ。
だがいまは、緑の臥所(ふしど)も彼の心を慰めることはなく、
うめき声をあげながら、まどろみもせずに傷の痛みに追い立てられる。
光の温(ぬく)みも、夜の冷気もやくにはたたず、
流れの波に傷をひたしてもかいはない。
こうして大地がその元気づける薬草を彼に与えてもあだになり、
煮えかえる血はいかなるゼピュロスも静めることができないが、
わたしもまた、愛するものたちよ! それと同じらしい。そして
わたしの額(ひたい)から夢の重荷を取り去ることは、だれにもできないのか?」

「わたしは祝いたいのだ、だが、なんのために? また、ひとびととともに歌いたいのだ、
だが、かくも孤独ではわたしには神々(こうごう)しいものはなにひとつ残ってはいない。
これなのだ、これこそはわたしの欠陥、それをわたしは知っている。ある呪いが
わたしの脚を萎(な)えさせていて、歩きはじめればたちまち倒れるのだ。」

「そうだ! いまもあのひとはむかしのままだ! いまも全き姿をもって、
むかしのままに静かに歩みながら、アテナイ乙女としてわたしの前にただよう。
そして、親しい霊よ! あなたの光が、明るい思いに満ちた額(ひたい)から、
祝福しつつ確実に現身(うつしみ)の者らのあいだに落ちるとき、
あなたはそのことをわたしに證(あかし)し、わたしがほかのひとびとに語り伝えるようにと、
わたしに命ずるのだ。なぜなら、ほかのひとびとも信じないからだ、
喜びは憂いや怒りよりも不滅であって、
日々はつねに終りには金色(こんじき)の一日であるということを。」



「野外へ」より:

「あるいはまた、ほかのひとたちが好むなら、大工が屋根の頂きに立って、むかしどおりに演説をするでもあろう。なぜならば、そういう風習は古いもので、
神々はあまたたびそういうことをするわれらを微笑をもって眺めてきたのだから。」



「パンと葡萄酒」より:

「町は静かにやすらっている。ひっそりと街路に灯(ひ)はともり、
松明(たいまつ)をかざして馬車はときに音立てて過ぎる。
昼の喜びに満ち足りて人々は家路につき、
抜かりのない商人はわが家(や)にくつろいでその日の
損益を思いはかる。忙(せわ)しかった広場には
いまは葡萄も花も手芸の品々もない。
だが 遠くの園からは絃(げん)のひびきがきこえてくる。おそらくは
恋するもののすさびであろうか、それとも孤独な者が
遠い友らを また若き日を 偲んでいるのだろうか。噴泉は
絶えまなくほとばしって、匂やかな花壇を濡らしている。
静かに暮れすすむ空にはいま打ち鳴らす鐘がひびき、
夜警は時の数を告げて過ぎてゆく。
ふと風が起こって林苑の梢をうごかす。
見よ、われらの大地の彫像 月もいま
ひそやかに立ち昇る。思念に酔う夜が
満天の星をちりばめてやってきたのだ。われらのいとなみにはかかわりなく
この驚嘆すべきものは 人間の世に異郷の客としてかがやき出る、
山々の背から、悲愁をおびて壮麗に。」

「この崇高の極みのもの 夜の不思議な恵みは測りがたい。」

「またわれらは、(中略)おのが心魂を隠そうとしても、
(中略)それをなしおおせるものではない、
誰がそれらを圧伏できよう、その喜びを禁じえよう。
神々の焔も 昼となく夜となくわれらに
起てと迫る。だから行こう、(中略)
おのれ固有のものを、たとえそれがどんなに遠くにあろうと 探し求めるために。」
「万人に共通なひとつの尺度は つねに存している。
しかし それぞれの人間にはまたかれ固有のものが授けられている、
そして人はそれぞれ おのれの進みうるところへ進み 行ないうることを行なうのだ。」

「まことに 何をすべきか 言うべきかを
わたしは知らない、そして乏しい時代に詩人は何のためにあるかを。
けれど詩人は(中略)聖なる夜に
国から国へめぐり歩いた酒神の聖なる司祭たちにひとしいのだ。」

「かれこそ地上に留まって 遁れ去った神々の痕跡を
みずから暗黒のなかの神なき人間たちのあいだにもたらすものであるからだ。
古代の人たちが神の子らを予言して歌ったこと、
それは、見よ、われらなのだ、われら 夕べの国の果実のことなのだ。」

「こうしてやさしくすかされて大地の腕のなかにあの巨人らは夢み 眠っている、
あの嫉み深いもの 地獄の番犬ツェルベルスさえも 飲み そして眠っている。」



「帰郷」より:

「そしてさらにいや高く光の上に いと浄(きよ)らの
至福の神は住んで 聖なる光の嬉戲を喜ぶ。
ひそやかに神はひとり住む」

「われわれは しばしば沈黙しないわけにはいかない、
聖なる名称が欠けているのだ。」

「このような憂いを、好むと否とにかかわらず、
歌びとは魂(こころ)のうちにしばしば抱(いだ)かねばならぬのだ、しかし他のひとびとはそうでない。」



「宥和するものよ…… 第三稿」より:

「すなわち見よ、いまは時代の夕べなのだ」


「ライン」より:

「しかし神々の息子たちというものは
最も盲目なものなのだ。人間ならば
おのれの家を知り、けものにも
巣を作るべきところが与えられるが、神々の息子たちには、
いずこへゆくのかを知らないという欠陥が、
経験のない魂のうちに与えられているのだ。

純粋に生じてきたものは謎だ。歌にさえ
この謎を解くことは許されてはいない。なぜならば、
あなたははじまったときのままにとどまるだろう、
どんなに困苦と訓育とが
働きかけようとも。」



「イスター」より:

「いまこそ来たれ、火よ!
われらはこがれる思いで
日を見るのを待っている、」

「ここでは高いところには強い香りがただよい、
猟人(かりうど)が好んでさすらう谷間は
真昼にも唐檜(とうひ)の森におおわれて暗く、
イスターの樹脂の多い樹々からは
その成長の音が聞き取れるのだ。

ところがイスターはほとんど
引っ返してゆくように見え、
わたしには、この川が
東方から来たとしか思えない。」



「ティニアン島」より:

「              花々があるが、
それらは大地によって生れたものではなく、おのずから
ゆるんだ地盤のなかから萌え出るので、
陽の反映であって、それを摘むのは
ふさわしいことではない。
なぜなら、まことに葉もないその花々は
すでに金色(こんじき)をなして立ち、
いささかの用意もなく、
さながら思想のようなのだ。」



「ギリシア 第三稿」より:

「清澄な日々には
光は銀色をなしている。大地は
愛のしるしとして菫(すみれ)の青みをおびている。
取るにたらぬ者のもとにも
大いなるはじめがやってくることもありうる。
日常には人間たちへの愛のために
くしくも神は衣服をまとう。」



「遠くからわたくしの姿が……」より:

「あれはうるわしい日々でした。けれども
そのあとにはわびしいたそがれが訪れたのでした。

あなたはうるわしい世界のなかでまことにひとりぼっちだと、
いつもわたくしにおっしゃいました、愛するひとよ!」



「天から……」より:

「高いところに生える葡萄の下には
階段をなす道がくだり、そこには果樹が花咲きながらかぶさり
荒れはてた垣には香りがただよい、
下には人目に隠されたすみれが萌(も)え出ているのだが、

水はしたたり落ち、そこでは日ねもす
せせらぎがかすかに聞こえる。
しかしこのあたりの村々は
午後のあいだじゅう静まり黙(もだ)している。」



「満足」より:

「ある人間が生を脱却することをえて、
生がどういう感じを持つかを理解するならば、
それは良いことだ。危険から抜け出した者は、
あらしと風を脱出した人間に似ている。」



「断片」より:

「         相違というものは
       よいものだ。おのおのの者が
                      そして各自が
   おのれのものを持っている。」

「いまはじめてわたしは人間を理解する、わたしが人間から遠ざかって孤独のなかで生きているいま!」







































































『ヘルダーリン全集 1 詩I 〈1784-1800〉』 (責任編集: 手塚富雄)

「すべてのものは音もなく眠り わたしひとり覚めていた
しかし静けさはやがてわたしを優しく寝入らせてくれた
わたしは夢に見た あのうすぐらい苺畑を
そして しずかに月の光を浴びて歩んだあの家路を」

(ヘルダーリン 「静けさ」 より)


『ヘルダーリン全集 1 詩I 〈1784-1800〉』 
責任編集: 手塚富雄


河出書房新社 昭和41年12月25日初版発行/平成3年3月21日15版発行
385p 口絵3p 目次1p 詳細目次4p
四六判 角背布装上製本 貼函 定価6,800円(本体6,602円)
装幀: 山崎晨

月報(8p):
ヘルダーリン雑感 (福田宏年)/《ヘルダーリン会》のこと② (浅井真男)



本書「解説」より:

「この巻に収められたのは、一七八四年から一八〇〇年にいたるあいだの抒情詩である。それぞれの詩の脚注の冒頭に成立の年月をしるし、成立順に並べて、習作の時期にはじまりディオティーマとの邂逅を経て後期の壮大な発展への足がかりが作られるころまでの作風の、変化と生成の跡がたどれるようにつとめた。」


ヘルダーリン1-1


帯文:

「14歳当時の詩にはじまり、クロプシュトック、シラーの影響、理想主義的傾向とギリシャへの愛、フランス革命の謳歌――後年のヘルダーリンを予想させる全詩作を収録「ディオティーマ」「沈む日」「ヒュペーリオン運命の歌」「マイン河」等一四〇数編」


帯裏:

「■手塚富雄〈責任編集者〉
これまで我が国にヘルダーリンの完璧な全集が出るべくして出なかったのは、その翻訳の至難にもよるが、また彼に専念している者の彼への愛が深すぎて、容易にその仕事に踏み切ることができなかったからだといえる。しかしこれ以上の遷延は許されず、彼に最も深い愛を注ぐ訳者たちの力を結集して、我が国の読書界の多年の渇に応えることになった。あつい御支援をお願いするしだいである。
〈刊行のことばより〉」



目次:

口絵(モノクロ)
 詩「ディオティーマ」の原稿
 学友の描いたヘルダーリン。1786年、16歳のころ
 ネッカー川に沿うテュービンゲン市
 フランクフルト・アム・マイン市(17世紀)。メーリアンの銅版画

詩I (手塚富雄・生野幸吉・浅井真男・今井寛・川村二郎・神品芳夫・高岡和夫・高橋英夫 訳)
 デンケンドルフとマウルブロン 1784-1788
  師への感謝 (生野)
  M. G (生野)
  夜 (生野)
  M. B に (生野)
  みたされぬ者 (生野)
  夜の旅人 (生野)
  思い出 (生野)
  アドラメレヒ (生野)
  兵士たちをはげますアレクサンドロスの言葉 (生野)
  人間の生 (生野)
  わが家のひと (生野)
  シュテラに (今井)
  さよなきどり (今井)
  わが友Bに (今井)
  ささげる詩 (今井)
  嘆き (今井)
  愛する少女たちに (今井)
  決意 (今井)
  荒野にて (今井)
  魂の不滅 (今井)
  桂冠 (高岡)
  功名心 (高岡)
  謙抑 (高岡)
  静けさ (高岡)
  夢想 (高岡)
  激情のたたかい (高橋)
  ヘーロー (高橋)
  テックの峠 (高橋)
  友情の祝いの日に (川村)
  ルイーゼ・ナストに (川村)
 テュービンゲン 1788-1793
  男子の歓呼 (生野)
  さまざまな時代の書 (生野)
  成就を歌う (生野)
  シュヴァーベンのおとめ (生野)
  聖なる道 (生野)
  ケプラー (生野)
  ティルの墓 (生野)
  グスタフ・アドルフ (生野)
  グスタフ・アドルフに寄せるある連詩の終章 (生野)
  いらだち (生野)
  やすらぎ (生野)
  名誉 (生野)
  むかしと今 (生野)
  悲しみの知恵 (生野)
  自虐 (生野)
  テュービンゲン城 (生野)
  友情の歌 (今井)
  愛の歌 (今井)
  静寂に寄せる (今井)
  不滅に寄せる讃歌 (今井)
  わが快癒 (今井)
  メロディー (高岡)
  ギリシアの精霊に寄せる讃歌 (高岡)
  リューダに (高岡)
  調和の女神に寄せる讃歌 (高岡)
  ミューズに寄せる讃歌 (高岡)
  自由に寄せる讃歌 (高岡)
  シュヴィーツ州 (高橋)
  人類に寄せる讃歌 (高橋)
  美に寄せる讃歌 (高橋)
  自由に寄せる讃歌 (高橋)
  友情に寄せる讃歌 (神品)
  愛に寄せる讃歌 (神品)
  青春の守護神に寄せる讃歌 (神品)
  ばらに寄せる (神品)
  ヒラーに (川村)
  敢為の霊に (川村)
  ギリシア (川村)
 ワルタースハウゼン イェーナ ニュルティンゲン 1794-1795
  ノイファーに (生野)
  運命 (手塚)
  友の願い (生野)
  青春の神 (生野)
  自然に寄せる (生野)
 フランクフルト 1796-1798
  名づけがたいひと (生野)
  ヘラクレスに (生野)
  かしわの樹 (生野)
  春に寄せる (生野)
  エーテルに寄せる (生野)
  さすらい人 (浅井)
  ある樹に寄せて (高岡)
  ディオティーマに (高岡)
  ディオティーマ (手塚)
  ディオティーマ (今井)
  賢い助言者たちに (高岡)
  青年から賢い助言者たちに (高岡)
  ゼンメリングの魂の器官と公衆 (高橋)
  ゼンメリングの魂の期間とドイツ人 (高橋)
  救いがたい人々のための祈り (高橋)
  忠告 (高橋)
  悪魔の代言人 (高橋)
  秀でた人々 (高橋)
  記述するポエジー (高橋)
  誤った大衆性 (高橋)
  ディオティーマに (高橋)
  ディオティーマ (高橋)
  招待 (高橋)
  ノイファーに (高橋)
  閑暇 (高橋)
  国々の民は黙し… (高橋)
  ボナパルト (川村)
  エムペドクレス (川村)
  運命の女神たちに寄せる (手塚)
  ディオティーマ (浅井)
  ディオティーマの守護神に (川村)
  赦しをもとめて (川村)
  むかしと今 (川村)
  生の行路 (手塚)
  短さ (川村)
  愛しあう者たち (浅井)
  世の喝采 (川村)
  故郷 (手塚)
  よき信 (川村)
  ディオティーマの快癒 (浅井)
  許しがたいこと (浅井)
  若い詩人たちに (川村)
  えせ聖詩人たち (川村)
  太陽の神 (神品)
  沈む日 (手塚)
  ソクラテスとアルキビアデス (手塚)
  われらの偉大なる詩人たちに (神品)
  ヴァニーニ (神品)
  人間 (神品)
  ヒュペーリオンの運命の歌 (手塚)
  わたしが少年のころには… (高橋)
 ホンブルク 1798-1800
  アキレウス (高橋)
  敬愛する祖母に (高橋)
  神々はかつて (手塚)
  わたしが戒める人々の言葉を… (高橋)
  別れ (高橋)
  エミーリエの婚礼まで (神品)
  気むずかしい人々 (高橋)
  祖国のための死 (高橋)
  時の霊 (今井)
  夕べに思う (手塚)
  朝 (今井)
  マイン川 (今井)
  自戒 (今井)
  ソポクレス (今井)
  怒れる詩人 (今井)
  冗談を好む人たち (今井)
  すべての禍の根 (今井)
  わがもの (高岡)
  うちけし (高岡)
  デッサウの公女に (高岡)
  ホンブルクのアウグステ公女に (高岡)
  わたしは日ごとに… (高岡)
  沈みゆけ 美しい太陽よ… (高岡)

ヘルダーリンの歩み (手塚富雄)
解説 本巻収録の詩について (生野幸吉)

詳細目次



ヘルダーリン1-2



◆本書より◆


「桂冠」より:

「いや 僕にはこの地上に何も望むものはなかったのだ
ただ堪え忍ぶのだ 世間のどんな迫害も
どんな圧迫も どんな災厄も
ねたみを抱く者たちのどんないじわるい悪口も――

しかし 神さま 心弱い僕は幾たび思ったことでしょう
どうしたらこのあわれな心を慰めて
悩み多い夜な夜なを過ごせようかと
おお いつもいつも僕は苦しみました

心おごった者が僕をさげすむように見るとき
愚かな者が 僕をあざけりながら
僕の口にのぼる格言におののくとき
ときには もっと心のけだかい者さえ――僕を避けてゆくときに」



「静けさ」より:

「すべてのものは音もなく眠り わたしひとり覚めていた
しかし静けさはやがてわたしを優しく寝入らせてくれた
わたしは夢に見た あのうすぐらい苺畑を
そして しずかに月の光を浴びて歩んだあの家路を」



「ヘーロー」より:

「ああ! たとえ海に沈んでも、私の陶酔は、水底で
その美しかった束の間を、夢見つづけてゆくでしょう。」



「自虐」より:

「ぼくは自分を憎む! 人間の心とは、
吐きけをもよおすものだ、子供じみて弱く、高慢ちきで、
まるでトビアスの小犬みたいになれなれしく、
しかもまた陰険なんだ! 去れ! ぼくは自分を憎む!」



「シュヴィーツ州」より:

「径の上では、こみやまかたばみと、新鮮なすいばを味わってにっこりし、
やがて、心うれしく賤が屋にたどりつくと、黒いイタリア葡萄の小さな房が
笑いながらぼくらに手渡されて、ぼくらはそれに狂喜したのだった。
新しいいのちがぼくらの内部に生れた。」



「ギリシア」より:

「わが心ははるかな国へあこがれる
アルカイオスとアナクレオンを生んだ地へ
マラトンの聖者たちのもとになら
わたしはよろこんで 陋屋に宿りもしよう
ああ! 愛するギリシアのためにながれた涙は
わが最後の涙であればよい
おお運命の女神たちよ 鋏を鳴らせ
わが心はすでに死者たちのもとにあるのだ!」



「ある樹に寄せて」より:

「ああ! わたしたちはかくも自由に 充実した無限の生命に包まれ
世の煩いを忘れて人知れず 至福な夢さながらの生をおくった
ときにはみずから満ち足り ときには遠く思いを馳せながら
しかも心の奥底でいつもいきいきと一つになっていた
幸福な樹よ! まだいつまでもいつまでもわたしは歌っていたい
そして おまえのゆれる梢をながめながら消え失せたい
しかしごらん! あそこになにかが動く 見えがくれに少女たちが歩いてゆく
あるいはわたしの少女がいっしょかもしれない
行かせてくれ わたしは行かずにいられない――さようなら! わたしを生に引きずりこむものがあって
わたしは子どもっぽい足どりで愛らしい足跡をつけてゆくのだ」



「ディオティーマに」:

「来て見るがよい わたしたちをとりまく喜びを さわやかなそよ風に
森の木の枝がゆれるさまは
まるで踊る人の髪のようだ そして掻き鳴らすリラのうえに
楽しいけはいが漂うように
地のうえでは空が雨や日の光と戯れる
琴をかなでれば
すばやい音がつぎつぎに重なり たがいに愛しながら争って
湧きおこるように
影と光はこころよい旋律をつくって たがいに入れかわりながら
山のむこうへ走ってゆく
空はかつて銀のしずくをしたたらせて
兄弟の河にそっと触れた
ところがいまは近づいて 胸に蓄えた
豊かな甘露を
森のうえ河のうえに注ぎかける そして

やがて森の緑も 河に映る空の影も
ぼんやりかすんで わたしたちのまえから消えてゆく
ふところに小屋や岩を隠して
独りそびえる山の頂も
そのまわりを子羊の群のようにとりかこみ
やわらかい羊毛のような
花咲く低木の林にくるまれて
澄みきったさわやかな山の泉に養われる丘も
畑と花をいだいてもやに煙る谷も
そしてわたしたちの目のまえの庭も
近くのものも遠くのものも失せ 楽しげに入り乱れて見えなくなり
やがて日の光は消える
しかしそのとき夕立が烈しい音をたてて通りすぎる
雨に浄められて若返った大地は
無心なその子らとともに沐浴から立ちあがる
ひときわ喜びにあふれていきいきと
緑の森は輝き 花は金いろにきらめく

羊飼いが 羊の群を河に投げこんだように まっ白に――」



「賢い助言者たちに」より:

「いまは心を殺害する新しいてだてが栄えている
賢い人の助言はいまや
暗殺者の手ににぎられた死の短剣となった
知能は執行吏のように恐ろしい
あなたがたに説得されて卑怯な安逸に転向した
青年の精神は 恥ずべき死を迎える
ああ! 誉れもなく夜の霧のなかへ消えて落ちてゆく
晴れた空からあまたの美しい星が」



「故郷」:

「嬉々として舟人は 故郷の静かな流れへ
遠い島々から 漁を終えて帰ってくる。
わたしも故郷へかえりたい、
だが 何をわたしは収穫したろう 悩みのほかには。

わたしをはぐくんだやさしい岸べは
愛の悩みをしずめてくれるだろうか、ああ、
幼いわたしが友とした森は わたしが帰れば
もう一度やすらぎをわたしに返してくれるだろうか。」



「わたしが少年のころには……」より:

「わたしが少年のころには
一人の神が、たびたびわたしを
人々の怒声や鞭から、救ってくれた。
そこでわたしは、安心して、おとなしく
森の花たちと、遊んでいた。
み空のそよかぜも
いっしょになって遊んでくれた。」



「エミーリエの婚礼まで」より:

「                     あなたはしばしば
私のことを、いつも心がお留守だと
なじっていました。人々といっしょにいるとき、
少しもなごやかな心になることがなく、
いたずらに心を風にゆだねていて、
人々に対して情愛がないというのが
あなたの批判でしたね。」

「私は死者をも愛します。遠くの人をも。時は私を縛りません。
私のものか、あるいは存在しないかです。」
「私はひととき限りの存在でしかない虚ろなものに
仕えるつもりはありません。その日限りのものに属する気はありません。
私の愛しているのは別のもの。」

「                ごらんなさい、今日もまた
晴れた日です。朝早くから私は
いつもの窓辺にすわっています。吹き入る風が
肌を撫でます。私のなじみの木々を通して
光が射しこんできます。この木立は
あまりに近く茂りすぎ、
花が咲くと、次第に遠景をかくします。
でも私はつつましくそれに甘んじ、
この好ましい牢獄からぬけ出たいとも
思いません。梢より高く
つばめとひばりが舞い、たえまなく
夜鶯や、何という名の鳥であれ、
この美しい季節の寵児たちがこぞって歌います。
その鳥たちに、それぞれ特別の名前をつけてあげたい。それからお花にも。
黒土の花壇から匂い出で、生まれたての星のように輝きながら
姿をあらわすあの物静かな花々にも。」



「わがもの」より:

「わたしはあくまでも素朴に暮らそう」



手塚富雄「ヘルダーリンの歩み」より:

「シュワーベン人の気風は、おしなべていうと、内向的で思いが深い。自我性が強く、誠実であるが、対人的には無骨で無器用であるといわれる。子供らしさもあるので、それが快活となって現われることもある。いったいに自然の美に心が開いているのは、その環境からもうなずける。」

「テュービンゲンでは、自己本来の資質に目ざめるにつれ、(中略)静かにひきこもった生活をして本を書く境遇になりたいと思った。(中略)僧職につくことだけはどうしても嫌だという思いは時とともに動かぬものになって行った。市民的に安泰な地歩を占めることが、おのが本質にたいする裏切りのように思われたのであろうか。(中略)こうしてかれはこの一点、しかも最も重大な一点においてはかれの愛する母に背いて、社会的に不安定な道を取ることになった。」

「ヘルダーリンは、フランクフルトの市民社会(中略)で深く傷ついて、その社会の空虚さを骨の髄まで感じ取った。(中略)至純なものをここほど踏みにじって顧みないところはない」

「ホンブルクにおけるヘルダーリンは、時とともに憂鬱症がひどくなった。」

「ヘルダーリンは故郷に帰った。」
「緊張病(カタトニー)症状の精神分裂という一般化する病名をかれにつけただけでは、(中略)この特殊な精神の秘密をうかがうことはできない。」

「時々発作を起しながら、病気は、落ちつくように見えた。大体は放心状態の、静かな、考えこんでいる病人である。人との交渉はいよいよ嫌いになった。」
「一八〇六年、かれの状態は絶望的に悪化した。」

「病院においてもヘルダーリンの病状は少しもよくならなかったが、さいわいなことにはかれの世話をひき受ける人が出てきた。テュービンゲンの指物師の親方ツィンマーという人で、職人ではあるが、一種の教養をもち、文学書や、カント、フィヒテなどの哲学書なども読んだといわれている。ヘルダーリンの住んだ部屋はネッカール川に臨み、「ヘルダーリンの塔」とおのずから呼ばれることになった。(中略)親方ツィンマーと詩人の母とのあいだにはつねに文通があり、諸費用は母に正確に報告されて、支払われている。詩人をニュルティンゲンにおかなかったことは、(中略)ツィンマーとその家族が非常にいい人であったので、結果としてそれはよいことであった。(中略)詩人は概して静かな病人であったが、秩序立った会話はすることができなかったという。フリュートやピアノを奏でたり、乞われれば短い詩を書いたりした。親方ツィンマーがやかましく言って、ときどき母に手紙を書かせた。それは六十通近く残っている。詩人のことをいつも「ふしあわせな息子」と書いているこの母も一八二八年に死んだ。詩人は三十六年間の精神の夜ののち、一八四三年六月七日に安らかに生涯を閉じた。」




































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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