パウル・シェーアバルト 『星界小品集』 (福岡和也 訳/プラネタリー・クラシクス)

「「わしには、ほれ、もうひとつ脳がありましてな」ミサンコロ氏が答えた、「あんたがたの耳や眼より、もっと多くのものがわかるんじゃ。わしが考えるに、この貝殻状のわしの脳が――地球の考えや意志などを直接感じとっているような気がするんじゃ。なにかその、共鳴しあっているような――それ以上うまくは言い表わせないんじゃが。おそらく、わしらが感じている微妙なところは、決してことばでは表現できないのかもしれん」」
(パウル・シェーアバルト 「大胆な人々」 より)


パウル・シェーアバルト 
『星界小品集』 
福岡和也 訳

プラネタリー・クラシクス

工作舎 
1986年9月1日初版発行
1988年5月20日第2刷発行
237p 目次2p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,600円
エディトリアル・デザイン: 西山孝司

Paul Scheerbart : Astrale Novelletten



本文中挿絵4点およびカット(シェーアバルトの画集『彼方の回廊』より)。


シェーアバルト 星界小品集 01


帯文:

「世紀末を
笑いとばした男
シェーアバルトの
奇天烈
ファンタジー
プラネタリー・クラシクス
第1弾!」



帯裏:

「――作品――
◎本書〈小遊星〉群◎
〔宇宙劇場〕
まっ赤なチーズと超新星爆発の不思議な関係
〔あたらしい大地〕
増殖する金星人の住居問題。解決策は?
〔舵手マルブ〕
うっかり体を落としたヴェスタ人、定住の夢
〔大きな木〕
遊星ユノの巨木人が知った恐ろしい過去の話
〔ツァックとヂヂと巨大なあたま〕
ケレス人が見た絶対者、それは“あたま”?
〔キーエンバイン教授の冒険〕
見えない海王星人、地球を突如来訪――
〔隠遁者〕
南氷洋で船乗りが見た“青い月”の正体
〔友好的社会〕
予算問題で悩むアトス山天体観測所の大発見
〔硝子球〕
メキシコから脱出する太陽主義者が聞いた話
〔満ちたりた人々〕
未来、支那の庭園では宇宙文学が大ブーム
〔あたらしい穴〕
巨大な穴は星の進化の兆候、のはずだった…
〔大胆な人々〕
太陽系大革命。地球の意志を聞く、竜の一族」



カバー裏に「著者紹介」があります。


目次:

宇宙劇場
あたらしい大地
舵手マルブ
大きな木
ツァックとヂヂと巨大なあたま
キーエンバイン教授の冒険
隠遁者
友好的社会
硝子球
満ちたりた人々
あたらしい穴
大胆な人々

S氏とF氏の話 (訳者あとがき)
訳者紹介



シェーアバルト 星界小品集 02



◆本書より◆


「舵手マルブ」より:

「ヴェスタ人のからだについてはかなり説明を要する。食事は、可動的らっぱ状頭部漏斗からとる――食べられるのは雲だけだった。それはごく微細な粒子から成り立っており、消化のための胴体はたいして必要なかった。胴体は一応ついてはいたが、あたまに比べればかなり小さかった。
 奇妙なことに、この星界住人たちのあいだには、誰一人として似たような形をしたものがない。各人それぞれが、いっぷう変わったからだの持ち主である――ひょろ長かったりずんぐりだったり――おおかたは、ゴムのように弾力性のある皮嚢(かわぶくろ)状をしており――鋼鉄のように硬い鋸歯状器官をもっていた――この夥しい数ののこぎりの歯は、たえず形を変化させていた。のこぎり朶(あし)を使って、ヴェスタ人はどんな金属や岩や星片でも削ることができた。」



「大きな木」より:

「「ぼくらの生は、かつてはささやかな冗談だった。してみると、ぼくらの現在の生がひとつの大いなる冗談じゃないというのは、はなはだ遺憾なことじゃないかしら」」


「ツァックとヂヂと巨大なあたま」より:

「ケレス画家の作風ときたら、地球人にはかろうじてその断片ぐらいしか想像できないほど風変わりなものである。ケレスの画家たちは色を塗りたくるわけではないし、そのうえ、平面の上に描くわけでもない。色彩は、凹面鏡の内部にそのまま流し込まれる。凹面鏡のヘリはほぼ円形状をしていたが、その内部空間は、かならずしも球状に湾曲しているとはかぎらない――ときには、玉子のようにくびれたものもあった。凹面鏡のいくつかは口径一メートルほどで――ほとんどのものはさらに巨大だった。そのうちの大きなものは、二〇メートルから三〇メートルにもなろうかという口径をもっていた。ここでは、一枚の絵を完成させるために画像を描きこんでゆくかわりに――“動く”画像が投げこまれる。ここで用いられているすべての溶剤や香油、酸類などは、不安定な磁場のために絶えず影響をうけ、完成した絵は永久にその姿を変化させる――夜の昏闇に包まれ、見えなくなるまでは。
 ケレス画家が抱えこんでいる主題のほうも、とうてい地球の画家たちの共感を呼びそうな代物ではなかった。ケレスではかなり有名な、堅実派のポルカスは、すばらしく大きな凹面鏡絵画を二つもっていたが、どちらも三〇メートル前後の大きさがあった。そのうちの一点は意識のめざめをテーマにしたもので、もう片方はその消滅である。はじめの絵は昼間用に制作されており、夜明けとともにその内部に変化の兆しがみえはじめ――内奧では、玉虫色に光る液状のものがどんよりとうねった。やがて縁のあたりから力強い虹彩の交響曲が沸いてきて――閃光といなずまとでできた七色の靄が、大きく口をあけた深層領域に引きずりこまれ――溌剌と踊りまわる、光による白昼の狂宴――あらゆるものが次から次にめまぐるしく転変する万華鏡世界が繰り広げられていった。
 意識のまどろみをおもわせる夜の肖像の中では、粲く炎や火花を散らす閃光、緑色のヴェール、真紅の火玉が、ちろちろと光っていた。
 ケレス人は、自分たちの生がどんな風にはじまったのか誰ひとり知らなかった。ある日突然、かれらは電光やかみなりと一緒に磁気帯中心部から弾き出されてくる――そのままの姿で。からだをなげだしぴくともしないで横たわっているうちに、だんだん目が醒めてくる。
 生れてくるときと同じように――ケレス人はいつのまにか消えて亡くなる。ある日、かれらは急に朝食をとらなくなる。そのうちに、もとどおり磁気中心のなかに吸いこまれ、あとかたもなく消滅してゆく。」

「遥か奥底の方には、うっすらした謎がとぐろを巻いていた――しかしながら、そんなところまで行ってこようというもの好きはいなかった。あらゆるものを中心へと向かわせる、あの求心的な衝動が、この小遊星にはまったく欠けていた。獣のような生きものも棲んでいないし――植物さえ、さっぱり見あたらない。そのかわり、そこいら中に極彩色の噴水がひゅうひゅう吹き出ていて、夜になると青白い燐光をはなった。そのほかには、さまざまな硬度や結晶形をした鉱石類があり、ありとあらゆる奇妙な形状をみせていた。ぐにゃりとした柔らかいもの、ぬめぬめしたアメーバ状のもの、ごむのように弾力性のあるもの――ふわふわしたパンのようなものや固形状のもの――パリパリしたもの、じっとりしたもの――ひんやりするもの、ぢりぢり焦げつくもの――光るもの、光らないもの。」

「「ぼくらのあたまの中に蠕(うごめ)いていて、ぼくらをがんじがらめにしている、この憧憬はいったい何なのかしら」」

「そのうち、唯一の大いなる存在という観念はまったくかえりみられなくなり、人々は、いたるところに通じている高次な存在について思いをめぐらし――いつまでも考えこむようになった。」」



「キーエンバイン教授の冒険」より:

「今日、わたしが発明した通信装置の具合をためしていると、なんとも説明しかねる奇妙な雑音が聞こえてきた。」

「わたしの本当の姿は、ただ比喩的な形でしかご理解いただけないことでしょう。いうまでもなく、わたしには、あなたにはお馴じみの口なんて代物はついていませんし――眼や耳だってありません。わたしはただ、奇跡的且つ独創性に富む、精巧きわまるあなたの通信装置を媒介にしてのみ、かろうじてお話ができるにすぎないんです」」

「「地表でのんびり暮している学者たちが、いかにも安直に組み立ててみせた物理法則なんて、わたしたちの太陽系にはそうやすやすと妥当するはずありません。確実にいえることは――あらゆるものがもつれあい、絡みあっているということです。(中略)星は、思考する巨大な生きものです――流星だって、思惟をそなえたひとつの生物なんです――」」



「友好的社会」より:

「ところで、以下の点はもはや反駁の余地はない。流れの中で暮らす生物たちと空中生物たち――さらにもうひとつ、それとは別の種属、月の内部にしっかりと根を張った塊根状生物たちとが、互いに平和に共存して暮しているということ――かれらは木星の月面上で一致団結し、いかなる反目や悶着とも縁のない、巨大な友好的社会を築きあげているのである。わたしの写したさまざまな写真を見ていただけばおわかりのように、三つ巴状のあたまをした魚生物と、どこにあたまがあるのか見当もつかないような光条生物たちとは、いたって仲睦まじく暮している。それはまことにほほえましく、感慨深い光景である。」

「こういった、互いに異なった器官をもつ生物間で形成された社会では、もともと反対意見というものが存在しえないということを、わたしはさらに強調したい。なんらかの武器を思わせるようなものは、ついに発見できなかった。」



「大胆な人々」より:

「竜族には幽玄きわまりない固有の文化があり、人間などは比べようもない豊富な知識をもっていた。竜には、小さく尖がった両耳のあいだに、人間にはないもうひとつの脳があった。この脳で、竜たちは人間には知覚できないものまで感じとっていた。
 この五〇〇年間、竜たちと人間とが不和をかもしたことはいちどもなかった。かれらは、すべての分野にわたって人類に莫大な利益をもたらしつづけていたので、争いの種など見つけようがなかった。
 竜たちは川の水だけを飲んで生きていたので――もちろん、海水でも代用できた――人間のように消化不良をおこして不機嫌になる心配もなかった。」

「「わしには、ほれ、もうひとつ脳がありましてな」ミサンコロ氏が答えた、「あんたがたの耳や眼より、もっと多くのものがわかるんじゃ。わしが考えるに、この貝殻状のわしの脳が――地球の考えや意志などを直接感じとっているような気がするんじゃ。なにかその、共鳴しあっているような――それ以上うまくは言い表わせないんじゃが。おそらく、わしらが感じている微妙なところは、決してことばでは表現できないのかもしれん」」

















































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パウル・シェーアバルト 『小遊星物語』 (種村季弘 訳/平凡社ライブラリー)

「時代と生国の現実に根づいた(自然主義的)風俗作家もしくは郷土作家ではない。ということは、何を発言しても根も葉もないホラ、裏付けのない大言壮語と受け取られてしまう。『宇宙の輝き』のアダム少年のように、何をいっても誤解されてしまうほかないのである。」
(種村季弘 「訳者あとがき」 より)


パウル・シェーアバルト 
『小遊星物語 
付・宇宙の輝き』 
種村季弘 訳

平凡社ライブラリー 80 し-5-1

平凡社 
1995年1月15日初版第1刷
373p 
B6変型判 並装 カバー
定価1,200円(本体1,165円)
カバー: ブルーノ・タウト『アルプス建築』(1919)より、「星の系」
カバー・マーブル制作: 製本工房リーブル

Paul Scheerbart : Lesabéndio: Ein Asteroidenroman


「本著作は一九六六年五月初版刊行の
『小遊星物語』(桃源社)の改訳に、
新訳の「宇宙の輝き」を併載したものです。」



シェーアバルト 小遊星物語


カバー文:

「パラス星を舞台に繰り広げられる法外な建築事業の結末は………
星界とガラスに憑かれた宇宙造形家=建築詩人の綺想溢れるユートピア小説。
幻の傑作の改訳に、愛すべきメルヘン『宇宙の輝き』を併載する。



目次:

小遊星物語
 第一章~第二十五章
宇宙の輝き――太陽のメルヘン

平凡社ライブラリー版 訳者あとがき
解説――言葉の永久機関 (高山宏)




◆本書より◆


「小遊星物語」より:

「空はすみれ色だった。星は緑色だった。そして太陽もまた緑色だった。
 レザベンディオは吸盤脚を大きくひろげ、険しく切り立ったぎざぎざの岩壁にからみつけると、もとはといえばゴム状の円筒に吸盤脚をつけただけのその躯ごと、すみれ色の大気の中へと五十メートルあまりも突兀とそそり立った。
 レザベンディオの頭部は虚空でいちじるしい変化を遂げた。ゴム状の頭皮はいっぱいにひろげた雨傘のようにひろがり、それからゆっくりとすぼまった。すると顔が見えなくなった。こうして頭皮は前方に穴のあいた一本の円筒をかたちづくったが、この円筒の底には顔があって、その両眼から二本の長い望遠鏡のような仕掛けがせりあがり、レザベンディオはこれを使って空の緑色の星々を、まるで手にとるように目のあたりに眺めることができるのだった。」

「「ぼくらの星の鉛鉱脈の中にある、例の大きな胡桃、あれだってまだずいぶん秘密を抱えてる。」」
「この胡桃については、あるまことに特殊な事情がからんでいたのである。すなわち胡桃の中には未来のパラス人が隠れているのである。」
「パラス人をもっと殖やしたければ、鉛鉱脈の中で探した胡桃の殻を砕きさえすればよかった――すると胡桃一個について一人のパラス人がそこから跳び出してくるのだった。」
「破殻したばかりのパラス人が最初に話した言葉は、かならず書きとめられることになっていた。小パラス人は一人ひとり、他のものとくらべようのない新しい話をするのがつねだったのである。」
「幼年者たちは、彼らが住んでいた世界の話をした。すると聴き手の大人たちはいつも、この幼年者たちは一人ひとり、次の幼年者とはまるでべつの世界に住んでいたのではないかという感じがしてくるのだった。かぎりなく長いあいだ長い円筒のなかに住んでいて、その円筒のなかの遠近構造を延々と話し続ける男がいるかと思うと――次の男はなにやら肌触りの湿っぽい雲しか知らなかった――かと思うとめらめらと燃えさかる炎の話をするものもあった。炎といえば、他の天体でならいざ知らず、これはパラスでは絶対にお目にかかれないものだったのだ。幼年者たちのあいだにはまた、これまたパラスには見られない水の塊のなかに住んでいたと主張するものもあった――ところでおびただしい量の液体という観念について言えば、パラス人たちは、なにからなにまでパラスとはちがう近隣のいくつかの小遊星の観察を通じてはじめてそういう観念を得たのである。」



「平凡社ライブラリー版 訳者あとがき」より:

「世紀転回期前後のベルリンの一隅に、ボヘミアン文士たちのたまり場、カフェ「黒い仔豚」があった。」
「一九〇〇年前後の文学的ファッションは、いうまでもなく自然主義である。「黒い仔豚」のボヘミアンたちはしかし、反時代的な反自然主義の旗印を掲げた。シェーアバルトもその例に洩れない。」

「当然のことながら世間的には無名である。生前からして「忘れられた作家」であった。」
「二十世紀初頭に登場しながら、実証主義的十九世紀を一世紀跳び超えて十八世紀につながると公言する反時代的作家はしかし、時間を超えるだけではなく、空間をも超えた。とりわけオリエントの文化が彼の情熱の対象だったのである。」

「時代と生国の現実に根づいた(自然主義的)風俗作家もしくは郷土作家ではない。ということは、何を発言しても根も葉もないホラ、裏付けのない大言壮語と受け取られてしまう。『宇宙の輝き』のアダム少年のように、何をいっても誤解されてしまうほかないのである。居直ってホラ吹きの小説を書いた。」

「オリエント文化に対する信仰告白は、さらに次のことばにも見える。「私はついぞヘレニズム的感性を知らなかった――むしろ東方的に感じたものだ――東洋は人間よりむしろ神々と怪物に親しかったのである」。
 ヘラス的「人間」よりは「神々と怪物」に親しみがあるという。『小遊星物語』の随所に登場する怪物めいた星の生物、というよりは星という生物の怪物性が想い起こされる。のみならずパラス星人やクィッコー星人が人間よりは怪物に近い存在として描かれているのは一目瞭然だろう。」



































































パウル・シェーアバルト 『永久機関 附・ガラス建築』 (種村季弘 訳)

「シェーアバルトがセクシュアリティーに反応しない、いわゆるアンチエロティカーだったのは確からしい。(中略)女嫌い、というよりは人間嫌い。より正確には、人間的なものに無関心。」
(種村季弘 「訳者あとがき」 より)


パウル・シェーアバルト 
『永久機関 附・ガラス建築
― シェーアバルトの世界』 
種村季弘 訳

Paul Scheerbart: Das Perpetuum Mobile

作品社 
1994年11月25日 初版第1刷印刷
1994年11月30日 初版第1刷発行
261p 口絵(折込)1葉
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,500円(本体2,427円)
装丁: 水木奏
カバー装画: フリードリヒ・メクセパー



シェーアバルト 永久機関 01


帯文:

「奇才
シェーアバルト
ダダ、シュルレアリスムの先駆者にして
ブルーノ・タウトに「ガラス建築」の
構想を示唆した男。
人類永遠の夢を追及しつづけた
幻視者(ヴィジョネール)の世界が
ここに蘇る!」



帯裏:

「一口にいえば、シェーアバルトの「建築」は一種の「永久機関」なのだ。それが実現すれば、従来のあらゆる建築テクノロジーが死滅せざるをえないであろうところの、建築の死そのものを夢見る建築なのだ。ガラスはこの明るい死の譬喩である。……「永久機関」は、あらゆる有限の機械・機関とは異なり、それ自身の死をめがける発明にほかならなかった。
――訳者あとがきより」



目次:

序言
永久機関
フローラ・モール
シェーアバルティアーナ
ガラス建築

訳者あとがき



シェーアバルト 永久機関 02



◆本書より◆


「永久機関」より:

「物理学者ならだれしも異論を唱えるであろう。それは百も承知である。ところが私にはその点にこそ最大のうまみがあった。私はかねてから物理学者たちがいとわしかった。ローベルト・マイヤーも――エネルギー保存の法則も、私の知ったことだろうか?」

「私は考えた。いずれにせよこの問題は一筋縄でゆくはずはない。それでも結局、なんとかなるだろう。
 朝はいつも絶望だったが、夕方がくると私は、またまたできないはずはないと確信しているのだった。
 これに続く数日間というもの、私は何百個もの車輪をスケッチした――ありようはくり返し同じものを。」

「まるでお話にならない結末に終っても、私は笑うだろう。」

「明日もうまくいかないだろう――賭をしてもいい。
 それがちょっぴり気休めになる。」

「私はまた、問題の技術的な側面にもまるで興味がなかった。私はこれまでの生涯に技術的問題に頭をしぼったことはなく、機械構造にはまるで関心がなかった。」

「私はしかしそんなことはしない。他人様(ひとさま)が寄ってたかってもうやっていることを、やったためしはないのだから……」

「地球が何百万年来間断なくこなしてきた途方もない引力活動のことが、いよいよ激烈に感じられてならない。地球そのものが永久機関なのだ。」



「フローラ・モール」より:

「『きみには分からんだろうが』、とウィリアムはいったものでした、『このガラスの花にいわゆるたましいを吹きこむのに、私はどれだけ苦労したことか。自然の花だけを描くマカルトのような花の画家はかならず成功を博して、他の人にもきっと花にたましいを吹き込む人と思われるだろうさ。しかし前代未聞の新しい花に新しい形と色彩を与えようとしている私は、あらゆるたましいの生命をそれで破壊する人間のようなあつかいを受けている。いや、なにもいわんでくれ! 実際、そうなんだ! 習慣というものはそういうものなんだ!』」


「シェーアバルティアーナ」より:

「「外で何かあったのか?」、教授は語気を強めて、「どうして私の妻はやってこんのだ?」すると門番がきて、吼える。「奥さまはガラス化してしまいました、教授殿!」」


「訳者あとがき」より:

「シェーアバルトがセクシュアリティーに反応しない、いわゆるアンチエロティカーだったのは確からしい。童貞的な女嫌い、というよりは人間嫌い。より正確には、人間的なものに無関心。」
「抜け上がった青空のような快活さ。もしくは童貞の快活さ。それがこの二〇世紀初頭に生きた十八世紀人を特徴づける。童貞の快活さといえば、同時代のバスク人音楽家のモーリス・ラヴェルの名が思い起こされる。ラヴェルもまた人間的なものに無関心の数学の専門家で、またシェーアバルトと同様俗悪にエロティックなものに見向きもしないアンチエロティカーだった。何よりも東方崇拝者として東洋音楽から決定的な刺激を受けた。批評家たちがシェーアバルトとラヴェルの親近性を云々するゆえんだろう。」

「シェーアバルトの建築、とりわけ「ガラス建築」は、これらの建築的綺想とは一線を画している。なぜか、一口にいえば、シェーアバルトの「建築」は一種の「永久機関」なのだ。それが実現すれば従来のあらゆる建築テクノロジーが死滅せざるをえないであろうところの、建築の死そのものを夢見る建築なのだ。ガラスはこの明るい死の譬喩である。スーフィズムの教えるところでは、死者が天国に旅するときには「ガラスの舟」が迎えにくる。死はここではファイニンガーのいわゆる「超自然への橋」を渡り、ガラスのように透明な舟に乗って船出する光の海なのだ。「死を怖れることなかれ、苦痛を怖れることなかれ」――『小遊星物語』のパラス人の死の場面で登場人物の一人はそうささやく。」





































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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