『世界文学大系 53 リルケ』 手塚富雄 編

「この量り知れぬ夜闇の中に
きみの五感の交叉路に、みずから魔法の力となれ、
五感の奇妙な出会いの意味となれ。」

(リルケ 「オルフォイスに寄せるソネット」 より)


『世界文学大系 53 
リルケ』 
手塚富雄 編


筑摩書房
昭和34年3月15日 発行
493p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 丸背バクラム装上製本 貼函
定価550円
装幀: 庫田叕

月報 14 (12p):
リルケについて(村野四郎)/リルケ頌(藤原定)/リルケの跡をたずねて(高安国世)/リルケを聴く(岸田衿子)/訳者紹介/編集後記/研究書目・参考文献/連載 世界文学史 14 イタリアのルネサンス(野上素一)/第十五回配本/図版(モノクロ)4点



詩と巻末の「詩編目次」は二段組、その他は三段組です。
本文中図版(「ドゥイノの悲歌」浄書原稿)1点。


リルケ 世界文学大系 01


リルケ 世界文学大系 02


目次:

初期詩集
 春 (神品芳夫訳)
 中部ボヘミヤの風景 (星野慎一訳)
 この黄いろのばらの花は (神品芳夫訳)
 夜あけのひかりが東の空を (神品芳夫訳)
 それは白菊の咲きほこる (神品芳夫訳)
 彼女のきよらかなたましいが (神品芳夫訳)
 遠い昔 (星野慎一訳)
 これがぼくのたたかいだ (神品芳夫訳)
 母たちの歌 (星野慎一訳)
 耳をかたむけ (神品芳夫訳)
 少女らが笑いながら (尾崎喜八訳)
 ごらんなさい、私たちの昼間は (尾崎喜八訳)
 私たちの心に意味を (神品芳夫訳)
 祈りのあとで (神品芳夫訳)

形象詩集
 序詩 (神品芳夫訳)
 ある四月から (神品芳夫訳)
 恋する女 (神品芳夫訳)
 静寂 (神品芳夫訳)
 子供のとき (神品芳夫訳)
 子供時代の一景 (神品芳夫訳)
 お守りのうた (神品芳夫訳)
 夜の人々 (神品芳夫訳)
 夜のヴァイオリン (神品芳夫訳)
 カルセル橋 (神品芳夫訳)
 嘆き (神品芳夫訳)
 孤独 (神品芳夫訳)
 秋日 (山本太郎訳)
 秋 (山本太郎訳)
 前進 (川村二郎訳)
 予感 (川村二郎訳)
 スコーネの夕べ (手塚富雄訳)
 夕ぐれ (川村二郎訳)
 受胎告知 (川村二郎訳)
 スウェーデン王カルル十二世ウクライナ騎行の歌 (川村二郎)
 ロシアの皇帝たち (高橋重臣訳)
 歌唱い公子を前にして唱う (高橋重臣訳)
 噴水について (尾崎喜八訳)
 読書する人 (高橋重臣訳)
 見つめる人 (高橋重臣訳)
 “ある嵐の夜から”より (矢内原伊作訳)
 盲目の女 (高橋重臣訳)

時禱詩集
 第一部 修道生活の書(抄) (生野幸吉訳)
 第二部 巡礼の書(抄) (高安国世訳)
 第三部 貧しさと死の書(抄) (大山定一訳)

新詩集
 愛の歌 (川村二郎訳)
 東洋風な後朝の歌 (大山定一訳)
 サウルのまえにダビデは歌う (前田棟一郎訳)
 放蕩息子の家出 (大山定一訳)
 橄欖園 (大山定一訳)
 ピエタ (富士川英郎訳)
 詩人の死 (尾崎喜八訳)
 仏陀 (富士川英郎訳)
 日時計の天使 (富士川英郎訳)
 モルグ (富士川英郎訳)
 豹 (富士川英郎訳)
 聖セバスチアン (高安国世訳)
 白鳥 (尾崎喜八訳)
 レース細工 (片山敏彦訳)
 成人した女 (大山定一訳)
 別離 (片山敏彦訳)
 死の体験 (大山定一訳)
 青いあじさい (前田棟一郎訳)
 旗手 (富士川英郎訳)
 ブレーデローデの最後の伯爵トルコの捕囚を脱す (小川正己訳)
 ローマの噴水 (富士川英郎訳)
 メリー・ゴーラウンド (大山定一訳)
 スペインの踊子 (尾崎喜八訳)
 島 (高安国世訳)
 オルフォイス オイリュディケ ヘルメス (前田棟一郎訳)
 アルケスティス (高安国世訳)
 ヴェーヌスの誕生 (尾崎喜八訳)
 薔薇の葩 (大山定一訳)
 
新詩集別巻
 アポロのトルソ (前田棟一郎訳)
 レダ (手塚富雄訳)
 恋人の死 (尾崎喜八訳)
 ヨナタンのための嘆き (小川正己訳)
 盲人 (富士川英郎訳)
 群像 (富士川英郎訳)
 海の歌 (山本太郎訳)
 夜の馬車 (高安国世訳)
 肖像 (富士川英郎訳)
 ヴェニスの晩秋 (大山定一訳)
 ラウテ (大山定一訳)
 姉妹 (富士川英郎訳)
 ピアノの練習 (大山定一訳)
 愛に生きている女 (片山敏彦訳)
 薔薇の内部 (富士川英郎訳)
 べにづる (大山定一訳)
 子守唄 (尾崎喜八訳)
 薔薇色のあじさい (富士川英郎訳)
 孤独の人 (尾崎喜八訳)
 毬 (富士川英郎訳)
 子供 (富士川英郎訳)
 円光の仏陀 (大山定一訳)

鎮魂歌
 ある女友のために (高橋英夫訳)

マリアの生涯 (国松孝二訳)
 マリアの誕生
 マリア供御
 マリアへの告知
 マリアの訪れ
 ヨセフの猜疑
 牧人たちへの告知
 キリスト降誕
 エジプトへの亡命の途次の憩い
 カナの婚筵
 受難の前
 ピエタ
 イエスのよみがえりとマリアの安らぎ
 マリアの死

ドゥイノの悲歌 (手塚富雄訳)
 第一の悲歌
 第二の悲歌
 第三の悲歌
 第四の悲歌
 第五の悲歌
 第六の悲歌
 第七の悲歌
 第八の悲歌
 第九の悲歌
 第十の悲歌

オルフォイスに寄せるソネット (高安国世訳)
 第一部
 第二部

後期詩集
 真珠だまが散る (富士川英郎訳)
 スペイン三部曲 (富士川英郎訳)
 天使に寄す (富士川英郎訳)
 ナルシス (富士川英郎訳)
 私を驚かすがいい 音楽よ (富士川英郎訳)
 キリストの地獄めぐり (谷友幸訳)
 清浄な木立の向うで (富士川英郎訳)
 寡婦 (手塚富雄訳)
 いばらのしげみに起る声 (手塚富雄訳)
 冬の賦 (富士川英郎訳)
 大いなる夜 (高橋英夫訳)
 夜によせる詩 (高橋英夫訳)
 兄妹 (大山定一訳)
 予め失われている 恋びとよ (富士川英郎訳)
 転向 (富士川英郎訳)
 ベンヴェヌウタに (富士川英郎訳)
 嘆き (富士川英郎訳)
 彼女たちを知ったからには死なねばならぬ (富士川英郎訳)
 ありとあらゆるものが人知れず…… (大山定一訳)
 ヘルダァリーン頌 (大山定一訳)
 心の頂きにさらされて (富士川英郎訳)
 さらにふたたび (堀辰雄訳)
 愛のはじめ (前田棟一郎訳)
 死 (富士川英郎訳)
 音楽は立像がもらす吐息か (大山定一訳)
 C・W伯の詩から (富士川英郎訳)
 何時になったら (富士川英郎訳)
 対歌 (富士川英郎訳)
 かもせよ魔酒を (手塚富雄訳)
 旅人 (小川正己訳)
 ヴァリスのスケッチ七篇 (富士川英郎訳)
 涙の壺 (富士川英郎訳)
 魔術師 (手塚富雄訳)
 強烈な星よ (富士川英郎訳)
 エロス (富士川英郎訳)
 無常 (富士川英郎訳)
 既に樹液は暗く根のなかで (富士川英郎訳)
 音楽 (富士川英郎訳)
 日ざしに馴染んだ道のほとり (高安国世訳)
 重力 (富士川英郎訳)
 ああ 涙でいっぱいのひとよ (富士川英郎訳)
 薔薇 おお 純粋な矛盾 (富士川英郎訳)

フランス語の詩
 「果樹園」より (片山敏彦訳)
  この夕べ 私のこころは 
  晩のランプよ
  われらの生は
  たなごころ
  女友のためいきの上で
  その壮麗の奥に位置して
  なべて極度の力を
  噴水
  ときおりは 君の意見に従うことが
  果樹園
  われらの眼が閉じることは
  天使たちから観れば
  かりそめに通り過ぎて
  この夕べ何ものかが
 「ヴァレの四行詩」より (片山敏彦訳)
  山の路の中ほどに
  あの高いところに
  鐘楼が歌う
  この空を見つめたことのある人々は
 「薔薇」より (山崎栄治訳)
  幸福な薔薇よ、
  だれをおそれて、薔薇よ、
  薔薇よ、おまえをそとに残して

神さまの話 (手塚富雄訳)
オーギュスト・ロダン (生野幸吉訳)
マルテの手記 (生野幸吉訳)

随想
 風景について (小川正己訳)
 夢の本より (星野慎一訳)
 ある出会い (小川正己訳)
 体験 (星野慎一訳)
 手記 (星野慎一訳)
 思い出 (川村二郎訳)
 人形についてあれこれ (小川正己訳)
 太初の音 (川村二郎訳)
 若い詩人について (川村二郎訳)
 詩人について (川村二郎訳)
 若き労働者の手紙 (星野慎一訳)

ポルトガル文(リルケ訳) (水野忠敏訳)

晩年のリルケ (ホルトゥーゼン/永野藤夫訳)

解説 (手塚富雄)
年譜 (神品芳夫編)
詩編目次



リルケ 世界文学大系 03



◆本書より◆


「オルフォイスに寄せるソネット 29」より:

「この量り知れぬ夜闇の中に
きみの五感の交叉路に、みずから魔法の力となれ、
五感の奇妙な出会いの意味となれ。

そしてもし地上のものがきみを忘れたら、
静かな大地に向って言え、私は流れる、と。
すみやかな流れに向って言え、私は在る、と。」



「ありとあらゆるものが人知れず」より:

「ありとあらゆるものが人知れずそっとぼくらの感受に合図をおくっている。
ほのかな身動きから微風がささやく――思いだせ、と。
ゆくりなく過ぎ去った一日が、
いつかふとぼくらへの贈与となって立ちかえる。

誰もぼくらの収得を確実にかぞえることはできぬ。
古い過去の歳月から、誰もぼくらを切り離すことはできぬ。
この世のなかでぼくらが常に経験するのは
一が他のなかでおのれ自身を知るということ。

言葉をかえれば 何のゆかりもないものがそっとぼくらのそばにきて身をあたためるということ。
一つの家。牧場の斜面。そして西空の赤光(しゃっこう)。」

「あらゆるもののなかに一つの空間がひろがっている。
いわば「宇宙の内部空間」……そして小鳥たちは
しずかにぼくらの体内を飛び交い、自由に伸びようと意志して
ぼくがふと目を放てば、ぼくのうちにすでに青々と一本の樹木が生えている。」



「オーギュスト・ロダン」より:

「ロダンは名声をかちうる前、孤独だった。やがておとずれた名声は、おそらく彼をもういっそう孤独にした。なぜなら名声というものは、結局は、新しい名前の周りに集まるすべての誤解の総括にすぎないのだから。」


「マルテの手記」より:

「もう今では身内もいないふるさとを想い浮かべると、むかしはこんなふうではなかったにちがいないと思えてくる。むかしは、ちょうどくだものが核をもつように、だれもが自分のからだのなかに死がひそむのを知っていた(あるいは漠然と感じていた)。子供たちは小さな死を、おとなは大きなおとなの死を、それぞれに宿していた。(中略)だれしもが、ともあれ死を持っていた。そのことが人々に特有の品位としずかな誇りをあたえていた。」

「それがなにかの合図なのだ、仲間同士の一種の合図、追いだされ敗北したひとびとだけが知っている合図なのだ、とぼくは悟った。」

「たしかに、かれは自分が周りのもののすべてからいまは隔てられているのを知っていた。ただ人間たちから、というだけではなかった。もうあと一瞬。そのときあらゆるものが、固有の意味をなくすだろう。このテーブルも、茶碗も、かろうじてしがみついているこの椅子も、――あらゆる日常のもの手ぢかなものが、もはや理解の手がかりをうしなうだろう。奇妙な、みなれない、鈍重なものに変わるだろう。かれはこうして坐ったまま、そんな瞬間を待っていた。抵抗もせず断末魔を待っていた。
 だが、ぼくはまだ抵抗をやめはしない。ぼくの心臓はもう舌べろのようにむきだしに垂れ、迫害者たちがたったいま、ぼくを苛(さいな)むのをやめてくれても、これ以上いきてゆくちからはない。自分でもそれは判っているが、ぼくはやはり抵抗する。わるいことなんか起こらなかった、とぼくは自分に言いきかせる。」

「彼がなんびとであるか、かれらには知るよしもなかった。いまでは彼は怖るべく愛されがたい人間であった。そしてただある一者のみが自分を愛しうることを予感していた。しかもその一者はまだ愛しようとしないのだった。」



「風景について」より:

「ゆっくりとそれは、孤独な人々の手によって、数世紀の間ずっと形づくられていった。たどらねばならぬ道のりは非常に遠かった、というのは住みなれた人の偏見にくもった眼ではもはやこの世を見ないほど、この世の習慣から遠のくということはむつかしいことであったからだ、(中略)生活を支配している事物をどんなに間違って見るものか、また私たちをとりまいているものを私たちに言うためには、しばしば人はまず遠方からやって来なくてはならないということを知っている。」


「体験」より:

「彼はその館(やかた)の庭で不思議なことを体験した。庭はかなり急な斜面に添うて海にまでのびていた。いつもの癖で本を一冊持ちながらあちらこちらぶらついて、ふと、灌木状の木の、ほぼ肩の高さの叉(また)のところに身を寄せかけたときだった。そこにもたれかかったかと思うと、急に気もちよい支えとゆたかな安らぎとを得たように感じたので、すっかり自然のなかにとけ込んでしまい、本を読むことも忘れて、ほとんど無意識な観照の世界をさまようたのであった。今まで体験もしなかったような感情について、しだいに、気がつきはじめた。木のなかから微妙な震動が伝わって来るような気もちだった。(中略)これより微妙な動きにみたされたことはかつてなかったと思った。彼の肉体はほとんど霊にちかい取りあつかいをうけて、ふたんのはっきりした身体の状況ではとうてい感じられないような影響を受け入れることができる状態におかれていた。(中略)「そうだ、おれは自然の裏側に廻ってしまったのだ」と。(中略)不思議にも親しみある間隔ををおいてくりかえしせまって来る流れが、彼の体内のすみずみまで、ますます一様にしみとおるにつれて、彼には自分の肉体が哀切きわまりないものに感じられた。肉体は今はただ、純粋に、ひたすら心して、その流れのなかに立ってそれをうけ入れるためにのみ役立つにすぎない存在となっていたのだ。それはちょうど、すでにどこかこの世ならぬ世界にさまようている霊魂が、うつろのままながら、かつては不可欠のものだったこの世のなかにもう一度帰属しようと、やさしく放ったままにしておいたこの肉体のなかに悲しげに入って来るようなものだった。姿勢をくずさずにゆっくりと周囲を見まわしながら、彼はあらゆるものに旧知を感じ、あらゆるものを想い起こし、いわば遠い愛情をもってそれらにほほえみかけた。今はすっかりかかわりのない世界となってしまってはいるが、かつては自分に関係のあった遠い昔のことのように、すべてをあるがままのかたちにまかせていた。一羽の鳥の姿を追い、とある樹蔭(こかげ)にひかれ、またかなたへ延びて消える一介の道も瞑想的な洞察によって彼の心をみたすのであった。みずからがここにはかかわrない身であると知っていただけに、その洞察はいっそう純粋に想われた。これまでいったいどこに自分が滞在していたのか、彼は考えることさえ出来なかっただろう。けれども、この邸のすべてのもののところへかえって来たということ、すて去られた窓の奥ふかく坐っているように、向こうを見ながら、この肉体のなかに立っていたということ――数瞬のあいだ彼はそれを固く信じたので、この家の昔の誰かが突然姿をあらわしたならば、さだめし愕(おどろ)きかつ悩んだことであろう。実際、彼はその自然のなかで、ポリクセーネや、ライモンディーネや、その他この家の亡くなった家族の一員が道の曲り角からあらわれて来るのに出逢うのを、心待ちにしていたのであった。あたりに死者たちのすがたが静かにみちあふれているのを彼は理解できたし、地上のかたちがかくも気軽にそのまま用いられるのを見るのも、親しみがあった。(中略)そしてたぶんその青い眼差しにはこれまで幾たびもお目にかかったであろう蔓日日草(つるにちにちそう)は、いっそう精神的となった間隔をもって彼にふれるようになった。隠しだてているものなぞはもはや何もないというような無量の意味をこめて。おしなべて彼は、すべての対象がいっそう遠ざかると同時に、いっそうなんとなく真実な姿を示すようになったのを、認めることが出来た。それは、もはや前方へは向けられずに、「開かれた世界」のなかを漂渺(ひょうびょう)とただようていたかれの視線のせいであったかもしれない。彼は言わば肩越しに物たちをふりかえって見たのである。彼のために解き放たれた物たちの存在には、さながら別離の花の香気をまじえたような、大胆で甘い一種の風味がそえられてあった――
 こういう異常な状態はながつづきしないと、時おり自分に言いながらも、音楽と同じように、このような状態からはただかぎりなく規則的な終末以外には期待できないかのように、彼はそれが終るのを別に恐れていたわけではなかった。
 急にそういう姿勢が苦しくなって来た。彼は幹を感じ、手にした本の疲れを感じたので、そこから離れた。すると一陣のさわやかな海風が梢(こずえ)の葉をひるがえし、坂を匐(は)いあがっている灌木の茂みが入り乱れてざわめいた。」

「のちになって彼は、この一つの現象の力が種子のなかに秘められているようにあらかじめふくまれていた幾つかの瞬間を、想い出せるような気がした。彼はあのもう一つの南方の庭園(カプリ)にすごしたひとときを想起した。そこでは野外の鳥の啼声と彼の内界の鳥の啼声とが一つになっていた。つまり彼は、肉体の限界によってほとんどさまたげられることなく、内界と外界とを結んで一つのつながった空間を現出することができたのだ。そしてその空間のなかには、神妙な保護をうけて、最も純粋な、最もふかい意識の、ただ一つの場だけが残されていたのである。このように壮大な体験をちっぽけな肉体の輪郭によって妨げられまいとして、彼はそのときじっと目をとじた。すると無限の力があらゆる方面から彼の体内へそそぎ込んで来たので、彼はそのあいだにまばたき出した星のかろやかな上昇を、自分の胸のなかに感ずることができるような気になった。
 彼はまた想い出した。同じような姿勢で籬(まがき)に寄りかかりながら、橄欖樹のしなやかな梢を透かして星空を眺めようと骨を折ったことを。世界空間がこのようなマスクをかぶって、人間の顔のように彼と向かいあったことを。このようなことにじっと堪えていたら、あらゆるものが彼の心の溶液のなかに完全にとけこんでしまい、彼自身の存在のなかに創造物の味わいが感じられたことを。おぼつかない自分の幼年時代をふりかえってみても、彼はこのような放我の状態が考えられうるような気がした。いざ嵐に身をさらさねばならなかったとき、いつも彼をとらえたあの情熱的勇気を想い起こせば足りるのではなかろうか。(中略)しかし最初から、原始的な風の猛威、純粋にしてゆたかな水の様態、去来する雲のなかの英雄的なものなどがいちじるしく彼の心を捉え、人間的なものを理解できなかった彼のたましいに、それらのものが真実の運命として迫って来たのであるならば、最近さまざまな影響を受けて以来というもの、そのような関係に言わば彼が決定的に委(ゆだ)ねられていることを否定するわけにはゆかなかった。静かに分けへだつものが、彼と人間とのあいだに、ほんのちょっぴり、一つの純粋な中間空間をつくっていた。この空間を通しておそらく二三のものがかなたの世界へ達したのであろうが、またこの空間はあらゆる関係を呑みこんでそれでいっぱいになっていたので、濁った煙のようにかなたの人の姿をつぎつぎに曇らせてしまった。彼はまた、自分の孤立した姿がどの程度まで他の人々の印象に残ったかということも知らなかった。が、彼自身について言えば、そういう孤立が人々にたいして彼にある種の自由をあたえてくれるのであった――貧のささやかな発端、それゆえにこそ身のかるさを覚えたのであったが、それは、おたがいに希望を持ち、不安を感ずる人々、生と死にしばられている人々のあいだにまじっている彼に、一種独特な軽快さをあたえたのである。その軽快さを人々の苦難にみちた生活に比較してみようという誘惑を彼はまだ感ずるのであった。そういうことが人々をどんなに惑わすかを、よく見ぬいていたのではあったが。というのは、彼が固有な克服にたどりついたのは(英雄のように)、人々の生きるあらゆる制約の世界、つまり、人々の心の重苦しい空気のなかではなくて、人間が「空」と名づけるより方法がないであろうような、ほとんど人間的構えの感じられない空間のなかであったことを、人々が知り得ようはずがなかったからだ。彼が人々にもたらし得たもののすべては、おそらく彼の童心だけであっただろう。」



「太初の音」より:

「さて、くり返し私の心にひらめく着想とは、いったいどんなことなのか? それはこういうことなのである。――
 頭蓋骨の冠状縫合線は(中略)、蓄音器の針が録音用廻転円筒に刻みこむ、微細に曲折する線と、一脈の相似性をそなえている。(中略)さてそこで、この針を欺いて、(中略)音を転移した図形のではない、すなわち、それ自体で自然のままに存在している線条の上へ導いたとしたら、どうだろう。つまり、はっきり言ってしまうと、たとえばほかならぬこの冠状縫合線の上へ導いたとしたら――どんなことになるだろう?――一つの音が、おそらく生じるのではあるまいか、一つの旋律、一つの音楽が……」
「この時生まれ出るであろう太初の音に、何か一つの名を与えることに、私はためらいを感ずる……
 さしあたりこれだけのことを述べておこう。すると、どこに現われるどんな線でも、針の下でためしてみたいという気にならないだろうか? どんな輪郭線でも、ほぼこのようなやり方で終りまで引いて見て、変様したその線が、別の感覚領域に現われて迫って来るさまを、感じ取りたいという気にはならないだろうか?」



「解説」(手塚富雄)より:

「市民的職業につくことをせず、知友を頼ってさだめなく各地をわたり歩き、つねに自分の心情に忠実に生きようとしたリルケの生き方は人々のよく知るところである。」


リルケ 世界文学大系 04




こちらもご参照ください:

『リルケ詩集』 富士川英郎 訳 (新潮文庫)
リルケ 『ドゥイノの悲歌』 手塚富雄 訳 (岩波文庫)
リルケ 『マルテの手記』 星野慎一 訳 (旺文社文庫)
『マルテの手記/影のない女 他』 川村二郎 他 訳 (集英社版 世界文学全集 66)
リルケ 『神さまの話』 谷友幸 訳 (新潮文庫)
ミッシェル・セール 『五感 ― 混合体の哲学』 米山親能 訳 (叢書・ウニベルシタス)















































































































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リルケ 『若き詩人への手紙 若き女性への手紙』 高安国世 訳 (新潮文庫)

「必要なことはしかし結局これだけです、孤独、偉大な内面的孤独。」
(リルケ 「若き詩人への手紙」 より)


リルケ 
『若き詩人への手紙 
若き女性への手紙』 
高安国世 訳
 
新潮文庫 リ-1-1 

新潮社
昭和28年1月20日 発行
昭和42年8月10日 18刷改版
平成5年12月10日 54刷
113p
文庫判 並装 カバー
定価280円(本体272円)
カバー: 長谷川潔「灌木の一枝」


Title: Briefe an einen jungen Dichter / Briefe an eine junge Frau
Author: Rainer Maria Rilke



リルケ 若き詩人への手紙


カバー裏文:

「『若き詩人への手紙』は、一人の青年が直面した生死、孤独、恋愛などの精神的な苦痛に対して、孤独の詩人リルケが深い共感にみちた助言を書き送ったもの。『若き女性への手紙』は、教養に富む若き女性が長い苛酷な生活に臆することなく大地を踏みしめて立つ日まで書き送った手紙の数々。その交響楽にも似た美しい人間性への共同作業は、我々にひそかな励ましと力を与えてくれる。」


目次:

若き詩人への手紙
若き女性への手紙

訳者後記




◆本書より◆


「若き詩人への手紙」より:

「私は批評がましいことは一切したくないのです。一つの芸術作品に接するのに、批評的言辞をもってするほど不当なことはありません。それは必ずや、多かれ少なかれ結構な誤解に終るだけのことです。物事はすべてそんなに容易に掴(つか)めるものでも言えるものでもありません。ともすれば世人はそのように思い込ませたがるものですけれども。たいていの出来事は口に出して言えないものです、全然言葉などの踏み込んだことのない領域で行われるものです。それにまた芸術作品ほど言語に絶したものはありません、それは秘密に満ちた存在で、その生命は、過ぎ去る我々の生命のそばにあって、永続するものなのです。」

「あなたは御自分の詩がいいかどうかをお尋ねになる。あなたは私にお尋ねになる。前にはほかの人にお尋ねになった。あなたは雑誌に詩をお送りになる。ほかの詩と比べてごらんになる、そしてどこかの編集部があなたの御試作を返してきたからといって、自信をぐらつかせられる。(中略)そんなことは一切おやめなさい。あなたは外へ眼を向けていらっしゃる、だが何よりも今、あなたのなさってはいけないことがそれなのです。誰もあなたに助言したり手助けしたりすることはできません、誰も。ただ一つの手段があるきりです。自らの内へおはいりなさい。あなたが書かずにいられない根拠を深くさぐって下さい。それがあなたの心の最も深い所に根を張っているかどうかをしらべてごらんなさい。もしもあなたが書くことを止められたら、死ななければならないかどうか、自分自身に告白して下さい。何よりもまず、あなたの夜の最もしずかな時刻に、自分自身に尋ねてごらんなさい、私は書かなければならないかと。深い答えを求めて自己の内へ内へと掘り下げてごらんなさい。そしてもしこの答えが肯定的であるならば、もしあなたが力強い単純な一語、「私は書かなければならぬ」をもって、あの真剣な問いに答えることができるならば、そのときはあなたの生涯をこの必然に従って打ちたてて下さい。あなたの生涯は、どんなに無関係に無意味に見える寸秒に至るまで、すべてこの衝迫の表徴となり証明とならなければなりません。」

「たとえあなたが牢獄に囚(とら)われの身となっていようと、壁に遮(さえぎ)られて世の物音が何一つあなたの感覚にまで達しないとしても――それでもあなたにはまだあなたの幼年時代というものがあるではありませんか、あの貴重な、王国にも似た富、あの回想の宝庫が。そこへあなたの注意をお向けなさい。この遠い過去の、沈み去った感動を呼び起すようにお努めなさい。あなたの個性は確乎(かっこ)としたものとなり、あなたの孤独は拡(ひろ)がりを増し、一種薄明の住家となって、他人の騒音は遠く関(かか)わりもなく過ぎて行くようになりましょう。――そうしてこの内面への転向から、この自己の世界への沈潜から詩の幾行かが立ち現われてくる時、その時あなたはもはやそれがよい詩であるかどうかを、誰かに尋ねようなどとはお考えにならないでしょう。またあなたは雑誌のたぐいに向って、これらの労作に関心を抱(いだ)かせようなどとは試みられることはないでしょう。なぜなら、あなたはその詩の中に、あなたの心ゆく自然な所有を、あなたの生命の一片、あなたの生命の声を見られるだろうからです。必然から生れる時に、芸術作品はよいのです。こういう起源のあり方の中にこそ、芸術作品に対する判断はあるのであって、それ以外の判断は存在しないのです。だから私があなたにお勧めできることはこれだけです、自らの内へおはいりなさい。そしてあなたの生命が湧(わ)き出てくるところの深い底をおさぐりなさい。その源泉にのみあなたは、あなたが創作せずにいられないかどうかの答えを見いだされるでしょう。その響きを、あるがままにお受取り下さい、その意味を明かそうとしてはなりません。おそらくあなたが芸術家になる使命を持っていらっしゃることがわかるでしょう。そうなれば、あなたはその運命を自分にお引受けなさい、そしてそれを、その重荷とその偉大さとをになって下さい、決して外からくるかも知れない報酬のことを問題になさってはなりません。なぜなら、創造するものはそれ自身一つの世界でなくてはならず、自らのうちに、また自らが随順したところの自然のうちに、一切を見いださねばならないからです。」

「審美学的・批評的な物はできるだけ読まないようになさって下さい、(中略)芸術作品は無限に孤独なものであって、批評によってほど、これに達することの不可能なことはありません。ただ愛だけがこれを捉え引き止めることができ、これに対して公平であり得るのです。――そのような議論や、批判や、解説に対しては、あなたはいつも自分自身と、あなたの感情とを正しいとお考え下さい。(中略)あなたの御判断に、それ自身の静かな、乱されない発展をお与えになって下さい。それはすべての進歩と同じように、深い内部からこなければならぬものであり、何物によっても強制されたり、促進されたりできるものではありません。月満ちるまで持ちこたえ、それから生む、これがすべてです。すべての感情の萌芽(ほうが)は、全く自己自身の内部で、幽暗の境で、名状しがたいところで、無意識のうちに、自己の悟性の到達し得ないところで、安全に発育させるようにし、深い謙虚さと忍耐とをもってあらたな明澄さの生れ出るのを待ち受ける、これのみが芸術家の生活と呼ばれるべきものです、理解においても創作においても。
 そこでは時間で量るということは成り立ちません。年月は何の意味をも持ちません。そして十年も無に等しいのです。およそ芸術家であることは、計量したり数えたりしないということです。その樹液の流れを無理に追い立てることなく、春の嵐(あらし)の中に悠々(ゆうゆう)と立って、そのあとに夏がくるかどうかなどという危惧(きぐ)をいだくことのない樹木のように成熟すること。結局夏はくるのです。だが夏は、永遠が何の憂えもなく、静かにひろびろと眼前に横たわっているかのように待つ辛抱強い者にのみくるのです。私はこれを日ごとに学んでいます、苦痛のもとに学んでいます、(中略)忍耐こそすべてです。」

「必要なことはしかし結局これだけです、孤独、偉大な内面的孤独。」

「人々のあいだに、またあなたとのあいだに、なんら共通に生き得る余地がないとしたら、事物に近く在(あ)るように試みて下さい、事物は決してあなたを見捨てることはないでしょう。そこにはまだ夜があるではありませんか、木々のあいだを吹き抜け、国々を吹き渡って行く風があるではありませんか。事物のあいだや、動物たちのもとでは、すべてがまだあなたの関与できる出来事に満ちています。それに子供たちはやはりあなたが子供だった時のまま、悲しくもまた幸福でいますよ。――そしてあなたの幼年時代のことを思い出されれば、あなたはまた彼らのあいだで、孤独な子供たちのあいだで生きればいいでしょう。大人は何ものでもありません、彼らの尊厳はすこしも価値がありません。」

「自然界のすべてのものは、おのおのの流儀で成長し、自らを守るのです、そして自分の内部から独自なものとなり、どんなにしてでも、どんな抵抗を排除してでも独自であろうと努めています。(中略)孤独であることはいいことです。というのは、孤独は困難だからです。ある事が困難だということは、一層それをなす理由であらねばなりません。」








































































































リルケ 『神さまの話』 谷友幸 訳 (新潮文庫)

「「どんな死にかたをしたのでしょうか」こう尋ねるエヴァルトの声は、低く、やや嗄(しわが)れていました。「水死したのです。とある、深い、森閑とした沼に、身を投じて。そのとき、水面には、幾重にも、波紋が生じ、ゆるやかに拡(ひろ)がって、睡蓮(すいれん)のしたまで伸びてゆくと、水に浮ぶこの白い花が、いっせいに、ゆらぎました」
 「それも、やっぱり、話なんですか」エヴァルトは、僕の言葉のあとにふかまる沈黙に気圧(けお)されまいとして、そう、言いました。「いいえ」と、僕は、答えました。「ひとつの感情なんです」」

(リルケ 「正義のうた」 より)


リルケ 
『神さまの話』 
谷友幸 訳
 
新潮文庫 リ-1-4 

新潮社
昭和28年6月10日 発行
昭和48年11月10日 22刷改版
平成5年7月5日 46刷
176p
文庫判 並装 カバー
定価320円(本体311円)
カバー: 司修


Title: Geschichten vom lieben Gott
Author: Rainer Maria Rilke



リルケ 神さまの話


カバー裏文:

「2カ月にわたるロシアの旅を通じて敬虔で素朴な民衆の姿に感動した若きリルケは、やがてその多くの収穫の中から、神という一本の糸で貫かれた13の珠玉から成る「神さまの話」を書きあげた。これは、子供のための話を大人に話して聞かせる形式をとったもので、神に対する詩人の感受性があふれているとともに、リルケ独自の敬虔な思想をまだ萌芽のまま宿している、貴重な名散文である。」


目次:

神さまのお手についての物語
見知らぬひと
神さまは いかなる思召しで この世に貧しいひとびとをお造りになったか
どうしてロシアへ裏切りなどがやってきたか
ティモファイ老人が 歌いつつ世を去ったこと
正義のうた
ヴェニスのユダヤ人街で拾ったある場景
石に耳を傾けるひとについて
指甲が神さまとなるにいたったこと
死についての物語ならびに筆者不明の追記
切なる要望にもとづいて生れた協会
乞食と気位たかい少女
闇にきかせた話

解説 (谷友幸)




◆本書より◆


「正義のうた」より:

「でも、死人といったところで、年久しく解決に悩んできた事柄について、冷静に、思い澄ましてみるために、真剣になって、浮世を捨て、ひとり閉じこもっているひとと、いったい、どこが違っているのでしょうか。浮世のひとびとに立ち交っていては、主への祈りだって、思い出すことはできません。ましてや、言葉のなかではなくて、おそらくは出来事のなかに成り立つはずの、もっと隠微な、別種の関係にいたっては、思いもよらぬことです。ですからこそ、ひとり離れて、どこか、近寄りがたい静寂のなかへ、はいってゆかねばならないのでしょう。死人とは、おそらく、生について沈思熟考するために、身を退(の)いてしまったひとたちだと、思います」


























































































『リルケ詩集』 富士川英郎 訳 (新潮文庫)

「ふたたび森が薫(かお)る」
(リルケ 「或る四月から」 より)


『リルケ詩集』 
富士川英郎 訳

新潮文庫 リ-1-2

新潮社
昭和38年2月20日 発行
昭和42年9月10日 7刷改版
平成6年6月30日 53刷
216p 
文庫判 並装 カバー
定価360円(本体350円)
カバー: 前川直


Author: Rainer Maria Rilke



リルケ詩集 富士川英郎訳


カバー裏文:

「生の不安を繊細な神経のふるえをもって歌った二十世紀前半ドイツ最大の詩人リルケの詩から、特にリルケ的特徴の著しいものを選んだ。その独自の風格を現わしはじめた最初の詩集『時禱集』から、『形象集』『新詩集』を経て、実存の危機と深淵を踏みこえて変身してゆく人間の理想像を歌って現代抒情詩の金字塔といわれる『オルフォイスへのソネット』ならびに死の直前の詩までを収める。」


目次:

『時禱集』(一八九九―一九〇三)から
 「僧院生活の巻」(一八九九)から
  いま時間が身を傾けて
  もろもろの事物のうえに張られている
  お隣りにおいでの神様
  私がその中から生まれてきた闇よ
  その生活のかずかずの矛盾を宥和し
  私が親しくし 兄弟のようにしている
  どうなさいます 神様
  葡萄畠の番人が
 「巡礼の巻」(一九〇一)から
  永遠の人よ あなたは私に姿を現わされた
  私の眼を消してごらんなさい
  あなたを探し求める人々はみな
  あなたは未来です
  昼間 あなたはささやいて
  いま 赤い目木の実がもう熟れて
 「貧困と死の巻」(一九〇三)から
  私をあなたの曠野の番人にして下さい
  なぜなら 主よ 大都会は
  おお 主よ 各人に個有の死を与え給え
  大都会は真実ではない
  彼等は貧しい人々ではない
  なぜなら貧困は内部からの
  貧しい者の家は聖餐台のようだ

『形象集』(一九〇二―一九〇六)から
 或る四月から
 立像の歌
 花嫁
 幼年時代
 隣人
 アシャンティ
 嘆き
 孤独
 秋の日
 回想
 秋
 進歩
 予感
 厳粛な時
 噴水について
 読書する人

『新詩集』(一九〇七―八年)から
 早期のアポロ
 愛の歌
 献身
 橄欖園
 ピエタ
 詩人に与える女たちの歌
 詩人の死
 仏陀
 日時計の天使
 モルグ(屍体公示所)
 豹
 幼年時代
 或る女の運命
 タナグラ人形
 別離
 旗手
 クルティザーネ
 オランジュリーの階段
 ローマの噴水
 古代のアポロのトルソー
 レダ
 老婆たちのひとり
 盲人
 老女
 群像
 蛇使い
 海の歌
 肖像
 姉妹
 薔薇の内部
 日時計
 薔薇色のあじさい
 読書する人
 林檎園
 毬
 子供

一九〇六―一九〇九年の詩
 マドレーヌ・フォン・ブローグリー侯爵夫人に
 春風
 狂人と囚人のための祈り
 ヴォルフ・フォン・カルクロイト伯のための鎮魂歌
 歌曲
 噴水

一九一三―一九二〇年の詩
 スペイン三部曲
 天使に寄す
 ナルシス
 ナルシス
 予め失われている恋びとよ
 ベンヴェヌータに
 嘆き
 彼女(かのひと)たちを知ったからには死なねばならぬ
 ほとんどあらゆるものが
 心の頂きにさらされて
 もう一度 心の頂きにさらされて
 愛のはじまり
 死
 音楽に寄す
 ロッテ・ビーリッツのために
 いま窓のあたりに
 奇妙な言葉ではないか
 お前に幼な時があったことを

『オルフォイスへのソネット』(一九二三)から
 そこに一本の樹がのびた
 ひとりの神ならそれができる
 記念の石は建てないがいい
 影たちのなかでもまた
 ゆたかな林檎よ
 待て……この味わい
 だが 主よ おんみに何を捧げよう
 春がまた来た
 呼吸よ 眼に見えない詩よ
 花園を歌うがいい 私の心よ
 もう お聞き 最初の熊手が

一九二二―一九二六年の詩
 いつひとりの人間が
 涙の壺
 ニーケのために
 ヴァリスのスケッチ七篇
 果実
 エロス
 早春
 既に樹液は 暗く根のなかで
 春
 小川が土地を酔わせている
 あまりにも久しく抑えられていた幸福が
 少女たちがととのえる 縮れ毛の
 もっと寒い山々からの
 鳥たちが横ぎって飛ぶ空間は
 世界はあった 恋びとの顔のなかに
 重力
 「鏡像」三篇
 ああ 涙でいっぱいのひとよ
 来るがいい 最後の苦痛よ
 薔薇 おお 純粋な矛盾


あとがき (訳者)




◆本書より◆


「或る四月から」:

  「ふたたび森が薫(かお)る
 ただよいのぼる雲雀の群は
われわれの肩に重かった空を引きあげ
木の枝を透(す)かしてはまだ虚(うつ)ろな日が見られたのに――
 永い雨の午後ののち
  金色(こんじき)の日に照された
   新しい時がよみがえる
 それを恐れて逃げながら 遠い家々の前面で
   すべての傷ついた窓が
 小心にその扉(とびら)をはためかす

 それからあたりはひっそりとして 雨さえいっそうかすかに
静かに暮れてゆく岩の光に降りそそぎ
すべての物音は若枝の
かがやく蕾のなかへもぐりこむ」



「嘆き」:

「おお なんとすべては遠く
もうとっくに過ぎ去っていることだろう
私は思う 私がいまその輝きをうけとっている
星は何千年も前に消えてしまったのだと
私は思う 漕ぎ去っていった
ボートのなかで
なにか不安な言葉がささやかれるのを聞いたと
家の中で時計が
鳴った……
それはどの家だったろう?……
私は自分のこの心から
大きな空の下へ出ていきたい
私は祈りたい
すべての星のうちのひとつは
まだほんとうに存在するに違いない
私は思う たぶん私は知っているのだと
どの星が孤りで
生きつづけてきたかを――
どの星が白い都市(まち)のように
大空の光のはてに立っているかを……」



「海の歌」:

「大海(たいかい)の太古からの息吹き
夜の海風
 お前は誰に向って吹いてくるのでもない
このような夜ふけに目覚めている者は
どんなにしてもお前に
堪えていなければならないのだ

 大海の太古からの息吹き
それはただ古い巌(いわお)のために
吹いてくるかと思われる
はるか遠くからただひろがりだけを
吹きつけながら

 おお 崖のうえで 月光を浴(あ)びながら
ゆれ動く一本の無花果の樹が
なんとお前を感じていることだろう」



「薔薇の内部」:

「何処にこの内部に対する
外部があるのだろう? どんな痛みのうえに
このような麻布があてられるのか?
この憂いなく
ひらいた薔薇の
内湖に映っているのは
どの空なのだろう? 見よ
どんなに薔薇が咲きこぼれ
ほぐれているかを ふるえる手さえ
それを散りこぼすことができないかのよう
薔薇にはほとんど自分が
支えきれないのだ その多くの花は
みちあふれ
内部の世界から
外部へとあふれでている
そして外部はますますみちみちて 圏を閉(と)じ
ついに夏ぜんたいが 一つの部屋に
夢のなかの一つの部屋になるのだ」



「花園を歌うがいい 私の心よ」:

「花園(はなぞの)を歌うがいい 私の心よ お前の知らない花園
ガラスの中へそそぎこまれたような 澄み透(とお)って 達しがたい花園を
イスパハンやシラスの水と薔薇
それらを愉しく歌うがいい 讃えるがいい 比(たぐ)いも稀れに

示すがいい 私の心よ お前にとってそれらの花園がいちども失われたことがないのを
そこにみのりつつある無花果がお前を思っていることを
花咲くその枝々の間から 眼に見えるように
立ちのぼってくる微風とお前が交わっていることを

既になされた決意 この在(あ)ろうとする決意にとって
欠乏があろうという誤った考えは持たぬがいい
絹糸よ お前は織物のなかへ織りこまれたのだ

どんな図柄にお前が内部で結ばれていようとも
(たとえそれが苦悩の生からのひとつの契機であろうとも)
感じるがいい 全体の讃うべき絨毯が思われていることを」






































































































リルケ 『ドゥイノの悲歌』 手塚富雄 訳 (岩波文庫)

「愛する人たちよ、どこにも世界は存在すまい、内部に存在するほかは。」
(リルケ 『ドゥイノの悲歌』 より)


リルケ 
『ドゥイノの悲歌』 
手塚富雄 訳
 
岩波文庫 赤/32-432-3 

岩波書店
1957年12月20日 第1刷発行
1977年8月10日 第20刷発行
198p 口絵(別丁)1葉
文庫判 並装
定価200円(☆☆)



そういえばユングとリルケは同い年であります。


リルケ ドゥイノの悲歌 01


帯文:

「愛と死、幸福と苦悩、不安と孤独そして神の問題に絶えず対決しつつ詩を書き綴ったリルケ。この悲歌は彼の思想圧縮点を示している。」


目次:

第一の悲歌
 「第一の悲歌」註解
第二の悲歌
 「第二の悲歌」註解
第三の悲歌
 「第三の悲歌」註解
第四の悲歌
 「第四の悲歌」註解
第五の悲歌
 「第五の悲歌」註解
第六の悲歌
 「第六の悲歌」註解
第七の悲歌
 「第七の悲歌」註解
第八の悲歌
 「第八の悲歌」註解
第九の悲歌
 「第九の悲歌」註解
第十の悲歌
 「第十の悲歌」註解

解説
 リルケ小伝
 『ドゥイノの悲歌』の成立過程
 本訳書について



リルケ ドゥイノの悲歌 02



◆本書より◆


「第一の悲歌」より:

「ああ、いかにわたしが叫んだとて、いかなる天使が
はるかの高みからそれを聞こうぞ? よし天使の序列につらなるひとりが
不意にわたしを抱(だ)きしめることがあろうとも、わたしはその
より烈(はげ)しい存在に焼かれてほろびるであろう。なぜなら美は
怖(おそ)るべきものの始めにほかならぬのだから。われわれが、かろうじてそれに堪(た)え、
歎賞(たんしょう)の声をあげるのも、それは美がわれわれを微塵(みじん)にくだくことを
とるに足(た)らぬこととしているからだ。すべての天使はおそろしい。」

「――しかしあまりにも際立(きわだ)って区別することは
生けるものたちのつねにおかすあやまちだ。
天使たちは(言いつたえによれば)しばしば生者たちのあいだにあると
死者たちのあいだにあるとの区別を気づかぬという。永劫(えいごう)の流れは
生と死の両界をつらぬいて、あらゆる世代を拉(らっ)し、
それらすべてをその轟音(ごうおん)のうちに呑みこむのだ。」



「第二の悲歌」より:

「すべての天使は怖ろしい。けれど、ああ、わたしは、
おんみら天使よ、ほとんどわれらの命をも絶(た)つべきおんみら「魂の鳥たち」よ、
おんみらにむかって歌う、おんみらについて知るゆえに。天使と人とがしたしく交(まじ)わったあのトビアスの時代はどこへ去ったのか、
あのとき至高の輝きをもつおんみらのひとりが、その装(よそお)いはやや旅人めき、
畏(おそ)るべき威はやわらいで、質素な戸口にたたずんだのだ。
(好奇の眼でトビアスが見やったもの、それは青年に向きあう青年の姿であったのだ。)
けれどいま、もしもあの大天使、危険な存在が、星々のかなたから
ほんの一足われらにむかって歩みよるならば、たかくたかく
鼓動(こどう)して、われらの心はわれら自身を打ち滅ぼすであろう。天使よ、おんみらは何びとなのか?」



「第三の悲歌」より:

「……しかも奥深い内部では?
幼いものの内部に、幾世代をつらぬきやまぬ奔流(ほんりゅう)を何びとがふせぎとめることができたでしょう。
ああ、眠りつつあるかれの内部には、なんの見張りもなかった。眠りつつ、
しかも夢におそわれ――しかも熱にうなされる。怖しいものらとかかりあう。
新参の者としてためらいながら巻きこまれてゆく、
いよよ延(の)びはびこる心象(しんしょう)の蔓草(つるくさ)ともつれあいからみあって、
早くも奇異なさまざまの生の図柄(ずがら)が、呼吸(いき)もふさがるほどの繁茂が、野獣のような
疾駆(しっく)の形姿が、そこに現出する。いかにかれはそれに身をゆだねたことか。――愛したことか。
愛したのだかれは、おのが内部を、おのが内部の荒野を、
その鬱林(うつりん)を。そこには崩(くず)れ落ちた声なき岩塊が磊々(らいらい)としてよこたわり、
かれの心の若木は、その亀裂(ひび)からうす緑して頭をのぞかしてふるえているだけだった。愛したのだ、この風景を。しかもそこからかれはさらに進んだ、
おのれ自身の根にそい、さらにそれを突き抜けて
かれ自身の小さい生誕を遠く越えた強力な起原の場にはいる。愛しながら、
かれはこのより古い血のなかへ、峡谷(きょうこく)の底へ向った。
そこにはあの怖しい怪獣が、われわれの祖(おや)たちの血に飽(あ)きてよこたわっている、そして、そこに棲(す)む
ものすごいすべてのものは、すでにかれ、この若者を知っていて、目くばせした、かれの気持はとうによく知っているとでもいうように。
いや、怪獣は微笑をすら送ったのだ……母よ、
あなたでさえこれほど甘やかな微笑をみせたことはなかった。どうして
かれはその怪獣を愛せずにいられたでしょう、それがかれにむかってほほえみかけた以上は。あなたへの愛に先き立って
かれはそれを愛したのでした。なぜならあなたがかれを身ごもっていたときから、
その怪獣は、胎児(たいじ)のかれを泛(うか)べている液体にすでに溶(と)けこんでいたのですから。
みよ、われわれは野の花のように、たった一年(ひととせ)のいのちから
愛するのではない、われわれが愛するときわれわれの肢体(したい)には
記憶もとどかぬ太古からの樹液がみなぎりのぼるのだ。おお乙女よ、
このことなのだ、愛しあうわたしたちがたがいのうちに愛したのは、ただ一つのもの、やがて生まれ出ずべきただ一つの存在ではなくて、
沸騰(わきた)ちかえる無数のものであったのだ。それはたったひとりの子供ではなく、
崩(くず)れ落ちた山岳のようにわれらの内部の底いにひそむ
父たちなのだ、過去の母たちの
河床の跡なのだ――。雲におおわれた宿命、
または晴れた宿命の空のもとに
音もなくひろがっている全風景なのだ。」



「第六の悲歌」より:

「なぜなら、英雄こそは愛のあらゆる滞留地(たいりゅうち)を踏み破って突進した。
そこでの体験の一つ一つが、かれをいとおしむ心臓の鼓動(こどう)の一つ一つが、かれを高め、かれをかなたへ押しすすめた。
だがそのさなかにも、すでにかれはそれらのものと袂別(けつべつ)して微笑の終局(はて)に立ったのだ
 ――ひとり異(こと)なるものとして。」





















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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