『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 下』 杉浦明平 訳 (岩波文庫)

「非常に大きな河が大地の下を流れている。」
(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』 より)


『レオナルド・ダ・ヴィンチ
の手記 下』 
杉浦明平 訳
 
岩波文庫 青/33-550-2 

岩波書店
1958年6月25日 第1刷発行
1978年9月10日 第20刷発行
362p 別丁口絵1葉 別丁図版2p 
文庫判 並装
定価300円(☆☆☆)



本文中図版(モノクロ)3点。


レオナルドダヴィンチの手記 下 01


帯文:

「「人生論」「絵画論」を集めた上巻に対し、本巻は「科学論」「手紙とメモ」等を収む。レオナルドの偉大さは総べて本書に圧縮されている。」


目次:

科学論
 経験
 自然
 理論と実践
 数学
 力、運動
 音
 天文
 光
 焰
 空気
 水
 地質と化石、附 地誌
 鳥の飛翔
 解剖学
 比較解剖学
 植物

技術
 都市計画等
 水利計画
 軍事技術

手紙とメモ
 手紙
 メモ
 旅行メモ
 翻訳、転写
 遺言状

訳註
解説



レオナルドダヴィンチの手記 下 02



◆本書より◆


「科学論」より:

「大地はその上に憩える一羽の小鳥の重さによって位置を動かされる。
 水圏(すいけん)の表面はその上に垂れる一滴の水滴によって動揺する。」

「もし君が船を停止させ水中に長い管のさきを入れ一方の端(はし)を君の耳に当てるなら、君から非常な遠距離にいる船の音を耳にするであろう。
 また君は地面に管の端をおくことによって同じ実験をおこなうことができる、この場合君は遠くを通っている何びとかの足音を聞くであろう。」

「灯(ひ)を凝視(ぎょうし)しつつその美しさを観照したまえ。瞬(またた)きしてこれをいま一度見直したまえ。そこに君の今見ているものは前にはなかった、そこにかつてあったものはもはやないのである。
 要素が絶えず死んでゆくものとすれば、灯を再生するものは誰だろう。」

「空気は河のように動き、雲を運ぶ、ちょうど流れる水が自分の上に浮ぶすべてのものを曳いて行くように。」

「かつてミラノの上空、マッジョーレ湖の方に当って、わたしは赫々(かくかく)と燃える岩石から作られた巨大な山脈のような雲を見た。というのは、すでに茜色(あかねいろ)になった地平線にあった夕日の光がそれをじぶんの色に染めなしたからである。この雲は、じぶんの周囲にあるすべての小さな雲をじぶんの方へひきよせた。そしてその大きな雲はじぶんの場所にじっととまっていた。いな夜の一時半〔午後七時半〕までもその頂上に太陽の余映(よえい)をたもっていた。その雲の巨大さはそれほどたいしたものだった。夜の二時〔午後八時〕には未曾有(みぞう)の物すごい大風が突発した。この大風は雲の収縮するにあたって起ったのである。」

「水は自然の馭者(ぎょしゃ)である。」

「非常に大きな河が大地の下を流れている。」

「人間は古人によって小世界と呼ばれた。たしかにその名称はぴったりあてはまる、というのは、ちょうど人間が地水風火から構成されているとすれば、この大地の肉体も同様だから。人間が自分の内に肉の支柱で枠組(アルマドゥーラ)たる骨を有するとすれば、世界は大地の支柱たる岩石を有する。人間が自分の内に血の池――そこにある肺は呼吸するごとに膨脹(ぼうちょう)したり収縮(しゅうしゅく)したりする――を有するとすれば、大地の肉体はあの大洋を有するが、これまた世界の呼吸〔潮汐〕によって六時間ごとに膨脹したり収縮したりする。もし上述の血の池から人体じゅうに分枝してゆく血管が出ているとすれば、同様に大洋は大地の肉体を限りない水脈で満(み)たしている。」

「かつて日に照らされたことのない大地のあらゆる部分が水流の侵蝕作用(しんしょくさよう)によって地表として露出される。」

「地中海は、大海として、アフリカ、アジアおよびヨーロッパから自分宛(あて)の贈物(おくりもの)、水をもらっていた。それでその水量は、海を取りまいて堤(つつみ)をなす山々の斜面にまで達していた。アペンニーニの連峰は水に取りまかれた島嶼(とうしょ)としてその海中に横たわっていた。さらにアトラス山の奥地なるアフリカもまた長さ三千マイルにわたるその大平野の土を露天にさらしてはいなかった。メンフィスはこういう海の岸辺(きしべ)に位(くらい)していた。今日鳥の群が飛翔(ひしょう)しているイタリアの諸平原の上を普通魚類の大群が泳ぎまわっていた。」

「彼らは、毎日田舎で、ラミアというあの毒蛇が、その凝視によって磁石(じしゃく)が鉄を惹付(ひきつ)けるように鶯(うぐいす)を自分の方へ惹付けるのを、そして鶯は嘆きの歌を歌いつつおのれが死へと飛んで行くのを見たことがないのか!
 また狼(おおかみ)はその一瞥(いちべつ)で、人間の声を嗄(か)らしてしまう力をもっていると言われている。
 バジリスコ蛇はその目であらゆる生物の生命を奪う力をもつと言うことだ。
 駝鳥(だちょう)、蜘蛛(くも)はその目で卵をかえすという。
 娘たちは男の恋心を自分に惹寄せる力を目の中に持っているといわれている。
 サルディニャ海岸に生れるリンノと言う魚――或る人々はそれを聖エルモと呼ぶが――が、夜になると二丁の蠟燭のような両眼で広い水を照らし、そしてその光耀(こうよう)の中に入った魚という魚が悉(ことごと)く、水中に腹を浮べて即死するのを、漁夫たちが見たことがないであろうか。」





こちらもご参照ください:

『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上』 杉浦明平 訳 (岩波文庫)


























































































































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『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上』 杉浦明平 訳 (岩波文庫)

「可愛想に、レオナルドよ、なぜおまえはこんなに苦心するのか。」
(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』 より)


『レオナルド・ダ・ヴィンチ
の手記 上』 
杉浦明平 訳
 
岩波文庫 青/33-550-1 

岩波書店
1954年12月5日 第1刷発行
1979年8月10日 第25刷発行
293p 別丁口絵1葉 別丁図版6p 
文庫判 並装
定価300円(☆☆☆)



全2冊。
上巻のみ正字・新かな(下巻は新字・新かな)です。


レオナルドダヴィンチの手記 上 01


帯文:

「美術家、科学者としてのダ・ヴィンチの偉大さは総て圧縮されて本書の中にある。本巻には人生論、文学論、絵画論を収める。」


目次:

レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯とその手記
凡例



人生論

文學
 寓話
 笑話
 動物譚
 豫言
 東邦旅行
 巨人について

「繪の本」から
 繪畫と他の藝術との比較
 畫家の生活と勉強
 遠近法
 解剖
 美について
 運動と表情
 構圖
 衣服
 光、影、色
 風景
 自然
 大洪水と戰爭

譯註



レオナルドダヴィンチの手記 上 02



◆本書より◆


「序」より:

「そしておのれの熱い欲望にひかされて巧妙な自然の創り出した種々さまざまな奇形な形態の數々を見んことをあこがれ、翳深い巖群の間をしばしめぐったのち、とある巨大な洞窟の入口にやってきた。暫くの間そのあることも知らず茫然とその前に立ちすくんでいたが、やがて背を弓なりに折って、左手を膝の上にしっかり立て、右手でひそめた眉に目陰をする。そして洞窟の奧に何かが見きわめられはしないか、のぞいてみようとあちらこちらにしゃがんでみたが、その奧は眞暗な闇で何も私にはわからなかった。そこでしばらく立っていると、突如、私の心の中に二つの感情が湧きのぼってきた、恐怖と憧憬とが。すさまじい暗い洞窟にたいする恐怖、その奧に何か不思議なものが潜んでいはしまいか見たいものだとおもう憧憬である。」

「たしかに鳶について述べるのが私の宿命らしい。なぜかならわたしの幼年時代の最初の思い出の中に次のようなことがあった。すなわち、わたしが搖籃の中にいると一羽の鳶が私のところへやってきて、その尾で私の口を開かせ、そして何度も何度もその尾で私の唇の奧を撫でてくれたような氣がしたのである。」



「人生論」より:

「可愛想に、レオナルドよ、なぜおまえはこんなに苦心するのか。」

「現在ある、そして過去にあったありとあらゆる惡は、このもの〔人間〕の手で行われたが、それでもまだ、その不埒な魂の欲望を滿足させないようだ。このものの性質を述べることは、いくら時間を長くかけても、私にはできないだろう。」

「本來あらゆるものは自己の本質において自分を維持しようとねがう。」

「自己の自然の位置からはずれたすべての要素はもとの位置に歸ろうとねがう、特に火と水と土とは。」

「孤獨であることは救われることである。」

「星の定まれるものは左顧右眄しない。」



「文學」より:

「親愛なるベネデット・デイ、東邦問題のニュウスをいろいろお傳えしようとおもうが、六月にリビア沙漠から一人の巨人が現れたことを知っていただきたい。
 この巨人はアタランテ〔アトラス〕山中に生れて、色黑く、エジプト人やアラビア人やメディア人やペルシア人を率いたアルタセルセ〔アルタクセルクセス王〕と戰ったのである。かれは海でまっこうくじらや大くじらや船を食べて生きていた。
 この獰猛な巨人が、血に浸って泥濘と化した大地で〔足を滑らせて〕ころんだときは、まるで山岳が倒れたごとくであった。そのため平野は地震のごとく震駭し、地獄のプルトーネも肝をつぶして〔逃げた〕。しかも激しい衝突によってかれはまず氣絶したように平地にのびてしまった。すると直ぐ人々は、雷電に打たれて死んだのだと信じて、切倒された茨の邊りを猛烈にかけめぐる蟻のように、大群をなしてもどってきて、――こうして巨大な肢體の上をかけめぐって、數多の傷を負わせながら右往左往した。
 そのため、巨人は正氣をとりもどしたが、群衆がいっぱいたかっているのを知り、忽ち傷口がしくしく痛むのを感じて、恐ろしい雷のような呻きをあげ、兩手を大地について、不安げな顔をおこした。そして片手を頭に入れると、髪の間に湧くのを普通とする微小動物〔しらみ〕のように、人間がうようよと髪にしがみついているのが分った。そこで頭をふると、人間どもが空中にすっとぶのは烈風にあふられる霰のとぶのに異らなかった。また空から嵐のように降ってきた人間に〔潰されて〕死んだものもたくさんあったし、やがて〔巨人が〕むっくり起きあがって踏みつぶしたものもある。
 また毛髪にすがりついてその中に隱れようと苦心するさまは、嵐がきたとき、風あたりを弱くするために帆をおろそうと索具の邊りをかけまわる水夫に似ていた。」



「「繪の本」から」より:

「畫家は自然を相手に論爭し喧嘩する。」

「眼がさめたとき、あるいは眠りに就く前に床の中の暗闇で研究することについて――暗闇の床の中にいるとき、以前に研究した形態の表面の線とかその他微妙な觀照によって把握された注目すべき物を想像のなかで反復してみることは少からず役に立つものであることをわたし自身體驗した。」

「君がさまざまなしみやいろいろな石の混入で汚れた壁を眺める場合、もしある情景を思い浮べさえすれば、そこにさまざまな形の山々や河川や巖石や樹木や平原や大溪谷や丘陵に飾られた各種の風景に似たものを見ることができるだろう。さらにさまざまな戰鬪や人物の迅速な行動、奇妙な顏や服裝その他無限の物象を認めうるにちがいないが、それらをば君は完全かつ見事な形態に還元することができよう。そしてこの種の石混りの壁の上には、その響の中に君の想像するかぎりのあらゆる名前や單語が見出される鐘の音のようなことがおこるのである。」

「畫家は「自然」を師としなければならぬ――畫家が手本として他人の繪を擇ぶならば、かれは取柄の少い繪をつくるようになるだろう。然るに自然の對象をまなぶならば、立派な成果をあげるであろう。(中略)フィレンツェ人ジオットがあらわれた。かれは山羊のような動物しか棲んでいない荒寥たる山中に生れ、自然によってこの藝術に心を向けられると、岩のうえに自分の飼っている山羊の行動を素描しはじめた、こうしてそのあたりにいるあらゆる動物を描くに至ったが、その結果ついにこの人は、多年の研鑽ののち、同時代の親方たちはもちろん、何百年の先人すべてを凌駕した。この人ののち藝術は再び衰退した、けだしすべてのものが出來合いの繪を模倣したからである。」

「人物を描くひとは、もしかれが對象になり切ることができないなら、これをつくりえないであろう。」

「わたしの幼年時代には猫も杓子も着物のはしというはし、頭はもとより足から脇腹に至るあらゆる個所に房飾りをずらりとつけたのを見たことをわたしは記憶している。その時代にはそれが大へん立派な發明のようにみえたので、人々もやはりその房飾りを縁につけ、同樣な頭巾や靴、主な洋裁所から出てくる色とりどりな房附の晴着をきて歩いたものだ。
 その後わたしは靴やベレ帽や靴下や攻撃用に携帶する武器や着物の襟やズボンの裾、衣の裾や實際美しく見せたいとおもう人々の口の邊に至るまで、長い鋭いピンを留めているのを見た。
 その次の時代には袖を大きくしはじめた。それはそれぞれ着物そのものよりも大きいというほどになった。次いで着物の襟を頸のまわりに立てる流行がはじまった結果、とうとう頭がすっかりかくれるまでに至った。それから體をあらわすのが流行した、そのため着物は肩にかけることができなくなった、というのは肩のうえまで屆かなかったからである。
 次いで着物を長くするのがはやったため、人々は足で着物を踏まぬようにいつも手で服をもっていたものだ。次に腰と肘までしか服をまとわぬという極端に陷った。しかもそれはおそろしく窮屈で、人々はそのため非常な苦痛をこうむり、多くの人々はその下の方を裂いたものである。足もごく窮屈で、足趾は互にかさなりあい、まめだらけになった。」

「いかに光を人物に投ずべきか――光は君が君の人物の立っていると假想する自然の状態の與えるところに從って使用されねばならない。」
「就中、君の描く人物に廣く上からの光を當てるようにしたまえ、そうすれば、つまりは、君は生きた人間を冩生したのである。というのは君が街上でみかける人々はすべて上からの光をうけているのであって、光が下から當っているとしたら、君の親しい知人をすらそれと認める困難に耐えないことを知らねばならぬからである。」

「繪畫の内容となるあらゆるものをひとしく愛さないひとは萬能とはいえないであろう。たとえばある人が風景を好まない場合、かれはこれをば手輕で簡單な調査を以てすれば足りる仕事にすぎぬと評價しているのである、ちょうどわれわれのボティチェルラが、かかる研究は無駄だ、何故かなら、とりどりの色をいっぱいふくんだスポンジを壁にちょっと一投げすれば、壁の上に斑點がのこり、そこに美しい風景が見える、と言ったように。こういう汚斑のうちに自分がそこに産み出そうと思うさまざまな思い付きすなわち人間の顏だの、さまざまな動物だの、戰爭だの、岩礁だの、海だの、雲だの、森林だのその他等々が見られるということは正に本當だ。それは鐘の音に似ている、鐘の音でも君の好きなことを言っているのをききとることができるのである。しかしたとえその汚斑が君に思い付きを與えようとも、それは君に特殊なものを何ひとつ完成する道をおしえはしない。かかる畫家は貧弱きわまる風景を描くのである。」

「風景を冩生せねばならぬ。――風景は樹木が半ば光をうけ半ばかげになっているように冩生さるべきであるが、太陽が雲におおわれている時冩生するのは一層よい。けだしそのとき樹木は天のあまねき光と地のあまねき影とによって照らされるからだ。しかも樹木と大地の中央に近ければ近いほど、その部分は暗さをますのである。」





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『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 下』 杉浦明平 訳 (岩波文庫)



























































































イタロ・カルヴィーノ 『冬の夜ひとりの旅人が』 脇功 訳 (ちくま文庫)

「「……子供のころ私は鶏小屋に隠れて本を読んでいたんですよ……」」
「彼にとって本当の本は別にある、それは本が彼にとって別の世界からのメッセージであったころのものである。作者にしても同じことだ、(中略)作者とは本がそこから生まれ出てくる目に見えないある一点、空想の駆けめぐる虚空、彼の子供のころの鶏小屋と別の世界とを結んでいた地下のトンネルなのだった……」

(イタロ・カルヴィーノ 『冬の夜ひとりの旅人が』 より)


イタロ・カルヴィーノ 
『冬の夜ひとりの旅人が』 
脇功 訳
 
ちくま文庫 か-25-1

筑摩書房
1995年10月24日 第1刷発行
376p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価840円(本体816円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 鈴木成一


「本書は一九八一年、松籟社より刊行された。」



「文庫版 訳者あとがき」より:

「今回、『冬の夜ひとりの旅人が』が「ちくま文庫」版であらためて刊行されることになったのを機会に、旧訳に少し手を加えたことを付け加えておく。」


Italo Calvino: Se una notte d'inverno un viaggiatore, 1979


カルヴィーノ 冬の夜ひとりの旅人が


カバー裏文:

「次々に斬新な方法を創り出すイタリアの作家の、型破りな作品。すぐに中断してしまう、まったく別個の物語の断片の間で右往左往する「男性読者」とそれにまつわる「女性読者」を軸に展開される。読者は、作品を読み進みながら、創作の困難を作者と共に味わっている気持ちになる、不思議な小説。」


目次:

第一章
冬の夜ひとりの旅人が
第二章
マルボルクの村の外へ
第三章
切り立つ崖から身を乗り出して
第四章
風も目眩も怖れずに
第五章
影の立ちこめた下を覗けば
第六章
絡みあう線の網目に
第七章
もつれあう線の網目に
第八章
月光に輝く散り敷ける落葉の上に
第九章
うつろな穴のまわりに
第十章
いかなる物語がそこに結末を迎えるか?
第十一章
第十二章

訳者あとがき
文庫版 訳者あとがき




◆本書より◆


「第一章」より:

「本屋のショーウィンドーの中であなたは自分が探していた題名が書いてある表紙を見て、視覚に残ったその痕跡を頼りに、陳列台や書棚からあなたを脅かすようにしかめっつらをしてあなたをにらみつけているあなたが読んだことのない本がぎっしりとひしめきあった障壁の間をかきわけるようにして店の中を進んで行った。だがあなたはなにも恐れる必要などないということを、そこには読まなくてもいい本が、読書以外の用途のために作られた本が、書かれるより以前にもう読まれてしまっているというような類に属する限りでは開く必要さえもなくすでに読んでしまったとも言える本が、長々と展開しているにすぎないことを知っている。こうして最初の防壁を突破すると、あいにくあなたの人生は今あなたが生きているものでしかないので仕方がないがあなたがもっといくつもの人生を生きることができたら喜んで読むかもしれない本からなる歩兵どもが襲いかかってくる。あなたはすばやくそれらを蹴散らすと、読むつもりではあるが先にほかのものを読むことにしている本、値段が高くて半額で再販される時に買うまで待っていてもよい本、同じくポケット版で再販されるまで待っていてもよい本、誰かに貸してくれと頼める本、みんなが読んでいるのであなたも読んでしまったような気になっているような本からなる密集陣のまっただなかに突っ込んでいく。それに風穴を開けると、あなたは砦の塔の下にたどりつく、そこを固めているのは
  ずっと以前から読む予定にしていた本、
  長年探していたが見つからなかった本、
  現在あなたが没頭している事柄に関する本、
  必要な折りにはすぐ手の届くところに置いておきたい本、
  この夏にでも読むために取っておいてもよい本、
  あなたの本棚のほかの本と並べて置くのに欲しい本、
  はっきりした理由はわからないが不意にやたらと好奇心がそそられる本

などの面々だ。
 こうしてあなたは戦場に並んだ無限の軍勢の数をまだまだ大軍ではあるがともかく勘定可能な限定された数にと減らすことができたのだが、それでほっとするわけにはいかない、ずいぶん以前に読んだため今もういっぺん読んだらいいような本や読んだふりをずっとしてきたが今本当に読んでみる気になった本などが待ち伏せして罠をはっているからだ。
 あなたはすばやくジグザグを踏んでその罠を逃れ、著者なり題材なりがあなたを惹きつける新刊書の砦の中に躍り込む。この砦の内部でもあなたは防備の軍勢を(あなたにとっても絶対的に言っても)新しからざる作者あるいは題材の新刊書や(少なくともあなたにとっては)まったく未知の作者あるいは題材の新刊書とに分割してその間に突破口を開き、そしてそれらの新刊書があなたに働きかける魅力をあなたの欲求なり必要に基づき新しいものと新しからざるもの(新しからざるものの中にある新しいものと新しいものの中にある新しからざるもの)とに区別することができるのだ。
 こう言ったところで、あなたは本屋に陳列された本の題名にすばやく視線を走らせ、まだ印刷したての『冬の夜ひとりの旅人が』が山と積んであるところに歩を運び、それを一冊手に取って、その本に対する所有権を確立すべくそれを勘定台に持っていっただけのことだ。」





こちらもご参照ください:

ロラン・バルト 『言語のざわめき』 花輪光 訳
















イタロ・カルヴィーノ 『マルコ・ポーロの見えない都市』 米川良夫 訳

「どの都市(まち)のお話を申し上げるときにも、私は何かしらヴェネツィアのことを申し上げておるのでございます。」
(イタロ・カルヴィーノ 『マルコ・ポーロの見えない都市』 より)


イタロ・カルヴィーノ 
『マルコ・ポーロの
見えない都市』 
米川良夫 訳


河出書房新社 
1977年7月15日 初版発行
1990年7月15日 6版発行
238p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,000円(本体1,942円)
装幀: 池田龍夫



Italo Calvino: Le città invisibli, 1972


カルヴィーノ 見えない都市 01


帯文:

「’90東京ブックフェア開催記念復刊
イタリア文壇の鬼才の最高傑作!
メルヘンの香り漂う空想都市から現代のメガロポリスまで――幻想の旅を行くマルコ・ポーロが、憂い顔の皇帝フビライ汗に語る55の都市の変奏曲!」



帯背:

「イタリア現代文学の
奇蹟の金字塔!」



帯裏:

「ここでは幻想は寓喩(アレゴリー)としての意味をもつかのようにも思われ、これら文字どおりの、裏返しの《ユートピア》(=《どこにもない国》)の物語は、そのまま、この作品がもつ現代における都市論的な、あるいは文明論的な主題を示しているかのようでもある。
――「訳者あとがき」より」



カルヴィーノ 見えない都市 02


目次:


…………
都市と記憶 1
都市と記憶 2
都市と欲望 1
都市と記憶 3
都市と欲望 2
都市と記号 1
都市と記憶 4
都市と欲望 3
都市と記号 2
精緻な都市 1
…………

…………
都市と記憶 5
都市と欲望 4
都市と記号 3
精緻な都市 2
都市と交易 1
…………

…………
都市と欲望 5
都市と記号 4
精緻な都市 3
都市と交易 2
都市と眼差 1
…………

…………
都市と記号 5
精緻な都市 4
都市と交易 3
都市と眼差 2
都市と名前 1
…………

…………
精緻な都市 5
都市と交易 4
都市と眼差 3
都市と名前 2
都市と死者 1
…………

…………
都市と交易 5
都市と眼差 4
都市と名前 3
都市と死者 2
都市と空 1
…………

…………
都市と眼差 5
都市と名前 4
都市と死者 3
都市と空 2
連続都市 1
…………

…………
都市と名前 5
都市と死者 4
都市と空 3
連続都市 2
隠れた都市 1
…………

…………
都市と死者 5
都市と空 4
連続都市 3
隠れた都市 2
都市と空 5
連続都市 4
隠れた都市 3
連続都市 5
隠れた都市 4
隠れた都市 5
…………

訳者あとがき



カルヴィーノ 見えない都市 03



◆本書より◆


「Ⅰ 都市と記憶 3」より:

「思い出から湧きあがるこの波で、海綿のようにこの都市(まち)はずぶずぶに濡れてふくれあがっているのでございます。今日あるがままのザイラを描きだすということにはまたザイラの過去のいっさいが含まれておるはずでございましょう。しかし都市(まち)はみずからの過去を語らず、ただあたかも掌の線のように、歩道の縁(へり)、窓の格子、階段の手すり、避雷針、旗竿などのありとあらゆる線分と、またさらにその上にしるされたひっかき傷、のこぎりの痕、のみの刻み目、打った凹(へこ)みといったなかに書きこまれているままに秘めておるのでございます。」


「Ⅱ 都市と欲望 4」より:

「灰色の石の都フェドーラの中心には、部屋ごとにガラスの球をそなえた金属の宮殿がございます。その球をのぞきこむと、それぞれ中には空色の都市(まち)が見えますが、それはフェドーラのいま一つの雛型でございます。いずれもそれは、この都市(まち)が何かしらの理由で今日見られるとおりのものにならなかったならばそのさいに示したはずの姿なのでございます。」


「Ⅴ 都市と名前 2」より:

「二種類の神々がレアンドラの都市(まち)を守護し給うとのことでございます。そのいずれの神々も、いかにも姿小さくて目には見えず、またその数は無数にして数えることもできぬほどでございます。一方の神々は家の戸口に御座し、また家の内ならば、傘立てや外套懸けにひそんでおります。引越しのおりには家族につき従って、その新しい住いに鍵の受け渡しと同時に住みつくとのこと。またもう一方の神々は台所にいて、鍋の下、爐の煙除(よ)けの中、あるいは箒置場の中に好んで姿を隠しております。この神々は家の一部をなしており、そこに住む一家が立ち去るときも、新しい入居者とともになおそこに留っているものでございます。多分、まだ家ができていないときから、もうそこにいて、造成地の雑草のあいだとか、錆びたドラム罐のなかなどに隠れているのでございましょう。」


「Ⅵ …………」より:

「「まだ一つだけ、そちが決して話そうとしない都市(まち)が残っておるぞ。」
 マルコ・ポーロは首を傾げた。
 「ヴェネツィアだ」と、汗(カン)は言った。
 マルコは微笑した。「では、その他の何事をお話し申し上げているとお思いでございましたか?」
 皇帝は眉一つ動かさずに言った。「だが、そちがその名を口にするのをついに聞いたことはなかったぞ。」
 ポーロは答えて――「どの都市(まち)のお話を申し上げるときにも、私は何かしらヴェネツィアのことを申し上げておるのでございます。」」



「Ⅸ 都市と死者 5」より:

「すべての都市は、ラウドミアも左様でございますが、住民がやはり同じ名で呼ばれているもう一つの都市を傍(かたわら)に備えているものでございます。つまり死者たちのラウドミア、墓地でございます。しかしラウドミアの類まれな長所は、二重であるばかりか、三重の都市である、すなわち三番めのラウドミア、まだ生れ来ぬ人たちの都市(まち)をも含んでいるということでございます。」


「Ⅸ …………」より:

「「生ある者の地獄とは未来における何ごとかではございません。もしも地獄が一つでも存在するものでございますなら、それはすでに今ここに存在しているもの、われわれが毎日そこに住んでおり、またわれわれがともにいることによって形づくっているこの地獄でございます。これに苦しまずにいる方法は二つございます。第一のものは多くの人々には容易(たやす)いものでございます、すなわち地獄を受け容れその一部となってそれが目に入らなくなるようになることでございます。第二は危険なものであり不断の注意と明敏さを要求いたします、すなわち地獄のただ中にあってなおだれが、また何が地獄ではないか努めて見分けられるようになり、それを永続させ、それに拡がりを与えることができるようになることでございます。」」




こちらもご参照ください:

マルコ・ポーロ 『完訳 東方見聞録 1』 愛宕松男 訳注 (平凡社ライブラリー)







































































































イタロ・カルヴィーノ 『宿命の交わる城』 河島英昭 訳

「そうです。あたしなのです、これが。そしてこの茂った《杖》は、あたしが父に育てられた森です。文明の世界からはもう何も期待できないと考えて、父はこの森のなかで《隠者》となり、あたしを人間社会の邪悪な影響から遠ざけようとしたのです。猪や狼たちと戯れながら、あたしは《力》を養いました。あたしが学んだことは、たとえ森が絶えまなく植物や動物を呑みこみ引き裂いても、そこにはひとつの掟が支配しているという尊厳な事実でした。つまり、いかなる力もおのれを知って踏みとどまらなければ、野牛であれ、人間であれ、禿鷹であれ、周囲を砂漠と化し、死骸ばかりを散乱させ、結局は蟻や蠅の跳梁する世界に転落させてしまうでしょう……」
 この掟を昔の狩人たちは大切に守った。だが、いまや誰ひとり顧みようともしない。」

(イタロ・カルヴィーノ 「復讐する森の物語」 より)


イタロ・カルヴィーノ 
『宿命の交わる城』 
河島英昭 訳


講談社
1980年6月28日 第1刷発行
1991年11月28日 第3刷発行
218p 口絵(カラー)1葉
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,000円(本体1,942円)
装幀: 高柳裕



本文中タロット図版(モノクロ)多数。


カルヴィーノ 宿命の交わる城 01


帯文:

「文学の魔術師
 カルヴィーノが放つ新作
  ――タロットの札に
   秘められた宿命とは……」



帯背:

「タロットが語る
文学の原点へ!」



帯裏:

「世界最古のタロットカードの中に
様ざまな人間の宿命を追求しつつ
古今東西の物語文学の原点を解読する
カルヴィーノ文学の頂点。」



カルヴィーノ 宿命の交わる城 02


目次:

宿命の交わる城
 城
 罰せられた薄情者の物語
 魂を売った錬金術師の物語
 地獄に堕ちた花嫁の物語
 墓泥棒の物語
 恋に狂ったオルランドの物語
 月に昇ったアストルフォの物語
 残されたすべての物語

宿命の交わる酒場
 酒場
 優柔不断な男の物語
 復讐する森の物語
 生き延びた戦士の物語
 吸血鬼の王国の物語
 求めては失われる二つの物語
 私自身の物語を求めて
 狂気と破壊の三つの物語

日本の読者のために (I・カルヴィーノ)
訳者解説
タロットのカード



カルヴィーノ 宿命の交わる城 03



◆本書より◆


「城」より:

「深い森のなかに、ひとつの城があって、夜の闇に追いつかれてしまった旅人ならば、騎士であれ、貴婦人であれ、王の一行や通りすがりの者であれ、誰にでも、憩いの場を与えていた。」

「そのとき、片づけ終ったばかりの食卓に、城主とおぼしき人物が、ひと束のカードを投げ出した。それはふつう賭けごとやジプシー女が占いに使っているものよりも大型のタロットの束だった。カードにはほぼ同種類の人物像が最も高価な極彩色の細密画で描かれていた。王、女王、騎士、兵士、どのカードの人物も、若若しく、王侯貴族が着飾ったように、美しい衣裳をまとっていた。また、二十二枚の《大アルカーノ(切札)》は、宮廷劇の綴れ織りかと見まがうばかりだった。さらにまた聖杯、貨幣、剣、杖の数札は、渦巻模様の図柄に飾られ、紋章を彫りこんだように輝いていた。
 私たちは卓上にカードを撒き散らしていった。それらをひらいて並べたのは、一枚一枚の札をみながまちがいなく覚え、ゲームのなかでそれぞれに正当な価値を与えつつ、宿命の解読のなかで真の意味を汲み取ろうとしたからであろう。けれども、誰ひとりとして、私たちのなかに勝負をはじめる者はいなかった。ましてや未来を占おうとする者はいなかった。なぜなら、私たちは一切の未来から締め出され、終ったわけでもなく、また終るべくもない旅のなかで、いわば宙吊りにされていたからである。」
「会食者のひとりが、卓上を掃き清めるようにして、撒き散らされたカードを自分のそばに引き寄せた。だが、彼はそれらを束ねようともせず、また混ぜあわせようともしなかった。ただ、その一枚を抜き取って、自分の正面に置いた。そのカードに描かれた人物と彼の顔立ちとの類似に、誰もが気づいた。私たちは納得した。そのカードで、これは“私だ”と、彼の言わんとしていることを。そしてまた、おのれの物語を述べようとしていることを。」



「日本の読者のために」より:

「本書はまずタロット・カードの絵模様で作られ、ついで文字に書き写された。カードの群れがつぎつぎに浮かびあがらせた絵物語、その意味を汲み取って、文字の世界へ再構成したものである。」
「本書は「宿命の交わる城」と「宿命の交わる酒場」の二部に分かれるが、前者は一九六九年にパルマのF・M・リッチ書房から『タロッキ――ベルガモとニューヨークに残されたヴィスコンティ家の札』 Tarocchi, Il mazzo visconteo di Bergamo e New York と題して刊行された。この豪華本は十五世紀半ばにボニファーチオ・ベンボがミラノのヴィスコンティ家のために作りあげた細密画のタロットを原寸大に原色で復元したものである。」
「「宿命の交わる城」の場合には、それぞれの物語を構成するタロットが縦横(たてよこ)の二方向に二重に配列され、他の物語を構成する三組のタロットの物語と(縦横の二方向に二重に)交叉してゆく。こうして並べ終った全体図を見れば、横に三つの物語と縦に三つの物語が読み取れるであろう。しかも、これらのカードの列は、それぞれが逆方向に別の物語としても読み取れるのだ。それゆえ、この図のなかには、全部で十二の物語が埋めこまれたことになる。
 この全体図の、いわば中心軸にあたる插話は、ルドヴィーコ・アリオストの『オルランド狂乱』からヒントをえた。」
「本書の第二部「宿命の交わる酒場」も第一部とほぼ同様の構成をとっているが、使用したタロット・カードは現在でもフランスでごく一般的に市販されている。すなわち、グリモー社製《マルセイユ版古タロット》を用いた。」

「振り返ってみれば、この数年間はタロットの物語にすっかり取りつかれてしまっていた。初めのころ、私はただ脈絡もなくカードを並べてゆき、そこに何らかの物語を読み取ろうとした。(中略)私はすぐにタロット・カードがつぎつぎに物語を生み出す機械であることを知った。こうして、一冊の本を書きあげるべく、構想を練っていった。暗い森、一軒の宿屋、そして沈黙の語り手たち。タロットのなかに封じこめられている物語をひとつ残らず呼び醒ましたいという無謀な考えに、私はたちまちにのめりこんでいった。」





こちらもご参照ください:

アリオスト 『狂えるオルランド』 脇功 訳
エドワード・ゴーリーのタロット 「The Fantod Pack」

















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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