イタロ・カルヴィーノ 『冬の夜ひとりの旅人が』 脇功 訳 (ちくま文庫)

「「……子供のころ私は鶏小屋に隠れて本を読んでいたんですよ……」」
「彼にとって本当の本は別にある、それは本が彼にとって別の世界からのメッセージであったころのものである。作者にしても同じことだ、(中略)作者とは本がそこから生まれ出てくる目に見えないある一点、空想の駆けめぐる虚空、彼の子供のころの鶏小屋と別の世界とを結んでいた地下のトンネルなのだった……」

(イタロ・カルヴィーノ 『冬の夜ひとりの旅人が』 より)


イタロ・カルヴィーノ 
『冬の夜ひとりの旅人が』 
脇功 訳
 
ちくま文庫 か-25-1

筑摩書房
1995年10月24日 第1刷発行
376p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価840円(本体816円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 鈴木成一


「本書は一九八一年、松籟社より刊行された。」



「文庫版 訳者あとがき」より:

「今回、『冬の夜ひとりの旅人が』が「ちくま文庫」版であらためて刊行されることになったのを機会に、旧訳に少し手を加えたことを付け加えておく。」


Italo Calvino: Se una notte d'inverno un viaggiatore, 1979


カルヴィーノ 冬の夜ひとりの旅人が


カバー裏文:

「次々に斬新な方法を創り出すイタリアの作家の、型破りな作品。すぐに中断してしまう、まったく別個の物語の断片の間で右往左往する「男性読者」とそれにまつわる「女性読者」を軸に展開される。読者は、作品を読み進みながら、創作の困難を作者と共に味わっている気持ちになる、不思議な小説。」


目次:

第一章
冬の夜ひとりの旅人が
第二章
マルボルクの村の外へ
第三章
切り立つ崖から身を乗り出して
第四章
風も目眩も怖れずに
第五章
影の立ちこめた下を覗けば
第六章
絡みあう線の網目に
第七章
もつれあう線の網目に
第八章
月光に輝く散り敷ける落葉の上に
第九章
うつろな穴のまわりに
第十章
いかなる物語がそこに結末を迎えるか?
第十一章
第十二章

訳者あとがき
文庫版 訳者あとがき




◆本書より◆


「第一章」より:

「本屋のショーウィンドーの中であなたは自分が探していた題名が書いてある表紙を見て、視覚に残ったその痕跡を頼りに、陳列台や書棚からあなたを脅かすようにしかめっつらをしてあなたをにらみつけているあなたが読んだことのない本がぎっしりとひしめきあった障壁の間をかきわけるようにして店の中を進んで行った。だがあなたはなにも恐れる必要などないということを、そこには読まなくてもいい本が、読書以外の用途のために作られた本が、書かれるより以前にもう読まれてしまっているというような類に属する限りでは開く必要さえもなくすでに読んでしまったとも言える本が、長々と展開しているにすぎないことを知っている。こうして最初の防壁を突破すると、あいにくあなたの人生は今あなたが生きているものでしかないので仕方がないがあなたがもっといくつもの人生を生きることができたら喜んで読むかもしれない本からなる歩兵どもが襲いかかってくる。あなたはすばやくそれらを蹴散らすと、読むつもりではあるが先にほかのものを読むことにしている本、値段が高くて半額で再販される時に買うまで待っていてもよい本、同じくポケット版で再販されるまで待っていてもよい本、誰かに貸してくれと頼める本、みんなが読んでいるのであなたも読んでしまったような気になっているような本からなる密集陣のまっただなかに突っ込んでいく。それに風穴を開けると、あなたは砦の塔の下にたどりつく、そこを固めているのは
  ずっと以前から読む予定にしていた本、
  長年探していたが見つからなかった本、
  現在あなたが没頭している事柄に関する本、
  必要な折りにはすぐ手の届くところに置いておきたい本、
  この夏にでも読むために取っておいてもよい本、
  あなたの本棚のほかの本と並べて置くのに欲しい本、
  はっきりした理由はわからないが不意にやたらと好奇心がそそられる本

などの面々だ。
 こうしてあなたは戦場に並んだ無限の軍勢の数をまだまだ大軍ではあるがともかく勘定可能な限定された数にと減らすことができたのだが、それでほっとするわけにはいかない、ずいぶん以前に読んだため今もういっぺん読んだらいいような本や読んだふりをずっとしてきたが今本当に読んでみる気になった本などが待ち伏せして罠をはっているからだ。
 あなたはすばやくジグザグを踏んでその罠を逃れ、著者なり題材なりがあなたを惹きつける新刊書の砦の中に躍り込む。この砦の内部でもあなたは防備の軍勢を(あなたにとっても絶対的に言っても)新しからざる作者あるいは題材の新刊書や(少なくともあなたにとっては)まったく未知の作者あるいは題材の新刊書とに分割してその間に突破口を開き、そしてそれらの新刊書があなたに働きかける魅力をあなたの欲求なり必要に基づき新しいものと新しからざるもの(新しからざるものの中にある新しいものと新しいものの中にある新しからざるもの)とに区別することができるのだ。
 こう言ったところで、あなたは本屋に陳列された本の題名にすばやく視線を走らせ、まだ印刷したての『冬の夜ひとりの旅人が』が山と積んであるところに歩を運び、それを一冊手に取って、その本に対する所有権を確立すべくそれを勘定台に持っていっただけのことだ。」





こちらもご参照ください:

ロラン・バルト 『言語のざわめき』 花輪光 訳
















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イタロ・カルヴィーノ 『マルコ・ポーロの見えない都市』 米川良夫 訳

「どの都市(まち)のお話を申し上げるときにも、私は何かしらヴェネツィアのことを申し上げておるのでございます。」
(イタロ・カルヴィーノ 『マルコ・ポーロの見えない都市』 より)


イタロ・カルヴィーノ 
『マルコ・ポーロの
見えない都市』 
米川良夫 訳


河出書房新社 
1977年7月15日 初版発行
1990年7月15日 6版発行
238p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,000円(本体1,942円)
装幀: 池田龍夫



Italo Calvino: Le città invisibli, 1972


カルヴィーノ 見えない都市 01


帯文:

「’90東京ブックフェア開催記念復刊
イタリア文壇の鬼才の最高傑作!
メルヘンの香り漂う空想都市から現代のメガロポリスまで――幻想の旅を行くマルコ・ポーロが、憂い顔の皇帝フビライ汗に語る55の都市の変奏曲!」



帯背:

「イタリア現代文学の
奇蹟の金字塔!」



帯裏:

「ここでは幻想は寓喩(アレゴリー)としての意味をもつかのようにも思われ、これら文字どおりの、裏返しの《ユートピア》(=《どこにもない国》)の物語は、そのまま、この作品がもつ現代における都市論的な、あるいは文明論的な主題を示しているかのようでもある。
――「訳者あとがき」より」



カルヴィーノ 見えない都市 02


目次:


…………
都市と記憶 1
都市と記憶 2
都市と欲望 1
都市と記憶 3
都市と欲望 2
都市と記号 1
都市と記憶 4
都市と欲望 3
都市と記号 2
精緻な都市 1
…………

…………
都市と記憶 5
都市と欲望 4
都市と記号 3
精緻な都市 2
都市と交易 1
…………

…………
都市と欲望 5
都市と記号 4
精緻な都市 3
都市と交易 2
都市と眼差 1
…………

…………
都市と記号 5
精緻な都市 4
都市と交易 3
都市と眼差 2
都市と名前 1
…………

…………
精緻な都市 5
都市と交易 4
都市と眼差 3
都市と名前 2
都市と死者 1
…………

…………
都市と交易 5
都市と眼差 4
都市と名前 3
都市と死者 2
都市と空 1
…………

…………
都市と眼差 5
都市と名前 4
都市と死者 3
都市と空 2
連続都市 1
…………

…………
都市と名前 5
都市と死者 4
都市と空 3
連続都市 2
隠れた都市 1
…………

…………
都市と死者 5
都市と空 4
連続都市 3
隠れた都市 2
都市と空 5
連続都市 4
隠れた都市 3
連続都市 5
隠れた都市 4
隠れた都市 5
…………

訳者あとがき



カルヴィーノ 見えない都市 03



◆本書より◆


「Ⅰ 都市と記憶 3」より:

「思い出から湧きあがるこの波で、海綿のようにこの都市(まち)はずぶずぶに濡れてふくれあがっているのでございます。今日あるがままのザイラを描きだすということにはまたザイラの過去のいっさいが含まれておるはずでございましょう。しかし都市(まち)はみずからの過去を語らず、ただあたかも掌の線のように、歩道の縁(へり)、窓の格子、階段の手すり、避雷針、旗竿などのありとあらゆる線分と、またさらにその上にしるされたひっかき傷、のこぎりの痕、のみの刻み目、打った凹(へこ)みといったなかに書きこまれているままに秘めておるのでございます。」


「Ⅱ 都市と欲望 4」より:

「灰色の石の都フェドーラの中心には、部屋ごとにガラスの球をそなえた金属の宮殿がございます。その球をのぞきこむと、それぞれ中には空色の都市(まち)が見えますが、それはフェドーラのいま一つの雛型でございます。いずれもそれは、この都市(まち)が何かしらの理由で今日見られるとおりのものにならなかったならばそのさいに示したはずの姿なのでございます。」


「Ⅴ 都市と名前 2」より:

「二種類の神々がレアンドラの都市(まち)を守護し給うとのことでございます。そのいずれの神々も、いかにも姿小さくて目には見えず、またその数は無数にして数えることもできぬほどでございます。一方の神々は家の戸口に御座し、また家の内ならば、傘立てや外套懸けにひそんでおります。引越しのおりには家族につき従って、その新しい住いに鍵の受け渡しと同時に住みつくとのこと。またもう一方の神々は台所にいて、鍋の下、爐の煙除(よ)けの中、あるいは箒置場の中に好んで姿を隠しております。この神々は家の一部をなしており、そこに住む一家が立ち去るときも、新しい入居者とともになおそこに留っているものでございます。多分、まだ家ができていないときから、もうそこにいて、造成地の雑草のあいだとか、錆びたドラム罐のなかなどに隠れているのでございましょう。」


「Ⅵ …………」より:

「「まだ一つだけ、そちが決して話そうとしない都市(まち)が残っておるぞ。」
 マルコ・ポーロは首を傾げた。
 「ヴェネツィアだ」と、汗(カン)は言った。
 マルコは微笑した。「では、その他の何事をお話し申し上げているとお思いでございましたか?」
 皇帝は眉一つ動かさずに言った。「だが、そちがその名を口にするのをついに聞いたことはなかったぞ。」
 ポーロは答えて――「どの都市(まち)のお話を申し上げるときにも、私は何かしらヴェネツィアのことを申し上げておるのでございます。」」



「Ⅸ 都市と死者 5」より:

「すべての都市は、ラウドミアも左様でございますが、住民がやはり同じ名で呼ばれているもう一つの都市を傍(かたわら)に備えているものでございます。つまり死者たちのラウドミア、墓地でございます。しかしラウドミアの類まれな長所は、二重であるばかりか、三重の都市である、すなわち三番めのラウドミア、まだ生れ来ぬ人たちの都市(まち)をも含んでいるということでございます。」


「Ⅸ …………」より:

「「生ある者の地獄とは未来における何ごとかではございません。もしも地獄が一つでも存在するものでございますなら、それはすでに今ここに存在しているもの、われわれが毎日そこに住んでおり、またわれわれがともにいることによって形づくっているこの地獄でございます。これに苦しまずにいる方法は二つございます。第一のものは多くの人々には容易(たやす)いものでございます、すなわち地獄を受け容れその一部となってそれが目に入らなくなるようになることでございます。第二は危険なものであり不断の注意と明敏さを要求いたします、すなわち地獄のただ中にあってなおだれが、また何が地獄ではないか努めて見分けられるようになり、それを永続させ、それに拡がりを与えることができるようになることでございます。」」




こちらもご参照ください:

マルコ・ポーロ 『完訳 東方見聞録 1』 愛宕松男 訳注 (平凡社ライブラリー)







































































































イタロ・カルヴィーノ 『宿命の交わる城』 河島英昭 訳

「そうです。あたしなのです、これが。そしてこの茂った《杖》は、あたしが父に育てられた森です。文明の世界からはもう何も期待できないと考えて、父はこの森のなかで《隠者》となり、あたしを人間社会の邪悪な影響から遠ざけようとしたのです。猪や狼たちと戯れながら、あたしは《力》を養いました。あたしが学んだことは、たとえ森が絶えまなく植物や動物を呑みこみ引き裂いても、そこにはひとつの掟が支配しているという尊厳な事実でした。つまり、いかなる力もおのれを知って踏みとどまらなければ、野牛であれ、人間であれ、禿鷹であれ、周囲を砂漠と化し、死骸ばかりを散乱させ、結局は蟻や蠅の跳梁する世界に転落させてしまうでしょう……」
 この掟を昔の狩人たちは大切に守った。だが、いまや誰ひとり顧みようともしない。」

(イタロ・カルヴィーノ 「復讐する森の物語」 より)


イタロ・カルヴィーノ 
『宿命の交わる城』 
河島英昭 訳


講談社
1980年6月28日 第1刷発行
1991年11月28日 第3刷発行
218p 口絵(カラー)1葉
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,000円(本体1,942円)
装幀: 高柳裕



本文中タロット図版(モノクロ)多数。


カルヴィーノ 宿命の交わる城 01


帯文:

「文学の魔術師
 カルヴィーノが放つ新作
  ――タロットの札に
   秘められた宿命とは……」



帯背:

「タロットが語る
文学の原点へ!」



帯裏:

「世界最古のタロットカードの中に
様ざまな人間の宿命を追求しつつ
古今東西の物語文学の原点を解読する
カルヴィーノ文学の頂点。」



カルヴィーノ 宿命の交わる城 02


目次:

宿命の交わる城
 城
 罰せられた薄情者の物語
 魂を売った錬金術師の物語
 地獄に堕ちた花嫁の物語
 墓泥棒の物語
 恋に狂ったオルランドの物語
 月に昇ったアストルフォの物語
 残されたすべての物語

宿命の交わる酒場
 酒場
 優柔不断な男の物語
 復讐する森の物語
 生き延びた戦士の物語
 吸血鬼の王国の物語
 求めては失われる二つの物語
 私自身の物語を求めて
 狂気と破壊の三つの物語

日本の読者のために (I・カルヴィーノ)
訳者解説
タロットのカード



カルヴィーノ 宿命の交わる城 03



◆本書より◆


「城」より:

「深い森のなかに、ひとつの城があって、夜の闇に追いつかれてしまった旅人ならば、騎士であれ、貴婦人であれ、王の一行や通りすがりの者であれ、誰にでも、憩いの場を与えていた。」

「そのとき、片づけ終ったばかりの食卓に、城主とおぼしき人物が、ひと束のカードを投げ出した。それはふつう賭けごとやジプシー女が占いに使っているものよりも大型のタロットの束だった。カードにはほぼ同種類の人物像が最も高価な極彩色の細密画で描かれていた。王、女王、騎士、兵士、どのカードの人物も、若若しく、王侯貴族が着飾ったように、美しい衣裳をまとっていた。また、二十二枚の《大アルカーノ(切札)》は、宮廷劇の綴れ織りかと見まがうばかりだった。さらにまた聖杯、貨幣、剣、杖の数札は、渦巻模様の図柄に飾られ、紋章を彫りこんだように輝いていた。
 私たちは卓上にカードを撒き散らしていった。それらをひらいて並べたのは、一枚一枚の札をみながまちがいなく覚え、ゲームのなかでそれぞれに正当な価値を与えつつ、宿命の解読のなかで真の意味を汲み取ろうとしたからであろう。けれども、誰ひとりとして、私たちのなかに勝負をはじめる者はいなかった。ましてや未来を占おうとする者はいなかった。なぜなら、私たちは一切の未来から締め出され、終ったわけでもなく、また終るべくもない旅のなかで、いわば宙吊りにされていたからである。」
「会食者のひとりが、卓上を掃き清めるようにして、撒き散らされたカードを自分のそばに引き寄せた。だが、彼はそれらを束ねようともせず、また混ぜあわせようともしなかった。ただ、その一枚を抜き取って、自分の正面に置いた。そのカードに描かれた人物と彼の顔立ちとの類似に、誰もが気づいた。私たちは納得した。そのカードで、これは“私だ”と、彼の言わんとしていることを。そしてまた、おのれの物語を述べようとしていることを。」



「日本の読者のために」より:

「本書はまずタロット・カードの絵模様で作られ、ついで文字に書き写された。カードの群れがつぎつぎに浮かびあがらせた絵物語、その意味を汲み取って、文字の世界へ再構成したものである。」
「本書は「宿命の交わる城」と「宿命の交わる酒場」の二部に分かれるが、前者は一九六九年にパルマのF・M・リッチ書房から『タロッキ――ベルガモとニューヨークに残されたヴィスコンティ家の札』 Tarocchi, Il mazzo visconteo di Bergamo e New York と題して刊行された。この豪華本は十五世紀半ばにボニファーチオ・ベンボがミラノのヴィスコンティ家のために作りあげた細密画のタロットを原寸大に原色で復元したものである。」
「「宿命の交わる城」の場合には、それぞれの物語を構成するタロットが縦横(たてよこ)の二方向に二重に配列され、他の物語を構成する三組のタロットの物語と(縦横の二方向に二重に)交叉してゆく。こうして並べ終った全体図を見れば、横に三つの物語と縦に三つの物語が読み取れるであろう。しかも、これらのカードの列は、それぞれが逆方向に別の物語としても読み取れるのだ。それゆえ、この図のなかには、全部で十二の物語が埋めこまれたことになる。
 この全体図の、いわば中心軸にあたる插話は、ルドヴィーコ・アリオストの『オルランド狂乱』からヒントをえた。」
「本書の第二部「宿命の交わる酒場」も第一部とほぼ同様の構成をとっているが、使用したタロット・カードは現在でもフランスでごく一般的に市販されている。すなわち、グリモー社製《マルセイユ版古タロット》を用いた。」

「振り返ってみれば、この数年間はタロットの物語にすっかり取りつかれてしまっていた。初めのころ、私はただ脈絡もなくカードを並べてゆき、そこに何らかの物語を読み取ろうとした。(中略)私はすぐにタロット・カードがつぎつぎに物語を生み出す機械であることを知った。こうして、一冊の本を書きあげるべく、構想を練っていった。暗い森、一軒の宿屋、そして沈黙の語り手たち。タロットのなかに封じこめられている物語をひとつ残らず呼び醒ましたいという無謀な考えに、私はたちまちにのめりこんでいった。」





こちらもご参照ください:

アリオスト 『狂えるオルランド』 脇功 訳
エドワード・ゴーリーのタロット 「The Fantod Pack」

















































































イタロ・カルヴィーノ 『木のぼり男爵』 米川良夫 訳 (白水Uブックス)

「お父さまのご先祖なんか、知ったことじゃないですよ!」
(イタロ・カルヴィーノ 『木のぼり男爵』 より)


イタロ・カルヴィーノ 
『木のぼり男爵』
米川良夫 訳

白水Uブックス 111

白水社 
1995年8月31日 第1刷発行
2004年12月10日 第5刷発行
311p 
新書判 並装 カバー 
定価1,180円+税
ブックデザイン: 田中一光


「本書は1964年に「新しい世界の文学」の一巻として小社から刊行され、以後79年に「白水社世界の文学」の一巻として、さらに90年に単行本として刊行された。」



「Uブックス版に寄せて」より:

「今回、Uブックスの一冊として本書が新装再刊されることになった。もっとも新装といっても、本文は旧版と変わらない復刻版である。」


本書「解説」より:

「本書『木のぼり男爵』(一九五七)は、『まっぷたつの子爵』(五二年)および『不在の騎士』(六〇年)とともに、三部作『われわれの祖先』を構成する作品の一つである。」


「われわれの祖先」の「われわれ」とは誰のことなのか。本書の主人公は「お父さまのご先祖なんか、知ったことじゃないですよ!」と宣言しているので、われわれ=ポストモダン時代の変わり者たち(=qfwfq氏、パロマー氏、マルコヴァルドさん)のご先祖たち、この世に適応できずに罪悪感に苛まれて自己分裂してしまったり(『まっぷたつの子爵』)、自己を殺して社会的役割に過剰適応してしまったり(『不在の騎士』)、積極奇異的に自らアウトサイダーの道を選んだりせざるを得なかった、ロマン主義的・バロック的先駆者たち、といった意味なのではないでしょうか。どうでしょうか。

Italo Calvino: Il barobe rampante, 1957


カルヴィーノ 木のぼり男爵


「BOOK」データベースより:

「イタリアの男爵家の長子コジモ少年は、十二歳のある日、カタツムリ料理を拒否して木に登った。以来、恋も冒険も革命もすべてが樹上という、奇想天外にして痛快無比なファンタジーが繰り広げられる。笑いのなかに、俗なるものが風刺され、失われた自然への郷愁が語られるカルヴィーノ文学の代表作。」


内容:

木のぼり男爵

解説 (訳者、1978年)
Uブックス版に寄せて (米川良夫、1995年)




◆本書より◆


「わたしの兄、コジモ・ビオヴァスコ・ディ・ロンドーが、わたしたちにまじって最後に席を占めたのは、一七六七年の六月十五日のことだった。」
「コジモが言った。「いやだって言ったら、いやなんです!」そして かたつむり の皿(さら)をつき戻した。これ以上に重大な反抗を目にしたことは、かつてなかった。」

「コジモは楽にしていることができる、一本のふとい枝の又(また)のところまで登って、そこに腰をおろして足をぶらぶらさせ、手を腋(わき)の下にいれて腕をくみ、首を両肩のあいだにすくめ、三角帽を目深くおろしていた。
 父上は手すりに身をのり出して「疲れて気の変わるまで、そうしていなさい!」と叫ばれた。
 「気はけっして変えません!」と、枝の上から兄がいった。
 「おりる時は、覚悟をしておきなさい!」
 「じゃあ、ぼくはもうおりません!」そして、そのことばを守った。」

「コジモはわたしたちの家の山桑から塀の縁(ふち)にあがり、平均をとりながら数歩あるいてから、手をのばして、もくれん の葉と白い花のある反対側にすべりおりた。それからは、彼はわたしの視界から消えてしまった。」

「彼の世界は、空中を渡る狭い、曲がりくねった掛け橋や、樹皮をざらざらにしてしまう結節や鱗(うろこ)や皺(しわ)や、それにまた、柄(え)に当たるわずかな風にもおののき、木の身を曲げるときにはともにヴェールのようにはためくあの木の葉の幕の、緻密(ちみつ)であるか、粗(あら)いかにしたがって緑の色を変える光とでできているのだった。それと同時に、わたしたちの世界は底のほうに、ぺしゃんこに平らになってしまっていたし、わたしたちは釣り合いのとれない姿になり、また確かに、彼が木の上で知るようになったことを何一つ、理解できないでいたのだ。幹をとりまくように刻む年輪を木がその細胞でつめこんでゆき、黴(かび)がその汚点(しみ)を日暮れの風で広げ、巣のなかに眠る小鳥たちが寒さに震えながら、翼の羽のいちばん柔らかい所に頭を突っこみ、毛虫が目ざめ、もず の卵がそっと破れる、そんな気配(けはい)に彼は耳傾けながら過ごすのだった。」

「また木の下に集ってきて、彼のことばを聞いては嘲笑する人々にむかって、鳥どものために弁論するのだった。彼は猟師の服装のまま、鳥類の弁護者となり、それぞれ適宜な変装をつけて、みずから時にしじゅうから、時にふくろう、あるいはまたこまどりを名のり、野鳥たちを自分の真の友と見なすことのできない人々に非難の演説をしたが、この演説はやがて比喩の形をかりた人類社会全体の告発になるのだった。鳥どもでさえも、こうした彼の思想的転換に気づいて、下に聴衆のいる時でも、彼のすぐそばまで来て、こうして彼は、周囲の枝々の生きた手本をさし示めしながら、自分の演説に、光彩をそえることができたのだった。」

「またこの時期に、コジモが『都市共和国憲法草案。付、男女成年児童、および鳥、魚、昆虫を含む家畜野獣、並びに樹木、野菜、雑草などの植物の権利宣言』を書いて頒布したことも言わなければならないだろう。これはまことにみごとな労作で、あらゆる為政家たちの導きの書として役だつものだった。ところがだれ一人これに注意を払うものがなく、死文字として残された。」





こちらもご参照下さい:

川崎寿彦 『森のイングランド ― ロビン・フッドからチャタレー夫人まで』
明恵上人樹上座禅像








































































イタロ・カルヴィーノ 『柔かい月』 脇功 訳 (ハヤカワ文庫 SF)

「各瞬間がひとつの宇宙なのである」
(イタロ・カルヴィーノ 「ティ・ゼロ」 より)


イタロ・カルヴィーノ 
『柔かい月』 
脇功 訳 

ハヤカワ文庫 SF 436

早川書房 
昭和56年6月20日 印刷
昭和56年6月30日 発行
213p
文庫判 並装 カバー
定価280円
カバー: 深沢幸雄



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、Italo Calvino "Ti con zero" (1967, Giulio Einaudi) の全訳である。」
「なお本書の原題は第二部のタイトルになっている「ティ・ゼロ」であるが、日本語訳では第一部冒頭の「柔かい月」を題名とした。」



カルヴィーノ 柔かい月


目次:

第1部 クフウフク氏の話
 柔かい月
 鳥の起源
 結晶
 血・海

第2部 プリシッラ
 1 ミトシス(間接核分裂)
 2 メイオシス(減数分裂)
 3 死

第3部 ティ・ゼロ
 ティ・ゼロ
 追跡
 夜の運転者
 モンテ・クリスト伯爵

訳者あとがき




◆本書より◆


「柔かい月」より:

「月の触手がまるでなにかにたどりつき、巻きつこうとするかのように、蠕動しながら夜空にくねっているのが見えた。その下に、摩天楼が鋸の歯のような影絵になった地平線のうえにすれすれに見える光暈に接して、町があった。月は、シビルが言っていたように、その触角を摩天楼のてっぺんに絡みつかせる前に、うまく停止するだろうか? それとも、その前に、なおも伸びつづけて細まっていくあの鍾乳石のようなものがちぎれて、落ちてきたら?」

「隕石がひとつ垣の金網にひっかかっていた。金網はその重みで半分へしゃげていた。隕石は地面に崩れ落ちて、すぐに地面と混り合った。私はそれがなにで出来ているかと眺めはじめた、と言うよりも私の眼前にあるものの視覚像がもたらす印象をとらえようとしはじめた。そしてその時にタイル張りの地面いっぱいに散りまかれたほかのもっと小さいしみに気がついた、地層に浸み込んだ酸性粘液の滓(かす)のような、あるいは触れるものすべてをその粘液質の果肉の中に呑み込んでしまう寄生植物、またはうようよとうごめく貪欲な微生物の群れがひしめきあっている漿液、あるいはまた端を裁断された細胞を吸盤のように開いてふたたび接合しようとするずたずたに切り刻まれた膵(すい)臓のような、あるいはまた……」



「結晶」より:

「あの頃、私は結晶の世界を夢に見ていた。夢に見たのではない、実際にそれを見たのだ、堅固で冷たい水晶の春を。山のように高い透明な多面体がいくつも伸び出していた。その厚みをとおしてむこうにいる者の姿が透けて見えていた。」


「血・海」より:

「したがってズィルフィアに対して私の抱く衝動の中には、大洋すべてを私たちのものにしたいという衝動のほかに、大洋をなくしてしまいたいという、私たちを大洋の中に消し去ってしまいたいという、私たちを滅却してしまいたいという、自分たちを引き裂いてしまいたいという衝動――手はじめに――彼女、私の恋人、ズィルフィアを引き裂いて、ずたずたにし、食べてしまいたいという衝動もあったのである。それは彼女とて同じであったろう、彼女が望んでいたのは私をずたずたに引きちぎり、呑み込んでしまうことにほかならなかったろう。海の底から見た橙色の斑点のような太陽はくらげのようにゆらゆらと揺れ、ズィルフィアは私を呑み込んでしまいたいという欲情にとらわれて、縞目になって海に差し込んだ光の中をうごめいていた、そして私は藍色の影となって海底からゆらめく海草のように長くのびた闇の中で、彼女に噛みつきたいという欲求にかられて身もだえていた。」


「メイオシス(減数分裂)」より:

「私たちのめいめいが真にそうあり真に所有しているのは、それは過去である、私たちがそうあり、そして所有しているすべてのものは成就した可能性、反復されるよう準備された行動、試みのカタログなのである。現在というものは存在しない、私たちがつねに一様な形に作り出す物質によって定められたプログラムに従いつつ、私たちは外へと後へと手探りで進むのである。私たちはいかなる未来にも指向しない、私たちを待っているものはなにもない、私たちは記憶していることを思い出させる働きしかしないひとつの記憶の機構の中に閉じ込められているのである。」

「いまやそれはすでに存在しそして永久に存在し続けようとするものとまだ存在していないが存在しようと望みそしてもう少しで存在しえるようになるかも知れない私たちとの間の戦いなのである。」














































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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