ロード・ダンセイニ 『エルフランドの王女』 原葵 訳

「二つのものがある場合、そのうち、より謎にみちた方をとるのがいつでも魔女のやり方だったのである。」
(ロード・ダンセイニ 『エルフランドの王女』 より)


ロード・ダンセイニ 
『エルフランドの王女』 
原葵 訳


沖積舎
1998年10月28日 発行
329p
四六判 並装 
カバー ビニールカバー
定価2,800円+税
装画: 山田章博


「翻訳原本:
“The King of Elfland's Daughter” by Lord Dunsany
G. P. Putnam's Sons, London & New York,
Second Edition June 1924. Printed in Great Britain.」



ダンセイニ エルフランドの王女


帯文:

「エルフランドの王の最後の魔法
いつも変わらぬ黄昏の国エルフランド。その王女リラゼルを探して、アルヴェリックの旅はつづく――ダンセイニ・ファンタジーの最高傑作!」



目次:


1 アールの郷の評定衆の考え
2 アルヴェリック、エルフランドの山々の見えるところへくる
3 魔法の剣、エルフランドの剣と交わる
4 アルヴェリック、長い年月の後、人間の世界へ帰る
5 アールの郷の評定衆の知恵
6 エルフの王の呪文
7 トロールはやってきた
8 魔法の呪文の到着
9 リラゼルは飛んでいく
10 消え失せたエルフランド
11 森の奥
12 魔法の消え失せた平原
13 皮職人の沈黙
14 エルフランドの山なみをたずねて
15 エルフの王の退居
16 オリオン、大鹿を狩る
17 ユニコーン、星の光の下へあらわれる
18 夜の中の灰色の天幕
19 魔法を持たぬ十二人の老いた人びと
20 歴史的事実
21 地の涯
22 オリオン、鞭役を言いつける
23 ルルル、地上のあわただしさを見まもる
24 ルルル、地上と人間のようすについて語る
25 リラゼル、人間の世界の野原を想いだす
26 アルヴェリックの角笛
27 ルルルが戻ってくる
28 ユニコーン狩りの章
29 沼地の者たちの誘い
30 あまりにも多くの魔のおとずれ
31 エルフランドのものたちへの呪い
32 リラゼル、地上を思い焦がれる
33 輝く光の前線
34 最後の大いなる呪文

訳者あとがき




◆本書より◆


「今度は魔女は、誰も手入れする者のない荒れた林や庭から吹いてくる、夏の風のようなメロディーを小さく口ずさんでいた。その歌は、かつて子どもたちに愛され、かれらが大きくなるともう忘れられ、ただ夢の中でだけうたい聞くような、谷間をわたる風に似たメロディーだった。その追憶の歌は、忘却の縁(ふち)の翳(かげ)を見え隠れしながら、子どもの頃の美しい時代の黄金の瞬間を垣間(かいま)見させ、そして再び記憶からすばやく姿を消して、忘却の翳へと戻っていく。それは人の心に、小さく輝く微かな足跡を残していき、それがぼんやりと感じられる時、人はそれを哀惜と呼ぶのだった。魔女は、釣鐘草が真っ盛りの、過ぎ去った夏の真昼どきをうたった。高く茂った色濃いヒースの上に坐って、幾多の露に濡れた朝(あした)や夕(ゆうべ)をうたった。魔女の魔法によって、朝や夕はいつまでも朝や夕でありつづけるのだった。アルヴェリックは、魔女の焚火が薄暮から呼びだした、歌の小さなさまよう翼の一つ一つが、あたかも人間にとって失われた日の幻で、それはもっと玲瓏(れいろう)で美しかった昔の日から、魔女の歌の力で呼び起こされてきたのではないかと思った。」

「アールの谷は、黄昏の国境いのすぐ近くにあり、そのむこうには、人間の世界はもうない。」

「人間の世界の野原の上だけに空想をとどめておこうとする賢い人たちに、アルヴェリックがやってきたこの土地について物語るのは難しい。そういう人たちは、まばらに木が生えたこの野原や、その遠くにエルフランドの宮殿の塔が輝いてそびえでている暗い森を心に思い描くことができないだろう。そしてその彼方の上方には、私たちが知っているどんな色もしていない峰々が、静かに連なっているのだ。私たちが空想を遠く駆けめぐらせるのは、まさにこういう光景を思い描くためである。」
「エルフランドの色をよく暗示してくれるものは、たとえばちょうど黄昏が終ったばかりの、夏の夜の深い蒼さ。夜に光を投げかける金星の蒼白い色。黄昏の湖の深み。それらはみんな、エルフランドの色を暗示する。(中略)画家たちは、この私たちの世界に住みながら、あのエルフランドのことをほのかに見てたくさんの絵を描いている。それだからこそ私たちは、この地上の世界には素晴らしすぎるほど魅力的なものを、時として絵画の中に見ることができる。それは、画家たちが画架の前に坐って地上の世界の野原を描き写しながら、実はエルフランドの蒼白い山々のきらめきを垣間見た記憶の記録なのである。」

「リラゼルは、自分がいろいろなことを学んだり知ったりしなくてはいけないということをわかっていなかった。(中略)ここの人びとのする奇妙なことどもを理解する必要があるのか。路の上で踊ってはいけないのか。山羊たちに話しかけてはいけないのか。葬列を笑ったりしてはいけないのか。夜、うたってはいけないのか? (中略)彼女がやってきたこの見知らぬ世界では、陽気な楽しいことは、重苦しい退屈に頭を下げねばならないのだろうか? (中略)彼女には、エルフランドでは長い長い歳月にも決して曇ることのない美しさを、地上の世界では「時」が蝕んでいくということが恐ろしかった。」

「アルヴェリックは赤ん坊に彼女が名前をつけないことで困惑しきっていたから、彼女の顔を見るとすぐに、子どもに名前をつけるように彼女に求めた。そこで彼女は、ある名前を彼に申しでた。しかしそれは、この世界では誰も発音することができない名前だった。それは非常に不思議なエルフの名前で、夜、小鳥が啼く時の啼き声のような音節でできていた。」

「彼女の想いは深刻なことの上に決して長くとどまってはいられなかった。それは蝶々が翳の中に長くとどまっていないのと同じだった。」

「幻想が境界地帯をこえてどんどん押しよせ、暴れまわり、歌い、叫ぶにつれて、彼女の身体はだんだん軽くなっていった。足が、半分床に着いていたり、半分床から浮き上がったりした。地球はもう彼女を下に引きおろすことができなかった。彼女はそれほどすばやく、夢のようなものになっていった。地上への彼女の愛も、彼女への人間の子どもたちのどんな愛も、もう、ここに彼女をとどめておく力を持っていなかった。
 今、エルフランドの湖沼の畔で過ごした、「時」のない子ども時代の想い出、国境いの深い森のそばの、あの夢のような芝生のそばの、ただ歌の中にだけ語られているかもしれないあの宮殿の中の子どもの時の想い出が、彼女に甦った。それは水の中の小さな貝がらを見るようにはっきりと見えた。静かな湖にはった透き通った氷を通して水底を見ると、氷ごしに少しぼんやりした別の世界が見えるように、彼女の想い出も、エルフランドの境界を通して少しぼんやりと光っていた。エルフの国に棲む生きものたちの、やや奇妙な物音が聞こえてきた。彼女が知っているあの芝生のそばで輝いている神秘的な花の香が漂ってきた。魔法の歌の微かな歌声が境界地帯をこえて、彼女が坐っているところまでとどいてきた。声もメロディーも想い出も、黄昏を通りぬけて漂い流れてきた。エルフランドのすべてが呼んでいた。」
「彼女はすぐに立ちあがった。今や大地は、彼女をつかまえておく力を失った。それは物質の上にしか及ばない力であるが、彼女は今や夢や空想、伝説、幻想などのようなものとなり、室内から漂いでた。」
「その時、北の方から一陣の風が吹きつけ、森の中に入っていって、金色に光る枝から葉を剥(は)ぎとった。そして草原の上を踊りながら、赤や金色の葉の一群をつれていった。(中略)そしてそれらと一緒に、リラゼルも行ってしまった。」

「アルヴェリックは、記憶をさかのぼり記憶の中の光景を再び訪れようとする男のように、孤独な旅をつづけた。」

「詩人たちが歌っているところによれば、その黄昏の辺境においてエルフランドと人間の世界とは接しているのだ。はるか北方に、彼はその辺境がじっと動くことなく黄昏とともに眠ったように横たわっているのを見つけることができるかも知れない。そして蒼白い山々の麓へ行き、再び妻に会うことができるかも知れない。」

「アルヴェリックはアールの村を出、うしろに探険の仲間を従えて馬を進めていった。月に憑かれて気のふれた男、うすのろの気違い、恋わずらいの男、羊飼いの若者、それに詩人であった。(中略)アルヴェリックは男たちの不満を聞き、また感じながら、このような旅では、いちばんえらいものは、正気ではなくて狂気だということがわかった。」

「そのエルフランドの果てしなく長い朝の間、その静穏を乱すものは何もなかった。リラゼルは、地上の煩らいごとの後で疲れた心を休め、エルフ王は深く満ちたりた心でそこに坐っていた。(中略)そして宮殿は輝き、照り映えた。それは都市の喧騒の彼方にある、どこかの深い池の水底の光景のようだった。そこでは緑の葦が生え、魚たちの鱗がきらめき、たくさんの小さな貝が深い水の底の薄明かりの中で光っていて、その長い夏の一日じゅう何ものもそれを掻きみだすことがない。
 こうして彼らは飛びゆく「時」の彼方に休息し、彼らのまわりでは「時」は憩った。流れを氷が凍てつかせ静まらせる時、大滝の小さな躍る波も休息するように。そしてエルフの山々の静かに映えわたる蒼い峰が、彼らの上に、変ることない夢のようにそびえたっていた。」

「エルフランドがどこへ行ってしまったのか私には言うことができない。またそれが地の涯とどこかの地平線で接しているのか、空に漂いのぼって高い山の峰とかすかに触れあっているのかどうかも、言うことができない。ただ言えるのは、かつて私たちの野原の近くに魔的なものが存在し、それが今は去ってしまったということだ。」

「彼はそこに立ち、人間の世界の叫び声が、深まっていく夕暮れの中で幽かになっていくのを聞いていた。背後には、地上の黄昏のあたたかな甘い薄明りがあった。そして彼の前には、顔のすぐそばに、エルフランドの全き沈黙があり、その沈黙でできている境壁が、不思議な美しさにほの光っていた。今や彼はもう地上のどんなものも想わず、ただ黄昏の壁の中をじっと見つめ、あたかも予言者が禁断の言い伝えを自分なりによみとろうとくもった水晶の中に見いっているようだった。オリオンの中を流れるエルフの血に向かって、彼が母親から受けついだ魔的なものに向かって、黄昏でできた境界の淡い光は誘いかけ、招きかけた。彼は母が、荒れ狂う「時」の支配のないところに、ひとり安らかに暮らしていることを思った。彼は母によって与えられた魔法の記憶によってぼんやりと知っている、輝かしいエルフランドのことを思った。彼の背後からは、この世の夕暮れの小さな叫びが伝わってきたが、彼はそれを気にもとめなかった。というより、彼にはもうそれは聞こえもしなかった。そしてこの小さな叫びとともに、人間の暮らし方や人間に必要なもの、人間が計画する物、人間があくせくと骨折り、また望む物、人間の忍耐がつくりあげるすべての小さき物も、彼にとっては失われたのだった。このきらめいている境界地帯のそばに立って知った、自分が魔の血筋を引く者だという思いの中で、彼はただちに「時」への忠節を投げ棄て、「時」の支配のもとにあって絶えずその専制に苦しめられているこの地を離れ、(中略)母がその父親とともに坐り、歌だけが思い描くことのできる、途方もなく美しい広間の霞のかかった玉座から母の父、エルフ王が統べている、その「時」のない国へ、入っていきたいと欲した。もはやアールは彼のふる里ではなかった。人間の生きる道は彼の生きる道ではなかった。(中略)伝説的なもの、この世のものではないものが、オリオンのふる里だった。」





























































































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ロード・ダンセイニ 『最後の夢の物語』 (中野善夫ほか訳/河出文庫)

「「世界はもうすっかり科学的なものになっているのですよ」
 「それが問題なのです。それを正すのがあなたではありませんか」」

(ロード・ダンセイニ 「名誉会員」 より)


ロード・ダンセイニ 
『最後の夢の物語』
 
中野善夫・安野玲・吉村満美子 訳
河出文庫 タ-1-4

河出書房新社 2006年3月10日初版印刷/同20日発行
616p 「収録作品」1p
文庫判 並装 カバー
定価1,200円+税
ロゴ・表紙デザイン: 粟津潔
フォーマット: 佐々木曉
カバーデザイン・彩色: 坂野弘美
カバー装画: シドニー・H・シーム



本書「訳者あとがき」より:

「本書には、Fifty-One Tales (一九一五年)および The Man Who Ate the Phoenix (一九四九年)収録の全作品、くわえて In the Land of Time And Other Fantasy Tales (二〇〇四年)で始めて単行本に収録された作品の中から幻想的な味わい、あるいは不思議な味わいのある作品を二篇収録した(発表年は一九四七年と一九五二年)。」


ダンセイニ 最後の夢の物語


カバー裏文:

「不死鳥を食べて幽霊や妖精を見る不思議な力が備わった男の顛末を描いた中篇「不死鳥を食べた男」を表題作とする本邦初紹介の短篇集に、稲垣足穂に絶大な影響を与えた、日常の中に神話的世界が混ざり合うコント集『五十一話集』を初の完全版で合わせて収録。
ロード・ダンセイニの幻想短篇集成全四巻、遂に完結!」



目次:

I 五十一話集
 あいびきの約束
 カロン
 パンの死
 ギゼーのスフィンクス
 めんどり
 風と霧
 筏づくり
 鳶職人
 連れの客
 〈死〉とオデュッセウス
 〈死〉とオレンジ
 花の祈り
 〈時〉と職人
 小さな町
 草だに生いぬ野
 蛆と天使
 歌もたぬ国
 最新のもの
 煽動政治家と娼婦
 巨大な罌粟
 薔薇
 金の耳飾りの男
 カルナ=ヴートラ王の夢
 嵐
 ひとちがい
 兎と亀の駆けくらべの真相
 不滅なる無比の者たち
 教訓的小話
 歌は還りて
 街角に春が
 敵がスルーンラーナを訪いし事の次第
 勝ち目のないゲーム
 ピカデリーを掘る
 劫火のあと
 都
 〈死〉の糧
 哀しき神像
 テーベのスフィンクス(マサチューセッツ州にて)
 報い
 リーフィグリーン街の災い
 霧
 畑づくり
 ロブスター・サラダ
 流浪者たちの帰還
 〈自然〉と〈時〉
 くろうたどりの歌
 使者
 背の高い三人の息子
 駆け引き
 成れの果て
 パンの墓碑
 詩人、地球とことばを交わす

II 不死鳥を食べた男
不死鳥を食べた男
林檎の木
皆の仕事が知られた町で
薔薇の迂回路
老人の話
いかにして鋳掛け屋はスカヴァンガーに到ったか
オパール鏃
スルタンの愛妾
カーシュのスルタンの血統
警官の予言
森を吹く風
虎の毛皮
ジュプキンス氏との邂逅
悪夢
マルガー夫人
選択
ローズ・ティベッツ
当世の白雪姫
帰還
狂った幽霊
理由
無視
リリー・ボスタムの調査
第三惑星における生命の可能性
オールド・エマ
如何にしてアブドゥル・ディンが正義を救ったか
最初の番犬
チェス・プレイヤーと金融業者ともう一人
名誉会員
実験
金鳳花の中を下って
悪魔の感謝
晩餐後のスピーチ
言葉ではいい表わせないもの
ポセイドン
九死に一生
犬の情熱
記憶違い
四十年後
鉄の扉
大スクープ

III その他の物語
妖精助け
忘れ得ぬ恋

訳者あとがき (中野善夫)




◆本書より◆


「都」より:

「「あの都にはなにか恐ろしいことが降りかかる運命にちがいない。詩人や芸術家は虫の知らせでこっそり逃げ出したんだ。ふつうの者には虫の知らせなんぞないのだろうさ」」


「帰還」より:

「わたしはほんとうに遠いところから、この芝生を再び眼にするために、ここに建つこの古い屋敷を眼にするために帰って来たのです。迂回するようにドアへと向かうと、ドアに嵌め込まれたガラスが虚ろにわたしを見返していました。その後ろには鎧戸があって、しっかりと鍵がかかっていました。そこにいる犬がわたしのほうを見ました。玄関の前に置いてある樽の中で腹ばいになって入口を護っていた犬が、不意にわたしを見て吠えたのです。それでも、屋敷の中からは何の音も聞こえず動きも感じ取れません。長い旅の終わりが近づいてきていることが判りました。ここの二階の部屋への通路にある楢材の羽目板には、奇妙な古(いにしえ)の王の彫刻があって、年月に黒ずみ、かつてわたしの子供部屋だった部屋へと通じる廊下を端から端まで暗くしていました。そのとき、この装飾が彫り込まれている楢材がわたしの旅の終着点だと知りました。屋敷に入ると、犬がまた吠えました。
 眼前は何もかもまっ暗でしたが、そこによく知っている階段がありました。明かりは必要ありませんでした。その階段の一段一段、曲がり具合も知り尽くしています。それぞれの段の板が軋んでたてる音の響きの違いまでも。わたしは階段を一気に上がりました。あの犬は今や長い震えるような声で吠えていました。二階へ上がると、暗い古い廊下がありました。変な顔をした古の首があって、わたしを見つめていて、長い旅がはじまってから初めて受けた歓迎のように思えました。犬の吠える声がますます大きくなって、とうとう屋敷の人を起こしてしまったようです。遠くで足音がするのが聞こえてきました。その足音はわたしのほうへと向かって来ていました。」
「少し離れたところのドアが開きました。足音が近づいてきます。蝋燭を手に持った女の人が廊下を歩いてきます。ゆっくりと、不安そうに辺りを見回しんがら。ちょうどそのとき、村の古い教会の塔から、真夜中の鐘の音色が霧の中を越えて聞こえてきました。その瞬間、百年が終わったんだという感じがしました。」











































































































































ロード・ダンセイニ 『時と神々の物語』 (中野善夫ほか訳/河出文庫)

「熱気でむせ返る赤道近くの低地では、お化けのような蘭が風に揺れ、鼠ほどの大きさの甲虫が天幕のロープにとまり、夜になると蛍が小さな流れ星のように空を切って飛び回っている。この低地を発(た)った旅人たちは、仙人掌(サボテン)の森を三日間歩き続け、ついには大羚羊(れいよう)が棲む開けた平野にいたった。」
(ロード・ダンセイニ 「ブウォナ・クブラの最後の夢」 より)


ロード・ダンセイニ 
『時と神々の物語』
 
中野善夫・中村融・安野玲・吉村満美子 訳
河出文庫 タ-1-3

河出書房新社 2005年9月10日初版印刷/同20日発行
565p 「収録作品」1p
文庫判 並装 カバー
定価850円+税
デザイン: 粟津潔
カバーフォーマット: 佐々木曉
カバーデザイン・彩色: 坂野弘美
装画: シドニー・H・シーム



本書「訳者あとがき」より:

「河出文庫のダンセイニ短篇集第三弾である本書は、The Gods of Pegana (一九〇五年)と Time and the Gods (一九〇六年)、そして Tales of Three Hemisphere (一九一九年)の全作品、および生前単行本未収録だった短篇十一篇を収録している。また、(中略)原書に収められていたシドニー・H・シームの挿し絵も全点収録した。」


挿絵(モノクロ)18点。


ダンセイニ 時と神々の物語


カバー裏文:

「神々とは〈運命〉と〈偶然〉の賽(さい)ころ勝負の勝者のためマーナ=ユード=スーシャーイが造った戯れであり、世界はマーナの目覚めとともに消える幻に過ぎない。美しくも残酷な異境の神話を描いた極北のファンタジー・続篇『時と神々』完訳をおさめた初の完全版。
他に『三半球物語』等を収めた、ダンセイニ幻想短篇集成第三弾。」



目次:

I ペガーナの神々
ペガーナの神々
鼓手スカールのこと
天地創造のこと
神々の〈ゲーム〉のこと
神々の詠唱
キブ、あるいは〈ありとしある世界の命の送り手〉の御言葉
シシュ、あるいは〈時間の群をあやつる破壊者〉について
スリッド、あるいは〈海に御霊を宿す者〉の御言葉
ムング、あるいは〈ペガーナと縁のあいだの死の長〉の御業
神官の詠唱
リンパン=トゥング、あるいは〈喜びと歌人の神〉の御言葉
ヨハルネス=ラハーイ、あるいは〈ひとひらの夢と幻の神〉のこと
進行の神ルーン、および千万の地神のこと
地神の叛乱
終わりを見つめる目のドロザンドのこと
沙漠の目
神でも獣でもないもののこと
預言者ヨナス
預言者ユグ
預言者アルヒレス=ホテップ
預言者カボック
海辺でユーン=イラーラにふりかかった災いのこと、および〈日没の塔〉建立のこと
神々がシディスを亡ぼされた次第について
インバウンがアラデックの地で一柱を除くすべての神々に仕える大預言者となった次第について
インバウンがゾドラクに見えた次第について
ペガーナ
インバウンの独白
インバウンが王に死のことを語った次第について
ウードのこと

滅びの鳥と〈終わり〉

II 時と神々
序文
時と神々
海の到来
曉の伝説
人間の復讐
神々が睡ったとき
存在しない王
カイの洞窟
探索の悲哀
ヤーニスの人々
神々の名誉のために
夜と朝
高利貸し
ムリディーン
神々の秘密
南風
時の国で
世界を哀れんだサルニダク
神々の冗談
預言者の夢
王の旅

III 三半球物語
ブウォナ・クブラの最後の夢
オットフォードの郵便屋
ブゥブ・アヒィラの祈り
東の国と西の国
小競り合い
神はいかにしてミャオル・キ・ニンの仇討ちをしたか
神の贈り物
エメラルドの袋
茶色の古外套
神秘の書
驚異の都市
われわれの知る野原の彼方
 版元の覚え書き
 第一話 ヤン川を下る長閑な日々
 第二話 〈見過ごし通り〉のとある店
 第三話 ペルドンダリスの復讐者
 
IV その他の物語
谷間の幽霊
サテュロスたちが踊る野原
秋のクリケット
もらい手のない〈国の種〉がヴァルハラから持ち去られた事の次第
電離層の幽霊
おかしいのはどこ?
古い廊下にいる幽霊
白鳥の王子
ペリプル師への啓示
誓ってほんとうの話だとも
夜も森で

訳者あとがき (中野善夫)




◆本書より◆


「預言者の夢」より:

「私はアルデロンの谷にある神々の罌粟の原で睡(ねむ)っていた。夜、月が低く空にかかっている頃に神々が集まってきて話し合う処である。私が夢見たものは、〈秘密〉であった。
 〈運命〉と〈偶然〉が興じていた〈ゲーム〉が終わった。すべてが終わった。希望も涙も、後悔も悲哀も、人間が涙を流したことも、覚えてもいないようなことも、王国も小さな庭も、海も世界も月も太陽も。残っているものは何もなく、色や音もなかった。
 そのとき、〈運命〉が〈偶然〉に云った。「我らの古い〈ゲーム〉をもう一度始めようではないか」ふたたび、彼らは勝負を始めた。それまで何度も繰り返されてきたときのように、神々を駒に使って。だから、それまでに起きたことは何もかもふたたび繰り返されるだろう。同じ国の同じ川岸で、同じ春の日に陽光が不意にまぶしく輝き、同じ水仙の花がふたたび開き、同じ幼児がそれを摘むだろう。その間に流れた一兆年の歳月を惜しむこともない。昔馴染みの顔がまた姿を見せ、慣れ親しんだ溜まり場はまだ失われない。あなたと私は夏の日の午後、太陽が天頂と海の間に立つ頃に、以前よく出逢った庭でいま一度巡りあうだろう。」



「王の旅」より:

「羊や牛の番をしながら、キスネブはよく夢を見ていました。他の者が眠っているときに、キスネブはふらふらと歩いて人々が入ろうとはしない森の縁まで行くことがよくありました。フルンの国の長老たちは、キスネブが夢を見ているときつく叱りましたが、それでも、キスネブはまだ他の男たちと同じような人間で、仲間たちとの付き合いがありました。が、とうとう、これから私がお話ししようとしている日がやって来たのです。(中略)キスネブと私は家畜の群れの近くに坐っていて、彼はフルンの国の端で暗い森が海と出会うところを長いこと見つめていました。」
「キスネブは他の者と一緒に四人の王子たちのいる市場に来ませんでした。独りで野原を渡って森の縁に行ったのでした。
 翌朝、キスネブに不思議なことが起きました。朝、野原からやって来たキスネブに会った私は、羊飼い仲間の叫び声で挨拶をしました。私たちはそうやって互いに呼び合うのです。しかし、彼は応えませんでした。それで、私は立ち止まってキスネブに話しかけました。それでも彼は一言も答えなかったので、私は腹を立てて彼を置いて立ち去りました。」
「私たちは、こう云いました。『キスネブは狂っている』そしてキスネブの邪魔をするものはおりませんでした。」
「キスネブは毎晩森の縁の野原にただ独り坐っていました。
 そんなふうに、キスネブは何日もの間、誰にも話しかけず、誰かが無理やり話をさせようとすると、神々が遠い黄昏と海の彼方から森へやってきて坐る時間に、毎晩神々の声を聴いているのだと云いました。だから、もう人間とは話をしないのだと。」















































































































ロード・ダンセイニ 『夢見る人の物語』 (中野善夫ほか訳/河出文庫)

「「あの人は人間に対して罪をおかしただけだよ。ぼくらがあれこれいう筋合いのことじゃない」
 「いたわってあげましょうよ」」

(ロード・ダンセイニ 「潮が満ちては引く場所で」 より)


ロード・ダンセイニ 
『夢見る人の物語』
 
中野善夫・中村融・安野玲・吉村満美子 訳
河出文庫 タ-1-2

河出書房新社 2004年8月10日初版印刷/同20日発行
368p 文庫判 並装 カバー
定価850円+税
デザイン: 粟津潔
カバーフォーマット: 佐々木曉
カバーデザイン・彩色: 坂野弘美
装画: シドニー・H・シーム



本書「訳者あとがき」より:

「河出文庫のダンセイニ短篇集第二弾である本書は、The Sword of Welleran (一九〇八年)と A Dreamer's Tales (一九一〇年)の全作品を収録している。既訳のあるものも新たに訳した。また、(中略)原書に収められていたシドニー・H・シームの挿し絵も全点収録した。」


挿絵(モノクロ)19点。


ダンセイニ 夢見る人の物語


カバー裏文:

「現代ファンタジーの源流ロード・ダンセイニの幻想短篇集成、第二弾。大地と同じほど歳を重ね、星々を姉妹とするバブルクンド。海の伝説と化し、若者を魅了するポルタニーズ。謎めいた響きの名を持つ数々の都市が驚異をもたらし、世界の涯では、夢見るものだけが垣間見ることのできる、妖精、英雄、盗賊の物語が繰り広げられる。全二十八篇収録。」


目次:

I ウェレランの剣
ウェレランの剣
バブルクンドの崩壊
妖精族のむすめ
追い剥ぎ
黄昏の光のなかで
幽霊
渦巻き
ハリケーン
サクノスを除いては破るあたわざる堅砦
都市の王
椿(つばき)姫の運命
乾いた地で

II 夢見る人の物語
序文
海を臨むポルターニーズ
ブラグダロス
アンデルスプラッツの狂気
潮が満ちては引く場所で
ベスムーラ
ヤン川を下る長閑(のどか)な日々
剣と偶像
無為の都
ハシッシュの男
哀れなビル
乞食の一団
カルカソンヌ
ザッカラスにて
野原
投票日
不幸な肉体

訳者あとがき (中野善夫)




◆本書より◆


「バブルクンドの崩壊」より:

「そうこうするうち話をする旅人の上に夜の帳(とばり)はおごそかに冷たくおりて、わたしたちは毛布にくるまりバブルクンドの姉や妹である星々に見守られて砂の上に横になった。夜どおし沙漠はさまざまなことを低い声でささやくように語ったが、なにを語っているのかわたしにはわからなかった。ただ、砂にはわかっていて、身をもたげて身もだえてからまた身を低くした。風にもわかっていた。そうして夜が更けてゆくにつれ、砂と風は神聖な沙漠を侵したわたしたちの足跡に気がついて、混ぜかえして掻き消した。そのうち風はやみ砂は安らいだ。やがてまたしても風が立ち砂が舞った。これが幾度もくりかえされた。そのあいだ沙漠はずっとわたしたちにはわかりもせぬことをささやきつづけた。」

「バブルクンドではルビー売りはルビーの歌をうたい、サファイア売りはサファイアの歌をうたいますが、どの宝石にもそれぞれ歌がございましてね、宝石売りはその歌であきなう品を告げ知らせることになっております。
 ところが正午にはこうした喧噪(けんそう)もみな途絶え、市場の宝石売りは木陰を見つけて横たわり、王侯貴族は涼しい場所を求めて宮殿にもどり、ぎらつく大気のなかでバブルクンドはまったき静寂(しじま)につつまれるのでございます。けれども夕刻が迫って涼しくなり、王の楽人のひとりが故郷の夢から覚めて竪琴かなにかの弦に指を走らせますと、その調べとともに、〈歌の島々〉にそびえる山々の峡谷に立つ風の記憶などが呼び起こされたりもいたします。」



「妖精族のむすめ」より:

「少女はまた、通りを人々がのんびり悠々と歩いている様子を眺めた。目には見えないが、彼らの間を縫うように大昔の幽霊たちが彷徨(さまよ)っていて、生きた人間には聞えない声で過ぎ去りしことについてお互いにひそひそと語り合っている。そして東へと通じるあらゆる道の先に、また家々のどんなに細い切れ目からでも、あの壮大な沼地の風景をかいま見ることができた。」

「彼はダマスコを流れるアバナとパルパルという川の話をした。メアリー・ジェインはそんな名前の川があると聞いてうれしくなった。」

「小さきものは一目散に走り、出口を見つけるとランプに照らされた通りに走り出た。
 たそがれどきに生まれた人間には、北か東に向かう道ならどの道でもまっしぐらに駆け抜けていく小さきものを見ることができたかもしれない。その生きものはランプの光のもとでは姿を消し、光のないところに来ると頭上に鬼火を戴いた姿で再び現れるのだ。」
「ロンドンの猫は一匹残らずたそがれどきに生まれたものだから、その生きものが走り抜けるとおびえたような鳴き声を上げた。」



「潮が満ちては引く場所で」より:

「最後の人間がいなくなって数日が過ぎたころ、ロンドンに小鳥たちが舞いおりました。歌が得意なあらゆる種類の小鳥です。わたしに気づいた小鳥たちはそろって小首をかしげて様子をうかがっていましたが、そのうち少し離れたところに飛んでいってさえずりあいました。
 「あの人は人間に対して罪をおかしただけだよ。ぼくらがあれこれいう筋合いのことじゃない」
 「いたわってあげましょうよ」
 小鳥たちはそばまでちょんちょん跳ねてくるとうたいはじめました。」



































































































































ロード・ダンセイニ 『世界の涯の物語』 (中野善夫ほか訳/河出文庫)

「ともに来たれ、賢明なるがゆえにロンドンに倦怠を感じている紳士淑女の方々よ。
ともに来たれ。
わたしたちの知る世界の何もかもにうんざりしている者よ。
ここに数々の新たな世界があるのだから。」

(ロード・ダンセイニ 『驚異の書』「序文」 より)


ロード・ダンセイニ 
『世界の涯の物語』 

中野善夫・中村融・安野玲・吉村満美子 訳
河出文庫 タ-1-1

河出書房新社 2004年5月10日初版印刷/同20日発行
373p 文庫判 並装 カバー
定価893円(本体850円)
デザイン/カバーフォーマット: 粟津潔
カバーデザイン: 坂野弘美
装画: シドニー・H・シーム
Lord Dunsany : The Book of Wonder (1912) & Tales of Wonder (1916)



本書「訳者あとがき」より:

「ダンセイニが幻想的な作品を発表するようになったのは一九〇五年の The Gods of Pegana (『ペガーナの神々』)が最初である。このとき、挿し絵を描いたのがシドニー・H・シーム(Sidney H. Sime 一八六七―一九四二年)である。その後もシームはダンセイニの本に挿し絵を描き、なかには挿し絵が先にあって、それを見たダンセイニが想像力を喚起されて作品を書いたものもあるという。そういう切っても切れない関係にあるダンセイニとシームであるから、本書にもオリジナル短篇集に掲載されたシームの挿し絵をすべて収録した。」


挿絵(モノクロ)16点。


ダンセイニ 世界の涯の物語


カバー裏文:

「現代ファンタジーの源流であり、いまなお魔法のきらめきを失わない特別の作家ダンセイニの初期幻想短篇集二冊を完全収録。盗賊サンゴブリンドに下された過酷な運命。〈絶無の都〉へいたると予言された子供の旅。老人から買った魔法の窓が見せたもの。水夫が偶然知った海の秘密……。神話的な物語に、ユーモアに満ちたほら話が織りまぜられた珠玉の三十三篇。」


目次:

I 驚異の書
 序文
 ケンタウロスの花嫁
 宝石屋サンゴブリンド、並びに彼を見舞った凶運にまつわる悲惨な物語
 スフィンクスの館
 三人の文士に降りかかった有り得べき冒険
 偶像崇拝者ポンボの身の程知らずな願い
 ボンバシャーナの戦利品
 ミス・カビッジと伝説(ロマンス)の国のドラゴン
 女王の涙をもとめて
 ギベリン族の宝蔵
 ナス氏とノール族の知恵比べ
 彼はいかにして予言の告げたごとく〈絶無の都〉へいったのか
 トーマス・シャップ氏の戴冠式
 チュー・ブとシーミッシュ
 驚異の窓
 エピローグ

II 驚異の物語
 序文
 ロンドンの話
 食卓の十三人
 マリントン・ムーアの都
 なぜ牛乳屋(ミルクマン)は夜明けに気づいたときに戦慄(おのの)き震えたのか
 黒衣の邪(よこしま)な老婆
 強情な目をした鳥
 老門番の話
 ロマの掠奪
 海の秘密
 アリが煤色の地(ブラック・カントリー)を訪れた顛末
 不幸交換商会
 陸と海の物語
 赤道の話
 九死に一生
 望楼
 こうしてプラッシュ・グーは〈誰も行こうとしない国〉にやってきた
 チェスの達人になった三人の水夫の話
 流浪者クラブ
 三つの悪魔のジョーク

訳者あとがき (中野善夫)
ロード・ダンセイニ著作リスト




◆本書より◆



「ケンタウロスの花嫁」より:

「しかし、人の血のなかには潮(うしお)がある。そう、太古より変わらぬ潮路(しおじ)がある。それはどうやら黄昏に通じていると見え、名も知れぬ島々から海が流木を運んでくるように、どれほど遠くの土地からでも美しいものにまつわる風聞を運んでくるのだ。人の血をおとなうこの大潮は、その血脈の神話的な領域から、伝説から、古きものから生まれでる。それは人を森へと、丘へといざなう。そして、人は太古の歌を耳にする。だからこそ、世界の涯(はて)の人里離れた山脈ではぐくまれたシェパラルクの伝説の血が、はかない黄昏だけが知っていて蝙蝠(こうもり)だけが託される風聞にかきたてられたのかもしれぬ。なんといっても、ケンタウロスは人よりもなお伝説に近いのだ。」


「老門番の話」より:

「この男の名前はジェラルド・ジョーンズであり、長いことロンドンから出たことがないということだった。だが、たった一度だけ、子供の頃に北の荒野を旅したことがあるという。あまりにも昔のことなのでどうやって旅したのかは思い出せないが、ともかく彼は(中略)その荒野を一人で歩いたことがあるのだそうだ。目の前に広がるのは御柳擬(ぎょりゅうもど)きとヒース、それに羊歯(しだ)ばかりであった。ただ、遙か彼方の夕日近く、わずかに見える丘のあたりに、小さくおぼろげに人里らしきものが見えていた。日が暮れるにつれ霧があたりに立ちこめ丘をすっかり覆ってしまったが、男は荒野を歩き続けた。やがて彼は谷間にたどり着いた。荒野の中程に口を開けた小さな谷で、両崖が驚くほど切り立っている。腹ばいになり、(中略)谷間をのぞき込むと、遙か谷底の方に一軒の小屋と庭園があるのが見えた。その庭園の、一面に背丈より高い立葵(たちあおい)の茂るなか、一人の老婆が木製の椅子に腰掛け、黄昏のなか歌をうたっている。その歌は男の心をとらえ、のちにロンドンに戻ってからも記憶にとどまりつづけた。そして、その歌がよみがえるとき、彼はいつも黄昏に思いを馳せた――ロンドンの街ではお目にかかれないようなやつだ――荒野をのんびりと吹き抜けるやわらかな風や、せわしなく飛び回る蜂の羽音が再び彼の耳に響き、街の喧騒から解放されるのだ。」
「のちに彼はもう一度北の荒野へ赴き、あの小さな谷間を見つけたのだが、庭園に老婆の姿はなく、あの歌をうたうものは誰もいなかった。そして二十年前の夏の宵に聞いた、日々記憶から薄れつつあるあの老婆のうたう歌への哀惜の念が男の頭を悩ませたせいか、(中略)早くに老け込んでしまった。そしてついに物思いが哀惜の念しか生み出さず、年とともに仕事のむなしさを受け入れられるようになると、まじない師の意見を仰ぐ決心をした。さっそく彼はまじない師のもとに赴き、自分の悩みを、特にかつて聞いたあの歌のことについて打ち明けたのだ。「そして」と男はいった。「世界中のどこに行ってもあの歌を聞くことができないのです」
 「無論、世界中のどこでも無理であろう」まじない師は答えた。「だが、世界の涯を越せばたやすく耳にすることができるはずじゃ」そして男に向かって、どうやら汝は時の流れに毒されておるようだから、世界の涯で一日過ごしてはどうかとすすめた。」
































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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