ウォルター・ペイター 『ルネサンス』 (富士川義之 訳/白水Uブックス)

「彼女は自分の座を取り囲む岩よりも年老いている。吸血鬼のように、何度も死んで、墓の秘密を知った。」
(ウォルター・ペイター 「レオナルド・ダ・ヴィンチ」 より)


ウォルター・ペイター 
『ルネサンス ― 美術と詩の研究』 
富士川義之 訳

白水Uブックス 1069

白水社 2004年4月5日印刷/同25日発行
254p 
新書判 並装 カバー
定価1,200円+税
ブックデザイン: 田中一光/プラスミリ
カバー装画: ミケランジェロ《ドーニ・マドンナ》



本文中図版(モノクロ)12点。


本書「訳者あとがき」より:

「本書は Walter Pater, The Renaissance : Studies in Art and Poetry の全訳である。テクストにはマクミラン社のリプリント版(一九六七)を底本に用いたが、これは一八九三年の第四版(決定版)を復刻したものである。(中略)この翻訳書は一九八六年に最初に出版され、一九九三年刊の新装版をへてこのたびUブックスに収められることになった。この機会に全文を再点検し直し誤植や誤記などを訂正した。」


ペイター ルネサンス


カバー裏文:

「ルネサンスをギリシア精神とキリスト教とが融合した究極の芸術と捉え、その精神を体現したと思われる代表的なルネサンスの芸術家や学者や詩人の肖像を、静かな観照と繊細な感覚を通して描いた印象主義批評の古典。」


目次:

序論
フランスの古い物語二篇
ピコ・デッラ・ミランドラ
サンドロ・ボッティチェッリ
ルカ・デッラ・ロッビア
ミケランジェロの詩
レオナルド・ダ・ヴィンチ
ジョルジョーネ派
ジョアシャン・デュ・ベレー
ヴィンケルマン
結論

訳者註
訳者あとがき



ペイター ルネサンス2



◆本書より◆


「序論」より:

「美を抽象的に定義し、(中略)普遍的に適用できる何らかの定式を見出そうとする多くの試みが、美術や詩を論じる著述家たちによって行なわれてきた。(中略)美は、人間の経験に与えられる他のすべての性質と同様、相対的なものであり、そうした定義は、抽象的であればあるほど、無意味、かつ無用となる。美を、抽象的にではなく可能なかぎり具体的な言葉で定義すること、普遍的に適用できる定式ではなく、むしろその個々の特有な表われ方を最も的確に表現する定式を見出すこと、これこそが真の唯美主義者の目的にほかならない。
 「対象をあるがままに見る」ことが、いかなるものであれ、あらゆる真正な批評の目的であるといわれてきたが、それは正しい。唯美的批評の場合、対象をあるがままに見るための第一歩は、自分自身がうけた印象をあるがままに知り、それを識別し、はっきりと理解することである。(中略)この歌、この絵、あるいは人生や書物のなかに現われるこの魅力的な人物は、私にとって、いったい何なのか。それは実際のところ、どういう効果を私にもたらすのか。私に喜びを与えるのか。もし与えるとすれば、どんな種類の、またはどの程度の喜びなのか。その喜びがあるせいで、また、その影響によって、私の性質はどのように変わるのか。こういった問いに対する答えこそ、唯美的批評家が最初に扱わねばならぬ事柄であり、(中略)こういう第一義的な事実をみずから認識しなくてはならないのである。さもなければ、やるべきことは無に等しいのだ。そして、(中略)美とは本来何であるかとか(中略)いったような、抽象的な問題で自分を煩わせる必要などないのである。このような形而上的疑問は、その他の形而上的疑問と同じく、無益であり、(中略)自分には興味がないものとして、すべて無視してもかまわない。」



「フランスの古い物語二篇」より:

「アミとアミルの友情は、この二人の主人公の容貌が瓜二つだという伝奇的な事情によって、いっそう深められている。そのため二人は繰り返し間違えられ、多くの奇妙な事件に巻き込まれるのだが、死後双子座の星となったカストルとポルックスから始まる、ドッペルゲンガー(分身)についてのあの不可思議な興味が、彼らの魂の内的な類似を示す外的な表象のように、この物語のすべての出来事の内外にからみついている。またその内的な類似をさらにもう一度反映するかのように、これまたまったく瓜二つのすばらしく美しい二つの杯――木製だが金と宝石で飾られた子供用の杯――という奇抜な着想が二人の物語と結びつけられている。(中略)これらの杯ははなはだ奇妙な具合に物語のなかに幾度もあらわれて、まるでほとんど生きものででもあるかのように二人の主人公に仕えるのだ。そしてこれは、物語や詩で美しい事物を絶えず眼前に置いておくと、感覚が十分に目ざめつづけ、それが登場する場面全体にある種の洗練された雰囲気を添えるという、周知の効果を生み出している。オセロの苺模様のハンカチのような些細な事物に人生の形勢の大半が左右されるという宿命感が、これによって高められるし、また一方、原始人たちが美しい手細工品を喜ぶこと、これに単純な驚異の念を抱くこと、それゆえ人間の歴史を形成する諸要素のなかでそれに奇妙なくらい重要な位置を与えていることが、これによって証明されるのである。」

「中世における理性と想像力の急激な出現、心の自由の確認、それを私は中世のルネサンスと名づけたのだが、その最も強烈な特徴のひとつは、信仰至上主義、すなわち時代の道徳的・宗教的理念に対する反逆や反抗の精神である。感覚と想像力の快楽を求め、美を愛し、肉体を崇拝するとき、人びとはキリスト教の理想の境界を踏み越えざるをえなかった。しかも彼らの愛は、ときには奇妙な偶像崇拝、キリスト教の競争相手である奇妙な宗教になったのである。それは、死ぬことなく、ヴェヌスベルクの洞窟にしばらく姿を隠していただけの、あの古代のウェヌス(ヴィーナス)の復帰であった。あらゆる種類の装いに身をやつして、地上をいまなおあちこち往来している古い異教の神々の復帰であったのだ。」



「ピコ・デッラ・ミランドラ」より:

「このようにして、彼の実際の仕事は古びてしまったのだが、ほかならぬ彼自身の特性はいまなお生命をもち、彼自身も墓のなかで生きている人のようにいまに残っている(中略)。彼はまことの人文主義者である。というのも、人文主義の本質というのは、かつて生ける男女の興味を惹いたもの――彼らが語った言葉、声をひそめて耳を傾けた信託、実際に人間が胸に抱いた夢、また彼らがそのために情熱を燃やしたり、時と熱意を費やした事柄は、その活力を完全に失うことはありえないという信念であって、ピコはこの信念に片時も疑いをもったことがないように思えるのだから。」


「ミケランジェロの詩」より:

「ミケランジェロの生涯の伝記のなかに、しばしば苦悩へと転じる力を見つけ出すことはたやすい。彼の生涯を通じて不協和音が鳴り響いており、ほとんど音楽的調和をそこなうほどである。彼は「教皇に対してフランス王さえなしえないような扱いをする」とか、彼は「死刑執行人みたいに」ローマの街を歩くと、ラファエッロが言っている。一度など、餓死しようというつもりで閉じこもったこともあったらしい。彼の伝記を読んでいて、苛酷な、厳しい事件に出会うと、彼はダンテが「いこじに悲しみのうちに生きた」と判定する人びとの一人ではないのかという思いが、繰り返し脳裡に浮かんでくる。彼のやさしさや哀れみすら、その力強さのせいで苦味を帯びている。」

「すべてがついに静かになり、おさまったとき、彼らは生命のない肉体の上に、きっとたびたびかがみこんだに違いない。死後には、ささいな表面的な表情は跡形もなく消え失せて、線はより単純で、より威厳をたたえたものとなり、ただ抽象的な線のみがおよそ超然としたままに残る、といわれる。こうして彼らは死を気高いものとして見るようになった。それからさらにもう一歩進めて、このかりそめの威厳がすべて崩れ去らねばならないところにしばらくとどまるのである。復活した新しい肉体をはっきりと見ることができないものだから、折よく一息つき、深い憐れみの情を覚えながら歩みを控えるのだ。」

「彼に希望があるとすればそれは、無知の自覚――人間に対する無知、精神の本性、その起源や能力に対する無知の自覚に基盤をおいている。ミケランジェロは霊の世界とか、復活した新しい肉体やその法則のことにまったく無知であって、(中略)その思いは、死後には生まれる以前の無定形の状態に逆戻りするのか、変化するのかと、沈黙のうちに問いかけることであり、そのような変化に対する反発のあとに、修正し、聖化、慰めをもたらす憐れみの奔流がくる。ついには、遙か遠方に、薄く、ぼんやりと(中略)新しい肉体を認める。それは、硬直しすぎた、あるいはあまりにも形のない顔に束の間落ちる光、まったくつかみどころのない外的な効果にすぎない。一瞬とどまっては、夜明けのなかに退いてゆく、不完全で、あてどのない、無力な夢のようなものであり、かすかな聴力、かすかな記憶、かすかな触覚の力しかないもの、吐息、戸口の炎、風に吹かれる羽毛のようなものなのだ。」

「甘美さと力強さのあの奇妙な混合は、彼の後継者だと主張する人びとのあいだには見られない。しかし、彼よりも以前に仕事をした多くの人びとや、現代にいたるまでの多くの人たちのあいだには見られる。たとえばそれは、ウィリアム・ブレイクやヴィクトール・ユゴーであり、彼らはミケランジェロの一派に属してはいないが、無意識のうちに彼の本当の子孫になっていて、ミケランジェロを理解する助けとなってくれるし、またその逆に、ミケランジェロも彼らを解釈し、是認するのである。おそらくこういうところにこそ、昔の巨匠たちを研究する主たる効用があるのだ。」



「レオナルド・ダ・ヴィンチ」より:

「彼の作品には一種の神秘、普通の偉人の尺度では測れない何か謎めいたところがあるからこそ、彼は私たちを魅惑したり、あるいはおそらくなかばはねつけたりもするのである。彼の生涯には、唐突な反抗が多く、ときとして全然仕事をしないか、あるいは仕事の本領から離れたことをしている。」

「こうして、自然の一番内奥の部分まで見抜いていたレオナルドは、近いものよりも遠いものを、また一見例外のように見えるが、実際は一段と精密な法則の例証となるようなものとか、特殊な雰囲気をもつ事物や交錯した光線をいつも好んだ。」
「これは、夢や幻想の風景ではなく、遠く人里離れた場所、幾千の時間のなかから奇蹟的な巧緻さ(finesse)で選び出された時間の風景なのである。レオナルドの不思議な視覚のヴェールを通すと、事物はそのように見えるのだ。それは普通の夜でも昼でもない、日蝕のかすかな光、あるいは夜明けに降る雨の短い合間、または深い水を通して見るような風景である。」

「水ぎわに、こうしていとも不思議に立ち現われた姿は、千年ものあいだに男たちが欲望の対象とするにいたったものを表わしている。彼女の頭は、すべての「世の終わりにある者」の頭であり、瞼はいささか疲れている。それは、内部から肉体の上に精巧に作られた美であり、妖しい思考や風変わりな夢想や強烈な情熱が、小さな細胞のひとつひとつに沈着したものである。(中略)この世のすべての思想や経験が、外形をいちだんと優美にし表情豊かにする力を働かせて、ギリシアの肉欲、ローマの淫蕩、霊的な渇望と想像的な愛を伴う中世の神秘主義、異教世界の復帰、ボルジア家の罪業を、そこに刻み込み象(かたど)ったのである。彼女は自分の座を取り囲む岩よりも年老いている。吸血鬼のように、何度も死んで、墓の秘密を知った。真珠採りの海女となって深海に潜り、その没落の日の雰囲気をいつも漂わせている。東洋の商人と珍奇な織物の交易もした。レダとして、トロイアのヘレーネの母であり、また、聖アンナとして、マリアの母であった。そしてこれらすべては、彼女にとって琴と笛の音にすぎなかった。これらすべてはただ生きるのだ、変化する顔の輪郭をつくり、瞼や手に色合いを添えるしなやかさのなかで。数多の経験をひとつに集める永遠の生命という幻想は古くから存在する。」



「ジョルジョーネ派」より:

「すべての芸術は絶えず音楽の状態に憧れる。というのも、他のすべての芸術では内容と形式とを区別することが可能であり、悟性はつねにこれを区別しうるのであるが、それをなくしてしまうことが芸術の絶えざる努力目標となっているのだから。」


「ジョアシャン・デュ・ベレー」より:

「風景に対する感情は、しばしば、近代の感情と呼ばれるが、それ以上に近代的なのは、古代に対する感情、廃墟がかき立てる感情である。デュ・ベレーはこの感情をもっている。事物の固く鋭い輪郭がいつまでも残っていることが、彼にとっては悲しみであり、古代ローマの廃墟に囲まれて物憂い日々を過ごしながら、すべてはいつか終わるにちがいないという思い、すなわち虚無の崇高さ(la grandeur du rien)の感情に心を慰められた。彼は、遠い昔の神秘主義の奇妙な感覚を示しながら、あらゆるものは「大いなる全体」(le grand tout)のなかに消滅してしまうが、その大いなる全体もやがては滅び去らなくてはならない、と考える。そう考えることによってわずかに彼の倦怠は和らげられるのだ。」


「ヴィンケルマン」より:

「彼にとっては、古代世界は、早くから現在以上にリアルなものと思われるようになっていた。たとえばエジプトとか、フランスとか、夢のような外国旅行の計画が絶えず彼の心を横切っていたのだが、そこにはいつも、何か新しいものを発見したいという欲望よりも、むしろ、失ったものをふたたび手に入れたいという憧れがあるようにみえる。」


「結論」より:

「ノヴァーリスはこう言っている。哲学的思索とは惰性をのがれ生に目覚めることである(Philosophiren ist dephlegmatisiren vivificiren)。すなわち、人間の精神に対して、哲学、あるいは思弁的な教養の果たす役割は、この精神を覚醒し、刺戟して、それに絶えず熱心に観察させるような生活を営ませることにつきる。刻々過ぎる瞬間に、何らかの形態がたとえば手とか顔とかにおいて完璧なものとなることがある。山や海の呈するある色合いが他の部分よりも際立って美しく見えることがある。情熱とか、洞察とか、知的な興奮とかから生じるある気分が、抗しがたい魅力とリアリティを感じさせることがある。しかし、これらはその瞬間のあいだのみ起こるのである。とはすなわち、経験がもたらす結果ではなく、経験それ自体が目的ということにほかならない。しかもこの多彩な、劇的な生活に関して、ある一定の脈搏数を数えられるだけの時間しか私たちには与えられていない。ではこのほんのわずかの時間内に、最も微妙な感覚によって認めうるものすべてを見逃さないためには、どうすればよいだろうか? きわめて迅速に時点から時点へと移動し、最も多くの活力がその最も純粋なエネルギーと化してひとつとなっている焦点に、どうしたら私たちはつねに存在することができるだろうか?
 こうした硬い、宝石のような焰で絶えず燃えていること、この恍惚状態(エクスタシー)を維持すること、これこそが人生における成功ということにほかならない。」










































































































































































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『ウォールター・ペイター短篇集』 (工藤好美 訳)

「Mysterious, dark rains prevailed throughout the summer.」
「不思議な暗い雨が夏中ふりつづいた。」

(ウォールター・ペイター 「ドニ・ローセルワ」 より)


『ウォールター・ペイター短篇集』 
工藤好美 訳

南雲堂 昭和59年2月15日第1刷発行
347p 口絵(モノクロ)1葉 別丁図版(モノクロ)4葉
A5判 丸背布装上製本 貼函
定価8,500円



本書「解説」より:

「ここに『ウォールター・ペイター短篇集』として一冊にまとめたのは、作者が一八八七年に四つの作品を集めて発表した『想像の画像』("Imaginary Portraits")に、それと内容的にも形式的にも親近な他の三つの作品を加えたものである。」


ウォールターペイター短篇集1


目次:

忘れられない本――厳しさと美しさが調和 (中村真一郎) (初出: 「朝日新聞」 昭和53年8月28日)
     *
家のなかの子
エメラルド・アスワート
宮廷画家の花形――古いフランスの日記からの抜粋
ドニ・ローセルワ
ピカルディーのアポロン
セバスティアン・ファン・ストーク
ローゼンモルトのカール公


解説
あとがき

挿絵
 ウォールター・ペイターの肖像と署名(口絵)
 アントワーヌ・ワットー「庭園の集い」
 ジャン-バプティスト・パテル「庭園の集い」
 ディオニュソス頭部
 アポロンとヒュアキントス



ウォールターペイター短篇集2



◆本書より◆


「家のなかの子」より:

「まず最初によろずのものの苦痛の要素を意識したいくつかの機会――おりおり、突然彼のうちに、ゲーテがもののあわれ(Weltschmerz)と名づけた情操のすべての力を呼びさまし、世の悲しみを集めて、彼のうえに重くのしかからせるように思われた出来事を誌(しる)してみよう。一冊の書物が古い本箱のなかにあった。その書物の挿絵の一つを彼は忘れることができなかった。それは両手をうしろ手に縛られ、着物をきて帽子をかぶり、髪は(中略)不思議に人の心をうつ単純な仕方で束ねられて、坐っている婦人――刑場にひかれてゆく皇后マリ・アントワネットの図で、誰しもよく覚えている、単に彼女を滑稽にあらわそうとしたダヴィッドの線画であった。かつてあんなにも高慢だった顔は今や黙って運命のなすがままに任せていたが、それがかえって人の憐れみと許しを乞うように見えた。彼は書物を閉じたとき、それが深く心に残り、その後いつでも彼の気持が残忍になりそうなときには、ふたたびあの絵を見なければならないと思った。また彼は庭のライラックの下で、袖にとまった蜘蛛(くも)におびえたときの、小さい妹の顔にあらわれた表情を全く忘れてしまうこともないであろう。彼はその後、どんな小さなことについてであろうとも、ものにおびえている人にたいして常にいだいていたある憐憫の情、たとえ一瞬間であれ、ほとんどどのような犠牲をはらっても助けてやりたいという気持を、彼がそのとき見た妹のうったえるような表情にまでさかのぼって辿ることができた。実際彼の周囲には感じやすくて、悲しい経験を持った人びとが住んでいた。そしてこれまで述べてきたような彼の感受性は、一部分はこれらの人びとのもの言わぬ影響によるものであって、その影響は彼に、世には当然のこととして「慎しんで歩きながら」日をおくる人びとがある、という事実を常に意識させた。」
「また、もの言わぬ生きもの――たとえばアーミンのような黒い尾をもち、花のような顔をした白いアンゴラ猫の小さい悲しみがあった。」

「また非常に貧しい人びとのことを考えるとき、彼がそれらの人たちに与えたいと思ったものは、多くの人びとが最も望むようなものではなくて、おそらく、世の常のそれよりも美しいばらと、さわやかな朝の或る好もしい澄んだ光を、思いのままに、くつろいで、浮世の仕事に追われることなく、味わう力であった。」



「エメラルド・アスワート」より:

「これまでほとんど大人といってもよいような兄たちのすべての自由や、気がねのない騒音や、ほしいままな時間や、古い部屋部屋や、彼等のすべてのわがままを自分にも許されていたので、彼は文字どおりに規則というものを知らなかった。ただ用事といっては、何のくったくもない長い一日が夏のたそがれの露とかぐわしいもののにおいのうちにすぎたとき、彼等は明日の競技のために、クリッケット場の芝生の手入れをするだけである。(中略)彼等はけっして学校にゆかなかった。エメラルドは彼が自分のために選んだ大きな屋根部屋に眼をさます。子供を起さないということが衛生上の、ほとんど医療上の規則であったので、彼は自分で早く起きて遊ぶ。あるいはそのときの気分しだいで、ばらの花と海とに窓をひらいたまま、上質の古い毛布をきて、もう一度おもむろに、心地よく眠りにつく。
 ひどく感覚的な少年だ、と、あなたがたはいかにもイギリスらしい家庭の健全な、自然な放恣のなかで暮らしている彼を想像するであろう。彼の生涯はそこで始まった。そしてその家はふたたび、生涯の大部分をよそで暮らしたあとで、寛大に、恵みぶかく、彼の最後の時をとりかこんだ。」

「まことにアスワート家の人びとは年年歳歳音もなく葉をおとす彼等の森、あるいは古代ケルトのドルイド教の僧侶たちの時代、もしくはそれ以前における先史時代の、まったく進歩ということのない、何の記録も残さぬ先祖たちに劣らず、記憶というものを持っていなかった。ほとんど「静止した」生活、単に自然現象としての人の誕生と死と休息との生活の幾世紀は、彼等と彼等の家をわれわれの現在見るようなものにした。」

「「かつて涙を流したことがなく苦痛を感じない」と言われたアルディは、ひどく体が衰えていたせいで泣いた――彼の生涯で二度目に泣いたというべきであろうか。(中略)もう何にも言うことはないように思われた。こうしてすべてのことがかたづいたので、彼は初めて家を出たとき以来、かつてないほどのうのうとして、子供のときやすんだベッドのなかに体をのばした。(中略)「これから百年の後、そんなことは問題にならない」――学校で何か困ったことがあって、それがその瞬間圧倒的に苦しく感じられるとき、学童たちは単純な慰めの方法として、こう言うのが常であった。この言葉はこの物語の主人公のような「子供らしい人間」にたいする事物の最も深い真理のある啓示の一部ではなかろうか。生れつきの才能、幸運、運命の恐ろしい逆転、その後の長い苦悩――それがはたして何の関するところぞ。」



「宮廷画家の花形」より:

「彼はなお、彼のこのごろの上流社会との交際にもかかわらず、いつもの癖である、何か遠いものに心をうばわれているような態度から抜けきっていない。もっとも、誰にたいしてもそのような態度をとるのであるけれども。(中略)彼は昔からいつもこのようであった。」

「そして私は彼の生涯を通じて、喜劇役者の本質的な憂鬱に似た或るものを見いだす。」

「彼は生涯を通じて病人であった。彼は常にこの世に十分な量だけ存在しない、あるいはまったく存在しない、或るものの探求者であった。」



「ドニ・ローセルワ」より:

「ほとんどあらゆる民族は、周知のように、「黄金時代」とその再来に関する伝説をもっていた。このような伝説は世の中がいかに無味乾燥になろうとも、人が本来あこがれてやまぬ、けっして足ることを知らぬ生きものであるかぎり、忘れられないであろう。」

「世にぶどうの国というものがあるとすれば、これこそまさにそれだと言えるのであろうが、にもかかわらず、それは輝かしいというよりも、むしろ和やかな感じをあたえる。われわれが中部フランスを美しいと思うのは、それが北方の重厚さと南方の絢爛さとのあいだのしあわせな中庸を保っているからであり、オーセールはこのような中庸の完全な典型でありながら、しかもその眺めはまったく晴やかであるとは言われない――むしろ、なかばはその憂鬱さのために人の心をひくのである。その最も特徴的な雰囲気が見られるのは、光と遙かな雲の流れがそのうえを速やかにとおりすぎて、雨が遠くないことをおもわせるとき、古い建物に刻まれた工匠たちの工夫や時の手の痕が、澄んだ灰色のうちにひとつひとつ、くっきりとあらわれる時である。」

「雨が朝早くふりはじめて散歩することのできなかった或る午後をまぎらすために、私は年とった骨董商の店を訪ねた。」

「彼の苦難の日がきたとき、彼の順調な時期に最も愛想よくみえていた一つの特性が彼にとって不利なものになった。それは正常な成長をすることのできなかった、あるいは奇形の、しかし幸福の可能性をひめた幼児にたいし、また奇妙な獣にたいする愛情であった。彼はそれらのすべてのものに同情し、巧みに彼等の病気をいやし、狩りたてられている野兎を救い、自分の外套を売って屠殺者の手から仔羊を買いもどした。彼は動く松明(たいまつ)の光にさそわれて隠所(かくれが)から出てきた不思議な醜い生きものを恐れぬよう、またそれらのものが近づいてきても、悪い兆(きざし)と考えぬように人びとに教えた。彼は紛れもない狼を馴らして、犬のように連れて歩いた。それは彼にまつわるあまたのいかがわしい評判の最初のもので、そういうことがあってから、しだいに多くの人たちの心のうちに、深い疑惑と憎悪の感情がはっきりした形をとりはじめた。」
「そしてあのみめかたちのたぐいない美しさと爽やかさ――どうして彼だけが風や夏の暑さをしのいで、何ものにも汚されることなく、清らかにそれを保ってきたのであろうか。魔術によるのだ、という人たちもあったが、実際はそうではなく、彼の生活の生れつきの単純さによるものであった。(中略)ぶどうをたくさんつくっていたにもかかわらず、彼の飲みものといえば、それまで、水にかぎられていた。彼は泉の水と果物とによって生きていたのである。あらゆる形式における――たとえ僅かにそれが暗示されているのにとどまる場合でも――豊饒を愛した彼は、水の習性に好奇心と鋭い洞察力を持ち、また卜杖の秘密を知っていた。雨が来るずっと前に、彼は遠くからそのにおいを嗅ぎだし、よろこんで、まだできあがらない塔のうえの大きな足場によじのぼり、渇いたぶどう畑を越えて近づく雨を見まもるのがつねであった。ついに雨は下の聖堂の瓦をふいた大きな屋根をうつ。すると彼は外套をぬぎすてて、あらしなす風にもめげず、黒い石でつくった彫像にしっかり身をよせて、彼の手足を心ゆくまで雨の洗うのにまかせた。」

「不思議な暗い雨が夏中ふりつづいた。」



「ピカルディーのアポロン」より:

「アポリオンにはどこか遠い、しかし、消しがたい過去からくる、はかり知ることのできない邪悪がつきまとい、暗い神秘なものとの間に一種の邪教徒らしい暗黙の理解がなりたっているようにみえた。彼は女や恋わずらいにかかった若者のように単純な人たちを洞や、環状列石(クロムレック)や、枯れた木のような、昔の異教徒たちが占いをした場所に連れていった。しかしそれでもなお彼は、皆の者から一様に疑われていたにもかかわらず、動物でも人間でも、副修道院長のような人でも、自分の思いのままにあしらった。」

「サン-ジャンには殺人の容疑がかかっていた。彼が昨日の興奮にひきつづいた深い眠りからさめると、周囲には人声がしていた。それはキリスト教の歌ではなく、アポリオンが百姓たちに教えた歌で、彼等は彼の旅だちのはなむけとして、その歌をうたっているのだった。(中略)副修道院長サン-ジャンは立ちあがり、外を見わたしておどろいた。雨の晴間の短かい日光の魔術が不思議な青い花で谷をうずめていた。あるいはむしろそれは向うの森のあいだに落ちた青空の残片であったのだろうか。しかしそこにはまた小さな中庭に捕吏たちがすでに彼を拘引するために待っていた――あの淋しい場所でふしだらな生活をしていたため起った狂気の発作で、彼が若い侍者を殺したという罪で。」
「そしてさきの副修道院長、今ではただの平修士となったサン-ジャンは、空気がよくて彼の失った正気をとりかえしそうに思われる、そしてそこからはなお出家谷が見える地方の、明るい部屋に収容された。おりおり発作的にしばらくのあいだ彼に活気をよみがえらせた一つの願いは、その谷にかえってゆきたいという願望であった。(中略)彼は「自分の出てきた家に帰ろう」という呪われた霊のようだ、と教団員のあるものは考えた。毎日何時間も遠い彼方を眺めながら、彼は青くかすんだ遠方が見えると、それを青い花、ヒヤシンスとまちがえ、青は挿絵にある聖母マリアの衣の色、望みとあまねきにいます恵みぶかい神の色であるということを知りながら、泣かずにはいられなかった。そこに行くために必要な許しはやっときたが、すでにおそかった。平修士のサン-ジャンは今一度眺めようとして立ちあがったまま、出発の用意のうちに死んだ。」



「セバスティアン・ファン・ストーク」より:

「セバスティアン・ファン・ストークはどんなに誘われても旅行はしなかったが、それでいて遠いものを愛した――あたかも空間そのものの広い翼にのせてわれわれを現実の環境から遠く運ぶ、はるかな場所から見られたものの感じを好んだ。芸術の事柄における彼の好みは、それゆえに、鳥瞰図(à vol d'oiseau)――籠にとじこめられていた鳥がついに解きはなたれて天かける時のような眺めに向かっていた。」

「ここでは人は何事もせず、おそらく何事も感じなかった。人はただ思索した。生きもののなかでは鳥だけが、特に海鳥が、自由にそこに来たが、それらの鳥をひき寄せ、ひきとめるためには、ヤン・ステーンその他の画家の描いた田舎家の景色のなかに見いだされるような、あらゆる種類の巧みな仕掛が窓べに作られていた。このように空の鳥をよろこんで迎えることには、疑いもなく、遠方にたいする彼の熱情の或るものが含まれていた。生活の仕方における極端な単純さは、実際、多くのすぐれたオランダ人――沈黙者ウィリアムや、バルッフ・デ・スピノザや、デ・ウィット兄弟らの特性であった。しかし、セバスティアン・ファン・ストークの単純さはそれと異ったあるものであり、平民的なものとはまったく無縁であった。彼の母は彼のことを、注意ぶかく少しずつすべてのわずらいから脱れ、次第にできるだけ僅かなものでまにあわせることに慣れ、ある長い旅の準備をしているもののように考えた。」

「彼は Schwindsucht (肺癆)――英語にはこれに相当する言葉がない――に対する一種の情熱をもち、そのため、もろい砂浜にほとんど人の足跡も残さぬ、抵抗力のない砂のことを考え、今ではただ海のなかの深い水路として残っている、姿を消した河の古い河床を思い、人のまだおぼえているほどの近い過去に、その残っていた僅かな住民を失い、すでに空(から)になった墓もろともに、潮のなかに溶けて見えなくなった、ある古い町のなごりのことを考えるのが好きだった。」

「しかしセバスティアンの心にはそれとともに、彼自身が彼等と同じ遠い昔に死んでいたらよいのに、と望む奇妙な気持が、そんなにも前に死んだ人びとにたいする一種の嫉妬をともなって現れた。」

「彼は、いわば、死を恋しているように思われた。彼は夏よりも冬を好み、われわれの足下の大地がその昔の宇宙熱から永久に冷めつつあるということを考えて心の静まるのを感じ、よろずのものの色が褪せ、かつては町の塁壁をかたちづくっていた海の長い砂洲が潮に洗われて沈むのを見て快く感じる。」

「彼が普通の人びとにとって最も魅力あるすべてのものから冷静に超脱している様子は、大きな情熱のような強い印象をあたえた。」
「彼は恋わずらいをしているようなものだった。あるいはそれは肉体の病気のように大目に見てやらねばならない知的な病気で、時に彼がしたり言ったりしたことにひかえめな、いじらしい魅力をあたえた。ただ一度、当時のオランダに起りやすい民衆の激しい昂奮のおり、ある一団の人びとは彼を、国民の福利を望まぬ者、あるいはそれにたいする陰謀者として、幽閉しようとした。(中略)あるいはそれとも彼はすでになんらかの反逆罪を犯していたのであろうか。彼は自分の書いたものを世に出すことを厭って、手紙にさえ署名せず、彼の美しい原稿を手に入れることはほとんど不可能だった。彼の神秘な思想はひろい範囲にわたっていたにもかかわらず、彼は時の進むに従って、生活の細目はよし抹殺することができないにしても、すくなくともそれらすべてのものを常にきちんと整理しておこうと努めた。」

「彼の周囲に、(中略)深くなりつつあった孤独のうちに、彼は自分のほかにも自分と同じような思想を持つ者がいるかどうか、あるいはかつてあったかどうかと考えながら、もしもそのような人があったら、彼はいつでも喜んでその人を自分の心の友として迎えようとしていた。」


























































































ウォールター・ペイター 『享楽主義者マリウス』 (工藤好美 訳)

「母はあるときマリウスをじっと見つめながら言った――そなたの魂は白い鳥に似ています。その鳥を胸に抱いて、そなたは人びとの群がっている広場をこえて運んでゆかねばなりません。鳥をじらせたり、汚したりすることなく、向うがわにいる守護神の御手に渡しますように、と。」
(ウォールター・ペイター 『享楽主義者マリウス』 より)


ウォールター・ペイター 
『享楽主義者マリウス』 
工藤好美 訳


南雲堂 昭和60年6月25日第1刷発行/昭和63年3月25日第2刷発行
538p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背布装上製本 貼函
定価10,200円(本体9903円)
Walter Pater : Marius the Epicurean, 1885



工藤好美訳『享楽主義者マリウス』改訂版。


ウォールターペイター マリウス1


目次:

二十世紀小説の原点 (篠田一士)
     *
第一部 
 第一章 「ヌマの宗教」
 第二章 「白夜」
 第三章 転地
 第四章 知識の樹
 第五章 黄金の書
 第六章 華麗文体
 第七章 異教徒の最期

第二部
 第八章 さまよう小さき魂
 第九章 新キュレネ主義
 第十章 途上にて
 第十一章 「世界でもっとも宗教的な都」
 第十二章 王をとりまく神々しさ
 第十三章 国母陛下
 第十四章 男らしい娯楽

第三部
 第十五章 宮廷のストア哲学
 第十六章 再考
 第十七章 恵まれし都
 第十八章 「投槍の祭」
 第十九章 直観としての意志

第四部
 第二十章 二つの奇妙な家
  一、賓客(まろうど)たち
 第二十一章 二つの奇妙な家
  二、チェチリア家の教会
 第二十二章 「教会の小さな平和」
 第二十三章 礼拝式
 第二十四章 幻ならぬ会話
 第二十五章 もののあわれ
 第二十六章 殉教者たち
 第二十七章 マルクス・アウレリウスの凱旋式
 第二十八章 生れながらにキリスト教徒の心


解説
あとがき



ウォルターペイター マリウス2



◆本書より◆


「第一章 「ヌマの宗教」」より:

「キリスト教が勝利を得たとき、古い宗教はもっとおそくまで田舎に残り、おしよせるキリスト教会の勢におされて、ついにそこで単なる異教として――村人たちの宗教として滅んだ。それゆえ、世紀をさかのぼって、もっと早いころ、異教そのものより古い純粋な形態がもっとも長き生きのこったのは、都の生活から遠く距たった草深い地方であった。ローマで亡びゆく古い宗教のまわりに、新しい宗教が人をとまどいさせるほど、いりまじって起っていたとき、それよりも前の、もっと素朴な、古老たちの宗教――ひとびとがなつかしんで「ヌマの宗教」と呼んだものが、田園の生活のなかに、昔のまま、ほとんどなんの変化もしないで、残っていた。」

「家族だけで行うアンバルワーリアの小さい祭の日がきた。この日のために組織された大きな僧侶団(Fratres Arvales)が、ローマで国家全体のために祭典を行うように、おのおのの家族がすべての仕事をやめ、道具をかたづけて、花輪をかける。そして主人も僕(しもべ)もいっしょになって、おごそかな行列をつくり、生贄の動物をつれて、ぶどう園と麦畑のかわいた小道をすすんでゆく。この動物たちは彼等が「歩いてまわった」土地のあらゆる自然ならびに超自然のけがれをはらい浄めるために、やがてその血を流されることになっている。行列が進んでゆくとき唱えられる祝詞(のりと)の古いラテン語は、その正確な意味は久しい前からわからなくなっていたけれども、日ごろは一家の記録とともに、広間の彩色した箱のなかにおさめてある。挿絵のついた巻物から読誦(どくじゅ)される。祭の朝ひろい柱廊玄関(ポーチコ)では農場の乙女たちが、その頃いたるところに咲きほこっていたりんごと桜の枝から短くつんだ花を、大きな籠にもるのにいそがしかった。それらの花はケレースやバッカスや、それよりもさらに神秘なデア・ディーアの奇妙な神像が、白衣をつけた若者たちの肩にのせられた小さな龕子(ずし)におさめられて、畑をとおってゆくとき、その前にまかれるのである。神輿(みこし)をかつぐ若者たちは完全な斎戒をまもり、初夏の晴天に呼吸する空気のように、身も心も清浄でなければならなかった。きよらかな浄めの水と香料のつまった香炉が彼等のうしろから運ばれていった。祭壇はやがて生け贄の火に投げこまれることになっている羊毛の花輪や、祭式用として別にしてあった古い花園の特別な場所から今朝つみあつめられたばかりの豪奢な花や緑の草で、はなやかに飾られていた。ちょうどそのころ草木の若葉は花のようにかぐわしく、豆畑のにおいはここちよく香のけむりとまじりあった。見なれぬ、こわばった、古風な衣を身にまとい、緑の麦の穂を風にひらめく白い紐で頭にまきつけた僧侶たちが唱える単調な祝(のりと)がきこえるばかりで、行列はもの音ひとつたてないで、しずしずと進んだ。すべての人びとは、子供にいたるまで、言葉をつつしめ(Favete linguis)! 沈黙! 幸福をもたらす沈黙! という司祭の唱える、きまった聖句の後は、ものをいうことをさしひかえた。その場にふさわしからぬ言葉が祭典の功徳を妨げるおそれがあったからである。」



「第二章 白夜」より:

「生れつき真面目なマリウスの性質は、彼が幼年時代をすごした住居(すまい)の影響によって、一層まじめになった。人目を避けるように、ひきこもった、この場所を初めて見るとき、人は、このような場所では、どんなことでも、たしかにどのような出来事でも、深いもの思い、ゆたかな幻想をともなうにちがいないと感じた。この住居の古いラテン名(Ad Vigilias Albas)は「白夜」と訳することができよう。(中略)そこで白夜とは、思うに、(中略)まったく何もない忘却の夜ではなく、ただ半ばだけ眠りにつつまれて、夢に夢みる夜であろう。もしそうだとすれば、この場所はその変った名にそむかず、人はこれに対するとき、ここでは白日の夢さえも単に空しいそらごとでは終るまいと感じた。」

「マリウスの少年時代はこのようにして過ぎていった。それはおおよそ行動よりも観照の生活であった。以前は財政的にもっと豊かであろうと思われるふしもあったが、実際はそれほどでもなく、ひとつにはそのため熱心に読書し、理解のすすむにしたがって、過去のもろもろの伝統によって心の孤独をなぐさめ、すでにおおく想像の世界に住み、はやくも瞑想の力によって、自分みずからの世界を大部分内部から構成する一種の理想家になり、その態度は生涯変らなかった。人の世に処してゆく彼の知的計画には、つねに個人をいっさいのものの基準とする主観的な考えかたがあって、彼は他人の評価をそのまま受けいれることができなかった。彼の気質のうちにこのような特殊な要素が生れた初めをたずねてみると、生活が彼にとってはさながら物語でも読んでいるようにみえた時代にまでさかのぼることができた。ローマ人には「超俗的」という語に相当する言葉があったのであろうか。あの美しいラテン語 umbratilis ――陰にとどまる――がおそらくこの意味にもっとも近いのであろう。たしかにこの言葉こそ、マリウスが彼の家に代々つたわってきた僧職につこうとして準備していたときの気持を正確に言いあらわし、このような準備にふくまれた物忌みや、きびしい克己と精進(ascêsis)にたいする彼の神秘的なよろこびを説明する。」

「この少年のあまりに緊張した心をいくらかときほぐしたのは、野原で心ゆくまで遊ぶことだった。わけても彼の好きなのは浜辺を散歩することで、小さい薔薇や野生のラベンダーの咲きみだれる沼地をこえてゆくと、捨てられた舟や、こわれた水門や、海鳥の群など、海の近いことを知らせるうれしいきざしがつぎつぎに現れて、ながい夏の日もそこはかとないものの香りやもの音のなかに、のどかにすごされる。そして彼が草木のゆたかに繁りみだれるイタリアの風光のなかにあって、フランス風あるいはイギリス風の魅力ともいうべき、おちついた、地味な北方的色調を特に好んだということは、彼の性質をよくあらわしている。」



「第七章 異教徒の最期」より:

「   恋しらぬ人も明日は恋せよ、
     恋しれる人も恋せよ明日こそは。
――フラヴィアンはふるえながら、なお一節を口授(くじゅ)して、かく繰りかえした。」

「病人が死んで、これまで心をこめてせわをしていた仕事が急におわると、どんなにやさしい看護人でも、何かしら看病のこまかな点で親切がたりなかったのではないかという気がして、自責の念におそわれることがあるものであるが、マリウスが感じたのはその予感であった。彼は病人の苦しみをかるくする方法をもっとよく理解するために、同じ苦しみをわけもちたいとさえ思った。
 燭の光が病人をなやますように見えたので、マリウスはそれを消した。雷がひねもす丘陵地帯にきこえて、日中はフラヴィアンにとって好もしい暑気をともなったが、夕方には激しい雨になった。突然の寒さにかすかにふるえているフラヴィアンを自分の体温で暖めてやるために、マリウスは闇のなかで友のかたわらに添い寝をした。ほかの人たちは伝染することをおそれて病人のいる家のそばさえ通らなかったが、マリウスはそんなことは気にしなかった。」



「第八章 さまよう小さき魂」より:

「彼は反省した――われわれの知識はわれわれが感じるものに限られている。われわれが感じることについては証明を要しない。しかし事物がわれわれの感じるとおりであるかどうかということは確かでない。われわれの認識器官のわずかな特殊性も、鏡の表面の小さなでこぼこのように、それが映すものの像(すがた)をいかにゆがめることであろう。他人についてはわれわれはその感情さえ真に知ることができず、人おのおのの個性がことなる以上、同じ言葉をつかっても、はたしてどの程度まで同じ考えをあらわすものか確かめることはできない。確実さの充分な根拠としてときどき人のあげる「共通な経験」も、結局、ことばの固定にすぎない。しかしわれわれ自身の印象はどうであろう! ふり仰ぐ空の光と熱! 世の常のものをおおう幕とは似もつかぬ、天つみ空にひろがる青いヴェール! 真理の相争う規準についてながながと議論したあとで、直接の感覚にたより、知識にたいするあこがれをその感覚に制限することの、いかに心づよく、安心感をあたえることであろう。マリウスの時代はなお物質的にさかえ、この世のものを芸術的にあつかうことが巧みで、感覚的な能力もおとろえず、古典の詩と美術が威容をほこり、目に見、耳に聞くものがありあまるほど豊かに存在していたが、このような時代にもっぱら感覚的事物にたよって生きようと決心することが、いかに自然なことであろう。感覚的事物こそはそれについてわれわれを欺かず、われわれもまたそれについてわれわれ自身を欺くことができない。
 存在しなくなった過去と、来ないかもしれない未来との間に現在というこの小さな点だけが実在するという抽象的な思想は、このようにしてマリウスにとっては実際的な教義となり、いたずらに過去の悔恨におぼれたり、未来への空しいあこがれにふけったりすることをできるだけ避けて、まったくとらわれない自由な心をもって現在の改善につとめるという形式をとるにいたった。」

「人生のための人生」という格言から、その実際的な結論として、われわれは内外の直感に関係するあらゆる器官を洗練し、その全能力を発達させ、みずからそれらの能力をはたらかせて自己を試練しなければならなくなる。そしてその結果、われわれの心身全体がこの世の現実の経験の幻(中略)を受けとる一つの複雑な媒介物になるであろう。自己あるいは他者を教育する真の目的は、抽象的な真理あるいは原理の体系を伝えることではなくて、それぞれの個性で或る程度ことなる生き方を伝えることである。人は誰しも「全然他人と同一」ではないのであるから、各人の特殊な性質、特別な成長の事情によって、人生に処してゆく技術にも相違があるのは当然である。」



「第二十五章 もののあわれ」より:

「しかし今日は、私自身の疲労感、自分自身にたいする憐憫の情が強くはたらいて、他人にたいするやさしい気持を私の心に呼びおこした。全世界が一瞬、病院のようにみえた。多くの病人は心の病気にかかっている。これらすべての人びとをいたわり、なぐさめてやらないのは、残酷なことのように思われた。」
「私が自分の気まぐれなもの思いをまぎらすために出かけるとき、そうしたものおもいを一層つのらせるような出来事に会うのはなぜであろうか。(きっと私のふしあわせな守護天使が私をなやますために、遠くからそれをまねきよせたにちがいない。)一群の人たちが街の通りをやってきた。彼等は立派な競馬用の馬をひきつれていた。それは見かけのよい馬だったが、競技場で体のどこかをひどく傷つけて、ものの用にたたなくなっていた。そこで人びとは馬を屠殺場につれてゆくところだったが、馬はそのことを知っているらしかった。彼は行きあう人びとに狂気じみた訴えるようなまなざしを投げながら、彼の以前の所有者が彼をひきわたした見知らぬ人びとにとりかこまれ、美と誇りのさなかにある身を、ただ一つの不幸な過失のために、屠所に歩いてゆくのだった――朝の空気はなお爽やかに、鼻をならして嗅ぐのにかくも心地よいのに。私はなんとなくこの生きもののなかの人間の魂が、運命にたいする反抗で一杯になるのを感じることができるような気がした。そして私がたまたまこの出来事にあったとき、その時の特殊な気分から、それは私にとって不幸な人類の象徴であるように思われた。われわれ人間は苦痛を受けるようにできていて、招きもしないのに不運にみまわれ、心を寄せあおうと思っても共感の能力に欠けるところがある。われわれの悲しみがわれわれ自身のものとして痛感されればされるほど、それを語って他人にうったえることができなくなる。まことにわれわれは苦しむように造られている。その証拠は人が注意して歩けば、ただ一日でありあまるほど得られるであろう――数珠玉をつまぐって唱える秘教儀式のもの悲しくも長い祈り!「涙することのみ多く、もののあわれいとど身にしむ」(Sunt lacrimae rerum et mentem mortalia tangunt.)」



「第二十八章 生れながらにキリスト教徒の心」より:

「すぐれた音楽は空中に消えてゆくときにも、よく訓練された耳には、それだけで満ちたりたよろこびをあたえるものであるが、人生もそうあって欲しいというのが彼の願いであった。」

「たしかに真の哲学の目的は、われわれが生まれあわせた周囲の事情に自己を完全に適応させようとする無益な努力にはなくて、もっとも高い人生の業績にたいしても卒直な不満をもちつづけ、すべてのものを曇りない心をもって素直に受けいれ、いよいよこの世を去るときにも、最初この世に生れてきたときに持っていた清新な驚異をそこなうことなく維持し、未来になお何かがある保証として、よろずのもののなかには深い謎があるとの意識をもって、よみじの旅にのぼることにある。」







































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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