武田雅哉 『桃源郷の機械学』

「かれらはタイムマシンなどという気のきかない方法を使っての旅はしない。ただ行きたいところに飄飄逸逸と移動するだけなのだ。」
(武田雅哉 『桃源郷の機械学』 より)


武田雅哉 
『桃源郷の機械学』


作品社 1995年1月10日初版第1刷印刷/同15日発行
342p 
20×15.5cm 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,800円(本体2,718円)
造本装幀: 祖父江慎



著者は1958年生、中国文学。
子どもむけ絵本のように、ページの角が丸く削ってある造本です。本文用紙は変色しやすいのでご注意ください。


武田雅哉 桃源郷の機械学1


帯文:

「夢見る怪物たちの、もうひとつの中華帝国。
中国の途方もない機械=魔術。そのすばらしい源泉から驚異を呼びだした鉄人がいる。南方熊楠が博物学を、澁澤龍彦が欧州美術を、そして寺田寅彦が物理学をおもしろくしたように、いま、武田雅哉が中国学をおもしろくする!――荒俣宏」



帯裏:

「非常識や不条理に見える中国人の物語世界。あわてず騒がず、中国人は、ことばだけを駆使して、この不条理世界を平然とした顔で静かに織り成してゆく。書生の口から吐き出された美しい女は、さらにその口から、桃源郷を駆動させているからくりたちを、次から次へと吐き出してゆこうというけしきだ。――序文より」


目次 (初出):
 
序――口から出てきた女とともに
 
I さかしまの地理学
 宇宙卵クンルンの謎 (初出時: 「混沌――この宇宙卵を探そう!」/「別冊宝島」116号 1990年)
 黄河の源流がひょうたんであること (「響文」4号 1985年)
 不死の山〈崑崙〉への航海 (初出時: 「不老不死の造形」/「View」65号 1992年)
 地中海から来た火焰山――日沈む処の地理学 (日本文化財団『孫悟空・火焰山の巻』所収 1991年)
 
II 人工宇宙の遊び人たち
 偽りの山・懐胎の山――中国人の山中遊戯 (「is」59号 1993年)
 リゾートにいたる地図学 (初出時: 「石だたみ 踏み踏みわたる 理想土地」/「is」43号 1989年)
 見立てのある宇宙論 (INAX BOOKLET 『現代・見立て百景』所収 1994年)
 孔くぐりのルナパーク――園林の神仙遊戯装置 (「しにか」 1994年2月号)
 円明園の噴水と永久機関幻想 (「オムニ」 1986年4月号)
 金魚鉢のなかの畸形宇宙 (初出時: 「中国人は金魚蜂に地底幻想を映し見る!?」/「オムニ」 1988年五月号)
 海上蜃楼圖譜 (「夜想」12号 1984年)
 
III 怪物たちの午後
 中華風怪物の盛り合せ (書き下ろし)
 ことばと怪物――〈越境〉としての怪物現象 (書き下ろし)
 髑髏の 幻戯(トワイライト・ダンス) (書き下ろし)
 八戒、その漂白の旅――民衆本における動物図像の運命について (「文学」57号 1989年)
 猪ッちゃんが喰うわよ!――飽食の堕天使、猪八戒のダイエット法 (「夜想」23号 1988年)
 「イラ・フォルモサ!」への旅――台湾人サルマナザール “美しき島の物語” (「へるめす」23号 1990年)
 躍るテレメンテイコ――草双紙に暗躍するフェイクとしての中国人 (初出時: 「テレメンテイコというヘンな隣国人」/「別冊宝島」126号 1991年)
 
IIII 桃源郷の機械学
 近代中国における電気とエーテル――脳髄からの桃源郷 (「イマーゴ」 1990年7月号)
 中華風惑星カタログの旅 (「別冊宝島」138号 1991年)
 杞憂のゆくえ――墜ちてくる星の歴史学 (「ユリイカ」 1993年6月号)
 月を見るサイ――桃源郷の機械学 (「現代思想」 1991年1月号)

みんなで口にもどりましょう――あとがきにかえて
初出一覧・著者略歴



武田雅哉 桃源郷の機械学2



◆本書より◆


「陽羨(ようせん)というから、いまの江蘇省宜興(ぎきょう)あたりである。土地の男、許彦(きょげん)は、ある日、つがいのガチョウが入った籠(かご)を背負って山道を歩いていたと思ってください。すると、ひとりの書生が、道端で苦しがっているのにでくわした。書生は、籠のなかに入れてほしいという。許彦が冗談だろうと思っていると、書生は籠のなかに入ってしまった。籠が広がったわけでもなく、書生が小さくなったわけでもない。ガチョウは、ないごともないかのように驚かない。許彦はそのまま歩きだしたが、重いわけでもない。
 しばらく歩いた許彦が木の下で休もうとすると、書生が出てきて言った。
 「お礼になにかごちそうしましょう」
 許彦が「いいですね」と言うと、書生は口から銅の箱を取り出した。箱のなかにはいろいろなごちそうが入っていた。酒を飲み交わすと、書生は言った。
 「連れの女がいるのですが、呼んでもよろしいでしょうか」
 許彦は「いいですよ」と答えた。書生は、口からひとりの美しい若い女を吐き出した。三人で飲み食いしているうちに、書生は酔って眠ってしまった。すると女が許彦に言った。
 「このひととは夫婦なんだけど、実はあたし、好きじゃないの。ないしょで男を連れているんです。いま呼びますので、主人にはだまっていてくださいな」
 許彦が「いいですよ」と言うと、女は口からひとりの男を吐き出した。」

「男が許彦に言った。「この女は真心に欠けるところがあるのです。わたしには連れの女がいるのです。ちょっと呼びたいのですが、ないしょですよ」。
 許彦は言った。「いいですよ」。
 その男も、口からひとりの女を吐き出した。酒を酌み交わしていると、書生が起きだしそうな気配がした。 
 「ふたりが目を覚ましたようです」。男はそう言うと、女を口のなかに戻した。やがて若い女が起きてきた。
 「主人が目を覚ましそうです」。そう言うと、女は男を口にのみこんだ。しばらくすると書生が起きだしてきて、許彦に言った。
 「すっかり眠ってしまいました。日もおそいので、お別れです」
 書生は女をのみこみ、皿やら器をすべて口のなかにかたづけると、二尺ばかりの銅の盆を許彦に渡して言った。「何もありませんが、記念にどうぞ」。
 書生はそう言うと、許彦に別れを告げて去っていった。
 「陽羨鵝籠(ようせんがろう)――陽羨のガチョウの籠」という(中略)この物語は、六朝時代、梁の著名な詩人、呉均(ごきん)(四六九―五二〇)の小説集『続斉諧記(ぞくせいかいき)』に収められている。」



武田雅哉 桃源郷の機械学3

「ひょうたんのなかにある神仙世界に、俗人である費長房を招き入れる壺公。明代『列仙全伝』より。」


武田雅哉 桃源郷の機械学7

「『三才図絵』に見える「沙弼茶(茶弼沙)国」の図。手前に「太陽」が描かれている。」

「沙弼茶国は、これまで到達した人がいなかった。ただ、かつて狙葛尼(ズーガーニ)という聖人が、ここを訪れて記録を残した。この国は太陽が西に没する地である。夕方になって日が没すると、その音は雷鳴のようである。そこで国王は、毎日、城門の上に千人の兵隊を集め、ホルンを吹き、ドラを鳴らし、太鼓を打たせて、太陽の音に紛らわせるのだ。そうしなければ、子供がショック死してしまうのである。」



武田雅哉 桃源郷の機械学6

「蘇州産まれの妓女。雑誌『小説時報』より。」


武田雅哉 桃源郷の機械学8

「ご主人さまに倣ってアヘンを吸うワンちゃん。『点石斎画報』より。」


武田雅哉 桃源郷の機械学5

「李嵩『〓(漢字: 骨+古)髏幻戯図(ころうげんぎず)』」

「画面左、五里塚の前に腰をおろしている二人づれは、夫婦ものの旅芸人であろうか。赤ん坊に乳を与える母親。そして骸骨の操り人形を操るその夫が、そのまま頭巾をかぶった骸骨の姿をしている。その骸骨人形のダンスをおもしろがってか、ハイハイしながら近づいてゆく幼い子供。その後ろにいる少女は、子守りであろうか。「だめよ! そちらに行ってはいけないわよ!」と、幼な子を呼び止めているようにも見える。
 骸骨の操り人形は、当時の操り芝居で実際に使われていたもののようだ。」



武田雅哉 桃源郷の機械学9

「テレメンテイコが吉原を駆ける。首に掛けているものが、一種の物質転送装置である御守り袋だ。」

「京伝に『早道節用守(はやみちせつようのまもり)』(一七八九)という黄表紙あり。これに登場するひとりの中国人、名をテレメンテイコ」という。秦の始皇帝の命をうけ、一瞬にして何万里をも走ってしまうというお守りを首にかけて日本へ美女を捜しに飛んで行くのが、かれである。」
「「テレメンテイコ」というのは、ポルトガル語のテレピン油を意味する「テレビンテイナ」を人名にしたものらしい。たんに音がおもしろかったのか、それともテレピン油であることになにかの意味があるのかどうか、ぼくにはよくわからない。人名としては、芝全交(しばぜんこう)の黄表紙『大悲千禄本(だいひのせんろっぽん)』(一七八五)に、「てなし貸しの手代、てれめんてい兵衛」なる日本人名として使われているほか、やはり京伝の黄表紙『盧生夢魂其前日(ろせいがゆめそのぜんじつ)(一七九一)には、「唐土(もろこし)呉の丁固(ていこ)とやら、てれめんていことやらが……」と、こちらは丁固という中国人名のもじりとして使われている。フェイクとしての外国語、とくに親しくかれらが学んだオランダ語や中国語が、オランダ語に由来する名を持ったヘンな中国人“テレメンテイコ”を、十八世紀末の江戸に誕生させたのだった。」



武田雅哉 桃源郷の機械学0

「ラジオという電気機構を操作するモダンガール。鏡浦散史編『支那春怨百秘図』(金鈴社、一九二八)より。」


武田雅哉 桃源郷の機械学4

1916年に刊行された奇書『大千図説』より、宇宙人とその「宇宙言語」のカタログ。

「これらの宇宙人図鑑を眺めていてすぐさま連想されるのは、中国古代の地理書である『山海経』にもとづいて、近世に描かれた図版、あるいは明代に描かれた『三才図会』系統の図版だろう。」
「中国博物図譜の人類・生物カタログの伝統は、こうしてついに地球外生物のカタログにまで発達したのだった。」











































































































































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武田雅哉 『蒼頡たちの宴』

「漢字への不満や懐疑は、近代に至って初めて生まれたものではないということだ。漢代にあって、すでに漢字への懐疑は生じていたのである。文字の発明は、少なくとも漢代には、呪われたものとしての一面をも兼ね備えていたということになる。」
(武田雅哉 『蒼頡たちの宴』 より)


武田雅哉 
『蒼頡たちの宴
― 漢字の神話とユートピア』


筑摩書房 1994年8月25日初版第1刷発行/同年11月25日初版第3刷発行
322p 
四六判 丸背紙装上製本 
定価2,200円(本体2,136円)
装幀: 南伸坊



本書「あとがき」より:

「本書は、拙著『翔べ! 大清帝国』(中略)の一部を成す「漢字の長い午後」と、雑誌に書き散らした以下のエッセイをもとに、あらたに書きおろしたものである。
 「「イラ・フォルモサ!」への旅――台湾人サルマナザール“美しき島の物語”」(『へるめす』二十三号、一九九〇)」

「本書を書いた動機は、「ヘンテコな文字を並べた本を作りたい!」という、はなはだ不純なものに尽きるのであるが、」



『蒼頡(そうけつ)たちの宴(うたげ)』。著者、武田雅哉(たけだ・まさや)氏は1958年生、中国文学。
本書は1995年度サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞。1998年に「ちくま学芸文庫」版が刊行されています。

本文中図版(モノクロ)多数。


武田雅哉 蒼頡たちの宴1

 
帯文:

「サントリー学芸賞受賞
〈普遍文字〉の夢に憑かれた幻視者たちの
高邁な精神と奇ッ怪な成果。
漢字をめぐる愛憎の歴史が、中国人のコスモロジーを映し出す。」



帯裏:

「中国人じしんが、
どれほど漢字を嫌悪し、
これと戦ってきたか、
それでもなお現在、
漢字を使わざるをえない
でいるのはなぜなのか?
「序 眼球コンプレックス」より」



目次:

序 眼球コンプレックス
一 蒼頡の夜明け
 漢字発明者の伝説
 蒼頡のイコノロジー
 漢字の起源伝説
二 中国人のお荷物
 漢字の発音表記
 漢字のバベルと普遍中国語
三 月に映じた普遍の夢
 十六、十七世紀ヨーロッパの中国語観
 普遍言語構想と中国語
 月世界語をマスターせよ
四 円環をめぐる対話
 『西儒耳目資』の誕生
 レンズをのぞく二人
 言語を生む円環
五 中国の言語ユートピアン
 トリゴーの子供たち
 東洋の普遍言語計画
 言語ユートピアの帝王学
六 蒼頡たちの画廊
 バベルへの挑戦
 世のなかは変えねばならぬ
 大清帝国新文字の画廊
 ユートピアの言語政策
七 蒼頡たちの午後
 跳梁する記号たち
 異文字のカタログ
 あるべき記号を求めて


あとがき



武田雅哉 蒼頡たちの宴2



◆本書より◆


「序 眼球コンプレックス」より:

「漢字を作ったといわれる伝説上の聖人は、蒼頡(そうけつ)という名を持っていた。かれの、外見上の最大の特徴は、「四つの目」を持っていることであった。蒼頡の肖像をながめてみよう。四角形の四つの隅を形成しているような、かれの目の配置は、まさに四角い文字である漢字を産み出した聖人にふさわしいものだ。」
「ところが、われわれ漢字を使用する人間ときたら、残念なことに、(中略)「目玉が二つ足りない」のである。これは、毛が三本足りないことよりも、決定的な欠陥ではあるまいか。四つ目の偉人が発明したものを、二つ目の凡人がなんとか活用しようというのであるから、発明者の意図を完全に継承するのは、しょせん無理なことであろう。それゆえにわれわれは、そしておそらくは中国人も、(中略)漢字という、本来はとてつもなく偉大なはずの発明品を、まっとうに使いこなすことができず、むしろこれを持てあまし、その管理と保全とに、多大な苦労を強いられてきたのである。」

「いっぽうヨーロッパでもまた、言語が不完全なものであるとの懐疑は、しばしば語られていた。(中略)ただいま話されている無数の言語は、こうして乱された(引用者注: 「バベル Babel=混乱」)言語のなれの果てにほかならない。大航海時代は、地球上のどこかに残存しているかもしれない「アダムが話していた言語」のかけらを捜すという作業を、ひそかなる目的としていた。これと同時に、アダムの言語に匹敵するような完全な言語を、科学的にデザインするという作業にも、かれらは着手し始めた。「普遍言語」や「哲学的言語」と呼ばれるものの構想である。
 十六世紀あたりから、おもにイエズス会宣教師によって陸続と紹介されつつあった東洋の大帝国の言語もまた、アダムの言語の候補者であり、同時に、新たな言語のデザインのモデルであった。つまり、中国は言語のユートピアであり、中国語はユートピアの言語として幻視されたのであった。
 十七世紀、多くの宣教師がかれらの文化を携えて中国にやってくるようになると、漢字に懐疑を抱いていた中国の言語学者たちは、ヨーロッパで用いられているラテン・アルファベットに触れ、その表音性に魂を奪われたけしきがある。かくして、東と西とのあいだに一枚の鏡が生れたといえるだろう。東は西を鏡に、西は東を鏡にして、みずからの言語の解剖と模索とを始めたからである。」



武田雅哉 蒼頡たちの宴3






















































































































































『夜想 12 特集: 上海』

『夜想 12 
特集: 上海』

Yaso #12 SHANGHAI summer 1984

ペヨトル工房 
1984年7月30日 発行
1984年10月15日 第2刷発行
192p 
A5判 並装 
定価980円
編集発行人: 今野裕一
デザイン: ミルキィ・イソベ
主任編集: 国貞陽一



シャンハイ特集号。1984年は吉田日出子の上海バンスキングの年です。
ペヨトル工房からはカセットブック『上海星屑 Shanghai Star Dust』(夜想音像版 2)も出ていました。「1980年、上海の外国等向けホテルの夜宴に突如登場した幻のジャズ・バンド。20年代のジャズが当時のまま蘇る――この一夜を限りに再び上海からジャズは消えた」。丸尾末広のイラスト入りブックレット付、執筆は野口久光、海野弘。持っていたのですが見当らないので処分してしまったものと思われます。肝心の演奏の方はごく普通のジャズでした。
そういえば1984年にはダニエル・シュミットの『ラ・パロマ』も再上映されています。


夜想 上海 01


目次:

ぷろろーぐ
滅亡と発展が交わる市――上海と秘密結社史 (荒俣宏)
上海へ――魔都に着くまで (春名徹)
北一輝の上海 (松本健一)
一九三〇年=上海――その簡単なエスキース (尾崎秀樹)
井上紅梅――上海の変化とともに (三石善吉)
海上蜃樓圖譜 (武田雅哉)
踊る上海 (小野耕世)
李香蘭・上海のゆめ (竹中労)
上海メモランダム・上海の闇 (写真・文 中川道夫)
インタヴュウ 二重の旅 (渡辺はま子)
冒険児梅花郎の伝説 (田崎潤)
 
PANORAMA
 上海丸
 洋徑濱
 南京路の夜景
 四川路の賑わい
 醤油屋
 両替商
 ドッグレース
 ハイアライ
 アヘン採集
 競馬場
 北四川路
 日本人クラブ
 上海モダン美人
 渡辺はま子と李香蘭
 塚本誠
 影佐禎昭と梅機関
 76号と丁黙邨、李士群
 鄭蘋茹
 川島芳子



夜想 上海 03



夜想 上海 04



夜想 上海 05



夜想 上海 06



夜想 上海 07



夜想 上海 02

 
裏表紙はドクトル梅津バンド(カセット)と浅田彰(ブックレット)のカセットブック「1Q84」の広告。





































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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