森敦 『月山・鳥海山』 (文春文庫)

「おらももう、この世の者でねえさけの」
(森敦 「月山」 より)


森敦 
『月山・鳥海山』
 
文春文庫 も-2-1 

文藝春秋
1979年10月25日 第1刷
2013年7月5日 第24刷
366p
文庫判 並装 カバー
定価590円+税
カバー: 司修



単行本『月山』は昭和49年3月、『鳥海山』は昭和49年5月、河出書房新社から刊行されました。

本書はずっとまえからよもうとおもってうっかり忘れていたので今回よんでみました。牧野信一みたいだなーとおもいました。


森敦 月山


カバー裏文:

「出羽の霊山・月山の山ふところにある破れ寺に、ひとりの男が辿りつく。雪に閉ざされた山間の村で村人と暮しをともにするこの男が知った此の世ならぬ幽明の世界。芥川賞受賞作「月山」と、その姉妹篇ともいうべき「天沼」、著者の〈月山への道〉が浮き彫りにされる短篇集「鳥海山」とをあわせて、一巻とした。」


目次:

初出誌一覧

月山
 月山
 天沼

鳥海山
 初真桑
 鴎
 光陰
 かての花
 天上の眺め

解説 (小島信夫)




◆本書より◆


「月山」より:

「「だども、カイコは天の虫いうての。蛹(さなぎ)を見ればおかしげなものだども、あれでやがて白い羽が生えるのは、繭の中で天の夢を見とるさけだと言う者もあるもんだけ」」

「「せっかくつくったミイラでせえ、見世物になって、どこさいるもんだか知れねえでねえか」
 「ミイラをつくった? ミイラは焼けたんじゃないんですか」
 思わずわたしがそう言うと、黒いモンペの男はあざ笑って、
 「焼けたさけつくったんでねえか、行き倒れの やっこ での」
 「行き倒れの やっこ ……」」
「「ンだ。吹き の中の行き倒れだば、ツボケの大根みてえに生(なま)でいるもんださけの。肛門から 前のもの さかけて、グイと刃物でえぐって、こげだ(と、その太さを示すように輪をつくりながら、両手を拡げ)鉄鉤を突っ込んでのう。中の わた(腸)抜いて、燻すというもんだけ。のう、ばさま。わァ は見たんでろ」
 と、黒いモンペ姿の男がダミ声を上げると、そばのだれかと話していた おはぐろ の入れ歯の ばさま が振り返り、
 「そげだ料理をこの目で見たんでねえどもや。山の小屋からえれえ臭いがするもんだ。行ってみたば、仏(ほとけ)の形に縛られたのが、宙吊りされて燻されとったもんだけ」もうなん度もなん度もした話なのか、そんなことを知っているのは自分だけだというように、むしろ得意げに言うのであります。」

「今日も昨日のように暮れ、明日も今日のように僅かに明けるであろう。そこにはなんの変わりもなく、時間も淀んでなきがごとくに思えるのです。」

「「だども、どげだに曇っても、雪さぬかった足跡の穴の底は蒼く見えるんでろ。それを おらた(おらたち)はよく、雪の下さ青空がある、と言うたんどもや。」」

「「ンであろうの。十王峠を越えて来た客も、よく前世を思いだしたみてえなこと言うたもんだけ」
 「前世を……」
 「ンだ。過ぎた 世をの。どうせ おらた は出たとこさ、戻るよりねえなだし、それで月山を 過ぎた者(死者)の来る山というんでねえか。だども、冬ででもねえばとてもこうは見えねえもんだ。よう見るんだちゃ。これが おらほう の けえしき(景色)というもんださけ」
 「…………」
 そう言われるとわたしにも、なんだかここに来たような気がしたのは、気だけではない。われともなく忘れてしまっていたところに、戻って来ていたように思えるのです。」



「初真桑」より:

「「これじゃ、長生きするよ」とはよく人の言うところだが、長生きするとはすべてが遅れることで、長生きを楽しむために、われわれはじつにひたすら遅れることをこいねがい、むしろ喜ばねばならぬことが、わたしにもわかって来た。」

「「わたしの横には小さな ばさま が、くぐまって坐ってい、紐で腰にくくった懐中時計を振っては耳にあてたりしていた。それがおかしいのか、身を乗り出して、
 「あいや、ばさま の時計も動かねえだかや」
 笑ってそう言うのも、聞いた声のような気がするのである。
 「ンだ、古(ふる)しいもんださけの」
 「ネジ、巻いてあるんだかや。どれ、見ろ」
 なんだか、直せそうな口振りで、ばさま も直してもらえると思ったのであろう。
 「だば、見てもろうかの」
 と、紐を解くのである。(中略)
 「こうッ、ウオルサムでねえか。こげだものあるこったば、ばさま の家も余ッ程の家だのう」
 「そげだ言う ふと (人)もあるんども、在所でのう」
 「在所には、古しい家があるんだや。ンだども、これ、ネジ巻いてあるみてえだし、やっぱり動かねえようだの」
 「だば、時計屋さ行くより、ねえもんだか」
 「時計屋はだめだで。こげだええもの持って行くこったば、部品変えられてしもうさけの。なんたて、問題は中身だもんだで」
 「せば、どげだしたもんだかの」
 「このままにしとくんだや。欲しい ふと には、値知らずなもんださけ」
(中略)
 「せば、動かねくとも、役立つてもんだのう」
 「ンだ、ンだ」
 ばさま は富山の返す懐中時計を、さも貴重なものでももらったように受け取った。」

「こうして 死んだ人 が、われわれに立ちまじってくるために、さも時間の中にいるように、懐中時計を持って来るということもあり得ぬことではない。なぜなら、わたしたちもこうして生きていると思っているが、どうしてそれを知ることができるのか。それを知るには死によるほかはないのだが、生きているかぎり死を知ることはできないのだ。(中略)それでもこうして、この世も、あの世もなり立っている。深く問うて、われも人も正体を現すことはない。人は生が眠るとき、死が目覚めると思っている。しかし、(中略)生が眠るとき死も眠るのだ。なんとも言えぬ仄かな香りがただよって来た。」



「鴎」より:

「「いつも考えていると、死というやつも親しくなるんですかね。ここでこうしているのも、どこからかこういう世界に来ただけだし、どこに行ったにしても、そこにはそういう世界があるというような気になっていたんです。」」


「かての花」より:

「が、いつとなく杉のまわりの雪がくぼみはじめたと思うと、そこにもここにも同じようなくぼみができ、墓石といえども石であることにおいて、生きていくぬくもりをもつことに変わりはないとでもいうように、点々と墓石が頭を見せはじめた。」
「水のせせらぎの音が聞こえだした。杉林の中はいたるところ流れになって、土砂が洗われたのであろう。雪が消えるにしたがって、あたりはだんだん無数の石になって来た。(中略)それらはグリ石というにはあまりに小さな石だったが、ともかくもここが大石原と呼ばれるゆえんのものを偲ばせてくれたばかりではない。たとえ、だれがどんなに拾おうとどんどん生まれて来て、いつかはきっと大石原をつくってみせるぞとでもいいたげに、せせらぎの中で喜びの声を上げているのだ。」




























































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色川武大 『百』 (新潮文庫)

「そうすると、どうなるの」
「だから、どうもならない。それでいいんだ」

(色川武大 「永日」 より)


色川武大 
『百』
 
新潮文庫 い-21-3

新潮社
平成2年1月25日 発行
平成27年3月20日 15刷改版
288p 付記2p
文庫判 並装 カバー
定価490円(税別)
カバー装画: 秋山巌


「この作品は昭和五十七年十月新潮社より刊行された。」



honto で注文しておいた本書と森敦『月山』が届いたのでよんでみました。二冊とも表紙絵がフクロウだったのは奇遇です。
本書のカバー絵のフクロウはたいへんすばらしいです。二羽のフクロウは著者と著者のお父さんでしょうか。本書収録短篇「永日」ではお父さんが精神病院に入れられてしまいますが、「私」は世話をする能力もないのに「おやじをあそこで死なせるわけにはいかない」と決意します。お父さんは結局自宅に戻れてよかったです。このお父さんは別の本では死んでからも自宅に戻って居座りつづけるので、とても意志が強いです。
この父と子はメルヴィルでいえばエイハブ船長と書記バートルビーのような変わり者同士であって、たいへん神話的かつ叙事詩的な運命劇であって、そういう意味では無頼派私小説は古代ギリシア以来の文学の本流であるといってよいです。


色川武大 百


カバー裏文:

「「おやじ、死なないでくれ――、と私は念じた。彼のためでなく私のために。父親が死んだら、まちがいの集積であった私の過去がその色で決定してしまうような気がする」
 百歳を前にして老耄のはじまった元軍人の父親と、無頼の日々を過してきた私との異様な親子関係を描いて、人生の凄味を感じさせる純文学遺作集。川端康成文学賞受賞の名作「百」ほか三編を収録する。」



目次:

連笑
ぼくの猿 ぼくの猫

永日

解説 (川村二郎)




◆本書より◆


「連笑」より:

「私は奇矯(ききょう)な子で、小学生の頃から学校に行きたがらず、登校するふりをして、公園の芝生や国電の線路脇(わき)などで一人でしゃがんだりしていることが多かった。(中略)ひっこみ思案のうえに覇気(はき)がなく、頭の形がいびつで大きいために子供がかなり深刻になる程度の片端(かたわ)意識があり、他人に慣れない。いわんや他人と競争することなどまったくできない。
 まず幼稚園で、周囲を手こずらせた。私はひたすら泣き、拒み、自分でも困惑した。小学校では集団構成が一倍本格的で、個人の困惑にそう全面的にはかかずらわっていない。その分、私は勝手に孤立し、自分の殻をつくった。たとえば、でんぐりがえしをするときに、平生気にしている大きな頭の尖端(せんたん)が地面につかえてしまうような気がする。すると、でんぐりがえしを拒否したくなる。教師に叱責される。しかし、叱責され全体の規律を乱すことをおそれず、その結果、他者より劣等あつかいされることを覚悟してしまえば、処罰などなんの意味もないのである。そうして、自分の内部で恥をつみかさねていくことにくらべれば、他人の劣等視など軽いものだ。」
「私は、他の皆が共有している世界の重さに対抗するだけの、自分だけの世界を持つことを欲(ほっ)していた。学校に代表され、さらにそこから枝葉がついて繁(しげ)っていく、規律に溢(あふ)れた社会生活に拮抗(きっこう)するような個人の持ち物などあるようにも思えなかったが、それでもなんとかそれらしきものを手にしたかった。
 多分、浅草も、私にとってのそのひとつだったと思う。」
「私の両親や、教師や級友の夢にも知らないであろう世界がそこにあった。でんぐりがえしはできないが、僕(ぼく)には浅草があるんだよ、私はいつも自分にそういいきかせていた。浅草の舞台で上演される演目では、いつも人並みでない者が主役だった。」



「ぼくの猿、ぼくの猫」より:

「ぼくは自分がどうかしていると思っていた。狂気の一コースかもしれないと思っていた。」
「教室で坐(すわ)っていると、ぽつん、と小さな点が目前に現われる。それは三つ四つと増えていく。ぼくには筋書がすべてわかっているが、それは蚊なのだ。そうしてたちまち蚊柱のようになり、飛び交いながら大きく拡(ひろ)がり、彼等自身飛び交えぬくらいの密度に増え、鼻も口も蚊でいっぱいになって息もできない。
 ぼくはじっと我慢している。多分、他の級友にはこんなことはおこらない。だからぼく一人で耐えなければならない。」
「ぼくは授業に心が向わないのみならず、級友と本当には打ちとけることも、喧嘩(けんか)することもできない。教練で、交代で指揮官になることを命じられるが、ぼくは指揮が苦手だった。自分はどうかしているので、そうである以上、他人に自分を主張することなどできない。
 戦場も、死も、遠い。女学生にも関心が向かない。道ですれちがった人たちの眼に、ぼくが映っているのだろうか、と思った記憶がある。ぼくは猿ではなかろうか。猫なのではないか。」
「ぼくは他人に介入していくことが不得手で、なるべく他人と葛藤(かっとう)するまいとする。
 二匹の仔猫(こねこ)が出窓のところに並んでぼくを眺めているのを見て、とっさに幻影か実像か判別がつきがたかったことがある。」

「――庭の黒土の中に、小指ほどの猫の仔が三匹へばりついている。そういう風景はどちらかといえば嫌(きら)いじゃない。けれども、布団のへりにも、小指ほどの仔猫が何匹かひっついていて、とても汚ない水のように光っている。
 ぼくは自分が無軌道だから、他人の無軌道に対してわりに寛大である。布団の仔猫を傷つけないように配慮したい。しかし、布団の中にも濡(ぬ)れた仔猫の気配があって、思うように足を突っこめない。」
「――庭の黒土や花壇の中にも仔猫が一面に湧(わ)いている。彼等は無心にもぞもぞと動き、ともに喰い合う。よく見ると船の錨(いかり)の形をした虫やねじ廻(まわ)しのような恰好の無視が混っている。
 縁の下にも居る。便所の中にも居る。このぶんでは押入れの中にも居るだろう。」

「ぼくはとにかくよく幻を見た。」



「永日」より:

「人に対して何かをいう前に、私はまず私自身を責めなければならない。だから屈託が増す。」




こちらもご参照ください:

色川武大 『遠景・雀・復活 ― 色川武大短篇集』 (講談社文芸文庫)



































































































































































池田澄子句集 『たましいの話』 (角川俳句叢書)

「前例を貴び恨み望の月」
(池田澄子句集 『たましいの話』 より)


池田澄子句集 
『たましいの話』
 
角川俳句叢書 3

角川書店
2005年7月7日 初版発行
205p 「著者略歴」1p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
装丁: 伊藤鑛治
定価2,667円(税別)



本書「あとがき」より:

「本集は『ゆく船』につぐ第四句集。二〇〇〇年春から二〇〇五年春先までの三六八句を収めた。
 その間、二〇〇一年十二月一日、三橋敏雄先生が逝去された。」



「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」で有名な池田澄子さんの第四句集がアマゾンマケプレのもったいない本舗さんで436円+送料で売られていたので購入してみました。
わたしなどはじゃんけんをした覚えはあるのですが、ルールという概念が無いので強引にのらねこに生まれてきてたいへん苦労しています。のらねこ族の前例は野垂れ死にばかりです。が、それも自分で選んだ道なので致し方ないです。


池田澄子 たましいの話 01


帯文:

「自分を眺めることで、この世の万象が何なのかをこの身に感じたい。万象の中で人間がどういう存在なのかを、俳句を書くことで知っていきたい。
 そして、言葉と俳句形式が、小さな私に些少でも力を貸してくれるようにと祈るばかりである。
……………………池田澄子」



帯裏:

「●句集『たましいの話』自選14句――●
茄子焼いて冷やしてたましいの話
前へススメ前へススミテ還ラザル
泉あり子にピカドンを説明す
人類の旬の土偶のおっぱいよ
先生ありがとうございました冬日ひとつ
先生の逝去は一度夏百夜
刺した蚊と痒い私とうすら寒
雨はみぞれに霙はゆきに香の物
人が人を愛したりして青菜に虫
目覚めるといつも私が居て遺憾
大寒の困ったことに良い月夜
舌の根やときに薄氷ときに恋
落椿あれっと言ったように赤
お湿りや水仙に香を有り難う」



目次:

1
2
3
4
5
6
7

あとがき



池田澄子 たましいの話 02



◆句集『たましいの話』 他選14句◆


「けしからぬ地動説かな初日の出」

「目覚めるといつも私が居て遺憾」

「非常時の砂糖黍畑に隠れたきり」

「この下にトンネルのある野菊かな」

「前を行く人の麦藁帽子欲し」

「枯野明るし電車の中で目を覚まし」

「あら家がなくなっている一位の実」

「蜉蝣をつまんで捨てたあとの指」

「食べごろの蓬いっぱい見て帰る」

「洋梨の疵を向うに向けて置く」

「他人から見れば他人の厚着かな」

「風の丘さっさと梅を見てまわる」

「きのこ噴く丸太の気持なら分かる」

「痒いとこ掻いて穴居の蛇の心地」




◆鑑賞◆


「ゆらゆらの花のミモザとくらくらす」

梶井基次郎の小説に、木の葉をみていると自分も木の葉になったような気がするというのがあったような気がしますが、ミモザの花をみているとミモザの花になったような気がするのではないでしょうか。ミモザの花言葉は「優雅」「友情」「秘密の愛」、花々しく優雅なミモザらと友だちになってミモザ館で花も実もある秘密の愛の暮らしを堪能してクラクラ日記を書くのもよいです。


「やどかりや地球だんだんあたたかく」

借り暮らしはたいへん興味深いですが、人間などは地球に借り住まいの分際で環境破壊などして地球温暖化とは沙汰の限りであります。


「夕月やしっかりするとくたびれる」

まさにそのとおりであります。


「河口へ海へこころながれて橋に雪」

「海へ
夜へ
河がほろびる
河口のピストル」
(高柳重信)


「煮凝やなんとかするとはどうするか」

どうするかといわれてもどうしようもないです。


「言う前にひらく唇すべりひゆ」

「広島や卵食ふ時口ひらく」
(西東三鬼)


「揚羽から目をはなさずに拝聴す」

「瞬いてもうどの蝶かわからない」
(池田澄子)


「蚯蚓鳴く日まで私は生きられぬ」

ミミズは今のところ鳴かないですが、そのうち進化して鳴くようになるかもしれませんが、そのころまで自分が生きていられるかどうか、ちょっと自信がないです、というミミズの独り言だとおもいます。季語をおちょくる俳句は面白いです。


「さしあたり箱へ戻しぬ新巻鮭」

あるある俳句、とおもったけれど、よく考えたらわたしのような者は新巻鮭など戴いたことがないです。
遺憾であります。




こちらもご参照ください:

『現代俳句文庫 29 池田澄子句集』











































































































中里介山 『大菩薩峠 十二』 (新装版)

「チョボクレとなり、チョンガレとなり、阿房陀羅経(あほだらきょう)となって、あいの手には木魚をあしらい、願人坊主即ち浮かれ坊主となって、この長物を唄い済ました方も済ましたものだが、聞く方もよく聞いたものだ。聞き終ってから主膳は妙に気が滅入(めい)りました。」
(中里介山 『大菩薩峠』 より)


中里介山 
『大菩薩峠 十二』


筑摩書房
昭和51年6月20日 初版第1刷発行
昭和55年1月30日 新装版第2刷発行
434p
四六判 丸背紙装上製本 機械函
定価1,800円
装幀: 安東澄


本文二段組。全十二冊。


中里介山 大菩薩峠


目次:

京の夢おう坂の夢の巻(つづき)
山科の巻
椰子林の巻

「大菩薩峠」既刊梗概
解題(十二) (南波武男)
大菩薩峠発表年次




◆本書より◆


「椰子林の巻」より:

「「欧羅巴(ヨーロッパ)の文明というものは間違っているです、蒸気が走り、電気が飛び、石炭が出る、機械がどよめく、それで、人が文明開化だといって騒いでいるだけのものです、薀蓄(うんちく)ということを知らないで、曝露(ばくろ)するのが文明だと心得違いをしているです、陰徳というものを知らないで、宣伝をするのが即ち文明だと心得違いをしているです、ごらんなさい、今に亡びますよ、今に欧羅巴人同士、血で血を洗う大戦争をはじめて共倒れになりますから、わたくしは、そういうところに住むのが嫌いですから、もっと広い世界へ出ました」
 「君は文明開化を否定している、人類の進歩というものを呪(のろ)っているらしい、それが欧羅巴の文明というものを究(きわ)め尽しての結論だと面白いが、ただ偏窟な哲学者の独断では困る」
 「わたくしは偏窟人です、世間並みの風俗思想には堪えられません、それだからといって、わたくしの見た欧羅巴文明観が間違っているとは言えますまい、そもそも、欧羅巴が今日のように堕落したのは……彼等は堕落と言わず、立派な進歩だと思い上って世界に臨んでいるようですが、わたくしに言わせると、彼等より甚(はなはだ)しい堕落はありません、何がかくまで欧羅巴を堕落させたかと言えば、それは鉄と石炭です」
 「はゝあ、妙な論断ですね、羅馬(ローマ)の亡びたのは人心が堕落したからだということは、よく聞きますが、鉄と石炭が欧羅巴を堕落させたという説はまだ聞きません」
 「学説ではなくて事実です、まず欧羅巴というところが、世界の中でどうして特別に早く開けたかといえば、それは食物を耕作する良地に富んでいたからです、土地が肥えていて、人間が食物を収穫するのに、最も都合がよかった、というのが第一条件であります、これは勿論(もちろん)であります。(中略)欧羅巴が開けたのは、その第一の条件に恵まれていたその上に、第二の条件が最もよろしかったからです、その第二の条件というのは、鉄が豊富であったからです、鉄を掘り出して使用することの便利が、他の多くの国土よりも恵まれておりました。人類は、最初にその鉄で鍬(くわ)を作りました、鋤(すき)を作りました、そうして耕作力に大きな能率を加えました、そこで、人間に余裕も出来て、人間の数も殖(ふ)えました、それまではよかったです。ところが、人に余裕が出来、その数が殖えてくると、争いが起りました、そこで、鍬を作る鉄で武器を作りはじめました、欧羅巴の堕落はそこからはじまりました」
 「それは堕落ではない、当然の進歩というものだ、人類が進歩し、社会が複雑になればなるほど、おのおのの防備を堅固にしなければならない、大きく言えば、国防というものがいよいよ切実となる、弓と矢を用いる代りに、鉄を利用して国防の要具を作ることは、当然の進歩ではないか」
 「進歩とか、複雑とか言いますけれども、その進歩と複雑が、人間に何を与えましたか、眩惑(げんわく)以上のものを与えましたか、眩惑から逃れて真実の生活を営みたいものは、欧羅巴文明から離れなければならない、そういうわけで欧羅巴を堕落させたもの、第一は鉄であります、いや、人が鉄の使用を誤らせたことから堕落が起りました、その次に、欧羅巴文明を堕落せしめたものは、石炭です、なぜ、石炭が欧羅巴を堕落せしめたかと言えば、そのもとは蒸気の発明から起ったです、蒸気が発明されると、大船が大洋の中を乗りきって、世界のいずれの涯(はて)へも自由自在に往来ができるようになりました、人間はそれを称して、人力が海洋を征服したというけれども、実は人間が自制心を失って我慾に征服されたです、従って、この蒸気船に乗って世界を行く国人が海賊となりました、海賊とならざるを得ないです。たとえ未開野蛮の地というとも、先住民のいない国土はない、新入者と先住民との争いが当然起ります、先住者のないところには、新入者同士の争いが起ります。石炭が大きな船を動かさなければ、なかなかそういうことは起らなかったです。いまに、ごらんなさい、世界中がみな海賊の争いになりますよ、鉄と石炭を多量に持っている国家が、海賊の親方になります、そうすると、それを羨(うらや)む他の国家が、割前を欲しがって、その海賊の大将を亡ぼそうとします、そこで、海賊の大将へ総がかりという大戦争が起りますから、見ていてごらんなさい、鉄と石炭が欧羅巴を進歩せしめたというのは、近眼の見ている虹です、やがて、これがために亡びますよ、いったい、土地に埋蔵してある天与の物質を掘り出して、それを人間同士殺戮(さつりく)の道具に造るなんていうことが、罰が当らないで済むものですか、やがて、欧羅巴がいい見せしめです、東洋の方々よ、東洋は欧羅巴に比べると、遙かに偉大なる宗教、深遠なる哲学を持っています、この産物は、鉄と石炭の産物とは比較にならない、東洋人はその偉大なる宗教と哲学に従って行けば、安全なのです、決して、鉄と石炭の文明に眩惑されてはなりませんよ」
 こう言われて、駒井甚三郎は、何か自分の弱味に籠手(こて)を当てられたように感じました。この立論が偏窟であるないにかかわらず、ただ何かしら、自分の弱点を突かれでもしたように感じました。」




中里介山 『大菩薩峠 一』 (新装版)

















































































































































中里介山 『大菩薩峠 十一』 (新装版)

「闇かと見ると、その行燈の消えた隙間から一面に白い水――みるみる漫々とひろがって、その岸には遠山の影を涵(ひた)し、木立の向うに膳所(ぜぜ)の城がかすかに聳(そび)えている。昼にここから見た打出(うちで)の浜の光景が、畳と襖一面にぶち抜いて、さざなみや志賀の浦曲(うらわ)の水がお銀様の脇息(きょうそく)の下まで、ひたひたと打寄せて来たのでありました。」
(中里介山 『大菩薩峠』 より)


中里介山 
『大菩薩峠 十一』


筑摩書房
昭和51年6月20日 初版第1刷発行
昭和55年1月30日 新装版第2刷発行
370p
四六判 丸背紙装上製本 機械函
定価1,800円
装幀: 安東澄



本文二段組。全十二冊。


中里介山 大菩薩峠


目次:

恐山の巻(つづき)
農奴の巻
京の夢おう坂の夢の巻

解題(十一) (南波武男)




◆本書より◆


「農奴の巻」より:

「「村が水になる?」
 兵馬も、つい足をとどめて不審をもって見直すと、
 「はい――さきほどもごろうじませいな、竿入れに役人衆がお見えなされましたわな、この村という村、谷という谷が、日ならず水になりますといな、白山白水谷の水をこれへ落して、ここが大きな池となりますえな、わたしら、先祖の御魂(みたま)まつり場がござりませぬでな」
 「はあ――そうでしたか」」

「「この村がすっかり池になったら、景色がよくなるでしょうね」
と、しげしげと、いま越え来(きた)った谷村一面を見おろして、女が言いますと、兵馬は、
 「景色はよくなるかも知れないが、人間はかわいそうだよ」
 「そうねえ、谷がいっぱいに水になった日には、景色はよくなっても、人間は生きて行かれませんねえ」
 「それを思うと気の毒だよ」
 「いよいよ池になる時は、あの人たちはどうするでしょうね」
 「そりゃ、他所(よそ)へ移り住むよりほかはあるまいぢゃないか」
 「いいえ、わたしは、そうは思いません」
 「どう思う?」
 「あの人たちは、この谷が水になっても、この土地を去らないだろうと思います」
 「ホゝウ、それぢゃ水の中へ住むか」
 「えゝ、わたしは、きっとあの人たちは土地を去らないで、水の中をすみかとするでしょうと思います」
 「してみると、舟でも浮べて水上生活というのをでもやるか、そうでなければ、人間が魚になるんだな」
 「そんなんぢゃありません、あの人たちは、どうしても故郷を立去る気になれないんです」
 「そりゃ、人情はその通りだが、すでに谷が水になるときまったら、いつまでもああしてはいられまい」
 「ところが、あの人たちは、あの墓を抱いて、村と共に水に沈む覚悟をきめてしまっているように、わたしには見えてなりませんでした」
 「ばかな、そんなことがあるものか、一時は名残(なご)りを惜しむのも人情だが、いよいよの時にああしておれるものかな」
 「ところが、これはもちろん、わたしの心持だけなんですが、あの人たちは、あれは、たしかにお墓と心中するつもりなんですよ、心持は面(かお)つきにあらわれるものです」
 「ふーむ、君の眼ではそう見えたかな」
 「見えましたとも、動きませんよ、あの人たちは、ああして、いよいよ水の来るまでお墓を離れない決心だと、わたしは見極めてしまいました」
 「そんなことがあるものか、一時の哀惜と永久の利害とは、また別問題だからな、そうしているうちに、相当の換地が与えられて、第二の故郷に移り住むにきまっているよ」
 「それは駄目です、あなた」
 「どうして」
 「あなたという方には、故郷の観念がお有りになりません」
 「ないこともない」
 「有りませんね、あなたは、早く故郷というものを離れておいでになったのでしょう、ですから、故郷というものの本当の味がおわかりになりません。たとえ、故郷に十倍のよい地面を与えられたからといって、欲得づくでは故郷を離れる気になれるものではございませんよ。わたしのように、旅から旅を稼(かせ)いでいる身になってみると、その心持がよくわかります。あの人たちは、たとえどんな住みよい土地が与えられたからと申しましても、それへ行く気にはなれない人たちですから、結局、お墓を抱いて水の底に葬られて行くのです。それにあなた、あの人たちは平家の落人(おちうど)の流れだというではありませんか」

「「わたしは、もう二度とこの世へは生れて来ないことにきめました、どんなよい身分のところにも生れて来たくはありません、全く浮ばれないところへ沈んでしまいたいのです。けれども、業(ごう)というものが尽きないで、来世もまた、何かの形を取ってこの世へ生れ変って来なければならないとすれば、わたしは何を選びましょう――美しい花になりましょうか、きれいな鳥になりましょうか。それもこれもいやです。花は、しぼんだり、枯れたりするのを見るのがいじらしい。鳥だって、生きたり、死んだり、追われたりしますもの。といって、木や石になって、口も利(き)けないで、踏んだり、蹴られたりするのもいやですね――わたしは、自分の名の通り、来世は雪になりましょう、雪となってなら、生れ変って再びこの世へ出てもよいと思います。雪も北国の雪のように、何尺も、何丈も、つもって溶けないような、しつこいのは嫌です、朝降って、昼は消える淡雪(あわゆき)――降っているうちは綺麗で、積るということをしないうちに、いつ消えたともなく消えてしまう、春さきにこの湖の中などへ、しんしんと降り込んで落ちたところが即ち消えたところ、あの未練執着のない可愛ゆい淡雪――あれならば生れ変っても損はない。どうしても二度(ふたたび)この世へ生れ変って来なければならないとしたら、わたしは、春ふる雪となって、またお目にかかることに致します」」





中里介山 『大菩薩峠 十二』 (新装版)




























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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