斎藤茂吉 『歌集 赤光』 (復刻)

「月落ちてさ夜ほの暗く未だかも彌勒(みろく)は出でず蟲鳴けるかも」
(齋藤茂吉)


齋藤茂吉 
『歌集 赤光』

東雲堂書店版
新選 名著複刻全集 近代文学館

刊行: 日本近代文学館
発売: ほるぷ
昭和49年11月20日 印刷
昭和49年12月1日 発行(第13刷)
312p+12p 口絵(カラー)1葉 
図版(カラー/モノクロ)2葉
四六判 丸背紙装上製本 カバー



継表紙(背の部分はクロス)。天金。


斉藤茂吉 赤光 01


カバー表。


斉藤茂吉 赤光 05

本体表紙。


斉藤茂吉 赤光 02


目次:

大正二年
 1 悲報來(十首)
 2 屋上の石(八首)
 3 七月廿三日(五首)
 4 麥奴(十六首)
 5 みなづき嵐(十四首)
 6 死にたまふ母(五十九首)
 7 おひろ(四十四首)
 8 きさらぎの日(十一首)
 9 口ぶえ(五首)
 10 神田の火事(五首)
 11 女學院門前(五首)
 12 呉竹の根岸の里(十一首)
 13 さんげの心(十七首)
 14 墓前(二首)
大正元年。明治四十五年
 1 雪ふる日(八首)
 2 宮益坂(八首)
 3 折に觸れて(八首)
 4 靑山鐵砲山(八首)
 5 ひとりの道(十四首)
 6 葬り火(二十首)
 7 冬來(十四首)
 8 柿の村人(十首)
 9 郊外の半日(十七首)
 10 海邊にて(二十三首)
 11 狂人守(八首)
 12 土屋文明へ(八首)
 13 夏の夜空(八首)
 14 折折の歌(二十六首)
 15 さみだれ(八首)
 16 兩國(八首)
 17 犬の長鳴(八首)
 18 木こり(十七首)
 19 木の實(八首)
 20 睦岡山中(十一首)
 21 或る夜(八首)
明治四十四年
 1 此の日頃(八首)
 2 おくに(十七首)
 3 うつし身(十七首)
 4 うめの雨(廿首)
 5 藏王山(八首)
 6 秋の夜ごろ(廿首)
 7 折に觸れて(廿首)
明治四十三年
 1 田螺と彗星(十一首)
 2 南蠻男(十一首)
 3 をさな妻(十四首)
 4 悼堀内卓(七首)
自明治三十八年至明治四十二年
 1 折に觸れ(十七首)
 2 地獄極樂圖(十一首)
 3 螢(五首)
 4 折に觸れ(二十首)
 5 蟲(八首)
 6 雲(十四首)
 7 苅しほ(八首)
 8 留守居(八首)
 9 新年の歌(十四首)
 10 雜歌(十一首)
 11 鹽原行(四十四首)
 12 折に觸れて(二十首)
 13 細り身(三十五首)
 14 分病室(五首)

挿畫
 蜜柑の收穫……………木下杢太郎氏
      彫刻……………伊上凡骨氏
 通草のはな……………平福百穗氏
      三色版…………田中製版所
 佛頭 …………………木下杢太郎氏



斉藤茂吉 赤光 03



◆本書より◆


「めん雞(どり)ら砂あび居(ゐ)たれひつそりと剃刀研人(かみそりとぎ)は過ぎ行きにけり」

「うつうつと濕り重たくひさかたの天(あめ)低くして動かざるかも」

「たたなはる曇りの下を狂人(きやうじん)はわらひて行けり吾を離れて」

「藻のなかに潜(ひそ)むゐもりの赤き腹はつか見そめてうつつともなし」

「つつましく一人し居れば狂院(きやうゐん)のあかき煉瓦に雨のふる見ゆ」

「歩兵隊代々木(よよぎ)のはらに群れゐしが狂人(きやうじん)のひつぎひとつ行くなり」

「赤光(しやくくわう)のなかに浮びて棺(くわん)ひとつ行き遙(はる)けかり野は涯(はて)ならん」

「上野(うへの)なる動物園にかささぎは肉食ひゐたりくれなゐの肉を」

「自殺せる狂者(きやうじや)をあかき火に葬(はふ)りにんげんの世に戰(おのの)きにけり」

「けだものは食(たべ)もの戀ひて啼き居たり何(なに)といふやさしさぞこれは」

「たのまれし狂者(きやうじや)はつひに自殺せりわれ現(うつつ)なく走りけるかも」

「おのが身はいとほしければ赤棟蛇も潜みたるなり土の中(なか)ふかく」

「世の色相(いろ)のかたはらにゐて狂者もり黄なる涙は湧きいてにけり」

「いちめんの唐辛子畑に秋のかぜ天(あめ)より吹きて鴉(からす)おりたつ」

「曼珠沙華咲けるところゆ相むれて現身(うつしみ)に似ぬ囚人は出づ」

「草の實はこぼれんとして居たりけりわが足元(あしもと)の日の光かも」

「くれなゐの百日紅は咲きぬれど此(この)きやうじんはもの云はずけり」

「としわかき狂人守(きやうじんも)りのかなしみは通草の花の散らふかなしみ」

「氣のふれし支那のをみなに寄り添ひて花は紅しと云ひにけるかな」

「猫の舌のうすらに紅き手の觸(ふ)りのこの悲しさに目ざめけるかも」

「屈(かが)まりて腦の切片(せつぺん)を染(そ)めながら通草(あけび)のはなをおもふなりけり」

「けふもまた向ひの岡に人あまた群れゐて人を葬(はふ)りたるかな」

「蛇の子はぬば玉いろに生(あ)れたれば石の間(ひま)にもかくろひぬらむ」

「墓はらを歩み來にけり蛇の子を見むと來つれど春あさみかな」

「病院をいでて墓原かげの土踏めば何(なに)になごみ來しあが心ぞも」

「松風の吹き居(ゐ)るところくれなゐの提灯つけて分け入りにけり」

「猿の肉ひさげる家に灯(ひ)がつきてわが寂しさは極まりにけり」

「みちのくの藏王(ざわう)の山のやま腹にけだものと人と生きにけるかも」

「紅蕈(べにたけ)の雨にぬれゆくあはれさを人に知らえず見つつ來にけり」

「山ふかき落葉のなかに夕(ゆふ)のみづ天(てん)より降(ふ)りてひかり居りけり」

「現し身の瞳(ひとみ)かなしく見入りぬる水はするどく寒くひかれり」

「けだものの暖かさうな寢(いね)すがた思ひうかべて獨りねにけり」

「うつそみの命は愛(を)しとなげき立つ雨の夕原(ゆふはら)に音(ね)するものあり」

「くろく散る通草(あけび)の花のかなしさを稚(をさな)くてこそおもひそめしか」

「汝兄(なえ)よ汝兄(なえ)たまごが鳴くといふゆゑに見に行きければ卵が鳴くも」

「はるばると星落つる夜の戀がたり悲しみの世にわれ入りにけり」

「とほき世のかりようびんがのわたくし兒田螺はぬるきみづ戀ひにけり」

「とほ世べの戀のあはれをこほろぎの語(かた)り部(べ)が夜々つぎかたりけり」

「月落ちてさ夜ほの暗く未だかも彌勒(みろく)は出でず蟲鳴けるかも」

「ぬば玉のふくる夜床に目ざむればをなご狂(きちがひ)の歌ふがきこゆ」



斉藤茂吉 赤光 04




こちらもご参照下さい:

アーサー・マッケン 『夢の丘』 平井呈一 訳 (創元推理文庫)





























































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北原白秋 『思ひ出』 東雲堂書店版 (復刻)

「夜は黑…………時計の數字の奇異(ふしぎ)な黑。
血潮のしたたる
生(なま)じろい鋏を持つて
生膽取(いきぎもとり)のさしのぞく夜。」

(北原白秋 「夜」 より)


北原白秋 
『思ひ出』 
東雲堂書店版

新選 名著複刻全集 近代文学館

刊行: 日本近代文学館
発売: ほるぷ
昭和51年3月20日 印刷
昭和51年4月1日 発行(第14刷)
lxvii 346p
15.2×10.2cm 
丸背紙装上製本 カバー 
機械函



本書はイラスト入りの小型本なのでオブジェとして飾っておくのにもよいです。


北原白秋 思い出 01


カバー表。


北原白秋 思い出 02


本体表紙。


北原白秋 思い出 03


カバー背。


北原白秋 思い出 04


扉ページ。


北原白秋 思い出 05


目次:

序詩
骨牌の女王
 金の入日に繻子の黑
 骨牌の女王の手に持てる花
 燒栗のにほひ
 黑い小猫
 足くび
 小兒と娘
 靑い小鳥
 みなし兒
 秋の日
 人形つくり
 くろんぼ

斷章 六十一
 一、今日もかなしと思ひしか
 二、ああかなしあはれかなし
 三、ああかなしあえかにもうらわかき
 四、あはれわが君おもふ
 五、暮れてゆく雨の日の
 六、あはれ友よわかき日の友よ
 七、見るとなく涙ながれぬ
 八、女子よ汝はかなし
 九、あはれ日のかりそめのものなやみ
 十、あはれあはれ色薄きかなしみの葉かげに
 十一、酒を注ぐ君のひとみの
 十二、女汝はなにか欲りする
 十三、惱ましき晩夏の日に
 十四、わが友よ
 十五、あはれ君我をそのごと
 十六、哀知る女子のために
 十七、口にな入れそ
 十八、われは思ふかの夕ありし音色を
 十九、ああさみしあはれさみし
 二十、大空に入日のこり
 二十一、いとけなき女の兒に
 二十二、わが友はいづこにありや
 二十三、彌古りて大理石は
 二十四、泣かまほしさにわれひとり
 二十五、柔かきかゝる日の
 二十六、蝉も鳴くひと日ひねもす
 二十七、そを思へばほのかにゆかし
 二十八、あはれあはれすみれの花よ
 二十九、梅の果に金の日光り
 三十、あはれさはうち鄙びたる
 三十一、いまもなほワグネルの調に
 三十二、わが友は
 三十三、あはれ去年病みて失せにし
 三十四、あああはれ靑にぶき救世軍の
 三十五、縁日の見世ものの
 三十六、鄙びたる鋭き呼子
 三十七、あはれあはれ色靑き幻燈を
 三十八、瓦斯の火のひそかにも
 三十九、忘れたる忘れたるにはあらねども
 四十、つねのごと街をながめて
 四十一、かかるかなしき手つきして
 四十二、あかき實は草に落ち
 四十三、葬のかへさにか
 四十四、顏の色蒼ざめて
 四十五、長き日の光に倦みて
 四十六、かなしかりにし昨日さへ
 四十七、癈れたる園のみどりに
 四十八、なにゆゑに汝は泣く
 四十九、あはれ人妻
 五十、いかにせむ
 五十一、色あかき三日月
 五十二、柔らかなる日ざしに
 五十三、われは怖る
 五十四、いそがしき葬儀屋のとなり
 五十五、明日こそは面もあかめず
 五十六、色あかきデカメロンの
 五十七、あはれ鐵雄
 五十八、ほの靑く色ある硝子
 五十九、薄靑き齒科醫の屋に
 六十、あはれあはれ灰色の線路にそひ
 六十一、新詩社にありしそのかみ

過ぎし日
 泪芙藍
 銀笛
 凾
 陰影
 淡い粉雪
 穀倉のほめき
 初戀
 泣きにしは
 薊の花
 カステラ
 散歩
 隣の屋根
 見果てぬゆめ
 高機
 歌ひ時計
 朝の水面
 靑いソフトに
 意氣なホテルの
 霜
 時は逝く

おもひで
 紅き實
 車上
 身熱
 梨
 鷄頭
 椎の花
 男の顏
 水ヒアシンス
 鵞鳥と桃
 胡瓜
 源平將棋
 朝
 人生
 靑き甕
 赤足袋
 挨拶
 あかき林檎
 恐怖
 乳母の墓

生の芽生
 石竹のおもひで
 幽靈
 願人坊
 あかんぼ
 ロンドン
 接吻
 汽車のにほひ
 どんぐり
 赤い木太刀
 糸ぐるま
 水面
 毛蟲
 かりそめのなやみ
 道ぐさ
 螢
 靑いとんぼ
 猫
 おたまじやくし
 銀のやんま
 にくしみ
 白粉花
 水蟲の列
 いさかひのあと
 爪紅
 夕日
 紙きり蟲
 わが部屋
 監獄のあと
 午後
 アラビヤンナイト物語
 敵
 たそがれどき
 赤い椿
 二人
 たはむれ
 苅麥のにほひ
 靑い鳥

TONKA JOHN の悲哀
 春のめざめ
 秘密
 太陽
 夜
 感覺
 晝のゆめ
 朱欒のかげ
 幻燈のにほひ
 雨のふる日
 ボール
 尿する阿蘭陀人
 水中のをどり
 怪しき思
 金縞の蜘蛛
 兄弟
 思
 水銀の玉
 接吻の後
 たんぽぽ

柳河風俗詩
 柳河
 櫨の實
 立秋
 酒の黴
  一、金の酒をつくるは
  二、からしの花の實になる
  三、酒袋を干すとて
  四、酛すり唄のこころは
  五、麥の穗づらにさす日か
  六、人の生るるもとすら
  七、からしの花も實となり
  八、櫨の實採の來る日に
  九、ところも日をも知らねど
  十、足をそろへて磨ぐ米
  十一、ひねりもちのにほひは
  十二、かすかに消えゆくゆめあり
  十三、さかづきあまたならべて
  十四、その酒のその色のにほひの
  十五、酒を釀すはわかうど
  十六、ほのかに忘れがたきは
  十七、酒屋の倉のひさしに
  十八、カンカンに身を載せて
  十九、悲しきものは刺あり
  二十、目さまし時計の鳴る夜に
  二十一、わが寢る倉のほとりに
  二十二、倉の隅にさす日は
  二十三、靑葱とりてゆく子を
  二十四、銀の釜に酒を湧かし
  二十五、夜ふけてかへるふしどに
  酒の精
  紺屋のおろく
  沈丁花
  NOSKAI
  かきつばた
  AIVAN の歌
  曼珠沙華
  牡丹
  氣まぐれ
  道ゆき
  目くばせ
  あひびき
  水門の水は
  六騎
  梅雨の晴れ間
  韮の葉
  旅役者
  ふるさと

挿畫
 幼年の日
 死んだ乳母と John と
 生膽取
欄畫
 Pierrot の思ひ出
 John
 Gonshan
 舌出人形と黑猫
冩眞版
 司馬江漢銅版畫
 郷里「柳河沖ノ端」



北原白秋 思い出 06



◆本書より◆


「たそがれどき」:

「たそがれどきはけうとやな、
傀儡師(くぐつまはし)の手に踊る
華魁(おいらん)の首生(なま)じろく、
かつくかつくと目が動く………

たそがれどきはけうとやな、
瀉に墮(おと)した黑猫の
足音もなく歸るころ、
人靈(ひとだま)もゆく、家(や)の上を。

たそがれどきはけうとやな、
馬に載せたる鮪(しび)の腹
薄く光つて滅(き)え去れば、
店の時計がチンと鳴る。

たそがれどきはけうとやな、
日さへ暮るれば、そつと來て
生膽取(いきぎもとり)の靑き眼が
泣く兒欲(ほ)しやと戸を覗(のぞ)く…………

たそがれどきはけうとやな。」



北原白秋 思い出 07


北原白秋 思い出 08


北原白秋 思い出 09



















































『金子光晴詩集』 清岡卓行 編 (岩波文庫)

「ものの腐つてゆくにほひはなつかしい。」
(金子光晴 「大腐爛頌」 より)


『金子光晴詩集』 
清岡卓行 編
 
岩波文庫 緑/31-132-1 

岩波書店 
1991年11月18日 第1刷発行
1996年12月10日 第3刷発行
483p 編集付記1p
文庫判 並装 カバー
定価770円(本体748円)
カバー: 中野達彦
カバー画: 金子光晴



本書「編集付記」より:

「底本の旧字体を原則として新字体に改めるとともに、ふりがなを若干加えた。」


金子光晴詩集


カバーそで文:

「日本の伝統や権力支配の構造を象徴的手法で暴露、批判した詩集『鮫』(一九三七)は、詩人金子光晴(一八九五―一九七五)の本領が発揮された昭和詩史上、最も重要な作品の一つである。『こがね虫』『鮫』『愛情 69』等から秀作を選び、その全体像に迫るアンソロジー。」


目次:

『こがね虫』から
 雲
 三月
 章句
 二十五歳
 金亀子

『大腐爛頌』から
 大腐爛頌
 舌
 五体
 駅
 石

『水の流浪』から
 水の流浪
 海辺小景
 古靴店
 夕
 大埠頭にて

『鱶沈む』から
 古都南京
 鱶沈む
 渦

『路傍の愛人』から
 路傍の愛人
 展望
 航海
 ペダンの夜
 南の女におくる
 夜の酒場で

『老薔薇園』から
 老薔薇園
 エルヴェルフェルトの首

『鮫』(全)
 自序
 おっとせい
 泡
 塀
 どぶ
 燈台
 紋
 鮫

『落下傘』から
 あけがたの歌 序詩
 落下傘
 太沽バーの歌
 寂しさの歌

『蛾』から
 蛾Ⅰ
 蛾Ⅱ
 しやぼん玉の唄
 薔薇Ⅰ
 子供の徴兵検査の日に
 三点
 コツトさんのでてくる抒情詩

『女たちへのエレジー』から
 ニッパ椰子の唄
 洗面器
 牛乳入珈琲に献ぐ
 混血論序詩
 女たちへのエレジー
 小品
 死
 ――ある老嬢に
 無題
 茶子由来記

『鬼の児の唄』から
 鬼の児放浪
 恋
 禿
 血
 風景

『人間の悲劇』から
 No. 2
 女の顔の横っちょに書いてある詩
 もう一篇の詩
 さらにもう一篇の詩
 悲歌
 [二人がのんだコーヒ茶碗が]
 [昔の賢明な皇帝は]
 奇怪な風景
 [戦争が終ったその日から]
 くらげの唄
 答辞に代へて奴隷根性の唄

『非情』から
 微風
 ある序曲
 初対面
 太陽
 赤身の詩

『IL』から
 IL 四

『若葉のうた』から
 元旦
 頬っぺた
 さくらふぶき
 若葉よ来年は海へゆかう
 おばあちゃん

『愛情 69』から
 愛情 1
 愛情 2
 愛情 8
 愛情 13
 愛情 16
 愛情 22
 愛情 29
 愛情 38
 愛情 40
 愛情 46
 愛情 49
 愛情 55
 愛情 69

『よごれてゐない一日』から
 海をもう一度
 女の一生を詩ふ

『風流尸解記』から
 雨の唄
 肖像

『花とあきビン』から
 あきビンを選る人の唄
 短詩(三篇)
 エピローグ

『塵芥』から
 そろそろ近いおれの死に
 塵芥
 愛情、または恋愛について
 混乱の季節
 独裁者

《初期詩集》
『香炉』から
 花
 懈怠
 街
 干潟

《初期詩集》
『赤土の家』から
 麦の穂を枯らす虫
 新らしい日
 白鷺

拾遺詩篇
 反対 (一九一七年ごろ)
 東京哀傷詩篇 (一九二三年)
  焼跡の逍遥
  秋
  荷車の一家族
 冬眠 (一九二五年)
 かつこう (一九四五年ごろ)
 短章(二十三篇)から (一九五一年)
  A
  C
  E
  H
  I
  W
 無題 (一九五四年ごろ)
 ほどらひ (一九六四年)
 そら (一九六四年)
 愛情 (一九六七年)
 多勢のイブに (一九六七年)
 人は船の旅のたのしさを忘れてゐる (一九七一年)
 わが生の限界の日々 (一九七四年)

あとがき (清岡卓行)




◆本書より◆


「鮫」より:

「尊大、倨傲(きよがう)で、面積の大きな、あらい、すがりどころのない冷酷な、青砥(あをと)のやうな横っつら、その横っつらが平気でいってゐる。
――貴様は、忠実な市民ぢゃない。それかといって、
 志士でもない。浮浪人。コジキ。インチキだ。食ひつめものだ。」

「俺は、ハッと眼をつぶって、奴らにぶっつかっていった。
奴らは壁だ。なにもうけつけない「世間」といふ要塞(バリケード)なのだ。
そして、海のうへは雨。
波のうへの小紋、淋しい散索(プロムナード)。」

「奴らは一斉にいふ。
友情だ。平和だ。社会愛だ。
奴らはそして縦陣をつくる。それは法律だ。輿論だ。人間価値だ。
糞、又、そこで、俺達はバラバラになるんだ。」

「奴らを詛はう。奴らを破壊しよう。
さもなければ、奴らが俺たちを皆喰ふつもりだ。」



「蛾Ⅰ」より:

「月はない。だが月のあかるさにみちてゐた。」

「ふかい闇、霧をへだてて、みじろぎながら、ぢつとうかゞつてゐるものら。」

「あゝ、どこにかへつてゆくところがある?」

「こゝろを越えて憂愁は、みなぎりわたる。だが、月はない。」

「そして、追放者、嫖客(へうかく)など、夢なかばに目ざめたものばかりが待つてゐる。
まだほど遠いしののめを。みしらぬくにのあたらしい刑罰を。うつくしい難破を。」



「街」:

「この街はたそがれの光のみにして
人は不在なり
この街のガラスはとほくつづけど
血は一滴もなし。

この街にわれひとり住めり。
この街の人はかへりきたらず。
この街の人はうちつれて
日蝕をみに去りぬといふ。

この街は、しづけき極(きは)みにして
待てり。
ありとある空耳(そらみみ)のはてに。」



「反対」:

「僕は少年の頃
学校に反対だつた。
僕は、いままた
働くことに反対だ。

僕は第一、健康とか
正義とかが大きらひなのだ。
健康で正しいほど
人間を無情にするものはない。

むろん、やまと魂は反対だ。
義理人情もへどが出る。
いつの政府にも反対であり、
文壇画壇にも尻をむけてゐる。

なにしに生れてきたと問はるれば、
躊躇なく答へよう。反対しにと。
僕は、東にゐるときは、
西にゆきたいと思ひ、

きものは左前、靴は右左、
袴はうしろ前、馬には尻をむいて乗る。
人のいやがるものこそ、僕の好物。
とりわけ嫌ひは、気の揃ふといふことだ。

僕は信じる。反対こそ、人生で
唯一つ立派なことだと。
反対こそ、生きてることだ。
反対こそ、じぶんをつかむことだ。」



「冬眠」:

「眠れ。眠れ。眠れ。眠れ。
さめてはかない仮の世に
ねてくらすほどの快楽はない。
さめてはならぬ。さめてはならぬ。

きくこともなく、みることもなく、
人の得意も、失態も空ふく風、
うつりゆくものの哀れさも背(そがひ)に
盲目のごとく、眠るべし。

それこそ、『時』の上なきつかひて、
手も、足も、すべて眠りの槽のなか、
大いなる無知、痴(し)れたごとく、
生死も問はず、四大もなく、

ふせげ。めざめの床のうへ、
眠りの戸口におしよせて、
光りとともにみだれ入る、
世の鬼どもをゆるすまい。」




◆感想◆


金子光晴の紀行文はたいへん興味深いですが、詩集やエッセイはつまらないです。
たとえば有名な「おっとせい」の詩、

「おいら。
おっとせいのきらひなおっとせい。
だが、やっぱりおっとせいはおっとせいで
たゞ
「むかうむきになってる
おっとせい。」」


このへんが金子光晴の限界なのではないでしょうか。金子光晴はおっとせい社会への違和感に苦しめられながらも、自分もまた「おっとせい」なのだと思い込んでしまったために自意識過剰の泥沼にはまり込んでしまったというべきです。まさにアンデルセン以前であって、自分がアヒルだと思っているあいだは白鳥の子といえども「みにくいアヒルの子」でしかありえないです。グノーシス主義は、みずからのほんとうの出自を知ることによって地上の苦境を脱することができると説きましたが、それが福音であるゆえんは、物心ついたらアヒルの群れのなかにいた白鳥の子がアヒルのようになれないからといって悩み、アヒル社会に適合できないからといって自殺したり発狂したりしてきた悲しい歴史が存在するからです。白鳥の子などというと偉そうでアヒルの人たちの気に食わないというのであれば、カエルの子でもノラネコの子でも火星人でも宇宙人でもエイリアンでもよいです。「自意識過剰のおっとせいになるよりも、無意識過剰のエイリアンになれ」、そういうことであります。


















































































































金子光晴 『西ひがし』 (中公文庫)

「世人が異様なもの、片輪なものと見做(みな)すものの強烈なしぶきほど僕にとってたのしいものはない。」
(金子光晴 『西ひがし』 より)


金子光晴 
『西ひがし』
 
中公文庫 A 81-3 

中央公論社 
昭和52年5月25日 印刷
昭和52年6月10日 発行
236p
文庫判 並装 カバー
定価300円
表紙・扉: 白井晟一
カバー: 司修


「昭和48年8月~49年7月 『海』連載
昭和49年11月 中央公論社刊
昭和50年11月 全集第7巻」



金子光晴 西ひがし


カバー裏文:

「三千代夫人はひとりベルギーに残った――。暗い時代を予感しながら暑熱と喧噪の東南アジアにさまよう詩人の終りのない旅。『どくろ杯』『ねむれ巴里』につづく自伝」


目次:

「月の世界の人」
マルセイユまで
波のうえ
氷水に浮いてる花
関帝廟前好事あり
関帝廟第二
夢は蜈蜙嶺を越えて
さらば、バトパハ
情念の業果
やさしい人たち
おもいがけないめぐりあい
ふたたび蛮界
蚊取線香のむこうの人々
かえってきた詩
紫気に巻かれて
口火は誰が
マラッカのジャラン・ジャラン
疲労の靄
世界の鼻唄

解説 (中野孝次)




◆本書より◆


「「月の世界の人」」より:

「人間の歴史は、戦争と、そのあいまのいささかの休息の時間があるだけであり、ぶちこわしては修繕する、それだけが人間の歴史のようで、進歩とみるべきことは、年を重ねて、大規模になることだけで、ワーテルローで戦って死んだ人たちの数などは、問題にならないほどである。被害も大股でやってきて、それがつづいて地球は終滅ということになりそうであるが、それほどに今日の戦争は規模雄大で、また、人間はなかなかそんなこと位で亡びてしまいそうもない宿業のかたまりである。」


「かえってきた詩」より:

「世人が異様なもの、片輪なものと見做(みな)すものの強烈なしぶきほど僕にとってたのしいものはない。それは、随分遠い少年のむかしから、いや、もっと遙かな幼年の記憶とは言えないくらいな時代から、感覚的に身につけた偏向したこのみで、いまも猶、そうである入浴の瞬間の厭世的な気持や、かるい癲癇(てんかん)の発作の無の世界から人間の世界に戻ってくるときの、なんとも形容のできない安堵の恍惚感と、どこかで根と根がからみあったもののようにおもえてしかたがない。」

「財布の底が、イギリスの金の二、三ペンス、フランスの金の二十サンティムの銅貨一枚という裸同様な次第になってしまっても、それほどおどろきも、あわてもしないのが、僕の性分なので(それは今日猶あいかわらずそうなので、多くの人にあいそをつかされる原因でもある)、そういうことになったら、宿のたたみにひっくり返って、あい変らず天井を走っているやもりの交尾を無心にながめ、大正時代に日本で流行した、流行歌などを、歌詞をところどころ忘れたり、まちがえたりしながら、鼻唄でうたったりして時間をやりすごしたりしているのであった。はやり唄ほど、むかしをそのまま、環境といっしょにおもい出させるものはない。それが、唯一とも言っていい、僕の郷愁であり、ちょっとした泣き所でもあったらしい。そしてその度毎に、その時間が、じぶんにはふたたびかえってこない時間で、たとえ、日本へかえっても過去はどこへいってみても、塵かけらも拾うよしはなく、紅海からみたアラビアの沙漠の風紋のつながりのように、索漠(さくばく)とした地平で、そのはてはちょん切られているものとしか考えられない。」
「シンガポールの宿で、寝そべりながら考えているうちに、そんなところへかえってみてもしかたがないし、この宿にいつまでもこうしていられるものでもなし、どうした方がいいのか、はっきりした分別がなかなかつかなかった。ただ妙なことは、それならば死んだらどうだというおもいつきが湧かなかったことだ。死ぬとなれば、このへんの土地では、いとも簡単であった。そんな高尚な考えは、僕のぼやけた頭脳では、なかなか思いつけなかったのだろう。そのときばかりでなく、幼少から、絶体絶命なときにも、自殺してらくになろうという妙案は浮ばずに、今日まで来てしまっている。そして、ひたすら、わけもなく「死」をおそれ、「死」に追込むあいて、それが権勢にしろ、規制にしろ、むしょうに腹が立ち、そのときのじぶんにだけ、なにか生甲斐のようなものを感じることに気がついた。他人を死にまで追いこむ立法はぶちこわさねばならないし、第一、他人に痛い目にあわせられる義務はない。いわんや、じぶんでじぶんを殺すようなことを美徳と考える武士道などののこっている日本へかえることがだんだん気の重くなるのを感じた。」





こちらもご参照下さい:

金子光晴 『マレー蘭印紀行』 (中公文庫)
金子光晴 『どくろ杯』 (中公文庫)
















































金子光晴 『どくろ杯』 (中公文庫)

「必死に浮びあがろうとするものの努力に手を貸す行為は花々しいが、泥沼の底に眼を閉じて沈んでゆくものに同感するのは、おなじ素性のものか、おなじ経験を味ったもの以外にはありえない。地獄とはそんなに怖ろしいものではない。賽の目の逆にばかり出た人間や他人の批難の矢面にばかり立つ羽目になったいじけ者、裏側ばかり歩いてきたもの、こころがふれあうごとに傷しかのこらない人間にとっては、地獄とはそのまま、天国のことなのだ。」
(金子光晴 『どくろ杯』 より)


金子光晴 
『どくろ杯』
 
中公文庫 A81 

中央公論社
昭和51年5月10日 初版
昭和56年2月25日 三版
256p 
文庫判 並装 カバー
定価300円
表紙・扉: 白井晟一
カバー: 熊谷博人


「昭和四十六年五月 中央公論社刊
昭和五十年十一月 全集第七巻」



金子光晴 どくろ杯


カバー裏文:

「詩集『こがね蟲』で詩壇にはなばなしく登場した詩人は、その華麗な輝きを残して、夫人森三千代とともに日本を脱出、欲望、貧困、喧噪の中国に絶望的な放浪をつづける。青春と詩を奔放に描く自伝」


目次:

発端
恋愛と輪あそび
最初の上海行
愛の酸蝕
百花送迎
雲煙万里
上海灘
猪鹿蝶
胡桃割り
江南水ぬるむ日
火焰オパールの巻
旅のはじまり
貝やぐらの街
あとがき

解説 (中野孝次)




◆本書より◆


「発端」より:

「みすみすろくな結果にはならないとわかっていても強行しなければならないなりゆきもあり、またなんの足しにもならないことに憂身をやつすのが生甲斐である人生にもときには遭遇する。七年間も費して、めあても金もなしに、海外をほっつきまわるような、ゆきあたりばったりな旅ができたのは、できたとおもうのがおもいあがりで、大正も終りに近い日本の、どこか箍(たが)の弛(ゆる)んだ、そのかわりあまりやかましいことを言わないゆとりのある世間であったればこそできたことだとおもう。」
「日本からいちばん手軽に、パスポートもなしでゆけるところと言えば、満州と上海だった。
 いずれ食いつめものの行く先であったにしても、それぞれニュアンスがちがって、満州は妻子を引きつれて松杉を植えにゆくところであり、上海はひとりものが人前から姿を消して、一年二年ほとぼりをさましにゆくところだった。」



「猪鹿蝶」より:

「柳樹浦のクリーク添いに北へ遡って私は歩きだした。指のくずれてなくなった腕のような川柳の葉の落ちつくした木っ杭が氷雨にぬれて立っていた。(中略)憤懣は、おもいがけないほどいろいろなものに、その対象がつながっていた。じぶんの今日のこうしたありかたや、じぶんの微力や、切っても、突いてもどうにもならない、手も、足も出ない圧力の壁や、日本でのくらしや、世わたりのうまい奴や、しゃあしゃあとしてのしあがってゆく奴や、のほほんとした奴や、高慢づらな奴や、そんな奴らのつくっている、苛性曹達(ソーダ)のような、稀塩酸のような、肌に合わないどころか心情のうす皮がちぢくれあがるような日本での生活の味が一束になって、宿怨となり、胸のつかえとなっているのか、そのときの憤懣と一つになって、突破口(はけくち)を作らねばいられない、ぎりぎりな気持になっていた。クリークの上流の地獄の道のようなくらさにむかって私は、
 「にゃんがつおっぴい!」
 と、あらんかぎりの声を張りあげて、二度、三度、叫んだ。
 あたりには家影もなく、誰もきいているものはなさそうだったが、それでも、おもいきり絶叫したことだけで、心がすこし晴れたような気がした。にゃんがつおっぴいは、上海で苦力たちがつかう、もっとも品の悪い罵詈のことばで、貴様のお袋を犯してやるぞということだ。それよりもっと念の入ったのは、貴様の家の墳(はか)をあばいて十八代前の先祖の妻を犯すぞというのがあるが、中国というふかい掃溜には、われわれ日本人のようなおちょぼ口した、手先のきれいな人間には、おもいもつかないようなことが、話だけでなく実際に起りえたし、誇張のようにおもえることばにも、それだけの実感がこもることになるのである。中国人は、人間にはどれだけのことができるかという経験を、心ならずも極限まで究めさせられた民族のようだ。前漢が亡びたとき、赤眉の賊が長安を強掠し、帝王の陵をあばいて、水銀をつめて腐朽しないようにしてある呂后始め歴代皇后の屍をとり出して、次々に犯したという歴史記事がのこっている。食人の記録などは、随所にある。人間の料理法も進んでいたらしい。隋の煬帝(ようだい)の運河工事は立派な功績とされているが、宰領の機嫌をとるために、下官が毎日近辺の嬰児をさらっては豚肉と称してふかし、宰領はそれを天下一の味として賞味したということも出ている。」

「秋田は、支那服の袖で額を一こすりして、
 「こういうものがあるんだよ。誰か買いそうな心当りはないか」
 風呂敷に包んだ桐箱入りのものをとり出して、砂糖黍や、菱の実の飴煮の乗っている円卓のうえに置いた。
 「どくろ杯だよ」
 秋田の掌のうえには、椰子の実を二つ割にしたような黒光りした器(うつわ)がのっている。
 「蒙古で手に入れた。人間のどくろを酒器にしたものだ」
 内側は銀が張ってあって、黒ずんでうす光りがしている。」



「江南水ぬるむ日」より:

「必死に浮びあがろうとするものの努力に手を貸す行為は花々しいが、泥沼の底に眼を閉じて沈んでゆくものに同感するのは、おなじ素性のものか、おなじ経験を味ったもの以外にはありえない。地獄とはそんなに怖ろしいものではない。賽の目の逆にばかり出た人間や他人の批難の矢面にばかり立つ羽目になったいじけ者、裏側ばかり歩いてきたもの、こころがふれあうごとに傷しかのこらない人間にとっては、地獄とはそのまま、天国のことなのだ。」


「貝やぐらの街」より:

「夜ふけのデッキにひとりであがる。船は一方にひどく傾(かし)いだままで走っている。誰もいない。星だけの世界で、安っぽい位、金銀箔を散らして、星がさわいでいる、ひどい騒ぎだ。(中略)いまならば、なにをやっても悲劇ではない。私がデッキから外に飛込んでも、世界は無関心だし、よほどあとになってからでなければ誰も気づくものはない。デッキに曳いた水道で私は、水をのもうとしたが、ひどく生暖(ぬる)い、日向水のような水で、そうおもうとなにか臭気(におい)がある。口をゆすいだだけで、その水を吐き出す。もう一度、水を出して蛇口に指をやり、女の髪の毛がひっかかって来ないかとたしかめる。「勝丸事件」のことをおもいだしたのだ。南方に出かせぎに行くつもりで密航をおもいたち、三人の娘(その数はたしかでないが)たちが貨物船勝丸にしのびこみ、飲料水の水槽ともしらずかくれたが、そんなこととはしらず、次の港で水をはったので、娘たちは溺れ死に、しだいにくずれた肢体から、濁った水や、髪の毛が蛇口に出てくるようになって、船員たちがはじめて気づいてさわぎ出したという事件で、夜なかに誰もいないタラップに足音がきこえたとか、女の笑い声を耳にしたとかいう怪談にまでそれは発展する。外地を稼ぎつづけた果ての女のくずれたからだが、手足はなくなって首と胴体だけになって、壺に入れ国におくりかえされる途中、デッキに並べたその壺を、一つ一つ海に蹴落すという話をまたもおもいだした。船員は、「それが、慈悲だ」と言う。ずっとあとになってのことだが、やはりそんな壺に入れて、手んぼ、足んぼの兵隊が大陸から送られてきたのも知っている。生きているものの世界では、不用なものには、そんな実際の処置しかない。そして、自然の法則とともに、人間のつくった常識も、手厳しいことでは優劣がない。私たち三人も、じぶんではそれほどおもっていないだけで、どうやらじぶんたちのいる人生から不用なものの扱いをうけはじめているらしい。」




こちらもご参照下さい:

金子光晴 『ねむれ巴里』 (中公文庫)
セリーヌ 『夜の果ての旅 (上)』 生田耕作 訳 (中公文庫)





























































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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