柄澤齊 『ロンド』

「おそらく変化を、統制のきかないイリュージョンとして受け入れているのは私の記憶だった。
 私個人の記憶と、私が受け継いだ生命の中に遺存している総体的な人類の記憶が、『ロンド』によって喚起され、攪拌され、ベースとなる顔の印象を時間のモザイクのように入れ替えながら、私の眼球と視覚中枢を使って、走馬灯さながらに、さまざまな死者の相貌を飽かず映し出している……。」

(柄澤齊 『ロンド』 より)


柄澤齊 
『ロンド』


東京創元社
2002年10月25日 初版
637p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,300円+税
装丁・装画: 柄澤齊
カバー・表紙: 死と変容 Ⅰ-8 旅 (木口木版画 1988年)
本扉: SHIP (木口木版画 2002年)



巻頭に図1点(「SHIP(多薙市立美術館)図解」)。本文中にモノクロ図版4点(ダヴィッド「マラーの死」、「九相詩絵巻」、カラヴァッジョ「ホロフェルネスの斬首」「洗礼者聖ヨハネの斬首」)。

柄澤さんの木口木版画はたいへんすばらしいので本書も出たときに購読したのですが、現代ものなのでややしっくりこなかったです。しかしわたしは影響を受けやすいので本書をよんでキース・ジャレット・トリオの「バイ・バイ・ブラックバード.」CDを購入してしまいました。


柄澤齊 ロンド 01


帯文:

「かつて『虚無への供物』も『薔薇の名前』も
その登場を同時代で迎えた人々がいたように、
今、あなたは『ロンド』の登場を
目の当たりにする。

版画家・柄澤齊あ小説家・柄澤齊へと変容する――」



柄澤齊 ロンド 02


帯背:

「全読書界に捧げる
華麗なる贈り物!」



帯裏:

「手渡された封書は美術評論家江栗靖彦からのもので、個展案内状だった。
 そこには「―ロンド―Part 1」と記されていた。
 志村徹。知らない名前だ。作家名の下にあるのは江栗靖彦の推薦文だった。

 真に美を理解する者の高揚と強い使命感をもって、刮目すべき新人、志村徹の初個展を案内する。
 その驚嘆すべき表現方法と技術は歴史に前例がなく、これまでのあらゆる美術を嘘と欺瞞の淵に追い落とさずにはおかない危険な魅力に満ちている。
 私たちは非業の死に仆れた天才三ッ桐威と、その幻の傑作『ロンド』の系譜を、正統に引き継ぐであろう新時代の表現者に今、ようやくたどり着いたのだ。

 なんとも大時代な書きっぷりが失笑を誘うとしか言いようがない。この推薦文の下には次のようにあった。「本個展は、一日のみの展示で終了する」

 事件はこうして始まった。」



カバーそで文:

「『ロンド』には写真が存在せず印刷図版も存在しない。過去にたった一度だけ、個展会場にわずか三日間展示され、ごく少数の人々の目に触れたことがあるだけで、作者の死後、行方がわからなくなったまま、二十年近くたった今も所在不明が続いている。
 ……頭の後ろで指を組み、しばし学芸員室の天井を見上げていると、実際には見たことのない『ロンド』の映像が高い壁に泛び、やがて溶け込むように消えていく。私は繰り返し、移ろいゆく日々の谷間にひっかかった時間の中で、さまざまに変化するその像を想い描く。美術館の天井に。見知らぬ人々を写した古い額縁のなかの記念写真に。夜の駅に停まる列車のガラス窓に。
 しかしそれらの像は、諳んじるまで読み耽った文章が私の意識に描いた幻のようなものにすぎない。実物に邂うことができれば不分明な幻は即座に消え失せ、私は自分の想像力の不甲斐なさを完膚なきまでに思い知らされるだろう……。

 幻の絵画『ロンド』に取り憑かれた人々が巻き込まれる連続殺人事件。誰が、なぜ「ロンド」の名を冠した謎の個展を開くのか? 『ロンド』とはいかなる作品なのか?」



柄澤齊 ロンド 03


目次:

  導入部
主題A
  挿入部Ⅰ
主題B
  挿入部Ⅱ
主題C
  挿入部Ⅲ
主題D
  終結部



柄澤齊 ロンド 04



◆本書より◆


「挿入部Ⅲ」より:

「そう古くも豪華でもないが、ひと目で骨董品とわかる箪笥の上にはファックスと一体型の電話機が置かれ、その隣に小型のオーディオ装置と、何枚かのコンパクトディスクが積み重ねられている。衛は中から一枚を選んで装置にセットし、テーブルに向きなおった。背後の小さなスピーカーから、微細な金属を振り撒くような音が伝わってきた。
 金属音は散漫に開始されたドラムスの、振動を殺して打つスティックの乾いた音を誘い出し、暗く、原始的な祭祀の始まりを予感させる連打に変わった。」
「連打が静まると、水面をかすめる風と波にも似た、ためらいがちなリズムをベースとピアノが刻みはじめた。ベースが風に、ピアノが立っては消える漣(さざなみ)の反復を感覚させるが、音そのものの乾燥度が高いために、砂漠の風に舞い散る肌理(きめ)の細かい砂埃をも連想させる。
 ピアノは次第に、行進する鼓手の打つ太鼓を思わせる乾いた響きに乗り、やがて瞑想的なマニュピレーションを駆使して、中近東の打弦楽器サントゥールによく似た、リズミックで幻惑的な、しかも果てしない連続を予感させる音形を、複雑な唐草文様のように織り成していく。
 その場に立ったままの衛が小刻みに肩を揺すって「これ、葬送の音楽だよ」と微笑んだ。ごく控えめな動きだったが、音に合わせて踊っているのだった。
 「ジャズなんて津牧さんの好みじゃないかもしれないけれど、なぜかこれが『ロンド』にいちばん合うんだ。ぼく、『ロンド』の踊りの輪にいろんな音を合わしてみたんだけど、どれもみんなだめでこれだけなんとか残ったの。不思議なんだけど『ロンド』だけじゃなく、死の舞踏を描いたどんな絵にだってこの曲は合うんだ」
 言いながら衛の肩の動きは、静かな波形を描いて膝や爪先にも伝わっていくようだった。
 曲は『フォー・マイルス』。たしか一九九一年に死んだマイルス・デイヴィスを追悼するために演奏された、キース・ジャレット・トリオのオリジナル曲だ。
 『フォー・マイルス』と死の舞踏。意表を突く取り合わせだったが、衛の言うように葬送の音楽、それも普遍性を持った、極上の葬送曲であることに間違いはなかった。」





こちらもご参照ください:

『柄澤齊 木口木版画集 1971―1991』



















































































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三島由紀夫 『癩王のテラス』 (中公文庫)

「何かを企てる。それがおまえの病気だった。何かを作る。それがおまえの病気だった。」
(三島由紀夫 『癩王のテラス』 より)


三島由紀夫 
『癩王のテラス』
 
中公文庫 A 12-4 

中央公論社
昭和50年7月25日 印刷
昭和50年8月10日 発行
125p
文庫判 並装 カバー
定価180円
表紙・扉: 白井晟一
カバー: 司修 画



初演は1969年7月。巻頭に地図「アンコール・トム附近」1点。


三島由紀夫 癩王のテラス


カバー裏文:

「死は月と銀、生は太陽と金。
古代カンボジヤの若き英雄王が、
黒い死の淵からよみがえり、
永遠不朽の肉体の化身となる、
三島由紀夫のユニークな美意識を
舞台に展開した絢爛たるロマン。」



目次:

癩王のテラス
 第一幕
 第二幕
 第三幕
 あとがき

解説 (宗谷真爾)




◆本書より◆


「第一幕」より:

 王様のお姿を見ると目がつぶれるって本当?
石工 そんなことは年寄の言うことだよ、クニュム。王様は貴賤のわかちなく慈悲を施され、そのお手が触れると病人もたちどころに治るそうだ。
 あなたは王様を見たことがある?
石工 ないね。ずっと前から戦争に行かれて、今日凱旋されるまで、俺のほうはこの土地を離れたことがないのだもの。」

第二王妃 宰相は王様のお供をして、蛇神(ナーガ)の塔の入口のところでお待ちしています。戦争のあいだ打ち絶えていましたけれど、今日から又あのしきたりがはじまるのですわ。
第一王妃 おかしなことね。ここの宮廷には第一の王妃よりもさらに大切な、お妃のなかのお妃、あの嫉妬深い蛇神(ナーギー)がいるのだから。あの蛇神(ナーギー)を見たことがあって?
第二王妃 いいえ、見たことはありません。女が見たら目がつぶれますもの。……でもあの蛇神の娘ナーギーは、今でも美しいのでしょうか。むかしむかし印度の王子カウンディンヤが、カンボジヤに渡来して浜辺を歩むうちに、月の潮(うしお)からあらわれた美しい娘に心を奪われ、それを蛇神の娘ナーギーと知りつつ結婚したときに、私たちクメール族の「月」の王朝、夜ごとにのぼるあきらかな月の静けさ、荘厳さ、清らかさ、慈悲、そして憂欝、……あらゆる高貴な気質をそなえた王朝が栄えたのですわ。いくら王様を奪われても、私どもみんなは蛇神の娘に恩があります。代々の王様の妃のなかの妃の位をとられても。
第一王妃 恩がある? 何の恩が。一晩でも王様があの塔を訪れず、一夜でも契りを怠ったら、国に禍いがかかると云われながら、永い戦争で王様がお留守のあいだ、何も起らなかったじゃありませんか。
第二王妃 この都を侵した蛮族も、おそれて近づかなかったあの塔の頂きの部屋。あそこへは王様しか入れません。あの闇のなかで、目には見えない蛇神(ナーギー)と、王様がどうやって契りを結ばれるのか、誰も知りはしません。この神秘については王様も口を緘してお語りになりませんもの。でも、王様は民を思い、国のとりいれの豊かさをお祈りになって、今日から又、凱旋行列のお疲れもおいといなく、ああしてまず何より先に、ナーギーの宮へ良人の勤めを果しにおいでになったのですわ。……」

 よく参った。そちたちに来てもらったのは他でもない。戦(いくさ)も果てた今日、わが王国の繁栄と民の仕合せを祈って、新らしい事業をはじめるには、ぜひともそちたちの助力が要るのだ。ここへ来い。盃をとらせよう。
盃を干したら、かなたを見るがよい。月かげに青いテラスの石の欄干がおぼろに見えるだろう。私は少年のころ、よくそこで眠れぬ夜(よる)を、果てしれぬ夢想に耽ってすごしたものだ。今でこそ勇者の名が高い私も、そのころは憂欝な少年だった。いや、昼間は沈みがちな憂欝な少年、夜は夢想に充ちあふれた活気のある少年だったのだ。それというのも、そこのテラスで、私は自分のあらゆる未来の姿を夢みたからだ。戦いも、恋も、信仰も。……そうだ、草むらには螢が飛び、月の木かげにカメレオンが身をひそめ、夜の小さな獣たちの吐息がきこえた。月に凝(こご)った雲の合間には、しかし、いずれ私が出てゆくべき戦場の銀いろの槍の林、象軍の象の旗じるしの幻がひらめいていた。(中略)……いずれにしても、そののち私は勇者になった。そこのテラスで夜ごとに夢みていたとおりの者になったのだ。(中略)今度は、そこのテラスで幻に見た私の信仰を成就するのだ。皆の者、テラスまで進み出て、その向うに建立(こんりゅう)するべき寺院の、自分が思い描く姿を組み立ててみるがいい。」

 ええ、そちたちの考えは、どれもこれもその程度か。王たる余の脳裡には、定かならぬ形が泛んでいて、すでに光りかがやいているが、王者の考えはいつもこうした黄金(こがね)の靄に似ていて、それに形を与え細部を全うして、たとえば戦いの勝利を作り上げるのは兵士の役目、たとえばこの世のものならぬ伽藍を築き上げるのはそちたちの務めだ。心の中にこうしたあいまいな黄金(おうごん)の靄を抱(いだ)くものこそ王者であり、それを形に造り成すのはよい臣下だが、その形は正に王者が定かならず心に抱いていた像と一つでなければならんのだ。……もうおらぬのか? 石工(いしく)はどうした? ここへ参れと言え。」
石工 はい。私の考えもまだ固まっておりませんが、今、月かげを浴びたあの土地をじっと見ておりますうちに、ふしぎな考えが泛んでまいりました。
 ふしぎな考えとは?
石工 月の青白い光りを受けて、四方八方を向いた巨きな観世音菩薩のお顔が、その群立(むらだ)つ巨大なお顔だけが、半眼に拈華微笑(ねんげみしょう)、世にも神秘に静まっておられるという幻なのでございます。
 ふむ。
石工 私はそういう沢山の観世音のお顔を、王様のみ心を体して、ひたすら祈りをこめて彫(きざ)み上げ、まるで大きな石の果物籠のように、そのお顔を盛り立てれば、寺院はたちどころに成るような気がしたのでございます。」
 そちの考えは面白い。うむ。実に面白い。そちの描いた絵柄(えがら)につれて、余の心のなかの黄金(こがね)の靄は徐々に形をとりはじめたようだ。……そうだ。今日からはそちを棟梁に任じよう。思うがままにやってみるがいい。」
石工 私は誓います。ここに王命を受け、昼は幻のようにかがやき、夜は夢のように煙る、地上最美のお寺を建てますことを。」
 若者よ。一つの建築が一つの夢になり、一つの夢が一つの現実になる。そうやって巨大な石とおぼろげな夢とは永遠の循環をくりかえすのだ。」



「第二幕」より:

若棟梁 一年前、あの王様の凱旋祝の夜は、俺にとっても生れてはじめての栄誉を受けた夜だった。だが、何ということだ。あの晩があの王様の運命の日だったとは。
村娘 噂ではあの晩に王様の御病気の最初の兆があらわれたのですってね。
若棟梁 はじめは下々(しもじも)のあずかり知らぬ出来事だったが、今では誰もが知り、誰もが噂している。あの晩、俺たちがお目通りをして、棟梁に取立てられたすぐあとに、斑紋癩のおそろしい兆がはじめて王様の腕にあらわれたのだ。」
村娘 はじめの兆は美しいのですって? 王様の滑らかな逞しい琥珀の腕に、丁度支那薔薇の花びらの刺青(いれずみ)をしたように、まるで燻んだ赤い支那薔薇の。
若棟梁 それがそのうちにあちこちへ散った。ああ、こうしている今も、王様のお体は、一刻一刻、不治の病に蝕まれている。美しい宮殿が白蟻に蝕まれてゆくように、音もなく、きわめて徐々に、二度と修復できぬ破壊へ向って。」
若棟梁 無慈悲なものだ。あの凛々しく濶達な王様が、すっかり変っておしまいになった。いつも暗い目でじっとどこかを見つめておいでになる。(中略)今の王様にとっては、ただこのお寺の完成だけがお望みなのだ。そしてお寺の名も、共に戦って死んだ英霊たちのみ魂(たま)を迎えるバイヨンと名づけられた。バイヨン。王様はあの目ざましい戦(いくさ)の間に討死していればよかったとお考えなのだろう。
村娘 それだったら王様はいつまでも若く美しい幻をお残しになったでしょう。」

若棟梁 見ろよ。これが今かかっている観音様だ。もう一ト月ほどで出来上るだろう。こういう首がいくつとなく群がるんだ。
村娘 きれいなお顔ね。」
村娘 私……このお顔を見たことがあるわ。
若棟梁 観音様のお顔をかい?
村娘 いいえ、これとそっくりの。……そうだわ、これはあの王様のお顔なんだわ。」

 ……いや、いや、これも何かの仏縁かもしれぬ。思えば、お寺の建立(こんりゅう)を思い立ったその同じ日に、私の肉体の崩壊の最初の兆があらわれたのだ。あのとき私の腕に泛んだ支那薔薇のような赤い痣は、もしかすると山の頂きの空にあらわれる暁の明星のようなものだったかもしれぬ。痣も明星も一つの兆で、やがて明けゆく空に明星も吸い取られて光りを失うように、あの痣は月の王朝の無明(むみょう)の夜(よる)がそこで終って、観音の慈悲の昼の光りがはじまるしるしだったのかもしれぬ。そうとすれば、あれほど人に美しいと云われた私の肉体も、ただ月をかがやかすための夜だったのだ。そして暁の到来と共に、夜の肉はこのように崩れて来たのだ。
 そうではないか。そうでなくては、私の精神の目ざめと肉の崩壊が、丁度夜と昼との堺目のように、同じ日にはじまったのが理解ができぬ。そして私の肉体が徐々に崩れてゆくにつれて、バイヨンの伽藍は少しずつ出来上ってゆき、私はそうして徐々に私自身をこの寺へ譲り渡してゆく。(中略)それなら、私はこのお寺の落成に立ち会うことは叶わぬだろう。なぜなら、私の肉体が最後の崩壊の時を迎えるとき、はじめて私のすべては譲り渡され、私の魂の寺、世界に又とない寺、このバイヨンの伽藍は完成するのだろうから……そのときこそ私と観世音は一体となるだろうから。
 それにしても観世音は、この謎めいた美しい微笑みで、人の死に絶えた国に君臨なさって、どうするおつもりなのだろう。そのときははや、慈悲を受けるべき人もいないではないか。」

第一王妃 ……ここから、見ているのです。夕焼けに燃えた沼に、一せいに白い鷺の群が下りて来るのを。その翼が赤く染まり、鷺たちのしなやかな身のこなしが、夕日に揉まれて、まるで狂った白衣(びゃくえ)の巫女(みこ)たちのように見える。目に見える自然が平和だなぞと誰が言った。自然の本当の姿は狂気なのだわ。
第二王妃 私も幼ないころに、母があれは「病気にかかった沼だ」と教えてくれた沼を見ました。やはり今日のような夕日のなかで、沼は黄いろと紅(べに)と緑いろと灰いろと紫と、五色の色に染って澱み、たえず色が移り変ってうごめいていました。沼からは朽木がいくつも顔を出し、野猿の声も死に絶え、生きものの影はどこにもありませんでした。」



「第三幕」より:

王の声 いや、私は死んでゆく。バイヨンの落成の日が、私の死の日だということは、前からわかっていた。」

精神 私は死ぬ。……声が、もう一言一言(ひとことひとこと)が、苦しい重荷だ。おお、私のバイヨン……
肉体 死ぬがいい。滅びるがいい。朝毎のさわやかな息吹、ひろい胸に思い切り吸い込む朝風、その肉体の一日のはじまりは、水浴、戦い、疾走、恋、世界のありとあらゆる美酒に酔い、形の美しさを競い合い、ほめ合って、肌を接して眠る一日のおわりへつづく。その一日を肉体の帆は、いっぱいにかぐわしい潮風を孕んで走るのだ。何かを企てる。それがおまえの病気だった。何かを作る。それがおまえの病気だった。俺の舳(みよし)のような胸は日にかがやき、水は青春の無慈悲な櫂でかきわけられ、どこへも到達せず、どこをも目ざさず、空中にとまる蜂雀のように、五彩の羽根をそよがせて、現在に羽搏いている。俺を見習わなかったのが、おまえの病気だった。
精神 バイヨン……私の、……私の、バイヨン。
肉体 精神は滅ぶ、一つの王国のように。
精神 滅ぶのは肉体だ。……精神は、……不死だ。
肉体 おまえは死んでゆく。
精神 ……バイヨン。
肉体 おまえは死んでゆく。」



「あとがき」より:

「一九六五年十月、カンボジヤのアンコール・トムを訪れ、熱帯の日の下に黙然と坐している若き癩王の美しい彫像を見たときから、私の心の中で、この戯曲の構想はたちまち成った。」
「若きジャヤ・ヴァルマン七世王は、「絶対」にしか惹かれぬ不幸な心性を持っていた、というのが、私の設定である。すなわちこの芝居は、癩病の芝居ではなくて「絶対病」の芝居なのである。
 絶対の愛としての蛇神(ナーガ)の娘、絶対の信仰としてのバイヨン、この二つのものだけが、王にとっては地上で必要だった。他のあらゆるものは、いわばどうでもよい相対的存在にすぎなかった。このような王の心性が、周囲の人々に直感されぬ筈はない。絶対の愛は地上の女(第一夫人)の嫉視を呼び、さらに第二夫人の貞淑によって柔らかに模倣され、硬軟両様の方法で邪魔されるが、ついに第一夫人の死によって、地上の愛に犯されてしまう。一方、絶対の信仰としてのバイヨン建立は、地上の政治により経済によって邪魔されるが、それがあらゆる障害を払って完成されたとき、王はもはや自分の目でそれを見ることはできないのである。
 王の悲劇は、(くりかえすが、)実は癩者の悲劇ではない。むしろ癩が、王の悲劇、あるいは王の病の本質をあばいたのであり、「絶対の病気」としての癩が、「絶対病」に犯された王の精神を、完全に体現したのである。従ってその発病は、決して偶然の罹患ではなくて、王の運命であった。これを癒やす薬は地上に存在しない。これを最終的に癒やすものは、永遠不朽の美としての肉体の復元のほかにありえないからである。王即身崇拝(デヴァラージャ)の具現たるバイヨンの意味はここにあり、さればこそ、王の美しい肉体は、最後に、バイヨンは私だ、と宣言することになるのである。」






































































中勘助 『銀の匙』 (岩波文庫)

「生きもののうちでは人間がいちばんきらいだった。」
(中勘助 『銀の匙』 より)


中勘助 
『銀の匙』
 
岩波文庫 緑/31-051-1 

岩波書店
1935年11月30日 第1刷発行
1962年11月16日 第37刷改版発行
1985年8月20日 第65刷発行
193p
文庫判 並装 カバー
定価350円


「本書は、作者の了解を得て、「中勘助全集」〔昭和三十五年・角川書店刊〕を底本として、これを文庫編集部において現代表記に改めたものである」



中勘助 銀の匙


カバー文:

「ふるい玩具にまじって大切にとっておかれた銀の匙。少年の頃の思い出を自伝風に綴ったこの作品には、不思議なほどあざやかに子供の世界が描かれている。しかも大人が追想した世界としてではなく、子供ごころの感情世界が子供の体験するままに描き出されているのである。漱石が未曾有の秀作として絶讃をおしまなかった名篇。」


内容:

銀の匙
 前篇
 後篇


解説 (和辻哲郎)




◆本書より◆


「私は虚弱のため知恵のつくのが遅れ、かつはなはだしく憂鬱(ゆううつ)になって、伯母さん以外の者には笑顔(えがお)を見せることはほとんどなく、また自分から口をきくことはおろか家の者になにかいわれてもろくに返事もせず、よっぽどきげんのいい時ですらやっと黙ってうなずくぐらいのもので、いくじなしの人みしりばかりして、知らない人の顔さえみれば背中に顔をかくして泣きだすのが常であった。」

「天気のいい日には伯母(おば)さんはアラビアンナイトの化けものみたいに背中にくっついてる私を背負いだして年よりの足のつづくかぎり気にいりそうなところをつれてあるく。じき裏の路地の奥に蓬莱豆(ほうらいまめ)をこしらえる家があって倶梨伽羅紋紋(くりからもんもん)の男たちが犢鼻褌(ふんどし)ひとつの向こう鉢巻(はちまき)で唄(うた)をうたいながら豆を煎(い)ってたが、そこは鬼みたいな男たちがこわいのと、がらがらいう音が頭の心(しん)へひびくのとできらいであった。私はもしそうしたいやなところへつれて行かれればじきにべそをかいてからだをねじくる。そして行きたいほうへ黙って指さしをする。そうすると伯母さんはよく化けものの気もちをのみこんで間違いなく思うほうへつれていってくれた。」

「そのうちに普請(ふしん)がはじまった。(中略)職人たちのなかに定(さだ)さんは気だてのやさしい人で、削りものをしてるそばに立って鉋(かんな)のくぼみからくるくると巻きあがっては地に落ちる鉋屑(かんなくず)に見とれてるといつもきれいそうなのをよって拾ってくれた。(中略)定さんはいつも人よりかあとに残ってぱんぱんといい音のするかしわ手をうってお月様を拝んだ。私はいつまでも仕事場にうろついていてそれを見るのを楽しみにしてたが、ほかの職人たちは定さんに 変人 というあだ名をつけて、ああいう野郎はきっと若死にする なぞといっていた。」

「生まれつきの虚弱のうえに運動不足のため消化不良であった私は蜂(はち)の王様みたいに食い物を口に押しつけられるまでは食うことを忘れていて伯母さんにどれほど骨を折らせたかわからない。」

「そのころ□□さんという気ちがいがいた。古い人の話によれば若いときたいへん学問にこって本ばかり読んでるうちに慢心して気がふれたのだという。髪を蓬々(ぼうぼう)とのばして、垢(あか)と煤(すす)とでこけらのはえたからだに焼けこげだらけの襤褸(ぼろ)をき、太い竹の杖(つえ)をついてなにか考えこみながら夏となく冬となくはだしのままさもしずかにさまよいあるく。昔を知ってる人たちが気の毒がってむすびやなどやると鉄鉢(てっぱつ)をもつような形に大切に手にのせて帰ってゆくが、たまたま身につけるものを施す人があっても不承不承に一日ふつか着るばかりでじきにもとの襤褸と着かえてしまう。彼は私の家から二町ほどはなれたある農家のそばに穴を掘って、そのなかで年じゅうたき火をしていた。そうして気のむいたときには穴から出かけ、足のむくほうへ行きたいだけいって、いやになればくるりと向きなおってもどってくる。そんなにして雨の日も風の日もなんべんとなくそのへんを歩きまわるのが常であった。」

「夏になればいろいろな形をした雲の塊(かたまり)が日光にあふれてぎらぎらする空を動いてゆくのを伯母(おば)さんは あれは文珠様(もんじゅさま)だの、あれは普賢菩薩様(ふげんぼさつさま)だのとまことしやかに教えた。ある日のこと遊び疲れた私はひとり寝ころんで自分をまもってくださる仏様の仰むけになったようなのが不意にくずれて恐ろしい形になったので、私は化けものが観音様になってとりにきたのかと思ってあわてて伯母さんのところへ逃げていった。それから私はそういう形の雲を死人観音(しびとかんのん)と名づけてその影をみればすぐにかくれてしまった。」

「すこし早くゆけば見世物師が蜘蛛(くも)のように小屋がけをしている。そばには見世物に使う道具や生きもののはいった箱がおいてあるのを好奇心にみちて見てるとやがて絵看板があげられる。大概は気味のわるいのばかりで、海のなかを大きな目玉の人魚が泳いでいるところだの、大蛇(だいじゃ)が二またの舌を出して鶏をのもうとしてるのなどだったが、そのなかにときどきねずみの芸当のがあって、空色の看板にいろんな着物をきた無数のこまねずみが日の丸の扇をもったりして芸当をしてるところがかいてあった。私はそれがひどく気にいってそれのかかるたんびにはいってみた。ナンキンねずみが幾匹も出てきて荷車をひいたり車井戸をくんだりする。いちばんしまいには張り子の倉のなかから小さな米俵をくわえだして積みあげるのをやった。茶のぶちや、まっ白なのや、いりみだれて走りまわるのがかわいくてならない。ねずみつかいは三十格好の女で、そのころはまだごく珍しかった束髪に帽子をかぶって女異人のなりをしていた。女はねずみが俵を運びだすたんびに
 「よいとよいとはこんでえっさっさ」
と拍子をとる。そそっかしいねずみのおとした俵が見物人のほうへころげてくることがあるとほかの子たちはすぐに拾って投げかえしてやる。女は
 「ありがとうよ」
と愛想よくほほえんで頭をさげる。俵は私のまえへもたびたびころがってきた。私は拾ってやりたかったのだけれどなぜか気ばかりはらはらしながらどうしても手をだすことができなかった。ねずみの芸当がすむと女は青と赤に染めわけた籠(かご)から一羽の鸚鵡(おうむ)をだして口まねをさせる。鸚鵡は手のひらへおとなしく乗って女のいうとおりさまざまなことをいうのだが、きげんのわるいときは冠毛(かんもう)を立ててきゃあきゃあ鳴くばかりでなんにもいわない。そんなときには女は術なそうに首をかしげて
 「太郎さんはきょうはどうしてそうなんでしょうねー」
という。鸚鵡の絵のような姿、鉤(かぎ)なりの嘴(くちばし)、利巧そうな目などを思いながら残り惜しく小屋をでた。」

「お国さんの櫛(くし)は赤く塗って菊の花の蒔絵(まきえ)がしてあった。緋(ひ)と水色の縮緬(ちりめん)でこしらえた薬玉(くすだま)の簪(かんざし)ももっていた。お国さんはなにか新しいのを買ってもらうと自慢してみせておきながらよく見ようとすれば袂(たもと)へかくしたりして人を焦(じ)らせる。私はそんなものを見るたんびに自分が女に生まれなかったことをくやみ、また男はなぜ女みたいにきれいにしないのだろうと思った。」

「私はそのじぶんから人目をはなれてひとりぼっちになりたい気もちになることがよくあって机のしただの、戸棚(とだな)のなかだの、所かまわず隠れた。そんなところにひっこんでいろいろなことを考えているあいだいいしらぬ安穏と満足をおぼえるのであった。それらの隠れがのうちでいちばん気にいったのは引き出しの箪笥(たんす)の横てであった。それは蔵のそばにある北むきの窓からさしこむ明かりにだけ照らされる最も陰気な部屋(へや)であったが、その窓と箪笥のあいだにちょうどひざを立てたなりにすぽんとはまりこむほどの余地があった。私はそこにかがんで窓ガラスについた放射状のひびや、じきそばにある榧(かや)の木や、朽ち木にからんだ美男葛(びなんかずら)、美男葛の赤いつる、つるのさきに汁(しる)をすう油虫などをながめていた。そうして半日でも一日でもひとりでぼそぼそなにかいいながらいつとはなしに鉛筆でひとつふたつずつ箪笥(たんす)にひらがなの「を」の字を書く癖がついたのがしまいには大きいのや小さいのや無数の「を」の字が行列をつくった。そのうち私があんまりそこへばかりはいるのを父が怪しんでそのすみをのぞいたためたちまちくだんの行列を見つかったが、父はただ手もちぶさたのらく書きだと思って 手習いをするならお草紙へしなければいけない といったばかりでひどくはしからなかった。しかしそれはゆめさらただのらく書きではなかったのである。ひらがなの「を」の字はどこか女のすわった形に似ている。私は小さな胸に、弱いからだに、なにごとかあるときにはそれらの「を」の字に慰藉(いしゃ)を求めていたので、彼らはよくこちらの思いを察して親切に慰めてくれた。
 こちらへこしてからも私は三日にあけずこわい夢におそわれて夜(よる)よなか家(うち)じゅう逃げまわらなければならなかった。そのひとつは、空中に径一尺ぐらいの黒い渦巻(うずまき)がかかって時計のぜんまいみたいに脈をうつ。それが気味がわるくてならないのを一所懸命こらえてるとやがてどこからか化け鶴(づる)が一羽とんできてその渦巻をくわえる というので、もうひとつは、暗やみのなかでなにか臓腑(ぞうふ)のようにくちゃくちゃともみあっている。と、それが女の顔になってばかみたいに口をあけはなし、目をぱっとあいて長い長い顔をする。かと思えばその次には口をつぶって横びろくし、目も鼻もくしゃくしゃに縮めて途方もないぴしゃんこな顔になる。そんなにして人が泣きだすまではいつまでも伸び縮みするのであった。」

「私のなによりきらいな学課は修身であった。(中略)載せてある話といえばどれもこれも孝行むすこが殿様から褒美(ほうび)をもらったの、正直者が金持ちになったのという筋の、しかも味もそっけもないものばかりであった。(中略)私は 修身書は人を瞞着(まんちゃく)するものだ と思った。それゆえ行儀が悪いと操行点をひかれるという恐ろしいその時間に頬杖(ほおづえ)をついたり、わき見をしたり、あくびをしたり、鼻うたをうたったり、できるだけ行儀を悪くしておさえ難い反感をもらした。」





こちらもご参照ください:

中勘助 『犬 他一篇』 (岩波文庫)
中勘助 『鳥の物語』 (岩波文庫)
岩本素白 『素白随筆集 ― 山居俗情・素白集』 (平凡社ライブラリー)





































































































中勘助 『犬 他一篇』 (岩波文庫)

「夜。雨。島のまわりを一本足のものが跳んであるく音がする。なに鳥か闇のなかをひゅうひゅう飛びまわる。雨の音はなにがなしものなつかしい、恋人の霊のすぎゆく衣(きぬ)ずれの音のように。」
(中勘助 「島守」 より)


中勘助 
『犬 
他一篇』
 
岩波文庫 緑/31-051-4 

岩波書店
1985年2月18日 第1刷発行
134p 表記について1p
文庫判 並装
定価250円



編集付記より:

「「犬」の底本には『犬 附島守』(一九二四年五月、岩波書店刊)を使用し、さらに著者入朱本によって伏字を復原し、また訂正を加えた。」


新字・新かな。


中勘助 犬


帯文:

「我が身もろとも女を犬に化身させて愛欲におぼれる苦行僧。人間性の中の醜悪を執拗なまでに描き出した異色作。」


目次:


島守

解説 (富岡多恵子)




◆本書より◆


「犬」より:

「「わしはこの娘をひとにとられぬようにせにゃならぬ。若い男はいくらもおる。ああ」
 彼は悶(もだ)えた。泣きだしそうな顔をした。そして久しいこと思案していたが終(つい)になにか思い浮んだらしくひとりうなずいた。
 「そうじゃ。わしはこれの姿をかえてしまおう。ふびんじゃがしかたがない。わしらは畜生になって添いとげるまでじゃ。よもやまことの畜生に見かえられもすまい。若い男も寄りつかぬじゃあろ」
 彼はそっと娘を抱き起して藁床のうえにうつ伏せにねかした。そして上からしっかりとかじりついて猫のつがうような恰好をした。それから娘の頸窩(くび)の毛をぐわっとくわえながら怪しい呪文を唱えはじめた。と、尖った耳の生えた大きな影法師がぼんやりと映った。そしてすーっと消えた。それと同時に彼の五体が気味悪く痙攣(けいれん)しだした。
 彼女は息を吹き返した。そして体じゅうの筋をひき毮(むし)られるような苦痛を感じた。彼女は起き上ろうとしたがなにか重たいものがのしかかっていて身動きもできない。そして髪の毛を血の出るほどひっぱって泣くような吠えるようなことをいっている。
 「あ、坊さまだ」
 そう思うと空恐ろしくなって死物狂(しにものぐる)いにふりほどこうと身をもがくけれど、手足が蛭(ひる)のようにへばりついていっかなはなれない。二つの肉団が見苦しく絡みあってのたうちまわった。眼のまえに光ったものがとびちがった。あたりの物が水車みたいに廻った。そんなにして小半時も転げまわってるうちにようやく痙攣も苦痛もおさまって手足がぐたりとはなれた。
 彼女は跳ね起きた。そしてなんだかすっかりこぐらがかえったような気持のする自分の身体を見まわした。それは狐(きつね)色の犬の姿であった。そうしてそばに長い舌を吐いてはあはあと喘(あえ)いでる同じ毛の大きな僧犬(そういぬ)を見た。彼女は声をあげて泣いた。それは犬の悲鳴であった。そのとき彼女は急に腹のなかをひきしめられるような気がして藁床のうえにつっぷした。その拍子に胎児を産み堕(おと)した。それはまだ形の出来あがらない人間の子であった。彼女はその血臭いきたならしい肉塊に対して真底愛着を感じた。そして自分の尻のほうに頸をのばしてべろべろとなめた。これまでその存在をただ胎壁の感覚においてのみ認めながらもあれほど大切に望みをかけてた子どもをこんなにして闇から闇へやってしまうのがたまらなかった。それが恋人との唯一の鎖、唯一の形見だというような理由からばかりでなく、訳もたわいもないただもう本能的にいとしくていとしくてとてもそのままはなしてやる気にはなれなかった。まったくそれは「業(ごう)」とでもいうべき恐しい奇怪な力だった。彼女はまた僧犬が怖かった。
 「あの人はこれが邪教徒の子だというのであんなに憎んでいる。あんなに忌々(いまいま)しそうに睨(にら)めつけている。出来た子になんの罪咎(つみとが)もないものを。あの人はほんとにこの子をどうするかしれやしない」
 そう思って非常な不安を感じた。と同時にまたそれを未来永劫自分のものにしてたいという気がむらむらと湧いてきた。そこで彼女は胎児をばくりと口にくわえた。で、舌を手伝わせながら首をひとつ大きくふって奥歯のほうへくわえこんだ。そして二つ三つぎゅっと噛んでその汁けを味(あじわ)ったのちごくりと吞み込んでしまった。ほっと安心して落ちつくことができた。これらのことは些(いささか)の躊躇(ちゅうちょ)も狼狽(ろうばい)もなくごく自然に、平気に、上手に、ちょうど生れつきの犬であったかのように為された。彼女は張りつめた気がゆるむとともに堪(た)えがたい疲労を覚えてそのまま深い眠りに落ちた。」


































































































中勘助 『鳥の物語』 (岩波文庫)

「「私らにはかかわりはないがまったく近頃人間の世の中はめっきり悪くなったらしいね」」
(中勘助 「鳩の話」 より)


中勘助 
『鳥の物語』
 
岩波文庫 緑/31-051-2

岩波書店
1983年1月17日 第1刷発行
1984年5月16日 第4刷発行
384p 
編集付記1p 表記について1p
文庫判 並装 カバー
定価500円



新字・新かな。


中勘助 鳥の物語


カバー文:

「雁、鳩、鶴、ひばり、……十二羽の鳥たちが王の御前に出ては語りだすとっておきの物語。中国・日本の説話や聖書などから題材を得て書きつがれたこの大人のための童話集は、いずれも天衣無縫、珠のように美しく磨きぬかれた作品であり、味わい深い哀愁と高い品格がただよう。作者(1885―1965)自身がもっとも愛した短篇集。」


目次:

雁の話
鳩の話
鶴の話
ひばりの話
鶯の話
白鳥の話
いかるの話
鷹の話
鵜の話
鷲の話
雉子の話
かささぎの話

あとがき

解説 (河盛好蔵)




◆本書より◆


「鳩の話」より:

「もともと鳩のために語るはずであった彼はいつしか自分のために語っていた。彼は嬉(うれ)しそうに、楽しそうに、ほくほくと語った。相手がすこし迷惑してるのも知らずに夢中になって語りつづけた。お伽話(とぎばなし)だな と鳩は思った。」
「お伽話のあいだにその神様のつくった太陽はどんどん山のむこうへ落ちていった。で、話がすむかすまないに鳩はてんでにたちあがる用意をしていった。
 「ありがとう、おじさん」
 「さようなら、おじさん」
 なかで物好きな一羽がきいた。
 「おじさん、おじさんの名なんていうの」
 「は、は、わしの名か。わしの名はヨハネというのよ。おまえがたの名はなんという」
 「私らの名はみんな鳩だよ。めいめいちがった名なんぞなくても不自由はないんだよ。自分とひとをとりちがえることはないし、つれや子供はひと目でわかるし、名なんぞなくても困らないからね」
 彼らは自分らの気のよさからもうそんな答えをするほど馴染(なじ)んでしまった。ヨハネはからからと笑った。
 「それはそうだがわしには見分けがつかんからな。おまえがたはこの柳(やなぎ)の木におったで柳の鳩ということにしよう。さあもう帰って寝なさい、やがて日も暮れようで」
 鳩はもう一度別れの挨拶(あいさつ)をして洞窟(どうくつ)の巣へ帰った。」

「「お伽話がこうじたんだね。可哀想に」」

「「お伽話がこうじたんだ」
 「可哀想に。いい人だったになあ」」

「それはななえのうすぎぬの舞いと名(なづ)けられたものであった。待望のざわめきのうちに楽人がそれぞれの座についたらしくあたりがしーんと静まった。やがて サラリン サラリン とゆるやかな竪琴(たてごと)の音、それにつづくうたのかみの歌う声。

  春くれば
  宮いの園にさく花の さく花の

 キリ コロン といれちがうネベルの箏(そう)、アソルの箏。

  ももの花の
  花はずかしき はずかしき

 シリン シリン とキサルの琴(こと)。

  サロメが舞いをみたまえ

  春くれば
  宮いの園にさく花の
  ももの花の
  花はずかしき
  サロメが舞いをみたまえ

と歌い手たちがくりかえす。そのとき ヒウ リウ リウー と笛の音が流れるとともに サーッ とささ波のうちよせるような感嘆の声がきこえた。サロメが現れたのだ。
 朗朗と響くうたのかみの歌。太鼓(たいこ)。

  なないろの
  ななえのきぬをきて舞えば や
  夕立しぶくカルメルの峯にかかる虹(にじ)の
  いつのかけ橋うちこゆる紅鶴(べにづる)の べに鶴の
  たおの翼の
  金砂(きんしゃ)をちらすごとくなり

  白妙(しろたえ)の
  ひとえの衣をぬげば や
  なまめくもろただむき
  ガリラヤの海こぐ舟の
  かじにおどろく游魚の
  藻(も)の花がくれ
  ひらめくにさもにたり
  君よ
  なんぞ柔き愛の網をもってそをとらえざる

 歌につれてうすぎぬをひとつずつぬぐたびに人びとがわれしらずもらす溜息(ためいき)、葦生(あしふ)をわたる風のような。そうして舞いの拍子が速くなってゆく。鳩には見えもしないし見たこともない姫の体がつぎつぎとあらわになるのが不思議と幻(まぼろし)に浮んでくる。

  しののめの
  あしたの空にのぼる日の
  くれないの
  ななえのきぬをぬげば や
  まろらなる肌(はだ)は
  乳香(にゅうこう)の汗をながし
  つく息は
  没薬(もつやく)の香(か)をふく
  張りたる乳房に
  つぶらなる葡萄(ぶどう)のちくび
  ときめくうすべにや
  たが舌にかまろぶ
  おんみの腿(もも)は
  たくみの刻(きざ)める石
  小さきほぞは
  涸(か)れざる盃(さかずき)
  そよ風よふけ
  ふきて丈(たけ)なす髪の
  かおり草の壇をふけ
  つらなる飾り玉の
  散らざる露とまごうまでに
  かげろうと
  稲妻(いなずま)と
  乙女(おとめ)は小さき足をあぐ
  おんみの足は沓(くつ)のなかにありていかに愛らしきかな
  そは勢子(せこ)に追われてとびはぬる小鹿(こじか)のごとし げにも小鹿のごとし
  君よ
  なんぞなさけの征矢(そや)をもって
  つやよき小鹿を射(い)ってとらざる

 トトトン
 トトトン
 トトトン トトトン トトトン トトトン
と力をこめてふみつづける足拍子の音に鳩は自分の胸がふみ轟(とどろ)かされるかのように胸をときめかせた。
 舞いがおわった。溺愛(できあい)にとろけた王の声。
 「おお よう舞うた よう舞うた。褒美(ほうび)をとらせるぞ。なんなりと望め。わしは神に誓う。サロメや、そちの望みとあればわしの所領のなかばでもとらせるぞ」
 「おそれながらヨハネの首を盆(ぼん)にのせて賜わりとうござります」
 舞踊にはずむ息のしたから鈴のような声がいった。とたんに人間の溜息とも野獣のうめきともつかぬ異様な声がながくひかれると、つづいて
 「ヒヒヒヒヒヒ ホホホホホホ」
ととめどもなく笑いこける王妃の声がハイエナの叫びのように広間を響かせた。」



「ひばりの話」より:

「爺さんは姫君のそばへ歩みより、腰にさげた竹筒(たけづつ)をとり、栓(せん)をぬいて血のけのうせた唇のあいだへとくとくと水をたらしました。ひばりたちは
 「お姫さま!」
 「お姫さま!」
と、見るみる中将姫は息をふきかえして青白い貝殻(かいがら)みたいに閉じてた瞼(まぶた)をぱっちりあけました。と、見るみる瞳(ひとみ)が玉のように輝いて唇が花びらみたいに美しくなりました。」
「姫君が生き返ったのでひばりたちは一遍(いっぺん)にはしゃぎだしました。
 「ほら お爺さん マンダラってこんなもんだよ。このまん中のがあみださまってんだとさ。立派な家もあるよ。こら 綺麗(きれい)な池もあるよ。鳥も飛んでる、わたしら知らない鳥だけど」
 彼らは機のうえに飛びあがり得意になって説明しました。
 「ほほう、えろう上手に織れたの。もう少しだで精出しなさい」
 爺さんは弁当の包みを開き蓮(はす)の実を少しばかり物のうえにおきながら
 「ひもじい時にはこれをたべるがええ」
といいすてて小屋を出てゆく後ろ姿をただ茫然(ぼうぜん)としてものもいえない中将姫は涙にぬれて伏し拝みました。」



「鵜の話」より:

「あわれな那古に青暗い孤独の、思慕の、悲嘆の、業苦(ごうく)の日日が蛇(へび)の辷(すべ)るように陰惨(いんさん)に過ぎてゆく。そのうちある日彼女はなにかの拍子に肩ごしに背中へ手をやった。と、指先に異様な物のさわるのに気がついた。彼女は怪(あやし)んで右から、左から、腋(わき)から腕を廻してさわってみた。それはまだ柔くはあるがまさしく出来かけの二、三枚の鱗(うろこ)だった。彼女はきょっとして何もない所に誰(だれ)かの顔を見つめるように目を見はり、放心したように居竦(いすく)んでいた。が、我にかえるや投倒(なげたお)されるように床にうつ伏してわっと声をあげて泣いた。いやだ いやだ 助けてください神様 仏様 那古を助けてください 私は人間でいたい 竜(りゅう)になるのはいやだ と彼女は身もだえして泣き叫んだけれどそこは千尋(ちひろ)の海底の竜神の国、その声は神にも仏にも聞えそうにない。彼女は涙にぬれながら右の腕、左の腕、胸と自分の肌(はだ)を嗅(か)いでみた。今が今まで気づかなかったがそれはもう微(かす)かに生臭い臭(にお)いを放っている。異類の国に住んで異類の食をとり、異類の抱愛(ほうあい)に身をまかせてるうちに彼女は異類の気をうけていつしか同じ形になりつつあるのであった。」




こちらもご参照ください:

中勘助 『犬 他一篇』 (岩波文庫)


















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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