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星新一 『ごたごた気流』 (角川文庫)

「「申しわけありませんが、わたしにはわたしなりの生き方があるのです」」
(星新一 「追究する男」 より)


星新一 
『ごたごた気流』
 
角川文庫 14842/ほ-3-9 


角川書店 
昭和60年9月25日 初版発行
平成19年9月25日 改版初版発行
268p 
文庫判 並装 カバー
定価438円(税別)
装幀: 杉浦康平
イラスト/カバーイラスト: 片山若子
カバーデザイン: 都甲玲子(角川書店装丁室)



各篇に扉イラスト(計12点)。
本書はもっていなかったのでもったいない本舗さんで「非常に良い」が277円(送料無料)で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。



星新一 ごたごた気流



カバー裏文:

「青年の部屋に美女が出現した、となりの女子大生の部屋には死んだはずの父親が。触ることのできない幻があちこちで目撃される。現象は広がり、モナリザやヒットラー、さまざまな動物、怪物、札束も出現。人々の夢が幻となって現われているのだ。みんながみんな、自分の夢をつれて歩き出した。やがて、世界は夢であふれかえり、そして――。平和な日常にそっと潜む、小さな乱流の種。皮肉でユーモラスな短編12編を収録。」


目次:

なんでもない
見物の人
すなおな性格
命の恩人
重なった情景
追跡
条件
追究する男
まわれ右
品種改良
門のある家
ごたごた気流

インタビュー 星新一 戦後・私・SF




◆本書より◆


「なんでもない」より:

「「このところ、不幸の電話とでもいうべきものが、はやっているようなのです」
 「なんですか、それは」」
「「すぐに電話が切れてしまうらしいのです。ほんの短い時間。そのあいだに話がすみ、聞かされたほうはショックを受け、人が変ったようになってしまうのです」」



「見物の人」より:

「興味のある番組は、ひとつもやっていなかった。しかし、男はべつにがっかりしなかった。こういうものなのだ。与えられる番組というものは、こんな程度。やむをえないものなのだ。
 男はテレビを消さなかった。指をのばして、スイッチを切換える。いままでは〈一般放送〉だったが、それを〈有線放送〉へと。
 画面には、へいがあらわれた。コンクリートの高いへい。刑務所のへいなのだ。脱走にそなえて、監視塔にテレビカメラがすえつけられている。それのとらえている光景なのだ。」
「男は〈有線放送〉のほうのダイヤルを回した。
 デパートの内部の、ある階がうつった。」
「どのデパートにも、店内監視用テレビがそなえつけられている。」
「なにもデパートだけに限らない。いまや、企業、官庁、そのほかあらゆる方面でのテレビカメラが、この〈有線放送〉に連絡されている。情報時代のひとつの成果。
 いながらにして、たいていのところを見ることができるのだ。」



「すなおな性格」より:

「ひとりの若い男がやってきた。占い師はそれを迎えた。」
「人のよさそうな男のようすを見て、占い師はいささかあきれ顔。
 「科学にもとづく天気予報さえ疑ってかかる人が多いのに、これは珍しい人だな。あなたは、すなおな性格のようですなあ」
 「これはこれは。ぼくのそんな性格を、ずばりと指摘なさるなんて、じつにすばらしい。もしかしたら、あなたは天才的な占い師かもしれない」
 「なんとなくくすぐったいが、信用されるということは、悪くない気持ちです。で、どんな悩みごとをお持ちなのでしょうか」
 「そこなんです。まもなく大学を卒業するんですが、どんな職業をえらんだものか、それを教えていただきたいので……」
 「これはまた、なんと主体性のないこと」
 「すごい。またも、ずばりと指摘なさった。ぼくは友人たちから、いつもそう言われているんですよ」
 「もう少し、くわしくお話し下さい。とくいな学科はなんであるとか……」
 「それがねえ。ないんですよ。頭は悪くないと自分でも思っているし、成績もみな平均点以上。にが手な学科でもあればいいんでしょうが、それもない。ですから、どんな道を選んだものか、見当がつかないんです」
 「こんなお客ははじめてだ。全面的に他人まかせとは。新しい世代があらわれたというべきか、あなたが変っているというべきか。」」



「命の恩人」より:

「「やれやれ、まただ……」
 ほぼ月に一回の割で、彼をめぐってこのようなことが起るのだった。どういうわけか、若い女の危機を助けてしまう。」
「彼に助けられた女性たちは、男を会社にたずねてくる。なにしろ、命の恩人なのだ、高価なおみやげを持ってくるのもある。また、夕食への招待を申し出たりもする。感謝と尊敬にみちた熱っぽい視線。」
「かくのごとく、男は女性たちにもてた。いずれも若い美人ばかりだった。しかし、残念なことに、思う存分それを楽しむというわけにもいかないのだった。
 男には妻があった。」



「重なった情景」より:

「「きのうは眠れなくてね」
 「きみもか。じつは、ぼくもだ」
 「すると、やはり気候のせいのようだな」
 青年はほっとした。仲間がいたとなると、気が落ちつく。どうやら、ほかにも不眠だった人が何人もいるようだった。」

「となりの部屋から、女の悲鳴がした。」
「青年は廊下へ出て、隣室へ飛びこんだ。
 「どうしました」
 と聞きながら見まわすと、六十歳ぐらいの男がいた。」
「「そ、そこに……」
 女子大生は男を指さし、青ざめ、ふるえている。
 「この、見知らぬ男が、勝手に入ってきたというのですか」
 「知らない人というわけじゃないんですけど……」
 「すると、だれなんです」
 「あたしの父よ」
 「ばかばかしい。父親に訪問されて悲鳴をあげるなんて、ひとさわがせだ。親子の断絶というわけですか。しかし、それにしても大げさな」
 「断絶なんてこと、ありません。いい父なんです。でも、でも……」
 「思わせぶりだな。早く説明して下さい」
 「あたしの父は、二年前に、病気で死んでしまったのです」」
「青年はまたも腕組みし、もっともらしい表情をした。ここにも鮮明な幻が出現したというわけか。しかし、内心はさほど驚いていなかった。ふりむくと、幻の女がくっついてきていた。それを指さして言う。
 「誤解しないで下さい。ぼくが連れ込んだのではありません。勝手に出現したのです。ここにおいでの、あなたのおとうさんと、同じたぐいのようですよ」」
「女子大生は、ふしぎがりながらも少し安心した。
 「あたしのとこだけじゃ、なかったのね。だけど、どういう現象なのかしら、これ」
 「それは、ぼくだって知りたい点です」」

「べつな局では、討論会をやっていた。特別番組、この事態にいかに対処すべきか論じあっていた。」
「〈この現実を直視しなければいけません。一に共存、二に共存です。夢との共存になれて、日常生活をスムースにすることが第一でしょう〉」

「ガイコツを連れている者もあった。
 「わたしは医学者です。すみません。人骨の研究をしているのです。安心して下さい。これは昔から夢に見つづけの、北京原人(ペキンげんじん)の全身です。シナントロプス・ペキネンシス。すばらしいでしょう」
 と、しきりに弁解し、説明していた。」



「条件」より:

「「あなたはだれです」
 「だれだとは、なんです。あなたのご要望にこたえて出現した悪魔ですよ」
 「悪魔ねえ……」
 青年はしげしげと見つめた。その男は、ただものでないムードをまきちらしている。普通だったら、音もなく突然にやってこられるわけがない。
 「本物のようだな。なぜ、こうも簡単に出てきたのだ」
 「このごろは、だれもが合理的とかいう考え方をするようになってしまった。神秘趣味の人もないわけではないが、それも合理的の裏がえしにすぎない。しかし、あなたはちがう」
 「珍しいとでもいうのか」
 「そうですよ。理屈もなにもない無茶な願いを、真剣になってとなえた。そこがわたしの気に入った点です。まったく、そういう人が少なくなった。そういう人を相手にするのが、わたしの働きがいなのに。ことが不合理であればあるほど、悪魔のほうもやってて楽しいわけですよ」
 「そういうものかな」」



「まわれ右」より:

「「どんな夢です」
 「正体不明なのです。ぼんやりとはしているが、たしかに存在している。ようするに、わけがわからないものです。しかし言うことははっきりしていた」
 「なんと言ったのです」
 「まわれ右と、わたしに言ったのです。(中略)それから、目がさめ、朝になっていた。だが、なにかおかしい。そのうち、気がついたわけです」
 「なにがどうなったというのですか」
 と医者は好奇心をもって聞いた。
 「いいですか。(中略)普通ならですね、夜に眠って、目がさめて朝になると、翌日です。しかし、その、わたしの場合はちがったのです。目がさめてみると、前日になっていたのです」」



「門のある家」より:

「どうしても行かなければならない用事か。なるほど、そんなものはないのだと気づいた。会社とここの家とをくらべれば、ここのほうがどんなに魅力的なことか。自分はここにいるべきなのだ。その思いがからだのなかにひろがっていった。」
「かくして、青年はここの家の一員となった。テレビはあったが、つける気になどならなかった。この家の空気に似つかわしくないのだ。レコードをかけ、美しい音楽を聞くほうがよかった。
 書棚にはたくさんの本があった。そのなかの一冊を抜き出し、書斎のがっしりした机で読むのもよかった。(中略)頭を休めたければ、やわらかな長椅子に横になればいい。時間は静かに流れてゆく。」
「この家には、人をひきつけるものがある。世の中には、都会をのがれて海や山へ行きたがる者も多い。しかし、行った先でまた混雑というのなら、もっとべつな脱出先を考えたほうが利口というものだ。
 たとえば、ここだ。空間的な脱出でなく、時間的な、いや、それともちょっとちがう。なんというか、ここは住みごこちのいい小宇宙なのだ。」
「ここには、すばらしいやすらぎがある。新奇な流行を追って買物をすることもない。家のなかにあるものは、すべてぴったりで、買いかえる必要などない。他人への虚栄心のための出費もない。ここにいれば他人に会うこともないのだ。この家、それ以上の友人など、ないのではなかろうか。」

「あそこには秩序があった。すべてに存在の価値と、存在する必要性とがあった。建物も、庭も、庭の樹も、内部の家具にも、また、住んでいる人たちも、それぞれ、自分がどういう立場にあり、どうあるべきか、それを知っていた。だから、なにもかもうまくいっていた。」



「ごたごた気流」より:

「「これは精巧な運勢探知機でもあるのだ。各人にはそれぞれ運勢というものがある。また、場所にも運勢がある。といって、それは固定したものでなく、時間の流れとともに刻々と変化し、その複合が事件となってあらわれる。運命の霊気とでも呼ぶべきかな。その雲行きの怪しげなところを、このレーダーがキャッチし、教えてくれるというわけだ」
 「なんとなく天気予報みたいな話ですね」
 「そうだ。おまえも、なかなかいいことを言うようになったぞ。まったく、その通りだ。社会は、運命という低気圧、高気圧の作り出す気流の変化のなかにある。晴れたり曇ったり、時には台風とか集中豪雨とでもいうべき事件にも進展する。人間はそのなかでゆれ動く、木の葉のようなものさ」」



「インタビュー 星新一」より:

 子供の頃では江戸川乱歩さんの〈少年探偵団〉のシリーズが印象に残ってますね。乱歩さんがあの作品をお書きになった頃に、ぼくはちょうど小林少年と同年齢で、しかも生まれ育った東京の山の手が舞台でしょう。家の近所には実際に西洋館なんかもあったりして、まさに同時進行の感覚で読んでましたから、本当に共感するものがありましたね。昭和十年前後のことですけど。あと印象に残ってるものでは、佐藤春夫さんが中国の短篇を子供向きに書き直して一冊にまとめた本が出ていて、それなんかもかなり……だからぼくは今でも、ショート・ショートの原点は中国の怪奇談じゃないかと思ってるくらいでね。西洋のものよりはるかに異様な話が多いですよ。中国人ってのはものすごいリアリストでしょう、なにしろ神を認めないんだから。そのなかで、あえて“怪力乱神”を語ってるわけだから、本当に妙な話ばかりが集まっていて、もっと注目されていい分野だと思いますけどね。」

 それはやっぱり小松(左京)さんにしても、半村(良)さんや筒井(康隆)さんだって、言うに言われぬなにかがあったでしょうな。それをいちがいに救いを求めてとは言えないでしょうが、少なくともぼくの中には、そういう現実からの逃避としてのSFという傾向はありましたね。SFは逃避じゃないという人もいるし、事実そうかもしれませんが、ぼくの場合それがかなりの要素を占めてたのはたしかです。」




◆感想◆


巻末収録のインタビューによると、星新一はフレドリック・ブラウンの他にシェクリイ、ブラッドベリを愛読していたようですが、本書収録作だと「見物の人」(ひたすらテレビ画面を監視する人とその人をひたすらテレビ画面で監視する人の話)はディックっぽいし、「重なった情景」(夢が現実に取って代わるドタバタSF)はラファティっぽいし、「門のある家」(家がそこに入り込んだ人をその家にふさわしい人格に変えてしまう話)には明らかにフィニイの「クルーエット夫妻の家」(古い図面通りに復元したヴィクトリア朝風の家に住んだクルーエット夫妻がヴィクトリア朝人になりきってしまう話)からの影響がうかがわれます。もちろんそれは中国の「桃源郷」譚の現代版でもあるわけで(本書収録作「すなおな性格」の主人公はある意味で現代における老荘的〈無為〉の体現者であり、「追究する男」が辿り着いた場所こそ現代の〈仙境〉であるといえます)、〈中国の怪奇談〉と欧米のSFは、現実逃避によって現実批判する文学という点で共通しています。
思うに、名作「門のある家」は著者にとっても特に思い入れのある作品だったのではなかろうか、というのも主人公の名は「順一」、〈門のある家〉の一員としての名は「西真二郎」ですが、両者をミックスすると「西真一」(にししんいち)で星新一(ほししんいち)と一音ちがいであります。ついでにいうと宮部みゆきさんの『理由』(マンションの一室に集まって家族のように住む他人が殺される長編推理小説)は明らかに「門のある家」の本歌取りです。






こちらもご参照ください:

『ボードレール詩集』 佐藤朔 訳 (旺文社文庫)
ジャック・フィニイ 『ゲイルズバーグの春を愛す』 福島正実 訳 (世界の短篇)
モーリス・ルヴェル 『夜鳥』 田中早苗 訳 (創元推理文庫)
岡本綺堂 『中国怪奇小説集 新装版』 (光文社時代小説文庫)






































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竹久夢二 『どんたく』 (中公文庫)

「しんからこの世(よ)がつまらない」
(竹久夢二 「断章 1」 より)


竹久夢二 
『どんたく』
 
中公文庫 た-48-1 


中央公論社 
1993年6月25日 印刷
1993年7月10日 発行
162p 
文庫判 並装 カバー
定価380円(本体369円)
カバー画: 竹久夢二


「『どんたく』 大正二年十一月 実業之日本社刊」



著者による挿絵(モノクロ)17点。

暗いドンタク。本書はヤフオクストアで200円(3,000円以上で送料無料)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。



竹久夢二 どんたく 01



カバー裏文:

  「ドンタクがきたとてなんになろ
  子供は芝居へゆくでなし
  馬にのろにも馬はなし
  しんからこの世がつまらない。
過ぎし少年の日の追憶、絵と同じ感性で歌う
親しみやすい自由な詩。異国風と郷愁と……
夢二の世界へ誘う絵入小唄集。」



「どんたく 絵入小唄集」 目次:

TO

どんたく
 歌時計
 ゆびきり
 紡車
 人買
 六地蔵
 越後獅子
 赤い木の実
 鐘
 ゆく春
 くすり
 雀踊
 わたり鳥
 納戸の記憶
 おしのび

断章
 1
 2
 3
 4
 5
 6
 7
 8
 9
 10
 11
 12
 13
 14

少年なりし日
 人形遣
 雪
 かくれんぼ
 郵便函
 山賊
 おさなき夢
 草餅
 嘘
 どんたく
 郵便脚夫
 江戸見物
 七つの桃
 猿と蟹
 加藤清正
 禁制の果実

日本のむすめ
 宵待草
 わすれな草
 夏のたそがれ
 うしなひしもの
 芝居事
 花束
 たそがれ
 かへらぬひと
 よきもの
 見知らぬ島へ
 てまり
 たもと
 かげりゆく心
 雀の子
 異国の春
 白壁へ

解説 (赤瀬川原平)




竹久夢二 どんたく 02



◆本書より◆


「人買」:

「秋のいり日はあかあかと
蜻蛉(とんぼ)とびゆくかはたれに
塀(へい)のかげから青頭巾(あをづきん)。

「やれ人買(ひとかひ)ぢや人買(ひとかひ)ぢや
どこへにげようぞかくれうぞ」
赤い蜻蛉(とんぼ)がとびまはる。」



「断章 4」:

「この紅茸(べにたけ)のうつくしさ。
小供(こども)がたべて毒(どく)なもの
なぜ神様(かみさま)はつくつたろ。
毒(どく)なものならなんでまあ
こんなにきれいにつくつたろ。」



「宵待草」:

「まてどくらせどこぬひとを
宵待草(よひまちぐさ)のやるせなさ

こよひは月もでぬさうな。」



「うしなひしもの」:

「夏の祭(まつり)のゆふべより
うしなひしものもとめるとて
紅提燈(べにちやうちん)に灯(ひ)をつけて
きみはなくなくさまよひぬ。」



「見知らぬ島へ」:

「ふるさとの山をいでしより
旅にいくとせ
ふりさけみれば涙わりなし。

ふるさとのははこひしきか。
いないな
ふるさとのいもとこひしきか
いないないな。
うしなひしむかしのわれのかなしさに
われはなくなり。

うき旅の路(みち)はつきて
あやめもわかぬ岬(みさき)にたてり。

すべてうしなひしものは
もとめむもせんなし。
よしやよしや
みしらぬ島の
わがすがたこそは
あたらしきわがこころなれ。

いざや いざや
みしらぬ島へ。」












こちらもご参照ください:

『現代日本美人画全集 8 竹久夢二』
北原白秋 『思ひ出』 (復刻)
山田俊幸 監修 『大正イマジュリィの世界 ― デザインとイラストレーションのモダーンズ』
鈴木清順 『夢と祈祷師』 (新装版)



































































西條八十 『砂金』 (復刻)

「菌(きのこ)は
石階に古き日の唄(うた)を
うたふ。」
「蒼白(あをざ)めた夜は
無限の石階をさしのぞく、
暗い海(うみ)は
無花果(いちじく)の葉蔭(はかげ)に鳴る。」

(西條八十 「石階」 より)


西條八十 
『砂金』

名著複刻 詩歌文学館〈石楠花セット〉


刊行: 日本近代文学館
発売: ほるぷ
昭和56年11月20日 印刷
昭和56年12月1日 発行(初刷)
192p
19×15cm
角背革装上製本(薄表紙) 天金
保護函
装幀: 野口柾夫



西條八十詩集『砂金』、尚文堂書店版初版本(大正8年6月刊)の復刻です。
日本図書センターの「愛蔵版詩集」シリーズで買おうとおもっていたのですが、復刻版が安かったので(日本の古本屋サイトで800円+送料200円)、そっちを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。表紙も柔かく滑らかな手ざわりで、字体も正字(旧字)で印字のかすれなども古雅な味わいがあってよいです。



西條八十 砂金 01



西條八十 砂金 02



目次:

自序

砂金
 梯子
 蠟人形
 鶯
 パステル
 正午
 桐の花
 戀と骨牌
 石階
 鸚鵡
 黑子
 七人
 文殻
 蹠
 誰か
 薔薇
  一 薔薇
  二 砂上の薔薇
 トミノの地獄
 悲しき唄
 朱のあと
 凧
 今日も
 柚の林
 柚の實
 躑躅
 錶
 懈怠
 雞頭
 海にて
 顏
 St. Bernard
 砂山の幻
 芒の唄
  一 芒
  二 芒
  三 芒の中
 何處
 陶器師の唄
 想ひ
 欺罔
 顏の海
 胸の上の孔雀
 冬の朝の鞦韆
 失へる人形
 假面

遠き唄 (童謠九篇)
 鈴の音
 薔薇
 かなりや
 海のかなりや
 手品
 雪の夜
 蝶々
 蹠
 小人の地獄

曠野 (散文詩三篇)
 曠野
 領土
 温室

目次




西條八十 砂金 03



西條八十 砂金 04



◆本書より◆


「自序」より:

「をりをりに書きつけてをいた作が、いつかこれだけ溜つた。明治四十五年頃から今日に至る約八年間の仕事である。なかで「石階」「温室」「悲しき唄」などが最も古く、「顏の海」「冬の朝の鞦韆」等が比較的輓近の所産である。總じて暗欝な夜の唄は往時の作で、明るい、靜かな調べが近頃の私の心境を語るのである。
 詩作の態度としては、私は終始自分の心象の完全な複本(カウンタアパート)を獲たいとのみ望んでゐた。故國木田獨歩氏が少年時の私に聽かされた言葉の中に、『昔から人の死を描かうと企てた作家は多い、が孰れも其人物の死の前後の状態、若くは其臨終の姿容を叙述するに止り、當の「死」其物を描き得た者は絶えて無い』と云ふのがあつた。この言葉は今でも私の耳に強い響として殘つてゐるが、私が今日像現しようと努めてゐるのも、獨歩氏のこの所謂「死」其物の姿に他ならぬ、即ち閃々として去來し、過ぎては遂に捉ふる事なき梢頭の風の如き心象、迂遠な環境描寫や、粗硬な説明辭を以てしてはその横顏(プロファイル)をすら示し得ない吾人が日夜の心象の記録を、出來得るかぎり完全に作り置かうとするのが私の願ひである。たとへば「朱のあと」に於て、私は靜かな眞晝にそことなく皷動してくる幽かな性慾を描かうと試み、「胸の上の孔雀」に於ては、肉體の疲勞に伴ふ靈性の搖曳を記して置かうと企てた。」



「梯子」:

「下(お)りて來(こ)い、下(お)りて來(こ)い、
昨日(きのふ)も今日(けふ)も
木犀(もくせい)の林の中(なか)に
吊(つるさが)つてゐる
黄金(きん)の梯子(はしご)
瑪瑙(めなう)の梯子。

下(お)りて來(こ)い、待つてゐるのに――
嘴(くちばし)の紅く爛(ただ)れた小鳥(ことり)よ
疫病(えや)んだ鸚哥(いんこ)よ
老(お)いた眼(まみ)の白孔雀(しろくじやく)よ。

月は埋(うづ)み
靑空(あをぞら)は凍(いて)ついてゐる、
木犀(もくせい)の黄ろい花が朽(く)ちて
瑪瑙(めなう)の段に縋るときも。

下(お)りて來(こ)い、倚(よ)つてゐるのに――


遠い響(ひびき)を殘して
幻(まぼろし)の獸(けだもの)どもは、何處(どこ)へ行(ゆ)くぞ。

待たるゝは
月(つき)にそむきて
木犀の花片(はなびら)幽(かす)か
埋(うづも)れし女(ひと)の跫音(あしおと)。

午(ひる)は寂(さび)し
昨日(きのふ)も今日(けふ)も
幻の獸(けだもの)ども
綺羅(きら)びやかに
黄金(きん)の梯子(はしご)を下(お)りつ上(のぼ)りつ。」



「正午」:

「塗(ぬ)りひろがるラックの白晝(ひる)の
懶(ものう)きに、――

蒼白(あをざ)めた巨大な蝶(てふ)は
野のはてに、たゞ一本(ひともと)の
楡(にれ)の梢(こずえ)によぢのぼる。

大空(おほぞら)は
麗(うる)はしき雲母(きらら)のごとく
双(さう)の翅(はね)にかくれ
星宿は靑(あを)き花(はな)と凋(しぼ)みつゝ。

畝(うね)も、丘(をか)も、牧地も、
綠(みどり)は遠(とほ)く翳(かげ)り、
恍惚のなかに
あひよばふ繊弱(かよわ)い樹立(こだち)。

曇り日(び)の、光澤(つや)なき雲(くも)にいろひて
紅(あか)くゑみ割(わ)るゝ觸角の
そのひまに
鳴(な)る、鳴る、午(ひる)の鐘(かね)鳴る。――」



「薔薇」より:

「かげもなし
しんしんと
曇(くも)り日(び)の舗石(しきいし)に、園(その)に、
落(お)ちちる薔薇(ばら)
明(あか)るき地心(ちしん)にひびく
無數の小(ちひ)さきもののうめき。」



「トミノの地獄」:

「姉は血を吐(は)く、妹(いもと)は火 吐(は)く、可愛(かは)いトミノは寶玉(たま)を吐(は)く。
ひとり地獄(ぢごく)に落ちゆくトミノ、地獄くらやみ花も無き。
鞭(むち)で叩(たた)くはトミノの姉か、鞭の朱總(しゆぶさ)が氣(き)にかかる。
叩(たた)け叩きやれ叩かずとても、無限地獄(むげんぢごく)はひとつみち。

暗(くら)い地獄へ案内(あない)をたのむ、金の羊(ひつじ)に、鶯(うぐひす)に。
革(かは)の囊(ふくろ)にやいくらほど入れよ、無間地獄の旅仕度(たびじたく)。
春が來て候(そろ)林に谿(たに)に、くらい地獄谷七曲(ぢごくだにななまが)り。
籠(かご)にや鶯、車にや羊(ひつじ)、可愛(かは)いトミノの眼にや涙。
啼(な)けよ鶯(うぐひす)、林の雨に妹(いもと)戀(こひ)しと聲かぎり。
啼けば反響(こだま)が地獄にひびき、狐牡丹(きつねぼたん)の花がさく。
地獄七山七谿(ぢごくななやまななたに)めぐる、可愛(かは)いトミノのひとり旅(たび)。
地獄(ぢごく)ござらばもて來(き)てたもれ、針(はり)の御山(おやま)の留針(とめばり)を。
赤(あか)い留針(とめばり)だてにはささぬ、可愛(かは)いトミノのめじるしに。」



「悲しき唄」:

「―姉(あね)よ、日は毛布(けぬの)のごとく黑(くろ)みきたれり、
―弟(おとうと)よ、海もまた毛布(けぬの)のごとく黑(くろ)みきたれり。

  姉(あね)の黑き胸當(こるせつと)は
  寂(さび)しき砂丘の棗林(なつめばやし)に隱れ、
  弟(おとうと)の蒼白(あをざ)めし瞳(ひとみ)は
  十字街(じがい)の白日に震(ふる)えたり。

―海(うみ)の夜(よる)きたれり、眞白(ましろ)なる波、
  眞白なる浮燈臺(うきとうだい)に蜥蝪色(かめれおんいろ)の灯(ともしび)かがやき、
―市(まち)の夜(よる)きたれり、橄欖の樹蔭(こかげ)、
  寶石商の牕(まど)に盗人(ぬすびと)ぞ忍び入る。

  姉(あね)よ、急げ棗林(なつめばやし)に
  誰(たれ)びとか御身(おんみ)を待てり、
  弟(おとうと)よ、急げ、舗道に
  音もなく白薔薇(しろばら)散れり。

―姉(あね)よ、汝(な)が銀(しろがね)の時計はいまだ七時を指(さ)せるや、
―弟(おとうと)よ、汝(な)が冷(ひえ)し髑髏はいまだ口を噤(つぐみ)て語(かた)らざるや。

  姉(あね)は頸(うなじ)に懸けし
  銀(しろがね)の時計を捜(さぐ)り、
  弟(おとうと)は衣匣(かくし)にまろぶ
  冷えはてし髑髏(どくろ)を想ふ。

―死(し)の夜(よる)きたれり、姉(あね)の死骸(むくろ)、
  姉(あね)の死骸(むくろ)に夜光虫の群(むれ)は歌ひ、
―眠(ねむり)の夜(よる)きたれり、弟(おとうと)の死骸(むくろ)、
  弟(おとうと)の死骸(むくろ)に市街(まち)の霧しづかに懸(かか)る。」



「柚の實」:

「逃(のが)れんすべなし、
せめては小刀(メス)をあげて
この靑き柚(ゆず)の實を截(き)れ、
さらばうちに黄金(こがね)の
匂(かぐ)はしき十二の房(へや)ありて
爾(おんみ)とわれとを防(まも)らむ。」



「懈怠」:

「日に幾度(いくたび)
眼(まなこ)をとざす
疲(つか)れて、ものうく。

瞼(まぶた)のうへに
とまれる蛾(が)の
翅(はね)の薄白(うすじろ)さ、また冷たさ。

ほのかに蒼(あを)み
螺(きさご)のごとく翳(かげ)りゆく大地、
さびしげなる
白晝(ひる)の星宿。

をりをり、あたたかく
眉(まゆ)にふる花粉よ、――
忘れて鏽(さ)びし鐵籠(かなかご)に
そを囚(とら)へんとして
現(うつゝ)
眠(ねむ)り入る。」



「雞頭」より:

「雞頭の下(もと)の
小さき地獄。」

「母よ、恐ろし
玻璃戸(がらすど)の外(そと)を眺めよ、
秋の日に、葉蔭(はかげ)に、なほも
暗(くら)く、暗く、凝(こ)りて、動かざる

その地獄。」



「かなりや」:

「――唄(うた)を忘(わす)れた金絲雀(かなりや)は、後(うしろ)の山に棄(す)てましよか。
――いえ、いえ、それはなりませぬ。

――唄(うた)を忘れた金絲雀(かなりや)は、背戸(せど)の小藪(こやぶ)に埋(い)けましよか。
――いえ、いえ、それもなりませぬ。

――唄(うた)を忘れた金絲雀(かなりや)は、柳(やなぎ)の鞭(むち)でぶちましよか。
――いえ、いえ、それはかはいさう。

――唄(うた)を忘れた金絲雀(かなりや)は、
  象牙(ざうげ)の船(ふね)に、銀(ぎん)の櫂(かい)、
  月夜(つきよ)の海(うみ)に浮(うか)べれば、
  忘(わす)れた唄(うた)をおもひだす。」



「海のかなりや」:

「唄(うた)を忘れた
金絲雀(かなりや)は、
赤い緒紐(をひも)で
くるくると
縛(いまし)められて
砂(すな)の上。

かはいさうにと
妹(いもうと)が
涙ぐみつゝ
解(と)いてやる、
夕顏(ゆふがほ)いろの
指さきに
短(みじ)かい海の
日(ひ)がくれる。」



「領土」より:

「――あなた、まあご覽なさい。この珈琲茶碗はほんたうに奇異(ふしぎ)なものを持つてゐますよ。わたしがかう凝乎(じつ)と、この白い滑らかな面(おもて)を瞶(みつ)めてゐますと、わたしにはこの中に綺麗なこじんまり(引用者注:「こじんまり」に傍点)した小さい室(へや)が在つて、その中央(まんなか)にまた小さい黑檀の卓子が据ゑてあるのが見えて來るんですよ、さうして可笑(をか)しいことには白い夜會服を着た貴婦人たちが大勢この周邊(まはり)に腰をかけてゐますの。そして暫く見てゐるうちに何處(どこ)からかもうひとり老(としと)つた貴婦人が出てきて、骨牌(かるた)を出して皆の前で奇術(てづま)を始めるんですの。その奇術(てづま)がまたほんとうに奇體なんですよ。まあかう骨牌(かるた)を聚(あつ)めてさしあげる、いちばん表面(おもて)の札はスペードの六なんですが、それが見る見るうちに六つの小さい髑髏(されかうべ)に變つてしまふんですもの。」



西條八十 砂金 05





こちらもご参照ください:

北原白秋 『桐の花 ― 抒情歌集』 (復刻)
モーパッサン 『水の上』 吉江喬松・桜井成夫 訳 (岩波文庫)
イエーツ 『鷹の井戸』 松村みね子 訳 (角川文庫)
丸尾末広 『トミノの地獄 ①』 (BEAM COMIX)
皆川博子 『ゆめこ縮緬』
多田智満子  『森の世界爺』



















































日影丈吉 『幻想博物誌』 (講談社文庫)

日影丈吉 
『幻想博物誌』
 
講談社文庫 AX184 


講談社 
昭和55年10月15日 第1刷発行
197p 
文庫判 並装 カバー
定価280円
デザイン: 亀倉雄策
カバー装画: 直江博史



動物をテーマにした短篇をまとめたもの。単行本は昭和49年、学芸書林刊。


日影丈吉 幻想博物誌


カバー裏文:

「転地療養先の千葉の海岸で心を魅了された美貌の女の異常な死を超現実的感覚で描出、この世のものと思われぬ妖しい虚構の世界を構築する「月夜蟹」他5編収録。蟹、蝶、猫、からす、馬、鵺の6種の動物のそれぞれの持つイメージに触発され、存分に幻想の翼を伸ばしてつづる日影文学の魅力を結晶させた好短編集。」


目次:

月夜蟹
蝶のやどり
猫の泉
からす
オウボエを吹く馬
鵺の来歴

夢ばか――あとがきにかえて
解説 (杉本零)




◆本書より◆


「夢ばか」より:

「聖人に夢ナシという。欲望や我執がなくなれば、夢を見ることもないという意味なのか。荘子という本にも、たしか書いてあった。だが、おなじ荘子には、ご本尊の荘周が蝶か、蝶が荘周か、どっちが本物だ、という有名な文章もある。聖人とはどういうものか知らないが、たとえば孔子などは、死んだ弟子の顔回や、他国の王に仕えている子路たちの夢を見て、眼ざめた後におもいだし、物思いに耽(ふけ)るような人ではなかったかという気もする。
 聖人でない私は、よく夢を見る。それも、よくよくばかげた夢や、胸苦(むなぐる)しくなるような夢、食いしん坊の夢など、凡夫なる哉、である。」
「今はない食べ物屋の夢も見る。たとえば若い頃のある時期、三日にあげず行った神田の中華料理屋。階段の下の帳場に、ガンジーを少し若くしたようなじいさんが、いつも頑丈な大そろばんを前にして坐っている。飯時(めしどき)の不規則な私は、午後の誰も客のいない時間にはいってゆく。と、中央の大テーブルの上に、胴も尾も長いシナ産の三毛猫が何匹か、小山のようにうずくまっている。
 じいさんは、しっしっと猫を追払う。私がそこにかけると、烏龍(ウーロン)茶の蓋付茶碗と焼売を、しばらくすると黙っていても鶏糸(チースー)麺の丼を運んでくる。」
「大学を出て、親父さんの自動車修理工場の見習いをしていた友人を、一度そこへ連れてゆくと、すっかり料理が気に入り、それから何度かいっしょに行った。彼は蟹が好きで、芙蓉蟹だの蟹子捲だの蟹の炒飯だの、蟹ばかり食う。ある日、彼の工場へ行ったら、たまたま彼は古バッテリーに稀硫酸を注ぎこんでいて、私の方へ気をとられた瞬間、自分の足へ、どっぷり掛けてしまった。悲鳴を聞いて飛んでいった私は、彼の片足がぼろぼろに焼けただれ、虫喰い穴があいて、そこから煙が立っているのを見た。……その晩、私は例の店の料理場にはいって行った。そこはかすかな湿り気をただよわせて、いつもきちんと片附いているのだが、そのときは巨大な高足蟹が何匹か、暗い土間をごそごそ這(は)いまわっていた。紅海の蟹は人の肉を食うという。そのころ見た夢である。
 こないだ見た夢では、その友人が、鴉(からす)の小父さんといっしょに訪ねて来た。だが、この二人は、お互いに知っているはずがないのだ。それが何故いっしょに来たか、夢の創作力の秘密は、私達には到底つかめないのである。
 鴉の小父さんは私の母がつけた綽名(あだな)で、ほんとうの名は母も知らなかった。関東大震災後の俄(にわか)ペンキ屋だ。痩せて眼の鋭い高僧のような顔だったが、まっくろに日焦げして、黒いお釜帽に黒マント、それが垢と油でびかびかに光っていた。「寅床(とらどこ)」という理髪店の親父の物好きが、小父さんに虎の絵の看板を描かせることになったが、できた顔が虎よりは猿みたいに見える。「これじゃ、源三位(げんさんみ9が退治した鵺(ぬえ)の絵だね」と、母が警句を吐いたのを覚えている。小父さんがべろべろに酔っぱらって、ペンキの道具を抱寝し、馬力という駄馬のひく荷車で運ばれてゆくのを、子供の私はときどき見た。終戦後にも台湾帰りの元事業家で、やはり担ぎのペンキ屋をしていた人と知合になったが、ペンキ屋は、どさくさ時代のインテリ失業者に適した職業なのだろうか。
 (これでどうやら所定の動物に因(ちな)む思い出を綴り終えたようだが、どこまでが実際の思い出かは自分でもはっきりしない)」





こちらもご参照ください:

『日影丈吉選集Ⅰ かむなぎうた』 種村季弘 編
澁澤龍彦 『幻想博物誌』








































































中原中也 『中原中也全詩歌集 下』 吉田凞生 編 (講談社文芸文庫)

「私はどうしようもないのです。
     ※
あゝどうしようもないのでございます。」

(中原中也 「悲しい歌」 より)


中原中也 
『中原中也
全詩歌集 
下』 
吉田凞生 編
 
講談社文芸文庫 な-E-3 


講談社 
1991年5月10日 第1刷発行
506p 
文庫判 並装 カバー
定価1,000円(本体971円)
デザイン: 菊地信義



全二冊。
「作家案内」「著書目録」は二段組。「作家案内」中に図版(モノクロ)9点。


中原中也全詩歌集


カバー裏文:

「「あばずれ女の亭主が歌つた」、とうたった相聞の詩人。
「老いたる者をして静謐の裡にあらしめよ
そは彼等こころゆくまで悔いんためなり」
 とうたった、〈神〉なるものを求めた祈りの詩人。
時を超えて読む者の心に深い感銘を与える夭逝の詩人の
刊行詩集『山羊の歌』『在りし日の歌』の二冊の詩集と、
未刊詩篇の全てを収録の上、新たに編纂した決定版全詩集。」



目次:

在りし日の歌
 在りし日の歌
  含羞
  むなしさ
  夜更の雨
  早春の風
  月
  靑い瞳
   1 夏の朝
   2 冬の朝
  三歳の記憶
  六月の雨
  雨の日
  春
  春の日の歌
  夏の夜
  幼獸の歌
  この小兒
  冬の日の記憶
  秋の日
  冷たい夜
  冬の明け方
  老いたる者をして
  湖上
  冬の夜
  秋の消息
  骨
  秋日狂亂
  朝鮮女
  夏の夜に覺めてみた夢
  春と赤ン坊
  雲雀
  初夏の夜
  北の海
  頑是ない歌
  閑寂
  お道化うた
  思ひ出
  殘暑
  除夜の鐘
  雪の賦
  わが半生
  獨身者
  春宵感懷
  曇天
  蜻蛉に寄す
 永訣の秋
  ゆきてかへらぬ
  一つのメルヘン
  幻影
  あばずれ女の亭主が歌つた
  言葉なき歌
  月夜の濱邊
  また來ん春………
  月の光 その一
  月の光 その二
  村の時計
  或る男の肖像
  冬の長門峽
  米子
  正午
  春日狂想
  蛙聲
   後記

未刊詩篇 Ⅲ
 蟲の聲
  蟲の聲
  夏過(あ)けて、友よ、秋とはなりました
  或る夜の幻想
  月夜とポプラ
  十二月(しはす)の幻想
  龍卷
  砂漠
  夢
 蒼ざめし我の心に
  蒼ざめし我の心に
  (あゝわれは おぼれたるかな)
  (僕の夢は破れて、其處に血を流した)
  (土を見るがいい)
  蛙聲(郊外では)
  (蛙等は月を見ない)
  (蛙等が、どんなに鳴かうと)
  Qu'est-ce que c'est ?
  (卓子に、俯いてする夢想にも倦きると)
  怠惰
  いちぢくの葉(夏の午前よ、いちぢくの葉よ)
  昏睡
  聞こえぬ悲鳴
  (雨はシトシト降つてゐた)
  (淋しや淋し、わが心)
  (暮れゆく森は風を凪ぎ)
 早春散歩
  早春散歩
  小景
  (宵の銀座は花束捧げ)
  京濱街道にて
  寒い!
  春の消息
  雨の降るのに
  落日
  女給達
  夏日靜閑
  夏の明方(あけがた)年長妓(としま)が歌つた
  (秋が來た)
 我がヂレンマ
  怨恨
  燃える血
  玩具の賦
  悲しい歌
  野卑時代
  我がヂレンマ
  斷片
 小唄
  小唄二篇
  漂々と口笛吹いて
  材木
  はるかぜ
  童女
  深更
  白紙(ブランク)
 現代と詩人
  僕が知る
  僕と吹雪
  不氣味な悲鳴
  詩人は辛い
  曇つた秋
  (無氣味な程の靜寂……)
  倦怠(へとへとの、わたしの肉體よ)
  酒場にて
  現代と詩人
 桑名の驛
  冬の夜汽車で
  (元氣です――)
  (鹿がゐるといふことは)
  (ナイヤガラの上には、月が出て)
  (汽笛が鳴つたので)
  (七錢でバットを買つて)
  夏(なんの樂しみもないのみならず)
  夏の記臆
  (小川が靑く光つてゐるのは)
  桑名の驛
  (夏が來た)
 夜明け
  秋になる朝
  朝(かゞやかしい朝よ)
  朝(雀が鳴いてゐる)
  朝(雀の聲が鳴きました)
  夜明け
  咏嘆調
 道化の臨終
  靑木三造
  (南無 ダダ)
  (頭を、ボーズにしてやらう)
  (形式整美のかの夢や)
  (とにもかくにも春である)
  ピチベの哲學
  狂氣の手紙
  道化の臨終
  別離
  星とピエロ
  誘蛾燈詠歌
 初戀集
  (なんにも書かなかつたら)
  (一本の藁は畦の枯草の間に挾つて)
  山上のひととき
  雲
  四行詩(山に登つて風に吹かれた)
  (お天氣の日の海の沖では)
  (海は、お天氣の日には)
  初戀集
 吾子よ吾子
  嬰兒
  坊や
  大島行葵丸にて
  吾子(あこ)よ吾子(あこ)
  夜半の嵐
  夏の夜の博覽會はかなしからずや
  ひからびた心
  子守唄よ
  こぞの雪今いづこ
  初夏の夜に
 秋を呼ぶ雨
  梅雨と弟
  少女と雨
  雨の朝
  秋を呼ぶ雨
  一夜分の歴史
 夏と悲運
  暗い公園
  道修山夜曲
  泣くな心
  雨が降るぞえ
  (よくはれたれど)
  夏と悲運
  溪流
  夏(僕は卓子の上に)
  (甞てはラムプを、とぼしてゐたものなんです)
  秋の夜に、湯に浸り
  四行詩(おまへはもう靜かな部屋に歸るがよい)

凡例
後記 (吉田凞生)
作家案内 (青木健)
著書目録 (坪内達夫)
索引




◆本書より◆


「三歳の記憶」:

「椽側(えんがは)に陽があたつてて、
樹脂(きやに)が五彩に眠る時、
柿の木いつぽんある中庭(には)は、
土は枇杷(びは)いろ 蠅が唸(な)く。

稚厠(おかわ)の上に 抱えられてた、
すると尻から、蛔虫(むし)が下がつた。
その蛔虫(むし)が、稚厠の淺瀨で動くので
動くので、私は吃驚(びつくり)しちまつた。

あゝあ、ほんとに怖かつた
なんだか不思議に怖かつた、
それでわたしはひとしきり
ひと泣き泣いて やつたんだ。

あゝ、怖かつた怖かつた
――部屋の中は ひつそりしてゐて、
隣家(となり)は空に 舞ひ去つてゐた!
隣家(となり)は空に 舞ひ去つてゐた!」



「幼獸の歌」:

「黑い夜草深い野にあつて、
一匹の獸(けもの)が火消壺の中で
燧石(ひうちいし)を打つて、星を作つた。
冬を混ぜる 風が鳴つて。

獸はもはや、なんにも見なかつた。
カスタニエットと月光のほか
目覺ますことなき星を抱いて、
壺の中には冒瀆(ぼうとく)を迎へて。

雨後らしく思ひ出は一塊(いつくわい)となつて
風と肩を組み、波を打つた。
あゝ なまめかしい物語――
奴隷も王女と美しかれよ。

     卵殻もどきの貴公子の微笑と
     遲鈍な子供の白血球とは、
     それな獸を怖がらす。

黑い夜草深い野の中で、
一匹の獸の心は燻(くすぶ)る。
黑い夜草深い野の中で――
太古は、獨語も美しかつた!……」



「骨」:

「ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きてゐた時の苦勞にみちた
あのけがらはしい肉を破つて、
しらじらと雨に洗はれ、
ヌックと出た、骨の尖(さき)。

それは光澤もない、
ただいたづらにしらじらと、
雨を呼吸する、
風に吹かれる、
幾分空を反映する。

生きてゐた時に、
これが食堂の雜踏の中に、
坐つてゐたこともある、
みつばのおしたしを食つたこともある、
と思へばなんとも可笑(をか)しい。

ホラホラ、これが僕の骨――
見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
靈魂はあとに殘つて、
また骨の處にやつて來て、
見てゐるのかしら?

故郷(ふるさと)の小川のへりに、
半ばは枯れた草に立つて、
見てゐるのは、――僕?
恰度(ちやうど)立札ほどの高さに、
骨はしらじらととんがつてゐる。」



「北の海」:

「海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。

曇つた北海の空の下、
浪はところどころ齒をむいて、
空を呪(のろ)つてゐるのです。
いつはてるとも知れない呪。

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。」



「ゆきてかへらぬ」:

 「僕は此の世の果てにゐた。陽は温暖に降り洒(そそ)ぎ、風は花々搖つてゐた。

 木橋の、埃(ほこ)りは終日、沈默し、ポストは終日赫々(あかあか)と、風車を付けた乳母車、いつも街上に停つてゐた。

 棲(す)む人達は子供等は、街上に見えず、僕に独りの縁者(みより)なく、風信機(かざみ)の上の空の色、時々見るのが仕事であつた。

 さりとて退屈してもゐず、空氣の中には蜜があり、物體ではないその蜜は、常住食すに適してゐた。

 煙草くらゐは喫つてもみたが、それとて匂ひを好んだばかり。おまけに僕としたことが、戸外でしか吹かさなかつた。

 さてわが親しき所有品(もちもの)は、タオル一本。枕は持つてゐたとはいへ、布團(ふとん)ときたらば影だになく、齒刷子(はぶらし)くらゐは持つてもゐたが、たつた一冊ある本は、中に何にも書いてはなく、時々手にとりその目方、たのしむだけのものだつた。

 女たちは、げに慕はしいのではあつたが、一度とて、會ひに行かうと思はなかつた。夢みるだけで澤山だつた。

 名状しがたい何物かゞ、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴つてゐた。

            *            *
                  *

 林の中には、世にも不思議な公園があつて、無氣味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩してゐて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情してゐた。
 さてその空には銀色に、蜘蛛(くも)の巣が光り輝いてゐた。」



「一つのメルヘン」:

「秋の夜は、はるかの彼方(かなた)に、
小石ばかりの、河原があつて、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射してゐるのでありました。

陽といつても、まるで硅石(けいせき)か何かのやうで、
非常な個體の粉末のやうで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもゐるのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶(てふ)がとまり、
淡い、それでゐてくつきりとした
影を落としてゐるのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもゐなかつた川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました……」



「幻影」:

「私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲(す)んでゐて、
それは、紗(しや)の服かなんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。

ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手眞似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あはれげな 思ひをさせるばつかりでした。

手眞似につれては、唇(くち)も動かしてゐるのでしたが、
古い影繪でも見てゐるやう――
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。

しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。」



「月夜の濱邊」:

「月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂(たもと)に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
   月に向つてそれは抛(はふ)れず
   浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁(し)み、心に沁(し)みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?」



「或る夜の幻想」より「1 彼女の部屋」:

「彼女には
美しい洋服箪笥(やうふくだんす)があつた
その箪笥は
かはたれどきの色をしてゐた

彼女には
書物や
其の他色々のものもあつた
が、どれもその箪笥に比べては美しくもなかつたので
彼女の部屋には箪笥だけがあつた

  それで洋服箪笥の中は
  本でいつぱいだつた」



「昏睡」より:

「亡びてしまつたのは
僕の心であつたらうか
亡びてしまつたのは
僕の夢であつたらうか

記臆といふものが
もうまるでない
往來を歩きながら
めまひがするやう

何ももう要求がないといふことは
もう生きてゐては惡いといふことのやうな氣もする
それかと云つて生きてゐたくはある
それかと云つて却(引用者注:「却」に「(ママ)」ルビ)に死にたくなんぞはない

あゝそれにしても
諸君は何とか云つてたものだ
僕はボンヤリ思ひ出す
諸君は實に何かかか云つてゐたつけ」



「春の消息」:

「生きてゐるのは喜びなのか
生きてゐるのは悲しみなのか
どうやら僕には分らなんだが
僕は街なぞ歩いてゐました

店舗々々に朝陽はあたつて
淡(あは)い可愛いい物々の蔭影(かげ)
僕はそれでも元氣はなかつた
どうやら 足引摺(ひきず)つて歩いてゐました

   生きてゐるのは喜びなのか
   生きてゐるのは悲しみなのか

こんな思ひが浮かぶといふのも
たゞたゞ衰弱(よわつ)てゐるせいだろか?
それとももともとこれしきなのが
人生といふものなのだらうか?

尤(もつと)も分つたところでどうさへ
それがどうにもなるものでもない
こんな氣持になつたらなつたで
自然にしてゐるよりほかもない

さうと思へば涙がこぼれる
なんだか知らねえ涙がこぼれる
  惡く思つて下さいますな
  僕はこんなに怠け者」



「曇つた秋」より「2」:

「猫が鳴いてゐた、みんなが寢靜まると、
隣りの空地で、そこの暗がりで、
まことに緊密でゆつたりと細い聲で、
ゆつたりと細い聲で闇の中で鳴いてゐた。

あのやうにゆつたりと今宵一夜(ひとよ)を
鳴いて明(あか)さうといふのであれば
さぞや緊密な心を抱いて
猫は生存してゐるのであらう……

あのやうに悲しげに憧れに充ちて
今宵ああして鳴いてゐるのであれば
なんだか私の生きてゐるといふことも
まんざら無意味ではなささうに思へる……

猫は空地の雜草の蔭で、
多分は石ころを足に感じ
その冷たさを足に感じ、
霧の降る夜を鳴いてゐた――」



「狂氣の手紙」:

「袖の振合ひ他生の縁
僕事、氣違ひには御座候(ござさふら)へども
格別害も致し申さず候間
切角(せつかく)御一興とは思召され候て
何卒(なにとぞ)氣の違つた所なぞ
御高覽の程伏而懇願仕候(ふしてこんぐわんつかまつりさふらふ)

陳述(のぶれば)此度(こたび)は氣がフーツと致し
キンポーゲとこそ相成候(あひなりさふらふ)
野邊の草穗と春の空
何仔細(しさい)あるわけにも無之(これなく)候處
タンポポや、煙の族とは相成候間
一筆知らせ申上候

猶(なほ)、また近日日蔭なぞ見申し候節は
早速參上、羅宇(らう)換へや紙芝居のことなぞ
詳しく御話申上候
お葱(ねぎ)や鹽のことにても相當お話申上候
否、地球のことにてもメリーゴーランドのことにても
お鉢のことにても火箸のことにても何にても御話申上可(まうしあぐべく)候匆々(そうそう)」



「道化の臨終 Etude Dadaïstique」より:

「君ら想はないか、夜毎何處(どこ)かの海の沖に、
火を吹く龍がゐるかもしれぬと。
君ら想はないか、曠野の果に、
夜毎姉妹の灯ともしてゐると。

君等想はないか、永遠の夜(よる)の浪、
其處(そこ)に泣く無形(むぎやう)の生物(いきもの)、
其處に見開く無形(むぎやう)の瞳、
かの、かにかくに底の底……」

「僕には何も 云はれない。
發言不能の 境界に、
僕は日も夜も 肘(ひじ)ついて、
僕は砂粒に 照る日影だの、
風に搖られる 雜草を
ジツと瞶(みつ)めて をりました。

どうぞ皆さん僕といふ、
はてなくやさしい 痴呆症、
抑揚の神の 母無(おやな)し子(ご)、
岬の濱の 不死身貝、
そのほか色々 名はあれど、
命題・反對命題の、
能ふかぎりの 止揚場(しやうじやう)、
天(あめ)が下なる 「衞生無害」、
昔ながらの薔薇(ばら)の花、
ばかげたものでも ござりませうが、
大目にあづかる 爲體(ていたらく)。」



「別離」より「1」:

「さよなら、さよなら!
  いろいろお世話になりました
  いろいろお世話になりましたねえ
  いろいろお世話になりました

さよなら、さよなら!
  こんなに良いお天氣の日に
  お別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛い
  こんなに良いお天氣の日に

さよなら、さよなら!
  僕、午睡(ひるね)の夢から覺めてみると
  みなさん家を空(あ)けておいでだつた
  あの時を妙に思ひ出します

さよなら、さよなら!
  そして明日(あした)の今頃は
  長の年月見馴れてる
  故郷の土をば見てゐるのです

さよなら、さよなら!
  あなたはそんなにパラソルを振る
  僕にはあんまり眩(まぶ)しいのです
  あなたはそんなにパラソルを振る

さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!」



「少女と雨」:

「少女がいま校庭の隅に佇(たたず)んだのは
其處(そこ)は花畑があつて菖蒲(しやうぶ)の花が咲いてるからです

菖蒲の花は雨に打たれて
音樂室から來るオルガンの 音を聞いてはゐませんでした

しとしとと雨はあとからあとから降つて
花も葉も畑の土ももう諦めきつてゐます

その有樣をジツと見てると
なんとも不思議な氣がして來ます

山も校舎も空の下(もと)に
やがてしづかな囘轉をはじめ

花畑を除く一切のものは
みんなとつくに終つてしまつた 夢のやうな氣がしてきます」





こちらもご参照ください:

中原中也 『中原中也全詩歌集 上』 吉田凞生 編 (講談社文芸文庫)
吉田健一 訳 『ラフォルグ抄』
堀辰雄 『雉子日記』 (講談社文芸文庫)
















































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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