ラフカディオ・ハーン 『心』 平井呈一 訳 (岩波文庫)

ラフカディオ・ハーン 
『心
― 日本の内面生活の
暗示と影響』 
平井呈一 訳
 
岩波文庫 赤/32-244-2

岩波書店
1951年2月10日 第1刷発行
1977年3月16日 第22刷改版発行
1997年8月5日 第49刷発行
322p
文庫判 並装 カバー
定価560円+税


「本書は第二二刷の改版に際し、(中略)一九六四年九月、恒文社刊「小泉八雲作品集」第七巻を本文の底本にいたしました。」



Lafcadio Hearn: KOKORO, 1896


ハーン 心


カバー文:

「わが国をおとずれた外国人の中で、ハーンほど日本を理解し、また愛した人はないだろう。『骨董』や『怪談』の淋しい美しさにもまして、この『心』はわれわれが、うかつに見逃している身のまわりのことから、思いがけない深遠な思索のいとぐちを教えてくれる。小説、随筆、論文の要素が渾然一体となっているハーンの代表作。」


目次:

原序

停車場で
日本文化の真髄
門つけ
旅日記から
あみだ寺の比丘尼
戦後
ハル
趨勢一瞥
因果応報の力
ある保守主義者
神々の終焉
前世の観念
コレラ流行期に
祖先崇拝の思想
きみ子

解説




◆本書より◆


「コレラ流行期に」より:

「子どもを焼く費用は、たった四十銭である。二、三日まえに、やはり、近所の子どもが一人焼かれた。その子が、いつもそこへ転がしては遊んでいた小さな石が、いまでもそのままになって、日向にころがっている。……子どもが石を愛するというのは、まことにおもしろいことだ。貧乏人の子どもにかぎらず、どこの子どもでも、ある年ごろになると、たいていのものが石をおもちゃにする。ほかにどんな玩具があっても、日本の子どもは、よく石で遊ぶ。石というものは、子どもごころに、じつに不思議なものなのだ。これはさもあるべきで、専門の数学者の頭脳をもってしても、そこらにざらにあるつまらぬ石ころには、無限の謎と驚異があるのだから、子どもが不思議がるのは無理もない。そんな石ころに、ちいぽけな腕白小僧は、ただの見かけよりも、なにかそこに深いものがあることをちゃんと見抜いているのだ。この眼識たるや、なかなか目が高い。ばかなおとなが、なんだ、そんな下らないものと、いい加減な嘘を言いさえしなければ、おそらく子どもは飽くこともなく、その石のなかに絶えず新しいもの、驚歎すべきものを発見して行くにちがいない。石について子どもがもつ疑問に、一から十まで答えることができるのは、まず大学者のほかにないだろう。
 民間信仰によると、おとなりの愛児は、いまごろは賽の河原で、一生けんめいに石を積んでいる頃だろう。――きっと、冥途(よみじ)では物に影のないことを不審に思いながら。この賽の河原の伝説の中に含まれている、偽りない詩情は、その根本観念がまったく自然であるという点、つまり、日本の子どもたちが、だれでもみな石を弄ぶという、この石遊びの遊戯を、冥途(よみじ)の世界でもつづけているという点にあるようである。」


























































































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ラフカディオ・ヘルン 『東の国から』 平井呈一 訳 (岩波文庫) 全二冊

ラフカディオ・ヘルン 
『東の国から
― 新しい日本における
幻想と研究 (上)』 
平井呈一 訳
 
岩波文庫 赤/32-244-4 

岩波書店 
1952年5月5日 第1刷発行
1995年3月8日 第2刷発行
172p
文庫判 並装 カバー
定価410円(本体398円)
カバー: 中野達彦



ラフカディオ・ヘルン 
『東の国から
― 新しい日本における
幻想と研究 (下)』 
平井呈一 訳
 
岩波文庫 赤/32-244-5 

岩波書店 
1952年5月25日 第1刷発行
1995年3月8日 第2刷発行
202p
文庫判 並装 カバー
定価460円(本体447円)
カバー: 中野達彦



Lafcadio Hearn: Out of the East, 1895
リクエスト復刊。正字・新かな。


ヘルン 東の国から


上巻 カバーそで文:

「小泉八雲の心を惹いた日本人の正義と献身と誠実と剛毅と優美の精神を記した「東の国から」は、松江を離れてのち熊本時代に執筆されはじめた。(全二冊)」


下巻 カバーそで文:

「八雲が赴任した熊本第五高等学校の校長は、講道館の創設者嘉納治五郎であった。武道の精神を論じた哲学的小品「柔術」の他五篇。」


上巻 目次:

夏の日の夢
九州の學生とともに
博多で
永遠の女性について
生と死の斷片



下巻 目次:

石佛
柔術
赤い婚禮
願望成就
横濱で
勇子――ひとつの追憶

解説




◆本書より◆


「夏の日の夢」より:

「いまから、千四百十六年まえのことである。浦島太郎という、ひとりの漁師の男(お)の子が、じぶんの小舟にのって、住の江の岸べから、船出(ふなで)をした。
 そのころも、夏の日といえば、むかしも今もかわりはない。鏡のような海の上には、いくひらかの輕やかな白い浮き雲が空にかかっているばかり。あとはただ、見ていると、瞳までじんわりと溶けてきそうな、のんどりとした淺黄いろが、水と空とを領しているばかりである。そのあさぎ色の空に融(と)けこんでいる、遠い島山の模糊たるすがた、それもやはり、今とすこしもかわりがない。そうして、ほうほうと吹く風は、いかにもものうげであった。
 やがてのことに、浦島は、なんだか自分でも、うつらうつらと眠けをもよおしてきたのである。そこで、釣り絲をたれたまま、小舟を波のまにまに、ただようにまかせておいた。」
「だいぶ長いこと待ったあげくに、浦島は、ようやくのことで、なにか絲にかかったものがあったので、手もとに近く釣り絲をたぐりあげてみた。ところが、上げてみると、なんとそれは、いっぴきのカメなのであった。
 ところで、このカメというやつは、これは籠宮のおつかい姫で、貴いものとされている。(中略)そこで浦島は、とらえたカメを、そっと絲からはずしてやり、神へ祈念をこめて、海の中へそれをはなしてやった。
 ところが、どうしたものか、それっきり、えものらしいえものが、さっぱりかかってこない。その日はまた、ひどく暑い日で、海も、風も、なにもかもがじーんと鳴りをしずめたようで、波ひとつそよりともしない。そのうちに、なんともたとえようのないような眠けが、浦島のうえにおそいかかってきた。――そこで、浦島は、とうとう、波にただよう小舟の中で、そのまま正體もなく、ぐっすりと眠りこんでしまったのである。
 すると、夢の中のわだつみのなかから、ひとりのみめうるわしい乙女が――ちょうど、チェンバレン教授の「浦島」のさし繪に見るような、とき色と水あさぎの衣裳を身にまとい、千四百年まえの王女の風俗をそのままに、丈なす黑髪を肩のあたりから足のさきまでたらした、美しい乙女が、すっくと立ちあらわれたのである。
 乙女は、やがて水の上をすべるがごとくにわたって、風のように輕やかにやってきたと思うと、小舟の中に眠りこけている浦島の枕上(まくらがみ)に立って、しなやかな手で、そっとウラシマのことをゆりおこして、さて言うのであった。
 「お驚きになってはいけません。わたくしの父、龍宮王が、あなたのごしんせつなお心ばえに愛(め)でて、わたくしをここまでつかわしたのでございます。あなたは、きょう、カメをいっぴき、おはなしになりましたね。さあ、それではこれから、常夏(とこなつ)の島にある、父の宮居へごいっしょにまいりましょう。おのぞみとあれば、わたくし、あなたの花嫁になりましてよ。そうして、父の宮居で、あなたとふたりして、末の末まで、いついつまでも、しあわせに暮しましょう。」」
「さて、ふたりは、靑い靑い、しずかな海の上を、風のように、矢のように、しだいに南へ南へと漕ぎ去って行った。そうして、やがてのことに、とうとう、ふたりは、常世(とこよ)に夏の盡き去ることのない島へたどりついて、さて龍宮王の宮居へと行ったのである。
 (ここのところで、わたしがげんにいま種本につかっている小さな本は、だんだん讀んで行くうちに、色刷りになっている地(じ)の部分が、しだいにうすい ぼかし になりだしたと思ううちに、きゅうに、びょうびょうまんまんたる靑海波が、ページいちめんにあふれみちてくる意匠になっている。そのいちめんの靑海波のはるかかなたの、まぼろしのような模糊たる水際のところに、常夏(とこなつ)の島の、夏がすみたなびく岸の長沙と、綠したたる常磐(ときわ)の森の上にそびえたつ屋根とが、見えている。それが龍宮殿の屋根だ。)」
「それからというものは、浦島にとっては、來る日も、來る日も、まいにちが新しい驚異の日であり、かつ新しいよろこびの日であった。わだつみの神の下僕(しもべ)たちの手によって、歸墟(ききょ)の底からもってこられる七珍萬寶と、常世(とこよ)に夏のほろびぬ夢の國のくさぐさの歡樂と。――こうして、三年の月日が、わけもなくそこに過ぎたのである。」

「日本の歴代の天皇の年鑑である「日本書紀」には、次のように記載してある。「雄略天皇二十二年、丹後國餘社郡水ノ江の浦島子、漁舟にのりて蓬莱山に赴く」と。その後、三十一代の天皇および女帝の御宇のあいだには、――つまり、五世紀から九世紀までのあいだには、浦島の記事は、ひとつもない。それからのちの「日本書紀」には、「淳和天皇の御宇、天長二年、浦島子歸る。再びまた行く。その行方を知らず」と報ぜられている。」

「乙姫のような宿屋のおかみが、そのとき、また顏を出して、お支度ができましたと言いにきた。そして、かよわい手に、わたしの鞄を持とうとするから、わたしは、その鞄は重いからといって、辭退した。(中略)わたしがおかみに挨拶をすると、おかみは、女中(こども)がまことに行きとどきまっせんけっど、どうかこれにお懲りなく、こんな家でもお忘れなくと言って、「それからあの、俥屋(おとも)には七十五錢やっていただきます。」と言った。
 やがて、わたしは俥上の人となった。それから、五、六分たつかたたぬうちに、この小さな灰色の町は、早くも曲り角のかげになってしまった。濱べを見おろす白い道にそうて、わたしはガラガラ俥に搖られて行った。道の右手には、白茶けた色の切りたった崖がつづき、左手には、見わたすかぎり、ひろびろとした空と海とが、どこまでもどこまでも、果てしもなくひろがりつづいていた。
 何マイルも何マイルも、わたしはその際涯もない輝きを眺めながら、海ぞいの道を、俥を走らせて行った。目に入るものすべてが、ひといろの靑い色に――ちょうど、大きな貝がらの底にきらきらする、あのまばゆいような靑い色にひたっていた。ぎらぎら光っている紺碧の海は、電氣鎔接のような火花をはなちながら、おなじような紺碧の空と融けあっている。そして、巨大な靑い怪物のような肥後の山山は、こうこうと光りかがやく光炎のなかに、まるで紫水晶のかたまりかなんぞのように、とりどりの山稜を空にそそり立てている。なんという澄みとおったこの靑さ! 天も地も、いっさいを呑みつくして餘さない、この紺碧の色を破るものは、わずかに遠い沖あいの怪物のような島山のうえに、しずかに卷きおこる雲の峯の、ぎらぎら光った白い色だけである。その雲の峯が、ひろびろとした海面に、雪のような白い光を波にきざんでいる。沖あい遙か、蟲のあるくように靜かにうごいてゆく幾そうかの船、その船の船尾(みお)には、どれにもみな、長い長い絲が引かれているように見える。ぼーっと光りを含んで打ち霞む一帶の夏がすみ、そのなかに、くっきりと線の見えるものといったら、この船の みお の絲だけだ。それにしても、なんというあの雲の峯の神神(こうごう)しさだろう! ひょっとしたら、あの雲は、涅槃の浄境へゆく途中で、ちょっとひと休み息を入れている、白い雲の精ではあるまいか? それともまた、千年もまえに、浦島の手筐の中からぬけだした、あの白いけむりではなかろうか?

 蚊か蚋(ぶと)のようなわたしの小さな魂が、ふとそのとき、海と天日とのあいだに棚びいている紺碧の夢のなかへ、ふらふらとさまよい出て行ったとおもうと、千四百年まえの三伏の夏の靈氣の中をくぐって、やがてかの住の江の岸べへと、ぶーんと舞いもどって行った。わたしのからだの下には、おぼろげながらも、たぷりたぷりと搖れる小舟の動搖のようなものが感ぜられる。時は雄略帝の御宇である。と、龍宮の乙姫が、鈴のようなすずしい聲で言うのである。「さあ、父の宮居へまいりましょう。あすこはいつもまっ靑です。」「どうしていつもまっ靑なのですか?」とわたしが尋ねる。「それは、わたくしがこの手筐の中へ、空の雲をみんな入れてしまったからです。」と乙姫が答える。「しかし、わたしは家に歸らなければならない。」わたしは、そう言って、きっぱりと答えてやる。すると、乙姫が言うのである。「それでは、俥屋に七十五錢拂ってやっていただきます。」

 はっと思って、目をさましてみると、身は、明治二十六年の夏の土用さなかにいるのであった。」

「わたしは、ふたたび、浦島のことについて考えた。すると、こんなことが目のまえに浮かんできた。――龍宮の乙姫が、やがて戻ってくる浦島を迎えるために、御殿の中をうつくしく飾りつけて、待っている。けれども、浦島はかえってこない。そうしているところへ、陸での出来事を知らせに、白い雲がつれなくも戻ってくる。主人おもいの盛裝したうろくずどもは、なんとかして乙姫を慰めようとして、いろいろつとめる。……こんなことは、しかし、原話にはないことだが、でもよくよく考えてみると、どうもあの話には、浦島ひとりだけに同情が寄せられているといったような、片手落ちのところがある。」
「このばあいの同情とは、要するに、自分にたいする同情にちがいない。だから、浦島の傳説は、あれは畢竟、百萬人の人間の心の傳説なのだ。ちょうど空が紺碧にかがやき、軟かな風がそよそよ吹くころの季節になると、あの傳説のなかに含まれている想念が、まるでなにか身におぼえのある古疵かなんぞのように、人間の心のなかにぼっと浮かんでくるのだ。そうしてしかも、その想念は、季節とか季感というものに、いま言うように密接なつながりをもっているものなので、ひいてはそれが人間の一生、あるいは、われわれの先祖の人たちの一生のうちに實在していた何物かに、しぜんと深いつながりをもつようになったものなのだろう。では、その實在していた物というのは、いったい、何なのか? 龍宮の乙姫なるものは、あれはいったい、何だったのか? 常夏の島というのは、どこにあったのか? それから、あの手筐の中にはいっていたあのけむり、あれはいったい、何なのか?
 わたしは、この疑問のどれにも、答えることができない。ただ、こういうことだけは承知している。――つまり、その想念は、けっして新しいものではないということ。

 そういうわたしに、ある場所と、あるふしぎな時の記憶がある。そこでは、太陽も、月も、今よりもっと形が大きく、もっと光りが明るかった。それが、この世のことだったのか、それとも前の世のことだったのか、そのへんのことが自分ながらさっぱりわからないのだが、とにかく、その時の空が、もっともっとすばらしく靑くて、もっともっと地上に近くて、――ちょうど、赤道の猛暑に向かって海を走ってゆく汽船のマストが、空とほとんどすれすれに見えたことを、わたしは憶えている。海は生きていた。そして、いつでもわたしに話しかけてくれた。風が吹いてくると、わたしはただもう嬉しくなって、大聲をあげて騷いだものだ。むかし、遠い遠い日のこと、山の奥の峯と峯のあいだの峽谷に、浄らかな日をおくっていたころ、一、二どこれとおなじ風が吹いたっけなと、そんな夢みたいなことをふっとわたしはその時考えてみたけれど、それはただ、ほんのおぼろな記憶にしかすぎない。
 そこではまた、雲のたたずまいが、じつにすばらしかった。だいいち、その色が、なんとも名づけようのない色をしている。わたしをいつも遠い、ひたぶるなあこがれに誘ってくれたものは、その雲の色だった。いまでもよく憶えているが、そのころは、いちんちの長さすらが、いまよりもずっと長くて、來る日も來る日も、まいにちまいにちが、わたしにとっては新しい驚異であり、よろこびだったものだ。しかも、その「小さな王國」と「時間」とは、ただもうわたしのことを樂しく仕合わせにしてやろうと、そのことばっかり考えていてくれた人たちによって、和(なご)やかに支配されていたのである。それなのに、わたしはどうかすると、その樂しく仕合わせにしてもらうのがいやさに、神さまのようなその人のことを、よく手こずらせたものであった。(中略)日が暮れて、月がまだ空へのぼらないまえ、月しろの靜けさがあたりにしっとりと降りると、やさしいその人は、わたしを頭の先から足の先まで嬉しさでぞくぞく疼(うず)かせるような、いろんな話をして聞かせてくれたものだ。あれからこっち、わたしはあのころの半分も美しい話すら聞いたことがない。わたしの嬉しがりようがはなはだしくなると、やさしいその人は、きまって、なにかこの世のものとは思われないような、ふしぎな歌をうたってくれたものだ。そうしてわたしは、その歌をききながら、いつとはなしに、うとうと眠りにおちてしまうのだった。そのうちに、やがてとうとう別れる日がやってきたのである。やさしいその人は、泣いて、わたしにひとつのお守り札をくれた。お前ね、このお守り札は、けっして失(な)くしてはいけないよ。このお守りを身につけていさえすれば、お前はいつまでたっても年をとらないで、若いまんまでいられるし、また、いつなんどきでも、歸ってこられる力を授けていただけるからね。……そう言って、その人は、こんこんとわたしに言いきかせてくれたのである。けれども、わたしは、それぎり、とうとう歸らなかった。歳月は過ぎた。ある日、わたしは、ふとそのお守り札を、いつのまにかどこかへ失(な)くしてしまっていることに氣がついた。それ以來、わたしは、われながらおかしいくらい、きゅうにめっきり年をとってしまったのである。」



「博多で」より:

「わたしは、いま、博多にきている。ここは帶織業者の町だ。なかなか大きな町で、町の中には、目のさめるような色彩のふんだんにある、夢の國のような狹い小路が、いたるところに通っている。歩いているうちに、わたしは、念佛小路という町で、ふと足をとめた。じつは、そこの、とある門の中から、通りがかりのわたしの方をむいて、なんだかにこにこ微笑している、とてつもなく大きな、靑銅の佛の首があったからである。門というのは、浄土宗の寺の門であった。そうして、その佛の首が、じつに美しいのである。
 ところが、あるのはただ首だけなのだ。その首を高くささえている柱は、寺の境内の石だたみの上に立っているのだが、その高い柱が、ちょうど夢でもみているような相好(そうごう)をした佛の大きな顏の、あごのへんのところまで、あたりにうずたかく積まれた數千の金屬製の鏡で、見えなくなっている。寺の門のわきに、立て札が立っていて、その立て札に、その説明がしるしてある。それによると、そこにうずたかく積まれてある鏡は、いまそこに安置してある蓮華の臺座をもこめて、高さ三十五フィートにもおよぼうというこの大佛に、おおぜいの婦人から寄進されたものなのだそうだ。そうして、ゆくゆくは、それらの寄進をうけた靑銅の鏡で、大佛さまの全身をすっかりこしらえようということになっているのだそうである。いまある首だけを鑄るのに、すでにもう幾百という鏡がつぶされたのだとかで、ぜんぶ竣工するには、おそらく何萬という鏡がいることだろう。」
「ところで、わたしはこの陳列品を目のまえにおいて、どうも心からうれしいという氣持になれない。(中略)そういう計畫によって、當然そこに、目(ま)のあたりおこる尨大もない破壞作用のことを思うと、せっかくの滿足感も、かえって傷つけられることが大きいからだ。なぜかというと、日本の金屬製の鏡というやつは、(こんにちでは、西洋出來の、言語道斷なガラス製の安鏡に追放されてしまっているが)あれは、もともと、りっぱな美術品と呼んで、けっして恥しくない品である。日本の古鏡のもっているあの優美なかたち、あれをいちどでも見たことのないものは、おそらく、月を鏡にたとえた、あの東洋どくとくの比喩のもっている雅趣を味解することは、まずおぼつかないだろう。そういう古鏡は、片面だけが磨かれている。鏡の裏には、木だの、花だの、鳥、けもの、蟲、風景、むかしの傳説、縁起のいい寶もの、神佛の像などを、浮き彫りにして、裝飾してある。(中略)そのなかでもごくめずらしいのは、西洋人が「魔鏡(マジック・ミラー)」と呼んでいるやつだ。これは、その鏡に光線を反射させて、それを幕か壁のうえに映すと、まるいその光りの反射のなかに、鏡の裏にある模樣がありありとうつってでるというので、そういう名があるのである。」
「こうした精巧な細工ものが、こんなふうに打ち捨てられたままになって、しかも、これがいずれはみな、跡方もなく消えてなくなってしまう運命にあることを、こうまざまざと目のまえに見せつけられては、うたた悲愁の感なきをえない。今後まず十年とはたたないうちに、日本における銀鏡・靑銅鏡の製作は、おそらく永久にあとを絶ってしまうことだろう。」
「いや、そんなことよりも、(中略)もっと神聖な意味が、日本の鏡にはつきまとっているのだ。むかしのことわざに、「鏡は女のたましい」といってあるが、このことわざの意味は、ふつう想像されるような、ただの比喩的な意味ばかりではないのである。それはなぜかというと、むかしから日本の傳説の中には、鏡が、持ち主の一喜一憂をことごとく感得して、それによって、あるいは曇り、あるいは光りして、持ち主のその時その時の心もちに、ふしぎな同情をあらわす、といったような話が、じつに數多くつたえられているからである。そんなわけから、日本では、むかしは――或る人に言わせると、こんにちでもそうだと言っているが――鏡は、人間の生き死にに或る力をあたえると信じられていた、いろんなまじないや巫術などにも用いられたものなのであった。そして、持ち主が死ぬと、鏡もいっしょに葬られたものなのである。」

「むかし、越後の國の松山というところに、名は忘れたが、若い侍の夫婦が住んでいた。夫婦のあいだには、小さな娘がひとりあった。
 あるとき、夫が江戸へのぼった。(中略)さて、歸國のみぎり、夫は江戸から、くさぐさのみやげものを持って歸ってきた。小さなむすめには、おいしい菓子と人形を(挿畫には、そう描いてある)、それから女房のみやげには、銀がけのからかねの鏡を一面。ところが、年のいかない女房には、みやげのその鏡が、まことにふしぎなものに思われた。というのは、鏡というものが松山に持ってこられたのは、あとにも先にも、それが初めてだったのである。女房は、鏡というものが、どういう役をするものやら、とんと知らなかった。そこで、なにも知らない女房は、なんだかこの鏡の中には、美しい笑顔が見えますけれど、あれはいったいどなたのお顏なのですかと、(中略)そう言って、夫にたずねた。すると、夫は大きに笑いながら、「はてさ、あれはぬしの顏じゃに。さてさて、阿呆なやつのい。」と答えた。女房はそれぎり恥じて、あとはなにも聞かずに、いそいで鏡をしまってしまった。が、しまったあとでも、鏡はふしぎなものだという思いは、なかなかもって去らなかった。」
「ところが、女房は、自分がいよいよこの世に暇(いとま)を告げる死病の床についたときに、かの鏡をじぶんの娘にあたえて、言った。「おらが死んだあとは、ぬし、朝に夕に、この鏡をのぞいて見ろよ。おらは、この鏡のなかに、ちゃーんといるすけの。だすけ、なにも嘆くことはねえだに。」そう言って、母は死んだのである。
 それからというものは、むすめは、朝に夕に、鏡をのぞいてみた。鏡のなかにうつる顏を、むすめは自分の顔とは露知らずに、自分がよく似ている、死んだ母親の顏だとばかり思っていたのである。そこで、むすめは、鏡の中の人にむかって、さながら生ける人に物を言うような心もちで、話しかけた。(中略)そうして、娘は、その鏡を、なにものにも增して、だいじにしていたのである。
 そうこうするうちに、このことが、とうとう父親の目にとまるところとなった。父親はふしぎに思って、むすめにそのわけを尋ねてみた。そこで娘は、いちぶしじゅうを父親に打ちあけて物語ったのである。日本の原作者は、ここのむすびのところを、こう言っている。「されば娘の心ねをいとあわれにおもいて、男はなみだに目をぞかきくらしける。」」
「娘のあの天眞そのままともいうべき無邪氣さ、あれは、わたしは父親の感懷などよりも、はるかに永遠の眞理に近いものだと思わざるをえない。なぜかというと、宇宙の法則からいえば、現在は過去の投影であり、未來は現在の反映であるはずだからだ。われわれは、ことごとくみな、ひとつのものである。悉皆一のものである。それはちょうど、光りというものが、それを構成する振動は、幾億萬という口にはいえないほど微塵無劫のものでありながら、光りそのものは、つねに一つであるのとおなじことだ。われわれは、ことごとくみな、ひとつのものである。しかし、無數なのだ。それは、われわれのひとりひとりが、めいめいひとりひとりに、無數の靈魂の總和であるからだ。むかしばなしの中のかの娘は、自分の若い眼(まな)ざしと唇との美しいおもかげを見ながら、きっとそこに母なる人のたましいを見つけて、思わずなつかしい言葉をかけたのにちがいない!」
「われわれ人間は、しんじつ、各自めいめいが、それぞれ宇宙のなにものかを映す明鏡なわけだ。いや、われわれ人間は、その宇宙に投影するわれわれ自身の影像までも映しだす鏡なのだ。そうして、おそらく、われわれ人類の運命は、いずれいつかは、かの偉大なる鑄物師「死」の手によって、或る巨大な、美しい、非情な一塊のかたまりに一丸となって灼き鎔かされることになっているのであろう。」



「赤い婚禮」より:

「日本の情死というやつは、これはなにも、あながちに苦しまぎれの、めくらめっぽうな、あわてふためいた、一時の逆上からおこるものではないのである。當事者同志は、きわめて冷靜だし、物の順序もちゃんと踏んでいるし、とにかく神聖なものだ。心中とは、死をもって起請とする結婚を意味するものなのである。一對の男女が、たがいに神前で起請をかわしあい、この世に書きのこす書置をしたためて、それからのちに死ぬのである。いかなる起請・誓文にしろ、これ以上あらたかなものはあるまい。そういうしだいであるから、かりにたとえば、思いもよらぬことから、ふいに外部から邪魔がはいったり、あるいは醫師の手當などで、ふたりのうちの一方が、思いもかけず、死の手からむりやりにもぎ戻される、というようなことが起ったばあいには、あとに生きのこった片われは、(中略)なんとかしてできるだけ早い機會に、自分の一命をどうしても絶たなければならないという義理に責められる。(中略)女の方は、これはかりに萬一誓紙にたがうようなことがあっても、この方は、いくぶん罪が輕い。けれども、男のばあいとなると、よしんばほかから邪魔がはいって、(中略)それなりおめおめと生きながらえでもしていようものなら、あいつは大嘘つきだ、人殺しだ、人畜にもおとる卑怯なやつだ、人間の面(つら)よごしだと、それこそ一生、死ぬまで人非人あつかいをうけるのである。」

「太郎が六つになったとき、兩親は、村からほど遠からぬところに建てられた新しい小學校へ、太郎をあげることにした。太郎のお祖父(じい)さんが、(中略)或る朝早く、太郎の手をひいて、學校へつれて行ってくれた。」
「太郎は、先生になにか言われたとたんに、きゅうになんだか怖(こわ)いような氣がしてきた。やがて、おじいさんが先生にむかって、いとまの挨拶をのべると、太郎はいよいよ怖(お)じけがついてきて、いっそ家へ逃げて歸ってしまいたくなってきたが、先生はしかし、そんなことにはいっこうかまわずに、太郎のことを、大きな、天井の高い、まっ白けな部屋へつれて行った。その部屋には、腰かけにずらりと腰をかけて、男の子や女の子たちが、目白押しにならんでいた。先生は、その腰かけのひとつへ太郎をつれて行って、ここへおかけと言われた。男の子や女の子たちは、みんないっせいに頸をふりむけて、太郎のことを見、そして隣り同志、なにかこそこそささやきあって、笑っている。太郎は、みんなが自分のことを見て笑っているのだと思うと、なんだかひどく心細くなってきた。」
「太郎は、さっきから、先生の話のほんの一部分しか聞いていなかった。太郎の小さな心は、さきほどこの教室へはじめてはいってきたときに、男女の生徒たちが自分のことを笑ったということで、ほとんどいっぱいになっていたのである。自分のどこを笑われたのか、それはよくわからないのだが、でもわからないなりに、ひどくそれが切なかったので、ほかのことなど、なにひとつ考える餘裕はなかったのである。そんなわけで、先生から自分の名をさされたときに、太郎は、まるで用意というものができていなかった。
 「内田太郎、お前はなにがいちばん好きかね?」
 太郎は、はっと起立して、正直に答えた。
 「お菓子です。」
 生徒たちは、またもや彼の方を見て、どっと笑い立てた。すると、先生は、叱るような調子で、かさねて、尋ねられた。「内田太郎、お前は何か、お父さんお母さんよりも、お菓子の方が好きなのか? 内田太郎、お前は、天皇陛下より、お菓子の方がいいのか?」
 太郎は、そのとき、これはなにかとんでもない間違いをしでかしたなと氣づいた。とたんに、顏がカーッと熱くなってきた。生徒たちは、みんな大きな聲で笑いたてた。」
「鐘が鳴った。先生は、生徒たちに、つぎの時間は、ほかの先生から、はじめてのお習字の授業がある、それまでみんな外へ出て、しばらく遊んでよろしいと言われた。(中略)生徒たちは、いっせいにみな、運動場へ遊びに走りでて行った。けれども、太郎のことをかえりみるものは、誰ひとりとしていない。こうまたみんなから無視されてみると、太郎は、さっき自分が衆目環視の的となったときよりも、いっそうまた心外な氣がした。先生以外のものは、誰ひとり自分に口をきいてくれるものもない。いや、その先生ですら、いまは、彼の存在なぞ、とうに忘れてしまっておられるようだ。太郎は、小さな腰かけに腰をおろすと、泣きに泣き入った。泣き聲をたてると、またみんなが戻ってきて笑われるといけないと思って、聲をしのんで泣いたのである。
 と、そのとき、ふいに誰かの手が、彼の肩にそっとかけられたと思うと、誰か知らないやさしい聲が、太郎にささやきかけた。太郎がひょいと振りかえってみると、そこに、生まれてまだ見たこともないような、やさしい、情のこもった眼がふたつ、じーっと自分のことを見入っている。太郎より年がひとつぐらい上の女の子の眼である。」
「女の子は、ただ、あはははといって笑ったと思うと、そのまま、すばやく太郎の手をひっぱって、教室から外へとびだして行った。小さな母性愛が、その場を察して、機敏にうごいたのである。「いいのよ。あんた、泣きたけりゃ、いくらでも泣いてなさい。だけど、遊ぶときには遊ばなくっちゃだめよ。」そうして、おお、ふたりは、なんとまあ、たのしく遊んだことであったろう!
 ところが、學校がひけて、おじいさんが迎えにきてくれたとき、太郎は、またしても泣きだした。こんどは、せっかく遊んでくれた自分の遊び相手と別れなければならなかったからである。
 おじいさんは、笑いながら、言った。「なんだ、お前、およし坊じゃないかよ! 宮原のおよしだろうがな。いいさ、いいさ、およしもいっしょにきて、家へよって行きな。どうせはあ、歸りみちのこんだで。」
 ふたりの遊びともだちは、太郎のうちで、約束のお菓子をいっしょに食べあった。およしは、そのとき、からかうように、先生の威嚴をまねながら、太郎に言った。「内田太郎、お前は、このあたいよりも、お菓子の方が好きか?」」

「ふたりは、たわいもない理窟をこねあっては、ときどき聲をたてて笑ったりした。いっしょにいるのが、それほどまでに嬉しかったのである。すると、およしが、きゅうにまじめな顏になって、言いだした。――
  「ねえ、聞いてよ。ゆうべねえ、あたし夢を見たの。なんだかねえ、見たこともないような川と海があるのよ。その川がねえ、どうどう、どうどう、海へ流れこんでいるの。そのすぐ川っぷちのところに、あたしが立っているのね。そのうちに、なんだかあたし、こわくなってきたの。なぜだかわからないんだけど、とてもこわくなってきてね。それからあたし、よく見てみると、その川に水がまるっきりなくなっちゃっているんじゃないの。海にも水がないのよ。水がないかわりに、佛さまのお骨(こつ)がいっぱいにあるの。そのいっぱいあるお骨がさ、ちょうど川の水みたいに、みんなごよごよ、ごよごようごいているのよ。
  「そのうちに、いつのまにかまた、あたしが家にいるのね。家にいて、いつぞやほら、あなたから着物にしろっていただいた絹地の反物ね、あれが仕立ができあがっていて、それをあたしが着るのよ。そしたら、びっくりしちゃったの。だってねえ、はじめはいろんな色模樣のあった着物が、いつのまにか白無垢(しろむく)になっているんじゃないの。それをさ、あたしも馬鹿よ、死んだ人が着るように、れいれいと左り前に着ているの。そうしてねえ、そのすがたで、ほうぼう親戚まわりをして、これから冥途へまいりますからって、いちいち挨拶に廻って歩いたの。みんな、どうしてだ、どうしてだって訊いてくれるんだけど、自分にもどうしてなんだか、返事ができなかったわ。」」

「いま、村の停車場で巡査がみとめて、のちに報告したものは、停車場を北に去る半マイルあまりのところで、ふたりの人間が、あきらかに村のずっと北西によった一軒の百姓小屋から出てきて、それが稻田をつっきって、鐵道線路のところまできたということであった。そのうちのひとりは女で、それも着物と帶の色あいからみて、ごく若い女だと巡査は斷定した。そのとき、もうあと數分で、東京發の急行列車が着驛する時間で、こちらへ煙の進んでくるのが、驛のプラットホームから見えた。例のふたりの人間は、汽車のくる線路みちをつたって、とっとと走りだしたが、ちょうど曲り角を曲ったところで、姿が見えなくなってしまった。
 このふたりの人物は、太郎とおよしであった。」
「曲り角のところを曲ると、もう煙のくるのが見えたので、ふたりは走るのをやめて、歩いて行った。列車のすがたが見えだすと、機關手を愕かさないように、ふたりは線路から離れて、手に手をとって待っていた。つぎの瞬間、低い轟音が耳にひびいてきた。ふたりは、さあ今だぞと思った。」

「村の人たちは、相對死(あいたいじに)をしたこのふたりのものをいっしょに埋めた墓石――比翼塚のうえに、いっぱい花をさした竹筒を立て、線香を焚いて、いまでもあいかわらず、參詣をくりかえしている。こういうことは、しかし、けっして正道なことではないのである。なぜかというと、佛教の方では、情死というものは禁制になっているし、しかも、ここの墓地は、佛教の寺のものなのだから。けれども、これには信仰が――深く尊崇するに足りる、ひとつの信仰があるのだ。
 心中をした死者などに對して、いったい、どうして祈念なんぞするのか、どんなふうに祈りごとをささげるのかと、西洋の諸君はさぞかし不審に思われることだろう。いや、だれもかれもが、ひとり殘らずかれらに祈願をかけるというわけではないのである。ただ、それは、戀をするものだけが、――とりわけ、ふしあわせな戀をするものだけが、願をかけるのである。(中略)かくいうわたしも、そのわけをわざわざ尋ねてみたことがあるが、その答えはあっさりしたもので、「死んだあのふたりは、たいそう苦勞をしたからです。」というのであった。
 おもうに、こうした祈念をさそいだす思想というものは、これは、佛教などよりもずっと古くからある思想であると同時に、また、それよりもずっと後年の新しい思想のようにも思われる。いってみれば、苦惱というものを永遠に信仰する思想なのであろう。」














































































































ラフカディオ・ハーン 『日本の面影』 田代三千稔 訳 (角川文庫)

「わたしはたいへん猫が好きである。そして洋の東西にわたって、いろいろな土地でいろいろな時に飼っていたさまざまな猫について、大部な書物が書けるだろうと思う。」
(ラフカディオ・ハーン 「病理上のこと」 より)


ラフカディオ・ハーン 
『日本の面影』 
田代三千稔 訳
 
角川文庫 1672 

角川書店 
昭和33年2月8日 初版発行
平成元年11月15日 17版発行
245p
文庫判 並装 カバー
定価480円(本体466円)
カバーデザイン: 鈴木一誌



本書「解説」より:

「この訳書は、さきに本文庫で上梓した(中略)『怪談・奇談』の姉妹篇として、同じ作者の随筆、紀行、小品の代表的なものを訳出して、一書にまとめたものである。」
「これは一般に『知られぬ日本の面影』で通っているハーンの日本にかんする最初の著作“Glimpses of Unfamiliar Japan”(1894)そのものの翻訳ではなく、同書中から数篇採録したほかは、すべて彼の全著作中から主要な作品をえらんで新しく編集したものである。」



本書は角川文庫「リバイバル・コレクション」の一冊として復刊されたものです。


ハーン 日本の面影


カバーそで文:

「ギリシアの血と
アイルランドの血をうけたハーンは、
東洋の孤島に放浪の足を止め、
「日本の魂の発見者」となった。
この神秘的な浪漫詩人は、
印象的な筆致で
物珍しい生活と美と心を描いた。
「盆おどり」など二十三篇収録。」



目次:

東洋の第一日 (「知られぬ日本の面影」より)
盆おどり (「知られぬ日本の面影」より)
子供の霊の洞窟――潜戸 (「知られぬ日本の面影」より)
石の美しさ (「知られぬ日本の面影」より)
英語教師の日記から (「知られぬ日本の面影」より)
日本海のほとりにて (「知られぬ日本の面影」より)
日本人の微笑 (「知られぬ日本の面影」より)
夏の日の夢 (「東の国から」より)
生と死の断片 (「東の国から」より)
停車場にて (「心」より)
門つけ (「心」より)
生神 (「仏土の落穂」より)
人形の墓 (「仏土の落穂」より)
虫の楽師 (「異国情趣と回顧」より)
占の話 (「霊の日本」より)
焼津にて (「霊の日本」より)
橋の上 (日本雑録」より)
漂流 (「日本雑録」より)
乙吉の達磨 (「日本雑録」より)
露のひとしずく (「骨董」より)
病理上のこと (「骨董」より)
草ひばり (「骨董」より)
蓬莱 (「怪談」より)

訳註
年譜
解説




◆本書より◆


「盆おどり」より:

「とつぜん、一人の娘が座席から立ちあがって、大きな太鼓をひとつドンとたたいた。これが盆おどりの合図である。

 寺の影から踊り子たちが列をつくって月光のなかへ繰りだしてきて、またとつぜん止った。みんな晴着をきた若い女や小娘たちで、いちばん背の高いものが先頭にたち、それから身長の順につづいて、十歳ないし十二歳の小娘が行列のしんがりをしている。みんな小鳥のように軽快な身ごなしで、その姿はなんとなく古代の花瓶のまわりに描かれた夢のような姿を思いおこさせる。膝のあたりにぴったりまつわりついている、あのじつにうるわしい日本の着物は、もし大きく垂れさがった風変りな袖と、着物をしめる珍しい幅のひろい帯とがなかったら、ギリシアかエトルリアの芸術家の絵をもとにして意匠をこらしたものと思われるかも知れない。それからもういちど太鼓がなって踊りがはじまったが、それはとても言葉などでは描写できない――想像もつかぬほど夢幻的な舞踊であり、まったく驚嘆すべきものだった。
 みんないっせいに、草履を地面からあげないで右足を一歩前にすべらせ、妙にうきあがるような恰好で、にっこりとお辞儀でもするような仕種(しぐさ)をしながら、両手を右へのばす。それから、出した右足をうしろへ引いて、また両手をふり、お辞儀のような仕種をくりかえす。つぎに、みんな左足を前へ出してなかば左にむきながら、さきの動作をくりかえす。それから、いっせいに手をかるく打ちながら、みんな滑るように二歩前へ出る。そして、最初の動作が右と左へ交互にくりかえされるのである。――草履をはいた足はみんないっせいに滑り、しなやかな手はみんなそろって振られ、たおやかなからだは、みんないっせいに前へかがんで左右に揺れ動く。こうして、ごくゆっくりと、この世のものとも思えぬように、踊りの行列は大きな円にかわって、月に照らされた境内で、声もたてずに眺めているおおぜいの人たちのそばを、ぐるぐるまわってゆく。
 白い手はいつも、かわるがわる踊りの輪の内側と外側とで掌を上にむけたり下にむけたりして、魔法でも仕組むように高く低くうねりながら、いっせいに揺れうごき、小さな妖精のような袖は翼の影のような陰影を投げながら、みんなそろってほのかに舞う。そして、すべての足がたいへん入りくんだ動きのリズムにのっていっせいに平衡(へいこう)をとるので、それをじっと見まもっていると、水がちらちら光りながら流れているのを見つめようとするときのような――なんだか催眠術にでもかかったような気持になるのである。
 この眠りを誘うような魅惑は、あたりがしんと静まりかえっているために、いっそう強く感じられてくる。誰ひとり口をきく者もなく、見物人さえ黙りこんでいる。そして、かるく手をうつ音のながい合間には、木の間にすだく蟋蟀(こおろぎ)の声と、かるく砂ほこりをあげる草履のシュウシュウいう音が聞えるだけである。これはいったい何にたとえられよう? と、わたしは自分に問うてみる。何にもたとえられるものはないのだ。とはいえ、これは、自分が飛んでいる夢をみたり、歩きながら夢をみたりする夢遊病者の空想を、いくぶん暗示するようだ。
 そして、わたしは何かしら年代のわからないほど遠いむかしのもの、まだこの東洋人の生活の記録にのせられなかった初期のもの、おそらく薄明の神代、神々のふしぎな時代に属するものを見ている――つまり、数えきれぬ年月のあいだにその意味が忘れられている動作の、象徴的なすがたを眺めているのだという考えが、ふと心にうかんできた。ところが、まるで目に見えない監視者にでも会釈(えしゃく)するように無言のままほほえんだり頭をさげたりする光景は、ますますこの世のものとは思われなくなってくる。それで、もしもわたしが、ひとことでも小さい声をだしたら、ただ、くずれかかった灰色の境内と、荒れはてた寺と、この踊り子たちの顔とおなじ神秘的な微笑をいつもたたえている地蔵のこわれた像とを残しただけで、あとはみんな永久に消えてしまうのではないだろうかと思った。
 めぐる月のしたで、踊りの輪のまんなかにいるわたしは、魔法の輪のなかにいる人間のような気がした。ところで、まさしくこれは妖術である。わたしは魅せられた。妖怪じみた手ぶりや、拍子をとりながら滑るように運ぶ足どりや、とりわけ異様な袖のひらひらするさま――熱帯地方の大きな蝙蝠(こうもり)が飛ぶように、幽霊のように音もなく、ビロードのように滑らかな袖の舞に、魂を奪われてしまったのである。いや、これまで夢にみたことのあるもので、これにたとえられるものはない。わたしのうしろにある古い墓場や気味の悪いお迎えの燈籠を見たり、今のこの時刻や場所にまつわる妖怪じみた話など思いだして、なんだか亡霊にとりつかれたような(中略)気持におそわれた。いや、そんなことはない。音もなく揺れうごき織るように進むあの優美な姿は、今夜白い燈籠をつけて迎えられた冥土(めいど)の人々ではないのだ。ふいに、小鳥の呼び声のように美しくて朗らかな顫律(せんりつ)にみちた一曲の歌が、娘らしい口からさっと流れだしてくる。すると、五十人のやさしい声がその歌に和した。

  揃うた 揃いました 踊り子が揃うた
  揃い着てきた 晴れ浴衣

 またもや蟋蟀(こおろぎ)のすだく声、足のシュウシュウいう音、かるく手をうつ響だけになった。そして、ゆれ動きながらひらひらと舞う踊りは、無言のうちに眠りを誘うような緩やかな調子で進んでゆく。そのふしぎな優雅さは、まったくその素朴さのゆえに、まわりの山々のように古いもののように思われる。
 むこうの白い燈籠のある灰色の墓石のしたに幾世紀ものあいだ眠っている人々、その親たち、そのまた親たち、さらにそれより以前の、一千年もの長いあいだ埋葬された墓地すら忘れられている不明な時代の人々も、きっとこのような光景を眺めたことであろう。いや、それどころか、この若者たちの足でかきたてられる砂ほこりは、人間の生命だったのだ。そして、今夜とおなじ月のしたで、「足を織りかわし、手を振りあって」このようにほほえみ、このように歌ったのだ。」



「子供の霊の洞窟――潜戸」より:

「「髪の毛三本動かす」ほどの風があっても加賀へは行くな、と言われている。」

「神の洞窟から四分の一マイルばかり引返して、黒い断崖が長く続いたなかに大きな垂直の褶(ひだ)が出来たところへ向かって、まっすぐに進んで行く。すぐその前に、大きな黒い岩が海からそそり立っていて、それに大波の砕けた泡が飛びかかっている。その岩をまわって後ろへ舟を進めると、水がおだやかで、岸の断崖に口をあけた奇怪な裂け目の蔭になったところへ入る。すると、とつぜん思いもかけない一角に、べつな洞窟が目のまえに口をあけている。すぐさま舟がその洞窟の石の入口にふれ、その小さなショックで、奈落のような洞内じゅうに、お寺の太鼓を打つような長い朗々とした木霊がひびきわたる。一目見て、どこへ来たのかわかる。ずっと奥のほうの薄暗いところに、青白い石に微笑をたたえた地蔵の顔が見え、その前や周りいちめんに、形のこわれた灰色のものが寄り集まって、不気味な光景を呈している。――まったく怪奇で異様なものがごたごた群がっていて、妙に墓地の残骸を思わせる。洞窟の床には畝(うね)ができていて、海のほうからしだいに深まる暗がりのなかを爪先あがりに高くなり、さらにもっと奥のほうにある小さな洞穴の暗い入口に達している。そして、その傾斜いちめんが、何百何千という毀れた墓みたような形のものに蔽われている。しかし、だんだん暗がりに目が慣れてくるにつれて、墓ではないことが判ってくる。それは取りも直さず、長いあいだ我慢づよく骨折ったあげく、石や小石を手ぎわよく積みあげて作った塔なのである。
 「死んだ子供の仕事です」と、車夫がいかにも情のこもった笑(えみ)を浮かべながらつぶやいた。
 それから、わたしたちは舟から上がる。岩が非常に滑りやすいので、わたしは注意されて靴をぬぎ、用意してあった草履をはいた。ほかの者たちは跣足(はだし)で上がる。しかし、どうして先へ進んでゆくか、すぐ途方に暮れてしまう。なにしろ、石を積みあげたものが夥(おびただ)しくぎっしりつまって立っているので、足の踏み場もないほどである。
 「まだ道があります」と、船頭の婆さんが言って、道案内をする。
 婆さんの後について、右手の洞窟の壁と大きな岩とのあいだへ身をすぼめてはいると、石の塔のあいだに極く狭い道がある。しかし、子供の亡霊のためによく気をつけるようにと注意された。もし亡霊がつくった石の塔を倒すと、子供の亡霊は泣くだろうから。そこで、わたしたちはひどく用心しながらゆっくりと洞窟を横ぎって、石の積んでないところへ行った。そこは、上のほうの崩れかけた岩棚のかけらの砂が層をなして、岩の床いちめんに薄くかぶさっている。そして、その砂のなかに、わずか三、四インチの長さの、子供の小さな跣足の軽い足跡がついている。――これが幼な児の亡霊の足跡なのである。
 もっと早くおいでになれば、もっとたくさんあったでしょうに、と船頭の婆さんは言う。というのは、夜、洞窟の土が露や天井から落ちるしずくで湿っているときに、亡霊は足跡をつけるのであるが、日が出て暖かくなり、砂や岩が乾くと、小さな足跡は消えてしまうのである。」

「「なぜ亡霊は海から来るのだろうか」という問いにたいしては、満足な答は得られなかった。しかし、疑もなく、この国民の奇異な想像のなかには、多くの他の国民のそれと同じように、水の世界と死人の世界とのあいだには、ある神秘な恐ろしい つながり があるという原始的な考えが、いまだに残っているに違いないのだ。盆の魂祭り(たままつり)の後、七月十六日に流される藁(わら)でつくったあの霊的な小さな舟に乗って、精霊たちがつぶやきながら冥土へ帰るのは、いつも海のうえを通って行くのである。精霊船(しょうりょうぶね)が川に流される場合も、あるいは精霊の帰り道を照らすように湖や運河に燈籠を浮べる場合にも、あるいはまた、子供に先立たれた母親が亡くなった愛児のために地蔵の小さな刷り物を百枚、どこかの川の流れにおとす場合にも、この信心ぶかい行いの背後には、すべての水は海に注ぎ、海は「冥土」へ注いでいるという漠然とした観念があるのだ。

 きょう見聞したこと――うす暗い洞窟、うしろの闇の中へしだいに高く連なっている無数の灰色の石、小さな跣足のかすかな足跡、奇妙な微笑をうかべている像、とぎれとぎれの波の音が洞窟の中のほうに運ばれてゆき、しわがれた木霊で音が増し、あたかも賽(さい)の河原のつぶやきのように、まざりあって一つの大きな霊的な ささやき となる――そのような光景と音とを伴ったきょうの見聞は、いつかどこかで、夜またわたしの胸にふたたび甦(よみがえ)ってくることがあるだろう。」



「日本海のほとりにて」より:

「一週間もずっと空には一点の雲もなかったが、海はこの五、六日間、しだいに荒れだしてきていた。そして今、その寄せ波のざわめきが、ずっと陸地のなかまでも響きわたってくる。亡くなった人たちを祭る盆の三日間――すなわち旧暦で七月の十三、十四、十五日の三日間は、いつでもこのとおり海が荒れると言われている。それで十六日に精霊船(しょうりょうぶね)が送り出されたあとで、海に入ろうとする者はなく、舟の雇いようがない。漁師たちもみんな家にとどまっている。というのは、その日には、亡くなった人たちの精霊が海水をわたって冥土(めいど)に帰らねばならぬので、海がその通路となるからである。そこで、この日には、海は仏海(ほとけうみ)と呼ばれる。そしていつも十六日の夜には、海が穏かであろうが荒れていようが、海面はいちめんに、海原(うなばら)へ音もなく滑りだす微かな光――亡くなった人たちのおぼろげな火でかすかに光るのだ。そして、はるか彼方の都市のつぶやきのような声――精霊のはっきりしない話し声が聞えるのである。」

「ほのかな日光に染められた、どこか青白くて広い敷石のある場所――おそらく寺の中庭を思わせるようなところで、わたしのまえに若くもなく老いてもいない婦人が、大きな灰色の台座に坐っていたが、その台が何を支えているのか、わたしにはその女の顔しか見られないので、よくわからなかった。そのうちわたしは、その女に見覚えがあるように思った。――出雲の女だった。それから、その女が奇妙なものに思われてきた。彼女の唇は動いていたが、目は閉じたままだった。そしてわたしは、彼女を見ないわけにはいかなかった。
 それから、幾年も経ったために細くなったような声で、彼女はもの静かな悲しい歌をはじめた。それに耳を傾けていると、ケルトの子守歌のかすかな記憶がよみがえってくる。歌いながら、彼女は一方の手で長い黒髪をほどいていったが、とうとう髪の毛が石のうえに輪をつくりながら垂れさがった。こうして、すっかり垂れてしまうと、髪はもう黒くはなくて、青い――青白い日のような藍色となり、あちこちに駈けめぐる青い細波(さざなみ)をつくって押しよせながら、蜿蜒(えんえん)とうねっていた。そして、それから不意にその細波は、ずっとはるか彼方までつづき、女はいなくなっていることに気がついた。ただあるものは海だけで、音のない寄せ波の長いのろい閃光(せんこう)をのせて、天空の果までも青々と大波を打ちよせていた。」



「生と死の断片」より:

「子供の時期に、前世のことを思いだして、その話をする日が一日――たった一日あると言われている。
 子供がちょうど二歳になるその当日に、家のいちばん静かなところへ母親につれて行かれて、米をあおって分ける箕(み)のなかにおかれる。子供は箕のなかに坐る。それから母親は子供の名をよんで、「おまえの前世は――何であったかね。言ってごらん」と言う。すると、子供はいつも一ことで答えるのである。なにか不思議なわけがあるらしく、それより長い答をすることはない。しばしばその答がひどく謎めいているので、坊さんか易者に解いてもらわねばならぬ。」



「焼津にて」より:

「この海岸に一つの俚諺(りげん)がある。それは「海には魂があり耳がある」というのである。その意味はこう説明される。海にいて怖(こわ)いと思うとき、その怖いという気持をけっして口に出してはならぬ。――怖いということを口に出して言うと、波がたちまち高くなる。……さて、この想像は、わたしにはまったく自然のように思われる。」

「燐光を発する夜、潮の流れが明滅するさまは、ほんとうに生きもののように見える。その冷たい炎の色合が微妙に移りかわるのは、まったく爬虫類(はちゅうるい)のようである。こんな夜の海にもぐりこんで、その黒ずんだ藍色の暗がりのなかで両眼をひらいて、からだを動かす度ごとに、光が無気味にほとばしるのに目をとめて見たまえ。潮を通してみえる一つ一つの光った点が、まるで目を開いたり閉じたりするようだ。こんな瞬間には、じっさい、なにか知覚をそなえた奇怪な生きものに包まれているような気がするし、そのどの部分も一様に感じたり、見たり、意志を働かせたりする。何か生命のある物質のなかに――つまり、柔らかで冷たい無限の霊のなかに、つり下げられているような気がするのである。」

「やがてわたしは、子供のじぶんに海の声に耳を傾けたときの、漠然とした恐怖のことを考えていた。そして、後年世界のいろいろな地方のさまざまな海岸で、寄せ波の音がいつも子供らしい感情をよみがえらしたことを思いだした。たしかに、この感情は、幾百万世紀もわたしより古いもので、祖先から伝えられた数かぎりない恐怖の総体である。しかし間もなく、海をこわがる気持は、海の声が目ざます種々さまざまな畏怖(いふ)の、ただ一つの要素を表わすにすぎないという確信が、わたしの心に湧いてきた。というのは、この駿河海岸の荒潮に耳をかたむけていると、人間に知られている恐怖のほとんどあらゆる音を、聞き分けることができたからである。たんに凄まじい戦闘や、はてしない一斉射撃や、かぎりない進撃の音ばかりでなく、けものの咆哮(ほうこう)、火のパチパチシュウシュウいう音、地震のごうごういう音、ものの崩れ落ちるとどろき、そしてなかんずく、息のつまった悲鳴のような連続した絶叫――つまり、水に溺れて死んだ者の声だと言われている人声が、聞き分けられるのであった。憤怒と破滅と絶望との、ありとあらゆる木霊(こだま)を結び合せた――じつに凄まじい騒音のどよめきであった。
 そして、わたしはこう独りごとを言った。――海の声がわれわれをまじめにするのは、ふしぎであろうか。海のさまざまな声に和して、霊の経験というさらに広大な海に動いている太古からの恐怖のすべての波が、それに応答せざるを得ないのである。「淵々よびこたえ」るのだ。目に見える深淵が、それより古くから存在していて、その潮の流れでわれわれの霊魂をつくったところの――目に見えない深淵に呼びかけるのである。」



「露のひとしずく」より:

「露の消えてゆくのと人間が消えてゆくのとのあいだに、なんの相違があろう? 言葉のちがいだけである。……だが、それにしても、ひとしずくの露はどうなるのか、自問してみたまえ。」
「人の個性――特性はどうなるだろう? つまり人の観念や情操や回想――人の独自な希望や恐怖や愛や憎しみはどうなるだろう? そうだ、幾億兆の露のしずくのそれぞれにも、原子の震動と反映とには極めてわずかな差異があるにちがいないのだ。そして、生と死との海から引きあげられた霊の蒸気の無数の粒子のひとつひとつにも、それと同じような極めて小さな特質がある。人の個性も永遠の秩序のなかでは、ひとしずくの露の震動でおこる微分しの特殊な運動とちょうど同じ意味をもっている。おそらく、他のどんなしずくにあっても、それが震動することと像を映すこととが、まったく同一であることは決してあるまい。しかし露はなおも結んでは落ちるであろう。そして、その面にはいつも震えている像が映っているだろう。……迷妄(めいもう)のうちの迷妄こそは、死を喪失と考えることなのである。
 世の中に喪失というものはない。――喪失さるべき自我は一つもないからである。過去でどんなものであったにしても、われわれは存在していたのだ。また、現在どんなものであるにしても、われわれは存在しているのだ。未来でどんなものになるにしても、われわれはそうしたものにならねばならぬのだ。人格――個性――それは夢のなかの夢の幻影である。存在するものはただ無限の生命だけである。そして、あるらしく見えるのは、ただその生命の震動にすぎないのだ。――太陽も月も星も大地も空も海も、それから心も人間も空間も時間も――いっさいのものは影である。その影は現われては消える。――影をつくるものが、永遠にものを形づくるのである。」



「病理上のこと」より:

「わたしはたいへん猫が好きである。そして洋の東西にわたって、いろいろな土地でいろいろな時に飼っていたさまざまな猫について、大部な書物が書けるだろうと思う。だが、これは猫の本ではなくて、わたしはただ心理的な理由から、タマのことを書いているのである。タマはわたしの椅子のそばに寝て一種独特な鳴き声をだしているが、それを聞くと妙にほろりとさせられる。それは猫が子猫を呼ぶときだけ出す鳴き声で、クウクウとやさしく甘ったるく声をふるわせ、まったく愛撫の調子をおびている。それから、横に寝そべっている姿を見ると、何か掴えたばかりのものをしっかり持っているような恰好で、前足はものを掴むようにぐっと伸し、真珠のような爪はピクピク動いている。」

「日が暮れると、わたしはいつもタマが台所の屋根伝いに獲物(えもの)をあさりに出かけられるように、書斎に通ずる階段のうえの小窓を明けっぱなしにしてやった。すると、ある晩のこと、その窓から子猫たちの玩具に大きな草履を持ちこんできた。(中略)タマと子供たちとは、その草履を玩具にして朝まで大騒ぎをした。」

「いったい、動物の記憶というものは、他との関連によって生ずるある種の経験については、ふしぎなくらい弱くてぼんやりしているものである。ところが、動物が生れながらもっている記憶、つまり幾万億という数えきれないほどの生活を通して蓄積された経験の記憶は、ふつうの人間のおよばないほどはっきりしていて、誤ることはめったにない。(中略)小さい動物とその習性にかんする広い知識、薬草の医学的知識、獲物をあさる時かまたは闘うさいの戦術の才幹を考えてみるがよい! その知識はじっさい広い。しかも、それをすべて完全に、もしくはほとんど完全に知っているのだ。しかし、それは過去の生活の知識である。現在の生活の苦労については、その記憶はあわれなほど短いのである。

 タマは子猫たちが死んだことを、はっきり思い出せなかったが、なんでも自分に子供があるはずだということは覚えていた。それで、子供たちが庭に埋められてからずっとのちも、ほうぼうで探したり呼んだりした。自分の友達にもいろいろと愚痴をこぼした。そして、わたしには、戸棚や押入れを残らず何度も明けさせて、子猫は家のなかにいないことを確めさせた。こうして、ようやくのこと、このうえ探しても無駄だということに、自分でも納得がいくようになったが、それでもタマは夢のなかで子供たちとたわむれたり、鼻にかかった甘ったるい声で呼んだり、影のようにもうろうとした小さなものを捕えてやったりする。――いや、ことによると、記憶にぼんやり残っている窓をくぐって、幻の草履をさえ小猫たちのもとに持ちこんでいるだろう。」





こちらもご参照下さい:

『ラヴクラフト全集 6』 大瀧啓裕 訳 (創元推理文庫)





































































































































『ラヴクラフト全集 6』 大瀧啓裕 訳 (創元推理文庫)

「クラネスは当世風の男ではなく、他の作家たちのように考えることをしなかった。他の作家たちが人生から神話という刺繍(ししゅう)いりのローブをはぎとり、むきだしの醜さのうちに現実という穢(きたな)らしいものを示そうとしているのにひきかえ、クラネスは美のみを探し求めたのである。」
(H・P・ラヴクラフト 「セレファイス」 より)


H・P・ラヴクラフト 
『ラヴクラフト全集 6』 
大瀧啓裕 訳
 
創元推理文庫 523-6 

東京創元社
1989年11月24日 初版
1991年9月20日 3版
357p
文庫判 並装 カバー
定価530円(本体515円)
カバーイラスト: Virgil Finlay
カバーデザイン: 龍神成文



本書「作品解題」より:

「ラヴクラフト全集第六巻にあたる本書は、ランドルフ・カーターを主人公とする一連の作品を柱として、これに密接にかかわる初期のダンセイニ風掌篇をあわせ収録した。」


巻頭カット1点、「作品解題」中モノクロ図版21点。


ラヴクラフト全集 06


カバー裏文:

「二十世紀最後の怪奇小説作家H・P・ラヴクラフト。その全貌を明らかにする待望の全集――本巻には、作者の分身たるランドルフ・カーターを主人公とする一連の作品、および、それと密接に関わる初期のダンセイニ風掌編を収録した。波瀾万丈の冒険小説「未知なるカダスを夢に求めて」等全九編は、諸氏の魂を電撃のごとく震撼せずにはおかぬであろう。」


巻頭文:

「怪奇小説の世界に壮麗な大伽藍を築いた鬼才ラヴクラフト。本巻には、作者の分身たるランドルフ・カーターを主人公とする一連の作品、および、それと密接に関わる初期のダンセイニ風掌編を収録し、この稀有な作家の軌跡を明らかにする。猫を愛する読者なら快哉を叫ぶ佳編「ウルタールの猫」、神々の姿を窺わんとする賢者の不敵な企てを描く「蕃神」、巨匠が書き残した最大の冒険小説、古典の伝統をふまえた波瀾万丈の「未知なるカダスを夢に求めて」等、全九編は、諸氏の魂を電撃のごとく震撼するであろう。」


目次:

白い帆船
ウルタールの猫
蕃神
セレファイス
ランドルフ・カーターの陳述
名状しがたいもの
銀の鍵
銀の鍵の門を越えて
未知なるカダスを夢に求めて

作品解題 (大瀧啓裕)




◆本書より◆


「ウルタールの猫」より:

「スカイ河の彼方に位置するウルタールでは、何人(なんぴと)も猫を殺してはならないそうだが、暖炉のまえに坐りこんで喉(のど)を鳴らしている愛猫(あいびょう)に目をむけるなら、まことにさもありなんと首肯できる。それというのも、猫は謎めいた生きものであり、人間には見えない不思議なものに近いからだ。猫はアイギュプトスと呼ばれた太古から流れるナイル河の魂であり、古代エチオピアのメロエやアラビア南部はオフルの忘れ去られた邑(まち)の物語をいまに伝えるものである。密林の支配者の血縁であり、蒼枯(そうこ)たる不気味なアフリカの秘密を継承するものでもあるのだ。スフィンクスは遠戚(えんせき)にあたり、猫はスフィンクスの言葉を解するが、スフィンクスよりも齢を重ね、スフィンクスが忘れはてたことをおぼえている。」


「セレファイス」より:

「金も土地も失ってしまったいま、世人のやり方を気にかけることもなく、夢を見て、その夢を書きとめることを好んだ。こうして書きあげたものを見せて笑われたため、しばらくは誰にも見せずに書きつづけたとはいえ、結局は書くのをやめてしまった。世間から身をひくにつれ、見る夢はいよいよ素晴しいものになっていくばかりなのだから、そうした夢を紙に書きとめようとすることなど、およそむなしい営みだろう。クラネスは当世風の男ではなく、他の作家たちのように考えることをしなかった。他の作家たちが人生から神話という刺繍(ししゅう)いりのローブをはぎとり、むきだしの醜さのうちに現実という穢(きたな)らしいものを示そうとしているのにひきかえ、クラネスは美のみを探し求めたのである。真実や経験では美を顕(あら)わすにいたらないと知るや、空想や幻想のなかにこれを探し、ほかならぬつい間近、幼年時代に見た夢や聞いた話の、おぼろな記憶のうちに見いだしたのだった。」


「銀の鍵」より:

「ランドルフ・カーターは三十になったとき、夢の世界の門を開く鍵を失くしてしまった。そのときまで、宇宙の彼方の不思議な古代都市、あるいは天の海をへだてた信じがたくも麗(うるわ)しい楽園の土地へと、夜ごと旅をすることによって、凡庸な人生に欠けているものを補っていたのだが、中年という齢が重くのしかかるにつれ、そうした自由がすこしずつ失われていくのを感じ、それがついには完全に絶たれてしまったのである。もはやカーターのガレー船も、金色燦然(こんじきさんぜん)たるトゥーランの尖塔(せんとう)を尻目にオウクラノス河をさかのぼることはなく、筋模様の入った象牙の柱を擁する忘れ去られた宮殿が、月影の下でつきせぬ華麗な眠りにつくクレドのかぐわしい密林を、象の隊商が重い足音をひびかせて進むこともなかった。」


「銀の鍵の門を越えて」より:

「その生涯を通じ、覚醒時の現実の倦怠と気づまりから遁(のが)れ、伝説に名高い異次元の街並や誘い招く夢の景観に没入しようとしつづけたランドルフ・カーターが、五十四歳をむかえた一九二八年の十月七日、地上から姿を消してしまったのである。」
「乗りすてられていた車のなかに、香木から造られたとおぼしき悍(おぞ)ましい彫刻のほどこされた箱と、何人(なんぴと)にも読めぬ文字の記された羊皮紙とが発見された。銀の鍵はなかった――おそらくカーターが携えていったのだろう。それ以外に確固とした手がかりは何一つとしてなかった。」

「地球の歴史上、知られていたり推測されていたりするあらゆる時代、そして知識や推測や真疑を超絶する地球の実体が支配した劫初(ごうしょ)の時代、そうした時代に属する環境のすべてに、カーターがいた。カーターは、人間であり非人間であり、脊椎(せきつい)動物であり無脊椎動物であり、意識をもつこともありもたないこともあり、動物であり植物であった。さらに、地球上の生命と共通するものをもたず、他の惑星、他の太陽系、他の銀河、他の時空連続体の只中を法外にも動きまわるカーターたちがいた。世界から世界へ、宇宙から宇宙へと漂う、永遠の生命の胞子がいたが、そのすべてが等しくカーター自身だった。瞥見(べっけん)したもののいくつかは、はじめて夢を見るようになったとき以来、長い歳月を経ても記憶にとどめられている夢――おぼろな夢、なまなましい夢、一度かぎりの夢、連続して見た夢――を思いださせた。その一部には、地球上の論理では説明のつけられない、心にとり憑(つ)き、魅惑的でありながら、恐ろしいまでの馴染(なじみ)深さがあった。」



「未知なるカダスを夢に求めて」より:

「「ヘイ、アア=シャンタ、ナイグ。旅だつがよい。地球の神々を未知なるカダスの住処(すみか)におくりかえし、二度とふたたび千なる異形のわれに出会わぬことを宇宙に祈るがよい。さらばだ、ランドルフ・カーター。このことは忘れるでないぞ。われこそは這い寄る混沌、ナイアルラトホテップなれば」」




こちらもご参照下さい:

『ラヴクラフト全集 5』 大瀧啓裕 訳 (創元推理文庫)





















































































































『ラヴクラフト全集 5』 大瀧啓裕 訳 (創元推理文庫)

「吐き気催すような音をだす弦楽器、金管楽器、木管楽器があり、ときとしてセント・ジョンとわたしは、いうにいわれぬ陰鬱さや魔的な凄絶(せいぜつ)さをたたえた不協和音を奏でたてた。」
(H・P・ラヴクラフト 「魔犬」 より)


H・P・ラヴクラフト 
『ラヴクラフト全集 5』 
大瀧啓裕 訳
 
創元推理文庫 523-5 

東京創元社
1987年7月10日 初版
1991年9月20日 8版
349p
文庫判 並装 カバー
定価500円(本体485円)
カバーイラスト: Virgil Finlay
カバーデザイン: 龍神成文



本書「作品解題」より:

「ラヴクラフト全集第五巻にあたる本書には、後にダーレスによってクトゥルー神話の母胎とされるにいたった作品を中心に収録した。」


巻頭カット1点、「資料」中モノクロ図版3点、「作品解題」中モノクロ図版18点。


ラヴクラフト全集 05


カバー裏文:

「二十世紀最後の怪奇小説作家H・P・ラヴクラフト。その全貌を明らかにする待望の全集――本巻には、医学生のおぞましい企てを描く「死体蘇生者ハーバート・ウェスト」、ニューヨークの貧民街に巣食う邪教のともがらがもたらす「レッド・フックの恐怖」など、クトゥルー神話の母胎とされる全八編を収録。諸君は一読、鬼才の王国に虜となるであろう。」


巻頭文:

「虚空に黯黒(あんこく)の光芒を放つ巨星ラヴクラフト。本巻には、Uボートの艦長が深海の底でアトランティスに遭遇する「神殿」、医学生のおぞましい企てを描く「死体蘇生者ハーバート・ウェスト」、ニューヨークの貧民街に巣食う邪教のともがらがもたらす「レッド・フックの恐怖」、セイレムの魔女裁判の史実を巧みに取り込んだ「魔女の家の夢」等、クトゥルー神話の母胎とされる全八編を収録した。巻末に資料「ネクロノミコンの歴史」を付す。鬼才の統(す)べる王国に虜囚となった読者は、二度と俗界に立ち返れぬであろう。」


目次:

神殿
ナイアルラトホテップ
魔犬
魔宴
死体蘇生者ハーバート・ウェスト
レッド・フックの恐怖
魔女の家の夢
ダニッチの怪
資料 『ネクロノミコン』の歴史

作品解題 (大瀧啓裕)




◆本書より◆


「神殿」より:

「吾輩はなだめすかせる考えを改め、おまえは狂っている、憐れむべき狂人にちがいないといってやった。しかしクレンツェは動じることもなく、こう叫んだ。「おれが狂っているのなら、それは慈悲というものだ。無神経なあまり悍(おぞ)ましい最期にも正気でいられる者に、神々の憐れみがあらんことを。」」


「ナイアルラトホテップ」より:

「ナイアルラトホテップ……這(は)い寄る混沌……わたしは最後の者であり……耳かたむける虚空に語りかけよう……
 いつはじまったのか、はっきりした記憶はないが、数ヵ月まえのことだったはずだ。世間一般の緊張は恐ろしいほどだった。政治的にも社会的にも大変動がおこった時期に、肉体が由々しい脅威にさらされているという、いまだかつてなかった不安がたれこめたのだ。あまねく浸透して、ありとあらゆるものをつつみこむこの脅威は、およそ凄絶(せいぜつ)きわまりない夜の幻夢においてしか想像しえないようなものだった。(中略)はなはだしい罪の意識が国じゅうにたちこめ、星たちのあいだの深淵から冷たい流れが吹き寄せて、暗くわびしい場所で人びとを震えあがらせた。季節のうつりかわりに凶(まが)まがしい変化が生じていた――秋の熱気が恐ろしくもいつまでも尾をひいて、この世界、そしておそらくは宇宙までもが、馴染(なじみ)深い神々、ないしは未知の力の支配をうけなくなったのではないかと、そう誰しもが思ったものだ。」



「ダニッチの怪」より:

「「あれは――そうですな、おおざっぱにいうなら、われわれの宇宙には属さない力のようなものだったのですよ。われわれの自然が備えるのとは別な法則によって、行動し、成長し、自らの姿を形づくる一種の力だったのです。」」


「作品解題」より:

「ラヴクラフトは自作の『クルウルウの呼び声』にふれ、「名前だけの怪奇さを求め、既知のものや馴染(なじみ)深いものにしがみついて離れない」読者をあげつらい、自分の書くものはそうした読者の要望にしたがうものではないとして、こう記している。

  さて、わたしの小説のすべては、人間一般のならわし、主張、感情が、広大な宇宙全体においては、何の意味も有効性ももたないという根本的な前提に基づいています。わたしにとって、人間の姿――そして局所的な人間の感情や様態や規範――が、他の世界や他の宇宙に本来備わっているものとして描かれる小説は、幼稚以外の何物でもありません。時間であれ、空間であれ、次元であれ、真の外在性の本質に達するためには、有機生命、善と悪、愛と憎、そして人類と呼ばれるとるにたらぬはかない種族の限定的な属性が、すべて存在するなどということを忘れ去らなければならないのです。人間の性質をおびるものは、人間が見るものや、人間である登場人物だけに限定されなければなりません。これらは(安っぽいロマンティシズムではなくして)徹底したリアリズムでもってあつかう必要がありますが、果のない慄然(りつぜん)たる未知の領域――影のつどう外界――に乗りだすときには、忘れることなくその戸口において、人間性というもの――そして地球中心の考えかた――をふりすてなければならないのです。

 ラヴクラフトの意気ごみのほどを如実に物語るこの信条告白によっても、ラヴクラフトの諸作品が、あまりにも人間中心的な善悪二元論に立脚するダーレスのクトゥルー神話と、厳然たる一線を画するものであることは明らかだろう。」





こちらもご参照下さい:

『ラヴクラフト全集 4』 大瀧啓裕 訳 (創元推理文庫)




























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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