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『トマス・ド・クインシー 著作集  Ⅲ』 (全四巻)

「ケイトは常に不幸だったが、運は常に良かった。」
(トマス・ド・クインシー 「エスパニヤ尼俠伝」 より)


『トマス・ド・クインシー
著作集 
Ⅲ』


悪魔の骰子 高山宏 訳
ハイチの王 横山茂雄 訳
クロースターハイムあるいは仮面男 藤巻明 訳
タタール人の反乱 土岐恒二 訳
復讐者 土岐恒二 訳
エスパニヤ尼俠伝 南條竹則 訳


国書刊行会
2002年3月10日 初版第1刷印刷
2002年3月20日 初版第1刷発行
581p 訳者紹介1p 
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価8,600円+税
装幀: 高麗隆彦



第四回(最終回)配本・第三巻。
「タタール人の反乱」に地図(「タタール人の逃避行路図」)1点、ド・クインシー略伝に図版(「トマス・ド・クインシー(1850年頃)」)1点。



ド・クインシー著作集3



帯文:

「主要著作を集大成した初の作品集!!
男装の麗人の波瀾に充ちた冒険をたどる『エスパニヤ尼俠伝』。ドイツ三十年戦争を舞台に謎の仮面男が暗躍するゴシック・ロマンス『クロースターハイム』。笑いとナンセンスが渦巻くユーモア小説『ハイチの王』他、多彩な小説作品全6篇を収録。
付=ド・クインシー小伝。
全巻完結!」



目次:

悪魔の骰子 (高山宏 訳)
ハイチの王 (横山茂雄 訳)
クロースターハイムあるいは仮面男 (藤巻明 訳)
タタール人の反乱 (土岐恒二 訳)
復讐者 (土岐恒二 訳)
エスパニヤ尼俠伝 (南條竹則 訳)

訳註
霊妙なる蜘蛛の糸――トマス・ド・クインシー略伝 (藤巻明)
解説・脱線と恍惚 (横山茂雄)




◆本書より◆


「ハイチの王」より:

「グッドチャイルド氏は急に寒気を覚えた。実は、この刹那、子供の頃に聞かされた物語が記憶から蘇って氏の頭をかすめたのであった。すなわち、『ファウストゥス博士』が上演される際には、舞台に登場する悪魔たちの数が実際より一名多い事実が不意に露見し、その余分なひとりは芝居上の悪魔ではなく正真正銘本物の悪魔だと分ることがままある――そういう話である。」


「クロースターハイムあるいは仮面男」より:

「深い沈黙がかなりの間城中を支配していた。部屋に置いてある時計が四半時を告げる鐘を鳴らして一瞬その沈黙を破り、方伯が目を上げると、もう二時過ぎだった。夜の床に就こうとして立ち上がり、一瞬机に手を置いて思案に耽った。瞬間的に畏怖の感情が過(よ)ぎったのは、目を部屋の下手隅の暗がりに向けていると突然の思いに駆られたからだった――あれほど謎に満ち、しかもあれほど多くの障害を突き破ってクロースターハイムのあらゆる屋敷の内部へ入り込める人間ならば、間違いなくこの城を訪れることも十分ありうる、いやそれどころか、ほかならぬこの部屋の中へ入り込むことだって決してありえないことではなかろう、と。これまでに仮面男を撃退できた障害物などあっただろうか。そしておこがましくもその訪問時間を推定できる者などいるだろうか。ほかならぬ今夜が仮面男の選んだ時間かもしれないのだ。かくの如く考えながら、方伯は薄暗い姿が下手隅の戸から部屋に入ってくるのに突然気づいた。(中略)その人物の歩みは忍び足とはとても言えなかった。それどころか、動作、物腰、挙動はこの上なく威厳に満ち厳かだった。しかし、足音が全く聞こえないので隠れた意図の存在を窺わせた。影の動きだってこれほど音無しではない。そして、この情況のおかげで方伯の懐いた第一印象、すなわち、今やこのところ懐いている願いが叶い、あれほど畏怖の対象となり、あれほど広まった恐慌の生みの親である謎の人物にもうすぐ会えるという印象は正しかったと確認された。
 方伯は正しかった。実際それはいつものように cap-à-pié 頭の天辺から爪先まで(引用者注:「頭の天辺から爪先まで」に傍点)武装した仮面男だった。」



「タタール人の反乱」より:

「一七七一年初秋のとある晴れた朝、清国皇帝の乾隆帝は万里の長城の城外に広がる荒蕪の辺境で娯楽に興じていた。幾百平方里にもわたってその地方にはまったく住人がなかったが、いたるところに豊かな古木の森林がひろがって、狩猟のためのあらゆる珍獣が駆け回っていた。この孤独な地域の中心部に皇帝は豪華な狩猟小屋(木蘭囲場)を建て、そこへ毎年、娯楽と政務からの解放を求めて足を運んだ。猟獣を深追いするうちに猟場から二百マイルも離れた遠くまで足を踏み入れることになり、少し距離をおいて充分な護衛兵を従え、毎夜違う場所に野営の幕屋を張っているうちに、ついに中央アジアの広大な砂漠地帯の端まで到達してしまっていた。ここで皇帝がたまたま大テントの開口部に立って朝の日の光を楽しんでいたまさにそのとき、突然西の方に、巨大な雲のような蒸気が立ち昇り、それが次第に広がり、上昇し、ゆっくりと空一面に満ち広がっていくように思われた。やがて次第にこの一面の靄は地平線の近くで濃くなりまさり、大波のようにうねりつつ近づいてきた。(中略)最初はとほうもない鹿の大群か、さもなければ別の狩猟用の野生動物が、皇帝の動きか、あるいはひょっとすると餌を漁りまわる野獣のために安静を妨げられて森のねぐらから跳び出してしまったのが、もとの森のねぐらに戻ろうとして、邪魔される虞(おそれ)のないどこか遠い地点から森の中に入ろうと、遠回りをしているのかもしれないと想像された。しかしこの憶測は、ゆっくりと嵩を増してゆく砂塵と、その動きの変わらなさとによって振り払われた。それから二時間後にはこの巨大な現象はそれを見ている者たちのところから五マイル以内と判断される地点まで近づいてきていた。」


「復讐者」より:

「「あなたはなぜわたしを殺人者と呼ぶのですか。なぜわたしのことを、大地が血に汚されているときに、圧政者の足跡を追って燃えさかり、大地を清めてゆく神の怒りとは呼んでくださらないのですか」」

「私は、現在もなおそうだが、当時、事件の舞台として一躍悪名を轟かせたあの町の大学の教授であった。(中略)敢えて断言してもいいが、人知で予想できること、人間の創意でできることは、すべて手をつくした。しかし気の滅入るようなその結果はどうだろう。(中略)なんと別々の家で十件もの一家皆殺し事件がつぎつぎと起こって、そうした用心の方策がことごとく失敗に終わり、なんの役にも立たなかったとわかったときには、かえってそうした方策が恐怖心を、いや、なによりも畏怖の念を――摩訶不思議という感じを――いっそう助長することになったのである。」

「さていまやウィンダム氏の到来からすでに二ヵ月がたった。氏は当地の最上流の社交界のすべての成員に紹介され、言うまでもないことだが、誰からも好意をもって迎えられ、一目置かれていた。実際、彼の財力と貫禄、軍から授かったかずかずの栄誉、そして身のこなしのはしばしに現れる彼の性格の高貴さはあまりにも歴然としていたので、どんな社会においても彼が最高の配慮をもって遇されないということはあり得なかった。(中略)彼の性向はもともと開放的で率直、かつ人を信じやすいところがあった。人生の半分以上を野営地で過ごした放浪と冒険を好む生き方ゆえに、彼の態度には軍人以上の率直さがしみついてしまっていた。しかし彼に取りついた深い憂愁は、その原因がどこにあったにせよ、彼の物腰に生来そなわっていた自由闊達さを、固い友情か愛の力でそれをもとに復さないかぎり、いやおうなく凍結させてしまっていた。その結果、およそどんな集団にとっても彼の同席は気詰りで、当惑するようなものとなるのだった。」

「話を進める前に、ひとつには、ほとんど専らぼくひとりの所行のために無実の人が疑いをかけられることのないように、いやそれ以上に、神が、あなたがたの罪深い市を囲む城壁に、ぼくの手をして、血をもって書かせ給うた教訓と警告とが、まともな説明がなにもないためにむなしく消え去ることのないように、ぼくの臨終の告白をお聞きください、城壁に囲まれたあなたがたの市内の多くの家族を離散させ、家庭の炉辺を至聖所とせず、老齢をも保護のお墨つきとはしなかったあの一連の謀殺は、恐ろしい復讐のしもべたるぼくの、たとえ必ずしもつねに直接手を下したことではなくとも、この頭がそもそもすべて考え出したことなのです。」
「ぼくの哀れな家族にとって名誉と幸福を葬る墳墓となったあなたがたの市に近づくにつれて、ぼくの心臓は気も狂わんばかりの激しい感情に動悸がしてきます。(中略)ぼくたちが市の城門に近づいて行くと、旅券を調べていた役人は、母と妹たちがユダヤ女と書かれてあるのを見つけて――ユダヤ女であるということは(ユダヤ人が決して辱めを受けることのない地方に育った)母の耳には、つねに栄誉の称号として響いていたのでしたが――下っ端役人を呼びつけました。するとそいつは乱暴な言葉遣いで通行税を要求したのです。ぼくたちはそれを馬車と馬の道路税のことだろうと思ったのですが、すぐにその誤りに気づきました。僅かな金額ながら、妹たちと母との銘々に、同じ頭数の牛に対するのと同じ料金が請求されていたのでした。ぼくは、なにかの間違いだろうと思って、くだんの男に穏やかに話しかけました。(中略)ところが男はなにやら印刷された板紙を取りだしました。見るとそこには下等動物と並んで、ユダヤ人男女は一人あたり同額の料金となっているのでした。そのことについてぼくたちが議論している間、城門警護の役人たちはせせら笑うような薄ら笑いを浮かべていました。駅馬車の御者たちもいっしょに笑っていました。(中略)翌日やっと会えた父は、驚いたことに、まさに死に瀕しておりました。」
「父は拷問と屈辱にうちひしがれて息絶えたのです。」
「母は、いまや自分を律することができず、悲しみのあまり義憤に駆られて、公然と、また法廷においても、係官の取った行動を非難しました。」
「母は、小反逆罪に相当するなにかの罪で、あるいは高官誹謗のかどで、あるいは治安妨害の種を蒔いたことで、逮捕されました。(中略)くだんの犯罪に対して法が定めた罰は、キリスト教徒の女にとってさえ過酷なものでした。しかしユダヤ女に対しては、この迫害された民族に対して設けられた古い法律のひとつによって、ほとんどすべての犯罪に、遥かに重い、さらに屈辱的な刑罰が上乗せされていたのです。」
「そうして母はゆっくりと、明日というものを知らない永遠の眠りについたのでした。」

「いまやこの世はぼくにとっては砂漠でした。」

「さて、いまやすべては終わり、人道のための仇討ちは果たされました。それでもあなたがこの流血と恐怖とに対して苦情を訴えられるなら、ぼくにそのような権利を生じさせた非道な仕打ちを思い浮かべてください。(中略)諸侯の会議においてぼくの教訓を肝に銘じさせるためには、社会を震撼させ、社会に衝撃をあたえることの必要性を思ってください。」



「エスパニヤ尼俠伝」より:

「だが外に出て、星のきらめく夜空の下、ふたたび自由になったケイトは、どちらへ向かって行くべきであろう? 夜明け前に姿を消してしまわなければ、街全体が彼女にとっては(中略)一つの巨きな鼠取りの罠となるであろう。海だけが逃れ道だと彼女は一目で了解した。そして港へ急いだ。あたりは静まり返っていた。見張り番はいなかったので、彼女は一艘の小船に飛び乗った。櫂を使うのは危険だった。というのも、音を消す手段(てだて)がなかったからである。だが何とか帆を上げて、鉤篙(かぎざお)で舟を押し出し、たちまち港の口へ向かって水面(みなも)を渡りはじめた。風は弱いが順風だった。こうして脱出の難関を切り抜けると、彼女は横になり、いつのまにか眠りにおちた。」

「君達ははすべての女性に対すると同じく、ケイトのことを無躾(ぶしつけ)に語りすぎる。生来の懐疑的本能によって、真実の隠された深みというものをことごとく嘲弄するのだ。」
「だが、君らの(引用者注:「君らの」に傍点)背後に、わたしはもっと性質(たち)の悪い奴の姿を見る――そいつは陰気な狂信者、宗教的阿諛(あゆ)追従者で、自分自身の悪行とは全然違う種類の悪行を厳しく咎め立てることによって、己(おの)が仲間の罪を贖(あがな)おうとする。そこで筆者はケイトのために、せっかちな読者に向かって一言そいつの悪口を言っておかねばならない。
 この悪党は嘘を笠(かさ)に着て我等がケイトを攻撃する。というのも、市民社会の構造そのものに嘘がひそんでいるからである――犯罪の重大さについて我々の判断を誤らせる、必然的な(引用者注:「必然的な」に傍点)誤謬が。人は単なる“必要”に強(し)いられて多くの行為を大罪となし、重罰を課すのだ――そんなものはごく軽微な犯罪にすぎない、と理性はこっそりささやくのであるが。例えば、あの気の毒な叛兵あるいは脱走兵たちにしても、必ずしも弁解の余地がなかったとは限るまい。かれらは苛酷な扱いを受けていたかも知れぬ。しかし、戦争の緊迫した時にあっては、個々の言訳はどうであろうと、叛兵は必ず(引用者注:「必ず」に傍点)銃殺されねばならぬ。仕方がないのだ――ちょうど、皆が飢饉にあえいでいる時、一人の男が死にかけた子供たちに食べさせようとして、共同倉庫から食糧を盗むところを見つけたら、たとえその罪は神様の目にはとまらないにしても、我々は彼を(ああ! やむを得ず)撃たねばならぬ、それと同じことだ。」
「さて、ケイトを誹謗する我等が悪しき友・狂信家氏は、さような目的のために、社会があらゆる暴力に対して下す誇張された評価から己に優利な立場を引き出して、これを濫用する。身の安全という事が社会的結合の主たる目的であるから、我々はあらゆる形の暴力に対し、この結合の中心原理に敵するものとして眉を顰(ひそ)めざるを得ない。我々は暴力が全体としてもたらすところの結果から、これを評価せざるを得ない(引用者注:「せざるを得ない」に傍点)ので、それが発生した特殊な状況に基づいて考慮することは、滅多にないのだ。かくして、この種の行為に対して(哲学的に言えば)度を外れた嫌厭の念が起こり、警察の倫理が日々用いられるうち、いつの間にか宗教家の倫理にまで染み込んでしまったのである。しかしわたしは阿諛追従の狂信家に言ってやる――おまえは社会の否応(いやおう)なく歪められた偏見を笠に着て、ケイトを不当に罵っているのだ、と。」
「ケイトは多くの事に於いて高貴だった。彼女の最悪の過誤といえども、けっして利己心とか欺瞞(ぎまん)んとかの形をとらなかった。(中略)彼女は阿諛追従者や猫っかぶりを憎んだ。」
「粗暴な人間は必ずしも好きこのんで粗暴なのではなく、たぶん、状況がそうさせているのである。そして、ケイトの置かれた環境は、彼女に願いを実現する手段(てだて)をほとんど与えなかったけれども、もし可能ならば(引用者注:「可能ならば」に傍点)、彼女の願いが常に平和と脱世間的な幸福とであったことはたしかだ。」





こちらもご参照ください:

『トマス・ド・クインシー 著作集  Ⅳ』 (全四巻)
『マルセル・シュオッブ全集』
『江戸川乱歩全集 第7巻 黄金仮面』
























































































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『トマス・ド・クインシー 著作集  Ⅳ』 (全四巻)

「人間全体にとって忌まわしく恥ずべきそのほかの残虐行為の数々がこの癲狂院では実行されており、それは必ずしも下男たちが与えられた権力を濫用するという形ではなく、管理者たちが揮う直接の権力によって行なわれていた。にもかかわらず、この癲狂院は患者に対する寛容な治療のために最も好ましい病院に選ばれ、実際きわめて高い評判を保ち続けたのである。」
(トマス・ド・クインシー 「湖水地方と湖畔詩人の思い出」 より)


『トマス・ド・クインシー
著作集 
Ⅳ』 


湖水地方と湖畔詩人の思い出 藤巻明 訳


国書刊行会
1997年2月10日 初版第1刷印刷
1997年2月20日 初版第1刷発行
685p 訳者紹介1p 
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価8,858円(本体8,600円)
装幀: 高麗隆彦



第二回配本・第四巻。
地図2点、モノクロ図版9点。



ド・クインシー著作集4



帯文:

「主要著作を集大成した初の作品集!!
コールリッジ、ワーズワス、サウジーら英国ロマン派の詩人たちや、湖水地方の思い出深き人びとの複雑深遠な肖像画。文学史上に不動の地位を保つ高名な回想録『湖水地方と湖畔詩人の思い出』を詳細な註を付して全訳。
本邦初訳!」



目次:

湖水地方と湖畔詩人の思い出 (藤巻明 訳)
 第一章 サミュエル・テイラー・コールリッジ
 第二章 ウィリアム・ワーズワス
 第三章 ウィリアム・ワーズワスとロバート・サウジー
 第四章 サウジー、ワーズワス、コールリッジ
 第五章 グラスミアの思い出
 第六章 サラセン頭
 第七章 ウェストモアランドと谷間の住人たち
 第八章 チャールズ・L――の思い出
 第九章 湖水地方の社会――エリザベス・スミス、シンプソン一家、K――氏
 第十章 湖水地方の社会
 第十一章 歩き屋ステュアート、エドワード・アーヴィング師、ウィリアム・ワーズワス

付録1 『テイツ・エディンバラ・マガジン』 一八三五年八月号掲載記事からの抜粋
付録2 ド・クインシーからワーズワスへの手紙
付録3 ワーズワスからド・クインシーへの手紙

訳註
解説・偉大なる雄弁と鑑識眼 (藤巻明)




◆本書より◆


「第一章 サミュエル・テイラー・コールリッジ」より:

「しかし、そろそろ、本当の、明白な剽窃の事例に移ろう。とはいっても、それはやはり、コールリッジほど造詣の深い人物が引き起こすとなると全く説明のつかない性質のものではある。(中略)ともかく、これから八百年か千年の後、コールリッジの『文学的自叙伝(バイオグラフィア・リテラリア)』を読んだ後に、偉大なバヴァリアの教授シェリング(中略)の哲学的評論雑録集を読むつむじ曲がりの批評家が現われないとも限らない。すると、その人は奇妙な発見をすることになるだろう。「文学的自叙伝」のなかには、Esse 実在(引用者注:「実在」に傍点)と Cogitare 思惟(引用者注:「思惟」に傍点)のあいだの相関関係に関する論述があり、議論の出発点である仮定を逆転させることによって、それぞれが、思惟可能な生成過程によって、どのようにして他方からの所産として生じうるのかを示そうと試みている。これは、フィヒテの時代以来、ドイツの形而上学者たちの心を大いに捉えてきた主題であり、何千もの論文が書かれ、そのうちの何百かは何十もの人々によって読まれている。特にこのコールリッジの論文には短い前置きが付けられていて、そこでコールリッジはシェリングとの偶然の一致に気づいて、真実に従ってそうするのが適当である限りいかなる場合にも、これほど偉大な人物に恩義を被っていることを喜んで認めようと表明しながら、特にこの場合については、proprio marte 自分固有の技能にて(引用者注:「自分固有の技能にて」に傍点)全仮説を考えついてから何年か後に初めて目にした議論を借用した可能性などあるはずがないと主張していた。これを読んだ後で、この論文全体が最初の一語から最後の一語にいたるまでシェリングからの逐語的な(引用者注:「逐語的な」に傍点)翻訳であり、議論を発展させるなり実例を変えるなりして、もとの論文を自分独自のものとする試みが一箇所としてなされていないことを発見した時、私の驚きたるやいかばかりであったろう!(中略)今挙げたものは鉄面皮な剽窃であり、思慮分別を持ち合わせていれば、わが国でドイツの文献、とりわけこの方面のドイツの文献に関する知識がないことを過度にあてにしない限り、犯せるはずのないものであった。ところで、コールリッジはシェリングから借りる必要などあったのだろうか。In forma pauperis 貧民としての権利で(引用者注:「貧民としての権利で」に傍点)借りたのだろうか。そんなことは全くなかった――だからこそ不思議だったのである。毎日毎日時を選ばず、ただ自分自身の営みが楽しいという理由だけで、己れの魔術的な頭脳という織機からもっとはるかに豪華絢爛たる理論を紡ぎ出し、しかもその理論たるや、シェリングが――これまでに生を享けたいかなるドイツ人も、ジャン・パウルでさえ――夢にも真似ようのなかった華麗で贅沢な比喩によって裏づけされていたのだった。黄金郷(エル・ドラード)の富に囲まれていながら、コールリッジは思い付けば誰の財布からでも一握りの黄金をくすねるようなはしたない真似をし、桁外れの事業主や百万長者(引用者注:「百万長者」に傍点)に取り憑くことで有名な軽窃盗罪行為に走る気違いじみた性癖を、知的な富に応用した新しい形で紛れもなく再現していた。先代のアン――公爵は、銀の匙などという取るに足らない品物に対して密かな熱狂を注ぐのを自制できなかった。そこで、父親の評判を落とさないよう気を配って、腹心の召使いに父親のポケットを探らせ、盗んだ品物の本来の持ち主を突き止めさせるのが、殊勝な娘の日々の務めとなったのである。」
「コールリッジは、自負してしかるべき重要な点のすべてにおいて、この世に生を享けたいかなる人にも劣らず独創的であり、古代ならアルキメデス、近代ならシェイクスピアにも劣らない人であったと私は心から信じている。読者は、ギリシアとローマの教父たちの著作のなかにも下らないものが含まれているというミルトンの説を目にしたことがおありだろうか。あるいは、アフリカの魔術師(オービア)が魔法にかける案山子(かかし)に詰め込む奇怪ながらくたについての話を読んだことがおありだろうか。あるいは、もっとお馴染みの例を挙げれば、子供――例えば三歳の――が夏の長い一日戸外で思う存分遊び回った後で眠りを貪っている時に、そのポケットを探って楽しい思いをしたことはおありだろうか。私にはその経験がある。そして、(中略)中身を細かく調べそのすべてについての正式な一覧表を作成した。ひょっとすると(引用者注:「ひょっとすると」に傍点)選択の法則が子供の苦心の行動を支配していたのかもしれないのだと説明を試みようとすると、哲学は途方に暮れ推測や仮説は混乱に陥る。文鎮にでもする以外これといって特徴のない石、古くて錆びついた蝶番、釘、料理女が背を向けた隙に掠め取ってきた曲がった焼き串、ぼろ布(きれ)、割れガラス、底の抜けた紅茶茶碗、そのほかどっさりある似たような宝物が、この procés verbal 議事報告書(引用者注:「議事報告書」に傍点)の主要項目であった。だが、この素晴らしい宝物を集めるために、多くの骨折りの必要が生じ、おそらくある種の危険に直面し、確信犯の泥棒が懐く不安に堪えねばならなかったことは疑いない。コールリッジの行なった強奪の値打ちはその程度であった。本人、あるいはほかの誰にとっても、その実用性はその程度であった。」

「当人を知っている者は、コールリッジがいかなる約束をしようと決してそれを当てにしてはいなかった。その意図はいつも決まって立派なものだったにもかかわらず、in re futura 未来のことに関しては(引用者注:「未来のことに関しては」に傍点)いかなる確約を与えられてもそれを真に受ける者はいなかった。午餐やそのほかの集まりにコールリッジを招いた人たちは、当然のことながら、馬車を送り、自ら出向くか代理人を派遣するかして連れて来なければならなかった。更に、手紙については、愛情の籠もった敬意を懐かせる女性の筆跡で宛名書きされていない限り、その他大勢の配達不能郵便物用抽斗(引用者注:「配達不能郵便物用抽斗」に傍点)のなかへ十把一絡げに抛り込んで、めったにと私は思うが、開封することさえなかった。」

「目は大きく、その表情は柔和だった。お目当ての人であると分かったのは、目の光に靄がかかっているというか夢見心地を湛えているような独特の様子からであった。これがコールリッジだった。私は一分かそこらこの人物をしげしげと眺めていた。すると、私自身の姿も通りにある何物もその目に映ってはいないという印象を受けた。白日夢にどっぷり浸っていたのだった。」

「一八一〇年の秋コールリッジは湖水地方から去った。しかも――私の知る限り――永遠に。(中略)様々に移り変わる美しい光景のあらゆる姿形をあれほど知り尽くしていた場所からこのように永遠の自己追放を行なった理由が何であったのか、私には推測することしかできない。おそらく、いかにももっともと思われるようなものとは正反対の理由であった。万が一にも、美しい光景の魅力に対して無関心になったからではなく、美しい光景の圧倒的な力に反応し続け、衰えることを知らぬ感受性が、余りにも苦痛に満ちた記憶と、突然思い出され照らし出される個人的な追憶の迸り――

  「十年も深く埋もれし隠し場所より
  時に飛び出してきて、」

耐え忍ぶには余りに辛く余りに痛ましい形で、現在と長く忘れられた過去とを鉢合わせさせるような追憶――と、結び付いてしまったからであった。私の友人に、海岸を―― ανηριθμον γελασμα、すなわち無数の笑顔を浮かべた波が目に入ったり、あるいはその響き渡る轟きが耳に届いたりするところを――歩くことができないという異彩を放つスコットランド人がいる。波は古くからの連想による結び付きによって、燦(きらめ)いてはいたが余りに熱烈すぎた自分の青春時代を、とても耐えきれないような形で心に呼び起こしてしまうからというのである。」



「第二章 ウィリアム・ワーズワス」より:

「その当時私は、体裁よく振る舞うことが覚束ないほど会話の能力に欠けていたのだろうか。その点に関して言えば、それは私がワーズワスと似ている(中略)特異な点であった――すなわち、ごく若い頃、私は興味を惹かれた事柄についての考えを十分に伝えようとすると、奇妙な当惑と言葉の欠乏に悩まされていたのである。また、欠乏していたのは言葉だけではなかったのであり、一つの主たる考えが幾つかの付随的な考えに拡散してゆくことがよくあるものだが、そうした付随的な考えを解きほぐすことはおろか、それらを完全な形で自分の意識に上らせることや、しかるべく整理することさえもできなかった。というか、少なくとも、そうしたことを会話に必要とされる迅速さをもって行なうことはとうていできなかったのである。私は、知性と深い感情とが結び付いて複雑に縺れ合った考えを提供するような主題を扱っているのだと気づくたびに、悲しい預言の苦しみを全身に漲らせた巫女(シビラ)のように苦しんだ。そして、一つにはこうした事情から――また一つには、夢想に耽りがちな私の抜き難い習癖のために――人生のその時期に、私は “pour le silence” 「沈黙のための」きわめて卓越した才能を備えていたのである。」

「イギリスに生を享けた女性で、これほどはっきりとエジプト人のように日焼けした顔を見たことは稀だった。その目は、ワーズワス夫人のように柔和ではなく、かといって険しくも大胆不敵でもなく、熱に浮かされていて、人をどきりとさせるようで、動きが気忙しかった。人当たりは温かく、熱烈でさえあった。感受性は生まれつき深みを帯びているようだった。そして、熱烈な知性の名状し難い焰が一見して明らかにそのなかで燃え、それは当人の気質の抗い難い本能によって前へ押し出されてはっきりと表面に表われたかと思うと、それに代わってたちまち、(中略)守るべき慎みに従って、消し止められるということを繰り返していたが、この焰のために、態度全般と会話において、当惑ばかりでなく自己矛盾の雰囲気さえも醸し出されており、時には見ていて痛ましいこともあった。発言と発音すら、しばしばというよりもむしろたいていの場合、明瞭さと落ち着きという点に関して、過剰な生来的感受性の興奮とおそらくは何か病的な神経の興奮性との影響を被っていた。時折、自己の内部で拮抗し妨害し合う様々な感情のせいで吃ることさえあり、余りに決定的な形で吃ってしまうため、もしも事情を知らぬ者がこの姿を見てその時の感情の状態のままそこから立ち去ったとしたなら、この女性は吃りという発話能力の欠陥にチャールズ・ラムその人と同じくらい痛ましく苦しめられている人なのだときっと考えたはずである。これが詩人の唯一人の妹ワーズワス嬢――詩人の大切な「ドロシー」――であり、偉大な兄が最も孤立し引き籠もって暮らしていた時に兄とのあいだで交わし生涯に渡って続くことになった交流に、当然のことながらたいへん多くのものを負っていたが、一方、兄の方でも妹に対してこの上なく深甚な恩義を被っていることを認めていた。」

「詩人は戸外に生きていた。そして、途方もない喜びを、兄と妹は自然のごくありふれた外観とその果てしない多様性とから引き出していた――その多様性たるや余りにも際限がないため、ライプニッツの原理通りに、木や灌木の葉っぱ一枚もその繊維質とその配列において正確にほかのどの葉とも決して似ていないのだとすれば、ましてやある一日がその喜ばしい要素の全体に渡って別の一日の繰り返しになることなどないというほどであった――」

「ワーズワス嬢は、威厳のために不可欠の慎み深さを保つには、余りに情熱的で激しやすい女性であった。(中略)手短にいえば、私がこの世で知り合った誰よりも、ワーズワス嬢は衝動に生きる人であった。」
「ワーズワス嬢の型破りな教養が実際に(引用者注:「実際に」に傍点)人を驚愕させた例は、その文学的な知識に関してであった。何を読むにせよ読まないにせよ、専ら自分の心の衝動だけに従ったのであり、心が導くところならそこへ(引用者注:「そこへ」に傍点)付いて行き、心が沈黙しているか無関心なところでは、著者の名が高かろうが、社交上の必要を満たすためにその著者の作品と馴染みになる必要があろうが、そんなことは一顧だにしなかった。そして、このようにして、不思議な例外的な女性が誕生したのである。すなわち、流行の範囲からはかなり外れていた幾人かの偉大な著者たちには深く精通しており、その上自分自身で目覚ましい印象を生み出すことができ、ある種の主題については、楽しく、しかも発する言葉のすべてに独創性の刻印を施して書くことができるにもかかわらず、母国語の古典的な作品について無知であり、(中略)青鞜主義(ブルーストッキンギズム)の地位と特権から直ちに追放されてしまうほど文学史には無頓着な女性であった。」



「第八章 チャールズ・L――の思い出」より:

「確かにそれは紛れもなく気違い病院から脱走してきた気の毒なL――であり、打ち解けて自分になついていると本人がしかるべき根拠に基づいてそう考えていた人物の名誉と愛情に縋って、保護を求めに身を投げ出してきたのだった。」
「とにかく私は一つのことを心に決めており、それは、この不幸な友人に対する私の態度を一定の原則に基づいたものとすること、すなわち相手を率直に扱い、いかなる場合にも身柄の自由にかかわる企ての加担者とはならないということであった。この友人が再び囚われの身となることは分かっていたが、私の手を通してそうするのは御免だった。このような場合には(すなわち、相手が私の誠実さを当てにして身を投げ出してきた場合)人殺しであろうと私は裏切りはしない。」
「人間全体にとって忌まわしく恥ずべきそのほかの残虐行為の数々がこの癲狂院では実行されており、それは必ずしも下男たちが与えられた権力を濫用するという形ではなく、管理者たちが揮う直接の権力によって行なわれていた。にもかかわらず、この癲狂院は患者に対する寛容な治療のために最も好ましい病院に選ばれ、実際きわめて高い評判を保ち続けたのである。」



「第十一章 歩き屋ステュアート、エドワード・アーヴィング師、ウィリアム・ワーズワス」より:

「歩き屋が言うには、野蛮人たちのあいだを行く文明人の旅行者は、護身のための武器を携えていない限り、謂れなき暴力に遭うものと考えた方がいいと一般に思われているけれども、武器は携行しない方がはるかに安全な備えだと分かったということである。同胞である人間がその身を相手の正義感と親切心に向かって投げ出すという形で行なわれる寛容に対する訴えかけを(中略)拒むほど見下げ果てた人間を見たことは一度もなく、それまでの十倍も広範囲に渡る旅をしたとしても決して見ることはなかったであろう(中略)ということだった。」




こちらもご参照ください:

『トマス・ド・クインシー著作集 Ⅰ』 (全四巻)
磯田光一 『イギリス・ロマン派詩人』
川崎寿彦 『森のイングランド ― ロビン・フッドからチャタレー夫人まで』
































『トマス・ド・クインシー 著作集  Ⅱ』 (全四巻)

「わたしの意見は状況次第でいかようにも変わる。そよ風吹く晴れた日の朝、わたしはふてぶてしい懐疑論者であるが、たそがれ時ともなると徐々に信じ易くなり、遂には徹底した盲信家に変貌する。」
(トマス・ド・クインシー 「ジャンヌ・ダルク」 より)


『トマス・ド・クインシー
著作集 
Ⅱ』
 

ジャンヌ・ダルク 中村健二 訳
イマーヌエル・カントの最期の日々 鈴木聡 訳
卜籤と占星術 南條竹則 訳
薔薇十字主義者とフリーメイソンの淵源に関する史的批評的研究 横山茂雄 訳
秘密結社 宮川雅 訳
イスカリオテのユダ 宮川雅 訳
異教の神託 松村伸一 訳
イギリスの郵便馬車 高松雄一・高松禎子 訳


国書刊行会
1998年2月10日 初版第1刷印刷
1998年2月20日 初版第1刷発行
564p 訳者紹介1p 
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価8,400円+税
装幀: 高麗隆彦



第三回配本第二巻。



ド・クインシー著作集2



帯文:

「主要著作を集大成した初の作品集!!
駅伝馬車とナポレオン戦争の思い出がド・クインシーの内面に落とした光と影をめぐる壮麗な夢のフーガ『イギリスの郵便馬車』。ボルヘスやペイターの〈想像の伝記〉の先駆的作品『イマーヌエル・カントの最期の日々』ほか8篇を収録。
本邦初訳!」



目次:

ジャンヌ・ダルク (中村健二 訳)
イマーヌエル・カントの最期の日々 (鈴木聡 訳)
卜籤と占星術 (南條竹則 訳)
薔薇十字主義者とフリーメイソンの淵源に関する史的批評的研究 (横山茂雄 訳)
秘密結社 (宮川雅 訳)
イスカリオテのユダ (宮川雅 訳)
異教の神託 (松村伸一 訳)
イギリスの郵便馬車 (高松雄一・高松禎子 訳)

訳註
解説・旋回するテクスト (鈴木聡)




◆本書より◆


「イマーヌエル・カントの最期の日々」より:

「散歩から帰って来るとカントは書斎の机のまえにすわり日暮れどきまで読書した。思索にとってはまことに好適な薄暮の時間帯、彼は、自分の読んでいる書物がそれに価するものである限り静穏な瞑想に専念するのだった。もしそれほど没頭できる本がなければ、翌日の講義のために草稿を書いたり、ちょうどそのときに執筆中の著作の一部を書いたりした。このような平穏のとき、彼は冬といわず夏といわず決まって暖炉の傍(かたわら)を定位置とし、レーベニヒト区教会の古塔を窓越しに眺めた。彼がそれを見ていたというのは適当ではない。というよりはむしろ、その塔は、はるか遠くの音楽が耳に届くような具合に、視野のはしにかかっていた――沈潜して、あるいはかろうじて半ばだけ意識されるものとして。黄昏と静謐(せいひつ)な夢想という状況のもとで眺めるとき、この古い塔からカントが得ていた充足感は、いかなる言葉をもってしても説得力豊かに説明することはできないだろう。彼の心の平安にとりその塔が果たすにいたった重要な役割りは、以下に述べるような後年の出来事を見ても明らかだ。というのは、隣家の庭の数本の白楊(ポプラ)があまりに高くそびえ立ち、ついには件(くだん)の塔を覆い隠すまでになったときのことである。これを見てカントは、不安を覚え落ち着きをなくし、やがて夕べの瞑想を行なうことがまったくできなくなってしまった。幸いにしてその庭の所有者はたいへん思慮深い親切な人物であったうえに、なによりもまず、カントのことを大いに尊敬していた。それで、事情を説明されると、この隣人は白楊(ポプラ)を伐るようにと命じてくれた。その命令が実施されて、レーベニヒト区教会の古塔はふたたび姿を現わすことになった。カントは平静さを取り戻し、もう一度、黄昏の瞑想を平安のうちに行なうことができるようになったのである。」

「昼夜を問わずカントは汗をかかなかった。しかるに、驚くべきことに、彼は書斎の室温をいつも必ずかなり高めに保ち、しかもその温度が一度でも低くなると落ち着きをなくすのだった。彼が主に生活の場とした部屋は華氏七十五度という一定温度に保たれていた。そして、もしその温度より低くなるようなことがあれば、それが一年のどの季節のことであろうとも、人為的手段を用いて通常の標準温度に達するまで温めたのである。夏の猛暑のなかで外出するときは軽装で、絹の靴下をはくことが常であった。けれども、それだけ薄着をしても活動的な鍛練に携わると発汗してしまうことが必ずしも避けられない場合、念のために用意している対処方法もあった。どこかの木蔭にはいると、彼は――耳を傾けているか、なにかを待ち受けているひとの風情と姿勢をもって――ふだんの乾燥度(引用者注:「乾燥度」に傍点)が回復するまで、じっと身動きせず立ちつくした。蒸し暑さの絶頂にある真夏の夜でさえ、ほんのかすかな汗染みでも寝巻に跡をつけるようなことがあれば、衝撃的なことこのうえもない事故について語るかのように、力をこめてその話をするのが彼の習いであった。」

「彼の生活と習慣の極度の均一性からすると、小型ナイフや鋏のようなつまらぬ品物の配置であろうとほんの些細な変更でも、心を動揺させかねなかった。それらの位置が通常より二、三インチずれていたのではもちろん、ほんの少し斜めにおかれていても駄目なのである。また、椅子のようなもっと大きな物の場合は、ふつうのおき方に手を加えたり、移動したり、数をふやしたりしたことがカントをひどく当惑させることになった。彼の視線は、配置の違っているところに不安げにとどまり、旧来の状態が回復するまで眼を離すことができなくなるのだった。」



「卜籤と占星術」より:

「私の書斎には、人が泳げるほどの大きな風呂桶がある。泳げるほどと言っても、それは泳ぎ手があまり高望みをせず、せいぜい三インチしか前に進めなくとも満足できるならば、の話だが。この風呂桶、(元来の用途については)お払い箱となったが、草稿の貯蔵庫として役に立っている。あらゆる種類、あらゆる大きさの紙が桶の縁まで一杯に詰まっている。労を払ってさがしもとめるならば、私によって(引用者注:「よって」に傍点)、私に宛てて(引用者注:「宛てて」に傍点)、私のために(引用者注:「ために」に傍点)、私に関して(引用者注:「関して」に傍点)、さて又私を詰(なじ)って(引用者注:「詰って」に傍点)書かれたあらゆる書き物をば、この巨大な貯積(ちょせき)の中に見出すことができるであろう。」


「秘密結社」より:

「秘密結社をめぐる謎に対する私自身の興味はかなり幼い頃に始まったのであった。」
「白昼ひそかに、見えざる信号で、仮に(引用者注:「仮に」に傍点)見えても自分たち以外には理解されない信号で交信する。結合の絆は、公然と是認することが危険な目的、あるいは、畏怖すべき真理という、より大きな絆であり、それを容認しようとしない時代の敵愾(てきがい)心から身を隠すために、謎の重い帳(とばり)の背後に数代にわたって引きこもることを余儀なくされる。群衆の中に隠れることは崇高(サブライム)である。遠い遥かな世代から群衆のあいだを隠れ伝わることは二重に崇高である。」

「間もなく私は他の結社について読むことになった。それらはさらに秘密に満ちたもので、東洋の寓話で王の宝を地下で守っている不眠の龍のように、公表するのが危険な、囁くことさえ危険な真理(引用者注:「真理」に傍点)を監視しているのだという。秘密と、秘密の理由の、双方が崇高だった。兄弟愛と完璧な信頼によって結び付いた人々が秘密の部屋で真夜中に会合し、体を張って包み隠し、危険を冒して、真理の孤独なランプを守る――世間の不注意と甚だしい無知(これ(引用者注:「これ」に傍点)によってランプはすぐに消されてしまうだろう)から守る――世間の憎悪(これ(引用者注:「これ」に傍点)はランプの生命をすぐに攻撃するだろう)から守るというイメージ、これは超人的に崇高だった。この人たちの不安は崇高だった。勇気は崇高だった。秘かな、盗人(ぬすっと)のような手段は崇高だった。大胆な目標――地上の王国を変えるという目標――は崇高だった。臆病者のように活動し運動していたとして、彼らは崇高だった。殉教者の大胆さで計画したとして、彼らは崇高だった。臆病者であるよりは殉教者だった。表に現われる臆病と、裏に潜む勇気は、同じ機構の二つの部分だったのだから。」

「森の中でニンフやシルフの女神たちをかいま見た者は時々望みのない情熱に捉えられた。彼らは nympholept だった――空気から生まれたニンフの天上的美しさに取り憑かれ(引用者注:「取り憑かれ」に傍点)譫妄状態に陥った人たち。エピレプシーとしても知られるこの愛は、nympholepsy と呼ばれた。」



「イスカリオテのユダ」より:

「しかし、他の使徒たちが単に師を理解し損なったのに対して、ユダは全くの憶測に基づいて自分こそはキリストを理解したと思い込み、キリスト自身よりもキリストの目的を了解したと思い込んだ。ユダの目的は甚だ大胆だったが、しかし(私の説明している説に従えば)まさにその理由で少しも不実なものではなかった。(中略)ユダは自分がキリストのまさに最も深遠な目的を遂行していると考えたが、それはキリストに特徴的な虚弱が欠いていたエネルギーによって遂行していると考えたのだった。ユダは、キリストが認めたが実現させる大胆さを欠いていた大きな政治的変化は、彼(引用者注:「彼」に傍点)の行動力によって実現されると夢想した。ユダの希望はこうだった。ユダヤ当局によって現実に逮捕されたときにキリストはもはや逡巡しない。エルサレムの民に信号を送らざるを得なくなり、すると彼らは、キリストを反乱運動の長に置くこととローマのくびきを投げ捨てることという二重の目的のために一斉に立ち上がる。この計画の世俗的な見通しとしては、イスカリオテが正しかったことは有り得ないことでは全くない。」


「イギリスの郵便馬車」より:

「闇の中からファニーの面影を思い起せば、四十年の深淵からふいに六月の薔薇が浮び上る。また、一瞬、六月の薔薇を思えば天使のようなファニーの顔が浮ぶ。聖歌の交誦のように代る代るファニーと六月の薔薇が、六月の薔薇とファニーが浮ぶ。それから二つは聖歌のように交じり合い――薔薇の花々とファニーたちが、ファニーたちと薔薇の花々が楽園の花のように幾重にも重なって果てしなく現れつづける。その次に、王室御用の真紅と金の制服を着用し十六重のケープをまとった高徳の鰐尊者が現れる。鰐はバースの郵便馬車の御者台から四頭立ての馬を駆る。その時、突然、時刻の彫像に飾られた巨大な文字盤が出現して、われわれ郵便馬車の者たちを引き止める。時刻たちは天空や天使の群と交じり合う。それから、われわれはいきなりマールバラの森に到着し、愛らしいノロ鹿の家族たちと一緒になる。鹿と仔鹿たちは露を宿す茂みに隠れる。茂みには薔薇の花々が咲きこぼれている。薔薇はまたしてもファニーの愛らしい顔を呼び起す。彼女は鰐の孫娘であるから、半ば伝説上の恐ろしげな動物たちの一群を――グリフィン、竜、バシリスク、スフィンクスを――目覚めさせ、ついには相争う幻影たちすべてが群がり合って、聳え立つ紋章の楯に入りこむ。楯には滅び去った人間の慈愛と美を表徴する広大で花やかな図柄があり、言い表しがたい魔性のものたちに四分割されている。すべての上に、あたかも一切の頂にある兜飾りのように、一人の麗わしい女性の手があり、その人差指は優しく悲しげに戒めるように天を指している。天には大地とその子らの儚さを宣告する永遠の文字が刻まれている。」

「おそらくわれわれの誰もがこの夢から逃れることはできない。たぶん人間の背負う悲しい宿命のせいであろう、この夢はあらゆる世代を通じて、われわれの一人一人にエデンの園の原初の誘惑を繰り返してみせる。この夢の中では一人一人の意志の弱味に餌が差し出される。またしても人間を誘惑して破滅の快楽に陥れる罠が仕掛けられる。またしても原初の楽園におけるように、人間は自らの選択によって堕落する。老いた大地がまたしても秘密の洞穴から天に向っておのが子の弱さを果てしなく嘆きつづける。またしても「自然はその座から全創造物を通して溜息を吐き」、またしても「すべては失われたという嘆きをしるす」。ふたたび、神への限りない反逆を悲しむ天に応じて嘆きの溜息が繰り返される。われわれの一人一人が、夢の世界の中で、自分自身に向って原初の罪を実証してみせているという可能性もなくはない。たぶん真夜中に眠る者のひそかな葛藤のもと、当座の意識に照らし出されはするが、すべてが終ればたちまち闇に呑まれて記憶から消える夢の中で、この不可思議な種族の子のそれぞれが、原初の堕落という神に対する反逆を自らのために完結させているのかもしれない。」





こちらもご参照ください:

『トマス・ド・クインシー 著作集  Ⅲ』 (全四巻)
ジェラール・ド・ネルヴァル 『阿呆の王』 篠田知和基 訳












































































『トマス・ド・クインシー著作集 Ⅰ』 (全四巻)

「頭を蔽い庇護してくれる愛の傘も、孤独をあかあかと照らしてくれる希望もなく、(中略)独り暗闇に坐る女たちすべて――(中略)地下牢に呻吟する捕囚のすべて――裏切られた者、拒まれた者のすべて、因襲的な法律によって追放された浮浪者たち、遺伝的恥辱を受けて生まれた子供たち――これらすべての人々は、『われらの嘆息の貴婦人』と共に歩む者たちである。」
(トマス・ド・クインシー 「深き淵よりの嘆息」 より)


『トマス・ド・クインシー
著作集 
Ⅰ』
 

英吉利阿片服用者の告白 野島秀勝 訳
深き淵よりの嘆息 野島秀勝 訳
藝術の一分野として見た殺人 鈴木聡 訳
「マクベス」劇中の門口のノックについて 小池銈 訳


国書刊行会
1995年3月10日 初版第1刷印刷
1995年3月20日 初版第1刷発行
488p 訳者紹介1p 
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価6,800円(本体6,602円)
装幀: 高麗隆彦



本書「訳註」より:

「『英吉利阿片服用者の告白』(Confessions of an English Opium Eater)の底本には、『ロンドン・マガジン』(London Magazine)一八二一年九月―十月号掲載のテクストを使った。」
「『深き淵よりの嘆息』(Suspiria de Profundis)の底本には、Blackwood's Edinburgh Magazine 一八四五年三月―四月―六月―七月号掲載のテクストを使った。」



『トマス・ド・クインシー著作集』刊行案内掲載「刊行のことば」より:

「十九世紀イギリス・ロマン派の多士済々のなかで、特異な散文家として独自の光輝を放ち、『人工楽園』のボードレールや『異端審問』のボルヘスらに絶大な影響を与えたトマス・ド・クインシーは、わが国にあっても、谷崎潤一郎訳の「芸術の一種として見たる殺人について」、辻潤訳の「阿片溺愛者の告白」、佐藤春夫による「尼僧剣客伝」の原著者として夙に令名を馳せておりました。
 博大多方面にわたるこの不世出の文人の主要著作を集大成しようとする試みは、かつて七〇年代半ばに牧神社により、全六巻からなる「トマス・ド・クィンシー作品集成」として企画されました。しかし書肆の解散とともに、同集成は残念ながら結局一巻たりとも日の目を見ることなく、南柯の夢と終りました。その後、小社では、牧神社版の責任編纂者であった由良君美先生の御協力を得て、前「集成」を引き継ぐ形でのド・クインシー作品集の刊行準備に着手いたしました。しかしながら、直後に由良先生の御逝去にあい、編集作業は一時中断の止むなきに至っておりました。
 体勢を新たにここにいよいよ刊行の運びとなりました『トマス・ド・クインシー著作集』は、由良先生御生前のプランに基づきながら、全四巻として纏めあげたものです。収録の作品は、若干の変更をのぞき、由良君美先生の選択になる事を、この場をかりて明記させて頂きます。」




ド・クインシー著作集1



帯文:

「主要著作を集大成した初の作品集!!
美的想像力の友アヘンの力を用いて人間の〈夢〉の崇高さを開示するために書かれた著名な半自伝的作品『英吉利阿片服用者の告白』。その続篇である『深き淵よりの嘆息』。悪徳の美学を定式化した諧謔あふれる名エッセー『藝術の一分野として見た殺人』ほか全4篇を収録。
全篇新訳!」



目次:

英吉利阿片服用者の告白――或る学者の半生の記録 (野島秀勝 訳)
深き淵よりの嘆息――『英吉利阿片服用者の告白』続篇 (野島秀勝 訳)
藝術の一分野として見た殺人 (鈴木聡 訳)
「マクベス」劇中の門口のノックについて (小池銈 訳)

訳註
解説・深淵の季節 (野島秀勝)




◆本書より◆


「英吉利阿片服用者の告白」より:

「罪ある者、惨めな者は、自然の本能によって、公衆の眼を避けるものである。彼らは人目を憚る境遇、孤独を求める。己れの墓を選ぶ際にも、彼らは時に多くの人々が眠る教会墓地を避ける、あたかも人間という一大家族との誼(よし)みを謝絶し、(ワーズワス氏の感動的な言葉を借りれば)――

  独り悔恨の寂しさを
  つつましく表わす

ことを希っているかのように。」

「小生自身に関して言えば、わが人生は概ね哲学者の人生であった、と言っても別段、真実にも慎みにも違反しないと思う。小生は生まれついて知的人間であった、学童の頃からして小生の求める物も喜びも、最高の意味において知的なものであった。」

「「牡牛のことのみ話す」男が、万が一、阿片服用者になったら、多分、彼は(中略)――牡牛の夢を見ることだろう。しかし読者の面前にいるこの阿片服用者の場合、彼は誇らしげに哲学者を自称している。したがって彼の(引用者注:「彼の」に傍点)夢に去来する幻が(覚醒時であれ睡眠時であれ、白日夢であれ夜中の夢であれ)、哲学者たる資格において、

  Humani nihil a se alienum putat.
  人間ノコトハ何事ニマレ、ワレニ無縁ナリトハ心得ズ

と考える人間に相応(ふさわ)しいものであることに、読者は気づかれるであろう。
 というのも、この阿片服用者がいやしくも哲学者の名を称しそれを維持するために必要欠くべからざるものと見なす条件の中には、分析(引用者注:「分析」に傍点)能力に秀でた知性を所有していることは言わずもがな(中略)、さらには人間性が孕(はら)む幻と神秘を見とる内的視力と直感力とを恵む精神的(引用者注:「精神的」に傍点)機能の素質を持ち合わせていることも含まれているからである。」

「そう、私が日々の食餌の一つとして阿片を用い出したのは、快楽を生み出すためではなかった、この上なく苛酷な苦痛を和らげるためだったのだ。」

「苦難の前半期(中略)、私は宿無しだった、屋根の下で眠るのは極めて稀なことであった。(中略)しかしやがて、もっと寒い厳しい天候がやって来て、永らく苦難を重ねて来たせいで、私の衰弱状態は一段とその甚だしさを増し始めた。その時、例の朝食の御零れを恵んでくれた人が、自分が借りている大きな空家に寝るのを許してくれたのは、私にとって勿怪(もっけ)の幸いだった。(中略)しかしこの新しい棲家に腰を落着けてみると、そこには既に一人の同居人が住みついているのが分かった。それは友達一人いない可哀そうな子供で、どうやら年の頃十歳位。この女の子は飢えに苛まれている様子で、(中略)この独りぼっちの子から聞いたところによると、彼女は私が来る少し前からそこに一人で寝起きしていたのだった。(中略)私達二人は忌ま忌ましい法律書類の束を枕にして、床の上に横たわった。掛ける物といっては、大きな馭者用外套に類したものしかなかった。その後、屋根裏部屋で、古い長椅子の被いと膝掛けの小切れ、その他こまごました物を見つけて、これは私たちが温(ぬく)もるのに幾分かは役立った。」

「この家は既に言ったように、大きな家だった。それは人目を惹く場所、倫敦のとある有名な界隈に現在も建っている。(中略)現に一八二一年八月十五日、私の誕生日の今夜、十時頃――わざわざこの家を一目見ようと、私は牛津(オックスフォード)通りをゆく夕べの散策の道から逸(そ)れて行ってみた。今は歴とした堅気な一家がそこに住まっている。正面の客間の灯火で、多分、お茶にでも集まったらしい家族団欒の集いと知れたが、見るからに陽気で楽しげな様子。十八年前のこの同じ家の暗さ――寒さ――沈黙それから荒寥と比べて、私の眼にそれは何と驚嘆すべき対照と映ったことか。十八年前、ここに夜ごと住まっていたのは、一人の飢えたる書生と一人の身寄り無き子供とだったのだ!――ところでこの女の子のことだが、後年、私は彼女のその後の行方を探したが、遂に徒労に終ってしまった。」
「まことに残念至極の事であった。が、当時、実はもう一人、私がその後ずっとその行方を一層熱心に尋ね、探索に失敗して一層深く悲しみに暮れた人がいたのである。その人は若い娘で、売春の稼ぎで生活する不幸な階級の女であった。あの頃、私はそういった不運な境遇にいる多くの女たちと親しく付き合っていた、と公言しても、私は少しも恥かしいとは思わないし、恥かしいと思う理由(いわれ)もない。(中略)当時、私自身が已(や)むなく逍遥学派であり、街の放浪者であったので、その道の隠語で街ゆく女と呼ばれる女逍遥学派と出会うのが、普通の人の場合より頻繁だったのは自然のことであった。人家の戸口の階段に腰掛けている私を追い払おうとする番人に抗って、時折、私の味方になってくれたのは、これらの女たちだった。就中(なかんずく)、そもそも私がその人のためにこの話題を持ち出した当の女(ひと)は――いや、気高きアン――よ、(中略)私が世の中すべてに見棄てられた時、なにくれと私の困窮に助けの手を貸してくれたのは彼女であり、その恵みと同情がなかったなら、今日の私の命もありはしないのだ。――何週間も、夜毎、私はこの哀れな天涯孤独の娘と一緒に牛津(オックスフォード)通りをあちこちと歩き、あるいは人家の戸口の階段や玄関先の柱廊の屋根の下で、一緒に休んだりしたのだった。」
「今日でも牛津(オックスフォード)通りを夢みるような街灯の光を頼りに歩いていると、何年も昔、私と私の親しい仲間(いつも彼女をそう呼ばなければならない)を慰めてくれた筒風琴(バレル・オルガン)の奏でる歌の節を耳にして、私は屢々、涙に暮れる。そして、あのように唐突に、あのような運命の分かれ目の時に、私達二人を永遠に別離させた神秘的な天の配剤を沁々(しみじみ)と思う。」

「哀れなアンは如何なったのか。(中略)約束にしたがって、私は倫敦滞在中、毎日彼女を捜し、毎夜ティッチフィールド通りの町角で彼女を待った。アンを知っていそうな人なら誰にでも、その消息を尋ねてみた。倫敦滞在の時間が切れる土壇場になっても、倫敦に関する私の知識が示唆し、私の限られた能力が許す限りのありとあらゆる手段を尽して、彼女の行方を求めた。アンが住んでいた通りは知っていたが、その家は知らなかった。やっと思い出したことは、彼女が宿の主人から非道い仕打ちを受けたと嘗て話していたことだった、その話から察すると、私達が別れる以前に彼女は既に宿を引き払っていたとも考えられた。アンを知る人は皆無に等しかった、のみならず大抵の人は、(中略)それを私に明かそうとはしなかった(中略)。万策尽き、絶望的な最後の手段として、私は倫敦を去る当日、一、二度私やアンと一緒に居合わせたことがあるので、彼女の顔見知りに相違ない(と信じられる)唯一の人の手に、当時私の家族の住居(すまい)であった(中略)住所を書いて渡した。しかし今だに、アンの消息は杳として知れない。(中略)――もしアンが生きていたら、私達二人は時には同時に、倫敦の巨大な迷路の中を互いに捜し合っていたに違いない、ことによったらほんの数呎(フィート)しか離れていない所で――いや、それほど隔っていなくても、倫敦の街では、それが屢々、永遠の別れの定めとなるのだ!」

「以上、私は阿片のキルケー的魔法に囚えられていた四年間の各時期に多少とも当てはまる言葉で、私の知的麻痺の有様を語り例証してみた。惨めさと苦悩がなかったなら、実際、私は睡眠状態で生きていたと言っていいだろう。手紙一本、書く気になるのは稀有のことだった。受け取った手紙に僅か数語の返事を書くのが精一杯だった。しかもそれ(引用者注:「それ」に傍点)さえ、屢々貰った手紙が文机の上に何週間も、いや、何カ月も置き去りにされていた挙句の果てのことであった。」

「夜、眠れぬままに寝台に横たわっていると、幻影の大行列が憂愁に沈みながらも華麗に装って過ぎて行った。それは果てしなく続く物語の帯状装飾(フリーズ)のようで、あたかもオイディプースやプリアモスよりも前――ティルスよりも――メンフィスよりも前の時代に由来する物語のように、私には物悲しく荘厳に思えた。そして同時に、それに呼応する変化が私の夢の中に起こった。一つの劇場が私の脳裡に、忽然と現われ、あかあかと照らし出されたかと見えた。それは夜毎に、此の世のものとは思えぬ絢爛豪華な光景を呈示するのだった。」

「ずっと以前、ピラネージの『羅馬古蹟集』を見ていると、傍に坐っていたコウルリッジ氏が、同じ画家の『夢』と題された一連の銅版画の話をしてくれた。それは画家自らが熱病の譫妄(せんもう)状態で見た幻の光景を記録したものだという。その連作の中には(中略)、広大なゴシック様式の館が描かれ、その床の上にはありとあらゆる種類の機械や装置(からくり)、車輪、綱索、滑車、梃子(てこ)、投石具等々が置かれていて、いずれも途方もない力が発揮され、それに耐え遂には潰(つい)え去った抵抗の名残りを如実に物語っていた。壁づたいに這って行くと、一筋の階段があるのに気づく。その階段を手探りしながら登ってゆくのは、ピラネージその人だ。さらにもう少し階段を登ってゆくと、突然ぷっつりと切れていて、手摺りもない。この突端まで昇りつめたピラネージにはもう進める一歩の階段もない、進むとすれば、眼下の深淵に真っ逆さまの憂き目に遭うよりほかはない。哀れなピラネージはどうなるのか。いずれにしても彼の労苦はどうやらここで終りを告げることになるに違いない。いや、いや、眼を上げてもっと高い所にある第二の階段を見てみ給え。そこにはまたもやピラネージがいる、この度(たび)はそれこそ深淵の直ぐ縁に立っているではないか。さらに眼を高く上げて見給え、またまた空中高く一筋の階段が懸かっている。そして、またもや哀れなピラネージが、上へ上へと憧れ登ろうと懸命になっているのだ。上へ上へ、終(つい)には未完成の階段とピラネージは、諸共に館の天井の暗闇の中に呑まれてしまう。――これと同じ果てしない成長と自己増殖の力を帯びて、私の夢の建築は進んだ。」

「建築の夢に続いて現われたのは、湖水の夢――銀色に光る広漠たる水の夢。――この夢に憑かれて、私は(中略)、脳の水腫状態か何か、そういった徴候が、夢の姿を借りて(中略)自らを客観化(引用者注:「客観化」に傍点)しているのではないか、脳というこの知覚器官が自らを客体として投影(引用者注:「投影」に傍点)しているのではないかと、恐れた。」
「水は、今やその性質を一変させた――鏡のように光る透明な湖水から、今や海となり、大海原となった。そして今や凄絶な変化が起こり、それは何ヵ月もの間、まるで巻物のようにゆっくりと自らを繰り広げながら、永続する苦悩になる兆しと見えた。(中略)それまで人間の顔が私の夢の中に混じることは度々あったが、混じると言っても、それは暴君的な残虐さや、何か拷問にも似た殊更な力を帯びることはついぞなかった。が、今や私が人面の専制と呼ぶものが、繰り広げられ始めたのである。(中略)今や揺れ動く大海原の水の面(おもて)に、人間の顔が現われ始めたのだ。海は天を仰ぎ見る無数の人面でびっしりと敷き詰められているかと見えた。哀訴する顔、憤怒の顔、絶望の顔、顔、顔、顔が、幾千、幾万という人面が、幾代、幾世紀にも亙(わた)る人々の顔が、波濤に浮んで打ち寄せて来たのである――私の動揺は限りなかった――私の心も大海原と共に――激しく揺れ、波打った。」

「総じて、南亜細亜は恐ろしい形象と連想の宿る場所だ。人類の揺籃の地として、世界中でそこだけがその由緒にまつわる漠然たる畏敬の念を必ずや喚び起こさずにいない。(中略)亜細亜の事物、制度、歴史、信仰様式等々は、ただ古いというだけで、既に非常に感銘深く、私の眼には、この民族とその名の茫漠・蒼古たる齢(よわい)が、たとえ個々の人間は年若く見えようと、そんな個別の若さの感じなど圧倒し去っているかに見える。(中略)また、人は誰でも、ガンジス河やユーフラテス河の名を聞いて、畏怖せずにはいられない。このような感情を一層募らせるのは、南亜細亜がこの地上で最も人間の生命がうじゃうじゃと群り密集した場所、いわば偉大な officina gentium 種族ノ製造所(引用者注:「種族ノ製造所」に傍点)であり、何千年もそうあり続けて来たという事実だ。それらの地域では、人間は雑草である。」
「熱帯の酷暑と垂直に射す日光という連想に従って、私は熱帯地方に見出されるありとあらゆる生き物、鳥、獣、爬虫類、様々な樹木と植物、慣習と現象を一緒くたにし、それを支那とか印度とかに集合させた。これと類似の連想から、間もなく埃及(エジプト)とその全ての神々をも、同じ法則に従って、支那や印度とごたまぜにした。私は猿や鸚鵡(おうむ)や鸚哥(いんこ)に睨まれたり、ほうほうと野次られたり、にやにや嘲られたり、きゃっきゃっ、ぺちゃぺちゃ馬鹿にされたりした。私は寺の塔(パゴダ)に駈け込み、何世紀もの間、その塔頂や秘密の部屋に閉じ込められていた。かと思うと、偶像になり僧侶になり、崇拝され、犠牲(いけにえ)にもされた。私はブラーマの怒りを遁れて、亜細亜の森という森を経巡った。ヴィシヌは私を憎み、シヴァは私を待ち伏せしていた。突然、私はイシスとオシリスに出会った。彼らが言うには、私は埃及(エジプト)の聖鳥、朱鷺(とき)や鰐(わに)が身震いするような罪を犯したのだという。私は一千年の間、永遠のピラミッドの真ん中にある狭い部屋で、木乃伊(ミイラ)やスフィンクスと一緒に石棺に埋められたままであった。(中略)ありとあらゆる何とも名状し難いぬるぬるした生き物たちとごっちゃになって、私は葦やナイル河の泥土の中に横たわっていた。」



「深き淵よりの嘆息」より:

「社会的(引用者注:「社会的」に傍点)本能に衝き動かされるかくも激烈な生活によって害(そこな)われる人間内部の色々な力のなかで、最も酷(ひど)く害われるのは、夢見る力である。これを下らぬことと考えないでもらいたい。人間の頭脳に埋め込まれた夢見る仕掛けは、徒(あだ)や疎かに埋め込まれた訳ではないのだ。その機能は、闇の神秘と手を結んで、人間が妖しい影と密会する一つの偉大な反射望遠鏡となりおおせているのである。そして夢見る器官は、心臓、眼、耳と結び合って、無限なるものを人間の脳細胞の中に押し入れ、すべての生命の底に宿る永遠の暗い影を、眠る心の鏡面に投げかける見事な装置たり得ているのである。」

「嗚呼(ああ)、独りぼっちの子の独りぼっちの神への飛翔――」
「☆ Φνγη μονον προς μονον. 「孤独者カラ孤独者ヘノ飛翔」――プロティノス。」

「すべての深い感情が如何に確実に次の一点で同意するものであるか、それを見るのは興味深い。すなわち深い感情は孤独を求め、孤独によって育まれるということ。深い悲しみ、深い愛情、それらが宗教的感情と結びつくのに何の不思議があろう。これら三者、愛・悲しみ・信仰はすべて孤独な場所に寄り憑く者たちである。愛、悲しみ、夢想の情熱、あるいは祈りの神秘――これらは孤独を措(お)いて、一体、何であったろうか。終日(ひねもす)、そうするのが不可能でない時には、私は家の周りの地所や近くの原の一番静かで人気(ひとけ)ない隅に、隠れ場所を求めた。風ひとつ吹かぬ夏の正午が時折り帯びる怖いような静寂、霞(かすみ)がかった灰色の昼下がりの心に染みる静けさ――そこにはまるで魔法の如き魅惑があった。森や荒野の佇(たたずま)いを、そこ(引用者注:「そこ」に傍点)には何らかの慰めが潜んでいるかのように、私は眼を凝らして眺めた。」

「孤独は光のように沈黙しているが、光のように、あらゆる力の中で最強のものでもある。孤独こそ、人間の本質だからである。人はすべて此の世に独り(引用者注:「独り」に傍点)生まれ――此の世を独り(引用者注:「独り」に傍点)立ち去る。(中略)王も僧侶も、戦士も乙女も、哲学者も子供も、みんな独りであの天の広大な回廊を歩いて行かなければならない。それ故、此の世で子供の心を慄かせ、あるいは魅する孤独というものは、まさに彼がすでに通って来た遥かに深い孤独の反響(こだま)であり、これから先、通らなければならない(引用者注:「ならない」に傍点)一層深いもう一つの孤独の反響に他ならぬ。原初の孤独の反映――終末の孤独の予兆。」

「さて、palimpsest 見せ消ちのある羊皮紙というのは、繰り返しその上に重ね書きして、それで元の写本が拭い去られてしまった羊皮紙ないし巻物のことである。」

「人間の頭脳とは、自然の偉大な見せ消ちのある羊皮紙でなくて何であろうか。私の頭脳はそのような見せ消ちのある羊皮紙である。(中略)観念や形象や感情の永続する数多の層が、光のように柔らかく頭脳の上に折り重なっている。新しい層が形成される毎に、以前の層は埋もれて仕舞ったかに見える。が、実は如何なる層も消滅した訳ではないのである。」
「然り、読者よ、貴方の頭脳の見せ消ちのある羊皮紙の上に次々と刻まれて来た悲しみや喜びの謎めいた筆跡は、数知れぬものなのである。原生林の年毎に散り積む木の葉のように、あるいはヒマラヤに降り積もる溶けることなき雪のように、更にあるいは光を照らす光のように、限りなく重なる層が忘却の中で互いを蔽い隠していたのである。しかし、死の時が迫れば、熱病に襲われれば、阿片が身心に染み通れば、これらの層すべてが力を帯びて甦り得る。彼らは死んでいたのではなく、眠っていただけなのだ。(中略)何か知らぬ精神組織の強力な痙攣の中で、一切は旋回し、その原初の根源的舞台に舞い戻る。(中略)幼年期の深い深い悲劇は、一切の根底に潜みつづけ、最後の最後まで潜んでいるのだ。」



「「マクベス」劇中の門口のノックについて」より:

「殺人は、通常の場合、同情は専ら被害者の側に寄せられて、粗暴、俗悪なおぞましい出来事となる。それゆえ、人の関心はただ、我々が生にしがみつくという自然なしかし格別高尚でもない本能にのみ向けられる。」
「では詩人はいかにすべきか。人の関心を加害者に向けねばならぬ。我々の共感が殺人者の側になければならぬ(もちろん私が言うのは理解の為の共感、それによって彼の感情に入りこみ、それを理解するようになる共感であって、憐愍とか是認の共感(同情)ではない)。」
「被害者の心中では、あらゆる思念の葛藤、感情や意図のすべての消長も、一切を呑込む恐怖感(パニック)に押潰され、瀕死の怖れが「すべてを石と化す大槌もて」〔「失楽園」巻十〕彼を粉砕する。だが加害者、詩人が敢て描かんとする殺人者の心中では、さだめし、激情――嫉妬、野望、復讐、憎悪――の大嵐が荒狂っているに違いない、それが彼の内に地獄を作る。われわれの目を注ぐべきものはこの地獄なのである。」





こちらもご参照ください:

『トマス・ド・クインシー 著作集  Ⅱ』 (全四巻)
ジャン・コクトー 『阿片』 堀口大學 訳
R・D・オールティック 『ヴィクトリア朝の緋色の研究』 村田靖子 訳 (クラテール叢書)









































リチャード・ハル 『他言は無用』 越前敏弥 訳 (創元推理文庫)

リチャード・ハル 
『他言は無用』 
越前敏弥 訳
 
創元推理文庫 Mハ-6-2 

東京創元社 
2000年11月24日
299p 
文庫判 並装 カバー
定価600円+税
カバーデザイン: 柳川貴代
カバーイラスト: 牛尾篤



KEEP IT QUIET
by
Richard Hull
1935


ハル 他言は無用


カバー裏文:

「英国紳士の社交場――クラブ。憩いを求めて三々五々、会員たちは足を運ぶ。名探偵気取りの弁護士、すべての人の望みをかなえようとして、すべての望みをかなえられない幹事殿、苦情に生きがいを見いだす問題児、わが道をゆくシニカルな開業医……彩豊かな配役が右往左往するなか、動きだした物語はどこへ転がってゆくのか? 『伯母殺人事件』の技巧派が贈る、趣向三昧の第二長編。」


扉文:

「ロンドン一の美味を堪能できる(?)ホワイトホール・クラブで、椿事が持ちあがった。夕食の特製スフレに過塩化水銀の塗り薬を使ってしまったかもしれない、と青くなって報告した料理長。駆けつけてみれば、なるほど、それを食べた会員は永眠していた。体面を慮った幹事のフォードは心機能障害ということで収拾をはかったが、まもなく奇妙な脅迫状が舞いこみはじめる。田園を舞台にした名作『伯母殺人事件』から一転、技巧派リチャード・ハルが都会の真ん中に演出する風変わりな物語。旺盛な諷刺精神で紳士階級を笑いのめす、純英国産ミステリ!」


目次:

1 バニラ・エッセンス
2 壜ちがい?
3 機械じかけの医師(ドクター・エクス・マキナ)
4 幹事の苦悩
5 医師の命令
6 丸揚げか、切り身揚げか?
7 木曜日の夕食
8 十二の項目
9 長椅子にて
10 静かなる勝負
11 “パーマー”
12 奇妙な行動
13 わかれ道
14 一寸の虫にも
15 コーヒーを飲みながら
16 楽しい楽しいクリスマス
17 聡明なるシャーロック
18 四号寝室にて
19 素人の毒殺者
20 シェリーの件
21 みごとな選択
22 緑をまとう者
23 蜘蛛か蠅か?
24 『メラネシアの生活様式』
25 崩れた信頼関係
26 ふたたび、シェリー
27 分析
28 最後の安堵
29 カードネルの報告
30 反復の問題
31 最後の口どめ
32 最後の二通

解説 (森英俊)




◆感想◆


前作『伯母殺人事件』は、新人類(新世代)の甥の無邪気な殺意など保守主義者(旧世代)の伯母の「道徳」的殺意の前ではひとたまりもない、という話でした。
本作は、厄介者も社交クラブに必要な構成員ではあるが、毒殺の疑いのある死に方をしてもクラブの存続のために病死として片付けられ、「他言は無用」として事件はなかったことにされてしまう、という話です。
じつに「英国ミステリ」でありまして、問題児を適当にあしらいつつ最終的には厄介払いしてしまう「伯母」も「クラブ」も「大英帝国」のカリカチュアでありましょう。おそろしい限りであります。



















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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