ジャック・フィニイ 『レベル 3』 福島正実 訳 (異色作家短篇集)

「たしかに人生には潮時がある。だが、その潮時に乗るかどうかは、その当人が、どこへ行きつきたいかによってきまるのだ。」
(ジャック・フィニイ 「潮時」 より)


ジャック・フィニイ 
『レベル 3』 
福島正実 訳
 
異色作家短篇集 3 

早川書房
1974年9月30日 改訂第1版発行
1991年3月15日 改訂第6版発行
253p
四六判 丸背クロス装上製本 カバー
定価2,000円(本体1,942円)
装幀: 畑農照雄



Jack Finney: The Third Level, 1957
本文二段組。


フィニイ レベル3


目次:

レベル 3 
おかしな隣人
こわい
失踪人名簿
雲のなかにいるもの
潮時
ニュウズの蔭に
世界最初のパイロット
青春一滴
第二のチャンス
死人のポケットの中には

訳者あとがき (1961年3月)




◆本書より◆


「レベル 3」より:

「ぼくは切符売場に向きなおった。なぜか、ここ――グランド・セントラルの地下三階――でならば、アメリカ合衆国内の、どこでも好きなところまで、ルイザとぼくとを運んで行ってくれる切符が買えることを知っていたのだ。一八九四年のだ。そしてぼくは、イリノイ州ゲイルズバーグまでの切符が、二枚買いたかった。」


「おかしな隣人」より:

「テッドはぼくを、一瞬のあいだ、ひどく真剣な面持ちで見た。それから、彼はもう一度かぶりをふった。「だめだ――とても説明しにくいよ。未来の世界のことを、たくさん知らなきゃならないしな――世界――そう、自己破壊の恐怖におびえる人々で充満した世界のことを。」」
「「人生は、殆んど生きる価値がなくなってくる。だれもかれもが十二時間も、十四時間も働くんだ。収入の大部分が、税金に取られ、残りが、軍需品生産のため天井知らずに昇騰する日用品を買うのに費されるからだ。あらゆるものが、人工的に削減され拘束される。そして、そうしたすべてを覆って、人生に残されたちいさな悦びを台なしにするものがある――事実上の、死と破滅との確かさだ。ひとり残らず、自分自身の破滅のために働き、破滅のためにわが身を犠牲にしているんだ」テッドはぼくを見あげた。「忌わしい世界だ。未来の世界は――とても、万物の霊長の生きるべき世界じゃない」」



「こわい」より:

「一九五四年の十月のある夜、十一時ごろ、ミス・アイゼンバーグは歯ブラシを買いにちかくのドラグストアへ出かけた。その帰り、彼女のアパートからほど遠くないところで、大きな白黒ぶちの犬が彼女めがけて飛んでくると、あまえながら、前肢を彼女の胸まであげようとするのだ。
 「わたしが、つい、頭を撫でてやったのがいけなかったのです」とミス・アイゼンバーグはいった。「それっきり、その犬は、わたしにつきまとって離れようとしません。わたしがビルのロビイに入ろうとしたときなど、ドアを閉めるために、その犬を力づくで押し出さなければならない始末でした。わたしは犬が、とてもかわいそうになり、何か悪いことでもしたような気持にさえなりました。犬は、一時間ほどたって前の窓から覗いてみたときも、じっとその場に坐りつづけていたのです」
 この犬は、それから三日のあいだ、アパートの近所に残っていた。そして、ミス・アイゼンバーグの姿を見つけると、その都度、狂気のような愛情をあらわして彼女にまつわりついてくる。「朝、会社へ行くのにバスに乗りこむと、その犬は町角にしょんぼりと坐りこんで、それは悲しげな顔で、わたしのうしろを見おくっているのです、かわいそうに。わたしは、よっぽど、うちへ入れてやろうかと思いました。そうしてやれればどんなにいいかと、本当に心から思いましたけど、でも、そうしたが最後、犬はもうもとの飼い主のところへ帰ろうとしないでしょう。そうなったら、飼い主が、犬をなくしたというので、さぞ悲しむだろうと考えるとそれもできません。ご近所の人にも訊いてみましたが、だれも、犬の飼い主は知りませんでした。そのうち、犬は、いつの間にか見えなくなってしまったのです」
 それから二年たって、ミス・アイゼンバーグは、生まれて三週間めのかわいい仔犬を貰ったのだ。「わたしのアパートは、犬を飼うには狭すぎましたが、あんまり可愛い犬なので、とても諦めきれませんでした。犬はだんだん大きくなり、わたしよりたくさん食べるほどの大きな犬になりました」
 その界隈は静かだったので、犬も行儀よく育った。ミス・アイゼンバーグは、夜、散歩に出るときなど、犬の革紐をほどいてやることにしていた。けっして遠くへ行ってしまうことがなかったからだ。ところが――「ある晩、犬は、わたしからほんの二、三軒さきの暗がりの臭いをかいでいたっきり、姿が見えなくなったのです。わたしは名前を呼びましたが、どうしてももどってきません。それっきり、犬は、再びわたしの前に姿を見せないのです。
 でも変なのは、犬の消えた街路が、両側とも頑丈な赤色砂岩づくりの壁で、ドアには錠がかかっていたし、抜け道がどこにもなかったことです。あんなふうに姿を消してしまうことは絶対できないはずなのです。不可能なのです。ところが、その不可能を、犬はやってのけたのです」
 ミス・アイゼンバーグは、それから長いあいだ犬を探しつづけた。近所の人にも訊ねたし、新聞に広告を出しもしたが、どうしても発見できなかった。「それからしばらくたったある晩のこと、わたしは寝仕度をしていました。そしてふと、前の窓から、下の街路を見おろしたとき、いきなり、いままですっかり忘れていたことを思い出したのです。二年まえに追い払ってしまったあの気の毒な犬のことを」ミス・アイゼンバーグは、言葉を切って私をひたと見た。それから、抑揚のない声音で「それはおなじ犬だったのです。(中略)おなじ犬だったのですよ、まちがいなく。意味をなすかなさないか、そんなことは知りません――とにかくわたしはあの犬を追い払った――だから、わたしの犬は、生まれる二年まえにいなくなってしまっていたのです」」

「有史以来、はじめて、人間は現在を脱出しようと絶望的に試みているのだ。(中略)雑誌という雑誌が、幻想的な逃避小説にその頁を割いている――逃避はあるいは、過去にしろ未来にしろ〈現在〉でないほかの時への逃避であり、他の世界、他の惑星への逃避であり――要するに、どこでもいつでも、〈現在〉の、〈ここ〉でない時と処への逃避なのだ。(中略)そうなのだ。世界にはいま、激しい渇きにも似た熱望が、殆んど肌に感じ取れるほどの、なん百万なん千万の心の、恐ろしい集団圧力がかかっているのだ。時の障碍をうち破ろうとしてひしめいている心の圧力が、(中略)すでに、かすかにではあるが着実な歩度をもって、時の秩序そのものに影響を与えはじめているのだ、(中略)人間が、時の運行を妨害しているのだ。そして――私は、いつかそれが、時を破壊してしまうのではないかと、恐れているのである。」



「失踪人名簿」より:

「「何を探しておられるのです? お望みは?」
 ぼくは息を止め、ひと思いにいった。「脱出(エスケープ)です」
 「何からの?」
 「そう――」この期(ご)に及んで、ぼくはためらった。いままでこんなことを言葉に出していったことはなかった。
 「たとえばニューヨークからのです。それから、すべて都市というものからです。(中略)生活そのもの――少くとも今日(こんにち)的な生活からです」ぼくは彼をまっすぐ見つめて、しずかに「現在のこの世界から脱出したいんです」」
「「あなたは人間が好きですか? 真実をいってくださいよ、嘘をいったら、わかりますからね」
 「好きです。でも、人間とつきあって、気楽にしていることも、自分をなくさないことも、友だちになることも――ぼくにとっちゃあ、容易じゃないんです」
 彼は重々しい身振りで頷いた。ぼくのいい分を認めたのだ。「あなたは自分がふつうの程度にいい人間だと思いますか?」
 「そうですね。そう思います」ぼくは肩をすくめた。
 「なぜ?」
 ぼくは苦笑をうかべた。答えがひどくしにくかった。
 「つまり――少くとも、自分がそうじゃなかったときには、後悔しますからね」」



「第二のチャンス」より:

「ぼくは思うのだ――われわれは、なん千という目に見えない鎖に縛られているために、過去から遠ざけられているのではないか、と。たとえば、一九五七年型のビュイックに乗って過去へ行けないのは、一九二三年には一九五七年型ビュイックがなかったからなのだ。(中略)ジョーダン・プレイボーイに乗っても、それで四本線のスーパーハイウエイを走っていたのでは、一九二三年には行けない。一九二三年には、スーパーハイウエイなどというものは存在しなかったからだ。いや、ポケットのなかに、現代風のフィルターつき煙草一包が入れてあっただけですら(中略)そんなものの存在しなかった過去のある夜に出現することはできなかろう。あるいは、現代の年代の刻印された貨幣一枚もっていても、チャーコール・グレイやピンクのシャツを着ていてもおなじだ。すべてそういったものが、大きいちいさいにかかわらず、人を、それらが存在したはずのない時代からへだてる鎖となるのである。」




こちらもご参照ください:

ジャック・フィニイ 『ゲイルズバーグの春を愛す』 福島正実 訳 (世界の短篇)
ジャック・フィニイ 『ふりだしに戻る』 福島正実 訳 全二冊 (角川文庫)























































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ジャック・フィニイ 『ゲイルズバーグの春を愛す』 福島正実 訳 (世界の短篇)

ジャック・フィニイ
『ゲイルズバーグの春を愛す』
福島正実 訳

世界の短篇

早川書房 
昭和47年8月10日 印刷
昭和47年8月15日 発行
268p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価700円
装幀: 畑農照雄



本書「訳者あとがき」より:

「本書はジャック・フィニイの第二の短編集 I Love Galesburg in the Springtime '62 の全訳で、収録された十篇の作品は一九五二年から一九六二年にわたり、マコールズ、プレイボーイ、コリアーズ、サタデイ・イヴニング・ポスト等の各誌に掲載されたものです。」


本書はのちにハヤカワ文庫版として再刊されています。


フィニイ ゲイルズバーグの春を愛す 01


目次 (原題):

ゲイルズバーグの春を愛す ('I Love Gelesburg in the Springtime')
悪の魔力 (Love, Your Magic Spell is Everywhere)
クルーエット夫妻の家 (Where the Cluetts Are)
おい、こっちをむけ (Hey, Look at Me!)
もう一人の大統領候補 (A Possible Candidate for the Presidency)
独房ファンタジア (Prison Legend)
時に境界なし (Time Has No Boundaries)
大胆不敵な気球乗り (The Intrepid Aeronaut)
コイン・コレクション (The Coin Collector)
愛の手紙 (The Love Letter)

訳者あとがき



フィニイ ゲイルズバーグの春を愛す 02



◆本書より◆


「ゲイルズバーグの春を愛す」より:

「私たちは、それから、ゲイルズバーグの街の中をタクシーを走らせて、父が買っておいたブロード街の家まで行ったのだった。(中略)私はそのとき六歳だったが、車を走らせているうちに、私の内なる何かがまわりの街に敏感に反応するのを感じた。そして、家へ着く前に、私はもうゲイルズバーグの街に恋をしていたのだった。(ちゅるやく)その時、私はメイン街のちょうど北側のところにいて、ゲイルズバーグの街路に並ぶ太い老樹が頭上高く一つになってアーチをつくり、それが見渡す限り続いているのを、はじめて見たのだった。新しい葉をつけたそれらの樹々の下を走ると、出はじめの蟬が鳴いて、路面は陽の光と樹々の影とでまだらになり、樹々が晩春の風で動くにつれてその模様が揺れた。それから、私たちの乗っているタクシーのタイヤが聞きなれないさざ波のような音を出しているのに気がつき、見てみると、街路はれんがで舗装されていた。ふつう、もうそんなものは使われていないだろう。」
「だが、ゲイルズバーグの街路の多くはいまだにレンガで舗装されているし、歩道のふち石はまだ切り石で出来ている。それに、レンガ舗装された街路のわきの芝草の道には、馬車の発着のためにつくられた石の踏み台が、まだそのまま残っている。それら(中略)の近くには、石、あるいは、鋳鉄でつくった馬をつなぐ柱がある。芝生の道や、舗道(しばしば、これもレンガ舗装されている)を越えて奥の方、芝草が奥深く広がる前庭の向こうには、古い立派な屋敷が建っている。その多くは木造で、たいていは白塗りである。中には、レンガ造りのものや、あるいは、長い年月のために黒ずんでしまった石造りの家もある。だが――チェリー街、ブロード街、プレアリ街、アカデミー街、その他の古い街に建ち並んでいる家々は、なかばこっけいな見苦しさ、なかば、魅惑的な外観をしていて、それは、今とは別の時代に属する豊かさとか、威厳とか愚かしさ、それに、きわだった浪費などをあらわすものなのだ。」

「人々は過去から受けついできた美しいものを――際限もなく――破壊しようとしている。」
「かつて古い立派な邸宅のあったところが、まったく特徴のないアパート・ビルになった。そして、美しい田舎の道には醜いコンクリート・ブロックが敷かれてしまった。それから――しかし、もうやめよう。連中がどんなことをしているか、だれでもよく知っているはずだ。(中略)連中はゲイルズバーグに昔からある古い広場を、こともあろうに、駐車場に使おうとさえしているのだ。もちろん、それも問題などまるでないとでもいう具合なのだ。
 〈連中〉とはいったい誰のことか? 分り切ったことである。〈連中〉とは、もちろん、私たちのことである。(中略)私たちは私たち自身にそういうことをしているのだ――無力のためにくいとめることができないかのように。あるいは、過去のもつ美しさとか、品位、または感覚に対して少しでも心を動かされるということは、一種のセンチメンタルな弱さであり、馬鹿にされてあたりまえだとでもいうように。」



「愛の手紙」より:

「それは、この界隈でいちばん古い準郵便局の一つにちがいなかった。たぶん、南北戦争が終って間もない頃から、そうたってはいない頃の建築なのだ。内部も、その頃から、そう変っているはずはなかった。」
「その郵便局はぼくにとって、つねに神秘の殿堂と見えた。大時代で古びた――だがまだ機能は持っているそのメカニズムは、いまは使われてはいないが、つぎつぎとやってくる世代の人びとによって、大事に世話をされてきたのだ。それは、時として、宛名も差出人の名前もきれいにきちんと書いてある手紙が行方不明になり、とどのつまり、どこへ行ってしまったのか、またその理由は何なのか、誰に訊いても、その郵便局員に訊いてもわからない――そんなことの起るところなのだ。その神秘的な雰囲気は、ぼくにいわせれば、さまざまな話から成っている――時折、新聞記事のなかで読むような、取るに足らない――だが奇妙な話から成っているのだ。たとえば、一九〇六年の消印のある、五十年も前に書かれた手紙が、いま届いたというような話――理由はなんとも説明がつかないが、いま生きている人の誰彼からの手紙といっしょに、どこかの郵便局についたというのだ。またあるときは、一八九三年のシカゴ万国博からの挨拶状であることもある。また一度など、ぼくのおぼえている記事では、こんな悲劇的なのもあった――一九〇一年に、求婚の手紙への応諾の返事がいま――人の一生涯ほど遅れて配達になったのだ。もちろんその男は、ほかの女と結婚して、いまはお祖父さんになっていた……。」



「訳者あとがき」より:

「いうなればフィニイの作品は、一見そう見えがちな、たんなるファンタジーではない。いわゆるファンタジーが、現実世界から、超越するにしろ逃避するにしろ要するに遠慮がちに現実を見て見ぬふりをするものであるとすれば、(中略)彼はむしろ、積極的に、そんな現実を拒否するのです。そんな現実は嫌いだといってそっぽを向き、自分の好きな第二の現実をつくりだすのです。」
「彼の短篇は、はっきりと、こうした現実否定を正面に押しだした作品が殆んどです。」

「ここでは、現実否定はいっそう明確なかたちをとり、現在と過去との混淆や未来否定やの段階をついに突破して、きわめて明確な過去願望へと、すすんでいます。これらの作品では過去(中略)が、何よりも好ましく望ましいものとして、この現実のすぐ裏側に実在し、正しい資格をもち、正規の手続きを踏んだものならば、ほとんどだれでも、その過去と関係をもち、あるいはそこへ行けさえすることになっているのです。」





こちらもご参照ください:

ジャック・フィニイ 『ゲイルズバーグの春を愛す』 (ハヤカワ文庫)
ジャック・フィニイ 『マリオンの壁』 福島正実 訳 (角川文庫)
































































ジャック・フィニイ 『ふりだしに戻る』 福島正実 訳 全二冊 (角川文庫)

ジャック・フィニイ 
『ふりだしに戻る 
(上)』 
福島正実 訳
 
角川文庫 7561/フ-16-1 

角川書店
平成3年10月10日 初版発行
平成4年5月10日 4版発行
348p
文庫判 並装 カバー
定価560円(本体544円)
装幀: 杉浦康平
カバー: 辰巳四郎



ジャック・フィニイ 
『ふりだしに戻る 
(下)』 
福島正実 訳
 
角川文庫 7562/フ-16-2 

角川書店
平成3年10月10日 初版発行
354p
文庫判 並装 カバー
定価560円(本体544円)
装幀: 杉浦康平
カバー: 辰巳四郎


「本書は小社単行本として昭和四十八年七月に刊行されたものです。」



下巻「訳者あとがき」より:

「本書はジャック・フィニイの六冊めの長篇 “Time and Again” ’70 の全訳です。」


本文中図版(モノクロ)多数。


フィニイ ふりだしに戻る 01


上巻 カバー裏文:

「女ともだちの養父の自殺現場に残された一通の青い手紙。その謎の手紙は90年前、ニューヨークで投函されたものだった。
ぼく、サイモン・モーリーはニューヨーク暮らしにすこしうんざりしはじめていた。そんなある昼下がり、政府の秘密プロジェクトの一員だと名のる男が、ぼくを訪ねてきた。プロジェクトの目論みは、選ばれた現代人を、「過去」のある時代に送りこむことであり、ぼくがその候補にあげられているというのだ。ぼくは青い手紙に秘められた謎を解きたくて「過去」へ旅立つ。
鬼才ジャック・フィニイが描く幻の名作。20年の歳月を越えて、ふたたび蘇る。」



下巻 カバー裏文:

「1882年真冬のニューヨーク。焼け焦げた、青い一通の手紙を追って、ぼくはここへやってきた。まだ自由の女神は建っておらず、五番街やブロードウェイは馬車でいっぱいだ。現代では想像もできないこの美しい街で、ぼくは青い手紙の投函主をつきとめた。謎は次々に氷解していった。しかし、失われたニューヨークで得た恋人とともに、大火災と凶悪犯罪のぬれぎぬを逃れ、「現代」に帰ってきたぼくを待っていたものは、悪意に充ちた歴史の罠だった――。
「過去」への限りない愛惜と「現代」への拒絶をこめたファンタジィ・ロマンの大作。」



上巻 内容:

主な登場人物

ふりだしに戻る 1~14



下巻 内容:

主な登場人物

ふりだしに戻る 15~22

訳者あとがき
解説 (北原尚彦)



フィニイ ふりだしに戻る 02



◆本書より◆


上巻より:

「ダンジガーはまた市街を身ぶりで示した。
 「毎日の変化の度合いはふつう非常に微々たるもので、はっきりした違いはわからない。にもかかわらず、こうしたごく小さい毎日の変化がわれわれをここへ、この世界へ運んできたのだ――つまり、いま下の街路に見えるのが信号灯や消防自動車ではなくて、畑であり、樹の梢(こずえ)であり、小川であり牧場の牛の群れであり三角帽をかぶった男たちであり……澄みきった流れに樹々が影を落とすイースト・リヴァーにイギリスの帆船が錨(いかり)をおろしていた時代からだ。その時代はかつてそこに在ったんだよ、サイ。きみにはそれが見えるかな? (中略)見えないだろう? もちろん見えないにきまっている。昨日なら見ることはできる。昨日のほとんどはまだ残っているからだ。一九六五年も、五八年もまだたくさん残っている。一九〇〇年でさえ、まだかなりある。そして、パンナム・ビルのようなどれと見わけのつかないようなガラスの箱や怪物や、そうした人間と自然に対する犯罪にもかかわらず――彼はそれらを視界から消そうとでもするように顔の前で手を振った――ここには、もっと前の時代の断片が残っている。一つぽつんと取り残されているビルもある。いくつかいっしょに残っている場合もある。中心街から離れれば、あるブロックがそっくりそのまま、五十年、七十年、場合によって八十年も九十年もそのまま建っているところもある。一世紀かそれ以上ものあいだの古い歴史を持つ場所も、あちこちに散在している。(中略)そうした場所が、いまだに生き残っている断片なんだよ、(中略)かつてそこに、今日ただいまそこに在るのと同じように現実に存在した時代の断片なのだ。一八七一年のある晴れわたった四月の朝の、一八四〇年のある灰色の冬の日の午後の、一七九三年のある雨もよいの夜明けの、いまだに生き残っている断片なのだ」(中略)「そうした生き残りは、わたしの意見では、まこと奇蹟(きせき)にちかい。きみはダコタを見たかね?」」

「公園を出たすぐの通りの向かい側に、ぼくがいままでニューヨークじゅうのどこで見たのともまったく違う、高い建物が一ブロック全体を占めて建っていたのである。それを一目みただけで、ダンジガーがいったものだということがわかった。それはまさしく古き時代の荘厳な遺物だった。」
「「これがダコタさ。ここが実際に町はずれだった八〇年代初期のころ建てられたものだよ。何もかもからあまり遠かったものだから、当時の人が、まるでダコタ州にあるみたいだ、というのでそういう名前をつけたんだ。(中略)数年前、いわゆる進歩的な考え方をする連中が、あの建物をぶちこわしてしまおうと躍起になった。よくある話だ――彼らはそのかわりに、天井の低い、壁のうすい、舞踏室や食器室のない、しかし持主にとっては疑いもなく数多くの利点をそなえたたくさんの部屋のある――もっときれいで新しくて現代的な怪物に建て替えようとした。だが、ここの居住者は金持ちだったから、これに対抗してやっと阻止することができた。」」

「「そこで、いいか、よく考えてくれ。もしアルバート・アインシュタインが今度もまた正しいとすれば――正しいにきまっているんだ――理解しにくいかもしれないが、一八九四年の夏はいまでも存在するのだ。静かな空家のアパートは、その年の夏に戻っても、今年やってくる夏に存在するとまったく同じように存在するのだ。まったくもとのままで少しも変わらず、それぞれまったく同じように、それぞれのなかに存在するのだ。わたしは、あるいは――事によったらだが……今年の夏に、あのまったく変わっていないアパートから、かつての夏へと入っていくことができるかもしれないと思っているのだ」」























































































ジャック・フィニイ 『マリオンの壁』 福島正実 訳 (角川文庫)

ジャック・フィニイ 
『マリオンの壁』 
福島正実 訳
 
角川文庫 8870/フ-16-3 

角川書店
平成5年2月10日 初版発行
281p
文庫判 並装 カバー
定価500円(本体485円)
装幀: 杉浦康平
カバー: 辰巳四郎


「本書は昭和五十年、小社より刊行されたものを文庫化したものです。」



本書「あとがき」より:

「本書はジャック・フィニイの十冊めの長篇“Marion's Wall”(’73)の全訳です。」


フィニイ マリオンの壁


カバー裏文:

「“マリオン・マーシュここに住めり……” ニックと妻のジャンが、移り住んだ古い家の壁紙の下に見つけた口紅のなぐり書き。その落書きは、かつてこの部屋に住んだ無名の女優マリオンが残したものだった。彼女は才能を認められ、いよいよハリウッドへという前夜に、自動車事故で急死していた。落書きを見つけた数日後、偶然にもニックとジャンは、マリオンが最後に出演した映画をTVで見た。ほんの端役だったが、マリオンの印象は鮮やかだった。そのとき、ほの暗い部屋のどこかからニックに囁く声がした。ジャンの体にマリオンが憑依している……。映画を愛する人すべてに贈るノスタルジック・ファンタジー。」


内容:

マリオンの壁

解説――フィルム・マニアの世界 (清水俊二)
あとがき (訳者)




◆本書より◆


「お前とジャンとが本気でいわゆるヴィクトリア朝風の家を欲しいと思っているのなら、いっそのこと、もっとひどいのでもいいだろう。現代風のけちな家具類はいっさい無しというやつだ。私もサンフランシスコ時代にそんな家に住んでいた。(中略)その家はディヴィサデロ街の南の端の最後のブロックにあって、番地は一一四番地。当時は古い、なかなか立派な木造の二階建で――私はその一階の部屋を借りていたのだ――破風(はふ)のある屋根に、半円型の窓のある建物だ。そして、その窓からの、市街と湾の眺めは、目を見張るほどすばらしかった。私には、とてもよい思い出のある家だ。もしその家が見つけられたら、お前もジャンもきっと気にいる。幸福になれるはずだ――幸福とは、しばしば幸福になろうと決心するかどうかにかかっているのだから。」



◆感想◆


短編集『ゲイルズバーグの春を愛す』に登場するクルーエット夫婦は、発見した古い設計図どおりにヴィクトリア朝風の家を新築して移り住んだところ、甦った家の霊に憑依されて、浮世離れしたヴィクトリア朝風生活を送ることになりましたが、本書に登場するニック&ジャン夫妻は、父親の手紙にあったヴィクトリア朝風の家を探し当てて移り住んだものの、なぜか狂騒の20年代にハリウッド女優への道半ばにして死んだフラッパーの女の人(父親の昔の恋人)の幽霊と知り合いになって、体をはって彼女の夢を叶える手助けをすることになります。とはいうものの、ハリウッドは昔のハリウッドならず、この世に戻ったマリオンの霊はまたしても世俗の名声を得ることはできなかったものの、それとは別のかたちで自己実現して成仏します。マリオンへの片思いを胸に年老いたボーリングハースト氏の幻のフィルムコレクションは烏有に帰してしまいましたが、それでよいです。

















































































デフォー 『ロビンソン漂流記』 吉田健一 訳 (新潮文庫)

「鸚鵡はそれを完全に覚えて、私の指に止まっては嘴を私の顔の傍に持って来て、可哀そうなロビンソン・クルーソー、お前はどこにいるのだ、どこに行っていたのだ、どうしてお前はここに来たのだ、などと私が言った通り叫ぶのだった。」
(デフォー 『ロビンソン漂流記』 より)


デフォー 
『ロビンソン漂流記』 
吉田健一 訳
 
新潮文庫 190/赤17-1-A

新潮社
昭和26年5月31日 発行
昭和59年1月30日 45刷
342p
文庫判 並装 カバー
定価360円



本書「後記」より:

「これはデフォー(Daniel Defoe, 1660-1731)の「ロビンソン・クルーソー漂流記」として世に知られている "The Life and Strange Surprising Adventures of Robinson Crusoe" の全訳である。この有名な冒険物語に就いて、今更特に言うべきことはないように思う。ただ私も今度初めてその全文に接して、主人公が神の摂理とか、正義とかの問題を廻って、大真面目に、又執拗に思案しているのに、少なからず悩まされもし、又興味も感じた。彼が考えていることは論理的には滅茶苦茶であるかも知れないが、彼が真剣にそういう問題を追究していることは疑いがないのであって、それが彼の遭難や冒険に、一層の現実味を添えている。人間は実際にその最善の努力を尽して、このように支離滅裂に思索し、然もその日常生活では、かなり合理的に行動するものだからである。この神様談義や、その他、随所に出て来る主人公一流の利己主義が加わって、本書が大人の物語であることが初めて理解出来る。」


デフォー ロビンソン漂流記


クリーム色の地に赤の罫線&マークをあしらったカバーは新潮文庫海外文学のデフォルトデザインでありました。ちなみに日本文学はクリーム地に緑(草色)でした。


カバー裏文:

「難船し、ひとり無人島に流れついた船乗りロビンソン・クルーソーは、絶望と不安に負けず、新しい生活をはじめる。木材をあつめて小屋を建て、鳥や獣を捕って食糧とし、忠僕フライデーを得て、困難を乗りきってゆく。社会から不意に切り離された人間が、孤独と闘いながら、神の摂理を信じ、堅実な努力をつづけてゆく姿を、リアリスティックに描いたデフォーの冒険小説である。」


内容:

ロビンソン漂流記

後記 (訳者)




◆本書より◆


「そのように工具がないことが、何をするにしても、仕事を非常に面倒にした。私の住居の廻りに柵を廻らすのには、殆んど丸一年掛かった。それに使った棒杭は、私にやっと担げる位の重さで、森に行って木を切り出して棒杭にするのが容易でなく、それを住居まで運んで来るのに更に長い時間を要し、時には一本の棒杭を作って住居に運ぶのに二日掛かり、それを地面に打ち込むのに更に一日掛かることがあった。この仕事に、私は初め一本の重い木材を用いたが、しまいに船から持って来た鉄梃を使うことを思い付いた。併しそれでも棒杭を打ち込むのは楽な仕事ではなかった。
 併し仕事に手間が取れても、時間は幾らでもあったのだから、私は何も気に掛ける必要はなかった。又それがすんだ後で直ぐに取り掛かるべき仕事が私を待っている訳でもなく、他にすることとしては、食糧を求めて島の中を歩き廻ることだけで、これは殆んど毎日欠かさなかった。
 私は私の現在の境遇に就いて真剣に考え始めて、それを書いて見た。それは、私の後に来るものに見せる為ではなく、(中略)毎日同じことを考え続けて、気を滅入らせたくないからだった。そしてその頃は私の理性が私の失意に打ち克つようになり、私は出来るだけ私自身を慰めて、私の境遇でいいことと悪いことを比較し、境遇としてはまだ増しな方であることを明らかにしようとした。私は次のように、帳簿の貸方と借方と同じ形式で、私の生活で楽なことと辛いこととを並べてみた。

  私は救出される望みもなく、この絶島に漂着した。
  併し私は生きていて、船の他の乗組員は全部溺死した。

  私は言わば、世界に住んでいる人間の中から選り抜かれて、ただ一人隔離され、惨めな思いをして暮らさなければならない。
  併し私は同様に、船の乗組員全部の中から選り抜かれて死を免れ、私をそのように奇跡的に助けて下さった神は、私を現在の状態からもお救いになることがお出来になる。

  私は人類から引き放され、この島で全く孤独に生活しなければならない。
  併し私は食糧がない、不毛な地で餓死することになったのではない。

  私は体を蔽う着物さえもない。
  併し私がいる所は熱帯で、着物などは殆んどいらない。

  私は人間や野獣に対して自分を守る術がない。
  併し私が漂着したのは、アフリカの海岸で見たような猛獣は住んでいないらしい島で、若しこれがあのアフリカの海岸だったならば私はどうなっただろうか。

  私には、私と口を利いたり、私を慰めて呉れたりする仲間が一人もいない。
  併し神は船を海岸に非常に近く寄せて下さった。その為に私は多くの必要品を手に入れることが出来て、それで足りない時はそれを用いて不足を補い、一生暮らすのに困らない。

 兎に角私はこれによって、どんなに惨めな境遇でも、何かそこには積極的な、或いは消極的な面で、有難く思っていいことがあるという事実を明らかにすることが出来た。そして私自身が経験したような、最悪の境遇でも、そこに何か我々を慰めて呉れて、いいことと悪いこととの貸借表の中で、貸方の方に記入すべきものが必ず見出せるのである。
 そのように、私は自分が置かれた境遇を幾らか受け入れる気になって、船が通らないかどうか海の方ばかり見ているのを止めると、そういう諦めの気分から、この島での自分の生活をなるべく暮らしよくするように努力し始めた。」


「私はその日初めて舟を漕いで、それから歩いてここまで来て、その疲れでよく眠っていたのでなかなか目が醒めず、まだ半分眠っている状態で、誰かが私にものを言っている夢を見ている気でいたが、その声がロビンソン・クルーソー、ロビンソン・クルーソーと呼び続けるので、漸く目を醒まし、ひどく驚いて飛び起きた。併し眼を開けると同時に、私が飼っていた鸚鵡が生垣に止まっているのを見付けて、その鸚鵡が私に話し掛けていたことが解った。と言うのは、私自身がそういうことを言って、鸚鵡にものを言うことを教え、鸚鵡はそれを完全に覚えて、私の指に止まっては嘴を私の顔の傍に持って来て、可哀そうなロビンソン・クルーソー、お前はどこにいるのだ、どこに行っていたのだ、どうしてお前はここに来たのだ、などと私が言った通り叫ぶのだった。」


「我々が何も知らないうちに、何と不思議な具合に危険から救われていることか、我々が何事かに就いて迷っている時に、或る一つの方策を取ることに決めようとし、道理も、我々自身の気持も、場合によっては仕事の都合から言っても、そうする方がいいように思えるにも拘らず、何か解らない隠微な予感が、どういう訳か起って来て、我々に反対のことをするように命じ、後になって見ると、若し我々が初めの気持に従って行動していたならば、我々は破滅する所だったことが明らかになるというのは、これはどういうことなのか、そのようなことを考えているうちに、私はやがて、この内密の声を聞いた時は必ずそれに従うということを、何か決める場合の鉄則にするに至った。」




◆感想◆


そういうわけで、中流家庭に育ったロビンソンは親が用意してくれた経済的・社会的安定の道を蹴って荒海に乗り出した結果、「絶海の孤島」に漂着してひとりぼっちの十数年を過ごすことになるわけですが、それももちろん「内密の声」の促しによるものなので、親のいいなりに立派な社会人になったりせず無人島に漂着してなによりでした。
とはいえ、ロビンソンは孤島にまで大英帝国を持ち込んでしまうので困りものです。孤島で野蛮人に文明を教えるよりはロンドンの屋根裏部屋で野蛮人になる方がよいです。鸚鵡に人間のことばを教えるよりも、鸚鵡から鳥のことばを学ぶほうがよいです。




こちらもご参照ください:

ヘンリー・ミラー 『暗い春』 吉田健一 訳 (福武文庫)
『G・K・チェスタトン著作集 3 自叙伝』 吉田健一 訳
中野美代子 『あたまの漂流』



























































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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