FC2ブログ

『岡鹿之助 展』 (2008年)

「現代のフランスの画家の中で、私は、ラプラードと云ふ人を尊敬して居ます。奇異な新運動にも旧式な印象派にもかゝわりなしに、氏は、五十年の長い年月を、只、おのが好む道一すぢに進んで来た人です。枯草を描き、麦畑を描き、田舎の寺を描き、野ばらを描いて楽しんで居ます。むしろ画家と云ふより詩人と云った方が、当って居るかも知れません。五十になって、野ばらをつんで居る少女の絵なぞを描いて居ます。」
(「岡鹿之助第一次フランス滞在期書簡」 より)


『岡鹿之助 展』


編集: 貝塚健
制作: 株式会社エディタス
発行: 石橋財団ブリヂストン美術館
2008年
187p 
28×22.5cm
並装
表紙デザイン: 若林伸重


ブリヂストン美術館
2008年4月26日―7月6日



作品図版(カラー)70点。巻頭に岡鹿之助肖像写真1点。
本文中図版(モノクロ)24点、「岡鹿之助 パリ短信」に図版(モノクロ)2点、年譜に図版(モノクロ)14点。

本図録はヤフオクで220円(+送料350円)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。
作品図版は少ないですが、図版解説と資料が充実していてよいです。



岡鹿之助 2008年 01



内容:

謝辞
あいさつ (石橋財団ブリヂストン美術館)
Foreword (Bridgestone Museum of Art, Ishibashi Foundation)


岡鹿之助――または、絵空事の重さ (貝塚健)

図版
●1章 海
 1 信号台 1926年
 2 魚 1927年
 3 出船(朝) 1928年
 4 古港 1928年
 5 入江 1929年
 6 魚 1939年
●2章 掘割
 7 掘割 1927年
 8 セーヌ河畔 1927年
 9 橋 1927年頃
 10 掘割 1953年
 11 波止場 1954年
 12 運河 1967年
 13 河岸 1960年代
 14 水門 1968年頃
●3章 献花
 15 献花 1958年
 16 献花 1964年
 17 献花 1966年
 18 献花 1971年
 19 花籠 1947年
 20 赤い花 1963年
 21 三色菫 1951年
 22 三色スミレ 1954年
 23 パンジー 制作年不詳
 24 三色すみれ 制作年不詳
 25 三色すみれ 1967年
 26 遊蝶花 制作年不詳
 27 三色菫 1977年
●4章 雪
 28 積雪 1935年
 29 地蔵尊のある雪の山 1943年
 30 雪の牧場 1957年
 31 林 1963年
 32 雪 1969年
 33 雪の庁舎 1977年
●5章 燈台
 34 観測所 1951年
 35 燈台 1953年
 36 燈台 1954年
 37 燈台 1955年
 38 燈台 1967年
 39 岬 1975年
●6章 発電所
 40 水源地 1948年
 41 雪の発電所 1956年
 42 発電所 1956年
 43 山麓 1957年
 44 積雪 1957年
 45 村の発電所 1964年
 46 雪の変電所 1964年
 47 村の発電所 1972年
●7章 群落と廃墟
 48 望楼 1959―61年
 49 ファサード 1961―62年
 50 群落B 1961―62年
 51 群落(雪) 1961―62年
 52 群落 1961―62年
 53 群落A 1962年
 54 廃墟 1962年
●8章 城館と礼拝堂
 55 城(シャトー・フォル) 1931年
 56 礼拝堂 1949年
 57 僧院 1966年
 58 水辺の城 1968年
 59 朝の城 1970年
 60 礼拝堂 1970年
 61 館 1974年
●9章 融合
 62 雪 1928年
 63 雪の街 1930年
 64 廃墟(ミディ) 1939年
 65 橋 1948年
 66 窓 1949年
 67 遊蝶花 1951年
 68 三色スミレ 1955年
 69 花と廃墟 1966年
 70 段丘 1978年

資料1 岡鹿之助第一次フランス滞在期書簡 (貝塚健 編)
資料2 岡鹿之助 パリ短信 1931―39年 (田辺徹 編)
 ベートーヴェンの筆談手帳、出版に
 ほくろの引っ越しとネイルアート
 ドビュッシーと浮世絵版画
 シュルレアリスムと精神病患者の作品
 難点かくしが流行となる
 スタンダールのコーヒー好き
 絵画偽造の名人ジェルミッチ捕まる
 公害とマロニエ並木の復活
 モンパルナスの堕落
 音楽好きの動物
 「落選」サロン、アンデパンダン50年展
 パリの女たちも靴下を棄てる
 婦人帽は「芸術作品」という判決
 冬来る…と共に婦人靴に大異状
 今年のサロン・ドートンヌとボナール
 近頃パリでは大きな口が大流行
 作曲の偽造名人
 パリで讃えられる忠犬ハチ公
 パリの乞食新聞
 美しい指成金
 靴の美学(上) 型でも飾りでも 自分の足の欠点を考えて
 靴の美学(下) 踵は低い方へと 靴下は脚へ吸いつくように
 ブダペストの吉原流し 流行小唄から自殺者続出
 パリの街名
 ロオランサンの絵
 パリのお化粧 日本紙が大持て
 ロオトンドの復活
 十七年の病床からニジンスキー再起?
 ムーラン・ルージュの衰亡
 ロダンのバルザック像建立
 名指揮者の悲哀 トスカニーニ、米へ帰化
 フランスの映画3 期待も大きい!“北ホテル”
 カフェ二百五十年祭
 パリのレコード賞 シャルル・トレネへ
 女は真似好き! 人気俳優と流行調べ

岡鹿之助文献目録 (中村節子 編)
岡鹿之助年譜 (岡畏三郎 編/貝塚健 補)

Oka Shikanosuke, or the Burden of Invention (Kaizuka Tsuyoshi / Translation: Martha McClintock)

出品作品リスト




◆本書より◆


「岡鹿之助第一次フランス滞在期書簡」より:

「●1939(昭和14年)1月15日」
「昨年の暮以来私の画境に一大変転の訪れを感じ、夜分も充分に眠り得ぬ様な毎日を過しました。」
「しづかに拙画を眺めますのに、何んとしても物足りぬものを、申すならば紙背に感ずるのでありまして、(中略)一体之が本流の自己の路か、之を進めて行けばいいものか、といふ疑が生じて参りました。つまり自分の仕事の欠陥が減じて来れば来る程、この疑問が大きくなって参ったのです。
 そこで、私はその「疑問」の解剖に数日を費し、且つは、たまたま再読した荷風先生の随筆によって、果然と己本来の姿を見出したので御坐います。」
「省みますのに、(中略)私のひそかに尊敬するフランスの画人は(中略)只「色の世界」の人であるのに、どうして、私の心底に望む色の世界をないがしろにして形の表現にのみあくせくとしたので御坐いませうか、愚かといふよりも寧ろ奇妙な現象であります。(中略)写実の絵をつまらぬと子供の頃から思ってゐた私(今戸のアトリエで、私は「人形の散歩」を描いて僅に美校の写実教育の味きなさを医やした事を覚えてをります)が、その後写実の大切さを沁々と感じた迄はよかったのでありますが、写実の世界に擒となって了った事に気が付かなかったので御坐います。御承知の様に、芸術の世界は自由であります。己を自由に生かし切ってはじめてその人の個性なり天分なりが遺憾なく発揮出来るものを、私の如く「捕はれて」ゐては、ギゴチないもののみが生れて、吾も人をも楽しませるものが出来ないのは当然でありませう。趣味といふものを或る一部の芸術家達は蔑む様ですが、その人の趣味がひそんでゐる仕事こそ好ましと私などは常々考へてをります。絵画だけでなく西欧の音楽にしろ、小説にしろ、私の好むものは、写実を超した象徴的な作品ばかりであります。写実に非ずして詩でありました。中学時代から荷風先生や谷崎氏、解りいい所で佐藤春夫等の著作に愛着を感じ今日に至っても尚その愛する心を失はぬどころか、荷風先生の御作などには益々傾倒する一方でありまして、一方人格的に尊敬の念を禁じ得ない乍らも、その作品に興を覚えぬ島崎藤村氏の作品は、それが詩であり小説であっても、謂ふ所の自然派の作だからで御坐いませうか。私に云はせれば前者は色の世界の人々、後者は形の作家とも考へられ得るので御坐います。」
「吾が畏友ピエル・ロワ氏は五十にしてはじめて新進作家となりました。(中略)勿論ピエル・ロワさんは生れ乍ら大した天分は持ってをりません。私の目からも結構下手糞に思ふ所がありますが、とうとう自分独特の天地を築きました。偉いものだと思ってをります。」




岡鹿之助 2008年 02


「古港」(1928年)。



岡鹿之助 2008年 07


「群落(雪)」(1961―62年)。



岡鹿之助 2008年 03


「群落A」(1962年)。



岡鹿之助 2008年 04


「朝の城」(1970年)。



岡鹿之助 2008年 05


「橋」(1948年)。



岡鹿之助 2008年 06


「資料2 岡鹿之助 パリ短信 1931―39年」より。








こちらもご参照ください:

『生誕100年記念 岡鹿之助展』 (1998年)

































































スポンサーサイト



『生誕100年記念 岡鹿之助展』 (1998年)

「時流におもねることをせず、生涯孤独のうちに自らの求める新しい造形秩序を切り拓いたスーラの存在は、つねに私に勇気を与える。」
(岡鹿之助 「ヴィルテュオジテ(巨匠らしさ)の否定から」 より)


『生誕100年記念 
岡鹿之助展』



編集: 京都国立近代美術館/日本経済新聞社
発行: 日本経済新聞社
1998年 
215p 
29.5×22cm
並装 カバー
デザイン: 大向務


京都国立近代美術館
1998年8月14日(金)―9月20日(日)
福島県立美術館
1998年9月26日(土)―11月15日(日)
奈良そごう美術館
1999年1月2日(土)―2月7日(日)
そごう美術館
1999年3月12日(金)―4月11日(日)




油彩画図版199点、部分拡大図版6点。素描・版画図版36点。参考図版(モノクロ)61点。口絵・扉図版(岡鹿之助肖像写真)5点。本文中図版(モノクロ)27点、「年譜」図版(モノクロ)16点。

本図録はヤフオクで500円(+送料370円)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。
よく考えてみたら自分が好きな日本の画家は若冲と岡鹿之助でした。時流を顧みずに自分のやり方で同じものを繰返し描く、自閉的箱庭的世界はたいへん居心地がよいです。ルドンとルソーを日本に積極的に紹介したのも岡鹿之助ですが、ルドンからは白黒の怪奇幻想ではなくパステルカラーの可憐な花々を、ルソーからは熱帯の悪夢ではなく郊外のノスタルジアをといった影響の受け方もむしろ好ましいです。



岡鹿之助 生誕100年記念 01


半透明のカバー(裏面に鏡文字で「Oka」と印刷されている)がかけられています。


内容:

あいさつ (主催者)
Foreword (Sponsor)
謝辞

岡鹿之助の芸術――節度と調和について (島田康寛)
岡鹿之助の芸術におけるジョルジュ・スーラとフランス美術 (富田章)

図版
 油彩画
  Ⅰ 【開花 フランスに身を置いて】 1925―1939
  Ⅱ 【完成 日本の風土の中で】 1940―1951
  Ⅲ 【展開 さらなる発展を求めて】 1952―1963
  Ⅳ 【円熟 美しい調和へ】 1964―1978
 素描・版画
 参考図版

滞仏三年の歩み(岡鹿之助1927年12月21日付父宛の書簡から)
画家の言葉 (伊藤匡 編)
 ひたすら造形のことばで
 ヴィルテュオジテ(巨匠らしさ)の否定から
 パリッ子のお喋り

作品解説 (下鳥道代・山野英嗣・島田康寛・多嶋田淳子・伊藤匡)
年譜 (山野英嗣 編)
文献目録 (下鳥道代・多嶋田淳子 編)
出品目録

The Person and Art of Oka Shikanosuke (Shimada Yasuhiro) (翻訳: 今西喜美)




◆本書より◆



岡鹿之助 生誕100年記念 02


「窓」(1949年)。



岡鹿之助 生誕100年記念 03


「群落B」(1961年)部分。



岡鹿之助 生誕100年記念 04


「水上の館」(1963年)。



岡鹿之助 生誕100年記念 05


「僧院」(1966年)部分。



岡鹿之助 生誕100年記念 07


「塔」(1975年)。


岡鹿之助「ヴィルテュオジテ(巨匠らしさ)の否定から」より:

「美術学校時代に、私は師の岡田三郎助先生からいわれたものだ。「君は筆さばきが弱い」、あるいは「筆がたたない」と。
 絵画における筆さばきとは、修練熟達を必要とするもので、当時、絵画作品の重要な魅力の一つとして欠くことのできぬ要素とされていた。このことは近代絵画の足跡を辿ってみても分ることで、印象派からフォーヴに下るまで、つねに画面を支配する大きな力として筆勢の見事さが重要視され、巨匠の資格に結びついていたのである。
 しかし私にはどうしてもこのことが納得できなかった。私自身のひそかに願う造形の美しさは、当時の風潮とは全く別なところに根ざしたものであったので、一般の好みから遠ざかると分っていても、また恩師から悲観的な批評を受けても、勇ましい筆づかいを試みることはできなかった。筆意の魅力に乏しい私の絵がおよそ大家の絵とは縁遠く、つまらぬものとされたのは止むを得ぬことであった。
 学校を出てまもなく渡仏、パリに学ぶことになったのは1925年のことだが、はじめの2年間というものは、私自身にとってもっともふさわしい表現方法をただひたすらに模索して過した。その結果、得たのが点描による表現であった。筆勢をもったはなばなしい筆さばきの手法には練達の腕(ヴィルテュオジテ)が必要だが、無機的な点を重ねたり繰り返す方法は、いってみれば子供にもできることである。しかし私にはこれが自分のテクニックとして一番自然なばかりか最上の方法と考えられたのであった。私は点描による制作をこつこつとはじめていた。
 すると、これを見た仲間のフランス人画家のひとりが、「岡の絵はスーラの真似ではないか」と云うのである。長い模索の末にようやくさぐりあてた方法で試みたものを、模倣といわれたこともひどく腹だたしかったが、その相手とされたスーラという画家の名も全くはじめて耳にするもので意外であった。
 一体、そのスーラという絵描きの作品はどこへゆけば見られるのかとたずねると、リュクサンブール美術館にあるはずだと教えられ、早速赴いた。」
「さて、はじめてスーラの作品に対面した私は、何よりもまず、画面構成の秩序と形体(フォルム)のすばらしさに深い感銘を受けた。」
「自然の様相は元来混沌としたものだが、たまたまそれが秩序だって現われた時に人を美的感動に誘うものである。たとえば、無限にひろがる空と接するはるかな水平線に交わって、灯台が一つ、静かに垂直にのびる光景を目にした時、スーラは明らかに印象派には失われた秩序ある構築の美しさを自覚したのであった。以来夜を日についで、ついには「人間の肉体がたえうる極限をこえた過労」によって世を去るまでの短い生涯をかけて、はげしく追求した形体(フォルム)の再認識と画面の新しい造形秩序の実現というスーラの課題は、私にとってきびしくも強い共鳴となって急速に関心を傾けることとなった。」
「時流におもねることをせず、生涯孤独のうちに自らの求める新しい造形秩序を切り拓いたスーラの存在は、つねに私に勇気を与える。」




岡鹿之助 生誕100年記念 06



岡鹿之助は音楽好きで、レコード蒐集家であり、特にバッハ以前の音楽(グレゴリオ聖歌等)とメシアン、バルトークなどの現代音楽、シャンソンを好んだようです。






こちらもご参照ください:

『岡鹿之助 展』 (2008年)










































































『現代日本美人画全集 8 竹久夢二』 

「彦乃なき後の夢二の人生は余生であった。」
(木村重圭 「竹久夢二」 より)


『現代日本
美人画全集 
8 
竹久夢二』 
(愛蔵普及版)


執筆: 木村重圭
監修: 高橋誠一郎・河北倫明
編集: 座右宝刊行会


集英社 
昭和54年3月10日 初版印刷
昭和54年3月26日 初版発行
127p(うちカラー図版8p・別丁カラー図版64p)
28×21.5cm 丸背紙装上製本 
本体カバー 貼函 函プラカバー
定価1,600円



第2回配本(全12巻)。
作品図版(カラー)75点、本文中参考図版(モノクロ)43点、「作品解説」図版(モノクロ)75点。



竹久夢二 現代日本美人画全集 01



竹久夢二 現代日本美人画全集 02



目次:

図版
 1 紅衣扇舞
 2 初秋之香
 3 ギヤマン問屋の夏
 4 君ゆえに
 5 加茂川
 6 壷屋の夏
 7 紀国屋
 8 紅燈夜話
 9 切支丹波天連渡来之図
 10 江戸呉服橋之図
 11 平戸懐古
 12 九連環
 13 室之津
 14 室之津懐古
 15 生ける屍
 16 一力
 17 こたつ
 18 りんどう
 19 春
 20 桜下五美人
 21 螢
 22 山の茶亭
 23 まぼろしの女
 24 道行
 25 からふねや
 26 秋のいこい
 27 黒船屋
 28 稲荷山
 29 長崎十二景
 30 逢状
 31 稲荷詣で
 32 小春・時雨の炬燵
 33 砂時計
 34 桐下別離
 35 七夕
 36 灯ともし頃・秋の丘
 37 春まつ人
 38 南枝早春・立春大吉
 39 女十題
 40 四季の女
 41 春娘図
 42 星まつ里
 43 白夜
 44 秋の夜
 45 寝たかねなんだか
 46 遠山に寄す
 47 蛙
 48 夏深み
 49 青衣の女
 50 湘南風光
 51 曠野の娘
 52 憩い
 53 榛名山賦
 54 忘れ団扇
 55 秘薬紫雪
 56 晩春感傷
 57 庭石に
 58 さのや
 59 みちゆき
 60 立田姫
 61 旅
 62 日本之雨
 63 五月之朝
 64 カフェーの女
 65 山の娘
 66 黄八丈

竹久夢二 (木村重圭)

版画・挿絵その他
 Ⅰ 小春(版画)
 Ⅱ 宝船(版画)
 Ⅲ 港屋絵草紙店(版画)
 Ⅳ 雪の夜の伝説(『婦人グラフ』口絵・版画)
 Ⅴ 化粧の秋(『婦人グラフ』表紙絵・版画)
 Ⅵ 麻利耶観音(『婦人グラフ』挿絵・版画)
 Ⅶ 愛の総勘定(『婦人グラフ』挿絵・版画)
 Ⅷ 松原(セノオ楽譜表紙)
 Ⅸ 一座の花形(版画)

作品解説 (木村重圭)
年譜
参考文献




◆本書より◆



竹久夢二 現代日本美人画全集 03


「15 生ける屍 1917~18年(大6~7)」



竹久夢二 現代日本美人画全集 04


「43 白夜 1922年(大11)頃」



竹久夢二 現代日本美人画全集 05


「49 青衣の女 1930年(昭5)頃」



竹久夢二 現代日本美人画全集 06


「52 憩い (右隻) 1926年(大15)頃 2曲1双屏風」



竹久夢二 現代日本美人画全集 07


「61 旅 1931年(昭6) 2曲1隻屏風」



竹久夢二 現代日本美人画全集 08


「Ⅸ 一座の花形 (版画) 1916年(大5)」







こちらもご参照ください:

竹久夢二 『どんたく』 (中公文庫)
































































『名所江戸百景』 画: 一立斎広重/文: 宮尾しげを

『名所江戸百景』
画: 一立斎広重
文: 宮尾しげを



集英社
1992年4月8日 第1刷発行
187p 
30.4×20.4cm 
丸背紙装上製本 カバー
定価4,500円(本体4,369円)
装丁: 榎本了壱/アタマトテ・インターナショナル
レイアウト: 後藤市三



本書「凡例」より:

「本巻は、魚屋栄吉板元・一立斎広重画の「名所江戸百景」全百十九点を、目録の順序にしたがって、原色図版で紹介する。」
「原色図版は、原画の保存状態を尊重して、色彩の復元などはあえて行なわなかった。」
「総説及び解説は、集英社刊「浮世絵大系 第16巻 名所江戸百景(一)・第17巻 名所江戸百景(二)」収載の宮尾しげを氏の文を再録した普及版である。」



『名所江戸百景』はなんといっても、ありふれた風景を素材としてこの上なき奇想(コンシート)をくりひろげる未曾有のマニエリスム画集でありまして、トリミングの妙、アングルの妙、トリックの妙、細部に宿る神、鳥に猫に水、たいへんすばらしいですが、じつをいうと本を持っていなかったのでアマゾンマケプレで最安値(送料込880円)の本書を注文しておいたのが届いたのでよんでみました。



名所江戸百景 01



目次:

凡例

原色図版

広重と名所江戸百景
江戸の年中暦
図版解説
地図(名所江戸百景収録図)




◆本書より◆


名所江戸百景 02



「48-1 赤坂桐畑(あかさかきりはた)」

「今の赤坂見附から虎ノ門に通じる外堀通りは、明治初めまで溜池といって、池状になっていた。麹町山王台からの水がこの窪地に落ちて川状になるので、それをこの一帯にためて新橋、芝桜川から品川の海へ流した。(中略)濠の土手に補強もかねて桐の木を植えた。享保年間(一七一六~三五)のことだという。」




名所江戸百景 04



名所江戸百景 04a



「81 高輪(たかなわ)うしまち」

「東海道筋の旅立ちで、高輪は第一宿品川の手前であるので、旅の見送りはここまでとなっていた。(中略)増上寺建立のとき、京都から多くの牛車が江戸にはいってきて、その牛の宿がここにあったので、牛町ともいった。本当の名は車町。すぐ前は品川の海であった。」
「広重の絵にある車は、牛車である。西瓜(すいか)の残欠でまだ暑さを思わせている。一雨降ったあとに出る虹の美しさと、まだ濡れた土の乾かぬ色調が見事に摺られている。」




名所江戸百景 05



名所江戸百景 05a



「90 猿(さる)わか町(ちょう)よるの景(けい)」

「猿若町は台東区浅草六丁目にあった。天保十三年(一八四二)に水野越前守が幕府の政治改革の際に、廃滅させるつもりで市中にあった芝居小屋と役者を辺鄙(へんぴ)なこの地に移した。ところが、前に浅草寺観世音があり、後方に吉原という花街があったので、滅びるどころか繁盛してしまった。」
「この絵は西洋風の影を描いているのが珍しい。」




名所江戸百景 06



「115 高田(たかだ)の馬場(ばば)」

「高田馬場というと、忠臣蔵に出てくる堀部安兵衛が、叔父さんの仇討をした場所として知られている。」
「馬場の外側は馬乗り、内側は弓の練習に使われていた。図左に、大きな輪に皮を張ったものが的であって、矢の先は布で包んであるものを使用しているので、これを射ても破れることはない。」




名所江戸百景 07



「117 湯(ゆ)しま天神(てんじん)坂上(さかうえ)眺望(ちょうぼう)」

「文京区の本郷台を、台東区の上野へ下ろうとする際に、湯島天神はある。」
「絵は神社横の女坂から、台東区の不忍池を望んだ構図で、左側の角に茶屋が見えるが、いまは無い。」




名所江戸百景 08



名所江戸百景 08a



「118 王子(おうじ)装束(しょうぞく)ゑの木(き)大晦日(おおみそか)の狐火(きつねび)」

「北区王子二丁目辺が畑であった時分、そこに大きな榎(えのき)の木があった。王子稲荷と向き合っていて、毎年大晦日になると、関東中の狐が、この榎の下に集まって、装束を着替え、正月の挨拶に、関東の稲荷総取締役の王子稲荷社に参籠(さんろう)したという。そのとき、狐火という光を放った。その火の数を見て、人間は翌年の豊作を占ったものだった。」
「大正時代に、王子に町屋が順次できて、名物の大榎も切られることになった。切った人が病気になったり、気が狂ったりしたので、狐のたたりだろうと、人々は恐れて、その榎の切株の上に稲荷神を勧請して、装束稲荷大明神とあがめて社を作った。」










こちらもご参照ください:

田中優子 『江戸百夢 ― 近世図像学の楽しみ』
マックス・エルンスト 『百頭女』 巌谷国士 訳 (眼は未開の状態にある叢書)









































































『駒井哲郎 1920―1976』 (2011年)

「白い紙の上に影を落した一条の糸屑とか、レースの切れ端、あるいは毀れた古時計のゼンマイから、未だ生れぬ昔の記憶が忽然と浮び上ることがある。僕は僕の心の中心でその記憶に獅嚙みつき現実では果し得ない素晴しい未見の世界を希求するのだが。それは『奥深き暗きひとつの統一』にも似て、音楽のようで夜のようで又朝のようでさえある。そしてなんでもなかった色々の形体が段々と意味を持って来て微生物のように魚のように又光のように動きだす。人間は大昔には水棲動物ででもあったのか」
(駒井哲郎 「銅版画について」 より)


『駒井哲郎 
1920―1976』

Tetsuro Komaï Retrospective


編集: 町田市立国際版画美術館/山口県立萩美術館・浦上記念館/伊丹市立美術館/郡山市立美術館/新潟市美術館/世田谷美術館/東京新聞
執筆: 福原義春/清水真砂/滝沢恭司/藤村忠範/岡本梓/杉原聡/永山多貴子/石垣雅美/野田吉郎
デザイン: 桑畑吉伸
制作: コギト
発行: 東京新聞
2011年
304p 
20.6×20.6cm
角背紙装上製本(継ぎ表紙)


2011年4月9日―6月12日
町田市立国際版画美術館
2011年7月5日―8月7日
山口県立萩美術館・浦上記念館
2011年10月29日―12月18日
伊丹市立美術館
2012年1月5日―2月12日
郡山市立美術館
2012年2月18日―4月15日
新潟市美術館
2012年4月28日―7月1日
世田谷美術館



図録。作品図版386点。解説中参考図版(モノクロ)8点、年譜中写真図版(モノクロ)9点。その他写真図版(モノクロ)2点(「アトリエにて、1967年」「世田谷のアトリエ」)。



駒井哲郎 1920-1976 01



内容:

ごあいさつ (主催者)
謝辞

「駒井哲郎 1920―1976」展に寄せて (福原義春)
版の迷宮――駒井哲郎福原コレクション (清水真砂)
イメージの探索者 駒井哲郎 (滝沢恭司)

図版
 Ⅰ 銅版画への道 1935―1948頃
 Ⅱ 夢の開花 1948―1953
 Ⅲ 夢の瓦解そして再生 1954―1958
 Ⅳ 充実する制作: 詩画集『からんどりえ』まで 1959―1960
 Ⅴ 新たな表現を求めて 1961―1966
 Ⅵ 充実の刻 1967―1970
 Ⅶ 未だ見果てぬ夢、色彩の開花 1971―1973
 Ⅷ 白と黒の心象風景と乱舞する色彩 1974―1976

作品目録・解説
駒井哲郎の銅版画技法について (滝沢恭司)
年譜 (杉原聡 編)
文献目録 (杉原聡 編)




◆本書より◆


「ごあいさつ」より:

「駒井哲郎(1920―1976)は、銅版画という目に見える「かたち」を通して、目に見えない「こころ」の内を表現した画家でした。夢と現実の織り成すその表現は、おそらく見る者を空想の世界へと誘ってくれることでしょう。しかし、駒井が銅版画に描き出したイメージは、決して非現実的なものだったわけではありません。その表現世界は、人生への懐疑や日常の憂鬱感、ひそやかな期待や心の高揚感といった、きわめて切実で真摯な、内なるこころから生まれました。目を閉じた時に瞼の裏に微かに浮かぶ光の造形や、日常の中で目にした現実としての幻影。駒井はそういったこころの眼で見た現象や現実を、鋭い感性と熟達した技術によって銅版画へと移し変えることに成功した、稀に見る才能豊かな芸術家でした。
 本展では、そうした駒井芸術の全貌を、資生堂名誉会長の福原義春氏が蒐集した約500点という大コレクションでご紹介します。」




駒井哲郎 1920-1976 05



「果実の受胎 1953年」



駒井哲郎 1920-1976 07


「ある空虚 1957年」



駒井哲郎 1920-1976 03


「海の中の静物 1968年」「大樹を見あげる魚 1968年」



駒井哲郎 1920-1976 04


「銅版画集『九つの夢から』」(1970年)より。



駒井哲郎 1920-1976 06


「花 1974年」





こちらもご参照ください:

駒井哲郎 『白と黒の造形』 (新装版)
駒井哲郎 『増補新版 銅版画のマチエール』
河田清史 『ラーマーヤナ ― インド古典物語』 (レグルス文庫) 全二冊
『埴谷雄高作品集 2 短篇小説集』




























プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本