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Roger Cardinal 『Primitive Painters』

「The distinction - which cannot be supported by any objective findings - must rest on the observer's response. Where one senses the artist turning away into an incisively private world, the work can be seen as *Art Brut*. Where the work reveals an idividual temperament and makes use of idiosyncratic means, yet still recognizably appeals to an audience, then the artist should be seen as a modern primitive.」
(Roger Cardinal)


Roger Cardinal 
『Primitive Painters』
 
With 40 color plates


St. Martin's Press, New York, 1979
88pp, 27.8x20cm, paperback
Printed in Spain by Heraclio Fournier, S.A.

(c) Blacker Calmann Cooper Ltd, 1978
This book was designed and produced by Blacker Calmann Cooper Ltd, London



アンリ・ルソーを中心とする素朴派(「naive art」「modern primitives」)の作品40点をカラー図版で収録した画集です。編著者ロジャー・カーディナルは著書『アウトサイダー・アート』で有名な人です。
そこで、アウトサイダーと素朴派の区別の問題ですが、公的な美術教育を受けていない近現代(19世紀以降)画家のうち、手仕事的伝統にたずさわるフォーク・アーティストを除外して、自分独自の世界に閉じこもって他者とのコミュニケーションなど眼中にないのがアウトサイダー・アート(アール・ブリュ)、自分独自の世界を保ちつつも見る人になにかを伝えようとしているのが素朴画家(ナイーヴ)、ということのようです。
自分は表紙のねこの絵(手描きコラージュ!)が好きなのでアマゾンマケプレで859円(送料共)で出品されていた本書を注文しておいたのが届いたので鑑賞してみました。



primitive painters 01



内容:

Introduction

1. The Cat (Anonymous)
2. The Death of McPherson before Atlanta (Anonymous)
3. The Council Fire (Franz Beck)
4. Wrestlers in the camp (Camille Bombois)
5. Niagara Falls (Thomas Chambers)
6. Bayard Taylor's Midnight Sun in Lapland, Norway, Europe (Ernst Damitz)
7. Girl with striped apron (Adolf Dietrich)
8. Milan Cathedral (Emerik Feješ)
9.Crucified Rooster (Ivan Generalić)
10. The Wedding of the Deer (Ivan Generalić)
11. Wallowa Lake (Steve Harley)
12. The Peaceable Kingdom (Edward Hicks)
13. Girl with Pigeons (Morris Hirshfield)
14. Girl with Dog (Morris Hirshfield)
15. Self-Portrait (John Kane)
16. Attack by Bears (Henry Kip)
17. The Eiffel Tower (Jules Lefranc)
18. The Tree of Paradise (Seraphine Louis)
19. Foothill Country (Harvey McInnes)
20. Nikifor on his way (Nikifor)
21. Manchester Valley (Josph Pickett)
22. John Brown going to his Hanging (Horace Pippin)
23. My World (Ivan Rabuzin)
24. Bird Catcher (Ivan Rabuzin)
25. The Toll Gate (Henri Rousseau)
26. Virgin Forest at Sunset (Henri Rousseau)
27. The Tiger Hunt (Henri Rousseau)
28. The Dream (Henri Rousseau)
29.In the Forest (Henri Rousseau)
30. I dreamt that I was in Marseille (Matija Skurjeni)
31. The Acrobats (Matija Skurjeni)
32. Gipsy Love in Moonlight (Matija Skurjeni)
33. Three Sisters (Drossos P. Skyllas)
34. Lake in the Hill and Icicles (Drossos P. Skyllas)
35. Cat (Joseph Sleep)
36. Penzance Harbour (Alfred Wallis)
37. Houses in St Ives (Alfred Wallis)
38. Dreaming by the Paraffin-Lamp (Ellen Wang)
39. Birds below a flower (Scottie Wilson)
40. The Sloth (Aloys Zötl)

Acknowledgements, and list of illustrations and sources




◆本書より◆



primitive painters 02


1. The Cat (Anonymous)



primitive painters 03


8. Milan Cathedral (Emerik Feješ)



primitive painters 04


13. Girl with Pigeons (Morris Hirshfield)



primitive painters 05


35. Cat (Joseph Sleep)



primitive painters 06


40. The Sloth (Aloys Zötl)









こちらもご参照ください:

坂崎乙郎 『幻想芸術の世界』 (講談社現代新書)
アンドレ・ブルトン 『シュルレアリスムと絵画』 瀧口修造・巖谷國士 監修
ハンス・プリンツホルン 『精神病者はなにを創造したのか ― アウトサイダー・アート/アール・ブリュットの原点』 林晶/ティル・ファンゴア 訳
服部正 『アウトサイダー・アート』 (光文社新書)
岡谷公二 『ルソー』 (新潮美術文庫 33)

















































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岡見正雄・佐竹昭広 『標注 洛中洛外屏風 上杉本』

「面白の花の都や、筆で書くともおよばじ、ひがしには祇園きよみづ、落ちくる滝の音羽のあらしに、地主の桜は散り/゛\、にしは法輪さがの御寺、廻らばまはれ水車の、臨川堰の川波、川柳は水にもまるゝ、ふくら雀は竹にもまるゝ、都の牛は車にもまるゝ、野べの薄は風にもまるゝ、茶舂は引木にもまるゝ、げにまこと忘れたりとよ、こきりこは放下にもまるゝ、こきりこのふたつの竹の世々をかさねて、うちおさめたる御代かな」
(「閑吟集」 より)


岡見正雄・佐竹昭広 
『標注 
洛中洛外屏風 
上杉本』



岩波書店 
1983年3月28日 第1刷発行
vii 171p 折込図2葉
B4判 角背布装上製本
貼函 外函
定価26,000円
  


本書「凡例」より:

「本書は上杉隆憲氏所蔵の洛中洛外屏風を底本とした。この六曲一双の屏風は、天正二年、織田信長が越後の上杉謙信に贈ったもので、狩野永徳の筆に成り、現在重要文化財に指定されている。」
「図版は右屏風を適宜部分拡大し、右隻第一扇から第二扇、第三扇と順次左隻第六扇に及ぶ。」
「図版に対する標注は、同時代およびその前後の文献を原文のまま直接紹介する方式を採った。」
「標注は、はじめに文学作品、記録などの類を、つづいて地誌的な史料を掲げた。」
「標注の中には、巻末補注にまわしたものもある。」
「屏風中の名所に番号を振り、折込図裏面に単色で印刷した。」
「標注の担当者は佐竹、解説の担当者は、岡見・佐竹である。」



巻頭に全体図(折込)、本文中に部分拡大図(カラー)81点。解説中にモノクロ図版1点。
金色も再現されている豪華版です。ヤフオクで3,000円(送料無料)でした。



洛中洛外屏風 上杉本 01


外函。


洛中洛外屏風 上杉本 02


貼函。


目次:

凡例
序【応仁記・閑吟集】
折込図

右隻
左隻

補注
跋【北越軍記・本朝画史】

解説
 面白の花の都や (岡見正雄)
 絵を見る人あれども――標注抄記 (佐竹昭広)




◆本書より◆



洛中洛外屏風 上杉本 03



洛中洛外屏風 上杉本 04



「面白の花の都や」(岡見正雄)より:

「中世歌謡に花の都と謡われた洛中洛外の土地は、中世後期には町田本とか上杉本といわれる幾つかの洛中洛外屏風図の風景として表現されてくる。(中略)現存のものは写実的な傾向をとってはいるが、全体の風景は四季の景物として表現されている。(中略)屏風絵の洛中の景観は決して単なる「景曲」――写実的な自然描写ではなかったと思う。(中略)例えば源氏物語・乙女巻に見られる如く、光源氏が妻妾を住まわせたとする六条院では、辰巳(たつみ)即ち南東(みなみのひんがし)は紫の上が住む春の御殿(おとど)で、春の趣向がこらされてあって、以下、秋好(あきこのむ)中宮が住む六条院の南西の未申町(ひつじさるのまち)、西の御殿(おとど)や、花散里(はなちるさと)が住む六条院の北東(きたのひんがし)の丑寅町(うしとらのまち)、東の御殿や、明石上が住む六条院の北西、戌亥(いぬい)の町、北の御殿等はそれぞれ、秋・夏・冬の趣向をあらわした邸宅園地であった。そして本来、これは四季の庭であり、あらまほしき浄土の風景であったことは洛南の水境、宇治市蓮華の地に関白藤原頼通が営んだ寺院、平等院に天喜元年(一〇五三)落慶供養した阿弥陀堂(鳳凰堂)の本尊、定朝作の金色丈六阿弥陀如来坐像の周囲の扉絵、板壁を見ると理解できる。即ち、そこにはきわめて藤原時代的なうるわしい表現をしているが、画面部上部に書かれた観無量寿経による文詞を見ると、極楽浄土の九品往生と日想観をテーマとしていることが判る。(中略)平等院の鳳凰堂の扉絵は、解体修理の際、扉の押縁(おしぶち)の下の隠された部分に落書のあることが発見されており、その中に扉番付があり、中品上生の扉には「中品上生 三月」、又正面の上品中生の扉には「上品中生 四月」とあり、正面南側の下品上生の扉には「下品上生 八月」「秋八月」などとあり、本尊後方の扉、観無量寿経の日想観図には「日観 冬」とあり(中略)、鳳凰堂の存在そのものが、まことに藤原時代的な、浄土教芸術として深い内容を持っていると共に、それが大和絵の流れを引く春夏秋冬の四季絵をもからませていることが証明されるのである。」
「そして、この四季の庭が中世後期の洛中洛外屏風図の四季の景観に影響してきている。(中略)私は古い洛中洛外屏風図ほどこの形式が守られていたと、かねて考えていたのであり、それがすっかり破られてしまうと浄土的世界は、神仏の影のささない近世風俗画の世界になったと思うのである。」

「上杉屏風は、それに先行する同じような二つの洛中洛外屏風図をうけて、上京を主とした左隻、下京を主とした右隻の二つの屏風から成り立っている。そして左隻は第一扇の上部「鞍馬」寺や丹波方面へ行く道としてもよく利用された鷹峰から杉坂方面へ通る「長坂」口や、「鞍馬」寺の「鞍馬仁王門」を描き、町田屏風より遥か遠くを、しかも遠景を細密に大きく表現、展開しているが、長坂では犬を連れた狩をする人々が鷹を放って雉子を追う姿を描いて冬の季節とし、又鞍馬寺でははっきりと桜を咲かせているのは其所が雲珠(うず)桜と結びついて名所だとされているからであり、ここの桜は早くから室町期の記録に見えて、「鞍馬寺の花最中也」(天文十五年三月十五日)と言継も書いているが、ここは冬の景物が描かれねばならぬのである。即ち、上杉屏風では、本来浄土の世界と密接につながっていた四季の庭園などの春・夏・秋・冬の景物が表現されるべき場所に、その季節に相当しない景物を描く場合があるのである。いわば季節を破る表現、浮世をそのまま描写しようとする所が見られるのである。」




洛中洛外屏風 上杉本 05



洛中洛外屏風 上杉本 06



洛中洛外屏風 上杉本 07



洛中洛外屏風 上杉本 08



洛中洛外屏風 上杉本 11



洛中洛外屏風 上杉本 10



洛中洛外屏風 上杉本 09










こちらもご参照ください:

佐竹昭広 『閑居と乱世』 (平凡社選書)
宮本常一 『絵巻物に見る日本庶民生活誌』 (中公新書)
横井清 『中世民衆の生活文化』 全三冊 (講談社学術文庫)
網野善彦 『異形の王権』 (イメージ・リーディング叢書)
森洋子 『ブリューゲルの「子供の遊戯」』
『新訂 閑吟集』 浅野建二 校注 (岩波文庫)


























『国宝 伴大納言絵巻』 (出光美術館)

「そのゝち大納言もとられなとして
ことあらはれてのちなんあかされけ
る応天門をやきてまことの大臣に
おほせてかのおとゝをつみせさせ
ていちの大納言なれはわれ大臣に
ならむとかまへけることのかへりてつ
みせられけむいかにくやしかり
けむ」

(「伴大納言絵巻」 詞書 より)


『国宝 伴大納言絵巻』
Illustrated Stories on Courtier Ban Dainagon


編集発行: 出光美術館
平成6年11月8日 発行
119p 
A4判 角背紙装上製本 カバー
デザイン: アノン 大向務
制作: 便利堂



本書「刊行にあたって」より:

「国宝「伴大納言絵巻」は十五世紀の文献『看聞御記』にその名があらわれて以来、優れた絵巻物として多くの記録類に登場してきました。
 また、近世以降長く酒井家に伝来しましたが、昭和五十八年当館の所蔵となりました。」
「その「伴大納言絵巻」の魅力をなるべく多くの皆様に鑑賞していただこうと、この度本書を刊行しました。絵巻のおもしろさは、次々と展開していく場面構成にあります。本書では、その展開を追いながら、そして同時に部分図によって迫力あるこの絵巻の表現力を鑑賞できるようにと工夫しています。」




国宝 伴大納言絵巻 01



目次:

刊行にあたって (出光美術館)

伴大納言絵巻覚書――その演出と謎の人物について (山根有三)
応天門炎上事件と伴大納言絵巻 (黒田泰三)

図版
 上巻
 中巻
 下巻

伴大納言絵巻の場面構成について (黒田泰三)

「伴大納言絵巻」詞書と『宇治拾遺物語』の比較
平安京大内裏図
応天門炎上事件前後(年表)

伴大納言絵巻付属文書
伴大納言絵巻上巻模本
伴大納言絵巻模本




国宝 伴大納言絵巻 05



◆本書より◆


「応天門炎上事件と伴大納言絵巻」(黒田泰三)より:

「以下「伴大納言絵巻」のストーリーをみておくことにしよう。

上巻
 清和天皇の時代に応天門が放火によって炎上した。自ら火を放った時の大納言伴善男は、天皇に「この炎上事件は、左大臣源信の仕業である。」と讒言した。これを聞いた天皇は、左大臣を罰しようとしたが、時の太政大臣藤原良房は政治の執務は弟の右大臣藤原良相に任せていたが、天皇に十分な調査と慎重な処分をとるようにと諫言した。天皇は良房の諫言を聞き入れた結果、左大臣の無実が判明したので赦免することにした。

中巻
 一方、身に覚えのない罪を着せられた左大臣源信は庭に荒薦を敷いて、自らの無実を天道に訴えていた。そこへ赦免の使者である頭中将が来て、無実であることが明らかになり、左大臣は以後宮仕えを謹むようになったのである。
 応天門炎上事件の真相が判明しないまま時は過ぎ秋になった。しかし、事件の真相を知る者がいたのである。それは京の七条に住む右兵衛の舎人で、彼は応天門が炎上した夜、帰宅の途中に炎上直前の応天門の前を通りかかり、門から降りてきた伴大納言一味の不審な行動を目撃していたのである。舎人は彼らの放火であると直感したが、事があまりにも重大なので口外せずにいた。そのうち左大臣が処分されるらしいと聞いて、直犯人は別にいるのに気の毒なことだと思ったが黙っていたところ、やがて左大臣が赦されたと聞いて無実は晴れるものだと安心した。
 九月のある日、この舎人の子供と隣に住む伴大納言家の会計係である出納の子供とがふとしたことで取っ組み合いの激しい喧嘩をした。そこへ出納が出て、我が子をかばい、舎人の子の髪をつかんで死ぬほどに踏みつけるなどしたので、舎人は出納にくってかかるが、出納は主人である伴大納言の権力をかさに横暴な態度に出た。このような出納の態度を腹に据えかねた舎人は、ついに応天門炎上の夜の伴大納言一味の不審な行動を自分が目撃したことを暗示するように世間に対して口走ってしまうのである。そしてこのことは人々の噂となって世間に広がっていくのである。

下巻
 応天門炎上事件をめぐる噂を放っておけなくなった朝廷は、舎人を検非違使庁に召喚し訊問することにした。はじめは噂の内容を否定していた舎人も、ついにありのままを話してしまったのである。
 応天門放火の罪が明らかになった伴大納言は、とうとう遠流されてしまった。応天門に放火し、その罪を左大臣源信になすりつけて失脚させ、自らが左大臣のポストにつこうとした伴大納言の野望は結局失敗に終わった。伴大納言はどんなにかくやしかったであろうか。」




国宝 伴大納言絵巻 02



国宝 伴大納言絵巻 07



国宝 伴大納言絵巻 03



国宝 伴大納言絵巻 08



国宝 伴大納言絵巻 04



国宝 伴大納言絵巻 09



国宝 伴大納言絵巻 06



国宝 伴大納言絵巻 10









こちらもご参照ください:

宮本常一 『絵巻物に見る日本庶民生活誌』 (中公新書)
『図説 百鬼夜行絵巻を読む』 (ふくろうの本)
『特別展 鳥獣戯画 京都 高山寺の至宝』 (2015年)




















































































『岡鹿之助 展』 (2008年)

「現代のフランスの画家の中で、私は、ラプラードと云ふ人を尊敬して居ます。奇異な新運動にも旧式な印象派にもかゝわりなしに、氏は、五十年の長い年月を、只、おのが好む道一すぢに進んで来た人です。枯草を描き、麦畑を描き、田舎の寺を描き、野ばらを描いて楽しんで居ます。むしろ画家と云ふより詩人と云った方が、当って居るかも知れません。五十になって、野ばらをつんで居る少女の絵なぞを描いて居ます。」
(「岡鹿之助第一次フランス滞在期書簡」 より)


『岡鹿之助 展』


編集: 貝塚健
制作: 株式会社エディタス
発行: 石橋財団ブリヂストン美術館
2008年
187p 
28×22.5cm
並装
表紙デザイン: 若林伸重


ブリヂストン美術館
2008年4月26日―7月6日



作品図版(カラー)70点。巻頭に岡鹿之助肖像写真1点。
本文中図版(モノクロ)24点、「岡鹿之助 パリ短信」に図版(モノクロ)2点、年譜に図版(モノクロ)14点。

本図録はヤフオクで220円(+送料350円)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。
作品図版は少ないですが、図版解説と資料が充実していてよいです。



岡鹿之助 2008年 01



内容:

謝辞
あいさつ (石橋財団ブリヂストン美術館)
Foreword (Bridgestone Museum of Art, Ishibashi Foundation)


岡鹿之助――または、絵空事の重さ (貝塚健)

図版
●1章 海
 1 信号台 1926年
 2 魚 1927年
 3 出船(朝) 1928年
 4 古港 1928年
 5 入江 1929年
 6 魚 1939年
●2章 掘割
 7 掘割 1927年
 8 セーヌ河畔 1927年
 9 橋 1927年頃
 10 掘割 1953年
 11 波止場 1954年
 12 運河 1967年
 13 河岸 1960年代
 14 水門 1968年頃
●3章 献花
 15 献花 1958年
 16 献花 1964年
 17 献花 1966年
 18 献花 1971年
 19 花籠 1947年
 20 赤い花 1963年
 21 三色菫 1951年
 22 三色スミレ 1954年
 23 パンジー 制作年不詳
 24 三色すみれ 制作年不詳
 25 三色すみれ 1967年
 26 遊蝶花 制作年不詳
 27 三色菫 1977年
●4章 雪
 28 積雪 1935年
 29 地蔵尊のある雪の山 1943年
 30 雪の牧場 1957年
 31 林 1963年
 32 雪 1969年
 33 雪の庁舎 1977年
●5章 燈台
 34 観測所 1951年
 35 燈台 1953年
 36 燈台 1954年
 37 燈台 1955年
 38 燈台 1967年
 39 岬 1975年
●6章 発電所
 40 水源地 1948年
 41 雪の発電所 1956年
 42 発電所 1956年
 43 山麓 1957年
 44 積雪 1957年
 45 村の発電所 1964年
 46 雪の変電所 1964年
 47 村の発電所 1972年
●7章 群落と廃墟
 48 望楼 1959―61年
 49 ファサード 1961―62年
 50 群落B 1961―62年
 51 群落(雪) 1961―62年
 52 群落 1961―62年
 53 群落A 1962年
 54 廃墟 1962年
●8章 城館と礼拝堂
 55 城(シャトー・フォル) 1931年
 56 礼拝堂 1949年
 57 僧院 1966年
 58 水辺の城 1968年
 59 朝の城 1970年
 60 礼拝堂 1970年
 61 館 1974年
●9章 融合
 62 雪 1928年
 63 雪の街 1930年
 64 廃墟(ミディ) 1939年
 65 橋 1948年
 66 窓 1949年
 67 遊蝶花 1951年
 68 三色スミレ 1955年
 69 花と廃墟 1966年
 70 段丘 1978年

資料1 岡鹿之助第一次フランス滞在期書簡 (貝塚健 編)
資料2 岡鹿之助 パリ短信 1931―39年 (田辺徹 編)
 ベートーヴェンの筆談手帳、出版に
 ほくろの引っ越しとネイルアート
 ドビュッシーと浮世絵版画
 シュルレアリスムと精神病患者の作品
 難点かくしが流行となる
 スタンダールのコーヒー好き
 絵画偽造の名人ジェルミッチ捕まる
 公害とマロニエ並木の復活
 モンパルナスの堕落
 音楽好きの動物
 「落選」サロン、アンデパンダン50年展
 パリの女たちも靴下を棄てる
 婦人帽は「芸術作品」という判決
 冬来る…と共に婦人靴に大異状
 今年のサロン・ドートンヌとボナール
 近頃パリでは大きな口が大流行
 作曲の偽造名人
 パリで讃えられる忠犬ハチ公
 パリの乞食新聞
 美しい指成金
 靴の美学(上) 型でも飾りでも 自分の足の欠点を考えて
 靴の美学(下) 踵は低い方へと 靴下は脚へ吸いつくように
 ブダペストの吉原流し 流行小唄から自殺者続出
 パリの街名
 ロオランサンの絵
 パリのお化粧 日本紙が大持て
 ロオトンドの復活
 十七年の病床からニジンスキー再起?
 ムーラン・ルージュの衰亡
 ロダンのバルザック像建立
 名指揮者の悲哀 トスカニーニ、米へ帰化
 フランスの映画3 期待も大きい!“北ホテル”
 カフェ二百五十年祭
 パリのレコード賞 シャルル・トレネへ
 女は真似好き! 人気俳優と流行調べ

岡鹿之助文献目録 (中村節子 編)
岡鹿之助年譜 (岡畏三郎 編/貝塚健 補)

Oka Shikanosuke, or the Burden of Invention (Kaizuka Tsuyoshi / Translation: Martha McClintock)

出品作品リスト




◆本書より◆


「岡鹿之助第一次フランス滞在期書簡」より:

「●1939(昭和14年)1月15日」
「昨年の暮以来私の画境に一大変転の訪れを感じ、夜分も充分に眠り得ぬ様な毎日を過しました。」
「しづかに拙画を眺めますのに、何んとしても物足りぬものを、申すならば紙背に感ずるのでありまして、(中略)一体之が本流の自己の路か、之を進めて行けばいいものか、といふ疑が生じて参りました。つまり自分の仕事の欠陥が減じて来れば来る程、この疑問が大きくなって参ったのです。
 そこで、私はその「疑問」の解剖に数日を費し、且つは、たまたま再読した荷風先生の随筆によって、果然と己本来の姿を見出したので御坐います。」
「省みますのに、(中略)私のひそかに尊敬するフランスの画人は(中略)只「色の世界」の人であるのに、どうして、私の心底に望む色の世界をないがしろにして形の表現にのみあくせくとしたので御坐いませうか、愚かといふよりも寧ろ奇妙な現象であります。(中略)写実の絵をつまらぬと子供の頃から思ってゐた私(今戸のアトリエで、私は「人形の散歩」を描いて僅に美校の写実教育の味きなさを医やした事を覚えてをります)が、その後写実の大切さを沁々と感じた迄はよかったのでありますが、写実の世界に擒となって了った事に気が付かなかったので御坐います。御承知の様に、芸術の世界は自由であります。己を自由に生かし切ってはじめてその人の個性なり天分なりが遺憾なく発揮出来るものを、私の如く「捕はれて」ゐては、ギゴチないもののみが生れて、吾も人をも楽しませるものが出来ないのは当然でありませう。趣味といふものを或る一部の芸術家達は蔑む様ですが、その人の趣味がひそんでゐる仕事こそ好ましと私などは常々考へてをります。絵画だけでなく西欧の音楽にしろ、小説にしろ、私の好むものは、写実を超した象徴的な作品ばかりであります。写実に非ずして詩でありました。中学時代から荷風先生や谷崎氏、解りいい所で佐藤春夫等の著作に愛着を感じ今日に至っても尚その愛する心を失はぬどころか、荷風先生の御作などには益々傾倒する一方でありまして、一方人格的に尊敬の念を禁じ得ない乍らも、その作品に興を覚えぬ島崎藤村氏の作品は、それが詩であり小説であっても、謂ふ所の自然派の作だからで御坐いませうか。私に云はせれば前者は色の世界の人々、後者は形の作家とも考へられ得るので御坐います。」
「吾が畏友ピエル・ロワ氏は五十にしてはじめて新進作家となりました。(中略)勿論ピエル・ロワさんは生れ乍ら大した天分は持ってをりません。私の目からも結構下手糞に思ふ所がありますが、とうとう自分独特の天地を築きました。偉いものだと思ってをります。」




岡鹿之助 2008年 02


「古港」(1928年)。



岡鹿之助 2008年 07


「群落(雪)」(1961―62年)。



岡鹿之助 2008年 03


「群落A」(1962年)。



岡鹿之助 2008年 04


「朝の城」(1970年)。



岡鹿之助 2008年 05


「橋」(1948年)。



岡鹿之助 2008年 06


「資料2 岡鹿之助 パリ短信 1931―39年」より。








こちらもご参照ください:

『生誕100年記念 岡鹿之助展』 (1998年)

































































『生誕100年記念 岡鹿之助展』 (1998年)

「時流におもねることをせず、生涯孤独のうちに自らの求める新しい造形秩序を切り拓いたスーラの存在は、つねに私に勇気を与える。」
(岡鹿之助 「ヴィルテュオジテ(巨匠らしさ)の否定から」 より)


『生誕100年記念 
岡鹿之助展』



編集: 京都国立近代美術館/日本経済新聞社
発行: 日本経済新聞社
1998年 
215p 
29.5×22cm
並装 カバー
デザイン: 大向務


京都国立近代美術館
1998年8月14日(金)―9月20日(日)
福島県立美術館
1998年9月26日(土)―11月15日(日)
奈良そごう美術館
1999年1月2日(土)―2月7日(日)
そごう美術館
1999年3月12日(金)―4月11日(日)




油彩画図版199点、部分拡大図版6点。素描・版画図版36点。参考図版(モノクロ)61点。口絵・扉図版(岡鹿之助肖像写真)5点。本文中図版(モノクロ)27点、「年譜」図版(モノクロ)16点。

本図録はヤフオクで500円(+送料370円)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。
よく考えてみたら自分が好きな日本の画家は若冲と岡鹿之助でした。時流を顧みずに自分のやり方で同じものを繰返し描く、自閉的箱庭的世界はたいへん居心地がよいです。ルドンとルソーを日本に積極的に紹介したのも岡鹿之助ですが、ルドンからは白黒の怪奇幻想ではなくパステルカラーの可憐な花々を、ルソーからは熱帯の悪夢ではなく郊外のノスタルジアをといった影響の受け方もむしろ好ましいです。



岡鹿之助 生誕100年記念 01


半透明のカバー(裏面に鏡文字で「Oka」と印刷されている)がかけられています。


内容:

あいさつ (主催者)
Foreword (Sponsor)
謝辞

岡鹿之助の芸術――節度と調和について (島田康寛)
岡鹿之助の芸術におけるジョルジュ・スーラとフランス美術 (富田章)

図版
 油彩画
  Ⅰ 【開花 フランスに身を置いて】 1925―1939
  Ⅱ 【完成 日本の風土の中で】 1940―1951
  Ⅲ 【展開 さらなる発展を求めて】 1952―1963
  Ⅳ 【円熟 美しい調和へ】 1964―1978
 素描・版画
 参考図版

滞仏三年の歩み(岡鹿之助1927年12月21日付父宛の書簡から)
画家の言葉 (伊藤匡 編)
 ひたすら造形のことばで
 ヴィルテュオジテ(巨匠らしさ)の否定から
 パリッ子のお喋り

作品解説 (下鳥道代・山野英嗣・島田康寛・多嶋田淳子・伊藤匡)
年譜 (山野英嗣 編)
文献目録 (下鳥道代・多嶋田淳子 編)
出品目録

The Person and Art of Oka Shikanosuke (Shimada Yasuhiro) (翻訳: 今西喜美)




◆本書より◆



岡鹿之助 生誕100年記念 02


「窓」(1949年)。



岡鹿之助 生誕100年記念 03


「群落B」(1961年)部分。



岡鹿之助 生誕100年記念 04


「水上の館」(1963年)。



岡鹿之助 生誕100年記念 05


「僧院」(1966年)部分。



岡鹿之助 生誕100年記念 07


「塔」(1975年)。


岡鹿之助「ヴィルテュオジテ(巨匠らしさ)の否定から」より:

「美術学校時代に、私は師の岡田三郎助先生からいわれたものだ。「君は筆さばきが弱い」、あるいは「筆がたたない」と。
 絵画における筆さばきとは、修練熟達を必要とするもので、当時、絵画作品の重要な魅力の一つとして欠くことのできぬ要素とされていた。このことは近代絵画の足跡を辿ってみても分ることで、印象派からフォーヴに下るまで、つねに画面を支配する大きな力として筆勢の見事さが重要視され、巨匠の資格に結びついていたのである。
 しかし私にはどうしてもこのことが納得できなかった。私自身のひそかに願う造形の美しさは、当時の風潮とは全く別なところに根ざしたものであったので、一般の好みから遠ざかると分っていても、また恩師から悲観的な批評を受けても、勇ましい筆づかいを試みることはできなかった。筆意の魅力に乏しい私の絵がおよそ大家の絵とは縁遠く、つまらぬものとされたのは止むを得ぬことであった。
 学校を出てまもなく渡仏、パリに学ぶことになったのは1925年のことだが、はじめの2年間というものは、私自身にとってもっともふさわしい表現方法をただひたすらに模索して過した。その結果、得たのが点描による表現であった。筆勢をもったはなばなしい筆さばきの手法には練達の腕(ヴィルテュオジテ)が必要だが、無機的な点を重ねたり繰り返す方法は、いってみれば子供にもできることである。しかし私にはこれが自分のテクニックとして一番自然なばかりか最上の方法と考えられたのであった。私は点描による制作をこつこつとはじめていた。
 すると、これを見た仲間のフランス人画家のひとりが、「岡の絵はスーラの真似ではないか」と云うのである。長い模索の末にようやくさぐりあてた方法で試みたものを、模倣といわれたこともひどく腹だたしかったが、その相手とされたスーラという画家の名も全くはじめて耳にするもので意外であった。
 一体、そのスーラという絵描きの作品はどこへゆけば見られるのかとたずねると、リュクサンブール美術館にあるはずだと教えられ、早速赴いた。」
「さて、はじめてスーラの作品に対面した私は、何よりもまず、画面構成の秩序と形体(フォルム)のすばらしさに深い感銘を受けた。」
「自然の様相は元来混沌としたものだが、たまたまそれが秩序だって現われた時に人を美的感動に誘うものである。たとえば、無限にひろがる空と接するはるかな水平線に交わって、灯台が一つ、静かに垂直にのびる光景を目にした時、スーラは明らかに印象派には失われた秩序ある構築の美しさを自覚したのであった。以来夜を日についで、ついには「人間の肉体がたえうる極限をこえた過労」によって世を去るまでの短い生涯をかけて、はげしく追求した形体(フォルム)の再認識と画面の新しい造形秩序の実現というスーラの課題は、私にとってきびしくも強い共鳴となって急速に関心を傾けることとなった。」
「時流におもねることをせず、生涯孤独のうちに自らの求める新しい造形秩序を切り拓いたスーラの存在は、つねに私に勇気を与える。」




岡鹿之助 生誕100年記念 06



岡鹿之助は音楽好きで、レコード蒐集家であり、特にバッハ以前の音楽(グレゴリオ聖歌等)とメシアン、バルトークなどの現代音楽、シャンソンを好んだようです。






こちらもご参照ください:

『岡鹿之助 展』 (2008年)










































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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