杉田玄白 『蘭学事始』 緒方富雄 校註 (岩波文庫)

「その日の刑屍(けいし)は、五十歳ばかりの老婦にて、大罪を犯せし者のよし。もと京都生れにて、あだ名を青茶婆(あおちゃばば)と呼ばれしものとぞ。」
(杉田玄白 『蘭学事始』 より)


杉田玄白  
『蘭学事始』 
緒方富雄 校註
 
岩波文庫 青/33-020-1 

岩波書店
1959年3月25日 第1刷発行
1982年3月16日 改版第28刷発行
196p
文庫判 並装 
定価250円



本書「凡例」より:

「本文は、医学古典会が発表した『復原試作 蘭学事始』(昭和二十六年四月)に多少修正を加えたものを採った。」


参考図版(モノクロ)9点。


杉田玄白 蘭学事始 01


帯文:

「この回想記を通して蘭学創始に参画した先人たちの労苦を追体験する者は今も鮮烈な感動をおぼえる。解説・註を全面的に補訂(改版)。」


目次:

新版の刊行にあたって (昭和57年3月)
旧版の序
凡例

蘭学事始 上之巻
蘭学事始 下之巻


年表
解説
 一、古写本と「復原蘭学事始」
 二、『蘭学事始』のなりたちをめぐって
 三、題名のうつりかわり
 四、杉田玄白のおもな著作
 五、蘭学事始附記
 六、杉田玄白を中心とする杉田家の系譜
 七、記念碑・記念展覧会
 八、『蘭学事始』に関するおもな参考文献



杉田玄白 蘭学事始 02



◆本書より◆


「さて、翁(おう)が友豊前中津(ぶぜんなかつ)侯の医官前野良沢(まえのりょうたく)といへるものあり。この人幼少にして孤となり、その伯父淀(よど)侯の医師宮田全沢(みやたぜんたく)といふ人に養はれて成り立ちし男なり。この全沢、博学の人なりしが、天性奇人にて、万事(よろず)その好むところ常人に異りしにより、その良沢を教育せしところもまた非常なりしとなり。その教へに、人といふ者は、世に廃(すた)れんと思ふ芸能は習ひ置きて末々までも絶えざるやうにし、当時人の捨ててせぬことになりしをばこれをなして、世のために後にその事の残るやうにすべしと教へられしよし。いかさまその教へに違(たが)はず、この良沢といへる男も天然の奇士にてありしなり。専ら医業を励み東洞(とうどう)の流法を信じてその業(わざ)を勤め、遊芸にても、世にすたりし一節截(ひとよぎり)を稽古(けいこ)してその秘曲を極め、またをかしきは、猿若(さるわか)狂言の会ありと聞きて、これも稽古に通ひしこともありたり。」

「その頃より世人何となくかの国持渡(もちわた)りのものを奇珍(きちん)とし、総(す)べてその舶来(はくらい)の珍器の類を好み、少しく好事(こうず)と聞えし人は、多くも少くも取り聚(あつ)めて常に愛せざるはなし。ことに故(もと)の相良(さがら)侯当路(とうろ)執政(しっせい)の頃にて、世の中甚だ華美繁花の最中なりしにより、かの船(ふね)よりウエールガラス(天気験器)、テルモメートル(寒暖験器)、ドンドルガラス(震雷験器(しんらいけんき))、ホクトメートル(水液軽重清濁験器)、ドンクルカームル(暗室写真鏡)、トーフルランターレン(現妖鏡(げんようきょう))、ソンガラス(観日玉(かんじつぎょく))、ループル(呼遠筒(こえんとう))といへるたぐひ種々の器物を年々持ち越し、その余諸種の時計、千里鏡、ならびに硝子細工物(ガラスさいくもの)の類、あげて数へがたかりしにより、人々その奇巧に甚だ心を動かし、その窮理(きゅうり)の微妙なるに感服し、自然と毎春拝礼の蘭人在府中はその客屋に人夥(おびただ)しく聚(あつま)るやうになりたり。」

「その頃平賀源内(ひらがげんない)といふ浪人者(ろうにんもの)あり。この男、業は本草家(ほんぞうか)にて生れ得て理にさとく、敏才にしてよく時の人気に叶(かな)ひし生れなりき。何(いず)れの年なりしか、右にいふカランスといへる甲比丹(カピタン)参向の時なりしが、ある日、かの客屋に人集まり酒宴ありし時、源内もその座に列(つら)なりありしに、カランス戯れに一つの金袋(かねぶくろ)を出(いだ)し、この口試みに明け給ふべし、あけたる人に参らすべしといへり。その口は智恵(ちえ)の輪(わ)にしたるものなり。座客次第に伝へさまざま工夫すれども、誰も開き兼(か)ねたり。遂に末座の源内に至れり。源内これを手に取り暫く考へ居(おり)しが、たちまち口を開き出せり。」

「そもそも頃は三月三日の夜と覚えたり。時の奉行曲淵甲斐守(まがりぶちかいのかみ)殿の家士(かし)得能万兵衛(とくのうまんべえ)といふ男より手紙もて知らせ越せしは、明日手医師(ていし)何某(なにがし)といへる者、千住(せんじゅ)骨(こつ)ケ原(はら)にて腑分(ふわけ)いたせるよしなり。御望みならばかのかたへ罷(まか)り越されよかしといふ文(ふみ)おこしたり。」
「これより各〃(おのおの)打連(うちつ)れ立ちて骨ケ原の設け置きし観臓の場へ至れり。さて、腑分(ふわけ)のことは、えたの虎松(とらまつ)といへるもの、このことに巧者(こうしゃ)のよしにて、かねて約し置きしよし。この日もその者に刀を下(おろ)さすべしと定めたるに、その日、その者俄かに病気のよしにて、その祖父なりといふ老屠(ろうと)、齢(よわい)九十歳なりといへる者、代りとして出でたり。健(すこや)かなる老者(ろうしゃ)なりき。彼奴(かれ)は、若きより腑分は度々手にかけ、数人を解きたりと語りぬ。その日より前迄の腑分といへるは、えたに任(まか)せ、彼が某所をさして肺なりと教へ、これは肝(かん)なり、腎(じん)なりと切り分け示せりとなり。それを行き視(み)し人々看過(みすご)して帰り、われわれは直に内景(ないけい)を見究(みきわ)めしなどいひしまでのことにてありしとなり。もとより臓腑にその名の書き記しあるものならねば、屠者(としゃ)の指し示すを視て落着(らくちゃく)せしこと、その頃までのならひなるよしなり。その日もかの老屠がかれのこれのと指(さ)し示(しめ)し、心、肝、胆(たん)、胃の外(ほか)にその名のなきものをさして、名は知らねども、おのれ若きより数人を手にかけ解き分けしに、何(いず)れの腹内(ふくない)を見てもこゝにかやうの物あり、かしこにこの物ありと示し見せたり。(中略)また曰く、只今(ただいま)まで腑分のたびにその医師がたに品々をさし示したれども、誰一人某(それ)は何、此(これ)は何々なりと疑はれ候(そうろう)御方もなかりしといへり。良沢と相ともに携(たずさ)へ行きし和蘭図に照らし合せ見しに、一(ひとつ)としてその図に聊(いささ)か違(たが)ふことなき品々なり。」
「さて、その日の解剖こと終り、とてものことに骨骸(こつがい)の形をも見るべしと、刑場に野ざらしになりし骨どもを拾ひとりて、かずかず見しに、これまた旧説とは相違にして、たゞ和蘭図に差(たが)へるところなきに、みな人驚嘆せるのみなり。」
「その日の刑屍(けいし)は、五十歳ばかりの老婦にて、大罪を犯せし者のよし。もと京都生れにて、あだ名を青茶婆(あおちゃばば)と呼ばれしものとぞ。」




























































































































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柏木如亭 著/揖斐高 校注 『訳注聯珠詩格』 (岩波文庫)

柏木如亭 著 
『訳注聯珠詩格』 
揖斐高 校注
 
岩波文庫 黄/30-280-2

岩波書店
2008年7月16日 第1刷発行
310p
文庫判 並装 カバー
定価760円+税



本書「解説」より:

「『聯珠詩格』は宋末・元初の于済(うせい)が三巻本として原撰し、同じ宋末・元初の蔡正孫(さいせいそん)が増訂・附注し二十巻本として元の大徳四年(一三〇〇年)に刊行した選詩集である。それを江戸時代後期の詩人柏木如亭(かしわぎじょてい)(一七六三~一八一九)が抄訳し、『訳注聯珠詩格』と題して享和元年(一八〇一)に四巻二冊として出版したものが本書である。」


本書「凡例」より:

「底本には享和元年(一八〇一)刊の版本を用いた。」
「詩には便宜的に通し番号を振った。」
「詩には新たに読み下しを付けた。」
「訳注部分は、底本では漢字片仮名まじりで表記され、振り仮名も片仮名だが、読みやすさを考慮してすべて平仮名に改めた。」
「語注は簡便を旨とした。」



如亭 訳注聯珠詩格


カバー文:

「杜甫・李白・蘇軾などの漢詩を、江戸時代後期の漢詩人柏木如亭が当時の話し言葉をつかって訳した漢詩集。原詩に忠実に「訳」し、同時に初学者の理解をたすけるための「注」を付ける、という難題を解決。見事なできばえのこなれた「訳注」を完成させた。従来の訓読とはひと味もふた味も違う、清新な味わいの“現代語訳”。」


目次:

凡例

刪定訳注聯珠詩格序 (市河寛斎)

晩晴堂刪定訳註聯珠詩格巻之一
1 漫興 (杜甫)
2 渓陰堂 (蘇軾)
3 高侍郎に上る (高蟾)
4 杜家亭に宿す (賈島)
5 土牀 (張載)
6 鄭山人の居を過ぐ (劉長卿)
7 巴陵の夜別 (賈至)
8 春を傷む (何応龍)
9 懶起吟 (邵雍)
10 行邁 (黄庭堅)
11 梅 (劉克荘)
12 秋声 (余林塘)
13 秋思 (杜荀鶴)
14 劉景文に贈る (蘇軾)
15 約有り (趙師秀)
16 湧金門に泊す (林鴻)
17 牋を寄せらる (于革)
18 巫山の旅別 (崔塗)
19 詔せられて都に赴く (柳宗元)
20 暁行 (張良臣)
21 梅を訪ふ (劉克荘)
22 白牡丹 (韋荘)
23 青奴 (黄庭堅)
24 天津の感事 (邵雍)
25 薔薇 (張祐)
26 画睡鴨 (黄庭堅)

晩晴堂刪定訳註聯珠詩格巻之二
27 漫興 (杜甫)
28 湖陰の壁に書す (王安石)
29 絶句 (僧志南)
30 秋風 (劉克荘)
31 梅花 (蔡正孫)
32 笋 (王禹偁)
33 退筆 (林逋)
34 西湖 (蘇軾)
35 初夏 (司馬光)
36 雪後 (譚知柔)
37 酔後 (劉商)
38 贈別 (杜牧)
39 杏花 (羅隠)
40 雪中に妓を観る (王氏)
41 夜雪 (蘇軾)
42 方池 (銭昭度)
43 蜂媒 (劉克荘)
44 西湖、雨に値ふ (葉苔磯)
45 野外 (蔡淵)
46 梅花 (方岳)
47 吉祥に花を探る (蔡襄)
48 闌に凭る (蔡王孫)
49 晴景 (王駕)
50 牡丹を賞す (蘇軾)
51 花を惜しむ
52 亀児が詩を詠ずるを聞く (白居易)
53 翁霊舒に遇ふ (戴復古)
54 乱後の曲江 (王駕)
55 山中の僧 (陸亀蒙)
56 絶句 (僧顕万)
57 君来らず (方干)
58 客亭、月に対す (李洞)
59 閨怨、鵑を聞く (舒蓀墅)

晩晴堂刪定訳註聯珠詩格巻之三
60 張書記に寄す (杜荀鶴)
61 山中 (盧仝)
62 別墅より兄に寄す (竇鞏)
63 夜直 (王安石)
64 秋暁 (陳月窓)
65 水月台に遊ぶ (李渉)
66 華清宮 (崔魯)
67 元渓道中 (韓偓)
68 宮詞 (劉媛)
69 武夷山 (方岳)
70 履道の居 (白居易)
71 金縷衣の曲 (杜秋娘)
72 梅辺 (方岳)
73 野梅 (謝春卿)
74 廬山、月に歩す (周登)
75 賀蘭山主に勘会す (王安石)
76 魏梅墅に寄訊す (蔡王孫)
77 山中の人に答ふ (李白)
78 漁郎 (劉克荘)
79 清明 (杜牧)
80 壬戌の帰 (呉融)
81 孤山に渡を喚ぶ (潘湖隠)
82 桑乾を渡る (賈島)
83 月篷に贈る (朱聖錫)
84 祁師を送る (翁逢年)
85 再び洛陽に到る (邵雍)
86 夜坐 (鄭会)
87 梅月屏 (許子文)
88 梅辺、月に酌む (蔡王孫)

晩晴堂刪定訳註聯珠詩格巻之四
89 誠斎に答ふ (朱熹)
90 別れを悵む (杜牧)
91 少年行 (令孤楚)
92 朱陳村の図 (蘇軾)
93 施栄甫に答ふ (趙蕃)
94 故人に逢ふ (陳葵窓)
95 鶴林寺に題す (李渉)
96 雪霄る (戎昱)
97 無題 (僧凌原)
98 江亭 (鄒花嵒)
99 晩歩 (蕭雲麓)
100 浪淘沙の詞 (劉禹錫)
101 首夏 (王安石)
102 夜雨 (王節卿)
103 李秋堂を送る (朱静佳)
104 友に遇ひて復た別る (張国香)
105 処士亭 (杜牧)
106 硯屏 (林子来)
107 寒林の図 (周南峰)
108 白牡丹 (蘇軾)
109 梅影 (周南峰)
110 秋意 (劉参玄)
111 梅を詠ず (蔡王孫)
112 春日客舎 (李頻)
113 駅程記 (趙聞礼)
114 榴花 (韓愈)
115 岳王墓 (馬子才)
116 水南 (張遂初)
117 水仙花 (黄庭堅)
118 元二を送る (王維)
119 鸚鵡 (羅隠)
120 梅楼 (鄭碩)
121 松下 (趙竹居)
122 江行 (趙葵)
123 晩春湖上 (周端臣)
124 西湖晩帰 (張良臣)
125 常楽寺に題す (唐求)
126 春暮 (蔡王孫)
127 江雨 (項雲庵)
128 五更の寒 (周南峰)

解説 (揖斐高)
作者索引




◆本書より◆


「5 土牀   土牀(どしやう) 張横渠(ちやうわうきよ)

土牀烟足紬衾煖   土牀 烟(けむり)足りて紬衾(ちうきん)煖(あたた)かに
瓦釜泉甘豆粥新   瓦釜(ぐわふ) 泉(いづみ)甘うして豆粥(とうしゆく)新たなり
万事不求温飽外   万事温飽(をんぱう)の外を求めず
漫然清世一閑人   漫然たり 清世の一閑人

烟(ひの)足(たんと)な土牀(こたつやうのもの)に紬(つむぎ)の衾(ふとん)をかけたれば煖(あたたか)だ
甘泉(よいみづ)をくんで瓦釜(どなべ)でにた豆の粥も新(めづら)しい
万事(さまざまのわけ)は温(さむくない)と飽(ひだるくない)との外は不求(いらぬ)などゝ
漫然(これがほん)の清世(たいへい)の一閑人(くひつぶし)といふものさ

○土牀 土を塗り重ねて造った炬燵のような暖房。
○たんとな たくさんの。十分な。
○ひだるくない 「ひだるい」は、「ひもじい」の意。
○ほんの ちょっとした。
○清世一閑人 「増注」に「性理群書の註に、横渠自ら言ふ、我は清明の世に於いて一の幽閑無事の人に過ぎざるのみと」。
○くひつぶし 遊び暮して財産をなくす人。」


「77 答山中人   山中の人に答ふ (太白(たいはく))
問余何意棲碧山   余に問ふ 何の意ぞ碧山(へきざん)に棲むと
笑而不答心自閑   笑ひて答へず 心自(おのづか)ら閑なり
桃花流水杳然去   桃花流水杳然(えうぜん)として去る
別有天地非人間   別に天地の人間(じんかん)に非ざる有り

何意(どういふき)で碧山(やまおく)に棲(すむ)と余(おれ)に問(きく)から
笑而(にこにこもの)で不答(あいさつもせ)ぬぐるみ心が自(しぜん)と閑(ひま)
桃の花が流水(ながれ)へちつて杳然(とほく)へ去(いく)ところ
別な天地(せかい)が有て人間(うきよ)とは非(ちがつ)たものさ

○碧山 樹木が青々と茂った山。
○にこにこもの 思わずにこにこしたくなるほどうれしい様子。
○ぐるみ 接尾語。……とひっくるめて、いっしょに。……のままに。
○桃花流水 陶潜の「桃花源記」が意識されている。
○杳然 はるかに遠いさま。
○人間 人間世界。俗世間。」





こちらもご参照ください:

柏木如亭 著/揖斐高 校注 『詩本草』 (岩波文庫)













































































































柏木如亭 著/揖斐高 校注 『詩本草』 (岩波文庫)

柏木如亭 著 
『詩本草』
揖斐高 校注
 
岩波文庫 黄/30-280-1

岩波書店
2006年8月17日 第1刷発行
2006年11月6日 第2刷発行
270p
文庫判 並装 カバー
定価660円+税
カバー: 中野達彦



本書「凡例」より:

「底本には文政五年刊『詩本草』(一冊、個人蔵)を用いた。」
「底本にはないが、各段に番号と標題を掲げ、見出しとした。」
「段ごとに、訓読・原文・語注の順に記した。」



本書「解説」[附記]より:

「二刷に際して、誤字や誤表記などを訂正したほか、(中略)可能な範囲で一部内容上の補正を行いました。」


図版(影印)1点。


如亭 詩本草


カバーそで文:

「富士登山の粥、伊勢四日市の蟹、舞阪の桃…。江戸時代後期、遊歴の漢詩人柏木如亭が、行く先々で口にした美食と、旅の記憶に漢詩を結合させた随筆。漢文体ゆえにあまり知られてはいないが、『随園食単』『美味礼讃』に匹敵する魅力的な一品。」


目次:

凡例


1 白粥
2 
3 酒旗
4 酒茶と詩文
5 宇治茶
6 緑豆茶
7 蕎麦
8 蔬菜
9 松蕈(まつたけ)
10 蕈(きのこ)狩りの怪異
11 笋(たけのこ)
12 渓鰮(あゆ)
13 鯛
14 海茸(うみたけ)
15 蟹
16 大刀魚(たちうお)
17 鰹
18 鮭
19 松魚
20 鯖
21 黄顙魚
22 鰒魚(あわび)
23 比目魚
24 〓(漢字: 魚+子)魚(いな)
25 鯉魚湯 その一
26 鯉魚湯 その二
27 鯉
28 鼈(すっぽん) その一
29 鼈(すっぽん) その二
30 鱸魚(すずき)
31 魚の塩漬け
32 河豚(ふぐ)
33 蘆荻の名辞
34 水雞
35 桃の実と桑の実
36 詩法
37 市俗の気
38 京の名品
39 信州の禽獣
40 吉原詞
41 伊賀上野の荘
42 白醪「梨花春」
43 水族
44 茗粥
45 魚飯 その一
46 魚飯 その二
47 果蓏
48 山外の遊人

後記 (梁川星巌)
跋 (村瀬藤城)
題詩 (梁川星巌)

解説 (揖斐高)




◆本書より◆


「10 蕈(きのこ)狩りの怪異」より:

「蕈(きのこ)を拾ふは蕈を食(くら)ふより楽し。曩(さき)に信中に寓す。舎後の乱山松林の中に多く此の物を生ず。秋来、日として拾はざるは無し。毎(つね)に筐(かご)に盈(み)ちて帰る。即ち隣翁を招きて、酒を貰(か)ひ蕈を焼きて鬼(き)を説かしむ。中に採菌の一話有りて最も怪し。云はく、「某生、一僕を携へて竜神(りゆうじん)の温泉に浴す。温泉は紀の深山の中に在り。能く諸瘡を治すと云ふ。時に維(こ)れ八月、秋気蕭条(せうでう)として草木黄落(くわうらく)す。浴に在ること数日、旦夕(たんせき)惟(た)だ谷鳥(こくてう)の悲鳴、嶺猿(れいゑん)の哀嘯(あいせう)を聞くのみ。生、無聊(ぶれう)に堪へず。因つて採菌の遊を為さんと欲し、これを居停(きよてい)主人に謀る。主人曰く、「此(ここ)を去ること十七八里、一松林有り。菌甚だ多し」と。生、翌日暁(あかつき)を侵して出づ。僕、行厨(かうちゆう)を提げて相従ふ。行くこと二十里多路(たろ)にして謂ふ所の松林を見ず。小径、通ずるに似、窮するに似て、只だ縦歩(しようほ)して行く。大木、天に参じて日を蔽(おほ)ふ者、その数を知らず。生顧(かへりみ)て僕に謂ひて曰く、「古(いにしへ)の名士は多く山水を愛して動(やや)もすれば輙(すなは)ち廬(いほり)を結びて栖(す)む。予が心、これを慕ふも、風塵に奔走して未だ初志を遂げず。今求めずして此の如き勝境に遇ふことを得たり。豈(あ)に幸(さいはひ)ならずや」と。主僕相対して青苔に坐す。手づから壺觴(こしやう)を引きて以て飲む。既に酔ひて興趣勃然(ぼつぜん)たり。且(か)つ吟じ且つ行く。前面に忽(たちま)ち一孤峰を見る。眺望絶佳なり。乃(すなは)ち藤葛(とうかつ)を攀縁(はんえん)して上(のぼ)る。狭径(けふけい)僅かに行履(かうり)を通じ、落葉人を没す。行くこと里許(りきよ)、殆(ほとん)ど将(まさ)に絶頂に近づかんとするも、亦た甚だしくは険ならず。一草廬有り。短牆(たんしやう)斜門、塵世(ぢんせい)を隔絶す。生、驚歎して曰く、「這(こ)の裏(うち)に又た秦を避くる人有るか」と。これを覘(うかが)へば、一老僧、蒲団(ほたん)上に趺坐(ふざ)す。生、径(たちま)ちに入りて礼を作(な)し、且つ茶を乞ふ。僧応ぜずして石鼎(せきてい)を指す。生と僕と坐して茶を啜(すす)る。僧復(ま)た屋後を指す。因つて首(かうべ)を回らせば、林外宛(あたか)も一梵宇(ぼんう)を見る。至れば則ち宝殿古奥(こあう)、内に数十の木仏有り。正面に阿弥陀仏を安んず。而して十六聖者(しやうじや)左右に排列す。その大きさ丈余。面貌生けるが如く、状(かたち)も亦た殊(はなは)だ古し。蓋(けだ)し数百年の物ならん。生、覚えず信を起して礼拝し、因つて懐中を探り、一方金(いちはうきん)を捧げて敬賽(けいさい)す。殿内に憩ふこと少頃(せうけい)、酒醒めて興趣頓(とみ)に尽き、看看(みるみる)天色莫(く)れんと欲す。将(まさ)に出で去らんとして忽ち見る、一木像の手を挙げて一像を指すを。一像破顔して相顧み、呵呵(かか)大いに笑ふ。生、毛髪尽(ことごと)く竪(た)ち、寒粟(かんぞく)体に遍(あまね)し。須臾(しゆゆ)にして門外に磔磔(たくたく)として声有り。急に頭を擡(もた)げてこれを看れば、僕の屍首(ししゆ)の挂(かか)りて樹上に在るを見る。生、魂(こん)飛び魄(はく)散じ、顧みずして走り、既に帰りて主人に告ぐ。主人駭(おどろ)きて曰く、「彼の山は相伝へて鬼魅(きみ)の窟(くつ)と為す。入る者は再び出づること無し。君独り何を以て生還することを得たる。豈に腰間(えうかん)の鉄、護すること有るか。抑(そもそも)信を起して仏を礼す。神明陰助(しんめいいんじよ)するならんか。従僕の死は憫(あはれ)む可しと雖も、君は幸に恙(つつが)無し。請ふ、心を寛(ゆる)うして三盃を喫せよ」と。侑(すす)むるに酒殽(しゆかう)を以てし、賀して且つ驚きを圧(あつ)すと云ふ。」


「14 海茸(うみたけ)」より:

「西海(さいかい)に一物有り。色は蒼灰(さうくわい)にして犢角(とくかく)の如し。長さ五六寸より尺に至る。俗に海茸(うみたけ)と呼ぶ。これを食(くら)へば歯牙(しが)、声を作(な)す。蓋(けだ)し海葠(かいしん)の属の石に附きて生ずる者ならん。これを食ふの法は、先づ擂盆(らいぼん)に入れ、塩少し許りを加へ、手を将(も)つてこれを擦(す)り、清水に洗浄す。垢(あか)去りて即ち潔きこと白玉の如し。細かに切りて縷(る)と成し、薑酢(きやうさく)を用いて調和す。水母(くらげ)を食ふに較ぶれば、則ち稍(やや)勝れりと為す。亦た海族中の一異味なり。紀(しる)さざる可からず。」





こちらもご参照ください:

柏木如亭 著/揖斐高 校注 『訳注聯珠詩格』 (岩波文庫)



































































































小島憲之 編 『王朝漢詩選』 (岩波文庫)

「勿論同人與異人
鏡中鏡外兩般身」

(島田忠臣 「照鏡」 より)


小島憲之 編 
『王朝漢詩選』
 
岩波文庫 黄/30-036-1 

岩波書店
1987年7月16日 第1刷発行
473p 
「作者小伝」「出典一覧」10p
文庫判 並装 カバー
定価700円



本書「凡例」より:

「本書は、日本漢詩の中から、王朝すなわち平安時代を中心に、それ以前(奈良時代)を含め、七世紀から一二世紀に及ぶ時代の、数にして三〇〇〇余首より一七〇首を選んだものである。」
「訓読文は旧かなづかいとした。」



王朝漢詩選


カバー文:

「「漢詩」という外来の文体に、詩才を競いあって生まれた王朝の漢詩は、漢字による表現の困難さを克服しつつ、王朝びとの詩心を表出した成果にほかならない。7~12世紀に創られた詩は3000余首にものぼる。その中から170首を厳選、訓読文と現代語訳・注釈を付し、先人たちの巧みなまた愛すべき詩を味読できるよう配慮した。」


目次:

凡例

一 王朝以前の漢詩
1 述懷 大友皇子
2 遊猟 大津皇子
3 臨終 大津皇子
4 山齋 中臣大島
5 述懷 文武天皇
6 望雪 紀古麻呂
7 七夕 山田三方
8 於寶宅宴新羅客 賦得烟字 長屋王
9 秋日於長王宅宴新羅客 賦得稀字 刀利宣令
10 在常陸贈倭判官留在京 藤原宇合
11 遊吉野川 藤原宇合
12 過神納言墟 藤原萬里
13 和藤江守詠裨叡山先考之舊禅處柳樹之作 麻田陽春
14 飄寓南荒贈在京故友 石上乙麻呂
15 秋夜閨情 石上乙麻呂
16 晩春三日遊覧 大伴池主
17 銜命使本國 阿倍仲麻呂

二 王朝の漢詩
〔前期〕
18 賦櫻花 平城天皇
19 神泉苑花宴賦落花篇 嵯峨天皇
20 春日遊猟日暮宿江頭亭子 嵯峨天皇
21 和左金吾將軍藤緒嗣交野離宮感舊作 嵯峨天皇
22 和左衞督朝嘉通秋夜寓直周廬聽早雁作 嵯峨天皇
23 江頭春曉 嵯峨天皇
24 江邊草 嵯峨天皇
25 夏日臨泛大湖 嵯峨天皇
26 賦得隴頭秋月明 嵯峨天皇
27 和内史貞主秋月歌 嵯峨天皇
28 神泉苑九日落葉篇 嵯峨天皇
29 鞦韆篇 嵯峨天皇
30 淸涼殿畫壁山水歌 嵯峨天皇
31 奉和江亭曉興呈左神策衞藤將軍 淳和天皇
32 春日侍嵯峨山院探得廻字應製 淳和天皇
33 餞美州掾藤吉野得花字 淳和天皇
34 和菅祭酒秋夜途中聞笙之什 藤原冬嗣
35 奉和翫春雪 藤原冬嗣
36 早舟發 仲雄王
37 奉和春日江亭閑望 仲雄王
38 尋良將軍華山庄將軍失期不在 仲雄王
39 彘肩詞 仲雄王
40 留別故人 賀陽豊年
41 別諸友人唐 賀陽豊年
42 傷野將軍 賀陽豊年
43 奉和觀佳人蹋歌御製 小野岑守
44 奉和聖製春女怨 小野岑守
45 奉和傷右近衞大將軍坂宿禰御製 小野岑守
46 遠使邊城 小野岑守
47 留別文友 小野岑守
48 歸休獨臥寄高雄寺空上人 小野岑守
49 五夜月 良岑安世
50 暇日閑居 良岑安世
51 冬日汴州上源驛逢雪 菅原清公
52 奉和侍中翁主挽歌詞二首 菅原清公
53 賦得絡緯無機織應製 菅原清公
54 奉和御製江上落花詞 菅原清公
55 早春田園 淡海福良満
56 被譴別豐後藤太守 淡海福良満
57 夕次播州高砂湊 淡海福良満
58 渉信濃坂 坂上今継
59 和渤海大使見寄之作 坂上今継
60 和菅祭酒賦朱雀衰柳作 多治比清貞
61 伏枕吟 桑原宮作
62 奉和聽擣衣 桑原腹赤
63 奉和傷野女侍中 桑原腹赤
64 觀鬪百草簡明執 滋野貞主
65 奉和觀落葉 滋野貞主
66 臨春風效沈約體應製 滋野貞主
67 和進士貞主初春過菅祭酒舊宅恨然傷懷之作 巨勢識人
68 奉和春日江亭閑望 巨勢識人
69 秋日別友人 巨勢識人
70 奉和春閨怨 巨勢識人
71 和伴姫秋夜閨情 巨勢識人
72 和滋内史奉使遠行觀野燒之作 巨勢識人
73 奉和春閨怨 朝野鹿取
74 題光上人山院 錦部彦公
75 晩秋述懷 姫大伴氏
76 冷然院各賦一物得水中影應製 桑原広田麻呂
77 在唐觀昶法和尚小山 釈空海
78 後夜聞佛法僧鳥 釈空海
79 九想詩(白骨連相) 釈空海
80 奉和除夜 公主有智子
81 春日山莊探得塘光行蒼 公主有智子
82 閑庭雨雪 仁明天皇
83 和良將軍題瀑布下蘭若簡淸大夫之作 源弘
84 秋雲篇示同舎郎 小野篁
85 賦得深山寺應太上天皇制 惟良春道
86 奉和擣衣引 惟氏
87 奉試賦得王昭君 小野末嗣
88 奉試詠塵 六韻爲限 中臣良檝
89 夜聽擣衣 楊泰師
90 和坂領客對月思郷見贈之作 王孝廉
〔中期〕
91 秋夜臥病 都良香
92 花宴應常陸王教 島田忠臣
93 惜櫻花 島田忠臣
94 三月晦日送春感題 島田忠臣
95 病後閑座偶吟所懷 島田忠臣
96 七月一日 島田忠臣
97 早秋 島田忠臣
98 秋日感懷 島田忠臣
99 賦得秋織 島田忠臣
100 見蜘蛛作網 島田忠臣
101 照鏡 島田忠臣
102 元慶七年春大相賜文馬有感自題 島田忠臣
103 花前有感 島田忠臣
104 見叩頭蟲自述寄宋先生 島田忠臣
105 八月十五夜月前話舊各分一字 探得心 菅原道真
106 雪中早衙 菅原道真
107 海上月夜 于時祈神到越州 菅原道真
108 春日過丞相家門 菅原道真
109 夏夜於鴻臚館餞北客歸郷 菅原道真
110 夢阿滿 菅原道真
111 中途送春 菅原道真
112 寒早 菅原道真
113 春盡 菅原道真
114 到河陽驛有感而泣 菅原道真
115 冬夜閑居話舊以霜爲韻 菅原道真
116 四年三月二十六日作 菅原道真
117 言子 菅原道真
118 獨吟 菅原道真
119 野村火 菅原道真
120 殘燈 菅原道真
121 七月七日代牛女惜曉更各分一字應製 探得程字 菅原道真
122 重陽後朝同賦秋雁櫓聲來應製 菅原道真
123 詩友會飲同賦鶯聲誘引來花下 菅原道真
124 對殘菊待寒月 菅原道真
125 不出門 菅原道真
126 聞雁 菅原道真
127 秋夜 九月十五日 菅原道真
128 燈滅二絶 菅原道真
129 謫居春雪 菅原道真
130 見右丞相獻家集 醍醐天皇
131 山家秋歌 越調 紀長谷雄
132 春風歌應製 紀長谷雄
133 贈筆呈裴大使 大江朝綱
134 月影滿秋池 菅原淳茂
135 秋夜待月 菅原文時
136 重賦雲字 橘在列
137 詠白 源順
138 憶龜山二首 效江南曲體 兼明親王
139 病累 善宗
140 初蝉纔一聲 以心爲韻 一條天皇
141 秋花先秋開 具平親王
142 過秋山 具平親王
143 題故工部橘郎中詩卷 具平親王
144 暮春於右尚書菅中丞亭同賦閑庭花自落 以心爲韻 大江以言
145 晩秋遊淸水寺上方 藤原道長
146 左右好風來 以涼爲韻 藤原道長
147 夏月勝秋月 藤原公任
148 花落掩靑苔 以閑爲韻 高階積善
149 雨爲水上絲 以浮爲韻 藤原為時
150 題玉井山莊 藤原為時
〔後期〕
151 紅櫻花下作 藤原明衡
152 傀儡子孫君 大江匡房
153 賦牡丹花 大江匡房
154 見賣炭婦 三宮輔仁親王
155 聞大宋商人獻鸚鵡 大江佐国
156 微月浮江上 分一字 藤原忠通
157 賦覆盆子 藤原忠通
158 重賦畫障詩 藤原忠通
159 運轉老時至 藤原忠通
160 秋月詩 源経信
161 賦薔薇 源時綱
162 秋夜書懷呈左金吾員外次將之閣下 藤原基俊
163 山家春意 藤原周光
164 書窓言志 藤原周光
165 六月祓 藤原茂明
166 賦郭公 釈蓮禅
167 於室泊即事 釈蓮禅
168 爐邊淸談 釈蓮禅
169 冬日向故右京兆東山之舊宅視聽所催潸然而賦矣 釈蓮禅
170 賦雪 釈蓮禅

解説
参考詩一覧
出典一覧
詩人小伝




◆本書より◆


「91 秋夜臥病 (秋夜(しゅうや)病(やまい)に臥(ふ)す) 都良香(みやこのよしか)
 秋の夜やまいに伏して。

臥病獨悽悽   病(やまひ)に臥(ふ)して 独(ひと)り悽悽(せいせい)たり、
寂然人事睽   寂然(じゃくねん)として 人事(じんじ)睽(そむ)く。
階前無履跡   階前(かいぜん) 履跡(りせき)無(な)く、
門外斷賓蹊   門外(もんぐわい) 賓蹊(ひんけい)断(た)つ。
忽歎浮生苦   忽(たちま)ちに浮生(ふせい)の苦(くるしび)を歎(なげ)く、
寧知與物齊   寧(なん)ぞ物(もの)と斉(ひと)しきことを知(し)らんや。
形容信非實   形容(けいよう) 信(まこと)に実(じつ)に非(あら)ず、
魂魄怳如迷   魂魄(こんぱく) 怳(うつ)けて迷(まよ)ふが如(ごと)し。
夜久風威冷   夜(よる)久(ひさ)しく 風威(ふうゐ)冷(ひや)やかに、
窓深月影低   窓(まど)深(ふか)く 月影(げつえい)低(ひく)し。
憂愁不能寐   憂愁(いうしう) 寐(ぬ)ること能(あた)はず、
長短聽鳴鷄   長短(ちやうたん) 鳴鶏(めいけい)を聴(き)く。

病床に臥してひとりわが身をいたましく思う、煩わしい世間の事に背(せ)をむけた静けさの中にあって。
きざはしの前には人の足跡もなく、門の外は客の来る小径(こみち)も消えて人影もない。
ゆくりなくもはかない人生の苦しみを歎く、どうして自分は他の物とひとしいことを知ろうか、苦しみはわが身のみ。
顔かたちはやつれてほんとに実物とはちがい、魂魄(たましい)はぼんやりとしてものに迷うような有様だ。
秋の夜は長く吹く風のいきおいはつめたく、窓は深くてさしこむ月の光は低くたれる。
憂いつつねむられず、長くまた短く鳴く鶏(かけ)の声に耳をかたむけるばかり。」


「101 照鏡 (鏡(かがみ)に照(て)らす) 島田忠臣(しまだのただおみ)
 鏡にわが身を照らして。

勿論同人與異人   論(あげつら)ふこと勿(なか)れ 同人(どうじん)と異人(いじん)と、
鏡中鏡外兩般身   鏡中鏡外(きやうちゆうきやうぐわい) 両般(りやうはん)の身(み)。
閑亭獨坐無遊伴   閑亭(かんてい)独坐(どくざ) 遊伴(いうはん)無(な)し、
毎覓交朋發鏡頻   交朋(かうほう)を覓(ま)ぐ毎(ごと)に 鏡を発(ひら)くこと頻(しき)る。

鏡に写るのは同じ人かそれとも別人かなどと議論してもはじまらない、鏡の中と鏡の外には二つのべつべつの身が存在しているから。
ひっそりした亭(ちん)にひとり坐っているわたしには遊ぶ友もいない、そうしたときなど交際すべき朋友を求めるたびにしきりに鏡を開いて写る影を友とする。」





































































































































































高橋睦郎 『漢詩百首』 (中公新書)

高橋睦郎 
『漢詩百首
― 日本語を豊かに』
 
中公新書 1891 

中央公論新社
2007年3月25日 初版
2007年4月25日 再版
xii 248p
新書判 並装 カバー
定価780円+税



本書「おわりに」より:

「この小冊では、日本語を豊かにしてきた漢詩漢文のうち、とくにその精髄というべき漢詩の美と力を再認識すべく、中国の旧詩六十人、日本の漢詩人四十人の作品を取りあげて読みなおし、併せて中国・日本それぞれの漢詩の歴史がわかるように努めた。原詩の白文を省き、韻と平仄の説明を割愛、読み下しのみとしたのは、一篇一見開きというスペースの制限によるところが大きいが、そのことによって漢詩が日本語の大切な宝であることが見えることにもなった、と思う。また訳文をできるだけ原文の文字を生かしてしかも自由な現代日本語にすることを試みた。」
「巻末の「漢詩への感謝」は(中略)二〇〇五年秋、北京大学中国文学教室での小講演をもとにしたもの。」



高橋睦郎 漢詩百首


カバーそで文:

「返り点と送り仮名の発明によって、日本人は、ほんらい外国の詩である漢詩を自らのものとした。その結果、それを鑑賞するにとどまらず、作詩にも通暁する人物が輩出した。本書は、中国人六〇人、日本人四〇人の、古代から現代に及ぶ代表的な漢詩を精選し、詩人独自の読みを附すとともに、詩句の由来や作者の経歴、時代背景などを紹介。外国文化を自家薬籠中のものとした、世界でも稀有な実例を、愉しみとともに通読する。」


目次:

はじめに

一 逝く者は斯夫の如きか   『論語』子罕篇 孔子
二 知らず 周の夢に胡蝶と為るか   『荘子』斉物論篇 荘子
三 国に人無く 吾を知る莫し   離騒 屈原
四 悲しい哉 秋の気為るや   九弁 宋玉
五 力 山を抜き 気 世を蓋う   垓下の歌 項羽
六 楼船を汎べて汾河を済り   秋風の辞 漢武帝
七 吁嗟 此の転蓬 世に居る   吁嗟篇 曹植
八 夜中 寐る能わず   詠懐詩 阮籍
九 荏苒 冬春去り   悼亡詩 潘岳
一〇 吾が家に嬌女有り   嬌女詩 左思
一一 廬を結んで人境に在り   飲酒 陶淵明
一二 潜虬 幽姿を媚び   池上楼に登る 謝霊運
一三 渠碗 佳人を送り   金谷の聚い 謝朓
一四 楡関 音信断ち   詠懐に擬す 庾信
一五 前に古人を見ず   幽州台に登る歌 陳子昂
一六 葡萄の美酒 夜光の杯   涼州詞 王翰
一七 年年歳歳 花相似たり   白頭を悲しむ翁に代る 劉希夷
一八 春眠 暁を覚えず   春暁 孟浩然
一九 独り坐す 幽篁の裏   竹里館 王維
二〇 朝に辞す 白帝 彩雲の間   早に白帝城を発つ 李白
二一 細草 微風の岸   旅夜懐いを書す 杜甫
二二 十里の黄雲 白日曛し   董大に別る 高適
二三 馬を走らせ西来   磧中の作 岑参
二四 閨中の少婦 愁いを知らず   閨の怨み 王昌齢
二五 渓上の残春 黄鳥稀なり   暮春故山の草堂に帰る 銭起
二六 猿啼き 客散ず 暮江の頭   裴郎中を送る 劉長卿
二七 独り憐れむ 幽草 澗辺に生ずるを   滁州西澗  韋応物
二八 父兮 児寒えたり   履霜操 韓愈
二九 慈母 手中の線   遊子の吟 孟郊
三〇 千山 鳥の飛ぶこと絶え   江雪 柳宗元
三一 酒旗相望む 大堤の頭   堤上の行 劉禹錫
三二 新豊の老翁 八十八   新豊の折臂翁 白居易
三三 残灯 焰無くして 影幢幢   楽天のことを聞く 元稹
三四 一方黒照らさる三方の紫に   北方寒 李賀
三五 江湖に落魄 酒を載せて行く   懐を遣る 杜牧
三六 錦瑟 端無くも 五十絃   錦瑟 李商隠
三七 星斗稀に 鐘鼓歇み   更漏子 温庭筠
三八 中和癸卯 春三月   秦婦吟 韋荘
三九 閑夢 遠し 南国 正に芳春   望江梅 李煜
四〇 飛烏 日に先んじて出ず   鴉有り蛆を啄む 梅堯臣
四一 昆夷 道遠くして復た通ぜず   日本刀歌 欧陽修
四二 柔桑採り尽して緑陰稀に   郊を行く 王安石
四三 余生 老いんと欲す 海南の村   澄邁駅通潮閣 蘇軾
四四 霜須八十 同じく老いんことを期す   宜陽に元明に別る 黄庭堅
四五 去って遠ければ即ち相忘るるも   三子に示す 陳師道
四六 山瓢を把つを愛す 儂を笑う莫れ   詩を尋ねる 陳与義
四七 書生の習気 尽く駆除し   仲秋書事 陸游
四八 草は離宮を合せ 夕暉転ず   金陵駅 文天祥
四九 平生 何ぞ曾て稗官有りしや   中州集の後に自ら題す 元好問
五〇 旧て説う 榕郷は好しと   初めて閩に到る 薩都剌
五一 青邱子 臞せて清し   青邱子の歌 高啓
五二 是れ官にして紳を垂れず   人日に自ら笑う 袁宏道
五三 平生を誤り尽すは 是れ一官   自ら嘆ず 呉偉業
五四 秋来 何れの処か 最も銷魂   折楊柳 王士禎
五五 白日 到らざる処   苔 袁枚
五六 楼閣 参差として 未だ灯を上さず   雑詩 龔自珍
五七 千声の簷鉄 百の淋鈴   夜に起きて 黄遵憲
五八 昨夜 書中に故紙を得   故紙に書く 王国維
五九 酒を把り 当世を論ずるも   范愛農哀歌 魯迅
六〇 九嶷山上 白雲飛び   友人に答える 毛沢東
六一 春従り秋に至るまでは 農桑之節なり   憲法十六 聖徳太子
六二 金烏 西舎に臨らい   終りに臨む 大津皇子
六三 閑林に独坐す草堂の暁   後夜仏法僧鳥を聞く 釈空海
六四 春日 江辺 何の所か好き   江辺の草 嵯峨天皇
六五 宿昔は猶し枯木のごとかりしに   桜花を惜しむ 島田忠臣
六六 我は遷客為り 汝は来賓   旅雁を聞く 菅原道真
六七 旅舶君に逢いて 涙窮まらず   傀儡子孫君 大江匡房
六八 夏来りて偏に愛る覆盆子   覆盆子を賦す 藤原忠通
六九 生死憐むべし雲の変更   閑居偶作 道元
七〇 觜頭の尖穎は錐に斉しく   蚊 虎関師錬
七一 中宵に夢破れて響浪浪たるは   熱海 中巌円月
七二 新年も日月は只尋常なるに   歳朝に客を謝して作る 義堂周信
七三 風物眼前 朝暮を愁え   赤間が関 絶海中津
七四 菴に住むこと十日にして意忙忙   養叟和尚に寄す 一休宗純
七五 梧館の秋風 夢魂を驚せば   落葉雨と墜ち来る 藤原惺窩
七六 身衰え齢将に終きんとす   夏の夜の病吟 石川丈山
七七 夏日炎炎 長きを奈んともする無し   夏日の作 釈元政
七八 金井の梧桐に白露浮べば   桐葉秋を告ぐ 徳川光圀
七九 楊柳の花は飛んで江水に流れ   春日の作 新井白石
八〇 門巷 江に随って曲れば   江上の田家 荻生徂徠
八一 行 水駅に臨んで前程を問えば   渡口の柳 梁田蛻巌
八二 千里 剣に依って去り   偶作 祇園南海
八三 祖道 功無くして 古稀に垂んとす   売茶偶成 売茶翁
八四 義刑 末減に従う   寓興 亀井南冥
八五 閭巷に人は奔走しつつ   路人の話を記す 菅茶山
八六 袖裏の毬子 直千金   毬子 大愚良寛
八七 螙冊紛披して煙海深し   修史偶題 頼山陽
八八 道うを休めよ 他郷 苦辛多しと   諸生に示す 広瀬淡窓
八九 嘔血 歳残 枕に憑るの時   血を嘔いて戯れに作る 江馬細香
九〇 水煙漠漠として望めども分ち難し   十三夜 原釆蘋
九一 今来も古往も事は茫茫   芳野懐古 梁川星巌
九二 一陣の狂風 雷雨の声   客舎に雨を聞く 西郷南洲
九三 漕河百道 江に入って流れ   威尼斯 成島柳北
九四 望断す鵠山城外の雲   無題 森鴎外
九五 皇師百万 強虜を征す   凱旋感有り 乃木静堂
九六 馬鹿野郎 糞野郎   無題 正岡子規
九七 死死生生 万境開く   無題 夏目漱石
九八 黄浦江頭 瑟瑟たる波   滬遊雑吟 永井荷風
九九 多少の波瀾 六十七年   辞世に擬す 河上肇
一〇〇 地涯 白雪を呼び   庚戌元旦偶成 鷲巣繁男

対談 漢詩は日本語の財産 (高橋睦郎・鈴木健一)
漢詩への感謝
おわりに




◆本書より◆


「馬鹿野郎(ばかやろう) 糞野郎(ばばやろう)、一棒(いちぼう)打(たた)き尽(つく)す金剛王(こんごうおう)を。再(ふたた)び過(よ)ぎる五台山下(ごだいさんか)の路(みち)、野草(やそう)花開(はなひら)いて風(かぜ)自(おのずか)ら涼(りょう)。
                         無題 正岡子規(まさおかしき)

 馬鹿野郎め 糞野郎め、(金剛智)金剛王なんてやつは棒の一打ちで尽(こなごな)にしてやれ。しかるのち(かの霊山)五台山下の路を再過(もいちどいきす)ぎてみろ、野の草ことごとく花開いて風は自(おのずか)ら涼しいかぎりよ。」

「掲詩は死の年、明治三十五年作。禅僧の遺偈(ゆいげ)に準(なら)って、死に臨む感懐を吐露した。『病牀六尺(びょうしょうろくしゃく)』には「余は今迄禅宗の所謂(いわゆる)悟りといふ事を誤解してゐた。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた」ともいう。」





こちらもご参照ください:

柏木如亭 著/揖斐高 校注 『訳注聯珠詩格』 (岩波文庫)























































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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