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フレイザー 『金枝篇 (五)』 永橋卓介 訳 (岩波文庫)

「したがって未開人はこのような情況のもとでは、その魂を身体から取り出してどこか気に入ったところに置いて安全をもとめ、危険の去った時分に再びそれを身体の中に取り入れようとするのである。あるいはまた、どこか絶対に安全な場所を見つけることができたなら、満足してその霊魂を永久にそこへ置くであろう。」
(フレイザー 『金枝篇 (五)』 より)


フレイザー 
『金枝篇 
(五)』 
永橋卓介 訳
 
岩波文庫 白/34-216-5 


岩波書店 
1952年10月25日 第1刷発行
1967年12月16日 第2刷改版発行
1987年11月16日 第17刷発行
154p 索引107p 
文庫判 並装 
定価450円



全五冊。



フレイザー 金枝篇 五



帯文:

「ネミの森の「金枝」をめぐる奇妙な風習から出発した長い思索の旅だったが、いよいよ終りを告げる。巻末に詳細な索引を付す。」


目次:

第六十三章 火祭りの意味
 一 火祭り概説
 二 太陽説による火祭りの解釈
 三 祓浄説による火祭りの解釈
第六十四章 人間の焚殺
 一 人形を焼くこと
 二 人と動物を火に焼くこと
第六十五章 ボルダーと寄生木
第六十六章 民話における外魂
第六十七章 民俗に現われた外魂
 一 無生物の中の外魂
 二 植物の中の外魂
 三 動物の中の外魂
 四 死と復活の典礼
第六十八章 金枝
第六十九章 ネミよさらば

解説
索引




◆本書より◆


「第六十四章」より:

「ケルト族は、五年目ごとに行なわれる大祭にあたって神々に供犠するため、罪に定められた罪人を養って置いた。このような生贄の数が多ければ多いほど国土の豊饒繁栄も大きくなると信じられていた。もし生贄として供えられる罪人の数が十分でない場合には、この不足を補うために戦争の捕虜が殺された。定められた時期が来ると、生贄はドルーイドすなわち祭司によって供犠とされた。ある者は矢で射殺し、ある者は杙(くい)で刺し殺し、またある者は次のようにして生きながら焼き殺した。すなわち木の枝を編んだり、木と草で編んだりして、巨大な像をいくつもつくる。この中に生きたままの人間、家畜ども、その他の動物をつめこむ。これに火をつける。すると巨像はその中に生きたものを抱いたまま焼け落ちるのである。」

「ドルーイド僧のつくったこの枝編み細工の巨像は、(中略)少なくとも近代に至るまでヨーロッパの春と夏至の祭りにあたってその写しをもっていた。すなわちドゥエイでは少なくとも十九世紀の初葉ころまで、毎年七月七日に最も近い日曜日に行列を行なうことになっていた。この行列の大きな特徴は、キヌヤナギでつくられた高さ二十フィートから三十フィートにも及ぶ「巨人」という名の巨像であったが、これは中に閉じこめられた人々の操る巻軸と繩によって街々をねり歩くのであった。この像は槍と剣、甲と楯でもって騎士のように武装させてあった。同じ様式でただ幾分小さくキヌヤナギでつくられた彼の妻と三人の子供の像が、その後に続いた。デュンケルクでは、この巨人どもの行列は六月二十四日、すなわち夏至の当日に行なわれた。「デュンケルクのバカ騒ぎ」として知られたこの祭りは、無数の見物人を引きつけた。巨人は時として四十五フィートもある枝編み細工の巨大な像であって、長い青色の寛衣と足までとどく黄金色の紐で飾られ、その中には十二人あるいはそれ以上の人々がかくれていて、それを踊らせたり頭を見物人の方へ動かしたりした。(中略)アントワープではこの巨人があまりにも大きすぎて、市のどの城門もくぐり抜けることが出来なかった。」

「その昔パリのプラス・ド・グレーヴで焚いた夏至の火祭りでは、生きた猫どもをいっぱいにつめ込んだ籠や袋などを、祝火の真中に立てた高い棒に掛け、それを焼くのが慣わしであった。(中略)この祝火の燃え切れや灰は幸運をもたらすというので、人々はそれを集めて持ち帰るのであった。」



「第六十五章」より:

「ヨーロッパでは寄生木は遙遠の昔から迷信的崇拝の対象になっていた。プリーニウスの著名な一章から学ぶように、それはドルーイド僧の崇拝するところであった。」


「第六十六章」より:

「本書の初めの部分で、未開民族の考えるところでは、霊魂というものは死をもたらすことなしに、しばらくの間はその身体を留守にすることの出来るのを見た。さまよえる霊魂は敵その他の者の手によってさまざまな危難を被りやすいので、霊魂のこのような一時的不在は怖るべき危険をともなうものとしばしば信じられている。しかし霊魂を身体から遊離せしめるこの力には、他の様相がある。」
「未開人は生命を(中略)、明確な質量をもった形而下的物質的存在であって視ることもできれば触ることもでき、箱や壺に入れて置くこともできるし、傷つけたり破壊したり細かく潰すこともできると考えている。このようなものと観られる生命は、必ずしも人間の中に在るを要しない。身体の外に在りながらも、一種の共感または遠隔からの活動の力によって、なお彼を活かし続けることもある。彼が生命とか魂とか呼んでいるこの存在が健在である限り、人間は健在である。もしそれに危害が加えられたなら彼は病む。もし破壊されたなら彼は死ぬのである。これを他の方面から言って見れば、それが彼の身体の中に在ると外に在るとを問わず彼の生命とか霊魂とか呼ばれる存在が、危害を加えられたのか破壊されたのだ、とこの事実は解釈されるのである。しかしもし生命または霊魂が人間の中に留まっているとすれば、それがどこか安全で秘密の場所にかくされてある場合よりも遙かに危害を受ける危険性が多い立場にあることになるであろう。したがって未開人はこのような情況のもとでは、その魂を身体から取り出してどこか気に入ったところに置いて安全をもとめ、危険の去った時分に再びそれを身体の中に取り入れようとするのである。あるいはまた、どこか絶対に安全な場所を見つけることができたなら、満足してその霊魂を永久にそこへ置くであろう。このようなことをする利益は、霊魂が彼の選んでおいた場所に健在で留まっている限り、その人自身が不死となることである。彼の霊魂はその身体の中にはいないので、何者も彼の身体を殺すことは出来ないのである。
 この原始的信仰の実例は、「身体に心臓のない巨人」という北欧の説話をおそらく最もよく知られた見本とする民話の一形式によって与えられる。この種類の説話は世界中に普及しており、その数のおびただしいことと事件の多様性および主要思想を含む内容の多様性とから見て、外魂の観念が歴史の初期において人間の心を強くつかんでいたものの一つであったことを知ることが出来よう。」
「まず第一に、外魂にかんする説話は、ヒンドゥスターンからヘブリデスに至る全アーリア人によって、種々様々な形で語られている。その極めて一般的な形は次のようなものである。すなわち魔法使い、巨人その他おとぎ話の国の者どもは、どこか遠方の秘密な場所に霊魂をかくしてあるために不死身であるばかりでなく不死である。しかし彼がかどわかして魔法の城に幽閉してある麗しい姫君が彼からその秘密を探り出してこれをある英雄に告げ知らせると、英雄は魔法使いの霊魂、心臓、生命、あるいは死(いろいろと呼ばれている)を探りあて、それを破壊することによって同時にその魔法使いを殺してしまうのである。」
「たぶんインドに由来すると思われるシャムの説話あるいはカンボジアの説話では、セイロン王であるトッサカンもしくはラヴァナは、戦争に行く時には魔法の力によって自分の霊魂を身体から取り出し、それを箱にしまって家へ残して置くことが出来たという。このようにして彼は戦争中は不死身であった。」
「ベンガルの説話では、ある王子が遠国へ旅立とうとするとき、父王の宮殿の庭に自ら一本の木を植え、両親に向かってこう言う。――「この木は私の生命です。この木が緑でいきいきしているのをごらんになったら、私も同じように健在だと思って下さい。この木のどの部分かが色褪せたなら、私が危険に直面していると御承知下さい。そしてこの木の全体が色褪せてしまった時は、私はもはや亡き者と御考えねがいます」と。」
「またメガラの王ニーソスは頭の真中に一本の紫または黄金色の髪の毛をもっていたが、これが抜きとられると王自身は必ず死亡するように運命づけられていた。」
「他のドイツの説話では、年老いた魔法使いが乙女と二人きりで、広々とした淋しい森林の真中に住んでいる。魔法使いは年老いているのでやがて死んで行くが、そうなると乙女は森林の中に独り残されるのでそのことを怖れている。しかし彼は乙女に言いきかせるのである。――「子供よ、わしは死ぬことなんかないのじゃ。わしの胸には心臓がないからね」と。乙女は彼の心臓がどこに在るか教えてくれるようしつこくせがむ。これに答えて彼は次のように言う。――「ここから遠い遠い名も知れぬ淋しいところに、大きな教会堂がたっている。この教会堂は鉄の扉で厳重に固められ、まわりに広くて深い壕をめぐらしている。教会堂の中には一羽の小鳥が飛んでいるが、わしの心臓はその小鳥の中に在るのじゃ。小鳥が生きている限りわしも生きている。小鳥はひとりでに死ぬことはなく、そのうえ誰もそれを捕えることは出来ない。だからわしは死ぬことなんかない。心配しなくてもよいのじゃ」と。」
「北欧の「身体に心臓のない巨人」という説話では、巨人が虜(とりこ)にした姫君に向かって「遠い遠いところの湖の中に島があり、その島の上に教会堂がたっており、教会堂の中に井戸があって、その井戸にアヒルが浮かんでおり、アヒルの中には卵が一つあって、その卵の中に俺の心臓があるのだ」と言う。」
「カバイル族の説話では、一人の食人鬼が自分の運命はある卵の中にあり、その卵は一羽の鳩の中にあり、その鳩は一匹の駱駝の中におり、駱駝は海の中にいると言う。一人の英雄がその卵を探しあてて両手で潰すと、食人鬼はたちまち死んでしまう。」



「第六十八章」より:

「すでにのべたように、カシワの樹の生命が寄生木にあるという観念は、冬になってカシワの樹そのものは葉をふるってしまうのに、寄生木が樹上に青々と繁っているのを観察して、おそらくは示唆されたものであろう。しかしその植物の生えている位置――地上に育たないで樹幹または枝に生えるということ――が、この観念を確かなものとしている。未開人はカシワの樹の精霊が彼自身と同じように、その生命をどこか安全な場所にあずけることをのぞみ、この目的で寄生木を危害からもっとも安全だと思われるところの、地上でもなく天上でもない場所に投げ上げたのだと考えたに違いない。われわれは前のある章で、未開人が彼らの人間神の生命を、地上において人間の生命を包囲する一切の危険にさらされることの最も少ない場所として選んだ天と地の間に、うまく吊して置くことによって確保しようとするのを見た。」
「伝承の語るところによれば、パースシャーの一領地、エロールのヘイ家の運命は、あるカシワの巨木の上に繁る寄生木に結ばれていた。」
「この古い俗信は、伝説的にトーマス・ザ・ライマーに帰せられている詩に記録されている。――

  エロールのカシワの樹に寄生木しげり
  カシワの樹しかと大地にたつかぎり
  ヘイの代は栄えて、そのめでたき灰色タカは
  疾風の前にもたじろぐことあらじ。
  されどカシワの樹の根は枯れ
  その凋(しな)びたる胸に寄生木の萎えるとき
  エロールの家の炉には青草しげり
  ワシの巣にはオオガラスうずくまるべし。

 かの「金枝」は寄生木であった、というのは新しい説ではない。」



「第六十九章」より:

「われわれの長い発見の航海は終り、ついにわれわれの船は港に入って、よれよれになった帆を降した。いまひとたびわれわれはネミへの道を歩く。夕暮れである。アルバの山をさしてアッピア街道の長い斜面を登りながら振り返って見れば、大空は夕焼けに赤々と燃えて、金色の輝きは聖者の後光のようにローマの上にかかり、サン・ペテロのドームは火に照りはえている。この光景は一度見れば決して忘れることは出来ない。再びくびすをめぐらして、すでに夕闇の迫る山添いの道を歩きつづけると、やがてネミへ辿りつく。深い窪地にたたえた湖を見おろせば、早くも夕べの帳(とばり)に覆いかくされていた。この聖森でディアーナが信者の祈りをうけて以来、場所は全く変わってはいない。この森林の女神の神廟はもとより失せ果て、もはや「森の王」は「金枝」を護って夜もすがらそこに立ってはいない。だがネミの森林は今なお太古そのままの緑であり、日がその上を西に傾いて落ちるころ、アンジェラスの鐘の音が風のまにまにアリキアの寺から聞こえて来る。アヴェ・マリア! 快く荘重に遠くの町から鳴りひびき、広いカムパニアの平野の彼方に韻々と消えてゆく。Le roi est mort, vive le roi! Ave Maria!」






こちらもご参照ください:

フレイザー 『金枝篇 (一)』 永橋卓介 訳 (岩波文庫)
J・G・フレーザー 『火の起原の神話』 青江舜二郎 訳 (角川文庫)

















































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フレイザー 『金枝篇 (四)』 永橋卓介 訳 (岩波文庫)

「ボルネオのビアジュ族は、全住民の罪と災厄を乗せた小舟を、毎年海へ流してやる。航海をしていてこの不吉な舟に出くわした船員たちは、それが乗せている一切の悲しみをその身に受けることになる。」
(フレイザー 『金枝篇 (四)』 より)


フレイザー 
『金枝篇 
(四)』 
永橋卓介 訳
 
岩波文庫 白/34-216-4 


岩波書店 
1951年11月25日 第1刷発行
1967年7月16日 第3刷改版発行
1988年7月5日 第20刷発行
304p 
文庫判 並装 
定価500円



全五冊。



フレイザー 金枝篇 四



帯文:

「フレイザーは、伝説や魔術や信仰の意味を求めて、世界の諸民族の風習を隈なく探る。ここには目を瞠る奇習の数々が集められている。」


目次:

第五十章 神を食うこと
 一 初穂の礼典
 二 アズテク族社会の神を食う儀
 三 「アリキアに多数のマニイあり」
第五十一章 肉食の共感呪術
第五十二章 神的な動物の屠殺
 一 神聖な兀鷹(はげたか)を殺すこと
 二 神聖な牡牛を殺すこと
 三 神聖な蛇を殺すこと
 四 神聖な海亀を殺すこと
 五 神聖な熊を殺すこと
第五十三章 猟師による野生動物の宥和
第五十四章 動物礼典の型
 一 礼典のエジプト型とアイヌ型
 二 神聖な動物を伴う行列
第五十五章 災厄の転移
 一 無生物への転移
 二 動物への転移
 三 人間への転移
 四 ヨーロッパにおける災厄の転移
第五十六章 災厄の公的放逐
 一 鬼神の遍在性
 二 災厄の随時放逐
 三 災厄の周期的放逐
第五十七章 公的替罪羊
 一 具象化した災厄の追放
 二 物質的な器による災厄の随時追放
 三 物質的な器による災厄の周期的追放
 四 替罪羊概説
第五十八章 古代ギリシア・ローマの人間替罪羊
 一 古代ローマの人間替罪羊
 二 古代ギリシアの人間替罪羊
 三 ローマのサートゥルナーリア祭
第五十九章 メキシコの神殺し
第六十章 天と地の間
 一 地に触わらぬこと
 二 太陽を見ぬこと
 三 年頃の乙女の隔離
 四 年頃の乙女を隔離する理由
第六十一章 ボルダーの神話
第六十二章 ヨーロッパの火祭り
 一 火祭り概説
 二 四旬節の火
 三 復活祭の祝火
 四 ベルテーン祭の祝火
 五 夏至の火祭り
 六 ハロウィーン祭の火祭り
 七 冬至の祝火
 八 浄火




◆本書より◆


「第五十三章」より:

「このように生きているすべてのものを全く人間と同じ立場に置て考える未開人にとって、ある動物を殺して食べる行為は、動物の知性をわれわれ自身のそれに遙かに及ばぬものと考え動物が不滅の霊を持ちえないものと考えるわれわれに、同じ行為が提示するものとは著しく異なった様相を帯びるはずである。ここから、動物を殺す未開人猟師は、その素朴な哲学的理解にもとづいて、自分自身が動物の遊離した霊の復讐の危険にさらされていると信じており、あるいは人間と同じように親縁の絆と血族のための戦いの義務感によって団結していて仲間の一員に加えられた危害に対して憤る義務をもつという同種の他の動物の復讐の危険にさらされていることを信じているのである。したがって未開人は、殺さねばならぬ切迫した理由のない動物、少なくともその種類の一員の殺害に対して血の復讐を強行するような獰猛で危険な動物の生命はとらぬように心掛けるのが普通である。ワニはこの種の動物である。(中略)たとえばボルネオのダイヤク族は、ワニが先に人を殺したのでないかぎり、それを殺すことはない。」
「マダガスカル島のイタスィー湖の近くに住む人々は、毎年ワニどもに向かって宣告し、彼らの友の死に対しては同数のワニを代わりに殺して返報するとのべ、さらに善良なワニに向かっては、彼らと喧嘩仲になっているのではなくて人命を奪った彼らの邪悪な親族とだけそうなっているのだから遠ざかっているように、と警告するのである。マダガスカル島の諸部族は、自分たちをワニの後裔だと信じており、したがってこの鱗のある爬虫類を事実上の人間であり兄弟であるとみなすのである。もしこの動物のうちの一匹が図々しくも親族である人間の一人をむさぼり食うようなことがあれば、部族の酋長あるいは不在の場合には部族の慣習に通じた古老が人々を引き連れて水際へ赴き、犯罪者を正義の武器に委ねる旨、その家族を呼び集めて申し渡す。そして鈎に餌をつけて河か湖の中へ投げるのである。その翌日、罪ある兄弟、またはその家族の一員が岸に引き揚げられ、厳しい吟味のすえその罪が断証され、死刑を宣告された上で処刑されるのである。このようにして正義の要求は満足せしめられ、律法の尊厳が十分に擁護された上で、死んだワニは親族の者と同様に悼み悲しまれて葬られる。その遺骸の上には塚が築かれ、頭の位置を示す石が立てられるのである。」

「古代ギリシアのある農業書は、その土地を鼠の害から護ることをねがう農夫に、次のようにすることをすすめている。――「一枚の紙をとり、それに次のように記せ――『ここにいるなんじ鼠よ、われ汝にかたく命ず、汝われを害することなかれ、また他の鼠をしてかくなさしむることなかれ。われ汝に向こうの畑を与うべければ。』(ここにおいてその畑を指定せよ)――『しかし、もしわれ再び汝を捕うることあらば、われ神々の母によりて汝を七つに引き裂くべし。』――こう記して日没前に畑の中の切らざる石にこの紙をはりつけ、書かれたところを上に向けて置くよう注意せよ」と。」

「アルバニアでは、畑やブドウ園がイナゴや甲虫によって荒されるような場合には、何人かの女が乱髪で集り、その昆虫を少しばかりつかまえ、それを持ち葬列を組んで泉か河へ行って、その中で溺らせてしまう。そして女たちのうちの一人が、「われらに先立ち逝けるイナゴよ甲虫よ」と歌い出すと、他の女たちがその挽歌をとり上げ、繰り返して合唱する。このように何匹かのイナゴと甲虫の葬式を執り行なうことによって、全体に死をもたらそうとするのである。」



「第五十六章」より:

「西部アフリカの黄金海岸では、疫病が流行しはじめると棍棒や炬火で武装して、悪霊を追い払うために出て行くことがある。定めの合図に従って全住民が怖ろしい叫び声をあげ、家の中のあらゆるところを叩きまわり、それが済むと狂気したように表へとび出して炬火を振りまわし、無茶苦茶に空をうつのである。嚇かされた悪霊がその町か村から退散したと誰かが報告するまで、この騒動は続けられる。人々はこれを追いかけ、森林の中まで追いつめてから、二度ともどって来るなと嚇しつける。」

「バフィン島のエスキモーは、晩秋になって暴風が陸の上を吹きまくり、凍った海をなおも軽くしばり止めている氷の足枷をうちくだくとき、海に浮かぶ氷塊が物凄い音をたてて互いにぶっつかっては飛び散るとき、また氷の塊が乱雑に積み重なってゆくとき、彼らは禍いを帯びた空に棲む精霊の声を聞くという。そんな時には、死者の霊が荒々しく小屋の戸を叩く。入っては来られないが、つかまった不運な人こそ禍いである。すぐに病気にかかって死んでしまうのである。そんな時、巨大な毛のない犬の影がほんとうの犬を追いかける。犬はその影を見て痙攣を起こして死んでしまう。数かぎりもない悪霊どもが横行し、エスキモーに病気と死、悪天候と失敗をもたらそうと競う。このような化け物の訪問者のうち、最も怖れられているのは下界の女主セドナと、死んだエスキモーをその手におさめる彼女の父である。ほかの精霊どもが空と水をみたしているに対し、彼女は地下から出て来る。それで今は妖術者たちにとっては多忙な季節である。どの家からも歌ったり祈ったりする声が聞えて来る。ほそぼそと燃える燈火にうす暗く照らされた小屋の奥の方の神秘的な暗がりに坐って、彼らが霊どもを宥めているのである。最も厄介なのはセドナを追い払う仕事である。だからこれは一番有力な妖術者のために残して置かれる。ある大きな小屋の床の上に一本の繩をぐるぐる巻きにして、上部に小さな穴を残して置くようにする。この穴は海豹の呼吸孔を表わすものである。二人の妖術者がその傍に立つ。一人はちょうど海豹の穴を見守るように槍を握り、もう一人は銛綱を持っている。第三の妖術者が小屋の中に坐っていて、この場にセドナを誘い出すため呪歌を吟唱する。やがてセドナが荒々しい息づかいで、小屋の床の下に近づいて来るのが聞こえはじめる。それがあの穴からにゅっと現われる。すかさず銛を打ち込むと、怒って銛を引きずりながら沈んで行く。二人の妖術者は力の限り綱にしがみつく。物凄い格闘がしばらく続く。しかしついにセドナの死物狂いの身もだえが奏功し、銛からその身を引きちぎって彼女はアドリヴンの棲家へ逃がれ去る。銛を穴から引き上げて見ると、それには生々しい血糊がべっとりとついている。妖術者たちはそれを自分たちの努力の証拠だとして、誇り顔に見せびらかすのである。このようにしてセドナと他の悪霊どもがようやくのことで追い払われると、その翌日はこれを記念して盛んな祭りが老人や若者たちによって執り行なわれる。しかし彼らはまだ要心していなければならない。と言うのは、手負いになったセドナが猛々しく狂い立って、小屋の外などに出ていると誰でも引き捕えるからである。それで誰でも頭巾の上に護符をつけて、自分の身を彼女から護ろうとするのである。この護符は彼らが生まれるとすぐ身につけた最初の着物の一片で出来ている。」



「第五十七章」より:

「悪魔どもを運び去る器には、色々な種類があるようである。よく見られるのは舟である。」
「たとえばボルネオの海岸の異教諸部族の多くのものは、次のようにして疫病を追い払おうとする。まずサゴヤシの木髄でもって一つあるいはそれ以上の人形をざっときざみ、米その他の食べ物と一緒にそれを小舟か、十分に艤装したマレー舟に積みこむ。この舟は檳榔子の花と葉でつくったリボンで飾ってあって、退き潮に乗せて沖合に漂い行かせるのであるが、(中略)病気をも一緒に運んで行くのである。
 共同社会全体の悪魔ども病魔どもを一緒にあつめて運び去らせる器が、動物ないし替罪羊であることもしばしばである。」
「ボルネオのビアジュ族は、全住民の罪と災厄を乗せた小舟を、毎年海へ流してやる。航海をしていてこの不吉な舟に出くわした船員たちは、それが乗せている一切の悲しみをその身に受けることになる。」



「第五十八章」より:

「古代ギリシア人もまた、人間替罪羊の慣習をもっていた。プルータルコスの故郷カイロニアの町では、この種の儀式が主執政官によっては町の役場で、各戸主によってはめいめいの家庭で執り行なわれた。それは「飢餓の追放」と呼ばれた。一人の奴隷がアグヌス・カストゥスの杖でうたれ、「飢餓を連れて出て行け。富と健康をつれて入って来い」という言葉とともに、外へ追い出されるのであった。」

「小アジアのギリシア人が執り行なった替罪羊は次のようなものであった。ある町が疫病、飢饉その他の社会的災厄に見舞われた場合には、共同社会を悩ます一切の災厄をその身に負わせるため、一人の醜い人物、あるいは不具者を選び出す。彼は適当な場処に連れて行かれ、乾無花果、大麦パン、それからチーズをその手に持たされる。これを彼は食べるのである。それから海葱、野生無花果、その他の野生の樹の枝でもって生殖器を七度たたかれ、その間じゅう笛が特殊な音を奏でた。それが済むと、森林の木を積み重ねた上で焼かれ、その灰は海の中へ投げ棄てられるのであった。」

「この有名な祭り(引用者注:「サートゥルナーリア」)はローマ暦年の最後の月である十二月にあたり、種播きと農耕の神サートゥルヌスの幸福な治世を記念するためのものだと一般には考えられていた。サートゥルヌスはイタリアの義にして仁慈の王として太古この地上に住んでいた者で、無知で分散していた民を山の上に引き上げて一緒に集め、彼等に農耕の術を教え、律法を与え、これを平和のうちに統治したのである。彼の治世は「黄金時代」といわれた。」
「この古代のカーニヴァルを特徴づけるように見えるものは、宴楽とバカ騒ぎ、気狂いじみた快楽の追及の一切にほかならなかったのである。」
「自由人と奴隷の差別は一時撤廃された。奴隷はその主人を嘲り罵っても構わず、主人たちと同じように酒に酔ってもよく、(中略)さらに他の時期なら笞刑、投獄または死刑の罰をすら受けるかも知れないような行動に対してすら、一言の叱責を受けることもなかったのである。いや、それどころではなくて、主人と奴隷はその地位を転倒して、主人が食卓で奴隷の給仕をさえした。(中略)同様なものが、この同じ時期にあたり自由人がサイコロを投げて決める模擬の王権であった。サイコロで決められた者は王の称号を帯び、一時的な人民に対してふざけたバカらしい命令を出す。一人に対してはブドウ酒を調合することを、他の者に対してはそれを飲むことを、他の者に対しては歌うことを、他の者に対しては踊ることを、他の者に対しては自分を非難して語ることを、他の者に対しては笛吹き女を背負って家をまわることを命じるという類であった。」



「第六十章」より:

「読者の注意をひきたいと思う掟の第一は、神的な人物はその足で地に触れてはならぬ、とするものである。」
「注意されねばならぬ第二の掟は、神的な人物に太陽の光をあててはならぬ、というものである。」

「上にのべた二つの掟――地に触れぬこと、太陽を見ぬこと――が世界の多くの地方で、年頃になった乙女たちによって別々にかあるいは結合して守られているのは注目に価するところである。」
「ボルネオのオト・ダノム族では、八歳から十歳くらいの乙女は家の中の小部屋に閉じこめられ、世間との交際を一切断ち切られてしまう。この小部屋は家の他の部分と同じように、杙棒でもって地面から支え上げられており、隅の方にあけられたただひとつの穴から光をとっているだけであるから、乙女はほとんど真暗なところに居るわけである。乙女はどんな口実をもうけても、また最も必要な目的のためにすら、この部屋を離れてはならない。閉じこめられている間は、家族の誰も彼女に会ってはならぬことになっており、ただ一人の女奴隷だけが用を承わる。しばしば七年にも及ぶこの淋しい幽閉のあいだ、乙女は敷物を編んだり、その他の手芸などして日々を過す。運動不足のため肉体の発達がおくれて発育不全となり、女になる年齢に達して外へ連れ出された時には、顔色は真蒼で丸で蠟細工を見るようである。彼女はいまや、まるで生まれて間もない幼児のように、あれはお日様、これは土、これは水、あれは木、これは花というように教えられる。それから盛大な祝宴がもうけられ、一人の奴隷が殺され、その血が乙女に塗られるのである。その昔セーラム島では、娘が年頃になると暗くした小屋の中へ自分から閉じこもった。」

「父親の手によって地下の部屋または真鍮の塔に幽閉されたが、黄金の雨の形で彼女に接近したゼウスによって身ごもったというダナエーにかんする古いギリシアの話は、おそらくこの類に属する説話であろう。この複本はシベリアのキルギス人が彼らの祖先について語る説話のうちにある。ある酋長が、一人の麗しい娘をもっていたが、一切男の眼にふれないようにするため、これを暗い鉄の家に閉じこめて置いた。一人の老婆がこれに仕えていた。さてこの娘が大人になったとき、老婆にたずねてこう言った。――「そんなにたびたびどこへ行くの。」「娘よ」と老婆は答えて、「輝かしい世界があるのです。その輝かしい世界にあなたの御父様も御母様もお住みだし、どんな人だってそこに住んでいるのです。私がたびたび行くのはそこなのです。」そこで娘は、「やさしいお婆さん。誰にも言いませんからその輝かしい世界を見せて下さい。」このようにして老婆は娘を鉄の家から連れ出した。ところがその輝かしい世界を見るなり、娘はよろよろとよろけて気を失ってしまった。そればかりか神の眼が乙女の上におちたので、乙女は懐妊してしまったのである。怒った父親はこれを黄金の箱につめこみ、涯しもない海へ漂よい行かせた(中略)。前にあげたギリシアの説話に出て来る黄金の雨、それからこのキルギスの説話の神の眼は、おそらくどちらも日光と太陽を意味するものであろう。女が太陽によって懐妊するという考えは伝説には決して珍しいものではなく、結婚の慣習のうちにすらその痕跡が残っているのである。」

「このようにひろく年頃の乙女に課せられる束縛の動機は、原始未開人が月経の血に対して一般に抱いているところの、深くしみこんだ恐怖心にある。」

「このように、月経ちゅうの女を隔離する目的は、この時期に女から発出すると信じられている危険な力を中和するところにある。(中略)大地と太陽の二つから遮断されているために、乙女がその恐怖すべき感染によってこれら二つの大きな生命の源泉を毒することはできないからである。これを簡単に言って見れば、彼女は電気の用語をもってすれば、絶縁されることによって無害にされているのである。(中略)マクシ族はもし娘が掟を犯したならその身のいたるところに痛みが起こると信じているのである。つまり娘は物凄い威力で充たされていると考えられており、それを抑圧しておかなければ彼女自身に対しても、彼女と接触するすべての者に対しても破滅的な影響を及ぼすことになるというのである。この威力を関係者すべての安全のために必要な限界内に抑圧しておくことこそ、かのタブーの目的なのである。」







こちらもご参照ください:

フレイザー 『金枝篇 (五)』 永橋卓介 訳 (岩波文庫)
谷川健一 『女の風土記』 (講談社学術文庫)
池上俊一 『動物裁判』 (講談社現代新書)


























































フレイザー 『金枝篇 (三)』 永橋卓介 訳 (岩波文庫)

「何よりもまず、新しくて崇高な生命に萌え出るため地に種子が埋められるという観念は、容易に人間の運命との類似を示唆し、人間にとってもまた墓はある不可知な、より輝かしい世界におけるより良くより幸福な生存のはじめにほかならぬという希望を強化したのである。」
(フレイザー 『金枝篇 (三)』 より)


フレイザー 
『金枝篇 
(三)』 
永橋卓介 訳
 
岩波文庫 白/34-216-3 


岩波書店 
1951年8月25日 第1刷発行
1967年2月16日 第3刷改版発行
1988年6月5日 第21刷発行
300p 
文庫判 並装 
定価450円



全五冊。



フレイザー 金枝篇 三



帯文:

「「金枝篇」は文字通り民族学の宝庫である。本巻には、アドーニスやオシーリス、バッカスの伝説その他に関する20章を収める。」


目次:

第二十九章 アドーニスの神話
第三十章 シリアにおけるアドーニス
第三十一章 キュプロスにおけるアドーニス
第三十二章 アドーニス典礼
第三十三章 アドーニスの園
第三十四章 アッティスの神話と典礼
第三十五章 植物神としてのアッティス
第三十六章 アッティスの人間代表
第三十七章 西洋における東洋の宗教
第三十八章 オシーリスの神話
第三十九章 オシーリス典礼
 一 通俗的儀式
 二 公的儀式
第四十章 オシーリスの性格
 一 穀物神としてのオシーリス
 二 樹木霊としてのオシーリス
 三 豊饒神としてのオシーリス
 四 死者の神としてのオシーリス
第四十一章 イーシス
第四十二章 オシーリスと太陽
第四十三章 ディオニューソス
第四十四章 デーメーテールとペルセポネー
第四十五章 北欧における「穀物の母」と「穀物の娘」
第四十六章 諸国の「穀物の母」
 一 アメリカの「穀物の母」
 二 東インドの「稲の母」
 三 人間に化身する穀物霊
 四 穀物の「母」「娘」としての二重擬人化
第四十七章 リテュエルセス
 一 穀物を刈る者の歌
 二 穀物霊を殺すこと
 三 豊作物のための人間供儀
 四 人間代表において殺される穀物霊
第四十八章 動物としての穀物霊
 一 穀物霊の動物化身
 二 狼または犬としての穀物霊
 三 雄鶏としての穀物霊
 四 野兎としての穀物霊
 五 猫としての穀物霊
 六 山羊としての穀物霊
 七 牡牛、牝牛、去勢牡牛としての穀物霊
 八 馬、牝馬としての穀物霊
 九 豚(牡豚または牝豚)としての穀物霊
 一〇 穀物霊の動物化身
第四十九章 動物としての古代植物神
 一 山羊、牡牛としてのディオニューソス
 二 豚、馬としてのデーメーテール
 三 アッティス、アドーニス、豚
 四 豚、牡牛としてのオシーリス
 五 ウィルビウスと馬




◆本書より◆


「第二十九章」より:

「アドーニスの崇拝は、バビロニアとシリアのセム諸民族によって行なわれ、ギリシア人はすでにキリスト紀元前七世紀のむかし、彼らからその崇拝を借りた。この神のほんとうの名はタムムズであった。アドーニスという呼び名は、セム語の「アドーン」すなわち「主」であって、彼に対する礼拝者の呼びかけの尊号にほかならない。(中略)バビロニアの宗教文学では、タムズは自然の生殖力の具現である太母神イシュタルの若い配偶者あるいは愛人と見えている。神話と儀式における彼ら相互の結合に関する言及は、ともに断片的でありまた不明瞭であるが、われわれはそこから次の諸点をあつめることができる。すなわちタムズは毎年死んでこのよろこばしい世界から陰惨な下界へ降って行くということ、そして彼の神的愛人は毎年彼をたずねもとめて「そこからは帰り来ることのできぬ国へ、扉と閂に塵のつもった暗黒の家へ」の旅にのぼるということである。彼女の不在中は、愛の情熱はその働きをやめた。人も獣もともにみな子を生むことを忘れた。生きとし生ける者、みな死滅の脅威をうけた。全動物界の性的機能はこの女神と極めて緊密に結合されており、ために彼女のいまさぬところではそれが発動せぬほどであった。そこで大神エアの使者が、かくも負うところの多いこの女神救助のために遣わされる。そして冥府の厳しき女王、その名をアッラートゥあるいはエレシュ・キガルという者が、イシュタルの身に命の水がふりかけられ、多分はその愛人タムズを同伴してそこを去り、ともに上なる世界に帰ることをしぶしぶながら許し、更に彼女の帰ることによって全自然界の甦ることを許すのである。」


「第三十二章」より:

「アドーニスの性格の、いわば穀物へのこの凝集は、彼の礼拝者たちが歴史時代に到達した文化段階の特性なのである。彼らは浪々の狩人、牧者、遊牧者の生活様式を、遙か彼方に置き去りにしてしまっていたのである。彼らはすでに数世代もきまった土地に居つき、生存のため主として農耕の産物に依存していた。荒野の漿果や根菜、牧草地の草など、遠い祖先たちにとっては命と同じく重要であったものも、今ではさほど大切なものではなくなった。彼らの思考や精力は、ますますその生活必需品である穀物によって独占されるようになった。したがって一般豊饒の神々、とりわけ穀物霊の融和がますます彼らの宗教の中心的特性となる傾向を生じたのである。」
「アドーニスに対する悲嘆は、刈り手の鎌によって殺されたか打穀場で牡牛の蹄に踏み殺された穀物神を宥めるために考えついた牧穫儀式のほかのなにものでもない、とラグランジュ神父は示唆している。」

「さて暴力によって殺害された者の霊は、機会さえあればいつでも加害者に対して復讐をとげようとする傾きのあるのは確かである。ここから、殺された犠牲の霊を宥めようとする企ては、少なくとも通俗的観念においては、殺された穀物霊を和らげようとする企てと自然に習合したであろう。そして死者が新芽を出した穀物として帰って来たように、彼らはさわやかな春風によって長い眠りからさめ春の花として帰って来ると考えられたに違いない。彼らは休息のため土の下に横たわっていたのである。黒土から生え出たすみれとヒヤシンス、バラとアネモネが、彼らの血をもってあるいは紫にあるいは紅に染められ、またその霊の幾分かを分け与えられた、と想像するほど自然なことがあるだろうか。」
「第十七世紀、ヨーロッパに起こった最も血腥い戦いとして知られたランデンの戦争の後の夏のこと、二万の戦死者の血を吸った大地に見渡すかぎり無数のケシの花が咲き乱れた。その広々とした真紅の野を通った旅行家がこれを眺めて、大地が実際に死者を甦らせたと想像したのも、まことに当然なことであった。」



「第三十六章」より:

「古の時代においては、キュベレーの春祭に際してアッティスの役割をつとめた祭司は、必ず聖樹の上に吊るされあるいは殺されたと推定することができるし、またこの野蛮な慣習は後代に至っては、単に祭司が樹の下でその身体から血を流し、彼自身の代わりに人形をその幹に結びつけるだけの形でわれわれに知られているものにまで緩和されたと推定してもよいであろう。ウプサラの聖森では、人物や動物を聖樹の上で縊死させて犠牲に供した。オーディンに献げられる人間犠牲は、必ず縊死により、あるいは縊死と刺殺の結合によって殺されたが、犠牲者は木または絞首台にかけられてから槍でもって刺し殺されることになっていた。このためにオーディンは「絞首台の主」あるいは「首つりの神」と呼ばれ、絞首台の木の下に坐った恰好で表わされている。この神が魔法の文字を学ぶことによって神的な力を獲得したことを述べているハヴァマルの奇妙な詩からわれわれが学ぶように、事実彼は普通の方法で彼自身のため自己犠牲をとげたのである。――

  われ風あたり強き樹の上に
  すべて九夜の間かかり、
  オーディンに献げられし槍もて
  わがため自から傷つきたり。

 フィリッピン群島中のミンダナオ島のバゴボ族は、これと同じようにして毎年豊作をねがって人間犠牲を供えた。オリオン星座が夕べの七時に現われると、人々は播種のために田畑を耕し、奴隷を一人犠牲にしなければならぬ時の来たことを知った。(中略)生贄は森林の中のとある一本の樹の下まで連れて行かれた。そして古代の画工が描いた運命の樹にかけられるマルシュアースのあの姿で彼はその樹に背を合わせて縛りつけられ、両手を頭上高く差し上げた。こうして両手によって吊りさげられているところを、腋の高さにそって槍でもって胴体を刺し貫ぬいて殺された。この屍体はあとで腰のあたりで胴斬りにされ、上体はしばらくそのままで樹から垂れさがるが、下半身は血まみれになって地上に転ぶ。最後に二つの部分は、傍に掘られた浅い溝の中へ投げこまれた。このことがなされる前に、その志のある者は屍骸から肉の一片か髪の毛の一房を切りとって、食人鬼どもによってむさぼり食われた者の縁者の墓にそれを持って行ってもよかった。食人鬼はこの新しい屍骸に引きつけられ、よろこんで腐った古い屍骸を見棄てるのであった。」
「ギリシアでは、大女神アルテミス自身が、アルカディアの山間の彼女のコンデュリアの聖森で、年毎に人形の形で吊るされたことが知られており、この女神はそこでは「絞め殺された者」という名でとおっていた。」



「第四十章」より:

「オシーリスの神話と典礼についての以上の概説は、この神がその属性の一つにおいて穀物の擬人格であり、更に年々死んではまた甦るものといわれ得ることを証明するに十分であろう。」
「またオシーリスが穀物を食べることを人間に教えた最初の者であったという伝説は、穀物神そのものについて最も自然に語られたであろう。更に彼の切断された骸が国のあちこちに撒き散らされて、それぞれ異なった場処に埋葬されたという伝説は、穀物を播くことが、それを篩い分けることを説明する神話的方法であったらしい。(中略)あるいはこの伝説は、おそらく穀物霊の代表である人間犠牲を殺して、畑を豊饒肥沃にするためその肉を配布し、あるいはその灰を撒布した慣習の遺物であろうと見るのは更にいっそうもっともらしい。近代のヨーロッパでは、時として死者の絵を細かく破って、その細片を農作物をよく成長させるために地中に埋め、世界の他の地方では人間犠牲を同じように扱っている。古代エジプト人について言えば、彼らが赤毛の人間を焼いて灰を篩で撒き散らしたということがマネトーの記録にあり、王たちがこの野蛮な供犠をオシーリスの墓前で執り行なったということは、極めて意味の深いことである。われわれはこの生贄が、地に播かれた種を生気づけるために年ごとに殺され、切断され、埋葬されたオシーリス自身を代表していたと推論してもよいであろう。
 先史時代にはおそらく王たち自身がこの神の役割をつとめ、その性格において殺され切断されたであろう。」
「英領ニュー・ギニアのフライ河河口沖にあるキワイ島の土着民は、サゴ椰子をトーテムとしたセゲラと呼ばれる一人の呪術師のことを語る。セゲラが老いて弱ったとき、彼は民どもに向かって自分は間もなく死ぬだろうということを、しかしそれにもかかわらず民どもの園を繁昌させるだろうということを伝えた。こうして彼は、自分が死んだなら骸を切断して、肉片を民どもの園に置くように、しかし頭だけは彼自身の園に埋めてほしいと伝えたのである。」
「これらの伝説は概して、王または呪術師の骸を切断して、地の豊饒と多分はまた人間や家畜の多産を確かにするため、国内の諸地方にその断片を埋葬するという、あまねく行なわれている慣習を示すものである。」

「オシーリスは穀物霊であるに止まらなかった。彼は樹木霊でもあった。そして宗教の歴史において樹木崇拝は当然穀物崇拝よりも古いところから、おそらくはこれが彼の原始的性格であったであろう。」

「彼の祭りにあたって、女たちは彼を讃える歌をうたいながら、また紐を使って運動するように仕掛けた彼の猥褻な像をたずさえながら、村々を遍歴するのであった。この慣習はおそらく、農作物の成長を確かならしめる呪であった。(中略)エジプト人がこの神的な力の観念に効果を与える目的をもって採用した象徴と儀式とを卑猥であり堕落したものであると批難すれば、古代宗教を謬って判断することになるであろう。」



「第四十三章」より:

「さきの諸章において、古代アジアとエジプトの文明諸民族が、季節の変化、それも特に年々の植物の繁茂と衰頽とを、彼らがそれぞれ悲嘆と歓喜の劇的儀式をもって、その悲しい死とよろこばしい復活を記念した神々の生涯の插話として信じていたことを見た。この祝祭はその形式から見て劇的であったとしても、本質上それは呪術的なものであった。すなわち、それは共感呪術の原理に立って、冬の侵害によって害なわれたと見えた植物の春になっての復活と、動物の増殖とを確かならしめることを目的としたものであった。」


「第四十七章」より:

「エクアドルはグァイクルのインディアンは、畑に種を播きつけた時には、人間の血と心臓を犠牲として供える慣わしであった。カナール(今日のエクアドルのクェンカ)の住民は、毎年収穫時になると、百人の小児を犠牲として供えた。ペルーのインカ族であるクィトーの王たちも、それからスペイン人も長い間にわたってこの殺伐な儀式を止めさせることができなかった。」
「パウニー族は毎年の春、畑に種を播いた後で人間犠牲を供えた。この犠牲は暁の明星によって、あるいは暁の明星が使者として遣わした一羽の鳥によって命令されたものだと信じられていた。この鳥は剝製にされ、強力な護符として保存されていた。(中略)生贄は男女いずれかの捕虜であった。彼には極く派手で最も高価な衣服を着せ、飛切り上等の御馳走で肥らせ、注意ぶかくその運命に気づかせぬようにして置いた。彼が十分に肥ったところで、群集の面前に引き出して十字架に縛りつけ、厳かな踊りをおどり、それから彼の頭を鉞で叩き割り、そのうえ矢を浴びせかけるのであった。(中略)一八三七年、あるいは一八三八年四月、パウニー族が行なったシウ(スー)族の一少女の犠牲について、特別な話が伝えられている。その少女は十四、五歳であって、六ヵ月のあいだ留め置かれて大切に取り扱われた。供犠の二日前になって、少女は酋長や戦士の一団に伴われて、小屋から小屋へと引きまわされた。どの小屋でも小さな木片れと顔料を少しばかりもらいうけ、それを彼女の隣りの戦士にわたした。(中略)四月二十二日、彼女は戦士たちに伴われ、犠牲にされるために連れ出されたが、戦士たちは彼女から渡された木片れを二つずつ持っていた。少女の軀は半分赤く半分黒く塗られていたが、一種の絞首台につけられてしばらく遠火であぶられたのち、矢を雨と浴びせて射殺された。次に供犠執行の主管者が、少女の心臓をつかみ出して食べてしまった。肉はまだ温いうちに骨ごと細かく切り刻み、それを籠に入れて知覚の穀物畑へ携えて行った。そこでは大酋長が籠から一片の肉を取り出し、それを絞って一滴の血を播きつけたばかりの穀粒にそそいだ。他の者たちも彼にならって、すべての種子に血がそそがれるまでそれを続けた。これが終ると種子には土がかぶせられた。他の説明によれば、生贄の骸は一種の泥状のものにつくられ、トウモロコシだけでなく、馬鈴薯にも、豆にも、その他の種子にも、豊饒多産のために塗りつけられ、あるいはそそぎかけられた。彼らはこの供犠によって豊作を期待したのである。
 西アフリカのある女王は、三月に男女一名ずつの犠牲を供えるのが慣わしであった。彼らは鋤と鍬でもって殺され、ちょうど耕し終ったばかりの畑の真中に骸を埋めた。ギニアのラゴスでは、豊作を確保するため毎年春分の直後に、年若な娘を生きながら杙で刺し殺すのが慣わしとなっていた。同時に羊と山羊が何匹か犠牲にされたが、それはヤム芋、トウモロコシの頭、バナナなどと一緒に彼女の両側の杙に掛けられた。生贄はこの目的に用立てるため王の後宮で養育され、娘の心は祭司たちによってその運命を甘受するようになるまで強く教育されるのであった。」
「フィリッピン群島の一つ、ミンダナオ島のバゴボ族は、稲を播く前に人間犠牲を供える。生贄は奴隷であって、森林の中で細かく切り刻まれるのである。フィリッピン群島の一つ、ルソン島内地のボントクの土着民は、熱心な首狩り族である。彼らが好んで首狩りに行く季節は、稲の植えつけと刈り入れの時である。稲作を順調に良くするためには、各農場が人間の首を少なくとも植えつけにあたって一つ、種播きにあたって一つは獲得しなければならない。首狩りには二人または三人組で出掛け、身をひそませて生贄を待ち伏せ、男であろうと女であろうと捉えると首、両手、両足を切り落とし、大急ぎで部落に持って帰る。人々は狂気のようになってこれを迎える。首級は最初に、どの村の広場にもあって腰掛けの用をする大石に囲まれた二、三本の枯木の枝に曝される。人々はそれを取り巻いて踊り、宴を設けて泥酔する。首級の肉が落ちると、最初にそれを切り取った者が持ち帰って、聖物として大切に秘蔵する。その仲間は手や足を同じように取り扱う。」
「ブラーマプートラの豊かな谿谷から山々の間を曲りくねって入っている深くて険しい迷路のような谷に住まっている多くの未開部族の一つであるロタ・ナガ族は、彼らが出会う人々の首、両手、両足を切り取り、穀物の豊作を念願してその切り取ったものを畑に立てて置くのが一般の慣わしになっていた。彼らはこんなひどい仕打ちはしても、その人物に対しては別に何の悪意を抱いているわけではなかった。かつて彼らは一人の少年を生きたまま焼き、その骸を細かく切り刻み、村人たちに洩れなく配布したが、村人は災厄除けのためあるいは穀物の豊作をねがって、それを穀袋の中へ入れた。(中略)チョタ・ナグプールのオラーオン族あるいはウラーオン族は、アンナ・クアリという女神を崇拝している。この女神は豊作を与えたり人を富裕にしたりすることができるけれども、彼女にそうさせるためには人間犠牲を供えることが必要とされている。英国政府の警告にもかかわらず、このような供犠は今なお秘密裡に継続されているという。生贄となるのは、その失踪が注意をひくことのない宿無しの浮浪児である。四月と五月は人さらいが誘拐に出掛ける月である。その頃になると他所者は独りでその地方を歩くのを止め、親たちは子供が森林へ入って行くことを許さず、家畜を飼ことも許さない。人さらいは生贄を見つけると喉を切り裂いて、薬指の先と鼻を持ち去る。女神は犠牲を供えてくれた者の家を棲家と定め、その後彼の畑は二倍の実を結ぶことになる。」
「豊作を確保するため組織的に供えられた人間供犠の最もよく知られた例は、ベンガルの他のドラヴィダ族、コンド族あるいはカンド族によって与えられる。(中略)コンド族は、血を流すことがなければウコンは深紅色を帯びることができないと言うのである。生贄すなわち彼らのいわゆる「メリアー」は、買われたものか、生贄として生まれた者――生贄である父親の子――か、父親または後見人によって子供のころ奉献された者である場合に限って、女神に供えることができるのであった。コンド族は、「その祝福は確かであり、その死は人類同胞のためであるから最も名誉なことだと考えて、」困窮して来るとしばしば自分の子供を生贄として売ることがあった。(中略)しばしば生贄は犠牲として供えられる前、数年間にわたって養なわれることがあった。彼は聖化された人間とみなされているので、尊敬の念を交えた極度の愛情をもって取り扱われ、どこへ行っても歓迎されるのであった。」
「このような部族的供犠執行の次第は次のとおりである。供犠の十日か十二日前になると、それまで延び放題にして置いた髪の毛を切ることによって、生贄は聖化される。(中略)供犠の前日になると、生贄は新しい着物を着せられ、音楽と踊りをともなった荘厳な行列で村から連れ出され、「メリアー」の森、つまり村から少しばかり離れたところに斧で他から伐りはなされた喬木の茂みへ連れて行かれる。そこで人々は彼を棒に縛りつけるのであるが、この棒は時として二本の灌木の間に立てられる。それから彼は油、牛酪油、ウコンを塗られ、花でもって飾られる。そして「尊崇と区別することのむつかしい一種の尊敬」が、終日彼に向けられるのである。さて次には、彼の身柄から出るどんな小さな遺物なりと手に入れようと、大変な競争が起こる。彼の身に塗られたウコンの泥の少量、あるいは彼の唾液の一滴は、特に女たちが霊験あらたかなものとして珍重するのである。群集は音楽に合わせ、棒を取り巻いて踊り、「神よ、われらこの生贄をなんじに献げまつる。よき農作と、よき天候と、よき健康とをわれらに与え給え。」と地の神に呼びかけて言うのである。そして次には生贄に向かい語って言う。――「われわれは価をもって汝を購ったのであって、さらって来たのではない。われわれは慣習に従っていま汝を犠牲として供える。われわれには何の罪もないのだ。」と。」
「彼を死に致らしめる方法は、ところによって異なっていた。最も普通の方法の一つは、絞殺または窒息死であるらしい。生きた木の枝を、半ばどころまで数尺ほど裂く。生贄の首(ところによってはその胸)を割れ目にはさみ、祭司が補祭どもの助力をかりて力いっぱい締めつける。そして斧でもって生贄を少し傷つけると、群集がわっとこの憐れな者に襲いかかって、ただ頭と腹わたを残すだけ、肉をすっかり骨から切り取ってしまうのである。時としては生きながら切り刻まれることもあった。チンナ・キメディでは、生贄は群集に囲まれて畑を引きまわされるのであったが、彼らは頭と内臓を避けて、生贄が絶命するまで小刀でもって肉を切り取った。右と同じ地方で行なわれた供犠の極めてありふれた他の様式は、頑丈な棒の上で回転する木製の象の鼻に生贄を縛りつけ、群集はそれがまわる時なお命のあるうちに肉を切り取るのであった。(中略)ある地方では、生贄はじわじわと火に焙って殺された。屋根のように両側に傾斜する低い舞台がつくられる。その上に生贄をのせて、じたばたするのを防ぐために四肢を繩で縛り上げる。それから火をたいて熱い燃えさしを押しつけ、彼がなるべく長い間この傾斜面を上がったり下がったり転げまわるようにする。彼が涙を流せば流すほど、雨の量も多くなるからである。翌日になって体は細かく切り刻まれるのであった。
 生贄から切り取られた肉片は、村々から遣わされてそれを持ち帰ることを依託された人々によって、直ちに持って行かれる。(中略)家長たちは与えられた肉の小片を木の葉に包み、後向きになってそれを見ずに土中に埋めるやり方で、自分の望む田畑に埋めるのである。」







こちらもご参照ください:
フレイザー 『金枝篇 (四)』 永橋卓介 訳 (岩波文庫)
J・G・フレーザー 『火の起原の神話』 青江舜二郎 訳 (角川文庫)
吉田敦彦 『日本神話の源流』 (講談社現代新書)


































フレイザー 『金枝篇 (二)』 永橋卓介 訳 (岩波文庫)

「それで多分エーゲリアは神聖なカシワの樹の根もとから湧いて出る泉の精霊であった。ドードーナにある大きなカシワの根もとからもこのような泉が湧き出しており、女祭司たちはその淙々(そうそう)たる噴泉から神託をきいたと言われている。」
(フレイザー 『金枝篇 (二)』 より)


フレイザー 
『金枝篇 
(二)』 
永橋卓介 訳
 
岩波文庫 白/34-216-2 


岩波書店 
1951年5月15日 第1刷発行
1966年12月16日 第4刷改版発行
1988年7月25日 第24刷発行
336p 
文庫判 並装 
定価550円



全五冊。



フレイザー 金枝篇 二



帯文:

「ここでは、未開民族のさまざまなタブーや精霊の弑殺の風習が述べられる。「世界がまだ若かった頃の思惟の全体」がここにあるのだ。」


目次:

第十三章 ローマとアルバの王
 一 ヌマとエーゲリア
 二 ユーピテル(ジュピター)としての王
第十四章 古代ラティウムにおける王国の継承
第十五章 カシワの樹の崇拝
第十六章 ディアーヌスとディアーナ
第十七章 王者の重荷
 一 王のタブーと祭司のタブー
 二 霊的権力と俗的権力の分離
第十八章 霊魂の危難
 一 「マネキン」としての霊魂
 二 霊魂の失踪と呼び戻し
 三 影と映像としての霊魂
第十九章 タブーとされる行動
 一 異人との交際
 二 飲食
 三 顔を見せること
 四 家を離れること
 五 食物を食べ残すこと
第二十章 タブーとされる人物
 一 酋長と王
 二 服喪者
 三 月経と分娩の女
 四 戦士
 五 人殺し
 六 猟師と漁夫
第二十一章 タブーとされるもの
 一 タブーの意味
 二 鉄
 三 鋭どい武器
 四 血
 五 頭
 六 毛髪
 七 理髪の儀式
 八 毛髪と爪の処置
 九 唾液
 一〇 食物
 一一 結節と指輪
第二十二章 タブーとされる言葉
 一 人名
 二 親族の名
 三 死者の名
 四 王と他の神聖な人物の名
 五 神の名
第二十三章 未開人への感謝
第二十四章 神聖な王の弑殺
 一 神々の死
 二 力が衰えると殺される王
 三 一定期間の後に殺される王
第二十五章 一時的な王
第二十六章 王の息子の犠牲
第二十七章 霊魂の継承
第二十八章 樹木の精霊を殺すこと
 一 聖霊降臨祭の役者
 二 謝肉祭の埋葬
 三 死の追放
 四 夏の迎え入れ
 五 夏と冬のたたかい
 六 コストゥルボンコの死と復活
 七 植物の死と復活
 八 インドにおける類似の儀礼
 九 呪術の春




◆本書より◆


「第十三章 ローマとアルバの王」より:

「ローマ年代記は、アルバの王たちのうちの一人、ロームルスあるいはレムルスあるいはまたアムリウス・シルウィウスなる者が、自らユーピテルと同程度の、あるいはそれにも優る神であると主張したことを記録している。彼は神の外見を保ち、庶民を威圧するためにある機械を考案し、それによって雷霆(らいてい)のとどろきと電光のはためきを模倣した。ディオドーロスは、みのりの季節になって烈しい雷がしきりに鳴りとどろく時、この王が兵隊に向かって剣を楯にうちあてて天空の砲のとどろきを消し去るよう命じたと述べている。しかし彼はその不虔の罪を自ら贖(あがな)わねばならなかった。物凄い大暴風雨のさなか、彼も彼の家も雷撃をうけて壊滅し去ったのである。アルバの湖は雨のために増水し、洪水となって彼の宮殿を呑んでしまったという。水が減って湖面の静かな時分には、清澄な湖底にいまなお宮殿の廃墟が見えると古代の歴史家は言っている。」


「第十七章 王者の重荷」より:

「社会の初期のある段階では、王や祭司はしばしば超自然的な威力をそなえており、あるいは神の受肉であるように考えられ、この信仰と一致して自然の運行は多かれ少なかれ彼の支配に従うものと想像され、その結果として悪い天候や農作の失敗その他の災害に対して責任を負わねばならぬと見られた。自然に対する王の威力は、人民や奴隷に対する威力と同じように、一定の意志の働きを通してふるわれるものと考えられたことがある程度までうかがわれる。それで旱魃、飢饉、疫病、あるいは暴風雨などが襲って来た場合には、人々はこのような災厄を彼らの王の怠慢や罪悪のせいだとして、笞刑(ちけい)や縲紲(るいせつ)をもって罰を加え、それでも因業な心を改めぬ場合には王位を剝奪して弑殺するのであった。しかしながら、このように自然の運行が王の意志命令に依存していると考えられていた一方、一部は王の意志とは独立していると考えられることもあった。彼の人格は、(中略)宇宙の動力的中心と考えられ、宇宙の各方面にそこから威力の線を放射するものと信じられていた。そこで彼のあらゆる動作――頭を動かしたり手を挙げたりするようなことでも――たちまち支障を起こして自然のある部分をひどく妨害することになる。彼は宇宙のバランスを支える均衡点であって、彼の側におこったいささかの不規則といえども、それはたちまち微妙なバランスを破る結果となるのであった。」


「第十八章 霊魂の危難」より:

「ヒューロン・インディアンは、霊魂は頭も軀も手も足もそなえていると考えた。つまりそれは人間そのものの完全な模型だったのである。エスキモー人は「霊魂は自分が属している軀と同じ恰好をしているが、たいそう捉えがたくて稀薄な性質をもっている」と信じている。ヌートゥカ・インディアンによれば、霊魂は小さな人間の恰好をしている。それが坐っている座は頭の脳天である。(中略)フレイザー河の下流のインディアン諸部族は、人間は四つの霊魂をもっていると考えており、その中の主なものはマネキンの姿をしているが他の三つはそれの影である。マレー人は人間の霊魂を小さな人間のようなものであって、ほとんど眼には見えず、その大きさは拇指くらいで容姿つり合い顔色に至るまで宿主である人物にそっくりだと考えている。このマネキンは全く触知しがたいものではなくて、実質的なものの中に入ればそれだけの場処をふさぐのではあるが、稀薄で非実体的な性質をもっており、そこここと敏速に飛びまわることができる。そして睡眠、夢幻恍惚状態、病気などの場合には一時的に、また死後は永久的に肉体を離脱するという。」
「霊魂は小さな人間のような恰好をしているというフィージー諸島民の観念は、ナケロ部族において酋長の死んだ時に行なうことから明らかに知られる。酋長が死ぬと、世襲の葬儀屋を営んでいる者たちが、立派な敷物の上に油をぬられ飾りをつけられて横たわっている彼に呼びかけて、「酋長よ、起きなさい。行こうではないか。その日がこの国にやって来た。」という。彼らが彼を河の畔まで伴なって行くと、そこには幽霊の渡し守が出て来て、ナケロ族の霊魂を向こう岸へ渡してくれる。こうして酋長の最後の旅路のお伴をしながら、彼らはめいめいの扇を低く支えて彼の上を覆うてやる。それは、彼らのうちの一人がある宣教師に語ったように、「霊魂は小さな子供くらいしかない」からである。自分でイレズミをするパンジャブ地方の人々は、人が死ぬと霊魂すなわち人間のうちに宿る「小さな全き男または女」が、生前その肉体を飾ったと全く同じイレズミ模様をつけて天に昇ると信じている。」

「眠っている人の霊魂はその身体から抜け出して行って、現に夢みている場処を実際に訪れ、夢みている人に会い、夢みていることをすると信じられている。たとえばブラジルやギアナのあるインディアンは、深い眠りからさめたとき、その身体がずっと寝床の中で身動きもせずに横たわっているのに霊魂は狩り、魚とり、木伐りその他何でも彼が夢にみたことをするために行って来た、と堅く信じて疑わない。(中略)マクシ・インディアンのある病弱な男が、カヌーを漕いで困難な長い激流をさかのぼることを雇い主から命じられた夢を見て、その翌日雇い主に向かって哀れな病身者に夜分こんな骨折りさせるとはけしからんと、おおいにその非を鳴らしたそうである。グラン・チァコのインディアンは、実際に彼らが見聞したことだと言って、全然信じられぬような話をしばしば人に語ってきかせる。それで彼らのことを良く知らぬよその人々は、このインディアンは嘘つきだと速断してしまう。ところがインディアンの方では、彼らが物語ったことの真実性を堅く信じているのである。つまりこの驚くべき冒険は彼らの夢にすぎないのだが、彼らはこれを白昼の事実と区別しないのである。」

「サンタル族はこんな話をする。ある人が眠っていると喉が渇いてたまらなくなった。そこで彼の霊魂がトカゲの形をして出て行き、水を飲もうと水差の中へはいった。ちょうどその時、水差の持ち主が偶然それに蓋をしてしまった。そのために霊魂は軀に戻ることができず、彼はそのまま死んでしまったのである。ところが、友人たちが彼の遺骸を火葬にしようと用意をしているとき、誰かが水を使おうとあの水差の蓋をとった。するとトカゲが中から出て来て元の軀に戻ったので、軀はたちまち甦がえったのである。甦えった男は立ち上って、なぜそんなに泣いているのかと友人たちにたずねた。彼らはお前さんが死んでしまったと思ったので、すんでのことで軀を焼くところだったと答えた。彼は水を飲もうとして井戸の中へ落ちてしまい、今ようやく出て来たところだと説明した。一同はなるほどそうだったのかとうなずき合ったという。」



「第十九章 タブーとされる行動」より:

「時として異人とその呪術に対する恐怖があまりにも大きくて、どのような条件でもその入来を許さぬこともある。たとえばスピークがある村へ到着した時など、土着民は戸を閉ざして彼を受けなかった。「彼らはこれまでついぞ白人なるものを見たことがなかったし、その人たちが携えていたブリキ箱も初めてのものだったからである。『こんな恰好をした箱め、盗賊のワッタが化けて俺たちを殺しに来たのかも知れない。お前たちを通すことは相ならん』と彼らはかぶりを振った。どのように説得しようとしても無駄だったので、一行はそのまま次の村へ進むほかはなかった。」
 異国からの来訪者について感じる恐怖は、しばしば相互的なものである。未開人は未知の土地へ入ると魔法の地を踏んでいるように感じ、そこに出没する鬼神とその地の住民の呪術から身を護る手段を講じるのである。」
「また旅行している人は、彼が交際をした異人から何か呪術的な害を受けて来ると信じられることもある。それで旅行から帰って来ると、その部族の友人たちの集団に再び加えられる前に、ある潔めの儀式をうけなければならないのである。」



「第二十章 タブーとされる人物」より:

「未開人はこのように神聖な酋長や王を、接触すればいわば爆発する神秘的な霊的威力をそなえたものとみなすところから、自然彼らを社会の危険な階級の中に組み入れてしまい、彼がある種の恐怖の念をもって見ている人殺し、月経中の女などに課すると同じ種類の制限を彼らにも加えるのである。たとえばポリネシアの神聖な王や祭司は、自分の手でもって食物に触れることを許されておらず、そのため他の者に食べさせてもらわなければならなかった。またわれわれが今みたように、彼らの食器、衣類その他の所持品は一切他人が使用してはならず、この禁を冒したなら死を与えられるのであった。ある未開人たちはこれと全く同じ制限を、初潮の処女、分娩後の女、人殺し、服喪者および死人と接触したすべての人物に要求している。たとえば最後にあげた部類に属する人々について最初に述べてみれば、マオリ族ではすべて屍骸に触れた者、それを墓場へ運んだ者、あるいは死人の遺骨に触れた者は、あらゆる交際と交通を遮断されてしまうのである。彼はどんな家にも入ることができず、どんな人物や事物にも接触することができないのであって、この掟に叛けば彼らにすっかり死霊をつけてしまうことになるのであった。その手は全く使うことができぬほどひどいタブーとなり、あるいは汚れを受けるので、食物にすら触れてはいけなかった。そこで食物が地べたに置かれると、彼は坐るか跪くかして両手を注意ぶかく背にまわし、苦心惨憺それを食べつくすのであった。場合によっては他人から食べさせてもらわねばならなかったが、食べさせる方の側では腕をなるべく長くのばし、タブーとなった者に接触しないで目的を果たすようにした。ところが食べさせる側の人がまた相手方に負わされているものよりたいして軽くない沢山の制限を受けなければならなかったのである。人口の多い村には必ずと言ってよいくらい、このように汚穢を受けた者の世話をして悲しい当てがい扶持をもらって生きているところの、賤しい身分のうちでも一番いやしい零落し切った下郎がいた。ボロにくるまり、頭から足の先まで赤土泥を浴び、むかつくようなフカの油の臭気をぷんぷんさせていつも独りぽっちで押し黙ったままでいる、やつれ切ってかさかさに痩せ衰えた半分気違いの老人で、朝から晩まで村の人通りの多い道や往来から離れたところにじっと身動きもしないで蹲(うずくま)ったまま決して仲間入りすることのない他人の多忙な生活ぶりを、どんよりとうるんだ眼で力なく見守っているのである。一日に二回、施しの食物が彼の前に投げられると、彼は手を使わないでどうにかそれをむしゃむしゃ食べる。夜になると脂じみたボロ屑を身のまわりにまといつけ、木の葉や屑物などでこしらえたひどい巣穴にもぐり込んで、汚物にまみれ寒さにふるえ飢にせめられながら、悲惨な明日の日の序曲である悲惨な夜を、悪夢にとぎれがちな眠りのうちに過ごすのであった。」


「第二十二章 タブーとされる言葉」より:

「言葉と事物とを明確に区別することのできない未開人は、名称とそれによって命名されている人物または事物の間の鏈鐶は、単なる気まぐれな観念的連合ではなくて、毛髪とか爪とか彼の身体の他の物質的部分を通じる場合と全く同様に、容易にその名を通じて人物に呪術をかけ得るほどに両者を結合するところの、真実で本質的な羈絆であると一般に信じているのである。事実未開人は名を彼自身の生命的部分とみなし、それにしたがって取り扱い方に注意をはらう。」
「中央オーストラリアの諸部族では、すべての男子、女子、子供は日常つかわれる名の他に、生後すぐ長老たちから与えられ群団の真正な成員のほかは誰にも知らされていない秘密の名、あるいは神聖な名をもっている。この秘密な名は最も厳粛な機会のほかは決して口にせられない。」



「第二十四章 神聖な王の弑殺」より:

「シルック族の宗教の基本的要素は、一般に生きていようと死んでいようと神聖なあるいは神的な王たちに対して彼らが行なう礼拝にあると見られる。王たちはただひとつの神的な霊によって活かされていると信じられているが、これは半神的なしかしおそらくは本質上歴史的な王朝の創設者から、彼のすべての後継者たちを通して今日まで伝承されるものである。こうしてシルック族はその王たちを、人間の、家畜の、そしてまた作物の安寧が緊密に依存する受肉の神々とみなすところから、当然彼らに絶大な尊崇の念をもち、またあらゆる配慮を怠らないのである。そしてわれわれにはいかに奇異に見えようとも、不健康や衰弱の兆候が現われはじめるや否や神的な王を弑殺する彼らの慣習は、王に対する彼らの深甚の尊崇と、王を保持しようとするあるいはむしろ王を活かしている神的な霊を保持しようとする配慮から直接に出発するものである。(中略)なぜなら、すでにわれわれが見たように、王の生命あるいは霊は全王国の繁栄と極めて密接に共感的に結合されており、もし王が病気にかかったり衰弱したりすれば、家畜は病気に冒されて増殖することをやめ、作物は畑で腐り、人間は疫病で絶滅すると彼らは信じているからである。そこで彼らの意見によれば、このような災厄を避けるただひとつの方法は現在の王がその先任者から継承したところの物的な霊を、それがなお活発で疫病や老齢の衰頽によって影響されぬうちに次の継承者に転移するため、王が健康で強壮なうちに殺してしまうことである。」






こちらもご参照ください:

フレイザー 『金枝篇 (三)』 永橋卓介 訳 (岩波文庫)
J・G・フレーザー 『火の起原の神話』 青江舜二郎 訳 (角川文庫)

































































フレイザー 『金枝篇 (一)』 永橋卓介 訳 (岩波文庫)

「古代のドイツ人は、女の中に何か神聖なものが存在すると信じ、女たちから神託を求めた。聖女たちは渦巻く河の面を凝視し、水のせせらぎや轟音に耳を傾け、その様子や音から、まさに来るべきことを予言したと言われる。」
(フレイザー 『金枝篇 (一)』 より)


フレイザー 
『金枝篇 
(一)』 
永橋卓介 訳
 
岩波文庫 白/34-216-1 


岩波書店 
1951年3月5日 第1刷発行
1966年8月16日 第3刷改版発行
1988年6月5日 第28刷発行
306p 
文庫判 並装 
定価500円



本書「訳者序文」より:

「ジェイムズ・フレイザー卿(Sir James George Frazer, 1854~1941)畢生の労作『金枝篇』(The Golden Bough)は一八九〇年に初版、一九〇〇年に再版、一九一一年には十一巻からなる決定版第三版が出版され、一九一四年には索引と文献目録からなる一巻が追加されて十二巻となり、更に一九三六年には補遺(二番刈り)一巻が加えられて全十三巻に及ぶ最終決定版の完成を見るに至った。何分にも大部なもので、著者は(中略)一九二二年に簡約一巻本を自ら編集出版した。」
「今ここに私が訳出したのはこの簡約一巻本であって、テキストは The Golden Bough, A Study in Magic and Religion; Abridged Edition, Macmillan, 1925 を使用した。
 はじめて本書を岩波文庫に入れたのは昭和二十六年のことであった。このたび全面的に改訳改稿して元のままの五分冊の形で出版することにした。」



全五冊。



フレイザー 金枝篇 一



帯文:

「イタリアの片田舎、ネミの森には不思議な風習がある。これに気をひかれたフレイザーは由来を解明せんと『金枝篇』の筆を執った。」


目次:

訳者序文
金枝篇第一版序文
金枝篇第二版序文
金枝篇第三版序文
簡約本金枝篇 序文

第一章 森の王
 一 ディアーナとウィルビウス
 二 アルテミスとヒッポリュトス
 三 要約
第二章 祭司王
第三章 共感呪術
 一 呪術の原理
 二 類感呪術または模倣呪術
 三 感染呪術
 四 呪術師の発達
第四章 呪術と宗教
第五章 天候の呪術的調節
 一 公的呪術師
 二 降雨の呪術的調節
 三 太陽の呪術的調節
 四 風の呪術的調節
第六章 王としての呪術師
第七章 受肉の人間神
第八章 自然の部分王
第九章 樹木崇拝
 一 樹木の精霊
 二 樹木の精霊の恩沢
第十章 近代ヨーロッパにおける樹木崇拝の名残り
第十一章 植物生育に対する性の影響
第十二章 神聖な結婚
 一 豊饒の女神としてのディアーナ
 二 神々の結婚




◆本書より◆


「第一章 森の王」より:

「たれかターナー描く「金枝」という絵を知らぬ者があろう。この絵はネミの小さな山の湖――古人のいわゆる「ディアーナ(ダイアナ)の鏡」の夢幻的な想像図であって、画面は幻の金色の輝きをもって隈なく覆いつくされ、(中略)それを神々しいものに変えている。」
「その昔、この森の景勝地は、不可思議な、そして繰り返される悲劇の舞台であった。湖の北の岸、今日ネミの村が坐っている切り立つような絶壁の真下に「ディアーナ・ネモレンシス」すなわち「森のディアーナ」の聖なる森と聖所があった。(中略)この聖なる森の中にはある一本の樹が茂っており、そのまわりをもの凄い人影が昼間はもとより、多分は夜もおそくまで徘徊するのが見うけられた。手には抜身の剣をたずさえ、いつなんどき敵襲を受けるか知れないという様子で、油断なくあたりをにらんでいるのであった。彼は祭司であった。同時に殺人者でもあった。いま彼が警戒をおこたらない人物は、遅かれ早かれ彼を殺して、その代りに祭司となるはずであった。これこそこの聖所の掟だったのである。祭司の候補者は、祭司を殺すことによってのみその職を継承することができ、彼を殺して祭司となった暁には、より強く更に老獪(ろうかい)な者によって自分が殺されるまでは、その職を保つことを許されるのである。
 この不定的な享有権によって彼の保つ地位は、王の称号をも併せ有していた。しかし、彼にもまして不安定な夜をすごし、あるいは更に怖ろしい悪夢にさいなまれた王は、たしかにいまだかつてなかったであろう。」

「ネミの聖所の神域には一本の樹があって、その枝は一本も折りとることを許されなかった。ただ逃亡して来た奴隷だけが、もしできるなら、それを一本だけ折りとることが許されるのであった。この企てに成功すれば、かの祭司と一騎討ちをする資格が与えられ、相手を殺すことができたならば、ここに「森の王」(Rex Nemorensis)の称号を帯びて、代りに治めることになる。古代人の一致した意見によれば、この運命の枝こそアイネイアースが死の世界へ冒険旅行を試みたとき、巫女(みこ)の命令で折りとったところの、あの「金枝」(The Golden Bough)にほかならなかったのである。」



「第三章 共感呪術」より:

「中部オーストラリアの不毛地帯にも増して、食糧供給確保のために、この共感呪術の理論を組織的に実行に移しているところは他にない。(中略)アルンタ族では、ある昆虫の幼虫トーテムの人々は、その部族内の他の成員たちが食用にする幼虫を増殖させるため、呪術儀式を執り行なう。儀式のうちのあるものは、成熟したその昆虫が蛹からぬけ出すことを表わす無言劇である。まずその幼虫の蛹の殻になぞらえて、木の枝でもって細長い室がつくられる。この室の中にその幼虫トーテムに属する一団の人々が入って坐り、昆虫成熟の各過程を歌う。そうして身を屈めて外へ出ながら、蛹から虫が出ていると歌うのである。こうすればその幼虫を沢山に増やすことができると信じているわけである。」

「カンボジアの猟師は、網を張っても一向に獲物がかからない場合には、裸体になっていったんその場を立ち去り、網のあることに気のつかぬふうをしてまた戻って来る。そして故意にそれに引っかかり、「おやこれは何だろうか。いや、しまったわい。網にかかってしまった」と叫ぶのである。こうすれば網には必らず獲物がかかるとされている。これと同じような無言劇が、わがスコットランドの高地で行なわれていたことは、まだ記憶に新しい。今日ケイスネスのレイの牧師であるジェイムズ・マクドナルド師の語るところによれば、彼は少年の頃友人とロック・アライン付近でよく釣りをしたものだが、どうしても魚が食わない場合には仲間の一人を舟から突き落して、魚でもあるかのようにまた水の中から引き上げるまねをした。そうすると、舟が河にいればマス、海にいればシロックが食いはじめるのであった。」

「死者をその手段として働くところの、類感呪術の豊富な一分派がある。死者が見ることも聞くことも話すこともできないと同じように、死者の骨や死の汚染を受けたものを類感的に使用することによって、人を盲にしたり啞にしたり聾にしたりするのがこれである。(中略)ルテニア人の夜盗は、死人の脛骨髄をぬきとり、その孔に獣脂を注入して火をつけ、この灯火をかざして家の周囲を三度まわるのであるが、こうすると家の者たちは死人のように眠ってしまう。ルテニア人はまた、死人の脛骨で笛をこしらえ、それを吹きならすこともあるが、その音をきく者はたとえようのない睡気におそわれるという。(中略)ヨーロッパでは、同様な呪力が「栄光の手」に帰せられている。これはくびり殺された男の手を乾燥させ、それを酸づけにしたものであった。この栄光の手を燭台とし、同じように絞首台上で殺された罪人の脂肪でもって作られたロウソクに火をつけて立てると、それに照らされる者は完全に身動きができなくなってしまった。」

「類感呪術あるいは模倣呪術は、模倣のうちにそれをなしとげることによって、凶兆をうち消すためにしばしば利用された。それは仮偽の災厄を真の災厄に代置することによって、運命の裏をかくのである。マダガスカルでは、(中略)人の運勢はその出生の日、または出生の時刻によって決定され、もしそれが縁起のわるい時にあたる場合には、代置の方法によって、(中略)悪運を引き出してしまわぬ限り、八方ふさがりとなるのである。悪運を引き出す方法にはいろいろある。たとえば、男が二月一日に生まれると、彼の生長後その家は焼けてしまう。それで、この災難を逃れるため、時の機先を制してその子の友人たちは畑や牧場に小屋を建て、それに火を放って焼いてしまうのである。(中略)また雨の多い十一月は涙の月といわれ、この月に生まれた者は生まれながらにして悲しみを背負っている。しかし、彼の未来をとざしているこの雲を消し去るためには、沸きたぎる鍋の蓋をとって、それを振りまわすだけで十分である。蓋から落ちる雫は彼の運勢を変えてしまい、彼の眼から涙の落ちるのを妨げるからである。」

「私が感染呪術と呼んでいるところの共感呪術のうちの他の一大分派は、次の原理に立って発展するものである。その原理というのは、かつてひとたび接触の状態にあったものは、たとい遠く空間を隔てた後にも、一つに対してなされたすべてのことは必ず他の一つに同じ影響を与えるような、共感的な関係を永久に保つということである。」
「約五十年も昔のこと、サセックスである家の女中が脱けて落ちた子供の乳歯を投げすてることに大反対を唱えたことがあった。彼女が保証して言うところによると、もしそれが動物に見つけられてかじられると、新しく生えて来る子供の歯は、必ず歯をかじった動物のそれと同じようなものになるのであった。(中略)同様な信仰が、同様な信仰が、類感呪術の原理によって、古い歯を新しくてもっと良い歯と取りかえるための慣習を生み出した。もぎとられた歯をハツカネズミか普通のネズミのよく出る場所に置き、その歯と歯の主の間にいまなお存在する共感によって、新たに生える歯がこの齧歯(げっし)類の動物の歯のように丈夫で良質であることを希望する慣習は、多くの国々で見られるものである。(中略)ヨーロッパから遙かに遠い太平洋のララトンガでも、子供の歯の抜けた時には次の祈りが繰りかえされる――。

  大ネズミ、小ネズミ。
  私の古い歯をあげよう。
  どうか新しいのをおくれ。

 そして歯は草葺き屋根の上に投げられたが、その朽ちた屋根にはネズミが巣をつくっているからであった。」
「実質的な接触がなくなった後までも、なお身体と共感的な結合を保つと普通信じられている他の部分は、臍の緒と、胎盤をふくむ後産である。実際これらの結合は大変密接であって、善にまれ悪にまれ人間一生涯の運勢というものは、身体の一部分であるこれらのものによって左右されることが多く、臍の緒や後産が保存されて適当な取り扱かいを受ける時は栄達するのに引きかえ、もしそれが害なわれるか失われるかすれば災厄に見舞われると信じられているのである。」

「ベーコンはこう言っている――「人を傷つけた武器に油を塗れば傷そのものを治すことができるということは、常に承認されそして主張されて来た。信頼できる人々の語るところによると(私自身はまだ十分それを信じるまでには至っていないが)、この実験では次の諸点が大切だとされる。まずこれに用いられる膏薬はいろいろな成分からできているが、なかんずくもっとも奇怪で入手困難なものは、未葬の死人の髑髏にとまっている蛾と、出産の際に屠られたイノシシと熊の脂肪などである」と。この哲学者の説明によれば、右のような貴重な成分によって調合された膏薬は、傷の上にではなく武器の上に塗布され、負傷者が遙か遠方にあって何事も知らぬ時にすら、そうするのであった。(中略)このような呪薬は、イングランドの東部地方では今日でもなおひろく用いられている。たとえばサッフォークでは、鎌や大鎌で自ら怪我をした者は、その刃物をぴかぴかに研ぎすまして、化膿をふせぐためそれに油を塗るのである。棘あるいは、彼らの語をつかうと叢をその手につきさした場合には、ぬきとった棘に油か脂肪をぬる。あるとき、垣根をつくっていて棘をさした男が、化膿しかけた手をして医者のところへやって来た。医者がこれは化膿しかけていると告げると、「いや、そんなはずはありません。ぬきとった時に、棘によく油をぬって置きましたから」と反対したという。」
「人間と、その人間を傷つけた武器の間に存在すると想像されている共感的結合は、おそらく武器に付着している血液が、体内の血液と相互に感応し続けるとの考えに基づくものであろう。この理由によって、ニュー・ギニア沖のトゥムレオ島のパプア族は、傷を繃帯するために使った血のついた布片を注意ぶかく海へすてる。もし敵がこれを拾えば、それを利用して呪術的に彼を害するおそれがあるからである。」



「第五章 天候の呪術的調節」より:

「双生児が自然に対して、とりわけ天候に対して呪術的な力をもっているという信仰は、広く行なわれている。(中略)双生児は自分の嫌いな者を殺すことができるとして、人々から恐怖の念をもって見られる。また双生児は鮭やワカサギなどを招きよせることができるので、「豊ならしめる者」という意味の名で知られている。ブリティッシ・コロンビアのクワキュートル・インディアンの意見では、双生児は鮭の化身である。そこで彼らはその身が再び魚の態に戻るといけないから、水のほとりに行ってはならない。」

「ある人々は、太陽を輝かせたり、その速力を早めたりすることができると考えているが、他の人々はそれを遅らせたり止めたりすることができると考えている。ペルーのアンデス山の峠には、向かい合った丘の上に塔の廃墟が二つ立っている。そしてその壁には、一つから他のものへ網を張るために鉄の鉤が打ち込まれている。この網は太陽を捕えるためのものである。この地方には罠をかけて太陽を捕えた人の話がひろく伝えられている。イグルリクのエスキモーは、秋になって太陽が南へまわり、北極の空低く沈んで行くとき、それを糸の網目で捉えて消え行くのを防ぐために綾取り遊びをする。その反対に、春になって太陽が北の方へ動きはじめると、その帰りを促すためにケン玉遊びをするのである。オーストラリアの黒人は、彼が家へ帰りつくまで太陽を停めて置きたいとき、沈んで行く太陽に直面した樹の股に芝土を置く。反対にそれを早く沈ませたい時には、空に砂を撒いて太陽を吹くのであるが、多分これはぐずついている日輪を西の方に吹きよせ、夜ごとにそれが沈んでかくれる砂の下に埋もれさせようというのであろう。

「風を三つの結び目に封じ込んでおいて、それを一つ一つ解くにしたがって強い風を吹かせる技術は、ラップランドの妖術者や、シェトランド、リュイスおよびマン島の女魔法使も心得ている。今日でもシェトランドの船乗りたちは、暴風を支配すると言われている老婆から、ハンカチや糸の結び目に封じこめられた風を買いもとめる。レルウィックには、風を売って生活している古風な老婆たちが住んでいるという。ユリシーズ(オデュッセウス)は風の王アイオロスから、革袋に入った風をもらった。(中略)西部アフリカのトーゴのアグ山の頂上には、風と雨を支配すると信じられるバグバという呪物が鎮座している。その祭司はいくつかの大きな壺の中に、いろんな風を貯えているという。」



「第七章 受肉の人間神」より:

「人間神の観念、すなわち神的または超自然的な力を賦与された人間の観念は、神々と人間とがほとんど同じ次元に属する存在と考えられ、後代の思惟では神々と人間の間に置かれた超えがたい深淵によって二者が分離されぬ前の、初期の宗教の歴史に属するものである。それで、神が人間の形をとって現われるということは、われわれにとっては不可解であっても、初期の人々にとっては何も驚くほどのことではなかった。」
「時としてこのような人間神は、純粋に超自然的あるいは霊的機能に限定されていた。時としてはその上に、最高の政治的権力を行使した。(中略)たとえばマルケサス群島あるいはワシントン諸島には、一生涯を通じて神化された人々の一階級があった。彼らは庶民に対して、超自然的威力をふるうと信じられていた。彼らは豊かな収穫を与えることもできたし、土地を荒して不毛の野とすることもできた。疫病や死をもたらすこともできた。彼らの怒りを避けるためには、人身御供がささげられた。このような人物は一つの島にせいぜい一人か二人しかおらず、(中略)彼らは隠れてひそかにすまっていた。彼らの力は時には世襲的であったが、いつもそうと決ってはいなかった。ある宣教師が、このような人間神の一人を精細に観察して記している。この神はとてもの老人であって大きな家の独房に住まっていた。家には祭壇のようなものがあって、梁と家のまわりの樹には人間の骸骨が逆さまに掛けてあった。その神への奉仕のために献身した者のほかは、誰も独房に入って行くことを許されなかった。ただ人身御供の捧げられる日だけは、普通人でも聖域に入ることを許された。」

「古典の昔、シシリー島の哲人エムペドクレスは、自分のことを妖術者であると公言し、神であると公言した。」

「古代のドイツ人は、女の中に何か神聖なものが存在すると信じ、女たちから神託を求めた。聖女たちは渦巻く河の面を凝視し、水のせせらぎや轟音に耳を傾け、その様子や音から、まさに来るべきことを予言したと言われる。」

「ガラ族では、女が家事にたずさわるのに飽きてくると、つじつまの合わぬことを口走ったり、途方もない振舞いをするようになる。これこそ聖霊カルロが彼女に降った徴なのである。その亭主はたちまち拝伏して、自分の妻を讃美しはじめる。こうなると彼女は妻という賤しい名称を帯びることはやめてしまい、「主」と呼ばれるようになる。もう台所の仕事をさせて置くことはできず、その意志は神の律法となるのである。」



「第九章 樹木崇拝」より:

「ヨーロッパのアーリア人の宗教史上、樹木の崇拝は重要な役割りを果している。これほど自然なことはない。なぜならヨーロッパはその歴史の黎明期において、大原始林をもって覆いつくされ、ただ所々に散在する開拓地が緑の大海の中の小島のような観を呈していたに過ぎなかったからである。キリスト紀元一世紀の頃までは、ヘルキニア大森林がライン河から東の方へ際限なくのび拡がっていた。カエサルが問いかけたゲルマン人は、その中を二ヵ月も旅し続けたが、それでもなお向こう側には出られなかったという。(中略)われわれ自身の国で、ケント、サーリー、サセックスなどの森林は、かつてこの島の東南部を覆いつくしていたアンデリダ大森林の名残りである。西の方にのびてはハムプシャーからデヴォンまで広がった他の大森林に合していたらしい。ロンドン市民はヘンリー二世の治世、なおもハムスティッドの森林で野牛やイノシシを狩っていたと思われる。(中略)ポー谿谷の地下に埋れた古代村落の発掘によって、ローマの興隆の、おそらくはその建国のずっと前、北部イタリアは楡、栗、そして特にカシワの密林に覆われていたことが明らかになった。」
「「神殿」というチュートン語の研究から、グリムはゲルマン族の最古の聖所は自然の森林であったと説明している。それはとにかくとして、アーリア系のすべての大ヨーロッパ民族が樹木崇拝を行なったことは、明らかに立証されている。ケルト族の社会のドルーイド僧団の樹木崇拝は誰にもよく知られており、聖所を意味する彼らの古い語は、その起源と意味とにおいて、今なおネミという地名のうちに残存している森林または林間空地を意味する“nemus”なるラテン語と同一であるらしい。聖森は古代ゲルマン族の社会では一般的であり、樹木崇拝は今日の彼らの後裔の間からも決して消失してはいないのである。その昔彼らが行なった樹木崇拝がいかに真剣なものであったかは、立木の皮を敢て剝いだ者に対して古代ゲルマン法が定めた物凄い刑罰から推察されよう。犯人の臍を抉り出して彼が皮を剝ぎとった痕に釘づけにし、腹わたがすっかり樹幹に巻きついてしまうまで、その樹の周囲を追いまわすのであった。明らかにこの刑罰は犯人から抉りとった生ける身代りをもって、死んだ樹皮に置き代えることを目的としたものである。(中略)人の生命をもって樹木の生命を補なおうというのである。スエーデンの古い宗教的首都ウプサラには、かつて一つの聖なる森があって、その樹々の一本一本がすべて神だとみなされていた。異教スラヴ人は、樹木と森林を拝んだ。リトゥアニア人がキリスト教に改宗したのは、ようやく十四世紀も終ろうとする頃であったが、改宗の時代には樹木崇拝がまだ盛んに行なわれていた。彼らのある者はカシワの大木や、その他の鬱蒼と茂った巨樹を尊崇し、それから神託を求めた。ある者は村や家の傍に聖なる森林をもっており、そこでは小枝を一本折っても罪となるのであった。」



「第十章 近代ヨーロッパにおける樹木崇拝の名残り」より:

「スエーデンのある地方では、五月祭の宵に葉の出揃った、あるいは少しばかり葉の出た樺の若枝の束をめいめい持って歩きまわる。村のヴァイオリンひきを先頭にたて、五月の歌をうたいながら家々をまわるのである。歌の意味は、よい天気、豊かなみのり、この世かの世の祝福を願い求める祈りである。彼らのうちの一人は籠をたずさえていて、それに卵その他の贈物をもらう。そして歓迎された家では、入口の屋根に小枝をさしてやる。しかしスエーデンでは、この儀式が主として行なわれるのは夏至である。聖ヨハネの日(七月二十三日)の前夜、家々は隅々まで清められ、緑の小枝や花で飾られる。門口や家屋敷の所々には、若いモミの木がたてられる。庭に小さな東屋のつくられることも珍しくない。この日ストックホルムでは木の葉の市がたち、高さ六インチくらいから十二インチくらいの、木の葉や花や色紙などで飾った何千本という「五月の棒」(Maj Stănger)や、葦の柄にさした金色の卵の殻などが売場に出される。丘の上にはかがり火がたかれ、人々はそれを囲んで踊ったり火を跳びこえたりする。しかし、その日の呼びものは何と言っても「五月の棒」を立てる行事である。これは真直で高い立派な松の木で、その枝をおろしたものである。(中略)五月の棒は村の乙女たちによって飾られるのであるが、それを立てることはまことに厳粛な行事となっている。村人たちは四方から集って来て、その周囲に大きな輪をつくって踊るのである。」
「五月祭に村の「五月の樹」または「五月の柱」を立てる習慣は、イングランド、ドイツ、フランスなどヨーロッパの各地であまねく行なわれているのであるが、長々とその例をあげることは不必要であろう。」



「第十二章 神聖な結婚」より:

「バビロニアには、屋上屋を積み重ねたよういな八段あるいは八階だてのベルの神所が、ピラミッドのように町を圧してたっていた。下の段階の周囲をまわって坂道のように昇りつめた最上階には、恰好のよい神殿が作られてあり、その中には立派な寝具で覆われた大きな寝台が備えらえ、傍には黄金の卓子が置かれてあった。この神殿には偶像は全く見あたらず、夜分になると誰一人としてそこへは行かなかったが、ここにただひとり、カルデアの祭司によれば、ベル神が全バビロンの女の中から選んだ婦人だけは別であった。伝えられるところによれば、夜分になるとこの神が自身で神殿に入って来て、かの大きな寝台に眠るのであった。この女は神の配偶者であるため、死すべき人間とは交わりを結ぶことができなかった。」

「女がめあわされる超自然的存在が、しばしば神または水の精であったことは、注意しておく価値がある。」
「英領東アフリカのアキクユ族はある河の蛇を礼拝し、何年か間をおいて蛇神を女たち特に若い女たちと結婚させた。」
「かつてブル島――東インドの島――のカイェリの住民は、ワニの群の害によって脅威を受けたとき、それをワニの王がある一人の乙女を狙い求める激しい恋情によるものと考えた。そこで乙女の親を強引に説き伏せて、彼女に花嫁の衣裳をつけさせ、ワニが恋人を引きつかむに委せたといわれている。」







こちらもご参照ください:

フレイザー 『金枝篇 (二)』 永橋卓介 訳 (岩波文庫)
J・G・フレーザー 『火の起原の神話』 青江舜二郎 訳 (角川文庫)
川崎寿彦 『森のイングランド ― ロビン・フッドからチャタレー夫人まで』
富士川義之 『英国の世紀末』



















































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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