植田重雄 『守護聖者』 (中公新書)

「マルチンは、「蛇はいうことをきくが、人間はわたしに耳を貸そうともしない」と溜息をついたと伝えられる。」
(植田重雄 『守護聖者』 「聖マルチン」 より)


植田重雄 
『守護聖者
― 人に
なれなかった
神々』
 
中公新書 1047 

中央公論社
1991年11月15日 印刷
1991年11月25日 発行
iv+viii 205p 
新書判 並装 カバー
定価620円(本体602円)



本書「はじめに」より:

「本書では大勢いる守護聖者の中から古くから民間で親しまれて来た聖者についてその特質や伝説、祭、図像などをとおしての民間習俗、さらに異質文化との関連性などを紙数のゆるすかぎり取り上げてみた。すべてに及ばないのは残念であるが、一半をあげて他を髣髴(ほうふつ)して想い浮べていただきたい。」


本文中図版(モノクロ)多数。


植田重雄 守護聖者 01


カバーそで文:

「キリスト教が伝播・普及してゆく過程で、ヨーロッパ各地の民間信仰は、守護聖者というものを新たに生み出していった。それらは今も、造形物として、また祭りとなって人々の心に深く根を下ろしている。本書は、膨大な数の聖者のうち、日本でも親しまれている、聖ヴァレンタイン、聖ニコラウス(サンタ・クロース)などから聖家族まで特徴的な聖者を取り上げて、ヨーロッパ文化の中に「聖者文化」を再発見しようとするものである。」


目次:

はじめに

Ⅰ 聖クリストフォルス
 幼児を肩に乗せる巨人
 強い主人を探して
 キリストを背負う者
 突然死を避ける
 犬頭のクリストフォルス
 アルプス越えと巨人伝説
 聖クリストフォルス崇拝の発展
 ユリアノス伝説
 クリストフォルスの祭
Ⅱ 聖ゲオルク
 シレナの湖の龍退治
 十字軍と騎士団の守護
 異文化への影響
 なぜ、龍なのか
 民間習俗の中の聖ゲオルク
Ⅲ 聖マルチン
 マルチンの生涯
 マルチンの祭――提燈の行列
 マルチンの習俗
 ゲルマンの習俗とマルチン
Ⅳ 聖バルバラ――殉教の処女
 ニコメディアの地主の娘
 弾圧の時代の支え
 守護聖者としてのバルバラ
 鉱山におけるバルバラ崇拝
 バルバラの枝
 バルバラの麦
Ⅴ 聖マグダレーナ(マグダラのマリア)
 マグダレーナ像の統一
 聖マグダレーナの伝説
 福音書以後のマグダレーナ
 マグダレーナの最期
Ⅵ 聖ニコラウス(サンタ・クロース)
 ミュラの司教ニコラウス
 ニコラウスの像
 ニコラウスの訪問
 アルプス山中のニコラウス
 サンタ・クロース
Ⅶ 守護天使ミカエル
 戦場における守護
 日常生活の守護
 収穫にまつわる言い伝え
 龍退治の伝説
Ⅷ 聖ヴァレンタイン
 三世紀の殉教者
 子供の守護から愛情の守護へ
Ⅸ ワインの守護聖者
 何十人もいる守護聖者
 聖ウルバン
 三人のヨハネ
 統一されない守護聖者
Ⅹ 聖家族
 ヨアキムとアンナ
 聖ヨセフ
 聖ヨセフ崇拝
 マリア・ヨセフ迎えの行事

参考文献
あとがき



植田重雄 守護聖者 02



◆本書より◆


「聖クリストフォルス」より:

「ところがある夜のこと、小屋の中に寝ていると、向う岸に運んで欲しい、と呼ぶ声がする。彼は起き上がり、外に出てみたが、人影はなかった。そこで、小屋に戻ってみると、また呼ぶ声がする。そこで再び出てみるが、やはりだれもいない。三度目にまた声がする。今度はよく注意していると、小さな子供が河のほとりに立っていて、ぜひ河を渡して欲しいという。レプロプスは、たやすいことだと幼い子供を肩に乗せ、棒をつきながら河にはいっていった。
 しかし河はたちまち水量を増し、肩の子供は鉛のように重くなった。レプロプスは不安と危険の中を渾身の力をこめ、忍耐強く河を渡り、無事子供を向う岸へおろした。
 「やれやれ、子供よ、おまえは大変な渡渉をさせたものだ。全世界を背負ったにしてもおまえほど重くはなかっただろう」
 すると子供は、「レプロプスよ、それはけっして不思議なことではない。おまえは全世界だけではなく、世界を創造したものを背負ったのだ。わたしはキリストであり、おまえが仕えようと願っていた真(まこと)の王である。わたしが真理を語っていることを知りたければ、元の河岸に戻ったとき、おまえのその棒を小屋のそばの地面に挿しておくがよい。翌朝かならず花が咲き、実を結ぶであろう」と告げおわるや、彼の目の前から消えた。その言葉どおりにしてみると、翌朝杖にした棕梠の棒は葉が茂り、花が咲き、実を結んでいた。これによって彼はキリストを信じ絶対に帰依した。これを境いにしてレプロプスという名から、クリストフォルス(キリストを背負う者)という名に改まる。このキリストに出会うまでの求道の伝説(レゲンダ)が人々に喜ばれ、人口に膾炙されているのである。」

「クリストフォルス像を古く遡ってゆくと、ギリシア正教やエジプトのコプトのキリスト教などで伝えて来たものは、ヨーロッパにおいて発展した像とかなりちがっている。この聖者はすでに述べたように「レプロプス」(呪われた者、罰をうけた者)という名で呼ばれ、動物的な存在として犬の頭をした人間の姿で表わされている。このような表象は後代のバルトロメオ黙示にもとづくもので、神に背き、呪いをうけた「犬頭の民(キノケファーレ)」という部族がエジプトにいたという伝承があり、左手に杖(または奇蹟のおこる棕梠)を持ち、神の言葉を伝える天使をじっと見上げている騎士の姿をした聖者の図がある。まだ犬の頭(顔)をしてはいるが、やがて信仰の力によって人間へと変容することが約束されている。このことを図像は暗示している。」
「エジプトでは動物崇拝が重要な位置を占めており、犬の神アヌビスは死者を冥界に案内する役割を持ち、死者の書などには図像として頻繁に描かれている。さらにこの犬の頭を持つアヌビス神はオシリスとイシスの子太陽神ホルスを背負って夜明けのナイル河を渡ってゆくという伝承がある。夏季の夜明け、太陽を先導するようにシリウス星が現われることに、エジプト人は気付いた。この頃からナイルの氾濫が始まるのである。このシリウスは七彩に煌めく一等星でおおいぬ座の主星であり、中国では天狼星と呼ばれている。」

「守護聖者はかならず守護すべき契機となる伝説を持ち、代願すべき誓いがある。聖クリストフォルスの守護を仰ぐ職業は多い。荷物運搬に携わる人々、船員、筏師、巡礼者、旅行者、現代では交通関係の職業や組合である。河を渡るとき棕梠を杖として一時に花を咲かせ、実を結ばせたという奇蹟により、造園家、果樹園所有者、一般農民はもとより、果実をあつかう商人もこれを崇める。幼児キリストを背負ったという伝説により、幼児や妊婦を守護する聖者としても崇拝されている。ほかに力仕事にたずさわる建築、石工、土木関係、製本、帽子、染物のツンフトまでが加わっている。河や運河に架かる橋にこの聖者の像が立っているのは、橋がクリストフォルスと同じように人間や家畜を渡すためのものであり、橋の安全堅固を聖者に願うからである。」



「聖マルチン」より:

「この聖者にまつわる伝説は非常に多い。その中には、マルチンが、動物はむろんのこと、火など何の感情を持たぬ存在の言葉もよく理解できたという話もある。兎を追っていた犬にやめるように命ずると、そのまま動かなくなった。また川を泳いで渡ろうとする蛇に向かって、「主の御名により、帰ってくるよう命ずる」と彼がいうと、半分以上渡っていた蛇が引き返してきた。マルチンは、「蛇はいうことをきくが、人間はわたしに耳を貸そうともしない」と溜息をついたと伝えられる。」
「動植物の言葉を理解するだけでなく、マルチンは悪魔を追い払う能力があって、悪魔にとり憑(つ)かれて暴れ、多くの人々を殺傷した牛を取り鎮め、悪魔を追い出した。牝牛の背中に乗り、人間の姿に化けている悪魔を見つけ、「罪なき動物を苦しめるな」と追い出すこともあった。」



「あとがき」より:

「聖者と呼ばれる存在にはさまざまのタイプがある。殉教聖者といって、キリストに倣って伝道のために迫害を受け、死を遂げた初代の使徒をまず筆頭に、修道院を建てて戒律をつくり、宗教的な生命の革新をはかった聖ベネディクトや聖ドミニコスのような人々もいれば、キリスト教の神学を基礎づけた聖アウグスティヌスや神学を体系づけた聖トマス・アクィナスなどは中世の知恵の結晶である。キリストの再来ともいわれた聖フランチェスコは、宗教的吟遊詩人として生涯高らかに歌いつづけ、その宗教運動は清新な気風をヨーロッパに生み出した。スペインの神秘思想家の聖十字架のヨハネ、アヴィラの聖女テレジアは、瞑想による内面の道を展開し、教界の精神に豊かな実りを与えた。地方ごとに時代ごとにそこに社会的に奉仕した聖者も数多くおり、現代ではハワイのハンセン氏病救済に献身し、自らも同じ病いに罹り、死を遂げた聖ダミアン、ユダヤ人の身代りを申し出て、アウシュヴィッツの収容所に入り、餓死の殉教を遂げた聖コルベなど、現代でも聖者は生まれつつある。
 多くの聖者の中で守護聖者として、とくに民衆の中で親しまれ、敬われるようになったのは、庶民の身近な生活に密着し、農耕の豊穣とか、(中略)不慮の死や災害から守るとか、恋愛、結婚、子供が授かることとか、病気を癒したり、防いだり、その他人生百般にわたって配慮し、守護してくれる身近な聖者である。」

































































































スポンサーサイト

植田重雄 『ヨーロッパ歳時記』 (岩波新書)

「伝説によれば、一二四六年ころリュティヒの尼僧院にユリアーナという聖女がいた。月にたいして彼女が黙想しているとき、月のなかに裂け目を見た。この裂け目はキリストの聖体への感謝のミサをおこなうことによってのみ消えるという黙示を得、ひとりでひそかに僧院のなかで祭をおこなっていた。」
(植田重雄 『ヨーロッパ歳時記』 より)


植田重雄 
『ヨーロッパ歳時記』
 
岩波新書 黄 245

岩波書店
1983年10月20日 第1刷発行
1995年12月19日 第8刷発行
209p 「ヨーロッパ民間行事暦」7p
新書判 並装 カバー
定価620円(本体602円)



本書「あとがき」より:

「本書は著者自身の体験を語ってほしいという希望であり、わたしの民間習俗の見聞を主としているが、歴史的にさかのぼっての考察や、数例にわたる習俗の比較については、各地の調査資料、研究書などを参照した。」
「使用の図版は著者撮影のもの以外に、オーストリヤ・シャタイヤーマルク州の素朴な農民暦、シュヴァルツヴァルトの民間暦の木版画、中世近世の木版画、地方の民俗行事の写真なども使用させていただいた。」



植田重雄 ヨーロッパ歳時記 01


カバーそで文:

「どうして十二月二十五日にクリスマスを祝うようになったのか。クリスマスツリーにはどんな意味があるのだろうか。謝肉祭に仮面をつけて踊り狂うのはなぜか。ヨーロッパの年間に営まれるさまざまの祭や行事、その習俗のなかに生きている守護聖者やゲルマンの神々、唱いつがれてきた詩や民謡をとおして、ヨーロッパ文化の深層をさぐる。」


目次:

序 暦は人が作り、天候は神が創る
 ヨーロッパの季節
 聖者信仰
一 白馬に乗った聖者――冬のはじまり
 聖マルチン祭
 待降節(アドヴェント)
二 クリスマスがやってくる――冬至の習俗
 静かなる夜、聖なる夜
 燻し十二夜
三 ペテロ様のお国入り――冬の転換
 パウロの回心
 ペテロの日
四 愚者たちの踊り――冬の終り
 謝肉祭前後
 冬の追放、夏迎え
五 よみがえる太陽――春の祭
 嘆きの週
 復活祭
六 美しい五月よ!――夏のよみがえり
 五月柱の踊り
 聖霊降臨祭
七 大地の守護者――夏至の習俗
 ヨハネの火祭
 ヤコブの巡礼
八 収穫のよろこび――夏の終り
 マリヤの三十日
 収穫祭

あとがき
主な参考文献
ヨーロッパ民間行事暦




◆本書より◆


「序」より:

「ヨーロッパは大体において冬季型と夏季型の二季しかない。たしかに春と秋はあるのであるが、その期間はきわめて短いために、春と秋を夏に入れ、夏期と冬期の二つのタイプに分けて生活を営んでいる。」

「注目すべきは、このように、太陽暦を用いながら、ヨーロッパ文化は、クリスマス、復活祭、聖体拝受、聖マルチン祭等々の祝祭日に力点をおき、これを中心に暦を動かしてゆくという方向をとっているという点である。またゲルマンやローマの古い行事を、完全とはいかないが、キリスト教的なものに変化させたり、意味づけを与えている。
 太陽暦を用いている教会暦以外に、民間暦、農民暦がある。これは農事暦で、いつ種子を蒔くか、刈り入れや摘み取りをいつにするか、太陽や月の出没、月の盈虚、日蝕や月蝕、星の運行などが事細かに書かれてあり、古くからの諺、伝承、吉凶の占いまで記載されている。俗信とか呪術が紛れこんでいることも多い。(中略)そこにはキリスト教とは別のゲルマンの信仰、ケルトやローマの遺習ものこっている。あるいは、ゲルマン人の自然の生活のリズムが農耕牧畜の民間習俗の形として表現されているというべきかもしれない。」

「ゲルマンの名のある神々や山や森、水の精霊はキリスト教の守護聖者に吸収されていったのである。キリスト教によって、古いゲルマンの神々や精霊は異端として否定された。しかし民間信仰においては、形態をかえながら生きのびたものもあり、キリスト教を受容しながらも、ひそかに民間習俗としてゲルマンの信仰を伝えてきたものも多い。」



「一 白馬に乗った聖者」より:

「十一月には「風の月」とか「狼の月」というよび名もある。冬風がきびしく狼が出没する季節であったからである。(中略)別に「屠殺の月」とよんでいる。一年間飼育した牛豚羊を屠(ほふ)って、ハム、ソーセージ、燻製(くんせい)をつくるからである。」


「二 クリスマスがやってくる」より:

「クリスマスはキリスト教文化圏の人びとにとって最大最高の祭の一つである。(中略)この日が十二月二十五日となったのは、三二五年、ニーカイア宗教会議で、神・キリスト・聖霊の三位一体説が決定したのちである。それ以前には一月六日を「大いなる新年」としてキリストの誕生を祝っていた時代がある。ローマの太陽暦にもとづいて一月一日を天地創造のはじまりとすれば、人間の創造が六日目にあたるからである。
 エジプトのホルス神やペルシヤの太陽神ミトラの誕生の祭は、冬至の日であった。当時ミトラは、ローマ帝国内で広く流布し勢力の強い宗教で、「無敵の太陽」(ソル・インヴィクトス)神が誕生する日として、この冬至の祭を祝っていた。
 北欧では、太陽が悪い狼によってしだいに喰いつくされ、闇が支配するようになってゆくと考えられた。そのために、太陽に熱と力を与えるべく、大きなかがり火をたくさん焚いて太陽の蘇生を祈った。冬至は、この太陽がふたたび新たな生命を持つ出発点となるので盛大な祭をもよおしたのである。」
「当時の古い暦では冬至の日は十二月二十五日ころであった。キリストの誕生を祝う日をいつにするか、教会は長い間模索してきたが、「世の光」(ルクス・ムンディ)としてのキリスト神を祝う日は、この新しい太陽の誕生を祝う冬至の日がもっともふさわしいと考えられたのである。」

「冬のきびしい寒さのなかで、冬至の新しい誕生を祝い、古代のローマ人もゲルマン人も常緑樹の枝を森から切って家の入口や部屋に飾りつけた。五月祭や復活祭など祭ごとに白樺などの若葉の枝を挿して飾るのは、病いや災いを防ぎ、新しい太陽から健やかな生命力を迎えるためである。古代ゲルマン人たちが樫や菩提樹、樅などの老樹を神聖視し、神の宿る木としたことは、八世紀の宣教者、聖ボニファティウスの記録しているごとくである。」



「四 愚者たちの踊り」より:

「ヴァルトゼーの町では、夜、広場に大きなかがり火を焚き、棒や箒を手にした魔女たちが踊り狂う。オッフェンブルクでは、たくさんのかがり火の上をつぎつぎ魔女たちが跳びはねて踊る。ヘクセたちが騒がしく踊れば踊るほど、大地は豊かに稔るといって喜ぶ。朝、魔女たちは屋根やバルコニー、並木にのぼり、藪や垣根にかくれて道をとおる人びとに、林檎やオレンジ、ソーセージ、穀物の種子を投げ散らす。これを受け取って食べると、その年、病気にかからぬといって喜ぶ。」


植田重雄 ヨーロッパ歳時記 02


「六 美しい五月よ!」より:

「ヨーロッパ人の五月にたいする手放しの讃美と陶酔は、長い間のきびしい冬の存在を前提にして考えなければならぬ。冬は暗く、しかも曇天が多く、雪や氷に閉され、嵐が吹き荒れる。この世界から太陽が消えてゆき、ふたたび春がくると思えないほどの状況になる。それゆえ春がふたたび訪れる喜びは大きく、五月はその喜びの頂点になる。」

「古代ゲルマンから伝えられてきた自然の精霊やデーモンは、キリスト教がひろまったのちも、民衆のなかに、表面的ではないが、民間信仰のような形で生きつづけていたようである。その二、三の例をあげてみよう。
 狩猟にあたっては、山とか森には狩猟動物を統括し、守護する自然の神や守護の精霊の存在を考えていた。民間信仰においては、山の精霊、森の精霊、ゲムゼンの主、小人、山姥の精霊とかよぶような存在で、異様な風態、髪を長く垂れた魅惑的な女性、逆に醜い小人、老人などその表象はさまざまである。他方、途方もない巨人であるとか、動物に変身するといい、白い鹿、白い鳥は民話でもしばしば登場する。ここでは狩猟にたずさわる人間と山の精霊とのきびしさの伝説として、ゲムゼン(かもしか)の主ウィルト・マンドリについてふれておきたい。
 ある猟師が山でウィルト・マンドリと出会った。かもしか狩りを止めれば、その代りに土曜日ごとに一頭ずつ戸口につるしておくという約束をした。以後、猟師は狩りをやめるjと必ずそうなった。ところが、彼はもっと獲物が欲しくなり、こっそり山へはいってかもしかを射った。すると山の主のウィルト・マンドリがあらわれ、怒りの形相(ぎょうそう)すさまじく、力一杯猟師を深い谷へ突き落した。それいらい山の精霊と人間の間の関係は断たれたという。」

「泉は大地の下の冥界がこの世界につながる神聖な場であった。泉のそばには、ハッケンマンなどの泉を守るデーモンがいて、水を汚したり、いたずらをすると、きびしい報復を受けると信じられた。川などの源泉になる泉は雲や霧の生まれるところ、雷や夕立の発生するところとも考えられたのである。」



「七 大地の守護者」より:

「六月二十四日(夏至の日)は「洗礼者ヨハネの祭」である。この日は勝利の太陽が最高点に達するときであるので、ゲルマンやスカンジナヴィアの民族は、大地に祝福をもたらす日としてさまざまの行事を催す。
 村の若者たちは広場や山の上に藁束を積み上げて火をつけ、そのまわりで歌ったり、踊ったりして祝う。愛し合う恋人同士が手をとって火の上を跳び、火の輪をくぐったりする。その折に杜松(ワッホルダー)や樅、薬草を火のなかに投げ入れ、煙がたくさん出るようにする。」
「このヨハネの夏至の祭のころ、人間に味方する良いデーモンは、牧草を肥えさせ、薬草の効力をつけさせ、牛や山羊の乳をゆたかに出させるが、他方、悪いデーモンがうろついていたずらをしたり、暴れたりするので気をつけなければならない。水の精霊、妖怪に引き込まれ、溺死しないように、花やパンを川に投げたり、水浴びに注意する。」
「このヨハネの火祭には、たくさんの詩や唱え詞があり、つぎのタイシングの詩の一節も、その一つである。

  ヨハネよ、ヨハネよ、夏至の火を燃やせ!
  眠っていたさまざまのデーモンが
  高いところ、深いところからやってくる
  山からはコーボルデが
  地下からはウンホルデが
  青い湖や沼からは水のニクセン(妖精)が
  万年雪から巨人が
  古い城から祖霊が
  蒼白の馬に乗って魔女がやってくる
  ヨハネよ、ヨハネよ、夏至の火をともせ!」














































































大林太良 『神話学入門』 (中公新書)

「イオ神は、形もなく両親もない神であって、存在するすべてのものの源泉だった。イオ神は原初において、広大無辺な空間中にひとり生きていた。」
(大林太良 『神話学入門』 より)


大林太良 
『神話学入門』
 
中公新書 96 

中央公論社
1966年3月25日 初版
1991年3月20日 21版
xii 184p
新書判 並装 カバー
定価560円(本体544円)



本文中図版15点、地図4点。


大林太良 神話学入門


カバーそで文:

「神と人間のあいだが疎遠になり、神々への信仰が動揺してくるとき神話というものを客観的に眺めることができるようになる。そして神話研究が始まった。しかし一つの学問分野として神話の研究が確立するまでには長い時間がかかっていた。日本でも戦前戦中には神話の科学的な研究はけっして容易ではなかった。本書は、ヨーロッパにおいて発達した神話学研究の系譜をたどりつつ、神話と民族・文化の関係を解明するユニークな入門書。」


目次:

はじめに

Ⅰ 神話研究の歩み
 ミュトスとロゴス
 寓意説
 エウヘメリズム
 神話の伝播
 神話学の胎動
 ロマンティークの学者たち
 自然神話学派と言語疾病説
 人類学派の登場
 天体神話学派と汎バビロニア説
 歴史民族学と神話研究
 神話の理解と民族学
 古典神話研究の進展
 神話を神話自体から解釈する

Ⅱ 神話とはなにか?
 説話の分類
 神話
 真の神話と説明神話
 伝説
 昔話

Ⅲ 神話の分類
 分類の試み
 分類の根拠
Ⅳ 宇宙の起源
 宇宙起源の神話の分類
 創造神と敵対者
 天地分離
 宇宙の進化と卵
 死体から生えた世界
 世界の終りと救世主
Ⅴ 人類の起源
 男と女の創造
 植物と卵から
 神の死体から
 地中からの出現
 天からの降臨
 犬祖神話
 死と生殖の起源
 神々の神話
Ⅵ 文化の起源
 火と性と太陽
 文化英雄
Ⅶ 世界像の諸類型
 狩猟民と動物
 農耕民と死すべき人間
 ハイヌヴェレとプロメテウス
 高文化と宇宙論的世界像
Ⅷ 神話・儀礼・社会
 神話を語る機会
 神話と儀礼
 語り手たち
 神話と社会
 夜泣石とアマゾン
 神話研究のために

参考文献




◆本書より◆


「Ⅱ 神話とはなにか?」より:

「ここで重要なことは、(中略)伝説で述べられた出来事は、この世のはじめ、つまり原古の時代に生じたのでなく、それよりものちのある過去の時代に生じたと考えられていることである。このことは、私の考えでは二つのことを意味している。
 第一に、それが創造的な原古に行なわれたのではないために、伝説は神話よりも、事物を基礎づける力がよわく、それだけに説明的性格が表面に出てくる傾向がある。また同時に、神話のような、それ自体神聖であるという性格も失われる。
 第二に、原古と現在との中間のある時期に出来事がおきたということは、原古のつぎがすぐ現世になるという二段階の時間構造なのではなく、少なくとも三段階の時間構造を前提としている。オーストラリアの土人のように〈夢の時代〉と呼ばれる原古のすぐあとが現在という時間構造のところでは、本格的な伝説が栄える余地はないのである。」

「トリクスターは北米の神話では多くの場合、文化英雄であって、その文化の道徳律に反するような猥らなことをやったり、常規を逸したことをしている。だから、多くの部族においてトリクスターの話は、〈うその話〉のグループに入っている。しかし、これらの部族は同時に、トリクスター自体を非現実的な登場人物であるとは考えてはいないのである。さらに、トリクスターに関する、真の神話と真実ではない話という二つのグループに属させている民族もあれば、神話に入れている民族もあって、神話と昔話との境界はきわめて流動的である。
 フルトクランツがここでトリクスターの説話を例にひいているのはおもしろい。(中略)北米のトリクスター神話の代表的な登場人物であるコヨーテ(草原狼)は、なるほど、だましたり、ペテンにかけたり、いたずらをしたり、女を犯し、ときには創造神に手むかったりする典型的な悪玉であり、彼らに関する話はしばしば〈偽りの話〉という範疇のなかに入っている。しかし、いくつかの神話には、コヨーテが、世界の創造や創造神よりも前から存在していたという観念をもっていた痕跡がある。
 たとえば、カリフォルニアのアチョマウィ族の神話にはこうでている。
――原初にはすべてが水だった。明晰のなかから雲が形づくられ、その雲からコヨーテが現われた。それから水の表面から霧が立ちのぼり、それから創造神、つまり銀狐が現われた。
 この神話に関して、すでにクローバーは、創造神とコヨーテという二つの対極的な宇宙創造人物のうち、否定的な人物であるコヨーテが、より古くまたより深い根をもっているように見えると論じた。
 ペッタツォーニも、採集狩猟民文化を背景として生まれた〈野獣の主〉としてのコヨーテこそが最古の至高神であり、かつ創造神であったのが、のちに、より新しい別の創造神に席を譲り、新しい創造神の敵対者となり、〈真実の〉新しい創造者にたいして〈偽り〉の人物となり、彼をめぐる話も〈偽りの話〉になってしまったのではないかと論じている。」



「Ⅷ 神話・儀礼・社会」より:

「このような医術的な儀礼は起源に立ちかえることを目的としている。(中略)初期の社会においては、生命は治す(引用者注: 「治す」に傍点)ことはできず、それは源泉にもどることによって再創造できるだけであるという印象をうける。」


大林太良 神話学入門 02


大林太良 神話学入門 03














































































大林太良 『邪馬台国』 (中公新書)

「つまり、王というのはいつも宮室の奥深く隠れていて姿を現わさない。またしばしば宮廷の中でも臣下の目には触れないようにしている。まさに《見えない》ということが大きい特徴なのである。」
(大林太良 『邪馬台国』 より)


大林太良 
『邪馬台国
― 入墨と
ポンチョと
卑弥呼』
 
中公新書 466 

中央公論社
1977年4月25日 初版
1991年3月20日 11版
iii 224p 
新書判 並装 カバー
定価560円(本体544円)



本文中図版4点、図5点、表1点。


大林太良 邪馬台国


カバーそで文:

「倭人の文かはどんな系統なのか、倭人の社会はどんな段階だったのか。また紀元二世紀から三世紀にかけての倭国の動態をどう捉えたらよいのか。明治以降の研究成果をたどりつつ、民族学の立場から追求する著者は、入墨の系譜、古代のポンチョ、倭人の暦、持衰(じさい)の謎、骨占いの系統からさらに、倭人の婚姻と女性の地位や卑弥呼の神聖王権、倭国の大乱の背景などを、東アジア諸民族との関連で解明し、倭国の時代に照明をあてる。」


目次:

序章 倭人伝の世界
 渺茫たる霧
 魏志倭人伝が描いた時代と地域
第一章 風俗記事研究の歩み
 研究の蓄積
 風俗記事は事実か
 註釈の展開
 日本民族起源論の一部として
 戦後の動向
第二章 倭人の服飾
 文身の系譜
 古代のポンチョ
 横幅とはなにか
 倭人の鉢巻
 身体塗色
第三章 南方的要素と北方的要素
 上の長い弓
 倭人の暦
 持衰の謎
 骨占いの系統
第四章 倭人社会の段階と類型
 進化尺度上の倭人社会
 倭人社会はどんな社会類型に入るか?
第五章 倭人の婚姻と女性の地位
 家屋の空間利用
 親族称呼は語る
 社会形態と一夫多妻婚
 歌垣・妻問婚遅滞の一夫多妻婚
 一夫多妻婚の条件
 一夫多妻婚の功能
 家庭平和の条件
第六章 卑弥呼の神聖王権
 民族学からみた卑弥呼王権
 見えない王
 卑弥呼と男弟
 琉球の聞得大君
 ポリネシアの聖王と俗王
 インドネシアの《動かない》王と執政
 卑弥呼王権の系統論
第七章 東夷のなかの倭人
 古代朝鮮半島の諸民族の地理的位置
 エーバーハルト説
 夫余。高句麗化の進行
 天の祭祀の分布
 夫余系諸文化の父系外婚制
 韓族と倭人の双系制社会
 濊族の狩猟民文化的伝統
 夫余の宇宙論的神聖王権
 倭人文化の南方性
 焼畑耕作文化要素と水稲耕作文化要素
第八章 倭国大乱の原因と結果
 東アジア史的枠組
 鉄器の導入と社会変動
 小氷期の影響
 後背地は嫉視する
 内戦と王権
 アムフィクテュオニアの形成
 新興宗教鬼道
 神の平和
 謎の四世紀とその後


倭人伝 (佐伯有清氏による読み下し文と参考註)
あとがき




◆本書より◆


「第三章」より:

「倭人たちが海を渡って中国に往来するときには、いつも一人の人物に櫛(くし)を使わせないし、またシラミもとらせない。着物も垢だらけのままにしておき、肉食させず、女性を近づけず、まるで喪に服しているようにさせる。これを持衰(じさい)といい、もしも航海がうまくいけば、人々は彼に生口や財物を与えるが、逆に航海中病人が出たり暴風雨の被害にあったときは、持衰が禁忌を守らなかったから、そんな目に遭うのだといって、持衰を殺そうとする。」

「モルッカ諸島は、発達した海洋文化の世界である。一隻の船に乗り組んできた人たちが島について村をつくり、村や村の広場が船の形をとっていたり、船と呼ばれたりするし、またソアという名で呼ばれる基本的な親族集団は、元来は一つの船の乗組員という意味である。また人が死ねば海をこえて先祖の島に霊魂が帰っていくという信仰もかなり一般的だ。
 セラム島東部のイル地方では、帆船が航海に出るときには、一人の人物が陸上に居残っていて、航海が成功するか否かは、この人物の責任とされるし、また村人はこの人物の様子を見て、航海がうまくいっているかどうかを判断する。この人物は帆船とほとんど同一視されているわけだ。
 この役目に選ばれるのは、ふつう少女である。彼女は、船が航海しているあいだは、働いてもいけないし、歩いてもいけない。歌ってもいけないし、陽気に騒いでもいけない。遊んでもいけないし、檳榔子(びんろうじ)をかんでもいけない。ことに家から外に出ることは禁物である。
 しかし、この少女は、べつに身内が船に乗っている必要はない。船と同じ村の出身ならばそれで充分である。もしもこの少女が病気になると、帆船に何か悪いことが起き、もし少女が死ぬようなことがあれば、船は沈んでしまう。少女が病気になったり死んだりしなくても、船が不幸に出あうことがあると、これは少女が規定のタブーを破ったからだとされて、もちろん彼女だけがその責任を負うのである。」

「持衰がタブーを守るばかりでなく、おそらく一般の乗船者も、持衰ほどではないにしても、いろいろの注意を払う必要があったろう。」
「また、新城常三氏の指摘したように、不浄、怪奇なるものの在船も海難の原因とみなされた。『続日本紀』天平宝字七年十月六日の条に、左兵衛正七位下坂振鎌束が、渤海から帰国の途中、人を海中に投じて獄につながれたことがでている。つまり、鎌束が船師となり、王新福が渤海に戻るのを送り、その帰国のとき、学生高内らとその妻および男、緑児、乳母のほか、入唐学問僧戒融と優婆塞一人などが同乗した。ところが途中海難にあい、柂師、水手もまた水中に没した。そこで鎌束は、異方の婦女子や優婆塞などの乗船が遭難の原因だとして、高内らの妻と緑児、乳母それに優婆塞の四人を海に投げこんで殺したのであった。」

「ところで、倭人の文化は、文身にしろ貫頭衣にしろ、著しく南方的色彩が濃い。してみると、倭人の持衰の習俗も、東南アジアの航海文化につらなるものであると見るのが一番適当ではないだろうか。」



「第六章」より:

「まず問題にしたいのは、卑弥呼が「王と為りし自り以来、見る有る者少なし」という記事である。私は《見えない王》という神聖王権の特徴を述べたものと考えている。つまり、王というのはいつも宮室の奥深く隠れていて姿を現わさない。またしばしば宮廷の中でも臣下の目には触れないようにしている。まさに《見えない》ということが大きい特徴なのである。
 このような《見えない》王はことに旧大陸の諸王国について数多く報告されている。いくつか例を挙げてみよう。
 イランでは、アケメネス朝の王は食事を摂るとき、客人たちと同じ食卓に着かず、客人たちとはカーテンで隔てられていた。特別の祝祭のときにだけ、大王は彼が招いた客人たちと一緒に大広間で昼食を摂ったとアテナエウスは記録している。
 またイブン・ヒシャームによると、ササン朝の大王は、玉座に着席するときは覆面していた。このベールは、誰かが謁見のためにつれて来られたときには外された。するとこの拝謁を賜った者は地面に接吻する礼を行ったのである。」






































































吉田敦彦 『ギリシァ神話と日本神話 ― 比較神話学の試み』

「妻に死なれた男が、彼女と一緒に死者の国に赴く決心をして墓を見張っていると、二晩目に屍体が起き上がって、夢遊病者のような足取りで西に向かって歩き出すので、男も後を追う。」
「一人冥府を去るにあたって男は、その冒険が六日の間に他人の耳に入れば死なねばならぬと警告されるが、一人生きながらえるよりはむしろ冥界の妻の許に戻ることを願って、帰宅後隣人たちを招き死者の国の経験を残らず話して聞かせ、その翌日蛇に噛まれて死ぬ。」

(吉田敦彦 『ギリシァ神話と日本神話』 より)


吉田敦彦 
『ギリシァ神話と日本神話
― 比較神話学の試み』


みすず書房 
1974年3月22日 第1刷発行
1981年11月5日 第6刷発行
236p 索引xiii 口絵(モノクロ)8p
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,400円



本書「まえがき」より:

「本書は著者が一九七〇年から一九七三年にかけて、諸処に発表した比較神話に関する論文の一部を主な素材として編まれた。」


吉田敦彦 ギリシァ神話と日本神話 01


カバー裏文:

「現在多くの点で面目を一新した比較神話学の最新の成果を踏まえ、ユーラシアの古代神話(ギリシァ、ローマ、インド、スキュタイ、オリエント、日本など)の相互関係を展望する。ギリシァ神話とインド、オリエントの神話の関係や、日本の三種の神器、天の岩屋、海幸・山幸、イザナギの黄泉国訪問などの諸神話の起源につき斬新な提言を行ない、学界に新風を導入する。
 なお、最後の二章は、著者がパリの国立科学研究所研究員として多年指導を受けた、印欧比較神話学の碩学デュメジルの学説の紹介にあてられており、レヴィ=ストロースの構造主義的人類学の構想にも強い影響を与えた、印欧原始神話の構造に関するデュメジルの壮大な理論の全貌が、はじめてわが国の読書界に明らかにされる。
 本書は1961年以来、主として欧米の学術雑誌や百科事典などに多数の論文を発表、印欧比較神話学者としての業績を国際的に高く評価されて来た著者の研究の、現在における一つの到達点を示すと共に、構造論的比較の方法が神話研究の分野に開きつつある可能性を展望させる。」



目次:

ギリシァ神話とその縁辺
 一 ギリシァ神話と日本神話
  i オルペウスとイザナギ
  ii デメテルとアマテラス
 二 ギリシァ神話とインド神話
 三 ギリシァとオリエントの神統記神話

スキュタイ神話と日本神話
 四 ヘロドトスのスキュタイ神話
 五 スキュタイ王の聖宝と日本の三種の神器
 六 オセットのナルト叙事詩と日本神話

印欧神話の原像と伝播
 七 「三機能体系」と印欧古神界の構造
  i 三種の社会機能
  ii 三機能の神々
 八 印欧神話とローマ神話
  ――インドとローマの曙の女神

文献
索引



吉田敦彦 ギリシァ神話と日本神話 02



◆本書より◆


「まえがき」より:

「比較神話は(中略)今世紀初頭の一時期には、堅実な研究者たちからは学として成立する可能性すら強く疑問視され、極度の沈滞状態の中に沈淪していた。このように半ば仮死の状態にあったと言える比較神話に、新しい生命の息吹きを吹きこみ、再び確かな実りの期待できる学問分野としてこれを蘇生させた功績の大きな部分は、フランスの言語学者・神話学者デュメジルに帰せられるであろう。本書の七章と八章は、そのデュメジルの研究成果の紹介に当てられている。デュメジルの最大の功績は言うまでもなく、彼によって「三機能体系」と名づけられた印欧語族に特徴的な思惟方式を析出して示し、この体系の枠組に則り組織されていた、印欧古神界の基本構造を明らかにした点にある。本書の七章においてわれわれは、このデュメジルの業績のいわば主軸を構成する部分につき、でき得るかぎり簡明な概説を試みた。
 比較神話学者としてのデュメジルの業績は、しかしながら、けっしてこの「三機能体系」の構造と印欧語族の古文化におけるその働きとを明らかにした点のみに限られない。デュメジルはこの他にも、印欧共通文化に存在した多くの個別的神話素の構造を復原して見せることに成功している。本書の八章に紹介した、インドとローマの曙女神に関する彼の研究は、このような個別的神話の分析において、デュメジルにより獲得されている成果の、典型的な一例である。
 本書の一章から六章までを構成する諸論稿は、デュメジルの研究に刺激され、彼によってあげられた巨大な業績を踏まえその方法に多くを学びながら、著者自身が試みつつある研究の暫定的現状報告としての意味を持つ。」



「一 ギリシァ神話と日本神話」より:

「オルペウス型という概念もまた、説話学者により、しばしば曖昧な使われ方をして来た。一部の人々はこの中に、あらゆる冥府訪問の物語を含めているようである。しかしこのような用い方をしては、この概念の特殊性はきわめて稀薄になると言わざるを得ない。(中略)オルペウスの冥府行を、これらの類話から区別する特徴は、それが配偶者に先立たれた男によって、亡妻をこの世に連れ戻す目的で敢行されていること、および冒険が失敗に終わり、最後には男が一人地上に戻ることである。
 われわれは今、このうち第一の特色を備えるもののみをオルペウス神話と呼ぶことにし、そのうちイザナギ及びオルペウスの物語と同じ不幸な結末を有するものを「失敗型」、主人公が首尾よく妻を蘇生させるものを「成功型」と分類することにしよう。」この定義に従えば、実はオルペウス神話が流布しているのは、ギリシァと日本を除けば、ほとんどポリネシアと北アメリカの原住民の間に限られるのである。」
「ポリネシアと北米のオルペウス神話の中でも、これまで学者たちによって日本のイザナギ神話との類似を特に注目されて来たのは、ニュージーランドのマオリ族の間に伝わる次のような神話である。

 タネ神は配偶者を欲しいと思って、土で女の形を造って生命を吹き込み、これと交わってヒネという名の娘を産み、彼女が生長するのを待って自分の妻とした。しかしヒネは自分の夫が実の父親であるのを知って、恥かしさの余り自殺して地下に行き、偉大な夜の女神となった。タネは妻の死を悲しみ、後を追って冥界に赴き、次々と冥府の番人たちの所を通過して遂にヒネのいる家に着き、戸を叩くが、ヒネは中に入るのを許さない。タネはヒネに、自分と共に地上に戻ってくれと懇願するが、ヒネはにべもなくこれをはねつけ、タネに一人で上界に帰り陽光の下で子孫を養うことを勧め、自分は下界にとどまり彼らを暗黒と死の中に引き下ろすであろうと宣言する。タネはしかたなく、悲しみの歌をくちずさみながら、一人地上に帰った。」

「しかしながらこのように、元初に起った対立する二神の言い争いの結果、世界に死が導入されたという形で、死の起源を説明する神話は、実は大林太良氏が示されたように、北アジアからアメリカ大陸にかけて、主として狩猟採集段階の諸民族の間に広く分布しており、元来は恐らく北方の狩猟採集民文化の中で発生したものと考えられる。」
「このように日本のイザナギ神話がいくつかの話根に関し、中国中南部の伝承の影響を受けて、記紀に見られるような形を取るようになったのは、(中略)ほとんど確実であろう。しかしこのことによっては、(中略)イザナギ神話とギリシァのオルペウス伝説の間に見られる顕著な一致の由来は説明されない。何故ならこの問題の両神話は、単に「失敗型」のオルペウス神話であるという点で一致しているのみでなく、主人公の失敗の原因が、妻を地上に連れ帰る条件として冥府で彼に課せられた禁忌に違反したことであるという点でも軌を一にしており、しかもその禁忌の内容まで「妻の姿を見ることの禁止」という、まったく同一の形をとっているからである。」
「そしてこのヒネとタネの神話を除けば、ポリネシアのオルペウス型説話の主人公は、たとえばニュー・カレドニアで採集された次の例話などに典型的に見られるように、すべて冥府から亡妻を連れ帰るのに成功しており、この地域の類話はわれわれの分類ではすべて「成功型」に属するのである。

 ある時妻に死なれた男が、冥府に旅立った亡妻の足跡を辿って、テウディエ岬にある冥界の入口に行き着いた。するとそこにはフワイフワイという名の門番がいて、彼に何処に行くか尋ねた。男が、
 「妻を探しに来たのですが、此処を通りませんでしたか」。
 と聞くと、フワイフワイは、
 「その女なら今しがた此処を通ったよ。私と一緒においで。彼女の所に連れて行ってあげよう」。
 と言った。そして料理した野生の山芋と、砂糖黍と、うなぎを持ち、男に向って、
 「右にも左にも脇見をせず、まっすぐ私の後についておいで」。
 と言うと、先に立って歩き出した。二人はやがて、死者たちが踊っている場所に到着した。
 すると踊りの指揮をしていたカプワングワ・カプウィティヤロという神が、死人には耐え難い悪臭に感じられる、生きた人間の匂いを嗅ぎ付け、
 「私たちの間に生者が紛れ込んだらしい。みんな自分の糞を食って見せろ」。
 と叫んだ。人糞はとかげおよび竹と共に、死者たちの常食物であるので、カプワングワ・カプウィティヤロは、こうすれば大便を食うことのできぬ生者を、容易に見分けられると考えたのである。しかし男は直ぐに、フワイフワイからこっそり手渡された山芋を、何食わぬ顔でさもうまそうに食べ始めたので、死人たちの誰も彼が生者であると見破れなかった。
 死者たちは安心して再び踊りを始めたが、しばらくするとカプワングワ・カプウィティヤロが、相変らずあたりに生きた人間の悪臭が漂っているのに不審を抱き、今度は「みんなとかげを食え」と命令した。しかし男はフワイフワイから受け取ったうなぎを食べて見せ、今度も死者たちの眼を欺きおおせた。
 死者たちはその後しばらくまた踊りを続けていたが、そのうちにブーヴァ樹の実を投げ合って遊び始めた。彼らはまず最初は赤い実を取り、輪になって踊りながら、互いにそれを抛り合っていたが、そのうちにカプワングワ・カプウィティヤロが、
 「どうしても生きた人間の匂いがする。みんな竹を食べて見せろ」。
 と叫んだ。男はフワイフワイから砂糖黍を貰って食べ、またも誰にも怪しまれずにすんだ。
 死者たちはまた遊びを再開し、今度は青い果実の抛り合いを始めた。男の死んだ妻が実を投げる番になると、フワイフワイは男の耳に口を寄せ、
 「私があの実を捕えるから、お前は私の背後にいて、私が実を手渡したら全速力で走って逃げ帰り、墓地に行って妻の亡骸の上に実を置きなさい」。
 と囁いた。男が言われた通り、フワイフワイに渡された実を持って逃げ出すと、妻は泣きながら後を追って来た。墓地に着くと彼女は、男が実を上に置いた自分の死骸の中に入り、そのまま蘇生した。」

「ニュージーランドのヒネとタネの神話以外では、「失敗型」の結末を持つオルペウス神話は、日本とギリシァの他に北米原住民の伝承中に見出される。たとえばエリアデによって北米のオルペウス神話の代表として引用されている、カリフォルニア地方のテルムニ・ヨクット族の間で採集された次の説話などは、その典型的な例である。

 妻に死なれた男が、彼女と一緒に死者の国に赴く決心をして墓を見張っていると、二晩目に屍体が起き上がって、夢遊病者のような足取りで西に向かって歩き出すので、男も後を追う。冥界の境に流れる川にかかる橋は、絶えず激しく揺れ動いており、生者が渡ろうとすると水中に振り落して魚にしてしまうのであるが、男は所持していた魔法の綱の助けで無事向う岸に辿り着き、冥府の主ティピキニッツの前に連れ出されて、妻を地上に連れ帰る許可を求める。ティピキニッツは、男がもし一晩中眠らずに妻を守って過ごせれば、願いを聞き届けようと言う。そこで男は妻と一つ床に入って、物語りをしつつ夜を過ごすが、夜明け前に深い眠りに落ち、眼覚めた時には腕に抱いていたはずの妻は腐った薪に変わっていた。ティピキニッツは男の落胆ぶりを憐れみ、もう一晩同じ試みをする機会を与えるが、男は再び夜明け前に眠り込んでしまい、腐った薪を抱いて眼を覚ます。一人冥府を去るにあたって男は、その冒険が六日の間に他人の耳に入れば死なねばならぬと警告されるが、一人生きながらえるよりはむしろ冥界の妻の許に戻ることを願って、帰宅後隣人たちを招き死者の国の経験を残らず話して聞かせ、その翌日蛇に噛まれて死ぬ。」






















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本