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吉田敦彦 『日本人の女神信仰』

「このようにホモ・サピエンス・サピエンスの文化と共に古いことが確実な、大地母神の崇拝は、縄文時代のわが国においても明らかに、人々の信仰のまさに中心の位置を占めていたにちがいないと思われる。」
(吉田敦彦 『日本人の女神信仰』 より)


吉田敦彦 
『日本人の
女神信仰』



青土社 
1995年9月1日 第1刷印刷
1995年9月20日 第1刷発行
243p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,200円(本体2,136円)
装幀: 戸田ツトム+岡孝治



本文中図版(モノクロ)15点、図1点。



吉田敦彦 日本人の女神信仰



目次 (初出):

第Ⅰ部 縄文の女神
 1 土器と土偶によって表わされた女神 (原題「神話と考古学」/「季刊考古学」、別刷4、1993年12月)
  釣手土器と女神
  顔面把手付き深鉢
  土偶の祭り
 2 柄鏡形住居に見る女神の子宮と産道の表現 (「東アジアの古代文化」、77号、1993年10月)
  祭祀施設としての柄鏡形住居
  埋甕の風習
  子宮と産道の表現
 3 ヨーロッパと日本の先史文化に見る大地母神信仰 (原題「象徴儀礼としての出産――ヨーロッパと日本の先史文化に見る深層」/「イマーゴ」、5巻7号、1994年6月)
  最古の母神信仰と出産儀礼
  縄文文化の母神とその出産
  火の誕生と産道と見なされた住居への入り口
 4 プエブロの人類起源神話と縄文宗教の母神の祭り (原題「神話に見る人間の起源」/「CEL」、30号、1994年10月 ただし収録に当たって、大幅に加筆した)
  後期旧石器時代の地母神信仰
  ウェマーレ族の人類起源神話
  地母の神秘と通過儀礼

第Ⅱ部 昔話に見る女神信仰の名残り
 5 縄文の女神と昔話の主人公たち (原題「福神の系譜――縄文の女神から山姥まで」/「ふじらいふ」、23巻6号、1992年7月、同巻9号、同年10月、24巻3号、1993年4月)
  人を食う恐ろしい山姥
  幸福を授けてくれる山姥
  山姥の大便は五色の錦
  山姥の正体は有り難い女神
  価値あるものに変身した山姥
  人参となった山姥と食物の女神
  縄文時代の女神だった山姥
  竜宮から贈られた黒猫・鶏など
  殺された縄文の女神と昔話の主人公たち
 6 山姥の不思議と正体 (原題「昔話と縄文人の信仰」/「昔話――研究と資料」、22号、1994年6月)
  山姥と死体化生型作物起源神話
  財宝や御馳走を生みだす山姥
  土偶と縄文の母神

第Ⅲ部 アマテラスの本質と起源
 7 アマテラスと「日の御子=稲の王」としての天皇の起源 (原題「稲の王としての天皇の起源」/「別冊歴史読本」、18巻20号、1993年7月)
  生まれてすぐに送り出されたアマテラスとホノニニギ
  天孫降臨と石屋からの出現
  稲作と王権および陽光
 8 アマテラス神話に見る、日本的な意志決定の嚆矢 (原題「記紀神話が日本人一般にとって持つ意味と価値の認識を」/「東アジアの古代文化」、71号、1992年4月)
  自分ではことを決めることをしない、アマテラスとオホクニヌシ
  記紀神話と日本的な意志決定
 9 アマテラスと高句麗の祖母神の柳花 (原題「Georges Dumézil の研究に照らして見た、スキュタイ、韓半島、および日本の神話の関係」/「東亞文化」、31輯、1993年12月)
  はじめに
  オセット人の叙事詩伝説
  日本神話とスキュタイ神話の類似
  高句麗神話と『ナルト叙事詩』の類似
  柳花とアマテラスの類似
 10 アマテラスと三種の神器の起源 (原題「ユーラシア大陸を越えてきた聖宝――比較神話学から見た三種の神器」/「歴史読本」、35巻7号、1990年4月)
  スキュタイ王家のレガリヤ
  三種の神器の意味
  「天」と「水」の神の結婚
  高句麗の神話
  「三種の神器」の源流
 11 三種の神器およびアマテラスと、インド・ヨーロッパ語族の「三機能体系」 (原題「ヨーロッパの神話伝説と日本の神話伝説」/「歴史読本特別増刊・事典シリーズ」、1992年10月)
  ゲルマン神話の場合
  インド・ヨーロッパ語族に共通する三神
  日本での三神や三種の神器との対応

あとがき




◆本書より◆


「土器と土偶によって表わされた女神」より:

「このように体の中に、あらゆる種類の御馳走を、まるで無尽蔵のようにふんだんに持っていた。そしてそれを、気前よく体から出して食べさせるという性質を持っていたとされている女神は、『古事記』と『日本書紀』の神話の中にも出てくる。」
「『古事記』の神話では、オホゲツヒメという名前のその女神は、「種々の味物」つまりいろいろな種類の美味しい食べものを、体の中に持っていた。そしてそれらを、鼻と口と尻から、いくらでも出すことができた。それでこの女神はあるとき、自分のところに食物を求めにやって来たスサノヲのために、そのやり方で体からどっさり、いろいろな美味しいものを出した。そしてそれらを料理して、スサノヲに食べさせようとした。
 ところがスサノヲは、オホゲツヒメが体から食物を出すところを、覗き見していた。それで鼻や口や尻から分泌したり排泄して出した汚いものを、食べさせようとしていると思って、怒ってオホゲツヒメを殺してしまった。そうするとそのようにして無残な殺され方をした、オホゲツヒメの死体の頭からは、蚕が発生した。また両目からは稲が、両耳からは粟が、鼻からは小豆が、陰部からは麦が、尻からは大豆が、それぞれ生じたと物語られている。
 そっくりの性質を持った女神は、『日本書紀』の神話には、ウケモチという名前で出てくる。この女神もやはり、体の中にさまざまな食べものを持っていて、それらを口からいくらでも吐き出すことができた。それであるときツクヨミの訪問を受けたこの女神は、口から次々に、御飯と、いろいろな種類の魚と、鳥や獣とを吐き出した。そしてそれらを御馳走にして、大きな台の上にどっさり盛り上げ、ツクヨミに食べさせようとした。
 ツクヨミはすると、「口から吐いたものを食べさせるとは、なんという汚い無礼なことをするのか」と言って、顔色を変えて激怒した。そして剣を抜いて、ウケモチを斬り殺してしまった。
 そうするとウケモチの死体の頭からは牛と馬が発生した。ひたいからは粟が、眉毛からは蚕が、目からは稗が、腹からは稲が、そして陰部からは、麦と大豆と小豆が、それぞれ発生したと物語られている。」



「柄鏡形住居に見る女神の子宮と産道の表現」より:

「藤森栄一らによってつとに主張されて来たように、縄文時代の宗教の中心を占めていたのは、当時の人々によって土偶や、また殊に中期にはいろいろなタイプの土器によっても姿を表わされて、崇められていた、大地母神的な女神の信仰だった。山本暉久の言う「第一期敷石住居」が作られた時期になると、人々は、自分たちを保護し育んでくれる生活の場であると同時にまた、きわめて神聖な祭場としての意味も持つことになったこれらの住居にも、その有り難い母神の体が具現されているという、信仰を持つようになった。それに伴って住居への出入り口は、ごく自然に、女神の産道として意識されることになった。
 それだからこそ当時の人々は、その場所に埋甕を埋設した。そしてその中に、死産児を埋葬したのだと思われる。
 なぜならその埋葬に使われた甕形の土器は、当時の人々によってこれもまた明らかに、同じ有り難い母神の体を表わすものと意識されていた。それでその甕の中に埋葬されることで、死児は母神の体内に入り、そこで保護されて新しい生命を賦与される。そしてそこからやがて、母神の産道にほかならぬ住居の出入り口部を介して、その場所を埋甕の上をまたいで通る母の体内に受胎され、この世にまた生まれ出ることになると信じられていたと、想定できるからだ。
 このようにして祭場として使われる建物を、母神の体そのものに見立てる信仰は、祭祀にのみもっぱら使われる場所として、柄鏡形住居が出現すると、それに伴ってとうぜん、前の時期におけるよりも格段に強化されたにちがいないと、想像できる。日常の生活の場とはっきり分離されたことで、神聖性と神秘性がおそらく飛躍的に増大した、この建物の内部に、その出入り口部から入ることは、当時の人々にとって、ますますはっきりと、産道を通って女神の体内に入ることと意識された。
 大地母神の体に入ることは、言うまでもなく死を意味する。つまり祭りのために、この柄鏡形という特殊な構造の聖所に入って行くそのたびごとに、当時の人々は自分たちがそのことでいったんは、象徴的な死を遂げるとはっきり意識していたにちがいない。
 だが万物をたえず豊かに生み出し育むことを続けている、大地母神の体内には、これも言うまでもなくまた、無限な生命がまさに横溢している。そこに入る者はそれ故、あらゆる生命の源泉の内奥に深く参入して、その神秘を体験する。そしてそこで、溢れるほどの生命の恵みに浴することができると、信じられていたにちがいない。
 柄鏡形住居の内部で執行された、神秘な祭りへの参加を果たした上で、そこからまた日常生活の場である外の世界に出て来ることを、当時の人たちはそれだからとうぜん、母神の体から新たな生命を得て再生することと、意識していたと思われる。」



「ヨーロッパと日本の先史文化に見る大地母神信仰」より:

「これらの洞穴の中でも特に有名なものの一つにたとえば、南フランスのアリエージュ県のトロワ・フレール洞穴がある。(中略)一九二九年にこの洞穴を探査したキューンは、岩壁画のある奥の広大な「広間」に到達するまでに、彼がそのおりに嘗めねばならなかった非常な苦労のことを、次のように述べている。

   床面は湿ってぬらぬらしており、岩だらけの通路から滑り落ちぬように、細心の注意をせねばならなかった。起伏の激しいその通路を抜けると、その先には一〇ヤードほどの長さのきわめて狭隘な道があり、四つ足で這って通らねばならなかった。その先にもなお、いくつもの大広間と、それらをつなぐ狭い通路が続いていた。……
   鍾乳石の眺めは、本当にすばらしかった。天井から滴り落ちる、水滴の幽かな音が聞こえるほかには、何の物音もせず、動くものは何一つなかった。……その沈黙は、じつに不気味なものだった。広く長い折れ曲がった廊下を過ぎると、その先はとても細い坑道になっていた。……その坑道の幅は、わたしの肩幅とほとんど変わらず、高さもそれと同じくらいだった。……そこを通り抜けるためには、両腕を脇腹にぴったり密着させて、腹這いになり、蛇のように身をくねらせて進まねばならなかった。この通路の高さは、所々では辛うじて一フィートほどしかなく、通るには顔を地面に密着せねばならなかった。まるで棺の中を這っているような気がした。頭を上げることもできず、呼吸することすらできなかった。そのあとで穴の高さがいくらか増大し、前腕部で身体を支えられるようになった。だがそれも長くは続かず、通路はじきにまた狭くなった。このようにして、一ヤードまた一ヤードと苦闘しながら、四〇ヤード余りの距離を進まねばならなかった。……頭のこれほど近くに天井があるということは、本当に恐ろしい。それはまた、きわめて困難なことでもあり、その所為でわたしは何度も、頭を強くぶつけた。この苦労には、終わりがけっしてないのではないかと思えたときに、とつぜんその坑道をすっかり通り抜けていた。
   いま立っている広間は、じつに広大だった。天井と壁をランプで照らして見ると、厳粛な雰囲気の感じられる室で、そこにやっと、絵があったのだ。

 このように非常な困難と危険を冒した末にやっと到達できるような、地下の洞穴の奥の広間のようになった部分を、この時期のクロマニョン人たちは明らかに、彼らにとってもっとも重要であったにちがいない、儀礼を行なうための聖所として用いていた。そしてその地下深くの聖所の壁と天井に彼らは、自分たちにとってもっとも大切な狩りの獲物だった、野牛や馬などの動物の画を、(中略)じつに迫真的に描いた。」
「このことからこのような岩壁画の描かれた地下の聖所が、クロマニョン人たちによって、彼らの暮らしに必要なこれらの動物を、無数に妊娠しては生み出してくれる、有り難い母神の子宮と見なされていたことが、明らかだと思える。またそこに行き着くために通らねばならぬ、迷路のような長い地下の通路はまさしく、その母神の産道に見立てられていたにちがいないと想像できる。」
「じじつ母神の産道を表わす長い迷路を危険を冒して通り抜けて、子宮を表わす祭場に行くことは、クロマニョン人たちにとって、そのたびに死をいったん体験することと、信じられていたにちがいない。なぜなら大地母神はその豊穣な子宮から、万物を絶えず地上に生み出すことを続けている一方で、生きとし生けるものはすべて最後には、死んでまた母である大地の腹の中に呑みこまれる。だから大地の腹の内奥に入ることはとうぜん、死ぬことを意味したと思われるからだ。
 しかしながら大地母神の子宮に入ることは同時にまた、万物を妊娠しては生み出すその子宮に、胎児として妊娠されることであるとも信じられていたにちがいない。だからその地母の子宮の中で祭りを実施することで、クロマニョン人たちはそのたびに、そこに充満している無限の生命力に、自分たちも浴したいと念願したのだと想像できる。そして祭りを終えてまた産道である迷路を通り抜けて、明るい地上に出たときには、彼らは心の底から、大地の胎内でいったん死んだあとでまた生命を更新されて、地上に生まれ出ることのできた喜びを味わったのだと思われる。つまり地下の洞穴の奥に岩壁画を描き、そこで祭りをするたびごとにクロマニョン人たちは、象徴的な形で死んではまた再生することを、くり返していたと思えるわけだ。」

「作物の栽培は、それを開始したこの時期の人々によってこれもごく自然に、大地母神の体を傷つけ、分断するような行為であるとも感じられたのだと思われる。じじつどんな原始的なやり方であっても、作物の栽培にあたっては人間は、なんらかのしかたで大地の自然状態を破壊する。大地母神に対する信仰を持つ人々にとっては、それは明らかに、母神の尊い体に殺傷を加えることであったにちがいない。太古に作物の栽培が開始されたとき、人々がおそらく至る所で持ったと思われる、このような観念のもっともあからさまに表明された例として、宗教学の大権威者であったエリアーデはたとえば、十九世紀の末に、北アメリカの原住民ウマティラ族の予言者であったスモハラが語ったという、次のようなきわめて印象的な言説をあげている。

   われわれみんなの母を、農作業によって、傷つけたり、切ったり、引き裂いたり、引っ掻くのは罪だ。わたしに地面を耕せと言うのか。刃物を取り上げて、わたしを生んだ母の胎に突きたてることが、わたしにできるだろうか。もしそんなことをすれば、わたしが死んだときに、彼女はもうわたしを二度と、自分の胎内に受け入れてはくれないだろう。鋤で掘り起こし、石を取り除けと、わたしに言うのか。母の肉を害して、骨を剝き出すことがわたしにできようか。もしそんなことをすればわたしは、また再び生まれてくるために、彼女の体の中に入ることが、できなくなってしまうだろう。わたしに干し草にする草を刈り取り、それを売って白人たちのように金持ちになれと言うのか。自分の母の髪の毛を切り取るようなだいそれたことが、どうしてわたしにできるだろうか。

 このスモハラの言説に表明されているような感情に基づいて、縄文時代のわが国でも人々は、この時期に彼らが始めた、焼き畑による作物の栽培にあたって、自分たちがまさに、大地母神の尊い体を火で焼いているだけでなく、傷つけ、分断していると感じた。ただその感情に基づいて、白人たちのように農業を営んで金持ちになることを断固として拒否したスモハラとはちがって、当時のわが国の人々は、(中略)自分たちの生活のために、芋などの作物の栽培を始めた。」



「縄文の女神と昔話の主人公たち」より:

「全国津々浦々で語られてきた昔話の一つに、「牛方山姥」という次のような筋の話がある。
 牛方かまたは馬子が、牛あるいは馬の背に、魚などの食物の荷を積んで、山を越えようとしていると、山姥が出てくる。そして荷物の食物を、「くれ」と言って要求してはもらって食べることをくり返し、たちまちすっかり食べ尽くしてしまった上に、しまいには牛あるいは馬まで、取り上げて食べてしまう。牛方あるいは馬子は、そのあいだに逃げて行って、一軒の家を見つけ、天井裏などに上がって隠れる。ところがそこはなんと山姥の家で、やがて山姥が帰ってきて、餅を焼いて食べようとする。それで牛方あるいは馬子は、すきを見てその餅を、竹槍などを使って上から取って食べてしまう。
 山姥は鼠に餅を取られたと思い、あきらめて、釜とか風呂桶あるいは櫃などの中に入って寝る。牛方あるいは馬子はそこで、山姥がすっかり熟睡をしたところに下りて行って、釜や桶に蓋をした上から重石を置いたり、櫃を釘付けにするなどして、山姥が目を覚ましても出られないようにする。それから釜や桶の下で火を燃やし続け、あるいは櫃に錐で穴を開けそこから熱湯を注ぎこんで、山姥を焼き殺すか煮え湯を浴びせて殺す。そうすると多くの話では、大変に苦しんで死んだ山姥の死骸が、いろいろな貴重なものになって、それを手に入れた牛方あるいは馬子は、「大金持ち」とか「長者」、「分限者」になったと、物語られている。」



「山姥の不思議と正体」より:

「山姥はこのように、各地に伝わるいろいろな昔話の中で、無残な死に方をして、その死体ことに血から、根や茎の赤い作物が生じるという、不思議な性質を持つことを物語られてきている。この点で昔話の中の山姥には、大林太良によっていみじくも洞察された通りたしかに、記紀神話のオホゲツヒメやウケモチとも共通する、作物起源神話の主人公の女神としての性質が認められると思われる。」
「昔話の中の山姥には、卑見によればまた別の点でも、オホゲツヒメおよびウケモチと奇妙なほど酷似した性質が、見られるのではないかと思われる。なぜならオホゲツヒメとウケモチは、生きていたあいだその身体から、(中略)排泄物や分泌物を出すのと同じやり方で、さまざまな種類の美味しい食物をふんだんに出すことができたと言われている。ところがそれと同様に山姥も昔話の中で、排泄物や分泌物として、貴重な宝物などをまるで無尽蔵のように大量に出す、不思議な力を持つことを物語られているからだ。」
「このように記紀の神話のオホゲツヒメやウケモチとも不思議なほどよく吻合する、昔話に見られる山姥の性質には、卑見では、縄文時代の中期にすでにわが国で崇められていた古い女神の性質の名残りが、いろいろな点できわめてはっきりと認められると思える。その女神に対して当時の人々が持っていた信仰のあり様を、われわれはまず、この時期に急に大量に作られるようになった土偶によって、窺うことができると思われる。」
「ところで土偶は、縄文時代の早期や前期に作られたものを見ても、乳房や腹、女性器などがはっきり、誇張されて表現されたものが多い。(中略)このことから縄文時代を通して土偶には、何か人間にとって大切なものを、身体から豊かに生み出してくれる、母の性質を持つ女神を表わす意味があったことが想像できる。
 縄文時代の中期になると人々は、このような有り難い母神の像であった土偶を、なぜかさまざまな形に、入念に作り上げては壊した。そして破片のあるものは丁重に祭りながら、他の多くの破片は分けて、離れた場所に持って行くことをくり返すようになったのだ。
 それはこの時期から、それまでの狩猟と採集に加えて、何らかの方法で作物を栽培することが、人々の生活にとって肝心な営為になった。そしてそれらの作物や、その他の人間の暮らしに必要なさまざまな資源の起源が、大林太良の言う「死体化生型」の神話によって、説明されるようになったためではなかったかと想像できる。
 つまりその神話を信じることで当時の人々は、作物をはじめとするもろもろの大切な資源が、尊い女神が殺されると、その死体のいろいろな部分から発生するという信仰を持つようになった。そしてその信仰に基づいて彼らは、その尊い女神を表わした土偶を、丹誠をこめて作っては無残に破壊することで、(中略)その死体の各所から作物や他のものを、生じさせようとする祭りを、くり返すようになったのだと思われる。」




◆感想◆


本書で最も印象に残ったのは、じつはエリアーデからの引用(予言者スモハラの言葉)でした。著者はデュメジル派でエリアーデ(およびユング)には批判的だったと思うのでたいへん恐縮です。しかしデュメジルは「三機能」とか神話の社会性(政治性)を重視しているのでうまれつき社会性のない自分には興味がもてないです。ところで大地母神崇拝というのは大地が生み出すもの(オホゲツヒメやウケモチや山姥が体内から吐き出すもの)をひたすら狩猟採集的に受動的に享受するエコロジカルな「母性原理」的あり方であるはずで(大地母神キュベレーを信奉したのは自己去勢者たちでした)、山姥を殺してお金持ちになるとか、オホゲツヒメやウケモチを殺して農耕牧畜的に能動的に自然破壊するのは著者もいうように母殺しであり、それはすでに「父性原理」のはじまりです。オホゲツヒメを殺したスサノオは他でもない、蛇=母(大地母神)=無時間を殺してアニマとしてのクシナダヒメ=稲作=歴史的時間と結婚した張本人ではないですか。著者はもちろん、農耕も通商(コミュニケーション)も拒絶したスモハラにではなく、山姥を殺して死体を売ってお金もうけした牛方に共感する側にいる人なので、致し方ないですが、しかし女神を殺してお金を奪っておいて、日本人は「女神信仰」です、では虫が良すぎるのではなかろうか。
とはいうものの著者が紹介する事例は(重複は多いものの)たいへん興味深いのでありがたいです。





こちらもご参照ください:

吉田敦彦 『昔話の考古学』 (中公新書)
石田英一郎 『桃太郎の母』 (講談社文庫)





































































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松前健 『出雲神話』 (講談社現代新書)

松前健 
『出雲神話』
 
講談社現代新書 444 


講談社 
昭和51年7月20日 第1刷発行
昭和53年4月25日 第4刷発行
204p
新書判 並装 カバー
定価370円
装幀: 杉浦康平+鈴木一誌



本文中図版(モノクロ)5点、図2点、地図1点。章扉図版(モノクロ)7点。


松前健 出雲神話


カバー文:

「国引き、八岐大蛇、国譲りなど
日本神話のなかで出雲の果たす役割はなぜか大きい。
大和朝廷にとって幽界の地出雲とは、
どのような意味を持っていたのか。
本書は、記紀、風土記、神賀詞などの文献資料と
歴史学、神話学の蓄積を縦横に駆使しながら、
巫覡祭祀(ふげきさいし)説によって出雲神話の実像を明らかにする。
スサノオ、オオクニヌシ、スクナヒコナなど
なじみぶかい神々の世界をとおして
日本神話に新たな視点と
生命を与えた。」



カバーそで文:

「二つの出雲神話の食い違い――『出雲国風土記』の多くの
伝承の中で、記紀に共通もしくは近似の伝承があるかというと、
ほとんど見出せない。また逆の場合もそうである。また記紀と
共通して登場する神格にも、同じ物語は、ひとつも
見あたらない。これは不思議なことである。簸(ひ)の川の
上流のできごととされるスサノオの有名な八岐大蛇の話も、
『風土記』の大原郡斐伊郷(ひいのさと)の条を見ても、触れられていない。
『古事記』のオオナムチの生(お)い立ちの話にある、
八十神(やそがみ)によるさまざまな迫害や、根の国での試練の話も、
『風土記』にはない。神々の神統譜も、どうやら記紀のそれとは
かなり異なったかたちで考えられていたらしい。――本書より」



目次:

はじめに

1 出雲神話の謎
 記紀の出雲神話とは何か
 記紀の出雲神話の政治的性格
 神々の闘争の神話
 出雲神話作為説
 信仰的世界観に基づくという説
 史実の中核存在説
 巫覡信仰宣布説
 諸説のまとめと問題点
2 二つの出雲神話
 虚像と原像の出雲神話
 原出雲神話としての『風土記』伝承
 二つの出雲神話の食い違い
 外から見た出雲世界と内から見た出雲世界
 記紀の神統に見られる出雲パンテオン
 宗教王国としての出雲
 三輪と鴨の神々の出雲化
 出雲の海人とワニの信仰伝承
 出雲地方の考古学
3 出雲国造家の台頭と自家の売りこみ
 出雲国造の神賀詞
 神賀詞奏上の古い意味
 出雲国造の世継ぎ式
 出雲国造の仕える神
 神賀詞奏上の政治的動機
 神賀詞奏上式はいつ始まったか
4 スサノオの神話
 高天原のスサノオ
 スサノオと宮廷の祭祀
 出雲神話へのつなぎ
 ウケイの神話の成立
 八岐大蛇の神話
 人身御供譚の意味
 八岐大蛇と蛇神の祭り
 神婚の神事
 八岐大蛇と鍛冶部
 『出雲国風土記』のスサノオ
 紀伊の大神スサノオ
 スサノオと根の国
 熊野海人の活動と熊野大神
 須佐氏族の出雲進出
 出雲の他界信仰の変遷
5 オオナムチの神話
 オオナムチの異名
 オオナムチの人間性
 オオナムチの原像
 山の女神のオオナムチ
 オオナムチと海洋
 スクナヒコナと常世の国
 オオナムチの生い立ち
 オオナムチと八十神
 根の国での試練
 オオナムチとスサノオの出逢い
 オオナムチの色ごのみ
 出雲の平定と統一
6 国譲り神話と諸氏族
 国譲り神話とその舞台
 コトシロヌシと国譲り
 アジスキの神話
 アメワカヒコと歌舞劇
 フツヌシの神話と物部氏
 タケミカズチの割りこみと中臣氏
 タケミカズチとタケミナカタ
7 出雲土着の神々
 国引き神話とオミズヌ
 出雲の生成母神としてのカミムスビ
 出雲大社の造営
 佐太大神の誕生
 佐太大神の社
 まとめ――私の出雲神話論

参考文献




◆本書より◆


「出雲神話の謎」より:

「神代における出雲は、国つ神の総帥(そうすい)であるオオナムチとその眷属(けんぞく)神の根拠地であるとともに、皇祖アマテラスとタカミムスビの支配する天上のパンテオン、高天原(たかまのはら)の世界に対する、反対勢力の拠点でもあった。」
「実際の史実はどうであったかは別として、少なくとも説話の面では、天孫の国土降臨以前の日本国土には、オオナムチを総帥とする国つ神たちが、一種のパンテオンを形成し、諸国に住み、その政治的中心が出雲にあったのを、後に高天原にパンテオンを形成していた天つ神のグループたちが、皇祖のアマテラスとその御子とを奉じ、それを征服・支配させたという思想が、この出雲神話全体の構成を通じて窺(うかが)われる。」
「このような神々の二つのグループ同士の争闘や、二つのパンテオンの対立というようなモチーフを持つ神話は、諸外国にも珍しくない。(中略)ギリシア神話におけるオリンポスの天つ神々と、クロナス神の率いる巨魔(ティタン)族との闘い、インドのヴェーダや叙事詩の中での、天つ神と阿修羅(あしゅら)・羅刹(らせつ)軍との闘い、またアイルランド神話における、ダナン神族と巨魔族フォモリアンとの闘い、およびダナン神族とミレッド族との争いなどみなこれである。
 ダナン神族がミレッド族との闘いに敗れ、丘や山などに隠棲し、妖精族となってしまったとか、メキシコの文化神クエツァルコアトルが、大神テズカトリポカとの闘いに敗れ、海のはてに去ったというような話は、やはりなんらかの実際の闘争の史実が、反映しているような感じを受ける。」

「巫覡信仰宣布説」
「この説を要約すれば、出雲国は、特別な政治的な勢力や武力があったのではない。シャマニズムやこれに基づく医療・禁厭(まじない)などの呪術を持つ特殊な信仰文化の中心(センター)であり、それは地縁的な、従来の氏神信仰とは異なり、出雲から中国、九州、近畿、北陸、東国などにいたるまで、全国的に、巫覡(みこ)らによって宣布されたのであり、これが大和朝廷によって、大きな宗教的勢力として映った。大和の三輪や鴨の神、諏訪の神などをも、オオナムチの眷属神としているのは、たんなる朝廷側の机上のデッチあげではなく、出雲人(いずもびと)と称する巫覡たちの活動によって、それらの地方的大神の崇拝が、「出雲化」された結果なのである。出雲国造は、この新しい「出雲教」の最高司祭、巫祝王(ふしゅくおう)ともいうべき存在で、この司祭家が、オオナムチの祭祀権と同時に、出雲全体の支配権を掌握した由来話が、国譲り神話であるというのである。」



「二つの出雲神話」より:

「記紀の説話が『風土記』に載らなかった理由としては、いくつかの理由が考えられる。」
「しかし、いちばん大きな理由としては、大和の貴族たちに映じた出雲像と、出雲土着の人たちの頭にある出雲像との、根本的な相違、言いかえれば、両者の抱く世界観の根本的相違によるものと考えられる。」
「中央の眼から見た出雲世界は、(中略)神々の世界を二分し、天上、光明、生命などに関係づけた高天原世界に対立し、地下、暗黒、死などに関係づけた特別な世界だと考えられたのであった。」

「記紀の出雲神話にも散見されるが、むしろ『風土記』に、とくに色濃く出ている要素は、出雲の海人(あま)文化である。(中略)『古事記』の因幡の白兎の説話や、『出雲国風土記』の語臣猪麻呂(かたりのおみいまろ)の説話などに見える、ワニなども、海人系の信仰伝承であろう。猪麻呂の話は、この人物の娘が安来(やすき)の毘売埼(ひめざき)でワニに食われたので、猪麻呂は憤(いきどお)り、神々に祈ったところ、たくさんのワニにかこまれた一匹のワニがあらわれた。鉾(ほこ)で突き殺すと、腹から娘のハギが出てきたという話である。」
「『風土記』には、ワニの話としては、他には仁多郡の恋山(こいやま)の伝説がある。恋山の話はワニが女神タマヒメを恋い、川を溯(さかのぼ)るのであるが、女神が石で川を塞(ふさ)いだので、会えなかったと伝えている。『肥前国風土記』にも、川上にいる世田姫(よたひめ)という女神に、海神のワニが川を溯って会いにいく話があり、また『日本書紀』でも、コトシロヌシがワニに化して、ミゾクイヒメに通う話がある。記紀の豊玉(とよたま)姫も正体はワニであると語られるから、ワニは海の神の姿であるとされたのであり、海人らの信仰であろう。恋山の話なども、もとは一種の神婚譚であったのであろう。
 出雲には、後世にもワニの話が散見する。有名な鰐淵寺(がくえんじ)の縁起にも、昔、智春上人(ちしゅんしょうにん)がここの飛龍の池に臨み、閼伽(あか)を供えようとして誤って皿を滝壺におとしたところ、水が湧き反って大きなワニが皿をくわえて浮かびあがったという伝説がある。現在山陰地方でサメをワニと呼んでいるので、これらはサメの話だとされているが、川を溯ったり、産屋(うぶや)ではいまわったりする姿は、サメとは別の動物のように感じられる。
 因幡の白兎の話がインドネシアの民譚に類話があることは、つとに松本信広、松村武雄などの諸氏によっても指摘されており、これが南方系のものであることは明らかであるが、インドネシアの民譚では、だまされる動物は鰐魚(クロコダイル)である。(中略)東南アジアや中国の江南地方には、鰐が多いから、その伝承の記憶が、海人の間に残ったのではなかろうか。」



「スサノオの神話」より:

「日本神話での最大の人気者はスサノオである。記紀における彼の内性は、あまりに複雑で、学者によっても、しばしば論議の的となった。」
「彼が父神から任せられた地も、日月二神がそれぞれ高天原と夜の食国(おすくに)(記)だとか、天上(紀本文)とか、高天原と滄海原(あおうなばら)(紀の一書)とか、いろいろな国の支配を任せられているのに対し、海原(記、および紀の一書)とか根の国(紀の本文、および一書)とか、天下(紀の一書)とかであるが、ともかく宇宙を三分してその一を占める領域を持たせられるのである。「三貴子」の名にふさわしい。しかし、これほどの大きな地位と領国にもかかわらず、かれはこれを少しも治めようとしない。恐るべき、天上の秩序の反抗者・破壊者となる。
 かれが死んだ母のイザナミを恋い、「八拳(やつか)ひげ、心前(むなさき)に至るまで」泣き叫び、そのさまは、「青山は枯山なす泣き枯らし、河海はことごとに泣き乾(ほ)しき」(記)というように猛烈なものであった。その号泣は、また「国の内の人民(ひとくさ)を多(さは)に夭折(しな)しめ」(紀)たという。怒った父のイザナギが根の国に追放するのである。私は、この三貴子の一人が不肖の子であったために追放するというモチーフは、もとヒルコが流されたという話と結びついていたもので、後にスサノオがこれと入れ替わって主人公となったらしいことを、前に考察したことがある(中略)が、その考えは変わりない。
 スサノオが高天原を訪れるさまも、「山川ことごとに動(とよ)み、国土みな震(ゆ)りきし」(記)という、驚天動地の状態であることも、注意してよい。天帝の玉座を窺うギリシアや北欧の巨魔(ティタン)の神話を思いおこさせる。」

「後に述べるように、本来かれは漁村に崇拝せられた、豊饒(ほうじょう)神・マレビトであり、海や船、風雨などにも関係深い存在であったのである。」
「高天原世界におけるかれは、じつはいくつかの祭儀神話の邪霊役の重ね写真にすぎず、また無理に割りこまされたよそ者にすぎないのである。国生み神話におけるスサノオは、もともとヒルコの話であったものが、すり換えられたらしいことは、かつて述べた。もしかすると、「青山を枯山に泣き枯らした」のはスサノオではなくして、手足の立たない不具のヒルコであり、これが葦舟(あしぶね)ないし岩楠船(いわくすぶね)で流され、根の国(古くは海のかなたにあると信じられた)に追いやられた話であったのかもしれない。」
「この神の天上界での、神田荒しや新嘗の祭場荒らしは、宮廷の新嘗の神事や大祓(おおはらえ)式の縁起譚らしいかたちを持っている。(中略)この大祓は、古代の信仰行事で、世の中の災厄や罪穢(つみけがれ)を、天つ罪と国つ罪とに分け、年に二度(六月・十二月の晦日(つごもり))、国土から川を通じて、海のかなたの根の国にはらい流す行事である。」
「大祓式では、(中略)これらいっさいの罪穢を、形代(かたしろ)の人形に託し、川から海へとリレー式に流してしまうのである。この行事とスサノオとの結びつきは明白である。スサノオは、罪穢のにない手として流される人形の神話的原型である。これを流す行事は、宇宙をして、一時神代のいにしえに立戻らせ、国土を更新させるという呪的機能を持っていた。」
「私の考えとしては、(中略)「高天原的スサノオ」は、本来のスサノオではない。スサノオの原像は、むしろ地方の霊格である。(中略)このローカル神を、ある時期に朝廷で、大きくとりあげて、宮廷祭祀やその神話的世界における、悪役に仕立てたのである。」

「日本の農村では、稲の生育に必要な雨水を供給する神として、蛇体の水神・雷神がまつられ、またこれがしばしば農神・田の神と同一視されている。この蛇神は祭りを怠らなければ、適当な雨水をもたらし、豊饒の恵み手となるが、怠ると洪水や嵐をおこす、恐るべき存在であった。」
「八岐大蛇の神話の母胎地ともいうべき山陰地方では、今でも蛇体の農神をまつる行事は盛んである。」
「大蛇とイナダヒメとの関係は、もともと「怪物と人身御供」ではなくして、蛇体の水神・農神と稲田を象徴する女神との結婚であったのであり、(中略)スサノオが八岐大蛇のことを「汝は畏(かしこ)き神なり、敢て饗(みあえ)せざらむや」(紀)といい、酒を供したという話があるのは、その痕跡であろう。この蛇祭りのもとの意味が不明となり、(中略)かつて尊崇された蛇神は、英雄神に退治される邪悪な怪物とされ、結婚相手の稲田の女神は、あわれな人身御供の女とされてしまう話となる。」

「八岐大蛇(やまたのおろち)の神話は、前にも述べたように、『出雲国風土記』には見えないことで、この物語が出雲産であることを否定する学者もないではない。しかし、この説話ときってもきれない姫の名が、『出雲国風土記』にも登場する。この大蛇のゆかりの地の斐伊(ひい)川沿いの飯石郡熊谷郷(くまだにのさと)の条に、クシイナダミトヨマヌラヒメという女神が登場するのがこれだ。」
「クシイナダヒメは、おそらくこの熊谷を中心とした稲の女神であろう。この女神と水の神の大蛇との神婚がその祭りに演じられ、農民たちはそれによって稲のみのりを祈ったのであろうが、後に侵入してきたスサノオの崇拝によってその祭りにも、神話にも変化が生じたものと思われる。」
「斐伊(ひい)川流域での古代の蛇神の秘儀から出たと思われるもうひとつの話は『古事記』の垂仁の巻にある。例のホムチワケ皇子の話である。この皇子が出雲大神(オオナムチ)を拝して帰るとき、肥の川に、黒木の橋を作り、仮宮を建てて住み、さらにそこから檳榔(あじまさ)の長穂宮(ながほのみや)に住んだが、一夜ヒナガヒメという美女と婚した。ところが皇子がその乙女を窺うと、正体は大蛇だったので、驚き畏れて逃げ出した。その跡を大蛇となった姫は海原を照らして追いかけてきたという。」
「ヒナガのナガは、柳田国男(『西は何方』)、高崎正秀(『古典と民俗学』)などの諸氏が説くように、青大将をあらわすオオナガ、オオナギなどという方言、ウナギ、アナゴなどの蛇属類似の水中動物の名などを参照すれば、蛇体をあらわす語であることはわかっている。この話は、八岐大蛇の話とは男女裏返しであるが、この肥の川の流域での神婚の秘儀の由来話であったことは同じであろう。」

「出雲の砂鉄で作った刀剣は、古くから有名であったのだろう。「かんな流し」のさい、鉄分を含んだ赤く濁った水が川に流れるのは、大蛇の血によって肥の川の水が赤くなったという話をも連想させる。」
「大蛇の尾が刀剣を含んでいるという信仰は、古い民間信仰でもあったらしく、諸国のいくつかの口碑(こうひ)にも見える。(中略)龍蛇と刀剣とを結びつけるという信仰は、ヨーロッパやアジアに広く語られている。」

「神話を見ると、スサノオは出雲ばかりでなく、紀伊にも関係が深く、おまけにそこでは船や海や樹木などと結びついて語られている。」
「紀伊国は、古くから「木(き)(紀)の国」すなわち樹木の生産で知られ、また海人族の根拠地であった。この紀伊半島沿岸の海人たちは、この木材で遠洋航海用の浮宝を造り、これで中国や朝鮮まで押しわたって貿易したり、(中略)また遠洋漁業を行なったりして、五、六世紀ごろにさかんに活躍をしていた。
 スサノオは、もともとこのような紀伊の海人たちの奉じる神であり、海や船にも関係深く、また船材としての樹木の神でもあった。この神が海を支配せよと命じられたとか、韓土にわたったとかいう話はみなこの神を奉じる紀伊の海人(三保海人(みほあま)、加太(かだ)海人、熊野海人など)らが、朝鮮沿岸にまでも活躍したことをあらわしている。(中略)元来は海にこそゆかり深い神であった。」

「根の国とは、根の堅洲国(かたすくに)とも、根の国・底(そこ)の国とも呼ばれ、地下にある暗黒の死者の世界であるとされ、一般には黄泉(よみ)の国と同じものとされている。(中略)しかし、柳田国男氏などの研究(『海上の道』)によると、もっと古くは海のかなたにあると信じられた、死霊のいく他界であったらしい。ここには神々も先祖の霊魂も住んでいて、そこから時を定めて、国土を訪れる神の信仰があった。根の国のネという語は、生命の根源という意味で、ここは死霊ばかりでなく、あらゆる生命の源泉地でもあると考えていたらしい。」
「海のかなたに死霊・祖霊が住み、また神霊が住んでいるという、海上他界の信仰は、マレイ半島のサカイ、ジャクン族、メンタウェイ、ニコバル、ボルネオ、ワツベラ、ケイ、チモールラウト、サヴ、ロティ、レティ、ケイサル、メラネシアのソロモン、ニューカレドニア、ニューギニア、ポリネシア、オーストラリア東南部などの、東南アジアからオセアニアにかけて、広がっている信仰である。」
「スサノオも、おそらくもともと紀伊の沿岸地方一帯の海人たちが信じていた、海のかなたの根の国から来訪するマレビト神であったろう。」

「紀伊の海人たちによって出雲に運ばれたスサノオの崇拝は、まず安来(やすき)などの東部から広まり、大原郡、飯石郡と、しだいに西部に進出し、それにしたがい海洋性を失い、山奥の農神らしい内性となったものらしい。」
「水野祐氏などは、この神を奉じた集団を、朝鮮系の渡来者集団であり、また韓鍛冶部(からかぬちべ)族でもあり、シャマニックな巫覡(ふげき)集団でもあると述べている(『出雲神話』)が、私も前著で、ほぼ同様の考えを詳述した(『日本神話の形成』)。」

「出雲の他界信仰は、その原初のかたちでは、海上他界としての根の国や常世(とこよ)の国であったことは、はっきりしている。(中略)これは海人たちの信仰文化であった。
 『出雲国風土記』出雲郡宇賀郷(うかのさと)の条に見える、脳(なずき)の磯(いそ)の西にある岩屋戸(いわやど)(洞窟)は、奥行は深く、人が入ることを得ず、夢にこの窟の近辺にいたるものがあれば、その人はかならず死ぬと伝え、土地の人がこれを「黄泉の坂・黄泉の穴」と名づけたという。これは現在平田市の西北の猪目(いのめ)にある海岸洞窟で、ここからは先年多数の人骨・土器・木器・貝輪などが出ている。弥生時代から古墳時代にかけてのもので、ここは古い葬地であったものらしい。」
「同じ島根半島でも、東部のサルガ鼻洞窟にも繩文後期の人骨がたくさん出土し、埋葬遺跡である。加賀の旧潜戸(くけど)なども、後には仏教化した賽(さい)の河原(かわら)となっているが、もとはやはり海岸葬地であろう。鹿島町古浦の海岸砂丘の弥生時代の葬地も同様である。今は弓ヶ浜という長い岬となっているが、かつては島であった「夜見の島」や、大根島などの名も、折口信夫氏の説くように、海上他界の信仰の名残りであろう。こうした海上他界の信仰と海岸の葬法とは結びついていたと考えてよかろう。これらは海人の抱いた水平的世界観によるものであろう。
 スサノオのいった根の国も、最初は(中略)海洋的な他界であったのであろうが、この神を奉じる須佐族が、山奥の方に移動するに従って、海洋性を喪失し、(中略)黄泉平坂を隔てて現世と対立する、黄泉の国となっていったのであろう。しかし、この根の国は、イザナミのいった陰惨で、死臭の満ちた、暗黒の黄泉の国とは、かなり異なっている。八田間(やたま)の大室(おおむろや)のような大きな宮殿があり、スセリヒメのような美姫がいて、現世と少しも変わらぬ明るい世界である。こうした相違については、私は両説話を背景とした世界観の相違によるものであろうと考えている。」







































































谷口幸男 『エッダとサガ ― 北欧古典への案内』

谷口幸男 
『エッダとサガ
― 北欧古典
への案内』

新潮選書

新潮社 
1976年3月10日 印刷
1976年3月15日 発行
253p 口絵4p(うちカラー2p) 
四六判 並装 カバー 
ビニールカバー 
定価780円



本書「まえがき」より:

「ゲルマン神話の根本資料としてのエッダ、初期中世ヨーロッパ文学の一角を飾る散文芸術の宝庫であるサガ文学、この二つの世界に拙い筆ながら読者を導入し、いくらかでもその面白さに触れていただけたら、というのがこの小著の著者の願いである。」


谷口幸男 エッダとサガ 01


カバー文:

「ゲルマン人のもっていた豊かな神話や英雄伝説を『エッダ』を通して知り、また、異教的な北ゲルマン人の実生活や信仰、社会や文化を、代表的なサガ28篇によりうかがってみようと思った。孤島アイスランドに残された古代北欧文学の宝庫に魅せられて十数年、そこには、シーザーの『ガリヤ戦記』やタキトゥスの『ゲルマーニア』では聞けなかったゲルマン人の肉声が、いつも響いているような不思議な思いにとらえられている。 著者」


カバー裏文:

「ヨーロッパの文化と文学を少し源泉に遡って探ろうとすれば、どうしても北欧、ことに絶海の孤島アイスランドに大部分が伝えられた、エッダの詩篇とサガと総称される散文文学に赴かなければならない。
エッダは三十数篇あって、神話詩、英雄伝説詩、箴言詩の三つに分けられる。
サガは驚くほど数が多く、王朝や一時代の歴史的な記録から、王や僧正や詩人や美女や豪傑の生涯や逸話を描いたものなど、その種類はじつにさまざまだが、古代中世のゲルマン人の植民の事情や生活や信仰、さては決闘や仇討ちや妻問いまで、細大もらさず知らしてくれるのは、まさしく奇跡的なことで、エッダと合わせて世界文学の至宝をなしている。
さきに『エッダ』の全訳を出した谷口さんは、古代アイスランド語に通じ、語学の達人だ。本書は、エッダとサガの代表的なものを逐一展望して、えがたい案内書をなしている。
山室静」



目次:

口絵
 ヴァイキング船と海のモンスター(12世紀の写本から)
 サガの写本の一つ、フラテイヤル本(14世紀末)
 ヴァイキングの勇士がつけた銀の帯/室内の風景(18世紀)/ヴァルスヨウヴススタズルの教会の扉/中世の酒宴
 氷河が生みに落ちこんでいるアイスランドの風景

まえがき

序章 アイスランド

第一章 エッダ
 1 神話
  主要な神々
  世界のはじまり
  アースガルズと世界樹
  オーディン
  トール
  ニョルズとフレイ
  ほかのアース神
  ロキとその一族
  シャチのイズン掠奪
  トールの槌取りもどし
  トールとウートガルザロキ
  トールのミズガルズ大蛇釣り
  トールとフルングニルの戦い
  トールとゲイルレズ
  バルドルの死
  ロキの捕縛
  オーディンと詩人の蜜酒
  世界の終末(ラグナレクル)
  新しい世界
 2 英雄伝説
  鍛冶屋ヴォルンド
  フンディング殺しのヘルギ
  シグルズ

第二章 サガ
 1 宗教的学問的著作
  キリスト教のサガ
  植民の書
  アイスランド人の書
  スノリのエッダ
  ストルルンガサガ
 2 王のサガ
  ヘイムスクリングラ
  ヨームのヴァイキングのサガ
  赤毛のエイリークのサガ
  グリーンランド人の話
 3 アイスランド人のサガ
  エギルのサガ
  ヒータル谷の勇士ビョルンのサガ
  蛇の舌のグンラウグのサガ
  めんどりのソーリルのサガ
  ラックス谷のサガ
  エイルの人々のサガ
  フォーストブレーズラサガ
  ギースリのサガ
  コルマークのサガ
  バンダマンナサガ
  グレティルのサガ
  殺しのグルームのサガ
  ヴァプンフィヨルドの人々のサガ
  フラヴンケルのサガ
  ニャールのサガ
 4 伝説的サガ
  ヴォルスンガサガ
  フロールヴ・クラキのサガ
  ノルナゲストの話
  ラグナル・ロズブロークのサガ

あとがき
アイスランド略年表
参考文献



谷口幸男 エッダとサガ 02


口絵「ヴァイキング船と海のモンスター」。



◆本書より◆


「第一章 エッダ」より:

「さらに注意を要する大きな問題として、キリスト教の影響をどの程度まで考えてよいかという問題がある。『古エッダ』冒頭の「巫女の予言」は、世界の起源から終末、さらに新しいよりよい世界の再来を語り、古今を通じて北欧での最も偉大な詩という評価を受けており、エッダ歌謡の中心、いわば軸となる歌謡である。しかし何度も読んでみると、古いオーディンの世界から新しいバルドルの世界への移行には、異教からキリスト教への過渡期の時代思潮を反映させるものをもっている。極端な学者の中にはバルドルをはっきりキリストに比定する者すらいる。同じ北欧といっても語族の違うフィンランドの『カレワラ』に英雄ワイナモイネンが、最後に処女マルヤッタから生れた男の子の前から消えて行く、というくだりがある。あまりにも聖書の影響が直接的すぎるといえるが、新しい世界の章を読まれるときにはこのような問題のあることも想起していただけたらと思うのである。
 要するにエッダ神話は古層と新しい層とをふくんで多層であり、純粋に異教の古い祭儀が沈んでいるかと思えば、キリスト教の影響もそこはかとなく漂い、一方、大陸ヨーロッパのバラードの香りもほのかに感じられるのである。
 しかし、全体としてみるとき、エッダ神話はあくまで豪快にして悲劇的である。荒々しくて暗い。」

「世界中の神話には言うまでもなく善の原理としての神族とそれに対立する悪の原理としての悪魔ないし巨人族をもつものが多い。そして悪魔は神々に打破られ滅ぼされる。例えばギリシャ神話ではオリュンポスの神々はティーターン族を圧倒し、これをタルタロスに投げ込んで幽閉する。巨人族はひっきょう神族にかなわない。しかるにエッダ神話では巨人族は遡れば神々の淵源をなすのみならず、神々と対等に自分たちの世界ヨーツンヘイムに住み、トールをはじめ神々を苦しめ、しばしば彼らを危地に陥れるばかりでなく、世界の終末(ラグナレクル)に至っては神族に凄絶な戦を挑んで相討ちになって果てる。神々は滅ぼされるのである。」
「それだけではない。再話をよく読まれればわかるように、オーディンの知恵も詩の力も乗馬も、もとはといえば巨人から由来している。トールの槌やその他神々のもつ多くの宝は、巨人ユミルの肉にわいた蛆虫の子孫である小人の作である。つまり神族の宝物やすぐれた文化の多くは巨人族なしには考えられないのである。これはギリシャ神話で笛や竪琴が、またその他の文化的なかずかずのものが神々に起源をもつのとまさに対照的である。このように巨人族は力が強大であるのみならず文化的にもしばしば優位に立っている。」

「ゲルマンの英雄主義、運命観は神々をも支配している。」












































































谷口幸男 訳 『エッダ ― 古代北欧歌謡集』

「いちばん剛胆なのは私生児だと世間でもいっている。」
(「ハムジルの歌」 より)


谷口幸男 訳 
『エッダ
― 古代北欧歌謡集』

編者: V.G. ネッケル、H. クーン、A. ホルツマルク、J. ヘルガソン

新潮社 
昭和48年8月30日 発行
昭和50年6月10日 4刷
310p 索引14p 
カラー口絵1葉 モノクロ口絵4p 
四六判 薄表紙 函 
定価1,300円



「凡例」より:

「ここに訳出したのは、古代北欧語で書かれたゲルマン神話および英雄伝説の集成というべき歌謡『エッダ』(古エッダとも呼ばれる)と、十三世紀アイスランドの詩人スノリ・ストルルソンの詩学入門書『エッダ』(散文エッダとも呼ばれる)中の第一部にあたる神話大観「ギュルヴィたぶらかし」である。」


エッダ 01


内容:

口絵 
 オーセベリ船の舳先に刻まれた神の像
 トール神/豊饒神フレイ/岩壁画(動物やヴァイキング船など)
 墓石に刻まれたルーネ文字と戦士の像
 ヴァイキング船(バヨーの絨毯から)/船葬
 シグルズの龍退治

凡例

〈エッダ〉
 巫女の予言
 オーディンの箴言
 ヴァフズルーズニルの歌
 グリームニルの歌
 スキールニルの旅
 ハールバルズの歌
 ヒュミルの歌
 ロキの口論
 スリュムの歌
 ヴェルンドの歌
 アルヴィースの歌
 フンディング殺しのヘルギの歌I
 ヒョルヴァルズの子ヘルギの歌
 フンディング殺しのヘルギの歌II
 シンフィエトリの死について
 グリーピルの予言
 レギンの歌
 ファーヴニルの歌
 シグルドリーヴァの歌
 シグルズの歌 断片
 グズルーンの歌I
 シグルズの短い歌
 ブリュンヒルドの冥府への旅
 ニヴルング族の殺戮
 グズルーンの歌II
 グズルーンの歌III
 オッドルーンの嘆き
 グリーンランドのアトリの歌
 グリーンランドのアトリの詩(うた)
 グズルーンの扇動
 ハムジルの歌
 バルドルの夢
 リーグの歌
 ヒュンドラの歌
 グロッティの歌
 フン戦争の歌 またはフレズの歌
 ヒルデブランドの挽歌

〈スノリのエッダ〉
 ギュルヴィたぶらかし

解説
参考文献
索引



エッダ 02



◆本書より◆


「巫女の予言」より:

「太古に生れ、その昔、わたしを生み育ててくれた巨人らのことを、わたしはおぼえている。九つの世界、九つの根を地の下に張りめぐらした名高い、かの世界樹を、わたしはおぼえている。」

「太陽は暗く、大地は海に沈み、きらめく星は天から落ちる。煙と火は猛威をふるい、火炎は天をなめる。

 ガルムはグニパヘリルの前で、はげしく吠える。鎖はちぎられ、狼ははしり出す。古い昔のことをあまた、わたしは知っている。これから先の、裁き治める勝利の神の、むごい運命が、わたしの眼には見える。

 海中から、常緑の大地がふたたび浮き上るのが、わたしには見える。滝はたぎりおち、鷲は上空を飛び、山に休み魚を狙う。

 アース神たちは、イザヴェルにつどい、強敵、大地の紐(ミズガルズの大蛇)のことを語り合い、かの大事件や、フィムブルチュール(オーディン)の古い秘密のことどもを回想する。

 その昔、神々の用いた黄金のすばらしい将棋が、野原の草かげから見つかるであろう。

 種も播(ま)かぬのに、穀物は育つであろう。すべての禍は福に転ずるであろう。バルドルは戻るであろう。戦士の神々、ヘズとバルドルは、フロプト(オーディン)の勝利の地(ヴァルハラ)に仲よく住む。おわかりか。

 ヘーニルは犠牲の枝をとり、オーディンの兄弟の子らは、広々とした風の住居(ヴィンドヘイム)(天のケニング)に住む。おわかりか。

 ギムレー(火に対して保護された場所)に黄金葺(ぶ)きの館が太陽よりも美しく聳え立っているのが、わたしには見える。そこには誠実な人々が住み、永遠に幸福な生活をおくる。

 そのとき、すべてのものを統(す)べる強き者が、天から裁きの庭におりてくる。

 下のニザフィヨル(暗い山なみ)から黒い飛龍、閃光をはなつ蛇ニーズヘグが、舞い上り、翼に死者をのせて、野の上を飛ぶが、やがて沈むであろう。」



「ヒュミルの歌」より:

「怪物は吼え、石だらけの海底はとどろき、古い大地はぐらぐら揺れた。

 それからこの魚は海に沈んだ。」



「ロキの口論」より:

「さて、その後、ロキは鮭に姿をかえて、フラーナング滝に隠れたが、そこでアース神らに捕えられ、息子ナリの腸で縛り上げられた。息子ナルヴィの方は狼に姿をかえさせられた。スカジは毒蛇をつかまえてきて、ロキの顔の上方に結びつけ、そこから毒液が滴(したた)り落ちた。ロキの妻シギュンはその場に坐って、洗桶を毒液の滴る下においた。そして、洗桶が一杯になると、毒液を捨てに行くのだが、その間は毒がロキの上に垂れる。そこで彼が猛烈に暴れるので、大地がふるえる。これが今地震と呼ばれているのだ。」


「シグルズの短い歌」より:

「わたしがどんな目にあったか、あなた方に手ひどく欺かれて。いろいろのことを思い出します。生きている限りは喜びを感ずることはありますまい。」














































































ヨウーン・アウトナソン 編 『アイスランドの昔話』 菅原邦城 訳 (世界民間文芸叢書)

ヨウーン・アウトナソン 編 
『アイスランドの昔話』 
菅原邦城 訳

世界民間文芸叢書 第9巻

三弥井書店 
昭和54年5月20日 初版発行 
422p 口絵(モノクロ)2p 
アイスランド略図・県名2p 
18.2×13cm 
並装(フランス表紙) 機械函 
定価2,500円

付録「世界民間文芸通信」第9巻 (4p):
アイスランド断想(山室静)/世界民間文芸叢書



本書「訳者あとがき」より:

「今回の訳は一見して明らかなように、昔話よりもはるかに多く伝説を含み、また訳された昔話は相当に長文のものばかりとなっている。これは、翻訳に先立って採用すべき話の選択が、企画編集方針にしたがって、訳者自身によってではなくて、アイスランド人専門家に依頼して行なわれた結果である。」


第10回配本。別丁口絵図版4点、本文中図版9点。


アウトナソン アイスランドの昔話 01


目次:

 写真・地図

神話物語
 一 妖精の起り
 二 難産の女妖精
 三 トゥンガの崖
 四 妖精の国の十八人の子供の父親
 五 レイーニルの教会大工
 六 放牧場の家事係
 七 セール島の妖精王
 八 妖精の王妃ヒルドゥル
 九 「脂身をまっ先にもらおう」
 一〇 作男と水妖たち
 一一 マルベンディトルのはなし
 一二 バルズの墓地
 一三 浄められたドラウング島
 一四 ギェトリヴェル
 一五 羊飼い娘
 一六 ギーリトルット
 一七 ロッパとロッパの養い子ヨウーン
 一八 ヨウーンと女トロル
 一九 夜のトロル
 二〇 ドラウング島の起り
 二一 「アイスランドの澪は深い」

幽霊物語
 二二 「羊小屋の、羊小屋のおっかあ」
 二三 「おまえは糸を針からかみ切るのを忘れてるぞ」
 二四 グラインモウルのお百姓
 二五 幽霊と金いれ箱
 二六 ミルカウの教会執事
 二七 フェイーキスホウーラルの幽霊
 二八 ヴェストマンナエイーヤルの魔法使い
 二九 ミーヴァトンのスコッタ
 三〇 ティルベリ
 三一 ヌープルの岩棚

魔法物語
 三二 悪魔の学校
 三三 学者サイームンドゥルのオッディ獲得
 三四 干し草片づけ
 三五 小悪魔の笛
 三六 小悪魔と羊飼い
 三七 木ずりの箱で水を汲む悪魔
 三八 マウルム島の女主人
 三九 魔法のロフトゥル

自然物語
 四〇 顕現日の夜の牝牛
 四一 あざらしの皮
 四二 ラーガルフリョウートの蛇
 四三 盗っ人と月

宗教物語
 四四 フルーニのダンス
 四五 貧乏人のお婆さん
 四六 コルベイトンと悪魔
 四七 「亭主のヨウーンの魂」

史実物語
 四八 ヘクラ溶岩台地の下の教会
 四九 エクスルのビョトンの物語

盗賊物語
 五〇 エイーヤフィヨルドの太陽シグリーズル
 五一 百姓娘キェーティルリーズルの物語
 五二 フラズハマルのアウトニの物語断片
 五三 洞窟の盗賊の物語

昔話
 五四 マウーニの娘ミャズヴェイグの物語
 五五 リーネイクとレウーヴェイの物語
 五六 利口なフィンナの物語
 五七 ヴィルフリーズル・ヴェールフェグリの物語
 五八 フリーニ王子の物語
 五九 おじいさんの息子、リーティトル、トリーティトルと小鳥たち
 六〇 ブーコトラと小僧っこ
 六一 ブリャウムの物語

笑話
 六二 バッキの兄弟たち

原典編者序文 (ヨウーン・アウトナソン)
アイスランドの昔話 (エイーナル・スヴェインスソン)
話者・分布地域(採話地)・出典・話型一覧表
訳者解説
訳者あとがき
原語対訳 BUKOLLA OG STRAKURINN (ブーコトラと小僧っこ)

世界民間文芸叢書の刊行にあたって



アウトナソン アイスランドの昔話 02



◆本書より◆


「一 妖精の起り

 むかし、全能の神さまがアダムとエバのところにおいでになった。
 かれらは神さまを喜んでお迎えして、じぶんたちが家のなかに持っているものを全部見せた。自分たちの子供も見せたが、神さまには、その子供たちは末の見込みがあるように想われた。神さまはエバに、二人にはいま自分に見せてくれた子供のほかにもう子供はいないのかと尋ねた。ありません、と彼女は言った。しかし本当は、エバはまだ幾人かの子供の体を洗ってやっておらず、その子供たちを神さまに見せるのは恥ずかしいと思ったのだ。それで、その子供たちを外に出してやっていた。これを神さまは知っていて言った
 「わたしに隠さなければならないものは、人間たちにも隠すようにする」
 こうして、子供たちは人間の目には見えなくなり、森や山、丘や石の中に住んだ。これから妖精がきているが、人間は、エバが神さまに見せた子供たちからきている。
 妖精は人間を見ることも自分を人間に見せることも出来るけれども、もし彼らが自分で自分を人間に見せたいと思わない限り、人間は妖精たちを見ることは出来ない。」


「四一 あざらしの皮

 むかし、東部地方のミルダールルで或る男が朝早く起床時刻のまえに海に面した崖にそって歩いていた。
 男は一つの洞穴の入口にやってきた。その洞穴のなかから、陽気な騒ぎとダンスのにぎやかな音がきこえてきたが、外にはあざらしの皮がとっても沢山あるのが見えた。男はその皮の一枚をもって家に帰り、長持にいれて鍵をかけた。昼すこし遅くなったころ、男は洞穴のところに戻ってきたが、すると若くてきれいな女がそこに坐っていた。女はまっ裸で、ひどく泣いていた。これは、男が奪った皮の持ち主のあざらしだったのだ。男は娘に着物をやってなぐさめ、家につれて帰った。娘は、この男を慕いはしたが、他の人たちとはそれほどに打ち解けなかった。そして彼女はよく坐りこんでは海の方をみつめていた。しばらく経ってから男は娘をおかみさんにし、ふたりの間はうまくいって子供がさずかった。皮をお百姓はいつも鍵をかけて長持の底に隠しておき、どこに行くにも鍵を身につけていた。何年もたった或る時、お百姓は漁に出かけ、その鍵は家の自分の枕の端の下に隠しておいた。他の人たちの話では、お百姓は使用人たちと一緒にクリスマス礼拝に出かけたが、おかみさんは具合が悪くて一緒にいけなかったそうだ。着換えをしたとき、お百姓はふだん着のかくし(引用者注: 「かくし」に傍点)から鍵をとるのを忘れたというんだ。そうしてお百姓が家に戻ってくると、長持は開いていて、おかみさんと皮が消えていた。彼女は鍵をとって長持の中をしらべて、その皮を見つけたのだった。そのとき誘惑にさからうことが出来ずに、わが子に別れを告げ、皮を着て海にとび込んだ。おかみさんは海にとび込む前に、ひとり言でこう言ったということだ
 「あたしゃどうすりゃいいのやら、
 子どもが七人海にあり
 子どもが七人陸(おか)にある」
 男は、このことを大変悲しんだということだ。
 その後お百姓が漁に出ると、一頭のあざらしがしばしばお百姓の舟のぐるりを泳ぎまわり、その目からは涙が流れでているようだった。お百姓はこれ以来とても漁にめぐまれ、様ざまな幸運がお百姓の前浜で起った。よく人びとは、この夫婦の子どもたちが海辺にそって歩いている時、子どもたちが陸を歩いている時でも前浜を歩いている時でも、一頭のあざらしが海のなかで、子どもたちの前を泳いで、様ざまの魚や美しい貝を子どもたちの方に投げてよこすのを見た。
 でも、子どもたちの母親が陸に戻ってくることは全くなかった。」








































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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