ヴァルター・フリートレンダー 『マニエリスムとバロックの成立』 斎藤稔 訳

ヴァルター・フリートレンダー 
『マニエリスムとバロックの成立』 
斎藤稔 訳

美術名著選書 20

岩崎美術社
1973年4月28日 第1刷発行
1990年11月10日 第7刷発行
118p 索引・図版目次10p
図版(モノクロ)24p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,400円(本体2,330円)



本書「訳者あとがき」より:

「本書はヴァルター・フリートレンダーの、「反古典主義的様式」 Anticlassical Style と「反マニエリストの様式」 Anti-mannerist Style からなる Mannerism and Anti-mannerism in Italian Painting, New York, 1957 の翻訳である。
 前者は彼が一九一四年フライブルク大学で行った教授就任の記念講演「Der Antiklassische Stil」をもとに、一九二五年《Repertorium für Kunstwissenschaft》の第四六巻にあらためて発表され、それが若干補筆訂正された上で、英訳されたものである。後者はヴァルブルク研究所の講演集〈Vorträge der Bibliothek, Warburg》の第八巻(一九二八―二九)に収められた「Der Antimanieristische Stil um 1590 und sein Verhältnis zum Übersinnlichen」の英訳である。」
「本書の第二部をなす反マニエリスムに関する研究は、マニエリスムの成立を画期的に解明した第一部の補充ともいうべき意味を併せもち、マニエリスムがいかに終焉することになったかを探求するとともに、マニエリスムに対する反動としての新しい様式、すなわちバロックの成立を跡づけ、かくして一五九〇年頃におけるイタリア絵画の変化とその特質を分析したものである。」
「マニエリスム美術の成立およびバロック美術の成立が含むさまざまな問題に対して明確な解答を与えるためには、本書だけでは十分ではないだろう。しかしマニエリスム美術の芸術的、歴史的意義を容認したほとんど最初の古典的研究書として、その研究の重要な道標となり礎石となったことは疑いのないことである。」



別丁モノクロ図版46点。


フリートレンダー マニエリスムとバロックの成立 01


目次:


反古典主義の様式
反マニエリスムの様式

訳者あとがき
図版目次
索引



フリートレンダー マニエリスムとバロックの成立 02



◆本書より◆


「反古典主義の様式」より:

「反古典的芸術の全体的傾向は、本質的に主観的である。それは内面から、主観から出発し、芸術家の中にあるリズミカルな感情にしたがって自由に構成し、あくまでも個人的に再構成しているからである。一方、古典的芸術は社会的に一応方向づけられていて、きまりきったもの、万人に妥当するものから入念に形成していくことにより、対象を永遠に向かって結晶させようと求めている。
 この純粋に主観主義的であるという点で、マニエリスムの反古典主義的傾向は、後期ゴシックの傾向に類似している。垂直線や長いプロポーションを強調するということは、両方の傾向に共通していて、ルネッサンスの標準的なバランスのとれた形体とは対照的である。この新しい運動が、その徹底的に反古典的な態度でもって(ルネッサンスによっては決して完全に凌駕され得なかった)、ゴシック的感情に、精神的にも形体的にも、いかに決定的に近づこうとしたか、われわれはそれをその芸術的時代の真の改革者、ジャコポ・ダ・ポントルモの作品に、そして前に引用した、ヴァザーリの文章に見られたように、彼の転向が公衆に、批評家にひき起こした、ぬきさしならないショックに見ることができる。」

「新しい反古典的様式は、後になってへりくだって、「マニエリスム的」と名付けられたが(中略)、単にミケランジェロの偉大な芸術の中の、ほんのちょっとした変型というのでもなければ、ただ誤解された誇張でもなく、(中略)そもそもは、純粋に精神的な運動の一部として、あまりにもバランスのとれすぎた美し過ぎる古典芸術から滲み出た、一種の皮相的なものに、初めから反発し、そしてミケランジェロを、そのもっとも偉大な代表者たらしめ、しかしある重要な点では、彼から独立したままに残った、そのような様式なのである(中略)。
 一五一六年の《訪問》の中で、ポントルモは全体として彼の師匠、アンドレア・デル・サルトの域を出ていない。(中略)これはアンドレア・デル・サルトの様式延長であり、そして質的にすぐれた作品である。このポントルモの絵画は、フィレンツェの古典主義のもっとも輝かしい代表である。われわれは、その当時、非常に均整のとれた非常に色彩の美しい絵画によって、大衆が深い印象を受けていたということを、ヴァザーリの説明で了解している。(中略)それゆえにポントルモのような性質の人が、その研究の成果――この大いに称賛される明澄さと美――をあきらめ、なんのてらいもなく、完全に反対の傾向へと向かっていったというヴァザーリの驚きは、なおさらのことよく理解できる。“人びとは、あらゆる人をことのほかよく喜ばせていたような、しかも他よりもよほどすぐれていた以前の手法を脱ぎ捨てるほどの愚かな人間に、しかも他の人が避け、あるいは忘れようとしている何物かを求めようと、信じられないほどの努力をした、そのような人間に、同情を感じるにちがいない。ポントルモは、彼があたかも無価値なものであるかのように断念したイタリアの手法を学ばんがために、ドイツ人やフランドル人たちが、わざわざわれわれのところにやって来るのを知らなかったのだろうか?”」

「ポントルモに非常に似通っているのがロッソ・フィオレンティーノである。彼はこう言うには多少ためらいがあるのだが、ルネッサンスとの断絶を成し遂げた人である。あまりにもバランスのとれたフラ・バルトロメオやあまりにも美しくやわらかなアンドレア・デル・サルトとの関係を絶ったのである。」

「ロッソが平衡的、古典的なものから精神的、主観的なものへと決定的一歩を踏み出したのはヴォルテラの《キリストの降架》(一五二一年作)である。この絵画は、われわれがすでにポントルモのチェルトーザのフレスコで見たと同じ傾向を本質的に包含している。もちろんロッソの非常に異なった芸術家としての気質によって、やや違った面をはっきりと打ち出してはいるが――つまりなんと言ったらよいか、一種の原始主義(プリミティヴィズム)への意識的な転向と回帰が、普遍的に発展し、爛熟したルネッサンス的感情の否定においてはじまったと言ったらよいだろうか。この点でこの絵画は中世のゴシックを思い出させる。(中略)この作品は疑いもなく彼自身のいくつかの作品(中略)の感情からすれば急激な反動をおびて一風かわったものになっている。これと共にこのロッソの絵画のムーブマンはもっと洗練されて、もっと気取って、もっと芸術的に――一言でいうとマニエリスム風に作用している。」

「反古典的マニエリスム様式の創造者たちのもとで、第三番目の美術家はフィレンツェ人ではなく北イタリア人であった。それはフランチェスコ・パルミジァニーノである。」
「パルマにある初期の作品はコレッジオのスタイルを示している。」
「絵画の視覚的な手法に沿ってパルミジァニーノは異様なもの、非自然的なもの、反規範的なものへの傾倒をしだいにあらわにしていくのである。」

「ポントルモ、ロッソ、パルミジァニーノは自分らの上を徘徊し、自分らを越えて立つ天才ミケランジェロとともにこの時代を導いた。それはルネッサンスとバロックの間の単なる推移でもなく、単なる連結でもない。自律的に存在し、もっとも意義深い様式の独立した時代なのである。」






































































































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エウヘーニオ・ドールス 『バロック論』 神吉敬三 訳

「私生児で素性不明、生れながらの穴居人で、獣のように育てられ、教育も受けなかった彼の眼前に世界という大劇場の幕が開いたのは、彼がすでに大人になり、分別もあるべき年齢に達してからだった。この世界を前にして彼は孤立無援であった。」
(E・ドールス 『バロック論』 より)


エウヘーニオ・ドールス 
『バロック論』 
神吉敬三 訳


美術出版社 
1970年6月20日 初版
1974年1月10日 三版
245p 
別丁口絵1葉 別丁図版25p 
A5判 丸背布装上製本 
本体ビニールカバー 機械函 
定価2,000円



「訳者あとがき」より:

「本書は Eugenio d'Ors, "Lo Barroco", Aguilar, 1964 の全訳である。初版は、一九四三年に同じアギラール社から出版された。」
「本書は、バロックを十七世紀を間に挟んだ前後一世紀半にわたる西欧世界で行われた「歴史様式」であるとする一九二〇、三〇年代の歴史主義的な解釈に対して、それを「文化様式」、つまり、時間的、空間的な限界を超越し、あらゆる時代、あらゆる地域にあらわれうる人間性に本質的な「常数」であるとする新説を提示した世界的な名著である。」
「本書はスペイン語の原書よりも仏語訳の方が先に出たという珍しいケースである。この仏語版を底本とした成瀬駒男氏の邦訳が、昨年末出版されている。(中略)西語版と仏語版では多少違いがみられる。一番大きな違いは、前者で「ポルトガル美術」の項が削除されている点で、これはかなり重要な論文と思われたので、Eugenio d'Ors, "Du Baroque", Version française de Mme Agathe Rouart-Valéry, Gallimard, 1935 から訳出し、巻末に加えた。」



カラー図版2点、モノクロ図版90点。カット1点。


ドールス バロック論 01


函裏:

「いくつかの相矛盾する意図がある一つの動作に結集された場合、そこから生れる様式は常にバロックのカテゴリーに属する。バロック精神とは、通俗的な表現でわかり易くいえば、自分が何をしたいのかわからないのである。賛成と反対とを同時に望んでいるのだ。…………………主よ、わたしの美術館 ― プラド美術館がわたしのものであることは、すでに了解ずみである ― の、『われに触れることなかれ』 Noli me tangere という題の絵における貴方の動作は正にバロックの数式です。この絵はもちろん、あの数多くの官能的なバロック意匠の父たるコレッジオの作品です。主よ、マグダラのマリアが貴方の足下にいます。貴方は、彼女を拒みつつ引きつけるのです。貴方は彼女に、「私に触れるな」といいながら、彼女に手を差し延べるのです。貴方は、敗北し涙にくれる彼女を地上に残したまま天国への道を教えられるのです。そして、彼女もまた、すでに罪を悔いていながら、その悔悟のうちにも思いを寄せる女である彼女もまた、正にバロックです。主よ、彼女は、貴方の後に従おうとしながら、かがみ込んでしまうのです。
(本書「女性の敗北と勝利」より)

*外函図版 ― コレッジオ「われに触れることなかれ」部分

世紀末のバルセローナに、バロックの熱い血をもって生れたスペインの碩学が、今世紀初頭まで、十七、八世紀の西洋美術における醜悪さ・悪趣味と蔑視されていたバロックを、あらゆる時代と文明の根底に、古典主義と対立して存在する人間精神の常数とみなし、はじめて正当な位置を与えた名著。スペイン語原典による決定訳。」



ドールス バロック論 02


本体表紙はビロード装。


ドールス バロック論 03


目次:

本書について

年代記
 チュリゲーラ
 〈野蛮人〉
 謝肉祭と四旬節
 格言
 女性的世界
 女性の敗北と勝利
 失楽園
  コインブラの植物園
  アルファとオメガ
  褒賞としてのバロック様式
 グラシアンの〈独学者〉
  小夜鳴鳥とフリュート
  アンドレーニオの祖先
  アンドレーニオの子孫
 ロビンソンからゴーガンへ
  遥かなる地、郷愁
  ロビンソン
  ルソー
  《ポールとヴィルジニー》
  カンペルとブルーメンバッハ
  シャトーブリアン
  《アンクル・トムの小屋》
  ゴーガン
  ゴーガンのペルー
 岩山に住む孤独な女
  一人の女ロビンソン
  一人の苦行者ロビンソン
  王なきところ、支配者はパーン

ポンティニーにおけるバロック論争
 人体構造学と歴史
 〈アイオーン〉
 バロック
 ポンティニーの十日間会議
 バロックの本質=汎神論とダイナミズム
 バロックの形態=多様性と連続性
 バロック属の種
 バロックの価値と将来

旅行記
 三人のフランス人画家を通してみた古典主義からバロックへの推移
 プーサン
 クロード・ローラン
 ワトー
 美術館と様式美術館
 再びプラド美術館にて
 終章
  ザルツブルクにて
  マルセーユの司教
  バレンシアの火祭り
  生ける祭壇
  花火
  地の果て
 
付 ポルトガル美術

原註
訳註
訳者あとがき
文献目録
図版目次
人名索引



ドールス バロック論 04



◆本書より◆


「チュリゲーラ」より:

「ヴェルレーヌが復讐を目差した彼の作品『呪われた詩人たち』につけたこの有名な表題は、ロマンティックな発想によるものではあったが、ある種の恒久的な価値、かなり広範でほとんど定義とさえなりうる価値を示している。つまり、ひとたびわれわれが、「呪われた詩人たち」が何者であるかを知れば、その呪いの印を他の芸術家や知的創造者たちにも同じように見つけ出すことが出来るからである。宿命的な過ちが世紀から世紀へと彼らを追いかけ続けるのだが、それは必ずしも、彼らが宿命的に忘れ去られるとか存在を知られないとかいったことではない。それどころか彼らの作品は絶えず思い出される。しかしその度に常に忌み嫌われるのである。
 例えばエレアのゼノンは「呪われた哲学者」である。決して終ることのない弁証法的論議において、平均人の自己保存本能は、常に、あの歩くことによって運動を論証した粗野な論客の側に立つからである……(中略)また、呪われた詩人ゴンゴラの名は、「関節部疾患」という病名のように、ありとあらゆる病気の親名のような響きを持っている。このような呪いは文学の一ジャンルにのみ重くのしかかるのではない。」
「チュリゲーラは、スペインでこうした不運を背負った最も典型的な人物である。スペインの民衆が(中略)「チュリゲレスコ」という言葉を口にした時、何かを言い表わしたかのように思い込んでいる。つまり、弁解の余地のない悪趣味の極みと断ずるための慣用句を使ったのだと信じているのである。」
「わたしは、遠からずチュリゲーラのために正義を恢復するための復讐がなされる日が来ると思う。われわれは今日、あのエル・グレコの深遠な神秘の世界を称揚しているではないか。詩人である幾人かの友は、ゴンゴラの前に再び祭壇の灯をともそうと努力しているではないか。幾世紀にもわたる呪いを払わんとする一つの呪文があるのだ。」



「格言」より:

「平和は日曜日である。戦争は一連の平日である。必要なことは、日曜日の精粋が一週間全体にしみわたることである。」


「女性の敗北と勝利」より:

「いくつかの相矛盾する意図がある一つの動作に結集された場合、そこから生れる様式は常にバロックのカテゴリーに属する。バロック精神とは、通俗的な表現でわかり易くいえば、自分が何をしたいのかわからない(引用者注: 「自分が何をしたいのかわからない」に傍点)のである。賛成と反対とを同時に望んでいるのだ。重力によって下向すると同時に飛翔したいと望んでいるのだ(中略)。バロック精神は螺旋を描き遠ざかりつつ近づく……バロック精神は、矛盾の原理の要求を嘲笑するのだ。」


「失楽園」より:

「楽園、それは歴史の始めと終りであり、人類の精神におけるアルファとオメガである。科学の樹のために――つまり、好奇心と理性の営みによって――人類はある日、楽園を失ってしまった。しかし人類は、進歩という十字架の道を通って――つまり、これまた好奇心と理性の営みによって――楽園への帰り道を進みつつある。歴史とはすべて、無智な無邪気さ inocencia から有識な無邪気さへいたる苦難の旅程とみることが出来る。
 しかし新しい楽園への、天空のエルサレムへの道をたどる時、われわれはその途中で仲介的な小さな楽園に出会う。そしてそこでは始めが想い出され終着点が予見され、回想または予言の力でエデンが再び現われるのである。
 回想あるいは予言の芸術はすべて、程度の差こそあれバロックである。」



「ロビンソンからゴーガンへ」より:

「ブルーメンバッハという男は、はっきりいって非常に奇妙な人物だった。不思議な動物である鴨の嘴(はし)に彼ほど敬意を払った人間はおらず、ついには――その鴨の嘴(はし)自身の形態のおかしさという恥をあばきながらも――動物分類が柔軟さに欠け、哺乳類と鳥類の特性の区分が型にはまり過ぎていると嘲笑さえするにいたったほどである。リンネの『自然の分類系』は、あくまでも完全で美しく均整のとれた分類を誇っている。彼の手になる被造物の一覧表とこの一大分類学者の沈着冷静さとを僅かに乱しているように見えるのは、その調和のとれた分類の枠から執拗に逃れ出ようとするいくつかの動物――蝙蝠、鯨、鴨の嘴(はし)など――の存在だけである。これらの動物たちは罰として、『自然の分類系』の二つ折版の大きな頁の下の隅の方に(中略)二本の線で取り囲まれた一種の檻の中にとじ込められている。それは、よりしつけのいい動物たちをとりまとめている均整のとれた連鎖記号の広々とした寛大さとは好対照をなしており、その檻には加辱の貼り札のように、矛盾(引用者注: 「矛盾」に傍点) Paradoxa と書かれている……ブルーメンバッハは、かかる矛盾の存在しないことを見抜いた。彼の人の好さは、こうした神の奇怪な被造物にも向けられ、彼らを赦免したのである。彼は、こうした動物たちにおける常軌の逸脱は、真の不信心を意味せず、異った別の中心への牽引作用によるものであることを発見した――これは極めてロマンティックな生気に満ちた発見であった。われわれを引きつける磁力に引きつけられない者を軽視することは大きな誤りであり、われわれとは異った法に従う者を法の埒外に置くことは大いなる背信行為である。」

「ゴーガンは、母の郷里リマの古い習慣の中に、極めて特異な風習のあったことを語っている。それによるとリマでは、気狂いは、精神病院や保護施設に入れて扶養するとか、それぞれの家庭が面倒を見るかわりに公費を支給するといったような方法はとらず、(中略)裕福な家族に狂人を保護扶養することを義務づけ、彼らの大邸宅に分散して住まわせたらしい。狂人たちには、そうした邸宅の一番高い所、屋根裏部屋とか、屋上に窓の開いた小部屋などが与えられるのが普通だった。そのため狂人たちとその家の奉公人、特に子供たちとの接触がしばしばみられた、というよりも、ほとんど当然のこととして行われていた。子供たちが、この気の毒なお客のとっぴな行動を見てはいつも楽しんでいたのはもちろんだし、気分が落ち着いている時には、狂人の方が彼らの小さな友達のお守り役になったと考えることも、いちがいに無茶な想像ともいえないだろう。(中略)狂人たちの熱にうかされた会話は、何と驚嘆すべきものだろうか! 彼らの物語、夢、幻覚はなんと豊かなことであろうか! そして彼らの行動は、とび跳ねたり、とんぼ返りをしたり、たわむれたり、身ぶり、手まねを入れたり、また何と豊富なことであろうか! 名家のお坊ちゃんたちは、家庭教師相手の書斎での勉強にあきると、屋上の狂人のところに走ってゆき、気晴らしを求めたのである……。
 さてわれわれは、教育面に狂人の協力をうるという形で組織的に形成され教育された社会がもたらしうる結果というものを考えてみよう。」
「わたしが思い出している――あるいは想像している――ような社会は、その表現、その様式化において、必然的にバロックの特徴的な形式を用いる方向に向うことであろう。」



「バロック」より:

「(一)、バロックとは、アレキサンドリア学派とか反宗教革命運動時代とか「世紀末」つまり十九世紀の終り頃とかいった、相互に極めて隔った時代に繰り返し現われる歴史的常数であり、その現われはまた西洋、東洋を問わず最も相異った地域にも見られる。(二)、この現象は単に芸術にのみ関するものではなく、文明全体、さらには広義な意味で、自然形態にまでかかわるものである(中略)。(三)、その性格は正常であり、もし病的であるといいうるとすれば、それはミシュレが「女性は永遠の病人である」といったのと同じ意味においてである。(四)、古典主義に由来するというのは全く間違いで、バロックはロマン主義よりもさらに根本的な形で古典主義に対立するものであり、一方ロマン主義は、もはやバロック常数の歴史的展開の過程における一エピソードとしか思えないのである。」




















































































辻惟雄 『奇想の系譜』 (ちくま学芸文庫)

辻惟雄 
『奇想の系譜 
又兵衛―国芳』
 
ちくま学芸文庫 ツ-7-1 

筑摩書房 
2004年9月10日 第1刷発行
275p 付記1p 口絵(カラー)4p
文庫判 並装 カバー
定価1,300円+税
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 神田昇和
装画: 曾我蕭白「雲龍図襖」(部分)


「本書は一九八八年六月十日、ぺりかん社より刊行された新版を底本とした。」



本書「解説」より:

「初版は一九七〇年(昭和四五)三月、美術出版社から出版されている。」


口絵カラー図版4点、本文中モノクロ図版91点。


辻惟雄 奇想の系譜 01


帯文:

「江戸のアヴァンギャルド
大胆で斬新、強烈で奇怪
想像力爆発する奇想画家の世界!」



カバー裏文:

「意表を突く構図、強烈な色、グロテスクなフォルム――近世絵画史において長く傍系とされてきた岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳ら表現主義的傾向の画家たち。本書は、奇矯(エキセントリック)で幻想的(ファンタスティック)なイメージの表出を特徴とする彼らを「奇想」という言葉で定義して、〈異端〉ではなく〈主流〉の中での前衛と再評価する。刊行時、絵画史を書き換える画期的著作としてセンセーションを巻き起こし、若冲らの大規模な再評価の火付け役ともなった名著、待望の文庫化。大胆で斬新、度肝を抜かれる奇想画家の世界へようこそ! 図版多数。」


目次:

憂世と浮世――岩佐又兵衛
桃山の巨木の痙攣――狩野山雪
幻想の博物誌――伊藤若冲
狂気の里の仙人たち――曾我蕭白
鳥獣悪戯――長沢蘆雪
幕末怪猫変化――歌川国芳


 あとがき
 新版あとがき
 文庫版あとがき
 参考文献
 図版一覧
 年表

解説 (服部幸雄)



辻惟雄 奇想の系譜 02



◆本書より◆


「幻想の博物誌――伊藤若冲」より:

「伊藤若冲は、享保元年(一七一六)京都の錦小路に生まれた。(中略)若冲は、そこの青物問屋「桝屋」の長男として家業を継ぐことになっていたのだが、どういうわけか、この人は、商売や金もうけにはさっぱり興味を示さず、かといって、放蕩をするわけでもなく、芸ごとなど浮世のもろもろの楽しみにもおよそ無関心。(中略)若いころから隠棲趣味があり、丹波の山奥に二年ばかり蒸発して病死を噂されたこともあったらしい。それでいて、学問のほうは小さい時から嫌いで、字も苦手というから、これだけなら信心のほか別にとりえのない変わり者にすぎないのだが、ただ一つ、この人には、他のすべてを忘れて没入できる絵という対象があった。(中略)三十歳台のなかごろには、家業をすぐ下の弟に託し、自分は錦小路の奥まった静かなところに独楽窠(か)と名づけたアトリエを建て、作画三昧(ざんまい)の生活に入っていたようである。」
「若冲の場合は、親譲りの市場の利権だけで食べてゆける恵まれた境遇にあり、世俗に気がねしないで、思うままの制作を続けることができた。」

「石で思いだされるのに、(中略)「石燈籠図」という風変りな六曲一双の屏風がある。神社の境内の片すみに置き忘れられた破れ石燈籠が主題であって、特異な点描法で、蜃気楼のように描き出された燈籠のさまざまの姿態には、化け物めいた気味悪さと同時に、なにか物言いたげな、人なつこい表情がある。(中略)〈石の心〉を読み取る若冲のアニミスティックな感受性の一端をのぞかせたものだろう。」

「突飛な発想かもしれないが、(中略)意外とアンリ・ルソーに似た純真な画家の眼がそこに発見できるのではないかという気がしてきた。若冲をプリミティフの巨匠の系譜に仲間入りさせることは、このたぐいまれな画家の本質をさぐりあてるうえで案外有効な方法ではあるまいか。」



「幕末怪猫変化――歌川国芳」より:

「北斎の場合にしても、彼を単なる風景画の開拓者として扱うのはもとより一面的であって、動物、植物、人物から妖怪にいたる森羅万象ことごとく自己の画嚢に収めようとする描写の驚くべき多様さと、どの画題にも発揮されている斬新な機知とドラマティックな想像力、つまりは〈奇想〉に、彼の作画の本質的意義があることはいうまでもない。」


「あとがき」より:

「考えて見ると、〈奇想〉という言葉は、エキセントリックの度合の多少にかかわらず、因襲の殻を打ち破る、自由で斬新な発想のすべてを包括できるわけであり、(中略)こうなると、傍系とか底流とかいった形容はあてはまらず、むしろ、近世絵画史における主流といってさしつかえないほどである。」
「ここにあげた六人の画家は、そうした〈主流〉の中での前衛として理解されるべきである。異端の少数派としてその特異性のみを強調することは決して私の本意ではない。」



























































































谷川渥 『鏡と皮膚 ― 芸術のミュトロギア』

「鏡は人影を映してはいない。そこには皮膚が、繊細で感じやすい皮膚があるのだ。」
(ミシェル・セール)


谷川渥 
『鏡と皮膚
― 芸術のミュトロギア』

is の本

ポーラ文化研究所 
1994年4月10日 第1刷発行
214p 図版(カラー)1葉 
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,700円(本体2,621円)
デザイン: 鈴木成一



カラー図版(ベラスケス「侍女たち」)1点、本文中モノクロ図版多数。


谷川渥 鏡と皮膚


帯文:

「表層の
快楽

神話を通して、
鏡と皮膚という
「表層」の物語を
読み解く。

新しい
芸術論の
試み」



目次:

序 表層のバロック的遁走

Ⅰ オルペウスの鏡
Ⅱ ナルキッソス変幻
Ⅲ メドゥーサの首

Intermezzo 間奏 可能性の謎――ベラスケス「侍女たち」をめぐって

Ⅳ マルシュアスの皮剥ぎ
Ⅴ ヴェロニカの布
Ⅵ 真理のヴェール

結び 皮膚論的な想像力のために

参考文献一覧
あとがき




◆本書より◆


「ヴェロニカの布」より:

「ヴェロニカ伝説がわれわれになによりも示唆しているのは、ギリシア的なミメーシス論とは原理的に異なるそのイメージ産出の方法である。ギリシア的なミメーシス論は距離を前提としていた。イメージの定着される素材と対象そのものとの間に不可避的に距離が介在せざるをえないのが、伝統的ミメーシス論の特徴である。ところが、ヴェロニカ伝説では、イエスが直接に顔を布に押しあてる。文字どおり顔がうつしとられるのだ。これで思い出されるのが、シュルレアリスムにおいて開発されたデカルコマニーとフロッタージュという技法である。オスカー・ドミンゲスやマックス・エルンストの名と結びついたこれらの技法は、ヴェロニカの聖顔布の現代版の様相を帯びているといえるのではあるまいか。デカルコマニーとは、ガラス板やアート紙などに絵具を塗り、これに紙などを当てて上から押さえるか、こするかして色彩的図柄を現出させる方法である。フロッタージュとは、木片や石や木の葉や麻布など凹凸のある表面に紙を当て、木炭や鉛筆などで上からこすって、そこに見慣れぬ図柄を現出させる方法である。ともに表層の技法であるといっていい。
 シュルレアリスムの問題を考えるとき、人は夢や無意識について語りすぎるのではあるまいか。(中略)シュルレアリスムの真の意味とは、いささか乱暴に聞こえるかもしれないが、深さよりもむしろ浅さに、深層よりもむしろ表層にあるといったほうが妥当であるように思うのだ。」



「真理のヴェール」より:

「内臓ですらひとつの表面=ヴェールとなる。それがバロックというものであろう。ヴェールを剥ぎ、皮膚を剥いでも、そこにはまた新たなヴェール、新たな皮膚が現われるだけである。「主体」のありかを突きとめることなどできない。」




こちらもご参照下さい:

多田智満子 『鏡のテオーリア』
宮川淳 『鏡・空間・イマージュ』
川崎寿彦 『鏡のマニエリスム』 (研究社選書)
由水常雄 『鏡の魔術』 (中公文庫)
ミッシェル・セール 『五感 ― 混合体の哲学』 米山親能 訳 (叢書・ウニベルシタス)
谷川渥 『図説 だまし絵 ― もうひとつの美術史』 (ふくろうの本)
































































































由水常雄 『鏡の魔術』 (中公文庫)

由水常雄 
『鏡の魔術』
 
中公文庫 よ-12-4 

中央公論社 
1991年10月25日 印刷
1991年11月10日 発行
224p 口絵(モノクロ)8p
文庫判 並装 カバー
定価520円(本体505円)



口絵モノクロ図版8点、本文中モノクロ図版136点。
本書の親本は鹿島出版会「SD選書」の一冊として1978年に刊行された『鏡――虚構の空間』であります。


由水常雄 鏡の魔術


カバー裏文:

「鏡は本来、呪力を具えた神器であり、富と権力を象徴する宝物であった。古代の金属鏡に始まる鏡の歴史を、豊富な図版によって分り易く紹介しあんがら、文学、美術、建築等において重要な要素として扱われてきた鏡の妖しく不思議な魅力を探る。」


目次:

まえがき

一 鏡の起源
 ナルキッソスの神話
 鏡の語源
 金属鏡の起源とその展開
 凸面鏡と円鏡の発明
 中国の金属鏡

二 ガラス鏡のはじまり
 ガラス鏡の誕生
 ローマ時代のガラス鏡の実用性
 古代東洋に伝えられたガラス鏡

三 ヴェネチアの鏡
 中世からルネッサンスへ
 ヴェネチアの鏡
 鏡の値段は名画の三倍
 天正少年使節の持ち帰ったヴェネチア鏡

四 鏡の製造
 コルベールの国策鏡工場の設立
 板ガラス工場の乱立と倒産
 鏡用板ガラスの製造法

五 ガラス鏡の展開
 手鏡からはじまる
 鏡の枠の変遷
 ルイ十四世の贈りもの
 ロココ鏡
 各国の鏡師たち

六 建築と鏡
 空間イメージの変革
 東大寺三月堂の鏡の天井
 古代中国の鏡殿
 イメージの展開
 ヴェルサイユ宮殿の鏡の回廊
 鏡の間の流行
 ヴュルテンブルグのラ・ファヴォリット邸
 ルドウィッヒスブルグ宮殿の鏡の間
 バイロイト離宮の鏡の間
 鏡張りの浴室
 鏡の聖堂
 鏡の宮殿・クェレス王宮
 西ヨーロッパに現存する鏡の間

七 芸術と鏡
 レオナルド・ダ・ヴィンチの『絵画論』とヴェネチアの鏡
 人と鏡と絵画
 近代絵画の中の鏡
 鏡の中の別世界

文庫版あとがき




◆本書より◆


「六 建築と鏡」より:

「カテリーナ・デ・メディッチによって、豪奢を誇示するために室内の壁面一杯に飾りつけられた壁鏡は、意外にも空間の変容を生みだすことになり、建築空間の認識に、従来になかったまったく新しい要素をつけ加えることになった。四角い部屋の向かい合った壁に張りこまれた壁面鏡は、永遠にその映像を反響し合って、夢幻的な世界を現出する。四面の鏡は、たがいにその境界を消しあって、どこまでもどこまでも拡がってゆく不思議な非現実の空間を作りだしてゆく。しかしそれは、非現実でありながら、現実の人間の肉眼によって、はっきり認識することができる世界である。一個の花瓶はこだまし合って、幾百、幾千もの映像を生みだし、一灯の燭台は、永遠の深奥にまで、その輝きをともしてゆく。
 現存する鏡の間のもっとも古い例は、あのヴェルサイユの鏡の回廊を設計したマンサールが、それに先だつこと二十数年前に完成したセーヌ・エ・トワズのルネ・ロンゲイユ邸の鏡の間である。ちょうど、ヴェルサイユの鏡の回廊に似た、半円アーチの高い一種の偽窓式の鏡壁が、円形のホールを囲むように張りめぐらされている。それぞれに角度を変えたその鏡壁は、いくつもの反対面の鏡壁と反響しあって、窓と柱の原生林を構成してゆく。
 十七世紀に大型鏡の製造に成功したフランスには、次々に鏡工場が誕生して、大量に需要を満たしていったが、その消費の大半は、こうした鏡の間に使われたのであった。」





こちらもご参照下さい:

ラフカディオ・ヘルン 『東の国から』 平井呈一 訳 (岩波文庫) 全二冊
多田智満子 『鏡のテオーリア』
宮川淳 『鏡・空間・イマージュ』
川崎寿彦 『鏡のマニエリスム』 (研究社選書)
谷川渥 『鏡と皮膚 ― 芸術のミュトロギア』

















































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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