ニコラウス・ペヴスナー 『モダン・デザインの源泉』 小野二郎 訳

「そしてこの極端な個人主義という点で、今一度ガウディはアール・ヌーヴォーの一部であったのだ。なぜなら、アール・ヌーヴォーはなにをおいても個人主義の反乱であったからである。」
(ニコラウス・ペヴスナー 『モダン・デザインの源泉』 より)


ニコラウス・ペヴスナー 
『モダン・デザインの源泉
― モリス|
アール・ヌーヴォー|
20世紀』 
小野二郎 訳


美術出版社
1976年8月20日 初版
1984年6月20日 4版
228p
A5判 角背布装上製本 カバー
定価2,800円



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、Nikolaus Pevsner, The Sources of Modern Architecture and Design, Thames and Hudson (London), 1968 の全訳である。この書物は、1960年から61年にかけてパリの国立近代美術館で開かれた『20世紀の源泉』と題する展覧会を機に、英独仏3ヵ国語で刊行された Cassou, J., Langui, E., Pevsner, N., Les Sources du Vingtieme Siecle, 1961. (English edition, The Sources of Modern Art, 1962.) のうち、ペヴスナー担当の建築・デザイン部分が、改訂をほどこされ、分離してテムズ・アンド・ハドスン社より出版されたものである。」


横組。本文中図版198点(うちカラー14点)。


ペヴスナー モダンデザインの源泉 01


カバー文:

「一九世紀の終りは、建築とデザインの創造活動がめざましい開花への転回を見せる時である。古典様式、ゴシック様式等歴史主義の模倣の桎梏が終りを告げ、アール・ヌーヴォーと、そしてさらに後にはもっと重要な意味を担うべき国際様式(インタナショナル・スタイル)という二つの、対照的だが同時に非常に豊かな新しい様式が生まれて来たのである。その結果は当時かなりの混乱があったし、現在もなお、この混流をはっきりと識別し評価認識するためには、厳しい眼が必要とされる。イギリスの美術史家、建築史界の最高権威であるペヴスナー教授こそは、その仕事の最適任者といえる。この本で(もともとは「現代美術の源泉」という大きな企画の一部であるが)ペヴスナー教授は、近代建築とデザインにおける思想の源泉を、ウィリアム・モリスにまでさかのぼることで跡付け、またウェッブやショウ、ヴォイジィの仕事に近代建築思想がどのようなあらわれ方をしているかを示し、さらにそれがヨーロッパ全体にいかなる影響を与えたかを説き明かしている。アール・ヌーヴォーはその最も華やかで幻想的な盛期をベルギー・スペインで迎えることになったがイギリスに生れた。しかし装飾としてのアール・ヌーヴォー・スタイルは機械時代の大量生産方式に相応しいものではなかった。一九〇〇年代初めすでにこれは国際様式に道をゆずることになる。国際様式――ドイツ工作連盟やロースやグロピウスのような建築家たちによって展開された建築と工業デザインの新しく純粋な概念に、である。さらに近年、合理主義の再検討のもとに注目をあびたアール・ヌーヴォーに対する分析は、今ふたたび重要な意味をもつものといわねばならない。本書の図版は、その間のデザインの仕事の、ほぼ全領域を通して――クリスタル・パレスからスカイ・スクレイパーまでの建築作品、家具、ガラス作品、宝石デザイン、テキスタイル、グラフィック、ブック・デザインに至るまで――を網羅した魅力あふれたものである。」


目次:

序言
第1章――時代の様式
第2章――アール・ヌーヴォー
第3章――イギリスに生れた新しい推進力
第4章――芸術と工業
第5章――国際様式(インタナショナル・スタイル)に向って

原註
人名解説
参考文献
索引
訳者あとがき



ペヴスナー モダンデザインの源泉 02



◆本書より◆


「アール・ヌーヴォー」より:

「ガウディの椅子がアール・ヌーヴォーだというのは、それらが直線を避け、過去とのあらゆる関係を避け、そしてまたそれらが狂熱的に個人的であるという点に存在する。骨のような諸要素の構成はすべてガウディのものである。ガウディのもっとも驚くべき家具は、彼が1898年から1914年まで働いたサンタ・コロマ・デ・セルベロのコロニア・グエル礼拝堂のためのものである。ここにはデザインで、絵画が同時期になそうとしていたことをなそうと試みるという数少ない例、すなわち芸術の是認されているすべてを捨て去るという数少ない例の一つがある。これらのベンチの鉄の台、特に座部そのもののブルータルな性質は、実際アール・ヌーヴォーを超えてしまっている。
 ガウディの建築は、分析可能で有用な意味をもつ用語としてのアール・ヌーヴォーが、いったいどこまで拡大使用されうるかという問題を、もう抜き差しならぬこととして提起している。ガウディが何をおいても先ずガウディであることに疑問の余地はあり得ない。カサ・ビセンスの鉄細工とパラウ・グエルの門はすでにそれを証明している。しかし、彼のものの見方とアール・ヌーヴォーのそれとは多くの点で一致することは明らかなのである。」

「ガウディは、19世紀にその地位を確立し、20世紀にも通用するようになった専門職業(プロフェッション)としての建築家という意味では、建築家ではなかった。彼はオフィスで仕事をする専門職業人(プロフェッショナル・マン)ではない。本質的に今なお中世の職人であった。つまり、おそらく紙の上にだいたいの見取り図は書くが、決して最終案とはしないでおいて、その実施にあたってよく観察し、始めて最終決定を下すことができるという職人であったのだ。ガウディにおいて、ウィリアム・モリスの理想の一つは、真に具体的な形をとったのである。彼が建てたものは、「民衆による民衆のための」ものであり、疑いもなく「製作者(つまり実際の石工であったから)にとってのよろこび」でもあったのである。」
「しかし、新しい形態と材料の分野ではたしかに未来を先取りしていたが、歪力と応力を試すような複雑なガウディの用い方は、今日の技術家(エンジニア)=建築家(アーキテクト)のそれとはまったく異なる。逆に、それは個人主義的職人であり、アウトサイダーであり、孤独な何でも自分で作る発明者のそれでやはりある。
 そしてこの極端な個人主義という点で、今一度ガウディはアール・ヌーヴォーの一部であったのだ。なぜなら、アール・ヌーヴォーはなにをおいても個人主義の反乱であったからである。」



ペヴスナー モダンデザインの源泉 03













































































スポンサーサイト

柳宗玄・中森義宗 編 『キリスト教美術図典』

柳宗玄・中森義宗 編 
『キリスト教美術図典』

執筆者: 荒木成子・坂本満・田中文雄・長塚安司・中森義宗・羽鳥典子・真室佳武・森洋子・柳宗玄・渡辺健治

吉川弘文館
1990年9月1日 第1刷発行
484p 口絵(カラー)8p 
「はじめに」・凡例・目次9p
23.3×20cm 
丸背バクラム装上製本 
本体カバー 機械函
定価8,800円(本体8,544円)



本書「はじめに」より:

「本書は総論(「キリスト教図像について」)と各論(「キリスト教図像の展開」)の2部で構成され、総論ではキリスト教美術の特質を図像表現の特色から解明する。各論はそれをうけて、神および神の周辺の天使、堕天使に及ぶ。さらに説話図像のもっとも重要な典拠とされる旧・新約両聖書にもとづく項目においてキリスト、聖母、預言者があげられ、そのあとは新約最後のヨハネ黙示録による図像および最後の審判にもとづく「死と運命」へと続く。中世に信仰厚かった聖人の図像は、正伝外伝を問わず、人気のあったものをできる限り列挙して、その数280余名にのぼるが、中には虚構の聖人としてカトリック教会の現行暦から削除されたものも二、三にどとまらない。キリスト教美術の中で、もっとも複雑多様でしかも不可欠な「象徴(シンボル)、寓意(アレゴリー)、比喩(パラブル)」については、天体、人体、動植物をはじめ、数、図形、色彩、月暦、学芸、美徳悪徳、祭服祭具など、まさに森羅万象にわたってあげた。巻末には参照のため「キリスト教美術史関連年表」「参考文献」を収載している。」


見返しに地図(「中世のヨーロッパ」「初期キリスト教とビザンティン帝国」)、カラー口絵8点、本文中図版(モノクロ)700点、「象徴、寓意、比喩」にカット39点。


柳宗玄ほか キリスト教美術図典 01


函。


柳宗玄ほか キリスト教美術図典 02


本体カバー。


目次:

はじめに (中森義宗)
凡例

キリスト教図像について (柳宗玄)
 i. 聖像否定の思想
 ii. 図像芸術の容認
 iii. 図像展開の場
 iv. 説話図像の典拠

キリスト教図像の展開
 1. 神と図像
 2. 説話と図像
  〈Ⅰ〉 旧約聖書
  〈Ⅱ〉 新約聖書
   (1) キリスト
   (2) 聖母マリア
   (3) ヨハネへの黙示
   (4) 死と運命
 3. 聖人と図像
 4. 象徴、寓意、比喩
  i) 天体、自然、鉱物
  ii) 人体(付、身振り)
  iii) 動物
  iv) 植物
  v) 数、形、光背
  vi) 色彩、文字(付、組合わせ文字)
  vii) 月暦
  viii) 学芸、罪源、美徳
  ix) 物品
  x) 建造物関係
  xi) 祭具、祭服

キリスト教美術関連年表
参考文献
編者あとがき
図版一覧
項目索引




◆本書より◆


「聖人と図像」より:

「キリクス †304頃(6月15日) G. Kirykos. I. Quirico, Cirs. L. Cyricus, Syrus.
〔伝記〕 母ユリッタと共にディオクレティアヌス帝迫害によりシリアで殉教。当時3歳、正確には2歳9か月だったという。つぎのような数々の拷問を経験した。笞刑、舌を切られる、母子とも煮えたぎる松脂の鍋に投げ込まれる、鋸で切られる、頭と両肩に釘を打ち込まれる、いずれも奇跡的に無傷に終わり、かえってそれら拷問具が処刑者を殺傷する。ついに彼が裁判官の顔を引っ掻いたので、脚をつかまれ裁判官席で頭をうち砕かれた。カルル大帝の猪狩りの夢に同聖人が現われ、帝を救ったという死後伝説がある。母ユリッタは息子の死を泰然と受け入れ、自身も生皮を剝がされて斬首されたが、四散したその肢体を天使によって集められ、教徒たちによって埋葬されたといわれる。
〔図像〕 幼い殉教者として聖フィデス同様、一般に年よりは老けて表現される。下ぶくれの幼児でおしゃぶりを手にし、帯に手拭をはさんで殉教具の鋸をそばに置く。さらに殉教の棕櫚を添えて母子像として描かれることがある。説話表現としては、野猪にまたがった裸童や裁判官の席へ投げつけられる幼児の場面などがある。」



柳宗玄 キリスト教美術図典 03


「首持殉教聖人 F. Céphalophores. I. Martiri Cefalofori
〔解説〕 斬首された殉教者が手にその首を持って表現されるもの。旧約聖書には、ゴリアトの首を持つダビデ、ホルフェルネスの首を持つユディトの記述があるが、いずれも他人の首であり、4世紀にいたってヨアンネス・クリソストムスの著に、手に自分の首を抱えて王の前に進んだ殉教者の記事が現われる。殉教者のほとんどは最終刑として斬首される。聖ディオニシウスは切断された首の唇が動いて、信仰を告白し、首を手中に天使の案内で2マイル歩いたといわれた。かくて斬首された聖人は、多くが自分の首を抱えて埋葬場まで歩くように一般化された。フランスはじめ欧州諸国に約60人の首持聖人が数えられる。パリの聖ディオニシウス(ドニ)と聖日が同じであったり、聖ベネディクト会修道院のある村落、またパリ近郊でディオニシウスの影響の強い地方に多くみとめられる。
〔図像〕 中世の美術家は無頭の代わりに、両手と肩の上に頭を持つ両頭形を制作した。バルトロマイの場合は、これが自分の剝がされた生皮を手にする形をとって現われる。首持聖人には、懐中に頭を持つ静態型と、手に持って歩く歩行型とがある。案内役の2天使に左右を護衛される群像も見られる。ランスのニカシウス、アミアンのアッコルスはこの例。」



柳宗玄ほか キリスト教美術図典 04


「クリスティナ ボルセナの 3世紀頃(7月24日) I. Cristina di Bolsena. L. Cristina.
〔伝記〕 初期キリスト教の殉教者で、その伝説は東方起源のものらしく、まったく信憑性がないが、それによるとトスカナ地方ボルセナの貴族の娘。幼時キリスト教に改宗してクリスティナと称した。一日、アポロン像への犠牲を求められたが従わず、かえって金銀の像を壊して貧民に分かち与えた。怒った父は彼女を神前にすえて裸にし、奴隷の鞭を加えさせ、車輪に縛りつけて圧しつぶそうとしたが、無事であった。塔中に幽閉された彼女へは、天使が花と果実を持って慰問した。やがて石臼の穴に頭をはさみ、舟に乗せてボルセナ湖で舟を転覆させたところ、奇跡が石臼を救命ブイとして湖上に浮き上り、キリストが彼女の手をとり、大天使ミカエルが湖畔に導いた。父の死後拷問は一層激しくなり、油の煮えたぎる鍋に投じられたが6日後無傷で脱出し、毒蛇とともに閉じ込められても蛇は害を加えなかった。ついに乳をくり取り舌を抜かれた。その舌を目にした裁判官はたちまち盲目となった。また放った矢はすべてはね返り、処刑者の喉(のど)をえぐった。ついに頭蓋を砕かれペンチで脳味噌を抜きとられ、わずか12歳をもって殉教。ルネサンスには北イタリアとくにヴェネツィアの絵画にしばしば表現された。ボルセナの守護聖人で製粉業者の信仰が厚い。
〔図像〕 受難具の石臼、車輪、ペンチ、2本の矢、稀に脚をなめる蛇、鉄灸、薪火などが持物とされる。石臼はその大きさに応じて、聖女の支えとなったり、その首飾りとなって首にかけられる。」



柳宗玄ほか キリスト教美術図典 05


















































































岡田温司 『マグダラのマリア』 (中公新書)

岡田温司 
『マグダラのマリア
― エロスと
アガペーの
聖女』
 
中公新書 1781 

中央公論新社
2005年1月25日 初版
2005年3月15日 3版
vi+iv 238p 口絵8p
新書判 並装 カバー
定価800円+税



カラー口絵12点、モノクロ図版88点。


岡田温司 マグダラのマリア 01


カバーそで文:

「聖母マリアやエヴァと並んで、マグダラのマリアは、西洋世界で最もポピュラーな女性である。娼婦であった彼女は、悔悛して、キリストの磔刑、埋葬、復活に立ち会い、「使徒のなかの使徒」と呼ばれた。両極端ともいえる体験をもつため、その後の芸術表現において、多様な解釈や表象を与えらえてきた。貞節にして淫ら、美しくてしかも神聖な、〈娼婦=聖女〉が辿った数奇な運命を芸術作品から読み解く。図像資料多数収載。」


目次:

はじめに――両義的なる存在

第Ⅰ章 揺らぐアイデンティティ
 1 福音書のなかのマグダラのマリア
 2 外典のなかのマグダラのマリア
 3 「罪深い女」=マルタの姉妹ベタニアのマリア=マグダラのマリア
 4 隠修士としてのマグダラ
 5 『黄金伝説』のなかのマグダラ
第Ⅱ章 マグダラに倣って(イミタティオ・マグダレナエ)
 1 フランチェスコ修道会
 2 ドミニコ修道会
 3 信者会(コンフラッテルニタ)とマグダラ
 4 聖女たちの模範としてのマグダラ
 5 サヴォナローラとマグダラ
第Ⅲ章 娼婦たちのアイドル
 1 一四世紀のナポリ
 2 一五世紀のフィレンツェ
 3 一六世紀のローマ
 4 一七世紀のローマ
第Ⅳ章 襤褸をまとったヴィーナス
 1 「この上なく美しいが、またできるだけ涙にくれている」
 2 「何と美しいことか、見なければよかったほどだ」
 3 「たとえ深く傷ついた人でも、なおも美しいということはありうるだろう」
 4 エヴァと聖母マリアのあいだ
 5 ジョヴァンニ・バッティスタ・マリーノの詩

おわりに――生き続けるマグダラ
参考文献



岡田温司 マグダラのマリア 02



◆本書より◆


「第Ⅰ章 揺らぐアイデンティティ」より:

「マグダラをめぐる葛藤が、もっとはっきりとしたかたちで投影されているのが、二世紀にグノーシス主義の強い影響のもとで成立したとされる一連の外典である。とりわけ、『マリヤによる福音書』『トマスによる福音書』『フィリポによる福音書』『ピスティス・ソフィア』などがそれである。このうち、女性の名前を冠した唯一の福音書である『マリヤによる福音書』は、文字どおりマグダラのマリアに捧(ささ)げられたもので、女性の主導権や使徒としての役割をめぐる原始キリスト教時代の論争が、如実に映し出されたものとして読むことができる。
 この福音書において、マグダラのマリアは、幻視を見る力に恵まれた預言者のような存在として、また、男の弟子たちを励ましさえする使徒のなかの使徒として登場する。」
「このように顕著な存在感を見せつけるマグダラに対して、敵意すら抱いているように思われるのが、ほかならぬペテロである。ペテロは、彼女の幻視の体験と、そこで聞いたという主のことばをまったく信じようとはしない。というのも、端的に言えば、相手が女性だからである。(中略)自分たちにもまさる特権がひとりの女性に与えられていること、彼女から説教すら聞かされる羽目になることが、ペテロには許しがたかったのである。マグダラに対するペテロのこうした敵意や猜疑(さいぎ)心は、『ルカによる福音書』に表面化しているものとよく似ている。」
「『マリヤによる福音書』は短いもので、さらにその半分近いページが欠落してはいるが、それにもかかわらず、マグダラのマリアとペテロとがかなり激しく対立していること、もっと正確に言うなら、預言者にして伝道者というマリアの権威を、ペテロができるだけ制限しようとしていることは、はっきりと読み取ることができる。その葛藤を通じてこの外典が描き出そうとしているのは、まさしく、並外れたマグダラの能力と権威にほかならない。それは、ペテロに軍配を上げていた『ルカによる福音書』と、ある意味で好対照をなしている。
 イエスの語録といいう形式をとる外典『トマスによる福音書』もまた、この二人の対立にふれている。そのなかでペテロは、あたかもわざと挑発するかのように、強い口調でイエスにこう切りだす。「マリハム(マグダラのマリア)は、私たちのもとから去った方がよい。女たちは命に値しないからである」。これに対して、イエスが謎(なぞ)めいたことばで答える。「見よ、私は彼女を(天の王国へ)導くであろう。私が彼女を男性にするために、彼女もまた、あなたがた男たちに似る活(い)ける霊になるために。なぜなら、どの女たちも、彼女らが自分を男性にするならば、天国に入るであろうから」。
 この謎めいた一節は、専門の研究者たちによってさまざまに解釈されているようで、同じ福音書の別の一節、つまり、「あなたがたが、男と女を一人にして、男を男でないように、女を女(でないよう)にするならば、……そのときにあなたがたは[王国に]入るであろう」というイエスの語録とのあいだにある、一見した矛盾も指摘されている。また、「男と女を一人にする」、「女を女でないようにする」、「彼女らが自分を男性にする」といった言い回しには、原初の人間であるアダムのような両性具有的存在への回帰や、あるいは、苦行者たちの禁欲主義的なジェンダーの放棄の精神が表わされている、とする見解もある。」
「復活したイエスが弟子たちに語るグノーシス的な奥義として記録された『ピスティス・ソフィア』でも、マグダラ(マリハム)は、神秘的な力をもち、イエスに特別に愛された女性として登場する。イエスは彼女に言う。「マリハム、幸福なるマリハムよ、わたしはあなたを、天の御業(みわざ)のあらゆる神秘において完全なるものとしよう。勇気をもって語りなさい。なぜならあなたの魂は、他のすべての兄弟たちよりも、天の王国に向かっているのだから」。ペテロはここでもマグダラに敵意を抱いていて、「主よ、わたしたちに代わってしゃべるこの女に、わたしたちは我慢がなりません。彼女は、わたしたちの誰にもしゃべらせず、のべつまくなしに自分がしゃべっているのです」、とイエスに不平を漏らす。だが、そんな中傷にはお構いなく、マグダラは、すべての人間が「闇(やみ)」から解放される必要のあることを、イエスに語る。というのも、彼女が言うには、「わたしたちは、自分たち自身のことだけを憐(あわ)れんでいるのではなく、人類全体を憐れんでいるからです」。
 このようなグノーシス主義の福音書のなかから浮かび上がってくるマグダラ像は、新約聖書を構成する四つの福音書に見られるものとは、かなり異なった様相を呈しているように思われる。まず、幻視者あるいは預言者として比類のない能力がマグダラに認められているという点。さらに、使徒たちと対等か、あるいはそれ以上にすぐれた伝道者としての資格も与えられているという点。そして最後に、この女性の力や権威に対して、とりわけペテロがあからさまに挑戦し、彼女を排除しようとすらしているという点である。そうした兆候の幾つかは、主の復活の証言をめぐって、四つの福音書にもそれぞれ微妙なかたちで刻印されていたものだが、外典において、いっそう顕著なかたちをとっているのである。逆に言うなら、四福音書では、多かれ少なかれマグダラのマリアを牽制(けんせい)することによって、使徒的で家父長的な教会の権威が際立たされている、ということである。」













































































柳宗玄 『黒い聖母』

「人間には、他の生物たちに対して自分たちが遙かに優秀なのだという先入観がある。この先入観は、人間の生物に対する無知から来ているので、学問が進むにつれ(中略)、次第に崩されてゆくに違いない。」
(柳宗玄 『黒い聖母』 「あとがき」 より)


柳宗玄 
『黒い聖母』


福武書店
1986年12月1日 初版印刷
1986年12月10日 初版発行
269p 口絵16p
初出一覧1p
A5判 角背紙装上製本 カバー
定価2,800円



本書「あとがき」より:

「ここに一巻としてまとめた論文では、とくに色彩象徴の解明という厄介な試みが中心となったが、私はこれをさらに色彩哲学というべきものへと方向づけたいと思っている。」


口絵カラー図版21点、本文中モノクロ図版70点、脚注に参考図版18点。


柳宗玄 黒い聖母 01


帯文:

「この聖母はなぜ黒い――黒はみずから、すべての色彩と力を内包し、その力をもってあらゆる色彩を生み出し、時空を超えた世界をつくり出す。
本書は色彩がどこから切り出され、どう現実の世界で再現、感覚されていったかを、東西を究めた豊かな感性と知識、数多くの図版によって解明。」



帯背:

「色彩のもつ力と象徴性」


目次 (初出):

口絵解説

黒い聖母 (「代理店通信」 住友海上火災保険株式会社 昭和36年3月号/新原稿)
 一 「黒い聖母」を見る
 二 「黒い聖母」の謎
 三 黒い神々
 四 黒の象徴
ゴシックの版画――その木の香 (原題「暗示の芸術――ゴシックの木版画」)(「みづゑ」 美術出版社 昭和44年2月号)
拓――紙と墨の芸術 (「芸術新潮」 新潮社 昭和40年10月号)
色彩象徴の系譜――とくに赤について (「藝術論考」 お茶の水女子大学藝術学会 第1号 昭和61年)
 一 色彩の三つの面
 二 古代地中海地域の色彩観
 三 『黙示録』における赤
 四 ヨーロッパ系言語の赤の系譜
 五 漢字における赤の系譜
 六 象徴色としての赤
象徴色としての青 (川田順造・柘植元一編『口頭伝承の比較研究 2』 弘文堂 昭和60年)
 一 青い屋根、青い人々
 二 青、蒼および碧
 三 西方の青
 四 『黙示録』の宝石
 五 青の象徴
地の色――黄について (新原稿)
白の思想 (新原稿)
『ベアトゥス黙示録』における色彩 (「美術史」 美術史学会 第101号 昭和51年)
 一 色彩の意義
 二 『黙示録』の色彩象徴
 三 ベアトゥス写本画の色彩
敦煌莫高窟――とくにその色彩について (原題「序」および「聖域としての莫高窟」)(世界の聖域、別巻2『敦煌石窟寺院』 講談社 昭和57年)
 聖域としての莫高窟
 敦煌における色彩
「樸」について (「人間文化研究年報」 お茶の水女子大学人間文化研究科 第5号 昭和56年)
 はじめに
 一 単色画について
 二 中国画の伝統
 三 道家と儒家
 四 樸の概念
 五 樸と芸術
 六 西方における樸

あとがき
初出一覧



柳宗玄 黒い聖母 02



◆本書より◆


「口絵解説」より:

「1 善き希望の聖母
     木彫彩色 高さ約八四センチ 十二世紀
     ディジョン、ノートル・ダーム聖堂
 ロマネスクの数ある聖母像のうちの女王であり、いわゆる「黒い聖母」の代表である。膝上の聖子が欠けているが、空虚な感じはしない。大きい眼、長い顔、とくに顔の黒さが異様に神秘的である。しかし、この黒い色は最初からのものではない。おそらく信者の献げる無数の燈火のために、十六世紀以来黒ずんでしまったのである。しかしそれは、この像が無数の人々の信仰を集めた証であり、人々はこの黒に深い意味を感じ取ってきたのである。近年、黒い顔面が拭われ、「黒い聖母」は「白い聖母」に変じた。そのために神秘の影も有難さも減じてしまった。写真は「黒い聖母」のときのものである。」



「黒い聖母」より:

「このオスィリス神の妃でありまた妹でもあるイスィス神は、死者の守護神であり、また豊饒神であり、ホルス神の母でありかつまたすべての国王の母でもある。要するに、イスィスはエジプトの代表的な母神なのである。椅子に坐り幼児ホルス(いわゆるハルポクラテス)を抱いて授乳する姿が、古代末期に彫刻や絵によって表現されたが、この姿が後にキリスト教に入り、授乳の姿勢をした聖母像を生んだのではないかといわれる。古代末期には、イスィス信仰は単にナイル渓谷に止まらず、広くヘレニズム世界に拡がり、地中海地域で最も有力な女神となった。ヘロドトスはイスィスをギリシャの豊饒の母神デメテルと同一視しているが、アフロディテその他の豊饒神と同一視されることもある。前章でル・ピュイの「黒い聖母」がもとイスィス神であったとする説を紹介したが、要するに、イスィス的な母神の概念は、あらゆる土地でそれぞれの地方色を加えながらも発現を見る普遍的な性格をもつものであろう。
 ところで、このイスィスが時として黒い肌なのである。それは冥府の神オスィリスの妃であり、死者の保護神であるところから、死の色である黒と結びつけられたのかもしれないが、それ以上に、母神ないし豊饒神として、地の色である黒を肌色とした、と考えるべきであろう。
 というのは、キリスト教の誕生および発展の舞台であったオリエント各地で崇められた豊饒神ないし母神、すなわちデメテル(ギリシャの五穀豊饒の女神)、キュベレー(小アジヤの農業神で、ローマのマグナ・マーテル)、アフロディテ(ギリシャの豊饒、愛、美の女神で、ローマのヴェヌス)、アルテミス(ギリシャの豊饒、狩などの神で、ローマのディヤナ)などが、時として「黒い女神」として表現されたからである。」
「以上の神々はいずれも、時として黒いという程度で、多くの場合、黒くはない。しかし必ず黒く表現される女神がインドにはある。カーリー神である。
 カーリー神はヒンドゥー教のシヴァ神の妃であり、永遠の時間を司り、生と死を支配する。今日民間に流布するその像を見ると、真黒の肌をして口からは赤い舌を出し、首にはどくろを繋げた首輪をかけ、手には武器や生首をもった恐ろしい姿である。創造と破壊、生と死が絶えず繰り返されてゆく永遠の時の流れを、カーリーが司るのである。その肌の黒は、死の色というよりは、すべてのものを併呑する色なのである。黒は無の色であり、未存在の色であり、その意味で最も根源的な色である。それは最も深い意味で、母神の色と言うべきであろう。
 カーリー神の肌の色の黒は、実は黒という漢字をこれに当てるよりは、玄という字を当てた方がよい。というのは、黒はふつう単なる色名にすぎないが、玄は色名である以上に豊かな精神的意味内容をもつ字であるからである。」
「『老子』體道第一の末尾の著名な文に、「玄のまた玄、衆妙の門」とある。道を説いて、それが「玄のまた玄」、すなわち奥深い上にさらに奥深く、容易に知ることのできないものであり、一切の妙理はその玄を門として出てくるものであるというのである。
 同じく『老子』成象第六に、「谷神(こくしん)は死せず、これを玄神という」とあるのは、道は「玄牝」、すなわちすべてのものを生み出す根源的なものであって、それは空虚な谷間に宿る永遠の神霊であるというのである。つまり「玄」というのは、感覚的な意味での黒、視覚ではとらえられぬ暗さ、という領域を遙かに超えて、知的には容易に認識しえない、時間空間を超えた根源的なものを言うのである。
 それは、私たちの知るような光に対する闇ではない。光と闇を超越した根源的な原初の闇である。それは有と無の母体である。生と死の彼方にある闇である。」
「以上の問題を色彩に還元して説明すると、黒には二種類あることになる。その一つは、白に対立する黒であり、光に対立する闇の色であり、善に対する悪の色であり、さらに生命に対する死の色である。その二は、それらの対立以前の色、それら万物を生み出す根源的なものの色彩である。その黒は、色彩以前の色彩であり、有と無の母体としての色彩であり、(中略)玄牝の色である。「黒い聖母」の黒を、玄牝の色と解すれば、それは、通常世の人が解するような死の色でも悪の色でもなく、至聖の色彩であることが理解されよう。古代エジプトのイスィスも、古代地中海のキュベレーやアルテミスも、時として黒い肌の母神として表現されるのは、存在の原初の位置にある神という意味においてであろう。」























































































アンリ・フォシーヨン 『形の生命』 杉本秀太郎 訳

「要因のこの多様性が、決定論の強硬さに対立し、かぞえきれそうもない作用反作用の往復運動によって決定論を寸断し、いたるところに裂け目を、落差を誘発する。(中略)形は、その自在な変貌によって、くり返し、たえ間なく、みずからの必然からみずからの自由にと赴く。」
(アンリ・フォシーヨン 『形の生命』 より)


アンリ・フォシーヨン 
『形の生命』 
杉本秀太郎 訳


岩波書店
昭和44年1月30日 第1刷発行
昭和47年11月20日 第4刷発行
239p 索引7p
口絵(カラー)1葉 図版(モノクロ)26p
B6判 角背クロス装上製本 機械函
定価650円



本書「訳者あとがき」より:

「本書は Henri Focillon: Vie des Formes, quatrième édition, suivie de l'Eloge de la Main, Presses Universitaires de France, Paris, 1955 の全訳である。一九三四年刊行の初版は『形の生命』全五章のみを収めるが、一九三九年の再版でここにも訳出した『手の称賛』が併録され、以後の各版はすべてこの体裁を踏襲している。」
「英訳本の図版十九枚のうち十八枚を採録し、十二枚を加えて三十枚の図版を収めた。なお原著には、図版は全く含まれていない。」



カラー口絵1点、モノクロ図版30点。「訳註」に図版4点。


フォシーヨン 形の生命 01


目次:

形の生命
 第一章 形の世界
 第二章 空間に生きている形
 第三章 素材に生きている形
 第四章 精神に生きている形
 第五章 時間に生きている形

手の称賛

訳註
訳者あとがき
内容索引
人名・地名索引



フォシーヨン 形の生命 02



◆本書より◆


「形の生命 第2章 空間に生きている形」より:

「しかしながら、ある技法から別の技法へと、そのままで苦もなく移行できるらしい芸術が一つある。装飾芸術である。人間の思考が空間と切り結ぶにおよんで最初にもちいるアルファベットは、おそらくこの装飾芸術なのである。しかも、この芸術はきわめて独特な生命を帯びているので、素材が石、木材、ブロンズあるいは絵筆の線であるに応じて、時として本質的な変質をこうむることさえある。だがとにかく、ここには広々とした思弁の場所が残されているし、形の生命活動がその特別な空間において示す基本的一般的な諸相をとらえることを可能にする観測地点というべきものも、ここに見あたるのは確かなことである。リズムとなり配合となる以前の状態でさえ、どんなに単純な装飾的主題でさえ、たとえば、しなやかな一本の曲線あるいは唐草文様の一本の蔓は、左右均斉、交錯、分岐、襞にと展開してゆく未来をすっぽり内包し、やがて埋めるべき余白の上にすでに目算をつけており、まったく未知の新しい存在を余白に見合わせて予定している。細筆で描かれたうねうねした線にまで引き戻して考えてみても、それはすでに辺境との接線であり、また道である。唐草文様は、みずからの姿を描きこむことによって、うるおいのない荒野を開墾し、条理をととのえ、安定させる。それはただ単にそれ自身において存在するのみではなく、みずからの生存の場をみずから形成する。この形は自己の生存の場に形をつけるのだ。唐草文様をその変貌のはしばしまで追求し、この文様の軸また組立て方を考察するのみにとどまらず、この文様あがの格子というべきものの中に封じこめている一切を考察するならば、細かく区切られ、カードのようにかさなりあって一つの宇宙を構成している空間的なブロックの発揮する限りなく多様な姿が、私たちの目の前にまざまざとあらわれてくる。背景は広々と残っているその手前に、装飾が規則正しく賽の目のように配置されているかと思うとまた装飾的主題が延々とつらなり、支えとして役立っている平面を完全に掩い隠している。余白を尊重するか、余白を埋めつくしてしまうかによって、ちがった二種類の形象がつくり出される。形のまわりに、たっぷりした空間が見積られているときは、空間が形を少しもそこなわずに保存し、形の固定に役立っているような趣きを呈する。逆に、空間が埋めつくされていると、さまざまな形がともすると互いに曲線を絡ませ、かさなりあい、混りあってしまう。論理的な規則正しさで対応し、接触しあっている形の群は、ついに、うねりながらどこまでも連続するあの状態にまで達するが、ここにいたっては、部分間の関係は、もはや見分けもつかなくなる。どこから始まってどこで終っているかがわからないように、全体が周到に仕組まれているからだ。ところが、鮮明に分析され、また一つ一つ強調されている不連続な要素で組立てられた順列文様においては、こうした要素を変貌の不意の干渉から保護するために、輪郭のはっきりした、安定した、均斉のとれた形の空間が、ややもすれば位置を変えたがる要素によって玉虫色の空間に編み出されたあの迷路の文様とちょうど入れ代わりに据えられている。一方、あの迷路の文様をながめながら盲滅法に線をたどってゆくと、秘密な目的地にまたしても戻ろうとして姿をくらます気まぐれな線が、たどる視線を見事にはぐらかせる。迷路の内側には、動きでも奥行でもない一つの新しい次元の空間が念入りに構成され、しかもこの空間が、私たちの目には動きと奥行をそなえている空間として映じる。たとえば、ケルトの福音書には、たえ間なくかさなり溶けあっている装飾文様が、テクストの文字および横長の飾り画の仕切り枠によって囲まれゆるぎなく固定されているにもかかわらず、さまざまな平面上に、緩急の度合もまちまちに浮かびあがる。
 装飾文様を考察するからには、こうした本質的な事象を、単なる形態学や系譜学にもまして重視すべきは明らかである。変貌にとってはまさに特選の場というべき、この不思議な装飾文様の統治領は、私たちの世界とはかけはなれた別の世界の法則に支配されている雑種の植物、雑種の動物たちのほしいままな繁殖をうながしたのだが、このことの実例を示さないでは、装飾文様のこの概説も、あまりにまとまりすぎた抽象的なものにとどまるおそれがある。この統治領の永続性、たくましさは、特筆に価する。なぜなら、この世界は、その複雑な文様のなかに人間も動物たちもひとしく取りこみながら、しかもけっして人間や動物たちの言い分を聞こうとはせず、逆に彼らをこの世界に同化させてしまうからである。新たに相次いで生まれ出る形象が、いつも同じ主題にもとづいていながら際限もなく配合されてゆく。いわば想像的空間というべきものに内在している動きが生産するのであるから、この形象の群は、生命の日常的な領域からみれば不合理にみえるかもしれないし、またもともと短命に生まれついているものかもしれない。だが、紛糾した形の迷路に住みついているこの動物群は、この迷路に深く幽閉されればそれだけ意気込んで成育し繁殖するのだ。」




こちらもご参照ください:

アンリ・フォシヨン 『ピエロ・デッラ・フランチェスカ』 原章二 訳






























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本