高階秀爾 『ルネッサンスの光と闇 ― 芸術と精神風土』 (中公文庫)

「それにしても、自分が「最も望ましからぬ気質」で、「最も悪い星」の下に生まれたというのは、もちろん面白いことではない。そこでフィチーノは、この「最も悪いもの」を「最も良いもの」に変える大きな価値転換をやってのけたのである。ちょうどトランプでスペードのマイナス点を全部集めた者はいっきょにすべてがプラスに転換し得るように、諸性の中で悪いところばかり集めている憂鬱質も、まさにその故に、時に優れた存在になり得るということを説いたのである。」
(高階秀爾 『ルネッサンスの光と闇』 より)


高階秀爾 
『ルネッサンスの光と闇
― 芸術と精神風土』
 
中公文庫 M335

中央公論社
昭和62年3月25日 印刷
昭和62年4月10日 発行
416p
文庫判 並装 カバー
定価560円
カバー画: ボッティチェルリ《ヴィーナスの誕生》


「『ルネッサンスの光と闇』昭和四十六年四月 三彩社刊」



本文中図版(モノクロ)172点。


高階秀爾 ルネッサンスの光と闇 01


カバー裏文:

「人間性の開放と現実世界の肯定という明るい光の部分の裏側に、世界の終りに対する恐れ、死の執念、混乱と破壊への衝動、破滅へのひそかな憧れ、非合理的幻想世界への陶酔といった別の一面を持つルネッサンス……。ボッティチェルリの《春》や、ヴァティカン宮殿の署名の間、メディチ家の礼拝堂といった傑作を輩出したその精神的風土と芸術のからみあいを、多数の挿図とともに明快に説き明かす好著。」


目次:

序文

第一部 サヴォナローラ
 第一章 虚飾の焼却
 第二章 偽預言者
 第三章 世界の終り
 第四章 神秘の降誕
 第五章 最後の聖体拝受

第二部 メランコリア
 第六章 華麗なる保護者
 第七章 カレッジのアカデミア
 第八章 パンの饗宴
 第九章 四性論
 第十章 考える人

第三部 愛と美
 第十一章 三美神
 第十二章 貞節・愛・美
 第十三章 キューピッド
 第十四章 宇宙的オクターブ
 第十五章 西風との出会い
 第十六章 生命復活の祭儀

第四部 二人のヴィーナス
 第十七章 ヴィーナスの誕生
 第十八章 聖愛と俗愛
 第十九章 騎士の夢
 第二十章 女神と娼婦

第五部 神々の祝祭
 第二十一章 パルナッソス
 第二十二章 純潔と愛欲の争い
 第二十三章 婚姻記念画
 第二十四章 神々の祝祭
 第二十五章 バッカナーレ
 第二十六章 ヴィーナスの礼拝

あとがき
文庫版あとがき
参考文献
図版目録
人名索引



高階秀爾 ルネッサンスの光と闇 02



◆本書より◆


「第九章」より:

「四性論というのは、あらためて説明するまでもなく、人間の体内を流れる四種の液体のバランスによって人間の気質が定まると考えるもので、それは同時に、アリストテレスによって確立された物質の本性である冷と熱、乾と湿の四つの組合わせである四大(大地、水、火、空気)や、春夏秋冬の四季や、東西南北の四方や、夜明け、昼、夕暮、夜の一日の四つの時や、少年、青年、壮年、老年の人間の一生や、その他さまざまなものと結びついて、当時の人間観、世界観の根本を形づくっていたものである。」
「中世末期からルネッサンスにかけて、広く流行したこの四性論の挿絵の中で、きわだった特徴は、憂鬱質の人間はほとんどつねに片手を頬にあてて、物想いにふける恰好を示していることである。例えば、ごく通俗的なものとして、十五世紀後半に作られた「四性」をあらわす木版画を見てみると、ちょうど日本の花札を思わせるような縦長の四つの画面にそれぞれ四人の人物がいて四性をあらわし、その下の方に、それぞれの気質の特徴を述べた説明がつけられている。そして、四人ともそれぞれの気質にふさわしいポーズや、動作や、附属品を示している。」
「一番左の端の鷹狩りをしている若者は、「サングィネウス」、すなわち多血質で、したがってこの気質にふさわしく、若々しく、行動的である。彼の足許に雲と星が見えるのは、空、つまり四元素のうちの空気に対応することをあらわす。
 二番目の、大きな青竜刀のようなものをふり上げているのは、「コレリクス」、すなわち胆汁質で、服装も多血質の若者よりやや大人びており、足許には火を踏まえている。胆汁質は、(中略)すぐかっとして逆上し易い性質を持っている。ここで彼が刀を振り上げているのはそのためであるし、その上御丁寧に腰にはもう一本、別の短剣をぶらさげている。」
「第三番目の気質は、珠数のようなものを持って「水」の中に立っている「フレンマティクス」、すなわち粘液質である。粘液質と水との結びつきはきわめて深く、普通粘液質の人は酒飲みだということになっている。
 そして最後に、「メランコリクス」、すなわち憂鬱質が来る。彼は大地の上に立って、片手を頬にあて、もう一方の手に財布をしっかりと握っている。(中略)というのは、「冷たくて乾いている」憂鬱質は、その性質上、しばしば守銭奴としてあらわされるからである。そして、最初のふたつの「暖い」気質が若々しく行動的であるのに対し、あとのふたつの冷たい気質は、年老いて非活動的であり、その中でも憂鬱質は、頬杖をついてぼんやりしていることから明らかなように、最も怠け者なのである。
 頬杖をついた憂鬱質というこのポーズは、ルネッサンス盛期にいたっても、ずっと利用されている。おそらく誰しもがただちに思い浮かべるのは、一五一四年に作られたデューラーの有名な銅版画《メレンコリア・Ⅰ》であろう。」
「差当ってここでは、この「メランコリア」もまた、何もしないで座ったまま、じっと頬に手をあてて沈思黙考していることを指摘すれば足りる。」
「もともと古代ギリシアから伝えられた四性論の考え方では、憂鬱質は四性の中では最も悪い性質である。すでに見たように、四性は冷熱(または寒暖)と乾湿の四つの組合わせに対応する。このうち、熱と湿とは生命の活動にとって都合のよい状況であり、したがって望ましいものである(このような考え方の背後には、明らかに、植物の生育に必要な高温多湿の気候を望む農耕社会特有の価値観が働いているが、詳しいことはここでは触れない)。したがって、温かくて湿っている多血質が人間にとって最も望ましい気質であり、(中略)冷たくて乾いている憂鬱質というのは、逆に最も良くない状態ということになる。(中略)憂鬱質ばかりは悪いところばかりを集めた救い難い存在というわけである。事実、十五世紀中葉までの四性論では、そのような価値づけが当然のことであった。それなればこそ、先に例に引いた木版画やその他の例に見るように、憂鬱質は何ら生産的な仕事をしない「怠け者」であり、冷酷な「守銭奴」としてあらわされるのが普通だったのである。
 このように悪いことずくめの憂鬱質に、逆に積極的な価値づけを与えたのは、ここでもマルシリオ・フィチーノであった。
 フィチーノは、彼自身もともと生まれつき身体が弱く、したがって多くのルネッサンス人のように自由奔放に行動することができず、しかも、気質から言ってはっきりと憂鬱質であった。フィチーノが生まれたのは、彼自身友人に宛てた手紙で語っているところによると、

  「一四三三年の十月十九日のことで、医者であった父親は時刻を記録するのを忘れたが、父や母の言うところから考えて、宵の二十一時のことであった……」

という。この日付け(秋)と時刻(宵の口)は明らかに憂鬱質のものであり、しかも後にフィチーノ自身が占星術によって占ったところによると、この日時は星辰すべてがサテュルヌス(土星)の支配のもとに最も望ましからぬ結びつきを示した時であって、この「星の下に生まれた」人の子は、きわめて不幸な運命を背負っているのだそうである。」
「フィチーノ自身認めているように、彼はサテュルヌスの星(土星)の支配下にあるわけだが、この土星は、当時知られていた惑星の中では最も太陽から遠く、したがって「冷たくて乾いている」星であった。つまり、土星の神であるサテュルヌスは、同時に四元素の中の大地を支配する神であり、四性の中の憂鬱質と結びつく神であった。」
「以上見たところから明らかなように、サテュルヌスの支配する憂鬱質は、どう考えても良いところのない気質で、フィチーノもそれを自覚して、しきりと音楽や読書で自己の「悪しき性質」を改めようとした。孤独で非活動的な音楽や読書が憂鬱質の治療法として有効であることは、古くから知られていたからである。しかし、それにしても、自分が「最も望ましからぬ気質」で、「最も悪い星」の下に生まれたというのは、もちろん面白いことではない。そこでフィチーノは、この「最も悪いもの」を「最も良いもの」に変える大きな価値転換をやってのけたのである。ちょうどトランプでスペードのマイナス点を全部集めた者はいっきょにすべてがプラスに転換し得るように、諸性の中で悪いところばかり集めている憂鬱質も、まさにその故に、時に優れた存在になり得るということを説いたのである。
 フィチーノにとってその手がかりとなったものは、アリストテレスの『プロブレマータ』の中の一節である。(中略)アリストテレスは、生まれながらの憂鬱質は、正常なバランスを欠いた存在である故にしばしば狂気や愚行に走るが、しかし「まさにその故に」、時に正常の人間の水準をはるかに越える存在にもなり得ると説いて、その異常さをうまく働かせることに成功すれば、常人のとても及ばない偉大なことを成就し得ると考えたのである。

  「すべて真に衆に抜きん出た人々は、それが哲学においてであろうと、(中略)詩や芸術においてであろうと、いずれも憂鬱質の人間である――そして彼らのある者は、その程度があまりにひどいので、黒胆汁の作用による病疾に悩むことも珍しくない……」

というアリストテレスの一節は、フィチーノにとって、大きな慰めであった。すなわち、憂鬱質は、正常なバランスを欠いた気質の持主である故に、とんでもないことも仕でかすかわりに、常人ではできない創造的事業も果すことができる。それ故に、それは創造的才能と結びつき得るものなのである。
 デューラーの《メレンコリア・Ⅰ》には、すでにそのような価値転換がはっきりと見られる。なるほど、憂鬱質を象徴する女性は、頬杖をついてはいるが、それはもはや眼を閉じた怠け者の姿ではなく、きらきら輝くその眼差しに明瞭にあらわれているように、その頭脳は厳しい思索に耽っている。すなわち、彼女は強い知的活動に従事しているのである。(中略)彼女は自己の思索に没頭して、地上の富のような俗世間のことはすっかり忘れている。そしてそのことが、彼女を平常の人間の水準以上に高めるものであることは、彼女がただの人間ではないしるしとして翼をつけていることからも、明らかと言える。つまりここでは「メランコリア」は、その知的、創造的活動故に、人間を越える存在にまで高められているのである。」





こちらもご参照ください:

クリバンスキー/パノフスキー/ザクスル 『土星とメランコリー』 田中英道 監訳
若桑みどり 『イメージを読む ― 美術史入門』 (ちくまプリマーブックス)












































































































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『ゴッホの手紙 下 (テオドル宛)』 硲伊之助 訳 (岩波文庫)

「そうだたしかに、我々は自分たちの絵のことだけしか語れないのだ。」
(『ゴッホの手紙 下』 より)


『ゴッホの手紙 下 
(テオドル宛)』 
J.v. ゴッホ-ボンゲル編
硲伊之助 訳
 
岩波文庫 青/33-553-3 

岩波書店
1970年3月16日 第1刷発行
1978年10月10日 第10刷発行
292p 別丁口絵(モノクロ)1p
文庫判 並装 
定価300円(☆☆☆)



本書「あとがき」より:

「中巻と下巻とは、ボンゲル版の、ゴッホがパリへ向かってから、間もなくアルルへ行き、サン・レミへ移って、それからオーヴェル・シュール・オワーズで自害するまでの弟へあてた大部分の手紙を訳したものである。文庫本である関係上、手紙全部の収録は困難だったので、その取捨選択は私自身が当った。大切なものは全部入れたつもりである。」


本文中図版23点。


ゴッホの手紙 下 01


帯文:

「一八九〇年七月悲しい自殺をとげたゴッホが最後の二年間にアルルから、サン・レミの病院から弟に書き続けた手紙約六〇通を収める。」


目次:

アルルよりパリのテオへ(一八八八年十月―一八八九年五月)
 第五四六信
 第五四七信
 第五四八信
 第五四九信
 第五五一信
 第五五二信
 第五五四信
 第五五五信
 第五五六信
 第五五七信
 第五五九信
 第五六〇信
 第五六二信
 第五六三信
 第五六四信
 第五六五信
 第五六七信
 第五七一信
 第五七三信
 第五七九信
 第五八一信
 第五八一信 a (シニャックより弟テオ宛の手紙)
 第五八二信
 第五八三信
 第五八三信 a (シニャックよりヴィンセントへ)
 第五八四信
 第五八四信 a (シニャックよりヴィンセントへ)
 第五八五信
 第五八六信
 第五八七信
 第五八八信
 第五八九信
 第五九〇信

サン・レミよりパリのテオへ(一八八九年五月―一八九〇年五月)
 第五九一信
 第五九二信
 第五九三信
 第五九四信
 第五九六信
 第六〇〇信
 第六〇三信
 第六〇七信
 第六〇八信
 第六一〇信
 第六一三信
 第六一四信
 第六一五信
 第六一八信
 第六二一信
 第六二三信
 第六二五信
 第六二九信
 第六三一信
 第六三四信

オーヴェル・シュール・オワーズ(一八九〇年五月二十一日―七月二十九日)
 第六三五信
 第六三六信
 第六三八信
 第六四四信
 第六四五信
 第六五一信
 第六五二信(ヴィンセントが七月二十九日当日持っていた手紙)

あとがき



ゴッホの手紙 下 02



◆本書より◆


「第五五五信」より:

「もし僕が自分の気持ちのおもむくままにしようとするなら、今描いたばかりの作品に厭気(いやけ)をおこし、セザンヌ爺(じい)さんがやったようにそれを足で踏みやぶってしまうことぐらい、わけのないことだろう。しかし、足で踏みやぶってどうなるというのだ、それよりも習作はそのままそっとしておくことにしよう。いいところが全然ないと思われたって、いわゆるいい絵だと思われたって、どっちでも僕にはかまわない。
 要するに、善とか悪とかは常に相対的なものなのだから、そんなことは深く考えないようにしよう。」



「第五六四信」より:

「ゴーガンと僕とは昨日、モンペリエの美術館を見に出かけた、特にブリュイヤの室を見に行ってきた。そこには、ドラクロア、リカール、クールベ、カバネル、クーチュール、ヴェルディエ、タサール、その他の画家が描いたブリュイヤの肖像画がたくさんあった。(中略)まったくブリュイヤは芸術家たちの恩人だね、君にはただそれだけを伝えたい。ドラクロアの肖像だと、ひげのある赤毛の髪をした人で、君や僕におそろしく似ていて、僕にはミュッセの次の詩を思い出させた……「どこでも私が土にさわると、黒い服を着た不幸な人が、そばに来て腰をおろし、まるで兄弟のようにじっと私を見つめるのだった」」


「第五七三信」より:

「僕の制作には運と不運があるが、不運ばかりではない。もしわれわれが持っているモンチセリの《花束》が愛好家にとって五百フランの値打ちがあるなら、僕の《ひまわり》だってスコットランド人かアメリカ人にそれだけの値で売れるはずだ。」


「第五七九信」より:

「こんなに多くの人間が卑劣にも一団になって、病人の僕一人に対抗するのを見たときは、まるで胸を棍棒で打たれたみたいだったのがわかるだろう。
 さて――これ以上心配しないでいい。僕は精神的にひどく弱っているが、ある程度落ちつきを取り戻してきたから、腹を立てずにすんだ。
 たびたびいじめられた経験から卑屈の情が身につき、それで辛抱できる。」
「本当言うとこんな厄介な目にあうくらいなら死んでしまった方がましだよ。
 獄屋生活で得られる唯一の教訓は文句を言わずに堪え忍ぶことだけだ、なんとも仕様がないんだ。」
「弟よ、恐らくわれわれの小さな不幸や人生の多少大きな不幸だって茶化してみるのが一番いいのじゃないか。」



「第五八六信」より:

「いま頭がぼんやりしていて、どうしたら生活を調整できるか分らない。」

「もし私が療養所から出ても、働いたりやりくりする能力がないような気がする。」



「第五九〇信」より:

「犠牲的精神を持つのはよしてくれたまえ。先日も妹に便りした際に、僕の一生というか、ほとんど一生の間、殉教者などとは違った職業を求めて来た、殉教などとても僕の柄ではないと書いた。」
「もちろん殉教者たちを尊敬し、進んで讃えたいとも思う。だが、ブーヴァルやペキュシェのように、なにか我々のか弱き生命にもっと適合する他のものがあるようだ。」

「大勢の画家が気違いになるのは事実だが、少なくも極めて苦しい生活がそうさせるのだ。全面的に仕事に没頭出来れば、いいが、頭の方はなおるまい。」



「第五九一信」より:

「ここへ来てよかったと君に告げたい。こんな動物園のような所で、いろいろな狂人や頭のおかしい人間の実態を見ていると、わけの分らない心配や発狂への恐怖を感じなくなる。次第に狂気も病気の一種だと感ずるようになった。」


「第五九二信」より:

「冗談のつもりではないが、発狂への恐怖は、傍で気の狂った人をいつも見ていると、自分でも今に簡単に罹(かか)れると思うせいか、すぐ消えてなくなる。
 以前はああいう人達を嫌悪していたし、われわれと同じ天職に携わる者で、トロワィヨン、マルシャル、メリヨン、ジャント、M・マリ、モンチセリその他大勢のものが発狂して死んだことを思えば、なんだか失望してしまう。僕もそんな状態に陥っているとは夢にも想像しなかった。
 今でこそなんの心配もなく、こうしたことが考えられるし、今述べたような人が、結核か黴毒(ばいどく)のような病気で死んだのと同様に、特別むごいことではないと思う。」
「ある人は泣き叫び、またある人は無理ばかり言っているが、どの人にも真の愛情がみられる。」
「お互い同士よく理解できる。例(たと)えば、僕を恐れないから、まとまりのない音しか発せられない人とも話が出来る。」



「第五九四信」より:

「それにしても僕の心の内には、何か強すぎる衝動を受けるものがあるらしく、それが僕をこんなにしてしまったのだし、何がそのきっかけになったのかも分らない。」


「第五九六信」より:

「いつも糸杉に心をひかれる。ひまわりを扱ったように描いてみたいのだ。まだ僕が感じているように描いたものを見たことがないのだ。
 線が美事で、ちょうどエジプトのオベリスクのような均衡を備えている。
 それにその緑の質が非常に上品なのだ。
 陽の照った景色のなかでは黒い斑点になるが、その黒い調子は最も興味のあるもので、正確に捕えるのがとてもむつかしいと思う。」



「第六〇七信」より:

「僕はいま病気だから、自分を慰めるために、自分を喜ばせるためだけに何かしたいのだ。」




こちらもご参照下さい:

『ゴッホの手紙 上 (ベルナール宛)』 硲伊之助 訳 (岩波文庫)


































































































『ゴッホの手紙 中 (テオドル宛)』 硲伊之助 訳 (岩波文庫)

「しかし、地球もまた一つの遊星だ、つまり天界の一つの星なのだということを忘れまい。」
(『ゴッホの手紙 中』 より)


『ゴッホの手紙 中 
(テオドル宛)』 
J.v. ゴッホ-ボンゲル編
硲伊之助 訳
 
岩波文庫 青/33-553-2 

岩波書店
1961年5月5日 第1刷発行
1978年9月10日 第18刷発行
301p
文庫判 並装 
定価300円(☆☆☆)



本書「あとがき」より:

「ゴッホの手紙……中と下……は、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホから弟のテオドルへ宛てた手紙を訳すことにした。
 この非常に仲のいい兄弟が取交した手紙の数は厖大なもので、文庫に入れる関係上、適当に取捨する必要があった。それで本書は、兄が弟を訪ねて突如パリに現われた時から、アルルで画室を整備してゴーガンが来るのを待っている時期までを纏めてみた。」



本文中図版32点。


ゴッホの手紙 中 01


帯文:

「本巻は弟テオドル宛書簡六十通を収録。これは名作の製作過程を示し、美術観、ゴーガンへの友情等ゴッホの生活と信条の総てを語る。」


目次:

第四五九信
第四六二信
第四六三信
第四六四信
第四六六信
第四六七信
第四六八信
第四六九信
第四七〇信
第四七二信
第四七四信
第四七五信
第四七六信
第四七七信
第四八一信
第四八二信
第四八三信
第四八五信
第四八七信
第四八九信
第四九〇信
第四九三信
第四九六信
第四九七信
第四九九信
第五〇〇信
第五〇一信
第五〇三信
第五〇四信
第五〇六信
第五〇七信
第五〇八信
第五〇九信
第五一〇信
第五一一信
第五一二信
第五一四信
第五一六信
第五一九信
第五二〇信
第五二一信
第五二三信
第五二四信
第五二六信
第五二七信
第五二八信
第五三一信
第五三三信
第五三四信
第五三五信
第五三七信
第五三八信
第五三八信 a
第五三九信
第五四〇信
第五四一信
第五四二信
第五四三信
第五四四信
第五四五信

あとがき



ゴッホの手紙 中 02



◆本書より◆


「第四九〇信」より:

「この世だけで神を判断してはいけないとだんだんおもうようになった。世界は彼のしくじった試作なのだ。
 作者を愛していれば、失敗した習作でも――それほど非難せずに――黙って居るだろう、そうじゃないか。
 でも、もっとよいものを要求する権利はある。
 そこでわれわれは同じ作者の手で造られた他の作品を見ることが必要なのだ。この世は悪い時期にはしょって造られたか、やっていることが作者自身にわからなくなってしまったか、または冷静さを欠いてしまったのだ。
 伝説によれば、神は彼の支配する世界の習作に非常に苦労したそうだ。
 この伝説は真実を語っていると思う、しかし、その習作はいくつかの点で失敗している。でも、こういう誤りをするのは大家だけである。おそらくこれが最良の気安めだ。おまけにその時からわれわれには創造者のおなじ手から報(むくい)を受取る権利が生じている。(中略)そして来世でよりよい生活ができるのを望むことだけがわれわれに残されている。」



「第五〇〇信」より:

「日本人は素描をするのが速い、非常に速い、まるで稲妻のようだ、それは神経がこまかく、感覚が素直なためだ。」


「第五〇六信」より:

「汽車に乗ってタラスコンやルアンへ行くように、われわれは星へ行くのに死を選ぶのかもしれない。
 生きているあいだに星の世界へ行けないのと、死んでしまったら汽車に乗れないのとは、この推理のうち、たしかに本当のことだ。
 要するに、コレラや、砂粒状結石、肺病、癌が、汽船や乗合馬車や汽車が地上の交通機関であるように、天上の交通機関だと考えられないこともない。
 老衰で静かに死ぬのは歩いてゆく方だ。」



「第五〇九信」より:

「〈お菊さん〉を読んだことがあるかい。それによると、本当の日本人は壁にはなんにも掛けないらしい、僧庵やお堂には書があるだけで何一つない、『素描と骨董は抽斗のなかに隠してある』。ああ! こうやって日本美術を観賞しなくちゃ、見晴しの利く、なんにもない、明るい室で。」


「第五一〇信」より:

「僕の仕事はみんな、多少とも日本画が基礎になっている。」


「第五一一信」より:

「しかし、地球もまた一つの遊星だ、つまり天界の一つの星なのだということを忘れまい。しかもほかのすべての星もみんなおなじことだとしたら……あんまり愉快なことではない、どこまでいっても切りのない話だ。ところで、芸術には時間が必要だ。人間の一生以上に長く生きられたら悪くはないね。ギリシャ人や昔のオランダの巨匠たちや日本人が、別の星の中でその輝かしい流派の仕事をつづけていると考えるのは魅力的だ。」


「第五一四信」より:

「新しい画家たちは孤立していて、貧乏で、気違い扱いにされる、こうした扱いの結果、少くとも彼らの社会生活は、ほんとうの気違いになってしまう。」


「第五二七信」より:

「ゴーガンやベルナールは今、「子供の絵」のように描くことについて語っている。」


「第五三四信」より:

「僕は《夜のカフェ》の絵で、カフェとは人が身を滅ぼし、狂人になり、罪悪を犯すような場所だということを表現しようとした。要するに僕は、やわらかいバラ色に鮮血のような赤と酒糟色や、ルイ十五世時代風のやわらかい緑やヴェロネーズ緑などに、黄緑とかたい青緑とを対照させて、地獄の坩堝と青白い燐光の雰囲気の中に、居酒屋の暗い機能を表現しようとしてみたのだ。
 しかもこれを、日本的な陽気さとタルタランのばか正直さという形に包んでね。」



「第五三九信」より:

「僕の心を一番強く打ったのはジョットだ。いつも悩んでいて、それでいていつも慈愛と烈しさにあふれていて、まるではじめからこの世界とは別の世界に生きてでもいたようだ。
 それにジョットには何か異様なものがある。僕はダンテやペトラルカやボッカチオのような詩人以上にそれを感じる。」

「僕以前に誰かが暗示的な色彩ということについて語っているかどうか、それは知らないが、しかしドラクロアとモンチセリは語らずにそれを実践した。
 僕はヌエネンで音楽を学ぼうと空しい努力をした頃とおなじ状態にいる。すでにあの頃、僕はわれわれの色彩とワグナーの音楽との間に関連があると強く感じていたのだ。」



「第五四二信」より:

「日本の芸術を研究してみると、あきらかに賢者であり哲学者であり知者である人物に出合う。彼は歳月をどう過しているのだろう。地球と月との距離を研究しているのか、いやそうではない。ビスマルクの政策を研究しているのか、いやそうでもない。彼はただ一茎の草の芽を研究しているのだ。
 ところが、この草の芽が彼に、あらゆる植物を、つぎには季節を、田園の広々とした風景を、さらには動物を、人間の顔を描けるようにさせるのだ。こうして彼はその生涯を送るのだが、すべてを描きつくすには人生はあまりにも短い。
 いいかね、彼らみずからが花のように、自然の中に生きていくこんなに素朴な日本人たちがわれわれに教えるものこそ、真の宗教とも言えるものではないだろうか。
 日本の芸術を研究すれば、誰でももっと陽気にもっと幸福にならずにはいられないはずだ。われわれは因襲的な世界で教育を受け仕事をしているけれども、もっと自然に帰らなければいけないのだ。」

「僕は、日本人がその作品のすべてのものにもっている極度の明確さを、羨しく思う。それは決して厭な感じを与えもしないし、急いで描いたようにも見えない。彼らの仕事は呼吸のように単純で、まるで服のボタンでもかけるように簡単に、楽々と確かな数本の線で人物を描きあげる。
 ああ、僕もわずかな線で人物が描けるようにならなければいけない。」



「第五四三信」より:

「僕はただ誰かに、われわれの心を慰め落着かせるものを立証してもらいたい。われわれが自分を罪あるもの、不幸なものと感じることがなくなるように。そうして、われわれが孤独や虚無のうちにふみ迷うことなく、また一歩ごとに悪を怖れ悪に神経を立てることもなしに、生きて行けるように。またその悪が他人の上に落ちかかることを望むようなことがなくてすむように。
 あの変り者のジョットは、伝記の説くところによると、いつも悩んでいたが、それでいていつも熱情と創意に溢れていたという。どんな場合にも人を幸福にし愉快にし生き生きとさせるこの確信の境地に、僕も達することができたらと思う。」




こちらもご参照下さい:

『ゴッホの手紙 下 (テオドル宛)』 硲伊之助 訳 (岩波文庫)



































































『ゴッホの手紙 上 (ベルナール宛)』 硲伊之助 訳 (岩波文庫)

「建築のうちで、僕が最も立派だと思うのは、黒ずんだ暖炉のある苔むした藁葺屋根の家だ。だから僕は気むずかし屋なんだろう。」
(『ゴッホの手紙 上』 より)


『ゴッホの手紙 上 
(ベルナール宛)』 
エミル・ベルナール編
硲伊之助 訳
 
岩波文庫 青/33-553-1 

岩波書店
1955年1月5日 第1刷発行
1978年9月18日 第24刷改版発行
1979年6月20日 第25刷発行
205p 別丁口絵(カラー)1葉
文庫判 並装 
定価200円(☆☆)



本書「訳者のことば」より:

「この翻訳は、パリの画商ヴォラールによって一九一一年に出版されたエミル・ベルナール宛ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ書簡集の全訳である。なお、一九五二年から五四年へかけてヨハンナ・ヴァン・ゴッホ・ボンゲル夫人と、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ技師によって編纂されたオランダの決定版を参照して、前者の誤りを正した。」


Letters de Vincent van Gogh à Emil Bernard, 1911
本文中図版25点。


ゴッホの手紙 上 01


帯文:

「世の先入観や悪意と戦い画業に生命を燃焼し尽した天才の類まれな魂の記録。彼の良き理解者ベルナール宛書簡を収録。(全三冊改版)」


目次:

序文
一八九三年の序文
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホから弟テオドルに宛てた書簡集の序文
ゴッホ書簡集第一巻のための序文
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの手紙
 第一信
 第二信
 第三信
 第四信
 第五信
 第六信
 第七信
 第八信
 第九信
 第十信
 第十一信
 第十二信
 第十三信
 第十四信
 第十五信
 第十六信
 第十七信
 第十八信
 第十九信
 第十九信 a
 第二十信
 第二十一信

附録
 第二十二信

訳者のことば



ゴッホの手紙 上 02



◆本書より◆


「第五信 一八八八年五月下旬」より:

「僕は今一冊読み終ったところだ。マルキーズ諸島に関するものだが――あまり面白くもなかったし、うまく書けてもいなかった――土人部落の者を残らず殺戮(さつりく)したというはなしには胸を抉(えぐ)られた。人喰い人種が月に一回、人間を一人喰っていたからだそうだが、それがいったいどうしたというんだ!
 熱心なキリスト教徒である白色人種は、この野蛮行為?(実際にはあまり獰猛(どうもう)でないところの……)を終らせるために、人喰い人種に戦いをいどませて、互いに喰い殺させ、敵味方とも根絶させてしまったのは、あまりにも残酷だね。
 そのあと、この二つの島は併合され、島全体は喪に包まれたという。
 入墨をした人種、黒人やインディアンなどは、次々に滅亡するか堕落してしまう。そしてアルコール瓶と梅毒を持ったむごい白色人種は、いつになったら満足するんだろう。偽善と強欲と非生産的な身の毛もよだつ白色人種。
 野蛮人たちはやさしく愛情に溢れていたのだ。」



「第七信 一八八八年六月下旬」より:

「ああ! たしかに(中略)ユイスマンの〈世帯もち〉にあるように、一番美しい絵は寝床のなかでパイプをくゆらしながら夢みて、決して実現しない画だ。」


「第十四信 一八八八年八月初旬」より:

「僕はジョットに関する次の逸話が好きだ。あるとき聖母の像かなんかを描く懸賞募集があったそうだ。無数のプランが当時の美術局へ送られた。そのうちの一つにジョットと署名してあって、卵のような楕円形が一つ描いてあった。当局では、はじめ当惑したそうだが――彼を信頼して――とうとうジョットに聖母の製作を依頼したそうだ。この噺(はなし)の真偽はとにかく、本当に愉快な逸話だ。」


「第十五信 一八八八年八月初旬」より:

「僕は人物をかきたい、人物を、もっともっと描きたい。人間という二足獣の連作を、赤ん坊からソクラテスまで、白い肌の黒髪の女から日焼けした煉瓦色の顔の黄色い髪の女まで描きたい衝動にかられている。」


ゴッホの手紙 上 03




こちらもご参照下さい:

『ゴッホの手紙 中 (テオドル宛)』 硲伊之助 訳 (岩波文庫)




















































































清水徹 『書物について ― その形而下学と形而上学』

「シュレーゲルの考える断章は「小さな芸術作品」のようではあるが、それはけっして完成を意味しない。「はりねずみ」のように刺々しく、あるまとまりでありながら、完結性、全体性というものから切りはなされているばかり、ほとんどそういうものを排除するような孤絶性をそれは示している。だからこそ彼らは、そういう自分たちの表現形式を命名するために、(中略)「アフォリスム」とか「マキシム」という語を用いず、語源的に「細かく砕かれたもの」を意味する「断章=断片」“Fragment”という語を選んだ。「断章=断片」という語のもつ否定性をそのまま維持しながら、積極性へと逆転させようと考えたのである。」
(清水徹 『書物について』 より)


清水徹 
『書物について
― その形而下学と形而上学』


岩波書店 
2001年7月25日 第1刷発行
vii 382p 口絵(カラー)ii 
20.5×15.5cm 
角背紙装上製本 プラカバー 
定価4,600円+税 
装丁: 中島かほる 
表紙絵: ボッティチェルリ「マグニフィカトの聖母」ウフィツィ美術館



本書「はじめに」より:

「わたしがここで試みようとしているのは、まず書物を物体として捉えたうえで、これまでのさまざまな書物論や書物史や書物文化史、そしてまたいろいろな文学作品を踏まえながら、わたしたちが、テクストではなく《書物》という物体に、どのような夢とどのような機能とを託してきたかという問題を、《書物》をめぐる《想像的なもの》のありよう、《書物》のもつ神話的価値の変遷、そして、《書物》の形而上学(テクストの志向するものを含む)などの視座から探ることである。」
「わたしがここで探ろうとしているのは、書物の物質性と書物の発信する情報とを不可分のものとした上で、いわゆる書物の「内容」なり「主題」なりと、すくなくともその基礎において溶けこんでいるもの、長い歴史のあいだに書物という物体そのものにあたえられた価値だ、と言いかえてもいいかもしれない。」
「なお、以下においてはヨーロッパにおける《書物》が中心となるだろう。それはわたしがフランス文学専攻の徒であり、書物の形而下学と形而上学という問題に関心をもつようになったのも、ステファヌ・マラルメの撰文集『彷徨妄語(ディヴァガシオン)』と、ミシェル・ビュトールのいくつかの作品を読んだことがきっかけとなったからである。本来なら、ヨーロッパにおける《書物》といろいろな意味で対照的な日本における《書物》についても論じるべきであろうが、わたしにはそのための充分な準備がなかった。」



カラー口絵は「ベリー公のいとも美しき聖母時祷書」、「USA 76 アメリカ合衆国建国200年記念キット」(ジャック・モノリ)。
本文中図版(モノクロ)多数。


清水徹 書物について 01


帯文:

「書物/本とは……、
ほんとうに
ただものではない!」



帯背:

「もの
としての本」



帯裏:

「いつも手元にあって慣れ親しんでいる本/書物。書物とは何だろうか? 「もの」としての書物が世に現れて、現代に至るまでその身につけてきた特質とそのありよう。書物という物体とその内容をなすものがひとつに溶けこんだ相において自在に語られる「書物への夢 夢の書物」。
その考察はおのずとヨーロッパ精神史を飾る多くの詩人、作家、思想家たち――マラルメ、ユゴー、ダンテ、プラトン、ビュトールら――の書物との関わり、文人たちの測り知れない書物への想いへと及んでゆく。……そして今!」



目次:

Ⅰ 書物の考古学
 書物の誕生から確立へ
  書物の起源
  ページの成立
  口頭言語から書物へ
  図書館の誕生
  神話としてのアレクサンドリア図書館
 象徴としての書物
  古代オリエント世界、あるいは書物と死
  旧約聖書の世界における書物
  聖書による戴冠
 コデックス革命
 《書物》の達成
  『神曲』における《書物》の達成
  美しい書物

Ⅱ 近代性と書物
 グーテンベルク革命
  グーテンベルク革命
  ユゴーの幻視
  「毒」としての活字印刷
 図書館をめぐる想像界(イマジネール)――バベルの影――
 《書物》と文学的絶対――『アテネーウム』誌グループ――
 バベルの影のもとに
  第二の印刷革命
  シャルル・ノディエと《書物》へのアイロニー
  古書ブームとノディエ
  ヴィクトル・ユゴーと書物幻想

Ⅲ マラルメと《書物》
  書物の物体性への関心
  活字と版画
  襞・折り目
  挿絵入り豪華本をめぐって
  《書物》の神話
  ふたたび、襞、折り目
  公衆への呼びかけ
  書物としての劇場
  書物における音楽
  書物とバレエ
  『賽の一振り』について
  断章性・未完結・多義性
  《究極の書物》

Ⅳ バベルのあと
  新たな地殻変動
  ミシェル・ビュトールの位置
  書物における非連続
  《文庫本》論争
  《リーヴル・ダルチスト》、或は書物の物質性と視覚性
  そして、いま


あとがき



清水徹 書物について 03



◆本書より◆


「象徴としての書物」より:

「こうした「ピラミッド・テクスト」や「死者の書」を書いた古代エジプトの書記と、ずっとあとの近世以後における作家とは、ともに、死とエクリチュールとの深い関係において、同じ位置にいると言えるだろう。古代エジプトの書記は、生と死とをへだてる境界を超えて、生を死へと連続させるために「死者の書」を書いた。それは、死を断絶とは見ず、死を押しのけようとする試みであると同時に、生のなかに死を導きいれようとする試みとも見える。死を生へと転位させるのか、生を死へと転位させるのか。いずれにせよ、そこには何か奇妙にねじれた二重性のようなものがある。というか、この「転位」は治療なのか殺害なのか、そこに介入するのは毒なのか薬なのか?
 この奇妙な二重性は、デリダが精妙な手つきで分析した、エジプト王にトート神のささげる文字の、「パルマコン」としての奇怪な多義性と、あざやかに照応する。文字は「薬、毒、媚薬、魔力、治療法」という役割を演じる。文字は記憶の助け、記憶への薬の役割を果たすと同時に、記憶力にとっての毒、記憶力を殺すものでもある。
 古代エジプトにおけるような冥界への信仰が薄れ、死を生からへだてる境界の厳然たる乗り越え不可能性がつよく意識されてゆくようになっても、文字は「パルマコン」としての対立する性質を変わらずに保ちつづけてゆく。死の世界へと去った人びとの残した囁き、嘆き、喜びを、消えてゆくままにまかせず、のちに来る者たちに伝えようとする意志、そうやって生と死とをへだてる境界を無くそうとする希望が、著述家に託されるだろう。生を死からへだてる境界にこだわり、生と死とをへだてる境界を「書く」という行為で乗りこえようとする意志は、ふつうの個人の地平においても認められるものだ。何か大切だと思うことを死後につたえるため、自分の個体としての限界のそとに残すために、ものを書く。いまそれを書かなければ、明日は自分が死んでいるかもしれず、あるいは生きていても忘れてしまうかもしれないから、いま書いておく。そんなふうに、自分のなかに、あるいは自分のまわりに、たえず死の脅威を感じながら、それに抵抗し、それを押しのけるために書く。
 よく言われるように、作家はあの『千一夜物語』の語り手シャハラザードに似ている。夜のあいだシャハリヤール王に物語を語るシャハラザードは、もしかしたら(中略)夜明けとともに殺されるかもしれない。そういう夜の闇の時間の恐怖のなかに生きながら、語りつづけることで、死を遠のけてゆき、そのことがもしかしたら語り手のまわりの世界にもいくばくかの明るさをもたらすことになる。いや、ただたんに死から束の間のあいだ逃れるというだけではなく、より本質的には、闇のなかで語りつづけること、死の空間のなかで書くことが、語られたもの、書かれたものそれ自体のなかに、何らかの変質をもたらさずにはおかないだろう。モーリス・ブランショははっきりとそういう変質に、「文学の誕生」を見る。このように死とエクリチュールとの関係は、自覚的な作家の意識の基底部をなしているはずであり、こうして《書物》はその誕生のときから、死に浸されていると言ってもいいのである。」



「《書物》と文学的絶対」より:

「もしも神的な秩序への信頼にひびがはいり、中世風の調和に安住できなくなったという意識が《近代》であるならば、シュレーゲルはまぎれもない《文学的近代》を明確にしるしづけた。そして、そのようにして神的なものとのあいだに否応なしに内的距離を生じさせてしまった意識が、なお《絶対》を希求するとき、それは、けっして到達されることのない探索、無限なる道程、ついに未完結としてある作品というかたちをとるだろう。」

「ドイツ文学に昏いわたしがあえてシュレーゲルと《イエナ・ロマン派》をもちだしたのは、とりわけシュレーゲルとノヴァーリスによって輪郭づけられた理論布置のなかで、《書物論》のもっとも重要な要素である《至高の書物》ないしは《象徴としての書物》の観念が、改めて《近代》の光をあびて大きく浮かびあがっているからである。《書物論》という視野のなかに置きなおしてみると、キリスト教の聖書からダンテの『神曲』に到るまでのあいだで確立された《至高の書物》という考え方が、十八世紀末~十九世紀始めというヨーロッパ史のいわば分水嶺をなす時点で、シュレーゲルとノヴァーリスとによって《近代》へと転位され、はっきりと新しい意味づけがなされた。
 シュレーゲル-ノヴァーリスの《書物論》の主軸のひとつは《断章》の観念である。」
「《イエナ・ロマン派》の人びと、とりわけシュレーゲルとノヴァーリスは、表現の凝縮性、文体の鋭利、表出される思考の辛辣などを超えて、断章に独自の価値をあたえた。

   私は、私自身の全体、全体的な私に関して、断章の体系以外のいかなる標本もあたえることはできない。なぜかというと、私自身が断章の体系そのものなのだから。
   〔一八九七年十二月十八日付、兄アウグスト宛の手紙〕

 実際、彼らの著作のなかには断章という独特な形式が、(中略)かなり多くの量を占めている。だがそれらの断章は、いろいろなところで発掘されたり発見されたりする古代の作品のかけらのように、ある作品が崩壊して切れ切れの部分が断片として残ったというのでもなく、またパスカルの『パンセ』のように、何かある巨大な制作意図が途中で作家の死などの理由から完成に到らず、断片的なかたちで残ったものというのともちがって、言説としての展開と発展をはじめから拒否し、いわば凝縮した思弁として放りだされたような言語表現形式なのである。」
「シュレーゲルはこんなふうに言う。

   古代人のいくつもの作品が、いまでは断片と化してしまった。近代人の多くの作品は、誕生においてすでに断片である。
   〔『アテネーウム断章』二四〕

 言説が有機的な展開をへて完成へと到るという可能力をはじめからもたず、あるいはそれを否定するような何ものかをみずからのうちに含んでいるために、はじめから断章というかたちをとる。――そういう性格をもっともたくみに喚起しているとして、しばしば引用される断章。

   ひとつの断章とは、ちょうどひとつの小さな芸術作品のようなもので、周囲の世界から完全に切りはなされていて、しかもそれ自身として、はりねずみさながらのかたちで完全なものでなければならぬ。
   〔『アテネーウム断章』二〇六〕」

「シュレーゲルの考える断章は「小さな芸術作品」のようではあるが、それはけっして完成を意味しない。「はりねずみ」のように刺々しく、あるまとまりでありながら、完結性、全体性というものから切りはなされているばかり、ほとんどそういうものを排除するような孤絶性をそれは示している。だからこそ彼らは、そういう自分たちの表現形式を命名するために、この種の簡潔な言語表現を指示する言葉としてその当時すでにあった「アフォリスム」とか「マキシム」という語を用いず、語源的に「細かく砕かれたもの」を意味する「断章=断片」“Fragment”という語を選んだ。「断章=断片」という語のもつ否定性をそのまま維持しながら、積極性へと逆転させようと考えたのである。」



「あとがき」より:

「こどものころから本を読むことはまあ好きだったが、よく考えてみると、本を読むことより本を買うことのほうがもっと好きだったような気がする。本についてのもっとも鮮明でもっとも早い記憶のひとつは、たぶん十歳前後のころ、はじめてひとりで電車にのって本を買いにいったときのことである。そのころ東京の下町に住んでいたわたしは、家の近くから当時の市電にのって、(中略)駿河台下の三省堂書店まで行って、あれこれと眺めてから握りしめていったお小遣いで何か一冊を買った。お目当ての本、読みたい本を買うという行為それ自体もうれしかったが、それにもまして本を自分の所有物として手にもって帰ってくるという快感はたとえようもないものであった。そうやって買った本はいろいろと記憶に残っているが、なかでも忘れられない本、もっとも愛読した本は、澤田謙というひとが書いた『プルターク英雄伝』である。焦げ茶色のクロース装の表紙の手触りまで覚えている。いったい何度読み返したことだろう。とうとう最後にはばらばらになり、消滅してしまった。
 もちろん、《書物論》というようなものを考えるようになったのは、ずっとあと、フランス文学の勉強をはじめ、マラルメやビュトールを読みだしてからのことである。(中略)あるときビュトールが『物体としての書物』という評論を寄稿していたので興味をそそられてページを開いて愕然とした。この雑誌では各論文の冒頭に、そこで対象とされている書物名が列挙されている。ビュトールの評論で対象として掲げられているのは、何と、いわく――テオクリトス『田園詩』、『ラブレー全集』、バルザック《人間喜劇》プレイアード版第四巻、『ルイス・キャロル全集』、『マラルメ全集』、そしてディラン・トマス『全詩集』というものである。(中略)彼としては、書物の物体性、ページのうえの活字配置など、ほとんどだれも論じない主題を扱おうとして、その問題を考えさせる著作をずらりと並べたのだった。
 愛読し翻訳もしていたビュトールがマラルメを論じているというので早速読みだした。するとまたも驚くべきことに、本来一本の線である文章を適当な長さに切って並べたのがページの始まりだとか、名辞を列挙するときにはラブレーがやっているように、叙述のなかにつづけて書くのではなく、その名辞だけを縦に並べるのが読みやすいばかりか、それが列挙であることが明瞭になるとか、もっぱら書物の形而下的面ばかりを論じていた。はじめてわたしは、書物の物体性を考え直さねばならぬことを教えられたのだった。これがこの本の起源である。」















































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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