加藤郁乎 『エトセトラ』

「人間が人間に三行半を突きつけたことはごまんとあっても、にっこりしながら人間離れしていったケースはそうざらにありませんね。」
(加藤郁乎 『エトセトラ』 より)


加藤郁乎 
『エトセトラ』


薔薇十字社 
1973年1月29日 初版発行
237p 後書3p 
A5判 角背紙装上製本 貼函 
定価1,600円
装幀: 斎藤和雄



「後書」より:

「この小説は「海」の昭和四十六年七月号、十二月号、四十七年の六月号に発表された。」


加藤郁乎 エトセトラ 01


加藤郁乎 エトセトラ 02


目次:

エトセトラ
 1
 2
 3

後書



加藤郁乎 エトセトラ 04



◆本書より◆

 
「あらゆる日々のなかで最も無駄になった日は、
われわれが笑うことのなかった日である。
          シャンフォール」



「現実に先立ってゆく思い出のなかを、尾を頭にして進む渡り鳥のひと群れが眺められた。彼女たちは明らかに末来方向から立ち戻ってきて、いま、過去的現在の罠の方へ逆進化しつつあるのだ。そして、はるかな連峰の果てに沈んだ筈の太陽がまたしても姿を現わしてきて、あたり一帯を芝居気たっぷりな明るさのアンコールで湧き返らそうと企んでいる。この土地では太陽でさえもが素直に沈み兼ねて、万物流転の約束をおもちゃ扱いにしているのだった。未練がましく、しかも魅力たっぷりに追いかけてきながら別れを呪う地平線を振り切ろうとして、私はコンパートメントの窓の覆いを下ろした。ひとつの晴れがましい表面との境界が断ち切られたと思ったのも束の間、私のなかで新たな思い出を横切ろうとするエディプスが見えない眼をさましたのだった。そのとき、汽車はかなりな勾配の坂道を登りはじめていたらしく、私はといえば、女たちの背中のような勾配を持った間道の方へくだっていったのである……
 物語向きの堂々めぐり的な語り手の私と、自己滅却的な読み手である私とがするりと入れ替ったりして、私という狂言廻しが曖昧な何者かになったりするのはままあることだが、できることなら、私と前後する私に一向に無関心な世界の原っぱはないものだろうかと思いながら、眠りに落ちた。」



加藤郁乎 エトセトラ 03






















































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加藤郁乎 『俳諧志』

「花と花さはりてきくのこぼれ哉」
(三浦樗良)


加藤郁乎 
『俳諧志』


潮出版社 
昭和56年7月15日 印刷
昭和56年7月25日 発行
629p 
四六判 丸背布装上製本 貼函 
定価3,800円
装幀: 田村義也
装幀原画 提供: 日本橋「竺仙」



本書「小序」より:

「本書はすすめられるまま、公明新聞に「俳諧漫筆」と題して昨五十五年一月一日号より隔日一年間にわたり連載した。」


加藤郁乎 俳諧志 01


帯文:

「古今の代表的句文と人物を網羅した考証ずいひつ
本書は、近代俳句の源流を従来の俳諧通史にとらわれず、著者独自の見識で読みやすくまとめあげた俳諧史である。」



加藤郁乎 俳諧志 02


目次:

小序

飯尾宗祇
山崎宗鑑
荒木田守武
松永貞徳
安原貞室
立圃と重頼
北村季吟
石田未得
西山宗因
井原西鶴
池西言水
山口素堂
松尾芭蕉
榎本其角
服部嵐雪
向井去来
内藤丈草
杉山杉風
野沢凡兆
広瀬惟然
許六と支考
越智越人
天野桃隣
秋色
斯波園女
立花北枝
志太野坡
坪井杜国
岡田野水
山本荷兮
上島鬼貫
小西来山
千代尼
水間沾徳
松木淡々
炭太祇
与謝蕪村
建部涼袋
高井几董
加藤暁台
横井也有
三浦樗良
松岡青蘿
加舎白雄
大島蓼太
大伴大江丸
五升庵蝶夢
上田無腸
山崎北華
夏目成美
建部巣兆
鈴木道彦
松窓乙二
吉川五明
井上士朗
馬場存義
佐藤晩得
酒井抱一
高桑闌更
成田蒼虬
桜井梅室
田川鳳朗
宮本天姥
西村定雅
小林一茶
八朶園寥松
士由と芝山
高柳荘丹
茂呂何丸
原田曲斎
桜井蕉雨
鶴田卓池
中島秋挙
細木香以
井上井月
俳諧職人尽
富士の句
俳書目
種彦の俳書目
遊女俳人奥州
禅僧と俳諧
外来語二三
款冬のこと
こんにゃく
銭龍賦
俳諧よからず
門外俳句
その父と梨一
おし鮨
くせものがたり
俳人紀文
桃林堂
年の暮
俳諧御慶

索引



加藤郁乎 俳諧志 03



◆本書より◆


「小序」より:

「四季の別いちじるしく、それぞれの風趣景物に恵まれてきた日本人はいまになお、月を見、花を思うのこころを失い忘れていない。そして、花鳥風月を愛する風流心の絶えぬ一方、滑稽また諧謔をこのむいわば俳おどけごころの折ふし働いてあるのも周知のことであろう。
 俳諧之連歌つまり滑稽の連歌に発した俳諧この一筋の道の成り立ち、その経緯のありようを問わず知らずに子規以降のいわゆる俳句をのみ採り上げ云々するのはそれこそ滑稽というべく、根拠薄弱無分別の俳句批判が蒸し返し取沙汰される所以、ゆえなしとしない。
 「俳諧は面白きことある時興に乗じて言ひ出し、人をも喜ばしめ我も楽しむ道なれば、治れる御代の声とはこれをいふべき也」とは貞徳がその式目書『御傘』の序に述べるくだり、しかし、その翌年(慶安五年)に刊行の『守武千句』には「俳諧とてみだりにしてわらはせんとばかりは如何、花実を具へ風流にして、しかも一句正しく、さておかしくあらんやうに世々の好士のをしへ也」などとしたためられた自跋が見える。すでに早く、ここには蕉風俳諧に説かれ唱えられゆく正風のさきがけ覚悟のほどがあたためられ、宗鑑の『犬筑波集』からかぞえてもわずか五百年たらずの俳諧史ながら探れば探るで興深く奥深い。俳諧は遊戯にすぎぬと片つける傾向附会はいまに決してすくなくないものの、その大方がひとり芭蕉をのみ別格扱いとしているのはおもしろいではないか。「俳諧の益は俗語を正す也」あるいは「俳諧は三尺の童にさせよ」と『三冊子』は伝えてあるが、談林調に興じ遊里に通じていたであろう人間芭蕉をうかがい解するなどにより、それらはさらに親しく真趣味をいや増す俳言句々となるに相違ない。
 「此道に古人なし」と伝えられる翁の一句は俳士諸家の遺響に接する上で格別銘記されてよく、ひいては現代の俳句を語るおりおり、源流その初心忘るべからざる俳諧的のこころざしとして景仰されるべき好文字ではあろう。」



加藤郁乎 俳諧志 04











































加藤郁乎 『江戸俳諧歳時記』

加藤郁乎 
『江戸俳諧歳時記』


平凡社 
昭和58年6月28日 初版第1刷発行
603p 
A5判 丸背布装上製本 貼函 
定価4,700円
編集協力: 小倉一夫
装幀: 山崎登
図版提供: いせ辰



本書「凡例」より:

「一、本書は主として江戸の俳書より例句を選んで引用したが、江戸以外の地での板行俳書からも江戸に関係のある句を拾い出した。
一、例句はその大方を初出のかたちで収録しているが、たとえば、也、哉などはそれぞれ、なり、かな、と表記を改めている。また、例句および季題解説に注記の番号を振り宛て、地名、町名、社寺名、河川橋梁などをそれぞれ摘記解説した。また、注記のくだりには江戸雑書随筆より適当と思われるおもむきの類書文章を引き、考証を兼ねた参考資料とした。
一、季題解説には従来の季寄せ歳時記より解説記事を参照の上それぞれ抄記しているが、このほか、江戸俳諧にふさわしいと考えられる関連作品、たとえば和歌、狂歌、川柳、江戸音曲また黄表紙、洒落本、落語などから適宜引用しては関連項目の補足とした。
一、江戸時代の雑書には同種同趣向の記事が重複して出てくる例がすくなくないが、俳書にも同じ作家の句が俳号の改めようなども含めて異なったかたちで採られている場合があり、気づいた範囲内でそれらの異同にふれた。一往の目安として、巻末に主要参考文献の書目を略記した。」



加藤郁乎 江戸俳諧歳時記 01


加藤郁乎 江戸俳諧歳時記 02


目次:


凡例

新年
 時候
  初春
  新年
  正月
  睦月
  今年
  元日立春
  元日
  二日
 天文
  初空
  初日
  初霞
 地理
  若菜野
 人事
  若水
  子の日の遊
  具足餅
  門松
  注連飾
  蓬莱
  喰積
  掛鯛
  屠蘇祝ふ
  雑煮祝ふ
  太箸
  御慶
  年玉
  寶船
  書初
  七種
  薺打つ
  若菜摘
  店卸
  餅花
  削掛
  粥の木
  水祝
  薮入
  萬歳
  猿廻し
  鳥追
  傀儡師
  着衣始
  初湯
  羽子板
  凧
  寶引
  初芝居
  初夢
 宗教
  歳徳神
  鷽替
  初閻魔
 動物
  嫁が君
 植物
  橙
  野老
  福壽草
  若菜
  薺


 時候
  春
  立春
  餘寒
  きさらぎ
  彼岸
  春の暮
  春の夜
  朧月夜
  長閑
  日永
  遅日
  田鼠化して鴽と爲る
  暮の春
  行く春
  三月盡
 天文
  春の日
  春の月
  朧月
  朧
  春の風
  春の雨
  春雨
  花の雨
  春の雪
  霞
  陽炎
 地理
  春の野
  春の水
  水温む
  春の海
  潮干潟
  苗代
  雪解
 人事
  曲水
  初午
  御事納
  出替
  寒食
  雛市
  雛祭
  草餅
  白酒
  爐塞
  種蒔
  接木
  野老掘る
  春鱚釣
  汐干狩
  摘草
  梅見
  花見
  櫻狩
  凧
  春の夢
 宗教
  涅槃會
  佛生會
  梅若忌
 動物
  猫の戀
  鮭
  百千鳥
  鶯
  雉
  雲雀
  燕
  歸る雁
  櫻鯛
  白魚
  桺鮠
  小鮎
  馬蛤貝
  馬珂貝
  蜆
  田螺
  蝶
 植物
  梅
  紅梅
  椿
  初櫻
  櫻
  花
  山櫻
  海棠
  躑躅
  藤
  山吹
  桃の花
  桺
  菜の花
  若草
  土筆
  海苔


 時候
  夏
  入梅
  水無月
  短夜
  土用
  暑し
  凉し
 天文
  雲の峯
  風薫る
  卯の花腐し
  五月雨
  虎が雨
  夕立
  五月闇
  日盛
 地理
  夏の山
  靑田
  清水
 人事
  冰室
  嘉定喰
  幟
  菖蒲刀
  更衣
  夏衣
  袷
  粽
  鮓
  甘酒
  振舞水
  心太
  沖膾
  竹婦人
  蚊帳
  蚊遣火
  扇
  團扇
  蟲干
  田植
  早乙女
  納涼
  酒中花
  汗
 宗教
  祭
  富士詣
  江戸山王祭
  御祓
  安居
 動物
  蝙蝠
  時鳥
  郭公
  翡翠
  水鶏
  鮎
  初鰹
  鰹
  鰺
  螢
  蝉
  蚊
  蠛蠓
  蝸牛
 植物
  牡丹
  紫陽花
  柚の花
  若葉
  木下闇
  若楓
  卯の花
  合歓の花
  若竹
  燕子花
  白菖
  鳶尾草
  向日葵
  罌粟の花
  百合の花
  筍
  瓜
  夕顔
  蓮
  茄子
  晝顔
  河骨
  藻の花
  萍


 時候
  秋
  初秋
  文月
  立秋
  今朝の秋
  新涼
  八朔
  秋の暮
  夜長
  夜寒
  行秋
 天文
  月
  三日月
  待宵
  名月
  十六夜
  後の月
  天の川
  秋風
  野分
  稲妻
  霧
  露
 地理
  秋の野
  花野
  花畠
  初潮
 人事
  重陽
  硯洗
  七夕
  星合
  牽牛
  織女
  草の市
  刺鯖
  新酒
  新米
  夜蛤
  新蕎麦
  燈籠
  砧
  踊
  相撲
  花火
  月見
 宗教
  芝神明祭
  神田明神祭
  盂蘭盆會
  魂祭
 動物
  鹿
  鵙
  鶺鴒
  鴫
  雁
  鱸
  鯊
  蜻蛉
  蟲
  蟋蟀
  螽蟖
 植物
  木犀の花
  柹
  紅葉
  初紅葉
  桐一葉
  芭蕉
  蘭
  朝顔
  酸漿
  菊
  西瓜
  唐辛
  稻
  稻の花
  唐黍
  草の花
  末枯
  萩
  芒
  尾花
  荻
  桔梗
  千屈菜
  女郎花


 時候
  冬
  神無月
  冬至
  師走
  年の暮
  行く年
  大晦日
  年の夜
  寒し
  凍る
  年内立春
 天文
  冬の月
  凩
  初時雨
  時雨
  霰
  霜
  初雪
  雪
 地理
  冬の山
  枯野
  霜柱
  冰
  冰柱
 人事
  亥の子
  髪置
  袴着
  事納
  年の市
  煤掃
  節季候
  衣配
  餅搗
  餅花
  年忘
  寒聲
  豆打
  紙衾
  蒲團
  紙子
  頭巾
  足袋
  河豚汁
  淺漬
  納豆
  冬籠
  炭
  埋火
  炭賣
  炬燵
  火桶
  火鉢
  爐開
  口切
  大根引
  干菜吊る
  鷹狩
  網代
  雪見
  顔見世
  雪遊
 宗教
  神の旅
  恵比須講
  鞴祭
  酉の市
  里神樂
  年籠
  十夜
  御命講
  臘八會
  寒念佛
  達磨忌
  芭蕉忌
 動物
  鷹
  笹鳴
  鷦鷯
  水鳥
  鴨
  鴛鴦
  千鳥
  鳰
  都鳥
  鰤
  鮟鱇
  河豚
  海鼠
  牡蠣
 植物
  冬の梅
  歸花
  冬牡丹
  山茶花
  木の葉
  落葉
  寒菊
  水仙
  葱
  大根
  枯芒

主要参考文献



加藤郁乎 江戸俳諧歳時記 03


本書「序」より:

「江戸風流を語って江戸俳諧にふれずでは片手落ち、不風流没趣味にすぎよう。狂歌川柳あるいは雑俳狂詩、あるいは洒落本戯作また歌舞伎狂言などとひとしく閑言語による話題をにぎやかに豊かにしてきた江戸俳諧だった。しかし、周知のように、江戸座をはじめとして洒落風、化鳥風、そして四時観や五色墨ほかの流派が対立入り乱れ、八百八町のたとえよろしく横丁の点者の数ほども分かれふえつづける江戸俳諧とは、何やら掴みどころない胡乱のものといった印象不名誉に埋もれかけていたのもたしかである。それぞれの流派内での俳事句筵がさりげなく控え目にしるされる一方で、他派への批判は俗悪生言野暮むき出しの論難ごかしに終始、片贔屓に傾きやすい党同伐異のやりとりは心ある風流子俳家の眉をしかめさせるばかりだったに相違ない。上方に興った貞門談林の風をうけて独特の俳味逸興をさらりとひねり示したいわば江戸前の俳諧も見られたことだったが、いかさま、大方はてんでんばらばら消閑一時のよしなしごと、通者めかし、遊俳烏集のまじわりをもてはやし冥々裡に迎え容れた恰好だった。しかし俗塵に染まらず聞達を求めず、風流雅境に遊ぶ俳人がそれほどすくなかったわけではなく、草庵また市井に隠れ勝ちの人物俳諧師を探るのはひそやかに胸おどる楽しみ、いまにのこされた俳諧研究くさぐさのうちでも唯一最大のよろこび快事であろう。
 これまでの芭蕉中心、いや、芭蕉偏重にすぎる俳諧研究談義の姿勢では江戸俳諧の再検討に不向き、深川のあら物ぐさの翁みずからは江戸寄留者のひとりにすぎぬと合点納得した上でないと素堂、杉風、其角、嵐雪そのほかの風流子の夙志吟骨を素直に見て取ることがむつかしくなる。たとえば風流第一人、晋其角は決して蕉風その下風に立つひとでない。江戸俳諧の心意気ともいうべきいさぎよい坦懐洒落また滑稽真趣味を淡々吐いて示したことでは師翁芭蕉をはるかにしのぎ、禅道などの助けを借りず風流篤厚の俳一義に徹した一事でも江戸生まれの晋子はその器量清識ともに衆にすぐれ、地方出身者の多かった蕉門のうちでは他にぬきんでて諧謔を愛し江戸俳諧の正風また骨頂をじつにはっきりと伝え印していよう。芭蕉を慕った其角および江戸座の連衆社中は言うに及ばず、江戸俳諧の大方が翁の流風余韻を仰いでいるものの、これと芭蕉中心に傾き述べられてきた江戸俳諧の諸論とをごっちゃまぜにしてはなるまい。よし、芭蕉の江戸寄留をなかったものとして、江戸俳諧本来のおもしろさはさらに一向変わるものではない。
 俳諧最初の季寄せ『はなひ草』はもとより『毛吹草』あるいは『御傘』などそれらのほとんどは京都の板になり、馬琴の『俳諧歳時記』その『深草』に至るまで歳時記のことごとくは俳諧全般にわたる季寄せの集大成あるいは略述抄記であり、江戸俳諧のみを扱ったそれは皆無である。不角、沾凉それぞれの熱心家により『再訂江戸惣鹿子』『江戸砂子』正続が編まれてはいるものの、いわば江戸案内、江戸百科にひとしく重宝がられたであろう江戸俳諧のみの歳時記は一本として見られない。子規以降、新しい編纂趣向立による歳時記が幾種類となく編まれてきたが、やはり江戸俳諧のみを対象としたそれは絶無沙汰なしで今日に至っている。他方、川柳の方面では今井卯木氏の『川柳江戸砂子』をはじめとして西原柳雨氏の『川柳江戸歌舞伎』『川柳江戸名物』ほかの好著が編まれているにもかかわらず、俳諧江戸砂子のたぐいがさっぱりまとめられないことはなんとも腑に落ちず、この二三年来、非力をかえりみず江戸俳諧歳時記を自分なりに編んでみることにした。江戸の俳書類から例句を選び引いただけでは句意不明の部分もすくなからず、町名、人名、社寺名そのほかには注記を加え、江戸雑書随筆などから好話柄奇談を拾い抄出するなどして地誌そのほかにいちいち当たり直す煩わしさを一往は省いたつもりである。なお、疎漏、とりおとし、至らぬ点については読者諸賢大方の御寛恕を請う次第である。
 改めて言うまでもないことだが、江戸俳諧はあらゆる年中行事、歳時景物、すなわち江戸の事物百般もろもろとすこぶる密接のかかわり合いをもっており、別して、川柳狂歌などに採り上げられる諸景物とは格別結構の吟味また対応がなされている。たとえば、北里温柔郷における新五左浅黄裏また見物左衛門のおかしみをあげつらうのはただに川柳雑俳狂歌の畠にかぎらず、江戸俳諧のあしらいようもどうしてなかなかのもの、雨意雲情、宵越しの銭を持とうとしない江戸者の気組をうがちあらわした句にも再考三誦、深長の粋藻を隠しからませた佳吟がすくなくない。歳時記の楽しみは折ふし行きあたりばったりに繰っては、吟風弄月、洒落々々の気分にひたるあたりにあろう。たかだか三百年五百年の江戸俳諧、文章一小伎やら浮雲朝露の不作話をごったまぜとした歳時記ながらどことなく憎めない風流句に頬ゆるませ、往時の珍膳好下物に生唾のみこみ一杯呼ぶのも一興だろう。江戸俳諧を抜きにして、現代の俳句は言わずもがな、当世風の詩歌またパロディ物を喋々弁ずるのはそれこそ奇々妙々、滑稽の極みと言うべきか。」



加藤郁乎 江戸俳諧歳時記 04

















































『現代詩文庫 45 加藤郁乎詩集』

「ある種の言葉のデペイズマンの上にラップ現象があるのが判ったのは、戦後になって自作の俳句などを祝詞のように誦み返していたときだった。コックリさんやお筆先などの超心理学的な言語遊戯と仲よくなったのは、七五調のふるさとを脇に見ながら横に胴長な自由詩無宿にヤサぐれしてからだった。当世風にいう意識の流れなんかは、自分にとっては横の流れの神楽歌のパロディであるにすぎない。だからノストラダムスの超三段論法式なカトランの遺言を、いきおい四段論法か何かで執行するのは自分の雜務であると書いたりしてきた。」
(加藤郁乎 「自分よ、お前は…」 より)


『現代詩文庫45 
加藤郁乎詩集』


思潮社 
1971年10月20日 第1刷
1982年10月1日 第7刷
168p 
四六判 並装 ビニールカバー 
定価780円



加藤郁乎詩集 01


加藤郁乎詩集 02


目次:
 
句集〈球體感覺〉全句
 海市祭
  像
  不在
  GALA
  原語科
  巣
  無弦
  咒文紀行
  メタフィジカ
  一回性
  内耳
  陰画律
 楕円典
  参星
  ゼノン静止
  ★
  うみのまぐはひ
  麦酒篇
  nostalgia ZÉRO
  反性
  オオドレット
  告別異聞
  あるたい文
 原型薔薇
  詩法
  候鳥伝
 
句集〈えくとぷらすま〉全句
 こっくり
 楼歌
 血を承けるバラード
 降霊館死学
 E・A・ポオの謝肉祭
 拉丁区にて
 変形譚
 伽歌
 楡よ、お前は…
 プラネタリウム
 影絵
 夜毎に帰る
 帆走
 野巫
 卍の記念
 HOMO FABER
 誤解について
 エクスタシス

詩集〈終末領〉全篇
 溺死愛
 弥勒
 永遠と敬遠
 さいばねてぃっくす
 唄入り神化論
 トランジスター氏の精霊
 ピッツィカート
 句
 あぽかりぷす

詩集〈形而情學〉全篇
 ぽえしす
 種
 キクヰチャウ・ルネッサンス
 走句
 七夜
 遊戯律
 ラグタイム
 形而情学

詩集〈荒れるや〉全篇
 荒れるや
 卍
 雲雀に寄せないで
 Joe Joyce
 群
 途中考
 不良よ
 舌下のエデン

句集〈牧歌メロン〉全句
 
評論
 荒廃郷にて
 
自伝
 自分よ、お前は…
 
作品論・詩人論
 卵生の狼少年 (種村季弘)
 パイ (西脇順三郎)
 詩の試行者 (吉田一穂)
 加藤郁乎カプリチオ (稲垣足穂)
 出会い (吉岡実)
 突っ立ってる人 (土方巽)
 天下無双イクヤール・カトール論 (鷲巣繁男)
 郁乎との神話的な交遊 (澁澤龍彦)
 イクヤートピァの散歩道 (志摩聰)
 加藤郁乎の青春 (窪田般彌)
 aglimpseofkatoandpound (鍵谷幸信)
 『球體感覺』復活 (松山俊太郎)
 流刑地の友へ (中井英夫)
 嬲論 (池田満寿夫)
 郁乎という兄貴 (白石かずこ)
 カトー理事長の鰈なる一日 (嵐山光三郎)
 ego-script のために (芝山幹郎)



加藤郁乎詩集 03



◆本書より◆

 
「唄入り神化論」:

「模造男根こうべに植えて
ゆくや抱寝のやじろべえ
卍ひとつも血文字でまわす
賽もころばぬ踏絵の穴に
ままよ茶の湯の見返り阿弥陀
 
花にとどろくくぐつの笛は
あれは夜店のくかだちまつり
座敷牢さえ張子で熟れる
十月十日でまた逢う坂の
枷をまくらの月光病
 
おうかみ法師ひらりと受けて
攻めが守りの猫じゃらし
こなさん前衛きりりといなす
神が手塩の血友病も
てめえ渡世は雲使い
 
左道三昧ささらと散らし
よがるうおのめうしろつき
門句八卦のはないちもんめ
あなたトリパノソーマに晴れて
卵管突起四目十目
 
落し文とは異な奇な妖な
レーゼドラマの銀ながし
河豚は栄えて死毒は涸れる
野合舞台の股くらがりに
仁輪加なみだの発語筋
 
いざ鎌倉をかがりに照らし
ミシマユキオの百合若双葉
いわぬいろ見て一片もやう
入日出船の枯草熱に
さむやつめたや侘助御前
 
りんの玉乗りとんぼを切れば
能は夕焼け猿楽おどし
若衆ひでりの御詠歌ジンタ
電気人形爪かむ春の
魔羅くれないが赤死病
 
投銭鐚銭さんずの川で
払い戻しのかわつるみ
渡るからすもヴェロナール
縁やらほとけと裏目に振れば
運のいいなりふたまた離魂
 
人体模型さみしく撫でて
反演劇の觔斗雲
しごくとさかも橋がかり
ギリシャ円型ななめにかむり
ゆくぞ人買い友ほがい」



澁澤龍彦「郁乎との神話的な交遊」より:

「最後に、私は郁乎の第一詩集『終末領』のなかの、堂本正樹に捧げられた「唄入り神化論」について述べておきたい。ほかでもないが、この傑作を曲にのせようとして苦心惨憺し、ついに菊池章子の歌う懐かしのメロディー「星の流れに」の替え歌として、まさにそれがぴったりであることを発見したのは、私なのである。」



こちらもご参照下さい:

『定本 加藤郁乎句集』















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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