Herman Melville 『Moby-Dick』 (Bantam Classic)

「Melville retreated into depression and inactivity, the long twilight of his years witnessing a steady drying up of his inspiration and energies and it was left to the twentieth century to give him recognition as having written the greatest of all American novels.」
(Charles Child Walcutt 「Herman Melville: A Biographical Note」 より)


Herman Melville 
『Moby-Dick』

Edited and with an introduction by Charles Child Walcutt

Bantam Classic (Pennant Student Edition)
Bantam Books, Inc. New York/Toronto/London, February 1967
xiv, 594pp, 17.7x10.7cm, paperback
Printed in the United States of America
The art work on the cover of this Bantam Classic is a painting by Sanford Kossin.



メルヴィル『白鯨』学生版ペーパーバック。本文に注はありませんが、巻末にメルヴィル小伝、『白鯨』関連のメルヴィル書簡抜粋、同時代の『白鯨』評と、D・H・ロレンスその他による後世(20世紀)の『白鯨』論6篇、簡略な参考文献リストが収録されています。


melville - moby-dick 01


Contents:

Introduction

MOBY-DICK
Etymology
Extracts
I. Loomings
II. The Carpet Bag
III. The Spouter-Inn
IV. The Counterpane
V. Breakfast
VI. The Street
VII. The Chapel
VIII. The Pulpit
IX. The Sermon
X. A Bosom Friend
XI. Nightgown
XII. Biographical
XIII. Wheelbarrow
XIV. Nantucket
XV. Chowder
XVI. The Ship
XVII. The Ramadan
XVIII. His Mark
XIX. The Prophet
XX. All Astir
XXI. Going Aboard
XXII. Merry Christmas
XXIII. The Lee Shore
XXIV. The Advocate
XXV. Postscript
XXVI. Knights and Squires
XXVII. Knights and Squires
XXVIII. Ahab
XXIX. Enter Ahab; to Him, Stubb
XXX. The Pipe
XXXI. Queen Mab
XXXII. Cetology
XXXIII. The Specksynder
XXXIV. The Cabin-Table
XXXV. The Mast-Head
XXXVI. The Quarter-Deck. Ahab and All
XXXVII. Sunset
XXXVIII. Dusk
XXXIX. First Night-Watch
XL. Midnight, Forecastle
XLI. Moby Dick
XLII. The Whiteness of the Whale
XLIII. Hark!
XLIV. The Chart
XLV. The Affidavit
XLVI. Surmises
XLVII. The Mat-Maker
XLVIII. The First Lowering
XLIX. The Hyena
L. Ahab's Boat and Crew. Fedallah
LI. The Spirit-Spout
LII. The Albatross
LIII. The Gam
LIV. The Town-Ho's Story
LV. Of the Monstrous Pictures of Whales
LVI. Of the Less Erroneous Pictures of Whales, etc.
LVII. Of Whales in Paint; in Teeth; etc.
LVIII. Brit
LIX. Squid
LX. The Line
LXI. Stubb Kills a Whale
LXII. The Dart
LXIII. The Crotch
LXIV. Stubb's Supper
LXV. The Whale as a Dish
LXVI. The Shark Massacre
LXVII. Cutting In
LXVIII. The Blanket
LXIX. The Funeral
LXX. The Sphynx
LXXI. The Jeroboam's Story
LXXII. The Monkey-Rope
LXXIII. Stubb and Flask Kill a Right Whale, etc.
LXXIV. The Sperm Whale's Head
LXXV. The Right Whale's Head
LXXVI. The Battering-Ram
LXXVII. The Great Heidelburgh Tun
LXXVIII. Cistern and Buckets
LXXIX. The Praire
LXXX. The Nut
LXXXI. The Pequod Meets the Virgin
LXXXII. The Honor and Glory of Whaling
LXXXIII. Jonah Historically Regarded
LXXXIV. Pitchpoling
LXXXV. The Fountain
LXXXVI. The Tail
LXXXVII. The Grand Armada
LXXXVIII. Schools and Schoolmasteres
LXXXIX. Fast-Fish and Loose-Fish
XC. Heads or Tails
XCI. The Pequod Meets the Rose-Bud
XCII. Ambergris
XCIII. The Castaway
XCIV. A Squeeze of the Hand
XCV. The Cassock
XCVI. The Try-Works
XCVII. The Lamp
XCVIII. Stowing Down and Clearing Up
XCIX. The Doubloon
C. The Pequod Meets the Samuel Enderby of London
CI. The Decanter
CII. A Bower in the Arsacides
CIII. Measurement of the Whale's Skeleton
CIV. The Fossil Whale
CV. Does the Whale Diminish?
CVI. Ahab's Leg
CVII. The Carpenter
CVIII. The Deck. Ahab and the Carpenter
CIX. Ahab and Starbuck in the Cabin
CX. Queequeg in His Coffin
CXI. The Pacific
CXII. The Blacksmith
CXIII. The Forge
CXIV. The Gilder
CXV. The Pequod Meets the Bachelor
CXVI. The Dying Whale
CXVII. The Whale Watch
CXVIII. The Quadrant
CXIX. The Candles
CXX. The Deck
CXXI. Midnight, on the Forecastle
CXXII. Midnight Aloft
CXXIII. The Musket
CXXIV. The Needle
CXXV. The Log and Line
CXXVI. The Life-Buoy
CXXVII. The Deck
CXXVIII. The Pequod Meets the Rachel
CXXIX. The Cabin
CXXX. The Hat
CXXXI. The Pequod Meets the Delight
CXXXII. The Symphony
CXXXIII. The Chase - First Day
CXXXIV. The Chase - Second Day
CXXXV. The Chase - Third Day
Epilogue

CRITICISM AND CONTEXT
Herman Melville: A Biographical Note
Letters
Moby-Dick and Its Contemporary Reviews
Moby-Dick and Its Modern Critics
 Newton Arvin, from *Herman Melville*
 John Parke, "Seven *Moby-Dicks"
 Henry Alonzo Myers, "The Tragic Meaning of *Moby-Dick*
 R. E. Watters, "Ishmael"
 D. H. Lawrence, from "Herman Melville's *Moby-Dick*
 Charles Child Walcutt, "The Fire Symbolism in *Moby-Dick*
List of Recommended Readings



melville - moby-dick 02



◆本書より◆


「I. Loomings」より:

「CALL me Ishmael. Some years ago - never mind how long precisely - having little or no money in my purse, and nothing particular to interest me on shore, I thought I would sail about a little and see the watery part of the world. It is a way I have of driving off the spleen, and regulating the circulation. Whenever I find myself growing grim about the mouth; whenever it is a damp, drizzly November in my soul; whenever I find myself involuntarily pausing before coffin warehouses, and bringing up the rear of every funeral I meet; and especially whenever my hypos get such an upper hand of me, that it requires a strong moral principle to prevent me from deliberately stepping into the street, and methodically knocking people's hats off - then, I account it high time to get to sea as soon as I can. This is my substitute for pistol and ball. With a philosophical flourish Cato throws himself upon his sword; I quietly take to the ship.」

(私のことはイシマエルとでも呼んでくれ。何年か前――正確な日付はどうでもいい――嚢中の銭もあるかなしか、陸上にはこれといって興味を惹くものもなく、これはちょっと船出してこの世界のうちの水で占められている部分を見聞しに行くのがよかろうと考えた。憂鬱を追っぱらい、血行を整えるには良い方法だ。その日ぐらしもままならなくなり、じめじめと雨の降りつづく霜月のような心になって、気がつけば棺桶屋の店先で立ちどまっていたり、ついふらふらと葬列についていったりするようになったら、そして何より下司根性が日頃の上品な振舞を忘れさせ、悪意に満ちて町へ出ては一人残らず頭に一発食らわせてやりたくなる衝動を抑えるのに強固な道徳原理を必要とするようになったら――その時こそ、取るものも取り敢えず海へ出る潮時だ。さもないとおのれの頭にピストルの弾をお見舞いする結果になりかねない。カトーだったらプラトン哲学を振りかざしつつ剣に身を投げるところだが、私は黙って船に身を任せることにしよう。)


ナサニエル・ホーソーンへの手紙(1851年)より:

「There is the grand truth about Nathaniel Hawthorne. He says NO! in thunder; but the Devil himself cannot make him say *yes*. For all men who say *yes*, lie; and all men who say *no*, - why, they are in the happy condition of judicious, unincumbered travellers in Europe; they cross the frontiers into Eternity with nothing but a carpet-bag, - that is to say, the Ego. Whereas those *yes*-gentry, never get through the Custom House. 」

(ホーソーンにまつわる偉大な真実。彼は「ノー」と言う。彼に「イエス」と言うよう強制することなど誰にもできない。「イエス」と言う者はみんなウソツキだ。そして「ノー」と言う者はみんな、ヨーロッパでは思慮深く身軽な旅行者になって、「イエス」族が税関で足止めをくらっているのを横目に、手荷物一つで、すなわち自我だけを携えて、永遠への国境を越えてゆくのだ。)

「The divine magnet is on you, and my magnet responds. Which is the biggest? A foolish question - they are *One*.」

(神の如き磁力が貴方にはあって、私の磁石はそれに反応するのです。どっちの磁石が大きいかなどと考えてみても始まりません。それらは同じものなのですから。)












































































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メルヴィル 『白鯨 下』 阿部知二 訳 (岩波文庫)

「「さくらんぼ、さくらんぼ、さくらんぼ! おい。フラスクよ、死ぬ前に、ひとつだけでも真紅なさくらんぼ食いたいなあ」
 「さくらんぼ? おれはただ、そいつが生えてるとこにゆきたいよ。スタッブよ」」

(メルヴィル 『白鯨』 より)


メルヴィル 
『白鯨 下』 
阿部知二 訳

岩波文庫 5731-5733/赤 943 

岩波書店 
昭和32年7月5日 第1刷発行
昭和49年3月30日 第17刷発行
291p
文庫判 並装
定価★★★



上巻解説より:

「版画はシカゴ、レイクサイド・プレス版(一九三〇年)から使用した。」


全三冊。
本文中挿絵図版23点(カット16点、フルページ7点)。


メルヴィル 白鯨 下 01


帯文:

「ついに波間に姿を現わした白鯨モゥビ・ディクとエイハブ船長以下海の男たちとの凄惨な戦い、そして悲劇は終る。唯一人を残して。」


目次:

九十章 頭と尾・何が何やら
九十一章 ピークォド号が薔薇蕾号に遭う
九十二章 竜涎香
九十三章 海に漂うもの
九十四章 手絞り
九十五章 法衣
九十六章 油煮釜
九十七章 灯火
九十八章 積込みと片づけ
九十九章 スペイン金貨
百章 脚と腕。ナンタケットのピークォド号、ロンドンのサミュエル・エンダービ号と遭う
百一章 酒の壜
百二章 アーササイディーズの島の木蔭
百三章 鯨骨の測量
百四章 化石鯨
百五章 鯨は縮小しつつあるか――彼は滅びるか
百六章 エイハブの脚
百七章 船大工
百八章 エイハブと船大工
百九章 船長室におけるエイハブとスターバック
百十章 棺の中のクィークェグ
百十一章 太平洋
百十二章 鍛工
百十三章 炉
百十四章 鍍金師
百十五章 ピークォド号は若衆号に遭う
百十六章 死にゆく鯨
百十七章 夜直
百十八章 四分儀
百十九章 蠟燭
百二十章 初夜直が終る頃の甲板
百二十一章 深夜――船首楼、舷牆
百二十二章 深夜、檣上。雷鳴と稲妻
百二十三章 マスケット銃
百二十四章 羅針
百二十五章 測程器と線
百二十六章 救命浮標
百二十七章 甲板
百二十八章 ピークォド号、レイチェル号に遭う
百二十九章 船室
百三十章 帽子
百三十一章 ピークォド号、歓喜号と遭う
百三十二章 交響曲
百三十三章 追跡―第一日
百三十四章 追跡―第二日
百三十五章 追跡―第三日
結尾

訳註
ハーマン・メルヴィル年譜



メルヴィル 白鯨 下 02



◆本書より◆


「九十二章 竜涎香」より:

「そういうわけであるから、こよなく高貴な淑女や紳士は、病鯨の穢れはてた腸の中から取った香料を楽しんでいるのだ、とわれわれは考えざるを得ないが、まさにそうなのだから致方ない。人によっては、竜涎香は鯨の消化不良の原因だといい、人によっては結果だという。いかにしてそのような消化不良を直すかといえば、むつかしい話であって、短艇三四隻に積みこんだブランドレスの丸薬を呑みこませてから、土工が岩石を爆破するときのように、生命からがら逃げ出してくるでもするより他はあるまい。」
「ところで、このかぎりなく香わしい竜涎香の純粋なるものが、このような腐蝕の真只中に見出されるというのは、ふと したことであろうか。諸君は、「コリント書」中の聖ポオロの、腐敗と純潔とについての言を思い、人は汚辱のうちに投じられ光栄のうちによみがえる、ということを知るべきであろう。また同様にして、最高の麝香を生み出すものは何かというパラセルソスの言をも思うべきであろう。またあらゆる悪臭のものの中でも、製造の第一過程にあるコローン香水は最悪のものである、という奇異な事実を忘れるべきでなかろう。」



「百三十二章 交響曲」より:

「おお、スターバック。何という穏かな、穏かな風だ。何と穏かに見える空だ。ちょうどこんな日に――まったくこんなに麗しい日に――わしは最初の鯨を撃ったのだ――十八歳の少年銛手だったのだ。――四十……四十……四十年の昔だった。――昔だった! 四十年間、鯨を追いつづけた。四十年間の困苦欠乏、危難、そして生の嵐。四十年間、冷酷の海にいた。四十年間、エイハブは海洋の恐怖に戦を挑んで、四十年間、平和な地上を棄てた。真実のところ、スターバックよ、わしはその四十年のうち、三年とは陸にいなかった。このわしの生涯を思えば、荒涼たる孤独というほかはない。船長の孤立とは、石できずかれ城壁にかこまれた城市のようなもんだ。外の青々とした野からの同情は、ほとんど入りこむ隙もないのだ。」

「これは何ものか。いかなる、名状しがたい、測りがたい、この世ならぬものが、いかなる欺瞞の見えざる主人が、暴虐残忍の皇帝が、わしに命令して、わしをあらゆる本然の愛と情とに背かせ、この身を絶間なく突っこみ押しこみぶつからせてゆき、わしの正しい本来の心では夢にも思いがけぬことに、愚かにもいそいそと立ち向わせるのか。エイハブは、はたしてエイハブであるのか。この腕をいま挙げるものは、わしか、神か、それとも何ものか。しかし、もし雄偉な太陽も自ら動くのではなく、天の使小僧にすぎぬとすれば、また、ただ一つの星とても、何かの見えざる力によらずしては廻転せぬとすれば、このちっぽけな一つの心臓が鼓動し、このちっぽけな一つの頭脳が思索するのも、ただ神がその鼓動をさせ、その思索をさせるからのみであり、生をいとなむのは、わしではなく神であろう。神かけていうが、われわれはこの世においては、あそこにある揚錨機みたいに、くるくると廻され、運命が梃子なのだ。そして見よ、悠遠に微笑むあの空と、測り知れぬこの海とを。見よ、あの魚、めばちを。だれがあいつに、あの飛魚を追って咬むという料簡をおこさせるのか。人殺しのゆく先はどこか。裁くべきものが法廷に引き出されるとき、劫罰を受けるのはだれか。それにしても、穏かな穏かな風よ、穏かにかがよう空よ。空気は遠い牧場から吹き流れてくるように匂っている。スターバックよ、どこかアンデスの山の斜面のあたりで乾草をつくっておって、草刈りらは、刈り立ての草の中に眠っておるのでもあろうか。眠りか。なるほど、われわれはいかに働こうとも、みなついには野辺に眠るのだ。眠りか。なるほど、投げすてられた去年の大鎌が、刈りさしの草かげに横たわるように、青々たる中に錆びてゆくのか。――スターバック!」」



メルヴィル 白鯨 下 03




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メルヴィル 『白鯨 上』 阿部知二 訳 (岩波文庫)
メルヴィル 『白鯨 中』 阿部知二 訳 (岩波文庫)












































































メルヴィル 『白鯨 中』 阿部知二 訳 (岩波文庫)

「土曜の晩に肉市場に行ってみたまえ。何と多くの二本足の群が、ずらりと並ぶ四本足の屍を見つめていることか。その光景こそ、食人種をして身の毛もよだつ思をさせるに足るものでないか、食人種とは? だれが食人種でないというのか。」
(メルヴィル 『白鯨』 より)


メルヴィル 
『白鯨 中』 
阿部知二 訳

岩波文庫 5728-5730/赤 942 

岩波書店 
昭和32年3月5日 第1刷発行
昭和49年3月30日 第17刷発行
326p
文庫判 並装
定価★★★



上巻解説より:

「版画はシカゴ、レイクサイド・プレス版(一九三〇年)から使用した。」


全三冊。
本文中挿絵図版21点(カット13点、フルページ8点)。


メルヴィル 白鯨 中 01


帯文:

「白鯨に片足を奪われたエイハブ船長。彼は復讐の念にもえる。白鯨を追う捕鯨船ピークォド号は、海の男達の物語をのせて大洋を進む。」


目次:

四十二章 鯨の白きこと
四十三章 聴け
四十四章 海図
四十五章 宣誓供述書
四十六章 臆測
四十七章 索畳造り
四十八章 最初の追跡
四十九章 豺狼
五十章 エイハブの舟とその乗組フェデラー
五十一章 妖しき汐煙
五十二章 信天翁
五十三章 往訪
五十四章 タウン・ホー号の物語
五十五章 怪異なる鯨の絵について
五十六章 より誤謬少き鯨図及び捕鯨図
五十七章 油絵、鯨牙彫刻、木刻、鉄板彫り、石彫り、また山嶽や星座等の鯨について
五十八章 魚卵
五十九章 大烏賊
六十章 捕鯨索
六十一章 スタッブが鯨を斃す
六十二章 投槍
六十三章 叉柱
六十四章 スタッブの晩食
六十五章 美味としての鯨
六十六章 鮫退治
六十七章 鯨切り
六十八章 毛布皮
六十九章 葬式
七十章 スフィンクス
七十一章 ジェロボウム号の物語
七十二章 猿綱
七十三章 スタッブとフラスクとがせみ鯨を屠り、それについて談義する
七十四章 抹香鯨の頭――比較論
七十五章 せみ鯨の頭――比較論
七十六章 大槌
七十七章 ハイデルベルヒの大酒樽
七十八章 水貯めとバケツ
七十九章 大草原
八十章 胡桃
八十一章 ピークォド号、処女号と遭う
八十二章 捕鯨の名誉と光輝
八十三章 ヨナについての歴史的考察
八十四章 槍の長投
八十五章 噴泉
八十六章 尾
八十七章 大連合艦隊
八十八章 学校と教師たち
八十九章 仕止め鯨、はなれ鯨

訳註



メルヴィル 白鯨 中 02



◆本書より◆


「四十二章 鯨の白きこと」より:

「多くの自然物の場合には、たとえば大理石や椿や真珠などにみるように、白いということは気品を加え美しさを増し、おのずからなる徳をあらわしてかがやくようにも見え、多くの民族はこの色を何かしら高貴なものとして認めており、かの古のペグーの大蛮王たちすら、その権威をさまざまの美名を以て讃えたとき、「白象の王者」の名を最高としたし、今のシャムの王たちはその純白の象を帝王旗として翻えしており、(中略)また別の方面から眺めるならば、白色は昔から歓喜の表象とされ、ローマ人は祝祭の日を白い石でしめすことをしたし、また他の面の人間感情の象徴としては、この色は多くのいみじく崇高な事柄、――花嫁の純潔、老人の仁慈などのしるしとなり、(中略)さらに、もっとも厳粛な宗教の秘儀にあっても、白は神性の無垢と権威との象徴とされ、ペルシア拝火教徒たちは、祭壇にのぼる白色の焔の叉をもっとも神聖なものとし、ギリシア神話では大ジュピタ神こそ雪白の牡牛に身を変えたのであり、(中略)ローマ正教の聖なる儀式の中では、白は特に我らの主の受難を讃えるものとして用いられたのであり、ヨハネの夢幻の中では、白衣は罪贖われたものにあたえられており、二十四人の長老は白い衣をまといつつ、大きな白い御座に、羊毛のように白くかがやいて坐したもう、主なる神の前にひざまずくのである。しかも、かくも連想を積みかさね、美しい正しい崇厳なあらゆるものに結びつけても、この色彩の感銘の最奥のところには、何かしら捉えがたい性格のものが潜んでいて、あの紅の色が血汐に結んで脅かすよりも、もっと強い恐怖を以て心を打つのである。
 その性格のゆえに、われわれがこの白色を優しい連想から切りはなして、これを恐しい事物に結びつけながら思考するとき、その恐怖感をかぎりなく高めてゆく。極地の白熊や熱帯の白鮫を眼のあたり見るがよい。そのつやつやとした雪片のような白さが、彼らを超絶的な畏怖の対象としないではおかない。あの妖怪的な白色こそが、暴悪さよりももっと厭わしいものとして、彼らの黙々たる姿に、身の毛もよだつような妖美を差しそえる。」

「もちろん、通常の心理にとっては、この白色という現象は、さなくても恐しいものにさらに恐しさを加える力の隋一のものとは認知されておらず、たとえ一部の人々にとってはひたすらこの一事にこそ――特に、これが沈黙または遍満性に近い何らかの形に於てあらわれているときにこそ、恐怖の源は在るのだとしても――想像力に欠けた心の人にとっては、少しも恐いものとおもわれぬ、ということは私も承知している。この二つの個条で私がいいたいことは、おそらく次の例によってそれぞれ説き明されるであろう。
 第一。異域の岸辺に近づいてゆくときの船乗りが、もし深夜に浪が砕ける音を耳にしたとすれば、不寝番をはじめることはもちろんだが、そのときの危惧感は、ただ全能力を緊張させるだけのことである。しかしこれとまったく同様の状況の下で、彼が吊床から呼び起されて見張りするとき、船が走っているところのその深夜の海は一面の乳白色――まわりの岬角から波立つ白熊の群がぞろぞろと泳ぎ寄ってくるような色だったとすれば、彼は声なき怪異の恐怖に襲われ、経帷子をきた幻影さながらの白い海は、本物の幽霊のような戦慄にさそうだろう。(中略)しかも、「そりゃ、わっしを びくっ とさせたのは、隠岩にぶつかることなんかじゃなくて、あのぞっとする白さでしたよ」と君に告げる船乗りはあるだろうか?
 第二。ペルー土着のインディアンにとっては、四六時中雪の天蓋をかぶるアンデス連山も、まずおそらく、あんなおそろしく高いところがいつ見ても物すごく凍っているわと呆れ、あんな人里はなれた淋しいところで行倒れたら何と恐いこったろうと思うくらいのもので、恐怖感というようなものは持ち合わすまい。西部の辺境の住民らもよくそれに似たもので、涯しもない曠原が吹き流れる雪におおわれ、眼が眩めくようなただ一色の白さを妨げる一樹一枝の影もないのを眺めても、大体無頓着なものだ。だが南氷洋の光景に眼をみはる水夫は、同じわけにはゆかぬ。時として霜雪と大気との作用が魔性の手品を使い、なかば破船の身の彼が打ちふるえながら見るものはその苦境に希望と慰めとをあたえる虹ならで、削ったような氷の標柱、ひび割れた十字架が立ち並ぶ茫漠たる墓原の景色である。」

「しかし今のところ未だわれわれは、この白色の呪文を解いてはおらず、どうしてこれほどの力で魂に迫るかを究めてはおらない。さてさらに奇しく畏るべきことは何かといえば――われわれが見てきたように、それは霊的なものの意味深い象徴、いや、キリスト的な神の衣そのものですらあり、しかも同時に、まさに人類にとってもっとも恐しいものに強烈さを与える力となる、ということである。」



「四十七章 索畳(なわだたみ)造り」より:

「曇り日の蒸暑い午後、水夫たちは、甲板のあちこちをものうげにぶらついたり、鉛色した海波の彼方をぼんやりと眺めわたしたりしていた。クィークェグと私とは、短艇の縛索(しばりづな)とするところの「叩き索畳」というやつをつくっていた。すべてのもののたたずまいは、ただ静かにひそやかに、しかも何ものかの気配が感じられ、空気の中には夢見心を誘うものがひそんでおり、物をいわぬ水夫らは、おのおの自分のうちの見えざる自我に融けこんでいるという様子だった。
 私はいそがしく索畳をつくりながらも、クィークェグの家来か小姓のように従っていた。私は長い経(たていと)の目の中に緯(よこいと)を、手を梭(おさ)にして通したり戻したりしていたし、クィークェグは傍に立って、ひっきりなく重い樫棒を糸の中に差しこみながら、ぼんやりと波の上をながめ、ぼんやりと上の空で糸の目を叩いていた。鉛と海とのうえに、まことにものうい夢心地がただよい、ただそれを破るものは時折りの樫棒の鈍い音ばかりで、これは「時の流れの機織(はたおり)」で、私自身もつまり運命の機を機械的に織りつづける梭でしかないのだとおもわれるのだった。ここに固定した経の筋があり、ただ単調な不変な往き戻りの振子運動をするほかはなく、その振子の動きとてただ緯と交るということのほかに芸もない。この経は必然の道だ。だからおれは、おのれの手でおのれの梭を差しこみ、この不変の経の中にわが運命を織りこんで行っているのだ、と私はおもう。さてクィークェグのぞんざいな機械的な樫棒は、糸の目を、時に斜に時に横様(よこざま)に、時に強く時に弱く叩きつづける。この決めの打撃のぞんざいさに従って、織物全体の出来上り様(ざま)はそれぞれ千差万別というところだ。(中略)このぞんざいな暢気な棒がつまり、偶然だな、――ああ偶然と自由意志と必然、――決して仲が悪くはないところの三者が、繩をあざなうように働きあうのだな、などとおもう。その終局の道筋を微動だもさせようとせぬ真直な必然の経――間がな振子のように動くが、それもただ終局への結着を固めさせるだけのこと。だが自由意志はやはり自由におのれの梭を糸目の中に差しこむ。ところで偶然は、そのふざけは真直な必然の経にしばられ、横からは自由意志に動きを制せられるが、また一方からいえばその二者を制して、事件の最後の形を叩き上げてしまう。」



「四十九章 豺狼」より:

「われわれが人生と呼ぶところの、このあやしくもごてごてとした出入りにおいて、時として奇妙なことには、ある人間は、この全宇宙を一場の大きな冗談だと考え、しかもそこにふくまれた意味合などはほとんど見当もつかず、結局だれの知ったことでもないし、おれさえ我慢すりゃいいんだ、と決めてしまうのである。しかしそれだからといって、少しもがっかりするでもなく、何事に頭を悩ますというのでもない。彼はあらゆる事件、あらゆる主義、信条、理論、可見不可見のあらゆる艱難、それらがどんなにごつごつしていようとも、ぐっと鵜呑みにしてしまう。(中略)ちっぽけな苦労とか患らいごととか、前途たちまち暗澹となることとか、生命の危害とか、それらはおろか、死そのものさえ、彼にとっては、見も知らぬどこのど奴か分らぬ悪戯ものに、油断をねらって小気味よくぴしゃりと張られたか、愛嬌まじりに横っ腹をどやされたことくらいにしかひびかない。さてこういった類の妙な気まぐれというものは、もっともひどい患難の時に、そして真剣の極致にやってくるものであるからして、今しがたまでこの上もなく重大だとおもわれていたことが、なんだ冗談ごとのかけらだったのか、というようなことになる。この放埓でのんきな、楽天的なやけくそな哲学を生むものとしては、捕鯨の危難に及ぶものもない。したがって私としても、かような心持を以て、このピークォド号の全航海と、白鯨追跡を眺めるものだ。」


「五十八章 魚卵」より:

「クロゼット群島から北東に進んだとき、船は一面の鯡の卵の海に乗り入ったが、その小さな黄色の物質は、せみ鯨が好んで食うものだ。それは何リーグも何リーグも、船のまわりに波打っており、まるで黄金に熟れた穂麦の大平原を航しているような心地だった。」

「ああ、愚かな人間よ、ノアの洪水はまだ退いてはおらない。まだ、うるわしき世界の三分の二を蔽っている。」

「海の狡智を考えてみよ。そのもっとも恐ろしい生物は、水底に潜ってほとんど姿を見せず、陰険にも、世にも美麗な藍青の色の下にひそんでいる。また、鮫の多くの種類の優美に彩られた姿態に見るように、海のもっとも残忍な種族の多くの、悪魔的にかがやく美について考えてもみよ。さらにまた、海の全生物がたがいに食み合い、世界開闢の時この方永劫の戦争を行っていることに見るごとき、完全食人主義について考えてもみよ。
 これらすべてを考えた上で、この緑にして優しくもっとも穏和なる大地を顧み、そして海と陸との二者を比べてみよ。諸君の内面に、何ものか或るふしぎな近似物を見出さないだろうか。というのは、この恐ろしい大洋が緑の大地を取りかこむごとくに、われら人間の霊魂の中にも、平和と歓喜にみちた一個のタヒチ島があり、しかも、なかば知られざるあらゆる恐怖に ひし と巻かれているのだ。神よ、人々を守りたまえ。その島から飛び出すなかれ。ふたたびは帰れぬであろうから。」



「六十五章 美味としての鯨」より:

「疑うべくもなく、牛を最初に殺した人間は、人殺し同様に見られ、おそらくは絞首刑になったろう。まして、もし牛群によって審問されたとするならば、逃れっこはなく、その罪状は当然に人殺しと同じものとされたにちがいない。土曜の晩に肉市場に行ってみたまえ。何と多くの二本足の群が、ずらりと並ぶ四本足の屍を見つめていることか。その光景こそ、食人種をして身の毛もよだつ思をさせるに足るものでないか、食人種とは? だれが食人種でないというのか。」


メルヴィル 白鯨 中 03


メルヴィル 白鯨 中 04


メルヴィル 白鯨 中 05




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メルヴィル 『白鯨 上』 阿部知二 訳 (岩波文庫)
メルヴィル 『白鯨 下』 阿部知二 訳 (岩波文庫)


























































































メルヴィル 『白鯨 上』 阿部知二 訳 (岩波文庫)

「われわれはこの「生」と「死」の問題についてはひどい思い違いをしているかも知れないのだ。この地上でいわゆる亡霊と称するものこそ、わがまことの実体かも知れないのだ。」
(メルヴィル 『白鯨』 より)


メルヴィル 
『白鯨 上』 
阿部知二 訳

岩波文庫 5725-5727/赤 941 

岩波書店 
昭和31年11月26日 第1刷発行
昭和45年2月20日 第14刷発行
313p
文庫判 並装
定価★★★



解説より:

「版画はシカゴ、レイクサイド・プレス版(一九三〇年)から使用した。」


全三冊。
本文中挿絵図版21点(カット18点、フルページ3点)。


メルヴィル 白鯨 上 01


カバー文:

「海の男エイハブ船長が乗組員と共に太平洋の怪物「白鯨モゥビ・ディク」と挑戦する雄壮な物語。作者の経験から生れた不朽の海洋文学。」


目次:

語源部
文献部

一章 影見ゆ
二章 旅鞄
三章 汐吹亭
四章 掛布
五章 朝餉
六章 街上
七章 教会堂
八章 説教壇
九章 説教
十章 朋友
十一章 夜着
十二章 生い立ち
十三章 一輪車
十四章 ナンタケット
十五章 鍋料理
十六章 船
十七章 らまだん
十八章 印形
十九章 予言者
二十章 全員活動
二十一章 上船
二十二章 メリ・クリスマス
二十三章 風下の岸
二十四章 弁護
二十五章 後書き
二十六章 騎士と従者(一)
二十七章 騎士と従者(二)
二十八章 エイハブ
二十九章 エイハブ登場 つづいてスタッブ
三十章 パイプ
三十一章 夢の妖魔
三十二章 鯨学
三十三章 銛手頭
三十四章 船長室の食卓
三十五章 檣頭
三十六章 後甲板
三十七章 落日
三十八章 黄昏
三十九章 初夜直
四十章 夜半の前甲板
四十一章 モゥビ・ディク

訳註
解説



メルヴィル 白鯨 上 02



◆本書より◆


「一章 影見ゆ」より:

「私の名はイシュメイルとしておこう。何年かまえ――はっきりといつのことかは聞かないでほしいが――私の財布はほとんど空になり、陸上には何一つ興味を惹くものはなくなったので、しばらく船で乗りまわして世界の海原を知ろうとおもった。憂鬱を払い、血行を整えるには、私はこの方法をとるのだ。口辺に重苦しいものを感じる時、心の中にしめっぽい十一月の霖雨が降る時、また、思わず棺桶屋の前に立ちどまり、道に逢う葬列の後を追い掛けるような時、ことに、憂鬱の気が私をおさえてしまって、よほど強く道徳的自制をしないと、わざわざ街に飛び出して人の帽子を計画的に叩き落してやりたくなるような時、――その時には、いよいよできるだけ早く海にゆかねばならぬぞと考える。これが私にとっては短銃と弾丸との代用物だ。」


「七章 教会堂」より:

「そりゃたしかに、この捕鯨って仕事は、命取りのものだろうさ――有無をいわせず人間を束にして、またたくひまに小づきまわして永劫の世界にぶちこんでしまう。だが、それが何だ? われわれはこの「生」と「死」の問題についてはひどい思い違いをしているかも知れないのだ。この地上でいわゆる亡霊と称するものこそ、わがまことの実体かも知れないのだ。(中略)つまりこの体を何ものが掻払ってゆこうと、勝手に掻払うがよかろうというものだ。これはおれの体じゃないんだから。(中略)短艇に穴があいても体に穴があいても構うことはなかろう。おれの霊魂にはジュピタ神だって穴をあけるわけにはゆかないのだ。」


「二十六章 騎士と従者(一)」より:

「ゆえに神よ! もし私がこれから書く中に、最下級の船乗り、破落戸(ごろつき)、放浪者のたぐいをも、蒙昧ながら高貴なる性(さが)をもつものとして取扱い、彼らを悲壮美を以て染めたとしても、また、彼らのうちもっとも傷(いたま)しいもの、あるいはもっとも落魄(おちぶれ)たものが、時として至高の人として立上ったとしても、また、私が職人どもの腕に天上的な光明を投げたとしても、また、彼らの無慙なる運命の上に七彩(なないろ)の虹をひろげたとしても、――義なる平等の霊よ、われらの同胞のうえをただ一枚の高貴な人間性の衣で蔽うものよ、世のあらゆる批評から私を守って下さい。私をそれに耐え通させて下さい。」


「四十一章 モゥビ・ディク」より:

「さて、日夜こうした怪異に親しく触れている捕鯨者たちにしてみれば、白鯨が数しれぬ果敢な攻撃を受けつつもまぬがれて生き延びていることを知った以上は、さらにその迷信を一歩すすめて、次のようなことをいい出したとしても何の不思議もなかろう。――モゥビ・ディクは空間を超えて一時に何処にでも出てくるばかりでなく、不死身なのだ。(不死身とは時間を超えることなのだ。)だから脇腹に槍が藪みたいに突きささってきたとても、かすり傷も負わずに泳いでゆく。またとうとう血糊をふき上げるような目に逢わされたな、とおもっていると、それもまやかしの妖術にすぎぬのであって、またたくうちに何百リーグも遠方のきよらかな浪のうえに、血に汚れもせぬ汐を吹き上げているのが見える、――などと。
 だが、たとえこうした幻怪な空想の衣に包まれなくとも、この怪魚の体躯と不敵の性そのものの中に、比類ない激しさを以て想像力にうったえるものがあった。というのは、彼がほかの抹香鯨から際(きわ)立っている点は、並はずれて巨大ということよりも、――すでにあちこちで仄めかしたことだが――異常に雪白な皺頭を持ち、高く光った白瘤を持っていることだ。これがその特徴であって、彼を知るものにとっては、涯なく広い未踏の海面においても、遠くからそれと見分けがつくのである。
 体の他の部分もまた、経帷子(きょうかたびら)の色の縞や斑点や模様に一面におおわれていたのだったから、ついにあの「白鯨」の奇名を得るにいたったわけだが、白昼に暗碧の浪間をすべりながら、黄金色の閃光を交えた乳色の泡を銀河のように後に曳いてゆくそのけざやかな光景を見るときには、だれしもその名がぴったりとしていると思ったであろう。
 いや、この鯨に根源的な恐怖感がつきまとうに至ったのは、ただその異常な巨躯、めざましい色彩、または怪奇な形をした下顎などであったというよりは、その闘争においていく度としれず発揮したところの――玄人(くろうと)たちの言によれば、無類な狡智に富んだ兇悪さであった。とりわけてその腹黒い逃走振りが物凄かった。張り切って追う人間の前方をいかにも狼狽したように泳ぎ逃げてゆくかとおもうと、たちまちに身をひるがえし逆襲してきて、短艇を粉微塵(こなみじん)に打ちくだいたり、恐慌のうちに本船に追い返したりすることがしばしばだった。
 すでに彼のために斃れた人々の数も少くはない。もちろんそうした惨害というものは、陸上にはあまり伝わっていないとしても、この捕鯨業ではさほど珍しくないことともいえよう。しかし、白鯨のはあらかじめ残忍をたくらんでいるかと思われるので、彼によって砕かれたり殺されたりすることは、多くの場合に、到底無辜(むこ)の生物の手による惨害とは考え得なかったのだ。
 してみれば、彼を狩り立てた命知らずの連中が、砕かれた短艇の破片や千切れて沈んでゆく朋輩の四肢のただよう中を、白鯨の不気味な憤怒によっておこされた蒼白な泡立ちを泳ぎ抜けて、癪にさわるほどひそやかに、まるで誕生か結婚の日のように微笑んでいる日光の下まで辿りつくとき、彼らの心がいかに狂おしい激怒に燃え渦巻くかはよく想像することができよう。
 三隻の短艇が白鯨のまわりで穴をあけられ、橈(かい)も人も渦潮にまきこまれている。短剣を振りかざした一人の船長が破損した舳から、アーカンサスの決闘者さながらに鯨めがけて飛びかかり、敵の生命の底深くその六インチの刃を狂おしく突き刺そうとする。――その船長がエイハブだった。と、たちまちモゥビ・ディクは、その鎌形の下顎を下から持ち上げたかとおもうと、まるで野の青草を切る草刈人のように、エイハブの脚を切り取ってしまった。(中略)そうであってみれば、ほとんど死の一歩手前にまで踏込んだその格闘からこのかたエイハブは、白鯨に対して狂おしい復讐心を抱きつづけたということに疑う余地はないのであるが、その復讐の念において、さらに恐しいことは、狂疾さながらになったエイハブは、その身に受けた惨害ばかりではなく、おのれのあらゆる思想上精神上の憤怒も、すべてモゥビ・ディクからくるものとしてしまったことだ。眼前を遊弋する「白鯨」は、おのれの身中を蝕みながら、ついには心臓も肺臓もその半ばを食い滅してしまうところの、ある邪悪な魔の執念が凝って顕身したものと、彼の眼にはうつった。この捉えがたい悪こそは世の始りから存在していたのだ。近代のキリスト教徒すらも諸世界の半分はそのものが支配する領域だとした。また太古の東邦の拝蛇教徒はそれを魔神像として拝跪した。――エイハブは彼らのように身を屈して拝みはしなかった。憎むべき白鯨にその観念の根源を帰して狂い立ち、不具の身ながらそれに対して闘いを挑んだ。人の心を狂わせ苦しめるすべてのもの、厭おしき事態をかき起すすべてのもの、邪悪を体とするすべての真実、筋骨を砕き脳髄を圧しつぶすすべてのもの、生命と思想とにまつわるすべての陰険な悪魔性、――これらのすべての悪は、心狂ったエイハブにとってはモゥビ・ディクという明かな肉体をもってあらわれ、これに向って攻撃することも可能とおもわれたのである。彼はアダム以来全人類が感じた怒りと憎みとの全量をことごとくその鯨の白瘤に積みかさね、おのれの胸は臼砲であるかのように、心中に焼けただれた弾丸のすべてをそこで破裂させた。
 彼のこの偏執が、まさに脚を切られたあの瞬間において高潮してきたものだと考うべきではないだろう。短剣を揮って怪物に飛びかかったあの時には、ただ全身にみなぎった憎悪の激情の発作に身をまかせたというだけのことだ。また打ちのめされて脚が飛んだときにしても、ただ肉体が引き千切れる痛さを感じただけのことだったろう。しかしこの格闘の結果として帰航しなければならなくなり、いく月もいく月もの日々を、吊床(ハンモック)のうちにその痛みを伴として横たわりながら、冬の真中の寒風が咆哮する荒寥たるパタゴニアの岬を廻航したとき、――その時にこそ、彼の引裂けた肉体と傷ついた魂とがたがいに血を噴き合い、混じり合い、ついに狂気になったのだ。この格闘後の帰航のみちに彼の執念が決定的に狂気となったということは、次のようなことからしてもほとんどまちがいでないと思われる。――その航海のみちすがらでは度々あばれ狂ったということだし、脚が折られてすら、その強大な胸の中にはおどろくべき生命力が潜んでいて、この譫妄(せんもう)状態の中に一層はげしく昂ぶったので、運転士たちは彼を固くしばりつけて吊床のうちで暴れるにまかせながら航海したということだ。狂人用の締胴着にくるまって疾風のはげしい動揺に振りまわされていたものだ。それからまもなく船もやや凌ぎよい海面に入って、微風に補助帆を張りながら静穏な熱帯の浪をかきわけて進んだが、そのころはだれの眼にも、エイハブ老人の乱心はホーン岬のうねりとともにすぎ去ったかとおもわれたし、彼自身もまた暗い穴から出てきて光と空気とを浴びたものだし、蒼ざめてはいたが平静に落着いた額の色をみせながら、冷静な命令をふたたび発するようになった。――そこで運転士たちはいよいよ狂気もしずまったかと神に感謝をささげたが、あにはからんや、エイハブは心身の底深くではなおも狂いつづけていたのだ。」
「譬えていうことをゆるされるならば、局部的狂乱が全体的健全を強襲してこれを占領し、そのすべての大砲をおのれの狂執する的に向って集中させたのであり、したがってエイハブは、彼の強力さを失うどころか、その一つの目的に向って、かつての正気だった日に何かの尋常な目的に向って注いだよりも、何千倍も強い力を罩(こ)めて対するようになった。
 これだけでも大変なことだ。だが、エイハブのさらに大きく暗く深い部面はまだこれでも何も説明されていないのと同じだ。だが、深いものを通俗化するのは空しいわざである。そしてすべての真実は深いものである。されば、心けだかく愁深き人々よ、今立っている忍びがえしをつけたクリュニの館の眺めがいかに壮絶であろうとも、その中心部からさらに深く階下に入りこんで行って、あの広大なローマ時代のテルメスの殿の跡をおとずれて見ようではないか。そこには人間が地上に営んだ幻怪なる堂塔の底深く埋もれつつ、その人間の根源的な偉大さ、畏怖すべき精髄のすべてが鬚髯(しゅぜん)におおわれて坐している。遺物の底に埋れ破片像を玉座とする古代。大いなる神々は、毀れた玉座を与えて虜囚の王を嘲笑い、王はカリアティドさながらに黙然と坐して、その凍った額に層々たる長押(なげし)を支えている。心誇らかに愁い深き人々よ、降り下って行って、あの誇らかに愁い深き王に訊ねてもみよ。そこに君たちの祖宗を見るであろう。君たちを生んだもの、若き君たちの高貴な追放を生んだものがそこにあり、その陰鬱な祖宗からのみ、永劫にわたる壮大な秘密が流れてくるのである。」




メルヴィル 白鯨 上 04




こちらもご参照下さい:

メルヴィル 『白鯨 中』 阿部知二 訳 (岩波文庫)
メルヴィル 『白鯨 下』 阿部知二 訳 (岩波文庫)


















































































ハーマン・メルヴィル 『幽霊船 他一篇』 坂下昇 訳 (岩波文庫)

「いいえ、ぼく、なんの変化もない方がいいのです」
(ハーマン・メルヴィル 「バートルビー」 より)


ハーマン・メルヴィル 
『幽霊船 他一篇』 
坂下昇 訳

岩波文庫 赤/32-308-5 

岩波書店 
1979年12月17日 第1刷発行
1980年7月20日 第2刷発行
262p
文庫判 並装
定価350円



Herman Melville: Benito Cereno, 1855, Bartleby, 1853


メルヴィル 幽霊船


帯文:

「無残な姿で漂流するスペイン船と病みほおけた船長。船上にたちこめるこの異様な気配の源は何か。再評価高い傑作ゴシック小説二篇。」


目次:

幽霊船(ベニート・セレーノ)
バートルビー

訳注
解説




◆本書より◆


「バートルビー」より:


「新聞広告に応募して、ある朝、私の事務所の閾(しきい)の上に、じっと動かぬ青年が立っていました。季節は夏のこととて、扉は開いていたのです。私はいまもあの姿を見る思いがする――清らげなまでの蒼白(あおじろ)さ、哀われを誘うほどの恭々(うやうや)しさ、癒(い)やし難いまでのやるせなさ! それがバートルビーだったのであります。」

「はじめ、バートルビーは世の常ならず大量の書き物をしました。まるで永い間写本そのものに餓えていたといわんばかりに、私の文書を腹くちるまでむさぼっているように見えました。これでは消化のための間合いもあったものじゃない。あたかも昼夜連続線上をつっぱしるが如く、昼は太陽、夜は灯火をたよりに、写しをやっている。彼のこの勉(いそしみ)と励(はげ)みに、せめて陽気さでも漂っていてくれたなら、私もその忠勤を大いなる歓びとしたのでしょうが、彼はただ書いて書いて書きつづけながら、ひたすら、沈黙し、色青ざめ、機械のようなのであります。」

「「なんの用でしょうか?」と、彼が言います。柔和にです。
 「写しだよ、写しだよ」と、私がせきこんで言いました。「みんなでこれから照合をするところだよ」――と、私は彼の方に四番目の写しを差し出す。
 「ぼく、そうしない方がいいのですが」と、彼が言い、おだやかに衝立ての後ろに消えました。
 数瞬、私は「塩の柱」と化してしまいました。(中略)ようやくわれに返ると、この不条理きわまる振舞いはどういうつもりだ、と詰めよったのです。
 「なにゆえに君は拒(こば)むのかね?」
 「ぼく、そうしない方がいいのですが」
 (中略)
 「これはだよ、君が自分で作った写しなんだ。それをみんなで照合しようというのだよ。それなら君の労力の節約にもなることだからね。だってそうだろ、一度の照合で君の写し四部がすんでしまうのだよ。これが普通の慣習なんだ、写本生ならば、自分の作った写しの照合を手伝う義務があるんだ。君、なんともしゃべらぬつもりかい? 答えなさい」
 「ぼく、そうしない方がいいのですが」と、彼が答えました。さわやかなること、天使長の吹く銀のらっぱの如き口調です。私にはこうとしか見えぬのです。つまり、私の陳述の一節一節をねんごろに思索し、その意味は完全に理解し、その抗(あらが)い難い結論には異論の唱えようはないと知りながらも、それと同時に、なにか卓越した思いに支配されているものだから、それで彼としてはああとしか答えられないのだと。」

「観察していると、この男は午餐(ディナー)に外へ出たことがない。それどころか、どこにだって出ていったことがない。いまに到るまで、といって私の知るところではだが、彼が私の事務所から一歩でも出たという事実はない。あの隅で、永遠の歩哨に就いている。」
「彼は午餐を食べたことがない。ならば、菜食主義者に違いない。いや、さにあらず、野菜だって食べたことがない、食うのはくるみしょうがだけ!」

「ああ、哀われな人の子よ、と私は考えます。悪意はなんにもないのだからな。慠(おご)った行いをするつもりがないことは明らかだ。あの桁外れの奇癖にしても、不作為のものであることはその相で十分に証(あかし)が立つ。(中略)ここで私に追い出されたら、十中八九、私ほどには甘くない傭い主にぶっつかり、あしざまに取扱われ、いずれは、恐らく、放り出されて惨めな餓え死にを迎えるしかあるまい。」

「私はこう憶測しました。つまり、無限の間、バートルビーは私の事務所で食事を食べ、着物を着、眠りを眠っていたに違いないと。それにしては、皿もなく、鏡もなく、ベッドもないのに、そうしていたことになる。(中略)そうなんだ、と私は考えました。もはや明白で疑うすべもない、バートルビーはここをわが家となし、わが身ひとりの「独身者の館(やかた)」を営みつつ、安逸のパラダイスを夢みているのだ。すると忽ち、私の念頭を掠めた思いがあります。ああ、ここに露わにされたもの、それは何という惨めな孤独と寂寥! 彼の貧しさの大いさよ! だが、その孤絶にいたっては、何という恐ろしさよ! 考えてもみよ。日曜ともなれば、ウォール街は人無き里。滅びの町ペトラ(石)だ! さらに、くる日くる日の夜は、あるものはただ虚空(こくう)のみ。(中略)それでいて、バートルビーはここにわが家を営んでいる。孤独をも衆生の賑わいと観ずる、ひとりぽっちの傍観者――いうなれば、昔カルタゴの廃墟にひとり佇(たたず)んだ、かのマリウスの清浄な変身!
 私の生涯で初めて、ある圧倒するような、突き刺すような憂欝が私を捉えていました。(中略)いまは、すべての人と人とを結ぶ人間の絆(きずな)が抗(あらが)い難くも私を陰欝の気へ曳きずってゆくのでした。」

「いま、この男にまつわりついているのを気がついていた、静寂な神秘のすべてが思い出されてきました。一つ、彼は答え以外に口をきいたことがない。一つ、時にはかなりな時間を自由にできたはずなのに、読書をしているところを見たことがない――いや、新聞すら読んでいない。一つ、あんなに永い間、衝立ての後ろの青じろい窓べに佇み、煉瓦の死に壁(盲壁)を見凝めている。彼が慈善の給食場にも、町の食堂にも足を運んだことがないことは私には確かだ。(中略)一つ、彼が誰なりや、いずこよりきたりしや、この世に身寄りがあるのかないのか、話そうとはしない。一つ、あれほどの窶(や)つれた青い面(おもて)をしながら、どこぞが悪いと訴えたこともない。ああ、一切に絶して思い出されてくるのは、彼の身辺に漂う、青ざめた――さあ、何と言っていいか? ――そう、青ざめた高ぶり、というよりは、峻烈な自己抑制をこめた、ある種の無我の風でした。」

「次の日、気がついてみると、バートルビーは自分の窓べに佇んだまま、例の死に壁(盲壁)の夢想に耽ったきり、なんにもしていません。なぜ書き物をしないのかと尋ねますと、もはや書き物は一切しないことに決定したのだというのです。」



「解説」より:

「人間の最も美しい、清浄な形は idiot savant (物を知る阿呆)だ、と彼はいう。」




本書をよんだ人はカフカの「家父の気がかり」「断食芸人」とエドワード・ゴーリーの絵本「うろんな客」もよむとよいです。








































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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