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色川武大 『小さな部屋|明日泣く』 (講談社文芸文庫)

「もし百パーセントの病人になって、正気を失ったまま日が送れたらどんなに楽だろう。自分が、自分のことを忘れることができたら、すばらしいのだが。」
(色川武大 「蛙」 より)


色川武大 
『小さな部屋 
明日泣く』
 
講談社文芸文庫 い N 4 

講談社 
2011年1月7日 第1刷発行
2011年6月20日 第2刷発行
285p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価1,400円(税別)
デザイン: 菊地信義


「本書に収録した作品のうち、「小さな部屋」は「文学界」(一九九九年五月号)を、その他の作品は、福武書店刊『色川武大 阿佐田哲也全集』第一巻、第三巻、第五巻(一九九一年一一月、一二月、一九九二年七月)を底本として使用し(中略)ました。」



「年譜」「著書目録」は二段組。解説中に図版(モノクロ)7点。
本書はアマゾンマケプレで664円(+送料250円)で売られてたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。カバーに背ヤケ(褪色)がありました。
「小さな部屋」「穴」のテーマは『生家へ』で再び取り上げられています。「鳥」は『友は野末に 九つの短篇』収録「鳥」とは別作品ですが、どちらも白菜鳥(?)が登場します。


色川武大 小さな部屋 明日泣く 01


カバー裏文:

「朽ちかけた貸部屋に我物顔に出入りする猫、鼠、虫達。いつしか青年は、凄まじい〈部屋〉を自分と同じ細胞をもつ存在と感じ熱愛し始める――没後一〇年目に発見された色川武大名義の幻の処女作「小さな部屋」、名曲“アイル・クライ・トゥモロウ”そのままの流転の人生を辿る女を陰影深く描く「明日泣く」等一二篇・戦後の巷を常に無頼として生きながら、文学への志を性根にすえて書いた色川武大の原質とその変貌を示す精選集。」


目次 (初出):

小さな部屋 (「文学生活」 昭和31年)
眠るなよスリーピイ (「小説中央公論」 昭和38年)
穴 (「層」 昭和40年)
ひとり博打 (「早稲田文学」 昭和45年)
泥 (「すばる」 昭和54年)
鳥 (「海」 昭和54年)
蛙 (「中央公論」 昭和58年)
明日泣く (「週刊小説」 昭和61年)
路上 (「群像」 昭和62年)
甘い記憶 (「小説現代」 昭和63年)
男の旅路 (「週刊小説」 昭和63年)
道路の虹 (「海燕」 昭和64年)

解説 昭和の子の文学 (内藤誠)
年譜 (「福武書店刊『色川武大 阿佐田哲也全集』第一六巻所収の「色川武大年譜 自筆年譜に依る」を使用させて頂きました。」)
著書目録 (作成: 編集部)



色川武大 小さな部屋 明日泣く 02



◆本書より◆


「ひとり博打」より:

「自分とは何者であるか、という問いつめはむろん必要であるにしても、その結果、ポロリと解答が出てくる式の、その解答自体はほとんどなんの意味もないことのように思われる。要するに何者だって(人間でなくたって)かまやしないので、したがって、私が無頼であるとか、ないとか、いかなる気質でどんなふうに生き、生きようとしているか、などについて記述するつもりはない。
 何が記述したいか。私と砂漠との関係である。」
「私は何故かいつも悔いている。道を歩いているとしょっちゅう砂漠にぶつかるのである。私としては心のままにまっすぐ歩いていきたいが、そのまま歩けば不毛の土地であり、いずれ飢え死をしてしまう。そこで今までの自分の向かう方向から遠去かりすぎない算段をしながら砂漠の縁を迂回しはじめるのである。その行為にはそれなりの自然さを認めよう。しかしいつも思うのだ。心のままにまっすぐ砂漠へ踏みこんでいって、飢えるか狂うか、生きられぬ段階に至るまでの、生きられぬこととの葛藤のプロセスこそ、生きるということであるまいか。」

「ありていにいえば、当時の私は、転げるように生きていって、そうして死んでしまいたいと思っていた。その反面、じっくりと生きていくことに憧れてもいた。いや、そんな言い方はやはり浅薄なので、死んでしまいたいと思ったのは当時の状況にひかされたヤケな心情にすぎず、ただじっくりすることが生きることだろうと思っていた。いや、どうであろうとじっくりする以外に方策がない、それが生きることなのだろうと思っていた。つまり、砂漠に直進もできず、といって迂回していこうとも思わず、砂漠の入口のところで途方に暮れて立ちどまっている、その立ちどまりの方をじっくりとさせることによってひとつの態度にしようとしていた。」



「鳥」より:

「大きな竹籠が茂みの中にあってね。その中に蒼い野菜のようなものが折り重なって入っている。その野菜に眼がついていて、キロッ、キロッ、と黒い部分がときおり動いているんだな。
 よく見ると、棕櫚の葉のような大きい嘴があり、蟬の身のように節のついた胴体が、蒼い羽の陰にあるんだ。蒼い羽は、しもげた白菜のようにしわしわになっている。そうしてゴムテープみたいな太い紐で荷造りされたように縛られている。
 鳥はしかし、少しも騒ぎたてない。黒い眼の玉だけを、キロッ、キロッ、と動かしている。鳴き声のない鳥かもしれないな。
草叢の中に、しもげた白菜のような羽が、点々と捨てられている。
 通行人たちはその竹籠のそばにきてなんとなく眺めている。それから先をいそぐように、そそくさと立ち去って行く。
 ぼくも歩きだしたがね、
 「さァ、鳥はいかが――」
 別の男にまた呼びとめられるんだ。さっきのは広い道すじに面した好位置だったが、気をつけて見廻すと、あちらにもこちらにも出張っているようで、皆同じ竹籠、同じ荷なんだ。
 おばさんの売り手も立っていて、首尾よくつかまえた客から銭を貰い、竹籠の中に手を突っこんで、板のようになった品物をひとつ、つかみだした。
 「お客さん、首に切り目をいれておくかね」
 客が頷いたのだろう。それで彼女はうそ寒い夕風に髪を揺らしながら、包丁を持ってプスリと品物に突きたてた。」

「ひょっこり、向こうから弟が、大人用自転車に危なっかしく三角乗りしてやってきてね。ぼくのことはすぐ気がつくだろうと思ってると、すうっと前をすぎていってしまうのさ。何故って、弟は人波なんか見てやしないんだ。弟が見ているのは、道路の白線や、信号や、穴ぼこや、切れてさがっている電線なんかなんだ。」
「弟は一人遊びでもしているように、道路を大きくユーターンして、大神宮のある横道に走りこんでいった。」



「蛙」より:

「結婚しなきゃ人生はわからん、と友人がいつかいったがね、どう思う。自分はお隣りに話しかけた。
 ぼくはそうも思わない、とお隣りはいう。
 何故。
 なにもやってない人なんて居ないから。独身を続けなきゃわからんことだってあるだろうし。学歴がなくたってどこかでべつの歴をつくってる。そんなものさ。」

「もし百パーセントの病人になって、正気を失ったまま日が送れたらどんなに楽だろう。自分が、自分のことを忘れることができたら、すばらしいのだが。」

「自分は彼のあとについて山道を歩いた。懐中電灯もないから、闇。沼が青く光っている。沼の中央に草がこんもり茂ったところがあり、棒が立てられ、その先に裸電球が弱々しく灯っている。白い小さな地蔵がそのそばに見えがくれしている。
 水死した子供が居たんだね、その親がたてたんだろう、向うに高札があるよ。
 かわいそうに、こんなところの地霊になって。
 どうして、いいところでしょう
 蛙の声が四方からどよもすように押し寄せてくる。」

「彼は誰とも衝突しなかったんでしょう。病院のベッドに居るように生きていたんでしょう。」

「彼はなにもやろうとしていなかった。ただ生きていただけだった。」



「明日泣く」より:

「「どうしてキッコに関心を持ちつづけているのか、今までよくわからなかったが――」
 と私は妻にいったことがある。
 「自分勝手に生きて、いつか泣きを見るだろう、キッコが泣くところを見てみたい、その気持と、俺だってキッコのタイプなんだから、泣きを見るとはかぎらない、そのままずっと生きていってほしい、そういう気持とが混ざり合っているんだな。それでなんだか、眼が離せないんだ」」



「路上」より:

「けれども、私の一生は、路上を歩き続けただけのようなものだった、という実感は消えない。職場でもなく、家庭でもなく、路上でただ保留し、回避し、もちろんただ回避しているだけですむはずもないから、税金のように屈託を背負いこむ。」


「甘い記憶」より:

「他の子たちが、多少の前後の差はあっても同じレールを粛々として歩いているのに、私は一人ではずれた野ッ原に立ちつくしているような心境だった。年齢を増すにつれて、その位置が遠く離れていく。」


「道路の虹」より:

「たとえば、空が、現今のように無機質なただの空ではなかった。見上げると、いつも何かが動いていた。鳶が輪をかいていたり、もっと上空に渡り鳥の列があったり、電線にはたいがい雀や鳩や大小の鳥がとまっていたし、鴉、それから、蜻蛉や蝶の類。
 私の生家は牛込で、これは東京の都心部に属するが、夕方になるとちゃんと蝙蝠が街灯のまわりを飛び廻っていた。日が暮れると、大きな蜻蛉が庭木にそうッと近寄ってきて、やがて眠るために小枝にぶらさがる。昼間は蜻蛉捕りに夢中になっていても、夜の蜻蛉には手を出さない。雀たちはどこで寝ているかと思って原ッぱに佇んでいると、大きな樹木の葉裏にいっせいに潜りこんでいるらしい。ところが何故かはぐれて、貧弱で葉も小さい樹の中にもぐりこむ一羽が居たりする。
 猫も、野良犬も、家畜というだけでなく、それぞれ自分の顔を持っていた。そうして、そういうことが不思議でもなんでもなくて、生き物は、混じり合い、競い合って生きていくものだと思っていた。」





































































































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色川武大 『友は野末に 九つの短篇』

「私はこのまま学校へ行かずに、永久に体制の外へはみ出てしまうとしても、それ以外に道がないと思うことができた。」
(色川武大 「蛇」 より)


色川武大 
『友は野末に 
九つの短篇』


新潮社
2015年3月30日 発行
2015年4月25日 二刷
251p 付記1p
四六判 並装(フランス表紙) 筒函
定価2,000円(税別)
表紙装画: 有馬忠士
筒函デザイン・装幀: 新潮社装幀室


「「蛇」を除く小説は全て『色川武大 阿佐田哲也全集』(福武書店)を底本としました。」



本書はアマゾンマケプレで最安値(定価のほぼ半額)のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。背割れがありました。
マーク・トウェイン『不思議な少年』をおもわせる幻想童話「鳥」がよいです。色川さんの動物小説はよいです。幻覚小説もよいです。


色川武大 友は野末に 01


目次 (初出):

 *
友は野末に (「オール讀物」 昭和58年3月号)
卵の実 (「オール讀物」 昭和61年11月号)
新宿その闇 (「小説新潮」 昭和61年12月号)
多町の芍薬 (「別冊文藝春秋」 昭和60年1月)
右も左もぽん中ブギ (「小説現代」 昭和54年6月号)
奴隷小説 (「すばる」 昭和57年8月号)
吾輩は猫でない (「話の特集」 昭和50年9月号)
蛇 (「文学者」 1971年2月号)
鳥 (「新潮」 昭和62年1月号)

 **
対談 博打も人生も九勝六敗のヤツが一番強い 嵐山光三郎と
 (「ドリブ」 1985年5月号/初出は阿佐田哲也名義での対談)
対談 まず自分が一人抜きん出ることだよ 立川談志と
 (立川談志『談志楽屋噺』文春文庫より。白夜書房版単行本は1987年刊)

 ***
色川孝子インタビュー 聞き手・柳橋史(元編集者)
 「虚」と「実」のバランス――「最後の無頼派」と呼ばれた夫との二十年
 (「文學界」 1997年5月号)

あとがき――不思議な怪物とその後の私 (色川孝子)



色川武大 友は野末に 02



◆本書より◆


「奴隷小説」より:

「どうも、人間と、そうでない生き物との見境いがつかない。見境いをつけてはいけないという気持からではなく、実際、ごく自然に、私とそれらの生き物とは五十歩百歩の存在のように思える。すると、犬猫と蝶、蝶と魚、魚とゴキブリ、なんであれ境い目が漠然としてきて、一方で境い目をつけていないのにここで境い目をつけるわけにはいかないという気になってくる。たとえば、細菌というような眼に見えない物などは、さすがに実感が湧かなかったが、やっぱり境い目をつけるわけにはいかない。」

「その頃だったと思う。新聞の三面記事の隅っこに小さく、屠殺場から夜半に逃げだした馬のことが記されていた。その馬は品川から海岸伝いにどこまでも駈けるのであるが、次第に追手にとりかこまれ、人家の密集した袋小路に入ってしまう。
 どこまで駈けても自分の世界がない馬の運命が刺激的だった。自分も五十歩百歩だと思いたいが、やはりそれは甘い愉悦にすぎないかもしれない。」



「吾輩は猫でない」より:

「十年ほど前、珍しく概念的でない新聞記事を見かけたことがある。社会爛の最下段の小さな記事だったが、私は感動してそれを切り抜き、しばらく机のひきだしの中へ入れておいた。
 私はしょっちゅう引越しをするくせがあり、何年かするうちにまぎれてなくなってしまって、今ここにその文章を引用できないのが残念だが、大要左のような話であった。
 品川の屠殺場の繋索をひき千切って逃げた一頭の馬があり、制止の声をかいくぐり海岸端の舗装道路を逸走した。深夜だったがぽつりぽつりと人眼があり、彼等の訴えですぐに何台ものパトカーが出動する。しかしこの馬は狂ったように疾駆し、蒲田あたりまで駆け抜けたそうである。はじめ海岸端の大通りのはずが、いつのまにか人家の密集地帯に入りこみ、とうとう袋小路に迷いこんでしまう。
 騒ぎで起きだした男たちや警官に、歯をむきだし、前肢をあおって抵抗したという。
 たったこれだけの話であるが、晩春の夜気の中を、どこまで走っても自分の世界を見出せない馬の姿が、今でもシルエットとなって私の胸の中に残っている。」



「蛇」より:

「なるべく、というか、できうる限り、変化しないこと、私はもともとそれを望んでいた。その場所の居心地はどうでもかまわない。じっと我慢していればそのうち慣れてしまう。ただ、新らしい場所に移ることだけは勘弁して欲しい。(中略)むろん、生きている以上、一刻一刻変化しないではいられない。小さな変化もあるし大きな変化もある。牡蠣が貝殻に吸いつくように、私はいつも、今得たばかりの現在地点に執着し、なんとかそこを離れまいとしながら結局引き剝がされ押しだされてしまう。
 私はずっとそういう生き方をしてきた。怠け者にはちがいないが、けれどもある意味では此の世の定則と、絶えず無益な戦争をくり返していたようなものだ。新らしい衣服を着せられまいとして、母親の顔を爪で裂いたことがある。入浴も、散髪も、洗顔も、大事件であった。飯を喰うことも嫌いだった。そうしていつも敗れてそれ等のことを実行するはめになり、意に反しながら育ってきたのだった。」

「私は儀式を憎んだ。そうして又、人生の要点が儀式によって成り立っていることも覚った。たとえば学帽だ。たとえば徽章であり、ランドセルであり、草履袋であり、カラーの大きいシャツであり、校服であり、新調の靴であった。近所の小学校に通学するについて、こんなにも多くのそれまでと変ったものを身につけなければならず、辛うじて以前の形を保っているのは私の小さな肉体だけという有様だった。もし、こんなふうな奇矯な恰好で通学するのが世界じゅうで私一人ということなのだったら、どんなにか気楽だったろう。私が息苦しくなってしまうのは、誰もが、例外なく、同じようにしているとい点に起因していた。小学校へかようのに、通学する恰好になるということは、常識以前のごくありきたりの原則のようであり、人々は諸事万端、その原則を呑みこんで暮らしているようであった。
 けれども、何故、それがいいこと(引用者注: 「いいこと」に傍点)なのだろう。(中略)私たちは結局原則に捻じ伏せられて生きてしまうが、たとえそうであっても、苦もなく原則を呑みこむのは恥ずべき所業ではあるまいか。」

「席の順に指名して解答を命じるとき、担任教師は私の隣りの生徒までその順番がくると、私を飛び越して横の者を指名するのが常だった。彼はなんとかして私にかかわりあうまいとしていた。生徒たちも私のそばに寄ってくる者はすくなかった。ある夕方、当時私と遊んでくれる数少ない級友が彼の家の門の前に立っていることを認めて、遠くから急ぎ足で近づいたが、いつのまにか級友の姿はなくなっていた。彼は門扉の裏に隠れて、息をひそめて私の通りすぎるのを待っているのだった。もっともそうしたことを私が不満に思っていたわけではない。私も自分を好いてはいなかったから。
 ずっと後で、中学の後半の頃、誰一人私を愛していないという状況に直面して大分へこたれたことがあったが、この時分の私はもっとずっと強かった。私は愛されなくとも平気であった。人を愛したり、助け合ったりしようなどとは微塵も思わなかった。そんなものより数倍も上廻る困惑を抱えて生きていた。」

「ある日、登校するためにいつもの大通りを歩いていたが、学校への道をまがらず、どんどんまっすぐ歩いていることに気がついた。それはその日はじめての経験だったが、すぐに、学校へ行かないためにこうして歩いているのだと覚った。(中略)私は学校へ入る前の、散髪や入浴を一日延ばしにしていた頃を思い出していた。学校に行かないということは充分魅力があったが、同時にこう思った。これはつまり、学校へ行くのを一日延ばしにするということだな。いつか大きな力が加わって、私を学校へ連れ戻すだろう。でもそれまでは学校へなんか行くものか。」
「私はこのまま学校へ行かずに、永久に体制の外へはみ出てしまうとしても、それ以外に道がないと思うことができた。当時、私は多量の困惑を、生きることそのものに匹敵するような困惑を抱えこんでいたので、“不安”などの混じる余地はなかったのだ。」



「鳥」より:

「いつのまにか小さい子たちが寄ってきて、皆、黙って少女の手元を眺めています。彼女がいじっているのはただの泥なのに、それぞれの想像を楽しんでいるみたいです。」
「柔かな泥がかすかに動きだして、草の芽が吹きだすように、白い小さな物がぱくぱく動きながらいくつも現われました。小指の先よりまだ小さくて、薄い護謨(ゴム)の袋のようで、袋の口を上にして立っています。その口の部分がぴこぴこと動いているのです。
 女の子は、他の子たちが手を出さないように、
 「見ててね――」
 といって、いったん家の中に入り、ビニール袋を持って現われ、袋の中から、白菜の芯みたいなものをつかみだして、泥の上におきました。白菜の芯みたいなものも、小さな傘のように立って動きます。
 それが鳥らしいのです。鳥は護謨袋たちの間をせわしなく動きまわって、なにか自分の意思を袋たちに伝えようとしているかに見えますが、それがなんだかわかりません。そのうち鳥は無性に癇がたつらしく、袋たちからはずれてくるくる廻りはじめます。
 子供たちは皆満足そうに、黙ってその様子を眺めています。護謨袋たちはなにも喰べている様子がないのに、少しずつ色がくろずんでいき、いくらか大きくなってもいるようです。
 手足が生えてくるわけでも、眼鼻がつくわけでもないが、眼に見えて発育はしているようで、このぶんだと彼等の幼年はほんのわずかのうちにすぎ去っていくのでしょう。」
「鳥が、不意に、ぎゃ、ぎゃ、と小さく鳴きました。すると袋たちが、いっせいにぴこぴこをやめて、袋の口を鳥の方に向けます。(中略)なんのことだかさっぱりわかりません。わからないけれども、子供たちは多分それぞれ想像をしているのでしょう。
 父がどこからか帰ってきて、ぼくの掌に小銭を握らせます。で、ぼくは大急ぎでマーケットに行って、料理しなくともよい野菜のてんぷらと、父のための刺身を買って戻りました。
 たったそれだけの時間なのに、路地の中は、護謨袋が砂を撒き散らしたように増えており、白菜の芯の小さな奴も点々と混じっていました。小さくても白菜になるとそれぞれ独自の動きを見せ、個性も特長もあるようですが、それがどんな個性なのか、想像をたくましくする他はありません。」
「白菜たちは泥の柔かいところに行って、てんでに卵を産み落していました。卵からはやがて泥を蠢動させて護謨袋が出てきます。ぎゃ、ぎゃ、と小さく鳴く以外、無言の世界で、しかしたくさんの護謨袋がぴこぴこしているので、少しも眼が離せません。
 これだけ早く成長するのなら、彼等がどうやって死に至るのか、それも見られるのでしょう。当然のことながら、白菜たちの中には倒れて動かなくなってしまうのがあります。泥の中に居る小さな虫に侵蝕されてしまうのでしょう。護謨袋の方もぴこぴこをやめて乾いたようになってしまうのも居ます。事故死や病死はわかるとして、やっぱり彼等の寿命が見たい。一生をすべて眺めるのでなければ、彼等というものが幸せだったか不幸だったか、判定もできないし、ひいては彼等というものを理解することもできません。
 それに、この遊びは結局そこまで行くでしょう。寿命がつきるところまで行かなければけりがつきません。もっとも、あとからあとから産まれてくるわけだから、すると、どこで終るのでしょう。
 白菜も護謨袋も、路地いっぱいに増えて、はじかれたものたちは舗装された道路の方まで溢れて居ます。」



「対談 博打も人生も九勝六敗のヤツが一番強い」より:

「とくに勝負の話っていうのは、どうしても勝ち負けの話になるでしょう。ところが、長い勝負のうち、勝ちでもない、負けでもない「しのぐ時間」というのが、ほんとは一番長いんですよね。そこのところが一番重要なんだけど、これを話しだすともう、ゴチャゴチャになっちゃうし、「辛抱する」っていうこと一つ取っても、これは口ではちょっといえないんですよね。」


「対談 まず自分が一人抜きん出ることだよ」より:

「合わそう、合わそうとしている人はどうしても遅れが目立っちゃうけど、合わそうと思ってない人は遅れてたっていいんだよ。」

「だから、ちょっと話がとぶみたいだけど、寄席の回復というのはもっとアングラにするよりしょうがないと思うんだ。たとえばもっと夢みたいな世界、現実的じゃない世界。だから夜中に始めたっていいし、それこそ中入りにコーラの代わりにヒロポン売りに来たっていいんですよ。それから、やることの基準も、いわゆる市民道徳と同じことやってたんじゃ、テレビとそんなに違わなくなっちゃうからね。うっかりすると、あの寄席に行くと手入れがありそうだなんていう、隠れて行くようなところがなけりゃだめだな。あるいは爛熟(らんじゅく)の世界ね。」

「いまの落語家の若手が、最初の段階でわりに客に好かれようとするじゃない? あれが好かれようとするために毒を抜いちゃうね。それで、最大公約数的人間のような顔つきをしているというのが、まず強い執着を起こさせないというかね、それはあるかもしれない。だから、もっと個性のはっきりした人間がいっぱい出てくるといいんだね。昔は「てめえ、なんで来た」というような感じで怖いなという芸人さんはけっこういたんだけどね。」

「だから、落語もいっそ思い切って、アングラ無道徳から出発し直したらどうかと思う。それで、いままでの既成じゃないものをどんどん取っていく。古典落語だってあぐらをかいているようでは、エネルギーが不足しちゃうんだよ。」



色川孝子インタビュー「「虚」と「実」のバランス」より:

「九州から家出してきたファンの青年が住みついたこともありました。ところが、ある日「お世話になりました」という置き手紙を残し、買ったばかりの8ミリ映写機や時計を盗んで消えてそれっきり。しかし、色川は全くこたえていませんでした。麻雀でイカサマをやって稼いだり、自分もさんざんワルをやってきましたから、これで五分五分だと思っているんです。ですから、人を窮地に追い込むことは絶対にしませんでした。後になって、色川の机からは数百万円の借用書が何枚か出てきましたよ。返してくれなくても平気だったんでしょうね。自分に余裕があるわけでもないのに。」





この本をよんだ人は、こんな本もよんでいます:

『アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国』 (2017年)










































































色川武大 『怪しい来客簿』 (文春文庫)

「「紙一重ですよ、あたしだって。でも、考えないようにしてるンです」」
(色川武大 「とんがれ とんがり とんがる」 より)


色川武大 
『怪しい来客簿』
 
文春文庫 い 9 4 

文藝春秋
1989年10月10日 第1刷
2014年10月25日 第14刷
310p
文庫判 並装 カバー
定価550円+税
カバーイラストレーション: 黒田征太郎


「昭和52年4月話の特集刊」



本書はまだよんでいなかったので honto で注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


色川武大 怪しい来客簿


カバー裏文:

「「私が関東平野で生まれ育ったせいであろうか、地面というものは平らなものだと思ってしまっているようなところがある――門の前の青春」「亡くなった叔父が、頻々と私のところを訪ねてくるようになった――墓」独自の性癖と感性、幻想が醸す妖しの世界を清冽に描き泉鏡花文学賞を受賞した、世評高い連作短篇。」


目次:

空襲のあと
尻の穴から槍が
サバ折り文ちゃん
したいことはできなくて
右むけ右
門の前の青春
名なしのごんべえ
砂漠に陽は落ちて
とんがれ とんがり とんがる
ふうふう、ふうふう
タップダンス
見えない来客

月は東に日は西に
スリー、フォー、ファイブ、テン
また、電話する
たすけておくれ

解説 (長部日出雄)




◆本書より◆


「尻の穴から槍が」より:

「当時私は左のような戒律を自分に課していた。
 一か所に淀(よど)まないこと。
 あせって一足飛びに変化しようとしないこと。
 他人とちがうバランスのとりかたをすること。」



「サバ折り文ちゃん」より:

「劣等感はまた多くの場合感受性を発達させる。劣等感が土台になって他者の弱さをも理解していくからである。」


「右むけ右」より:

「教練の時間は級友が交代で小隊長の役目を務め、指揮の練習をする。」
「しかし河野が当番になると、彼はいつも右と左をまちがえたり判断がわるかったりして、隊列が塀にぶつかってしまったり、花壇の中へ入ったり、泉水に行き当ったりしてしまう。
 いくら叱(しか)られても直らない。運動場のまん中に居る私たちが、徐々に徐々に隅っこへ寄っていって、あぶないと思うまもなくどこかにぶつかってしまう。私たちは歩きながら忍(しの)び笑いしているが、隅に寄りだしたあたりから彼は緊張し、なんとかうまく動かそうとしてかえってまずくいってしまう。
 一度などは方々で迷わしたあげく、隊列を校門の外に出してしまった。
 しかし今考えてみると、この点に関する河野の劣等ぶりは、なかなか味があったと思う。」
「これに対して河野と劣等生ぶりを競っていた私の方は、もっと下品で卑小なことばかりやっていた。授業時間中に、教師たちの言辞や行為のあげ足をとって落首めいた地下新聞を作成するのが私の趣味であった。(中略)そうして、(中略)依然として当時と似たようなことをやっている自分に呆(あき)れかえる。」



「名なしのごんべえ」より:

「不気味なものというものはやはりこの世にあるのであり、それどころか、人間が本当に生きようとすると、恰好が整わなくなって化け物のようにならざるをえない。」


「とんがれ とんがり とんがる」より:

「私の出産のとき、母親の胎内のどこかに頭部がひっかかったか張りついていたかして、なかなか出でこず、医者が、鉗子(かんし)という鋏(はさみ)のようなものを使ってひきずりだした。多分、そのためであろう、私の頭の形はいびつになっている。」
「単純に鉗子のせいにばかり帰することはできないが、私の気質の中にも、エキセントリックなものや、不恰好(ぶかっこう)なものが含まれているし、(中略)青年期をすぎてからは、その影響と思われるいろいろの現象が現われ、それは徐々に濃くなって日常の私を苦しめている。
 しかし、幼い頃の私は、まず、いびつな頭部を気にした。」
「自分を奇形と思う心情と、俗にいう劣等感とは多少ダブっているが、あるところで微妙にちがっているようである。」
「奇形の心境とはどういうものか、(中略)一言で代表させれば、人と同じことをすると、笑われたり、びっくりされたりするのではないか、ということではなかろうか。誰もがやっている何気ない行為がためらわれる。」
「朝の洗顔ができない。風呂に入れない。床屋に行けない。衣服をかえられない。合唱ができない。一人ではよけい唄(うた)えない。(中略)皆がしゃべるときにはしゃべれない。誰もやらないこと以外はすべて抵抗がある。そのかわり、列を離れる範疇(はんちゅう)に属することならいかなることがあってもおどろかない。
 (人並みでないくせに)人並みであろうとするはずかしさを堪(た)え忍ぶくらいなら、孤立、孤独の方がはるかに楽なのである。」



「見えない来客」より:

「私は、誰とも喧嘩(けんか)をしていないのに、誰かと和解することをいつも空想していた。」


「月は東に日は西に」より:

「私は小学校でも、またその後の中学でも、いつも学業に心が向かず、教室に居てもべつのことばかりやっていたので、さて教師の言に耳を傾けようとしても、途中の積み重ねがないから何をいっているのかさっぱりわからない。」
「数学の教師が、席の順番に一人ずつ指名して、問題を問うた。
 私のすぐうしろの生徒のところまで順番がきて、それから私を飛び越し、私の前の席の生徒に質問がいった。
 その教師は、劣等生でまるで学業に身を入れない私を自分の生徒とは認めなかったわけで、教師からそういうあつかいを受けて、悔悟(かいご)奮起し勉学一途(いちず)に励んだかというと、そういうことはまるでなく、苦笑まじりに、なるほど教師のあつかいは無理もないことだわいと思うばかりであった。」

「おなみ、という彼女の名を教えてくれたのは、金竜館の横のハトヤのおかみだった。
 「あれは、どういう人なの」
 「さア、ノーバイで頭に来てるンだろう」
 おかみは苦もなくそういった。
 それが普通の見方だったろう。モンペ姿になっても日常性を感じさせず、ノーバイだろう、というよりほかにない有様だったところが彼女のさすがな点だ、と私は妙な感心をしたことを覚えている。」

「しかしもともと、私たちは、二十歳そこそこで戦争で死んでしまうだろうという想定のもとに生きていたのであり、それが、戦争非協力という罰を受けた以上、軍隊にもとられないで、最下積みの奴隷(どれい)として長いこと生きていかねばならないのではないか、という思いがあった。
 すると私が一人前の大人の年齢になってからは、おなみさんのように、すべてを棄てる生き方を継ぐより仕方がない。捨鉢に、目茶苦茶に、孤独に、無価値に、化け物のように生きるしかない。」

「おなみは生き残って、(中略)やがて、九州のどこかで乞食をしているうちに野垂れ死んだ、という噂(うわさ)をきいた。
 それは噂で、実体は知らないが、当然といえば当然すぎる死に方だと思う。同時に、最後まで、捨鉢を貫きとおした彼女の一生に、せめて私一人はひそかな拍手を送ってやりたいと思うのである。」





こちらもご参照ください:

岩本素白 『素白随筆集 ― 山居俗情・素白集』 (平凡社ライブラリー)















































































































色川武大 『百』 (新潮文庫)

「「そうすると、どうなるの」
「だから、どうもならない。それでいいんだ」」

(色川武大 「永日」 より)


色川武大 
『百』
 
新潮文庫 い-21-3

新潮社
平成2年1月25日 発行
平成27年3月20日 15刷改版
288p 付記2p
文庫判 並装 カバー
定価490円(税別)
カバー装画: 秋山巌


「この作品は昭和五十七年十月新潮社より刊行された。」



honto で注文しておいた本書と森敦『月山』が届いたのでよんでみました。二冊とも表紙絵がフクロウだったのは奇遇です。
本書のカバー絵のフクロウはたいへんすばらしいです。二羽のフクロウは著者と著者のお父さんでしょうか。本書収録短篇「永日」ではお父さんが精神病院に入れられてしまいますが、「私」は世話をする能力もないのに「おやじをあそこで死なせるわけにはいかない」と決意します。お父さんは結局自宅に戻れてよかったです。このお父さんは別の本では死んでからも幽霊になって自宅に戻って居座りつづけるので、とても意志が強いです。
この父と子はメルヴィルでいえばエイハブ船長と書記バートルビーのような変わり者同士であって、たいへん神話的かつ叙事詩的な運命劇であって、そういう意味では無頼派私小説は古代ギリシア以来の文学の本流であるといってよいです。


色川武大 百


カバー裏文:

「「おやじ、死なないでくれ――、と私は念じた。彼のためでなく私のために。父親が死んだら、まちがいの集積であった私の過去がその色で決定してしまうような気がする」
 百歳を前にして老耄のはじまった元軍人の父親と、無頼の日々を過してきた私との異様な親子関係を描いて、人生の凄味を感じさせる純文学遺作集。川端康成文学賞受賞の名作「百」ほか三編を収録する。」



目次:

連笑
ぼくの猿 ぼくの猫

永日

解説 (川村二郎)




◆本書より◆


「連笑」より:

「私は奇矯(ききょう)な子で、小学生の頃から学校に行きたがらず、登校するふりをして、公園の芝生や国電の線路脇(わき)などで一人でしゃがんだりしていることが多かった。(中略)ひっこみ思案のうえに覇気(はき)がなく、頭の形がいびつで大きいために子供がかなり深刻になる程度の片端(かたわ)意識があり、他人に慣れない。いわんや他人と競争することなどまったくできない。
 まず幼稚園で、周囲を手こずらせた。私はひたすら泣き、拒み、自分でも困惑した。小学校では集団構成が一倍本格的で、個人の困惑にそう全面的にはかかずらわっていない。その分、私は勝手に孤立し、自分の殻をつくった。たとえば、でんぐりがえしをするときに、平生気にしている大きな頭の尖端(せんたん)が地面につかえてしまうような気がする。すると、でんぐりがえしを拒否したくなる。教師に叱責される。しかし、叱責され全体の規律を乱すことをおそれず、その結果、他者より劣等あつかいされることを覚悟してしまえば、処罰などなんの意味もないのである。そうして、自分の内部で恥をつみかさねていくことにくらべれば、他人の劣等視など軽いものだ。」
「私は、他の皆が共有している世界の重さに対抗するだけの、自分だけの世界を持つことを欲(ほっ)していた。学校に代表され、さらにそこから枝葉がついて繁(しげ)っていく、規律に溢(あふ)れた社会生活に拮抗(きっこう)するような個人の持ち物などあるようにも思えなかったが、それでもなんとかそれらしきものを手にしたかった。
 多分、浅草も、私にとってのそのひとつだったと思う。」
「私の両親や、教師や級友の夢にも知らないであろう世界がそこにあった。でんぐりがえしはできないが、僕(ぼく)には浅草があるんだよ、私はいつも自分にそういいきかせていた。浅草の舞台で上演される演目では、いつも人並みでない者が主役だった。」



「ぼくの猿、ぼくの猫」より:

「ぼくは自分がどうかしていると思っていた。狂気の一コースかもしれないと思っていた。」
「教室で坐(すわ)っていると、ぽつん、と小さな点が目前に現われる。それは三つ四つと増えていく。ぼくには筋書がすべてわかっているが、それは蚊なのだ。そうしてたちまち蚊柱のようになり、飛び交いながら大きく拡(ひろ)がり、彼等自身飛び交えぬくらいの密度に増え、鼻も口も蚊でいっぱいになって息もできない。
 ぼくはじっと我慢している。多分、他の級友にはこんなことはおこらない。だからぼく一人で耐えなければならない。」
「ぼくは授業に心が向わないのみならず、級友と本当には打ちとけることも、喧嘩(けんか)することもできない。教練で、交代で指揮官になることを命じられるが、ぼくは指揮が苦手だった。自分はどうかしているので、そうである以上、他人に自分を主張することなどできない。
 戦場も、死も、遠い。女学生にも関心が向かない。道ですれちがった人たちの眼に、ぼくが映っているのだろうか、と思った記憶がある。ぼくは猿ではなかろうか。猫なのではないか。」
「ぼくは他人に介入していくことが不得手で、なるべく他人と葛藤(かっとう)するまいとする。
 二匹の仔猫(こねこ)が出窓のところに並んでぼくを眺めているのを見て、とっさに幻影か実像か判別がつきがたかったことがある。」

「――庭の黒土の中に、小指ほどの猫の仔が三匹へばりついている。そういう風景はどちらかといえば嫌(きら)いじゃない。けれども、布団のへりにも、小指ほどの仔猫が何匹かひっついていて、とても汚ない水のように光っている。
 ぼくは自分が無軌道だから、他人の無軌道に対してわりに寛大である。布団の仔猫を傷つけないように配慮したい。しかし、布団の中にも濡(ぬ)れた仔猫の気配があって、思うように足を突っこめない。」
「――庭の黒土や花壇の中にも仔猫が一面に湧(わ)いている。彼等は無心にもぞもぞと動き、ともに喰い合う。よく見ると船の錨(いかり)の形をした虫やねじ廻(まわ)しのような恰好の無視が混っている。
 縁の下にも居る。便所の中にも居る。このぶんでは押入れの中にも居るだろう。」

「ぼくはとにかくよく幻を見た。」



「永日」より:

「人に対して何かをいう前に、私はまず私自身を責めなければならない。だから屈託が増す。」




こちらもご参照ください:

色川武大 『遠景・雀・復活 ― 色川武大短篇集』 (講談社文芸文庫)



































































































































































色川武大 『遠景・雀・復活 ― 色川武大短篇集』 (講談社文芸文庫)

「僕は多分普通の人間ではありません。」
(色川武大 「遠景」 より)


色川武大 
『遠景・雀・復活
― 色川武大
短篇集』
 
講談社文芸文庫 い N3

講談社 
2008年11月10日 第1刷発行
278p 編集付記1p
文庫判 並装 カバー
定価1,300円(税別)
デザイン: 菊地信義



本書は昭和61年2月に福武書店より刊行された同題の短篇集収録の7篇に2篇(「九段の杜」「疾駆」)を追加収録しています。


色川武大 遠景 雀 復活


カバー裏文:

「父の末弟で、受験に何度も失敗し、自らの生を決めかね
悲しい結末を迎える若き叔父・御年。彼の書き残した父宛の
手紙で構成した「遠景」をはじめとし、夢の手法をまじえて
綴った「復活」ほか、生家をめぐる人々をモチーフとした
作品を中心に、ギャンブル仲間であった一人の男の意外な
出世と悲惨な転落を追った「虫喰仙次」など、全九篇を収録。
戦後最後の無頼派作家の描く、はぐれ者たちの生と死。」



目次:

走る少年
復活
観音
遠景

陽は西へ
虫喰仙次
九段の杜
疾駆

解説 (村松友視)
年譜 
著書目録
 



◆本書より◆


「走る少年」より:

「ぼくはもうどこへも行きたくない。新しい場所なんていやだ。」


「復活」より:

「ある日、古くなって開け閉(た)てしにくい生家の小さな門の板戸をきしませて、腰の曲った父が入ってきた。そうして郵便受けの下の家鴨小屋をなんとなくのぞきこんでいる。父が死んだという記憶はまだしっかり残っていたから、私は一瞬その方に視線を停めた。父は当然のことのように内玄関の方に歩いて来、カラカラと格子戸の音をさせ、茶の間にあがりこんで彼の定座に坐りこんでしまった。」

「父が茶の間に居るときに、客間の八畳で、盤に向かって一人碁を打っているもう一人の父を見かけたことがあった。茶の間の父はその方に向かって、口を丸く筒のようにして、うわお、と吠える仕草をして、碁盤の方にゆっくり這っていった。するともう一人の父は居なくなっていた。」



「観音」より:

「父は老いてから、長広舌をふるうことが珍しくなくなった。話相手は稀にしか居なかったが。
 「だが俺は親父は嫌いなんだ。どうしてもな。俺は人という奴が嫌いだから。――俺は俺の生き方でいいと思えればなァ」
 父はそこで詠嘆の語調を消して、
 「さ、おい、飯をくれや」
 といった。」



「遠景」より:

「僕はたしかに兄様の思っていらっしゃるような者でしょうか。あるいはそんな者でないかもしれませんよ。僕はもと月の世界の兎のように、あの太陽の火の玉の中に住む怠けた動物かもしれませんよ。またその動物が神様のまちがいでこの辛い嫌な人間に追われて低能児という名のもとに生きねばならぬものかもしれませんよ。」
「僕は多分普通の人間ではありません。」
「僕は普通の人間ではないのだから、兄様はじめ世の中の人と反対のときに泣くでしょう。」

「今までどおり、学校を出て学位を貰い、会社に勤める、それの方がよりよいことだといわれる人も多いですが、立脚点がちがいますから。」
「どうか許してください。」

「大概の人は或る大きな力で人間でなくなるようにさせられています。」



「雀」より:

「父親はわき見をするということが嫌いだった。」
「彼はまた、歩道の石畳の縁の線を踏むことをよしとしなかった。歩幅が、三つ目くらいの石畳のまん中に入る。だから街角で、いったん歩道が切れて、新しい歩道にひと足乗せるときに慎重に下を見定める。」
「弟も、道を曲るとき、辻のまん中まで行って、そこで九十度に曲る。」



「疾駆」より:

「登校の道すがら、ふっと横道に曲がりこむと、それで落伍劣等の形がきまる。けれども落伍者の行先は用意されていない。私は主として、方々にある原ッぱで、道行く人たちから見えないように、草の茂みの中でしゃがんでいた。」
「漠然と気にかかっていたことといえば、こんなことがいつまでできるだろうか、ということだった。成人してからも、一人でしゃがんでいられるような原ッぱみたいなものがあるだろうか。」





























































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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