ジュール・ヴェルヌ 『月世界へ行く』 江口清 訳 (創元推理文庫)

「ミシェル・アルダンは、熱狂してさけんだ。
 「ああ! なんという偉大な町が、これらの山の環の中につくられたのだ! しずかな町、平和な隠れ場所、それらはすべて人類の悲惨なものの外にある! すべての人間嫌い、すべての人類の敵、社会生活に嫌悪を感じたすべての者が、しずかに、孤立して、そこに生きているのだ!」」

(ジュール・ヴェルヌ 『月世界へ行く』 より)


ジュール・ヴェルヌ 
『月世界へ行く』 
江口清 訳
 
創元推理文庫 606-1

東京創元社
1964年10月23日 初版
1991年6月28日 19版
255p
文庫判 並装 カバー
定価430円(本体417円)
カバーデザイン: 小倉敏夫



Jule Verne: Autour de la lune, 1869


ヴェルヌ 月世界へ行く


カバー文:

「186X年、アメリカ人とフランス人の乗員を乗せた月ロケットがバルチモアから発射され、97時間の歴史的な大飛行が開始された。しかし、ロケットの行く手には流星の衝突や酸素の欠乏、軌道の修正といった予想外の事態が待ちかまえていた……! 19世紀の科学の粋を集めた本書は、その驚くべき予見と巧みなプロットによって、今日、一層輝きを増している。SF史上不朽の名作である。」


「186X年2人のアメリカ人と1人のフランス人を乗せた月ロケットがバルチモアから発射され、97時間の歴史的な大旅行を開始した。しかし、一路、月に向けて地球の引力圏を脱出したロケットの行く手には、流星の衝突や酸素の欠乏、あるいは軌道の修正等、予想外の事態が待ち受けていた。ロケットは無事、月に着陸するだろうか? また、地球に帰還できるだろうか? 19世紀の科学の粋と数世紀にわたる月観測の成果をふまえた本書は、その驚くべき予見と巧みなプロットによって、宇宙時代の今日、ますます声価を高めるSF史上不朽の古典である。」


目次:

序章

1 午後十時二十分より十時四十七分
2 最初の三十分
3 落ちつく場所
4 代数学をちょっぴり
5 空間の冷却
6 質疑応答
7 陶酔の瞬間
8 七万八千百十四リューにおいて
9 方向急転の結果
10 月の観察者たち
11 空想と現実
12 山岳学の詳述
13 月世界の風景
14 三百五十四時三十分の夜
15 双曲線か抛物線か
16 南半球
17 ティコ
18 重大な問題
19 不可能にたいして闘う
20 「サスクハンナ号」の水深測量
21 J・T・マストンを呼ぶ
22 救助作業
23 大団円

訳者あとがき




◆本書より◆


「広い大陸をさまよっていた視線は、次にはさらに広大な海に引きよせられて行った。それらの海は、その構造や位置や様子が地球の海を思い出させるだけでなく、地球上の海のように月の球体のひじょうに大きい部分を占めている。しかしその場所を占めているのは液体ではなくて、旅行者たちがやがてその性質を明らかにしたいと思っている平原なのである。
 天文学者たちがこれらのいわゆる海に、いくらか奇妙な名前をつけたということは認めなければならない。そして、科学は現在までそれらの名を大事にしてきたのである。ミシェル・アルダンが、この月世界図を、スキュデリー嬢やシラノ・ド・ベルジュラックによって作られた《愛情地図》にくらべてみたのは、理由のあることなのである。
 「ただし」と、彼はつけ加えた。「これはもう十七世紀のような感情の地図ではない。男性的な部分と女性的な部分の二つにはっきり分かれた生活の地図なのだ。女性は右の、男性は左の半球さ!」
 このミシェルの言葉は、二人の散文的な友人の肩をすくませるものだった。バービケーンとニコールは、月の地図をこの空想的な友とはまったく別の見地から見ていた。しかしこの空想的な友も、少しは正しかったのだる。それは読者がよろしく判断するであろうが。
 この左の半球には、人間の理性がしばしば溺れに行く「雲の海」がひろがっているのである。そこから遠くないところに、生活の苦労のあとを示している「雨の海」があらわれている。その近くには「嵐の海」が横たわっている。そこでは、人間が多くの場合打ち勝つことのできない情熱にたいして、たえず闘っているのである。それから、失望と裏切りと不実と地上の悲惨さの連続に疲れ果てて、その生涯の終わりに人間の見いだすものは何か? 大きな「不機嫌の海」である。それは「露の湾」の幾粒かの滴ではほとんどやわらげられはしないのである! 雲、雨、嵐、不機嫌、人間の一生にはこれ以外のものがあるだろうか? この四つの言葉のうちに人間の一生が要約されているのではないだろうか?
 「女性にささげられた」右の半球には、女の生活のあらゆる事件を含む、意味深い名の小さい海がある。それは、若い娘がのぞき込んでいる「静けさの海」であり、笑いを投げかけている未来を映している「夢の湖」である。愛情の波が立ち、愛のそよ風の吹く「甘美の海」なのである! 「豊饒の海」「危機の海」そしておそらくとても小さい「気うつの海」ついには、あらゆるかりそめの熱情を、無益な夢を、そして、満されない願望を呑み込む「静寂の海」となり、さらにその波は静かに「死の湖」に注ぐのである!
 なんという異様な名の連続なのだ! 二つの半球に奇妙に分けられ、男と女のようにたがいに結びつけられて空間を運ばれて行く、この生命をもつ球体を形づくっている月! 昔の天文学者たちの空想を、こういうように解釈したミシェルは間違っていたのだろうか?」


「ティコ山の環状の峰々と旅行者たちをへだてる距離はあまり大きくはなかったので、山々のこまかい点の主なものをいくつか書き取ることができた。ティコ山の堀を作っている盛り土の、内側や外側の勾配の波の上に、山々はもたれかかり、大きなテラスの集まりのように、重なり合っていた。西の山々は東のものよりも、三、四百フィートは高いように思われた。地球上のどんな陣営の配置の組織も、この自然の要塞には比較できなかった。このように、まるい穴の底に建設されたなら、絶対に近づくことはできないであろう。
 近づくことができない上に、絵のような起伏の多い土地の上に美しくひろがっているのである! じっさい自然は、この火口の底を平坦でなにもないままにはしておかなかった。この火口は特別の山岳誌をもっていたのであり、それはその火口を一つの別世界とするような、山国の組織なのだった。月の建築物の中でも傑作のものを受け入れるように、巧まずして配置された、円錐丘や中央の丘や土地の注目すべき変化などを、旅行者たちははっきりと見分けることができた。あちらには寺院の場所が浮かびあがる、こちらには公会場の用地、ここには宮殿の基礎、そこには砦(とりで)の高台が。それらのすべてを、千五百フィートの中央の山が見下ろしていた。広大なフィールドであった、古代ローマなら、十個もはいったであろう!
 ミシェル・アルダンは、熱狂してさけんだ。
 「ああ! なんという偉大な町が、これらの山の環の中につくられたのだ! しずかな町、平和な隠れ場所、それらはすべて人類の悲惨なものの外にある! すべての人間嫌い、すべての人類の敵、社会生活に嫌悪を感じたすべての者が、しずかに、孤立して、そこに生きているのだ!」」






























































































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ジュール・ヴェルヌ 『地底旅行』 窪田般弥 訳 (創元推理文庫)

「いく世紀かが一日のように過ぎ去る! わたしは連続する地球の変貌を逆にさかのぼる。」
(ジュール・ヴェルヌ 『地底旅行』 より)


ジュール・ヴェルヌ 
『地底旅行』 
窪田般弥 訳
 
創元推理文庫 606-2 

東京創元社 
1968年11月29日 初版
1991年5月10日 20版
343p
文庫判 並装 カバー
定価500円(本体485円)
カバー、さしえ: 南村喬之



Jules Verne: Voyage au centre de la terre, 1865
本文中図版(さしえ)10点、うち1点(地底の恐竜の絵)は見開きです。


ヴェルヌ 地底旅行 01


「鉱物学の世界的権威リデンブロック教授は、十六世紀アイスランドの錬金術師が書き残した謎の古文書の解読に成功した。それによると、アイスランドの死火山の噴火口から地球の中心部にまで達する道が通じているというのである。教授は勇躍、甥を同道して地底世界への大冒険旅行に出発した。地球創成期からの謎を秘めた人跡未踏の内部世界。現代SFの父といわれるジュール・ヴェルヌの驚異的な想像力が縦横に描き出した不滅の傑作。」


内容:

地底旅行

訳者あとがき



ヴェルヌ 地底旅行 02



◆本書より◆


「オットー・リデンブロックが意地悪な人間でないことは、わたしもすなおに認めたい。しかし、なにかよほど思いがけない変化でもないかぎり、彼はとてつもない変人として死んでいくことだろう。
 彼はヨハネウム学院の教授で、鉱物学の講義をしていたが、講義のあいだに、一度や二度はかならず怒りだした。それは、自分の授業を学生たちに、熱心に注意深く聞いてもらおうと気をつかったためでもなければ、また、そうすることによって、後日いい成績をとらせようと思ったからでもない。(中略)ドイツ哲学の用語を借りていえば、彼は《主観的に》、つまり、他人のためにではなく、自分のために講義をしていたのである。こうした彼は、自己本位の学者であり、知識の井戸ともいえたが、人がその井戸からなにかをくみあげようとすれば、つるべがすなおに動かず、かならずきしり鳴るといったぐあいだった。」
「わたしの叔父は、あいにく弁舌がきわめて達者ではなかった。親しい人たちのあいだではともかくとして、公衆の前で話すときには、どうにもいけなかった。(中略)実際、ヨハネウム学院での講義の最中に、教授はよくつっかえたりしたのである。彼は、口からうまく出ようとしなかったり、喉につかえて身動きできなくなった言葉と悪戦苦闘したが、こうした場合に、やっと吐き出されてきた言葉は、ほとんど学問とは関係のない、やけくそな言葉だった。それで彼は、大変腹をたてるのである。」
「それはともかく、わたしの叔父はまったくの学者であった、といってもいいすぎではなかろう。たまには、あまりせっかちに試験しようとして、鉱石の標本をこわしたりすることはあっても、彼は地質学者としての天賦の才と鉱物学者としての鑑識眼とを兼ねそなえていた。槌、はがねの錐(きり)、磁石針、試験管、硝酸の壜――こうしたものを持たせれば、彼はどうして、たいした男だった。」

「この学者の頭は、心情のことがどうしても理解できなかったからである。」

「彼のいっさいの生命力は、たったひとつのことに集中されていたのだ。そして、その生命力は、ふつうのはけ口から出られないので、あまり緊張すると、どこか別のところにはけ口をもとめて、いつ爆発するともかぎらなかった。」

「叔父はあいかわらず仕事をしていた。彼の想像力は、文字の組み合わせの世界にはいりこんでしまったままだたった。彼は地球から遠く、まさに、地上のことはなにも必要とせずに生きていたのである。」

「デンマークの首府につくまでに、われわれは、さらに三時間の旅をした。叔父は一睡もしなかった。」
「やっと、彼の目に海の一部がはいると、やにわに大声をあげてさけんだ。
 「ズント海だ!」
 わたしたちの左手に、病院のような大きな建物がみえた。
 「あれは精神病院ですよ」と、乗客のひとりが説明してくれた。
 《そうか》と、わたしは思った。《ぼくたちも、きっとあんな建物のなかで死ななきゃならなくなるんだろうな! どんなにあの病院が大きくても、リデンブロック教授の狂気を収容しきるには、まだまだ小さすぎるようだな!》」

「「じゃ、そのあいだに、ぼくは町をみてきます。叔父さんも見物しませんか?」
 「いやいや、わしはそんなことにはあまり興味はない。このアイスランドの土地で興味深いところは、地上じゃなく地下だけだよ」
 わたしは外へ出て、あてもなく歩きまわった。」

「「フリドリクソンさん、わたしは、こちらの図書館の古い本のなかに、もしかしたらアルネ・サクヌッセンムの書いたものがありはしないか、それを知りたかったのです」
 「アルネ・サクヌッセンム!」とレイキャヴィクの教授は答えた。「それは、大博物学者で、同時に偉大な錬金術師でもあり、また大変な旅行家でもあった、あの十六世紀の学者のことですか?」
 「まさにその学者です」
 「アイスランドの文学と科学の名誉を代表するひとりともいえるあの人物ですか?」
 「おっしゃるとおりですよ」
 「とくに有名な?」
 「ええ」
 「そして、天才と大胆さとをかねそなえた?」
 「よくごぞんじのようで」
 叔父は、自分が英雄とあがめる人物がこんなふうにいわれるのを聞いて、喜びに溺れた。彼はフリドリクソン氏の顔を穴のあくほどみつめていた。
 「それで、彼の著作は?」
 「ああ! 彼の著作なんかはないですよ」
 「なに! アイスランドにもですか?」
 「アイスランドにも、他のどこにもありませんよ」
 「なぜですか」
 「アルネ・サクヌッセンムは異端者として迫害されたからですよ。彼の著作は、一五七三年にコペンハーゲンで獄卒の手で焼かれてしまったのです」
 「大変けっこうですな! おみごとですよ!」と、叔父は博物学の教授を大いに非難するようにさけんだ。
 「なんですって?」と博物学の教授はいった。
 「そうですよ! それでいっさいが説明され、明白になりました。なにもかもはっきりしましたよ。焚書のうき目にあい、彼の天才が発見したものを隠さざるをえなかったサクヌッセンムが、なぜ、秘密を不可解な暗号文のなかにしまいこんでおかねばならなかったかということが……」」

「Et quacunque viam dederit fortuna sequamur. 
[運命ノミチビクトコロナラ、イカナルトコロヘモ行コウ]」

「「ほら、みてください!」と、わたしはさまざまにならんでいる砂岩や石灰岩や、それに、はじめて現われた黒ずんだ鼠色の地層を指さして彼に答えた。
 「これがどうしたんだね?」
 「このあたりは、最初の植物や動物が現われた時代の地層ですよ!」」
「そこから百歩と歩かないうちに、明白な証拠がいくつかわたしの目にとまった。これにちがいない。なにしろ、シルリア紀の海の中には千五百種類をこえる動植物がすんでいたはずなのだから。かたい熔岩の地面になれていたわたしの足は、不意に植物や貝がらの かけら でできた埃みたいなものをふみつけた。壁面には ひばまた や ひかげのかずら などの痕跡がはっきりと認められた。」
「翌日は一日、歩いても歩いても、回廊のアーチは果てしなくつづいた。」
「これらの大理石の大部分には、原始動物の痕跡がみられた。前の日から、森羅万象は明らかに進化していた。原基の三葉虫類に代わって、より完全な種類の残骸が認められ、とりわけ、硬鱗(こうりん)魚類の魚と、古生物学者が爬虫類の初期の形とみなしえた鰭竜(きりゅう)群の痕跡が認められた。デボン紀の海には、この種の動物が多数すんでいて、新しく形成された岩の上にいく千となく打ちあげられたのである。
 これで明らかになったことは、われわれは、人間がその頂点を占めている動物の生命の梯子を上っているということだった。しかし、リデンブロック教授は、いっこうにそんなことに注意していないようだった。
 彼はふたつのことを待っていた。足もとに垂直の穴が開いてふたたび下に降りられるようになることと、行先がふさがれて前進できなくなることである。」

「こんなに深い地底にいても、とにかくたのしかった。それに、われわれの生活はすっかり穴居(けっきょ)生活になってしまっていた。わたしはもう太陽、月、木、家、都会といった地上の人間が必要としているいっさいの余計なもののことなどは考えもしなかった。わたしたちは化石人と同じように、そんな無用なすばらしいものを相手にしなかった。」

「もう一度、わたしは聞き耳をたてた。耳を壁のあちこちにあてているうちに、わたしは声がいちばん強く聞こえてくる場所をみつけた。」
「《そうだ、あの声はこの厚い壁ごしに聞こえてくるのじゃない。壁は花崗岩だ。どんな強い音も、この壁をとおすことはできない! あの音は回廊を通って聞こえてくるのだ。この回廊には特別な音響効果があるはずだ》」
「このじつに驚くべき音響効果は、物理の法則で簡単に説明されるものである。すなわち廊下の形と、岩のもつ音の伝導性とによるものなのだ。なんでもない空間では知覚できない音が、こうして伝播する例はたくさんある。わたしはこの現象がいろいろな場所で観察されたことを思いだした。たとえば、ロンドンのセント・ポール寺院のドーム内の回廊や、シチリアのめずらしい洞穴などである。シチリア東海岸のシラクサ港の近くにある石牢でおこるこの種のいちばんすばらしい現象は、《ディオニュシオスの耳》という名称で知られている。
 こうしたことを思い出しているうちに、叔父の声がわたしにとどいたかぎり、ふたりのあいだを邪魔するものはなにもないということをわたしは知った。音の聞こえる道をたどっていけば、途中で力がつきてしまわないかぎり、わたしは音と同じようにきっと叔父のところへたどり着くはずだった。
 わたしは立ちあがった。歩くというよりは、むしろはっていった。傾斜は相当に急だったので、わたしはすべり落ちていった。
 やがて、わたしの落下スピードはものすごいものになった。墜落するのではないかと思った。途中でとどまる力もなかった。
 突然、足が宙に浮いた。ほんとうの井戸みたいに垂直な回廊のでこぼこにぶつかりながら、ころがり落ちていくのを感じた。」

「湖なのか大洋のはじまりなのかはわからないが、広大な水面がみわたすかぎり遠くひろがっていたのである。大きく三日月型に切りこんでいる岸には、波が打ちよせている。こまかい砂には、最初に創造された生物が生きていた時代の小さい貝がらがまじって金色に輝いている。波は周囲をかこまれた広大な場所に、いともおごそかなつぶやきをかきたてながら、岸に砕けていた。軽い泡が、おだやかな風にかき消え、波しぶきはわたしの顔にもかかってきた。」
「それはまさしく大洋だった。周囲は変化にとんだ海岸線にかこまれ、おそろしく野性的な光景だった。」
「わたしの頭の上にかぶさっていた天井、なんなら空といってもいいが、それは刻々と変化する水蒸気にほかならない巨大な雲でできているらしかった。(中略)電気の波は、非常に高いところにある雲に驚くべき光の効果をあたえていた。下のほうにある雲の渦巻には、生き生きとした影がうつり、ときどき雲のあいだから、きわだって強い光線がわたしたちのところまで射しこんでいた。しかし、とにかく光線には熱がないのだから、それは太陽ではなかった。その光に照らされている光景はこのうえもなく悲しく、わびしかった。この雲の上にあるのは、星のきらめく天空ではなく、重くのしかかっている花崗岩の天井らしかった。
 そのときわたしは、イギリスのある船長の理論を思い浮かべた。その理論によれば、地球の内部は空洞の大きな球体と同じで、気圧が高いために空気が光り、プルトーとプロセルピーナというふたつの星が謎の軌道の上を運行しているという。」
「事実、わたしたちは、巨大な洞窟にとじこめられていた。この洞窟の大きさははかり知れなかった。」
「このひろびろとした地域を語るのに《洞窟》という言葉はどうもぴったりこない。しかし、人間の言葉などは、思いきって地球の底にまで降りていこうとする人間には、もの足りない。」

「しかしそのとき、わたしの注意は思いがけない光景にむけられた。五百歩ばかり先の、高い岬をまわった角に、こんもりとしげった森がみえたからである。」
「わたしは急いで歩いた。この奇妙なものに名前をつけることもできなかった。」
「実際、それは土の産物だとは思ったが、巨大そのものだった。叔父はすぐにその植物の名をいった。
 「これはきのこの森にすぎないのさ」
 彼の言葉にまちがいはなかった。暑い湿地帯によく生えるこの植物が、いったいどのくらいにまで成長するものかを判断してもらいたい。ビュリヤールの説によると、《リコペルドン・ギガンテウム》というきのこは周囲が二、三メートルもあるそうだが、(中略)しかしいま見るこの白いきのこは、高さが十メートルから十二メートルもあり、同じくらいの直径の笠をかぶっている。しかも、それが無数に生えている。」
「わたしはもっと先へはいってみたかった。この肉のように厚い天井からは、気味の悪い寒さがおりてきていた。われわれは、三十分もこの湿った暗闇のなかをさまよったが、渚(なぎさ)にたどり着いたときには真底からほっとした。」

「正午に、ハンスがひもの先端に釣針をつけた。小さい肉片を餌にして海に投げこむ。二時間ばかりは、なにも釣れない。この海には生物がいないのだろうか? そうではない。釣糸が動いたので、ハンスがひもを急いで引きあげると、魚が釣れていた。すごい勢いであばれている。
 「魚だ!」と叔父がさけぶ。」
「「この魚は、何世紀もまえに絶滅した種類のものだ、デボン紀の地層で、化石となっているものがみられる」
 「なんですって!」とわたしはいった。「原始時代の海に住んでいた魚を生きたまま釣ったというんですか?」」

「化石の世界が、ことごとくわたしの想像のなかで再生してくる。わたしは聖書に書いてある天地創造の時代、人類の誕生よりもずっと以前のことを回想する。そのころ、まだ不完全な地球は人類が住むに不適当だったのだ。さらにわたしの夢は生命あるものの出現よりも以前にさかのぼる。すると哺乳動物は消え、鳥も、さらに爬虫類も消える。ついには、魚も、甲殻類も、軟体動物も、関節動物も消えてしまう。過渡期の植虫類までも無に帰してしまう。地球の全生命がわたしひとりのなかに集約され、この生き物がいなくなった世界では、わたしの心臓だけが鳴っている。もう季節も気候もない。地球自体の熱がたえず高まり、輝く天体の熱を弱める。植物が繁る。わたしは木のような羊歯類のなかを、影のように通っていく……。あやふやな足どりで、玉虫色に光る泥灰土や斑(まだら)石をふみつける。それから、巨大な針葉樹の幹にもたれたり、高さ三十メートルもあるスフェノフィラス、アステロフィラス、ひかげのかずら などの木陰に横たわる。
 いく世紀かが一日のように過ぎ去る! わたしは連続する地球の変貌を逆にさかのぼる。植物も消え、花崗岩も堅さをなくす。さらに強い熱の作用で、固体は液体に変わる。地表を水が流れ、その水は沸騰し、そして消え失せる。水蒸気が地球をおおい、地球はだんだん太陽のように大きく、太陽のように光り輝く白熱した巨大なガス体となってしまう!
 わたしは宇宙空間を通って、この星雲のなかへ運ばれていく。この星雲はいつの日か形成されようとしている地球の百四十万倍もあるのだ。そして、それが回転するにつれて、わたしの身体は蒸発し、重さのない原子のようにまぜあわされる。と同時に、これらの莫大な水蒸気は燃える軌道をはてしなく追っていく!
 なんという夢想!」

「われわれは、火打石や石英や沖積土のまじった花崗岩の裂けめの上を苦労して進んでいった。そしてまもなく、骨の原っぱ――というよりは骨で埋まった平原が目のまえに現われた。それは二十世紀にわたって永遠の骨をためた大きな墓地みたいなものだった。骨をうず高く積んだ山が遠くまで重なっているが、それは地平線のはてまで波打ち、茫漠たるもやのなかに消えている。たぶん三平方マイルにわたって、動物のあらゆる生命の歴史が積み重なっているにちがいない。」

















































































ジュール・ヴェルヌ 『海底二万里』 荒川浩充 訳 (創元推理文庫)

「そのとき、オルガンのかすかな和音が聞こえた。名状しがたい旋律のハーモニー、地上との絆(きずな)を断ち切ろうとするものの文字どおり魂の嘆きだった。わたしはほとんど呼吸も止め、全感覚を集中して耳を傾けた。船長をこの世とは別の世界へと連れ去っている音楽の恍惚のなかに、わたしも深々と沈んだ。」
(ジュール・ヴェルヌ 『海底二万里』 より)


ジュール・ヴェルヌ 
『海底二万里』 
荒川浩充 訳
 
創元推理文庫 五一七 4 

東京創元社
1977年4月22日 初版
1990年6月15日 再版
549p
文庫判 並装 カバー
定価780円(本体751円)
カバー絵・插絵: 南村喬之



Jules Verne: Vingt mille lieues sous les mers, 1869

挿絵(モノクロ)15点。地図。


ヴェルヌ 海底二万里


「1866年、その怪物は大海原に姿をみせた。長い紡錘形の、ときどきリン光を発する、クジラより大きくまた速い怪物だった。それはつぎつぎと海難事故を引き起こしていく。パリ科学博物館のアロナックス教授は、究明のため太平洋に向かったが、彼を待ち受けていたのは、反逆者ネモ船長が指揮する潜水艦ノーチラス号だった! 暗緑色の深海を突き進むノーチラス号の行く手に展開するのは、驚異と戦慄の大冒険スペクタクル! ジュール・ヴェルヌ不朽の名作、堂々登場!」


目次:

第1部
 1 動く暗礁
 2 賛否両論
 3 ご主人さまのお好きなように
 4 ネッド・ランド
 5 盲滅法に!
 6 全速力
 7 未知の種のクジラ
 8 動中の動
 9 ネッド・ランドの怒り
 10 海の男
 11 〈ノーチラス〉号
 12 すべて電気で
 13 数字を少々
 14 黒潮
 15 招待状
 16 平原の散歩
 17 海底の森
 18 太平洋下四千里
 19 バニコロ島
 20 トレス海峡
 21 陸上での数日間
 22 ネモ船長の雷
 23 不快な眠り
 24 サンゴの王国

第2部
 1 インド洋
 2 ネモ船長の新しい提案
 3 一千万フランの真珠
 4 紅海
 5 アラビアン・トンネル
 6 ギリシア諸島
 7 地中海四十八時間
 8 ビーゴ湾
 9 消えた大陸
 10 海底の炭坑
 11 サルガッソ海
 12 マッコウクジラとナガスクジラ
 13 氷床
 14 南極
 15 事故か突発的な事件か
 16 空気の欠乏
 17 ホーン岬からアマゾン川へ
 18 タコ
 19 メキシコ湾流
 20 北緯四七度二四分、西径一七度二八分
 21 大殺戮
 22 ネモ船長の最後のことば
 23 結び

訳者あとがき




◆本書より◆


「「教授」と船長はきっぱりと答えた。「わたしは、あなたが文明人と呼ぶものではありません! わたしは人間社会全体と絶縁しました。わたしだけにしか理解できない、いくつかの理由によってです。ですから、わたしは人間社会の規則には従いません。わたしの前にそういう規則を絶対に持ち出さないように願います!」」

「「人間が自由と信じている、あの耐えがたい地上の束縛を諦めることは、たぶんあなたがたが考えていらっしゃるほど苦しいことではないでしょう!」」

「「海がお好きなのですね、船長」
 「ええ! 好きですとも! 海はすべてです! 地表の十分の七が海です。海の呼吸は清らかで健康的です。海は、人間が決して一人ぼっちになることのない広大な砂漠です。自分の近くに生命が息づいているのを感じられるのですから。海は超自然的で驚異的な生活の演じられる場所にほかならないのです。海は活気と愛です。あなたのお国の詩人が言ったように、生命をもつ無限です。(中略)海は、自然の巨大な貯蔵庫なのです。地球も、言ってみれば海から始まったのです。終わるのも海によってではないと誰が断言できるでしょうか? 海には崇高な静寂があります。海は専制君主に属してはいません。海面でこそ、専制君主も邪悪な権利を行使し、争い、むさぼり合い、陸地のおぞましいものを持ち込むことはできます。しかし、海面下三十フィートでは、彼らの権力も及ばず、彼らの影響力も消え、勢力も雲散霧消してしまいます! ああ、教授、海のなかで生きることをお勧めします! 独立があるのは海のなかだけです! (中略)海のなかで、わたしは自由なのです!」」

「書棚は、あらゆる国のことばで書かれた、科学、倫理学、文学の書物で満ちていた。しかし、政治経済に関する著作は一冊も見あたらなかった。この船内からは厳しく締め出されているらしかった。珍しい点は、書かれている言語の相違を無視して分類されていることだった。」

「「船長」とわたしは答えた。「あなたがどういう人物か知りたがるわけではありませんが、あなたは芸術家でもあると考えてもいいものでしょうか?」
 「せいぜい芸術愛好家です、教授。昔はわたしも、人間の創造した美しい作品を蒐集するのが好きでした。(中略)この美術品は、わたしにとっては死んでしまった陸地の最後の記念品です。わたしの目から見ると、近代の芸術家も、もう古代の芸術家と何ら変わるところはありません。いずれも二、三千年の生命を保っているのです。両者はわたしの心のなかでは入りまじっています。すぐれた芸術家には年齢というものがないようです」」
「「あの音楽家たちも」とネモ船長は答えた。「オルフェウスと同時代の人々です。年代の差異など死者の記憶のなかでは消えてしまいますから。――わたしは死んだのです、教授、地表から数フィートの場所に眠っているあの陸上の友人たちと同じように!」」

「「ただ、このことは記憶しておいてください。わたしはすべてを海から得ている、海は電気を産み、電気は熱と光と動力を、一語で言うなら生命を、〈ノーチラス〉号に与えているのです」」

「わたしは斧足類の糸で織った服を身につけた。(中略)地中海沿岸にきわめて多い貝の一種である《ジャンボノー》が岩に張りつくのに役立っている、絹のようで光沢のある繊維で織ってあるのだ(中略)。この繊維は非常に柔らかく、かつ暖かいからだった。」
「その日から、わたしは冒険の日記を書き始めた。(中略)わたしが書くのに使った紙はアマモで作ったものだった。」
「わたしは料理に手をつけた。料理は、種々の魚、ナマコの薄切り、後皿としてポルフィリア・ラキニアタ、ラウレンシア・プリマフェティダなど非常に食欲を増す海藻であった。飲物としては、船長のするとおりに、わたしも透明な水に数滴のリキュールを加えた。このリキュールは、《ロドメニ・パルメ》という名で知られている海藻をカムチャッカ式に発酵させ抽出したものである。」

「船室にもどろうとすると、ネモ船長が近寄って来て、前置きなしに話しかけた。
 「この広い海をご覧なさい、教授。この海は生命をもっているようではありませんか? 怒ったり愛情を示したりしないでしょうか? 昨夜、海はわたしたちと同じように眠っていました。そして今、穏やかな夜の後に目を覚ましているのです!」
 「おはよう」も「おやすみなさい」もなしだった! この奇妙な人物は、ずっと話しつづけていたような調子だった。
 「ご覧なさい」とまた船長は言った。「太陽に愛撫されて目覚めようとしています! 海は昼間の生活を始めようとしているのです! 海の機能の動きを追求することは、興味深い研究です。肺臓も動脈もあり、痙攣することもあります。動物の血液循環系と同じように明瞭な循環が海にあることを発見した科学者モーリーは正しかった、とわたしは思うのです」」
「「滴虫類は」とまた話し始めた。「すなわち極微生物は、一滴の水のなかに数百万存在し、八十万匹集まって一ミリグラムになるくらいですが、その役割の重要さは小さいものではありません。彼らは塩分を吸収し海水中の固体要素を同化して、石灰質の陸地の生成者としてサンゴ礁やミドリイシを作り出します! 一方、鉱物質を奪われた海水は、軽くなって海面に上昇し、そこで蒸発によって残った塩分を吸収して重くなり、再び下降して極微生物に新たな食物をもたらすのです。それにより、上昇と下降の二重の流れが生じ、絶えず動きがあり、絶えず生命があるのです! 地上よりもはるかに充実し豊饒な無数の生命が、この大洋のあらゆる部分で開花しているのです。人間にとっては死の部分であり、巨万の生物にとって――そして、わたしにとっても――生の部分である、この大洋で!」」

「「野蛮人ですと!」と船長は皮肉な口調で答えた。「教授、この地球の陸地の一つに上陸して、そこに野蛮人がいたからといって驚いているのですか? 野蛮人がいないところがありますか? それに、そういう野蛮人たちよりも、今あなたがそう呼んだものたちのほうが悪い人間でしょうか?」
 「しかし、船長……」
 「わたしに言わせていただければ、わたしはあらゆるところで野蛮人に遭遇しました、教授」」
「船長の指は鍵盤の上を走っていた。船長が黒い鍵盤にしか触れず、そのためにメロディーがスコットランドふうの調子を帯びることにわたしは気づいた。やがて船長はわたしがそこにいることも忘れ夢想に沈んでしまったので、わたしもそれを乱そうとはしなかった。」

「「あれが、海面下数百フィートにある、わたしたちの静かな墓地なのです!」
 「あの墓地で、あなたの仲間の死者たちは、穏やかに、サメに襲われることもなく眠っているのですね!」
 「そうです、教授」と船長は重々しく答えた。「サメからも、人間からも襲われることなく!」」

「人間社会に対する激しく執拗な不信感は、依然として不変だった。」

「「教授、あのインド人は圧迫された国の人間です。わたしはまだ、いや最後の息を引きとるまで、そういう国の味方であるつもりです!」」

「それは肖像画――人類の大きな理想に全生涯を捧げ尽くした歴史上の偉人の肖像画だった。(中略)そして最後は黒人解放の殉教者ジョン・ブラウンがビクトル・ユゴーの筆によって恐ろしくも描き出されたように絞首台からぶら下がった絵だった。
 これらの英雄的な魂の持ち主とネモ船長の魂との間には、どんなつながりがあるのだろうか? (中略)船長は圧迫された人民の戦士、奴隷の解放者なのか?」

「ときどき、船長が巧みに奏するオルガンのメランコリックな音が響くのを聞くことがあった。しかし、それは夜だけで、〈ノーチラス〉号が船影のとだえた暗くひっそりした大洋のなかで眠り込んでいるときだった。」

「想像できようが、もしネモ船長が〈ノーチラス〉号を使って報復しようとしたならば、実に恐ろしいことになる! (中略)今や諸国家は、彼がどういう人物かはわかっていないだろうが、連合して彼を追っているのだ。もはや空想上の存在としてではなく、自分たちに不倶戴天の憎悪を抱いている人間として!」

「「ああ! わたしが誰か知っているのか、呪われた国の船よ! (中略)見るがいい! わたしの旗を見せてやろう!」
 ネモ船長は、南極点に立てた旗に似た黒い旗を、甲板の先端に立てた。」

「「わたしは抑圧された人間で、あそこにいるのは抑圧する人間です! わたしが愛し、慈しみ、尊んだものすべて、祖国も妻も子も父も母も、あのもののために滅びるのを、わたしは見たのです!」」





こちらもご参照ください:

『ジェームズ・アンソール展』 (神奈川県立近代美術館 1972年)
メルヴィル 『白鯨 上』 阿部知二 訳 (岩波文庫)
イタロ・カルヴィーノ 『木のぼり男爵』 米川良夫 訳 (白水Uブックス)
































































































































ジュール・ヴェルヌ 『カルパチアの城』 (安東次男 訳/集英社文庫)

「さて、ルーマニアの神話の主人公たちを、避難させる城がかつてあったとすれば、それこそカルパチアの城だったのではないだろうか?」
(ジュール・ヴェルヌ 『カルパチアの城』 より)


ジュール・ヴェルヌ 
『カルパチアの城』 
安東次男 訳

集英社文庫 ジュール・ヴェルヌ・コレクション ウ-7-7

集英社
1993年9月25日 第1刷
255p
文庫判 並装 カバー
定価580円(本体563円)
装画: メビウス



本書は集英社版『ヴェルヌ全集』第六巻(1968年)所収の訳の文庫化です。
挟み込みの「しおり」裏に本書の「主な登場人物」一覧があります(表は松岡修造)。
本書はヴェルヌ版「オーレリア」&「砂男」&「アッシャー家の崩壊」であります。


ヴェルヌ カルパチアの城


カバー裏文:

「吸血鬼伝承の残るトランシルヴァニアのカルパチア山中、無人のはずのゴルツ男爵家の古城から立ち昇る一筋の黒煙。このときから奇怪な事件が相継ぎ、村人たちは脅える。謎の解明に乗り出したテレク伯爵にとって、ゴルツは、ヨーロッパ一の歌姫ラ・スティラを巡る因縁の相手だった。だが、城へ赴いたテレクの前には、五年前に死んだはずのラ・スティラの姿を歌声が……
ヴェルヌ髄一の伝奇ロマン。」



目次:

カルパチアの城

ジュール・ヴェルヌと『カルパチアの城』 (矢野浩三郎)
解説――伝説と科学の幸せな申し子 (菊地秀行)




◆本書より◆


「西の山の裂け目から、光がはいりこんでくると、フリックは振り向いた。それから(中略)、手で遠めがねをつくり、注意を怠ることなくあたりをながめまわした。
 地平線上の明るんでいるところ、たっぷり二キロ先に、遠いために非常に小さくだが、一つの城の姿が見えた。この古い城は、ヴュルカンの峠から離れた山の円い頂の上の、オルガルと呼ばれる高原のすばらしい場所にあった。キラキラした光の射すなかで、その浮き彫りがむきだしに、はっきりと、立体鏡のながめででもあるかのように浮きあがっていた。」
「羊飼いというものを、もしもその理想的な面だけを見るとしたら、想像でその羊飼いは、わけもなくひとりの夢想家、瞑想的(めいそうてき)な人物に仕立てられてしまう。いくつもの遊星とことばをかわす。彼は星々と話しあう。彼は天空を読む。が、ほんとうのところは、彼は無学でうすぼんやりした動物にも近い人間なのだ。しかし、世間は、羊飼いなるものには超自然的な資質がある、といともたやすく信じこむ。彼は呪(のろ)いを知っている。自分の気分のおもむくままに、呪いを育て、人びとや獣らに――いずれも同じように――呪いをかける。(中略)彼は田野に魔法の石を投げて、不毛なものに変えてしまうかもしれない。ただ左目で見つめるだけで、牝羊(めじつじ)に仔(こ)ができないようにしてしまうのではあるまいか? こうした迷信的行為は、どんな時代、どんな国にもある。よしんばこの地方よりもっと文化的な地方でも、人びとは羊飼いの前を、なにか愛想のいいことばをかけ、挨拶(あいさつ)して通るものだ。羊飼いなどといわないで、彼が好むように「牧人」と呼びかけなければならない。帽子をちょっと取る。それで有害なたたりから、のがれることができる。」
「フリックは、魔法使いか、異様な幽霊の口寄せででもあるかのように、みんなに見られていた。口寄せをする彼の声を聞くと、吸血鬼(きゅうけつき)や吸血蝙蝠(こうもり)が、彼の命令を聞くようだった。いったん彼を魔法使いだと信じこむと、日が傾いて暗い夜など(中略)、彼が水車小屋の水門扉にまたがって狼(おおかみ)と話し、星について考えこんでいるのに、人びとは出会うのだった。
 フリックのほうは、それも一得だと、噂(うわさ)をほうっておいた。彼は魔法の力と、それを解く力を売りものにしていた。しかし、見ていてわかるのは、彼自身が、その買い手と同じくらい信じやすいということだった。そして、たとい彼が自分の妖術(ようじゅつ)を信じていないとしても、少なくとも彼は、この国をめぐるいろんな伝説を信じていた。」

「「やあ、あなたですか!」と、その男は、羊飼いに向かって叫んだ。
 それは、この行政区の市場(いちば)をまわっている行商人のひとりだった。町々や集落や、もっとも目立たぬ村々にまで、彼らははいりこんでいる。自分を知ってもらうことこそ、彼らののぞむところなのだ。そのため、何語でも彼らはしゃべる。この男がイタリア人であるか、ザクセン人か、それともヴァラキア人か、だれにも、おそらくいいあてることはできまい。」
「この行商人は、メガネ、晴雨計、気圧計、小さな柱時計を売っていた。肩にかけた丈夫な負い革でしばられた梱(こり)におさまらないものは、首や帯にぶらさげられていた。つまり根っからの漂泊者(さすらいもの)で、巡回する露天商人のようなものだった。」
「羊飼いは、杖(つえ)をまた手に取ろうとして、それでもまだ、行商人の負い革にぶらさがっている管(くだ)を、ゆすってみたりした。
 「この管はなににつかうのかね?……」
 「この管はただの管じゃありませんよ」
 「じゃ、なにか話をする管かね?」
 羊飼いは、それが朝顔形に口のひろがった古いピストルの一種かとも思った。
 「いや」と、ユダヤ人はいった。「これは遠めがねですよ」」
「その筒(つつ)は、行商人の手で調整された。それから左目をつぶり、フリックはレンズを右目にあてた。
 まず最初、彼はヴュルカン峠の方角をながめ、プレサのほうへとあげて行った。それから遠めがねをさげて、ヴェルスト村のほうへ向けた。
 「や、や! やっぱりほんとうだ……」と、彼はいった。「わしの目よりも遠くまでとどくわい……街道だ……人間がわかる……ふむ、林務官のニック・デックが、見まわりからもどってくる。背中に背嚢(はいのう)をしょって、銃をかついでいる……」」


「カルパチアの城の由来は、一二世紀か一三世紀にさかのぼる。(中略)どんな建築家が、この城を、この高原の上のこんな高いところに建てたものだろう? それはだれにもわからない。そしてこの豪放な建築家の名も知られていない。」
「城の建築家についてははっきりしない点があるが、この城を所有していた家族については、ちゃんとわかっている。ゴルツ男爵家が大昔からこの地方の君主だった。」
「一九世紀の中ごろ、ゴルツの君主たちを代表する最後の人物は、ロドルフ・ド・ゴルツだった。カルパチアの城で生まれた彼は、その青年時代のはじめに、自分の家が絶滅するのをまのあたりに見たのだった。
 二二歳のとき、彼はこの世でひとりきりだった。(中略)親もなく、友人もほとんどないロドルフ男爵は、死が彼の周囲につくりだした、あの単調で孤独なひまをつぶすために、どうすればよかっただろう? 彼の趣味、彼の天分、彼の能力はいかなるものだったか? だれも、彼について知る人はなかったが、ただ音楽への、なかでもその時代の偉大な作曲家たちの歌に、一種やみがたい情熱をもっていた。そのころ、彼は、すでにはなはだしく荒廃(こうはい)した城を放棄(ほうき)し、何人かの年老いたしもべたちの世話で身をかくした。かなりたってからわかったことは、かなり莫大(ばくだい)な資産をついやして、ヨーロッパの主要なオペラの中心、ドイツ、フランス、イタリアの劇場をめぐり、そこで自分の音楽愛好家としての、あくことを知らない夢をみたすことができた。奇人とはいわないまでも、彼は風変わりな人物だったのではあるまいか? 彼の暮らしぶりの奇怪さは、それを信じさせるに充分だ。
 けれども、若いゴルツの心のなかには、自分の国の思い出が、深く刻まれて消えなかった。彼は、そのはるかな遍歴(へんれき)のただなかにあって、祖国トランシルヴァニアを忘れることができなかった。こうして、彼は、ハンガリアの圧制に対するルーマニア農民の流血の反抗に加わろうと帰ってきた。
 古いダキアの末裔(まつえい)は打ち負かされた。そして、その領土は、勝利者の分割するところとなった。この敗北にひきつづいて、ロドルフ男爵は、カルパチアの城を決定的にすて、そのいくつかの部分はすでに廃墟(はいきょ)と化していた。」
「見すてられた城、幽霊城、幻の城。この城は、それからというもの止むことのない空想によって、やがて幻影にみたされたのである。幽霊があそこにあらわれ、魂がそこに夜になれば立ちもどってくるのだ。ヨーロッパにいくつかという迷信の中心地では、いまでも事態はこのような経過をたどる。そしてトランシルヴァニアは、その迷信の地のなかでも、第一等の折り紙をつけることができるところだった。」


「その時代、サン・カルロ劇場に、ひとりの有名な女の歌手がいた。その澄んだ声、完成された歌唱法、劇的な演技は、オペラ愛好家たちの讃嘆(さんたん)の的となっていた。そのころまで、このラ・スティラは、外国人の拍手を浴びたいと思ったことは一度もなかった。で、彼女は、作曲技術で首位を占めるイタリアの音楽のほかは、どんな歌もうたわなかった。(中略)そこで大いに成功していたから、彼女はヨーロッパの他の舞台にいつか出演したいなどとは少しも思っていなかった。
 そのころ二五歳だったラ・スティラは、比べもののない美女で、金色のながい髪をもち、黒く深々とした目には炎がもえ、顔立ちは純粋で、その肌は熱く、ギリシアの彫刻家プラクシテレスの鑿(のみ)も、これ以上に完璧(かんぺき)につくることはできないと思われる胴まわり(ウエスト)をしていた。ミュッセが次のように讃(たた)えたマリブラン(パリ生まれのスペイン系の歌手)をほうふつとさせるすぐれた歌手が、いまひとりこの女人から生まれ出ようとしていた。

  してそなたの空にひろがる歌は苦悩をば運び去りぬ!

 しかもこの声は、詩人のうちでもとりわけ愛されたこの詩人が、その不朽の詩節(スタンザ)のうちに、次のように讃(ほ)めたたえたものであった。

  ……この心の声はただ一つの心にとどくもの

 この声、これこそまさしくラ・スティラの声であり、それは言いあらわしがたい絢爛(けんらん)さをもっていた。
 が、こんなにも完璧に、愛の調べ、魂のもっともつよい感情を生みだす偉大な芸術家が、人の噂では、一度も愛を自分では感じたことがないというのだった。彼女は一度も人を愛したことがなく、彼女の目は一度も、舞台の自分をつつむ数多くの眼差しに答えたことがないのだった。彼女は、自分の芸術のなかにしか、ただ一つ芸術のためにしか、生きることをのぞんでいないかのようだった。
 フランツは、はじめてラ・スティラを見てからというもの、抵抗しがたい初恋の情をおぼえた。そのため、彼はイタリアを去るという当初の考えを捨て、シチリアを訪れてから、シーズンの終わりまで、ナポリにとどまろうと決心した。」
「フランツは何度か、自分の情熱をおさえることができなくなり、彼女のそばに近づこうとした。しかしラ・スティラは、他の多くのファンに対すると同じように、彼にもまた容赦(ようしゃ)なく門を閉ざしたままだった。」
「彼はラ・スティラのことしか思わず、彼女の姿を見、声を聞くためにのみ日を送り、その名や財産のために自分をもとめている社交界とは関係を断ち、心と気持ちをつねにはりつめていたから、健康もそのうちに案じられることになりそうだった。もしも彼にライバルがあったとしたら、彼は苦しんだにちがいないと思われた。」
「その人物は五〇から五五歳のあいだに見えた。(中略)人前にあまり出たがらないこの人物は、上流の人びとの受け入れる社会的慣習を好んで無視しているかのようだった。彼の家族、地位、過去についてだれも知らなかった。(中略)実際、このふしぎな人物の情熱で人に知られたものは、ただの一つであった。それは歌唱の世界で、そのときにもっともはなばなしく脚光を浴びているプリマドンナの歌を聴くことである。
 フランツ・ド・テレクは、ナポリの劇場でラ・スティラを見た日から、彼女ひとりのために生きていたが、このふしぎなオペラ・ファンのほうは、すでに六年前から、ラ・スティラを聴くことのみの生活をしていた。(中略)彼は一度たりと、舞台の外で彼女に会おうとしたことはなく、その家を訪ねたことも、手紙を書いたこともなかった。しかし、ラ・スティラが歌うときはいつでも、それがイタリアのどのような劇場であろうと、暗い色の丈ながいオーバーを着け、顔までかくす大きな帽子をかぶったひとりの男が、切符売り場の前を通るのが見られた。この男は、まえもって自分のために予約しておいた、柵(さく)のある桟敷席の奥に急いですわるのだった。上演が終わるまで、彼はその場所に閉じこもり、動くことなく、黙りこくっていた。やがて、スティラが、その最後の一節をうたい終わると、彼は逃げるように立ち去り、他の男性や女性の歌手には見向きもしなかった。彼は、ラ・スティラ以外の歌手を聴いたこともなかった。」
「が、この人物が、ラ・スティラの舞台にいるとき、いつもただひとりだけだったからといって、また、彼が劇場へ行く以外は、自分の家から一歩も出ないからといって、彼が完全にひとりで生活していると結論してはならない。そうなのだ。彼と同じように奇妙な仲間が生活を共にしていた。
 この人物はオルファニクという名だった。(中略)彼は世に入れられない学者のひとりで、その才能は日の目を見ず、また彼のほうも世間を嫌っていた。なかには、この男は、金持ちのオペラ愛好家の財布を当てにした一種の発明狂ではないかと想像するものもいた。」
「このふたりの男、奇妙な音楽狂と、それに劣らず奇妙なオルファニクは、(中略)オペラのシーズンにはイタリアの方々の町にきちんとあらわれ、人にもよく知られていた。彼らは人びとの好奇の目の対象となっていた。このラ・スティラの讃美者は、つねにジャーナリストたちと、そのぶしつけな面会をことわりつづけていたが、そのうちに、ついに彼の名前と国籍が知られるにいたった。この人物は、ルーマニアの出身であり、フランツ・ド・テレクが、どういうお名前かと人びとにたずねたところ、次のような答えがかえってきた。
 〈ロドルフ・ド・ゴルツ男爵〉
 若い伯爵がナポリについたばかりのころの事情はそのようなものだった。」


































































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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