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『新潮日本文学アルバム 27 梶井基次郎』 編集・評伝: 鈴木貞美

『新潮
日本文学アルバム
27 
梶井基次郎』


編集・評伝: 鈴木貞美
エッセイ: 阿部昭

新潮社 
1985年7月20日 印刷
1985年7月25日 発行
111p 目次1p 折込口絵1葉
四六判 角背紙装上製本 カバー 
定価980円



梶井基次郎全集をよんだので、まえに買っておいた本書もよんでみました。
本文アート紙。図版(カラー/モノクロ)多数。


梶井基次郎アルバム 01


帯文:

「写真で実証する作家の劇的な生涯と作品創造の秘密!
新潮日本文学アルバム
「肺病にならんと、ええ文学はでけへんぞ」、京都三条大橋で怒鳴った三高生・基次郎。えたいの知れぬ青春の不安に追われ、自戒しては崩れる放蕩の果てに――病いに抗した自己凝視の意志を鮮やかに刻印して逝った31年」



目次:

評伝 (鈴木貞美)
 生いたち(明治34年・出生~大正8年)
 三高時代(大正8年~大正13年)
 「青空」と友人たち(大正13年~昭和元年)
 湯ヶ島の日々(昭和2年~昭和3年)
 途絶(昭和3年~昭和7年・死)

カラー・ページ
 『檸檬』(詩稿「秘やかな楽しみ」、初版本、他)
 大阪、京都・三高時代
 日記草稿ノート
 東京、本郷・飯倉片町
 松阪、『城のある町にて』
 「青空」、草稿
 伊豆・湯ヶ島
 遺品

エッセイ
 一枚の写真――温気と冷気 (阿部昭)

略年譜 (鈴木貞美)
主要参考文献 (鈴木貞美)
主要著作目録 (鈴木貞美)



梶井基次郎アルバム 03



◆本書より◆


評伝より:

「梶井には三高の帽子を得意にするような見栄っ張りなところもあった。友人に宛てた手紙に梶井漱石、梶井潤二郎などとサインするような気取りもあった。
 「肺病になりたい、肺病にならんとええ文学はでけへんぞ」
 四条大橋の上で、飯島正に言ったこともあったという。肺病と文学が結びつけて語られた時代だった。」

「基次郎は酒に浸り、遊廓へ通うようになる。」
「酒に酔い、「床間の懸物に唾を吐きかけて廻つたり、盃洗で男の大切なものを洗つて見せたり」、甘栗屋の釜に牛肉を投げこんだり、中華そば屋の屋台をひっくり返したり…… 中谷孝雄は、梶井のそのころの乱暴狼藉を「いささか狂気じみて来た」と回想している。」

「酔ってまた暴れた。アナーキストの歌を声高に歌って町をねり歩いたりした。」

「大きな社会の営みからみれば全く取るに足らない、そして一人の人間の人生にとってもほとんど意味をもたない、微妙な気分の変化や意識の現象を、ことばに定着することに梶井は腐心した。それらは書かれなければ雲散霧消してしまうものでしかなく、そうであるがゆえに、書くことによってはじめて客観的な形を与えられるものであった。」



梶井基次郎アルバム 05


梶井基次郎アルバム 04



◆感想◆


乱暴狼藉はたいへん興味深いです。

それはそれとして、本書は「新潮日本文学アルバム」の中でももっとも地味な巻であるといってよいのではないでしょうか。なにしろ梶井には生前の著書は簡素な装幀の『檸檬』一冊しかないし、本人は容貌に自信がないゆえ写真嫌い、遺品はぼろぼろになったカバンに表札にノートにお兄さんの蔵書の漱石全集に義妹にあげたショールに知人が梶井からもらった徳利とお猪口。ゆかりの場所を訪ねて撮影した写真には当時の面影はほとんどないです。「松阪城址から護城番を見る」という写真は「止マレ」と書かれた路面が雨でぬれている感じなど情緒があってよいですが、カラーとモノクロでトリミングを変えて使い回されています。
そういえば梶井のお父さん(放蕩者)の写真も一枚の写真がトリミング&修正されて使い回されています。


梶井基次郎アルバム 02

















































































































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『梶井基次郎全集 別巻 回想の梶井基次郎』

「間抜けなところがあるよ。(笑)トンチンカンなところがね。(中略)わかりきったことがわからないような。」
(三好達治 「座談会 梶井基次郎の思い出」 より)


『梶井基次郎全集 
別巻 
回想の梶井基次郎』


筑摩書房
2000年9月25日 初版第1刷発行
674p 目次8p
口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背クロス装上製本 貼函
定価7,200円+税
装幀: 中山銀士

月報④ (8p):
梶井・ペヒシュタイン・ゲッセマネ(新保祐司)/『檸檬』礼讃(ウィリアム・J・タイラー)/梶井基次郎『檸檬』(吉行淳之介/昭和41年2月20日)/編集経緯、ならびに謝意(鈴木貞美)/正誤表



本書「解題」より:

「本巻「回想の梶井基次郎」は、第Ⅰ部「回想の梶井基次郎」を、梶井基次郎についての肉親や友人知己の回想記、また彼らへのインタヴューなどを中心に構成し、第Ⅱ部「同時代」に同時代評や追悼文、第Ⅲ部「反響と残映」に回想をふくむ関連資料をまとめた。」


本文二段組。


梶井基次郎全集


帯文:

「全三巻 別巻一
完結!

本巻は友人知己による回想、
インタヴュー、座談会、同時代評、
追悼文など厖大な資料を精選し、
その彫琢の文学とは
別趣の光彩を放った
夭折の作家梶井基次郎の人生を
浮き彫りにする。
詳細な年譜、書誌、参考文献、
人名索引を付す。」



目次:

Ⅰ 回想の梶井基次郎
 思い出の数かず
  少年時代
   弟 梶井基次郎――兄謙一氏に聞く (梶井謙一・小山榮雅)
   鳥羽での生活 (梶井謙一)
  三高時代
   梶井基次郎のこと (中出丑三)
   「檸檬」の思ひ出 (中谷孝雄)
   梶井基次郎――京都時代 (中谷孝雄)
   梶井さんの思ひ出 (平林英子)
   梶井君の思ひ出 (飯島正)
   梶井のこと (刀田八九郎)
   梶井君のこと (番匠谷英一)
   梶井基次郎の靴と鞄 (武田麟太郎)
   対談 紅、燃ゆる (部分) (丸山薫・河盛好蔵)
   梶井基次郎に就いて (外村繁)
   梶井基次郎の覺書 三 (外村繁)
  伊勢松阪にて
   弟 基次郎の想い出 (宮田富士)
   松阪の思い出 (宮田尚)
   基次郎さんのこと (奥田房子)
   私と城のある町にて (奥田ふさ)
  『青空』の思い出
   「青空」のことなど (外村繁)
   梶井基次郎のこと (外村繁)
   十一月三日 (外村繁)
   「青空」のころ (龍村謙)
   思ひ出づるまゝに (淀野隆三)
  湯ヶ島追憶
   梶井基次郎君の憶出 (三好達治)
   梶井基次郎 (川端康成)
   湯ヶ島の梶井さん (安藤公夫)
   湯ケ島の思ひ出など (抄) (淀野隆三)
   私の文学的回想記 (部分) (宇野千代)
   梶井基次郎の面影 (藤沢桓夫)
   年月のあしおと――明治・大正・昭和の文學的思い出 (部分) (廣津和郎)
  帰京
   斷片 (北川冬彦)
   北川冬彦氏に聞く (部分) (北川冬彦・鈴木沙那美)
   思ひ出 (仲町貞子)
   小説作法 (第一話) (伊藤整)
   梶井君について (淺見淵)
   梶井さんのこと (藏原伸二郎)
  亡くなるまで
   横光さんと梶井君 (淀野隆三)
   臨終まで (梶井久)
  梶井基次郎を想う
   『檸檬』解説 (中谷孝雄)
   梶井基次郎 (抄) (平林英子)
   梶井のおもいで (飯島正)
   梶井基次郎の思い出 (浅沼喜実)
   思ひ出した事その他 (浅野晃)
   回想 梶井基次郎 (野村吉之助)
   梶井基次郎 (三好達治)
   文學的青春傳 (三好達治)
   文學的青春傳 (抄) (伊藤整)
   文學的青春傳 (抄) (尾崎士郎)
   梶井基次郎の思い出 (藏原伸二郎)
   座談会 梶井基次郎――若き日の燃焼 (中谷孝雄・北川冬彦・飯島正・淺野晃)

Ⅱ 同時代
 同時代評
  大正十四年(一九二五)
   中谷、梶井のこと (外村茂)
  大正十五年・昭和元年(一九二六)
   梶井の「過古」について (外村茂)
   梶井を描く (外村茂)
  昭和二年(一九二七)
   詩のある作家――丸山梶井二君の散文に就て (百田宗治)
   青空語 (部分) (三好達治)
   湯ケ島日記 (部分) (小野勇)
   青空 合評會 第一回 (部分) (青空社・東京帝國大學文藝部)
   小説『鶺鴒の巣』そのほか (尾崎士郎)
  昭和三年(一九二八)
   合評會拾遺――無題 (部分) (亞坂健吉)
   合評會拾遺――ウルトラ漫評 (部分) (阿部知二)
   梶井基次郎君の印象 (淺見淵)
   同人雑誌短評 其の一 (部分) 『文藝都市』七月号 (匿名)
   創作月評 (部分) (米谷利夫)
   或ひは失言? (部分) (井伏鱒二)
  昭和四年(一九二九)
   小説 悲劇を探す男 (部分) (尾崎士郎)
  昭和五年(一九三〇)
   座談会 後繼文壇に就て語る (部分) (加藤武雄・大宅壮一・川端康成・尾崎士郎)
   梶井基次郎氏の「愛撫」 (川端康成)
   新作家の作品 (部分) (川端康成)
  昭和六年(一九三一)
   交尾 (井伏鱒二)
   梶井基次郎君に――創作集『檸檬』推薦の辞 (三好達治)
   梶井基次郎著『檸檬』に就いて (丸山薫)
   新刊『檸檬』 (井上良雄)
  『檸檬』誌上出版記念會 (『作品』昭和六年七月号)
   「檸檬」市場出版記念 (淀野隆三)
   實に美味しい果物 (小野松二)
   「檸檬」の著者に (三好達治)
   檸檬 (今日出海)
   梶井君の檸檬 (近藤一郎)
   檸檬 (伊藤整)
   「檸檬」は一つの記念碑だ (辻野久憲)
   文藝時評(一) (部分) (正宗白鳥)
  昭和七年(一九三二)
   文藝時評――梶井基次郎と嘉村磯多 (抄) (小林秀雄)
   この人を見よ――堀辰雄と梶井基次郎 (菱山修三)
 梶井基次郎追悼
  追悼文
   『磁場』後記 (抄) (井上良雄)
   孤高の作家 梶井基次郎氏を悼む (竹中郁)
   追悼詩 友を喪ふ (三好達治)
   梶井基次郎君を悼む (廣津和郎)
   薄運なる文士の二三氏 (部分) (新居格)
  『作品』追悼特集 (昭和七年五月号)
   梶井君の逝去 (井伏鱒二)
   失はれた面影 (辻野久憲)
   梶井氏の想出など (阿部知二)
   梶井君の思ひ出 (飯島正)
   再びこの人を見よ――故梶井基次郎氏 (菱山修三)
   心友いまいづこぞや (藏原伸二郎)
   梶井基次郎を継ぐもの (井上良雄)
   のんきな患者の作家 (瀧井孝作)
   ユーモラスな面影 (丸山薫)
   思ひ出すままに (淀野隆三)
   梶井君と「作品」 (小野松二)
  『作品』追悼特集補遺 (昭和七年六月號)
   四月一日 (織田正信)
   「櫻の樹の下には」 (伊藤整)
   殘された仕事 (中谷孝雄)
   「讀者通信」より
    梶井さんの創作について (関董文)
    梶井さんの追悼号 (島田幸二)
    「檸檬」の作家 (木村碩男)
  追憶新たなり
   『檸檬』を読み返しながら (三好達治)
   梶井基次郎といふ男 (北川冬彦)
   追憶 (石田幸太郎)
   便り (辻野久憲)
   二人の作者とその全集 (抄) (廣津和郎)
   
Ⅲ 反響と殘映――資料編
 全集内容見本と月報
  六蜂書房版全集内容見本
   梶井基次郎全集刊行に際して
   本質的な文學者 (萩原朔太郎)
   梶井基次郎斷片 (宇野浩二)
   梶井氏の作品 (横光利一)
   二つの特質 (丸山薫)
   梶井基次郎について (北川冬彦)
   恍惚たる限り (井伏鱒二)
   及び難い天才 (深田久彌)
   その文業は不滅 (川端康成)
   未發表の氏の表現 (小林秀雄)
  高桐書院版全集内容見本
   梶井基次郎全集刊行に際して
   梶井氏の作品 (横光利一)
  筑摩書房版全集内容見本と月報
  昭和三十四年版全集
   内容見本
    刊行の言葉
    我々の古典 (伊藤整)
    もつとも純粋な散文 (山本健吉)
    新らしさと高貴 (三島由紀夫)
   月報・檸檬通信①
    梶井文學の近代性 (河上徹太郎)
    梶井基次郎をめぐって (開高健)
   月報・檸檬通信①+②
    座談会 梶井基次郎の思い出 (浅見淵・中谷孝雄・外村繁・北川冬彦・三好達治・淀野隆三)
   月報・檸檬通信②
    清滝の打入り (中出丑三)
    三高のころ (大宅壮一)
    梶井さんの思い出 (宇野千代)
    詩と骨格 (小島信夫)
   月報・檸檬通信③
    梶井君の強靭さ (広津和郎)
    一度の面識 (井伏鱒二)
    微妙なくりかえし (武田泰淳)
    青春の文学 (中村光夫)
    闇の造型者 (佐々木基一)
    梶井基次郎と現代作家 (江藤淳)
    四つの全集のことなど (淀野隆三)
  昭和四十一年版全集
   月報①
    梶井と京都 (中谷孝雄)
   月報②
    「猫」・「交尾」 (庄野潤三)
    全集完成のよろこび (淀野隆三)
        *
 『青空』の青春――淀野隆三「日記」抄 (鈴木貞美 編)
 看護日誌 (昭和七年) (梶井ひさ)

Ⅳ 年譜・書誌・人名索引ほか
 梶井基次郎年譜 (鈴木貞美 編)
 『靑空』細目 (藤本寿彦 編)
 書誌 (藤本寿彦 編)
 〔付〕 教科書採録 (石川肇 編)
 参考文献目録 (鈴木貞美・藤本寿彦 編)
 〔付〕 外国語翻訳及び研究 (ウィリアム・J・タイラー 編)
 ノート・書簡人名索引

解題 (鈴木貞美)




◆本書より◆


「弟 基次郎の想い出」(宮田富士)より:

「死ぬ前見舞いに行つたとき初めて私にこんなことをいいました。「ぼくらの祖先は紀の川の奥にいた落武者だ。それがね、この世に出て来て何事かをたくらんだよ」あたしたちの先祖はそんなのと違うと私が反撥すると「それは仮想だよ。そうした構想で書きたいんだ」おもしろいことを考える子だと思いました。」


「私の文学的回想記」(宇野千代)より:

「或るとき、そのときはおほぜいの仲間たちと一緒でしたが、皆で散歩の途中で、川の流れの激しいところを通りかかりました。「こんなに瀬の強いところでは、とても泳げないなァ、」誰かがさう言ったと思ひます。梶井は例の眼を細めた笑顔をして、「泳げますよ。泳いで見ませうか。」と言ふが早いか、さっと着物を脱いで、橋の上から川に飛び込みました。この人は危い、と私が思った最初でした。それから間もなくのことです。「梶井さんが見えなくなった。」と言って、村中の人が探しに出かけたことがありました。前の日に、天城を越えると言って出掛けたきり帰って来ないと言ふのです。
 しかし、梶井はひょっこりと戻って来ました。そして、村中の人が探しに出掛けたと言ふことが分っても、平気でゐたと言ふことでした。何のために、どこへ行ったのか、誰も訊いたものはありませんし、彼もまた語りませんでした。」



「座談会 梶井基次郎の思い出」より:

三好 西欧的なんだけど……間抜けなところがあるよ。(笑)トンチンカンなところがね。(中略)わかりきったことがわからないような。」
三好 梶井は観察家のくせに観察のまるで辻褄の合わないような、間抜けなところがあったね。
浅見 梶井君は徹底的に唯美派的なところがあったよね。左翼に対して関心を持ったりしてるけど、結局美しいものだけに惹かれたんだよ。(中略)石けんでもそうだろう、金もないくせにフランスの石けんを使ったりね。
淀野 僕にウビガンのポマードを教えたのはあいつだよ、それに水油。それからダンチックっていう酒ね……金箔がきらきら浮いてるやつ。
外村 最高級の好きな人だった。
北川 Aワンのビフテキなんかあいつによって知らされたよ。(笑)
三好 そのくせ梶井はなかなかけちん坊なところがあったね。
外村 あったよ。
淀野 一冊のノート・ブックを、三年ぐらい使ってらぁね、あっちに書いたりこっちに書いたり。
外村 全体はおかしいんだけど、非常に正確、ゆるぎない表現を身につけていたね、それは彼の文学も、人間も――あの若い日に既にそうだったな。」



「梶井さんの思い出」(宇野千代)より:

「図々しいと言う者もあり、また純真だと肩を持つものもいた。どちらの批評もほんとうであったと思う。」
































































































『梶井基次郎全集 第三巻 書簡編』

「僕は現世に容れられない天才といふもの、あまり眞面目なために俗人の間に悲劇的な最後をとげる者――かう云つたものに非常に惹きつけられる。」
(梶井基次郎)


『梶井基次郎全集 
第三巻 
書簡編』


筑摩書房
2000年1月25日 初版第1刷発行
525p 目次3p
口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背クロス装上製本 貼函
定価5,400円+税
装幀: 中山銀士

月報③ (8p):
緑蔭の井戸と女たち(芳賀徹)/不安な町歩き(川本三郎)/遠い追憶(三好達治/昭和37年4月)/思い出は遥かに(平林英子/昭和47年12月)/編集室から



本書「解題」より:

「本巻には梶井基次郎が大正八年(一九一九)より昭和七年(一九三二)に亘って、友人知己に書き送った書簡を収録する。」


本文二段組。


梶井基次郎全集


帯文:

「新編集による
決定版全集
[全三巻 別巻一]

これまで公表されているものに
新発見の三通を加え、
四三三通の手紙・葉書を
年代順に収録。
小説執筆に劣らぬ情熱を以て
書き留められた
定評ある梶井書簡の集大成。」



目次:

書簡
 大正八年(一九一九)
 大正九年(一九二〇)
 大正十年(一九二一)
 大正十一年(一九二二)
 大正十二年(一九二三)
 大正十三年(一九二四)
 大正十四年(一九二五)
 大正十五年/昭和元年(一九二六)
 昭和二年(一九二七)
 昭和三年(一九二八)
 昭和四年(一九二九)
 昭和五年(一九三〇)
 昭和六年(一九三一)
 昭和七年(一九三二)
 補遺
 書簡索引

解題 (鈴木貞美)




◆本書より◆


「〔八〕」(大正八年)より:

「漱石は實にえらい人です、何故あんな人が此の世にあつたのかと不思議です。」


「〔四四〕」(大正九年)より:

「〇俺は人々が不自然だといふ言葉をあまり濫費することを恐れる、大抵の不自然は當然自然の樣だ。
又純な戀不純な戀といふ限界がわからない 所謂神に依りて造られたる物の行爲すること 思考し得ることは皆自然だらうと思ふ」



「〔九八〕」(大正十二年)より:

「實際自分は批評が出來ない。一つの批評をしてもそれが絶對的では決してありえない。批評だと思つてゐてもその時その時の氣分、自分の状態が、その時その時の批評を生むのだから決して絶對的のものぢやない。そんな氣持なんだ。
 此頃は自分は何一つ責任を持つて云へる樣なことはない樣な氣持ちである。
 此頃自分はこの自分の慘(おぞ)ましくも動亂する心 一つの考へが直ぐ反省を生みその流れがまた反省でせきとめられ、――そして決して完成することなく、永久に動きいらいらしてゐる自分の心を、苦にしながらも、一體どうなるんだらうといふ樣な見物の心で、追求してゐる。
 一體これがどうなるのかわからない、本當に虚無へ轉ぶか信仰へ轉ぶかわからない。」



「〔一〇一〕」(大正十二年)より:

「己は此頃神經衰弱を自認してゐる。考へて見るとこの病の因する、遠く且つ久しいものだと思ふ。これが己にとつては病でもなんでもなくつて、一つの身についたもの――性格になつてゐる樣な氣がしてゐる。己は直ぐに外物に暗示される。後悔しても何にもならない。そして病的に Delicate であつて然も氣まぐれな良心をもつてゐる。
 ――良いところもある。
 ――誠實なことは無類に誠實なんだが――
 これが俺に與へられる正直で然も愛に充ちてゐる言葉だ、俺はこれに滿足しなければなるまい。」



「〔一一七〕」(大正十三年)より:

「華やかな孤獨である 河を飛んでゐる蝙蝠や空に煤つてゐる星などがゴールデンバツトやスターの衣裳に何とうまく表現されてゐる事ぞ 中の島の貸ボートの群やモーターボートがまた如何にボート屋のペンキ繪の看板の畫家に眞實な表現を與へられてゐることぞ かう思つて私は驚嘆した 綴りの間違つた看板の樣な都會の美を新らしく感じた」


「〔二一八〕」(昭和二年)より:

「あなたが此度精神をお選びになつたのは僕非常に會心です。」
「素人考へで精神科學に非常に近接してゐると思ひますし、あなた自身、學問の肉體的アルバイターよりも精神的アルバイターだと思ひますし、資本主義文明が必然的に生産する精神病者達はその方の學を愈々要求すると思ひますし、最後に僕自身病的心理學などが非常に好きなこと、それはあなたも御承知と思ひます。僕は僕の象徴主義なるものをあなたの方の研究からひん剥かれるかも知れないなどとも思ひます、とにかく私は小兒科よりも皮膚科よりも精神科へあなたが向はれたことにあなたの未來が祝福されたことを感じ喜ばざるを得ません、どうかカリガリ博士になつて下さい。」



「〔二二四〕」(昭和二年)より:

「此頃は實に雨が多かつた。今日少し散歩したら木の芽が出、菜の花がさいてゐた。懷手をしながら、胸で土堤へもたれかかり、草の匂をかぎ、草をながめた、みな見覺えのある草。そしてよもぎのほかは名前を知らない草。慕(ナツ)かしい氣がした。」


「〔二九九〕」(昭和四年)より:

「僕もこちらへ歸つてから小さい町の人達がどんな風に結核にやられてゆくかをいくつも見聞いたしました。
 ある若い獨り者は首を吊りました。大家がその紐を競賣して家賃の滯りや借金などを濟し葬式を出してやつたさうです。」



「〔三〇〇〕」(昭和四年)より:

「僕は犬も好きになりたくてよく相手になるがやはりまだちよつとコワイ。充分信じないんだな、結局。それに比べると猫は好きといふ資格がある。僕は猫で誰も恐らくこんなことはやつたことがないだらうと思ふことを一つ君に傳授しよう。それは猫の前足の裏を豫め拭いておいて、自分は仰向に寐て猫を顏の上へ立たせるんだ、彼女の前足が各々こちらの兩方の眼玉の上を踏むやうにして。つまり踏んで貰ふんだな。勿論眼は閉じてゐる。すると温いやうな冷つこいやうななんとも云へない氣持がして、眼が安まるやうな親しいやうなとてもいゝ氣持になるんだ。滑稽なことには猫は空吹く風で、うつかり踏外せば遠慮なく顏に爪を立てるにちがひない。」
「ながい猫の話になつた。」



「〔三五四〕」(昭和五年)より:

「エミールに於て ルツソーの叡智はすばらしいものだ。宮廷に對する反感をかくまで露骨に出したといふことも、ルツソオが宮廷を通して所謂出世をした人間であるだけ、非常に面白い。(中略)僕が若し「ルツソオ論」とでもいふものが書けたら成佛だ。」
「僕は現世に容れられない天才といふもの、あまり眞面目なために俗人の間に悲劇的な最後をとげる者――かう云つたものに非常に惹きつけられる。」
「ルツソオは確かにこれの典型的なものだ。」




















































































































『梶井基次郎全集 第二巻 草稿・ノート編』

「若しその名前をつけるなら、白雲郷とでも云つたところへ私は住み度いと思つてゐるのだ。私は輕い寐椅子を持ち出してひねもす溪の空を渡つてゆく雲を眺めてゐよう」
(梶井基次郎 「雲」 より)


『梶井基次郎全集 
第二巻 
草稿・ノート編』


筑摩書房
1999年12月9日 初版第1刷発行
592p 目次5p
口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背クロス装上製本 貼函
定価5,800円+税
装幀: 中山銀士

月報② (8p):
そっとしておきたい世界(城山三郎)/〈幻の梶井基次郎〉とネクロフィリズム(中村雄二郎)/梶井基次郎小説全集(小島信夫/昭和40年10月)/梶井基次郎について(庄野潤三/昭和33年12月)/同時代の思い出(窪川鶴次郎/昭和27年9月)



本書「解題」より:

「本巻は「小説草稿(二)」編、「ノート」編の二部で構成する。「小説草稿(二)」編は、本全集第一巻の「小説草稿(一)」編に続くものであり、「ノート」編は梶井基次郎の残した日記・ノート類を再現・翻刻するものである。」


梶井基次郎全集を本棚のどこに置くかは重要な問題であります。ポオ全集とリラダン全集の間に置くと世間との齟齬のうちに不幸な生涯を終えた呪われた作家として位置付けることになります。カフカ全集とシュルツ全集の間に置くと世間との孤独な闘いに斃れた特異体質的な異端作家として位置付けることになり、マラルメ全集と滝口修造コレクションの間に置くと脱世間的な偉大なマイナー詩人として位置付けることになります。ほんとうは尾形亀之助全集とベケット全集の間に置きたいのですが尾形亀之助全集もベケット全集ももっていないのでそれは出来ない相談です
迷いましたが、宇宙感覚と雑草感覚を併せ持つ奇特な脱我詩人として、宮沢賢治全集と西脇順三郎全集の間に置くことにしました。


梶井基次郎全集


帯文:

「新編集による
決定版全集
[全三巻 別巻一]

東京帝国大学入学以降に
書きとめられた
小説草稿と、
大正九年から
死の年昭和七年まで、
残されたすべてのノート類を、
可能なかぎり忠実に復元する。」



目次:

小説草稿 (二)
 〔夕凬橋の狸〕
 〔貧しい生活より〕
 〔犬を賣る男〕
 〔病氣〕(草稿)
 〔瀨山の話〕
 〔檸檬〕(断片)
 〔雪の日〕
 汽車その他――瀨山の話
 凧
 私信
 闇の書
 〔夕燒雲〕
 栗鼠は籠にはいってゐる
 奇妙な手品師
 〔猫〕
 雲
 〔藥〕
 〔海〕
 琴を持つた乞食と舞踏人形
 〔交尾 その三〕
 籔熊亭
 温泉

ノート
 第一帖
 第二帖
 第三帖
 第四帖
 第五帖
 第六帖
 第七帖
 第八帖
 第九帖
 第十帖
 第十一帖
 第十二帖
 第十三帖
 第十四帖
 第十五帖
 第十六帖

解題 (鈴木貞美)




◆本書より◆


「〔瀨山の話〕」より:

「私はその男のことを思ふといつも何ともいひ樣のない氣持になってしまふ。」

「瀨山とても此の世の中に處してゆくことが丸で出來ない男ではないのであるが、もともと彼の目安とする所がそこにあるのではないので、と云っておしまひにはその、試驗で云へばぎりぎりの六十點の生活をあの樣にまで渇望するのだが。全く瀨山は夢想家と云はうか何と云はうか、彼の自分を責める時程ひねくれて酷なことはなく――それもある時期が來なければそうではないので、またその時期が來るまでの彼のだらしなさ程底抜けのものはまたないのである。
彼は毎朝顏を洗ふことをすらしなくなる。例へば徴兵檢査を怠けたときいても彼にはありそうなことゝ思へる。私は一度彼の下宿で酒壜に黄色い液體が詰められて、それが押入の中に何本もおいてあるのを見た。それは小便だったのだ。私はそれが何故臭くなるまで捨てられずにおいてあるのだらうと思った。彼はそうする氣にならないのである。氣が向かないのだ。
然し一度嫌氣がさしたとなれば彼はそれを捨て去るだけでは承知しないだらう。彼は眞面目になって臭氣に充ちた押入を燒き拂はうと思ふにちがひない。彼は片方の極端にゐて、その片方の極端でなければそれに代へるのを肯じない、背後にあるのはいつも一見出來ない相談の嚴格さなのだ。」

「彼は何と現世的な生活の爲に惠まれてゐない男だらう。彼は彼の母がゐなければとうに餓死してゐるか、何か情けない罪のために牢屋へ入れられてゐる人間なのだ。どんなに永く生きのびても畢竟彼の生活は、放縱の次が燒糞、放縱―破綻―後悔―の循環小數に過ぎないのではないか。
彼には外の人に比べて何かが足りないのだ、いや與へられてゐる種々のものゝうちの何かゞ比例を破ってゐるのだ。その爲にあの男は此の世の掟が守れないのだ。」



「〔猫〕」より:

「「白」や「黑」の以前にはやはり訪問猫の「ノボ」といふのがゐた。この名前は今は死んだこの家の老主人がつけたのである。
 「お前は[ノボやぞ。]ノボーツとし[と]てるよつてにノボやぞ。おいノボ。こらノボ」
 朝から酒を嗜むその老主人は〈毎日〉さう云ひながら人指ゆびでその猫の額を突きき(ママ)突き酒を飲んでゐた。すると家族の誰も彼もが皆笑ふのである。實際それは滑稽な猫であつた。第一彼は決して鳴かないのである。だから食物をねだるなんてことはしない。[それから第二に彼は驚ろくなん]人が呉れたら食べるのである。呉れなければ――呉れなければ結局は歸るのであるが、まあ大抵はそのままで坐つてゐる。そのうちに呉れるのである。第二に彼は決してものに驚ろかない。どんなにされても平氣である。何事にも無關心である。こんな物臭さな猫なんてゐるものではない。
 この猫の唯一の藝(?)といふのは「された恰好そのままになつてゐる」といふことだつた。仰向けに轉されて四つ足を空に向けて置くとそのままでゐるのである。前足の一本を膝に載せてやると、恐らくこの懶猫には似附か〈ないそのうら恥しい恰好で凝つとしてゐるのである。〉」



「雲」より:

「若しその名前をつけるなら、白雲郷とでも云つたところへ私は住[み度い][んでゐたいのだ。]み度いと思つてゐるのだ。私は輕い寐椅子を持ち出してひねもす溪の空を渡つてゆく雲を眺めてゐや(よ)う、(以下欠)」




こちらもご参照ください:

『梶井基次郎全集 第三巻 書簡編』

















































































































『梶井基次郎全集 第一巻 作品・草稿編』

「時どき彼は、病める部分をとり出して眺めた。それはなにか一匹の悲しんでゐる生き物の表情で、彼に訴へるのだつた。」
(梶井基次郎 「ある心の風景」 より)


『梶井基次郎全集 
第一巻 
作品・草稿編』


筑摩書房
1999年11月10日 初版第1刷発行
638p 目次8p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背クロス装上製本 貼函
定価5,800円+税
装幀: 中山銀士

月報① (8p):
魂の旅情(高橋英夫)/再会した梶井(菅野昭正)/捨て難い小品(三島由紀夫/昭和31年10月)/梶井基次郎と現代作家(江藤淳/昭和34年7月)/編集室から


本書「編集ノート」より:

「本全集は昭和三十四年(一九五九)に筑摩書房より刊行された『梶井基次郎全集』全三巻、及び、それを補訂した昭和四十一年(一九六六)版を大幅に改訂し、新たな方針の下に編集した。」


本全集は完結直後に近所の古本屋で揃いで売られていたのを購入しておいたのが出てきたのでよんでみました。


梶井基次郎全集 01


帯文:

「新編集による
決定版全集
[全三巻 別巻一]

小説作品は
著者生前唯一の刊本
『檸檬』を底本に
厳密な校訂を加え、
草稿編は著者自身の
表記を如実に再現し、
推敲の跡を刻明にたどる。」



目次:

小説
 檸檬
 城のある町にて
 泥濘
 路上
 過去
 雪後
 ある心の風景
 Kの昇天――或はKの溺死
 冬の日
 櫻の樹の下には
 器樂的幻覺
 筧の話
 蒼穹
 冬の蠅
 ある崖上の感情
 愛撫
 闇の繪卷
 交尾
 のんきな患者

評論・隨筆
 『新潮』十月新人號小説評
 『亞』の回想
 淺見淵君に就いて
 『戰旗』『文藝戰線』七月號創作評
 『靑空』のことなど
 詩集『戰爭』
 「親近」と「拒絶」
 『靑空』記事
  講演會 其他 (大正十五年二月號)
  編輯後記 (大正十五年三月號)
  編輯後記 (大正十五年四月號)
  靑空同人印象記 (大正十五年六月號)
  編輯後記 (大正十五年九月號)
  「靑空語」に寄せて (昭和二年一月號)
  編輯後記 (昭和二年一月號)

習作
 奎吉
 矛盾の樣な眞實
 太郎と街
 橡の花――或る私信
 川端康成第四短篇集「心中」を主題とせるヴァリエイション

作文、詩歌・戯曲草稿
 中學時代作文
  秋の曙
 詩草稿
  秘やかな樂しみ
  〔秋の日の下〕
  〔愛する少女達〕
 戯曲草稿
  河岸 (一幕)
   〔断片群〕
  〔永劫回歸〕
  攀ぢ登る男 (一幕)
   〔異稿〕
  凱歌 (一幕)

小説草稿 (一)
 小さき良心
 〔喧嘩〕
 〔鼠〕
 裸像を盗む男
 不幸
  〔草稿 1〕
  〔プロット〕
  〔草稿 2〕
 歸宅前後
 卑怯者
  〔断片群 1〕
  〔断片群 2〕
 彷徨
  〔草稿 1〕
  〔草稿 2〕
 彷徨の一部 發展
 大蒜
  水滸傳
  〔断片群 1〕
  〔断片群 2〕
 母親
 矛盾の樣な眞實 (草稿)
  〔異稿〕
 奎吉 (草稿)
 〔カッフェー・ラーヴェン〕
  〔断片群〕
 〔瀨戸内海の夜〕

解題 (鈴木貞美)
 編集ノート
 解題



梶井基次郎全集



◆本書より◆


「檸檬」より:

「何故だか其頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覺(おぼ)えてゐる。風景にしても壞(くづ)れかかつた街だとか、その街にしても(中略)汚い洗濯物が干してあつたりがらくた(引用者注: 「がらくた」に傍点)が轉してあつたりむさくるしい部屋が覗いてゐたりする裏通が好きであつた。雨や風が蝕(むしば)んでやがて土に歸つてしまふ、と云つたやうな趣(おもむ)きのある街で、土塀が崩(くづ)れてゐたり家竝が傾きかかつてゐたり――勢ひのいいのは植物だけで時とすると吃驚(びつくり)させるやうな向日葵(ひまはり)があつたりカンナが咲いてゐたりする。」
「私は、出來ることなら京都から逃出して誰一人(だれひとり)知らないやうな市へ行つてしまひたかつた。(中略)希はくは此處が何時の間(ま)にかその市になつてゐるのだつたら。――錯覺がやうやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の繪具(ゑのぐ)を塗りつけてゆく。何のことはない、私の錯覺と壞(くづ)れかかつた街との二重寫しである。そして私はその中に現實の私自身を見失ふのを樂しんだ。」



「城のある町にて」より:

「海岸にしては大きい立木が所どころ繁つてゐる。その蔭にちよつぴり人家の屋根が覗いてゐる。そして入江には舟が舫(もや)つてゐる氣持。
 それはただそれだけの眺めであつた。何處を取り立てて特別(とくべつ)心を惹くやうなところはなかつた。それでゐて變(へん)に心が惹かれた。」
「人種の異つたやうな人びとが住んでゐて、此の世と離れた生活を營んでゐる。――そんなやうな所にも思へる。とはいへそれはあまりお伽話(とぎばなし)めかした、ぴつたりしないところがある。」
「では一體(たい)何だらうか。このパノラマ風の眺めは何に限らず一種の美しさを添へるものである。」
「空が秋らしく靑空に澄む日には、海はその靑より稍々温い深靑に映(うつ)つた。白い雲がある時は海も白く光つて見えた。今日は先程の入道雲が水平線の上へ擴(ひろが)つてザボンの内皮の色がして、海も入江の眞近(まぢか)までその色に映つてゐた。今日も入江はいつものやうに謎をかくして靜まつてゐた。
 見てゐると、獸(けもの)のやうにこの城のはなから悲しい唸聲(うなりごゑ)を出して見たいやうな氣になるのも同じであつた。息苦しいほど妙なものに思へた。
 夢で不思議な所へ行つてゐて、此處は來た覺(おぼ)えがあると思つてゐる。――丁度それに似た氣持で、えたいの知れない想出(おもひで)が湧いて來る。」

「私はお前にこんなものをやらうと思ふ。
一つはゼリーだ。ちよつとした人の足音(あしおと)にさへいくつもの波紋(はもん)が起り、風が吹いて來ると漣(さざなみ)をたてる。色は海の靑色で――御覽そのなかをいくつも魚が泳いでゐる。
もう一つは窓掛けだ。織物ではあるが秋草(あきぐさ)が茂つてゐる叢(くさむら)になつてゐる。またそこには見えないが、色づきかけた銀杏(いちやう)の木がその上には生えてゐる氣持。風が來ると草がさわぐ。そして、御覽。尺取蟲(しやくとりむし)が枝から枝を匍つてゐる。」



「泥濘」より:

「以前自分はよく野原などでこんな氣持を經驗したことがある。それは極(ご)くほのかな氣持ではあつたが、風に吹かれてゐる草などを見つめてゐるうちに、何時(いつ)か自分の裡にも丁度その草の葉のやうに搖(ゆ)れてゐるもののあるのを感じる。それは定(さだ)かなものではなかつた。かすかな氣配ではあつたが、然し不思議にも秋風に吹かれてさわさわ搖(ゆ)れてゐる草自身の感覺といふやうなものを感じるのであつた。醉はされたやうな氣持で、そのあとはいつも心が淸(すが)すがしいものに變つてゐた。」

「影の中に生き物らしい氣配(けはい)があらはれて來た。何(なに)を思つてゐるのか確かに何かを思(おも)つてゐる――影(かげ)だと思つてゐたものは、それは、生(なま)なましい自分であつた!
 自分が歩いてゆく! そしてこちらの自分は月のやうな位置からその自分を眺めてゐる。地面はなにか玻璃(はり)を張つたやうな透明(とうめい)で、自分は輕い眩暈(めまひ)を感じる。
 「あれは何處(どこ)へ歩いてゆくのだらう」と漠(ばく)とした不安が自分に起りはじめた。……」



「路上」より:

「窓からは線路に沿つた家々の内部(なか)が見えた。破屋といふのではないが、とりわけて見ようといふやうな立派な家では勿論(もちろん)なかつた。然し人の家の内部といふものにはなにか心惹(こころひ)かれる風情(ふぜい)といつたやうなものが感じられる。」

「どうして引返さうとはしなかつたのか。魅(み)せられたやうに滑つて來た自分が恐(おそろ)しかつた。――破滅(はめつ)といふものの一つの姿を見たやうな氣がした。なるほどこんなにして滑つて來るのだと思つた。」



「過去」より:

「以前住んだ町を歩いて見る日がたうとうやつて來た。彼は道々、町の名前が變つてはゐないかと心配しながら、ひとに道を尋(たづ)ねた。町はあつた。近づくにつれて心が重くなつた。一軒(けん)二軒、昔と變らない家が、新らしい家に挾(はさ)まれて殘つてゐた。はつと胸を衝(つ)かれる瞬間があつた。然しその家は違つてゐた。確かに町はその町に違ひなかつた。幼な友達の家が一軒あつた。代が變つて友達の名前になつてゐた。臺所から首を出してゐる母らしいひとの眼を彼は避けた。その家が見つかれば道は憶えてゐた。彼はその方へ歩き出した。
 彼は往來(わうらい)に立ち竦(すく)んだ。十三年前の自分が往來を走つてゐる! ――その子供は何も知らないで、町角を曲(まが)つて見えなくなつてしまつた。彼は泪ぐむだ。何といふ旅情だ! それはもう嗚咽(をえつ)に近かつた。」



「雪後」より:

「「此處だつた」と彼は思つた。灌木や竹藪の根が生(なま)なました赤土から切口を覗(のぞ)かせてゐる例の切通し坂だつた。――彼が其處へ來かかると、赤土から女の太腿(ふともも)が出てゐた。何本も何本もだつた。
 「何だらう」
 「それは××が南洋から持つて歸つて、庭へ植ゑてゐる〇〇の木の根だ」
 さう云つたのは何時の間にやつて來たのか友人の大槻の聲だつた。彼は納得(なつとく)がいつたやうな氣がした。と同時に切通しの上は××の屋敷だつたと思つた。
 少時歩いてゐると今度は田舎道だつた。邸宅などの氣配(けはい)はなかつた。矢張切り崩(くづ)された赤土のなかからによきによき女の腿が生(は)えてゐた。
 「〇〇の木などある筈がない。何なんだらう?」
 何時か友人は傍にゐなくなつてゐた。――」



「ある心の風景」より:

「其處は入り込んだ町で、晝間でも人通は尠く、魚の臓腑(はらわた)や鼠の死骸は幾日も位置を動かなかつた。兩側の家々はなにか荒廢してゐた。自然力の風化して行くあとが見えた。紅殻(べにがら)が古びてゐ、荒壁(あらかべ)の塀は崩(くづ)れ、人びとはそのなかで古手拭のやうに無氣力な生活をしてゐるやうに思はれた。」
「時どき柱時計の振子の音が戸の隙間(すきま)から洩れてきこえて來た。遠くの樹に風が黑く渡る。と、やがて眼近い夾竹桃は深い夜のなかで搖れはじめるのであつた。(中略)蟋蟀(こほろぎ)が鳴いてゐた。そのあたりから――と思はれた――微(かす)かな植物の朽(く)ちてゆく匂ひが漂つて來た。」

「――足が地脹(ぢば)れをしてゐる。その上に、嚙んだ齒がた(引用者注: 「がた」に傍点)のやうなものが二列(ふたなら)びついてゐる。脹れは段々ひどくなつて行つた。それにつれてその痕(きず)は段々深く、まはりが大きくなつて來た。或るものはネエヴルの尻(しり)のやうである。盛りあがつた氣味惡い肉が内部から覗(のぞ)いてゐた。」
「變な感じで、足は見てゐるうちにも靑く脹(は)れてゆく。痛くもなんともなかつた。腫物(はれもの)は紅いサボテンの花のやうである。
 母がゐる。
 「あゝあ。こんなになつた。」
 彼は母に當てつけの口調だつた。
 「知らないぢやないか」
 「だつて、あなたが爪(つめ)でかた(引用者注: 「かた」に傍点)をつけたのぢやありませんか」」
「「ね! お母さん!」と母を責めた。
 母は弱らされてゐた。が暫(しばら)くしてたうとう、
 「そいぢや、癒(なほ)してあげよう」と云つた。
 二列(ならび)の腫物(はれもの)は何時の間にか胸から腹へかけて移つてゐた。どうするのかと彼が見てゐると、母は胸の皮を引張つて來て(中略)一方の腫物を一方の腫物のなかへ、恰度釦(ぼたん)を嵌(は)めるやうにして嵌め込んで行つた。」
「一對(つい)づつ一對づつ一列の腫物は他の一列へさういふ風にしてみな嵌まつてしまつた。
 「これは××博士の法だよ」と母が云つた。釦(ぼたん)の多いフロツクコートを着たやうである。然し少し動いても直ぐ脱(はづ)れさうで不安であつた。――」

「時どき彼は、病める部分をとり出して眺めた。それはなにか一匹の悲しんでゐる生き物の表情で、彼に訴へるのだつた。」

「川の此方岸には高い欅の樹が葉を茂らせてゐる。喬は風に戰いでゐるその高い梢に心は惹(ひ)かれた。稍々暫らく凝視(みい)つてゐるうちに、彼の心の裡(うち)のなにかがその梢に棲(とま)り、高い氣流のなかで小さい葉と共に搖れ靑い枝と共に撓(たわ)んでゐるのが感じられた。
 「ああこの氣持」と喬は思つた。「視(み)ること、それはもうなにか(引用者注: 「なにか」に傍点)なのだ。自分の魂の一部分或は全部がそれに乘り移ることなのだ」」

「生れてから未だ一度も踏(ふ)まなかつた道、そして同時に、實に親(した)しい思ひを起させる道。――それはもう彼が限られた回數通り過(す)ぎたことのある何時もの道ではなかつた。何時の頃から歩いてゐるのか、喬は自分がとことはの過ぎてゆく者であるのを今は感じた。」
「「俺はだんだん癒(なほ)つてゆくぞ」」

「「私の病(や)んでゐる生き物。私は暗闇のなかにやがて消えてしまふ。然しお前は睡らないでひとりおきてゐるやうに思へる。そとの蟲のやうに……靑い燐光を燃(もや)しながら……」」



「Kの昇天」より:

「「影と『ドツペルゲンゲル』。私はこの二つに、月夜になれば憑かれるんですよ。この世のものでないといふやうな、そんなものを見たときの感じ。――その感じになじんでゐると、現實の世界が全く身に合はなく思はれて來るのです。だから晝間は阿片喫煙者(あへんきつえんしや)のやうに倦怠です」
 とK君は云ひました。
 自分の姿が見えて來る。不思議はそればかりではない。段々姿があらはれて來るに隨(したが)つて、影の自分は彼自身の人格を持ちはじめ、それにつれて此方の自分は段々氣持が杳(はる)かになつて、或る瞬間から月へ向つて、スウスウツと昇(のぼ)つて行く。それは氣持で何物とも云へませんが、まあ魂とでも云ふのでせう。それが月から射し下ろして來る光線を遡(さかのぼ)つて、それはなんとも云へぬ氣持で、昇天してゆくのです。」」
「「シラノが月へ行く方法を竝(なら)べたてるところがありますね。これはその今一つの方法ですよ。でも、ジユウル・ラフオルグの詩にあるやうに

    哀(あは)れなる哉、イカルスが幾人(いくたり)も來ては落つこちる。

 私も何遍(なんべん)やつてもおつこちるんですよ
 さう云つてK君は笑ひました。」



「冬の日」より:

「堯は此頃生きる熱意をまるで感じなくなつてゐた。一日一日が彼を引摺(ひきず)つてゐた。そして裡に住むべきところをなくした魂は、常に外界へ逃れよう逃れようと焦慮(あせ)つてゐた。――晝は部屋の窓を展いて盲人のやうにそとの風景を凝視(みつ)める。夜は屋の外の物音や鐵瓶(てつびん)の音に聾者のやうな耳を澄ます。」
「冬陽は郵便受のなかへまで射(さ)しこむ。路上のどんな小さな石粒(いしつぶ)も一つ一つ影を持つてゐて、見てゐると、それがみな埃及(エジプト)のピラミツドのやうな巨大(コロツサール)な悲しみを浮べてゐる。――低地を距てた洋館には、その時刻、竝んだ蒼桐(あをぎり)の幽靈のやうな影が寫(うつ)つてゐた。向日性を持つた、もやし(引用者注: 「もやし」に傍点)のやうに蒼白(あをじろ)い堯の觸手は、不知不識その灰色した木造家屋の方へ伸(の)びて行つて、其處に滲(し)み込んだ不思議な影の痕(きず)を撫(な)でるのであつた。」

「――食ふものも持たない。何處に泊るあてもない。そして日は暮れかかつてゐるが、この他國の町は早や自分を拒(こば)んでゐる。――
 それが現實であるかのやうな暗愁(あんしう)が彼の心を翳つて行つた。またそんな記憶が嘗ての自分にあつたやうな、一種訝(いぶ)かしい甘美な氣持が堯を切なくした。」

「固い寢床はそれを離れると午後にはじまる一日が待つてゐた。傾いた冬の日が窓のそとのまのあたり(引用者注: 「まのあたり」に傍点)を幻燈のやうに寫し出してゐる、その毎日であつた。そしてその不思議な日射(ひざ)しはだんだんすべてのものが假象(かしやう)にしか過ぎないといふことや、假象であるゆゑ精神的な美しさに染められてゐるのだといふことを露骨にして來るのだつた。枇杷(びは)が花をつけ、遠くの日溜からは橙の實が目を射(い)つた。そして初冬の時雨(しぐれ)はもう霰となつて軒をはしつた。
 霰はあとからあとへ黑い屋根瓦を打つてはころころ轉(ころが)つた。トタン屋根を撲(う)つ音。やつで(引用者注: 「やつで」に傍点)の葉を彈く音。枯草(かれくさ)に消える音。やがてサアーといふそれが世間に降(ふ)つてゐる音がきこえ出す。と、白い冬の面紗を破つて近くの邱(をか)からは鶴の啼聲が起つた。(中略)彼は窓際(まどぎは)に倚つて風狂といふものが存在した古い時代のことを思つた。しかしそれを自分の身に當嵌(あては)めることは堯には出來なかつた。」

「にはかに重い疲れが彼に凭(よ)りかかる。知らない町の知らない町角で、堯の心はも再び明るくはならなかつた。」



「櫻の樹の下には」より:

「馬のやうな屍體、犬猫のやうな屍體、そして人間のやうな屍體、屍體はみな腐爛(ふらん)して蛆(うじ)が湧き、堪らなく臭い。それでゐて水晶のやうな液をたらたらとたらしてゐる。櫻の根は貪婪(たんらん)な蛸のやうに、それを抱きかかへ、いそぎんちやくの食絲のやうな毛根を聚(あつ)めてその液體を吸つてゐる。」
「この溪間(たにま)ではなにも俺をよろこばすものはない。鶯や四十雀も、白い日光をさ靑に煙らせてゐる木の若芽(わかめ)も、ただそれだけでは、もうろうとした心象に過ぎない。俺には慘劇が必要なんだ。その平衡(へいかう)があつて、はじめて俺の心象は明確になつて來る。俺の心は惡鬼のやうに憂鬱に渇いてゐる。俺の心に憂鬱が完成するときにばかり、俺の心は和(なご)んで來る。」



「器樂的幻覺」より:

「「なんといふ不思議だらうこの石化は? 今なら、あの白い手がたとへあの上で殺人を演(えん)じても、誰れ一人叫び出さうとはしないだらう」」


「筧の話」より:

「何といふ錯誤だらう! 私は物體が二つに見える醉つ拂ひのやうに、同じ現實から二つの表象を見なければならなかつたのだ。しかもその一方は理想の光に輝(かがや)かされ、もう一方は暗黑の絶望を背負(せお)つてゐた。そしてそれらは私がはつきりと見ようとする途端(とたん)一つに重(かさ)なつて、またもとの退屈な現實に歸つてしまふのだつた。」

「「課せられてゐるのは永遠の退屈だ。生の幻影は絶望と重なつてゐる」」



「蒼穹」より:

「ある晩春の午後、私は村の街道に沿つた土堤(どて)の上で日を浴(あ)びてゐた。空にはながらく動かないでゐる巨(おほ)きな雲があつた。その雲はその地球に面した側に藤紫色をした陰翳を持つてゐた。そしてその尨大な容積やその藤紫色をした陰翳はなにかしら茫然とした悲哀をその雲に感じさせた。」
「風景は絶えず重力(ぢゆうりよく)の法則に脅(おびや)かされてゐた。そのうへ光と影の移り變りは溪間(たにま)にゐる人に始終慌(あわただ)しい感情を與へてゐた。さうした村のなかでは、溪間からは高く一日日(ひ)の當るこの平地の眺めほど心を休めるものはなかつた。私にとつてはその終日日(ひ)に倦(あ)いた眺めが悲しいまでノスタルヂツクだつた。Lotus-eater の住(す)んでゐるといふ何時(いつ)も午後ばかりの國――それが私には想像された。」

「そんな風景のうへを遊んでゐた私の眼は、二つの溪をへだてた杉山の上から靑空の透(す)いて見えるほど淡い雲が絶えず湧いて來るのを見たとき、不知不識(しらずしらず)そのなかへ吸ひ込まれて行つた。湧き出て來る雲は見る見る日に輝(かが)やいた巨大な姿を空のなかへ擴(ひろ)げるのであつた。
 それは一方からの盡(つ)きない生成とともにゆつくり旋回してゐた。また一方では捲きあがつて行つた縁(へり)が絶えず靑空のなかへ消え込むのだつた。かうした雲の變化ほど見る人の心に云ひ知れぬ深い感情を喚(よ)び起すものはない。その變化を見極(みきは)めようとする眼はいつもその盡きない生成と消滅のなかへ溺れ込んでしまひ、ただそればかりを繰り返してゐるうちに、不思議な恐怖に似た感情がだんだん胸へ昂(たか)まつて來る。その感情は喉を詰(つま)らせるやうになつて來、身體からは平衡の感じがだんだん失はれて來、若しそんな状態が長く續けば、そのある極點から、自分の身體は奈落(ならく)のやうなもののなかへ落ちてゆくのではないかと思はれる。それも花火に仕掛けられた紙人形のやうに、身體のあらゆる部分から力を失つて。――
 私の眼はだんだん雲との距離を絶(ぜつ)して、さう云つた感情のなかへ捲き込まれて行つた。そのとき私はふとある不思議な現象に眼をとめたのである。それは雲の湧いて出るところが、影になつた杉山の直(す)ぐ上からではなく、そこからかなりの距(へだた)りを持つたところにあつたことであつた。そこへ來てはじめて薄(うつす)り見えはじめる。それから見る見る巨(おほ)きな姿をあらはす。――
 私は空のなかに見えない山のやうなものがあるのではないかといふやうな不思議な氣持に捕へらえた。そのとき私の心をふとかすめたものがあつた。それはこの村でのある闇夜(やみよ)の經驗であつた。
 その夜私は提灯も持たないで闇の街道を歩いてゐた。それは途中にただ一軒の人家しかない、そしてその家の燈(ひ)がちやうど戸の節穴(ふしあな)から寫る戸外の風景のやうに見えてゐる、大きな闇のなかであつた。街道へその家の燈(ひ)が光を投げてゐる。そのなかへ突然(とつぜん)姿をあらはした人影があつた。おそらくそれは私と同じやうに提灯を持たないで歩いてゐた村人だつたのであらう。私は別にその人影を怪(あや)しいと思つたのではなかつた。しかし私はなんといふことなく凝(じ)つと、その人影が闇のなかへ消えてゆくのを眺めてゐたのである。その人影は背に負つた光をだんだん失ひながら消えて行つた。網膜だけの感じになり、闇のなかの想像になり、遂にはその想像もふつつり斷(た)ち切れてしまつた。そのとき私は『何處』といふもののない闇に微(かす)かな戰慄(せんりつ)を感じた。その闇のなかへ同じやうな絶望的な順序で消えてゆく私自身を想像し、云ひ知れぬ恐怖と情熱を覺(おぼ)えたのである。――
 その記憶が私の心をかすめたとき、突然私は悟(さと)つた。雲が湧(わ)き立つては消えてゆく空のなかにあつたものは、見えない山のやうなものでもなく、不思議な岬(みさき)のやうなものでもなく、なんといふ虚無! 白日の闇が滿(み)ち充(み)ちてゐるのだといふことを。(中略)濃い藍色(あゐいろ)に煙りあがつたこの季節の空は、そのとき、見れば見るほどただ闇としか私には感覺出來なかつたのである。」



「冬の蠅」より:

「「蠅と日光浴をしてゐる男」いま諸君の目にはさうした表象が浮かんでゐるにちがひない。日光浴を書いたついでに私はもう一つの表象「日光浴をしながら太陽を憎(にく)んでゐる男」を書いてゆかう。」

「私は日の當つた風景の象徴する幸福な感情を否定するのではない。その幸福は今や私を傷(きずつ)ける。私はそれを憎むのである。」



「ある崖上の感情」より:

「石田はその路を通つてゆくとき、誰れかに咎(とが)められはしないかと云ふやうなうしろめたさを感じた。なぜなら、その路へは大つぴらに通りすがりの家が窓を開(ひら)いてゐるのだつた。そのなかには肌脱(はだぬ)ぎになつた人がゐたり、柱時計が鳴つてゐたり、味氣ない生活が蚊遣(かや)りを燻(いぶ)したりしてゐた。そのうへ、軒燈にはきまつたやうにやもり(引用者注: 「やもり」に傍点)がとまつてゐて彼を氣味惡がらせた。」


「闇の繪卷」より:

「深い闇のなかで味はふこの安息は一體なにを意味してゐるのだらう。今は誰れの眼からも隱(かく)れてしまつた――今は巨大な闇と一如(いちによ)になつてしまつた――それがこの感情なのだらうか。」


「交尾」より:

「先程から露路(ろぢ)の上には盛んに白いものが往來してゐる。これはこの露地だけとは云はない。表通りも夜更(よふ)けになるとこの通りである。これは猫だ。私は何故この町では猫がこんなに我物顏(わがものがほ)に道を歩くのか考えて見たことがある。(中略)彼等はブールヴァールを歩く貴婦人のやうに悠(いう)々と歩く。また市役所の測量工夫のやうに辻から辻へ走つてゆくのである。」

「この瀨には殊にたくさんの河鹿がゐた。その聲は瀨をどよもして響いてゐた。遠くの方から風の渡るやうに響いて來る。それは近くの瀨の波頭の間から高まつて來て、眼の下の一團で高潮(かうてう)に達しる。その傳播は微妙で、絶えず湧き起り絶えず搖れ動く一つのまぼろしを見るやうである。科學の教へるところによると、この地球にはじめて聲を持つ生物が産(うま)れたのは石炭紀の兩棲類だといふことである。だからこれがこの地球に響いた最初の生の合唱だと思ふといくらか壮烈な氣がしないでもない。」



「『亞』の回想」より:

「村の本屋へ新刊の雜誌が來てゐても、此頃は買はずに歸るのが常である。流行文學よりも色づいた柿の葉の一片を持つて歸る方が今の僕にはたのしい。」


「橡の花」より:

「その前晩私はやはり憂鬱に苦しめられてゐました。びしよびしよと雨が降つてゐました。(中略)本を讀む氣もしませんでしたので私はいたづら書きをしてゐました。その waste という字は書き易い字であるのか――筆のいたづらに直ぐ書く字がありますね――その字の一つなのです。私はそれを無暗にたくさん書いてゐました。そのうちに私の耳はそのなかゝら機を織るやうな一定のリズムを聽きはじめたのです。手の調子がきまつて來たためです。當然きこえる筈だつたのです。なにかきこえると聽耳をたてはじめてから、それが一つの可愛いリズムだと思ひ當てたまでの私の氣持は、緊張と云ひ喜びといふにはあまりささやかなものでした。然し一時間前の倦怠ではもうありませんでした。私はその衣ずれのやうなまた小人國の汽車のやうな可愛いリズムに聽き入りました。」





こちらもご参照ください:

『梶井基次郎全集 第一巻 作品・草稿編』
ガルシア=マルケス 『青い犬の目』 井上義一 訳
瀧口修造 『瀧口修造の詩的実験 1927―1937』








































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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