FC2ブログ

『定本 吉田一穗全集 Ⅱ』

「しかしこれは海の運動と雪の結晶から現れた、抽象音の組み成す新しい次元のやうな、全き別個の詩の世界であつたからである。」
(吉田一穗 「私の處女出版」 より)


『定本 
吉田一穗全集 Ⅱ』
監修: 金子光晴・西脇順三郎
編集: 加藤郁乎・窪田般彌・澁澤孝輔・鷲巣繁男・吉田八岑

小澤書店
昭和54年8月20日 印刷
昭和54年8月30日 発行
xii 643p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 
丸背紙装(背革)上製本
貼函
定価9,500円
装釘: 加納光於

附録 (8p):
感傷的な思い出(秋山駿)/麗はしい距離(清水徹)/戲れの定位(三善晃)/變化(若林奮)



本書「凡例」より:

「本卷(Ⅱ卷)は、試論篇、隨想篇、及び雜篇と二種類の草稿によつて構成され、著者生前の全ての散文(但し創作は除く)を收録した。」
「本文は、原則として正字正假名遣に統一した。」



地軸がちょっとズレてしまったために、古代には緑地であった場所が、今では氷に閉ざされた極寒の地となってしまいました。しかし鳥たちは危険を冒して古代緑地へと回帰してゆく。なぜならそこにしか帰るべき故郷はないのだから。詩人もまた然り。この経済優先の多数決の時代にあって、彼等は野垂れ死に覚悟で失われた詩の世界を志すのであります。


吉田一穂全集 第二巻 01


帯文:

「定本 吉田一穗全集 Ⅱ 試論篇 隨想篇
現代詩の極北に聳える孤峰、吉田一穗の全業を網羅し、嚴密な校訂を加えておくる初の決定版全集! 【全3卷】
――本卷には試論ならびに隨想のすべてを收録する。」



吉田一穂全集 第二巻 02


帯背:

「新しい世界の開示を
告知する思考の磁力
試論篇
隨想篇」



帯裏:

「――その一穗さんは第一詩集が示しているように、春の雪どけの流れに劣らず、透明清冽で、隱秘な隈どりを豐かにもつ感覺と官能の詩人だったのです。この人がどんな思索と生活の軌跡の中で、あんなに禁慾的で、しかも知的な冒險への鮮烈な關心を一瞬たりと失ったことのない精神の巨人に成長したのか。吉田一穗全集はそれをあかす唯一眞正の手がかりにほかなりません。
吉田秀和」



吉田一穂全集 第二巻 03


目次:

試論篇
 試論篇凡例

 黑潮囘歸
  序
  極の誘ひ
  黑潮囘歸
  鶴の説
  穀物と葡萄の祝祭
  野生の幻影
  ハムレットの髑髏
  砂
  龍を描く
  半眼微笑
  俳句の辨證法的構造
  月の民
  天幕の書

 古代綠地
  序
   Ⅰ 同心圓的神觀
   Ⅱ 巨人族原板
   Ⅲ 古代綠地
  意識の暗室
  ZENON
  あらのゝゆめ
  基督謊誕
  西行
  芭蕉
  火をめぐる歌
  メフィスト考
  海の思想
  後庭の蜜蜂の巣

 試論篇拾遺
  〔試論〕
   詩の序曲
   第四次元の世界へ
   新らしき音律の發生
   文學上の現實遊離性に就いて
   詩の新しい坐標
   新しき戰車
   透明な地獄
    不協和音
    メカニズム
   NOTE
   近代詩について
   泥の思想
   繪畫と詩性
   荊冠詩人
   未來神話
   日本悲歌
  〔詩人論〕
   『こがね蟲』の感覺と韻律
   三木羅風氏の近業
   室生犀星論考
   詩人ジイド
   北原白秋考
    Ⅰ 白秋について
    Ⅱ 白秋論
    Ⅲ 『白秋詩抄』解説
    Ⅳ 『白秋抒情詩抄』解説
    Ⅴ 原日本の呼び聲
    Ⅵ 詩人の肖像
   春夫論
  〔時評〕
   「日本詩人」と「詩聖」
   詩歌の過程
   詩壇への公開状
   詩集に關するノート
   月評
   福田正夫氏との一問一答
   M. CM. X3+I
   現代詩史について

 隨想篇――一穗寒燈録
  隨想篇凡例
  
  桃花村
   (月白し……)
   桃花村
   榑
   繩文咒歌
   半眼微笑
   黄金律
   胡沙の人
   修羅堂
   雁わたる
   俗書・唐詩選
   地獄の骰子
   火の夢
   Desolate distance
   積丹半島
   山菜果酒
   山雨朝市
   漁父莊

  隨想篇拾遺
   「貧」の光背
   微笑と詰問
   京
   死の章
   落丁
   『海の聖母』に就て
   神樂坂風景
   蟲韻草譜
   秋田義一追悼
   校外舌寸
   思索の半徑――木舌の辯
   自然とシステム
   女性文化
   地方民強化
   禍音『稗子傳』後書
   ザラ紙文化
   行動半徑
   史的の大詩人
   横光左馬のこと
   わが繪本考
   私の處女出版
   『海の聖母』のこと
   夢二斷章
   荒神
   Mearc-Stapa
   裸の王樣
   秋成茶爐
   露風について
   白鳥古丹
   幻の宿
   海に降る雪
   影の獵人・初山滋
   歸心萬波

 雜纂
  雜纂凡例
 
  編輯録
   Ⅰ 「羅甸區」
    羅甸街眺望
    白き拉典區
    一穗寒燈
   Ⅱ 「新詩論」
    編輯記(第一輯)
    編輯録(第二輯)
    ノート(第三輯)
   Ⅲ 「Critic」
    後庭の蜂の巣

  序文・跋文
   創元社版『吉田一穗詩集』序
    *
   金子光晴『こがね蟲』跋
   大鹿卓著『兵隊』跋
   佐藤英磨著『光』敍
   東野純著『商業地帶』跋
   明石博臣著『上海的日本人』序
   眞田喜七著『雲の時計』序
   關秋子『野茨の實』序
   浦上歸一著『粉碎都市』序
   池宗一著『薔薇十字』序
   渡邊茂著『泥炭地層』序
   桑原幹夫著『胡蝶と輪廻』序
   野中信夫著『雨期』序
   内山義郎著『沙上の人』序
   加藤郁乎著『球體感覺』序
   關秋子著『叢の花』序
   蓮尾靜雄著『草葬讃歌』序
   佐藤晶彦著『半球』序
   内山義郎著『未生の花』立言

  書評
   『星座巡禮』賞讃
   觀天默劇『星座めぐり』の一夜
   阿部知二著『戀とアフリカ』
   土曜會編『汎日本靑年詩集』
   奥保詩集『プルガトリオの路』
   和田徹三著『金屬の下の時間』
   『日本のかたち』
   生の根源としてのギリシャ

  雜篇
   代々木から
   詩華集『航海』讀後感
   最近詩壇に望みたき事
   放庵個展
   帝展漫評
   灯を消す前に
   東方に光を
   禮
   ラヂオと詩
   近況
   風信
 
  斷章

  草稿
   草稿凡例
  
   Ⅰ 桃花村他
   Ⅱ 日本四季辭譜圖典

校異・解題
 校異・解題凡例



吉田一穂全集 第二巻 04



◆本書より◆


「黑潮囘歸」より:

「海圏三六〇度の眩暈(めくるめ)く熾んな碧水のヒステリア、溢れて天に鼓動し、日月の岸に輾轉する巨大な水の球! この荒々しい無窮動の生きもの、虚しい永遠の反覆に、無限の周圍に、自ら激昂し、粉碎する藍微塵の波の泡沫、紺に紫に綠に、結んではほぐれる水脈の錯亂、金と銀の照り返し、肺を刺すオゾン、透き冴える岩礁の水理、沸きたつ魚紋、そして僅かに海面を抜くコペルニカス以前の泥の擴がり……
 雲と水、このもつとも純粹な元始に觸れて、人は劫初の岸に、自ら發する聲の我れの自覺から、表象の罠を編み始める。我れとは、そして世界とは何か? かゝる問ひに誘ふ海の、またあまりにも劇しい混沌!」

「人間は自然の不可逆像である。天を拒む煤煙の下、雜閙する民衆の流れの中で、人はメカニックな社會の重壓感から、ふと孤獨に觸れる、あの靑い一片の郷愁に。それはかの海市(ミラアジユ)である。生命の根蔕は自然だからである。かく人は自然と組織の兩極の間を絶えず動搖する。この相反の矛盾律、生死の境を潛る通路は、自然といふ混沌が肉體に症はれる病氣や、夢の内燃性を誘導する睡眠やによつて、精神の均衡をとる。人工的な機制の逆作用として、人はしばしば内部の自然に觸發する。この内なる純粹の聲、水の元始! 泉に集ふ兒らが終日あくなき水との戲れ、また高き山に登つて遠く望む海知らぬ人々の憬れ……
 我等の古代民族は海から現はれた。神は自然であり、その歴史は萬物交感の神話であつた。生を享けて立つ我等が父祖の地は、海めぐる火山列島である。」
「焰を吐く火環島弧の荒い自然を踏んだ民族は、海の民であつた。潮に乘りて來れるものを主導旋律として、この幻想曲を編むならば、日本沿岸を洗ふ強力な大動脈は、赤道直下の太陽に暖められて、ドリヤンや檳榔樹の島々を環り、ヘレン礁やガルベス堆、エスメラルダ洲を洗ひ、豐かなプランクトンと鹽分を含み、種多の魚族を擁して北上し、珊瑚を養ひ、眞珠を生み、椰子の實とともに、歡呼して東海の島曲に灌ぎ入る黑潮である。」
「夢は野性の幻影である。」
「彼等は海から來た宗祖の血の裔である。その血肉のうちに海は原生質(プラトプラスム)の染色素を成してゐる。ひとたび海に入らば彼等の元始は甦へるであらう。血液の囘歸である。」
「黑潮こそ、その大圏に生を享けたる海の族の永生囘歸である!」



「野性の幻影」より:

「夢は野性の幻影である。人は臥はるといふ單純な動作で、夜毎、意識を微塵に解體し、暗い元始的な生命の混沌に還へる。原態生理の人間に於ける自然の恢復である。機械人にあらざる限り、睡眠は生物人間の意識の限界を示すものである。自然律から分立した人爲生活の肉體を犯す一切の病症は、自然といふ混沌がその表面に顯はれる状態を指すに外ならない。故に就眠が一つの療法となる。自然へ復歸するからである。」


「天幕の書」より:

「闇黑のゆゑに我々の肉眼は億劫年の距離を星と直通するのである。」

「何處かで滾々と泉が湧いてゐる、といふ思想が我を渇ゑさせる。藝術の本質は溢れる生命の歡喜でなくてはならない。我がゆく路に花を撒らせ! 頭上に眞午の太陽が輝いてあれ! (中略)人間は惠まれなくてはならない。勞働神聖觀が如何に根強く奴隷根性を培つたか。文學は人間の解放でなくてはならない。」



「古代緑地 序」より:

「★ 地球自轉軸の方位は指星觀測によつても(中略)移動しつゝあること、明かである。
 渦状星雲〈説〉から、太陽を一つの重心として、橢圓軌道面に配列された各遊星が、一走向に前轉しつゝある全太陽系に伴ふかぎり全體と各球との攝動、重力や速度、遠心力、及び比重の均衡作用として、所謂、獨樂の味噌摺り運動の原理と同じ復元性 IN SITU に依つて動搖傾斜し、自動的に自差修正の方向軸轉換を行ふ。
 自轉力と電磁氣の不可分離性に於て、囘轉の軸方向に磁場を成した現磁極を、その帶電性の痕跡として、或る地質年代の原・地軸の方位と措定する。
 依つて北・磁極 70°5'N., 96°46'W. を原點として、南・磁極 72°95'S., 155°16'E. の二點間に地球を貫く一直線を索いて假定元地軸とする。
 現極自轉軸に對し、略 30° の傾角をもつ、この斜交軸上の新しい座標系は、想定經緯度線に於て、舊地勢の樣相を復元する。
★ 地球を太古へ 30° 傾けた極の心軸に描かれる緯度の位相差は、現亞寒帶の凍土や氷雪の地蔽を透して、舊温帶の燦たる綠地を現像する。この新しい地平線の展望は Cygnus Swan の秘密な碧玉の湖を、РУИОИС や О. Бол Ляховский の Mamont の化石帶たる綠野を、石炭や石油の生物發生過程の斷層面を、植物分布や Plasma, Paleozoic の薄明から、本然の姿を呼び醒ましてくる。」

「* 候鳥の北方囘歸は、一つの歸極囘生である。彼等が發祥の地、今は氷霧にとざされ、寒氣肌を刺す極圏へ長途の危險を冒してゆく。しかしその方向感覺の結帶たる地は、太古の温暖帶であり逆に彼等の南方なのである。」



「意識の暗室」より:

「あらゆる存在は言語表象であり、現實はその體系たるかぎり、不壞の絶對ではない。人間の生活に反し、矛盾をきたしたとき、精神均衡の動搖が創造性を目醒ましめる、生の方向を組織することを思想と云ふ。それは種の核分裂に於ける發生の決定性に方向づけられた、本能と呼ぶ感性的傾向を軸として、印象の錘を投げながら、自己を表現的に形成してゆくポラリザシヨンである。」
「Polarisation theorie からすれば、詩人とはこの地上ならざる自己内部の極を追求する成極作用として、生の源泉を衝くものである。それは自己の磁針であり、深部を刺すエギヨンである。權威化した思想の流派に漂ふなく、自己内心の至上令としてのこの感性的磁針を、藉りに詩の恆數となすイデエと名づけても、大過を犯すことはなからう。」
「もはや詩は歌ふことではなく、〈詩とは何んであるかを考へる(引用者注: 「考へる」に傍点)〉イデエこそ、現代詩の中心命題でなければならない。」



「あらのゝゆめ」より:

「文學に於て藝術たるからには、自らのうちに克服しがたき矛盾をもつものでなくてはならない。所謂、風雅の魔神に誘はれて渇ける曠野の自然に、成りそこなひの半獸神でなくてはならない。」


「芭蕉」より:

「詩は不連續に獨立な體系である。それゆゑにこそ創造と呼ばれるのである。」


「メフィスト考」より:

「私が日本詩史の上で、セザンヌの位置を要求したら不當だらうか! キュビスムを意識的に詩の表現に操作した私は最初の幾何學派だ。」

「永遠に觸れるといふことは、限定しがたきものに觸れて、一つの點火といふ方法によつて無からものを創り出すことを意味する。」

「詩は絶體絶命の苦悶の所作だ。個人的な私が、他者なる統一者としての詩客觀に全く否定されることによつてのみ、藝術としての根元にふれて、詩となるのである。」

「現實に毒針(エギヨン)をたてる詩人――自己と調和しないこの俗世間の現實生活から、作品としての自己の内部の世界をつくり出す。言葉は――この現實の函數符號は、詩人としての表現媒體たる感覺と、つねに、つねに、一致しない。それは外の世界の通貨性をもつ言語體系であるから、詩人の創造する世界を形成してゆく道具とはなり得ない。詩人の感覺は詩人の言葉である。メタフォアによる獨自の世界。前體系的觀念通貨の符號では間に合はない。あくまで獨自の生き方で自己の體系に形成してゆく純粹な詩人の符號の内面世界がある。この救はれない詩人の罠からはひあがつて、多少ジャーナリズムで名を得ると忽ちこの詩人は自己の言語の平價切り下げをやつて、或は世間的通貨と兌換して有名詩人となり、我等の世界と絶縁する。しかしもはやかゝるものは毒を失つた蜂で、それは蜂の頭でも況や詩人などと僭稱すべきものではない。たゞの三文賣文の徒である。」

「MUSE――music. musk. must. mutation. mute. muting. mutual. myrrh. mystery. myth. medical. Mecca. medium. Medusa. meditation. melancholia. melody. mental. meteorite. method. metric. metallurgy. metaphor. metaphysics. metempsychosis. magnet. maelstrom. ………………………………MAGIC.」

「垂直の聲を聽かば、孤立もまた辛くはない。
 波と雲――動くものは變らない。」

「藝術とは魔術だ。Charme! それを創るものは自己の中の魔だ。」

「詩人はあくまで自己の内なる極をつかんで、對象化する作業を續けねばならない。あくまでも内に内にと追及する以外にない。
 己れの内部に、奇怪な、恐怖、凄絶な、嫌惡、遺傳的なもの、運命、原罪の形相、を引き出す自己矛盾の格鬪を避けては魔として藝術を成すことは出來ない。」

「己れの生身を灯してのみ、この暗黑に一點の證の座を成すものを「詩」といふ。己れを燃やすこと、この世の暗黑を切る、それはたゞ一つの行爲だ。」

「詩は苦悶の所業である。詩に於て自己(個)が否定されるのものである。自我脱却の方法が即ち表現的分離である。」



「海の思想」より:

「明日から私は何をして自活しようか思ひ當らなかつた。〈ようし! 詩を書かう。一生一度の生だ、自己を悔なく生き切るために〉と私は絶叫した。この誓約は何等、生計を助けるに役立つものではなかつたが、いまだに悔いない。」


「桃花村」より:

「人間精神の均衡は自然を志向するのである。この内的原理を缺いた革命は僞證である。(中略)天を煤煙で遮り、道は混石土で固められ、川また排水溝となり、人間棄場となつた都市なるものは、咒術にかかつた魔府である。この咒圏は破られなければならない。自然はそのただ一つの鍵である。ヘデンが砂漠横斷の途次、人の住むことのできないやうな荒涼の地に一家族と會ひ、彼等はここまで税金とりたての官吏の手が屆かないからだと語つたことを記してゐる。また北滿のスタラベールたちの權力を避けた自給自足の生活、靑い瞳で蜜蜂箱を覗き込むぼろぼろの僧服姿もある。或いはその逆に支那奧地の山褶に、谷間一面、赤に染めて罌粟の花を咲かせてゐた阿片密培者もあつた。北緯五〇度の國境を潛つてサガレンの凍土帶に獸を追ふ銃一挺の密獵者もあつた。ある一人のミザントロープは、オコックの砂濱で砂金を採り、漂着の海獸の油で孤獨な旦(あ)け昏れを過してゐたものもある。何故か。彼等は野性の呼び聲に耳を覆うことができなかつたのだ。」

「自分に命あるかぎり心底に滾々たる自然の泉がある。これこそ自然と對應することのできる内部自然であらう。」



「落丁」より:

「生活とは何か! と開きなほれば僕はアナキーズムの認識から出發する。「萬人はその能力に應じて働き、各自その必要に應じて取る」といふ生活の第一原則、即ちこの人間としての當然な欲求(引用者注: 「欲求」に傍点)が、現行資本主義制度の治下で所謂「秩序」ある市民の強ひられたる生活に向つて叫ぶ時、常に「悖く者は潤ひなき地に住」まなければならないのだ。たとへ意識すると否とにかゝはらずブルジョアの簒奪機構に鎖の一端を結ぶ奴隷として職業を見付るとしても、この幾千萬の失業者で溢れてゐる時代、況や自主勞作の生活を主張する僕らが「惡しき市民」たらざるを得ないではないか! 從つて僕の生活は秩序の外にある。」
「統一だとか、秩序だとか、そんなものは彼等の立場に於てこそ一枚の小市民的護符ともならう。だが僕らの生活は裸だ! で彼等の前に立つ素足を「失禮な!」といふ。然り! 秩序ある生活の頁に於ては、常に僕らは落丁された幾萬枚かであるのだ!」



「『海の聖母』のこと」より:

「ミザントロープ、これが私の病氣だ。年少にして集を嫌ふ、屋根裏の隱者だつた。孤獨に於いて自己を守る小さな燈が、今でも私の内部の明りだ。」

「しかし私は貧しかつた。もし誇りがなかつたらこの貧苦に耐へ得なかつたらう。それは詩を書くこと、即ち生きることだつた。」



「裸の王樣」より:

「雨あがり、學校歸りの子らが、わざわざ水溜に入つて泥をはねとばしたり、傘車で地を匍はしたりする。私は街の隅で壞れた水道栓から噴き出る水と一人の子供の飽くなき忘我の戲れを見たことがある。(中略)水は原始である。子供の内部自然と一致したのである。生命の喜び――この喜びこそ人格形成の芽生えではないか。子は造られた機械でも、その部分品でもない。全き獨立な自然發生の個體である。それは一つの宇宙に等しい頭腦をもつものである。」


吉田一穂全集 第二巻 05




こちらもご参照ください:

オクタビオ・パス 『弓と竪琴』 牛島信明 訳 (ちくま学芸文庫)




































































































































スポンサーサイト

『定本 吉田一穗全集 Ⅰ』 (普及版)

「掌(て)に消える北斗の印(いん)。
……然(け)れども開かねばならない、この内部の花は。
背後(うしろ)で漏沙(すなどけい)が零れる。」

(吉田一穗 「白鳥」 より)


『定本 
吉田一穗全集 Ⅰ』 
普及版

監修: 金子光晴・西脇順三郎
編集: 加藤郁乎・窪田般彌・澁澤孝輔・鷲巣繁男・吉田八岑

小澤書店
昭和57年11月15日 印刷
昭和57年11月20日 発行
xxiii 579p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 
丸背クロス装(継表紙)上製本
貼函
定価6,500円

附録 (8p):
極限に誘われて(菅野昭正)/裂けた背表紙(種村季弘)/吉田一穗の詩(吉岡實)/吉田一穗を讀む(吉増剛造)



本書「凡例」より:

「本卷(Ⅰ卷)は、詩篇及び短歌篇の二篇によつて構成され、著者の全ての詩、短歌、及びそのヴァリアントに至るまでを網羅した。」
「詩篇本文は、定本詩集、詩篇拾遺(以上は10ポ一段組)、童謠・少年詩篇、雜詩篇(以上は9ポ二段組)に分類し、いずれも著者生前の最終稿を底本・底稿とした。」
「詩篇のヴァリアントは、詩篇校異(9ポ二段組)に收録し、「單行詩集形」(中略)と「雜誌發表形」(中略)の二つに分類した。」
「短歌篇は、殘存する自筆原稿「遠い欸乃」を本文(12ポ一段組)とし、短歌篇拾遺(10ポ一段組)にはそれぞれの雜誌發表形を收録した。」



吉田一穂全集 第一巻 01


帯文:

「定本 吉田一穗全集Ⅰ 詩篇 短歌篇
現代詩の極北に聳える孤峰、吉田一穗の全業を網羅し、嚴密な校訂を加えておくる初の決定版全集!【全3卷】
――本卷には全詩篇ならびに短歌を收録する。普及版。」



帯背:

「極北にたつ詩精神が
紡ぐ詩的言語の結晶
詩篇 短歌篇
詩人歿後十年記念
〔新裝普及版〕」



帯裏:

「――吉田一穗はその名を冠せずとも、その署名なき作品にただ接するだけで、緊密な思索によって構築された自立した世界が直ちに私達に手渡されるところの數少い詩人のひとりである。馴れあいの、甘たれあいのない世界にひたすら住みつづけた貴重な詩人として推賞したいが、殘念なことに、この少數者の世界はいま暫く擴がることはないであろう。
埴谷雄高」



吉田一穂全集 第一巻 02


目次:

詩篇

 定本詩集
  定本詩集凡例

  薔薇篇
   母
   曙
   泉
   海郷
   古いオルゴールの歌
   少年
   霧
   雪
   晩課書
   トラピスト修道院
   暦
   後園
   嵐
   千一夜
   酒神
   五月
   六月
   都市素描
   鰊
   海市
   眞珠
   挽歌
   魚歌
   Delphinus
   鎮魂歌
   VENDANGE
   冬の花

  暗星系
   天隕
   洪水前
   東へ
   死の馭者
   北海
   楡
   土地
   鷲
   亞細亞紀
    悲心
    荒野
    無明
   狼
   エミグラント
   鴉を飼ふツァラトゥストラ
   業
   海鳥
   無の錘
    暗約
    非存
   稗子傳
    岩の上
    泥
    砂
    咒
   白鳥

  故園の書
   故園の書
    春
    夏
    秋
    冬
   空
   家系樹
   薔薇
   内部
   雲雀を揚げる夕
   海の族
   影の劇場
   マクベス夫人
   石と魚
   鷲
   愛の章
   地下鐵のある町
   種蒔く人
   現實の底邊
   Z.5 潜水艇にて
   荒地
   新約

 詩篇拾遺
  詩篇拾遺凡例

  夜の座
  みるめ・かぐはな
  空中樓閣
  非遠近法
  未生の花
  ネガ・レアリテ
  吹雪の中の呼び聲
  輪の外
  零時
  無の火
   無の火について
  室内叢林
  火の記號
  反世界
  道産子
  北の門
  樹下
  あしたに架ける虹
  Ave Maris Stella
 
 詩篇校異
  詩篇校異凡例

  單行詩集形
   單行詩集形凡例

   海の聖母
    「若き日本」の前奏曲
    薔薇篇
     母
     曙
     暦
     惜春譜
     薔薇
     嵐
     自像
     旅愁
     幼年思慕調
     少年思慕調
     雪
     月光の華
     霧
     トラピスト修道院
     峽江
     秋
     代々木風景
    羅甸區
     都市素描
     五月
     六月
     后園
     NOCTURNE
      華
      温室
      眞珠
     帆船
     海市
    靑篇
     前夜
     北海
     死の馭者
     東へ
     洪水前
     千一夜物語
     ガリレオ
     亞細亞書
      前章
      后章
     樹
     挽歌
     鷲
     草萊の人々
     敍次

   故園の書
    吉田一穗君について (福士幸次郎)
    業
    1
     石と魚
     影の劇場
     マクベス夫人
     海の族
     鷲
     愛の章
    2
     ホフマン風の現像室
      ★決鬪
      ★面
      ★術
      ★數
      ★薔薇
      ★内部
      ★火
     地下鐵のある町
     闇
     種蒔く人
     空
     現實の底邊
    3
     雲雀を揚げる夕
     故園の書
      春
      夏
      秋
      冬
     CÆSAR の所有
     新約
     隣人
     Z.5 潜水艇にて
     荒地
      ★
     天馬の翼に就て
 
   稗子傳
    岩の上
    泥
    咒
    海鳥
     *
    業
    鴉を飼ふツァラトゥストラ
    家系樹
    狼
    棄民
     *
    VENDANGE
    哀歌
    野分抄
     *
    跋

   海市(詩抄)
    (この詩抄は……)
    母
    曙
    泉
    VENDANGE
    峽江
    少年思慕調
    雪
    霧
    NOCTURNE
    眞珠
    トラピスト修道院
    五月
    六月
    海市
    洪水前
    死の馭者
    東へ
    黎元書
     第一章
     第二章
     第三章
    鷲
    鴉を飼ふツァラトゥストラ
    業
    海鳥
    稗子傳
     岩の上
     泥
     鹽
     砂
    咒
    後園
  
   未來者
    序
    水邊悲歌
     泉
     母
     曙
     海郷
     嵐
     晩課書
     少年
     雪
     霧
     鰊
     古いオルゴールの歌
     トラピスト修道院
     暦
     後園
     天宮算命圖
     五月
     六月
     都市素描
     酒神
     眞珠
     挽歌
     海市
     Delphinus
     魚歌
     VENDANGE
     たましづめのうた
     冬の花
    火環島弧
     天隕
     洪水前
     東へ
     死の馭者
     亞細亞紀
      悲心
      荒野
      無明
     北海
     鷲
     土地
     業
     楡
     狼
     エミグラント
     家系樹
     海の族
     鴉を飼ふツアラトウストラ
     海鳥
    荒野の夢の彷徨圏から
     稗子傳
      岩の上
      泥
      砂
      咒
     白鳥

   羅甸薔薇
    序詩
    穀物と葡萄の祝祭
     泉
     母
     曙
     海郷
     古いオルゴールの歌
     少年
     霧
     雪
     晩課書
     トラピスト修道院
     暦
     後園
     嵐
     聲
     千一夜
     酒神
     五月
     六月
     都市素描
     鰊
     海市
     眞珠
     挽歌
     魚歌
     Delphinus
     鎮魂歌
     VENDANGE
     冬の花
     空
    暗星系
     天隕
     洪水前
     東へ
     死の馭者
     北海
     楡
     土地
     鷲
     亞細亞紀
      悲心
      荒野
      無明
     業
     海鳥
     狼
     エミグラント
     海の族
     薔薇
     内部
     故園の書
      春
      夏
      秋
      冬
     雲雀を揚げる夕
     石と魚
     鷲
     愛の章
     新約
     家系樹
     鴉を飼ふツァラトゥストラ
    黄金律
     稗子傳
      岩の上
      泥
      砂
      咒
     白鳥
     軸

  雜誌發表形
   雜誌發表形凡例
   Ⅰ
    雪
    しのゝめ
    石と魚
    魚城
    ヴオルガの使徒
    世紀
    嵐
    霧
    月光の花
    北海
    街
    曉
    運命
     聲
     母
     運命
    髑髏彫金の指輪
    章句
    最終の告示
    靑篇
    東京
    デルヰシユ
    死の馭者
    影の劇場
    后園
    都市素描
    荒野篇
    薔薇篇
    ガリレオ
    海市
    雪の夜
    『小さい詩集』
     母
     曙
    默劇 温室
    トラピスト修道院
    峽江
    千一夜物語(アラビヤン・ナイト)
    隱れたるもの
    東へ
    街
    機械人
    惜春譜
    時間
    樹
    地上
    代々木風景
    帆船
    挽歌
    (オリオンが來た!……)
   Ⅱ
    鷲
    天上の嘆き
    新約
    業
    闇
    Z.5 潜水艇にて
    故園の書
     春
     夏
     秋
     冬
    種蒔く人
    Concerto op. 1.
    CASAR の所有
    荒地
    隣人
    影を集めるホフマン風の現像室(スタヂオ)
     ★決鬪
     ★面
     ★術
     ★數
     ★薔薇
    空
    火
    内部
    海の旅
   Ⅲ
    DOMINICAL LETTERS
    棄民
    狼
    氷牢
    雷
    消燈令
    鴉を飼ふツァラトゥストラ
    智慧の樹
    反極
    稗子傳
     岩の上
     VENDANGE
     野分抄
    海鳥
    稗子傳
     挽歌
   Ⅳ
    競技場
    遠く來れるもの
    鎮魂歌
    稗子傳補遺
    泉
    大耕老木
     序
     鎮魂歌
    水邊悲歌
    流沙の東
    天隕
    鰊
    荒野の夢の彷徨圏から
    古代山河
    白鳥
    火山湖
    微塵像
    地獄の骰子
    影
    無の錘 Ⅰ
    夜の座
    非存
  童謠・少年詩篇
   童謠・少年詩篇凡例
   Ⅰ
    ふる郷へ
    麥愁
    お月樣
    氷雨
    かもめ
    時計
    かくれん坊
    かりがね
    ゆく春
    ひばり
    虹
    ひまはり
    すすき
    夜話
    港
    くひなの宿
    水ぐるま
    ヨブコドリ
    壁の畫
    秋の夜
    山かなし
    ヒガンスギ
    風見のとり
    はすのごてん
    あまの川
    かもめ
    どんぐり山
    しぐれ
    たこたこあがれ!!
   Ⅱ
    舟
    あしたのうた
    むらさきりんだうは海のいろ
    おちば
    ゆきまつり
    こどものひ
    ぺんぎん
    春をまつて
    ゑんそく
    雪の村
    ほしぞらのしたで
 
  雜詩篇
   雜詩篇凡例
   Ⅰ
    水邊合唱
    堀内規次について
    圓形劇場
    ドン・コザック合唱團のためのアリア
    山媛呼
   Ⅱ
    古平小唄
    尾西市立三條小學校校歌
    古平高等學校校歌
    都立千歳高等學校校歌

  短歌篇
   短歌篇凡例
   遠い欸乃
   短歌篇拾遺
    波の音
    秋
    水
    鮎
    貝
    海角
    影
    草
    海郷
    砂(海郷篇拾遺)
    麥

 校異・解題
  校異・解題凡例
  


吉田一穂全集 第一巻 03



◆本書より◆


「暦」:

「書物(ふみ)は白く色褪(いろあ)せ……
御身の指に描かれる美しい月日。

素足に觸れて落葉の沈思(おもひ)を醒まし、
滲(にじ)む日の暈(くま)に、寂しい午後は來(きた)る。

明るみの中に「靜物」の營める……
一處(ひとどころ)みつめてもの云はぬ姉妹の秋の横顏(プロフイル)。」



「後園」:

「明るく壞(こは)れがちな水盤の水の琶音(アルペヂオ)。
(日時計(サンダイアル)の蜥蜴よ)

光彩を紡むぐ金盞花や向日葵の刻。
洎芙藍が、その黄金を浪費する時。

微風に展く頁を押へて、指そめる翠(みどり)の……
御身、額の白く、香ぐはしの病めるさ。」



「聲」:

「葉影かき散らす戸階(ドア・ステツプ)の雨。
 (彼女すでに去りし……)

みだれうつ暴風雨(あらし)の中に
ひそみまつはるひとすぢの聲
常に離れて言葉をおくる。

靑き光圏を環つて、終夜、
遠く點滅する不眠の都市。」



「海市」:

「海ゆく日、光と影の漂泊に夢む燈明臺。
假睡(まどろ)みの浮標(ブイ)は波の靜かな搖籃の唄をきいてゐる。
寺院の尖塔や靑銅の圓頂(ドーム)、水苔の波止場や白堊の商館。
橄欖の森繞る、磨り減つた石疊の古い傳説の港町。
祖母樣(ばゝさま)の童話(メルヘン)を聽く聖餐の鐘の日曜――

 (わが船 HAVANA を立つ時)

弧線(カーヴ)を畫く横帆(わうはん)の、また額に投げる波の反射(てりかへ)し。
忘却の航跡に消えて明るく熾んな魚群の影像。
水、透いて搖り映る海鳥の眩暈(よひ)の奇(あや)しき、
帆に慕ふ水平線の彼方、浪曼の綠なる……」



「眞珠」:

「今宵、水底(みなぞこ)に香を焚いて通夜せん夜光蟲(ノクテリコ)の群れよ。
滿潮(みちしほ)のよする微かな單音(モノトン)が「月の出」の羅針に慴え、
面(おも)、靑褪めて姉妹(ふたり)は眠る。

……波状線を描いて夜の鮮麗な幻惑(まどはし)は來(きた)る。

金貨の旋轉に曉の饗宴を賭ける Tour du Monde の船長よ。
想ひ遠き海のふるさと、この綠なる……
微かなれど鹹湖の底に、あゝ麗はしき哉、終夜の珠(たま)。」



「洪水前」:

「巨象(マンモス)を掘る
月は死棺に臥はる
影ひそめて薄明を渉るもの
亂れて幽かな鐘の旋律が傳はる
生身(いくそみ)の刻々に解體し、原子(アトム)へ還る腐爛頌
未明の地平線に現れる十字架
遙かの觸角(タンタキユレール)は迷ふ
羊の群は眠らじ
遠い彼方の嘯(ホイツスル)
ノア……」



「稗子傳」より:

「岩の上

時空の罠に雷が碎ける。
地の古い骨の上に「我れ」を發する聲が、今、何物にか成らうとする。
漂石の岸なる、これの落暈……」

「泥

自我系の暗礁めぐる銀河の魚。
コペルニカス以前の泥の擴がり……
睡眠の内側(うちがは)で泥炭層が燃え始める。」





「わが船 HAVANA を立つ時」に関しては、こちらをご参照ください:

関屋敏子 「ラ・パロマ」









































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本