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『ノヴァーリス全集 2』 青木誠之・池田信雄・大友進・藤田総平 訳

「われわれの生は夢ではない――だが、夢となるべきであり、夢となるであろう。」
(ノヴァーリス 「一般草稿集 1798―99年」 より)


『ノヴァーリス全集 2』 
青木誠之・池田信雄・大友進・藤田総平 訳

沖積舎
平成13年11月22日 発行
365p 付記1p
四六判 丸背紙装上製本
貼函 函カバー
定価4,500円+税
装釘: 秋山由紀夫



本書付記より:

「本全集は、ノヴァーリス研究会(青木誠之、池田信雄、大友進、藤田総平)による文字どおりの共同訳である。」


本全集は第二巻だけ購入しておいたのが出てきたのでよんでみました。


ノヴァーリス全集 沖積舎 第二巻 


帯文:

「「青い花」のロマンティックな夢想の詩人ノヴァーリスは、知の大領域に分け入って精神の冒険に挑んだ天才的な探求者でもあった。冒険の成果はおびただしい断章として遺されたが、未完の「青い花」同様、むしろその断片性ゆえに無限の可能性に向かって展かれている。自然科学研究の局面を特に重視して編まれた、全面的な新訳のこの全集は、既刊のノヴァーリス全集が法外な高値を古書市場でつけている現在、まさに時宜を得た企画と慶賀したい。
川村二郎」



帯背:

「全篇新訳」


目次:

断章と研究(一七九七年まで)
 〔断章〕
 〔フィヒテ研究〕
 〔ヘムステルホイス研究〕

断章と研究(一七九八年)
 より高次の知識学のための断章
 詩
 唯詩論
 さまざまな断章もしくは難問
 〔テプリッツ断章〕
 〔テプリッツ断章への補遺〕

フライベルク自然科学研究(一七九八―九九年)

一般草稿集(一七九八―九九年)

断章と研究(一七九九―一八〇〇年)
 〔断章と研究Ⅰ〕(一七九九年六月―十二月)
 〔自然学、医学に関する覚書〕(一七九九年七月―一八〇〇年一月)
 〔断章と研究Ⅱ〕(一八〇〇年一月―四月)
 〔断章と研究Ⅲ〕(一八〇〇年六月―十月)

解題・註




◆本書より◆


「断章と研究 1797年まで」より:

「太古の歩みは穏やかにして荘重だ。浄められていない者には、太古は神聖なヴェールに包まれ、隠されている。しかし、運命が穏やかな源泉のせせらぎから生みだした魂をもつ者には、魔法の鏡に映る神々しく美しい太古の姿が見える。」


「断章と研究 1798年」より:

「自我=非我――いっさいの学問と芸術の最高命題。」

「われわれには、現われ方こそまるで異なるものの、きわめて密にからみあった感官の体系がふたつそなわっている。ひとつは身体、いまひとつは魂である。身体は、総体が自然ないし外界と呼ばれる外的刺激に依存する。魂は本来、霊ないし霊界と呼ばれる内的刺激の総体に依存する。通常、魂の体系は、連想を通じて身体の体系と結ばれ――身体の体系からの影響を受けている。ところが、その逆の関係をうかがわせる痕跡もしばしば見うけられる。そのことから、ふたつの体系は本来、それぞれの世界に影響されながら完全な相互関係を結ぶはずであり、単一音ではなく協和音を響かせるはずであることがすぐに明らかになる。要するに、ふたつの世界、ふたつの体系とも、不協和音や単一音でなく、自由な協和音を生みだすべきなのである。単調さから調和への移行が不調和を経由することは言うまでもない――そして調和は終局に至らなければ生じない。魔術の時代には身体が魂もしくは霊界に奉仕するのだ。/狂気――夢想。/
 共有された狂気はもはや狂気であることをやめ、魔術となる。規則にしたがう完全に意識的な狂気。
 いっさいの芸術、いっさいの学問は、部分的調和のうえに成り立っている。

   /詩人、狂人、聖者、予言者。/」

「人間はだれでも、自分に固有の言語を身につけている。言語は精神の表現なのだ。個別言語。」

「最初の人間が最初の見霊者である。彼の目にはいっさいが霊として映る。子供たちも最初の人間ではないのか。子供の清新なまなざしは、どんな名うての見者の予感に宿るよりも多くの霊に満たされている。」

「われわれは器官も自己接触の力も弱いので、妖精界であいまみえることができない。メルヒェンとはすべて、至るところにあってどこにもないあの故郷の夢なのだ。いつの日か守護霊となってわれわれの意思を実現してくれるはずの、われわれの内なる高次の諸力が、いまはムーサたちの姿をとって現われ、この労苦に満ちた人生の途上でわれわれを甘やかな思い出によって力づけてくれている。」

「人間に自己を感じさせ考えさせるためには、石や木や動物が口をきかなければならない。
 象形文字を操ることから芸術は始まった。」

「わたしには、木が花咲く炎――人間が話す炎――動物がさまよう炎にみえる。」



「フライベルク自然科学研究 1798―99年」より:

「実験家のための哲学的手引。
 炎、火花などは、植物界、動物界、人間界とは異なる新しい領域に属するのではないか。生命過程。」



「一般草稿集 1798―99年」より:

「人間がつくりだす形姿や――人間が考えだす人物には多かれ少なかれ生命が宿る――それらは生きることを要求し、希望する。画廊は来るべき世界の寝室である。――
 来るべき世界の歴史家や哲学者や芸術家は、そこをわが家とし――そこで自己を形成しながら未来のために生きる。現世で幸せにめぐまれず、探し求めるものを見いだせない者は――書物と芸術家の世界へ――永遠の古代であり現代である――自然のなかへ赴くがよい――そして、よりよい世界である迫害された教会(エクレシア・プレッサ)で暮らすがよい。そこには恋人と友人――祖国と神がかならず見つかるだろう――そこではものみながまどろんでいる。だがそれは、予言を秘めた意味深いまどろみなのだ。」

「道徳的宿命――法則的因果関係ほど――メルヒェンの精神に反するものはない――メルヒェンのなかには、自然の真正な無統治状態(アナルヒー)がある。」



「断章と研究 1799―1800年」より:

「全体としてみた人間の不死性について――全体としてみた生と思考について――共同体――複数性はわれわれのもっとも内的な本質である――おそらく万人がわたしの考えたり行なったりすることに独自の仕方で関わってくる。そしてわたしもまた他の人びとの考えに独自の仕方で関わっていくのである。」

「病気は、その数かぎりなさと、だれもがそれとの厳しい闘いを強いられるということからして、疑いなく人間にとってもっとも重要な対象である。われわれは病気を利用する技については、まだきわめて不完全にしか知らない。おそらく、病気はわれわれの熟慮と行動のもっとも興味ある刺激剤であり素材である。この対象からは――わたしが思うに、とりわけ知的分野において――道徳や宗教や、そのほかにも意外な領域において、無限の収穫が確実に期待できるのだ。
 わたしがこの技の予言者となる定めだとしたらどうだろう。」
「病気が人間を動物や植物とは異なる際立った存在にする――人間は病むべく生まれついているのである。」


























































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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