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ラス・カサス 『インディアスの破壊についての簡潔な報告』 染田秀藤 訳 (岩波文庫)

「(また、今日でも変ることなく殺戮は続けられている)。」
(ラス・カサス 『インディアスの破壊についての簡潔な報告』 より)


ラス・カサス 
『インディアスの
破壊についての
簡潔な報告』 
染田秀藤 訳
 
岩波文庫 青/33-427-1 


岩波書店
1976年6月25日 第1刷発行
1987年5月11日 第10刷発行
205p 
文庫判 並装 カバー
定価350円



本書「凡例」より:

「本書は *Brevísima relación de la destrucción de las Indias* という名称で知られるラス・カサスの小論の全訳である。」


地図2点。



インディアスの破壊についての簡潔な報告



カバー文:

「1542年に書かれたこの『簡潔な報告』は、キリスト教と文明の名の下に新世界へ馬を駆って乗込んだ征服者=スペイン人たちによる搾取とインディオ殺戮が日常化している植民地の実態を暴露し、西欧による地理上の諸発見の内実を告発した。形態は変貌しつつも今なお続く帝国主義と植民地問題への姿勢をきびしく問いかける書である。」


目次:

凡例
地図

この『簡潔な報告』の趣意
序詞
インディアスの破壊についての簡潔な報告
エスパニョーラ島について
エスパニョーラ島の諸王国について
サン・フワン島とジャマイカ島について
キューバ島について
ティエラ・フィルメについて
ニカラグワ地方について
ヌエバ・エスパーニャについて(1)
ヌエバ・エスパーニャについて(2)
グワテマラ地方と王国について
ヌエバ・エスパーニャ、パヌコ、ハリスコについて
ユカタン王国について
サンタ・マルタ地方について
カルタヘーナ地方について
ペルラス海岸、パリア、トリニダード島について
ユヤパリ川について
ベネスエラ王国について
大陸にあってフロリダと呼ばれる場所にある諸地方について
ラ・プラタ川について
ペルーの数々の広大な王国と地方について
ヌエバ・グラナーダ王国について
〔結辞〕
〔付記〕

訳注
解説
ラス・カサス年譜




◆本書より◆


「エスパニョーラ島について」より:

「キリスト教徒たちは馬に跨り、剣や槍を構え、前代未聞の殺戮や残虐な所業をはじめた。彼らは村々へ押し入り、老いも若きも、身重の女も産後間もない女もことごとく捕え、腹を引き裂き、ずたずたにした。その光景はまるで囲いに追い込んだ子羊の群を襲うのと変りがなかった。
 彼らは、誰が一太刀で体を真二つに斬れるかとか、誰が一撃のもとに首を斬り落せるかとか、内臓を破裂させることができるかとか言って賭をした。彼らは母親から乳飲み子を奪い、その子の足をつかんで岩に頭を叩きつけたりした。」
「さらに、彼らは漸く足が地につくぐらいの大きな絞首台を作り、こともあろうに、われらが救世主と一二人の使徒を称え崇めるためだと言って、一三人ずつすの絞首台に吊し、その下に薪をおいて火をつけた。こうして、彼らはインディオたちを生きたまま火あぶりにした。また、インディオの体中に乾いた藁を縛り、それに火をつけて彼らを焼き殺したキリスト教徒たちもいた。そのほかのインディオたちに対しては、キリスト教徒たちは殺さずにおこうと考え、彼らの両手に斬りつけた。そうして、辛うじて両手が腕にくっついているそのインディオたちに向って、彼らは「手紙をもってゆけ」と命じた。つまり、山へ逃げ込んだインディオたちの所へ見せしめに行かせたのである。」

「非道で血も涙もない人たちから逃げのびたインディオたちはみな山に籠ったり、山の奥深くへ逃げ込んだりして、身を守った。すると、キリスト教徒たちは彼らを狩り出すために猟犬を獰猛(どうもう)な犬に仕込んだ。犬はインディオをひとりでも見つけると、瞬く間に彼を八つ裂きにした。(中略)こうして、その獰猛な犬は甚だしい害を加え、大勢のインディオを食い殺した。」



「キューバ島について」より:

「この島に住んでいたインディオたちは、エスパニョーラ島のインディオたちと同じように、全員奴隷にされ、数々の災禍を蒙った。仲間たちがなす術なく死んだり、殺されたりするのを目にして、ほかのインディオたちは山へ逃げたり、絶望の余りみずから首をくくって命を断ったりしはじめた。」
「その後、キリスト教徒たちは山中に身をひそめたインディオたちを狩り出しにいくことになった。彼らは甚だしい害をインディオたちに加え、結局、キューバ島を荒廃させ、全滅させてしまった。われわれが最後にその島を見てから余り月日はたっていないが、荒れはててひっそりと静まりかえった島を見ると、非常に胸が痛み、深い同情の念がこみ上げてくるのである。」



「グワテマラ地方と王国について」より:

「その無法者はいつも次のような手口を用いた。村や地方へ戦いをしかけに行く時、彼は、すでにスペイン人たちに降伏していたインディオたちをできるだけ大勢連れて行き、彼らを他のインディオたちと戦わせた。彼はだいたい一万人か二万人のインディオを連れて行ったが、彼らには食事を与えなかった。その代り、彼はそのインディオたちに、彼らが捕えたインディオたちを食べるのを許していた。そういうわけで、彼の陣営の中には人肉を売る店が現われ、そこでは彼の立会いのもとで子供が殺され、焼かれ、また、男が手足を切断されて殺された。人体の中でもっとも美味とされるのが手足であったからである。ほかの地方に住むインディオたちはみなその非道ぶりを耳にして恐れのあまり、どこに身を隠してよいか判らなくなった。」


「ヌエバ・グラナーダ王国について」より:

「彼は大勢の男女の両手を切断し、それを繩に括って棒いっぱいにぶら下げた。それはほかのインディオたちに彼の仕打ちをみせつけるためであった。棒には七〇組の手がぶら下げられていたようである。そのうえ、彼は大勢の女や子供の鼻を削ぎ落した。」


「〔結辞〕」より:

「私こと、ドミニコ会士バルトロメー・デ・ラス・カサス(カサウス)は現在神の御慈悲によりスペインの宮廷において、インディアスから地獄のような光景が消えてなくなるよう、また、主イエス・キリストの血で贖(あがな)われたあの無数のインディオが、なんらなす術なく死んでしまうことのないよう努力している。彼らは創造主を知り、永遠の救いを得なければならない。私は故国カスティーリャを深く愛している。それゆえ、私は、神がその信仰と名誉および隣人たちに加えられた大罪を理由に、わがカスティーリャを滅亡されることのないよう願い、また、この宮廷において神の名誉を畏怖し、はるか彼方の隣人たちが蒙っている苦しみと災禍に深く同情している数々の貴い人びとのことを思い、かつて書を認(したた)めようとした。しかし、私は絶え間ない仕事に忙殺され、目的を果せなかった。
 一五四二年一二月八日、漸くその文書をバレンシアで書き終えた。しかし、依然として、キリスト教徒たちは、インディアスのいたる所で、インディオたちに対し、ありとあらゆる暴力、圧迫、虐待を加え、彼らを虐殺して、荒廃と、破壊と、破滅とをもたらしている。さらに、そのほかにも、彼らは既に述べたような苦しみや災禍をインディオたちに加えている。しかも、今や彼らの残忍ぶりは最高潮に達している。ある地方では、キリスト教徒たちは別の地方におけるよりはるかに酷くて忌まわしいことを行なっている。メキシコとその周辺では、少なくとも公然と非道なことが行なわれなかったので、事態はまだましな方かも知れない。というのは、ほかの地方と異なり、そこでは幾分か(もっともほんの僅かであるが)正義が守られているからである。とはいえ、やはりそこでも、キリスト教徒たちは苛酷な租税を要求して、インディオたちを死に追いやっている。
 皇帝陛下、スペインの国王であるわれらが主君カルロス五世陛下は、以前同様現在もなお神と陛下の御意に背いてインディオたちに対し、また、その領土において、行なわれている数々の悪事や裏切りを、今や諒解されておられる以上(というのは、これまでは国王陛下に対し真実が巧妙に覆い隠されていたからであります)、必ずその諸悪が根絶され、新世界が救われるにちがいないと、私は大いに期待しております。」










こちらもご参照ください:

『コロンブス航海誌』 林屋永吉 訳 (岩波文庫)
増田義郎 『略奪の海 カリブ』 (岩波新書)












































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小海永二 訳編 『ロルカ詩集』 (世界現代詩集)

 「わたしは井戸に降りて降りて行きたい、
一口ずつゆっくりとわたしの死を死んで行きたい、」

(ロルカ 「水に傷ついた子供のカシーダ」 より)


小海永二 訳編 
『ロルカ詩集』 
世界現代詩集Ⅴ


飯塚書店
1975年8月25日 発行
189p
B6判 丸背布装上製本 機械函
定価1,300円



本書「解説」より:

「ロルカの詩集は全部で九冊ある。そのすべてから内容の量と価値とに応じて適当な篇数を抜き、初期から後期へと(中略)並べた。ロルカのあらゆる傾向の作品が一通りは採られたはずである。」
「わたしのロルカ詩の翻訳三度目の機会であるが、今回はスペイン語原典に拠り、仏訳・英訳を参考にした。」



ロルカ詩集 01


目次:

詩の本
 夏の恋歌(マドリガル)
 老とかげ
 月と死神
 恋歌
 夜想曲
 もう一つの歌

カンテ・ホンドの詩
 三つの河の小譚詩(バラーディリャ)
 通行(パソ)
 露台
 舞い
 ローラ
 アンパーロ
 まじない
 踊り
 カスタネット

初めの歌々
 小さな淀み
 淀み、終りの歌
 半月

歌集
 窓の夜想曲(ノクトゥルノ)
 セビーリャ小唄
 ほら貝
 騎手の歌(一八六〇年)
 騎手の歌
 〔木立よ 木立〕
 ヴェルレーヌ
 マリキータの歌
 啞の街
 夕暮の二つの月
 小夜曲(セレナータ)
 別れ
 自殺
 こだま
 岸辺の二人の水夫

ジプシー歌集
 喧嘩
 夢遊病者のロマンセ
 ジプシー尼僧
 不貞なる人妻
 黒い苦しみのロマンセ
 聖ガブリエル(セビーリャ)
 スペイン警察兵のロマンセ
 馬上のドン・ペドロのあざ笑い

ニュー・ヨークでの詩人
 黒人たちの基準(ノルマ)と楽園
 嘔吐する群衆の風景
 眠りのない町
 牝牛
 小さなウイーン・ワルツ
 キューバの黒人の楽の調べ

イグナシオ・サンチェス・メヒーアスへの哀歌
 イグナシオ・サンチェス・メヒーアスへの哀歌
  1 負傷と死
  2 流れた血
  3 存在する肉体
  4 不在の魂

ガリシアの六つの詩篇
 サンティアーゴの町への恋歌(マドリガル)
 小舟に乗った聖母マリアのロマンセ
 
タマリットの詩集
 死んだ子供のガセーラ
 百年の愛のガセーラ
 朝の市場のガセーラ
 水に傷ついた子供のカシーダ
 金色の娘のカシーダ

解説・略年譜
 解説
 略年譜



ロルカ詩集 02



◆本書より◆


「老とかげ」より:

「夏の日射しに焼けた小道で
すてきなとかげと わたしは出会った、
(一滴の鰐)
しきりと考えふけっている。
悪魔の僧侶が着るような
緑のフロック・コートを身につけて、
身なりは端正、
糊のついたハイ・カラー、
老教授とでも言いたげな
ひどく愁わしげなその様子。
失意の底の芸術家の
ひどく疲れきったまなざしで
光うすれた夕闇を
なんと見つめていることだろう!」



「窓の夜想曲(ノクトゥルノ)」より:

 「夜の腕が
わたしの窓からはいってくる。」

 「時計に傷つけられた
幾瞬間が 過ぎ去った。」



「セビーリャ小唄」より:

「オレンジの木に
夜が明けた。」



「夕暮の二つの月」より:

「お月さまが死んでいる、死んでいる。
けれども 春にはよみがえる。」

 「わたしの小さな妹が歌ってる、
地球は一つのオレンジなのよ と。」



「別れ」:

「わたしが死んだら、
露台(バルコーン)を開けたままにしておいて。

 子供がオレンジの実を食べる。
(露台(バルコーン)から わたしはそれを見るのです。)

 刈り取り人が小麦を刈る。
(露台(バルコーン)から わたしはその音を聞くのです。)

 わたしが死んだら、
露台(バルコーン)を開けたままにしておいて!」



「自殺」:

「その若者は 自身の記憶を失なっていた。
朝の十時になっていた。

 彼の心は 徐々に満たされて行った
破れた翼とぼろ布れの花とで。

 彼は気づいた、口にはもはや
一つの言葉しか残っていない と。

 そして 彼が手袋を脱ぐと、両手から
やわらかな灰がこぼれ落ちた。

 露台(バルコーン)からは 塔が一つ見えていた。
彼は 自分を 露台(バルコーン)で且つ塔なのだと感じていた。

 確かに彼は知っていたのだ、ケースのなかで止まった時計が
どのように彼を見つめていたかを。

 絹の白い長椅子の上に、彼は見ていた
静かに横たわる自分の影を。

 そこで こわばった幾何学的な若者は、
斧の一撃で鏡を砕いた。

 鏡を砕くと、影の巨大な奔流が
空想の寝室を水びたしにした。」





こちらもご参照ください:

小海永二 『ロルカ『ジプシー歌集』注釈』 (イスパニア叢書)
嶋岡晨 訳編 『プレヴェール詩集』 (世界現代詩集)







































































































小海永二 『ロルカ『ジプシー歌集』注釈』 (イスパニア叢書)

「おお ジプシーたちの苦しみよ!
清らかな いつも独りの苦しみよ。」
「¡ Oh pena de los gitanos !
Pena limpia y siempre sola.」

(ロルカ 「黒い苦しみのロマンセ」 より)


小海永二 
『ロルカ『ジプシー歌集』注釈』
 
イスパニア叢書  3

行路社
1998年8月10日 第1刷印刷
1998年8月20日 第1刷発行
315p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価6,000円
装丁: 倉本修



訳詩・原詩・注釈・鑑賞。カバー&扉カットはロルカによるドローイングです。
初版は1996年、有精堂刊。


ロルカ ジプシー歌集 01


カバー裏文:

「現代スペインの吟遊詩人ロルカ。
その悲劇の死によって伝説の人となったロルカの『ジプシー歌集』。
そこには
彼自身を本源的に衝き動かしてきた愛と生命と神秘、
自在に飛翔するインスピレーション、機知に富む緊張感、
華麗なるメタファーを豊かにはらんで、
汲めども尽きぬ原初のポエジーがある。」



目次:

注釈および鑑賞
 1 月よ、月よのロマンセ
 2 プレシオーサと風
 3 喧嘩
 4 夢遊病者のロマンセ
 5 ジプシー尼僧
 6 不貞なる人妻
 7 黒い苦しみのロマンセ
 8 聖ミカエル(グラナダ)
 9 聖ラファエル(コルドバ)
 10 聖ガブリエル(セビーリャ)
 11 セビーリャへの路上での アントニート・エル・カンボリオの捕縛
 12 アントニート・エル・カンボリオの死
 13 愛に死せる者
 14 神に召された者のロマンセ
 15 スペイン警察兵のロマンセ
 16 聖女オラーリャの殉教
 17 馬に乗ったドン・ペドロのあざ笑い
 18 タマルとアムノン

『ジプシー歌集』解説
〈付録〉 ロルカ 「ジプシー歌集」(講演)
参考書目一覧
後書き(1995年10月)



ロルカ ジプシー歌集 02



◆本書より◆


「月よ、月よのロマンセ」より:

「甘松のポリソンを腰につけ
月が鍛冶場にやって来た。
子供が月をじっと見る じっと見る。
子供が月をじっと見ている。」

「La luna vino a la fragua
con su polisón de nardos.
El niño la mira mira.
El niño la está mirando.」

「月が 子供の手を引いて
空を行く。」

「Por el cielo va la luna
con un niño de la mano.」



「夢遊病者のロマンセ」より:

「腰の周りに影をつけ
彼女は手すりで夢みている、
緑の肉体、緑の髪、
冷たい銀の眼(まなこ)して。」

「Con la sombra en la cintura
ella sueña en su baranda,
verde carne, pelo verde,
con ojos de fría plata.」

「彼女は手すりに居続ける、
緑の肉体、緑の髪、
ほろ苦い海を夢みながら。」

「Ella sigue en su baranda,
verde carne, pelo verde,
soñando en la mar amarga.」



「ジプシー尼僧」より:

「麦わら色の布の上に、
尼僧はできれば刺繍したいと思う
彼女の幻想の 花々を。
それらは 何という向日葵(ひまわり)だろう! スパンコールと
リボンとの、何という木蓮(マグノリア)だろう!」

「Sobre la tela pajiza,
ella quisiera bordar
flores de su fantasía.
¡ Qué girasol ! ¡ Qué magnolia
de lentejuelas y cintas !」



「黒い苦しみのロマンセ」より:

「おお ジプシーたちの苦しみよ!
清らかな いつも独りの苦しみよ。」

「¡ Oh pena de los gitanos !
Pena limpia y siempre sola.」



「愛に死せる者」より:

「濡れた葦のそよ風と
昔の声たちのざわめきが、
真夜中の こわれたアーチに
反響していた。
牡牛たちとバラたちが眠っていた。」

「Brisas de caña mojada
y rumor de viejas voces,
resonaban por el arco
roto de la media noche.
Bueyes y rosas dormían.」



「神に召された者のロマンセ」より:

「安らぎのないわが孤独よ!」

「¡ Mi soledad sin descanso !」

「人々が街の通りを降りてきた
神に召された者を見るために、
おのれの孤独に安らぎを得て
壁の上を凝視しているその男を見に。」

「Hombres bajaban la calle
para ver al emplazado,
que fijaba sobre el muro
su soledad con descanso.」



「馬に乗ったドン・ペドロのあざ笑い」より:

「水の上では
丸い月が
浴(ゆあみ)して、
もう一つの月をうらやんでいる
あんなに空中高くいるので!
岸には、
子供が一人いて、
二つの月を見て呼びかける、
――夜よ、シンバルを打ち鳴らせ!」

「Sobre el agua
una luna redonda
se baña,
dando envidia a la otra
¡ tan alta !
En la orilla,
un niño,
ve las lunas y dice:
¡ Noche ; toca los platillos !」



付録「ジプシー歌集(講演)」(ロルカ)より:

「全体として、この本は、ジプシーの(ヒターノ)と名づけられてはいますけれども、アンダルシーアの詩篇(ポエマ)なのです。そしてわたしがジプシーの(ヒターノ)と呼んだのは、ジプシーがわが地方において最も気高く最も深遠な最も貴族的な存在であり、その流儀によって最も代表的なもの、アンダルシーア的でかつ普遍的な真実の燠火(おきび)と血とアルファベットとを保持する者、だからです。
 そんなわけで、この本は、ジプシーと馬と大天使と惑星とを伴い、そのユダヤの微風と、そのローマの微風と、川と、犯罪とを伴い、密輸業者の卑俗な調子と聖ラファエルをからかうコルドバの裸の少年たちの天上的な調子とを伴う、アンダルシーアの祭壇画(レターブロ)なのであります。そしてこの本の中には、目に見えるアンダルシーアはほとんど表現されていませんが、目に見えないアンダルシーアが震えているのです。今こそわたしは申しましょう、反絵画的な本、反民俗的な本、反フラメンコ的な本であると。(中略)そこには、夏の空のような大きく暗いただ一人の登場人物、骨の髄の中と樹々の樹液との中に滲(し)みこみ、メランコリーともノスタルジアとも何らかの悲嘆とも、あるいは魂の病気とも全く関係なく、地上的なというよりはずっと天上的な一つの感情である「苦しみ(ラ・ペーナ)」というただ一人の登場人物しか、存在しておりません。彼女を取り巻く、彼女自身にも理解できない神秘と、愛の知能との戦いに他ならない、アンダルシーアの苦しみ(ラ・ペーナ)です。」





Federico García Lorca - Romance de la Pena Negra






こちらもご参照ください:

小海永二 『ガルシーア・ロルカ評伝』 (原点叢書)




















































































『セルバンテス短篇集』 牛島信明 編訳 (岩波文庫)


『セルバンテス
短篇集』 
牛島信明 編訳
 
岩波文庫 赤/32-721-7 


岩波書店 
1988年6月16日 第1刷発行
375p
文庫判 並装 カバー
定価550円


「カバー・カットはセルバンテス家の紋章」



挿絵図版(モノクロ)4点。


セルバンテス短篇集 01


カバー文:

「愛する妻の貞節を信じ切れない夫は試しに妻を誘惑してみてくれと親友に頼みこむが…。突飛な話の発端から、読む者をぐいぐいと作者の仕掛けた物語の網の目の中に引きずりこんでゆくこの「愚かな物好きの話」など4篇を精選。『ドン・キホーテ』の作者(1547―1616)がまた並々ならぬ短篇の名手であることを如実にあかす傑作集。」


目次:

やきもちやきのエストレマドゥーラ人
愚かな物好きの話
ガラスの学士
麗しき皿洗い娘

解説



セルバンテス短篇集 02



◆本書より◆


「ガラスの学士」より:

「その奇妙な狂気とは自分の体がガラスでできているという妄想に他ならず、このあわれな男はこうした妄想ゆえ、誰かが自分の方にやってこようものなら、とたんに恐慌をきたして大声でわめきたて、触(さわ)るとこわれてしまうから、どうか近寄らないでくれ、自分は本当に普通の人間と違って足の先から頭のてっぺんまでガラスでできているのだから、といった意味のことを、なかなか筋のとおった言葉づかいで訴え、嘆願するのであった。
 彼のこのおかしな幻覚から救い出してやろうと、多くの者が、相手の叫び声や懇願などものともせず、彼にとびかかって抱きしめ、ほらよく見るがいい、べつに壊れはしないじゃないかと説得してみたが、そうした努力も結局はすべて水泡に帰した。抱きつかれた学士は、けたたましい金切り声をあげながら地面に身を投げ出すと、そのまま失神してしまい、ほとんど四時間もしなければ正気に戻らなかったし、おまけに正気に戻れば、またぞろ、頼むから近寄らないでくれという例の嘆願を繰り返したからである。そして彼は、近寄らずに遠くからであれば、なんなりと好きなことを質問してもらいたい、自分はガラスの人間であって肉体をそなえた人間ではないから、どんな質問に対しても、より思慮深い返答を与えられるはずだ、なんとなれば、ガラスというのは繊細にして緻密な物質ゆえ、それに包まれた精神が、重苦しくも俗臭紛々たる肉体に包まれたそれより機敏に、しかも的確にはたらくのは明らかなのだから、などと口走った。
 すると、彼の言うことが本当かどうか試してみようとする者も現われて、多くの難問をやつぎはやに吹っかけたが、彼はいささかもとどこおることなく、明快な答えを並べて、驚くべき才知のひらめきを見せつけるのであった。」








































































































































































カルデロン 『人の世は夢・サラメアの村長』 高橋正武 訳

セヒスムンド  (中略)夢がわたしの師匠であった。(中略)ただ夢を見ておるだけで結構だ。こうして悟ったことは、人間の幸福はすべて、夢と消えること、その幸福が続く間だけ、いまはそれを味わっておりたい。」
(カルデロン 「人の世は夢」 より)


カルデロン 
『人の世は夢 
サラメアの村長』 
高橋正武 訳

岩波文庫 赤 32-725-1


岩波書店 
1978年11月16日 第1刷発行
2011年11月10日 第3刷発行
286p 
文庫判 並装 カバー 
定価720円+税


「LA VIDA ES SUEÑO
1635
EL ALCALDE DE ZALAMEA
1642
Pedro Calderón de la Barca
(1600-1681)」



「あとがき」に図版(モノクロ)3点。



カルデロン 人の世は夢



カバー文:

「詩的な言葉の交錯の中に、夢と現実、予言と人知、愛と復讐のテーマを描く「人の世は夢」。農民、兵士、娘らがアンダルシアの村をゆきかいしゃべりあう「サラメアの村長」。カルデロン(1600-1681)のふたつの戯曲はすべてに対照的でありながら、神への信仰、国王への忠誠、個人の尊厳という17世紀スペイン人の感情をともに伝えるスペイン古典文学の代表作。」


目次:

人の世は夢
サラメアの村長

訳者注
あとがき (高橋正武)




◆本書より◆


「人の世は夢」より:

セヒスムンド  みじめなこの身、不幸なこの身! おお、神よ、神がおれにこのような仕打ちをするとは、おれがこの世に生まれて、神に対してどんな罪を犯したというのか。それが知りたい。生まれたからには、それがどんな罪だか知っておる。人間の罪のうちで最大の罪は生まれ出たことにある。生まれたゆえに、神の厳しい罰を受けるものと承知はしている。
 せめて、おれは知りたい。この苦しみを解くために。神よ。生まれたことの大罪は、まずさしおいて、このおれが、どういう無法不埒を働いたからとて、懲らしめを受けねばならないのだ?」

セヒスムンド  (中略)生きるとはただ夢を見ることでしかない、こんな不思議な世のなかで暮らしておるのだからな。おれは経験に教えられたが、生きておる人間は、目の覚めるまで、生きておるという夢を見ておるのだ。
 国王は国王である夢を見て、その迷蒙のなかで、指図をしたり、お触れを出して、国を治めておる。名君の誉れをえても風に書いた文字に過ぎぬ。死の手に触れたら、たちまち灰だ。何たるはかなさ! 死ぬ夢を見て、はじめて目が覚めると分かっていたら、国王になりたいなどと考える者があろうか!
 富める者は煩(わずら)いのみ多い富の夢を見、貧しき者は乏(とぼ)しく不如意をかこつ夢を見、世に盛りなる者も夢を見、野望をたくましゅうする者も夢を見、暴戻不遜なやからも夢を見、詮ずるところ、この世では、それとは知らず、人みなが思い思いの夢を見ておる。
 おれは今、こうして鎖につながれた夢を見ておる。ところがな、はるかに楽しく、うれしい思いの夢も見た。人の世とは、何だ? 狂気だ。人の世とは、何だ? まぼろしだ。影だ。幻影だ。いかなる大きな幸福とても、取るに足りない。人の一生は、まさに夢。夢は所詮が夢なのだ。」/span>






































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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