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石川達夫 『黄金のプラハ ― 幻想と現実の錬金術』 (平凡社選書)

「「オドラデク(Odradek)」という名前は、チェコ語的な形態を持っていて、チェコ語の odradit (断念させる、不興をかう)から派生した名詞のように思えるし、odpadek (ゴミ、クズ)や odpadlík (背教者、変節者、離反者、脱落者)を連想させもする。だが同時に、「オドラデク」が星形の糸巻のように見えるということからすると、ドイツ語の Rad (紡ぎ車)と関係のある言葉のようにも思われる。」
(石川達夫 『黄金のプラハ』 より)


石川達夫 
『黄金のプラハ
― 幻想と現実の
錬金術』
 
平凡社選書 205 


平凡社 
2000年5月24日 初版第1刷発行
393p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円(税別)
基本デザイン/カバーデザイン: 中垣信夫+吉野愛
カバー写真: カレル・プリツカ「美しき祖国」1979年から



本文中図版(モノクロ)47点、図表3点。巻頭にプラハ市街図1点。



石川達夫 黄金のプラハ



帯文:

「ヨーロッパの歴史と文化の十字路
宗教改革、民族運動、ナチズム、社会主義、民主化、……
歴史の激動に翻弄されながらも、その記憶と伝説によって夢幻の美に
彩られた、中欧の古都プラハ。幾重にも積み重なった記憶の深みに分け入り、
幻想と歴史が織りなすプラハの魅力へと読者を誘う。」



カバー裏文: 

「ゲルマンとスラヴ、プロテスタントとカトリック、ナショナリズムとナチズム、社会主義と民主化、……プラハは、ヨーロッパの十字路として、民族、宗教、イデオロギーのさまざまな対立と抗争を身に被りながら、それを記憶と伝説に形象化し、夢幻のうちに共存する新たな現実を生み出していった。輻輳する文化と歴史の坩堝の中で、錬金術さながら形成・変容されてきたこの町には、多様性の中にも統一性を保つ、独特の地霊がある。「黄金のプラハ」とか「百塔の町」とか呼ばれ、中世以来の美しい町並みを保つ、幻想と現実の錬金術の町プラハに、我々はヨーロッパ文化の一つの典型的なあり方を見ることができよう。」


目次:

序――ヨーロッパの十字路、プラハの地霊(ゲニウス・ロキ)

Ⅰ プラハの名前をめぐって
 一 「鴨居」から「敷居」へ
 二 「モルダウ」から「ヴルタヴァ」へ
 三 「民族劇場」から「国民劇場」へ
 四 「牢獄の廊下」から「黄金の小道」へ

Ⅱ プラハの歴史をめぐって
 一 創設からマニエリズムまで
 二 バロックからネオ・ルネサンスまで
 三 アール・ヌーヴォーから現代まで

Ⅲ プラハの聖者像をめぐって
 一 聖ヴァーツラフとブルンツヴィーク
 二 聖ヤン・ネポムツキーとプラハの幼子イエス
 三 ヤン・フスとヤン・ジシュカ

Ⅳ プラハのユダヤ人街をめぐって
 一 チェコのユダヤ人とプラハのユダヤ人街
 二 ラビ・レーフとゴーレム伝説
 三 フランツ・カフカとプラハのユダヤ人

跋――夢を育み、夢に育まれる町


プラハ年表
人名索引




◆本書より◆


「Ⅰ プラハの名前をめぐって」より:

「一八一七年に、東ボヘミアの町ドゥヴール・クラーロヴェーの教会の地下室で、古いチェコ語の手稿(『ドゥヴール・クラーロヴェーの手稿』)が「発見」された。それは、それまで知られていたあらゆるチェコ語の文学作品よりも古い、一三世紀のものと思われる作品で、より大きな手稿の「断片」だった。更に、慾一八年には、西ボヘミアの町ネポムクのゼレナー・ホラの城の地下室で、やはり古いチェコ語の手稿(『ゼレナー・ホラの手稿』)が「発見」された。それは、『ドゥヴール・クラーロヴェーの手稿』よりも更に古い、一〇世紀のものと思われる作品で、やはりより大きな手稿の「断片」だった。」
「『手稿』は、偽作説も出されたにもかかわらず、チェコ人社会に熱狂的に受け入れられ、また各国語に訳されて、『手稿』に関心を抱いた外国人たちにも受け入れられ、ゲーテやグリムにも感銘を与えた。」
「こうして、『手稿』はチェコ民族の誇りとなり、チェコ民族主義の活性剤となった。『手稿』は、実際には偽作だったのだが、文学的に優れた作品も含まれていて、一九世紀のチェコの芸術家たちに大きな影響を与え、彼らの霊感を呼び起こした。(中略)チェコの一流の芸術家たちが『手稿』から霊感を得て作品を作った。」
「更に、有名な歴史家パラツキーなどの学者も影響を受けて、『手稿』に描かれた古代チェコ人の姿を取り入れた学問的著作を書いた。つまり、『手稿』は、チェコ人の歴史(像)をも変容させたのである。
 『手稿』については、その後、その真偽をめぐって激烈な「手稿論争」が展開された後、ようやくそれを偽作とする見方が根付いた。現在では、『手稿』は、反ドイツ的なチェコの民族主義者だった詩人ハンカと作家リンダが作ったものと考えられている。
 実は、『手稿』のような偽作は、この二つの作品だけではなくて、チェコの「民族復興運動」の「ユングマン時代」と呼ばれる、プレ・ロマン主義的、ロマン主義的時代には、偽作が横行していたのである。それは、当時のチェコの社会的・文化的貧困を偽作によって補おうとする志向、幻想によって現実を補おうとする志向の産物であると同時に、当時の芸術的規範の所産でもあった。チェコの文芸学者マツラが指摘しているように、「ユングマン時代」には mystification がはやり、「偽作」と「真の創作」との区別が極めて曖昧だった。(中略)更に、「ユングマン時代」には、偽作と遊技・冗談の区別も曖昧で、ふざけた偽作も少なからずあったという。」
「このような偽作者たちはみな、一種の錬金術師だったと言えるかもしれない。その中でも、いわば偽金を金貨に仕立て上げた上に、幾つもの本物の金貨まで創り出させたハンカとリンダは、一流の錬金術師だったのだと言えるかもしれない。」

「プラハでは、現実が幻想を生むばかりか、それ以上に幻想が幻想を生み、それどころか幻想が現実を生んできた。考えてみれば、プラハはリブシェが幻視して出来たというリブシェ伝説がもしも事実だったとすれば、「黄金のプラハ」の町そのものも、そもそもリブシェの幻想が生み出した現実ということになる。プラハとその文化は、幻想と現実が双方向に影響し合い、支え合い、混ざり合って、形成されてきたものである。つまり、Praha は、幻想と現実の práh (敷居・境界)の上にある町なのである。」

「「民族復興運動」は、自分たちの祖国の様々な名前を取り戻す闘いだったとも言える。ドイツ語の「プラーク」をチェコ語の「プラハ」に、ドイツ語の「モルダウ」をチェコ語の「ヴルタヴァ」に……。自分たちの言葉チェコ語で発音した時に初めて、自分たちの町も川も、祖国のすべてのものが、疎外されたよそよそしいものではなくて、自分たちに近しい、本当に自分たちの祖国のものとして感じられるようになったはずなのである。」



「Ⅱ プラハの歴史をめぐって」より:

「産業の発展、チェコ民族運動の高揚、記念博覧会、「衛生化措置」、技術革命などと共に進行したプラハの近代的変容は、「黄金のプラハ」という表象を流通させるようになった。」
「ところが、主としてチェコ人の間で「黄金のプラハ」というイメージが流通する一方で、主として非チェコ人の間では魔術的・オカルト的なプラハ、いわば「黒鉛のプラハ」というイメージが一九世紀中葉から国際的に流通し始め、それは世紀転換期のデカダン派および表現主義において頂点に達し、プラハは両極的な二つのイメージに分裂する。これは恐らく、世界的に近代化が進行する中で、ロンドンやパリなどに比べれば近代化の後発都市であり、中世以来の古い町並みを多く残し、かつてヨーロッパ最大のユダヤ人街を擁していたプラハに、ある種の人々が非近代的で魔術的・オカルト的な闇の部分を(懐旧的に)求めた結果であろう。プラハに生まれて生涯をプラハで過ごし、プラハを舞台にした怪奇的作品も書いたドイツ語作家レッピンは、『古きプラハの思い出』(一九一七)というエッセイの中で次のように書いているが、ここにもそのような心性が認められよう。

  ひたすら真昼の栄光を求め、その達成のみを望む新しいプラハは、偉大で有能かもしれない。活気あふれる未来を約束された、まばゆく輝くプラハ。しかしそこには、もはや何の不思議も奇跡もない。

 既にフランスの女流作家ジョルジュ・サンドは、長編小説『コンスエロ(Consuelo)』(一八四二~四三)の中で、神秘的な夜のプラハを描き、フス派の将軍ジシュカの生まれ変わりで千里眼を持つ超能力者を登場させている。サンドは実際にはプラハを訪れずに資料だけで描いたようだが、イギリスの女流作家ジョージ・エリオットは実際にプラハを訪れ、そのときの印象をもとに、彼女の作品としては異色の怪奇小説『かかげられし帷(The Lifted Veil)』(一八五九)を書き、その中でやはり、(中略)千里眼を持つ人物を登場させている。またアメリカの作家クロフォードも、長編小説『プラハの妖術師』(一八九一)の中で、妖しい女妖術師を登場させ、プラハを魔術的・オカルト的な闇の町として描いている。そして、このような系譜の頂点が、ヴェーゲナーの映画『ゴーレム』(一九一四)とマイリンクの小説『ゴーレム』(一九一五)などに代表されるゴーレム文学・映画である(中略)。
 もっとも、非チェコ人のみならず、チェコ人作家・詩人でも、デカダン派の中には、このような「黒鉛のプラハ」の系譜に繋がる作品を書いた者たちがいる。「衛生化措置」による歴史的なプラハの破壊に対する反対運動の先頭に立ったムルシュチークは、その小説『サンタ・ルツィア』(一八九三)において、プラハを、「ヴルタヴァ川の白い霧のネグリジェの中に隠れた、黒い女誘惑者」として表象している。」
「このような、不幸をもたらす魔性の女としてのプラハは、オリヴァの絵「黄金のプラハ」に描かれた、幸福の象徴としてのリブシェ的女神の表象の対極にあるものである。この対極的な二種類の女性像は、近代化の光と闇の二面性の表象化と言えるだろう。
 プラハはまた、その中を(とりわけ夜)人がさまよう一種の迷宮として捉えられる(中略)。そして、ババーネクの詩「プラハの上に」(一九一二)におけるように、夜さまようときに闇の中に浮かんで見えるプラハのシルエットは、オリヴァの「黄金のプラハ」の絵などに描かれたシルエットとは対極的に、暗く悲劇的なものの象徴となる。

  僕は夜の中を歩く。幻影のように、大聖堂が過ぎ去った時代の中から空へと聳え、
  かつての栄光が、黙した墓のように……。
  そして、川向こうの、霧と煙の中、そこではもはや別の日々を
  疲れた町がまどろみ、不安な夢を見ている。」

「ヴルチェクによれば、「過去は、デカダン派的様式化の主要なモチーフの一つとなった。過去への接近によって、デカダン派詩人は、自らの存在の意味と、人間の運命と町との神秘的な関係を問うのである」。そして、マイリンクに代表されるプラハのドイツ文化は、「チェコ文化よりも更に明瞭に、古いプラハの神話に刻印されている。プラハのドイツ文化にとって、古いプラハは、消えゆく静かな故郷の世界へのノスタルジックな回想だった。チェコ文化は日に日に、より際立った力となり、ますます己れの未来に目を凝らした。それとは逆に、プラハのドイツ文化は、その芸術的表現において、より切実に過去を、プラハの神秘的な絆と魅力を問い、それを何よりもまず自らの遺産、自らの生の絆と見なしたのである」。
 確かに、プラハを詠ったリルケの詩集『家神への捧げ物』(一八九五)も、ノスタルジアとメランコリーに満ちている。」
「リルケは、(中略)「古時計」という詩で、あやうく時を告げることが許されなくなるところだった旧市街市庁舎の古時計のことを詠っているが、更にドイツ語詩人ザルスは、日に一度だけそれが指している時間と出会う、完全に止まった時計についての詩を書いている。ドイツ系詩人・作家の作品において、プラハは、ザルスの詩に出てくる、止まった時計に象徴されるものとなり、プラハを詠う音調におけるノスタルジアとメランコリーが強まり、プラハの表象における幻影性・夢想性が高まったのである。」



「Ⅳ プラハのユダヤ人街をめぐって」より:

「かつてのユダヤ人街から残ったもののうち、ユダヤ市庁舎もまた、その特異さでプラハの訪問者の目を引くものである。この建物の上部には、通常の大時計のほかに、ヘブライ文字盤の大時計も付けられ、その針は時計回りとは逆に回るのである。これについて、フランスの詩人アポリネールは、その詩集『アルコール』(一九一三)の冒頭の詩「地帯(Zone)」の中で、「ユダヤ人街の大時計の針が逆向きに動き/君も自分の人生をゆっくりと逆行する」と詠っている。」

「先に紹介した旧ユダヤ人墓地の奇妙な光景は、次のようにして出来た。ユダヤ教では、死者の墓を壊してはならない。そこで、この墓地に空き地がなくなると、既にある墓の上に土を盛って、その上に次の墓を作っていった(場所によっては、一二層も墓が重なっているという)。その際、前の墓の墓碑は、土の上に出るように持ち上げられた(墓地の壁に埋め込まれた墓碑も多い)。これを繰り返すうちに、奇妙な墓碑の集積が生じたのである。」

「「完全なドイツ人」ではないのにドイツ人と見なされている、「完全なユダヤ人」ではないユダヤ人が、矛盾した自己像から逃れる道は、自分のユダヤ性を極力消し去って完全な同化――しばしば「完全なドイツ人」以上に完全な同化――に努めるか、さもなければ逆に、意識的にユダヤ性へと回帰して「完全なユダヤ人」に戻るように努めるかの、どちらかであろう。」

「前述のように、チェコスロヴァキア共和国成立後、チェコ人、ドイツ人、ユダヤ人の間には確かに緊張・軋轢関係が残ってもいたが、三者は同じチェコスロヴァキア国民として接近・交流を深めてもいった。そして、しばしばユダヤ人が、その仲介者として重要な役割を果たしたのだった。
 それからもう一つ指摘しておくべきことは、先に指摘した、ユダヤ人における同化と回帰との間の揺れという現象は主に、いわば社会・文化的エリートにおける現象であり、下層の庶民的レベルでは別の現象も見られる、ということである。
 それは、カフカと同様にプラハ生まれのユダヤ系ドイツ語作家であるハース、ウルツィディール、ヴェルフェルなどがその生涯について書き留めている、ユダヤ人の放浪者ヴァイセンシュタイン・カレルのような場合である。ドイツ語作家たちがたむろしていたプラハのカフェ・アルコに出入りしていたこの放浪者は、ドイツ語とチェコ語とイディッシュがまぜこぜになった言葉を話していたという。同化か、さもなくば回帰か、という二者択一ではなく、三つの民族の町プラハの混合状態をそのままに生きる、ある意味で逞しい生命力を持ったユダヤ人もまた、もちろんいたのである。」








こちらもご参照ください:

ヴラスタ・チハーコヴァー 『新版 プラハ幻影 ― 東欧古都物語』
グスタフ・マイリンク 『ゴーレム』 今村孝 訳 (河出海外小説選)
Klaus Wagenbach 『Franz Kafka: Bilder aus seinem Leben』
澁澤龍彦 『ヨーロッパの乳房』
巖谷國士 『ヨーロッパの不思議な町』 (ちくま文庫)
フェルナンド・ペソア 『ペソアと歩くリスボン』 近藤紀子 訳 (ポルトガル文学叢書)
石井洋二郎 『パリ ― 都市の記憶を探る』 (ちくま新書)
陣内秀信 『ヴェネツィア ― 水上の迷宮都市』 (講談社現代新書)
池内紀 『ウィーン ― ある都市の物語』 (ちくま文庫)





















































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吉村正和 『フリーメイソン』 (講談社現代新書)

「フリーメイソンは、十八世紀のヨーロッパでは政治・経済・文化において先進国であったイギリスで発足し、イギリス文化のヨーロッパへの浸透とともに、まずクラブ組織としてフリーメイソンが普及していった。ロッジの開かれる時代と地域、ロッジに参加する会員の性格に応じて、フリーメイソンはさまざまな様相を見せるはずである。」
(吉村正和 『フリーメイソン』 より)


吉村正和 
『フリーメイソン
― 西欧神秘
主義の変容』
 
講談社現代新書 930


講談社 
1989年1月20日 第1刷発行
188p 
新書判 並装 カバー
定価530円
カバーイラスト: 山本匠



本文中図版(モノクロ)31点。章扉図版(モノクロ)5点。



吉村正和 フリーメイソン 01



カバー文:

「西欧神秘主義の変容
ゲーテ、ワシントン、マッカーサー……歴史を彩ったフリーメイソンは数知れない。『魔笛』に描かれた、密儀参入と人間完成への希求。古代と近代、神秘と科学、人間と神をつなぐネットワーク。フリーメイソンを、西欧思想の系譜に、鮮やかに位置づける。」



カバーそで文:

「『ウィルヘルム・マイスター』に描かれたフリーメイソン精神――
そこには「塔の結社」というフリーメイソンをモデルとする組織が登場し、
主人公ウィルヘルムの自己実現を助ける。……
ウィルヘルムはやがて、こうした理想の実現を求めて、
同志とともに新大陸アメリカへの移住を決意する。
ウィルヘルムは小説の中の人物であるが、
彼の目指すアメリカでは、
新しい理想国家の実現のための活動は着々と進められていた。
そして、アメリカという現実の国家建設において
重要な役割を果たしたのも、フリーメイソンであった。
われわれも、ウィルヘルムとともに、
アメリカに眼を転じてみることにしよう。
――本書より」



目次:

1 プロローグ
 1 秘密の合言葉と合図
 2 慈善団体としてのフリーメイソン
2 フリーメイソンの起源と歴史
 1 フリーメイソンの起源
 2 グランド・ロッジ結成とイギリスのフリーメイソン
 3 ヨーロッパ大陸に進出するフリーメイソン
 4 組織の仕組とメンバーの資格・職業
 5 参入の儀礼
3 フリーメイソンの思想と目的
 1 モーツァルトの『魔笛』と参入儀礼
 2 西欧神秘主義とフリーメイソン
 3 自然科学とフリーメイソン
 4 道徳による人間と社会の完成
4 アメリカの形成とフリーメイソン
 1 植民地時代のフリーメイソン
 2 ボストン茶会事件から独立宣言へ
 3 建国の父たちとフリーメイソン
 4 アメリカ社会とフリーメイソン精神
5 エピローグ
 1 近代日本とフリーメイソン
 2 日本国憲法とフリーメイソン精神
あとがき
参考文献




吉村正和 フリーメイソン 02



◆本書より◆


「フリーメイソンの起源と歴史」より:

「ロンドンのグランド・ロッジは、勢力拡大のための主たる対象として貴族・富裕商人・知識人を考えていた。少なくとも、ロッジの指導的な役割を果たすのはこういった階層に限られていた。その意味では、フリーメイソンのいわゆる平等主義も、一定の限界をもっていたといわざるをえない。」

「フリーメイソンの基層に社交クラブ的要素があり、その上の層に、啓蒙主義・理神論・科学主義という十八世紀の時代精神を体現するフリーメイソンの顔が加わる。
 注意しなければならないのは、フリーメイソンという組織が独自の思想・主張をもっていたわけではないということである。フリーメイソンは、さまざまな思想を包みこむ「受皿」に似ていた。十八世紀のフリーメイソンにおいては、その受皿に盛られる内容が、啓蒙主義・理神論・科学主義という十八世紀を代表する思想であったということになるのである。
 フリーメイソンの担い手は貴族と上層市民層であり、かれらはロッジでの集会において、当時の先端的な思想に関する情報を交換していたのである。」
「フリーメイソンは、十八世紀のヨーロッパでは政治・経済・文化において先進国であったイギリスで発足し、イギリス文化のヨーロッパへの浸透とともに、まずクラブ組織としてフリーメイソンが普及していった。ロッジの開かれる時代と地域、ロッジに参加する会員の性格に応じて、フリーメイソンはさまざまな様相を見せるはずである。」



「フリーメイソンの思想と目的」より:

「西欧文明は周知のように、ギリシア=ローマ文明とユダヤ=キリスト教文明の二つの軸を中心として形成されている。西欧神秘主義は、その二つの焦点をひとつにつなぐような思考法であり、西欧文明のいわば地下水脈・地下茎(けい)として命脈を保ってきた。」
「西欧神秘主義の根底に、神的世界への夢と憬れがあり、(中略)神的世界への夢は、始原(アルケー)への夢といい換えてもよい。」
「始原(アルケー)への夢とは、簡単にいうと、人間が神と一体化しようとする試みである。」
「西欧神秘主義の文脈におけるフリーメイソンは、(中略)薔薇十字団の後を受けて十八世紀に登場してくる。しかしながら(中略)フリーメイソンには、西欧神秘主義の文脈にすんなりと接続しない部分がある。その疑問を解く鍵を与えてくれたのが、フランセス・イェイツによる薔薇十字団の再解釈であった。」
「フランセス・イェイツの独創性は、十七世紀の薔薇十字運動がたんなる神秘主義・魔術の運動ではなく、その後の西欧世界を塗り替えてしまう近代自然科学思想を先取りする運動であったことを見抜いたところにある。(中略)イェイツは、近代科学を準備したのは、俗説によると科学とはまったく対照的な魔術的世界観であったことを、薔薇十字団を例にして解明したのである。逆にいうと、西欧近代の代表的な学問体系である自然科学の核心に、西欧神秘主義の根が深く入りこんでいることになる。」
「すなわち、西欧神秘主義の系譜にフリーメイソンを接続させるには、ルネサンス以後の西欧を支配した、近代自然科学の視点を必要とするのである。」
「フリーメイソンのみならず、十八世紀の西欧文化の源流となっているのが、万有引力の法則を発見し科学革命を集大成したアイザック・ニュートンと、イギリス経験論哲学の創始者ジョン・ロックである。」
「しばしばフリーメイソンの標語として紹介される「自由」「平等」「博愛」という観念も、フリーメイソンの発案になる観念ではけっしてなく、そのいずれもロックの『国政二論』に見ることができる。」
「ジョン・ロックの『キリスト教の合理性』(一六九五年)は、理神論の成立に大きな役割を果たし、ジョン・トーランドの『神秘的ならざるキリスト教』(一六九六年)は、理神論を確立した古典として知られている。十八世紀のフリーメイソンの思想的背景をなすものとして、ロックとトーランドによるこのような理神論的著作を含めることができる。」
「理神論は、十七世紀後半から十八世紀前半にかけてイギリスを中心に普及したもので、それまでのキリスト教が容認していた超自然的な啓示(奇蹟・預言などを含む)をまったく否定する。啓示性の代わりに人間の理性が根拠とされており、「理性の時代」といわれる十八世紀にふさわしい宗教思想として登場したのである。」
「理神論の登場によって、人間の理性の及ばない神的世界の存在が棚上げされてしまうと、人間の到達目標は人間的な価値によってのみ計られることになる。逆にいうと、神性に人間的要素が読みこまれることになるのである。」

「フリーメイソンの目的は、徳性の涵養による個人としての人間の完成と、社会全体の完成にある。(中略)フリーメイソンにおける人間の完成は、「ソロモンの神殿」に象徴される壮大な建築物の建設の過程として説明されるところに特色がある。」
「「偉大な神の神殿」は、(中略)世界全体を指している。したがって、フリーメイソンは最終的に世界市民主義あるいは四海同胞主義を指向することになり、キリスト教とくにカトリック教会の宗教的世界主義の発想につながるものである。大道具・小道具はなるほど新しく取り替えられるが、役者もプロットもほとんど同じという劇を、われわれは何度も見せられることになる。
 「普遍的な人類共同体」というこのヨーロッパ世界が歴史的に固執しているオブセッションはやがて、たとえばマルクス主義における国際主義や国際連合などにも現われることになるものである。フリーメイソンは、「普遍的な人類共同体」の理想の十八世紀的な形態ということができる。」



「アメリカの形成とフリーメイソン」より:

「フリーメイソンの視点からアメリカ合衆国を見るとき、まず第一に浮かんでくるのは、「道徳」という観念である。アメリカというのは、意外に思われる読者がいるかもしれないが、その本質は「道徳国家」なのである。」
「もちろん、この「道徳」という観念も「自由」「平等」という観念とともに、十八世紀の西欧社会に根差すものであることには間違いない。
 しかし、この「道徳」という観念は、フリーメイソン精神が育成した代表的な観念であると同時に、それはアメリカという国家を支える基盤としてアメリカ社会に深く根づいているのである。」



「あとがき」より:

「ふりかえって、フリーメイソンとは何かと自問してみると、それは近代という世俗化の時代に登場した一種の疑似宗教ではなかったかという気がする。フリーメイソンの中核となる観念として「道徳」と「理性」を挙げることに異論はあるまい。しかし、この二つの観念はフリーメイソンに固有のものというより、「自然」「自由」「平等」「幸福」という諸観念とともに、十八世紀以後の西欧の歴史を特徴づけている観念でもある。「神」から「人間」への展開が、近代を誕生させた。近代は、神の時代ではなく人間の時代である。フリーメイソンは、この人間の時代の代用宗教として登場したのである。
 ところで、本書ではついに触れる機会がなかった視点がある。フリーメイソンは十八世紀の西欧社会を土壌として生まれてきたものであるが、十八世紀の後半になると、その時代精神そのものを批判しながら登場する運動がある。(中略)その運動とは、十八世紀の後半から十九世紀の前半にかけて全ヨーロッパ的規模で巻き起こったロマン主義運動である。」
「「もし道徳がキリスト教〔の本質〕であるならば、ソクラテスは救世主である」とイギリスのロマン主義詩人ウィリアム・ブレイクが述べている。この警句めいた一文には、「道徳」と「理性」の観念を中核として展開してきた十八世紀以後の西欧の歴史を、「物質主義の時代」として弾劾しようとするこの詩人の万感の想いがこめられている。(中略)ブレイクの批判に欠落している最大のポイントは、すでに本書でも指摘したように、一見して「物質主義」とみなされるこの近代西欧の道徳主義と理性主義も、本質的にはキリスト教を含む西欧神秘主義の直系であるという点である。」
「明治以来、日本が営々として受容に努めてきた西欧近代文化の中心にあったのは、近代科学・科学技術であり、その受容を進めた背景には、西欧近代科学が「普遍的」な学問であるという了解があった。(中略)しかし、筆者には近代科学・科学技術を中心とする西欧近代文化が、ある「特殊な」思考法に基づく価値体系をなすものであり、全体としてひとつの「宗教」そのものではないかという気がしてならない。近代科学・科学技術は、「物質主義」の仮面の裏側に、それとはまったく逆の「精神主義」を隠している。これはもはやフリーメイソンというテーマでは扱いきれない問題であり、改めて別の角度からの分析が必要となるであろう。」







こちらもご参照ください:


J・シャイエ 『魔笛 ― 秘教オペラ』 高橋英郎/藤井康生 訳
フランセス・イエイツ 『薔薇十字の覚醒 ― 隠されたヨーロッパ精神史』 山下知夫 訳
ヨーハン・ヴァレンティン・アンドレーエ 『化学の結婚 付・薔薇十字基本文献』 種村季弘 訳・解説
『トマス・ド・クインシー 著作集  Ⅱ』 (全四巻)
















































エドワード・W・サイード 『オリエンタリズム』 今沢紀子 訳 (平凡社ライブラリー) 全二冊

「人間社会というものは、(中略)「異」文化を扱うための手段として、ほとんど例外なく、帝国主義・人種差別主義・自民族中心主義のみを個々人に提供してきたという事実を思い起こすならば、」
(エドワード・W・サイード 『オリエンタリズム』 より)


エドワード・W・サイード 
『オリエンタリズム 上』 
板垣雄三・杉田英明 監修
今沢紀子 訳
 
平凡社ライブラリー 11


平凡社 
1993年6月30日 初版第1刷
2011年4月5日 初版第23刷
456p
B6変型判(16.0cm)
並装 カバー
定価1,553円(税別)
装幀: 中垣信夫
カバー図版: ドラクロワ〈アルジェの女たち〉(部分)
カバー・マーブル制作: 製本工房リーブル




サイード オリエンタリズム 01



エドワード・W・サイード 
『オリエンタリズム 下』 
板垣雄三・杉田英明 監修
今沢紀子 訳
 
平凡社ライブラリー 12/さ-2-2


平凡社 
1993年6月30日 初版第1刷
2012年11月15日 初版第21刷
474p
B6変型判(16.0cm)
並装 カバー
定価1,553円(税別)
装幀: 中垣信夫
カバー図版: デオダンク〈モロッコの賑やかな街角(マラケシュ)〉(部分)
カバー・マーブル制作: 製本工房リーブル


「本著作は一九八六年十月、平凡社より刊行されたものです。」



本書「凡例」より:

「本書は、Edward W. Said, *Orientalism* (Georges Borchardt Inc., New York, 1978) の全訳である。また本書には Samih Farsoun (ed.), *Arab Society, Continuity and Change* (London, Croom Helm, 1985) 所収のサイードの論文 Orientalism Reconsidered をも訳載した。」



サイード オリエンタリズム 02



上巻 カバー文:

「オリエントはヨーロッパの対話者ではなく、
そのもの言わぬ他者であった。」



下巻 カバー文:

「我々は異文化をいかにして表象することができるのか。
異文化とは何なのか。」



上巻 目次:

凡例
謝辞

序説
第一章 オリエンタリズムの領域
 一 東洋人を知る
 二 心象地理とその諸表象――オリエントのオリエント化
 三 プロジェクト
 四 危機
第二章 オリエンタリズムの構成と再構成
 一 再設定された境界線・再定義された問題・世俗化された宗教
 二 シルヴェストル・ド・サシとエルネスト・ルナン――合理主義的人類学と文献学実験室
 三 オリエント在住とオリエントに関する学識――語彙記述と想像力とが必要とするもの
 四 巡礼者と巡礼行――イギリス人とフランス人



下巻 目次:

第三章 今日のオリエンタリズム
 一 潜在的オリエンタリズムと顕在的オリエンタリズム
 二 様式、専門知識、ヴィジョン――オリエンタリズムの世俗性
 三 現代英仏オリエンタリズムの最盛期
 四 最新の局面

オリエンタリズム再考

『オリエンタリズム』と私たち (杉田英明)
平凡社ライブラリー版補論――『オリエンタリズム』の波紋 (杉田英明)
訳者あとがき (今沢紀子)
原注
索引




◆本書より◆


「序説」より:

「一九七五―七六年の激しい内戦のさなか、ベイルートを訪れたあるフランス人ジャーナリストは、その繁華街が廃墟と化してしまったのを見て、「かつてはここも、シャトーブリアンやネルヴァル描くところのオリエントさながらであったのに」と書き、その惨状を嘆き悲しんだ。たしかにヨーロッパ人の側からみるかぎり、彼がこの場所について語ったことは正しかった。オリエントとは、むしろヨーロッパ人の頭のなかでつくり出されたものであり、古来、ロマンスやエキゾチックな生きもの、纏綿(てんめん)たる心象や風景、珍しい体験談などの舞台であった。フランス人ジャーナリストの目の前でいま消滅しようとしていたのは、そうしたオリエントなのであった。(中略)おそらく彼にとっては、オリエントの人たちがそうした現実のなかでみずから身を賭して闘っているのだということも、またシャトーブリアンやネルヴァルの時代にだってオリエントにはオリエントの人たちが生活していたのだということも、さらにまた現に苦しんでいるのはほかならぬオリエントの人たちなのだということも、大した意味をもたぬことのように思われたのだろう。」

「オリエントは、ヨーロッパにただ隣接しているというだけではなく、ヨーロッパの植民地のなかでも一番に広大で豊かで古い植民地のあった土地であり、ヨーロッパの文明と言語の淵源であり、(中略)またヨーロッパ人の心のもっとも奥深いところから繰り返したち現われる他者イメージでもあった。」

「ごく大雑把に、オリエンタリズムの出発点を十八世紀末とするならば、オリエンタリズムとは、オリエントを扱うための――オリエントについて何かを述べたり、オリエントに関する見解を権威づけたり、オリエントを描写したり、教授したり、またそこに植民したり、統治したりするための――同業組合的制度とみなすことができる。簡単に言えば、オリエンタリズムとは、オリエントを支配し再構成し威圧するための西洋の様式(スタイル)なのである。」
「私の見るところでは、オリエンタリズムがそれほどまで権威ある地位を獲得した結果、人は誰でも、オリエントについてものを書いたり考えたり行動したりするさいに、オリエンタリズムが思考と行動に加える制限を受け入れざるをえなかった。つまりオリエンタリズムのゆえに、何人も、オリエントをみずからの自由な思考と行動の対象とすることができなかったし、今もってなおできないでいるのである。(中略)オリエンタリズムとは、「オリエント」なる独特の存在が問題となる場合にはいつでも、不可避的にそこに照準が合わせられる(したがってまたつねにそれに組み込まれることとなる)関心の網の目(ネットワーク)の総体なのである。」

「オリエントはつくられた――あるいは私の言葉で言うと「オリエント化された」――ものだと考える場合、それは、もっぱら想像力がそれを必要とするからこそ起こることだと考えたりするのは、事実を偽るものである。西洋(オクシデント)と東洋(オリエント)とのあいだの関係は、権力関係、支配関係、そしてさまざまな度合いの複雑なヘゲモニー関係にほかならない。(中略)オリエントがオリエント化されたのは、(中略)オリエントがオリエント的なものに仕立て上げられることが可能だった(引用者注:「仕立て上げられる~」に傍点)――つまりオリエントはそうなることを甘受した――からでもある。しかしそこには、ほとんど合意というものが見出されない。」
「私自身は、オリエンタリズムの独特の価値は、オリエントについて真実を語る言説(ディスクール)(学問的形態をとったオリエンタリズムはそのようなものとしてみずからを主張する)としての一面よりも、オリエントを支配するヨーロッパ的=大西洋的権力の標識としての一面においていっそう大きいと考えている。(中略)結局一八四〇年代後半のエルネスト・ルナンの時代からアメリカ合衆国の現在に至るまで、あるひとつの観念体系が(アカデミー、書物、会議、大学、外交官研修機関において)変わることなく教授可能な知識でありえている以上、それは単なる作り話の寄せ集めであるよりはもっと手強(ごわ)いものであるに違いない。」

「オリエンタリズムは、かつてデニス・ヘイがヨーロッパ観念と呼んだところの集団概念からかけ離れたものではない。この集団概念は、「我ら」ヨーロッパ人を「彼ら」非ヨーロッパ人のすべてに対置されるものとして同定する。(中略)かてて加えて、ヨーロッパのオリエント観がもつヘゲモニーというものがある。それは東洋人(オリエンタル)の後進性に対するヨーロッパ人の優越を繰り返し主張し、より自律的に、より懐疑的に物事を考えようとする人物が異なる見解をとる可能性を踏みにじってしまうのが常である。」

「「真の」知識が基本的に非政治的であるとする(中略)一般的でリベラルな多数意見というものは、知識の生みだされる時点でその環境としてある、たとい目には見えずとも高度に組織化された政治的諸条件を、いかにして覆い隠すものとなっているのか。本書が明らかにしようとしているのはその点である。」
「たとえば「十九世紀末、インドやエジプト在住のイギリス人がこれらの国々に関心を示す場合、その関心はつねに、彼らが心のなかで抱くこれらの国々の英国植民地としての位置づけと結びついていた」などと私が言っても、これに異議を唱える人がいるとは思われない。そしてこのように言うことと、「インドやエジプトに関するあらゆる学問的知識は、総体としての政治的事実によって何らかの意味で色付けされ刻印を押され侵害されているのだ」ということとは、まったく別なことのようにみえるかもしれない。ところがこの後者の言明こそが、本書でオリエンタリズムに関して私の言わんとするところなのである(引用者注:「言わんとする~」に傍点)。」
「私の考えるところ、ヨーロッパ人、ついでアメリカ人がオリエントに抱いた関心は、すでに述べた明白な歴史的評価の若干によって判断するかぎり政治的なものであった。しかし、その関心を創造したものは文化であり、またむき出しの政治的・経済的・軍事的原理と相携えてオリエントを、私がオリエンタリズムと名付ける分野にまさしく存在するがごとき異様で複雑な場所へとつくりあげるべく、ダイナミックに作用したのも文化だったのである。」
「私の切なる希望は、文化的支配の恐るべき構造を明らかにすること、そしてとくに旧植民地の人々に対しては、この構造を自分自身や他人の上に適用することの危険と誘惑とについて明らかにすることなのである。」



「第一章 オリエンタリズムの領域」より:

「クローマーとバルフォアの言葉は、東洋人(オリエンタル)をば、あたかも(法廷で)裁かれるような存在として、(中略)あたかも(学校や監獄で)訓練を施されるような存在として、またあたかも(動物図鑑において)図解されるような存在として描出するものであった。要するに、東洋人(オリエンタル)は、いずれの場合にも、支配を体現する枠組のなかに封じ込められ(引用者注:「封じ込められ」に傍点)、またそのような枠組のもとで表象される(引用者注:「表象される」に傍点)存在なのである。では何ゆえにそうなるのであろうか。
 文化の力(ストレングス)について論じるのは、容易なことではない。――だが同時に、本書の目的のひとつは、オリエンタリズムを、文化的な力の行使の一形態として説明し、分析し、考察しようとするところにある。(中略)十九世紀と二十世紀の西洋に関するかぎり、東洋(オリエント)および東洋(オリエント)に属する一切のものが、(中略)西洋の研究によって矯正を受けるべき存在だと仮定されていた、ということだけは、はじめに認めておいてよかろう。オリエントは、まさしく、教室や刑事裁判所や監獄や図鑑というような枠組によって規定される存在として眺められた。つまりオリエンタリズムとは、オリエント的事物を、詮索、研究、判決、訓練、統治の対象として、教室、法廷、監獄、図鑑のなかに配置するようなオリエント知識のことなのである。」

「ヨーロッパとオリエント、とくにイスラムとの遭遇の結果、こうしたオリエントの表象システムは強化され、(中略)イスラムは局外者(アウトサイダー)の典型となった。中世以降、全ヨーロッパ文明はこれに対抗する形で築かれていったのである。」

「オリエンタリズムとは、西洋が東洋(オリエント)の上に投げかけた一種の投影図であり、東洋(オリエント)を支配しようとする西洋の意志表明であるということを、ひとたび考え始めれば、我々は大概のことに驚かなくなるであろう。」



「第二章 オリエンタリズムの構成と再構成」より:

「近代のオリエンタリストは、オリエントのもつ曖昧性、疎遠感、奇異性などを巧妙に嗅ぎ分け、それらからオリエントを救い出してやる英雄(ヒーロー)だと自認していた。」

「十九世紀になって、ヨーロッパがオリエントを侵食すればするほど、オリエンタリズムはますます大きな大衆的信用をかちえていった。」



「第三章 今日のオリエンタリズム」より:

「すべてのヨーロッパ人は、彼がオリエントについて言いうることに関して、必然的に人種差別主義者であり、帝国主義者であり、ほぼ全面的に自民族中心主義者であった、と言ってさしつかえない。(中略)オリエンタリズムとは、オリエントが西洋より弱かったためにオリエントの上におしつけられた、本質的に政治的な教義(ドクトリン)なのであり、それはオリエントのもつ異質性をその弱さにつけこんで無視しようとするものであった。これが私の主張の要点なのである。」

「東洋人(オリエンタルズ)は、後進的、退行的、非文明的、停滞的などさまざまな呼称で呼ばれる他の民族とともに、生物学的決定論と倫理的=政治的教訓からなる枠組のなかに置かれてながめられた。かくて東洋人は嘆かわしい異邦人という表現がもっともふさわしいようなアイデンティティーを共有する、西洋社会のなかの諸要素(犯罪者、狂人、女、貧乏人)と結びつけられたのである。(中略)彼らは市民としてでも、人間としてでさえもなく、解決されるべき、限定されるべき、あるいは――植民地主義的諸勢力が公然と彼らの領土を欲する場合には――接収されるべき問題として、看破され、分析された。要するに、対象をオリエンタルと呼ぶこと自体、すでにはっきりした評価的価値判断を含んでおり、(中略)東洋人は従属人種の一員であったがゆえに、従属させられなければならなかった。それはかくも単純なことだったのだ。」

「我々は、十九世紀ヨーロッパにおいて、学問と文化の壮大な殿堂が、いわば現実の局外者(アウトサイダー)たち(植民地、貧乏人、犯罪者)を閉め出すことによって築き上げられていったのだという事実を忘れてはならないのである。」

「だがオリエンタリズムは、その種々の欠陥や嘆かわしい専門用語、ほとんどむき出しの人種差別主義、薄っぺらな知的道具立てなどにもかかわらず、私がこれまで叙述しようと努めてきたような形態をとって、現に今日の繁栄を誇っている。その影響力が「オリエント」そのものにまでひろがっているという事実には、たしかに我々を慄然とさせざるをえないものがある。」

「要するに、現代のオリエントは、みずからをオリエント化するのに一役買っているのである。」




◆感想◆


国際的な政治経済問題はどうでもいいですが、自分は自閉症なので「オリエント」を「自閉症」、ヨーロッパを「ふつうの人」、「オリエンタリスト」を「サイコセラピスト」「戸塚ヨットスクール」と読み替えると他人事でないです。





















































マルセル・モース 『贈与論 他二篇』 森山工 訳 (岩波文庫)

「実際ポトラッチは、それを与えなければ与えないで危険であり、それを受け取ったら受け取ったで危険でもあって、いずれにせよ危険なものである。」
(マルセル・モース 「贈与論」 より)


マルセル・モース 
『贈与論 
他二篇』 
森山工 訳
 
岩波文庫 白/34-228-1 

岩波書店 
2014年7月16日 第1刷発行
2017年11月6日 第4刷発行
489p 
文庫判 並装 カバー
定価1,200円+税
カバー写真: マルセル・モース(一九三〇年頃)


Marcel MAUSS
Une forme ancienne de contrat chez les Thraces, 1921
Gift, Gift, 1924
Essai sur le don, 1923-24



アマゾンで注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


モース 贈与論


カバー文:

「贈与や交換は、社会の中でどのような意味を担っているのか? モース(1872―1950)は、ポリネシア、メラネシア、北米から古代のローマ、ヒンドゥー世界等、古今東西の贈与体系を比較し、すべてを贈与し蕩尽する「ポトラッチ」など、その全体的社会的性格に迫る。「トラキア人における古代的な契約形態」「ギフト、ギフト」の二篇と、詳しい注を付す。」


目次:

凡例

トラキア人における古代的な契約形態
 Ⅰ
 Ⅱ

ギフト、ギフト

贈与論――アルカイックな社会における交換の形態と理由
 序論 贈与について、とりわけ、贈り物に対してお返しをする義務について
  エピグラフ
  プログラム
  方法
  給付。贈与とポトラッチ
 第一章 贈り物を交換すること、および、贈り物に対してお返しをする義務(ポリネシア)
  一 全体的給付、女の財-対-男の財(サモア)
  二 与えられた物の霊(マオリ)
  三 その他の主題。与える義務、受け取る義務
  四 備考――人への贈り物と神々への贈り物
      さらなる備考――施しについて
 第二章 この体系の広がり。気前の良さ、名誉、貨幣
  一 寛大さに関する諸規則。アンダマン諸島
  二 贈り物の交換の原理と理由と強度(メラネシア)
   ニューカレドニア
   トロブリアンド諸島
   このほかのメラネシア諸社会
  三 アメリカ北西部
   名誉と信用
   三つの義務――与えること、受け取ること、お返しをすること
   物の力
   「名声のお金」
   第一の結論
 第三章 こうした諸原理の古代法および古代経済における残存
  一 人の法と物の法(非常に古拙なローマ法)
   注解
   インド=ヨーロッパ語系の他の諸法
  二 古典ヒンドゥー法
   贈与の理論
  三 ゲルマン法(担保と贈り物)
   ケルト法
   中国法
 第四章 結論
  一 倫理に関する結論
  二 経済社会学ならびに政治経済学上の結論
  三 一般社会学ならびに倫理上の結論

訳注
訳者解説――マルセル・モースという「場所」




◆本書より◆


「トラキア人における古代的な契約形態」より:

「集合的な交換にはこのように通常さまざまな形態があるけれども、そのなかでひときわ注目すべき形態が一つ存在している。それは(中略)、アメリカ北西部とメラネシアにとくに分布しているもので、アメリカの民族誌学者たちはこれを一般に「ポトラッチ(potlatch)」と呼んでいる。(中略)それは二つの点から特徴づけることができる。まず、これらの交換は極度に複雑であることがしばしばで、実際のところそこでは、ありとあらゆる種類の給付が山のように取り交わされるのであるけれども、そのはじまりはというと、ほとんどすべての場合、プレゼントを純粋に無償で贈与するという装いをまとっていること。にもかかわらず、その贈与の恩恵に浴した人には、もらったものと等価のものに、さらに何かを上乗せしてお返しすることが義務づけられるようになること。これが第一の特徴である。したがって、およそどんな取引でも蕩尽と真の濫費の様相を呈することになる。(中略)そして、この性格がどんどん激化することによって、ポトラッチというこの制度に第二の特徴が付与されることになる。(中略)競覇的な性格がそれだ。(中略)それは一種の恒常的な競合関係であり、ときとして戦闘や殺害や、名前やら武器やらの喪失へといたることさえある。いずれにしても、これによって家族間のヒエラルキーや、クラン間のヒエラルキーが確立されることになるのだ。」


「贈与論」より:

「それはハウ(hau)、つまり、さまざまな物の霊、とりわけ森の霊、および森に棲息する狩猟対象となる鳥獣の霊についてである。エルスドン・ベスト(Elsdon Best)氏に情報を提供したマオリのなかでも最良のインフォーマントの一人にタマティ・ラナイピリ(Tamati Ranaipiri)がいるが、その彼がまったく偶然の成り行きで、何の先入見もなしに、この問題に関する鍵を与えてくれている。
  ハウ(hau)についてお話ししましょう……。(中略)あなたが、ある特定の品物(タオンガ taonga)をもっているとしましょう。そして、その品物をわたしにくれるとしましょう。あなたはわたしに、あらかじめ値段を取り決めることなどなしに、それをくれるのです。わたしたちはこれに関して取引などしないのです。さて、わたしがこの品物を第三の人物にあげます。この三人目は、ある一定の時間が過ぎたあとで、支払い(ウトゥ utu)として何かを返すことに決め、わたしに何か(タオンガ)を贈り物として寄越すのです。このとき、この人がわたしにくれるこのタオンガは、わたしがあなたから受け取り、次いで彼へとあげたタオンガの霊(ハウ)なのです。後者のタオンガ(あなたがくれたほうのタオンガ)のかわりにわたしが受け取ったタオンガですが、こちらのタオンガを、わたしはあなたに返さなくてはなりません。このようなタオンガを自分のものとしてとっておくのは、それがわたしの欲しいもの(ラウェ rawe)であっても、嫌いなもの(キノ kino)であっても、わたしのふるまいとして正しい(ティカ tika)ことではないのです。わたしはこれをあなたにあげなくてはなりません。なぜならこれは、あなたがわたしにくれたタオンガのハウであるからなのです。もしもわたしが、この二つ目のタオンガを自分のためにとっておいたとするなら、そこからわたしに災厄がふりかかることになるかもしれません。本当です。死ぬことさえあるかもしれないのです。以上がハウです。」

「こうした観念体系にあっては、他人に何かをお返しする場合、じつはその相手の本質であり実体であるものの一部を返さなくてはならないということ、このことが明瞭に、かつ論理的に理解されるのである。というのも、誰かから何かを受け取るということは、その人の霊的な本質の何ものか、その人の魂の何ものかを受け取ることにほかならないからである。このようなものをずっと手元にとどめておくのは危険であろうし、命にかかわることになるかもしれない。倫理的な意味でのみならず、物理的にも霊的にも人を出所とするこの物が、受け手に対して呪術的で宗教的な影響力をふるうからである。」

「このような慣行の発達は自然のものであった。人間が契約関係を取り結ばねばならなかった存在者たち、したがって、ことの定義からして、そもそも人間と契約関係を取り結ぶためにそこに存在していた存在者たち、このような存在者が最初はどのような範疇の存在者であったかと言えば、それは何よりもまず死者の霊であり、神々であった。実際のところ、この世にある物や財の真の所有者は彼らなのである。したがって、交換をおこなうことがもっとも必要である相手、そして、交換せずにいることがもっとも危険である相手、それは彼らなのであった。だが、それとは反対に、交換をおこなうことがもっとも容易であり、もっとも確実である相手、それもまた彼らだったのである。供犠における犠牲の破壊は、まさしく贈与を、必ずやお返しがなされるという想定の上での贈与を、目的としている。そして、(中略)どんな形態であれポトラッチには、この破壊という主題が備わっている。だが、ポトラッチで奴隷たちを殺したり、貴重な油脂を燃やしたり、銅製品を海に捨てたり、果ては首長の家に火を放ちさえしたりするのは、力と富と我欲のなさを誇示するためだけではないのだ。それはまた、霊と神々に対する供犠でもあるのである。」

「結局のところ、それは混ざり合いなのだ。物に霊魂を混ぜ合わせ、霊魂に物を混ぜ合わせるのだ。さまざまな生を混ぜ合わせ、そうすると、混ぜ合わされるべき人や物は、その一つひとつがそれぞれの領分の外に出て、互いに混ざり合うのである。それこそがまさしく契約であり交換なのである。」

「ポトラッチにおけるこの破壊の慣行には、さらに二つの動機がかかわっている。一つ目は戦争というテーマである。ポトラッチは戦争なのだ。トリンギットでは、ポトラッチは「戦争ダンス」という名で呼ばれている。戦争では、仮面や名前や特権の所有者を殺すことにより、それらを奪い取ることができる。それと同じように、財の戦争では、財を殺すのだ。一方では、自分の財産を自分で殺し、他人がそれを獲得できないようにする。他方では、他人に財を贈与して、お返しをするように相手を仕向けるか、あるいは相手がお返ししきれないほどの財を贈与することで、この相手の財産を殺すのである。
 二つ目のテーマは供犠である。(中略)財を殺すのは、それに生命が備わっているからである。」
「けれども原理的に言うなら、ここでも通常の供犠の場合と同じく、重要なのは物を破壊して、それを霊に引渡すことである。」

「贈り物というのは、したがって、与えなくてはならないものであり、受け取らなくてはならないものであり、しかもそうでありながら、もらうと危険なものなのである。それというのも、与えられる物それ自体が双方的なつながりをつくりだすからであり、このつながりは取り消すことができないからである。」

「物が与えられたり渡されたりするときに、その物が体現している危険性を、非常に古いゲルマン法や非常に古いゲルマン諸語ほどはっきりと感じさせてくれるものは、おそらくほかにない。ゲルマン諸語の全体においてギフト(gift)という語が二つの意味を有しているということは、これによって説明できる。すなわち、贈与という意味と、毒という意味の二つである。(中略)贈与が不幸をもたらし、贈り物や財が毒に転化するというこのテーマは、ゲルマンの伝承において基本的なものである。ラインの黄金はそれを征服した者に破滅をもたらし、ハーゲンの盃はそこから酒を飲む勇者を死に導くのだから。」

「以上で考察してきたことは、わたしたち自身の諸社会にも広げて適用することが可能である。
 わたしたちの倫理にしても、そして、わたしたちの生活そのものにしてからが、そのきわめて大きな部分が以上に見たのと同じ雰囲気、すなわち、贈与と義務と自由とが混ざり合った雰囲気のなかに、相変わらずとどまっている。」
「贈り物を受け取ったにもかかわらずお返しをしないでいれば、その人が劣位に置かれるということは昔とかわりない。とくに、あげる側がはなからお返しなど期待しておらず、受け取る側がもらいっぱなしで終わるような場合には。(中略)施しが、それを受け取る者を傷つけるというのは、今もかわらないのだ。」










































































セルジュ・ユタン 『改訂新版 秘密結社』 小関藤一郎 訳 (文庫クセジュ)

セルジュ・ユタン 
『改訂新版 
秘密結社』 
小関藤一郎 訳
 
文庫クセジュ 199 

白水社
1972年12月5日 第1刷発行
1987年4月20日 第9刷発行
160p 参考文献viii
新書判 並装 カバー
定価750円
装幀: 真鍋博



本書「訳者まえがき」より:

「この書は秘密結社の歴史、とくに西欧社会におけるそれの歴史についての概説である。」
「この翻訳の第一版が刊行されたのは一九五六年で、今から十六年前のことである。しばらく絶版のままであったが最近再版が出されることになったので、これを機会に原著も七版を重ねて改訂されているので、それによってすっかり全体に筆をいれた。」



Serge Hutin: Les sociétés secrètes (Collection QUE SAIS-JE? No 515)
本文中「図」11点。


ユタン 秘密結社 01


目次:

訳者まえがき

緒言
 用語の乱用
 政治的秘密団体と入社的秘密団体
 入社式、その特長と目的
 入社式と秘伝主義
 未開民族における入社式と秘密団体
 本書の計画

第一部
 第一章 古代における密儀の宗教
  一 エジプト
   エジプトの宗教、秘伝的宗教
   入社式の儀式、オシリスの神話
   象徴体系と教義
  二 ギリシア
   ディオニュソス
   エレウシスの密儀
   オルフェウス密儀とピタゴラス派教団
  三 ローマ帝国
   古代の密儀の発達
   ミトラ神
   キリスト教の秘伝教義、グノーシス派とマニ教
 第二章 イスラム教の秘儀
  正統派の組織
  イスマイレー派と関連諸団体
 第三章 中世における入社式
  一般的状況
  同業組合
  グラールの伝説
  カタール派
  聖堂騎士団
  ダンテと秘伝教義
  錬金術師とカバラ派
  妖術
 第四章 薔薇十字団
  起源、伝説と歴史
  薔薇十字団運動の発展
  薔薇十字団とフリーメーソン
  入社式の儀礼
  教義とその目的
 第五章 フリーメーソン
  一 沿革
   行動的メーソンから思弁的メーソンへ
   十八世紀におけるフランスのフリーメーソンと高位の位階の発達
   メーソンの発展
  二 メーソンの入社式
   分派と位階
   ロッジ
   メーソンの象徴
   メーソン入社式の原理
   「反省の部屋」と精神的錬金術
   三つの問題と宣誓
   ヒラムの伝説
  三 教義
   メーソンの目的、「建設至上主義」
   メーソンの入社式の目的
   メーソンの非公開主義

第二部 政治的秘密結社
 第一章 概説
  入社的組織と政治的結社との関係および両者の差異
  政治的結社の一般的性質、分類の試み
 第二章 聖フェーメ団
  起源
  フェーメ団の組織と訴訟手続き
 第三章 バヴァリアの啓明結社
  ヴァイスハウプト
  位階
  啓明結社の究極の目的
  解散
 第四章 カルボナリ党(炭焼党)
  起源
  イタリアのカルボナリ
  フランスのカルボナリ
  カルボナリの組織と位階制度
 第五章 アイルランドの秘密結社
  統一アイルランド党
  シン・フェイン
  アルスター問題と《I・R・A》
 第六章 ク・クラックス・クラン
  起源と創立
  クランの復活
 第七章 マフィア
 第八章 犯罪的結社

結論

参考文献



ユタン 秘密結社 02



◆本書より◆


「緒言」より:

「一般的にいって入社式(イニシアシヨン)とはつぎのように定義することができる。個人のうちに存在の低次と見られる状態から高次の状態への心理的移行を実現することを目的とした過程(プロセス)、すなわち世俗的な「門外者(プロファヌ)」から「奥義の伝授をうけた者」への変化を意味するものであると。つまり一連の象徴的な行為や精神的でかつ物的な試練(引用者注: 「試練」に傍点)によって個人に対して、一度は「死んで(引用者注: 「死んで」に傍点)」それから新しい生活(引用者注: 「新しい生活」に傍点)に「再生する(引用者注: 「再生する」に傍点)」という感動を与えることが眼目なのである(中略)。もっと厳密にいえば入社式には相互に補完的である三つの要素を区別することができる。
 (一) 第一の要素は本来の意味での「入社式」(引用者注: 「本来の~」以下に傍点)である。つまり「高次」の世界への導入、世俗的状態から「一層完全な」心的状態への導入である。だから入社式は究極的には真の「神と化す」状態にもなることがある。それゆえ入社式の目的は人間存在を「あらゆる制約された状態をこえた彼岸」に導くこととなるのである。(この意味でルネ・ゲノンはつぎのようにのべている。「入社式において大切なことは他の人間と意思の伝達をはかることではなく、自ら超個人的状態を実現することである。しかしそれはもちろんのこと個人的人間としてではない。(中略)そうではなくある一定の状態においては個人的人間として自己をあらわす存在がまたそれ自身のうちに他のあらゆる状態への可能性を含有するものとしてなのである」)。だからそれは人間存在の純然たる内面的実現(引用者注: 「実現」に傍点)であり、個人がそのうちに潜在的に有する可能性を実現(引用者注: 「実現」に傍点)することである。」
「(二) 入社式の儀礼(引用者注: 「入社式の儀礼」に傍点)は本質的には個人の心的作用にはたらきかけることを目的とする物的、精神的「試練」なのである。」
「(三) 入社式の階級的位階制(引用者注: 「入社式の~」以下に傍点)――神秘主義者は一挙に完全な直覚にまで到達することはできるが、入社者のほうは漸進的にしか十全な認識に達することができない。(中略)このためすべての入社的組織には階級的位階制(引用者注: 「位階制」に傍点)が存在する。」



「第三章」より:

「アルビ派に対してなされた十字軍についてはすでにあまりにもよく知られているから、ここではそれには触れない。ただカタール派の教義はその聖職者たちが虐殺されたにもかかわらず存続してきたということは注意しなければならない。事実、吟遊詩人(トルーバドール)たちはこの異端アルビ派の熱烈な献身的な支持者であったことは明らかであるが、彼らはその「楽しい知識」の中で異端糺問によって禁じられていた思想をひろめつづけたのであった。」


「第四章」より:

「フラッドによって体系化された宗教哲学に関する薔薇十字団の教義はその大要だけでも要約することはきわめて困難である。それは一つの巨大な神智論的体系であり、一種の秘伝的キリスト教ともいうべきであるが、また秘伝的教義、ユダヤ的カバラ派、新プラトン主義およびグノーシス派の強い影響もうけていた。それは混成的綜合で、中世全期とルネッサンス期にわたって地下にかくれてきた多少秘密的色彩のあるあらゆる伝統の残存を全部綜合したものである。だからそこには秘伝主義のあらゆる古典的問題が展開されている(とくに性的宇宙開闢説は宇宙の起源を男性的火と女性的物質の結合に基づくものとしていた)。あらゆる存在はいろいろの段階において顕示する唯一の存在、モナドの種々の発展であるにすぎず、それはけっきょく根源的統一に還元する運命をもっている。原始時代以来存続している古代の秘密哲学を保持する同志たちは、近く黄金時代が復帰することを予言している。」
「人は反抗によって神の国から追放されたが、法悦によって神の世界に再び戻らなければならない。人間は再び神となることができるし、またそうならなければならない。」



「第八章」より:

「ヨーロッパ各国社会の底辺には多数の犯罪者の秘密結社、悪党の結社が存在しており、多くの文学作品はそれらについての記憶を伝えている。フランスではとくに百年戦争(一三三六―一四五二)およびその結果生じた大混乱ののち無法者の秘密結社の数がましていた。ヴィクトル・ユゴーの『パリのノートルダム』によって、人々は浮浪者、乞食、「宿なし」どもの王国である有名な「奇蹟の中庭(クール・ド・ミラクル)」の存在を知っている。フランソワ・ヴィヨンもこの宿なしどもの仲間であったが、彼らは特有の階級制度、政府、加入の儀礼、団員相互の認識符号および秘密の言語をもった真の教団的組織をつくっていた(フランソワ・ヴィヨンは浮浪者たちの隠語または乞食仲間の隠語でバラードを書いたのであった)。これら浮浪者たちの前身は種々さまざまで、本物の悪党、仕事にあふれた労働者、脱走兵、街のゆすり、香具師(やし)、占師、破産した商人、浮浪者、あらゆる種類の落伍者、常軌を逸したものたち、ジプシー、売笑婦などいろいろあったが、大体五つの「種族」にわかれていた。その五つの種族とは「兵隊」、ヴィヨンもこの仲間であった「行商人」、乞食すなわち「五銭玉の住民」(グラン・コエスル国住民(訳注: グラン・コエスルとは香具師仲間の親分が仲間からつけてもらった称号で「乞食大王」の意。))、「ジプシー」、「盗賊」であった。
 だいたいこれと同じ時代(十五世紀)イギリスにも類似の結社が発達した。それはエリザベス王朝時代には公の秩序に対する真の脅威にまでなったが、他の結社と同じく多くの「職分」をともなった階級制度をもち、また特別の隠語や入社式の儀式をもっていた。スペインやイタリアでも同じように、無法者たちはちょっとのことがあっても警察とことをかまえる乞食、浮浪者、脱走兵などをあつめた特別の結社をつくっていた。現代ではこういう悪党の結社は昔日のような絵画的美しさの多くを失ってしまったが、今日でも依然として存在し、特別の「環境」をつくっている。
 最も風変わりな犯罪的秘密結社の一つはインドのサッグズ(Thugs)であるが、イギリス当局はこれを国外に追放するのに成功した。これらの「暗殺者たち」は金銭的理由からも宗教的理由からも活動していた。この風変わりな結社は犯罪的秘密結社ともあるいは一つの宗教的分派とも見ることができる。サッグズ団はその結社の起源を物語る一つの伝説をもっている。彼らは、古典的なヒンズー教の教義をもととして、世界のはじめには「一つは創造、もう一つは破壊の二つの力があり、両者はともに至高の存在からの流出であった。この二つの力はたえず闘争を続けていた。ところが、創造の力は非常に速かに地上に人口を繁殖せしめたため、破壊の力はこれに抗していくことができず、何か援助をうける方法はないかと捜し求めた。このため破壊の力の配偶者カーリ(Kâli)は人間の形をした存在をこしらえ、これに生命を与えた。ついでカーリは自分に対する熱烈な支持者を相当数糾合し、彼らにサッグズの名を与えた。そしてカーリはサッグズに対して暗殺の技術を教え、それによって彼女の製作した存在の破壊にあたらせた。それ以来サッグズ団はこの暗殺術を用いてきたのである」と主張している。」


























































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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