FC2ブログ

下村純一 『不思議な建築 ― 甦ったガウディ』 (講談社現代新書)

「不良な工業製品の利用、生活で堆積した廃棄物の活用、そのことが、近代の工業化社会の成り立ちそのものに向けられた、ガウディの冷ややかな眼差であるかのように思えてくる。グエル公園は、社会がゴミとして見捨てた物たちの奏でる、白鳥の歌なのだ。」
(下村純一 『不思議な建築』 より)


下村純一 
『不思議な建築
― 甦ったガウディ』
 
講談社現代新書 820 

講談社
昭和61年7月20日 第1刷発行
229p(うち別丁カラー図版32p)
新書判 並装 カバー
定価600円
装幀: 杉浦康平+赤崎正一



本文中図版135点(うちカラー53点)、図2点。


下村純一 不思議な建築 01


カバー文:

「天空に向かってなお螺旋を巻き続けるサグラダ・ファミリア大聖堂、
聖母マリアの子宮のように人々を包み込むコロニア・
グエル、カサ・バトリョの屋根をかたどるカタルニャの伝説の
ドラゴン……。植物の蔓(つる)のように丘陵へ伸び拡がる
地下鉄、ゆるやかに波打ち、フワリと
脹(ふく)らむ壁や窓……。アントニオ・ガウディの
作品を幹に、ヨーロッパ各地に梢を繁らせる、
生命(いのち)ある建築の不思議な魅力を、
豊富な写真でものがたる。」



カバーそで文:

「うごめき、波打ち、包まれる――
不思議さの元は、彼の建築に備わった、
動きにあるのではないだろうか。
 それは、リズミカルでスピード感や軽快感を呼ぶ機械的な動きではなく、
うごめく、脹(ふく)らむ、皺(しわ)が寄る、波打つ、畝(うね)るといった、
生物や大自然の営みに立ち現れる動きである。
建築表現に動きが与えられることだけでも、
ふつうでは考え難いのに、ガウディは、
むしろグロテスクな印象を与えかねない不規則な動きを、
積極的に表現の中に織り込んだ。
建築は、昔から揺ぎない姿で立つものと
決まっているのに、である。――本書より」



目次:

第一章 自然と生物――建築に息づく不思議感覚
 1 甦ったガウディ
 2 ガウディとポスト・モダン
 3 端整な白い箱たち
 4 不格好の魅力
 5 アナロジーの妙
第二章 洞穴――甦る太古の揺籃
 1 現代版ラスコー
 2 洞穴をめぐる二つのイメージ
 3 人間の自己空間
 4 さまざまな洞穴空間
 5 暗闇と光と
 6 精神の形
 7 生きものの棲処(すみか)
第三章 肉体――空間を包み込んだ壁
 1 呼吸する建築
 2 皮膚としての壁
 3 ガウディとドラゴン
 4 肉の匂い
 5 建築動物図鑑
 6 人の顔
第四章 樹木――成長する構造
 1 放物線構造の意味
 2 植物的生命の空間
 3 ガウディの螺旋
 4 形態と力
第五章 物の塊――生命を宿す造形
 1 裸の鉄
 2 映し出された個人
 3 かけらからの出発
 4 「器用仕事(ブリコラージュ)」
 5 廃材の結晶
 6 生命を宿す造形

あとがき




◆本書より◆


第一章より:

「包まれるという印象も、またもう一つのガウディの不思議さといえる。ふつう、建築空間は壁によって囲まれるものである。それがガウディの建築では、(中略)中に吸い込まれてゆく、あるいは袋ですっぽりとくるまれてしまう、そういった印象を強く人に与える空間に仕立てられている。壁に囲まれた四角い空間ではないのである。」


第二章より:

「この、いわば空間を生きるという観点に立って考えると、洞穴という空間の形の意味するものが、いま一つ明らかにされるのではないだろうか。」
「動物は、それぞれに、自分を中心とした同心円状に拡がる、固有の自己空間を有している。その同心円には幾つかの段階があって、他の動物などとの距離に応じて反応を引き起こす。ことに、最も内側の空間を越えて近づくと、自分の身体に触れられたと同じように感じ、動物は、威嚇(いかく)から攻撃に転じるという。」
「人間は、(中略)すし詰めにされた満員電車の中でも、おとなしくしていられる。けれどもその時に感じる不快さ、息苦しさは、動物と同じように人間の感覚も、身体を離れた拡がりを持っていることに由来するのではないだろうか。洞穴の湾曲する壁面が、その感覚の拡がりに応じる、と考えてもおかしくはない。しかもそれは素直に応じてくれるので、人は洞穴を、極めて温かい空間と知覚する。洞穴は、人が忘れかけているかもしれない、人間の自己空間の輪郭そのものなのである。洞穴で感じる、しっかりしたものに包まれた心地良さを、私はこのように考えたい。」
「親にしかられた子供は、よく片隅にうずくまる。(中略)洞穴は、その点では全体が片隅でさえあるだろう。子供たちにとっての甘い宇宙は、おそらくは丸い。古代ギリシアの哲人ディオゲネスは、樽を住居にして暮らしていた。アレキサンダー大王に何か欲しいものはと尋(たず)ねられた時、彼は、その丸い空間と、大王が遮(さえぎ)った光以外のものは、何も望まなかった。
 どうやら洞穴は、私たちの空間認識の基本であるようだ。」

「閉じることは、必ずしも閉塞を意味するとは限らない。心の充足を促すこともある。」

「動物が本能的に有する自己空間と同じ質の空間を、人間も感じ、自分の身体を固く包み保護してくれる殻を欲した。小さな入口、それに付随した漠とした暗がりである洞穴は、何にもまして温かな拡がりであったのだ。
 人間の身体的な空間意識が衰退してからもなお、さまざまな建築に見え隠れする洞穴のイメージは、人間が基本的には、建築に対して保護を求めていることの、証にほかあるまい。」



第三章より:

「ガウディの建築空間は、本質的には洞穴であった。洞穴に身を寄せていた太古の人間にとって、蜥蜴(とかげ)など、洞穴のそこかしこに影を潜める小動物たちは、猛獣と違って、いっしょに暮らす友であったかもしれない。そうでなくても、洞穴空間にそれらはつきものだ。あるいはまた、ヨーロッパの文化に深く係わりを持ち続けてきた先住民族ケルトの美術には、蜥蜴や蛇の絡み合った模様がよく登場する。ケルトの人々も、土に住む小動物を友とした。ガウディの建築は、そんな古い記憶を呼び覚ます。」
「そしてガウディはといえば、リューマチを幼い頃に患(わずら)って、他の子供たちといっしょに遊ぶよりも、ケルトの人々と同じように、一人野原で、土と遊んでいることの方が多かったというのだ。」
「しかも、バルセロナを中心とするカタルニャ地方は、ドラゴンを守護神の一つに祀(まつ)るという、特殊な文化的背景を持っている。」
「街中のあちこちの建物に付けられた鉄細工にさえ、しばしばドラゴンがデザインされている様子などを目にすると、ふつうは忌み嫌われるであろうこのグロテスクな動物が、カタルニャの人々の民族信仰と、いかに強く係わった文化的な存在であるのかを、納得しないわけにはゆかない。
 そして全体が丸ごとドラゴンと化したカサ・バトリョは、そうした建物の最大級のものである。」

「アール・ヌーヴォーの諸芸術は、一般には草花の植物曲線を基調とする造形であると考えられている。
 ところが、パリにあってこのスタイルを最初に建築で試みた、エクトル・ギマール(一八六七―一九四七)の場合には、確かに繊細な植物曲線から構成された作品も多かったが、奇怪なうごめきを仄(ほの)めかす動物から成り立っていると考えざるを得ないものもある。」
「いったいに、ギマールの実現したアール・ヌーヴォーの意匠には、不気味さが随所に漂っていた。「調子の狂った館(カステル・デランジェ)」と渾名(あだな)された、彼のデビュー作であるアパート、パリのカステル・ベランジェ(一八九八)の様子も、尋常ではなかった。」
「中庭にポツンと置かれた水場のデザインも、動物、しかもまるでエイリアンを思わせる。」



下村純一 不思議な建築 02


第四章より:

「ガウディとゲーテとの関係は、これまでにとりたてて論じられたことのない問題で、私の単なる推測に過ぎないかもしれない。けれども、ゲーテが自然科学論の一つとして執筆した『植物変態論』に見出せる植物の描かれ方が、あまりにもガウディの造形に近いことに、驚かされよう。しかもガウディは、ルドルフ・シュタイナーが編纂(へんさん)したゲーテ全集を、愛蔵していたといわれている。
 ゲーテの『植物変態論』のうちでも特に興味をそそられるのは、「植物の螺旋的傾向」と題される小論である。」
「ゲーテによれば、植物体は垂直高昇的と螺旋的の二つの有機構造を併(あわ)せ持ち、両者が平衡を保ち統合されるとき、植物はメタモルフォーゼ、つまり変態という成長を遂げることができるという。」
「ゲーテは、見出したこの二つの構造を、結局は人間へのアナロジーとしてまとめあげ、前者を強力で身体を支えることのできる男性的な力、後者を養い結実させる女性的な力、と結論づけることになる。そして両者を弁証法的に統合し、ゲーテは植物体を、「雌雄両性を一身に具有してひそやかに結びついた」生命であると定義したのであった。」
「螺旋は、ディテールから全体の輪郭に至る、ガウディの作品のあらゆる部分に貌(かお)をのぞかせる、いわばガウディの基本形である。」



第五章より:

「ルシアン・クロールは、(中略)まるでバラック小屋を幾つも継ぎたしたような学生寮を、二つほど建設している。」
「この“メメ・ファシスト”と呼ばれる二つの学生寮の外観が、徹底してアナーキーな表現を目指していることは、一目見ればわかる。」
「ルシアン・クロールは、統一という美を、ここではいっさい拒んだのである。」
「プロポーションをさまざまに違えた窓が、勝手気ままに付いている。窓枠の色もまちまちで、(中略)外壁を構成する材料にしたところで、板、はめ殺しのガラス、スレート、レンガ、コンクリートと、多様さを極め、まるでその場その場の間に合わせに、材料をかき集めてきたかのようなありさまである。」
「このバラバラに取りまとめられた外観は、内部に造られた部屋部屋の形に画一的な規準が与えられていない結果にほかならない、と気づくだろう。(中略)部屋は、それを使う学生のそれぞれの生活形態に応じて形を決めたというから、学生の快適さは、申し分のない状態だといえる。そのために建築家は、ふつうのマンションに見受けられるような、外観の美しい統一を、むしろ積極的に放棄した。」
「ルシアン・クロール自身は、この外観の多様さを、共同生活の一員でありながらも自立した生活を営む個人である学生の、生活の証と捉えている。」
「個人個人の差異を形に示しながら、全体を不連続のままで統合しようとする彼の態度は、統一を旨(むね)とする現代の多くの建築に向けられた、手厳しい批判と受けとれるだろう。」


「シャルトルの墓守夫レイモン・イシドールが、家族と住むために造った、(中略)タイルづくしの家(中略)。」
「最初は、ごくふつうの家であったらしい。職を転々とした彼は、シャルトルの街が区画整理を行った一九三五年に、墓地の整理の職に落ち着く。その仕事の最中に偶然に拾った、陶器のかけらがきっかけとなって、以後一九六四年に死ぬまでの三十三年間、イシドールはただ一つの作業に没入してしまう。つまり、家の壁をはじめ、庭や暖炉やテーブル、ベッドと、自分でこしらえたありとあらゆる物の表面を、陶器で被ってしまうという作業にである。」
「墓守であった彼は、墓地の中に投げ捨てられた何の役にも立たないゴミを、死者に対する非礼と感じ、それを喜びに変えることが、自分の使命だと思いこんだのだ。」
「彼は、聖母マリアと同じ九月八日に生まれている。その事実が彼に啓示を与えた。イシドールは、聖母マリアに献堂された大聖堂のことごとくを、ゴミを使ったモザイクの手法によって、自分の身辺に再現したのである。」
「廃材を造形として甦らせようとするイシドールの努力には、祈りと呼ぶことが最も相応しい、一途なものがある。」



下村純一 不思議な建築 03







































































スポンサーサイト



鳥居徳敏 『アントニオ・ガウディ』 (SD選書)

「サグラダ・ファミリア聖堂は、教会や国家によって建立されたものでなければ、富豪によって創建されたものでもない。貧しい信者たちの民間団体にすぎぬ「サン・ホセ協会」によって建立された。それ故、財源が常に不足し、建設中断の危機が訪れるのは時の問題であった。」
(鳥居徳敏 『アントニオ・ガウディ』 より)


鳥居徳敏 
『アントニオ・ガウディ』
 
SD選書 197 

鹿島出版会
1985年12月5日 第1刷発行
1998年4月30日 第7刷発行
259p
四六判 並装 機械函
定価1,800円+税



本文中図版(モノクロ)多数。

本書はまだよんでいなかったので日本の古本屋サイトで最安値のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


鳥居徳敏 アントニオガウディ 01


目次:

第一章 生れ(一八五二、六、二十五)
 一 生れた場所と時代
 二 スペイン人ガウディ
 三 カタルーニャ人ガウディ
 四 カタルーニャの復興
第二章 育ち(一八五二―七八)
 一 生れ故郷レウス
 二 銅板機具職の父
 三 病弱な幼少期
 四 ピアス学校での学業と友人
 五 バルセロナ建築学校新設
 六 アルバイトと独学
 七 建築家誕生
第三章 戦い(一八七八―一九〇〇)
 一 デビュー建築家の競い
 二 グエル家との出会い
 三 伯爵と侯爵
 四 建築家とスポンサー
 五 サグラダ・ファミリアに就職
 六 聖堂と転身
 七 失恋と独身主義
 八 死に瀕する断食
第四章 実り(一九〇〇―二六)
 一 バルセロナの声援
 二 実り――一、グエル公園
 三 実り――二、カサ・バトリョ
 四 実り――三、カサ・ミラ
 五 建築法規に優れる権威
 六 影響と批判
 七 天命とその実践
 八 晩年の生活
第五章 成る(一九二六、六、十)
 一 他界
 二 生きつづけるガウディ



鳥居徳敏 アントニオガウディ 02



◆本書より◆


第一章より:

「この個性的たれということが、カタラン主義に通じるのである。カタルーニャの復興運動は、すべてをカタラン主義者にしたと前述した。(中略)この地方主義は、国家主義と個人主義とに共通基盤をもち、当時の西欧に一般的な思潮であった。各個人は、生れも、育った環境も違うのであるから、必然的に個性的でなければならず、同様に、各地方、各国家も、風土も、歴史・伝統も異なるから、個性的であることが当然である。そうした個性的な個が集ってこそ、地方が、国家が、そして、世界がより豊かになり、より発展する。(中略)つまり、各個人が個性的であれば、社会はより豊かになり、その集合体であるカタルーニャ地方も個性的になり、国家と世界の繁栄に貢献することになろう。従って、各個人が個性的であればあるほどカタラン主義に通じる。
この個人主義の観点から見れば、カタルーニャのモデルニスモが各個人一様式といえるほどに千差万別の建築を生み、アール・ヌーヴォー期の建築も多種多様を極めたことが理解されよう。」



第二章より:

「初等教育時代のガウディに二つの逸話が残されている。ある授業時間、教師が、
「鳥は飛ぶために羽をもっている。」
と説明すると、幼いガウディは、
「うちの農作小屋のにわとりは大きな羽をもっているのに飛べません。もっと早くかけるために羽を使っています。」
と自分の観察を述べたという。
もう一つの逸話は、ガウディと机を並べた婦人が残してくれた。クリスマスが近づいたので、学校では生徒たちがイエス誕生時のベレン(ベツレヘム)村を作ることになった。ガウディは紙細工を楽しみ、熱心に家を作っていた。それを見た彼女が将来の建築家にいう。
「トネット(幼少時のガウディの愛称)、すごくおかしな家を作るのね! この辺の家と全く違うんだもの。」
それから五十年後、ガウディ作カサ・ミラ(一九〇六―一〇)の前で、この婦人は建築家と偶然出会った。昔の会話をガウディに思い出させると、
「そうそう、思い出しましたよ。御覧のとおり、ほかのものとは全く違う家を石で作り続けているのですよ。」

「後述するように、中等教育の低学年の成績からも、ガウディはできの良い子供でなかったと推定できる。勉強で人目にたつことはなかったはずである。体力にも恵まれず、病気でもあった。(中略)仲間と遊ぶこともできなかった。(中略)仲間はずれにされた。アウトサイダーでなければならなかった。ただおしだまり、子供たちの愉快な様子を眺める観察者でなければならなかった。」
「この少年に唯一残された道が手仕事であった。(中略)孤独にされ、観察者であることを強いられた少年は、自ら観察する目を養い、観念にとらわれぬ目、他人が気付かぬことに気付く目が徐々に形成されていったようだ。」
「彼は、この手仕事に自分の場を、自分にとって居心地の良い場所を発見した。この自分にとって適切な場を見い出し、それを熱心にやり通す生き方が、ガウディの生き方の特徴といえる。」

「「私が出来の悪い学生だったのでなく、悪かったのは私に合った教授がいなかったことだ。その証拠に、型通り学校を出た建築家たちがなしたことと私のなしたこととを比較すれば、私の方に軍配が上ることだろう。」」

「アウグスト・フォント教授の課題は、「中都市の霊園門」であった。ガウディは、霊園の雰囲気なくしてこの門は設計できぬと考え、壮大な葬儀模様を描くことから始めた。門そのものを設計せぬまま、しばらく欠席した。再び出席すると、教授がその図面を見、不要なことをするものだと怒ったため、ガウディは退席するしかなかった。こうして、この科目を落す。」



第三章より:

「問題の糸口さえわかれば、あとは独学で、最後の最後まで徹底し、探究の手を緩めることを知らないのが、ガウディであった。」

「得てして、ガウディ建築は無秩序で即興的な作品と見られがちだが、実際は、練りに練られた計算・研究・計画に基づいている。この計画性が彼の性格の反映でもある。」

「内気で、恥しがり屋で、引っ込み思案の性格は、(中略)愛する女性の前で特に顕著になった。それ故、食卓についても、一時もじっとしておれず、ビクつくようでさえあった。さらに、多弁で機知に富んだ会話もできず、お世辞を使って女性を持ち上げ、よわすほどの話じょうずでもなかった。もちろん、建築や自分の作品については、多く語ることができた。(中略)しかし、これだけでは女性にあきられる。それ故、フランス女性が建築に興味を示した時、ガウディはそれが嬉しく、自分が理解されたとまで思ったのである。要するに、ガウディは女性を扱う術を心得ていなかった。(中略)女性が一度でも否定的な態度をとれば、それで全てが終ったとガウディは思い、第二、第三の行動に出ることがなかった。(中略)これでは失恋しても仕方がない。」
「ガウディは結婚したくても、それができなかった。独身でいることには慣れている。(中略)女性を相手にせず、宗教で最善とされている独身を通せばよい。ガウディはそう決心した。(中略)晩年のガウディは、(中略)自分の独身でいる理由については、「自分には結婚する資質がなかった」とだけ答えている。」

「一八九四年の四旬節を契機に、ガウディは断食に入った。」
「ガウディは、ベッドに横たわったまま、一歩も動こうとせず、一切の食事を拒否した。」

「ガウディは、気転がきき、面白い発想もする。しかし、論理的に筋道をたてて話せる男ではなく、博学でもなかった。(中略)ちょっとでも会話に口を出せば、理論的で多弁な連中に言い負かされる。」
「上流社会の集いに参加しても、(中略)あでやかな女性たちに気のきいた会話ができるわけがない。(中略)楽しむどころか、(中略)じっと耐え、ただ気まずい思いだけをしたことであろう。
新しい生活を始めた時には、ただそれが新しいというだけで嬉しく、自分は新鋭のインテリで、上流社会に属す人間とさえ思えた。だが、時が経つにつれ、こうした集いに自分の居場所のないことを知る。不愉快なのに愉快そうに、面白くもないのに面白そうにしている自分を知る。ガウディは、無理をしている自分を知るようになった。」

「建築だけを通しても、ガウディが望んだものは得られるに違いない。(中略)一人でいられるのもいい。現場で職人と話すのも気が楽である。(中略)ここでなら、彼は全ての主役になれた。ここにこそ、ガウディにとって、最も居心地のよい場所が、彼を最大限に活かし得る場所があった。ガウディはこの自分の場所で生きようと思った。そう決心すると、インテリや上流社会の集いに無理に参加する必要もなくなった。」



第四章より:

「グエル公園の特色は、タイルで被覆された彩色建築にあろう。(中略)グエル別邸(一八八四―八七)では、平面のタイルで曲面のクーポラを被覆しなければならないという難問に直面し、タイルを割るという大発見をした。一見、たいしたことには思えないかも知れないが、建築用材として作られ、長年の伝統として使用されてきた既製品のタイルを割るということは、伝統への挑戦であり、伝統を根底から覆すことを意味した。正しく、発想の大転換であった。タイルを割り、その小片をモザイク風に使用するのである。」

「ガウディは、樹木が大地から自然に成長するように、そのように建築も作らなければならないと考え、立地条件を最大限に活用することを常套手段としていた。」

「ガウディが活躍した時代のバルセロナの建築条例は、それほど厳しくもなければ、量的に多いといえるものでもなかった。にもかかわらず、ガウディ建築は、違法建築としてたびたび物議をかもしだしたのである。」
「グエル公園は、一九〇〇年に着工され、建設中の三年後には建築家協会の訪問を受け、大衆にも知れ渡る作品となっていた。にもかかわらず、この作品は無許可の違法建築として建設が進められ、建築の許可申請を提出するのは、一九〇四年十月のことであった。グエルというバルセロナの重要人物が施主で、名声の確立したガウディが建築家であったからこそ、こうした違反が堂々と、しかも、公の抗議も受けずに許されたのであろう。」
「ちなみに、スペインにも日本の国宝兼重要文化財に相当する制度が存在する。これに指定されるためには、作品が作られてから百年経過していなければならない。しかしながら、ガウディ建築の場合、ほとんどの重要作品が一九六九年にこれに指定された。最も古い作品で八十四年しか経過しておらず、サグラダ・ファミリアなど未だに建設中である。ここでも、ガウディは制度を破ったのである。」

「着るものはいつも同じもので、着用不可能になるまで着た。着ているものが駄目になっても、自分で買いに行かず、古物市で古着を買ってきてもらった。見るのに耐え難くなった周囲のものたちが、ガウディに頼んで、新調の服に替えてもらったこともあった。」
「こんな服装で街を歩いたから、ガウディは物乞いに間違えられ(中略)ることもあった。(中略)ガウディはほとんど金をもって歩かなかった。金には無頓着になっていたのだ。」










































































細江英公 『ガウディの宇宙』

細江英公 
『ガウディの宇宙』

絵序詩: ジョアン・ミロ
序文: 瀧口修造

集英社
1984年9月25日 第1刷発行
1984年10月30日 第2刷発行
251p
30.2×30.2cm 
角背布装上製本 
本体カバー 貼函
定価15,000円
造本構成: 亀倉雄策



本書「撮影ノート」より:

「瀧口修造氏の序文は1977年5月にニコン・サロンで催した最初の「ガウディ展」のために寄せて下さった文章である。」


巻頭カラー図版(ミロによる絵序詩)1点、写真図版225点(うちカラー82点)、解説中参考図版(モノクロ)16点。


細江英公 ガウディの宇宙 01


函(表)。


細江英公 ガウディの宇宙 02


函(裏)。


細江英公 ガウディの宇宙 03


本体カバー。


細江英公 ガウディの宇宙 09


目次:

絵序詩 オマージュ《ガウディと瀧口修造へ》 (ジョアン・ミロ)
序文 現前するガウディ (瀧口修造)
まえがき 「ガウディ」の肉体と霊性 (細江英公)

図版
 グエル公園
 カサ・ミラ
 コロニア・グエル地下聖堂
 カサ・バトリョ
 カサ・カルベット
 カサ・ビセンス
 ベリェスガール
 グエル邸
 グエル別邸/テレーサ学院
 サグラダ・ファミリア

ガウディの作品と生涯 (ファン・バセゴダ・ノネイ)
生命ある造形のヴィジョン (入江正之)
撮影ノート (細江英公)



細江英公 ガウディの宇宙 08



◆本書より◆


「「ガウディ」の肉体と霊性」(細江英公)より:

「ガウディは、まず「サグラダ・ファミリア」の仏と「入我我入(にゅうががにゅう)」をしたのではないかと思ったりもした。「入我我入」とは、仏教の修業を積んだ高僧の魂が仏の中に入り、同時に仏が高僧の肉体に入る状態を指すこと、つまり人間と仏が一如することをいい、これこそ仏教徒が究極に求める境地であるが、私が仏教徒のためか、ガウディの有名な『人間は創造しない。発見するだけだ……』とか『全ては、自然によって書かれた偉大な書物を学ぶことによって生まれる。人間の造る作品はすべてにこの偉大な書物の中に書かれている……』といった言葉はきわめて仏教的に響くのである。
 さきに述べた「ガウディとは何か」、「ガウディの思想とは何か」、そして「ガウディの何に魅せられたのか」という3つの点について、私なりの結論がほぼ見つかったようである。第1については、ガウディはすべての作品の中に「入我我入」した魂をもつ巨大な肉体であり、第2の「ガウディの思想」とは、日本からみれば地球の裏側で発見されたもう一つの“禅”であり、第3の「何に魅せられたのか」とは、肉体の力強さと高貴さを信奉する写真家として当然の帰結であり、また仏教徒的直観からガウディの思想に共鳴したからである。」



細江英公 ガウディの宇宙 04


細江英公 ガウディの宇宙 05


細江英公 ガウディの宇宙 06


細江英公 ガウディの宇宙 07































































鳥居徳敏 『ガウディの建築』

鳥居徳敏 
『ガウディの建築』


鹿島出版会
1987年4月25日 第1刷発行
1989年1月20日 第3刷発行
xx 211p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,900円
装幀: 道吉剛



「まえがき」より:

「本書は, ガウディの全作品を年代順に紹介しながら, ガウディ建築として開花して行く道程を概観できる形式をとった。発展段階を把握しやすいように, 前述した三期――歴史主義、自然主義、幾何学主義――に各章を当て, 第Ⅳ章は, 全期にまたがるサグラダ・ファミリア聖堂とした。」
「視覚情報が本書の主要構成をなす。原作時の状況を示すため,  ガウディ図面とか, 当時の図版や写真で, できるだけ紹介できるよう努めた。」
「テキストや図版説明は, 視覚情報を補うものである。原則的には, 写真や図版だけでは不明な情報, たとえば, 建築主, 工期, 敷地, 用途, 構成, 構造・材料などの基礎資料を項目別に提供できるようにした。(中略)多少は楽しいエピソードとか, ガウディのデザイン手法なども挿入した。」



口絵カラー図版8p、17点。本文中図版(モノクロ)300点。


鳥居徳敏 ガウディの建築 01


カバーそで文:

「ガウディ建築の視覚情報を満載した研究者・旅行者向けのテキスト版! 前著『アントニオ・ガウディ』SD選書197の姉妹編として成る。」


目次:

口絵
バルセロナのガウディ作品案内図
まえがき

Ⅰ 第一期・歴史主義
 1 大学での課題設計, 1973-78
 2 助手時代の作品, 1873-83
 3 初期小作品, 1878-85
 4 マタロ労働組合社, 1878-85
 5 カサ・ビセンス, 1883-85
 6 キハーノ邸, 1883-85
 7 グエル別邸, 1884-87
 8 グエル館, 1886-90
 9 バルセロナ万博, 1888
 10 サンタ・テレサ学院, 1888-90
 11 アストルガ司教館, 1889-93
 12 ボティーネス館, 1892-93
 13 タンジール計画案, 1892-93
 14 グエル酒蔵, 1895-1901
 15 カサ・カルベット, 1898-1900
 16 ベリェスグアルド, 1900-05
Ⅱ 第二期・自然主義
 1 中期小作品, 1900-07
 2 グエル公園, 1900-14
 3 ミラーリェス邸の門, 1901-02
 4 栄光の第一秘跡, 1903-16
 5 ロベルト博士, 1904-10
 6 カサ・バトリョ, 1904-06
 7 パルマ・デ・マリョルカ大会堂修復, 1904-14
 8 カサ・ミラ, 1906-10
 9 大ホテル計画案, 1908
Ⅲ 第三期・幾何学主義
 1 ガウディ事務所, ?-1906
 2 サグラダ・ファミリア聖堂付属仮設学校, 1908-09
 3 コローニア・グエル教会堂, 1908-14
Ⅳ サグラダ・ファミリア聖堂
 1 構想
 2 地下礼拝堂, 1882-87
 3 会頭部外周壁, 1890-93
 4 御誕生の正面, 1893-1935
 5 御受難の正面
 6 栄光の正面
 7 内部構成

アントニオ・ガウディの年譜
図版出典
あとがき
索引




◆本書より◆


「パルマ・デ・マリョルカ大会堂修復」より:

「トーレス・ガルシア(1874-1949)は, パルマ・デ・マリョルカ大会堂で高窓とバラ窓のステンドグラス制作に協力したウルグアイ生まれの画家であった。その時のガウディの働きぶりをユーモアに描く。」
「「参考までに, ガウディは一度として時計をもたなかった。それ故, 彼と仕事を始める時間は知れるものの, いつ終わるのかは決してわからない。彼は仕事に燃えてしまい, 時は次から次へと去ってしまうのだ。時には, 朝から仕事を始め, 日の沈むのに気づくまで終わらないこともあった。しかし, その後に会話が続く, そうなると, 終わることを知らない。ガウディに胃があったかどうかは, 全くの疑問というべきである。」」



鳥居徳敏 ガウディの建築 02


「バルセロナ, グエル公園, 1900-14, 正門の二小館, 1906-08, クーポラ屋根外観。」


鳥居徳敏 ガウディの建築 04


「グエル館」より。


鳥居徳敏 ガウディの建築 03


「ベリェスグアルド, フィゲーラス邸」より「1階, 玄関・階段ホール」。


鳥居徳敏 ガウディの建築 05


「カサ・バトリョ増改築」より「正面図」。


























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本