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Fernand Khnopff et Vienne (1987年)

Fernand Khnopff
et ses rapports avec la Secession viennoise

Centre international pour l'étude du XIXe siècle et Editions Lebeer Hossmann, 1987
167pp, 27x24cm, paperback
Printed in Belgium


Bruxelles, Musées royaux des Beaux-Arts de Belgique,
2 octobre - 6 décembre 1987

Commissaires de l'exposition: Catherine De Croes, Gisele Ollinger-Zinque
Recherche, documentation et relations publiques: Danielle Derrey



1987年、ベルギー王立美術館で開催された「フェルナン・クノップフとそのウィーン分離派との関係」展の図録です。本文フランス語。
序文とカタログ解説の他にベルギーの詩人ヴェラーレン(ヴェルハーレン)によるクノップフ紹介文(「芸術家の横顔: フェルナン・クノップフ」)、「若きウィーン派」の作家ヘルマン・バールによる「分離派」論(仏訳)、美術評論家ルートヴィッヒ・ヘヴェシによるクノップフ論「フェルナン・クノップフ、ブリュッセルの超神秘主義者」(仏訳)、ウィーン分離派の画家ヨーゼフ・エンゲルハルトによる「クノップフ訪問記」(仏訳)を再録。巻末にオランダ語訳(カタログ解説を除く)が掲載されています。
カタログ図版: カラー36点、モノクロ71点。他にクノップフによるデッサン52点。参考図版(モノクロ)14点。フランス表紙。


khnopff et vienne 01


Sommaire:

Fernand Khnopff et les regards de Vienne (Philippe Roberts-Jones)
Silhouettes d'artistes: Fernand Khnopff (Emile Verhaeren)
Secession (Hermann Bahr)
Fernand Khnopff, le super-mystique de Bruxelles (Ludwig Hevesi)
En visite chez Khnopff (Josef Engelhart)

Catalogue (Catherine De Croes, Gisele Ollinger-Zinque)
 Du rôle éminent de Khnopff à Vienne et de ses participations aux diverses Secessions. Où il est prouvé que Khnopff est le principal inspirateur de l'oeuvre de Klimt
  1. D'après Joséphin Péladan. Le Vice suprême (1885)
  2. Avec Verhaere. Un ange 1889
  3. Avec Verhaeren. Un ange (c. 1889)
  4. Memories (1889)
  5. The Hour (1891)
  6. The Hour (1891)
  7. Un masque de jeune femme anglaise (1891)
  8. La Défiance 1893
  9. A Fosset. De l'eau immobile (1894)
  10. Des caresses 1896
 11. Sleeping Medusa 1896
  12. Les lèvres rouges (1897)
  13. Une violoniste (1898)
  14. Un page (1899)
 La maison de Fernand Khnopff
  15. Dessin des façades 31 mars 1900
  16. Face des murs de clôture développés sur les 2 avenues 18 mai 1900
  17. Plan du mur de clôture 1er juillet 1901
  18. Plan du rez-de-chaussée 31 mars 1900
  19. Plan des premier et deuxième étages 31 mars 1900
 Au commencement était le fard... Portraits et paysages
  20. La venue de l'aube à Fosset (c. 1882)
  21. De l'animalité (1885)
  22. Portrait de Simone Héger 1885
  23. Portrait d'Achille Lerminiaux 1885
  24. Portrait de Jeanne Kéfer 1886
  25. Portrait d'Yvonne Suys (1890)
  26. A Fosset. De la pluie (c. 1890)
  27. Paysage de bruyères (c. 1892)
  28. Portrait d'Ethel B. Strickland (c. 1892)
  29. Tête de femme (c. 1892)
  30. Portrait de Madame X (c. 1893)
  31. Etude de femme (c. 1895)
  32. Etude de femme (c. 1895)
  33. Portrait de la Princesse Théodule de Grammont Croy (1897)
  34. Portrait de femme (c. 1899)
  35. Portrait de la Comtesse Henri d'Oultremont (1899)
  36. Portrait de Marie Verdussen (1899)
  37. Une épaule (1899)
  38. Tête de femme (c. 1899)
  39. Portrait de la Baronne Fernand van der Bruggen (1900)
  40. Profil de femme (c. 1900)
  41. Un souvenir vénitien (c. 1901)
  42. Blanc noir et or (1901)
  43. Le col noir (c. 1906)
  44. Etude pour Passé (c. 1908)
  45. La belle au bois dormant (1909)
  46. Le reflet bleu (Etude) (1911)
  47. Le reflet bleu (1911)
  48. Le pommeau bleu (1912)
  49. Le pommeau bleu (1912)
  50. Les moulins de Bruges (1912)
  51. La cigarette (c. 1912)
  52. Tête de femme (c. 1912)
  53. Etude de femme (c. 1912)
  54. Un sortilège (c. 1912)
  55. Portrait d'homme, d'apres Memling c. 1914
  56. A Fosset. La bruyère rose (c. 1916)
  57. De la pluie sur la bruyère (c. 1916)
 Khnopff illustrateur
  58-60. Illustration pour Max Waller, Le Baiser, 1883
   58. Le Baiser 1883
   59. Max Waller. Le Baiser - Nouvelles, Bruxelles - Paris, Collection de La Jeune Belgique, 1883
   60. Cuivre pour l'edition de Max Waller. Le baiser
  61-63. Illustrations pour Edmond Picard, La Forge Roussel 1884
   61a. Le Procureur général
   61b. L'Ermite sur la terrasse
   62. Edomond Picard. La Forge Roussel, Bruxelles, Félix Callewaert Père, 1884
   63. Cuivres pour l'edition de Edmond Picard, La Forge Roussel
  64. Marque carrée de l'éditeur Edmond Deman (c. 1887)
  65. Profil de femme et une épée (1888)
  66-67. Illustrations pour Joséphin Péladan, 1888
   66. Joséphin Péladan. Istar. Paris, G. Edinger, 1888
   67. Joséphin Péladan. Femmes honnêtes. Paris, C. Dalou, 1888
  68-70. Illustrations pour la trilogie d'Emile Verhaeren: Les Soirs, Les Débâcles et Les Flambeaux noirs
   68. Emile Verhaeren. Les Soirs. Bruxelles, Deman, 1888
   69. Emile Verhaeren. Les Débâcles. Bruxelles, Deman, 1888
   70. Emile Verhaeren. Les Flambeaux noirs. Bruxelles, Deman, 1891
  71-72. Illustration pour Grégoire Le Roy, Mon cœur pleure d'autrefois, 1889
  73. La poésie de Stéphane Mallarmé (1892)
  74-75. Illustrations pour Georges Rodenbach
   74. Georges Rodenbach. Bruges-la-Morte. Roman. Paris, Flammarion, 1892
   75. Des souvenirs de la Flandre. Un canal (1904)
  76. Hommage à Camille Lemonnier - La Vie secrète (c. 1898)
  77. Hommage à Albert Giraud - La Guirlande des Dieux
  78. Le Maître de la terre (1910)
  79. Illustration pour Pol de Mont
  80. Les Aubes
   80a. Portrait de Verhaeren (c. 1917)
   80b. Le Drap noir ou La Mort d'Hérénien 1917
  81. Toute la Flandre. Les Plaines
   81a. Portrait de Verhaeren (c. 1915)
   81b. Le Meunier 1917
  82. Les Blés mouvantes
   82a. Portrait de Verhaeren (c. 1915)
   82b. La Mort qui fauche ou Les Ombres 1917
  83. Emile Verhaeren. Les Apparus dans mes chemins. Bruxelles, Lacomblez, 1891
  84. Illustrations pour Maurice Maeterlinck

Biographie
Bibliographie

Nederlandse vertaling
 Fernand Khnopff gezien door Weense ogen (Philippe Roberts-Jones)
 Kunstenaarsprofielen. Fernand Khnopff (Emile Verhaeren)
 Secession (Hermann Bahr)
 Fernand Khnopff, de Brusselse meester-mysticus (Ludwig Hevesi)
 Op bezoek bij Khnopff (Josef Engelhart)




◆本書より◆


「Fernand Khnopff, le super-mystique de Bruxelles」(Ludwig Hevesi)より:

「Khnopff est un romantique moderne d'un genre particulier. Un romantique de l'âge de l'hypnose.」

(クノップフは現代の特殊なロマン主義者――催眠術の時代のロマン主義者なのである。)


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「A Fosset. La bruyere rose」。


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「Un souvenir vénitien」。


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「Portrait de la Baronne Fernand van der Bruggen」。


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「Le pommeau bleu」。


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カットはクノップフのクロッキー帖より。

























































































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『夢人館 5 フェルナン・クノップフ』

「その支配の原理とは即ち、流れの止まった時間と、深い静寂の空間。そしてその祭壇には『自分には自分しかいない』と書き込まれていた。」
(宮澤政男 「静けさを求めて」 より)


『夢人館 5 
フェルナン・クノップフ』

企画・編集: 小柳玲子

岩崎美術社 
1990年6月15日 初版第1刷発行
71p 
30.5×25.5cm 
角背布装上製本 カバー 
定価5,980円(本体5,806円)
装幀・構成デザイン: 林立人
編集協力: 大西和男



作品図版52点(うちカラー46点)。本文中に参考図版(モノクロ)12点。「作品解説と解題」にサムネイル図版(モノクロ)51点、クノップフ署名7点、図版(モノクロ)2点。「年譜」に参考図版(モノクロ)14点。


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帯文:

「フォッセの
沢のせせらぎ
ブリュージュの
聖堂の鐘のひびき
世紀末ベルギーの
面影を 青い
密室に封印した

新企画の画集*夢人館―5
フェルナン・クノップフ

クノップフの憂愁と気品にみちた画業――
彼の作品はコレクター達が愛蔵し、
世に出すことを拒んでいたため、
画集と呼べるものはほとんどない。
この画集によって、謎めいた作品と画家
の生涯に、はじめて光があたった。」



内容:

夢人館・初夏 (小柳玲子)
夢の偽造法あるいはクノップフの「世紀末」 (西澤信彌)
静けさを求めて (宮澤政男)

作品
 1 フォッセにて――待機する歩哨
 2 シューマンを聴きながら
 3 ヴァン・デル・ヘヒト嬢の肖像
 4 テラスの上の隠者
 5 獣性
 6 シャルル・モース氏の肖像
 7 フォッセにて――夕暮れ
 8 女性の習作
 9 マリー・モノンの肖像
 10 マルグリット・クノップフの肖像 ※
 11 ジョルジュ・ローデンバックとともに――死都
 12 ド・ローツマレ嬢の肖像
 13 メモリーズ
 14 グレゴワール・ル・ロワとともに――私の心は昔に泣く
 15 ヴェラーレンとともに――天使 ※
 16 ジュール・フィリップソンの肖像
 17 沈黙
 18 フォッセにて――雨降り
 19 海近く ※
 20 捧げもの
 21 時間
 22 若い英国女性の頭像
 23 私は私自身に扉を閉ざす
 24 ダナイデス
 25 ステファヌ・マラルメの詩想
 26 ネーヴ氏の子供達の肖像
 27 不信(内気)
 28 ド・パウエル夫人の肖像
 29 フォッセにて――牧草地
 30 フォッセにて――樅の木の下で
 31 フォッセにて――澱み
 32 フォッセの風景
 33 青い翼 ※
 34 白樺
 35 眠れるメデュウサ
 36 愛撫
 37 ヴィヴィアン――王の詩
 38 赤い唇
 39 アクラシア ※
 40 秘密
 41 ブリュージュにて――教会
 42 フランドルの思い出――運河
 43 ブリュージュの思い出――ペギーヌ会修道院入口
 44 ブリュージュにて――正面玄関
 45―46 ストックレ邸の装飾計画
 47 みすてられた町
 48 黒いカーテンによる顔
 49 空想
 50 青い反映 ※
 51 サッフォ
 52 薔薇

作品解説と解題 (本江邦夫)
年譜 (西澤信彌 編)


※印はモノクロ図版です。



◆本書より◆


「静けさを求めて」(宮澤政男)より:

「フェルナン・クノップフは一八五八年フランドルのデンデルモンド市近郊の館(シャトー)で生まれる。彼はこの館には十歳のころまで祖父母をときおり訪ねたというが、まもなく館は取り壊される。」
「フェルナン・クノップフは、生後間もなくこの館からブリュージュへと引っ越し、六歳まで住むのだが、この間のことは「子供の頃の遠い、しかしはっきりとした思い出」として画家の心の中にいつまでも残っていたようで、作品のテーマとしてもしばしば登場する。
 当時のブリュージュはジョルジュ・ローデンバックの小説さながらの「死都」で、観光客さえも寄り付かぬ「みすてられた町」であったという。その後ブリュージュは工業化され、市当局がローデンバックの小説に異議をとなえるまでになる。一方、クノップフはこうしたブリュージュの近代化による変化を見ないようにと、この街を通るときは暗いサングラスをかけて通ったという。」
「一九〇〇年に完成したクノップフ邸は、ブリュッセル市のラカンブルの森の入口付近(中略)にあった。画家の死の数年後には壊されてしまったこの家は、当時としてもいかにも芸術家かなにかの住んでいそうな、一風変わった雰囲気の家であったという。」
「廊下の延長線上のどこからもよく見える壁には、ティファニーのガラスの台の上に眠りの神ヒュプノスの頭像の置かれた祭壇が設けられていた。耳の位置に翼を付けた若者の顔として表されるヒュプノスは、クノップフの作品にしばしば描かれるだけでなく、画家の家自体を支配する神であった(中略)。その支配の原理とは即ち、流れの止まった時間と、深い静寂の空間。そしてその祭壇には『自分には自分しかいない』と書き込まれていた。この言葉は、(中略)彼の生き方そのものをも表している。晩年の一時期以外独身であったことは別にしても、自らの描き出す世界の中に、歳も取ることなく生き続ける画家には、確かに自分以外必要なかったのかもしれない。クノップフは言う「私は自分の世界をつくり、その中を散歩するのだ」。」
「ナルシシズムということについては、フランスの画家ギュスターヴ・クールベのナルシシズムが自信家の伊達男のそれで、結果的には女性指向のダンディズムだとするなら、クノップフも日常生活のなかで英国流のダンディーを旨としていたものの、その根源にあったのは、自己還元的なナルシシズムで、自分にしか美しさを見出さないどころか、他者の美しさの中にも自らのそれを二重写しにしてしまうような性格のものであった。」




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「私は私自身に扉を閉ざす」より。


「作品解説と解題」(本江邦夫)より:

「詩人であり画家でもあったダンテ・ガブリエル・ロセッティの妹クリスチナ・ジョージナ・ロセッティ(一八三〇―九四)の詩「だれが私を解き放つ」(一八六四年)から霊感をえたもの。一八九一年、クノップフははじめてイギリスに滞在し、ラファエル前派、とくにバーン=ジョーンズ、ハント、ロセッティと親交を結ぶ。クノップフの題名に関係する二連がある。「他のものはすべて私の外にある/私は扉を閉ざし、閂をかける/騒がしさ、退屈、遊び人に//私は私自身に扉を閉ざす/そして閂をかける、けれどもだれが/私を守ってくれるだろう、いちばん嫌いな私自身から」。ここにあるのは、自分自身からも見捨てられた孤立であり、純粋に精神的な領域への憧憬である。ひょっとしたら、それは死によって可能となるのかもしれない。画面を支配するかのような位置にある、「眠り」の擬人像ヒュプノス――これはクノップフ自身の持物――はタナトス(死)の兄弟である。最愛の妹マルグリットをモデルにした若い女性が頬杖をついているのは、あるいは棺桶かもしれない。彼自身隠者めいた生活を、ブリュッセルの町中で送っていたクノップフの、これは魂の風景そのものともいうべき作品である。」


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「ブリュージュにて――正面玄関」より。


「作品解説と解題」(本江邦夫)より:

「それにしてもなんという人気のなさだろう。そして、また地面はひそかに侵食してくる海のようにかすかに波だってはいないだろうか。」



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「赤い唇」。




























































































『フェルナン・クノップフ展』 (1990年)

『フェルナン・クノップフ展』
Fernand Khnopff


監修: 木島俊介
デザイン: 浅井潔
制作: アイメックス
発行: 東京新聞
1990年
217p 
27×22.7cm 並装 カバー


東京展
1990年6月8日―7月8日
Bunkamura ザ・ミュージアム

姫路展
1990年7月14日―8月12日
姫路市立美術館

名古屋展
1990年8月18日―9月30日
名古屋市美術館

山梨展
1990年10月7日―11月11日
山梨県立美術館



主催者による序言より:

「19世紀末ヨーロッパの美術界では印象派の画家たちが、明るい日差しのもとで、日常風景の一瞬を活写し、人々の注目を集めていた同じ頃、ひそやかに、人間の内面に潜む神秘的な魂の世界を描き出そうと努めた象徴主義絵画運動がありました。
 この運動は、背景に19世紀中葉に起きた産業革命があり、これによりもたらされた物質文明への反発として起こりました。物質至上主義の豊かな生活のなかで次第に失われていく感性に不安を抱いた彼らは現実と日常の合理主義から逃れて、独自の耽美的な幻想の世界を求めて内なる旅へと乗り出したのです。
 フランス象徴派のモローに傾倒し、ラファエル前派のバーン=ジョーンズと親交を結び、ウィーン分離派のクリムトに影響を与えたベルギー象徴派の代表的画家フェルナン・クノップフは、この運動の中心的存在でありました。
 フランスやベルギーの詩壇を中心に広がっていった象徴派の美学に共鳴し、古代神話や中世の文学、象徴詩などから霊感を得た彼は、そこにある理念や内面の情緒を神秘と幻想のイマージュを通して、暗示的に表現しました。そして、魂の風景とも言うべき多くの傑作を残したのです。
 本展は、ベルギー王立美術館など世界各国の美術館、個人所蔵家の協力を得て、フェルナン・クノップフの代表作120余点を我が国で初めて一堂に展観するものです。」



巻頭にクノップフ肖像写真1点。「覚めた鏡、水色の花」に参考図版(モノクロ)6点、「クノップフの聖杯探求」に参考図版(モノクロ)15点、「芸術家のシルエット: フェルナン・クノップフ」に参考図版(モノクロ)5点。「カタログ」にカラー図版123点、モノクロ図版19点、参考図版(モノクロ)16点。


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内容:

〔無題〕 (主催者/Organisateur)
Remerciements

覚めた鏡、水色の花 (木島俊介)
Le miroir qui s'eveille, la fleur couleur d'eau (Shunsuke Kijima/Traduit du japonais par Sumie Takahashi)
クノップフの聖杯探求 (西澤信彌)
La quete du Graal chez Fernand Khnopff (Shinya Nishisawa/Traduit du japonais par Michikazu Tamai)
芸術家のシルエット: フェルナン・クノップフ (エミール・ヴェラーレン/小池寿子 訳)
Silhouettes d'artistes: Fernand Khnopff (Emile Verhaeren)

カタログ (カトリーヌ・ド・クロエス、ジゼル・オランジェ=ザンク/小池寿子、荒川裕子、速水豊 訳)
Catalogue (Catherine de Croes, Gisele Ollinger-Zinque)
 1 エドモン・クノップフ夫人の肖像 1882年
 2 灯下の女(読書) 1882年頃
 3 フォセの夜明け 1882年
 4 シューマンを聴きながら 1883年
 5 ジャンヌ・ケフェルの肖像 1885年
 6 エミリー・ツェルステヴェンスの肖像 1885年頃
 7 イザベル・ツェルステヴェンヌの肖像 1885年頃
 8 マリ・モノンの肖像 1887年
 9 マルグリット・クノップフの肖像 1887年
 10 女性習作 1887年頃
 11 マドレーヌ・マビーユの肖像 1888年
 12―15 〈記憶〉のための習作 1888―89年
 16 ヴェラーレンとともに――天使 1889年
 17 天使 1889年
 18 ヴェラーレンとともに――天使 1889年
 19 ジョルジュ・ローデンバックとともに――死都 1889年
 20―22 グレゴワール・ル・ロワとともに――我が心は過去に涙す 1889年
 23 女スフィンクスのための習作 1989/92年
 24 ジュール・フィリプソンの肖像 1890年
 25 フォセをよぎる雲 1890年
 26 フォセにて――雨 1890年頃
 27 海の近く 1890年
 28 沈黙 1890年
 29 女性習作 1890―92年頃
 30 女性習作 1890―92年頃
 31 孤独(三幅対)
  a アクラシア 1890―91年頃
  b 孤独 1890―91年頃
  c ブリトマール 1894年
 32 フォセの風景 1890―95年頃
 33 第8回「二十人会」展のポスター(部分) 1891年
 34 一日の終り 1891年
 35 時 1891年
 36 若いイギリス女性の顔 1891年
 37 若いイギリス女性の顔 1891年
 38 捧げもの 1891年
 39 孤独 1891年
 40 蔵書票: 自分ニ 1892年
 41 蔵書票: 自分には自分しかいない
 42 フォセにて――ヒースの野 1892年
 43 ステファヌ・マラルメの詩より 1892年
 44 よろいを着けた騎士 1892年頃
 45 エセル・B. ストリックランドの肖像 1892年
 46 イザベルの肖像 1893年
 47 内気 1893年
 48 ネーヴ氏の子供たち 1893年
 49 X夫人の肖像 1893年頃
 50 青い翼 1894年
 51 時ハ過ギ、人ハソノ責ヲ負ウ 1894年
 52 巫女(シビュラ) 1894年
 53 フォセの風景 1894年頃
 54 アラム百合 1895年
 55 愛撫 1896年
 56 眠れるメドゥーサ 1896年
 57 女性習作 1896年
 58 ボット夫人の肖像 1896年
 59 赤い唇 1897年
 60 仮面 1897年
 61 フォセの橋 1897年
 62 香 1898年
 63 香 1898年
 64 ヴァイオリニスト 1898年
 65 香 1898年
 66 肩 1899年
 67 仮面 1901年 (ドライポイント)
 68 奏楽する女 1899年
 69 アンリ・ドールトルモン伯爵夫人の肖像 1899年
 70 フランツ・フィリプソン夫人の肖像 1899年
 71 女性の肖像 1899年頃
 72 フェルナン・ヴァン・デル・ブルッヘン男爵夫人の肖像 1900年
 73 エドモン・クノップフ夫人の肖像 1900年頃
 74 女性の横顔 1900年頃
 75 クノップフ邸
  a 正面玄関デwッサン 1900年3月31日
  b 一階のプラン 1900年3月31日
  c 二階と三階のプラン 1900年3月31日
  d 二つの通りに面した囲い壁 1900年5月18日
  e 囲い壁のプラン 1901年7月1日
 76 白、黒、黄金 1991年
 77 ヴェネツィアの思い出 1991年頃
 78 ヴェール 1902年 (ドライポイント)
 79 秘密 1902年頃
 80 尊者アルウィン 1903年 (ドライポイント)
 81 ブリュージュにて――教会 1904年
 82 尊者アルウィン 1903年頃
 83 カーテン 1904年 (ドライポイント)
 84 ブリュージュの思い出――ペギーヌ修道院入口 1904年
 85 フランドルの思い出――運河 1904年
 86 フランドルの思い出――運河 1904年
 87 見捨てられた町 1904年
 88 ブリュージュにて――正門 1904年
 89 カーテン 1904年
 90 鈴(道化) 1905年 (ドライポイント)
 91 褐色の瞳と青い花 1905年
 92 イゾルデ 1905年
 93 メリザンド 1907年
 94 イダの肖像 1908年
 95 女性習作 1908年頃
 96 神秘的な女性 1909年頃
 97 裸体習作 1910年頃
 98 裸体の女王 1910年頃
 99 裸体習作 1910年頃
 100 裸体習作 1910年頃
 101 リジイアⅠ 1910年頃
 102 《青い反映》習作 1911年
 103 青い柄頭 1913年
 104 薔薇 1912年
 105 煙草 1912年頃
 106 サッフォー 1912年頃
 107 オルフェ 1913年
 108 失寵 1914年頃
 109 フォセにて――薔薇色のヒース 1916年頃
 110 フォセにて――月の光 1916年頃
 111 雪の中で 1916年頃
 112 裸体習作 1916年頃
 113 女性の顔 1918年頃
 114―118 マルグリット・クノップフの写真 1888―89年頃 (写真)
 119 マルグリット・クノップフの写真 1890年頃 (写真)
 120―122 マルグリット・クノップフの写真 1900年頃 (写真)
 123 マックス・ワラーの著作のための挿絵 1883年
 124―125 ジョゼファン・ペラダンの著作のための挿絵 1888年
 126 ポル・ド・モンの著作のための挿絵 1880―98年
 127 ジョルジュ・ローデンバックの著作のための挿絵 1892年
 128 モーリス・マーテルランクの著作のための挿絵 1920年
 129 エドワード・バーン=ジョーンズ作 女性習作 1890年

年譜
Bibliographie (参考文献)
Expositions (展覧会歴)



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◆本書より◆


「覚めた鏡、水色の花」(木島俊介)より:

「フェルナン・クノップフは、19世紀のロマンティックの雰囲気の中に生き、象徴派の芸術家のグループの周辺にあって生涯を閉じているように見えている。フロベールを識り、ボードレールを識り、ドラクロワとモローを見て芸術の世界へと入って来た。生涯で最も好んだ詩人はマラルメであったとも伝えられている。
 しかしながら私には、彼の作品はむしろ、テオフィル・ゴーチエやルコント・ド・リールの詩を想わせる。つまり「高踏派(パルナッシエンヌ)」の詩境に近いと感じられるのだ。ボードレールは、現実と理念とを照応させるとは先に述べたが、マラルメもなた軽蔑にあたいする現実の束縛とユートピア的な理念のはざまにあって、苦悩しつつ言葉を生んだのではなかったか。だが「高踏派」の詩人たちは、実生活の災禍から逃避して、というよりも、ナルシスティックなまでに自己を守護しつつ、時間も空間をも超越したポエジーによって、そこから超脱しようと決意した者たちなのであった。」



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「海の近く」。


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「沈黙」。


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「女性習作」。


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「孤独(三幅対)」。


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「眠れるメドゥーサ」。


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「見捨てられた町」。


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「神秘的な女性」。


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マーテルランク『ペレアスとメリザンド』のための挿絵。


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「マルグリット・クノップフの写真」。



◆感想◆


クノップフは自ら撮影した妹マルグリットの写真(上掲図版上段)を元に大作「メモリーズ(記憶)」(パステル、1889年)を制作しました(「メモリーズ」は「極めて破損しやすい状態にあるため」、この展覧会には出品されていません)。そこに描かれている七人の人物はすべてさまざまなポーズをとるマルグリットをモデルにしたものです。


本書「カタログ」より:

「7という数字は、一週間の7日、7つの惑星、完徳への7段階、シャーマニズムにおける宇宙と犠牲の7本の木の枝に対応する。7という数はまた、ひとつの環が完成した後の変化や実質的な再会を意味している。」


Memories (Lawn Tennis) by Fernand Khnopff (1858-1921). 1889. Pastels on paper. 127 x 200 cm


「メモリーズ(記憶)」(1889年)。


ところで、同一モデルによって何人もの人物を同一画面に描く、というやり方は、クノップフが私淑していたバーン=ジョーンズ(本展カタログ番号 129 のデッサンはクノップフがバーン=ジョーンズから贈られて部屋に飾っていたものです)が、一人のイタリア人女性をモデルに描いた群像「黄金の階段」(The Golden Stairs, 1872-80)ですでに実践しています。このデュシャンの「階段を降りる裸体」を予見しているといってもよい絵から、〈動き〉の要素を取り去って平面化(脱ヒエラルキー化)すれば、クノップフの「メモリーズ」になります。
「海の近く」にみられる透明な球体(ここではたぶんシャボン玉)も、バーン=ジョーンズの絵に繰り返し現れます。バーン=ジョーンズの場合は〈世界〉、あるいは世界を映し出す小宇宙としての水晶玉ですが、それはむしろコクトーの〈しゃぼん玉〉のように、全世界を映し出しながらも〈世界=外界〉は決してその中に入ることができない、自閉的な自己=モナドを象徴するオブジェなのではないでしょうか。なによりもバーン=ジョーンズは眠り(あるいは自閉的な無為)を好んで描いた画家でした。周知の神話や伝説をプレテクスト(口実)として、いわば自閉症者の理想的な自己実現であるところの離人症(ディスコミュニケーション)状態を描いたといってよいですが(自らが創出したイメージを外界の現実と置き換える実践的自己愛者としての「ピュグマリオン」や、外界を頑なに拒絶して眠り続ける「いばら姫」。ところで自閉というのは何か悪いことのように世間では考えられていますが、今後はそのような偏見(というか差別)はなくなってゆくことと思われます)、クノップフはそのようなプレテクスト(言いわけ)さえもきれいさっぱり取り去ってしまいました(前述の、球体が〈世界〉のシンボルであるというのもまた一つの言いわけに他ならないです)。彼らがめざしたのは、リルケふうにいえば「あらかじめ失われ」てしまった〈黄金時代〉を取り戻すこと、あるいはそれが不可能ならばそれを〈偽造〉すること。たとえニセモノだとしても、ホンモノだと信じればホンモノになる、それが自閉症者の魔術的レアリズムです。


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『ベルギー象徴派展』 (東京国立近代美術館 1982年)

『ベルギー象徴派展』
Symbolisme en Belgique


編集: 東京国立近代美術館/穴沢一夫/本江邦夫
デザイン: 浅井潔
制作: 美術出版デザインセンター
発行: 東京新聞
1982年
147p
27×24cm 並装


1982年11月12日―1983年1月23日
東京国立近代美術館

1983年2月5日―3月21日
兵庫県立近代美術館

1983年4月1日―4月24日
北海道立近代美術館



本カタログ「あいさつ」より:

「この展覧会は、ウィールツにはじまり、クノップフ、デルヴィルをへて、デルヴォーに至る同派の代表作家18名の主要作品120余点により、ベルギー象徴主義絵画の系譜をたどるとともに、その今日的意義を見極めようとするものであり、わが国で初めての重要な企画であるといえましょう。」


出品作図版121点(うちカラー49点)、参考図版57点。


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内容:

あいさつ (安達健二・加藤巳一郎)
Préface (Kenji Adachi, Miichiro Kato)
メッセージ (ベルギー国フランス語共同体文化大臣 フィリップ・ムロー)
Message (Philippe Moureaux)

象徴主義の理解のために (穴沢一夫)
象徴主義と沈黙の諸形式 (フィリップ・ロベール=ジョーンズ)
仮面劇――クノップフ、三島そしてナルシシスム (フランス・ベンデルス)
Le symbolisme et les formes du silence (Philippe Roberts-Jones)
Mascarade: Khnopff, Mishima et le narcissisme (Frans Boenders)

カタログ (カトリーヌ・ド・クロエス)
 アントワーヌ・ウィールツ
  1 悪の天使 1839年 (カラー)
  2 イヴ 1839年 (カラー)
  3 麗しのロジーヌ 1847年 (カラー)
  4 小説を読む女 1853年 
  5 薔薇の蕾 1864年 (カラー)
 フェリシアン・ロップス
  6 毒麦をまくサタン 1867年 (カラー)
  7 操り人形をもつ婦人 1877年 (カラー)
  8 娼婦政治家 1878年 (カラー)
 シャルル・ヴァン=デル=スタッペン
  9 スフィンクス (制作年不詳)
 グザヴィエ・メルリ
  10 水車小屋の怪談 (制作年不詳)
  11 待つ (制作年不詳)
  12 夕の夢 (制作年不詳)
  13 夕の祈りのあとで (制作年不詳) (カラー)
  14 ペギーヌ会修道女たちの祈り (制作年不詳)
  15 ランプの下で読書するペギーヌ会修道女 (制作年不詳)
  16 秋 (制作年不詳) (カラー)
  17 目覚め (制作年不詳) (カラー)
  18 ダンス (制作年不詳)
  19 不死 1907年 (カラー)
  20 家族 (制作年不詳)
 ジュリアン・ディレンス
  21 ミネルヴァ 1892年
  22 アレグレット 1892年
 エミール・ファブリ
  23 奉納 1884―86年頃 (カラー)
  24 許嫁 1894年 (カラー)
  25 パンと葡萄酒 (制作年不詳) (カラー)
  26 処女 1912年 (カラー)
 レオン・フレデリック
  27 アトリエの内部 1882年
  28 人々はいつの日か日の出をみるだろう 1891年
  29 三位一体 1892年
  30 花束と少女 1893年
  31 流れ――湖、澱み 1897―98年 (カラー)
  32 流れ――氷河、奔流 1898―99年 (カラー)
  33 月の光 1898年 (カラー)
 フェルナン・クノップフ
  34 女性習作 1887年頃 (カラー)
  35 ジョルジュ・ローデンバッハとともに――死都 1889年 (カラー)
  36 ヴェラーレンとともに――天使 1889年 (カラー)
  37 海の近く 1890年 (カラー)
  38 私は私自身に扉を閉ざす 1891年 (カラー)
  39 奉納 1891年
  40 アクラシア 1890―94年頃
  41 プリトマール 1894年
  42 エセル・B・ストリックランドの肖像 1892年頃
  43 女性習作 1895年頃
  44 愛撫 1896年 (カラー)
  45 赤い唇 1897年 (カラー)
  46 女の顔 (カラー)
  47 ブリュージュの思い出――ペギーヌ会修道院入口 1904年 (カラー)
  48 フランドルの思い出――運河 1904年 (カラー)
  49 ブリュージュにて――教会 1901年 (カラー)
  50 みすてられた町 1904年 (カラー)
  51 茶色の瞳と青い花 1905年 
  52 リジェイア 1910年頃
  53 失寵 1914年頃 (カラー)
 アルマン・ラッサンフォッス
  54―65 『悪の華』のための挿画 1898年
  66 レスボスの島 a 1898年
  67 レスボスの島 b 1898年 (カラー)
 コンスタン・モンタルド
  68 巣 1893年
  69 天国の庭 1904年 (カラー)
  70 霊感の泉 1907年 (カラー)
  71 裸婦 1929年
  72 ミューズたちの前のオルフェウス 1938年 
 アルベール・チャンベルラーニ
  73 青年 1898年 (カラー)
  74 オフェリア 1900年頃
 ジョルジュ・レメン
  75 ピアノを弾く婦人 (制作年不詳)
  76 ロイ・フラー (制作年不詳)
 ウィリアム・ドゥグーヴ=ド=ヌンク
  77 血の沼 1891年
  78 夜の天使たち 1894年 (カラー)
  79 運河 1894年 (カラー)
  80 ヴェネチアの中庭 1895年 (カラー)
  81 夜の効果 1896年 (カラー)
  82 旅の夢 1899年
  83 ソレルのオレンジ畑 1901年
  84 巴旦杏の畑 1902年
  85 ル・ピュイ・マジョール、マジョルカ島 1902年 (カラー)
  86 インスブルックの眺め 1905年
 エミール・ベルクマンス
  87 たそがれに 1903年
  88 幻想 1903年 (カラー)
  89 別れ (制作年不詳)
  90 幻影 (制作年不詳)
  91 恋するケンタウロス (制作年不詳)
 ジャン・デルヴィル
  92 トリスタンとイゾルデ 1887年
  93 情念の渦 1890年
  94 スチュアート・メリル夫人の肖像 1892年 (カラー)
  95 婦人の横顔 1894年 (カラー)
  96 ドドナの神託 1896年
  97 魂の愛 1900年 (カラー)
 アルチュール・クラコ
  98 蘭 1896年
  99 メドゥーサ 1898年頃
 ジョルジュ・ルブラン
  100 過ぎる人 1900年頃
  101 ストーブの上のコーヒー沸し 1903年
  102 大きな生垣(薔薇色の雲) 1903年
  103 リンブルク・アン・デア・ラーンの城壁の上で 1904年
  104 雨の夕暮、リンブルク・アン・デア・ラーン 1905年 (カラー)
  105 耕された畑 1906年
  106 ラ・オート・ファーニュ 1914年
 ポール・デルヴォー
  107 ガラテイアとアーキス 1934年
  108 娼婦たち 1941年
  109 ふたつの時代 1941年
  110 占星術を讃える(断片) 1941年
  111 夜の庭園 1942年 (カラー)
  112 自然誌博物館 1942―43 
  113 夜の美女達 1962年 (カラー)
  114 常夜灯Ⅲ 1962年 (カラー)
  115 桟敷 1964年
  116 思慮深い乙女たち 1965年 (カラー)
  117 騒がしい女たち 1968年
  118 夢 1975年
  119 嵐Ⅰ 1948―78
  120 嵐Ⅲ 1948―78
  121 醜い男Ⅱ 1948―78

反復と差異 (本江邦夫) 

関連事項・人名解説
対比年表
Bibliographie sélective




◆本書より◆


「仮面劇――クノップフ、三島そしてナルシシスム」(フランス・ベンデルス)より:

「すでに指摘したとおり、クノップフのナルシシスムは、個人神話を頑強な論理で捏造して偶然を廃棄しようとする意志にある。」
「クノップフのナルシシスムは、――地上の楽園に――存在したはずの統一体を求める情熱的探究以外の何ものでもない。(中略)彼の絵画の多くに見られる両性具有は、美の理想ばかりか、同時に倫理上の理想をも具現している。すなわち、男性あるいは女性に固有の限界を廃止して、両性を自らのうちに一体化する存在となることだ。」
「こうした光に照らしてみると(中略)クノップフのナルシシスムは「自分自身」の中に根源の統一体を実現しようとする画家の企てと映じてくる。するとクノップフの金言、「自分には自分自身しかない」がよくわかってくる。感覚で知覚できるような世界から退出することは、統一体の追求に必要欠くべからざる付帯行為なのだ。」
「ナルシシスムは無数の形をとって出現する。そうして姿を現わしたものはどれも、フェルナン・クノップフの絵画中にたやすく見てとれる。フロイトが論じる胎児性ナルシシスムは《海の近く》に現われる。胎児はナルシシストにとって理想的なイメージとなる(ついでに言っておけば、ほぼ同じ理由で道教の道士の理想でもある)。環境の変化に応じて自動的に均衡を維持する状況の中に生きており、胎児にとって欲求は、ただちに満たされているという意味で、存在しない。胎児は完璧な寄生物で、欲望を知らず、ちょうど欲望の充足につづく弛緩のようである。胎児は永遠の均衡の中に生きている。ナルシシストはこの完璧な自立と、全能と、そして絶対的自己充足の状態にあこがれる。なぜなら胎児は、事実、ひとつの宇宙に君臨する唯一にして全能の君主であるから。そしてその宇宙とは、胎児を包み込んで閉じているから――クノップフの作品中で円環や球形がしめる位置を考えていただきたい――胎児が知っているただひとつの宇宙なのだ。胎児は愛されたいという欲求を知らない。それは自分自身と完全に一体化しており、完璧に自分自身を愛しているからだ。彼には時が存在しない、ゆえに不死であり永遠であり、まるで海のようである。
 このナルシシスムは、言葉が誕生する以前の、特権的で稀有な状態への郷愁であり、クノップフのかなりの作品にひそんでいて、そこで思い出のはたす役割の大きさは、《思い出》、《ブリュージュの思い出》というふうに題にまで現われている。ナルシシストは欲望の対象と非常に特異な関係をむすぶ――つまり彼は対象と一体化しようとする――のだが、鏡を介在させ、「光輝ある孤立」の中で自己が自分自身とのあいだにむすぶ関係が照らし出されるような状況にも、そのような関係が認められる。(中略)おのれ自身に閉じ込められた自己というのは、《私は私自身に扉を閉ざす》によって典型的に示されている。いっぽう失われた楽園への郷愁のほうは、理想化されたブリュージュのイメージにたやすく見透せる。それらすべてに含まれるのは、堪えがたくなり果てた現実を、侮蔑の対象であるかのようにもう金輪際遠ざけさせるといった、ナルシシスト的態度をあきらかに意識した選択である。成年に達してから、フェルナン・クノップフは愛する町ブリュージュを再び目にすることを頑固に拒んだが、それというのも失望するかもしれないという思いが彼を不安がらせていたからだ。運命によってその地に赴く必要にせまられたとき、彼は入念にもサングラスをかけてから、車で町を走りぬけた。」
「ナルシシストは自己充足したがる傾向をもつが、快楽を、それだけとは言わないまでももっぱら内面の心理的過程において、つまり外界がしめ出され、かつ心的エネルギーの展開のみに頼る精神活動において追求する。ナルシス的存在がつくりだす芸術は、まず制作者自身に向けられているのだ。このことはクノップフが自分に書込む標語〈MIHI〉――私のもの、私のため――がはっきりと宣言している。(中略)ともかく「自分には自分自身しかない」。」
「クノップフにとって、どんな客観性の美学も美につながらない。レアリスムとは、現実の触手に汚され、老朽やぺてんとの接触で傷だらけになった事物を蓄積するのみだから。美は内部を見つめることによってしか生れえないのだ――だが実際、何の内部なのか。現実のではなく、象徴の内部、世界のではなく、世界のイデアの内部である。」



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グザヴィエ・メルリ「秋」。


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グザヴィエ・メルリ「不死」。


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レオン・フレデリック「聖三位一体」。


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ウィリアム・ドゥグーヴ=ド=ヌンク「運河」「ヴェネチアの中庭」。

























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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