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Martin Harrison and Bill Waters 『Burne-Jones』 (Second edition)

「'One of the hardest things in the world is to determine how much realism is allowable in any particular picture. ( . . . ) For instance, I want a shield or a crown or a pair of wings or what not, to look real. Well, I make what I want or a model of it, and then make studies from that. So that what eventually gets on to the canvas is a reflection of a reflection of something purely imaginary.'」
(Burne-Jones)


Martin Harrison
and Bill Waters 
『Burne-Jones』


Barrie & Jenkins Ltd, London
First published 1973
Revised impression 1977
Second edition, updated and revised 1989
Fist paperback edition 1989
xvi, 213pp, 29.4x23.7cm, paperback

Text by Bill Waters, with additional research and sections on stained glass by Martin Harrison.
Revisions to appendices and bibliography for second edition by Sabrina Harcourt-Smith.



マーティン・ハリソン、ビル・ウォーターズ共著『バーン=ジョーンズ』。初版は1973年刊、本書は1989年改訂第2版のペーパーバック版です。
カラー図版51点、モノクロ図版281点。


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Contents :

List of illustrations
List of colour illustrations
Introduction
Acknowledgements

1 Youth
2 Oxford
3 Rossetti
4 Foundation of the Firm
5 Towards the Aesthetic Movement
6 Italy
7 Acclaim
8 Avalon
9 Influence

Appendix 1 : Select list of stained-glass windows designed by Burne-Jones
Appendix 2 : Public collections containing works by Burne-Jones
Select Bibliography
Index



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◆本書より◆


「Introduction」より:

「Burne-Jones stands for a type of introspective analysis that is certainly pre-Freud ( . . . ). He stumbled upon a method of visual metaphor and used it in a profound and integrated way. His imagery is that of the unconscious mind, ( . . . ) he ( . . . ) reaches the vocabulary of the unconscious itself.」
「Burne-Jones sought to strike a deeper psychological level and began to design paintings which had greater universality. ( . . . ) he rejected the intimate level of communication and couched his archetypal motifs in a universal language.」


(バーン=ジョーンズはフロイトに先行する内観分析の一つのタイプの現れである。彼は視覚的暗喩(visual metaphor)の方法を偶然発見し、十全に駆使した。彼の心像は無意識の発現であって、彼は無意識それ自体に語らせたのだ。
バーン=ジョーンズは深層心理を探り当てようとし、より大きな普遍性をもった絵画を目論んだ。彼は個人的なレヴェルのコミュニケーションのを斥け、元型的なモチーフを普遍言語によって表現した。)


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バーン=ジョーンズが子供のころに描いた絵。


「Chapter One: Youth」より:

「When in later lilfe an artist told him how, as a child, he never felt unhappy when alone, Burne-Jones replied:
'Ah, that was because you could draw. It was the same with me. I was always drawing. Unmothered, with a sad papa, without sister or brother, always alone, I was never unhappy, because I was always drawing. And when I think of what made the essence of a picture to me in those days it's wonderful how little I have stirred. I couldn't draw people, of course, but I never failed to draw mountains at the back of everything just as I do now, though I'd never seen one.'
There was a therapeutic necessity in his drawing, his insecurity led to restless nights with bad dreams, and in drawing the inventions of his vivid imagination he hepled to release the tension resulting from his maladjustment. This is the subsequent role and character of the art of Burne-Jones; its singular autobiographical nature and passionate involvement indicate the part it played in his life.」


(のちにある画家が彼に、自分は子どものころひとりぼっちでもさみしいと感じたことはなかったと言うと、バーン=ジョーンズはこう応じた。
「ああ、それは君が絵を描くことができたからだよ。僕もそうだ。いつも絵を描いていた。母親はいないし(母親はバーン=ジョーンズが誕生して間もなく死亡)、父親は悲しみに暮れているし、兄弟姉妹もいなくて、いつもひとりぼっちだったけれど、いつも絵を描いていたからちっともさびしいとは思わなかった。絵を描くことで心の動揺を抑えることができた。人物は描けなかったけれど、背景に山を描くことは忘れなかった、山なんて見たことはなかったんだけどね。」
不安感ゆえに夜は悪夢にうなされていた彼にとって、絵を描くことにはセラピー効果があった。あざやかな想像力が生み出すものを絵に描くことは、適応障害ゆえの緊張感を解消する手助けになった。その特異な自伝的性質や情熱的な没頭からもわかるように、これはその後もバーン=ジョーンズの芸術が彼の人生において果たす重要な役割であり続けた。)


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「愛の歌」(Chant d'Amour)、油彩、1868―73。


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「方舟への鳩の帰還」(The Return of the Dove to the Ark)、ペンとインク、1863年頃。


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「ヘスペリデスの園」(The Garden of the Hesperides)。グワッシュ。1870―73年。


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鉛筆デッサン。モデルはギリシア人女性マリア・ザンバコ Maria Zambaco。


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「ピグマリオン」(Pygmalion)シリーズ、油彩、1868―70。


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「ヴィーナス讃歌」(Laus Veneris)、油彩、1873―75。


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手紙に添えられたデッサン。1883年。
厭世的になった画家が絵の中の世界(「いばら姫 The Briar Rose」シリーズの眠りの国)に入り込もうと試みるが失敗する様子を描いています。


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「いばら姫」(The Briar Rose)シリーズより。油彩、1870―90年。


「Chapter Eight: Avalon」より:

「Burn-Jones, when asked why he had not shown the awakening, replied, 'I want it to stop with the princess asleep and to tell no more, to leave all the afterwards to the invention and imagination of people, and tell them no more' - an indication of his preoccupation with the theme of sleep, a preoccupation which relates to his own withdrawal from contemporary problems. In his last works sleep, symbolising escape, occurs repeatedly reaching its zenith in 'Arthur in Avalon'.」

(なぜ目覚めのシーンを描かなかったのかと訊かれたバーン=ジョーンズは、「王女が眠ったままで終りにして、あとは見る人にまかせてそれ以上は続けたくなかった」と応じた。眠りのテーマが彼の関心事だったことがわかるが、それは彼自身の時事問題からの引きこもりとも関連するものだ。逃避を象徴する眠りは晩年の作品に繰り返し登場し、「アヴァロンにおけるアーサー王の最後の眠り」で頂点に達することになる。)


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「少女の頭部」(Girl's Head)、グワッシュ、1897年。
「シシリー・ホーナーの肖像」(Portrait of Cecily Horner)、油彩、1895年頃。


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『バーン=ジョーンズと後期ラファエル前派展』 (1987年)

『バーン=ジョーンズと
後期ラファエル前派展』

Burne-Jones and his Followers

監修: 河村錠一郎
編集: 東京新聞
翻訳: 井出洋一郎・植野健造・河村錠一郎・小勝禮子・橋富博喜
ブックデザイン: 矢萩喜従郎
制作: アイメックス
発行: 東京新聞
1987年
175p 
27×24cm 並装


1987年2月5日―2月23日
伊勢丹美術館 

1987年3月1日―4月5日
石橋美術館 

1987年4月11日―5月10日
栃木県立美術館 

1987年5月16日―6月21日
山梨県立美術館
 


本カタログ「ごあいさつ」より:

「本展は、バーン=ジョーンズを中心に、その影響を受けたストラドウィック、ウォーターハウスなど18作家、60余点で構成、新たな世紀末を迎えようとしている現在、文化爛熟期に咲き誇った世紀末芸術の今日的意味を探ろうとするものです。」


「カタログ」に図版(カラー)77点、参考図版(モノクロ)60点。「年譜」に参考図版(モノクロ)73点。


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内容:

Acknowledgements
ごあいさつ/Foreword (東京新聞)
メッセージ (ブリティッシュ・カウンシル日本代表 J・A・バーネット)
Message (J.A. Barnett)

序文 (ジョン・クリスチャン/河村錠一郎 訳)
Introduction (John Christian)
記録のない時間――バーン=ジョーンズ美学の深海を探る (河村錠一郎)

カタログ (ジョン・クリスチャン)
エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ Sir Edward Coley Burne-Jones 1833-1898
 1 すごろく遊び 1861年
 2 マーク王とラ・ベル・イーズールト 1862年
 3 星占い 1865年
 4 少年聖歌隊 1864年
 5 キュピッドとプシュケ 1865―87年
 6 龍を退治する聖ゲオルギウス 1864年
 7 蔓薔薇を手入れする少女 1866年
 8 連作 ピグマリオンと彫像 1868年頃
 9 マリア・ザンバコの寓意的肖像 1870年
 10 「理性」を装う「愛」 1871―75年
 11 夜 1870年
 12 宵の明星 1872―73年
 13 連作 いばら姫 1871―73年
 14 眠り姫 1871年
 15 希望 1871年
 16 慈愛 1867年
 17 レアンドロスのためにかがり火を灯すヘーロー 1877年
 18 聖ゲオルギウス 1877年
 19 受胎告知 1887年
 20 愛の園の巡礼 1877年頃
 21 ペルセウスとアンドロメダ 1876年頃
 22 愛 1880年頃
 23 魔法の円 1880年頃
 24 木の精 1883年
 25 フィッツジェラルド嬢の肖像 1884年
 26 フローラ 1868―1884年
 27 別天地ヴィンランドへの船出 1883年
 28 中庭(いばら姫)のための習作(6点) 1889年
 29 ラーンスロットの夢 1896年
 30 荒野の挑戦 1875(?)―98年
ジョン・ロッダム・スペンサー・スタナップ John Roddam Spencer Stanhope 1829-1908
 31 ペネロペイア 1864年
 32 石碑の上の忍耐の像のように 1884年以前
シメオン・ソロモン Simeon Solomon 1840-1905
 33 夜明け 1871年
 34 花嫁と花婿 1872年
 35 「眠り」を見つめる「夜」 1893年
 36 ラビ 1893年
トマス・マチュウ・ルック Thomas Mattew Rooke 1842-1942
 37 アハブ王の所有欲 1879年
ウォルター・クレイン Walter Crane 1845-1915
 38 三つの道 1869年
 39 ディアーナとエンディミオン 1883年
チャールズ・フェアファクス・マリー Charles Fairfax Murray 1849-1919
 40 音楽会 1890年
ジョン・メリッシュ・ストラドウィック John Melhuish Strudwick 1849-1937
 41 金の糸 1885年
 42 神の館の城壁 1889年
 43 「夏過ぎて……」 1906年
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス John William Waterhouse 1849-1917
 44 オデュッセウスに酒を勧めるキルケ 1891年
 45 ダナイデス 1906年
フランク・ディクシー Sir Frank Dicksee 1853-1928
 46 ロミオとジュリエット 1884年
トマス・クーパー・ゴッチ Thomas Cooper Gotch 1854-1931
 47 黄金の夢 1893年頃
 48 死の花嫁 1894―95年
イーヴリン・デ・モーガン Evelyn De Morgan 1855-1919
 49 勝利のオーロラ 1876年
 50 木の精 1884―85年
モーリス・グライフェンハーゲン Maurice Greiffenhagen 1862-1931
 51 お告げ 1923年
ロバート・アニング・ベル Robert Anning Bell 1863-1933
 52 墓参の女たち 1912年
ハーバート・ジェイムズ・ドレイパー Herbert James Draper 1864-1920
 53 金の羊毛 1904年頃
 54 オデュッセウスとセイレーン 1909年頃
シドニー・ホラルド・メトヤード Sidney Horald Meteyard 1868-1947
 55 囚われの「愛」を慰める「希望」 1901年
 56 ヴィーナスとマルス 1905年頃(?)
エドワード・レジナルド・フランプトン Edward Reginald Frampton 1872-1923
 57 ブルターニュのマドンナ 1911年
ジョン・バイアム・リストン・ショー John Byam Liston Shaw 1872-1919
 58 昼のしじま 1893年
フランク・カドガン・クーパー Frank Cadogan Cowper 1877-1958
 59 牢獄の聖アグネス 1905年
 60 虚栄 1907年

年表 (橋富博喜 編)
参考文献 (藤田啓子 編)
Selected Bibliography (河村錠一郎・藤田啓子 編)




◆本書より◆


「記録のない時間」(河村錠一郎)より:

「バーン=ジョーンズの描く人物は、画面のなかで互いの視線をいつも外している。画面の外へ正面切って語りかけるわけでもない。焦点が定かでないのだ。(中略)フレームに切り取られた情景とそれを観る我々の間に眼に見えない透明な膜があって、情景への参加を拒むようでさえある。」

「夫婦の愛の最も苦しい季節に、ジョージアーナは、親しい友であり、何かにつけ助言や忠告を惜しまなかった女流作家ジョージ・エリオットから次のような手紙を貰った――「人生を楽しもうと考えるよりも、人生の闘いで傷ついた者を助けることを、自分で望んだわけでもないのに生まれてきた者たちを楽しませることを、お考えになりますように」。母の命と引きかえに「自分で望んだわけでもないのに生まれてきた」バーン=ジョーンズこそ最も人生に傷ついた者であることを、ジョージアーナだけがかけ値なしに知っていたのではなかったか。」



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バーン=ジョーンズ「マーク王とラ・ベル・イーズールト」。


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バーン=ジョーンズ「星占い」。


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バーン=ジョーンズ「ペルセウスとアンドロメダ」。 


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ジョン・メリッシュ・ストラドウィック「夏過ぎて……」。


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ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「ダナイデス」。


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トマス・クーパー・ゴッチ「死の花嫁」。 


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フランク・カドガン・クーパー「虚栄」。


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『ラファエル前派とオックスフォード』 (1987年)

『ラファエル前派と
オックスフォード』

The Pre-Raphaelites in Oxford

監修: 友部直
翻訳: 谷田博幸・湊典子
編集・制作・刊行: アート・ライフ
167p 
7×24cm 並装


東京展 
1987年7月9日―8月4日 
伊勢丹美術館

滋賀展 
1987年9月8日―10月4日 
滋賀県立近代美術館

大阪展 
1987年10月28日―11月9日 
梅田・大丸ミュージアム



本カタログ「ごあいさつ」より:

「ラファエル前派の芸術運動は、19世紀半ば、当時のイギリスを代表する批評家ジョン・ラスキンの強い影響を受けながら、ヴィクトリア朝時代の伝統的な美術を批判し、ラファエロ以前の初期イタリア・ルネサンスの精神の再生を旨としてロンドンに始まりました。彼らは、やがて拠点を歴史と伝統の町オックスフォードに移し、多方面にわたってその活動を行いました。
 当時のアカデミズムの常識を否定したファラエル前派芸術の特徴は、明晰な色彩、誠実な細部描写、豊かな詩想に裏打ちされた叙情的な作風にあります。
 本展は、中世への夢を追ってオックスフォードで華やかに開花したラファエル前派の歩みを複合的かつ立体的にとらえ、この芸術運動の全体像を浮かび上がらせるべき、オックスフォードのアシュモリアン美術館をはじめ同市各所コレクションより秘蔵・初公開の作品を含めた油彩、素描、タピストリー、装飾品など全100余点を一堂に集め展観するものです。」



「ラファエル前派の美術におけるオックスフォードの役割」に挿図(モノクロ)12点、「楽園の美術家たち」に挿図(モノクロ)9点。「図版」にカラー図版109点、モノクロ図版1点、部分拡大図(カラー)2点、参考図版30点(モノクロ25点、カラー5点)。「カタログ」にサムネイル図版(モノクロ)110点。


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表紙はチャールズ・フェアファクス・マーリーによるD・G・ロセッティ「愛の祝福」の模写(1870年)。


内容:

Acknowledgements
List of Lenders
ごあいさつ (主催者)
メッセージ (ブリティッシュ・カウンシル日本代表 J・A・バーネット)
Message (J.A. Barnett)

ラファエル前派の美術におけるオックスフォードの役割 (ディヴィッド・ブレイニー・ブラウン)
The Role of Oxford in Pre-Raphaelite Art (David Blayney Brown)
楽園の美術家たち――ヴィクトリア時代のイギリス美術 (友部直)

図版
Section 1 学問の街と芸術家たち
 1 フレデリック・マッケンジー 「オックスフォードの東部風景」 1822年
 2 フレデリック・マッケンジー 「木立から見たマートン・カレッジ・チャペル」 1830年
 3 ジョーゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー 「マートン・カレッジ・チャペル内部の東端」 1801年
 4 ジョン・ヘンリー・ル・キュー 「ニュー・チャペル、エクセター・カレッジ」 1861年
 5 ウィリアム・ホルマン・ハント 「《モードレン・タワーの五月の朝》のブロクサム博士のための習作」 1861年
 6 チャールズ・オールストン・コリンズ 「ジョン・エヴァレット・ミレーの肖像」 1850年
 7 チャールズ・オールストン・コリンズ 「T・クーム夫妻やW・ベネットとともにいる画家自身とJ・E・ミレー」 1851―52年
 8 ジョン・エヴァレット・ミレー 「チャールズ・オールストン・コリンズの肖像」 1850年
 9 ジョン・エヴァレット・ミレー 「フォード・マドックス・ブラウンの肖像」 1850年頃
 10 ジョン・エヴァレット・ミレー 「ウィリアム・ホルマン・ハントの肖像」 1854年
 11 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「ファニー・コーンフォースの肖像」 1860年頃
 12 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「エリザベス・シッダルの肖像」 1855年
 13 アレグザンダー・マンロー 「ベンジャミン・ウッドワードの肖像」 1881年
 14 ヴァレンタイン・キャメロン・プリンセプ 「ジョン・ラスキンの肖像」 1885年頃
Section 2 初期のラファエル前派: 中世と宗教の復活
 15 フォード・マドックス・ブラウン 「英国詩の種と果実」 1845/53年
 16 チャールズ・オールストン・コリンズ 「尼僧院の想い」 1851年
 17 ウィリアム・ホルマン・ハント 「ナザレの丘から見たエズレルの平原」 1877年
 18 ウィリアム・ホルマン・ハント 「ドルイド僧の迫害からキリスト教伝道師をかくまう、改宗したブリトン人の家族」 1850年
 19 ウィリアム・ホルマン・ハント 「世界の光」 1853年
 20 ロバート・ブレイスウェイト・マーティノー 「カタリーナとペトルキオ」 1855年
 21 ジョン・エヴァレット・ミレー 「方舟に帰った鳩」 1851年
 22 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「幻に聖杯を視るランスロット卿」 1857年
 23 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「結婚の祝宴でダンテに会釈を拒むベアトリーチェ」 1855年
 24 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「竜を退治する聖ジョージ」 1860―65年
 25 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「マクベス夫人の死」 1875年頃
 26 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「ベアトリーチェの一周忌に天使を描くダンテ」 1853年
 27 マリー・スパルタリ・スティルマン 「修道院の百合」 1891年
 28 フレデリック・レイトン 「フィレンツェの祝祭の準備」 1851年
 29 シメオン・ソロモン 「香を焚く二人の侍僧: ペンテコステ(五旬節)」 1863年
 30 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ 「ブオンデルモンテに娘を引き合わせるグァルドラーダ・ドナーティ: フィレンツェの教皇派と皇帝派の対立の始まり」 1859―60年頃
 31 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ 「騎士の別れ」 1858年
 32 アーサー・ヒューズ 「太陽の騎士」 1861年頃
 33 ジョン・エヴァレット・ミレー 「十字軍の帰還」 1846年
 34 ジョン・エヴァレット・ミレー 「騎士試合の淑女」 1855年頃
 35 ジョン・エヴァレット・ミレー 「モクソン版『テニスン詩集』の挿絵のための五点の下絵」 1855年頃
 36 アルフレッド・テニスン: エドワード・モクソン 『アルフレッド・テニスン詩集』 1857年
 37 トーマス・セドン 「ヨシャパテの谷」 1855年
 38 エリザベス・エレナー・シッダル 「恋人たちのために音楽を奏でる乞食の娘たち」 1854年
 39 フレデリック・ジョージ・スティーヴンス 「死神と道楽者」 1853年
Section 3 生活と自然をみつめて
 40 フィリップ・ハーモジェニズ・カルデロン 「破られた誓い」 1857年
 41 ウィリアム・ホルマン・ハント 「皇太子御成婚の夜のロンドン橋: 1863年3月10日」 1863年
 42 ウィリアム・ホルマン・ハント 「聖スウィジンの祝祭: 鳩舎」 1887―88年
 43 ウィリアム・ホルマン・ハント 「眠る都市: ペラの墓地、コンスタンティノープル」 1888年
 44 ウィリアム・ホルマン・ハント 「エジプトの夕映え」 1863年
 45 ジョン・ウィリアム・インチボルド 「習作――三月(初春)」 1855年
 46 ロバート・ブレイスウェイト・マーティノー 「恵まれない女優のクリスマスの晩餐」 1860年頃
 47 トーマス・セドン 「ナイル河の眺め」 1855年
 48 フォード・マドックス・ブラウン 「花束」 1865年
 49 アルフレッド・ウィリアム・ハント 「十一月の虹、ドルウィセラン渓谷」 1865年
 50 エイブラハム・ソロモン 「「一等車――出会い」のための習作」 1854年
 51 ジョージ・プライス・ボイス 「日没後のパングボーン、バークシャー」 1866年
 52 ウィリアム・ダイス 「スノードン山のトライファン峰」 1860年
 53 アーサー・ヒューズ 「日時計」 1871年
 54 アーサー・ヒューズ 「菫色のドレスを着た娘の肖像」 1860年頃
 55 ジョン・エヴァレット・ミレー 「競馬場にて」 1853年
 56 ジョン・エヴァレット・ミレー 「《黒軽騎兵》のための習作」 1860年
 57 アルバート・ジョーゼフ・ムーア 「トネリコの幹の習作」 1857年
Section 4 ラファエル前派の擁護者、ジョン・ラスキン
 58 ジョーゼフ・エドガー・ベーム 「ジョン・ラスキンの胸像」 1879年
 59 ジョン・ラスキン 「グレンフィンラスの片麻岩の岩盤、スコットランド」 1854年
 60 ジョン・ラスキン 「ボッソンの氷河、シャモニー」 1849年
 61 ジョン・ラスキン 「アベヴィールの市場」 1868年
 62 ジョン・ラスキン 「パラッツォ・ドゥカーレの外観、ヴェネツィア」 1845年
 63 ジョン・ラスキン 「セストリの松」 1845年
 64 ジョン・ラスキン 「カーサ・ロレダン正面の大理石象嵌の習作、ヴェネツィア」 1845年
 65 ジョン・ラスキン 「カワセミの習作」 1872年
 66 ジョン・ラスキン 「野ばらの習作」 1871年
 67 ジョン・ラスキン 「ヴェローナ大聖堂の玄関口」 1869年
 68 ジョーゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー 「ヴェネツィア、アカデミア」 1840年
 69 ジョーゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー 「鯖の習作」 1820―30年頃
 70 ウィリアム・ヘンリー・ハント 「葡萄とカタツムリの黄色い殻」 1850年頃
 70 ウィリアム・ヘンリー・ハント 「葡萄と桃」 1850年頃
Section 5 オックスフォードの建築と装飾美術
 71 作者不詳 「大学美術館の壁画のある内部」 1857年頃
 72 作者不詳 「机と腰掛け」 1860年頃
 73 ジョン・ラスキン 「大学美術館の窓のためのデザイン」 1855年
 74 デザイン: ジョージ・エドマンド・ストリート/製作: リーヴァー・オヴ・メイドゥンヘッド社 「大型燭台」 1858―65年
 75 デザイン: ジョージ・エドマンド・ストリート/製作: ジョン・キース 「聖餐式用具一式」 1861年
 76/77 作者不詳 「聖ピリポと聖ヤコブをかたどった刺繍パネル一対」 1860年頃
 78 ウィリアム・バターフィールド 「キーブル・カレッジ・チャペルの北側立面図」 1868年頃
 79 ウィリアム・バターフィールド 「ウォーデンズ・ハウス、キーブル・カレッジ」 1868年頃
 80 ウィリアム・バターフィールド 「キーブル・カレッジの図書館と食堂(南側)」 1868年頃
 81 製作: ジョン・キース 「聖餐杯」 1846年
 82 作者不詳 「テューダー王家の薔薇模様入り外衣」 1869年
 83 作者不詳 「イングランド・アイルランド連合教会用の祈祷書」 1867年
Section 6 ウィリアム・モリス
 84 フレデリック・ホリヤー 「ウィリアム・モリスの肖像」 1890年頃
 85 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ トーマス・マロリー 「『アーサー王の死』の特別装釘本」 1895年
 86 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ ウィリアム・モリス 「ケルムスコット版『ジェフリー・チョーサー著作集』」 1896年
 87 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ ウィリアム・モリス 「薔薇物語」 1890年頃
 88 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ ウィリアム・モリス 「フローラ」 1900年
 89 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ ウィリアム・モリス 「ポモーナ」 1900年
 90 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ ウィリアム・モリス 「東方三博士の礼拝」 1890年
Section 7 後期のラファエル前派
 91 ウォルター・クレイン 「イングラム・バイウォーター夫人の肖像」 1872年
 92 フレデリック・レイトン 「アクメとセプティミウス」 1868年
 93 フレデリック・サンドズ 「穏やかな春」 1865年
 94 ウィリアム・ベル・スコット 「ローマのプロテスタント新墓地にあるキーツの墓」 1873年
 95 ウィリアム・ベル・スコット 「A・C・スウィンバーンの肖像」 1859年
 96 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ 「アルケスティスを導くアモール」 1865年
 97 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ 「クライスト・チャーチ大聖堂のステンドグラスのための三枚の下絵: 聖カテリーナと二人の天使」 1878年 (モノクロ)
 98 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ 「ケルベロス」 1875年
 99 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ 「女性の頭部」 1890年頃
 100 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ 「楽器を持った女性」 1895年
 101 エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ 「女性の頭部習作」 1868年
 102 チャールズ・フェアファクス・マーリー 「D・G・ロセッティの《愛の祝福》の模写」 1870年頃
 103 ジョン・エヴァレット・ミレー 「ジョップリング夫人の肖像」 1879年
 104 フレデリック・ホリヤー 「ウォルター・ペイターの肖像」 1890年頃
 105 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「プロセルピナ」 1871年

オックスフォード市街図
カタログ (ディヴィッド・ブレイニー・ブラウン/谷田博幸 訳)
Catalogue
作家略伝
ラファエル前派関連年表
参考文献抄 (谷田博幸 編)
Bibliography (谷田博幸 編)
 



◆本書より◆


「楽園の芸術家たち」(友部直)より:

「当時の個々の美術活動を、ひとつひとつ追うことはあまり意味がない。実力のある作家の多くは時代風潮に反撥した人たちだったからである。たとえば19世紀初頭の秀れた画家たち、ターナーやコンスタブル、ボニントンあるいはブレークなどは、どちらかといえば時代の流れから孤立した存在であったし、P・R・B(ラファエル前派)にしてもモリスのアーツ・アンド・クラフツの運動にしても、なんらかの点で従来の行き方に反撥した点に大きな意義が認められるのである。それはちょうどバイロンが当時のモラリズムからはじき出されて、祖国を離れながら、しかも今日、19世紀のイギリスを代表する詩人と考えられるのと似ている。」
「ロセッティやモリスの仕事は当時としては明らかに異端であった。そしてこれら少数の異端者たちの仕事が今日でははるかに高く評価されているのも事実である。
 ヴィクトリア美術の真の意義は案外そういう異端の開花を準備したところにあるといえるのではないだろうか。」



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チャールズ・オールストン・コリンズ「尼僧院の想い」。


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ジョン・エヴァレット・ミレー 「方舟に帰った鳩」。


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ジョン・ラスキン「グレンフィンラスの片麻岩の岩盤、スコットランド」。


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バーン=ジョーンズ、モリス「薔薇物語」。


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『ラファエル前派とその時代展』 (1985年)

『ラファエル前派と
その時代展』

The Pre-Raphaelites and their Times

監修: 河村錠一郎
翻訳・執筆: 河村錠一郎・藤田啓子
編集・発行: 東京新聞
制作:  術出版デザインセンター
1985年 
165p 
27×24cm 並装

 
1985年1月26日―2月24日
伊勢丹美術館 

1985年3月5日―3月24日
浜松市美術館 

1985年3月28日―4月14日
愛知県美術館 

1985年5月1日―5月13日
大丸ミュージアム(大阪・梅田) 

1985年5月25日―6月23日
山梨県立美術館
 
 
 
本書「あいさつ」より:

「本展は、ラファエル前派と同時代のヴィクトリア朝絵画を併せ70余点を比較展示することによって、ラファエル前派の全貌と今日的な意義を明らかにするわが国初の本格的展覧会です。」


本書「序文」より:

「この展覧会は、ラファエル前派の運動を広く概観しようというものである。」
「出品されるのは、ラファエル前派、その追随者や周辺の画家たち、ないしは同時代の人々の作品に限定されており、ヴィクトリア朝およびエドワード朝美術を、その展開の軌跡に沿ってたどり得る陳列となるに違いない。」



出品作図版(カラー)79点(うち部分拡大図7点)、「ラファエル前派関連写真」11点、年表に参考図版(モノクロ)41点。


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内容:

あいさつ (主催者)
Foreword (The Organizers)
メッセージ (ブリティッシュ・カウンシル代表 J・A・バーネット)
Message (J.A. Barnett)

序文「ラファエル前派とその時代」 (ジョン・クリスチャン/阿部信雄 訳)
Introduction "The Pre-Raphaelites and their Times" (John Christian)

カタログ (ジョン・クリスチャン/河村錠一郎・藤田啓子 訳)
 ラファエル前派 The Pre-Raphaelites
  ウィリアム・ダイス William Dyce 1806-1864
   1 ベマートンのジョージ・ハーバート George Herbert at Bemerton
  フォード・マドックス・ブラウン Ford madox Brown 1821-1893
   2 最初の英訳聖書 The First Translation of the Bible into English
  ウィリアム・ホルマン・ハント William Holman Hunt 1827-1896
   3 聖アグネスの宵祭 The Eve of St. Agnes
   4 甘美なる無為 Il Dolce Far Niente
  ジョン・エヴァレット・ミレー John Everett Milais 1829-1896
   5 樵夫の娘 The Woodman's Daughter
   6 花嫁の付き添い The Bridesmaid
   7 地主へのお使い For the Squire
  ウォルター・ハウエル・デヴァレル Walter Howell Deverell 1827-1854
   8 十二夜 Twelfth Night
  ジョン・ウィリアム・インチボルド John William Inchbold 1830-1888
   9 ボールトン僧院 Bolton Abbey
  ウィリアム・シェイクスピア・バートン William Shakespeare Burton 1824-1916
   10 負傷した王党派 A Wounded Cavalier
  ジェイムズ・コリンソン James Collinson 1825-1881
   11 貸間あり To Let
  アーサー・ヒューズ Arthur Hughes 1832-1915
   12 就寝の祈り Bed Time
   13 誕生日のピクニック A Birthday Picnic
  ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ Dante Gabriel Rossetti 1828-1882
   14 ヴェヌス・ヴェルティコルディア(魔性のヴィーナス) Venus Verticordia
   15 マリアーナ Mariana
   16 ブルーナ・ブルネレスキ Bruna Brunelleschi
   17 牧場の集い The Bower Meadow
   18 ジャンヌ・ダルク Joan of Arc
  ヘンリー・ウォリス Henry Wallis 1830-1916
   19 タイモンとフレイヴィアス Timon and Flavius
  ジェイムズ・アーチャー James Archer 1823-1904
   20 ロバート・バーンズとハイランドのメアリの婚約 The Betrothal of Robert Burns and Highland Mary
  フレデリック・サンズ Frederick Sandys 1829-1904
   21 マリオン・チネリの肖像 Portrait of Marion Chinnery
   22 不思議の時: ガートルード・サンズの肖像 'Wondertime': A Portrait of Gertrude Sandys
  ベンジャミン・ウィリアムズ・リーダー Benjamin Williams Leader 1831-1923
   23 教会の境内(ベタシーコイード村) The Churchyard, Bettws-y-Coed
  ジョン・アトキンソン・グリムショー John Atkinson Grimshaw 1836-1893
   24 シャーロットの乙女 The Lady of Shalott
   25 港のかがり火 The Harbour Flare
  エドワード・バーン=ジョーンズ Edward Burne-Jones 1833-1898
   26 チョーサーの善女の夢 Chaucer's Dream of Good Women
   27 フィデス(信頼) Fides
   28 眠り姫 The Sleeping Princess
   29 オーロラ(曙の女神) Aurora
  ジョン・メリッシュ・ストラドウィック John Melhuish Strudwick 1849-1937
   30 イザベラとバジルの鉢 Isabella and the Pot of Basil
   31 夏のひととき Summer Hours
  マリー・スティルマン Marie Stillman 1842-1927
   32 魔法をかけられた庭 The Enchanted Garden
  イーヴリン・デ・モーガン Evelyn De Morgan 1855-1919
   33 フローラ Flora
  フランク・ディクシー Frank Dicksee 1853-1928
   34 騎士道 Chivalry
  ジョン・バイアム・ショー John Byam Shaw 1872-1919
   35 祝福されし乙女 The Blessed Damozel
   36 ハートの女王 Queen of Hearts
  フランク・カダガン・クーパー Frank Cadogan Cowper 1877-1958
   37 ラプンツェル Rapunzel
 古典派 Classical Painters
  ジョージ・フレデリック・ワッツ George Frederick Watts 1817-1904
   38 愛と死 Love and Death
  ヴァレンタイン・キャメロン・プリンセプ Valentine Cameron Prinsep 1838-1904
   39 リドの祭日 La Festa di Lido
  フレデリック・レイトン Frederic Leighton 1830-1896
   40 お手玉遊び The Knucklebone Player
   41 音楽のおけいこ The Music Lesson
  エドワード・ジョン・ポインター Edward John Poynter 1836-1919
   42 エジプトのイスラエル人Israel in Egypt
   43 放蕩息子の帰還 The Prodical's Return
  ロレンス・アルマ=タデマ Lawrence Alma-Tadema 1836-1912
   44 春の祭典 Spring Festival
  ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス John William Waterhouse 1849-1917
   45 マリアムネ Mariamne
   46 嫉妬に燃えるキルケ Circe Invidiosa
   47 オフィーリア Ophelia
   48 ペネロペと求婚者たち Penelope and her Suitors
  ジョン・ウィリアム・ゴッドワード John William Godward 1861-1922
   49 婚約者 The Betrothed
 審美派 Aesthetic Painters
  ジェイムズ・アボット・マクニール・ホイッスラー James Abbott McNeill Whistler 1834-1903
   50 エミー・ブランドン・トーマス嬢の肖像 Portrait of Miss Amy Brandon Thomas
  アルバート・ムーア Albert Moore 1841-1893
   51 アザレア Azaleas
   52 花の道 A Flower Walk
   53 黄色いマーガレット Yellow Marguerites
   54 真夏 Midsummer
  トマス・アームストロング Thomas Armstrong 1832-1911
   55 収穫期 Hay-Time
   56 カラの花を持つ婦人 Woman with Calla Lilies
  ジョージ・ダンロップ・レズリー George Dunlop Leslie 1835-1921
   57 五時のお茶 Five O'Clock
   58 ひまわりを持つ少女 Sun and Moon Flowers
  ウォルター・クレイン Walter Crane 1845-1915
   59 ローエングリン Lohengrin
  チャールズ・ヘイゼルウッド・シャノン Charles Hazelwood Shannon 1863-1937
   60 ローズとブランチ Rose and Blanche
  ジョン・シンガー・サージェント John Singer Sargent 1856-1925
   61 ムーア人の家の中庭 A Moorish Courtyard
  ウォルター・オズボーン Walter Osborne 1859-1903
   62 ある十月の朝 An October Morning
  チャールズ・コンダー Charles Conder 1868-1909
   63 デヌモンの花どき Blossom at Dennemont
 風俗画家その他 Genre Painters and others
  ジョン・リネル John Linnell 1792-1882
   64 ユリシーズの帰還 The Return of Ulysses
  リチャード・ダッド Richard Dadd 1817-1886
   65 妖精のすみか The Haunt of the Fairies
  ウィリアム・パウエル・フリス William Powell Frith 1819-1909
   66 どのような運命になろうと末長く 'For Better, for Worse'
  ウィリアム・マクタガート William McTaggart 1835-1910
   67 少年漁夫 The Fisherboy
  フランク・ホール Frank Holl 1845-1888
   68 主が与え、主が取られたのだ。主の御名は誉むべきかな The Lord Gave, and the Lord hath Taken Away; Blessed be the Name of the Lord
  フーバート・フォン・ハーコマー Hubert von Herkomer 1849-1914
   69 初めての子 The First-Born
  ジェシカ・ヘイラー Jessica Hayllar 1858-1940
   70 式まぢか A Coming Event
  イーディス・ヘイラー Edith Hayllar 1860-1948
   71 夏のにわか雨 A Summer Shower

ラファエル前派と日本の近代美術について (藤田啓子)

ラファエル前派関連写真 (解説: 河村錠一郎)
ラファエル前派・ロンドン地図 (制作: 河村錠一郎)
参考文献/Bibliography (藤田啓子 編)
ラファエル前派関連年表 (藤田啓子 編)




◆本書より◆


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エドワード・バーン=ジョーンズ「オーロラ(曙の女神)」(1896年)。


「曙の女神を描いたこの絵は、バーン=ジョーンズの死の2年前、1896年にニュー・ギャラリーに展示された。」
「バーン=ジョーンズ婦人の『回想録』(1904年刊)には、(中略)この絵の背景のために用いたスケッチは、この絵が展示される30年近くも前、1867年のある休日にオックスフォードの運河をスケッチしたときのものであった、と述べている。オックスフォード近郊の運河の風景は、現在もなお、《オーロラ》の背景に描かれた風景のたたずまいを残している。
本作品の旧所蔵者は、19世紀後半のイギリス上流階級の〈ソウルズ〉と名乗ったグループの指導的人物デボラ夫人であった。このグループは当時自分たちの階級の伝統的価値に対して反旗を翻し、知的及び美的関心を開拓しようとした人々であり、バーン=ジョーンズは彼らのお気に入りの画家の一人であった。」



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ジョン・アトキンソン・グリムショー「シャーロットの乙女」(1878年)および「港のかがり火」(1879年)。


「彼が最も知られているのは、1870年代及び80年代に描いた月明りの中の町やドックの光景である。これらの作品はすべて激しいロマンティックな感情を非常に押えたトーンで描いている。」


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フランク・カダガン・クーパー「ラプンツェル」(1908年)。


「生涯のほとんどにわたって、ロマン主義的な主題の絵画をラファエル前派風に描き続けた。」


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ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「嫉妬に燃えるキルケ」(1892年)。


「ギリシア神話では、キルケはアイアイエー島に住み、人間を動物に変える魔女である。ホメロスは、ユリシーズがトロイア戦争から帰還する途中、どのようにキルケに遭遇したかを物語っている。」





こちらもご参照ください:

アドリエンヌ・モニエ 『オデオン通り』 岩崎力 訳










































































岡田隆彦 『ラファエル前派』

岡田隆彦 
『ラファエル前派
― 美しき〈宿命の女〉たち』


美術公論社
1984年7月10日 初版発行
1986年10月20日 第2刷
260p 口絵2葉
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,800円



本書「あとがき」より:

「この十余年書いてきたラファエル前派とその周辺についての文章を、大幅に加筆訂正し、(中略)近代日本美術と文学に対するラファエル前派の深い影響について、いくらかたちいってふれた一文を書き下ろし、これらをまとめてここに一本とした。」


口絵(カラー)2点、本文中図版(モノクロ)51点。


岡田隆彦 ラファエル前派 01


目次:

 Ⅰ
ラファエル前派の全貌――失われた神話と自然を求めて
美しき〈宿命の女〉たち――P・R・Bの仲間たち
アール・ヌーヴォーの源泉――モリスと近代デザイン運動
 Ⅱ
ブレイクと英国の芸術
デカダンスの美術――世紀末芸術の系譜
藤色の十年間――ワイルドと一八九〇―一九〇〇
ビアズリー――悪戯者のピエロ
北欧の世紀末――ムンクの両極性
アール・ヌーヴォーへ――ポスターと工芸から
 Ⅲ
明治末におけるロセッティの影響

あとがき
人名索引



岡田隆彦 ラファエル前派 02



◆本書より◆


「ラファエル前派の全貌」より:

「十九世紀半ばのイギリスで、数人の若い画家たちが、自然の忠実な観察による細密描写と素朴な感情の直接的な表現にもとづきなかがら、倫理性と審美感との一致する優美な絵画をめざして同志的な結合をなしたとき、かれらの真率な意図は少しも一般の理解を得ることがなかった。グループ結成直後に作品が発表された折などは、良識的な立場にある人たちから、卑俗で拙いとして酷評されもした。しかし、ある意味でそれもとうぜんだった。というのも、かれら、「ラファエル前派」(The Pre-Raphaelite Brotherhood――以下略してP・R・B)は、当時の中産階級によって、それ以外の画風はありえないとでもいったふうに支持されてていた逸話的な歴史画や肖像画を主とする因襲的なアカデミズムの粗雑な画風に反発して立ちあがったからである。」
「産業革命後に生じたさまざまな歪みのなかでも、現代的な産業都市の形成による環境破壊や自然破壊、またこれに伴う、自然と人間が共存していた時代の素朴な感情の喪失、物質主義による人間疎外、日常雑貨や家具の粗製濫造による味気ない生活空間の現出などなどが、P・R・Bの芸術家たちを意欲的な仕事へと駆りたてた。かれらの柔軟にして清新な感受性は、時代の矛盾を文化の粗雑なあらわれとみなし、個人個人の行きつく先はちがっていったにせよ、ひとしく倫理的な要請に駆りたてられて出発したのである。」

「P・R・Bが用いた独特な賦彩のなかでも無視できないのは、湿った白い下地をほどこしておいて、下地が乾かぬうちに素速く、しかも慎重に表面を塗布してゆく方法である。これは、とりわけ初期のホルマン・ハント、エヴァレット・ミレー、ダンテ・ガブリエル・ロセッティにおいて厳密に行われた。画家が一か処に坐っている位置から手が及ぶ範囲内で行われ、その一区画が仕上がったら他の一区画に移っていって、全体が満たされたとき画面は完成する。」
「最初はハントとミレーが、やがてロセッティとブラウンがこの技法を用い、七宝焼(クロワゾネ)の隈(くま)どりに似た肉厚の輪郭を一つの色面と他の色面とのあいだに置いて、一つの色が濁ったり他の色が混ったりしないようにしている。(中略)この技法がもたらす色面なり一つの区画なりの堅い縁(ハード・エッジ)に注目した現代イギリスの評論家クェンティン・ベルは、一九五〇年代末のアメリカで展開された抽象絵画の一傾向を「ハード・エッジ」と呼ぶのに倣って、前出の画家たち、第一次P・R・Bを「ハード・エッジ・プリー・ラフィアリズム」と呼んでいる。」
「P・R・Bの場合、紫とか赤(臙脂色、深紅色、茜色、緋色、朱など多岐にわたる)、緑、青(これも、セルリアン、コバルト、ウルトラマリン、紺、群青、藍、ネイヴィー、水色など多岐にわたる)など、互いのコントラストが強いだけあでなく、見る者の情念に直接働きかけるか、非現実的雰囲気(感情的であったり精神的だったりする)をかもしだす色を、若干の黄橙色をまじえて対比させることを好むから、白地はいっそうの効果を挙げる。むしろ、白地と、明瞭に区分された色彩同士の対比とが相乗的に効果を挙げるといったほうが正確かもしれない。」
「ゲーテは、色彩が心情に対して、それが表わす物質の性状あるいは形態との関係なしに、明確な著しい作用を惹き起こし、その作用が精神的なものと直接つながっていると指摘した。たとえば、P・R・Bの基調色、赤ないし朱と紫は、その色自体、感覚的であると同時に精神的である。P・R・Bに憧れていた村山槐多は、大正時代に大変高価だったガランス(茜色)を塗ることに快楽をおぼえ、「汝の貧乏を/一本のガランスにて塗りかくせ」(「一本のガランス」)と歌った。わたしは、槐多の放蕩と自己矜持とが不一致の一致をとげた作品に、P・R・Bからの好ましい影響を読みとる。」

「ロセッティが現実の錯雑としたところから一瞬にして解放されるようなものとして神話的世界を思い描いたとすれば、他方モリスは現実の矛盾をついてゆく過程で、ますます想像的世界の必要を痛感し、社会的矛盾の解決されたところに神話的世界、ないしユートピアの実現を夢みたのである。
 中世紀の絵画的なロマンスの要素に刺激をうけた画家のなかでもバーン=ジョーンズのように、さまざまな様式をとりいれながら集合的無意識界に通じるような原型的イメジの組み合わせによって神話的な世界を語ろうとした事例(ケース)もある。(中略)かれが最後まで混淆的な画風を追求して平面的な画像の象徴的な効果の要約に終始しただけあって、P・R・Bのなかではもっとも豊かな説得力で神秘的な世界を伝えているといえるかもしれない。」

「興味深いのは、P・R・Bがおくればせに日本の文学や美術に影響を与え、そこにある意味で江戸時代の文化ないし江戸趣味の逆輸入が見られることである。というのも、とりわけ第二次の人たちに顕著だが、P・R・Bの作品には、実際よりも細長く誇張して玄人すじの女たちを描いた江戸時代の浮世絵が大きく投影しているからである。」



「美しき〈宿命の女〉たち」より:

「P・R・Bのモデル狩りは有名である。かれらは写実を旨とし、実際に生きている女性から霊感をえようとしたから、美しいだけでなく、かれらの好尚に合ったモデルを探すのに熱中したのである。かれらは、“スタナー Stunner”、すなわち一瞥にして気絶してしまうほどすばらしい美人を探し求めた。どんな女かというと、背が高く、蒼白く、ものうい眼ざしをしていて、長くふさふさした髪が垂れ、あごがとがっていて、甲状腺が腫れているごとくに喉がふくらんでいるような女である。」
「五〇年三月のある夕、かれらの親友の一人で画家のヴォルター・デヴァレルが、ロセッティがハントのスタディオで食事しているときに突然やってきて、いささか興奮気味に「すばらしい美人をみつけた、ほんとうのレディだ」という。その女性は、エリザベス・エリーナー・シダル(通称リズ、一八三二―六二)という人で、当時十八歳、レスター・スクェアの婦人帽子店に助手として働いていたところをデヴァレルにみつけられたのである。間もなくシダルはロセッティのモデルとして画家の画室に足繁く通うようになり、六〇年五月に結婚した。しかし生来病弱で、胸を病み、憂欝症にもかかっていたシダルは、女児を死産してから神経痛や不眠症にみまわれ、苦痛からのがれるために麻酔剤の一種であるクロラールを常用するようになってしまい、結婚後わずか一年九ヵ月あまりで六二年二月にクロラールの飲みすぎで死ぬ。ほとんど自殺に近い死に方である。」
「詩を書いたり水彩画もよくしたシダルは、健康をそこなっていなくても神経過敏で繊細な感受性の持主だったようである。」
「ロセッティは、ハントと知りあって間もない頃、半ば冗談ながらも相互自殺協会を組織しようとしたり、輪廻の思想を信じこんだりしていて風変わりなところを多くもっているが、シダルが死んだ時も、自分の詩は妻から吹き込まれてできた着想にもとづいているからそれをかの女に返すのだといって詩稿をまとめた一冊を遺骸の金髪に包んで棺を閉じた。しかしその後かれは、一度埋めた亡妻の棺を掘りおこして詩稿をとり出している。」

「モリスは、一八八三年になって、ロセッティにふれ、「事実は、かれが特定の個人的な問題、断るまでもなく主として芸術文学に関係することをのぞくと何に対しても気を配らないが、心や肉体の悩みを持つ人ならどんな人を助けるにも進んで骨折るのに、大衆を悩ましている害悪を思って苦痛に耐えることはできなかった。思うに、つづめていえば、政治に興味本位でない関心を抱くには希望をもった人間が求められるが、ロセッティはたしかに希望にあふれた人ではなかった。」と回想している。」



「あとがき」より:

「思えば、ラファエル前派を最初によみがえらせようとしたのは、言語による論理のペテンに飽きて感性による自然な生き方を実行しようとして六〇年代後半にアメリカ西海岸に集まってきたヒッピーたちである。かれらの着眼が先駆けとなり、世界中で世紀末のアール・ヌーヴォーがまず見直され、ついでその源泉であるウィリアム・ブレイクやラファエル前派が再評価されるようになったのである。それから四半世紀近くたった今、テート・ギャラリーで大規模なラファエル前派展が開かれている。誤解に迎えられて出発し、顰蹙を買ったかれらは長いこと美術史のなかで特異児童のようにしか扱われてこなかったが、ようやく公認されたという感じだ。」




こちらもご参照ください:

ジャック・ド・ラングラード 『D・G・ロセッティ』 山崎庸一郎・中条省平 訳














































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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