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『谷中安規の版画世界 空想の玉手箱 ― 没後五十年』

「昭和三(一九二八)年」
「永瀬のアトリエで裸踊りを踊る。朝日講堂で開かれた舞踏家印牧(かねまき)秀夫の発表会で黒衣をまとい、即興の踊りを踊る。その後もしばしば自己流の踊りを踊る。」

(『谷中安規の版画世界』 「谷中安規年譜」 より)


『谷中安規の
版画世界 
空想の玉手箱
― 没後五十年』



監修: 島田康寛
企画・編集: 喜多眞理子
発行: 日本経済新聞社
1996年5月
214p 
29.6cm×22.6cm 並装


(横浜会場) そごう美術館
平成8年5月16日~6月9日
(奈良会場) 奈良そごう美術館
平成8年6月19日~7月21日



「ごあいさつ」より:

「本展は、没後五十年を機に、谷中安規の純粋で無垢な芸術世界の全貌を、故郷の奈良と制作活動を行った関東で回顧しようとするものです。白と黒が織り成す単色木版の美しさはもちろん、繊細な多色刷りの色違いも並べて展示し、谷中安規の色彩家としての才能にも注目するほか、できるだけ多くのブックワークを網羅するなど、谷中芸術の魅力を総合的に紹介し、熱心な谷中ファンの期待にも応えたいと存じます。」


谷中安規展図録。
出品作 カラー図版24頁87点、モノクロ図版112頁377点。解説文中参考図版(モノクロ)16点。写真図版2点(「30代後半の谷中」「料治宅における正月のつどい」)。他にカット1点。



谷中安規の版画世界 01



内容:

ごあいさつ (日本経済新聞社/そごう美術館/奈良そごう美術館)

版画
肉筆画
挿絵、表紙デザインなど
彫刻、板木、資料など

版に刻んだ夢と愛――風船画伯・谷中安規のこと (島田康寛)
安規と木喰上人行道 (伊藤昭)
安規の物語の挿図 (大野隆司)
月とハモニカ 『谷中安規草稿(ノート)』について (水沢勉)
谷中芸術の映像感覚 (喜多眞理子)
作品解説、(喜多眞理子)

谷中安規年譜 (河田敬子 編)
出品リスト
主要文献目録 (河田敬子 編)




◆本書より◆


「谷中芸術の映像感覚」(喜多眞理子)より:

「谷中は、特に「カリガリ博士」や悪魔に魂を売る「プラーグの大学生」などドイツ表現主義の映画を好んだらしい。中でも「カリガリ」の主人公、夢遊病者のセザーレがお気にいりで、「後年、自作自演の舞踏をやった時、その扮装やしぐさのすべてを、それにアイデアをえてアレンジした」(料治熊太「闇の中にいて光を求める作家」)という。」



谷中安規の版画世界 02



谷中安規の版画世界 03



谷中安規の版画世界 04



谷中安規の版画世界 05



谷中安規の版画世界 06



谷中安規の版画世界 07



谷中安規の版画世界 08



「日夏耿之介に宛てた絵入書簡 大正15(1926)年」

「前日はへんちきりんなものを
さしあげましてくすぐったく存じます
あの中のへんちきりんな絵
あまりにぐれつ故やぶって下さいませ
まことに先生の道士風なるお心もちに対して
申しわけなき始末でございます
艸々」

「拝啓
先生 御無沙汰いたし居ります
おかはり御座なく候や御伺い申上ます
前日は御轉居の御通知下さいまして
ありがたく存じます。いろいろ御べんたつ
下さいますことを光栄と存じます
ねむりがちながら勉強いたし居り
ます故 御めん下さいませ。時々は
自分のヘタクソに思ひいたり暗然とし
スリチビ朝鮮の酒店にてヨッパラフこと
もありますが、思ひなほして、チッポけな
絵をこつこつかいて居ります。先生様の
御健在を祈ります 奥様にもよろしく
おつたへ下さいませ 乱筆ごめん下さい
眩法派第十座
    上
    中
    下部







徒然」























































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料治熊太 著 『谷中安規 版画天国』 (双書 美術の泉)

「彼の失われた現世の愛は、幽界に入って妖しい育ち方をした。幽界には親切な鬼がいたが、鬼は幼童にとってよき遊び仲間であり、よき愛護者であった。幽界にいる幼童の魂は、空を飛ぶことも出来れば、水を泳ぐことも出来た。自由奔放であった。」
(料治熊太 「谷中安規の人とその芸術」 より)


料治熊太 著 
『谷中安規 
版画天国』
 
双書 美術の泉 30

岩崎美術社 
1976年12月5日 印刷
1976年12月10日 発行
図版80p 本文31p 
B5判 並装(フランス表紙) カバー 
定価1,600円



図版(モノクロ)105点。本文中に写真図版(モノクロ)3点。
本書は日本の古本屋サイトで1,000円(+送料300円)でうられていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


谷中安規 版画天国 01


谷中安規 版画天国 02


カバーを外してみた。


谷中安規 版画天国 03


内容:

1 自画像(レコードによる独唱)
2 男女像
3 火中の童子像
4 稲荷国の王様
5 ムッテル・ショウス
6 青春の蝶
7 魔神
8 真昼の街上
9 兎狩
10 ひまわりの精
11 飛ぶ首
12 ビルによる女
13 実験室(人造人間)
14 刀をふるえる半獣人
15 月の誘い
16 菩薩
17 瞑想
18 影絵の鬼たち
19 供養者
20 祖先
21 火の輪くぐり
22 影絵芝居〈扉〉
23 影絵芝居〈第一景〉
24 影絵芝居〈第二景〉
25 影絵芝居〈第三景〉
26 影絵芝居〈第四景〉
27 影絵芝居〈第五景〉
28 影絵芝居〈第六景〉
29 影絵芝居〈第七景〉
30 影絵芝居〈第八景〉
31 影絵芝居〈第九景〉
32 影絵芝居〈第十景〉
33 影絵芝居〈第十一景〉
34 影絵芝居〈第十二景〉
35 影絵芝居〈第十三景〉
36 髪模様
37 赤い人魚
38 海の詩神
39 活け花(千葉五井の竜善院回顧1)
40 おさらい(千葉五井の竜善院回顧2)
41 わかれの宴(千葉五井の竜善院回顧3)
42 描く描く描く
43 月
44 アトリエ
45 自画像の蔵書票
46 像
47 半鳥人
48 射手騎虎
49 少年の日(少年時代その1)
50 夢の国の駅(少年時代その2)
51 祭――九段坂(少年時代その3)
52 祭――浅草の見世物(少年時代その4)
53 運動会(少年時代その5)
54 浅草慕情(少年時代その6)
55 水あそび(少年時代その7)
56 盆おどり(少年時代その8)
57 雪と泥と(江戸の幻想1)
58 城の印象(江戸の幻想2)
59 浅草寺(江戸の幻想3)
60 遠き明治よ
61 忘却の譜 幽界への通信
62 夜
63 花鳥(詩画集の1)
64 うすむらさき(詩画集の2)
65 一族の長(詩画集の3)
66 観覧車(詩画集の4)
67 花は花(詩画集の5)
68 虎ねむる(詩画集の6)
69 ロケーション(詩画集の7)
70 鍵(詩画集の8)
71 瞑想氏(詩画集の9)
72 蝶を吐く人(詩画集の10)
73 金魚と花(詩画集の11)
74 可愛いい竜(詩画集の12)
75 月に吐える
76 怪鳥(空襲下の難民)
77 朝鮮の夜(その1)
78 朝鮮の夜(その2)
79 朝鮮
80 家族
81 幻想集〈扉〉
82 幻想集―僕
83 幻想集―灯
84 幻想集―旅
85 幻想集―夜
86 幻想集―空
87 幻想集―力
88 幻想集―刀
89 幻想集―火
90 幻想集―雲
91 幻想集―酒
92 汽車空を翔ぶ
93 自動車空を翔ぶ
94 無題
95 人間の花
96 詩巻(こころの花1)
97 春(こころの花2)
98 詩想(こころの花3)
99 過去(こころの花4)
100 哲学(こころの花5)
101 天駈ける詩神
102 眼(求むるものの群)
103 現世
104 闘牛(日米決戦の夢)
105 孤剣中天に寒し
〔表紙〕 鷲の子
〔扉〕 ブランコ

谷中安規の人とその芸術 (料治熊太)
 純粋版画の生れるまで
 「白と黒」時代の棟方志功と谷中安規
 極貧時代の谷中安規
 幻の恋に生きた谷中安規
 自由奔放なある一面
 餓死のかげにあった一人の愛護者
 谷中安規終焉の纏末

谷中安規 年譜
所蔵図版一覧



谷中安規 版画天国 06



◆本書より◆


「谷中安規の人とその芸術」(料治熊太)より:

「彼は五十年の歳月をこの世に生きたが、彼がこの世を去った最期の姿は、「餓死」であった。
 餓死して果てたということは、彼がどれほどこの世を純粋に生きたかを示すもので、小成に甘んずる輩のうかがい知ることの出来ない境地である。
 谷中安規は、版画家として、至高の芸術境に生きた人であったが、それ以上に人間として素晴らしい生き方をした人であった。」

「谷中安規は、生前、自分の素姓を他人に話したがらなかった。(中略)自ら風来坊を自称し、内田百閒をして「風船画伯」の仇名を与えられるほど放浪性をもった画家であった。
 私の家へ初めて彼が訪れたのは、昭和七年のことで、それこそ風船のように、ふんわりころげこんだという形であった。」

「その頃の彼は、貧乏のドン底にあった。」
「堀口大学や、佐藤春夫は小日向の高級住宅地に住んでいて、谷中安規を友人扱いしていたが、谷中安規が、それほど窮乏しているとは知らなかったであろう。」

「彼は愛情の深い人だったが、多くの場合、一方的で、相手に通ぜぬ愛情だった。
 彼は五十年の生涯、いつも誰かを一方的に愛していた。」

「彼は、私の家の無花果をとるため、枝という枝に足をかけて、みんな枝を折ってしまったことがある。彼は無花果が、そこにあれば、それをとるということに気持が集中して、取る手段など考えぬ男である。
 青年時代、彼は房州方面へ無銭旅行に出かけた時、夜ごと、樹上に体を縄で縛りつけて睡眠したという。それは、一度、崖上の祠を、仮寝の宿に選んだことがあった。夜中に、石段の下から夜詣りの人のあがって来る足音が聞えて来た。そこに自分が寝ていることを知ったら登ってくる人は、どんなに驚くであろうと思った彼は、闇の中にスックと立ちあがって、「私は怪しいものではありません」といった。驚かすまいとした彼の配慮が却って参詣者を驚かしてしまって思わぬ大怪我をさせてしまったというのである。それからは以後、彼は平地に眠ることをやめ、樹上に眠るようになった。
 いかなる人も、常識で考えて樹上に眠る人はない。しかし、谷中の場合は、誰もしないことを極めてあたりまえのことのように実行するところに、彼らしい真骨頂があったのである。」

「彼は奇行の生活者として、たぐいない稀れな人であるが、芸術家としても、たぐいない稀れな人であった。豊山中学時代から彼の仇名は「幽霊」であったが、彼の風貌に接すると、この世の人とも思えぬ無気味なところがあった。ただなんとなく町を散歩していても、道行く人に異様な感じを与え、交番の前などではお巡りに「誰何(すいか)」されることが度々あった。これは自然に彼から発散する異様な雰囲気のさせるわざで、この世の人というより、霊界からやって来た神秘な人という感じであった。
 仲間であるわれわれは、つとめて普通人としてつき合い、いつも同列的感覚で彼と接するようにつとめていたが、彼は、凡俗のわれわれの圏外にあって、聖者のように生きていた。
 聖者という物のいい方はあたっていないが、何ごとにも現世のことにこだわらず、俗世を無視して、彼ひとりの世界に生きていた。彼はつねに貧乏で、いつも飢えているような生活者であったが、ふとまとまった稿料が新聞社などから入ってくると、急に大尽のように、出るにも、入るにも、円タクをつかって外出した。(中略)彼に金をもたせると、王者も及ばないような鷹揚(おうよう)な振舞を平気でやってのける。明日は無一文になることがわかっていても、明日のために、ゼニを貯えるというようなことはしなかった。」

「すこし親切にすると、いつまでも部屋へはいり込んで、帰らない。他意があるわけでないが、一人者で淋しがり屋の彼は、ひとの迷惑など考えぬ男であった。」



谷中安規 版画天国 04


谷中安規 版画天国 05




















































































































『谷中安規の夢 シネマとカフェと怪奇のまぼろし』 (2003年)

「さながらにお伽ばなしの旅のごとき一生をおくるわれを描かむ」
(谷中安規)


『谷中安規の夢 
シネマとカフェと
怪奇のまぼろし』


編集: 渋谷区立松濤美術館
制作: 野崎印刷紙業株式会社
発行: 渋谷区立松濤美術館/須坂版画美術館/宇都宮美術館/アルティス
2003年
284p+84p
B5判 並装(フランス表紙)
デザイン: 薬師神デザイン研究所+原田裕子


渋谷区立松濤美術館
2003年12月9日―2004年2月1日
須坂版画美術館
2004年4月28日―5月23日
宇都宮美術館
2004年6月6日―7月4日



図録。本書は図版の数からいうと谷中安規関連書のなかで最も多いです。
左側から開くと横組で展覧会カタログ、右側から開くと縦組(表紙の文字も縦になっています)で谷中安規文集です(雑誌や書籍などに掲載された文章の殆んどを集成しているようですが、未刊行のノート類は含まれていません)。
本文中に参考図版(モノクロ)12点、「年譜」に図版(モノクロ)19点。
本書はネット古書店で最安値(5,000円+送料無料)のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。チラシと半券がついていましたが「正誤表」欠でした。


谷中安規の夢 11


谷中安規の夢 12


内容:

ごあいさつ (主催者)

動坂にショーウィンドーの剥製はあったのか――「谷中安規の夢」展にあたって (瀬尾典昭)
谷中安規と都市のゴースト (中沢弥)
谷中安規のロボット画について (伊藤伸子)
谷中安規における神話的創造力――龍・蛇・虎・異類のものたち (及川智早)
谷中安規さんの技法 (大野隆司)
谷中安規と愛書趣味の時代 (山田俊幸)

図版
 Ⅰ 禁断の夢
 Ⅱ 光と影、あるいは『白と黒』
 Ⅲ 都市の胎内へ
 Ⅳ 物語/本
 Ⅴ 天使と子供
 Ⅵ 版木、書簡など

資料
 年譜
 足跡関連地図
 文献目録
 出品目録

谷中安規文集




◆本書より◆


谷中安規の夢 02


谷中安規の夢 03


谷中安規の夢 04


谷中安規の夢 13


「谷中安規と都市のゴースト」(中沢弥)より:

「しかし、当然のことながら「カリガリ博士」に魂を抜かれたように熱中した青年は、谷中安規だけではなかった。佐藤春夫の知遇を得て作家としてデビューを果たしながら、二五歳で病死した富ノ澤麟太郎もその一人である。タバコと映画を愛した富ノ澤麟太郎のお気に入りは、ゴールデンバットと「カリガリ博士」であった。富ノ澤は山形から上京して早稲田大学高等予科に入学したが、授業にはほとんど出席せずに街をさまよい、あるいは下宿の部屋にこもって幻想的な小説を熱心に書きつづっていたという。谷中同様、生活には無頓着な性格だったらしく、そんな富ノ澤が曲がりなりにも生きていけたのは春夫をはじめとする知人・友人のおかげであった。」
「日本の一九二〇年代は、こうした都市のなかの幻想を描く作家・作品を多く輩出した。」



「谷中安規のロボット画について」(伊藤伸子)より:

「ちなみに高層建築からの飛び降り自殺は、1926(大正15)年の銀座松屋の屋上、地上百尺からのダイブが最初とされる。後頭部挫滅と骨折で即死したのは、職を失い家庭での居場所をなくした38歳の失業職工であった。高層ビルが作り出す深い谷間は、工業社会から「下り」ざるをえなかった人間をのみこむ場所としても機能し始めたと言えよう。」


「谷中安規文集」より:

「夜
闇の中、まなこみひらく、これ慈憐の為とこそ、されば真昼なか、まなこ閉ざしぬ。」

「なんでもよい、馳けていつてつきあたれ。そんな生き方がしたいと思ふ。この世ではのれんと腕おしするやうなことはない。無駄なことはひとつだつてない、自分を放下して考へればみんな無駄なことでなかつたはづだ。
 書籍店がある。黒い書籍店と言ふ。なかへはいつて棚を見ると黒皮表紙と赤皮表紙の本がならんでゐて、なかをあけると、白い紙、なんにもかいてない。表題だけがかいてある。知足論とか、さかさまの世界とか、直覚の体系とか、荒唐ムケイ史だとか、意義なき意義とか、陽物と陰の象徴とか、凹凸の支配とか、摂理はだれの頭上にあるかとか、星辰の存在理由とか、とかとか論とか、あるでもないでもとか、火星年代記とか、休墓論とか。」




◆感想◆


唐突ですが、クロムヘトロジャンの「へろ」という本がありまして、それは吾妻ひでおのまんがにでてくる存在しない本ですが、のちに実際に出版(?)されて存在する本になったようです。谷中安規の「黒い書籍店」にならんでいる本も、この世に存在しない本で、「火星年代記」というのも、のちにぶらっとバニー、じゃなかった、ブラッドベリによって書かれて出版されたので、実際に存在する本になりましたが、谷中安規がこの文章を書いていたころには、まだこの世に存在しない本でした。
なにをいいたいのかというと、1920~1930年代の東京という限定された時間と空間に谷中安規を閉じ込めるのもよいですが、時代だの社会だのを度外視して、谷中安規とブラッドベリと吾妻ひでおを同列に並べて論じる本が存在してもよいのではなかろうか、ということであります。









































































『鬼才の画人 谷中安規 展 1930年代の夢と現実』 (2014年)

「目的なんてあってたまるものか。」
「未来も過去もない、たゞこの一瞬にすぎてゆく/この現在のなかだけでだ。/夢見てゐると云ふのはどうしてわるいのだ。/大人が子供であってはならないとはどなた様のごたく/宣だ。」

(谷中安規)


『鬼才の画人 
谷中安規 展 
1930年代の
夢と現実』

Taninaka Yasunori Retrospective


編集: 滝沢恭司・松岡まり江・根本亮子
デザイン: 馬面俊之
制作: コギト
発行: 東京新聞
2014年10月4日
215p
A5判 丸背紙装上製本


2014年10月4日―11月24日
町田市立国際版画美術館
2015年4月11日―5月17日
岩手県立美術館



本書「ごあいさつ」より:

「本展覧会は、(中略)谷中の作品を制作年順に整理し、刻々と変わる政治的・社会的動向とイメージの変化や表現の関係について再考するものです。」


本書「凡例」より:

「本カタログは、谷中の活動の時代に沿って、7章で構成されており、各章には小タイトルを付した。章解説は滝沢恭司が執筆した。」


図録。出品作品247点、特別出品として佐藤春夫による油彩「谷中安規像」1点。
巻頭に谷中安規肖像写真(モノクロ)1点、本文中参考図版(モノクロ)4点、「年譜」に写真図版5点。「正誤表」1葉。

本書は図録としては小型ですが堅牢な造本で、よみやすいし、同じ版画の色違いや刷違いが併載されているので興味深いです。
また、出品資料中、伯母の死に際して書かれた書簡は「作品目録・解説」に全文が翻刻されていて、これは谷中安規の対人関係におけるスタンスや世界観、死生観(「死ぬと言ふことは、もしこの世が夢ならば、あちらの世界へさめることだ。」)がうかがえて興味深いです。
ネット古書店で3,000円(+送料300円)で売られていたのを購入しました。もともとの売価は2,500円だったようです。


鬼才の画人 谷中安規 01


内容:

ごあいさつ (主催者)
謝辞

谷中安規の見た夢と現実 (滝沢恭司)
表現することが、それ自体でうれしい (原田光)

図版
Ⅰ 1920年代中頃 「腐ったはらわた」
Ⅱ 1928―31年 サロメからロボットまで
Ⅲ 1932年 光と影の空間演出
Ⅳ 1933年 土着と幻想のモダニズム
Ⅴ 1934年 内なる心の世界へ
Ⅵ 1935―39年 「夢の実体」を探して
Ⅶ 1940―46年 虚空にあそぶ

作品目録・解説 (滝沢恭司・根本亮子)
年譜 (根本亮子・滝沢恭司 編)
主要文献目録



鬼才の画人 谷中安規 02



◆本書より◆


「谷中安規の見た夢と現実」(滝沢恭司)より:

「谷中安規は少なくとも数えで37歳(1933年)になるまで、中学時代の友人や知人の家で居候生活をし、喧嘩などして追い出されると浅草の木賃宿で寝泊りしたという、およそ生活力のない人だった。その後三畳一間のアパートに住んでからも、眠くなれば眠り、腹がへれば伯夷・叔斉を手本として生米や生にんにくを齧り、味噌をなめて空腹をしのぐという、常人とはかけ離れた生活を送った。おどろと乱れた髪、よれよれの着物で幽霊のように街中を歩き回り、しばしば警官に誰何された。」
「当の谷中本人の人生観は、『谷中安規草稿(ノート)』に書かれた、二幕の「こまりもの」という自作の戯曲の登場人物に語らせた、次の言葉に窺い知ることができる(中略)。「目的なんてあってたまるものか。機械のやうにみんなは/うごいてゆく機かいのやうに、同じことをくりかえす/たゞそれだけぢゃないか。/機械の方則にしたかはねは人間はひあがってしまふのだ。/そんなキカイの方則はごめんだ。/僕はてうてうでまってゐたいのだ。/未来も過去もない、たゞこの一瞬にすぎてゆく/この現在のなかだけでだ。/夢見てゐると云ふのはどうしてわるいのだ。/大人が子供であってはならないとはどなた様のごたく/宣だ。/就職口、ぼくはこの字がきらひだ。灰いろじみた、陰きな/屋たい骨の下でうめいてゐるやうな不快さだ」。こうした人生哲学を貫き通した末路は、「餓死」だった。」
「谷中は、それなりの画料が入っても使い道に困り、衝動的にタクシーに乗ってレストランやカフェ、映画館や銭湯、麦畑のある郊外へと出かけ、お金を全部使ってしまうような行き当たりばったりの人だった。(中略)とにかく、谷中安規はよほど変わり者だったらしい。しかし、実業の商売を継ぐことを拒否して選んだ、美術作品の制作という仕事には一心不乱に取り組んだ。(中略)当時谷中の才能を評価した人も多かった。日夏耿之介や佐藤春夫、堀口大學、内田百閒、高橋新吉、石川道雄、萩原朔太郎、西川満、坪野哲久、野田宇太郎ら文芸作家、永瀬義郎や前川千帆、恩地孝四郎、平塚運一、料治熊太、棟方志功、小林朝治、関野準一郎ら版画家たちである。」
「また、普通は敬遠されがちな奇人谷中に親近感をもつ人も多かった。」




鬼才の画人 谷中安規 03


鬼才の画人 谷中安規 04


鬼才の画人 谷中安規 05


鬼才の画人 谷中安規 06


鬼才の画人 谷中安規 07


鬼才の画人 谷中安規 08


見返し。




こちらもご参照ください:

中村元 『現代語訳 大乗仏典 5 『華厳経』『楞伽経』』
内田百閒 『百鬼園座談』 全二冊







































































『谷中安規 モダンとデカダン』 瀬尾典昭 他 編

「炎の頁 さうして本の残骸
残がいの中に君が座つてゐる
いま君はうまれたのか
さうだ おれはすべてを忘れたのだ。」

(谷中安規)


『谷中安規 
モダンとデカダン』

瀬尾典昭・山田俊幸・辺見海 編

国書刊行会
2014年11月20日 初版第1刷発行
272p
22.6×16.4cm 
角背布装上製本 カバー
定価4,500円+税
造本・装丁: 河村杏奈



本書はいろいろと不満な点もありますが、現在入手可能な唯一の谷中安規画集なので、それはそれでよいです。
図版はほとんどカラー印刷で、谷中安規による詩や同時代人による安規評が適宜デザイン的に鏤められています。


谷中安規 モダンとデカダン 01


目次:

はじめに――大正デカダニズムと、昭和モダニズムと (瀬尾典昭)

第1章 大正デカダンスの長い助走路
 大正デカダンスの長い助走路
 朝鮮での青少年期から豊山中学へ
 放浪人生へ
 版画との出会い
 大正に潜む時代精神
 禁断のデカダンス
 日夏耿之介とビアズリー
 日夏耿之介と遺愛品
 黒のダンスとノイエ・タンツ
 永瀬義郎のアトリエで踊る
 文芸同人誌『莽魯聞葉(もうろもんよう)』
第2章 モダン都市とマシンエイジ
 龍善院での失恋
 創作版画という先端
 日本創作版画協会展への出品
 編集者料治熊太を訪れる
 版画同人誌『白と黒』と『版芸術』
 モダン都市とマシンエイジ
 《街の本》シリーズ
 版画の黒と白
 映画と演劇
 テアトル・マリオネットと人造人間
第3章 ストーリーテラー
 ストーリーテラー
 物語の版画
 『方寸版画 幻想集』
 『白と黒』第41号
 放浪生活の途中に
第4章 文学者たちと挿絵
 大いに挿絵を描く
 内田百閒と『王様の背中』
 『居候怱々』
 佐藤春夫と『FOU』
 紙上版画と多彩な摺り
 特殊な技法の効果
第5章 楽園を夢見る子供たち
 迫る戦争と楽園の子供たち
 駒込の本山ハウス
 最後の楽園 焼跡とおカボチャさま
 内田百閒との再会
 死とその後
 遺された一束の書簡

おわりに――もっとでっかい勲章を (瀬尾典昭)

谷中安規略年譜 (瀬尾典昭 編)
主な参考図書

【コラム】
筋肉と躍動を備えた風景 (藤野可織)
谷中安規の再評価 (宮内淳子)
愛書家本の時代と谷中安規 (山田俊幸)
ごく個人的な。 (大野隆司)



谷中安規 モダンとデカダン 02



◆本書より◆


「はじめに」より:

「内田百閒は『贋作吾輩は猫である』のなかで、風船画伯こと谷中安規と映画「カリガリ博士」のことを話題にしている。百閒は「風船さんがカリガリ博士を見ている風景はいいね」と言う。ヱルネル・クラウスの演じるカリガリ博士を真似て、風船さんがインバネスを着て歪んだ道を歩いて行ったならばさながら痩せたカリガリ博士だ、と評すのに対して、安規は、私は眠り男のコンラート・ファイトの役でございます、こんなに痩せていても骨が酔うと言うから術をかけられたら眠るでしょう、と応答している。」

「安規の奇行を語る言葉は多い。プライドが高く傍若無人でありながら、根っから人なつっこくて純真無垢、しかも極端に頼りなげな弱々しい存在感をまとっていて、決して憎めない人物であった。いつも芸術を求め他のことには頓着しなかったという安規は、聖者の香りがしたという人もいた。
 しかし、友人の妹にひどい失恋を経験することもあったし、いつも誰かに恋情を絶やさなかったらしい。(中略)日常的にもほとんどコーヒー中毒のようであった安規は、黒いコートを引きずるようにまとっては、カフェに入り浸り、好きだったシネマに通っていた。華奢で痩身の体躯をふらふらと幽霊のように歩いていた安規は、まさに大東京を彷徨っていたかのようである。」
「一九四五(昭和二十)の大空襲にも疎開することなく東京を離れなかったし、戦後は駒込の焼け跡に自分で建てた掘立小屋に住んでいた。一年ほど経た夏過ぎ、食べ物を差し入れて何かと世話をやいていた周りの人たちの甲斐もなく、栄養失調で亡くなった。四十九歳だった。居候を繰り返し、腹が減ると知り合いを訪ね歩いて何かと暮らしてきたのが、戦災で知人との伝手も断たれ孤立してしまったがために、生きながらえてゆく術がなかった、ということだろうか。」



「放浪人生へ」より:

「絵を描くようになると、安規は全くの独学であるが、土蔵に籠り蝋燭の灯火で素描や版画の制作に没頭していた。あるときは店の金庫からお金を持ち出し、芸妓をモデルに習作を重ねることもあったという。(中略)安規は長男だったにもかかわらず家業に見向きもせず、父子の関係はかなり険悪なものだった。」
「安規はなぜかめったやたらに居候を繰り返している。(中略)知り合いを訪ねては食べさせてもらい、それを許してくれる人たちの存在があることもまた不思議である。」



「日夏耿之介と遺愛品」より:

「長野・飯田市の日夏耿之介記念館には、彼らの親交を物語る日夏の遺品が保管されている。大正末から昭和初期にかけて朝鮮の京城滞在期の安規から送られた作品や書簡類である。そのひとつ《妄想》シリーズは小品の木版画ながら、性的でグロテスクな表現で安規らしさを発揮した初期版画の代表作である。
 仏教的な地獄絵図らしいものであるが、そのオドロオドロしい様子は暴力的ですらある。ロボットあるいは操り人形のようなものや、股間から生まれ出るヒトガタのものがあったりと、意味不明なものが満載なのも、安規ならではの妄想全開である。」



谷中安規 モダンとデカダン 03

「画稿 1 人造地震 1926年頃」


谷中安規 モダンとデカダン 04


「妄想 E 1925年頃」


谷中安規 モダンとデカダン 00


カバーは上下が折ってあるタイプで広げるとこんな感じです。

本書は布装ハードカバー(金押し)なのはぜいたくでよいですが、ページ面も余白を重視したぜいたくなデザインになっているので、作品図版が小さくなりがちで、全体的に余白が多く、見開きページの上端と下端に枠飾り図版が印刷されていてまんなかが余白になっているのなどは、それはそれでモダンでいさぎよいですが、わたしなどは貧乏性なので余白を減らせば作品図版をもっとたくさん入れられるのになー、そして諸家のコラムのかわりに谷中安規の書いた文章をのせてくれればよかったのになー、とおもわずにいられませんでした。


谷中安規 モダンとデカダン 06




こちらもご参照下さい:

『現代詩文庫 1005 尾形亀之助詩集』



































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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