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北原白秋 『トンボの眼玉』 (復刻)

「子供に還ることです。子供に還らなければ、何一つこの忝い大自然のいのちの流をほんたうにわかる筈はありません。」
「私たちはいつも子供に還りたい還りたいと思ひながらも、なかなか子供になれないので殘念です。」
「私もこれから努めます。だんだんとほんたうの子供の心に還るやうに、ほんたうの童謠を作れるやうに。」

(北原白秋 『トンボの眼玉』 「はじめに」 より)


北原白秋 
『トンボの眼玉』

名著復刻 日本児童文学館 9
大正8年10月15日刊 アルス版


ほるぷ出版 
昭和46年1月
152p+6p
B6判 
角背紙装(背バクラム)上製本
貼函 保護函(機械函)
表紙・外装・扉: 矢部季



本文中挿絵図版(カラー)28点。
複眼の数だけ増殖して追いかけてくる恐ろしい他者、ひるさがりの気怠さに兆す殺意、永遠に降りつづける雨、故しれぬ異邦人意識、幼児誘拐曼珠沙華、赤い実をたべれば赤くなる黄泉戸喫の洗脳世界、消えることのない罪悪感のナツメ地獄、手まりの中から次次でてくる手も耳もない奇形うさうさ兎の群れ、ひとさらいの跋扈する都会の夕ぐれ。白秋の童謡はほんとうにこわいです。それとはべつに最後まで出世しない・なにもしないでねたきり状態をつらぬく物臭太郎はたいへん毅然としてすばらしいです。



北原白秋 トンボの眼玉 01



北原白秋 トンボの眼玉 02



北原白秋 トンボの眼玉 03



北原白秋 トンボの眼玉 04



北原白秋 トンボの眼玉 05



北原白秋 トンボの眼玉 07



目次 (挿画):

はしがき

とんぼの眼玉 (矢部季/三色版)
夕燒とんぼ (清水良雄)
八百屋さん (初山滋/三色版)
お祭 (清水良雄)
のろまのお醫者 (初山滋)
ほうほう螢 (矢部季)
鳰の浮巣 (清水良雄)
金魚 (清水良雄/三色版)
雨 (初山滋/二度刷)
赤い帽子、黑い帽子、靑い帽子、 (初山滋)
南京さん (矢部季)
曼珠沙華 (清水良雄)
ちんころ兵隊 (初山滋)
とうせんぼ (清水良雄)
りすりす小栗鼠 (二度刷)
山のあなたを (初山滋)
ねんねのお鳩 (清水良雄)
赤い鳥小鳥 (矢部季/三色版)
鳥の巣 (初山滋)
なつめ (清水良雄)
うさうさ兎 (初山滋/二度刷)
屋根の風見 (清水良雄)
かぜひき雀 (初山滋/二度刷)
あはて床屋 (清水良雄)
舌切雀 (初山滋/二度刷)
雀のお宿 (清水良雄)
物臭太郎 (清水良雄)
雉ぐるま (清水良雄)




北原白秋 トンボの眼玉 06



◆本書より◆


「はしがき」より:

「この集の中でも「曼珠沙華」の一篇はその「思ひ出」の中から抜いたのでした。」
「「南京さん」「屋根の風見」の二篇も七八年前に作つたのです。その外は皆新らしいものです。
 昨年から丁度折よく、お友だちの鈴木三重吉さんが、子供たちのためにあの藝術味の深い、純麗な雜誌「赤い鳥」を發行される事になりましたので私もその雜誌で童謠の方を受持つ事になつて、それでいよいよかねての本願に向つて私も進んでゆけるいい機會を得ました。
 これらの童謠はおほかたその「赤い鳥」で公にされたものですが、今度改めて今までの分を一(ひと)まとめにして出版する事になりました。」
「ほんたうの童謠は何よりわかりやすい子供の言葉で、子供の心を歌ふと同時に、大人にとつても意味の深いものでなければなりません。然し乍ら、なまじ子供の心を思想的に養はうとすると、却つて惡い結果をもたらす事が多いのです。それであくまでもその感覺から子供になつて、子供の心そのままな自由な生活の上に還つて、自然を觀、人事を觀なければなりません。」
「子供に還ることです。子供に還らなければ、何一つこの忝い大自然のいのちの流をほんたうにわかる筈はありません。
 「子供は大人の父だ」と申す事も、この心をまさしく云つたものに外なりません。私たちはいつも子供に還りたい還りたいと思ひながらも、なかなか子供になれないので殘念です。
 私の童謠に少しでもまだ大人くさいところがあれば、それは私がまだほんたうの子供の心に還つてゐないのです。さう思ふと、子供自身の生活からおのづと言葉になつて歌ひあげねばならぬ筈の童謠を大人の私が代つて作るなどと云ふ事も私には空おそろしいやうな氣がします。然し、私たちから先づ、その子供たちのさうした歌ごころを外へ引き出してあげる事も必要だと思ひます。さういふ心で私は童謠を作つて居りますのです。
 私もこれから努めます。だんだんとほんたうの子供の心に還るやうに、ほんたうの童謠を作れるやうに。」




北原白秋 トンボの眼玉 08



「金魚」:

「母(かあ)さん、母(かあ)さん、
どこへ行(い)た。
 紅(あアか)い金魚(きんぎよ)と遊(あそ)びませう。

母(かあ)さん、歸(かへ)らぬ、
さびしいな。
 金魚(きんぎよ)を一匹(いつぴき)突(つ)き殺(ころ)す。

まだまだ、歸(かへ)らぬ、
くやしいな。
 金魚(きんぎよ)を二匹(にイひき)締(し)め殺(ころ)す。

なぜなぜ、歸(かへ)らぬ、
ひもじいな。
 金魚(きんぎよ)を三匹(さんびき)捻(ね)ぢ殺(ころ)す。

涙(なみだ)がこぼれる、
日(ひ)は暮(く)れる。
 紅(あアか)い金魚(きんぎよ)も死(しイ)ぬ、死(し)ぬ。

母(かあ)さん怖(こは)いよ、
眼(め)が光(ひか)る、
 ピカピカ、金魚(きんぎよ)の眼(め)が光(ひか)る。」




北原白秋 トンボの眼玉 10



「雨」より:

「雨(あめ)がふります。雨(あめ)がふる。
遊(あそ)びにゆきたし、傘(かさ)はなし、
紅緒(べにを)の木履(かつこ)も緒(を)が切(き)れた。」

「雨(あめ)がふります。雨(あめ)がふる。
晝(ひる)もふるふる。夜(よる)もふる。
雨(あめ)がふります。雨(あめ)がふる。」




北原白秋 トンボの眼玉 09



「曼珠沙華」:

ゴンシャン、ゴンシャン、何處(どこ)へ行(ゆ)く。
赤(あか)いお墓(はか)の曼珠沙華(ひがんばな)、
曼珠沙華(ひがんばな)、
けふも手折(たを)りに來(き)たわいな。

ゴンシャン、ゴンシャン、何本(なんぼん)か。
地(ち)には七本(しちほん)血(ち)のやうに、
血(ち)のやうに、
ちやうどあの兒(こ)の年(とし)の數(かず)。

ゴンシャン、ゴンシャン、氣(き)をつけな。
ひとつ摘(つ)んでも、日(ひ)は眞晝(まひる)、
日(ひ)は眞晝(まひる)、
ひとつあとからまたひらく。

ゴンシャン、ゴンシャン、何故(なし)泣(な)くろ。
何時(いつ)まで取(と)つても曼珠沙華(ひがんばな)、
曼珠沙華(ひがんばな)、
恐(こは)や、赤(あか)しや、まだ七(なゝ)つ。

註 ゴンシャンは九州の柳河といふ町の言葉で、お孃さんといふことです。」




北原白秋 トンボの眼玉 12



「赤い鳥小鳥」:

「赤(あか)い鳥(とり)、小鳥(ことり)、
なぜなぜ赤(あか)い。
赤(あか)い實(み)をたべた。

白(しろ)い鳥、小鳥(ことり)。
なぜなぜ白(しろ)い。
白(しろ)い實(み)をたべた。

靑(あを)い鳥、小鳥(ことり)。
なぜなぜ靑(あを)い。
靑(あを)い實(み)をたべた。」



「なつめ」より:

「棗(なアつめ)。棗(なつめ)。
赤(あアか)い棗(なつめ)。
盗(ぬす)んだ棗(なつめ)。
この棗(なつめ)どうしやう。」

「怖(こオは)い棗(なつめ)、
盗(ぬす)んだ棗(なつめ)、
お手々(てて)に入(い)れて、
袂(たもと)に入(い)れて、
歸(かへ)つて寢(ね)たら、
棗(なつめ)がぶんぶん鳴(な)り出(だ)した。」

「怖(こオは)い棗(なつめ)、
怖(こオは)い棗(なつめ)。」




北原白秋 トンボの眼玉 14



「屋根の風見」より:

「子(こ)を奪(と)ろ、子(こ)奪(と)ろ、
「鴻(こう)の巣(す)」の窓(まど)に、
硝子(がらす)が光(ひか)る。
露西亞(ろしや)のサモワル、紅茶(こうちや)の湯氣(ゆげ)に、
かつかと光(ひか)る。
江戸橋(えどばし)、荒布橋(あらめばし)、
靑(あを)い燈(ひ)が點(つ)く……向(むか)うの屋根(やね)に、
株(かぶ)の風見(かざみ)がくるくるまはる。」

「鴻の巣とは西洋料理屋の名です。」



「物臭太郎」:

「物臭太郎(ものぐさたらう)は朝寢坊(あさねばう)、
お鐘(かね)が鳴(な)つても目(め)がさめぬ、
鷄(こけこ)が啼(な)いてもまだ知(し)らぬ

物臭太郎(ものぐさたらう)は家(うち)持(も)たず、
お馬(うま)が通(とほ)れど道(みち)の端(はた)、
お地頭(ぢとう)見(み)えても道(みち)の端(はた)。

物臭太郎(ものぐさたらう)はなまけもの、
お腹(なか)が空(す)いても臥(ね)てばかり、
藪蚊(やぶか)が螫(さ)しても臥(ね)てばかり。

物臭太郎(ものぐさたらう)は慾(よく)しらず。
お空(そら)の向(むか)うを見(み)てばかり、
櫻(さくら)の花(はな)を見(み)てばかり。」




北原白秋 トンボの眼玉 15


「八百屋さん」。



北原白秋 トンボの眼玉 11


「南京さん」。







こちらもご参照ください:

北原白秋 訳 『まざあ・ぐうす』 (角川文庫)
西條八十 『砂金』 (復刻)
武井武雄 『ラムラム王』
西岡兄妹 『西岡兄妹自選作品集 地獄』


































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北原白秋 『桐の花 ― 抒情歌集』 (復刻)

「Gen-gen byō-soku-byō………Gen-gen byō-soku-byō………お岩稻荷大明神樣………南無妙法蓮華經………どうぞ商賣繁昌致しまするやうに………
 鷄頭、鷄頭、俺はもう氣が狂ひさうだ。」

(北原白秋 「ふさぎの蟲」 より)


北原白秋 
『桐の花
― 抒情歌集』



近代文学館 名著複刻全集
昭和44年4月
500p xi
17.5×11cm 
角背紙装(背バクラム)上製本 天金
カバー 保護函



北原白秋歌集『桐の花』、東雲堂書店版初版本(大正2年1月)の復刻です。
著者によるカット21点、扉絵1点、各章扉絵(別刷貼付)14点。

抒情歌集というので油断していたら「姦通罪」で勾留されたりしてかなりハードかつヘヴィな内容になっています。



北原白秋 桐の花 01



北原白秋 桐の花 02



北原白秋 桐の花 03



目次:

 歌
銀笛哀慕調
 Ⅰ 春
 Ⅱ 夏
 Ⅲ 秋
 Ⅳ 冬
初夏晩春
 Ⅰ 公園のひととき
 Ⅱ 郊外
 Ⅲ 庭園の食卓
 Ⅳ 春の名殘
薄明の時
 Ⅰ 放埓
 Ⅱ 踊子
 Ⅲ 淺き浮名
 Ⅳ 蟾蜍の時
 Ⅴ 猫と河豚と
 Ⅵ 路上
雨のあとさき
 Ⅰ 雨のあとさき
 Ⅱ 晝の鈴蟲
秋思五章
 Ⅰ 秋のおとづれ
 Ⅱ 秋思
 Ⅲ 清元
 Ⅳ 百舌の高音
 Ⅴ 街の晩秋
春を待つ間
 Ⅰ 冬のさきがけ
 Ⅱ 戯奴
 Ⅲ 雪
 Ⅳ 早春
 Ⅴ 寂しきどち
白き露臺
 Ⅰ 春愁
 Ⅱ 夜を待つ人
 Ⅲ なまけもの
 Ⅳ 女友どち
 Ⅴ 白き露臺
哀傷篇
 Ⅰ 哀傷篇序歌
 Ⅱ 哀傷篇
 Ⅲ 續哀傷篇
 Ⅳ 哀傷終篇

 小品
桐の花とカステラ
晝の思
植物園小品
感覺の小凾
白猫
ふさぎの蟲

集のをはりに




北原白秋 桐の花 08



◆本書より◆


「わがこの哀れなる抒情歌集を誰にかは献げむ
はらからよわが友よ忘れえぬ人びとよ
凡てこれわかき日のいとほしき夢のきれはし
                  Tonka John」



「桐の花とカステラ」より:

「短歌は一箇の小さい綠の古寶玉である、古い悲哀時代のセンチメントの精(エツキス)である。」
「その小さい綠の古寶玉はよく香料のうつり香の新しい汗のにじんだ私の掌にも載り、ウイスキイや黄色いカステラの付いた指のさきにも觸れる。而して時と處と私の氣分の相違により、ある時は桐の花の淡い匂を反射し、また草わかばの淡綠にも映り、或はあるかなきかの刺のあとから赤い血の一滴をすら點ぜられる。」
「古い小さい綠玉(エメロウド)は水晶の函に入れて戟刺の鋭い洋酒やハシツシユの罎のうしろにそつと秘藏して置くべきものだ。」

「鳴かぬ小鳥のさびしさ………それは私の歌を作るときの唯一無二の氣分である。(中略)さらにまだ鳴きいでぬ小鳥鳴きやんだ小鳥の幽かな月光と草木の陰影のなかに、ほのかな遠くの檞の花の甘い臭に刺戟されてじつと自分の悲哀を凝視めながら、細くて赤い嘴を顫してゐる氣分が何に代へても哀ふかく感じられる。」

「私の歌にも欲するところは氣分である、陰影である、なつかしい情調の吐息である。……

 (小さい藍色の毛蟲が黄色な花粉にまみれて冷めたい亞鉛のベンチに匐つてゐる……)
 私は歌を愛してゐる。さうしてその淡綠色の小さい毛蟲のやうにしみじみと私の氣分にまみれて、拙いながら眞に感じた自分の歌を作つてゆく……」



「銀笛哀慕調」より:

「銀笛のごとも哀(かな)しく單調(ひとふし)に過ぎもゆきにし夢なりしかな」

「いやはてに欝金(うこん)ざくらのかなしみのちりそめぬれば五月(さつき)はきたる」

「ああ笛鳴る思ひいづるはパノラマの巴里(パリス)の空の春の夜の月」

「薄暮(たそがれ)の水路(すゐろ)に似たる心ありやはらかき夢のひとりながるる」

「枇杷の木に黄なる枇杷の實かがやくとわれ驚きて飛びくつがへる」

「病める兒はハモニカを吹き夜に入りぬもろこし畑(はた)の黄なる月の出」

「日の光金絲雀(カナリヤ)のごとく顫ふとき硝子に凭(よ)れば人のこひしき」

「かかる時地獄を思ふ、君去りて雲あかき野邊に煙渦まく」

「たはれめが靑き眼鏡のうしろより朝の霙を透かすまなざし」




北原白秋 桐の花 04



「初夏晩春」より:

「草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寢(ね)て削るなり」

「よき椅子(いす)に黑き猫さへ來てなげく初夏晩春の濃きココアかな」

「魔法つかひ鈴振花(すずふりはな)の内部(なか)に泣く心地こそすれ春の日はゆく」




北原白秋 桐の花 05



「晝の思」より:

「六月が來た、なつかしい紫のヂキタリスと苦い珈琲の時節、赤い土耳古帽の螢が萎え、憂欝な心の蟾蜍(かへろ)がかやつり草の陰影(かげ)から啼き出す季節――而してやや蒸し暑くなつたセルのきものの肌觸りさへまだ何となく棄て難い今日此頃の氣惰(けだ)るい快さに、ふつくらと輕いソフアに身を投げかけて、物憂げに煙草をくゆらし、女を思ひ、温かい吐息と、眞晝マグネシヤの幻光の中に幽かな黄昏の思想を慕ひ恍惚の薄明(ツワイライト)を待つわかい男の心ほど惱ましいものはあるまい。」

「零時二十三分、日の光はヴエニス模樣の色硝子を透かして窻掛の浮織を惱まし、人も居ない珈琲店の空椅子には、今恰度眞白な猫がまるで乳酪の塊(かたまり)のやうにとろみかけてゐる。」

「目に見えぬ空の何處(どつ)かで花火が揚る。」



「薄明の時」より:

「美くしきかなしき痛き放埓の薄らあかりに堪へぬこころか」

「フラスコに靑きリキユールさしよせて寢(ぬ)ればよしなや月さしにけり」

「蟾蜍(ひきがへる)幽靈のごと啼けるあり人よほのかに歩みかへさめ」

「白き猫膝に抱けばわがおもひ音なく暮れて病むここちする」

「かはたれのロウデンバツハ芥子の花ほのかに過ぎし夏はなつかし」

「晝見えぬ星のこころよなつかしく刈りし穗に凭り人もねむりぬ」




北原白秋 桐の花 09



「秋思五章」より:

「ひいやりと剃刀(かみそり)ひとつ落ちてあり鷄頭の花黄なる庭さき」


「春を待つ間」より:

「歇私的里(ヒステリー)の冬の發作のさみしさのうす雪となりふる雨となり」


「白き露臺」より:

「なまけものなまけてあればこおひいのゆるきゆげさへもたへがたきかな」

「夕暮のあまり赤さになまけものとんぼがへれば啼くほととぎす」



「哀傷篇」より:

「またぞろふさぎの蟲奴(め)がつのるなり黄なる鷄頭赤き鷄頭」

「かなしければ晝と夜とのけぢめなしくつわ蟲鳴く蜩(かなかな)の鳴く」

「死ぬばかり白き櫻に針ふるとひまなく雨をおそれつつ寢ぬ」

「その翌朝(よくあさ)君とわが見て慄(ふる)へたる一寸坊が赤き足藝」

「ひなげしのあかき五月(さつき)にせめてわれ君刺し殺し死ぬるべかりき」

「あかんぼを黑き猫來て食みしといふ恐ろしき世にわれも飯(いひ)食(は)む」




北原白秋 桐の花 06



北原白秋 桐の花 07



「白猫」より:

「いかにも惱ましい晩だつたと思つた。歩行(ある)いてゐるとまるで自分の身體(からだ)が蒼白いセンジユアルな發光の中にひきつつまれて匂のふかい麝香猫か何ぞのやうに心までが腐爛してゆくかとさへ思はれた。
 霧、霧、濃密な深い麻醉の雰圍氣に新鮮な瓦斯が光り、電燈がぼやけ、アーク燈が濡れた果實のやうに香氣を放ち、葉柳のかげに、舗石に、店々の飾窓(シヤウウインドウ)に、さまざまの光澤と陰影とが入り亂れて息づかひ深く霧が愈ふりそそぐ。行きかふ人かげ、馬車や自働車の燈(ひ)のくるめき、電車の鐸(すず)――銀座の二丁目から三丁目にかけて例(いつ)も見馴れた淺はかな喧騷の市街が今はぼかされ搔き消されて、ただ不可思議な恍惚と濃厚な幻感とが恰度水底のキネオラマのやうに現出する。
 その底を私は歩行(ある)いてゐた。」

「私はまた靜かに寂しい闇の核心を凝視(みつ)めながら、更に新らしい靈魂の薄明(ツワイライト)を待たねばならぬ。」



「ふさぎの蟲」より:

「大正元年八月二十六日午後四時過ぎ、俺は今染々とした氣持で西洋剃刀の刃(は)を開く。庭には赤い鷄頭が咲いてゐる。細い四角の西洋砥石に油をかけ、ぴつたりと刃(は)を當てると、何とも云へぬ手あたりが軟かな哀傷の辷りを續ける。奇異な赤い鷄頭、縁日物ながら血の如(やう)な鷄冠(とさか)の疣々(いぼいぼ)が怪しい迄日の光を吸ひつけて、じつと凝視(みつ)めてゐる私の瞳を狂氣さす。
 鷄頭、汝(おまへ)はまるで寂寥と熱意との一揆のやうだ、何時でも汝(おまへ)の集團(むらがり)さへ見ると俺の氣分が欝(ふさ)ぎ出す。

 餘程眠りこけて居たのか、晝寢から俺が覺めた時にはもう誰一人家内(うち)には居なかつた(中略)。而して俺獨が装飾(かざり)も何にもないガランとした下座敷にぽつねんとかうやつて坐つて居る。何にも爲る事がない、ただもう倦怠(だ)るい、仕方が無いので妹の鏡臺を縁側に持ち出して又かうやつて剃刀の刃を當(あた)る。鶏頭が莫迦に光る、それかと言つてくわつと光つた外光の中に何かしら厭な陰氣さが嘲笑(あざわら)つてでもゐるやうに、赤い鷄頭(とさか)が眼に染(し)みる、莖が戰ぐ、その根元から小さい蜥蜴が走り出す。

 何處かで御大喪中の忍びやかな爪彈の音が洩れる。晝の三味線、赤い鷄頭、それが眞赤に陰氣にこんがらがると、今度はまたお隣のお岩稻荷から恐ろしいお百度參りの祈願と呪咀との咽び泣きが絶間(しつきり)もなく俺の後腦に鋭い映畫(フイルム)の閃光を刺し通す。」

「鷄頭、鷄頭、
 記憶に悲哀は再燃する、切迫詰(つま)つた俺の感覺が四(よつ)ん匍ひになつて剃刀を拾ひかける、ハツと靈魂(たましひ)が後から呼び返すと意久地もなくパタリと身體が平べつたくなる、苦しい涙がポトリポトリと額を抑えた手の甲に零れる………
 轡蟲が啼く………唐突(やには)に座り直して、ぐいと右の指を二三本白粉の瓶に突つ込む。ぐるぐると搔き廻してぺたりと面にぶつつける、………ふさぎの蟲がクスクス笑ふ………狂者(きちがひ)、狂者、まるで汝は狂者だ、恁(か)うして居る中にも頓狂な發作の陰謀(たくらみ)が恐ろしい心のどん底から可笑(をか)しいほどはしやぎ出す、白粉(おしろい)を水にも溶かさないでべたべた塗りつける、にとにとと面が突張(つつぱ)る、眼が光る、見る見る能のお面のやうに眞白に生色のない泣つ面(つら)が出來上る。」

「活惚、活惚、甘茶で活惚、鹽塩茶で活惚、ヨイトナ、ヨイ、ヨイ、………
 くるくると二つばかりとんぼがへりをする。ガランとした部屋の中に、たつた一人、眞白な面を緊張(ひきし)めてくるくるともんどりうつ凄さ、可笑(をかし)さ、又その心細さ、くるくると戯(おど)け廻つて居る内に生眞面目(きまじめ)な心が益落ちついて、凄まじい晝間の恐怖が腋の下から、咽喉から、臍から、素股から、足の爪先から、空一面(そらいつぱい)に擴がり出す。
 鷄頭が眞赤に眞赤にひつくりかへる。
 頭(あたま)の映畫(フイルム)がキラキラキラキラひつくりかへる、蜩(かなかな)が鳴く、お百度參りが泣く、三味線が囃し立てる。
 活惚、活惚……

 三味線がハタと止む………
 と、くるくると轉(ころ)がつてゐる俺自身が俺にももう恐ろしくて恐ろしくてたまらなくなつた、思はず投げつけられた盗賊猫(どろぼうねこ)のやうにぽんと起き直るとその儘パタパタと二階に駈け上つた。
 晝の蠟燭がまた幽かに取澄まして瞬く。

 それから暫時(しばらく)經(た)つて、殆素つ裸の俄作りの戯奴(ヂヤウカア)は外の出窓に兩脚を恍惚(うつとり)と投げ出して居た。而して今靈岸島の屋根瓦の波の上にくるくると落ちかかる眞赤な太陽の光を凝(ぢつ)と眺めて居る。雲の影ひとつ見えない大空の果に鳩が火の玉のやうに飛んで居る。煙突の煤烟がくさくさと渦を卷く、電線が光る。
 それでも、向ふの土藏の屋根の上に枯れかかつた名も知れぬ雜草がしんみりと戰ぐでもなく戰(そよ)いでゐるのが眼に付いた、その僅な二三本しかない幽かな草の戰ぎがぢつと熟視(みつ)めて居るうちに、先程の活惚騷ぎで取り落したふさぎの蟲をまた染々とぶりかへす。草が戰ぐ、また意久地なしの靈魂(たましひ)が滅入つて了ふ。悄氣(しよげ)る、欝(ふさ)ぐ………涙がホロホロと頰つぺたを流れる。
 と、Gen-gen, byō-soku-byō………Gen-gen, byō-soku-byō………
 急に寂しくなつて、まじまじと下を向く、とまた生憎な、目に入るでもなく庭の垣根越しに向ふの長屋の明け放した下座敷が見える。
 おや、もう電燈(でんき)が點いて居る。晝間の光に薄黄色い火の線と白い陶器(せともの)の笠とが充分(いつぱい)にダラリと延ばした紐の下で、疊とすれすれにブランコのやうに部屋中搖れ廻つて居る、地震かしらと思ふ内に赤坊(あかんぼ)が裸で匍ひ出して來た、お内儀(かみ)さんが大きなお尻だけ見せて、彼方(あちら)向いて事もあらうに座敷の中でパツと紺蛇目(じやのめ)傘を擴げる。かと思ふと何時の間に歸つて來たのか末の弟が厠の中から博多節か何か歌つて居る。
 變だ、何だか何處かで火事でも燃え出しさうだ、空が燒ける、子供が騷ぐ、遠くの遠くで音も立てずに半鐘が鳴る………をや、俺の腦髓(あたま)までが黄(きな)くさくなつて來たやうだぞ………犬までが吠え出した………何か起るに相違ない。
 南無妙法蓮華經………お岩稻荷大明神樣………
 苦しい、苦しい、汗が流れる。
 恰度こんな暑い日だつた、俺は監獄で………と戯奴(ヂヤオカア)が面を顰(しか)める……俺は監獄であまり監房(へや)の臭氣が陰氣なので、汚ない亞鉛の金盥に水を入れて、あの安石鹼を溶(とか)しては兩手で搔き立て搔き立て、強い彈ぢきれさうな匂を息の苦しくなるほど跳ね散らしてゐた。
 真白い細(こま)かな泡と泡とが、綠に、靑に、紅に、薄黄に、紫に、初めは紫陽花、終まひには、小さな寶玉に分解して數限りもなく夏の暑熱と日光とに光る、呟やく、泣く、笑ふ、嘲る………恍惚(うつとり)と見入つて居ると、コツコツと隣の厚い壁板を向ふで敲く。そこで、俺も泡まみれの手でコツコツと合圖をして「奈何(どう)したの。」と腰をかがめる。
 「今日(けふ)は盆の十六日ですねえ。」と氣のない疲れた聲が投げ出すやうにきこえる。
 「さうだ、盆の十六日。」と俺も一寸可笑(をか)しくなる。
 「もうつくづく厭になつちやつた、ああああ………」
 これがこの二月に淺草で友達を殺した男の聲かと思ふと、何となく變な、不憫な、厭(いや)あな氣がする。二月から入監(はい)つて、まだ一度か二度法廷に引つ張り出されたつきり、まだ刑も極らず、放(ほつ)たらかしにされて居るのである。飽き飽きするのも無理もない。
 暫時(しばらく)默(だま)つて居ると、またコツコツと甘へるやうに背後(うしろ)を敲く。
 「何だね。」
 「あの睾丸(きんたま)抓んだら死ぬんでせうか。」
 不意に俺の眼が笑ひ出した。
 「そりやあね、ギユツと抓んだら何時(いつ)でも死にます。」と口を寄せて、また物好きな道化心が笑ひ出す。
 「だが、一體誰(だれ)が抓むの誰の睾丸(きんたま)を。」
 「私(あつし)が抓むんですがね。」
 猫のやうに頓狂な聲がした。
 と、思ひ出すと、取り澄ました俄作りの戯奴(ヂヤオカア)が一時に眞白な顏の造作を破裂さした、はははは、自分でも吃驚(びつくり)するほどの大きな聲を擧げ乍ら、腹を擁えて出窓から疊の上に轉げ廻つた、而して又轉げ廻つて/\世界中がひつくりかへるやうに笑ひ續けた。
 ははははは……………………
 ははははは……………………」



「集のをはりに」より:

「數少きわが歌の中より、選びて僅に四百餘首を得たり。わが歌はかの銀笛哀慕調のいにしへより哀傷篇四章の近什にいたるまで、凡ては果敢なき折ふしのありのすさびなれども、今に及びては舊歡なかなかに忘れがたし、ただ輯めて懷かしく、顧みて哀愁さらに深し。
 處々に挿みたる小品六篇のうち、「桐の花とカステラ」「晝の思」の二評論は時折のわが歌に於ける哀れなる心ばえのほどを述べたれども、そはわが今のつきつめたる心には協はず、ただ詩のみ、餘情のみ、うはかはのただひとふれのみ。
 わが世は凡て汚されたり、わが夢は凡て滅びむとす。わがわかき日も哀樂も遂には皐月の薄紫の桐の花の如くにや消えはつべき。
 わがかなしみを知る人にわれはただわが温情のかぎりを投げかけむかな、囚人 Tonka John は既に傷つきたる心の旅びとなり。
 この集世に出づる日ありとも何にかせむ。慰めがたき巡禮のそのゆく道のはるけさよ。
  この心を誰か悲しく弄ばむやんごともなし
  やんごともなし」






こちらもご参照ください:

北原白秋 『思ひ出』 (復刻)
斎藤茂吉 『歌集 赤光』 (復刻)
西條八十 『砂金』 (復刻)


白秋と茂吉は「蛍」「剃刀」「狂気」の、白秋と八十は「金絲雀(カナリヤ)」「鶏頭」「地獄」のイメジャリーを共有しています。


































































北原白秋 訳 『まざあ・ぐうす』 (角川文庫)

「掛け算はしちめんどう、
割り算は因業(いんごう)、
比例は人なかせ、
応用問題気がちがう。」

(北原白秋 訳 『まざあ・ぐうす』 より 「数学」)


北原白秋 訳 
『まざあ・ぐうす』

角川文庫 3665/緑 一二〇 4

角川書店
昭和51年5月30日 初版発行
昭和59年8月30日 14版発行
243p 『まざあ・ぐうす』原詩54p 
文庫判 並装 カバー 
定価340円
装幀: 杉浦康平
カバー/さし絵: 鈴木康司



本書「解説」より:

「初版単行本の『まざあ・ぐうす』(大正十年刊)とその後に出たアルス版全集本(昭和五年刊)や春陽堂少年文庫版(昭和八年刊)の『まざあ・ぐうす』との間には若干の字句の異同や改訂がある。」
「この角川文庫版は、アルス版全集本を底本とし、その中の明らかに誤植と思われるものを初版単行本によって訂正して、さらにかなづかいや漢字等を現代表記に改めたものである。」



本文庫版の特色は、原詩(英語)が巻末に収録されていること、本邦におけるマザーグース研究の泰斗・平野敬一による簡にして要を得た解説、そしてスズキコージ画伯によるたいへんすばらしい挿絵&カット81点が掲載されていることであります。


北原白秋 まざあぐうす 01


カバーそで文:

「ナンセンス、なぞなぞ、レジスタンス、諷刺などさまざまな要素を軽やかなリズムのうちに包み、英語圏で大切にはぐくまれてきた伝承童謡、まざあ・ぐうす。
 残忍で陽気で、奔放でとりとめがなく、そのおもしろさは不思議な魅力を秘め、暮らしの中に、文学の世界に深く息づいている。
 言葉の魔術師白秋が、愛をこめて子供たちのために訳出した幻の名著に、斬新なさし絵を多数挿入して復刊。」



北原白秋 まざあぐうす 02


目次:

日本の子供たちに はしがき

序詩 マザア・グウスの歌
まざあ・ぐうす
 こまどりのお葬式
 お月夜
 天竺ねずみのちびすけ
 木のぼりのおさる
 くるみ
 ボンベイのふとっちょ
 六ペンスの歌
 一時
 卵
 朝焼け夕焼け
 風がふきゃ
 文なし
 ファウスト国手
 とことこ床屋さん
 おくつの中に
 一つの石に
 コオル老王
 雨、雨、いっちまえ
 花壇にぶた
 日の照り雨
 いばらのかげに
 セント・クレメンツの鐘
 おうまのり
 小径にむすめ
 月の中の人
 十人のくろんぼの子供
 お月さまの中のおひとが
 クリスマスがきますわい
 べああ、べああ、ブラック・シイプ
 ろうそく
 ちっちゃなテイ・ウイ
 三月、風よ
 お面もち
 ししと一角獣
 くつやさん
 きれいなくびまき
 何人何びき何ぶくろ
 のむもの
 ちびねこ さんねこ
 雨もよう
 ポウリイ、やかんを
 南瓜ずき
 ぼう、うぉう、うぉう
 三百屋
 お釘がへれば
 二十四人の仕立屋
 ででむし角だせ
 お針みつけたら
 風よ、ふけ、ふけ
 気軽な粉屋
 いなかっぺえ
 おかごのばあさん
 すっとんきょうな南京さん
 鼻まがり
 あの丘のふもとに
 あたいのめうし
 ゆりかごうた
 こびっちょの子供は
 ねんねこうた
 はしっこいジャック
 ででむし、でむし
 一列こぞって
 ででむし
 おりこうさん
 おしゃべり
 ハアトのクイン
 コケコッコおどり
 でんでんむしむし
 おばあさんとむすこ
 てんとうむし
 あったかいパン
 ゴットハムの三りこう
 気ちがい家族
 ちっちゃなだんなさま
 一つのたるに
 ジャックとジル
 トムトムぼうず
 いぬはぼうおう
 ちいさなおじょっちゃん
 やぶ医者
 きれいずきのおかみさん
 御婚礼
 タッフィ
 ばばァ牛
 とっぴょくりん
 卵うりましょうと
 かささぎが一羽よ
 これ、これ、こいきな
 市場へ、市場へ
 数学
 眼
 五月のみつばち
 朝のかすみ
 かっこ鳥
 豆こぞう
 ソロモン・グランディ
 かえるの殿御
 一切空
 ロンドン橋
 世界じゅうの海が
 空はじめじめ
 アアサア王
 がぶがぶ、むしゃむしゃ
 天竺ねずみは
 ジャック・スプラットと
 背骨まがり
 おらがお父は
 ねこと王さま
 がァがァ、がちょう
 火の中に
 火ばしの一対
 お月さま光る
 おもちゃのうま
 なけなけ
 北風ふけば
 めくら鬼
 お山の大将
 上へいった
 みんなして森へ
 このぶた、ちびすけ
 おくつをはかしょ
 ながい尾のぶたに
 あァがった、あがった
 ワン、ツウ、スリイ、フォア、ファイブ
 顔あそび
 このベル
 足
 一番目のお床
 おしまい

巻末に 

解説 (平野敬一)
 一 成立
 二 「はしがき」と「巻末に」について
 三 翻訳としての『まざあ・ぐうす』
 四 『まざあ・ぐうす』のテキスト
 五 参考文献

『まざあ・ぐうす』原詩



北原白秋 まざあぐうす 03



◆本書より◆


「雨もよう」:
 
「いぬとねことがお友達にあいに、
ちょいと、街(まち)からつれだってまいる。
ねこがもうします。
「お天気はどうでしょね」
いぬがもうします。
「さようさ、おくさんえ、雨がふりそでござんすが、
御心配はいりません、てまえがこうもり傘(がさ)もってますでな。
そのときゃごいっしょに、相合傘(あいあいがさ)とはいかがでしょ」



「A DOG AND A CAT.」:

「A dog and a cat went out together,
To see some friends just out of the town;
Said the cat to the dog,
"What d'ye think of the weather ?"
"I think, m'am, the rain will come down -
But don't be alarmed, for I've an umbrella
That will shelter us both," said this amiable fellow.」



「気ちがい家族」:

「気ちがいの御亭主に、
気ちがいのおかみさん、
気ちがい小路(こうじ)に住んで、
三つ児をうんで、
どの児もどの児も気がちごた。
 お父さんが気ちがい、
 お母さんが気ちがい、
 みんな子供が気ちがい。
気ちがいうまにのって
いっしょくたに、みんなのって、
まっくら三宝(さんぽう)に、かけてった。」



「THERE WAS A MAD MAN.」:

「There was a mad man,
And he had a mad wife,
And they lived all in a mad lane!
They had three children all at a birth,
And they too were mad every one.
 The father was mad,
 The mother was mad,
The children all mad beside;
And upon a mad horse they all of them got,
And madly away did ride.」



北原白秋 まざあぐうす 04


「文なし」:

「一文なしの文三郎(もんさぶろう)、文三郎をさらおうと
どろぼうどもがやってきた。
にげた、にげた、烟突(えんとつ)の素頂辺(すてっぺん)へ攀(よ)じてった。
しめた、しめたとどろぼうどもがおっかけた。
それをみて文三郎、そろっとむこうへにげおりた。
こうなりゃみつかるまい。
かけた、かけた、十五日(じゅうごんち)に十四(じゅうし)マイル、
それで、ふりむいたが、もうだァれもみえなんだ。」



北原白秋 まざあぐうす 05


「セント・クレメンツの鐘」:

「のぼれいそいそ、またおりなされ、
鐘はロンドン、つけば数ござる。

「オレンジにレモン」
セント・クレメンツの鐘がなる。

「標的(まと)と、標的(まと)の星」
セント・マアガレッツの鐘がなる。

「煉瓦(れんが)に瓦(かわら)」
セント・ギルスの鐘がなる。

「半(ハアフ)ペンスにファシング *」
セント・マアルチンスの鐘がなる。

「パン菓子におせんべい」
セント・ピイタアスの鐘がなる。

「二本の枝、一つのりんご」
ホワイト・チャペルの鐘がなる。

「灰かき、火ばし」
セント・ジョンスの鐘がなる。

「湯わかし、おなべ」
セント・アンヌスの鐘がなる。

「バルドペエトじいさんよう」
オルトゲエドののろい鐘。

「おまえに十シルリング貸しがある」
セント・ヘレンズの鐘がなる。

「いィつはろうてくれるんじゃ」
ふるいベエレエの鐘がなる。

「おいらが金持ちになったらな」
ショルジッチの鐘がなる。

「そしたらたのむよ、そのときは」
ステプニイの鐘がなる。

「おれんしったこっかい」と
ボウの大きな鐘の声。

さあきた、手燭(てしょく)がお床(とこ)へおまえをてらしにきた。
さあきた、首切り役人がおまえのそっ首ちょんぎりに。

  * ファシングは一ペンニイの四分の一。」



北原白秋 まざあぐうす 06


「解説」(平野敬一)より:

「翻訳として白秋の『まざあ・ぐうす』は、どのように評価できるのだろうか。(中略)白秋の訳業は、語学力のいささかの心もとなさをその天才的な詩人の直観で補っている、というふうに評価して差し支えないかと思われるが、「補って余りある」とまで言いきれるかどうか。」
「また白秋が『まざあ・ぐうす』の訳に用いた語彙(ごい)の特性も、読者や研究者にとって、気になる興味深い問題の一つであろう。ほぼ同時代の松原至大(みちとも)訳や竹友藻風(そうふう)訳(いずれも大正十四年)と比べてみると、白秋訳は、なにか異質的というか、はるかに個性が強いことに気がつく。アクが強い、あるいは凝りすぎている、というふうに受けとる人もいよう。当時の広告文には白秋訳の「純然たる民謡調」とか「原作をしのぐ民謡調」という表現がみられるし、白秋自身「わが日本の民謡語であたう限り生かしきろうとつとめた」といっている。つまり、白秋訳は、厳密にいうと、必ずしも当時の現代語訳ではなかったのである。大正期の日本語訳というより、白秋あるいはその同時代人がとらえていた日本の「民謡調」訳だったのである。もっとサラッとした至大や藻風の訳しかたに比べると、そういうところに白秋訳のきわだった特色があったといえる。しかし、「民謡調」というだけで、たとえば「ソロモン・グランディ」の訳に出てくる「おっ死(ち)ぬ」とか「ずんと重(おも)って」といった表現の説明がつくのだろうか。私はなんとなく江戸期の洒落本や滑稽本の語彙を連想したりするのだが、こういう特異な語彙は、白秋の詩業総体の中で考察して位置づけてみる必要があるように思われる。」





こちらもご参照ください:

平野敬一 『マザー・グースの唄』 (中公新書)






















































北原白秋 『思ひ出』 (復刻)

「夜は黑…………時計の數字の奇異(ふしぎ)な黑。
血潮のしたたる
生(なま)じろい鋏を持つて
生膽取(いきぎもとり)のさしのぞく夜。」

(北原白秋 「夜」 より)


北原白秋 
『抒情小曲集 
思ひ出』

新選 名著複刻全集 近代文学館


刊行: 日本近代文学館
発売: ほるぷ
昭和51年3月20日 印刷
昭和51年4月1日 発行(第14刷)
lxvii 346p 別丁図版2葉
15.2×10.2cm 
丸背紙装上製本 カバー 
保護函



北原白秋詩集『思ひ出』、東雲堂書店版(明治44年6月刊)の復刻です。
著者による挿絵・カット7点、別丁図版(モノクロ)2点。



北原白秋 思ひ出 01


カバー。



北原白秋 思ひ出 03


本体表紙。



北原白秋 思ひ出 02



目次:

わが生ひたち

序詩
骨牌の女王
 金の入日に繻子の黑
 骨牌の女王の手に持てる花
 燒栗のにほひ
 黑い小猫
 足くび
 小兒と娘
 靑い小鳥
 みなし兒
 秋の日
 人形つくり
 くろんぼ

斷章 六十一
 一、今日もかなしと思ひしか
 二、ああかなしあはれかなし
 三、ああかなしあえかにもうらわかき
 四、あはれわが君おもふ
 五、暮れてゆく雨の日の
 六、あはれ友よわかき日の友よ
 七、見るとなく涙ながれぬ
 八、女子よ汝はかなし
 九、あはれ日のかりそめのものなやみ
 十、あはれあはれ色薄きかなしみの葉かげに
 十一、酒を注ぐ君のひとみの
 十二、女汝はなにか欲りする
 十三、惱ましき晩夏の日に
 十四、わが友よ
 十五、あはれ君我をそのごと
 十六、哀知る女子のために
 十七、口にな入れそ
 十八、われは思ふかの夕ありし音色を
 十九、ああさみしあはれさみし
 二十、大空に入日のこり
 二十一、いとけなき女の兒に
 二十二、わが友はいづこにありや
 二十三、彌古りて大理石は
 二十四、泣かまほしさにわれひとり
 二十五、柔かきかゝる日の
 二十六、蝉も鳴くひと日ひねもす
 二十七、そを思へばほのかにゆかし
 二十八、あはれあはれすみれの花よ
 二十九、梅の果に金の日光り
 三十、あはれさはうち鄙びたる
 三十一、いまもなほワグネルの調に
 三十二、わが友は
 三十三、あはれ去年病みて失せにし
 三十四、あああはれ靑にぶき救世軍の
 三十五、縁日の見世ものの
 三十六、鄙びたる鋭き呼子
 三十七、あはれあはれ色靑き幻燈を
 三十八、瓦斯の火のひそかにも
 三十九、忘れたる忘れたるにはあらねども
 四十、つねのごと街をながめて
 四十一、かかるかなしき手つきして
 四十二、あかき實は草に落ち
 四十三、葬のかへさにか
 四十四、顏の色蒼ざめて
 四十五、長き日の光に倦みて
 四十六、かなしかりにし昨日さへ
 四十七、癈れたる園のみどりに
 四十八、なにゆゑに汝は泣く
 四十九、あはれ人妻
 五十、いかにせむ
 五十一、色あかき三日月
 五十二、柔らかなる日ざしに
 五十三、われは怖る
 五十四、いそがしき葬儀屋のとなり
 五十五、明日こそは面もあかめず
 五十六、色あかきデカメロンの
 五十七、あはれ鐵雄
 五十八、ほの靑く色ある硝子
 五十九、薄靑き齒科醫の屋に
 六十、あはれあはれ灰色の線路にそひ
 六十一、新詩社にありしそのかみ

過ぎし日
 泪芙藍
 銀笛
 凾
 陰影
 淡い粉雪
 穀倉のほめき
 初戀
 泣きにしは
 薊の花
 カステラ
 散歩
 隣の屋根
 見果てぬゆめ
 高機
 歌ひ時計
 朝の水面
 靑いソフトに
 意氣なホテルの
 霜
 時は逝く

おもひで
 紅き實
 車上
 身熱
 梨
 鷄頭
 椎の花
 男の顏
 水ヒアシンス
 鵞鳥と桃
 胡瓜
 源平將棋
 朝
 人生
 靑き甕
 赤足袋
 挨拶
 あかき林檎
 恐怖
 乳母の墓

生の芽生
 石竹のおもひで
 幽靈
 願人坊
 あかんぼ
 ロンドン
 接吻
 汽車のにほひ
 どんぐり
 赤い木太刀
 糸ぐるま
 水面
 毛蟲
 かりそめのなやみ
 道ぐさ
 螢
 靑いとんぼ
 猫
 おたまじやくし
 銀のやんま
 にくしみ
 白粉花
 水蟲の列
 いさかひのあと
 爪紅
 夕日
 紙きり蟲
 わが部屋
 監獄のあと
 午後
 アラビヤンナイト物語
 敵
 たそがれどき
 赤い椿
 二人
 たはむれ
 苅麥のにほひ
 靑い鳥

TONKA JOHN の悲哀
 春のめざめ
 秘密
 太陽
 夜
 感覺
 晝のゆめ
 朱欒のかげ
 幻燈のにほひ
 雨のふる日
 ボール
 尿する阿蘭陀人
 水中のをどり
 怪しき思
 金縞の蜘蛛
 兄弟
 思
 水銀の玉
 接吻の後
 たんぽぽ

柳河風俗詩
 柳河
 櫨の實
 立秋
 酒の黴
  一、金の酒をつくるは
  二、からしの花の實になる
  三、酒袋を干すとて
  四、酛すり唄のこころは
  五、麥の穗づらにさす日か
  六、人の生るるもとすら
  七、からしの花も實となり
  八、櫨の實採の來る日に
  九、ところも日をも知らねど
  十、足をそろへて磨ぐ米
  十一、ひねりもちのにほひは
  十二、かすかに消えゆくゆめあり
  十三、さかづきあまたならべて
  十四、その酒のその色のにほひの
  十五、酒を釀すはわかうど
  十六、ほのかに忘れがたきは
  十七、酒屋の倉のひさしに
  十八、カンカンに身を載せて
  十九、悲しきものは刺あり
  二十、目さまし時計の鳴る夜に
  二十一、わが寢る倉のほとりに
  二十二、倉の隅にさす日は
  二十三、靑葱とりてゆく子を
  二十四、銀の釜に酒を湧かし
  二十五、夜ふけてかへるふしどに
  酒の精
  紺屋のおろく
  沈丁花
  NOSKAI
  かきつばた
  AIVAN の歌
  曼珠沙華
  牡丹
  氣まぐれ
  道ゆき
  目くばせ
  あひびき
  水門の水は
  六騎
  梅雨の晴れ間
  韮の葉
  旅役者
  ふるさと

挿畫
 幼年の日
 死んだ乳母と John と
 生膽取
欄畫
 Pierrot の思ひ出
 John
 Gonshan
 舌出人形と黑猫
冩眞版
 司馬江漢銅版畫
 郷里「柳河沖ノ端」




北原白秋 思ひ出 04



北原白秋 思ひ出 05



北原白秋 思ひ出 07



◆本書より◆


「わが生ひたち」より:

「私の郷里柳河は水郷である。さうして靜かな廢市の一つである。自然の風物は如何にも南國的であるが、既に柳河の街を貫通する數知れぬ溝渠(ほりわり)のにほひには日に日に廢れゆく舊い封建時代の白壁が今なほ懷かしい影を映す。(中略)水は清らかに流れて廢市に入り、廢れはてた Noskai 屋(遊女屋)の人もなき厨の下を流れ、洗濯女の白い洒布に注ぎ、水門に堰かれては、三味線の音の緩む晝すぎを小料理屋の黑いダアリヤの花に歎き、酒造る水となり、汲水(くみづ)場に立つ湯上りの素肌しなやかな肺病娘の唇を嗽ぎ、氣の弱い鵞の毛に擾され、さうして夜は觀音講のなつかしい提燈の灯をちらつかせながら、樋(ゐび)を隔てゝ海近き沖(おき)ノ端(はた)の鹹川(しほかわ)に落ちてゆく、靜かな幾多の溝渠はかうして昔のまゝの白壁に寂しく光り、たまたま芝居見の水路となり、蛇を奔らせ、變化多き少年の秘密を育む。水郷柳河はさながら水に浮いた灰色の柩である。」
「要するに柳河は廢市である。」

「私は生れて極めて虚弱な兒であつた。さうして癇癪の強い、ほんの僅かな外氣に當るか、冷たい指さきに觸(さは)られても、直ぐ四十度近くの高熱を喚び起した程、危險極まる兒であつた。石井家では私を柳河の「びいどろ罎」と綽名した位、殆ど壞れ物に觸るやうな心持ちで恐れて誰もえう抱けなかつたさうである。それで彼此往來するにしても俥からでなしに、わざわざ古めかしい女駕籠(をんなのりもの)を仕立てたほど和蘭の舶來品扱ひにされた。それでもある時なぞは着いてすぐ玄關に舁ぎ据ゑた駕籠の、扉をあけて手から手へ渡されたばかりをもう蒼くなつて痙攣けて了つたさうである。」

「日の中はかうしてうやむやに過ぎてもゆくが、夜が來て酒倉の暗い中から酛(もと)すり歌の櫂(かい)の音がしんみりと調子(てうし)をそろへて靜かな空の闇に消えてゆく時分(じぶん)になれば赤い三日月の差し入る幼兒(をさなご)の寢部屋の窓に靑い眼をした生膽取(いきぎもとり)の「時」がくる。
 私は「夜」というものが怖(こは)かつた。何故にこんな明るい晝のあとから「夜」といふ厭な恐ろしいものが見えるのか、私は疑つた、さうして乳母の胸に犇(ひし)と抱きついては眼の色も變るまで慄(わなな)いたものだ。眞夜中の時計の音もまた妄想に痺れた Tonka John の小さな頭腦に生膽取の血のついた足音を忍びやかに刻みつけながら、時々深い奈落にでも引つ込むやうに、ボーンと時を點(う)つ。
 後(のち)には晝の日なかにも蒼白い幽靈を見るやうになつた。黑猫の背なかから臭(にほひ)の強い大麥の穗を眺めながら、前(さき)の世の母を思ひ、まだ見ぬなつかしい何人(なにびと)かを探すやうなあどけない眼つきをした。ある時はまた、現在のわが父母は果してわが眞實の親かといふ恐ろしい疑(うたがひ)に罹(かか)つて酒桶のかげの蒼じろい黴(かび)のうへに素足をつけて、明るい晝の日を寂しい倉のすみに坐つた。」

「蛇目傘(じやのめ)を肩にしてキツとなつた定九郎の靑い眼つきや、赤い毛布のかげを立つてゆく芝居の死人などに一種の奇妙な恐怖を懷いた三四歳の頃から私の異國趣味乃至異常な氣分に憧がるる心は蕨の花のやうに特殊な縮(ちぢ)れ方をした。」
「日が蝕(むしく)ひ、黄色い陰欝の光のもとにまだ見も知らぬ寂しい鳥がほろほろと鳴き、曼珠沙華のかげを鼬(いたち)が急忙(あわただ)しく横ぎるあとから、あの恐ろしい生膽取は忍んで來る。薄あかりのなかに凝視(みつ)むる小さな銀側時計の怪しい數字に苦蓬(にがよもぎ)の香(にほひ)沁みわたり、右に持つた薄手(うすで)の和蘭皿にはまだ眞赤(まつか)な幼兒の生膽がヒクヒクと息をつく。水門の上に蒼白い月がのぼり、栴檀の葉につやつやと露がたまれば膽(きも)のわななきもはたと靜止して足もとにはちんちろりんが鳴きはじめる。日が暮れるとこの妄想の恐怖(おそれ)は何時(いつ)も小さな幼兒の胸に鋭利な鋏の尖端(さき)を突きつけた。」



「みなし兒」:

「あかい夕日のてる坂で
われと泣くよならつぱぶし…………

あかい夕日のてるなかに
ひとりあやつる商人(あきうど)のほそい指さき、舌のさき、
糸に吊(つ)られて、譜につれて、
手足顫はせのぼりゆく紙の人形のひとおどり。

あかい夕日のてる坂で
やるせないぞへ、らつぱぶし、
笛が泣くのか、あやつりか、なにかわかねど、ひとすぢに
糸に吊(つ)られて、音(ね)につれて、
手足顫(ふる)はせのぼりゆく戯(おど)け人形のひとおどり。

なにかわかねど、ひとすぢに
見れば輪廻(りんね)が泣いしやくる。
たよるすべなき孤兒(みなしご)のけふ日(び)の寒さ、身のつらさ、
思ふ人には見棄てられ、商人(あきうど)の手にや彈(はぢ)かれて、
糸に吊(つ)られて、譜につれて、
手足顫(ふる)はせのぼりゆく紙の人形のひとおどり。

あかい夕日のてる坂で
消えも入るよならつぱぶし…………」



「人形つくり」より:

「人形、人形、口なし人形、
みんな寒かろ、母御も無けりや、賭博(ばくち)うつよな父者(ててじや)もないか、
白痴(ばか)か、狂氣か、不具(かたは)か、啞か、墮胎藥(おろしぐすり)を喫(の)まされた
女郎の兒どもか、胎毒か…………
しんと默つてしんと默つて顫えてゐやる。」




北原白秋 思ひ出 06


「ⅠⅡⅢⅣⅤⅥⅦ
ⅧⅨⅩⅪⅫ……
………
過ぎゆく時計
の音のあや
しさよ。
晝ハ晝とて
苅麥に…
……」



「靑いソフトに」:

「靑いソフトにふる雪は
過ぎしその手か、ささやきか、
酒か、薄荷(はつか)か、いつのまに
消ゆる涙か、なつかしや。」



「意氣なホテルの」:

「意氣なホテルの煙突(けむだし)に
けふも粉雪のちりかかり、
靑い灯(ひ)が點(つ)きや、わがこころ
何時(いつ)もちらちら泣きいだす。」




北原白秋 思ひ出 08



北原白秋 思ひ出 09



「毛蟲」:

「毛蟲、毛蟲、靑い毛蟲、
そなたは何處(どこ)へ匍ふてゆく、
夏の日くれの磨硝子(すりがらす)
薄く曇れる冷(つめ)たさに
幽(かすか)に幽(かすか)にその腹部(はら)の透いて傳(つた)はる美しさ。
外の光のさみしいか、
内の小笛のこいしいか、
毛蟲、毛蟲、靑い毛蟲、
そなたはひとり何處へゆく。」



「夕日」:

「赤い夕日、――
まるで葡萄酒のやうに。
漁師原に鷄頭が咲き、
街(まち)には虎刺拉(コレラ)が流行(はや)つてゐる。

濁つた水に
土臭(つちくさ)い鮒がふよつき、
酒倉へは巫女(みこ)が來た、
腐敗止(くされどめ)のまじなひに。

こんな日がつづいて
従姉(いとこ)は氣が狂つた、
片おもひの鷄頭、――
あれ、歌ふ聲がきこえる。

恐ろしい午後、
なにかしら畑で泣いてると、
毛のついた紫蘇(しそ)までが
いらいらと眼に痛(いた)い。…………

赤い夕日、――
まるで葡萄酒のやうに。
何かの蟲がちろりんと
鳴いたと思つたら死んでゐた。」



「紙きり蟲」:

「紙きり蟲よ、きりきりと、
薄い薄葉(うすえふ)をひとすぢに。
何時(いつ)も冷(つめ)たい指さきの
靑い疵(きず)さへ、その身さへ、
遊びつかれて見て泣かす、
君が狂氣(きやうき)のしをらしや。
紙きり蟲よ、きりきりと
薄い薄葉(うすえふ)をひとすぢに。」



「たそがれどき」:

「たそがれどきはけうとやな、
傀儡師(くぐつまはし)の手に踊る
華魁(おいらん)の首生(なま)じろく、
かつくかつくと目が動く………

たそがれどきはけうとやな、
瀉に墮(おと)した黑猫の
足音もなく歸るころ、
人靈(ひとだま)もゆく、家(や)の上を。

たそがれどきはけうとやな、
馬に載せたる鮪(しび)の腹
薄く光つて滅(き)え去れば、
店の時計がチンと鳴る。

たそがれどきはけうとやな、
日さへ暮るれば、そつと來て
生膽取(いきぎもとり)の靑き眼が
泣く兒欲(ほ)しやと戸を覗(のぞ)く…………

たそがれどきはけうとやな。」



「夜」:

「夜(よる)は黑…………銀箔(ぎんぱく)の裏面(うら)の黑。
滑(なめ)らかな瀉海(がたうみ)の黑、
さうして芝居の下幕(さげまく)の黑、
幽靈の髮の黑。

夜は黑…………ぬるぬると蛇(くちなは)の目が光り、
おはぐろの臭(にほひ)のいやらしく、
千金丹の鞄(かばん)がうろつき、
黑猫がふわりとあるく…………夜は黑。

夜は黑…………おそろしい、忍びやかな盜人(ぬすびと)の黑。
定九郎の蛇目傘(じやのめが)さ、
誰だか頸(くび)すぢに觸(さわ)るやうな、
力のない死螢の翅(はね)のやうな。

夜は黑…………時計の數字の奇異(ふしぎ)な黑。
血潮のしたたる
生(なま)じろい鋏を持つて
生膽取(いきぎもとり)のさしのぞく夜。

夜は黑…………瞑(つぶ)つても瞑つても、
靑い赤い無數(むすう)の靈(たましひ)の落ちかかる夜。
耳鳴(みみなり)の底知れぬ夜(よる)。
暗い夜。
ひとりぼつちの夜。

夜…………夜…………夜…………」






こちらもご参照ください:

北原白秋 『桐の花 ― 抒情歌集』 (復刻)


















































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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