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岡本綺堂 『怪獣 ― 岡本綺堂読物集 七』 (中公文庫)

「然(そ)う考へると、彼も何だか薄(うす)ら睡(ねむ)くなつて来た。(中略)彼はだん/\に深い睡眠(ねむり)に落ちて行つた。昼でも睡(ねむ)くなつた。飯を喫(く)つてゐても睡くなつた。路を歩いてゐても睡くなつた。
 彼はある暑い日の午頃(ひるごろ)に、日本橋の欄干(らんかん)に倚(よ)りかゝりながら睡つてしまつた。彼はもうそれ限(ぎり)で醒(さ)めなかつた。」

(岡本綺堂 「まぼろしの妻」 より)


岡本綺堂 
『怪獣
― 岡本綺堂
読物集 七』
 
中公文庫 お-78-7


中央公論新社
2018年10月25日 初版発行
303p 著者・編者略歴1p 付記1p
口絵(カラー)1葉
文庫判 並装 カバー
定価780円+税
カバー画: 山本タカト
カバーデザイン: ミルキィ・イソベ


「本書は、一九三六年(昭和十一)十一月に春陽堂から刊行された日本小説文庫『綺堂讀物集 7 怪獣』を底本としました。さらに、「まぼろしの妻」は初出誌を底本としました。」
「正字を新字にあらためた(一部固有名詞や異体字をのぞく)ほかは、(中略)歴史的かなづかいをいかし、踊り字などもそのままとしました。ただし、ふりがなは(中略)新かなづかいとし、明らかな誤植は修正しました。」



口絵は山本タカト「岩井紫妻の恋」。
本書はヤフオクで落札しておいたのが届いたのでよんでみました。



岡本綺堂 怪獣



カバー裏文:

「自分の裸体の写し絵を取り戻してくれと泣く娘の話「恨(うらみ)の蠑螺(さざえ)」、美しい娘に化けた狐にとりつかれる若い歌舞伎役者の話「岩井紫妻の恋」など、動物や道具を媒介に、異界と交わるものを描いた綺堂自選の妖異譚集最終巻。全十二篇に、附録として単行本未収載の短篇一篇を添える。」


目次 (初出):

怪獣
 怪獣 (「オール讀物」 昭和9年9月号)
 恨の蠑螺 (「富士」 昭和10年3月号)
 真鬼偽鬼 (「朝日グラフ」 昭和3年7月4日号、7月11日号、7月18日号/原題「八町堀の夜雨」)
 海亀 (「日の出」 昭和9年10月号)
 経帷子の秘密 (「富士」 昭和9年9月号)
 岩井紫妻の恋 (「新演藝」 大正12年3月号)
 深見夫人の死 (「日曜報知」 昭和5年11月30日号、12月7日号、12月14日号、12月21日号)
 鯉 (「サンデー毎日」 昭和11年6月10日号)
 鼠 (「サンデー毎日」 昭和8年1月2日号)
 夢のお七 (「サンデー毎日」 昭和10年1月1日号)
 眼科病院の話 (「ポケツト」 大正9年4月号、5月号/原題「眼科病院」)
 怪談一夜草紙 (「日曜報知」 昭和8年3月12日号)

附録
 まぼろしの妻 (「講談倶楽部」 大正7年7月号)

解題 (千葉俊二)




◆本書より◆


「怪獣」より:

「「気違ひですか、あの娘は……。」
 「まあ、気違ひといふのでせうな。」と、老いたる小使は苦笑ひをしながら答へた。「東京の先生は御存じありますまいが、曾田屋のむすめ姉妹(きょうだい)といへば、こゝらでは評判の色気狂ひで……。今夜もあの通り保険屋の若い男と狂ひ廻ってゐる始末(しまつ)……。親達や兄(あに)さんはまつたく気の毒ですよ。」」

「「その天井裏から何が出たんです。」
 「一対(いっつい)の人形……木彫(きぼ)りの小さい人形ですよ。」と、博士は云つた。「小さいと云つても六七寸(すん)ぐらゐで、頗(すこぶ)る精巧に出来てゐるのです。私も見せて貰ひましたが、まつたく好(よ)く出来てゐるやうに思はれました。職人たちも感心してゐました。木地は桂(かつら)だらうといふことでした。」
 「二つの人形は何を彫つたのですか。」
 「それがまた怪奇なものでどちらも若い女と怪獣の姿です。」
 「怪獣……。」
 「怪獣……。昔の神話にも見当らないやうな怪獣……。寧(むし)ろ妖怪と云つた方が、いゝかも知れません。その怪獣と若い女……。こんな彫刻を写真に撮つて、あなたの新聞にでも掲載して御覧なさい。急(たちま)ち叱(しか)られます……。それで大抵(たいてい)はお察しくださいと云ふの外(ほか)はありません。実に奇怪を極めたものです。」」



「恨の蠑螺」より:

「「考へてみれば可哀想(かわいそう)なやうでもありますが、なにを云ふにも半気違ひのやうになつてゐて、人の云ふことが判(わか)らないので困ります。」と、四郎兵衛は話し終(おわ)つて又もや溜息(ためいき)をついた。」


「海亀」より:

「「君は海亀だらうと無雑作(むぞうさ)にいふが、その海亀が怖ろしい。僕も一時の錯覚から眼が醒(さ)めて、人魚の正体は海亀であることを発見したが、美智子さんはやはり人魚だといふのだ。まあそれはそれとして、僕に異常の恐怖をあたへたのは、その海亀が浪のあひだから最初は一匹、つゞいて二匹、三匹……。五匹……。十匹……。だん/\に現れて来て、僕たちの舟を取囲んでしまつたのだ。海はおだやかで、波は殆(ほとん)ど動かない。その渺茫(びょうぼう)たる海の上で、美智子さんと僕の二人は海亀の群に包囲されて、どうして好(い)いかわからなくなつた。一体かれらは僕達の舟を囲(かこ)んでどうするつもりかと見てゐると、小さい海亀がまた続々あらはれて来て、僕たちの舟へ這(は)ひあがつて来るのだ。平生(へいぜい)ならば、小さな海亀などは別に問題にもならないのだが、美智子さんは無闇(むやみ)に怖がる、僕もなんだか不安に堪へられなくなつて、手あたり次第にその亀を引摑(ひっつか)んで、海のなかへ投げこんだ。たゞ投げ込むばかりでなく、それを礫(つぶて)にして大きい奴に叩きつけて、一方の血路(けつろ)を開かうと考へたのだ。それは相当に成功したらしいが、何をいふにも敵は大勢だ。小さい舟の右から左から、艫(とも)からも舳(みよし)からも、大小の海亀がぞろ(引用者注:「ぞろ」に傍点)/\這いこんで来る。彼等は僕たちを啖(く)ふつもりだらうか。こゝらの海亀は蝦(えび)や蟹(かに)を啖ふが、人間を啖つたといふ話を聞かない。しかしこんなに多数の海亀に襲はれると、僕たちも危険を感ぜずにはゐられなくなつた。僕も仕舞には闘ひ疲れてしまつた。美智子さんはもう死んだやうになつてゐる。彼等は殆(ほとん)ど無数といふほどに増加して、舟の周囲に一面の甲羅(こうら)をならべたのが月の光にかゞやいて見える……。」」


「岩井紫妻の恋」より:

「それは誰もが薄々(うすうす)想像してゐた通りの古狐(ふるぎつね)で、何百年を経(へ)たかと思はれる雌(めす)であつた。毛色は赤と黄の斑(まだ)らで、眼を半分瞑(と)ぢたまゝで死んでゐた。猟師の説明によると、かれは床下から炉の底を毀(こわ)して、そこから座敷へ忍び込んで来るらしい形跡があつたので、その通路と思はれるところに罠を仕かけて、ある餌(えさ)を以(もっ)て首尾(しゅび)よく釣り寄せたのである。」
「怖ろしい怪物の正体を目前(もくぜん)に見せられて、人々は今更(いまさら)のやうに悚気(おぞけ)をふるつた。こんなものゝ正体を紫妻に見せたら、おそらく気絶するであらうといふので、彼には何(なん)にも知らさないことにした。この騒ぎの間、紫妻は唯(ただ)うと/\と眠つてゐて、実際なんにも知らないらしかつた。」
「紫妻はその後(ご)めき/\と気分が快(よ)くなつて、三四日の後(のち)には食も進むやうになつたので、もうこれならば駕籠(かご)でも行(ゆ)かれるであらうと医者も云つた。半三郎はそれを紫妻に話すと、かれは何だか気の進まないやうな風(ふう)であつた。
 「わたくしはもう暫(しばら)くこゝの御厄介(ごやっかい)になつてゐたうございますから、お前さんは一足先へお帰りください。」
 紫妻は矢はり彼(か)の娘に未練(みれん)があるらしかつた。しかし其(その)秘密を明(あか)すわけには行(い)かないので、半三郎も鳥彦もよほど困つた。それでも色々に胡麻化(ごまか)して宥(なだ)めて、たうとう江戸へ連れて帰つた。帰つてから、江戸の医者の療治(りょうじ)をうけて、紫妻は元のからだになつた。さうして、その後(ご)二芝居(ふたしばい)ほど無事に出勤した。
 たゞ不思議なことには彼は俄(にわか)に稲荷(いなり)を信仰し始めた。信仰ばかりでなく、狐といふものに一種の趣味を有(も)つて来たらしく、絵画彫刻のたぐひ例(たと)へば掛地(かけじ)や莨入(たばこい)れの類(るい)に至るまで、なにか狐に縁(えん)のあるものを手あたり次第に蒐集(しゅうしゅう)した。終(しま)ひには子供が玩弄(もてあそ)びにする狐の面までも買ひあつめるやうになつた。」
「「紫妻にはやつぱり狐が離れない。」
 こんな噂のうちに、その年の秋も末になつた。十月のはじめから紫妻は再びぶら(引用者注:「ぶら」に傍点)/\と病(や)み付いて、半月あまりで遂(つい)にこの世と別れを告(つ)げた。」



「深見夫人の死」より:

「「いゝえ。同じ阿母(おっか)さんで、ほんたうの兄妹(きょうだい)なのですが……。その癖、ふだんは仲好しで、妹を随分可愛(かわい)がつてゐるやうですが、時々に――まあ、発作的(ほっさてき)とでも云ふのでせうかね、無暗(むやみ)に妹が憎くなつて、別になんといふ仔細もないのに、多代子さんの髪の毛をつかんで引摺(ひきず)り廻したり、打(ぶ)つたり蹴(けっ)たりするのです。自分でもたび/\後悔するさうですが、さあ憎くなつたが最後、どうしても我慢が出来なくなつて、半分は夢中で乱暴をするのださうです。それですから、私の家(うち)でも注意して、透さんが妹をたづねて来た時には、内々(ないない)警戒してゐるくらゐです。」」


「夢のお七」より:

「その夢は「一話一言(いちわいちげん)」と同じやうに、八百屋お七が鶏(にわとり)になつたのである。首だけは可憐(かれん)の少女で、形は鶏(にわとり)であつた。」
「場所はどこかの農家の空地(あきち)とでも云ひさうな所で、お七の鶏(にわとり)は落穂(おちぼ)でも拾ふやうに徘徊(はいかい)してゐた。彼女は別に治三郎の方を見向きもしないので、彼はすこしく的(あて)が外(はず)れた。なんだか忌々(いまいま)しいやうな気にもなつたので、彼はそこらの小石(こいし)を拾つて投げ付けると、鷄(にわとり)は羽搏(はばた)きをして姿を消した。
 夢は唯(ただ)それだけである。」



「眼科病院の話」より:

「「あたし全く苦労があるんですよ。」と、小せきはしみ(引用者注:「しみ」に傍点)/゛\云つた。「頭がなんだか滅茶苦茶に縺(こぐら)かつてしまつて、寧(いっ)そもう不忍(しのばず)の池(いけ)へでも飛び込んでしまはうかと思ふことがあるんですよ。どうしたら好(い)いでせう。」」


「まぼろしの妻」より:

「あくる日も細(こまか)い雨が降りつゞいてゐたので、二人の武士(さむらい)は湿(ぬ)れながら箱根の峠を越えた。その途中で源右衛門は再び昨夜(ゆうべ)の話を始めた。
 「お身は物に憑(つ)かれてゐはせぬか。」
 図星(ずぼし)をさゝれて治左衛門は悸然(ぎょっ)とした。
 「何、物に憑かれてゐる……。」
 「左(さ)もなくば何かの病(やまい)だ。気を注(つ)けられい。」」

「雨は山霧か、細(こまか)い雫(しずく)が二人の笠の上に烟(けむ)つてゐた。二人は大きい杉の木の下に立つた。五月と云つても山中(さんちゅう)の冷(つめた)い空気が肌に迫つて、昼でも焚火(たきび)が欲(ほし)いほどであつた。源右衛門は又云つた。
 「自体お身に就いては、源右衛門日頃から不審に存ずる儀(ぎ)がある。お身は人品(ひとがら)も優(すぐ)れてゐる、心操(こころばえ)も真直(まっすぐ)である。学問も武藝も一通りは修業されたやうに見ゆる。それほどのお身に何(なん)の瑕(きず)があつて、所々方々(しょしょほうぼう)を流浪して歩かるゝ。聞けば京を立退(たちの)いて駿府(すんぷ)へゆく。駿府を立退いて九州へゆく。それが又一年とも経(た)たぬ間(ま)に、手前(てまえ)と連立つて江戸へ下らうといふ。不審は重々(じゅうじゅう)ぢや。仔細を明(あ)かされい。包まず語られい。」」

「若(も)し口外すれば自分を憑殺(とりころ)すと妻は云つた。自分は今まで一図(いちず)にそれを恐れてゐた。併(しか)しあれほどに自分を愛してゐる妻が果(はた)して自分を憑殺(とりころ)すであらうか。口では然(そ)う云つても、真逆(まさか)に真実(ほんとう)に憑殺すほどのこともあるまい。実を云ふと、自分は今日までにもそれを他(ひと)に話したいと思つた場合も度々(たびたび)あつたのを、無理に堪(こら)へて沈黙を守り通して来たのであるが、その沈黙を破るべき時節が来た。こゝで自分が思ひ切つて口外したらば、妻はどう云ふ態度を取るであらう。約束の通りに憑殺すか、或(あるい)は憤(いきどお)つてそのまゝに近寄らなくなるか、或(あるい)は自分に向つて其(その)違約(いやく)を怨(うら)むか。これを機会にその結果を試(ため)して見たいといふ気が起(おこ)つた。罷(まか)り間違へば生命(いのち)を取られると云ふ危険が伴(ともな)つてゐるだけに、彼の好奇心はいよ/\強くなつた。
 「それほどの御親切を仇(あだ)に聞き流すも本意(ほんい)でござらぬ。これは手前が一生の秘密でござれば、必ず御他言(ごたごん)下さるな。」
 固く念を押して置いて、治左衛門は妻の魂が毎晩忍んで来ることを話すと、源右衛門は肩をゆすつて笑ひ出した。
 「さりとは思ひ寄らぬことを承(うけたま)はるものぢや。亡人(なきひと)の魂が夜な/\通つて、生けるが如くに夫婦(めおと)の契(ちぎり)を結ぶ――そのやうな例(ためし)のあらう筈がござらぬ。所詮はお身が心の迷ひぢや。お身の心が弱ければこそ、左様の不思議もあらはるゝのであらう。お身も武士(ぶし)ぢや、心を強う持たれい。おのれの心さへ強う持つてゐれば、不思議は自(おの)づと止(や)むものぢや。」
 まるで問題にならないと云ふやうに無雑作に打消されてしまつて、治左衛門は一旦(いったん)安心した。源右衛門はつゞけて笑つた。
 「はゝ、お身も見掛によらぬ、弱い男ぢやな。はゝゝゝゝ。」
 その笑ひが一種の嘲弄(ちょうろう)のやうにも聞えて、治左衛門は又勃然(むつ)とした。一旦の安心は、更(さら)に変じて一種の不満となつた。彼は源右衛門と笠を並べて、杉の木かげを出ながら云つた。
 「手前(てまえ)たしかに弱い者に相違(そうい)ござらぬ。併(しか)しお身とて其(その)場合には是非がござるまい。」
 「その場合……。」と、源右衛門は又冷笑(あざわら)つた。「そのやうな場合に出逢ふと云ふが已(すで)に不覚ぢや。手前の友達にも妻を亡(うしな)うた者は大勢ある。併(しか)し一人として其のやうな場合に出逢うた者はない。又出逢ふべき筈がない。はゝゝゝゝ。」
 治左衛門はいよ/\勃然(むつ)として、窃(そっ)と自分の刀に手をかけた。その笑ひ声の消えない中(うち)に、相手を真二(まっぷた)つにして呉(く)れようと思つたのである。が、彼は又俄(にわか)に悸然(ぞっ)として自分のうしろを見返つた。
 これは妻の秘密を口外した祟(たたり)であると彼は覚(さと)つたのである。一時の腹立まぎれに源右衛門を殺害(せつがい)する――それはやがて自分の身をほろぼす基(もとい)である。妻が自分を憑殺(とりころ)すと云つたのは此事(このこと)であらう。妻は直接に手を下さないで、自然に自分を死の方角へ導いて行(ゆ)くのであらう。」

「「何かの手段で俺は屹(きっ)と憑殺(とりころ)される。」と、治左衛門は覚悟した。彼はもう飯(めし)を食ふ気にもなれなかつた。
 源右衛門はその晩も注意してゐたが、治左衛門は別に変つたことも無いらしかつた。寧(むし)ろ平素よりもすや(引用者注:「すや」に傍点)/\と安らかに睡(ねむ)つてゐるらしかつた。併(しか)しその睡眠(ねむり)は永久に醒(さ)めないらしく、明(あく)る朝こゝの宿(やど)を発(た)つ時も、彼は夢見る人のやうにぼんやり(引用者注:「ぼんやり」に傍点)してゐた。何を話しかけても返事もしなかつた。飯も食はなかつた。彼は夢のやうにふら(引用者注:「ふら」に傍点)/\と歩き通して、藤沢の宿(しゅく)へ行き着いた頃に、街道のまん中にばつたり(引用者注:「ばつたり」に傍点)倒れて既(も)う起きなかつた。源右衛門も驚いて介抱したが、所詮生きないものと諦(あきら)めて、彼の亡骸(なきがら)を宿(しゅく)はずれの某寺(あるてら)に葬(ほうむ)つた。さうして、すぐに江戸へ向つて行つた。
 斯(こ)うなると、源右衛門もその不思議に驚かずにはゐられなくなつた。江戸に着いても、その当座は無論に口を結んでゐたが、日を経(ふ)るに随つて、彼はこの秘密を自分一人の胸に収(しま)つて置くに堪へられなくなつた。
 「この秘密を他言すまいと、治左衛門は妻に約束した。併(しか)し俺は幽霊と何の約束もした覚えはない。俺が他言するに差支(さしつか)へはあるまい。」
 彼は友達の二三人にその不思議を語つた。さうして、彼も治左衛門と同じやうに後悔した。
 「成(なる)ほど俺は幽霊とは何の約束もしない。併(しか)し箱根の峠で治左衛門とは約束した。どんな秘密でも、手前(てまえ)誓つて他言はいたさぬと云つた。その誓(ちかい)を破つて、俺はその秘密をべら(引用者注:「べら」に傍点)/\と他人に饒舌(しゃべ)つてしまつた。治左衛門が幽霊を欺(あざむ)いたと同じやうに、おれも治左衛門を欺いたことになる。あゝ、悪いことをした。」
 然(そ)う考へると、彼も何だか薄(うす)ら睡(ねむ)くなつて来た。さうして、治左衛門と同じやうな結果に陥(おちい)るのではないかと危(あやぶ)まれた。彼はだん/\に深い睡眠(ねむり)に落ちて行つた。昼でも睡(ねむ)くなつた。飯を喫(く)つてゐても睡くなつた。路を歩いてゐても睡くなつた。
 彼はある暑い日の午頃(ひるごろ)に、日本橋の欄干(らんかん)に倚(よ)りかゝりながら睡つてしまつた。彼はもうそれ限(ぎり)で醒(さ)めなかつた。」




◆感想◆


「怪獣」は、若い大工が作って天井裏に置いた「若い女と怪獣」の木彫りの人形の呪力によって、その家の姉妹が「色気狂ひ」になる話ですが、「若い女と怪獣」の像はチベット系密教の和合仏(ヤブユム)の類でありましょう。その若い大工は鹿児島出身の流れ者で、大工仲間からは「朝鮮」とか「琉球」と呼ばれている、とあるのは、アウトサイダーに対する差別意識の現れであるのはいうまでもないとして、そうした呪術が朝鮮半島あるいは琉球諸島を経由して中国から伝わったものであることを示唆していると思われます。
中国の文献に見られる大工の呪術については、澤田瑞穂『修訂 中国の呪法』第二輯「呪詛」の「工匠魘魅旧聞抄」の項に詳しいですが、そのなかに『西墅雑記』からの引用として、

「また常熟の某氏が新築をした。後に娘が生まれたが不貞をはたらくものが多く、二、三代ともそうであった。あるとき屋根が傷んだので修理したところ、椽(たるき)の間から一木人を得た。それは女人像で、三、四人の男子と私通淫褻する形であったので、すぐに棄てた。」

とあります。






こちらもご参照ください:

岡本綺堂 『玉藻の前』 (中公文庫)

























































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岡本綺堂 『中国怪奇小説集 新装版』 (光文社時代小説文庫)

「その以来再び世間に出ようともせず、子々孫々ここに平和の歳月(としつき)を送っているので、世間のことはなんにも知らない。」
(岡本綺堂 「武陵桃林」 より)


岡本綺堂 
『中国怪奇小説集 
新装版』
 
光文社時代小説文庫 お-6-25 
Okamoto Kido Kaidan Collection
【怪談コレクション】


光文社 
2006年8月20日 初版1刷発行
2019年4月25日 3刷発行
420p 付記1p 
文庫判 並装 カバー
定価800円+税
カバーデザイン: 高林昭太
写真協力: gettyimages



本書「凡例」より:

「この一巻は六朝・唐・五代・宋・金・元・明・清の小説筆記の類から二百二十種の怪奇談を抄出した。敢(あえ)て多しというではないが、これに因(よ)って支那(しな)のいわゆる「志怪の書」の大略は察知し得られると思う。」
「訳筆は努めて意訳を避けて、原文に忠ならんことを期した。」



本書「解説」より:

「岡本綺堂訳著『支那怪奇小説集』の初版は昭和十年十一月、サイレン社から出た。」
「支那怪奇小説集も旺文社文庫が採用してくれて、昭和五十三年四月、“支那”を“中国”にかえて、初版が出た。」



かつて「クレイジー」「フリーク」が誉め言葉となったように、「世間知らず」「引きこもり」「井の中の青二才蛙」が誉め言葉になる日も近いです。世間など無いも同然、気にすることはないです。
そういうわけで本書はアマゾン(マケプレじゃないほう)で新品が734円(送料無料)で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。



岡本綺堂 中国怪奇小説集



カバー裏文:

「小石川(こいしかわ)の切支丹坂(きりしたんざか)、昼でも薄暗い木立ちの奥にある青蛙堂(せいあどう)。その広間に集まった男女が、怪談や探偵談を講ずる催しがあった。秋彼岸を過ぎた長雨の午後、その日の主題はすべて中国の怪談に限られていた。六朝(りくちょう)時代から前清(ぜんしん)に至るまでの怪奇小説、いわゆる〈志怪(しかい)の書〉を参加者が順繰(じゅんぐ)りに語っていく――。海音寺潮五郎(かいおんじちょうごろう)も賞賛する綺堂の名訳で贈る二百余編の恐怖譚!」


目次:

綺堂先生に感謝する (海音寺潮五郎)

凡例

開会の辞

捜神記 (六朝)
 首の飛ぶ女。玃猿。琵琶鬼。兎怪。宿命。亀の眼。眉間尺。宋家の母。青い女。祭蛇記。鹿の足。羽衣。狸老爺。虎の難産。寿光侯。天使。蛇蠱。螻蛄。父母の霊。無鬼論。盤瓠。金龍池。発塚異事。徐光の瓜。

捜神後記 (六朝)
 貞女峡。怪比丘尼。夫の影。蛮人の奇術。雷車。武陵桃林。離魂病。狐の手帳。雷を罵る。白帯の人。白亀。髑髏軍。山𤢖。熊の母。烏龍。鷺娘。蜜蜂。犬妖。干宝の父。大蛟。白水素女。千年の鶴。箏笛浦。凶宅。蛟を生む。秘術。木像の弓矢。

酉陽雑俎 (唐)
 古塚の怪異。王申の禍。画中の人。北斗七星の秘密。駅舎の一夜。小人。怪物の口。一つの杏。剣術。刺青。朱髪児。人面瘡。油売。九尾狐。妬婦津。悪少年。唐櫃の熊。徐敬業。死婦の舞。

宣室志 (唐)
 七聖画。法喜寺の龍。阿弥陀仏。柳将軍の怪。黄衣婦人。玄陰池。鼠の群れ。陳巌の妻。李生の罪。黒犬。煞神。

白猿伝・其他 (唐)
 白猿伝。女侠。霊鏡。仏像。孝子。壁龍。登仙奇談。蔣武。笛師。担生。板橋三娘子。

録異記 (五代)
 異蛇。異材。異肉。異姓。異亀。異洞。異石。異魚。

稽神録 (宋)
 盧山の廟。夢に火を吹く。桃林の地妖。怪青年。鬼国。蛇喰い。地下の亀。剣。金児と銀女。海神。海人。怪獣。四足の蛇。小奴。楽人。餅二枚。鬼兄弟。

夷堅志 (宋)
 妖鬼を祭る。床下の女。餅を買う女。海中の紅旗。厲鬼の訴訟。鉄塔神の霊異。乞食の茶。小龍。蛇薬。重要書類紛失。股を焼く。三重歯。鬼に追わる。土偶。野象の群れ。碧瀾堂。雨夜の怪。術くらべ。渡頭の妖。

異聞総録・其他 (宋)
 竹人、木馬。疫鬼。亡妻。盂蘭盆。義犬。窓から手。張鬼子。両面銭。古御所。我来也。海井。報冤蛇。紅衣の尼僧。画虎。霊鐘。

続夷堅志・其他 (金・元)
 梁氏の復讐。樹を伐る狐。兄の折檻。古廟の美人。捕鶉の児。馬絆。盧山の蟒蛇。答剌罕。道士、潮を退く。

輟耕録 (明)
 飛雲渡。女の知恵。鬼の贓品。一寸法師。蛮語を解する猴。陰徳延寿。金の箆。生き物使い。

剪燈新話 (明)
 申陽洞記。牡丹燈記。

池北偶談 (清)
 名画の鷹。無頭鬼。張巡の妾。火の神。文昌閣の鸛。剣侠。鏡の恨み。韓氏の女。慶忌。洞庭の神。呌蛇。范祠の鳥。追写真。断腸草。関帝現身。短人。化鳥。

子不語 (清)
 老嫗の妖。羅刹鳥。平陽の令。水鬼の箒。僵尸(屍体)を画く。美少年の死。秦の毛人。帰安の魚怪。狗熊。人魚。金鉱の妖霊。海和尚、山和尚。火箭。九尾蛇。

閲微草堂筆記 (清)
 落雷裁判。鄭成功と異僧。鬼影。茉莉花。仏陀の示現。強盗。張福の遺書。飛天夜叉。喇嘛教。滴血。不思議な顔。顔良の祠。繡鸞。牛寃。鳥を投げる男。節婦。木偶の演戯。奇門遁甲。

解説 (岡本経一)




◆本書より◆


「開会の辞」より:

「「支那の怪奇談と申しましても、ただ漫然と怪談を語るのも無意義であるというお説もございますので、皆様がたにお願い申しまして、遠くは六朝(りくちょう)時代より近くは前清(ぜんしん)に至るまでの有名な小説や筆記の類に拠(よ)って、時代を趁(お)って順々に話していただくことに致しました。ともかくもこれに因(よ)って、支那歴代の怪奇小説、いわゆる〈志怪(しかい)の書〉がどんなものであるかということを御会得(ごえとく)くだされば、こんにちの会合もまったく無意義でもなかろうかと存じます。
 さらに一言申し添えて置きたいと存じますのは、それらの〈志怪の書〉が遠い昔から我が国に輸入されまして、わが文学や伝説にいかなる影響をあたえたかということでございます。かの『今昔物語』を始めとして、室町時代、徳川時代の小説類、ほとんどみな支那小説の影響を蒙(こうむ)っていない物はないと言ってもよろしいくらいで、わたくしが一々(いちいち)説明いたしませんでも、これはなんの翻案(ほんあん)であるか、これはなんの剽窃(ひょうせつ)であるかということは、少しく支那小説を研究なされた方々には一目瞭然(いちもくりょうぜん)であろうと考えられます。甚だしきは、歴史上実在の人物の逸事(いつじ)として伝えられていることが、実は支那小説の翻案であったというような事も、往々(おうおう)に発見されるのでございます。
 そんなわけでありますから、明治以前の文学や伝説を研究するには、どうしても先(ま)ず隣邦(りんぽう)の支那小説の研究から始めなければなりません。彼を知らずして是を論ずるのは、水源(みなもと)を知らずして末流(すえ)を探るようなものであります。と言いましても、支那の著作物は文字通りの汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)で、単に〈志怪の書〉だけでも実におびただしいのでありますから、容易に読破されるものではありません。わたくしが今日(こんにち)の会合を思い立ちましたのも、一つはそこにありますので、現代のお忙しい方々に対して、支那小説の輪郭(りんかく)と、それが我が文学や伝説に及ぼした影響とを、いささかなりともお伝え申すことが出来れば、本懐の至りに存じます。」」



「捜神記」より:

宋家の母

 魏(ぎ)の黄初(こうしょ)年中のことである。
 清河(せいか)の宋士宗(そうしそう)という人の母が、夏の日に浴室へはいって、家内の者を遠ざけたまま久しく出て来ないので、人びとも怪しんでそっと覗(のぞ)いてみると、浴室に母の影は見えないで、水風呂のなかに一頭の大きいすっぽんが浮かんでいるだけであった。たちまち大騒ぎとなって、大勢が駈け集まると、見おぼえのある母のかんざしがそのすっぽんの頭の上に乗っているのである。
 「お母さんがすっぽんに化けた」
 みな泣いて騒いだが、どうすることも出来ない。ただ、そのまわりを取りまいて泣き叫んでいると、すっぽんはしきりに外へ出たがるらしい様子である。さりとて滅多(めった)に出してもやられないので、代るがわるに警固しているあいだに、あるとき番人の隙(すき)をみて、すっぽんは表へ這い出した。又もや大騒ぎになって追いかけたが、すっぽんは非常に足が疾(はや)いので遂に捉えることが出来ず、近所の川へ逃げ込ませてしまった。
 それから幾日の後、かのすっぽんは再び姿をあらわして、宋の家のまわりを這い歩いていたが、又もや去って水に隠れた。
 近所の人は宋にむかって母の喪服を着けろと勧めたが、たとい形を変じても母はまだ生きているのであると言って、彼は喪服を着けなかった。」

螻蛄

 廬陵(ろりょう)の太守龐企(ろうき)の家では螻蛄(けら)を祭ることになっている。
 何ゆえにそんな虫を祭るかというに、幾代か前の先祖が何かの連坐(まきぞえ)で獄屋につながれた。身におぼえの無い罪ではあるが、拷問の責め苦に堪えかねて、遂に服罪することになったのである。彼は無罪の死を嘆いている時、一匹の螻蛄が自分の前を這い歩いているのを見た。彼は憂苦のあまりに、この小さい虫にむかって愚痴を言った。
 「おまえに霊があるならば、なんとかして私を救ってくれないかなあ」
 食いかけの飯を投げてやると、螻蛄は残らず食って行ったが、その後ふたたび這い出して来たのを見ると、その形が前よりも余ほど大きくなったようである。不思議に思って、毎日かならず飯を投げてやると、螻蛄も必ず食って行った。そうして、数十日を経るあいだに虫はだんだんに生長して犬よりも大きくなった。
 刑の執行がいよいよ明日に迫った前夜である。
 大きい虫は獄屋の壁のすそを掘って、人間が這い出るほどの穴をこしらえてくれた。彼はそこから抜け出して、一旦の命を生きのびて、しばらく潜伏しているうちに、測らずも大赦(たいしゃ)に逢って青天白日(せいてんはくじつ)の身となった。
 その以来、その家では代々その虫の祭祀を続けているのである。」



「捜神後記」より:

武陵桃林

 東晋(とうしん)の太元(たいげん)年中に武陵(ぶりょう)の黄道真(こうどうしん)という漁人(ぎょじん)が魚を捕りに出て、渓川(たにがわ)に沿うて漕いで行くうちに、どのくらい深入りをしたか知らないが、たちまち桃の林を見いだした。
 桃の花は岸を挟んで一面に紅く咲きみだれていて、ほとんど他の雑木はなかった。黄は不思議に思って、なおも奥ふかく進んでゆくと、桃の林の尽くるところに、川の水源(みなもと)がある。そこには一つの山があって、山には小さい洞(ほら)がある。洞の奥からは光りが洩れる。彼は舟から上がって、その洞穴の門をくぐってゆくと、初めのうちは甚だ狭く、わずかに一人を通ずるくらいであったが、また行くこと数十歩にして俄かに眼さきは広くなった。
 そこには立派な家屋もあれば、よい田畑もあり、桑もあれば竹もある。路も縦横に開けて、雞(とり)や犬の声もきこえる。そこらを往来している男も女も、衣服はみな他国人のような姿であるが、老人も小児も見るからに楽しそうな顔色であった。かれらは黄を見て、ひどく驚いた様子で、おまえは何処(どこ)の人でどうして来たかと集まって訊くので、黄は正直に答えると、かれらは黄を一軒の大きい家へ案内して、雞を調理し、酒をすすめて饗応した。それを聞き伝えて、一村の者がみな打ち寄って来た。
 かれら自身の説明によると、その祖先が秦(しん)の暴政を避くるがために、妻子眷族(けんぞく)をたずさえ、村人を伴って、この人跡(じんせき)絶えたるところへ隠れ住むことになったのである。その以来再び世間に出ようともせず、子々孫々ここに平和の歳月(としつき)を送っているので、世間のことはなんにも知らない。秦のほろびた事も知らない。漢(かん)の興(おこ)ったことも知らない。その漢がまた衰えて、魏(ぎ)となり、晋(しん)となったことも知らない。黄が一々それを説明して聞かせると、いずれもその変遷に驚いているらしかった。
 黄はそれからそれへと他の家にも案内されて、五、六日のあいだは種々の饗応を受けていたが、あまりに帰りがおくれては家内の者が心配するであろうと思ったので、別れを告げて帰って来た。その帰り路のところどろこに目標(めじるし)をつけて置いて、黄は郡城にその次第を届けて出ると、時の太守劉韻(りゅういん)は彼に人を添えて再び探査につかわしたが、目標はなんの役にも立たず、結局その桃林を尋ね当てることが出来なかった。」



「宣室志」より:

鼠の群れ

 洛陽(らくよう)に李氏(りし)の家があった。代々の家訓で、生き物を殺さないことになっているので、大きい家に一匹の猫をも飼わなかった。鼠を殺すのを忌(い)むが故である。
 唐の宝応(ほうおう)年中、李の家で親友を大勢よびあつめて、広間で飯を食うことになった。一同が着席したときに、門外に不思議のことが起ったと、奉公人らが知らせて来た。
 「何百匹という鼠の群れが門の外にあつまって、なにか嬉しそうに前足をあげて叩いて居ります」
 「それは不思議だ。見て来よう」
 主人も客も珍しがってどやどやと座敷を出て行った。その人びとが残らず出尽くしたときに、古い家が突然に頽(くず)れ落ちた。かれらは鼠に救われたのである。家が頽れると共に、鼠はみな散りぢりに立ち去った。」



「池北偶談」より:

化鳥

 郝(かく)某はかつて湖広の某郡の推官(すいかん)となっていた。ある日、捕盗の役人を送って行って、駅舎に一宿した。
 夜半に燈下に坐して、倦(う)んで仮寝(うたたね)をしていると、恍惚のうちに白衣の女があらわれて、鍼(はり)でそのひたいを刺すと見て、おどろき醒めた。やがてほんとうに寝床にはいると、又もやその股を刺す者があった。痛みが激しいので、急に童子を呼び、燭(しょく)をともしてあらためると、果たして左の股に鍼が刺してあった。
 おそらく刺客(しかく)の仕業(しわざ)であろうと、燭をとって室内を見廻ったが、別に何事もなかった。家の隅の暗いところに障子代りの衣(きぬ)が垂れているので、その隙間から窺うと、そこには大きい鳥のような物が人の如くに立っていた。その全身は水晶に似て、臓腑(ぞうふ)がみな透いて見えた。
 化鳥(けちょう)は人を見て直ぐにつかみかかって来たので、郝も手に持っている棒をふるってかれに逼(せま)った。化鳥はとうとう壁ぎわに押し詰められて動くことが出来なくなったので、郝は大きい声で呼び立てると、従者は窓を破って飛び込んで来た。棒と刃(やいば)に攻められて、化鳥は死んだ。
 しかも、それが何の怪であるかは誰にも判らなかった。」



「閲微草堂筆記」より:

節婦

 任士田(にんしでん)という人が話した。その郷里で、ある人が月夜に路を行くと、墓道の松や柏のあいだに二人が並び坐しているのを見た。
 ひとりは十六、七歳の可愛らしい男であった。他の女は白い髪を長く垂れ、腰をかがめて杖を持って、もう七、八十歳以上かとも思われた。
 この二人は肩を摺り寄せて何か笑いながら語らっている体(てい)、どうしても互いに惚れ合っているらしく見えたので、その人はひそかに訝(いぶか)って、あんな婆さんが美少年と媾曳(あいびき)をしているのかと思いながら、だんだんにその傍へ近寄ってゆくと、かれらのすがたは消えてしまった。
 次の日に、これは何人(なんぴと)の墓であるかと訊(き)いてみると、某家の男が早死にをして、その妻は節を守ること五十余年、老死した後にここに合葬したのであることが判った。」








こちらもご参照ください:

松村武雄 編 『中国神話伝説集』 伊藤清司 解説 (現代教養文庫)
干宝 『捜神記』 竹田晃 訳 (平凡社ライブラリー)
『閲微草堂筆記 子不語』 前野直彬 訳 (中国古典文学大系)
澤田瑞穂 『鬼趣談義』 (中公文庫)
フランセス・A・イエイツ 『記憶術』 玉泉八州男 監訳
ヘーベル 『ドイツ炉辺ばなし集』 木下康光 編訳 (岩波文庫)































































岡本綺堂 『西郷星』 (光文社時代小説文庫)

「「むむう、官軍の畜生(ちきしょう)、今に見ろ」」
(岡本綺堂 「西郷星」 より)


岡本綺堂 
『西郷星』
 
光文社時代小説文庫 お-6-31 


光文社 
2017年6月20日 初版1刷発行
327p 「出典一覧」1p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価680円+税
カバーデザイン: 高林昭太
カバーイラスト: Kazushi Inagaki



本書はアマゾンマケプレで352円(送料込)で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。
本書で作者が伝えたいことは八徳よりも人情が大事だということであろうとおもわれます。



岡本綺堂 西郷星



カバー裏文:

「明治十年、西南(せいなん)の役(えき)で西郷隆盛(たかもり)が没した後に、帝都の夜空に箒星(ほうきぼし)がいく度も流れた。人々はこれを西郷星と呼び大騒動になったという――。著者の幼少時の記憶をもとに綴(つづ)られたユーモア溢(あふ)れる表題作をはじめ、切れ味鋭い掌編から、読み応え充分な中編まで、稀代(きだい)のストーリーテラーの才筆を存分に堪能できるヴァラエティ豊かな作品集。全十一編のうち八編が初文庫化!」


目次:

俳諧師鬼貫(おにつら)
不孝者
水野十郎左衛門
古田家滅亡
大森彦七
新長恨歌
心中の味
埋れ木
黒狐
西郷星
随筆・西郷星(「思い出草」より)




◆本書より◆


「古田家滅亡」より:

「かれは死を恐れたのである。」
「どうしたら殉死の痛い腹などを切らずに済むか。
 その苦労がこの頃は絶えず彼をおびやかしているうちに、それは主人の家をほろぼすよりほかはないと思いつめるようになった。」
「家がほろびてしまえば、殉死の必要はない。
 多年たくわえた財物をふところにして、自分は気楽な浪人生活を送ることが出来る。
 こういう考えから、彼は思い切って一種のお家騒動を企てたのである。」
「他に多く見るお家騒動のように、自己の権勢を張ろうとか、自己の栄華をほしいままにしようとかいうのでなく、かれは自己の生命を全(まっと)うしたいと思いつけた一念からであった。
 さすがは土民のせがれであると、その時代の人々は罵り笑った。」




「心中の味」より:

「僕が明治三十九年八月会津(あいづ)へ行ったことがある。
 かえりには日光へ廻ろうと、郡山(こおりやま)から乗りかえて宇都宮へ来る途中、黒磯(くろいそ)から十七くらいの娘が乗り合わせた。
 むろん僕も三等車内に乗っていた。
 洗いざらしの白地の単衣(ひとえ)に赤い帯を絞め、銀杏(いちょう)返しに結っていた。
 色は白い方で、田舎にしては、別嬪(べっぴん)といい得る縹緻(きりょう)であった。
 左手(ゆんで)の二の腕に繃帯(ほうたい)して、それを首にかけ、何物の荷物も持っていなかった。
 次のステーションで堅い食パンを買って、それを右の手で持って、誰にも憚(はばか)らず囓(かじ)っている。
 そうして、何を眺めることもなく時折、窓外を見て、ぽかん(引用者注:「ぽかん」に傍点)としている。
 僕の眼からでは、惚け者に見えた。
 その次のステーションで下車した。
 五十ばかりの老婆(ばあさん)と、二十四、五のおかみさん風との二人が、娘を待ち受けて『おかん』と呼んだ。
 娘は、別に嬉しそうな顔もせず、それなり伴われて行った様子まで僕は見た。
 汽車が発車すると、旅客の一人は、僕にかの娘が未遂心中をしたことを話した。
 かの娘は那須(なす)の温泉宿の女中をしていた。
 すると、男が出来た。
 その土地で住み古した六十の上を越している爺(じじ)の猟人(かりゅうど)。
 そのことが主人に知れて暇(ひま)が出た。
 娘は爺の所へ駆けつけて、心中してくれと頼んだ。
 老い先も短きに、かつはいとしき娘から責(せが)まれたので、一も二も無く承諾して、二人が近所の軌道(レール)に抱き合って横になった。
 汽車は轢(ひ)かずに刎(は)ね飛ばした。
 娘は左手を、爺は右足を挫(くじ)いただけで済んだ。
 それで、娘は今自宅へ帰るのだ。年は二十才である――。
 面目ないならば、汽車の中でも、人に憚(はばか)らねばならぬはず、また、出迎えの母と姉に、何の羞恥(しゅうち)の念慮もなく、洒々(しゃあしゃあ)とパンをカジリながら一言の挨拶もせず伴われて行くとは何事だ。
 この話を聞かねば、どうしても心中を遂げそこなった後、十日もたたぬうちの娘とは見えなかったのだ。
 むろん、男を恋いているようすもなかった。」



「西郷星」より:

「錺職(かざりや)の留(とめ)さんはこの頃発狂した。かれは自(みずか)ら西郷隆盛(さいごうたかもり)と名乗って近所の人達をおどろかしたのであった。」

「西郷を崇拝する彼は、当然の結果として官軍を呪詛(じゅそ)するようになった。
 官軍が勝ったという通信を読むと、彼は云いしれない不快を感じて、日ごろ睦まじい女房や可愛がっている小僧らに対しても、なにかにつけて当たり散らすようになった。
 それについては、家内の者ばかりでなく、町内の老人連もだんだんに心配をはじめて来た。
 地主の仙十郎は留さんを呼んで内々で注意した。
 「留さん。おまえの西郷贔屓(びいき)も好いが、西郷はともかくも賊軍の大将だ。その賊軍を贔屓して、官軍の悪口を云うのはどうも穏やかでない。世間の手前、ちっと慎まなければいけない」
 「大きにごもっともでございます。これからは気をつけます」
 その場は素直に答えて帰ったが、留さんの西郷贔屓は決してやまなかった。
 かれは相変わらず西郷を讃美して、逢う人ごとに官軍の悪口を云っていた。
 しかし彼の予想はだんだん裏切られて、上野の花が咲く頃から西郷方の敗報が続々伝えられて来た。
 薩軍は田原坂(たばるざか)で敗れた。
 川尻(かわじり)方面でも敗れた。
 形勢すこぶる不利に陥ったのをみて、西郷は熊本城の囲みを解いて退却したというのである。
 それらの通信記事を新聞紙上で毎日読まされるたびに、留さんの顔色はいよいよ悪くなって来た。
 彼はときどきに腕ぐみをして溜め息を洩らすようになったのであった。
 「西郷さんなんぞ勝っても負けてもいいじゃありませんか。何にもこっちにかかり合いのあることじゃないんだから」
 と、お清は見かねて意見した。 「ええ、手前(てめえ)の知ったことじゃねえ」
 と、留さんは叱りつけるように云った。
 そうして、「西郷さんはどうして負けるのかなあ」と、不思議そうに考えつめていた。」







こちらもご参照ください:

野尻抱影 『続 星と伝説』 (中公文庫 BIBLIO)





















































































岡本綺堂 『鷲 新装版』 (光文社文庫)

「髑髏はまだ朽ちない、髑髏はまだ落ちない、髑髏はまだ笑っているのである。」
(岡本綺堂 「くろん坊」 より)


岡本綺堂 
『鷲 
新装版』
 
光文社文庫 お-6-24 
Okamoto Kido Kaidan Collection
【怪談コレクション】


光文社 
2006年7月20日 初版第1刷発行
309p 「初出誌一覧」1p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価552円+税
カバーデザイン: 高林昭太



本書「解題」より:

「『鷲』は、『近代異妖編―綺堂読物集第三巻』(大正十五年十月、春陽堂刊)から「マレー俳優の死」を、『異妖新篇―綺堂読物集第六巻』(昭和八年二月、春陽堂刊)から「鷲」「兜」「鰻に呪われた男」「くろん坊」を、『怪獣―綺堂読物集第七巻』(昭和十一年十一月、春陽堂刊)から「怪獣」「深見夫人の死」「経帷子の秘密」を、『今古探偵十話―綺堂読物集第五巻』(昭和三年八月、春陽堂刊)から「麻畑の一夜」「雪女」を、それぞれ収録し、一冊とした。」


本書「解題」には上記のようにあるものの、「兜」は現行の中公文庫版『異妖新篇』には収録されていないです。というか春陽堂版『異妖新篇』にも収録されていないです。単行本『両国の秋』(昭和4年、資文堂書店)、青蛙房版『岡本綺堂読物選集 5 異妖編 下巻』(昭和44年)に収録されています。



岡本綺堂 鷲



カバー裏文:

「●将軍家が鷹狩(たかが)りを催(もよお)す御鷹場を荒らす尾白(おじろ)の鷲と、鉄砲方の人々との血みどろの葛藤(かっとう)。(「鷲」)
●兜(かぶと)を持っている者が連続して辻斬(つじぎ)りに……。ひとりの女が届けた兜が、祟(たた)りをもたらす。(「兜」)
●吹雪の夜、妖麗(ようれい)な白い影が人家へ忍び込み、若い娘を招き去る。(「雪女」)――不思議な因縁の糸に導かれ、人知を超えた恐怖の世界を垣間見(かいまみ)てしまった人々の運命は? 全十編を集録。」



目次:



鰻に呪われた男
怪獣
深見夫人の死
雪女
マレー俳優の死
麻畑の一夜
経帷子の秘密
くろん坊

解説 (都筑道夫)
解題 (縄田一男)




◆本書より◆


「鷲」より:

「久助の詮議に対して、角蔵はこんな秘密をあかした。今から十六年前の秋、彼は甲州の親類をたずねて帰る途中、笹子峠の麓の小さい宿屋に泊ると、となりの部屋に三十前後の上品な尼僧がおなじく泊り合せていた。尼僧は旅すがたで、当歳(とうさい)かと思われる赤児を抱いていた。その話によると、かれが信州と甲州の境の山中を通りかかると、どこかで赤児の泣く声がきこえる。不思議に思って見まわすと、年古る樟(くす)の大樹に鷲の巣があって、その巣のなかに赤児が泣いているのであった。あたかもそこへ来かかった木樵(きこり)にたのんで、赤児を木の上から取りおろしてもらって、ともかくもここまで抱いてきたが、長い旅をする尼僧の身で、乳飲み子をたずさえていては甚だ難儀である。なんとかしてお前の手で養育してくれまいかと、かれは角蔵に頼んだ。
 その赤児は尼僧の私生児であろうと、角蔵は推量した。鷲の巣から救い出して来たなどというのは拵(こしら)えごとで、尼僧が自分の私生児の処分に困って、その貰(もら)い手を探しているのであろうと推量したので、彼は気の毒にも思い、また一方には慾心を起して、もし相当の養育料をくれるならば引取ってもいいと答えると、尼僧は小判一両を出して渡した。角蔵はその金と赤児とを受取って別れた。その尼僧は何者であるか、それから何処へ行ったか、その消息はいっさい不明であった。」
「「今までは尼さんの作り話だと一途(いちず)に思いつめていましたが、こうなるとお蝶が鷲の巣にいたというのも本当で、お蝶と鷲とのあいだに何かの因縁があるのかも知れません。」と、角蔵は不思議そうに言った。」



「兜」より:

「前にもいう通り、今夜は八月十二日で、月のひかりは冴え渡っているので、その男の姿はあざやかに照らし出された。かれは単衣(ひとえもの)の尻を端折(はしょ)った町人ていの男で、大きい風呂敷包みを抱えている。それだけならば別に不思議もないのであるが、彼はその頭に鉄の兜をいただいていた。兜には錣(しころ)も付いていた。たといそれが町人でなくても、単衣をきて兜をかぶった姿などというものは、虫ぼしの時か何かでなくてはちょっと見られない図であろう。そういう異形(いぎょう)の男が加州の屋敷の門前を足早に通り過ぎて、やがて追分(おいわけ)に近づこうとするときに、どこから出て来たのか知らないが、不意につかつかと駆け寄って、うしろからその兜の天辺(てっぺん)へ斬りつけた者があった。
 男はあっ(引用者注:「あっ」に傍点)と驚いたが、もう振り返ってみる余裕もないので、半分は夢中で半町(ちょう)あまりも逃げ延びて、路ばたの小さい屋敷へかけ込んだ。」
「兜をかぶっているので、誰だかよく判らない。(中略)まずその兜を取ってみると、彼はこの屋敷へも出入りをする金兵衛という道具屋であった。(中略)年は四十前後で、頗るのんきな面白い男であるので、さのみ近しく出入りをするという程でもないが、屋敷内の人々によく識(し)られているので、今夜彼があわただしく駈け込んで来たについて、人々もおどろいて騒いだ。
 「金兵衛。どうした。」
 「やられました。」と、金兵衛は倒れたままで唸(うな)った。「あたまの天辺から割られました。」」
「水をのませて介抱して、だんだん検(あらた)めてみると、彼は今にも死にそうなことを言っているが、その頭は勿論、からだの内にも別に疵(きず)らしい跡は見いだされなかった。」
「金兵衛はその日、下谷御成道(したやおなりみち)の同商売の店から他の古道具類と一緒にかの兜を買取って来たのである。(中略)元値同様に引取ったが、他にもいろいろの荷物があって、その持ち抱えが不便であるので、彼は兜をかぶることにして、月の明るい夜道をたどって来ると、図(はか)らずもかの災難に出逢ったのであった。」
「その以来、兜は邦原家の床の間に飾られることになって、下谷の古道具屋の店にころがっているよりは少しく出世したのである。」

「それが兜の祟りと言い得るかどうかは疑問であるが、ともかくも邦原家から盗み出されたかの兜がどこかを転々して善吉の手に渡って、それを持ち帰る途中で彼も何者にか斬られたというのは事実である。」
「その兜と辻斬りとは別になんの係合いもないことで、単に偶然のまわり合せに過ぎないらしく思われるので、勘十郎はその理窟を説明して聞かせたが、金兵衛はまだほんとうに呑み込めないらしかった。
 その兜には何かの祟りがあって、それを持っている者はみな何かの禍いを受けるのであろうと、彼はあくまでも主張していた。
 「それでは、最初お前にその兜を売った御成道の道具屋はどうした。」と、勘十郎はなじるように訊いた。
 「それが今になると思い当ることがあるんです。御成道の道具屋の女房はこの七月に霍乱(かくらん)で死にました。」
 「それは暑さに中(あた)ったのだろう。」
 「暑さにあたって死ぬというのが、やっぱり何かの祟りですよ。」」



「鰻に呪われた男」より:

「「なにか魚を捕っています。」と、わたくしは川を指して言いました。「やっぱり山女でしょうか。」
 「そうだろうね。」と、夫は笑いながら答えました。「ここらの川には鮎(あゆ)もいない、鮠(はや)もいない。山女と鰻ぐらいのものだ。」
 鰻――それがわたくしの頭にピンと響くようにきこえました。
 「うなぎは大きいのがいますか。」と、わたくしは何げなく訊(き)きました。
 「あんまり大きいのもいないようだね。」
 「あなたも去年お釣りになって……。」
 「むむ。二、三度釣ったことがあるよ。」
 ここで黙っていればよかったのでした。鰻のことなぞは永久に黙っていればよかったのですが、年の若いおしゃべりの私は、ついうっかりと飛んだことを口走ってしまいました。
 「あなたその鰻をどうなすって……。」
 「小さな鰻だもの、仕様がない。そのまま川へ抛(ほう)り込んでしまったのさ。」
 「一ぴきぐらいは食べたでしょう。」
 「いや、食わない。」
 「いいえ、食べたでしょう。生きたままで……。」
 「冗談いっちゃいけない。」
 夫は聞き流すように笑っていましたが、その眼の異様に光ったのが私の注意をひきました。その一刹那(せつな)に、ああ、悪いことを言ったなと、わたくしも急に気がつきました。」



「怪獣」より:

「「ここの家(うち)の娘さん達は何か病気でもしているのかね。」と、わたしは何げなく訊いた。
 「まことにお恥かしい次第でございます。」と、番頭は泣くように言った。「別に病気というわけでもございませんが……。」
 「わたしは医者でないから確かなことは言えないが、素人が見て病気でないと思うような人間でも、専門の医者が見ると立派な病人であるという例もしばしばあるから、主人とも相談して念のために医者によく診察して貰ったらいいだろうと思うが……。」
 「はい。」
 とは言ったが、番頭は難渋(なんじゅう)らしい顔色をみせた。さしあたり娘たちのからだに異状があるわけでもないのであるから、医者に診(み)て貰えといっても、おそらく当人たちが承知すまい。もう一つには主人らは非常に外聞(がいぶん)を恥じ恐れているのであるからこの問題については、娘たちを医者に診察させるなどということには、おそらく同意しないであろうと、彼は言った。」



「深見夫人の死」より:

「「ここらには蛇が多いのかね。」と、商人は訊いた。
 「特に多いという話も聞かないのですが……。」と、車掌はすこし首をかしげながら言った。「それが又不思議で……。その蛇の騒ぎはいつでも広島とFの駅とのあいだに起るのです。そうして、きょうと同じように、乗客自身はなんにも気がつかないでいると、蛇がいつの間にかその荷物のなかに這入り込んでいるのです。ことしももうこれで五回目になるでしょう。わたしも職務ですから、一応はあの人を詮議しましたけれど、肚(はら)の中では又かと思っていました。」
 「ふぅむ。そりゃあ不思議だ、まったく不思議だ。」と、商人は仰山(ぎょうさん)らしく顔をしかめて、その首を大きく振った。「そうすると、何か子細がありそうだな。広島とFの町とのあいだに限っているのは不思議だ。」
 「まだ不思議なことは、それがいつでも上り列車に限っているのです。」
 「いよいよ不思議だ。ねえ、そうじゃありませんか。」と、商人はわたしを見返った。
 「不思議ですね。上り列車に限るとは……。」と、私もうなずいた。
 「いや、まだあります。」と、車掌も調子に乗ったように説明した。「その蛇を持って来る人は、いつでもKの駅から乗込むのです。そうして、Fの駅へ近づいた時に発見されるのです。きょうもきっとそうだろうと思いながら、その乗車券をあらためて見ると、果たしてKの駅から乗った人でした。」
 商人とわたしとは黙って顔を見合せていると、車掌は又言った。
 「きょうのように偶然の事故から発見されることもありますが、多くのなかには発見されないで済むこともあるだろうと思われます。そうすると、たくさんの蛇がKの町から来る乗客に付きまとって、Fの町へ乗込むことになるわけです。」
 「そう、そう。」と、商人はやや気味悪そうにうなずいた。「どうも判らない。なにか因縁があるのかな。」
 「どうも変ですよ。」と、車掌も子細ありげに言った。「なにしろ蛇の騒ぎを起すのは、Kの町から来る人に限るのですからな。」
 「その蛇はどこへ行くつもりかな。」と、商人はかんがえた。
 「そりゃ判りませんね。」
 「判らないのが本当だろうが、なにかFの町の方へ行って祟(たた)るつもりらしい。」と、商人は何もかも見透しているように言った。「きっとFの町の誰かに恨みがあって、ぞろぞろ繋(つな)がって乗込むに相違ない。怪談、怪談、どうも気味がよくないな。」」



「マレー俳優の死」より:

「「わたしにも確かな判断は付きませんが、ここいらにいる白人のあいだでは、もっぱらこんな説が伝えられています。柔仏の王は自分の遺産を守るために、腹心の家来どもに命令して、無数の毒蛇を墓の底に放して置いたのだろうというんです。して見れば、そこに棲んでいる毒蛇の子孫の絶えないあいだは、朱丹の遺産がつつがなく保護されているわけです。実際、印度やここらの地方には怖ろしい毒蛇が棲んでいますからね。」」


「麻畑の一夜」より:

「「しかしゆうべの出来事から、私はこういうことを初めて発見しました。怪物は猿でもない、蟒蛇(うわばみ)でもない、野蛮人でもない。たしかに人間の眼には見えないものです。ピストルでも罠(わな)でも捕(と)ることの出来ないものです。眼に見えないその怪物に誘い出されて、みんなあの河へ吸い込まれてしまうのです。」」


「くろん坊」より:

「この山奥に住む黒ん坊はただ一匹に限られたわけでもないのであるが、その一匹が源兵衛の斧に屠(ほふ)られて以来、すべてその影を見せなくなって、かれらの形見は木の枝にかかる髑髏一つとなった。その髑髏は源兵衛一家のほろび行く運命を嘲るように、夜毎にからから(引用者注:「からから」に傍点)という音を立てていた。」

「髑髏はまだ朽ちない、髑髏はまだ落ちない、髑髏はまだ笑っているのである。」
















































岡本綺堂 『玉藻の前』 (中公文庫)

「彼は早く悪魔の味方にならなかつたことを今更に悔(くや)んだ。悪魔と恋して、悪魔の味方になつて、悪魔と倶(とも)にほろびるのが寧(むし)ろ自分の本望(ほんもう)であつたものをと、(中略)遣瀬(やるせ)もない悔恨(かいこん)の涙(なみだ)に咽(むせ)んだ。」
(岡本綺堂 『玉藻の前』 より)


岡本綺堂 
『玉藻の前』
 
中公文庫 お-78-8


中央公論新社
2019年5月25日 初版発行
293p 付記1p
口絵(カラー)1葉
文庫判 並装 カバー
定価880円+税
カバー画: 山本タカト
カバーデザイン: ミルキィ・イソベ


「本書は、一九二九年(昭和四)七月に平凡社から刊行された『現代大衆文学全集第十一巻 岡本綺堂集』を底本としました、さらに、「附録」として収載した「狐武者」は初出誌を底本としました。」
「正字を新字にあらためた(一部固有名詞や異体字をのぞく)ほかは、(中略)歴史的かなづかいをいかし、踊り字などもそのままとしました。ただし、ふりがなは(中略)新かなづかいとし、明らかな誤植は修正しました。」



本文中に井川洗厓による挿絵(モノクロ)10点。口絵は山本タカト「女の童の血を啜る玉藻」。
本書はヤフオクで落札しておいたのが届いたのでよんでみました。本書「解題」によると、『現代大衆文学全集』版「はしがき」には、
「一般の読者はおそらく『捕物帳』を歓ぶであらうと想像するが、作者としては更に『玉藻前』の愛読を望むものである。」
とある由で、たいへん興味深いです。



岡本綺堂 玉藻の前



カバー裏文:

「金毛九尾の狐の物語「殺生石伝説」を下敷きにした、綺堂の長篇伝奇小説。平安朝、妖狐に憑かれ国を惑わす美女になった娘と幼なじみの若き陰陽師の悲恋を軸に、権力闘争にあけくれる殿上人や怪僧らが暗躍する。附録として短篇「狐武者」を収載。装画と口絵は山本タカトによる描き下ろし。本文には井川洗厓による挿絵を再掲。」


目次 (初出):

玉藻の前
 清水詣
 独寝の別れ
 塚の祟
 花の宴
 法性寺
 采女
 雨乞ひ
 犬の群
 烏帽子折
 三浦の娘
 殺生石

附録
 狐武者

解題 (千葉俊二)




◆本書より◆


「清水詣」より:

「少年と少女とは、清水(きよみず)の坂に立つて、今夜の月を仰いでゐるのであつた。京の夜露(よつゆ)はもうしつとり(引用者注:「しつとり」に傍点)と降(お)りて来て、肌の薄い二人は寒さうに小さい肩を擦(こす)り合つてあるき出した。今から七百六七十年も前の都(みやこ)は、たとひ王城の地と云つても、今の人達の想像以上に寂しいものであつたらしい。」
「その寂しい夜の坂路(さかみち)を、二人はたよりなげに辿(たど)つて来るのであつた。月のひかりは高い樹梢(こずえ)に支へられて、二人の小さい姿はとき/゛\に薄暗い蔭に隠された。両側の高藪(たかやぶ)は人を嚇(おど)すやうに不意にざわ(引用者注:「ざわ」に傍点)/゛\と鳴つて、どこかで狐の呼ぶ声もきこえた。
 「喃(のう)、藻(みくず)」
 「おゝ、千枝(ちえ)ま(引用者注:「ま」に傍点)よ」
 男と女とはたがひにその名を呼びかはした。藻(みくず)は少女の名で、千枝松(ちえまつ)は少年の名であつた。」

「幅(はば)は三間(さんげん)に足らない狭い川であつたが、音も無しに冷々(ひやびや)と流れてゆく水の上には、水と同じやうな空の色が碧(あお)く映(うつ)つて、秋の雲の白い影もとき/゛\に揺(ゆら)めいて流れた。低い堤(つつみ)は去年の出水(でみず)に崩(くず)れてしまつて、その後に手入れをすることも無かつたので、水と陸との間にははつきり(引用者注:「はつきり」に傍点)した境界(さかい)もなくなつたが、そこには秋になると薄や蘆が高く伸びるので、水と人とはこの草叢(くさむら)を挟んで別々に通(とお)つてゐた。それでも蟹(かに)を拾ふ小児(こども)や、小鮒(こぶな)を掬(すく)ふ人達が、水と陸とのあひだの通路を作るために、薄や蘆を押倒して、ところ/゛\に狭い路(みち)を踏み固めてあるので、二人もその路を探つて水の際まで行(ゆ)き着いた。そこには根こぎになつて倒れてゐる柳の大木(たいぼく)のあることを二人は知つてゐた。
 「水は美くしう澄んでゐるな」
 二人はその柳の幹(みき)に腰をかけて、爪先(つまさき)近く流れてゐる秋の水をぢつと眺めた。半分は水に浸(ひた)されてゐる大きい石の面(おもて)が秋の日影にきら/\と晃(ひか)つて、石の裾には蓼(たで)の花が紅く濡(ぬ)れて流れかゝつてゐた。川の向ふには黍(きび)の畑(はたけ)が広くつゞいて、その畑と岸とのあひだの広い往来を大津牛(おおつうし)が柴車をひいて遅々(のろのろ)と通(とお)つた。時々に鵙(もず)も啼(な)いて通つた。」



「独寝の別れ」より:

「「千枝ま(引用者注:「ま」に傍点)よ。ありや何(なん)ぢや」
 翁がそつと囁(ささや)くと、千枝松も思はず立竦(たちすく)んだ。これが恐らく彼(か)の古塚といふのであらう、一層(ひときわ)大きい杉の根本に高さ五六尺(しゃく)ばかりかと思はれる土饅頭(どまんじゅう)のやうなものが横(よこた)はつてゐて、その塚のあたりに鬼火のやうな青い冷(つめた)い光が微(かすか)に燃えてゐるのであつた。
 「なんであらう」と千枝松も囁いた。しかし云ひ知れぬ恐怖(おそれ)のほかに、一種の好奇心も手伝つて、彼はその怪(あや)しい光を頼りに、木の根に沿(そ)うて犬のやうに窃(そっ)と這(は)つて行つた。と思ふと、彼はたちまちに声をあげた。
 「おゝ、藻ぢや。こゝにゐた」
 「そこにゐたか」と、翁も思はず声をあげて、木の根につまづきながら探り寄つた。
 藻は古塚の下(もと)に眠るやうに横(よこた)はつてゐた。鬼火のやうに青く光つてゐるのは、彼女が枕にしてゐる一個の髑髏(されこうべ)であつた。藻はむかしから人間の這入(はい)つたことの無いといふ森の奥に隠れて、髑髏を枕にして古塚の下(した)に眠つてゐるのであつた。」

「その晩に、千枝松は不思議な夢をみた。」
「そこには人の衣(きぬ)を染めるやうな濃緑の草や木が高く生茂(おいしげ)つてゐて、限りもないほどに広い花園には、人間の血よりも紅(あか)い芥子(けし)の花や、鬼の顔よりも大きい百合(ゆり)の花が、うづたかく重なり合つて一面に咲きみだれてゐた。花は紅(あか)ばかりでない、紫も白も黒も黄も燬(や)けるやうな強い日光に爛(ただ)れて、見るから毒々しい色を噴(ふ)き出してゐた。その花の根にはおそろしい毒蛇の群が紅い舌を吐(は)いて遊んでゐた。
 「こゝは何処(どこ)であらう」
 千枝松は驚異の眼をみはつて唯(ただ)ぼんやり(引用者注:「ぼんやり」に傍点)と眺めてゐると、一種異様の音楽がどこからか響いて来た。京の某(ある)分限者(ぶげんしゃ)が山科の寺で法会(ほうえ)を営(いとな)んだときに、大勢の尊い僧達が本堂にあつまつて経(きょう)を誦(じゅ)した。その時に彼は寺の庭にまぎれ込んで其(その)音楽に聞き惚れて、なんとも云はれない荘厳(そうごん)の感に打たれたことがあつたが、今聞いてゐる音楽のひゞきも幾らかそれに似てゐて、しかも人の魂(たましい)を蕩(とろ)かすやうな妖麗なものであつた。彼は酔つたやうな心持で、その楽(がく)の音(ね)の流れて来る方を窃(そっ)と窺(うかが)ふと、日本の長柄(ながえ)の唐傘(からかさ)に似て、其(その)縁(へり)へ青や白の涼(すず)しげな纓珞(ようらく)を長く垂れたものを、四人の痩せた男がめい/\に高くさゝげて来た。男はみな跣足(はだし)で、薄い鼠色の衣服(きもの)をきて、胸のあたりを露出(あらわ)に見せてゐた。それにつゞいて、水色の羅衣(うすもの)を着た八人の女が唐団扇(とううちわ)のやうなものを捧げて来た。その次に小山のやうな巨大(おおき)い獣が揺(ゆる)ぎ出して来た。千枝松は寺の懸絵(かけえ)で見たことがあるので、それが象といふ天竺(てんじく)の獣であることを直(すぐ)に覚(さと)つた。象は雪のやうに白かつた。
 象の背中には欄干(てすり)の附いた輿(こし)のやうなものを乗せてゐた。輿の上には男と女が乗つてゐた。象のあとからも大勢の男や女がつゞいて来た。周囲の男も女もみな黒い肌を見せてゐるのに、輿に乗つてゐる女の色だけが象よりも白いので、千枝松も思はず眼をつけると、女はその白い胸や腕を誇るやうに露(あら)はして、肌も透き通るやうな薄紅(うすくれない)の羅衣(うすもの)を着てゐた。千枝松はその顔をのぞいて、忽(たちま)ちあつ(引用者注:「あつ」に傍点)と叫ばうとして呼吸(いき)を呑み込んだ。象の上の女は確(たしか)に彼(か)の藻であつた。」
「空の色は火のやうに焼けてゐた。その燃えるやうな紅(あか)い空の下で音楽の響きが更に調子を高めると、花のかげから無数の毒蛇が繋(つな)がつて現れて来て、楽の音(ね)につれて一度にぬつ(引用者注:「ぬつ」に傍点)と鎌首をあげた。さうして、それがだん/\に大きい輪を作つて、さながら踊り出したやうに糾(よ)れたり縺(もつ)れたりして狂つた。千枝松はいよ/\呼吸(いき)をつめて眺めてゐると、更に一群(ひとむれ)の男や女がこゝへ追ひ立てられて来た。男も女も赤裸(あかはだか)で、ふとい鉄の鎖(くさり)で酷(むご)たらしく繋(つな)がれてゐた。
 この囚人(めしうど)はおよそ十人ばかりであらう、そのあとから二三十人のおとこが片袒(かたはだ)ぬぎで長い鉄の笞(むち)を揮(ふる)つて追ひ立てゝ来た。恐怖に戦慄(おのの)いてゐる囚人はみな一斉(いっせい)に象の前にひざまづくと、女は上から瞰下(みおろ)して冷やかに笑つた。その涼(すず)しい眼には一種の殺気を帯びて凄愴(ものすご)かつた。千枝松も身を固くして窺(うかが)つてゐると、女は低い声で何か指図(さしず)した。鉄の笞を持つてゐた男共はすぐに飛びかゝつて、彼(か)の囚人等を片端から蹴倒すと、男も女も仰(のけ)さまに横さまに転(ころ)げまはつて、無数の毒蛇の輪の中へ――
 もう其先を見とゞける勇気はないので、千枝松は思はず眼を塞(ふさ)いで逃げ出した。その背後(うしろ)には藻に肖(に)た女の華やかな笑ひ声ばかりが高くきこえた。千枝松は夢のやうに駆けてゆくと、誰(たれ)か知らないが其肩を叩く者があつた。はつ(引用者注:「はつ」に傍点)と悸(おび)えて眼をあくと、高い棕櫚(しゅろ)の葉の下に一人の老僧が立つてゐた。
 「お前はあの象の上に乗つてゐる白い女を識(し)つてゐるのか」
 あまりに怖(おそ)ろしいので、千枝松は識らないと答へた。老僧は徐(しずか)に云つた。
 「それを識つたらお前も命はないと思へ。こゝは天竺(てんじく)といふ国で、女と一緒に象に騎(の)つてゐる男は斑足太子(はんそくたいし)といふのぢや。女の名は華陽夫人(かようふじん)、よく覚えておけ。あの女は世にたぐひなく美しう見えるが、あれは人間でない。十万年に一度あらはるゝ怖ろしい化生(けしょう)の者ぢや。この天竺の仏法をほろぼして、大千世界(だいせんせかい)を魔界の暗黒(くらやみ)に堕(おと)さうと企(くわだ)つる悪魔の精ぢや。先(ま)づその手始めとして斑足太子をたぶらかし、天地開闢(かいびゃく)以来殆(ほとん)どその例(ためし)を聞かぬ悪虐を擅(ほしいまま)にして居(お)る。今お前が見せられたのは其の百分の一にも足らぬ。現にきのふは一日のうちに千人の首を斬つて、大きい首塚を建てた。しかし彼女が神通(じんつう)自在でも、邪(じゃ)は正(せい)に克(か)たぬ。まして天竺は仏(ほとけ)の国ぢや。やがて仏法の威徳(いとく)によつて、悪魔のほろぶる時節は来る。決して恐るゝことはない。併(しか)しいつまでも此処(ここ)に永居(ながい)してはお前の為にならぬ。早く行(ゆ)け、早(はよ)う帰れ」
 僧は千枝松の手を取つて門(もん)の外へ押遣(おしや)ると、鉄(くろがね)の大きい扉は音もなしに閉ぢてしまつた。千枝松は魂が抜けたやうに唯(ただ)うつとり(引用者注:「うつとり」に傍点)と突つ立つてゐた。併し幾らかんがへ直しても、彼(か)の華陽夫人とかいふ美しい女は、自分と仲の好(い)い藻に相違ないらしく思はれた。化生の者でもよい、悪魔の精でも構(かま)はない。もう一度彼(か)の花園へ入込(いりこ)んで、白い象の上に騎(の)つてゐる白い女の顔をよそながら見たいと思つた。」

「藻は料紙をさゝげて、大納言の前に手をついた。師道は待兼ねたやうに読んだ。
  夜(よ)や更(ふ)けぬ閨(ねや)の燈火(ともしび)いつか消えて
         わが影(かげ)にさへ別れてしかも」



「殺生石」より:

「彼は玉藻が魔女であることをよく知つてゐた。彼はもうそれを疑(うたが)ふ余地はなかつた。異国から飛び渡つた金毛九尾の悪獣が藻(みくず)といふ少女(おとめ)の身体(からだ)を仮りて、世に禍(わざわい)をなさうとしたのを、師匠の泰親に祈り伏せられて、三浦と上総とに射留められたのである。それを一切(いっさい)承知してゐながらも、彼はやはり昔(むかし)の藻(みくず)が恋しかつた。今の玉藻(たまも)が慕(した)はしかつた。
 魔女でもよい、悪獣でも好(よ)い。」

「彼は早く悪魔の味方にならなかつたことを今更に悔(くや)んだ。悪魔と恋して、悪魔の味方になつて、悪魔と倶(とも)にほろびるのが寧(むし)ろ自分の本望(ほんもう)であつたものをと、彼は膝(ひざ)に折(お)り敷(し)いた枯草(かれくさ)を掻(か)きむしつて、遣瀬(やるせ)もない悔恨(かいこん)の涙(なみだ)に咽(むせ)んだ。その熱い涙の玉の光るのを、玉藻はぢつ(引用者注:「ぢつ」に傍点)と眺(なが)めてゐたが、やがて優しい声で云つた。
 「お前はそれほどにわたしが恋しいか。人間を捨てゝもわたしと一緒に棲みたいか」
 「おゝ、一緒に棲(す)むところあれば、魔道へでも地獄へも屹(きっ)とゆく」と、彼は堪(た)えらえない情熱に燃える眼を輝(かがや)かして云つた。
 玉藻は美しく笑つた。彼女は徐(しず)かに扇(おうぎ)をあげて、自分の前にひざまづいてゐる男を招いた。」



「狐武者」より:

「小次郎が六つの秋である。かれが城下の草原へひとりで遊びにゆくと、そこに同じ年ごろの女の児(こ)に出逢つた。女の児は秋草(あきぐさ)の花などを摘(つ)んでくれて、小半日(こはんにち)も仲よく一緒に遊んで別れた。その時そこを通りかゝつた者は、小次郎が狐と遊んでゐるのを見たといふのである。」






































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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