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大林太良 『私の一宮巡詣記』

「しかし吹浦の大物忌神社の祭礼で有名なのは、社名とも関係のある物忌祭である。(中略)この期間中は、社人も氏子も屋内に篭もって外出せず、髭も剃らねば爪も切らない。竹木を伐ることは勿論、囲炉裏の灰も取らない。詩歌管弦の遊びもせず、親戚の病いも問わないし、葬礼婚姻にも交わらず、入浴もしない、という厳しさであった。」
(大林太良 『私の一宮巡詣記』 より)


大林太良 
『私の一宮巡詣記』



青土社 
2001年9月10日 第1刷発行
2001年11月10日 第2刷発行
513p 著者紹介1p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,400円(税別)
装幀: 工藤強勝



本書付記より:

「本書は(中略)、『現代思想』誌(青土社)(一九九八年一〇月号~)に連載された「私の一宮巡詣記」を一冊にまとめたものである。」
「著者逝去により、九州各地の一宮を取り上げる数回分の執筆予定を残して本連載は未完結となった。」
「単行本化にあたっては、連載時の明らかな誤記・誤植・欠落と思われるものを除き、章題および本文中の用字・体裁等は初出のままとした。」



本文中図版(モノクロ)21点、図3点。



大林太良 私の一宮巡詣記 01



帯文:

「国家神道
以前の
面影を
たずねて

古くより諸国それぞれで
首位の社格とされてきた
神社“一宮”

全国各地をたずね歩き、
各神社の祭神・歴史・伝説・
祭礼を丹念に解き明かす。
民族学の泰斗が晩年
新たに取り組んだ成果。

最後の著作。」



帯背:

「全国古社歴訪」


目次:

1 旅の仕度
2 東国の重鎮・鹿島・香取
3 関東の海の社 上総・安房・相模
4 聖家族と女神の伝統 武蔵・下野・上野
5 みちのくの一宮 陸奥と出羽
6 富士をめぐる一宮 駿河・甲斐・伊豆
7 東海の一宮 遠江・三河・尾張
8 伊吹・鈴鹿山麓の神々 美濃・伊賀・伊勢
9 中部高地に乗り込んだ神々 信濃・飛騨
10 北陸の山の一宮 弥彦と白山
11 海を渡る北陸の神々 Ⅰ 気多と渡津
12 海を渡る北陸の神々 Ⅱ 気比・若狭
13 鳥の飛来と軍事の神 伊雑・大鳥・建部
14 賀茂と三輪
15 海人の社・藤原氏の社 住吉・枚岡
16 紀淡の海人と支配者 日前・国懸と伊弉諾
17 祭神の交替 祭神の二つの面 宇倍、倭文、由良姫
18 山陰の海の古社 出雲大社 物部神社
19 吉備の二つの一宮 中山神社、吉備津神社
20 瀬戸内の島の一宮 厳島 大三島
21 神功皇后地帯の東端 防長の一宮 玉祖 住吉
22 西近畿内陸の一宮 伊和・出雲
23 北近畿の海の一宮 籠と粟鹿
24 四国の三ケ国 讃岐・阿波・土佐

初出覚書
連載開始前の構想覚書




◆本書より◆


「1 旅の仕度」より:

「一宮は必ずしも全国的に有名な神社、中央政府や天皇家にとってかかわりの深い神社とは限らない。その国で貴ばれている由緒ある古社が一宮になるのである。」

「私は一宮巡拝を始めるにあたって、論社を整理するため、私なりの基準を設けることにした。古い時代に一宮として認められていた神社を重視する。具体的には(一)『大日本国一宮記』や橘三喜の『一宮巡詣記』で一宮として取り上げられている神社を重視する。(二)また平安末から鎌倉にかけて、それぞれの国でその国の由緒ある神社が一宮として認められたのならば、『延喜式』神名帳に登載されていてしかるべきである。式内社でない神社は本当に昔から一宮と言われていたかどうか疑問である。
 この二つの基準の両方ともに合わない神社は、たとえ現在は一宮と称していても、今度の巡詣の対象とはしないことにした。」

「私が一宮巡詣を通じて知りたいと思っていることの一つは、それぞれの神社の国家神道以前の姿である。日本の神社は国家神道成立によって大きく変わった。神仏混淆の時代には、祭礼も明治以後とは違っていた。(中略)また国学が盛んになる以前は祭神も、民間では今日公的に認められているものとは違う神が祭神だとされていることがしばしばあった。」
「また祭神にしても、諏訪の祭神には狩猟神、農耕神、武神というようにさまざまな性格がある。これほどではなくても、一宮の祭神にはさまざまな性格をそなえ、いろいろな顔をもっているのが多い。だから、できるだけ、それぞれの一宮の祭神の多様な性格を明らかにしたい、というのが私の立場である。そしてこの祭神のさまざまな性格は、それぞれの神社の長い歴史の結果である。(中略)無視できないのは、後から乗り込んで来た神によって、境内の一隅に残っているだけの地主神である。(中略)松前健はこう論じている。

   日本のフォークロアにおいて、新しい今来の大神が、古くからの土地の神である地主神を、多く妖怪や邪霊の一種だと見なして、これを退治・征服する儀礼を行ない、またそうした縁起譚を生み出していることは、周知の事実である。信州の諏訪神社の末社に斎いこめられた手長足長明神や、洩矢の神、宇佐八幡の大人弥五郎、阿蘇明神の鬼八坊主など、枚挙に暇がない。

今日ではしばしば悪玉にされている、摂社、末社の土着神も、できるだけ取り上げることにしたい。」



「2 東国の重鎮・鹿島・香取」より:

「鹿島の神で面白いことは、中世には安墨磯良(あずみのいそら)だと言われていたことである。たとえば『太平記』巻三九には、神功皇后が征韓に先立って、軍評定のため諸々の天神地祇を請じたとき、常陸の鹿島の海底に住む阿度部磯良一人が召しに応じなかった。神々がさまざまな音楽を奏し歌うと、磯良も感に堪かねて、神遊びの庭にやってきた。海底に長く住んでいたため「細螺(しただみ)石花貝(かいらぎ)藻に栖む虫、手足五体に取り附きて、更に人の形にては無かりけり」という姿であった。皇后は磯良を使者として竜宮から干珠満珠を借りてきた。そして遠征に赴き、海上で戦ったとき、

  戦い半ばにして雌雄未だ決せざる時、皇后先づ干珠を海中に抛げ給ひしかば、潮俄に退きて、海中陸地(くがち)に成りにけり。三韓の兵(つわもの)ども、天我に利を与へたりと悦びて、皆船より下り、徒立(かちだち)に成ってぞ戦ひける。此の時に又皇后満珠を取って抛げ給ひしかば、潮十方より漲り来って、数万人の夷共、一人も残らず浪に溺れて亡びにけり。

同様な伝説は『八幡愚童訓』などいろいろな本にも出ている。干満両珠をもつ海底の異相の神が鹿島の神だという観念は海人たちのものであろう。あとで述べるように、香取の神にもこのような側面があったらしい。」



「3 関東の海の社」より:

「宝暦年間の中村国香の『房総志料』には、むかし一宮の地に潮汲の翁がいたが、霊夢に感じて海辺を逍遥していると、東風が起こって明珠が一つ波間に漂い光っていた。翁はこれを海藻に包み、家に持ち帰り、壁間に掛けたが、夜になって大層光り輝いたので、玉前神社に納めた。これが玉前神社の御神体である。」

「洲崎神社は海の神社である。」
「洲崎神社はやはり『延喜式』が記すように女神を祀る神社である。同社の宝物に祭神の遺髪がある。菱沼、梅田両氏は次のように記している。

   石井宮司がうやうやしく持ち出してこられたのを拝見すると、厳重な木箱のなかに、黒く長い毛髪が巻かれて納めてあった。かっては当社の御神体とされていたものであろう。一般に漁民の信仰として、舟のなかに婦人の髪の毛を舟霊の御神体として入れる風習があるのと、関係がありそうである。」



「4 聖家族と女神の伝統」より:

「氷川神社で注目されるのは、アラハバキ社が重要な地位を占めていたことである。」
「このアラハバキ社は、氷川神社の地主神である。いま祀られている出雲系の神々は武蔵国造一族とともに乗り込んで来たものであろう。その前に、此の地で尊崇されていた先住の神がアラハバキである。」



「5 みちのくの一宮」より:

「鳥海山は『日本三代実録』に貞観一三年(八七一)、噴火で流出した溶岩泥流のなかに、大蛇二匹とそれに従う無数の小蛇がいたという神怪な記事があるように、古代から神秘の山として知られていた。」

「進藤重記の『出羽国風土略記』巻六(宝暦一二年=一七六二)には、まったく別系統の祭神伝説が載っている。太古、巨鳥が左翅に二卵を抱き、右翅に一卵を擁して鳥海山に飛んできた。左は両所大菩薩を産み、右は丸子親王を産んでこの国人の祖となり、再び本鳥に化し、飛んで北嶺の池に沈んだ。そこでこの地方に住む丸子氏はこの鳥を祖先とし、家紋は二鳥が翼と嘴とを合わせて丸としたものを用い、またこの神の氏子は鳥を食うことを忌む。付け加えておくと、両所大菩薩とは鳥海と月山の二神であり、鳥が沈んだという湖は、山の中腹にあって鳥の海と呼ばれる。」

「私は鳥海山の神として考えらえた鳥海弥三郎とは、中央の勢力にたてつき滅ぼされた土着の勢力を表す存在だと思っている。」



「8 伊吹・鈴鹿山麓の神々」より:

「南宮神社で面白いのは、特色のある摂社が多数あることである。」
「奥の院に隼人社があるのが注目される。伝説によれば南宮神社には隼人がいたという。『新撰美濃志』巻四によれば、美濃国不破郡宇留生(うるふ)村大字荒尾に御頭神社があって、平将門の首を埋め、その霊を祀ったところという。天慶の乱に秀郷らが将門を誅し、その首級を京都に送ったところ、その首が獄門を抜け出して関東へ飛び帰ろうとしたのを、南宮神社にいた隼人が、神矢を放ってこれを射落として祀った。」
「しかし隼人社はこの南宮神社の地主神ではない。地主神は摂社の一つ荒神祠(こうじんのやしろ)である。『木曽路名所図会』巻二によれば

   祭神荒御前神(あらみさきのしん)、当社地主の神(しん)なり。後の塚は悪魔降伏して築きこめしなり。また将門降伏の供器をここに収む

とあり、築きこめられてしまった悪魔が地主神ではないかという印象をうける。」



「24 四国の三ケ国」より:

「田村神社の祭神は現在、倭迹々日百襲媛命、五十狭芹彦命、猿田彦命、天隠(かく)山命、天五田根(あめのいちだね)命の五柱ということになっている。(中略)しかしこの公的な見解と違い、田村神社の祭神の本質は蛇体の水の神であったらしい。
 田村神社の社殿の下は深淵で、境内には神聖な黒蛇が多いことが伝えられて来た。『讃岐国官社考證』巻上によれば、田村神社は本社を淵の上に造ってあり、明暦元年三月に改築の際、奉行の竹村斎庵はこの淵を見て神罰に触れて死んだ。」
「嘉永ごろ成ったといわれる梶原藍水の『讃岐国名勝図会』巻六之下の記述は、これらを集大成して、しかもいくつか新しいことを付け加えている。

   当社殿の下に深き淵あり。見る人稀なり。過ぎし頃、社殿造営の時、大工某この淵にあやまって鑿を落とし入れたりしを、そのまま足の指にて挟み取り出したるが、その夜より足大いに痛みて歩行む事ならず。つひにその指くさって死したりといふ。社の辺に黒き蛇多く、その長さ四尺ばかり、邑中に散行す。俗に神竜といへり。少しも害をなさず。この村の女子、他の郷へ嫁すれば七日の間には必ずその蛇その家へ行き、もしあやまって傷れば必ず大なるたたりあり。よって蛇来る時は甚だ尊敬すといへり。

田村神社の社殿と比較すべきものは、京都の八坂神社つまり祇園の社殿である。祇園の社殿については、松前健が論じたように、鎌倉時代の『続古事談』に、祇園社の宝殿(今の本殿)の下に竜穴があり、延久二年(一〇七〇)に祇園社が焼亡したとき、比叡山の梨本座主が、竜穴の深さを調べようとしたことが出ている。五〇丈(約一六〇メートル)もあって、底が知れないので調査を中止したという。また『釈日本紀』のなかにも、祇園の神殿の下に竜宮に通じる穴があると、古来申し伝えていることが出ている。現在でも本殿の母屋の下に深い池があり、そのうえに本殿が建てられており、そこには竜神が住むという伝承があるという。

   いいかえれば、祇園社の祭神は、池または井戸に住む竜蛇の神だということです。最初は、井戸や泉そのものが祭祀の対象であったけれども、後世になってその上に神殿が建てられるにいたったということでしょう。

 松前はこのような神社として、大和の畝尾都多本(うねおつたもと)神社や室生竜穴(りゅうけつ)神社や、山城の貴船神社の例を挙げている。
 私も祇園社についての松前の解釈に賛成である。そして讃岐の田村神社もその種の神社として付け加えたいと思っている。」




大林太良 私の一宮巡詣記 02










こちらもご参照ください:

川村二郎 『日本廻国記 一宮巡歴』
谷川健一 『出雲の神々』 (カラー新書 セレクション)
岡谷公二 『伊勢と出雲』 (平凡社新書)














































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大林太良 『海の道 海の民』 

「中世の百科事典『塵添壒囊抄(じんてんあいのうしょう)』には、天皇は海神の子孫だから応神天皇のときまで、竜のような尻尾(しっぽ)があったという奇怪な伝承を記している。このように天皇家には海神ないし竜神の血が流れているというのは、広くかつ後世まで民衆の間でも信じられていたのであった。」
(大林太良 『海の道 海の民』 より)


大林太良 
『海の道 
海の民』 



小学館 
1996年12月10日 初版第1刷発行
279p 索引・引用文献xxii
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,300円(本体2,233円)
装丁: 守先正
装画: 蓮見智幸



本書「あとがき」より:

「この本は『海と列島文化』に発表した論文を中心として、その他の機会に発表した海にかんする論文を加え、また加筆して、一冊としたものである。」


本文中に図版(モノクロ)52点、地図4点。
本書は もったいない本舗 さんで579円(送料無料)で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。



大林太良 海の道 海の民 01



目次:

序章 まわりの海から日本文化をみる

第一部 列島と海洋文化
 第一章 日本の海洋文化とは何か
  一 海と島をみる視角
  二 漁撈と海上交易
  三 神話的宇宙論と古代における王権と海
  四 海民の社会
  五 東アジア海民の交流
 第二章 黒潮と海上移動
  一 人間と文化の移動と海流
  二 日本民族文化にみる黒潮の役割
 第三章 入れ墨の連続と不連続
  一 入れ墨習俗の変遷
  二 入れ墨他界観の分布
 第四章 日本の神話伝説における北方的要素
  一 北方からの道
  二 北方的要素の多様性

第二部 地域と海民
 第五章 合流と境界の隼人世界の島々
  一 俊寛とガイドブック
  二 隼人世界の島々の六つの特徴
  三 三つのルート
 第六章 内海の文化
  一 九州と畿内を結ぶ瀬戸内海
  二 中世の外敵伝説
  三 瀬戸内海文化領域
  四 海の豪族と水軍
  五 海の宗教
 第七章 伊勢神宮と常世の重浪
  一 遍歴と鎮座、王権と皇祖
  二 常世と豊穣
  三 海人と伊勢神宮
 第八章 若者組織の社会史――志摩桃取の場合
  一 志摩の沿海文化
  二 寝宿のもつ意味とその役割
 第九章 海と陸のヒスイの道――越と出雲
  一 階層化の進展と玉の役割
  二 神話にみる婚姻習俗

あとがき
初出一覧
引用文献
索引




◆本書より◆


第一章より:

「日本神話の体系は地上における王権の由来を説き、天皇家の先祖が天から降臨したことを語るのを主眼としている。そこでは表面に出ているのは王権の根源は天にあるという考えである。(中略)ところが、その一方で、太陽の女神(アマテラス)自身も、天で生まれたのではなく、イザナギが筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘小門(たちばなのおど)の阿波岐原(あわきはら)で、海水で禊(みそぎ)をしたとき生まれたと『古事記』は語っている。(中略)つまり、太陽の女神、天界の支配者そして天皇家の祖神であるアマテラスも実に海辺に生まれたのであった。さらに、天孫が地上に降臨したのちは、その息子の山幸彦(やまさちひこ)は、海神(ワタツミの神)の宮を訪ねることによってはじめて王者となることが可能となった。そして山幸彦、その子のウガヤフキアヘズは、ともに海神の女をめとり、二代つづけて海神の血が入って、はじめて初代の天皇、神武(じんむ)が生まれたのであった。
 中世の百科事典『塵添壒囊抄(じんてんあいのうしょう)』には、天皇は海神の子孫だから応神天皇のときまで、竜のような尻尾(しっぽ)があったという奇怪な伝承を記している。このように天皇家には海神ないし竜神の血が流れているというのは、広くかつ後世まで民衆の間でも信じられていたのであった。」

「ところで、このような日本古代における王権と海との密接な関係は、アジアの東部では決して孤立したものではなかった。」
「新羅(しらぎ)の脱解(だっかい)王の出現を『三国遺事(さんごくいじ)』は次のように伝えている。第二代の南解王のとき、駕洛(から)国の海上に船が停泊した。駕洛の首露(しゅろ)王は臣民とともにこれを迎え、留めようとしたが、船は鶏林(けいりん)の東下西知村阿珍(あちん)浦にいたった。「時に浦辺に一嫗(おうな)あり、阿珍義先と名づけ、すなわち赫居(かくきょ)王の海尺(かいしゃく)の母なり」とある。彼女は、この海中に岩がないのに、なぜ鵲(かささぎ)が集まって鳴くのか不審に思って舟を漕いで行ってみた。すると一艘の舟の上に鵲が集まっており、舟のなかに箱が一つあった。この舟を樹下に曳いていって開けると、端正な少年がいた。これが脱解だった。三品彰英が論じたように、
   海尺は古く海辺の漁人に対する俗称であり、脱解を拾い上げたのがそうした海尺の母であったということは、この神話と信仰が本来漁民の間の伝承であり、あるいはちょうど我が海部族の海童信仰にも比すべきものでなかったかを示唆している(三品 一九七二、三一六―三一七)。
 私はこの三品説に賛成であるが、それにつけ加えることがある。それは、新羅の建国神話においても、表面では王権の根拠は天にあることになっていながら、そのかげに、海とのつながりが見えがくれする点で、日本の場合と類似していることである。」

「その後、朝鮮では高麗(こうらい)王家の祖が海とのつながりを示す伝説をもっている。『高麗史』によると、作帝建(さくていけん)は竜王の乞いに応じて海中の岩で老狐(ろうこ)を殺し、竜王の女(むすめ)と結婚した。しかし、のちに彼女が竜に化した姿をみたため、二人は別れることになったという。この後半の部分は、わが国のトヨタマビメ神話と共通している。そして竜女の生んだ子のうち、長男の竜建の子が高麗の太祖・王建である。」
「東南アジアにおける王権と海とのつながりは、いろいろな形でみられる。第一に、カンボジアの民間伝説に、牛飼いの少年が王から命ぜられて、海底の国に竜王の女を探しに行き、彼女を連れ帰り、王を亡(ほろぼ)して自らが王となり、竜女を皇后とする筋のものがある(中略)。」
「第二の事例は『スジャラ・ムラユ』(つまり『マレー年代記』)である。インド王チュランは海中探検を志して、ガラスの籠(かご)に入って海底のデイカ国に達し、そこの王女と結婚し、三人の子をもうけたが、三人の男の子が成人したら必ず地上の国に送るように言いのこして、チュラン王は南インドに帰った。そしてこの三人の王子はのちに南スマトラのシ・ダンタンの丘に天降ることになっている。」



第五章より:

「このように隼人世界と海外との交渉においては、種子島が古くから注目すべき地位にあったが、また中世においても種子島は、(中略)倭寇(わこう)の出身の最も多い薩摩(さつま)(鹿児島県西部)・肥後(ひご)(熊本県)・長門(ながと)(山口県西北部)につぐ九か国(島々も含む)の一つとして、大隅と相並ぶ存在であったし、また高麗(こうらい)への往来もあった。」
「もちろん種子島ほど顕著な交渉の歴史はなかったが、あの俊寛の流された硫黄島もまた、唐土から漂着するところであったという。『神社啓蒙』や『下学(かがく)集』(文安元年〈一四四四〉成立)、また『和漢(わかん)三才図絵』(寺島良安編。正徳三年〈一七一三〉刊)には、次のような灯台鬼の伝説が残っている。
 むかし軽大臣(かるのおおおみ)が遣唐使として唐土に渡ったとき、唐人に不言薬をのまされた。そして、身に彩画をほどこされ、頭に灯台をいただき、灯火をともし、灯台鬼となった。その子の参議春衡(はるひら)も遣唐使となり、斉明(さいめい)天皇二年(六五六)丙辰(ひのえたつ)の年に唐の皇帝に謁(えつ)した。千夜を経て、灯鬼が出たが、灯鬼はわが子をみて、指をかんで血で漢詩と和歌をしたため、自分が父であることを知らせた。春衡は父であることを知って、灯鬼を求めたが、日本に帰る日、颯州(薩州)硫黄島で父は没し、そこに葬った。だから、そこを鬼界という。
 なんとも奇怪な話であるが、『和漢三才図絵』も、「軽大臣は何時の人なるかを知らず」と記しているように、虚構の人物であった。しかし、『薩隅日地理纂考』一二之巻では、硫黄島の徳躰(とくたい)神社の祭神を軽大臣とし、石祠(せきし)で神体は自然石であること、軽大臣が息子にともなわれて帰朝のとき、「時に硫黄嶋に漂着し、遂(つい)に此の地にて薨(こう)じ、神に崇(あが)むといふ」などと記しているように、硫黄島でも信じられていた伝説であった。」




大林太良 海の道 海の民 02



大林太良 海の道 海の民 03







こちらもご参照ください:

谷川健一 『古代海人の世界』
網野善彦 『海と列島の中世』 (講談社学術文庫)
大林太良 『邪馬台国』 (中公新書)































































































大林太良 『神話と神話学』 (日本古代文化叢書)

「ある怪物あるいは巨人の、生命の本質が卵の中にあり、その卵は一羽の鴨の中にあり、この鴨は一匹の兎の中にあり、この兎は一匹の狐の中にあり、かつそれは一個の岩の中にあり、この岩は遠い海の底にある。」
(大林太良 『神話と神話学』 より)


大林太良 
『神話と神話学』
 
日本古代文化叢書


大和書房
1975年9月25日 初版発行
251p 引用文献11p 索引xvii
四六判 角背紙装上製本
カバー ビニールカバー
定価1,600円
装幀: 渡辺千尋



本書「あとがき」より:

「私にとっては、神話と神話学は、二十年間、学問的関心の焦点の一つであった。その間に、いろいろな機会に発表した文章のうち、比較的一般的なテーマについて書かれたものや、広い読者層を対象として書かれたものを選び、加筆の上、ここに一冊にまとめることにした。」



大林太良 神話と神話学



帯文:

「民族学的見地から探る日本神話の源流
朝鮮から東南アジア、ポリネシアなどの神話との精密な比較対比の中で、さまざまの異質な要素から成り立つ日本神話の構造を分析し、その系統を明らかにする。」



目次:

Ⅰ 世界の神話
 一 神話研究の歩み
 二 神話の諸問題
 三 説話における東洋と西洋
 四 世界の神話
  a 研究史から
   i 南アメリカ
   ii アフリカ
   iii 東南アジア
  b 地域のスケッチ
   i 東アジアの神話
   ii 東南アジアの神話
   iii 海と山・男と女
   iv 東南アジアにおける失われた文字の伝承
   v オセアニアの神話

Ⅱ 日本の神話
 五 日本神話の世界
 六 日本神話の源流
 七 神話伝説の諸相
  a 八岐大蛇と朝鮮
  b 戦神としての剣の崇拝
  c 稲作の神話と儀礼
  d 『今昔物語集』と神話
  e 民族学から見た伝説

あとがき
初出一覧
引用文献/人名索引/事項索引




◆本書より◆


「神話の諸問題」より:

「それでは今日の学術用語としての神話とは何であるかについては、学者によってさまざまな説がなされている。たとえば松村武雄は神話を次のように定義した。
  「神話とは、非開化的な心意を持つ民衆が、おのれと共生関係を有すと思惟した超自然的存在態の状態・行動、又はそれらの存在態の意志活動に基くものとしての自然界・人文界の諸事象を叙述し又は説明する民族発生的な聖性若しくは俗性的説話である。」
 しかし今日からみれば、この神話の定義では超自然的存在態ないし神とか、神話のもつ説明的機能にのみ重点がおかれていて、けっして充分なものとはいえない。ことにバウマンやフルトクランツ(中略)などの最近の所説からみて、松村が挙げたような諸特徴のほかに、神話が真実であると考えられている報告であること、神話的行為が行なわれたときは形成的な原古であって、このときにすべての本質的なものが基礎づけられ、今日の事物や秩序が作られたこと、また神話は存在するものをたんに説明するばかりでなく、同時に一回的な原古の出来事によって基礎づけ、証明するものであること、さらに神話で語られている原古の出来事は、後の人間がまもるべき範疇を提示しており、今日でも関心の対象であるから、その意味では時間をこえた永遠のものであること、などをつけ加える必要がある。
 神話は単なる事物の説明物語ではない。今述べたように、それは事物を基礎づけ、またどのように人は振舞うべきかの指針なのである。
 北米南西部のナバホ族では、世俗、神聖の両領域において神話は正しい振舞い方の陳述であり、その理由でもあって、キリスト教社会において聖書が果たしている(あるいは果たしていた)ところに、ほぼ相当するものである。女性の聖なる人たちが、ある姿勢で坐ったのだから、女たちはそのように坐らなくてはならない。ほとんどどんな事も特定の仕方でなされねばならないのは何故か、と聞かれると、ナバホ族は普通、「《聖なる人たち》が最初にそういうふうにしたからだ」と答えるであろう。子供たちが、ナバホ族の遊戯を一定のルールに従って遊ぶ理由を聞かれたときでさえ、彼らはほとんどいつも、この返事をするのである。」
「このようなことは、別にナバホ族に限ったことではない。世界の多くの民族のところでそうなのである。」

「神話的思考に関しては、いろいろの説があるが、最近ことに注目されているのは、レヴィ=ストロースの説である。かれによれば、神話のなかに意味がみいだされるとすれば、それは一つの神話の構成要素となっている個々の孤立した要素にあるのではなく、これら諸要素が結合されている仕方にある。神話的思考によって用いられる論理の種類は、現代科学の論理と同様に厳格なものである。現代科学と神話的思考における論理の相違は、知的な過程の質にあるのではなく、それが適用されている事物の性質にあるのだ。また、神話は《一種の知的器用仕事(ブリコラージュ)》である。転用はできても用途に限りのある既成の道具と材料の有限な集合でやりくりするのが器用仕事であるように、あいまいではあるが恣意的ではない意味をもつ過去の出来事の証言の有限な集合を、その制限をもつ可能性の内部で再編成しようとする。この営みはそれ自体の規則や論理にしたがって行なわれる。レヴィ=ストロースは、南アメリカのインディアンの多数の神話の分析を通じて、これらの神話は実は自然と文化との関係についての神話的思考の記録であることを論じている。」

「かつてマリノフスキーは、メラネシアのトロブリアンド諸島の実地調査にもとづき、神話は先行例によって現実を正当化し、伝統を強化する憲章であると論じたが、このような先行例ないし範型による正当化や権威づけは、大なり小なり今日の文明社会の生活においてもみられるところであり、また先行例の行為者が神秘化される傾向もまれではない。しかし、これらの例は、比喩的に《神話》と呼ぶことができても、真の神話ではない。というのは、行為が行なわれたのは原古でもなく、また行為者も神的存在としてとらえられておらず、むしろ伝説の範疇に入るものである。」

「神話への関心は今日、世界的に高まってきているといえる。その理由はいろいろあると思われるが、その一つは、今日文明社会において支配的な合理的思考が結局は人類とその文化の行きづまりを招き、人間疎外の現象が生じていることに対する反応である。それは神話や神話的思考に人間性の回復と人間の新たな可能性の探求が模索されているといえよう。」



「説話における東洋と西洋」より:

「レオ・フロベニウス(中略)は、その晩年において、世界の説話中における(中略)東と西の対立を示すモチーフについて、次のように論じている。」
「第一群は太平洋の沿岸と周囲に分布しているもの、つまり東群であって、次のようなモチーフを含んでいる。
 一 英雄が母の死後生まれる。
 二 英雄は父が天にいることを聞き、矢を次々に射て、矢を連ねた梯子をつくり、天に上る。
 三 他界に到着すると、少年は、あらゆる悪戯をする。天の主が建築している現場に少年が来たところ、建築の労働者たちが、柱穴に少年を入れ、柱で潰そうとし、事実潰してしまったと思ったところ、悪戯小僧は柱の上で笑っていて、柱を通って上に上ったと言った。
 四 英雄が海の怪物に呑まれてしまうが、英雄は怪物の胎内で、火をおこし、また石の小刀で怪物の心臓を切り取って殺してしまう。怪物の胎内から出てきた英雄は、魚の腹の中では、あまり熱くなったので、髪の毛が抜けてしまった。
 五 少女、主として王女は太陽を愛し、彼女は脚を拡げて横たわり、陽光に内部を照らさせ妊娠する。生まれた太陽の子は後に父なる太陽のところに行き、試練を受ける。
 六 男あるいは女の英雄が蕾あるいは花から生ずる。これは次の神話と親縁である。
 七 死体の各部分からの栽培植物の発生。
 八 木彫や、彫った木片から魚あるいは鰐が発生する。
 九 釣られた少女(日本の海幸山幸の話もその一例で、失った釣具を英雄が追って行くと、海中の人間の喉にひっかかっているのが発見される等々)。
 第二群は主としてユーラシア大陸西部と北アフリカに分布しているモチーフつまり西群である。中には東は中国にまで及んでいるものもある。
 一〇 生命の卵。ある怪物あるいは巨人の、生命の本質が卵の中にあり、その卵は一羽の鴨の中にあり、この鴨は一匹の兎の中にあり、この兎は一匹の狐の中にあり、かつそれは一個の岩の中にあり、この岩は遠い海の底にある。怪物のところにいる助手の少女から恋人の英雄がこの秘密を聞き出し、卵を探しに出かける。
 一一 悪者に目を潰された善人が、夜、木の下にいると、鳥から秘密を聞く。目が治る。
 一二 旅の道づれ。森を吹き倒す男、海の水を飲み干す男、山を置き換える男、そして無限に見ることのできる男を、ある若者が道づれにする。
 一三 見映えのせぬ騎士。金髪の若い庭師が庭で帽子を脱ぎ、末のお姫様がこれを見て愛するようになり、夫に選ぶ。姫は幽閉される。戦争が始まり、庭師が騎士として戦功をたて、彼が英雄であることがわかる。
 一四 父の木から林檎を盗んだ英雄が井戸の下に下され、姫を救う。多くの場合、このあとに兄弟の裏切りのモチーフが続く。
 一五 魔法の食卓(食卓よ用意せよと言うと食事の用意ができる)などの一連の奇蹟昔話。
 一六 《開け胡麻》(アリババの呪文)
 一七 交互転身あるいは連鎖的変身。一人が兎に変身すると他方がライオンに変身し、一人が真珠になると、他方が鶏になって真珠を追う等々。
 フロベニウスが指摘するように、これはヨーロッパの昔話の世界である。
 第三群は、同じ系列の話であるが、東西において様相を異にしているもの。
 一八 巨人または怪物の口の中に焼石をころげ入れて殺す。
 一九 英雄は鉄棒を焼き、怪物の目あるいは身体の他の部分をつき刺す。
 二〇 一八は、旧大陸でも太平洋をめぐる地域、それにアメリカ大陸に分布し、新石器的な形式と称するように、インド、ヨーロッパ、北アフリカに分布する一九の鉄器文化的形式よりも古い。」



「世界の神話」より:

「海幸山幸の神話は、『古事記」や『日本書紀』に記録された日本神話の中で、最もポピュラーな話の部類に入ると言ってよかろう。」
「ところで、海と山との対立の観念は何も古代日本に限られたものではない、実は中国の東南部からベトナムにかけても顕著にみられるのである。
 エピソードを一つ紹介しよう。昔ペトーという名のフランス人技師が象に踏み殺されたことがある。そこでフランス人たちは復讐のために象狩を行なった。彼らは獲物の象の脚を、サイゴンで加工させて花瓶にしようと思った。しかしアンナン人のジャンクは、一艘として象の足をサイゴンに運ぶのを引き受けようとはしなかった。理由はこうである。象は陸上の支配者であり、海の支配者は鯨である。象は男性で鯨は女性である。もしも象の脚を海上に運んで、鯨の特権が犯されるようなことになれば、彼女はやきもちをやくであろう。だから、彼女の縄張りの上で象の脚を運ぶと、彼女は怒ってその舟を沈めてしまうだろう。このエピソードから、ベトナム人の表象界における陸と海との宿命的な対立が読み取られるのである。
 事実、陸と海との間の対立は、ベトナム人の多くの神話・伝説の中に表現されている。その際注意しておきたいことは、海がいつも女性原理を表わし、陸ないし山がいつも男性原理を表わしているとは限らないことである。」



































































































































大林太良 『銀河の道 虹の架け橋』 

「アラスカのエスキモーのところにも銀河は他界への道だという考えがある。あるシャマンは死んだことがあったという。死者の村を訪れ、また旅を続け、銀河に沿って自分の墓に辿り着いた。彼(の魂)はまた自分の肉体に入って生き返り、自分の冒険を語ったという。」
(大林太良 『銀河の道 虹の架け橋』 より)


大林太良 
『銀河の道 
虹の架け橋』
 


小学館 
1999年7月10日 初版第1刷発行
813p 口絵(カラー)4p
A5判 丸背クロス装上製本 カバー
定価7,980円(本体7,600円)
ブックデザイン: 守先正



本書「序文」より:

「この本が目的としたことは、まず何よりも銀河と虹についての伝承や信仰についての資料を全世界から集成して、いわばコルプス(corpus 資料集成)を作ることであった。次に、こうして集まった資料を記述し、それにもとずいていくつかの問題について研究することである。」


本文中に図・図版(モノクロ)58点。口絵図版(カラー)5点。



大林太良 銀河の道 虹の架け橋 01



帯文:

「人びとは天空に
なにを見てきたのか…。
霊魂の道、虹蛇など、「銀河」と「虹」の神話・伝承・信仰を
全世界的視野から集大成。
大林民族学の代表作、書き下ろしで堂々完成。」



帯裏:

「銀河は夜空にかかり、虹は昼間の中空に立つ。銀河は荘厳な白銀の二股の帯であり、虹は華麗な多彩の太鼓橋である。銀河は時間と季節によってその位置を変えはするが、恒常的に存在している。ところが、虹は儚い一過性のものであり、その出現は一つの事件でもある。
このように銀河と虹は対照的な性質をもつ自然現象である。
この銀河と虹は、世界中どこからでも観察でき、人類が遠い昔からそれについて多種多様な観念や伝承を育み、伝え、また拡めてきた。この二つの自然現象について全世界から資料を集め、考察してみるのがこの本で私が行ったことである。
(本文より)」



目次:

序文
序章
 一 なぜ銀河と虹か
 二 研究の歴史と資料
 三 東地域と西地域

第一部 銀河の道
 第一章 東アジア
  一 物としての銀河と季節
  二 牽牛織女とそれ以前――中国古代
  三 天を裂いて出来た天の川――中国近代
  四 銀河占い――中国近代
  五 天の竜――中国近代
  六 スカーフと天の水槽――中国少数民族
  七 星の妹脊(いもせ)の銀河(あまのがわ)――日本
  八 天安河(あめのやすかわ)――日本
  九 頭の禿げた烏と鵲(かささぎ)――朝鮮
  一〇 東アジアまとめ
 第二章 東南アジア大陸部
  一 白象の道・豚の道――タイ系諸族
  二 季節の境――チベット=ビルマ系諸族
  三 東南アジア大陸部まとめ
 第三章 東南アジア島嶼部
  一 不純一な縁辺諸島
  二 ナーガ(竜蛇)か道か――インドネシア
  三 東南アジア島嶼部まとめ
 第四章 オセアニア
  一 航海の目印――メラネシア
  二 銀河は魚――ミクロネシア、ポリネシア
  三 川と他界――オーストラリア
  四 オセアニアまとめ
 第五章 北・中央アジア
  一 天の狩人のスキーの跡と鳥の道――アルタイ系・ウラル系諸族
  二 魚を獲る川――東北アジア諸族
  三 北・中央アジアまとめ
 第六章 北アメリカ
  一 宇宙柱と空の背骨――西部諸族
  二 精霊の道――平原・東部諸族、南西部諸族
  三 北アメリカまとめ
 第七章 中・南米
  一 霊魂の道・タピアの道――北部諸族
  二 循環する川――アンデス諸族
  三 蛇と蠕虫と駝鳥――アマゾン・南部諸族
  四 中・南米まとめ
 第八章 南アジア
  一 水牛の道
  二 天なるガンジス
  三 南アジアまとめ
 第九章 西アジア
  一 神の玉座から流れ出る川
  二 藁盗人の道
  三 西アジアまとめ
 第一〇章 ヨーロッパ
  一 乳の道と宇宙の箍(たが)――古代
  二 聖なる道・巡礼の道――中世・近代
  三 俗なる道・戦争の道――近代
  四 ヨーロッパまとめ
 第一一章 アフリカ
  一 神々の道
  二 蛇との関係・季節の交替
  三 灰と残り火
  四 アフリカまとめ

第二部 虹の架け橋
 第一章 東アジア
  一 二つの虹と白蛇
  二 虹の橋――日本
  三 池から上る虹・雨水を飲む虹――日本
  四 虹と財宝、市(いち)――日本
  五 虹は竜――中国古代
  六 雌雄の虹――中国古代
  七 虹の奇譚――中国六朝以後
  八 虹の黄金・虹の帯――中国近代を中心に
  九 刺繍小町――中国南部少数民族
  一〇 不幸な恋と虹の帯――中国南部少数民族
  一一 死体から発生した虹――中国南部少数民族
  一二 虹に乗って昇天――朝鮮
  一三 東アジアまとめ
 第二章 東南アジア大陸部
  一 水を飲む蛇と悪い死に方――インドシナ
  二 精霊の道・天への梯子――ミャンマー
  三 魚を捕り蟹を食べるモチーフ――アッサム
  四 東南アジア大陸部まとめ
 第三章 東南アジア島嶼部
  一 神霊の橋――台湾、フィリピン
  二 錦蛇が虹に――マレー
  三 鹿と水蛇――西部インドネシア
  四 病気や死の予兆――スラウェシ
  五 虹の両面価値性――東部インドネシア
  六 東南アジア島嶼部まとめ
 第四章 オセアニア
  一 蛇の唾・精霊の道――メラネシア
  二 虹は道・虹は舟――ミクロネシア、ポリネシア
  三 虹蛇と至高神――オーストラリア
  四 オセアニアまとめ
 第五章 北・中央アジア
  一 蛇と下紐――アイヌ
  二 リボンの大蛇――ツングース諸族
  三 天の帯――シベリア諸民族
  四 虹の橋とシャマン――テュルク・モンゴル諸族
  五 人さらいの虹――テュルク・モンゴル諸族
  六 虹と他界・虹と英雄――チベット
  七 北・中央アジアまとめ
 第六章 北アメリカ
  一 上界と下界の通路――北部諸族
  二 虹を指さすな――中部・南部諸族
  三 北アメリカまとめ
 第七章 中・南米
  一 井戸から上る虹蛇――中米・南米北部
  二 双頭の虹蛇――中部アンデス地域
  三 子宮の中の蛇・頭の血から出来た虹――アマゾン地域
  四 虹蛇に変身した少年――チャコ地方
  五 中・南米まとめ
 第八章 南アジア
  一 インドラの弓――全インド
  二 天の腸・天の臍――中部インド
  三 南アジアまとめ
 第九章 西アジア
  一 虹の出現――古代
  二 アラーの帯――近代
  三 西アジアまとめ
 第一〇章 ヨーロッパ
  一 虹の女神――古代
  二 虹の暴飲と金の鉢――近代
  三 ビフレストの橋――北欧
  四 恐ろしい虹・崇めるべき虹――中欧
  五 性の転換――バルカン
  六 多彩なバルト海地域
  七 さまざまな名称
  八 ヨーロッパまとめ
 第一一章 アフリカ
  一 虹蛇と狩猟――中央アフリカ
  二 虹蛇になった祖母――西アフリカ・スーダン
  三 至高神の頸飾り――東アフリカ・南アフリカ
  四 その他さまざまな表象――アフリカ各地
  五 アフリカまとめ

第三部 全体的考察
 第一章 分布の大勢
  一 銀河
  二 虹
 第二章 銀河と虹の文化史
  一 さまざまな銀河の道
  二 流れる銀河
  三 農耕民の銀河・狩猟民の銀河
  四 虹蛇と民族移動
  五 虹の図像学
  六 虹の架け橋
  七 虹の弓の歴史
  八 禁忌の系譜
  九 東南アジアとオセアニア
  一〇 至高神との関係
  一一 天他界と他界への橋
 第三章 銀河と虹のシンボリズム
  一 虹は不気味だ
  二 異常な性・過剰な性
  三 蛇と大地
  四 天と地・銀河と虹の類似と対照
  五 迸る体液・赤と白
  六 虹の色
  七 月は危険だ
  八 月と近親相姦、月を食べる蛇
  九 霊魂の蝶
  一〇 おわりに

図版目録
引用文献
索引




◆本書より◆


「第一部 銀河の道」より:


「第一章 東アジア 二 牽牛織女とそれ以前――中国古代」より:

「銀河をはさんでの牽牛織女という表象が生まれるに当たっては、やはり西方からの刺激があったように思われる。もっと限定していうと、内陸アジアを通ってのイランからの影響である。これについて井本英一は次のように論じている。
 
  「七夕の起源的なものは、イラン中世語書『ブンダヒシュン』にみられる。ここでは天河ダーイチャ河をはさんで、原人と原牛が立つ。原人は生命力が弱ると原牛の魂を受けて再生するのである。(中略)」

 そして井本は七夕は再生儀礼だったと考えている。」

「銀河が海に通じている考えとしては『博物志』に載った厳君平の話が有名である。

  「旧説によると、天河と海とは互いに通じているという。ちかごろ、海岸の近くに住む男が、毎年八月になると必ず一艘の浮槎(いかだ)が近所に流れつき、しかもそれが来る時期も帰る時期も一定しているのに気づいた。不思議に思って彼は、この筏の上に家を造り、食料を用意して乗り込んだ。すると筏はひとりでに滑り出した。最初の十日間は日月や星を空に見ることができたが、そのうち昼夜の区別がつかなくなり、さらに十日目ほどして、城廓のような屋敷が立ち並ぶところに着いた。見ればはるか彼方の宮中では機を織る女たちが大勢いる。すると一人の男が牛を牽いてそばに来て、河岸で牛に水を飲ませようとしたが、この男を発見して驚き、どうしてここまで来たか、と尋ねた。男は一部始終を語り、ここはどこかと問うと、牽牛の男は帰って蜀郡の厳君平に問えと答えた。
 男は岸にも上らず、筏に乗ったまま、また地上にもどった。蜀に行って厳君平に告げると、『先日、客星(ふうらい)が牽牛星のところに侵入したのを見たが、月日を計えてみると、それがお前だった』と語った」。

その一方で、黄河の源を尋ねて銀河に達した話にも厳君平が登場する。」
「厳君平は、漢代の成都にいた有名な占い師である。」



「第六章 北アメリカ 一 宇宙柱と空の背骨――西部諸族」より:

「アラスカのエスキモーのところにも銀河は他界への道だという考えがある。あるシャマンは死んだことがあったという。死者の村を訪れ、また旅を続け、銀河に沿って自分の墓に辿り着いた。彼(の魂)はまた自分の肉体に入って生き返り、自分の冒険を語ったという。」


「第二部 虹の架け橋」より:


「第二章 東南アジア大陸部 一 水を飲む蛇と悪い死に方――インドシナ」より:

「ベトナム山地のモン=クメール系およびオーストロネシア系諸民族のところにおける虹の表象は、虹は殺人や悪い死に方と関係があり、虹は水を吸う怪物であり、虹を指すのは危険だというような、まがまがしい不吉なものである。」


「第六章 北アメリカ 一 上界と下界の通路――北部諸族」より:

「アレグザンダーによると、北アメリカでは銀河に並んで、虹の橋もしばしば霊魂の径である。」

「クランツによると、グリーンランドのエスキモー(イヌイト)は、大部分は他界を海の底深くに求めている。しかし他の者は、死者の魂は虹を渡って天に行くのだという。霊魂は大変軽々と星に向かって飛翔するので、旅の第一夜にはもう月に到着し、そこで他の霊魂たちと踊ったり、球戯を楽しむほどである。北極光は、グリーンランド原住民の考えでは霊魂の踊りに過ぎない。」

「ヴァンクーヴァー島のクワキウトル族では、銀河が宇宙柱と同一であるが、時には虹が同じ機能を果たす。つまり、ある地域集団の起源神話によれば、一人の祖先が一人の食人精霊によって誘拐された。この新入者が食人者の家の背後にある溝を見つめると、虹のような外観の何かが、その穴から立っていた。この穴にはあらゆる動物を見ることができた。そのときこの新入者は「これが冬の家の食人者の柱だ。呪的な贈物だから、これを受けとれ」と知らされた。またある部族の物語によると、食人精霊の家の中に聖なる部屋があり、そこには仮面や生命の水などの宝物がある。また食人精霊の柱もある。この柱は虹に似ていて、動物が一杯いる穴の中に立っている。
 食人者自身は世界の北の端に住むと見なされている。アレグザンダーによると、彼は元来は極光(オーロラ)によって典型化されている戦神だったのであろう。
 虹は恐ろしいものである。この観念はいろいろな形で現れる。」



「第七章 中・南米 一 井戸から上る虹蛇――中米・南米北部」より:

「同じくコロンビア南部高地に住むインディオ(中略)も、虹(Etskituns)は、虹が立っているのに外に出た者に、身体中に発疹を生じさせる。そして虹にふつう伴っている微雨に濡れると身体に悪いから、直ちに水浴しなくてはいけないという。虹が立つと、彼らは屋内にとどまり、煙草を虹の方向に吹いたり、吐いたりする。」



大林太良 銀河の道 虹の架け橋 02



大林太良 銀河の道 虹の架け橋 03










































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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