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稲垣足穂/稲垣志代 『タルホと多留保』

「「その生涯をあげて、虚空を掴まんとせし者、この所に眠る」
 これが、ぼくの考えた自分の墓碑銘です。」

(稲垣志代 「夫 稲垣足穂」 より)


稲垣足穂+稲垣志代 
『タルホと多留保』


沖積舎 
昭和61年7月31日 発行
465p 
四六判 丸背布装上製本 貼函 
定価4,800円
装釘: 藤林省三



稲垣足穂による自作解説『タルホ=コスモロジー』と、稲垣志代による『夫 稲垣足穂』を一冊にまとめた本。


タルホと多留保 01


帯文:

「天体・数学・飛行機・妖怪・少年愛等々現代の時空に甦るタルホ――足穂自ら作品の説明を通して自伝風に また、出会いから生活を共にした志代夫人の自伝――タルホと多留保。」


帯背:

「稲垣足穂・
志代夫人の
それぞれの
自伝。」



帯裏:

「タルホは親切で、細やかなところがあるかと思えばエゴイズムなところもある。自分にも他人にも峻厳で容赦ない一面と、どこの寄席へ出しても引けをとらないようなユウモリストな一面がある。
――(志代)」



目次:

タルホ=コスモロジー (稲垣足穂)

夫 稲垣足穂 (稲垣志代)
 出逢い
 往復書簡
 結婚
 私の生い立ち
 交友
 別居生活
 女人館とタルホ
 反俗の愛と気骨
 受賞前後

足穂・志代年譜 (高橋康雄)




◆本書より◆


稲垣志代「夫 稲垣足穂」より:

「私は、昭和十五年に先夫(中略)と別れて(中略)当時六歳だった娘の都を連れて、本派本願寺(西本願寺)の社会部に籍をおいた。
 北山別院にあった司法保護少女収容の六華園の保護主任を経て、西本願寺山ノ内母子寮寮監を勤めていたが、かねがね提出してあった願書が採用され、初代京都府児童福祉司に任命された。昭和二十三年のことである。私は寮監を辞し、母子寮から道路ひとつ隔てた、仏教学院の染香寮へ居を移し、そこから府の婦人児童課の出先事務所へ通勤することになった。
 この前年、私は東京で催された社会事業大会に出席した。会場の日比谷公会堂で、午前中の会議を終り、午後の休憩時間に、面会に来ていた六華園時代に知り合って以来のお付き合いの伊達得夫さんに逢った。私は、
 「このごろ、何か書いていますか」
 と問うた。
 京都にいたころの伊達さんは京大経済学部の学生だったが、文学青年だったので、おそらく作家修業をしているのだろうと思っていた。ところが、M出版社に勤めているという。
 「人の書いたものばかり読んでいると、自分が書くのがいやになりましてね。それよりぼくは最近すばらしい作家を見つけました。その人は地上のことは書かない。月とか星とか、天界のことばかり書いているのです。その人の本を近くぼくの社から出版することになっていますから、でき上がったらお送りします。感想があったら著者に手紙を出してごらんなさい。返事をくれますよ」
 伊達さんは易者のようにいった。そこで「稲垣足穂」の名を、初めて聞いた。」
「その年も、秋の終りごろ、私は東京へ出張した。
 用件が済んで、下落合の伊達さん宅を訪ねた。
 「稲垣先生にお逢いして見たいのですが……」
 先生を東京の知己の一人ででもあるようにいうと、伊達さんはちょっとあわてたふうだった。それでも、
 「お逢いになりますか。それではそうしましょう」
 と、決心したかのように立ち上がった。
 雑踏の街へ出て、人波をかきわけながら大股で歩く伊達さんにおくれないように、私は小娘のように弾んだ足どりでついて行った。
 ウイスキーを一本手土産に、グランド坂上だという旅館を訪ねると、先客があった。
 先客の、清らかで賢そうなお嬢さんを相手に、あるじはひどく速度の早い口調で話し込んでいた。伊達さんから伝えられていたところでは、ひっそりした一人暮らしの、気むずかしい学者風の人を想像していたイメージはくずれて、若やいでさえ見えた。
 毛糸のベレー帽をかぶり、くたびれた褐色の国民服を着ていたあるじの身辺も、このお嬢さんが坐っていると、なんとなくはればれとした感じだったが、私はちょっと意外な気がした。小説家といわれる人のもとへはこのようなお客さまもあるのだろうと、意外さを訂正しながら坐った。
 伊達さんが私を紹介すると、
 「あ、それはどうも」
 と、それだけの言葉だったが、きちんと坐った腰の低い挨拶ぶりに、律儀で几帳面な一端がうかがえたようだった。
 先客と私たちの間にわけへだてなく、訪問者たちが口をはさむ余地のないあるじの一人語りがつづいた。話のなかには“公教要理”という言葉が、幾度か出ていたことで、私はこのお嬢さんとは教会のお知り合いではないかと、私なりの見当をつけた。
 私が部屋のなかをあらためて見回すまでもなく、これといった調度品などは見当たらなかった。ただ一つ異様に感じられたのは、部屋の片隅に大きな望遠鏡が、人造人間の従者のように据えられてあったことだった。
 折りを見て、先客より先に私たちは辞して外へ出た。伊達さんは、
 「あの先生のお話わかりましたか?」
 「半分ぐらいはね」
 「初対面でそれだけわかったら、たいしたものですよ」
 「どうして暮らしていられるのですか」
 「作家ですからね、そりゃあ原稿料なんですがね。毎月一、二篇の短篇は発表しているので、それらが適当な収入にはなっているはずだけれど、それがみんなアルコールにかわってしまうのです。人から飲ましてもらうこともあるようですが、お金がはいると人の分もみんな払ってしまったり、“先生”のつけにされたりで、身の回りの道具類がふえたり服装がかわったりすることはないのです」
 そして――
 「五十人の不良少女の面倒をみるより、稲垣足穂の世話をしたほうが、日本のためになりますよ」
と、伊達さんはつけ加えた。日本のためにとは、おかしな表現だったが、私は「なるほど」と、深くうなずく気持だった。」

「イナガキから 〈十月十四日〉
 拝復 その後お手紙三つのうち、こんどの便りは木犀の香りがして、ぼくに昔なつかしさを覚えさせました。
 それは、あなたのまだごらんになっていない『星は北に拱くの夜の記』という小短篇にちょっと書き入れてありますが、僧院の木犀でなく、私たちのミッション・スクールの近所にある大きな木犀の並木についてのお話です。
 甘ったるく、しかし決して甘えているのでなく、どこか、隠密な雰囲気があって、彼岸への憧れをそそり立てるものが、木犀の香りの中に存すると思いますが、どうでしょう。
 モーパッサンの『女の一生』の主人公が、おしまいの場面に、すなわち、ふたりの老婦人が小春の日をあびて、庭先で編針か何かを動かしている。他の一方は彼女の昔からの忠実な乳母なのです。その乳母はこう申します。
 「奥さん、人生ってそんなにうれしいところでもなければ、かといって、そんなに悲しいところでもありませんね」
 これはギュイヨン夫人の述懐にどこか似ています。しかし、この人生に対する「ひとまず否定すること」を通りぬけて、そこに初めて人生の全的肯定が生まれるように考えられます。
 ショウペン・ハウエルは、世人の知るごとく厭世論の大家でした。しかしニイチェが彼に感動したのは、どこにあったのでしょう。孤独、絶望、断念、この三つの大敵をショウペン・ハウエルがよく堪えて辛抱し、「聖なる人」の救いを発見したからです。否定と肯定は、同じものの両面にすぎぬようです。
 「その生涯をあげて、虚空を掴まんとせし者、この所に眠る」
 これが、ぼくの考えた自分の墓碑銘です。でも、呑気に眠るなんていうことはできませんね。ならば、ぼくは百年後には、ピカソのような芸術家になっているはずです。」

「稲垣は昼間、私たちが学校や職場で出たあと、食事時と近くの銭湯へ行く以外は、寝床のなかで暮らしていた。
 しかし、寝床とは夜の睡眠時か病気の時に用いるものだという考え方から、松本さんたちは心配顔で尋ねた。
 「先生は、寝床から離れないようですが、どこか身体の具合でも悪いのではありませんか」」

「私が稲垣に話しかける。
 「いま、何時かしら」
 「時計をごらんになったらいいでしょう」
 「あの字、どう書くのでしたかいな」
 「字引きをごらんになればいいでしょう」
 「ベース・アップがありましてね、月給が上がったんですよ」
 「〇が一つ増えようが減ろうが、そんなことはぼくには関係ありません」
 うちでは人並みの世間話は禁物であった。」
「「だいたい、人間は言葉が多過ぎますよ。――よいお天気ですね。――ほんとによいお天気ですね。お天気がどうしたんだ! ぼくは、天気のよいのは、いわれなくともわかっとるわい――」
 「そんなことでは世のなかは渡れませんわ。ひがんでるみたいですなあ」
 「ぼくの母親も――たるほ、おまえのようなこと誰もいわせんわ、うそや思うたら隣近所で聞いてみい――といいよった。ひがんでいるから文学なんてするんですよ。
 世にうるさきは人の訪れ
 とはいうもののおまえにあらず
 世に嬉しきは友の訪れ
 とはいうもののおまえにあらず
 これは内田百閒の言葉だが、これは“とはいうものの”などと逃げているよ。ぼくは客が来たら真っ向から打ち伏せる」」

「「自分は別に猫好きではなかったが、自分の行き詰まりのとばっちりで、二度にわたって子猫に手をかけたことがある。だから、機会があるごとに、自分はその償いをしなければならない」
 宇治では、十二月中旬お寺の古井戸へ落ちた猫を助けるために、稲垣はその井戸へ飛び込んだ。」

「「ごはんを食べるくらいに時間をかけることはない。ぼくはいっそ、おむすびをこしらえてもらって、それを便所へ持っていって、直接落としたら、手っ取り早くてよいと思うくらいや」
 食べることがわずらわしいというふうである。
 「つまりぼくは、肉体に関することは嫌いなんだ。(中略)女の人は肉体には関心が強い。(中略)彼女らは病院通いが好きだ。
 ぼくは、困って死んだっていいと思っていた。死体を病院へ売ったら二十円か三十円くれる。それで始末してくれといったことがある。このごろは、死ぬ三日まえあたりから棺桶のなかにはいっておこうかと思っている。
 いまは警察がやかましくて、鴨川へ捨てるわけにはいかんだろうから密葬にして……、葬式はね、死顔をみてもらって、香典がわりに五百円おいてもらう。撮影は千円」
 「そんなわけには」
 「なあに、ぼくはいつまでそんなとこにおらいや、五色の雲が迎えにきて……いや北方から黒雲が、もくもくとわき上がってくるかも知れん。――ぼくのことを尋ねる人があったら『さあ、おととしの春ごろでしたかいなあ、あの人が死んだのは』といえばよい」」




こちらもご参照ください:

伊達得夫 『詩人たち ユリイカ抄』 (平凡社ライブラリー)







































































『稲垣足穂全集 第十三巻  タルホ拾遺』

「もともと私はクジ運に縁がない。失敗つづきだというのでないが、「よかった」とか「うまく行った」とか、特に便宜を与えられたとかいう例が殆んど無いのである。(中略)いつどこでも自分は「あと廻し」であった。こうなると、(中略)自分には初めから無形の大クジが当っているのだと考えるより他ない。」
(稲垣足穂 「反賞金的文学の弁」 より)


『稲垣足穂全集 第十三巻 
タルホ拾遺』

Classiques de Inaguaqui Taroupho 13

筑摩書房 2001年10月25日第1刷発行
503p 索引8p 目次4p 
20.2×14.2cm 
並装(フランス表紙) 本体カバー 函 
定価5,400円+税
編者: 萩原幸子
装幀: 吉田篤弘・吉田浩美(クラフト・エヴィング商會)

月報13 
8p 18.7×11.7cm
タルホの葉巻箱: 最後のノート The Last Note Book
タルホ・ヴァリアント・セレクション: 瓶詰奇談(抄)(初出「新青年」昭和2年10月号)
星の声(萩原幸子): 最後の日々
 


本全集「凡例」より:

「一、本全集は、稲垣足穂自身が昭和四十三(一九六八)年に作成した目録を基本に編んだものである。
一、改題、増補、改作、合併、編入、改訂をくり返した作品については、その経過を巻末の「解題」で明らかにし、本文には基本的に最終稿とみなされる作品を収録した。」
「一、『稲垣足穂大全』(中略)に稲垣足穂自身が追加訂正を書き込んだものについては、それを最終稿とした。
 また、『大全』以後の『増補改訂 少年愛の美学』にも、刊行後大幅な加筆訂正がなされており、それを最終稿に、「ロバチェフスキー空間を旋りて」は大幅に加筆訂正した生原稿を最終稿とした。
一、表記は、原則として、新字、新かな遣いとした。」



本書「解題」より:

「本巻に収録した作品は、以下の三種類にわたるものである。
○本全集第一巻から第十二巻までの収録作品決定後に発見された単行本未収録の作品。
○最終改訂作を本全集に収録した作品のうち、初出の作品、または改訂を繰返した途中の作品が、ひとつの別個の作品と考えてもよいと思われる作品。
○(中略)他の作者による作品を下敷きにして書かれたもの。」



目次:

聞いて貰(もら)いたい事
シガレット物語
香炉の煙
如何(いか)にして星製薬は生れたか?
「文党」への手紙
忘れられた手帖から「身辺雑記」
地獄車
ライオンと僕
風呂
白衣の少女
ポンピィとロビングッドフェロー
塔標奇談
芭蕉葉(ばしょうは)の夢
神戸の VARA
緑色の記憶
青い壺(つぼ) Ein Marchen
東洋更紗
夢の中の紳士
円錐帽(えんすいぼう)氏と空罎(あきびん)君の銷夏(しょうか)法
荒譚(こうたん)
オールドゥヴル
大阪の島津さん
     ☆
明治飛行器ノゥト 付・活動写真
花月ファンタジア
松帆浦物語
稲生家=化物コンクール――A CHRISTMAS STORY
梵天(ぼんてん)の使者――谷崎潤一郎からのコピー
ジッドの少年愛論
バートン男色考からの摘要
宮武外骨の『美少年論』
多留保判男色大鑑
武石道之介航海日誌
武石浩玻在米日記
     ☆
小文
『作家』選評など
アンケート

解題 (萩原幸子)
年譜 (萩原幸子)
全巻目次
収録作品索引




◆本書より◆


「シガレット物語」より:

「空を切り取る人

いろんな形をした雲のある空や、ところどころ白雲に彩られた空や、夕方の紅い美しい空や月や星のある空や、そんなものを自由自在に鋏で切って、自分の家の壁に張りかえさしかえている人があると云うので、びっくりしてその家を見に行ったら、なあんの事だ、その男とは、青天井の下に住んでいる法螺(ほら)吹きの乞食(こじき)であった。」

「怠け者

Rは街を歩く時、方々を見るのが面倒くさいと云うので、首からいつも青いリボンで小さな円鏡を胸にたらしていて、それを片手に持ちながら(他の手は勿論(もちろん)ズボンのポケットに突ッ込んだままだ)後から来る自動車や、横から来る人や、ショーウインドーや、頭の上の看板や、その上にある空の雲などを、うつして見ながら歩いていた。そして、或る時などは、向うからやって来た先生にすら、その鏡のなかで挨拶したほどである。ともかく、奴(やっこ)さんはそれくらい怠け者だと云ったらちょうどいいだろう。」



「稲生家=化物コンクール」より:

「夜になって家鳴は間遠になったが、何処からか遥かに尺八の音が聞えて、程なく虚無僧(こむそう)が一人はいってきた。すると次々と現われ、それぞれの姿勢を採った居間一面の虚無僧になった所、やがて自分が寝ている周りにみんなが寝転んでしまった。」
「平太郎物語の虚無僧の件を澁澤龍彦君に聞かせると、彼は大へん興がった。澁澤ばりのものが確かにあるようだ。徒然草第百十五段に宿河原における ぼろぼろ たちの果し合いが紹介されているが、虚無僧というものは何か怪しげで、幽霊臭い。彼らが浄土へ行くか、地獄へ堕ちるかは実に一管の尺八の音色に懸(かか)っている。竹の内部は赤い漆(うるし)塗りだが、中には鉛を巻き込んでいる者も居ると云う。鳴滝の妙光寺は以前普化宗の道場だったので、此処にある梵論字の墓には、花の代りにビロード苔が敷き詰められていて、水を撒(ま)いていつも湿らせておくのが供養になっているのだそうである。それは日光でなく、月光を吸わせるのが目的のように私には考えられる。」



「ジッドの少年愛論」より:

「なお台本として伊吹武彦氏訳文を使ったことをお断りしておく。」
「そうこうするうちに、みんなが騒いでいるような事柄は、実は自分には何の魅力もないのだ、ということを認めないわけにいかなくなってきた。(中略)自分のような人間が世間にはざらにいるということには未だ思い及ばなかったものだから、気取られぬための陽気とふざけ……思い出してもゾッとするくらいだ。その傍(かたわ)ら、ずいぶん本を漁(あさ)った。ガリアニ師がエピーネ夫人に宛(あ)てた手紙の中に、こんな文句を見つけた。曰く、要は癒(いや)すことでなく、病と共に生きることです!」」



「『作家』選評など」より:

「もう一ぺん、ツァラのダダ定義を借りることにして――
 文学は如何なる原理にも依拠しなかった。それは一つの抗議に他ならなかったのである。ポエージとは、人が自分の中に持っているある量の人間性、生命因子を伝達するための一つの手段に他ならない。
 だから、このような文学は(原則としては)公認であっては不可(いけ)ないものなのである。文学は無限に否認し続けねばならない。ところで、「一切の反文学は自働的に文学になる。あらゆる反芸術は公式主義に変貌する」から、油断がならない。私自身としては、「パタン」でない、「オブジェ」としての文学をいまも昔も念願している。」


























































































『稲垣足穂全集 第十二巻  タルホ一家言』

「人間も雨が降っても走らないようになったら、お仕舞いですぞ。」
(稲垣足穂 「よりどり前菜(オルドーブル)」 より)


『稲垣足穂全集 第十二巻 
タルホ一家言』

Classiques de Inaguaqui Taroupho 12

筑摩書房 2001年9月25日第1刷発行
480p 目次12p 
20.2×14.2cm 
並装(フランス表紙) 本体カバー 函 
定価5,400円+税
編者: 萩原幸子
装幀: 吉田篤弘・吉田浩美(クラフト・エヴィング商會)

月報12 
8p 18.7×11.7cm
タルホの葉巻箱: こより Koyori
タルホ・ヴァリアント・セレクション: 星と人の話(初出「報知新聞」大正13年4月)
星の声(萩原幸子): 病床で
 


本全集「凡例」より:

「一、本全集は、稲垣足穂自身が昭和四十三(一九六八)年に作成した目録を基本に編んだものである。
一、改題、増補、改作、合併、編入、改訂をくり返した作品については、その経過を巻末の「解題」で明らかにし、本文には基本的に最終稿とみなされる作品を収録した。」
「一、『稲垣足穂大全』(中略)に稲垣足穂自身が追加訂正を書き込んだものについては、それを最終稿とした。
 また、『大全』以後の『増補改訂 少年愛の美学』にも、刊行後大幅な加筆訂正がなされており、それを最終稿に、「ロバチェフスキー空間を旋りて」は大幅に加筆訂正した生原稿を最終稿とした。
一、表記は、原則として、新字、新かな遣いとした。」



本書「解題」より:

「本巻には、第十三巻『タルホ拾遺』収録作品を除き、本全集第一巻から第十一巻までに未収録の作品とエッセイを発表順に収録した。」


目次:

友人の実見譚(じっけんたん)
シャボン玉物語
鸚鵡(おうむ)の一件 最近の佐藤春夫氏
藤の実の話――退屈で困っている二人の青年の間に交された一片
マイ・サンマー・ハウス 夏座敷
三人に会った日
云わして貰(もら)います
南京花火物語
来(きた)るべき東京の余興
神戸漫談
Y-dan
美学
かもめ散る
海浜漫談
僕の立場から
ラリイシーモン小論
タルホ五話――クリスマスの夜の前菜
大谷先生の話
相馬先生の問題――世の教育家諸氏にたずねる一篇

ラリイの夢
黒猫と女の子
ソシァルダンスに就(つい)て
妄執(もうしゅう)
滑稽(こっけい)二つ
新道徳覚書
海べの町
STAR PITCHER
PREFACE
習作――佐藤春夫氏「海辺の望楼(ぼうろう)にて」の一部分
牡蠣(かき)――Aさんとその恋人の話
タイトルに就(つい)て
HOSHINOさん
     ☆
タルホ一家言
或(あ)る倶楽部(クラブ)の話
カオルサンの話
大変です
天文台
第三半球物語
月星(げっせい)六話 (チミちゃんの手帳から)
WC
『ラリイ将軍珍戦記』を観て
『田園の憂鬱(ゆううつ)に就(つい)て
彗星一夕話(すいせいいっせきわ)
鹿が沈んだ淵(ふち)
新選組のような顔
訂正及(および)創造に就(つい)て
飛行機及(および)ポオによる一例
偏見と誤謬(ごびゅう)
手帖から
やけくそ三つ
Pちゃんと西洋人
ハイエナ追撃
空中世界
或(ある) Krafft-Ebing な挿話(そうわ)
T氏と街
A MERRY-GO-ROUND
まるい山々と鳥 会津若松の印象
詩集『こわれた街』の会
ラリー・シーモンの芸風
鉛筆奇談
人としての春夫先生
長方形の箱
前髪論
一寸角の紙で後始末をする法
黄色い冊子 日本超現実主義の運動
岡田君のような作風は
自動車の宙返りその他 機械と文芸
映画のつまらなさ
スフィンクスと青い火玉
蓬莱(ほうらい)問答
蓄音器の逆行について
星じるしエロナン見本帖
印度(インド)の神様のいたずら
怪談
LE SIMULTANITE
MAGIC BOX――物理学とお化に就て
著者への書翰(しょかん) 笠野半爾氏へ
螺旋街(らせんがい) THE SPIRAL CITY
真面目な相談
明石から
月夜の不思議
空の寺院
ピエトフ
奇妙なフィルムの話
時計奇談
兎(うさぎ)の巣
早春抄
石川淳と JUNE BAG
格子縞(こうしじま) A Sketch
よりどり前菜(オルドーブル) 1
よりどり前菜(オルドーブル) 2
僕とライオン
新月抄
カツギヤノモクベエサン
道草の大家 佐藤春夫
善海(ぜかい)
     ☆
河馬(かば)の処刑
松風
緑金の蛇
美少年時代
日本の美少年 続E氏との一夕
宇治の景色
エーロスの道
春風澱江(でんこう)歌
かつら男
宇宙感覚
わらべ唄――ムソルグスキー変奏曲
「沈黙の塔」への憧(あこが)れ――京都の学生ら
難波の春
グッドナイト! レディース――TOR-ROAD FANTASIA
わが明治時代
武石(たけいし)記念館
京都タワーがなぜ悪い!
熊野の鷹
模型極楽
五人の死者
芭蕉(ばしょう)の葉
冬のうた
歯欠け男
旧友への返信
糖尿病所感
ふんどし談義
キネマの月巷(ちまた)に昇る春なれば――我がはたち代
「タイル」方丈記
飛行機の句と硝子(ガラス)の靴(くつ)
星の都
触背美学
プラトーン以後 (我が受賞の弁)
現代の魔道
殻(から)の中の月
デカンショ節 流行歌
裸形執筆
「新青年」発表作品への回顧
目鼻が付いた天体たち
王と王妃
稲垣足穂作品集について
国夫平木氏を推す
一年我見
私の夏=蕪村の夏
近ごろ思うこと
あいまいメガネ
海港奇聞
津田画伯の回想
桃山だより
続アドラティ=バウァナ
桃山の桃
ノアトン氏の月世界 浪花の思い出
モナリザの秘密はその「不貞美」にある
雄鶏(おんどり)と三日月――わが内なる商標記
ドサクサ飲酒

解題 (萩原幸子)




◆本書より◆


「妄執」より:

「「わたしは、自分の命を守るために仇討の心のみじんもないわたしをたおしたかれを毛頭うらんでいるのではございません。それはこののちかれが、父に加えて子までを討ったことによって得た心の重荷をおうてゆくことによってもゆるされていいのでございますし、それがたしかなのはわたしが杉の梢から見下したときかれの顔にみとめたもだえの影によってもわかるのでございます。ただふり返るときに、ひたすらに考え思うことによっておこなって行ったわたしの生涯は、あまりにもあっけないものではなかったろうかという一つにかかわっているのでございます。仇敵をゆるし自分の死もみとめて高いところにのぼろうとしたとき、わたしはこのたましいが云いようなく晴れやかなものであっただけに、またこのあまりに執着のない一生というものがあってもよかったろうか、世のあらゆる人々のようにもっといきどおりにくみかなしみにとらわれた方がほんとうではなかったろうか、人というものが死にのぞんでこんなに地上について冷たくてもよいのであろうかとの懸念をふとうかべたのでございました。こうしているうちにも、わたしのたましいはその雲霧を何の造作もなく切りひらいてゆきそうなのでございます。それは今ここにお話していることさえかなりな苦しみとなってかんぜられるのによってもあきらかなことでございます。このわたしのたましいにとっては、あの男があの男の生き方を受けもったように、自分も自分の生き方を受けもったにすぎぬのであり、みんなは大きな一つのながれのうちにあるものであることを、わかりすぎるほどわかっているのでございますが、あの男があの男になりきれぬなげきがわたしたちの世界のことにかかっているならば、ここにわたしがわたしになりきれぬまよいも、あるいはわたしの見のがしていた地の上のおきてというようなものにかかっているのではございませんでしょうか。そのためわたしは高いところへのぼるまえに自分ならぬ地上のひとりから『お前の生涯はそれでよかった』との一言の裏がきが求めたさにその二つの力のあいだにみずから止っていたのでございます。」」


「MAGIC BOX」より:

「あなたは、夜の街などで、通りすがりに侘(わび)しい電燈に照らされている露路の奥をチラッと見たり、又、キラキラした店先などで、或(ある)驚ろくべきものを見たように思われる事がないであろうか? それは何であるかはよく解釈されないのだが、私たちには何となしに気懸(きがか)りであって、それで引返して来る時もう一ぺんそこに注意を払う。するとそこは何でもない所なのである。私はずっと以前、白い幕に向って坐っていた事を覚えている。その幕には所々しみがついて、それが考え様によって何にでも、鳥や木や又器物のように見えて面白かった。この幕の両側にはガスのマントルが燃えていて、青白い光がそのしみを照らしているのである。しかし私はこの時は、そんなものでなく、活動写真というものを見るために此処(ここ)へ来ている筈(はず)であった。それなのに待てど暮らせど一こうにそれらしいものは出て来ぬのであった。私は「いつ始まるか」「いつ始まるか」と云っていたが、そうすると私の傍らにいたお母さんかそれとも他の誰であったか判らない人は、「もうじき」「もうじき」と云うような事ばかし云っていた。けれども更に時間が経っても何事も起らない。色々なものに見えるしみをガスが淋しく照らしているだけなのである。私には何だか、こうしている事がずっと以前からの事であったように思われて来た。そしてこれから何百年も何千年も、果もなくこうして何事も起らない白い幕を見ているのではなかろうかと考えられた。」


「現代の魔道」より:

「日本天狗は保元物語に初めて登場する。これは僧服烏喙(うかい)のきわめて格調の高い存在である。なおこういう天狗僧正に狐の首が付いたのがあることを注意しよう。こんなわけで、天狗もその初めは決してあんなワイセツな張形天狗でなかったことが判るのである。
北条高時の周囲に群がり寄せている天狗も、クチバシをそなえた青天狗、すなわち烏天狗だったことはご存じの通りである。」
「サイケ調よ、ヒッピー族よ、フーテン派よ、ゲバルト諸兄よ。同じやるなら白峰権現すなわち我が崇徳上皇の、舌を噛(か)み、血を吐き、その血をもって自らの写経の軸ごとに書き入れた「願くは大魔王となりて天下を悩乱せん。謹みて五部大乗経を以て悪道に回向(えこう)せん」のそれであらんことを!」

































































































『稲垣足穂全集 第十一巻  菟東雑記』

「決心しないことも仲々に重要である。」
(稲垣足穂 「糸屑巻きタルホノオト」 より)


『稲垣足穂全集 第十一巻 
菟東雑記』

Classiques de Inaguaqui Taroupho 11

筑摩書房 2001年8月25日第1刷発行
538p 目次9p 
20.2×14.2cm 
並装(フランス表紙) 本体カバー 函 
定価5,400円+税
編者: 萩原幸子
装幀: 吉田篤弘・吉田浩美(クラフト・エヴィング商會)

月報11 
8p 18.7×11.7cm
タルホの葉巻箱: 世界の果て The End of the World
タルホ・ヴァリアント・セレクション: 天狗考(抄)(初出「作家」昭和33年5月号)
星の声(萩原幸子): きっぱり
 


本全集「凡例」より:

「一、本全集は、稲垣足穂自身が昭和四十三(一九六八)年に作成した目録を基本に編んだものである。
一、改題、増補、改作、合併、編入、改訂をくり返した作品については、その経過を巻末の「解題」で明らかにし、本文には基本的に最終稿とみなされる作品を収録した。」
「一、『稲垣足穂大全』(中略)に稲垣足穂自身が追加訂正を書き込んだものについては、それを最終稿とした。
 また、『大全』以後の『増補改訂 少年愛の美学』にも、刊行後大幅な加筆訂正がなされており、それを最終稿に、「ロバチェフスキー空間を旋りて」は大幅に加筆訂正した生原稿を最終稿とした。
一、表記は、原則として、新字、新かな遣いとした。」



本書「解題」より:

「本巻には足穂が昭和二十五年二月に京都に移ってから晩年までに発表した短篇、中篇のエッセイを収録した。」


目次:

春は曙(あけぼの)の記
兜率上生(とそつじょうせい)
零点哲学
香なき薔薇(ばら)
秋風菟堤曲(とていきょく)
文学者の本分
四次元談義
月への気球 「書き出し」
僕の蕪村手帳
朝日山の山桃の木に想う
夜長
日本バガボー
須弥山(しゅみせん)さわぎ
僕の弥勒浄土(みろくじょうど)
心霊学流行に因(ちな)んで
仏教の将来
蜷(にな)の区域
海と「存在」
酒壜(さかびん)天国
オブジェ・モビール
今は哀しき釜掘りの唄
神の夢
     ☆
雲雀(ひばり)の世界
紅薔薇(べにばら)の小径(こみち)
ボクの剪定法(せんていほう)
永劫流転(えいごうるてん)
二人の女弟子――梁(やな)雅子と山本浅子
庚子(かのえね)所感
オブジェの魅力
梅日和(うめびより)
『一千一秒物語』の倫理
肉体とその自由
聖道門への憧(あこが)れ
『弥勒(みろく)』 「わが小説」
軒近き松原山の記
病院の料理番人の文学
本ぎらい
額縁だけの話
田端時代の室生犀星(むろうさいせい)
武将と飛行機
西山金蔵寺
我が家の女たち
ガス灯へのあこがれ
クリスマスケーキ
 へんな蛍
 散歩しながら
 卓上キネオラマ
 前菜
 アーラビカ夜叉(やしゃ)と世尊との対話
視(み)る!
私は世界の果てからネクタイを買いに来た
世界のはて
『死後の生活』
アフロディテ=ウラニア
アド・キルー「映画とシュルレアリスム」を読んで
無限なるわが文学の道
転がり込んだ百万円の賞金 週間日記
大きな三日月に腰かけて
清貧の魅力
銷夏(しょうか)特別番組
旅順海戦館と江戸川乱歩
わが稲垣足穂小全と読者群
コリントン卿登場――散文詩
     ☆
山風蠱(さんぷうこ)の頃
酒につままれた話
タルホ的万国博感
読書界を裏返した男
銀河鉄道頌(しょう)
神への漸近(ぜんきん)線上
神戸三重奏
中性子星の話
三島ぼし隕(お)つ
ウオぎらい
ユメと戦争
空間の虹色のひずみ
オールドゥーヴル――なつかしの名作から
わたしの神変自在なソロバン
タルホ・ファンタジー自註
貴婦人はアランポエポエとす
加藤郁乎カプリチオ
“慎重にやれ”の意を含み 平木国夫著『空気の階段を登れ』
アドラティ=バウァナ
我が見る魔もの お化けの哲学
「非ユークリッド」との因縁
朔太郎オナニスト
サド侯爵の功績
桃山暮し記
「生」の陰の「犠牲」
“すでに肉体が真理である” 笠井叡「天使論」
「後庭花」雑話
一筆遺書参らせ候
バブルクンドの砂の嵐 新居にはいって
パリティーの崩壊
初っちゃんの話
「ニセモノ」としての美女――わたしの欲望論
窮乏礼賛
「文科」の頃
「GGPG」の思い出
「黒」の哲学
狂気か死にまで行くべし
平和の鷹が平和の天使を悦楽の園へ導く
最近の来信
少年自身
キャプテン・カポロを送る
     ☆
糸屑巻きタルホノオト
タルホ=コスモロジー――同人雑誌「作家」発表作品自註


解題 (萩原幸子)




◆本書より◆


「『一千一秒物語』の倫理」より:

「といって、私は、自分が玄人(くろうと)だなどと夢にも思っていない。玄人になっていたら、そうなった瞬間から、自分の書くものはよし「文学的」ではあっても、どこにも「文学」であることを止(や)めてしまったに相違ない。チェホフの、批評家に対する言葉として憶えている。「この二十五年間、一つとして価値ある指示なく、善い忠告を聴いたことがない。只(ただ)、スカビチェフスキーが印象を残した。こんなものを書いていたら、おしまいには酔態のままで人家の塀(へい)の下で死ぬだろうと」
 芸術家に限らない。人間とは、その純粋な部分では、塀の下で死ななければならぬものなのだ。われわれは誰しも原則的にはそうあるべきだ。これは、「技術」以前の基本的な心がまえである。「歴史」ではなくて、「歴史がそこから始まっている処」に関する知識である。それは Ent-Stand である。「このアトム化と歯車の時代にロビンソン・クルーソーになるためには怠惰(たいだ)と失敗のほかに何の手段も無い」――『成功しない秘訣(ひけつ)』の著者はいうけれど、相当に水増しした云い方だ。そもそも私が思うのに、現代にあって何が最も欠けているかといえば、否定の精神である。それも絶対的な歴史否定の立場である。」



「本ぎらい」より:

「「今は何者も無差別に、たえて何物も欲することなし。我は自らのなお此処(ここ)にありや否やを知らず」
 静寂派のギュイヨン夫人の自叙伝の終りにある言葉だそうであるが、私はこれを増富平蔵訳『ショーペンハウエル随想録』で知ったのである。」



「糸屑巻きタルホノオト」より:

「「私は星が好きです、夜が好きです、悲しいものが好きです、終わりが好きです、無機物が好きです、女でも男でもありません」と書いてよこした、少年のような美少女。」


「タルホ=コスモロジー」より:

「英国の退役海軍中尉で南極探険家のシャックルトン卿が、私の生れた一九〇〇年に次のような新聞広告を出している。本篇を結ぶに当って、この文句を若い文学志望者諸君への餞(はなむけ)としたい――

 MEN wanted for hazardous journey.
 Small wages, bitter cold,
 Long months of complete darkness,
 Constant danger, safe return doubtful.
 Honour and recognition
 in case of success.
 
      1900 Sir Ernest Shackleton」







































































『稲垣足穂全集 第十巻  男性における道徳』

「彼は、私がもうとっくに死んでいたことに、気が付かなかったのだろうか?」
(稲垣足穂 「私の祖父とシャルル・パテェ」 より)


『稲垣足穂全集 第十巻 
男性における道徳』

Classiques de Inaguaqui Taroupho 10

筑摩書房 2001年7月25日第1刷発行
555p 目次3p 
20.2×14.2cm 
並装(フランス表紙) 本体カバー 函 
定価5,400円+税
編者: 萩原幸子
装幀: 吉田篤弘・吉田浩美(クラフト・エヴィング商會)

月報10 
8p 18.7×11.7cm
タルホの葉巻箱: 王と王妃 King & Queen
タルホ・ヴァリアント・セレクション: 花月幻想――biographically (抄)(初出「作家」昭和37年6月号)
星の声(萩原幸子): 助手を呼ぶ
 


本全集「凡例」より:

「一、本全集は、稲垣足穂自身が昭和四十三(一九六八)年に作成した目録を基本に編んだものである。
一、改題、増補、改作、合併、編入、改訂をくり返した作品については、その経過を巻末の「解題」で明らかにし、本文には基本的に最終稿とみなされる作品を収録した。」
「一、『稲垣足穂大全』(中略)に稲垣足穂自身が追加訂正を書き込んだものについては、それを最終稿とした。
 また、『大全』以後の『増補改訂 少年愛の美学』にも、刊行後大幅な加筆訂正がなされており、それを最終稿に、「ロバチェフスキー空間を旋りて」は大幅に加筆訂正した生原稿を最終稿とした。
一、表記は、原則として、新字、新かな遣いとした。」



本書「解題」より:

「本巻には、昭和四十四年四月、日本文学大賞を受賞以後の、足穂晩年の長篇作品とエッセイを主として収録し、昭和三十年代のエッセイ二篇を加えた。」


目次:

男性における道徳
物質の将来――エッセー風の創作
フウテン族の曲率――聖者への途
廻(めぐ)るものの滑稽(こっけい)
我が黙示録 アルコール幻覚
二十五歳までに決定すべきこと
     ☆
パテェの赤い雄鶏(おんどり)を求めて――オブジェ的自伝
私の祖父とシャルル・パテェ――懐かしの活動写真
鼻高天狗はニセ天狗
轣轆
鉛の銃弾――我が青春期のモザイク
生活に夢を持っていない人々のための童話
     ☆
痔(じ)の記憶
佐藤春夫を送る辞
真鍮(しんちゅう)の砲弾――オナニー的世界
天守閣とミナレット――a capricco

解題 (萩原幸子)




◆本書より◆


「男性における道徳」より:

「又、一度、渋谷道玄坂上に住んでいた頃、関西学院で自分よりも一級下だったY君がやってきて、数日の滞在中に、軽微な頭脳発作を起した。西宮から彼のお父さんが迎えにやってきて、それから一週間ほど青山脳病院のお世話になったが、このY君を見舞に行った日、円柱が立ち並んだ甃(いしだたみ)の廊下を通り抜けながら、私は向って左側の特別室の内部で、玉突き台くらいの大テーブルに向って、その周囲をあっちへ行き、こちらに戻ったりしてぐるぐる歩き廻りながら、テーブルのおもてに伸べられた白紙に向って、コンパスと定規を動かしている、堂々とした白髪の西洋人を目にとめた。ホワイトロシアの中将とかで、こうして毎日、軍艦設計に余念がないのだとの話であった。これは本物の気狂いであるが、やはり男性的ダンディーの中に数え入れてもよかろう。(この白髪白髯(はくぜん)の老紳士が、即ち私の作品の随所に出てくる「コリントン卿」なのである。精神病院の廊下に並んでいた円柱の柱飾りがイオニアかドーリアかは知らなかったが、取りあえずコリント式だと見立てたことに基いている)」


「私の祖父とシャルル・パテェ」より:

「伊藤整はかつて私についていった。「稲垣足穂は死ぬのが遅れたよ」と。彼は、私がもうとっくに死んでいたことに、気が付かなかったのだろうか? 『ハインリッヒ・フォン・オフテルディンゲン』の中に、ハインリッヒとツィアーネの対話として、次のようなのがある。「いつからここに居るの」「お墓を出てきてから」「なに、もう死んだのだって?」「そうでなければどうして生きてこられたでしょう」」


「轣轆」より:

「半沢氏が語った酒臭い轢死体は、私に別なことを思い当らせた。
 ある午後四時頃に、新宿の盛り場の歩道ぎわに土下座して、埃まみれになりながら、「済みません済みません」と行人に向って頭を下げていた、酒気プンプンとした中年男のことである。彼が其後(そのご)どうなったかは知る由もないが、ちょうどそれと同様なことを私はこの数年前に耳にした。自分の現今の住居の桃山南口から西へ二つ目の中書島駅近くの路傍でお辞儀を繰返していたアル中氏が、ついにその翌日の明方に、中書島伏見桃山間の鉄路に飛び込んでしまったのである。私はこの両者の身の上に同情を禁じ得ない。只彼らと自分との相違は、自分は表へ匍い出して皆様に謝罪するどころの話でないということだ。」



























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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