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『稲垣足穂の世界  タルホスコープ』 (コロナ・ブックス)

「星の子が行方知れず
と月なげく
天上界の夕まぐれ時
――イナガキタルホ」

(『稲垣足穂の世界』 より)


『稲垣足穂の世界 
タルホスコープ』
 
コロナ・ブックス
編集: 清水壽明 


平凡社 
2007年3月23日 初版第1刷発行
126p 
B5変形判(16.6×21.7cm)
並装 カバー
定価1,600円(税別)
装丁・レイアウト: 中村香織


「本書は、『太陽』(1991年12月号)「稲垣足穂の世界」をもとに加筆し、新原稿・図版を追加して再構成したものです。」



本書は、足穂作品の42のキーワードを主題にしたエッセイと、桑原弘明・勝本みつる・建石修志ら美術家による足穂へのオマージュ作品、関連図版、「タルホ座流星群50」(足穂関連人物辞典)によって構成されています。
本書はもっていなかったので、ヤフオクで798円(3,000円以上で送料無料)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。
浅川マキさんが「シガレット」の項目を執筆しているのが購入の動機でしたが、主にレコーディング・エンジニアの吉野金次さんの話で、足穂については一言も触れられていなかったのでびっくりしました。


稲垣足穂の世界 タルホスコープ 01


目次:

はじめに からっぽの箱から

TARUHO SCOPE
1 箱 (種村季弘)
2 郷愁 (あがた森魚)
3 ヒコーキ (堀切直人)
4 弥勒 (松山俊太郎)
5 天上 (高橋睦郎)
6 模型 (茂田眞理子)
7 シネマトグラフ (巖谷國士)
8 星 (野中ユリ)
9 天体 (楠田枝里子)
10 月 (竹宮恵子)
11 美少女 (加藤郁乎)
12 水晶 (片山令子)
13 ヒップ (谷川晃一)
14 かものはし (荒俣宏)
15 髑髏 (養老孟司)
16 科学 (寮美千子)
17 ポン彗星 (大崎啓造)
18 セイント (安藤礼二)
19 天狗 (須永朝彦)
20 少年 (川本三郎)
21 物の怪 (東雅夫)
22 イソギンチャク (蜂飼耳)
23 サドル (渡辺一考)
24 数学 (森毅)
25 三角形 (高橋宏輔)
26 菫色 (松岡正剛)
27 色鉛筆 (矢川澄子)
28 におい (村田喜代子)
29 壜 (谷川渥)
30 シガレット (浅川マキ)
31 チョコレット (白石かずこ)
32 未来派 (田之倉稔)
33 パル・シティ (中村宏)
34 人形 (山田せつ子)
35 キネオラマ (久世光彦)
36 ヴァリアント (高橋孝次)
37 電飾 (椿實)
38 童話 (高原英理)
39 薄板界 (寺村摩耶子)
40 ゼンマイ (大辻清司)
41 放浪 (龍膽寺雄)
42 桃山御陵 (萩原幸子)

タルホの鞄
1 ヒコーキ
2 フィルム
3 A感覚
4 レッテル&マーク

タルホ・ピクチュア展
TARUHO BOOKS COSMOGRAPHY
同人誌 (高橋信行)
TARUHO HISTORY

タルホ座流星群50 (大崎啓造、高橋孝次、安藤礼二、寺村摩耶子)




◆本書より◆


「星」(野中ユリ)より:

「星はなぜ美しいのか。超絶的に遠く、遥かな夜空に煌めく星。その光をみることは、逃れる術もなく、途方もない過去(の光)をみることである。そんな理屈を知るはるかに以前から、星族は、かつて我々があったところの或るものへの思い、あの「宇宙的郷愁」のみなもとだったのではないだろうか。」


「水晶」(片山令子)より:

「結晶と光沢と粗面を持った鉱物たち。それが小函に入れられて机から机へ回覧される時、少年だった彼は、いち早く接吻しないではいられなかったという。足穂はそんな少年だった。」
「こんな少年が成人し、そして親しい友人がこの世から立去るところに立ち合うことになった。水晶ときいて、すぐこの作品を思った。「幼きイエズスの春に」だ。そこには、哲学、科学、宗教学、あらゆる学問と、あの独特のダンディズムをもみんな後ろへ置いて、身ひとつで立っている足穂がいた。」
「「水晶物語」では、鉱物たちが、「人間という奴は一分くらいしか生きられないくせに……」と言うところがある。ほんとうに! でも、そのはかなさが、それゆえに結晶化していく様子を、わたしは「幼きイエズスの春に」の中に見るのだ。
 水晶とは掬(すく)っても掬っても指の間から零(こぼ)れていく水というはかなさが、きらきらと硬く永遠の形に結ばれたもの、という意味なのだから。
 少し前にそこにいた人が、ちょっと目を離したすきに、きえてしまう。これはいったい、どういうことなのだろうか。と、ふらふら考えていると、彼はふたたびダンディズムを纏(まと)って、それよりも問題なのは、「いつから此処に居るのか」なのだ、と言ってくる。
 足穂のダンディズムには、少年時代の知的快活さと幸福感がいつも向うに透けて見える。(中略)「俗人論」にあるように、足穂はすなわち、「人間性における宝石族」だったのだ。」



「セイント」(安藤礼二)より:

「身辺無一物、無所有という極限の地平で、あたかも電光に貫かれたようにはじめて脳裏に閃いた Saint 「聖者(セイント)」という五文字の言葉。どうしてもこの社会とうまく折り合うことができず、絶対の寂寥をたった一人で生きざるを得ない、寄る辺のない者たち。そのような「不思議な、世間法とは逆行しているかのような存在」こそまさに、「聖なる種族」を形づくるのである。現実の事物の彼方に、永遠を垣間見る者たち。「一瞬を永劫に」むすびつけ、「死」という概念さえ乗り越えることを可能にする「永遠の種族」、ダイアモンドとしての人間。彼らが生きるのはただ「心の国」のみである。物質世界を離れ、精神世界の「王」となった不滅の聖者たち。「弥勒」や「白昼見」に記された、場末の銭湯での、文字通り足穂的な「覚醒」の瞬間である。」


「チョコレット」(白石かずこ)より:

「はっきりいえることは足穂には他者がいないのだ。天知る、地知る、我知る、妖精知るなのだ。妖精は、ホントは、いないのだし、だがいるという仮説をたてた事により存在しているのだから仮説の作者、発案者である足穂が自分の創造、想像上の妖精の世話を最後までみなければならなくなる。」


「桃山御陵」(萩原幸子)より:

「いつだったか奥様と三人で話していた時、
 「僕は友だちのお布施で生きてきた」
 と先生が言った。
 「ようそうしてこられた」
 と、奥様は私に笑いかけながら、
 「やはり徳があるんですな」
 と、感心したように言った。」

「話しながら歩いた記憶はあまりなくて、先生がふいに口をひらかれるのだ。
 「僕の母は御飯の支度をしてくれなかった。『食べるのか』と言われれば、男は『いらない』と言う。そして地上を離れた架空にトーイランドを造ろうとした。僕は父だけの子」」

「改まった挨拶はしなくてもよいのであった。お部屋に入ると、先生はこちらを見て頷く、それだけなのだ。言っても言わなくてもよいことは、じゃまくさいし、そらぞらしいのではないだろうか。」

「先生はあいまいがきらいである。」
「そしてできるだけ正確にものを言うべきだ、と先生は思っている。
 歯医者へ行った時、
 「ちょうど一年ですね」
 と言われたら、
 「違います。一年と二日です」
 と答えて、笑われたそうである。」



稲垣足穂の世界 タルホスコープ 03


稲垣足穂の世界 タルホスコープ 02


稲垣足穂の世界 タルホスコープ 04


「新橋芸者小清」。この図版はたぶん足穂とは関係ないですが、ひょんなところでピンク・フロイドの海賊盤「Crackers」のジャケ写真の身元がわかったのは収穫でした。




こちらもご参照ください:

『タルホ事典』
萩原幸子 『星の声 ― 回想の足穂先生』
伊達得夫 『詩人たち ユリイカ抄』 (平凡社ライブラリー)
稲垣足穂/たむらしげる 『一千一秒物語』












































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稲垣足穂 『【初版再録】 一千一秒物語』

「芸術とはココア色の遊戯である――トゥリスタン・ツァラ」


稲垣足穂 
『【初版再録】
一千一秒物語』


発行所: 木馬舎
発売元: 人間と歴史社
昭和62年11月15日 初版第1刷印刷
昭和62年11月25日 初版第1刷発行
262p 編集付記1p 
21.5×14.5cm 角背紙装上製本
本体カバー 筒函 
定価2,300円



本書「編集付記」より:

「本書は、稲垣足穂著『一千一秒物語』(1923年・金星堂刊)と『第三半球物語』(1927年・金星堂刊)の初版本を新かなに改め、それらを取り巻く諸作品衛星群を併載したものである。
 足穂のおびただしい数にのぼる作品群は、「一千一秒物語の註釈」として位置付けられるものであり、その理由によらばこそ、同時にそれらは目まぐるしく改訂に改訂を重ね続けられたとすれば、現在、定本とみなされている『一千一秒物語』もまた、初版の註釈としての所産であると解してよいであろう。今回の刊行物の題名が『一千一秒物語』と名付けられ、敢えて初版を底本としているのはこのような解釈によっている。(中略)付録として改訂後の異稿『一千一秒物語』および『第三半球物語』を併載したのも、改訂の際の足穂の意識を、片鱗でも味わって頂けたらと思ったからである。」



本書の口絵にあたる部分は銀紙になっています。
足穂によるデッサン3点。


稲垣足穂 一千一秒物語 01


函文:

「お星様は如何ですか?
黄色はレモン、紅はストロベリー、
青いのはペパーミントの味がいたします。
何方のお口にも合って、悪酔いなど決してするものではありません。
お土産に壜入りのお星様は如何でございます?

ある日、世界のはてから『一千一秒物語』が届いた。
ずっと以前にどこかで読んだ本、
またずっとずっと末来にどこかで出くわすような本。」

「Comet-Taroupho Planetarium
Taroupho Inaguaqui」

「「土星ってハイカラだね」
「すてきだよ」
「ほうきぼしもいいな」
「ほうきぼしもいい」
「きみ見たかい?」
「見た―君は?」
「だいぶ前だ。夜中すぎに、北寄りの東のそらの果にぼーっと
幽霊みたいに浮き出したかと思うと、また見ているうちに
薄らいでしまったので少うし怖かったよ」」



函裏文:

「あなたには、荒唐無稽には涅槃を過ぎざるを得なかった
末来人の悲しい逆説があるということが判っているのか。
それはバネ仕掛の黒猫であり、硝子製の星であり、紙袋の空っぽなウイスキー壜である。
そこにはいつも世の常ならぬ高踏と非ユークリッド幾何学式の哲学がある。」



稲垣足穂 一千一秒物語 02


目次:

一千一秒物語
第三半球物語


シャボン玉物語
香炉の煙
秋五話
タルホ五話
東洋更紗


物質の将来
螺旋境にて
月光密輸入
鶏泥棒
星を喰う村
天文台
パンタレイの酒場
空中世界
奇妙な区廓に就いて
緑色の記憶
夏至近く
イカルス


忘れられた手帖から
世界のはて
僕のオードブル
『一千一秒物語』の倫理
 
初出一覧
付録 (異稿「一千一秒物語」「第三半球物語」[二段組])


稲垣足穂 一千一秒物語 04



◆本書より◆


「さあ御食事がすみましたら
こちらの方へ集って下さい
いろんな煙草が取り揃えてあります
目録によってどれでもお好み次第に……

【月から出た人】
油絵のローデンバッハの夜に 黄いろい窓から洩れるギターを聞いていると 時計の螺旋のもどける音がして チーンと鳴るかと思っていると これは又! キネオラマの大きいお月さんが昇り出した
そして地から二呎ばかり離れたところで止ると その中からシルクハットをかむった人が出て来て白い花の上に飛び下りた オヤと見ていると煙草に火をつけて 短かいステッキをふりながら歩き出した ついて行くと並木路をズンズン歩いて行った その時 青白い路の上に落ちている木の影が大へん面白い形をしていたので それに気を引かれたハズミに 今度眼を上げると すぐその先を歩いていた筈の人が見えなくなっていた 耳をすましてみたがシーンとして靴音らしいものは聞えなかったので 元のところへ引き反して来ると お月さんも何時の間にか高く昇って 静かな夜風に風車がハタハタと廻っていた

【見て来たようなことを云う人】
「君はあのお月さんも星もみんなほんとうにあると思っているのかい?」
或る夜ある人がこう云った
「うんそうだよ」
自分がうなずくと
「ところが君そりゃ欺されてるんだよ あの空は実は黒いボール紙で それにお月さんや星型のブリキが張ってあるだけさ」
「じゃお月さんや星は何う云うわけで動くんかい?」
びっくりして自分が問い反すと
「そりゃゼンマイ仕掛さ!」
その人はこう云ってカラカラと笑った その時 ふと気付くと誰も居らなくなっていたので オヤと思って上を仰ぐと 縄梯子の端が星空へスルスルと上って行くのが見えた」



稲垣足穂 一千一秒物語 03

稲垣足穂 画 『星の勝利』。






















































































萩原幸子 『星の声 ― 回想の足穂先生』

「煙草買いに行って、お釣りをくれたので涙が出た。僕の言うことが人に通じたから」
「自由に生きるとは、おそろしい税金を払うことだ。覚悟が必要だ。負けないだけ強くなくては駄目だ」
「私も一般にくらべて変っている。変ったことを引受ける覚悟こそ必要です」

(萩原幸子 『星の声』 より)


萩原幸子 
『星の声
― 回想の足穂先生』
   

筑摩書房 
2002年6月10日 第1刷発行
116p 口絵i 目次3p 図版1p あとがき3p
18.5×13cm 丸背紙装上製本 カバー
定価1,800円+税
装幀: クラフト・エヴィング商會



著者は1925年生。筑摩書房版『稲垣足穂全集』月報連載の文章をまとめた本です。
巻頭(目次その他)と巻末(「あとがき」その他)は見返しと同じ青色っぽい用紙に印刷されています。


萩原幸子 星の声 01



帯文:

「「われわれの地平線は
無限であるべきです」
稲垣足穂と出会って50年余、
静かに刻む追想の記。」



帯背:

「稲垣足穂
没後25年に
捧げる」



昭和二十四年春、勤めていた役所を辞めた著者は、古本屋へ本を売りに行く。そこへ一升瓶を下げて入ってきたのが足穂で、

「そこの台の上に置いてあった白い本を手に取り、つかつかと私に近づきながら、
 「若い人はこういう本を読まなくてはいけない。僕は稲垣足穂です。これは僕が書いた本です」
 扉のページをひらいて見せながら、いくらか誇らしげにそう言う。私は稲垣足穂という名を知らなかったし、突然で返事も出来ないでいると、
 「いまここにないけれど、この本をあなたにあげます」
 お酒が入っている。でも無邪気に明るく、連れの人も主人も声を立てて笑い出した。」


そして急に恥かしくなった著者が店を出ると、

「その人もあとから来て並んで歩き出した。
 その時、突然、
 「ブルーン ブルーン ブル……」
 力をこめて唇をふるわせ、円を描くように右手を大きくグルグル廻す。なにごとか、とびっくりした。これが、先生得意の飛行機の爆音の口真似と知ったのは、十年以上も経ってからなのだ。」



目次:

出会い
行方しれず
宇治恵心院
宇治から桃山へ
丘上の家 その一
丘上の家 その二
受賞まで
受賞後
お伴しながら
助手を呼ぶ
きっぱり
病床で
最後の日々

あとがき



萩原幸子 星の声 02



◆本書より◆


「「――自分はいま転換期にあるので無収入だけれども、これは……と思う自信ができるまで筆を執らないことにして今日に至っている」」

「話題が暮し向きにかかわることになると、ほんの少しその話に及んだだけでも、先生は黙ってしまう。
そして、座を立って床に入り、頭から布団を被ってしまった。終始静かなゆっくりとした動作であった。」

「「麻田剛立は、生徒から届く月謝に酒肴料と書いてあると、きっとそれで肴を買ったそうだ」」

「「僕に何を言う資格があるのか」」

「何か訊ねると、先生は黙ってしまうことがよくある。すぐには答えずに黙ってしまう。
 ご自分に関しての質問には、間を置いて考え、私の問いの程度より自分にとっての正確さで、正直に本気に答えようとされたのを思い出す。」

「聞いているのか、いないのかわからない、こういう時はたびたびあって私も知っている。黙っていても聞いている。あれは先生の聞き方なのだ。その場や相手に合わせていそいで何を言うのか。」

「「今はまだ機会が来ません。そのうち先方からやって来るでしょう」」

「「そうであってもいいし、そうでなくてもいい。どっちでも同じだ」」

「「リズムを持って暮しなさい。無理をしてはいけない。ゆっくりすることだ」」

「「それで『A感覚とV感覚』を書かれた」
 「ちょっと止めようかと思ったけれど……抽象的だし……その頃ですよ、煩悶したの。A感覚いかんと思う。非常に罪ってものを感じましたね」
 「先生がそう思われたのですか」
 「やっぱりよくないからなA感覚。煩悶しましたね。いかんと思う。立派なことやないからな。(中略)」
 「でも、先生が……考えられない」
 「そうそ、反対のようなこと言うてるからね、だけどいかんと思う。立派なことやないからね」」

「「きちんとするな、きちんとすると死んでしまう。やりっ放しでなくてはいかん」」

「「僕は飛行機を書いている時がいちばん楽しかったな」」

「「わからないことは、わからないままでいい。それはそのまま放っておきなさい」」

「「われわれが現にここにいるのは、無限に死んだり生きたりしてきたからここにいるのではないか」」

「「木や石は一生そこを動かないで生きている」」

















































































稲垣足穂/稲垣志代 『タルホと多留保』

「「その生涯をあげて、虚空を掴まんとせし者、この所に眠る」
 これが、ぼくの考えた自分の墓碑銘です。」

(稲垣志代 「夫 稲垣足穂」 より)


稲垣足穂+稲垣志代 
『タルホと多留保』


沖積舎 
昭和61年7月31日 発行
465p 
四六判 丸背布装上製本 貼函 
定価4,800円
装釘: 藤林省三



稲垣足穂による自作解説『タルホ=コスモロジー』と、稲垣志代による『夫 稲垣足穂』を一冊にまとめた本。


タルホと多留保 01


帯文:

「天体・数学・飛行機・妖怪・少年愛等々現代の時空に甦るタルホ――足穂自ら作品の説明を通して自伝風に また、出会いから生活を共にした志代夫人の自伝――タルホと多留保。」


帯背:

「稲垣足穂・
志代夫人の
それぞれの
自伝。」



帯裏:

「タルホは親切で、細やかなところがあるかと思えばエゴイズムなところもある。自分にも他人にも峻厳で容赦ない一面と、どこの寄席へ出しても引けをとらないようなユウモリストな一面がある。
――(志代)」



目次:

タルホ=コスモロジー (稲垣足穂)

夫 稲垣足穂 (稲垣志代)
 出逢い
 往復書簡
 結婚
 私の生い立ち
 交友
 別居生活
 女人館とタルホ
 反俗の愛と気骨
 受賞前後

足穂・志代年譜 (高橋康雄)




◆本書より◆


稲垣志代「夫 稲垣足穂」より:

「私は、昭和十五年に先夫(中略)と別れて(中略)当時六歳だった娘の都を連れて、本派本願寺(西本願寺)の社会部に籍をおいた。
 北山別院にあった司法保護少女収容の六華園の保護主任を経て、西本願寺山ノ内母子寮寮監を勤めていたが、かねがね提出してあった願書が採用され、初代京都府児童福祉司に任命された。昭和二十三年のことである。私は寮監を辞し、母子寮から道路ひとつ隔てた、仏教学院の染香寮へ居を移し、そこから府の婦人児童課の出先事務所へ通勤することになった。
 この前年、私は東京で催された社会事業大会に出席した。会場の日比谷公会堂で、午前中の会議を終り、午後の休憩時間に、面会に来ていた六華園時代に知り合って以来のお付き合いの伊達得夫さんに逢った。私は、
 「このごろ、何か書いていますか」
 と問うた。
 京都にいたころの伊達さんは京大経済学部の学生だったが、文学青年だったので、おそらく作家修業をしているのだろうと思っていた。ところが、M出版社に勤めているという。
 「人の書いたものばかり読んでいると、自分が書くのがいやになりましてね。それよりぼくは最近すばらしい作家を見つけました。その人は地上のことは書かない。月とか星とか、天界のことばかり書いているのです。その人の本を近くぼくの社から出版することになっていますから、でき上がったらお送りします。感想があったら著者に手紙を出してごらんなさい。返事をくれますよ」
 伊達さんは易者のようにいった。そこで「稲垣足穂」の名を、初めて聞いた。」
「その年も、秋の終りごろ、私は東京へ出張した。
 用件が済んで、下落合の伊達さん宅を訪ねた。
 「稲垣先生にお逢いして見たいのですが……」
 先生を東京の知己の一人ででもあるようにいうと、伊達さんはちょっとあわてたふうだった。それでも、
 「お逢いになりますか。それではそうしましょう」
 と、決心したかのように立ち上がった。
 雑踏の街へ出て、人波をかきわけながら大股で歩く伊達さんにおくれないように、私は小娘のように弾んだ足どりでついて行った。
 ウイスキーを一本手土産に、グランド坂上だという旅館を訪ねると、先客があった。
 先客の、清らかで賢そうなお嬢さんを相手に、あるじはひどく速度の早い口調で話し込んでいた。伊達さんから伝えられていたところでは、ひっそりした一人暮らしの、気むずかしい学者風の人を想像していたイメージはくずれて、若やいでさえ見えた。
 毛糸のベレー帽をかぶり、くたびれた褐色の国民服を着ていたあるじの身辺も、このお嬢さんが坐っていると、なんとなくはればれとした感じだったが、私はちょっと意外な気がした。小説家といわれる人のもとへはこのようなお客さまもあるのだろうと、意外さを訂正しながら坐った。
 伊達さんが私を紹介すると、
 「あ、それはどうも」
 と、それだけの言葉だったが、きちんと坐った腰の低い挨拶ぶりに、律儀で几帳面な一端がうかがえたようだった。
 先客と私たちの間にわけへだてなく、訪問者たちが口をはさむ余地のないあるじの一人語りがつづいた。話のなかには“公教要理”という言葉が、幾度か出ていたことで、私はこのお嬢さんとは教会のお知り合いではないかと、私なりの見当をつけた。
 私が部屋のなかをあらためて見回すまでもなく、これといった調度品などは見当たらなかった。ただ一つ異様に感じられたのは、部屋の片隅に大きな望遠鏡が、人造人間の従者のように据えられてあったことだった。
 折りを見て、先客より先に私たちは辞して外へ出た。伊達さんは、
 「あの先生のお話わかりましたか?」
 「半分ぐらいはね」
 「初対面でそれだけわかったら、たいしたものですよ」
 「どうして暮らしていられるのですか」
 「作家ですからね、そりゃあ原稿料なんですがね。毎月一、二篇の短篇は発表しているので、それらが適当な収入にはなっているはずだけれど、それがみんなアルコールにかわってしまうのです。人から飲ましてもらうこともあるようですが、お金がはいると人の分もみんな払ってしまったり、“先生”のつけにされたりで、身の回りの道具類がふえたり服装がかわったりすることはないのです」
 そして――
 「五十人の不良少女の面倒をみるより、稲垣足穂の世話をしたほうが、日本のためになりますよ」
と、伊達さんはつけ加えた。日本のためにとは、おかしな表現だったが、私は「なるほど」と、深くうなずく気持だった。」

「イナガキから 〈十月十四日〉
 拝復 その後お手紙三つのうち、こんどの便りは木犀の香りがして、ぼくに昔なつかしさを覚えさせました。
 それは、あなたのまだごらんになっていない『星は北に拱くの夜の記』という小短篇にちょっと書き入れてありますが、僧院の木犀でなく、私たちのミッション・スクールの近所にある大きな木犀の並木についてのお話です。
 甘ったるく、しかし決して甘えているのでなく、どこか、隠密な雰囲気があって、彼岸への憧れをそそり立てるものが、木犀の香りの中に存すると思いますが、どうでしょう。
 モーパッサンの『女の一生』の主人公が、おしまいの場面に、すなわち、ふたりの老婦人が小春の日をあびて、庭先で編針か何かを動かしている。他の一方は彼女の昔からの忠実な乳母なのです。その乳母はこう申します。
 「奥さん、人生ってそんなにうれしいところでもなければ、かといって、そんなに悲しいところでもありませんね」
 これはギュイヨン夫人の述懐にどこか似ています。しかし、この人生に対する「ひとまず否定すること」を通りぬけて、そこに初めて人生の全的肯定が生まれるように考えられます。
 ショウペン・ハウエルは、世人の知るごとく厭世論の大家でした。しかしニイチェが彼に感動したのは、どこにあったのでしょう。孤独、絶望、断念、この三つの大敵をショウペン・ハウエルがよく堪えて辛抱し、「聖なる人」の救いを発見したからです。否定と肯定は、同じものの両面にすぎぬようです。
 「その生涯をあげて、虚空を掴まんとせし者、この所に眠る」
 これが、ぼくの考えた自分の墓碑銘です。でも、呑気に眠るなんていうことはできませんね。ならば、ぼくは百年後には、ピカソのような芸術家になっているはずです。」

「稲垣は昼間、私たちが学校や職場で出たあと、食事時と近くの銭湯へ行く以外は、寝床のなかで暮らしていた。
 しかし、寝床とは夜の睡眠時か病気の時に用いるものだという考え方から、松本さんたちは心配顔で尋ねた。
 「先生は、寝床から離れないようですが、どこか身体の具合でも悪いのではありませんか」」

「私が稲垣に話しかける。
 「いま、何時かしら」
 「時計をごらんになったらいいでしょう」
 「あの字、どう書くのでしたかいな」
 「字引きをごらんになればいいでしょう」
 「ベース・アップがありましてね、月給が上がったんですよ」
 「〇が一つ増えようが減ろうが、そんなことはぼくには関係ありません」
 うちでは人並みの世間話は禁物であった。」
「「だいたい、人間は言葉が多過ぎますよ。――よいお天気ですね。――ほんとによいお天気ですね。お天気がどうしたんだ! ぼくは、天気のよいのは、いわれなくともわかっとるわい――」
 「そんなことでは世のなかは渡れませんわ。ひがんでるみたいですなあ」
 「ぼくの母親も――たるほ、おまえのようなこと誰もいわせんわ、うそや思うたら隣近所で聞いてみい――といいよった。ひがんでいるから文学なんてするんですよ。
 世にうるさきは人の訪れ
 とはいうもののおまえにあらず
 世に嬉しきは友の訪れ
 とはいうもののおまえにあらず
 これは内田百閒の言葉だが、これは“とはいうものの”などと逃げているよ。ぼくは客が来たら真っ向から打ち伏せる」」

「「自分は別に猫好きではなかったが、自分の行き詰まりのとばっちりで、二度にわたって子猫に手をかけたことがある。だから、機会があるごとに、自分はその償いをしなければならない」
 宇治では、十二月中旬お寺の古井戸へ落ちた猫を助けるために、稲垣はその井戸へ飛び込んだ。」

「「ごはんを食べるくらいに時間をかけることはない。ぼくはいっそ、おむすびをこしらえてもらって、それを便所へ持っていって、直接落としたら、手っ取り早くてよいと思うくらいや」
 食べることがわずらわしいというふうである。
 「つまりぼくは、肉体に関することは嫌いなんだ。(中略)女の人は肉体には関心が強い。(中略)彼女らは病院通いが好きだ。
 ぼくは、困って死んだっていいと思っていた。死体を病院へ売ったら二十円か三十円くれる。それで始末してくれといったことがある。このごろは、死ぬ三日まえあたりから棺桶のなかにはいっておこうかと思っている。
 いまは警察がやかましくて、鴨川へ捨てるわけにはいかんだろうから密葬にして……、葬式はね、死顔をみてもらって、香典がわりに五百円おいてもらう。撮影は千円」
 「そんなわけには」
 「なあに、ぼくはいつまでそんなとこにおらいや、五色の雲が迎えにきて……いや北方から黒雲が、もくもくとわき上がってくるかも知れん。――ぼくのことを尋ねる人があったら『さあ、おととしの春ごろでしたかいなあ、あの人が死んだのは』といえばよい」」




こちらもご参照ください:

伊達得夫 『詩人たち ユリイカ抄』 (平凡社ライブラリー)







































































『稲垣足穂全集 第十三巻  タルホ拾遺』

「もともと私はクジ運に縁がない。失敗つづきだというのでないが、「よかった」とか「うまく行った」とか、特に便宜を与えられたとかいう例が殆んど無いのである。(中略)いつどこでも自分は「あと廻し」であった。こうなると、(中略)自分には初めから無形の大クジが当っているのだと考えるより他ない。」
(稲垣足穂 「反賞金的文学の弁」 より)


『稲垣足穂全集 第十三巻 
タルホ拾遺』

Classiques de Inaguaqui Taroupho 13

筑摩書房 2001年10月25日第1刷発行
503p 索引8p 目次4p 
20.2×14.2cm 
並装(フランス表紙) 本体カバー 函 
定価5,400円+税
編者: 萩原幸子
装幀: 吉田篤弘・吉田浩美(クラフト・エヴィング商會)

月報13 
8p 18.7×11.7cm
タルホの葉巻箱: 最後のノート The Last Note Book
タルホ・ヴァリアント・セレクション: 瓶詰奇談(抄)(初出「新青年」昭和2年10月号)
星の声(萩原幸子): 最後の日々
 


本全集「凡例」より:

「一、本全集は、稲垣足穂自身が昭和四十三(一九六八)年に作成した目録を基本に編んだものである。
一、改題、増補、改作、合併、編入、改訂をくり返した作品については、その経過を巻末の「解題」で明らかにし、本文には基本的に最終稿とみなされる作品を収録した。」
「一、『稲垣足穂大全』(中略)に稲垣足穂自身が追加訂正を書き込んだものについては、それを最終稿とした。
 また、『大全』以後の『増補改訂 少年愛の美学』にも、刊行後大幅な加筆訂正がなされており、それを最終稿に、「ロバチェフスキー空間を旋りて」は大幅に加筆訂正した生原稿を最終稿とした。
一、表記は、原則として、新字、新かな遣いとした。」



本書「解題」より:

「本巻に収録した作品は、以下の三種類にわたるものである。
○本全集第一巻から第十二巻までの収録作品決定後に発見された単行本未収録の作品。
○最終改訂作を本全集に収録した作品のうち、初出の作品、または改訂を繰返した途中の作品が、ひとつの別個の作品と考えてもよいと思われる作品。
○(中略)他の作者による作品を下敷きにして書かれたもの。」



目次:

聞いて貰(もら)いたい事
シガレット物語
香炉の煙
如何(いか)にして星製薬は生れたか?
「文党」への手紙
忘れられた手帖から「身辺雑記」
地獄車
ライオンと僕
風呂
白衣の少女
ポンピィとロビングッドフェロー
塔標奇談
芭蕉葉(ばしょうは)の夢
神戸の VARA
緑色の記憶
青い壺(つぼ) Ein Marchen
東洋更紗
夢の中の紳士
円錐帽(えんすいぼう)氏と空罎(あきびん)君の銷夏(しょうか)法
荒譚(こうたん)
オールドゥヴル
大阪の島津さん
     ☆
明治飛行器ノゥト 付・活動写真
花月ファンタジア
松帆浦物語
稲生家=化物コンクール――A CHRISTMAS STORY
梵天(ぼんてん)の使者――谷崎潤一郎からのコピー
ジッドの少年愛論
バートン男色考からの摘要
宮武外骨の『美少年論』
多留保判男色大鑑
武石道之介航海日誌
武石浩玻在米日記
     ☆
小文
『作家』選評など
アンケート

解題 (萩原幸子)
年譜 (萩原幸子)
全巻目次
収録作品索引




◆本書より◆


「シガレット物語」より:

「空を切り取る人

いろんな形をした雲のある空や、ところどころ白雲に彩られた空や、夕方の紅い美しい空や月や星のある空や、そんなものを自由自在に鋏で切って、自分の家の壁に張りかえさしかえている人があると云うので、びっくりしてその家を見に行ったら、なあんの事だ、その男とは、青天井の下に住んでいる法螺(ほら)吹きの乞食(こじき)であった。」

「怠け者

Rは街を歩く時、方々を見るのが面倒くさいと云うので、首からいつも青いリボンで小さな円鏡を胸にたらしていて、それを片手に持ちながら(他の手は勿論(もちろん)ズボンのポケットに突ッ込んだままだ)後から来る自動車や、横から来る人や、ショーウインドーや、頭の上の看板や、その上にある空の雲などを、うつして見ながら歩いていた。そして、或る時などは、向うからやって来た先生にすら、その鏡のなかで挨拶したほどである。ともかく、奴(やっこ)さんはそれくらい怠け者だと云ったらちょうどいいだろう。」



「稲生家=化物コンクール」より:

「夜になって家鳴は間遠になったが、何処からか遥かに尺八の音が聞えて、程なく虚無僧(こむそう)が一人はいってきた。すると次々と現われ、それぞれの姿勢を採った居間一面の虚無僧になった所、やがて自分が寝ている周りにみんなが寝転んでしまった。」
「平太郎物語の虚無僧の件を澁澤龍彦君に聞かせると、彼は大へん興がった。澁澤ばりのものが確かにあるようだ。徒然草第百十五段に宿河原における ぼろぼろ たちの果し合いが紹介されているが、虚無僧というものは何か怪しげで、幽霊臭い。彼らが浄土へ行くか、地獄へ堕ちるかは実に一管の尺八の音色に懸(かか)っている。竹の内部は赤い漆(うるし)塗りだが、中には鉛を巻き込んでいる者も居ると云う。鳴滝の妙光寺は以前普化宗の道場だったので、此処にある梵論字の墓には、花の代りにビロード苔が敷き詰められていて、水を撒(ま)いていつも湿らせておくのが供養になっているのだそうである。それは日光でなく、月光を吸わせるのが目的のように私には考えられる。」



「ジッドの少年愛論」より:

「なお台本として伊吹武彦氏訳文を使ったことをお断りしておく。」
「そうこうするうちに、みんなが騒いでいるような事柄は、実は自分には何の魅力もないのだ、ということを認めないわけにいかなくなってきた。(中略)自分のような人間が世間にはざらにいるということには未だ思い及ばなかったものだから、気取られぬための陽気とふざけ……思い出してもゾッとするくらいだ。その傍(かたわ)ら、ずいぶん本を漁(あさ)った。ガリアニ師がエピーネ夫人に宛(あ)てた手紙の中に、こんな文句を見つけた。曰く、要は癒(いや)すことでなく、病と共に生きることです!」」



「『作家』選評など」より:

「もう一ぺん、ツァラのダダ定義を借りることにして――
 文学は如何なる原理にも依拠しなかった。それは一つの抗議に他ならなかったのである。ポエージとは、人が自分の中に持っているある量の人間性、生命因子を伝達するための一つの手段に他ならない。
 だから、このような文学は(原則としては)公認であっては不可(いけ)ないものなのである。文学は無限に否認し続けねばならない。ところで、「一切の反文学は自働的に文学になる。あらゆる反芸術は公式主義に変貌する」から、油断がならない。私自身としては、「パタン」でない、「オブジェ」としての文学をいまも昔も念願している。」


























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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