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稲垣足穂  『覆刻  第三半球物語』

「あの坂も九時から十一時までが出さかりでせうな 十二時になるとめつきりさびしくなり しまひおくれの夜店のアセチリンの灯が一つ二つだけになります 一時? 二時頃にとほつてごらん 星がいろんなものに化けてうろついてゐますよ」
(イナガキ・タルホ 「坂の怪異」 より)


稲垣足穂 
『覆刻 
第三半球物語』



沖積舎
平成24年11月19日 発行
7p+71p+6p 
別丁図版(カラー)4葉
B6判 丸背紙装上製本
本体カバー
貼函 外函
定価3,990円(本体3,800円)
外函デザイン: 秋山由紀夫


「覆刻にあたってはほぼ原本通りとした。」



イナガキタルホ著『第三半球物語』、金星堂版(昭和2年3月刊)の復刻です。
本書はバーゲンブックで出たときに買いそびれていたのですがアマゾンマケプレで2,220円(送料込)で売られていたので注文しておいたのが届いたのでよんでみました。



稲垣足穂 第三半球物語 01



稲垣足穂 第三半球物語 02



稲垣足穂 第三半球物語 03



CONTENTS:

バーの一夜
Aの壁紙
ガブト蟲にやられた話
The Mysterious Catcher
That's nothin'
何もすることのない男の話
へんなオモチヤを貰った話
不思議なボール紙の筒に就て
インキを飲んだ話
潜航艇爆沈
馬をひろつた話
追つかけられた話
北郊奇談
土星とオートモービル
ペツケル博士とチヨウチヨ
張紙事件
北極星に油をさした話
星の病院
夜がもえた話
口のなかへネヅミをねじこまれた話
A Trad Mark
天文臺
へんなところを突きぬけた話
三日月をまはす機械
コニヤックに醉つぱらつた男の話
月へ行きそくねた男
坂の怪異
星同志が喧嘩したあと




稲垣足穂 第三半球物語 04



稲垣足穂 第三半球物語 05



◆本書より◆


「Aの壁紙」:

「Aは月のない夜長い梯子を空にかけ 好きなところの夜空をハサミで切り取つて自分の家の壁にはりつけた それで電燈を消したAのまはりには チカチカピカピカと米國星條旗のやうな涼しい星がきらめき Aはもうバルコニーに立ちつくす必要もなく その部屋に寢ながら銀河のなかに住むことができた 五ヶ所ばかり矩形に切りぬかれた空のむかうに何が見えたかといふことは聞きもらした」


「何もすることのない男の話」:

「何もすることがないと云つてかけ聲もろ共空中にとびあがり 二メートルばかりの高さのところで晝寢をはじめた」


「星の病院」:

「靑い夕景のなかを走りつゞけた馬車は 落葉ちりしいた並木道を行きつくしてつきあたりの白い門へはいりました 云はうやうもない花やかな電氣が奧へつゞいた廊下にてりはえてならんでゐましたが ひろい建物はひつそりとしづまつてゐます 白い着物をきて啞のやうにものを云はぬひとが出てきて きれいな電氣のともつた相かはらず人氣のない廊下や階段をまがりくねつたむかうにあつた部屋へ私を案内しました ベツドと圓テーブルのほか見るものもない部屋には たつた一つ西向きの窓があいてゐましたが そこから目につくのもさびしい丘と林のつらなりばかり ともかく落ちつくことにしましたが 次の日になつてもその次の日になつても病院中はひつそりして ドクターもこなければクスリもはこばれません はじめに出てきた白い服の物を云はないひとが食事をもつてくるだけなのです こんなことで病氣がなほるのだらうかと私は退屈のあまり長い廊下をあるき 庭へ下り 垣をぬけてあるいてみましたが やはり人影なんか一つも見あたりません をかしな氣持で二三日さらに五六日がすぎたある夕べ ベツドにこしかけて窓の外を見てゐた私は ふとその丘と林の上の空にキラめいてゐる宵の明星に目をとめました そして いつもこんな夕べ 見るともなくこゝから見つめてゐたきよらかな光に胸をつかれるやうに思ひあたつたのは こゝはたゞかうしてこの星をながめることによつて病氣をなほすところではなかつたらうかといふ一事でした 次の朝 私はずつと快よくなつてゐる自身を見出し さらに二三日 すつかりよくなつて退院することができました」


「坂の怪異」:

「あの坂も九時から十一時までが出さかりでせうな 十二時になるとめつきりさびしくなり しまひおくれの夜店のアセチリンの灯が一つ二つだけになります 一時? 二時頃にとほつてごらん 星がいろんなものに化けてうろついてゐますよ それがなか/\面白いのです あたまの上へフワ/\と消えのこりの花火のやうに紅いやつが降りてくると だしぬけにツーとプラタナスの梢をかすめてレンガの上に落ちる とたんにパツと黄いろいけむりが立つたと思ふと そこからブリキの機關車が走つてくる 追つかけてつかまへようとするうちにパツとなくなり こんどはアートペーパーの蝶がヒラ/\とび出す かと思ふと積木細工の馬にまたがつた兵隊が足なみそろへて出てくる 靑いバラの花が輪形に咲きみだれるセルロイドのヒコーキが追いひつ追はれつ インメルマンやトンノーを演じて空中戰をはじめる 大きなキノコがニヨキ/\と生えて柵をつくつてしまふ――こんなことだけならおなぐさみですが この間の晩なんか まだ人がこみ合つてゐる最中に 二フイートほどもあるホーキ星が あの かどにあるガラス器具の店へ とびこんだものです さあ巡査がくる 黑山になる シヨーウインドや戸棚をひつくり反してみたが どうしても見つからぬ そのうちに 手のとゞかぬ棚にならんでゐた香水瓶の一つが紅くそまつてゐるのに氣づいたのです 巡査がさつそくそいつをねらつて ピストルを一發くらはすとキヤツといふ聲もろ共にとび出しました それが逃げるはづみに 店さきに押し合ひをしてゐた子供のあたまをかすめてやけど(引用者注:「やけど」に傍点)をさせたのでさわぎは輪をかけ 一時は自動車も止りましたよ この上の方に住んでゐるCつていふ人も おそくなつてあそこへきかゝると 横合からまあ數しれぬビール瓶が觀兵式のやうに整列してやつてくるのでとほることもできないのださうです とはうにくれたが 目の前を横切つて行く行列がいつまでたつてもつきないので そら歩道の修繕のためにつんであるレンガを五つばかり取つて投げつけたんですつて するとそのおびたゞしい瓶がみんな星になつてスーツとまひあがつたのは 面白いよりきれいより物すごかつたので うしろも見ずに逃げて歸つたと云ひます だから あしこは夜がふけると 女や子供にはそりや危ないのです それにこの頃は公園で花火をあげてゐるでせう それにまぢつていつくるかしれないやうにして まだ宵の口からポツ/\下りてくるらしいのです 何でも六月から今まで あの坂で星にオモチヤやお菓子を取られた子供が三百人もあり 怪我をさせられたのがそれでも五十人は下らないさうです そんなわけで警察の方も一生懸命に手をつくしてゐるが 何を云つても みんなガスのともつたシヨーウインドーや 香具師の口上に氣を引かれてゐるのを見はからつてふいに下りてくるのだし それにどうされたからと後になつてさわいでも 相手が空の星じやすべがないから 御婦人や子供は なるべくあまりおそくならぬうちにおかへりになるやうにしてもらひたい とさうあのかどの交番にゐるチビ髭のおまわりさんも云つてゐました」



稲垣足穂 第三半球物語 06



稲垣足穂 第三半球物語 07



稲垣足穂 第三半球物語 08



稲垣足穂 第三半球物語 09



稲垣足穂 第三半球物語 10






こちらもご参照ください:

稲垣足穂 『覆刻 一千一秒物語』
たむらしげる 『フープ博士の月への旅』
ロード・ダンセイニ 『短篇集 妖精族のむすめ』 荒俣宏 編訳 (ちくま文庫)
『安西冬衛全集 第一巻 詩集』

































































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稲垣足穂 『覆刻 一千一秒物語』

「或る晩
月の影さすリンデンの並木路を口笛吹いて通つて行くと
エイツ! ビユン! と大へんな力で投げ飛ばされた!
それだけだつた 話はね」

(イナガキタルホ 「或る晩の出來事」)


稲垣足穂 
『覆刻 
一千一秒物語』



沖積舎
平成19年11月21日 発行
174p 
B6判 丸背紙装上製本
本体カバー
貼函 外函
定価5,040円(本体4,800円)
外函デザイン: 秋山由紀夫
外函装画: 梅木英治

栞 (2p):
「『一千一秒物語』の倫理」(稲垣足穂)


「覆刻にあたってはほぼ原本通りとした。」



イナガキタルホ著『一千一秒物語』、金星堂版(大正12年1月刊)の復刻です。
本書はバーゲンブックで出たときに買いそびれていたのですがアマゾンマケプレで1,940円(送料込)で売られていたので注文しておいたのが届いたのでよんでみました。



イナガキタルホ 一千一秒物語 01



イナガキタルホ 一千一秒物語 02



本書栞「『一千一秒物語』の倫理」(稲垣足穂)より:

「私の其後の作品は――エッセイ類も合わして――みんな最初の『一千一秒物語』の註である。」
「私は、自分が玄人だなどと夢にも思っていない。玄人になっていたら、そうなった瞬間から、自分の書くものはよし「文学的」ではあっても、どこにも「文学」であることを止めてしまったに相違ない。チェホフとかの、批評家に対する言葉として憶えている。「この二十五年間、一つとして価値ある指示なく、善い忠告を聴いたことがない。只、スカビチェフスキーが印象を残した。こんなものを書いていたら、おしまいには酔態のままで人家の塀の下で死ぬだろうと。」
 芸術家に限らない。人間とは、その純粋な部分では、塀の下で死ななければならぬものなのだ。(中略)「このアトム化とハグルマの時代にロビンソン・クルソーになるためには、怠惰と失敗のほかに何の手段も無い」―—『成功しない秘訣』の著者はいうけれど、相当に水増しした云い方だ。そもそも私が思うのに、現代にあって何が最も欠けているかといえば「否定」の精神である。それも絶対的な歴史否定の立場である。」




イナガキタルホ 一千一秒物語 03



カバー文:

「勸誘!!!
コゝア色の藝術の葉を最も
手輕なものにしやうとペーパーに卷い
てみたのがこの新らしい煙草である
どんな味がするか? ためしに
一本吸つて見給へ!」




イナガキタルホ 一千一秒物語 04



イナガキタルホ 一千一秒物語 05



イナガキタルホ 一千一秒物語 06



CONTENTS:

INTRODUCTION (佐藤春夫)

月から出た人
星をひろつた話
投石事件
流星と格鬪した話
ハモニカを盗まれた話
或る夜倉庫の蔭で聞いた話
月とシガレツト
お月さんと喧嘩した話
思ひ出
MURMUR
月光鬼語
或る晩の出來事
THERE IS NOTHING
SOMETHING BLACK
黑猫の尾を切つた話
突き飛ばされた話
はね飛ばされた話
押し出された話
キツスした人
霧に欺まされた話
ポケツトの月
嘆いて歸つた者
雨を撃ち止めた話
月光密造者
彗星を取りに行つた話
星を食べた話
AFAIRE OF THE CONCERT
TOUR DE CHAT NOIR
星か? 花火か?
自分を落してしまつた話
瓦斯燈とつかみ合ひをした話
星でパンをこしらへた話
星に襲はれた話
果して月へ行けたか?
水道へ突き落された話
月を上げる人
MAN OF THE MOON
ココアの惡戯
月のサーカス
MOON RIDERS
煙突から投げこまれた話
停電の原因
黑猫を撃ち落した話
蝙蝠の家
散歩前の小話
THE BLACK COMET CLUB
友達がお月さんに變つた話
見て來たやうなことを云ふ人
フクロトンボ
辻強盗
銀河からの手紙
THE WEDDING
自分によく似た人
眞夜中の訪問者
ニユーヨークから歸つて來た人の話
月の客人
何うして彼は醉よりさめたか?
THE GIANT-BIRD
黑い箱
月夜のプロジツト
赤鉛筆の由來
土星が三つ出來た話
お月さんを食べた話
お月さんが三角になつた話
星と無賴漢
果してビール瓶の中にホーキ星が入つてゐたか?
何うして彼は煙草を吸ふやうになつたか?
MOON SHINE




イナガキタルホ 一千一秒物語 07



◆本書より◆


「星しげき今宵、コメツト・タルホは
敬愛する紳士淑女諸君に向つて
かくの如き數々の小話を語らうとする」



「思ひ出」:

「柔らかな春の月が中天にかゝつて 森や丘や河が靑く霞んでゐました そして遠くの方に岩山の背が光つてゐました
そこら中一面に 月の光がシンシンと降り注いで ずつと遠くの遠くの方から トンコロピーピー と笛の音が聞えて來ます それは悲しげな なつかしい調子で 聞えるか聞えないのかわからない位に かすかに傳はつて來ます 耳をすますと その笛の音につれて 恨むやうな 嘆くやうな 悲しむやうな聲が 何か歌つてゐるやうですが 何を云つてるのかちつともわかりません
トンコロピー…………ピー…………
笛の音がすると 月の光が一しきり シンシンと降り注いで來ます すると
「多分こんな晩だらうよ――」
何處からか こんなつぶやき聲が聞えました
「え? 何うしたのが?」
私は驚いて問ひ反しましたが その聲は何にも答へませんでした そして只 月の光がシンシン降ってゐるだけでした
すると又 何處からともなく さつきのつぶやき聲が投げるやうに 悲しげな調子で聞えました
「多分こんな晩だらうよ――」
「え? 何うしたのが?」
私は再び問ひ反しました けれどもその聲は もう何にも答へやうともしませんでした
……………………………………………
靑い月夜で 山や丘や森が 夢のやうに霞んでゐました
トンコロピー………ピー………」



「月のサーカス」:

「總てのものがガラス箱に入つて何の音もしない深夜
遠い街燈の下を ゼンマイ仕掛の木馬が澤山走つて行くのが見えた 追つかけて行くと 公園の前の大きなテント張りの中へ入つてしまつた
幕の隔間からのぞいてみたが テントの中に何か瓦斯のやうなものが一ぱい立ちこめてゐたので その上 アセチリンの光が暗いのでよくわからなかつた それでソーと忍びこんで すかさうとすると 傍にあつた大きなトランクの下から何か黑いものが躍り出して アッと云ふ間に自分をはね倒した その刹那 テントの中が俄に混雜して 大きい貨物自動車が二三臺 凄まじい音をさせて自分の上を通り抜けて行つた………………
氣がつくと 何時の間にか皆んな居なくなつて ホテルの上に靑い月が照つてゐた そして自分は起きると 露に濡れた草の上へすはりこんで ありともつかないかすかな月の光のゆらめきを見つめてゐた」




イナガキタルホ 一千一秒物語 08



イナガキタルホ 一千一秒物語 09



「豫告
此の魔術的作家は更に香り高いエジ
プトの葉と嶄新なインド花火の多量
とを仕入れて一層精練趣向を凝した
卷煙草を製造して最近賣出さうとし
ている。何物が飛び出して諸君を驚
かせるか一本取つてマツチを擦つた
上の事である。」
























































『稲垣足穂の世界  タルホスコープ』 (コロナ・ブックス)

「星の子が行方知れず
と月なげく
天上界の夕まぐれ時
――イナガキタルホ」

(『稲垣足穂の世界』 より)


『稲垣足穂の世界 
タルホスコープ』
 
コロナ・ブックス
編集: 清水壽明 


平凡社 
2007年3月23日 初版第1刷発行
126p 
B5変形判(16.6×21.7cm)
並装 カバー
定価1,600円(税別)
装丁・レイアウト: 中村香織


「本書は、『太陽』(1991年12月号)「稲垣足穂の世界」をもとに加筆し、新原稿・図版を追加して再構成したものです。」



本書は、足穂作品の42のキーワードを主題にしたエッセイと、桑原弘明・勝本みつる・建石修志ら美術家による足穂へのオマージュ作品、関連図版、「タルホ座流星群50」(足穂関連人物辞典)によって構成されています。
本書はもっていなかったので、ヤフオクで798円(3,000円以上で送料無料)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。
浅川マキさんが「シガレット」の項目を執筆しているのが購入の動機でしたが、主にレコーディング・エンジニアの吉野金次さんの話で、足穂については一言も触れられていなかったのでびっくりしました。


稲垣足穂の世界 タルホスコープ 01


目次:

はじめに からっぽの箱から

TARUHO SCOPE
1 箱 (種村季弘)
2 郷愁 (あがた森魚)
3 ヒコーキ (堀切直人)
4 弥勒 (松山俊太郎)
5 天上 (高橋睦郎)
6 模型 (茂田眞理子)
7 シネマトグラフ (巖谷國士)
8 星 (野中ユリ)
9 天体 (楠田枝里子)
10 月 (竹宮恵子)
11 美少女 (加藤郁乎)
12 水晶 (片山令子)
13 ヒップ (谷川晃一)
14 かものはし (荒俣宏)
15 髑髏 (養老孟司)
16 科学 (寮美千子)
17 ポン彗星 (大崎啓造)
18 セイント (安藤礼二)
19 天狗 (須永朝彦)
20 少年 (川本三郎)
21 物の怪 (東雅夫)
22 イソギンチャク (蜂飼耳)
23 サドル (渡辺一考)
24 数学 (森毅)
25 三角形 (高橋宏輔)
26 菫色 (松岡正剛)
27 色鉛筆 (矢川澄子)
28 におい (村田喜代子)
29 壜 (谷川渥)
30 シガレット (浅川マキ)
31 チョコレット (白石かずこ)
32 未来派 (田之倉稔)
33 パル・シティ (中村宏)
34 人形 (山田せつ子)
35 キネオラマ (久世光彦)
36 ヴァリアント (高橋孝次)
37 電飾 (椿實)
38 童話 (高原英理)
39 薄板界 (寺村摩耶子)
40 ゼンマイ (大辻清司)
41 放浪 (龍膽寺雄)
42 桃山御陵 (萩原幸子)

タルホの鞄
1 ヒコーキ
2 フィルム
3 A感覚
4 レッテル&マーク

タルホ・ピクチュア展
TARUHO BOOKS COSMOGRAPHY
同人誌 (高橋信行)
TARUHO HISTORY

タルホ座流星群50 (大崎啓造、高橋孝次、安藤礼二、寺村摩耶子)




◆本書より◆


「星」(野中ユリ)より:

「星はなぜ美しいのか。超絶的に遠く、遥かな夜空に煌めく星。その光をみることは、逃れる術もなく、途方もない過去(の光)をみることである。そんな理屈を知るはるかに以前から、星族は、かつて我々があったところの或るものへの思い、あの「宇宙的郷愁」のみなもとだったのではないだろうか。」


「水晶」(片山令子)より:

「結晶と光沢と粗面を持った鉱物たち。それが小函に入れられて机から机へ回覧される時、少年だった彼は、いち早く接吻しないではいられなかったという。足穂はそんな少年だった。」
「こんな少年が成人し、そして親しい友人がこの世から立去るところに立ち合うことになった。水晶ときいて、すぐこの作品を思った。「幼きイエズスの春に」だ。そこには、哲学、科学、宗教学、あらゆる学問と、あの独特のダンディズムをもみんな後ろへ置いて、身ひとつで立っている足穂がいた。」
「「水晶物語」では、鉱物たちが、「人間という奴は一分くらいしか生きられないくせに……」と言うところがある。ほんとうに! でも、そのはかなさが、それゆえに結晶化していく様子を、わたしは「幼きイエズスの春に」の中に見るのだ。
 水晶とは掬(すく)っても掬っても指の間から零(こぼ)れていく水というはかなさが、きらきらと硬く永遠の形に結ばれたもの、という意味なのだから。
 少し前にそこにいた人が、ちょっと目を離したすきに、きえてしまう。これはいったい、どういうことなのだろうか。と、ふらふら考えていると、彼はふたたびダンディズムを纏(まと)って、それよりも問題なのは、「いつから此処に居るのか」なのだ、と言ってくる。
 足穂のダンディズムには、少年時代の知的快活さと幸福感がいつも向うに透けて見える。(中略)「俗人論」にあるように、足穂はすなわち、「人間性における宝石族」だったのだ。」



「セイント」(安藤礼二)より:

「身辺無一物、無所有という極限の地平で、あたかも電光に貫かれたようにはじめて脳裏に閃いた Saint 「聖者(セイント)」という五文字の言葉。どうしてもこの社会とうまく折り合うことができず、絶対の寂寥をたった一人で生きざるを得ない、寄る辺のない者たち。そのような「不思議な、世間法とは逆行しているかのような存在」こそまさに、「聖なる種族」を形づくるのである。現実の事物の彼方に、永遠を垣間見る者たち。「一瞬を永劫に」むすびつけ、「死」という概念さえ乗り越えることを可能にする「永遠の種族」、ダイアモンドとしての人間。彼らが生きるのはただ「心の国」のみである。物質世界を離れ、精神世界の「王」となった不滅の聖者たち。「弥勒」や「白昼見」に記された、場末の銭湯での、文字通り足穂的な「覚醒」の瞬間である。」


「チョコレット」(白石かずこ)より:

「はっきりいえることは足穂には他者がいないのだ。天知る、地知る、我知る、妖精知るなのだ。妖精は、ホントは、いないのだし、だがいるという仮説をたてた事により存在しているのだから仮説の作者、発案者である足穂が自分の創造、想像上の妖精の世話を最後までみなければならなくなる。」


「桃山御陵」(萩原幸子)より:

「いつだったか奥様と三人で話していた時、
 「僕は友だちのお布施で生きてきた」
 と先生が言った。
 「ようそうしてこられた」
 と、奥様は私に笑いかけながら、
 「やはり徳があるんですな」
 と、感心したように言った。」

「話しながら歩いた記憶はあまりなくて、先生がふいに口をひらかれるのだ。
 「僕の母は御飯の支度をしてくれなかった。『食べるのか』と言われれば、男は『いらない』と言う。そして地上を離れた架空にトーイランドを造ろうとした。僕は父だけの子」」

「改まった挨拶はしなくてもよいのであった。お部屋に入ると、先生はこちらを見て頷く、それだけなのだ。言っても言わなくてもよいことは、じゃまくさいし、そらぞらしいのではないだろうか。」

「先生はあいまいがきらいである。」
「そしてできるだけ正確にものを言うべきだ、と先生は思っている。
 歯医者へ行った時、
 「ちょうど一年ですね」
 と言われたら、
 「違います。一年と二日です」
 と答えて、笑われたそうである。」



稲垣足穂の世界 タルホスコープ 03


稲垣足穂の世界 タルホスコープ 02


稲垣足穂の世界 タルホスコープ 04


「新橋芸者小清」。この図版はたぶん足穂とは関係ないですが、ひょんなところでピンク・フロイドの海賊盤「Crackers」のジャケ写真の身元がわかったのは収穫でした。




こちらもご参照ください:

『タルホ事典』
萩原幸子 『星の声 ― 回想の足穂先生』
伊達得夫 『詩人たち ユリイカ抄』 (平凡社ライブラリー)
稲垣足穂/たむらしげる 『一千一秒物語』












































稲垣足穂 『【初版再録】 一千一秒物語』

「芸術とはココア色の遊戯である――トゥリスタン・ツァラ」


稲垣足穂 
『【初版再録】
一千一秒物語』


発行所: 木馬舎
発売元: 人間と歴史社
昭和62年11月15日 初版第1刷印刷
昭和62年11月25日 初版第1刷発行
262p 編集付記1p 
21.5×14.5cm 角背紙装上製本
本体カバー 筒函 
定価2,300円



本書「編集付記」より:

「本書は、稲垣足穂著『一千一秒物語』(1923年・金星堂刊)と『第三半球物語』(1927年・金星堂刊)の初版本を新かなに改め、それらを取り巻く諸作品衛星群を併載したものである。
 足穂のおびただしい数にのぼる作品群は、「一千一秒物語の註釈」として位置付けられるものであり、その理由によらばこそ、同時にそれらは目まぐるしく改訂に改訂を重ね続けられたとすれば、現在、定本とみなされている『一千一秒物語』もまた、初版の註釈としての所産であると解してよいであろう。今回の刊行物の題名が『一千一秒物語』と名付けられ、敢えて初版を底本としているのはこのような解釈によっている。(中略)付録として改訂後の異稿『一千一秒物語』および『第三半球物語』を併載したのも、改訂の際の足穂の意識を、片鱗でも味わって頂けたらと思ったからである。」



本書の口絵にあたる部分は銀紙になっています。
足穂によるデッサン3点。


稲垣足穂 一千一秒物語 01


函文:

「お星様は如何ですか?
黄色はレモン、紅はストロベリー、
青いのはペパーミントの味がいたします。
何方のお口にも合って、悪酔いなど決してするものではありません。
お土産に壜入りのお星様は如何でございます?

ある日、世界のはてから『一千一秒物語』が届いた。
ずっと以前にどこかで読んだ本、
またずっとずっと末来にどこかで出くわすような本。」

「Comet-Taroupho Planetarium
Taroupho Inaguaqui」

「「土星ってハイカラだね」
「すてきだよ」
「ほうきぼしもいいな」
「ほうきぼしもいい」
「きみ見たかい?」
「見た―君は?」
「だいぶ前だ。夜中すぎに、北寄りの東のそらの果にぼーっと
幽霊みたいに浮き出したかと思うと、また見ているうちに
薄らいでしまったので少うし怖かったよ」」



函裏文:

「あなたには、荒唐無稽には涅槃を過ぎざるを得なかった
末来人の悲しい逆説があるということが判っているのか。
それはバネ仕掛の黒猫であり、硝子製の星であり、紙袋の空っぽなウイスキー壜である。
そこにはいつも世の常ならぬ高踏と非ユークリッド幾何学式の哲学がある。」



稲垣足穂 一千一秒物語 02


目次:

一千一秒物語
第三半球物語


シャボン玉物語
香炉の煙
秋五話
タルホ五話
東洋更紗


物質の将来
螺旋境にて
月光密輸入
鶏泥棒
星を喰う村
天文台
パンタレイの酒場
空中世界
奇妙な区廓に就いて
緑色の記憶
夏至近く
イカルス


忘れられた手帖から
世界のはて
僕のオードブル
『一千一秒物語』の倫理
 
初出一覧
付録 (異稿「一千一秒物語」「第三半球物語」[二段組])


稲垣足穂 一千一秒物語 04



◆本書より◆


「さあ御食事がすみましたら
こちらの方へ集って下さい
いろんな煙草が取り揃えてあります
目録によってどれでもお好み次第に……

【月から出た人】
油絵のローデンバッハの夜に 黄いろい窓から洩れるギターを聞いていると 時計の螺旋のもどける音がして チーンと鳴るかと思っていると これは又! キネオラマの大きいお月さんが昇り出した
そして地から二呎ばかり離れたところで止ると その中からシルクハットをかむった人が出て来て白い花の上に飛び下りた オヤと見ていると煙草に火をつけて 短かいステッキをふりながら歩き出した ついて行くと並木路をズンズン歩いて行った その時 青白い路の上に落ちている木の影が大へん面白い形をしていたので それに気を引かれたハズミに 今度眼を上げると すぐその先を歩いていた筈の人が見えなくなっていた 耳をすましてみたがシーンとして靴音らしいものは聞えなかったので 元のところへ引き反して来ると お月さんも何時の間にか高く昇って 静かな夜風に風車がハタハタと廻っていた

【見て来たようなことを云う人】
「君はあのお月さんも星もみんなほんとうにあると思っているのかい?」
或る夜ある人がこう云った
「うんそうだよ」
自分がうなずくと
「ところが君そりゃ欺されてるんだよ あの空は実は黒いボール紙で それにお月さんや星型のブリキが張ってあるだけさ」
「じゃお月さんや星は何う云うわけで動くんかい?」
びっくりして自分が問い反すと
「そりゃゼンマイ仕掛さ!」
その人はこう云ってカラカラと笑った その時 ふと気付くと誰も居らなくなっていたので オヤと思って上を仰ぐと 縄梯子の端が星空へスルスルと上って行くのが見えた」



稲垣足穂 一千一秒物語 03

稲垣足穂 画 『星の勝利』。






















































































萩原幸子 『星の声 ― 回想の足穂先生』

「煙草買いに行って、お釣りをくれたので涙が出た。僕の言うことが人に通じたから」
「自由に生きるとは、おそろしい税金を払うことだ。覚悟が必要だ。負けないだけ強くなくては駄目だ」
「私も一般にくらべて変っている。変ったことを引受ける覚悟こそ必要です」

(萩原幸子 『星の声』 より)


萩原幸子 
『星の声
― 回想の足穂先生』
   

筑摩書房 
2002年6月10日 第1刷発行
116p 口絵i 目次3p 図版1p あとがき3p
18.5×13cm 丸背紙装上製本 カバー
定価1,800円+税
装幀: クラフト・エヴィング商會



著者は1925年生。筑摩書房版『稲垣足穂全集』月報連載の文章をまとめた本です。
巻頭(目次その他)と巻末(「あとがき」その他)は見返しと同じ青色っぽい用紙に印刷されています。


萩原幸子 星の声 01



帯文:

「「われわれの地平線は
無限であるべきです」
稲垣足穂と出会って50年余、
静かに刻む追想の記。」



帯背:

「稲垣足穂
没後25年に
捧げる」



昭和二十四年春、勤めていた役所を辞めた著者は、古本屋へ本を売りに行く。そこへ一升瓶を下げて入ってきたのが足穂で、

「そこの台の上に置いてあった白い本を手に取り、つかつかと私に近づきながら、
 「若い人はこういう本を読まなくてはいけない。僕は稲垣足穂です。これは僕が書いた本です」
 扉のページをひらいて見せながら、いくらか誇らしげにそう言う。私は稲垣足穂という名を知らなかったし、突然で返事も出来ないでいると、
 「いまここにないけれど、この本をあなたにあげます」
 お酒が入っている。でも無邪気に明るく、連れの人も主人も声を立てて笑い出した。」


そして急に恥かしくなった著者が店を出ると、

「その人もあとから来て並んで歩き出した。
 その時、突然、
 「ブルーン ブルーン ブル……」
 力をこめて唇をふるわせ、円を描くように右手を大きくグルグル廻す。なにごとか、とびっくりした。これが、先生得意の飛行機の爆音の口真似と知ったのは、十年以上も経ってからなのだ。」



目次:

出会い
行方しれず
宇治恵心院
宇治から桃山へ
丘上の家 その一
丘上の家 その二
受賞まで
受賞後
お伴しながら
助手を呼ぶ
きっぱり
病床で
最後の日々

あとがき



萩原幸子 星の声 02



◆本書より◆


「「――自分はいま転換期にあるので無収入だけれども、これは……と思う自信ができるまで筆を執らないことにして今日に至っている」」

「話題が暮し向きにかかわることになると、ほんの少しその話に及んだだけでも、先生は黙ってしまう。
そして、座を立って床に入り、頭から布団を被ってしまった。終始静かなゆっくりとした動作であった。」

「「麻田剛立は、生徒から届く月謝に酒肴料と書いてあると、きっとそれで肴を買ったそうだ」」

「「僕に何を言う資格があるのか」」

「何か訊ねると、先生は黙ってしまうことがよくある。すぐには答えずに黙ってしまう。
 ご自分に関しての質問には、間を置いて考え、私の問いの程度より自分にとっての正確さで、正直に本気に答えようとされたのを思い出す。」

「聞いているのか、いないのかわからない、こういう時はたびたびあって私も知っている。黙っていても聞いている。あれは先生の聞き方なのだ。その場や相手に合わせていそいで何を言うのか。」

「「今はまだ機会が来ません。そのうち先方からやって来るでしょう」」

「「そうであってもいいし、そうでなくてもいい。どっちでも同じだ」」

「「リズムを持って暮しなさい。無理をしてはいけない。ゆっくりすることだ」」

「「それで『A感覚とV感覚』を書かれた」
 「ちょっと止めようかと思ったけれど……抽象的だし……その頃ですよ、煩悶したの。A感覚いかんと思う。非常に罪ってものを感じましたね」
 「先生がそう思われたのですか」
 「やっぱりよくないからなA感覚。煩悶しましたね。いかんと思う。立派なことやないからな。(中略)」
 「でも、先生が……考えられない」
 「そうそ、反対のようなこと言うてるからね、だけどいかんと思う。立派なことやないからね」」

「「きちんとするな、きちんとすると死んでしまう。やりっ放しでなくてはいかん」」

「「僕は飛行機を書いている時がいちばん楽しかったな」」

「「わからないことは、わからないままでいい。それはそのまま放っておきなさい」」

「「われわれが現にここにいるのは、無限に死んだり生きたりしてきたからここにいるのではないか」」

「「木や石は一生そこを動かないで生きている」」

















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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