『馥郁タル火夫ヨ ― 西脇順三郎』 (神奈川県立近代美術館 1994年)

『馥郁タル火夫ヨ
― 西脇順三郎
Junzaburo Nishiwaki (1894-1982)
生誕100年 西脇順三郎 
その詩と絵画』


編集・発行: 神奈川近代文学館・財団法人神奈川文学振興会/神奈川県立近代美術館
制作: 大塚巧藝社
1994年
136p 
27×20cm 並装(フランス表紙)


主催: 神奈川近代文学館・財団法人神奈川文学振興会/神奈川県立近代美術館
後援: 小千谷市教育委員会/朝日新聞社/神奈川新聞社
会期: 1994年(平成6)5月28日(土)~7月3日(日)
会場: 神奈川県立近代美術館

 

西脇順三郎 馥郁タル火夫ヨ 01


目次:
 
開催にあたって
 
無類の詩人 (粟津則雄)
煙っている光線 (飯田善國)
詩人西脇の孤独 (中村真一郎)
マージョリとの出会い (西脇緑)
昭和十年代の西脇順三郎 (那珂太郎)
詩集『失われた時』 (江森國友)
『壤歌』・天体的意識のパーカッション (渋沢孝輔)
晩年の西脇さん (飯島耕一)
西脇絵画の透明感 (岡田隆彦)
画家としての西脇順三郎 (池田満寿夫)
文学部門 (解説・新倉俊一)
 馥郁タル火夫ヨ 1894―1934
 幻影の人 1935―1949
 豊饒の女神 1950―1962
 永遠の旅人 1963―1982
美術部門 (解説・橋秀文)
詩 (粟津則雄・選)
画論 (酒井忠康・選)
著書目録・美術関係文献目録 (新倉俊一・編)
年譜 (新倉俊一・編)
出品目録 文学関係/美術関係
展覧会協力者



西脇順三郎 馥郁タル火夫ヨ 02


西脇順三郎 馥郁タル火夫 06


「マージョリー・ビッドルと結婚
1924年(大正13)7月25日、イギリス人で6歳年下の画家マージョリーと結婚。」


「マージョリー(1900―1988)
ロンドン大学で美術を学んだマージョリーは、来日後挿絵や装幀の分野で活躍、二科展会友にも選ばれた。また文化学院で教鞭を執り、英語と美術を担当した。1932年に離婚、戦争前に帰国した。マチスを思わせる色彩豊かな作品を描いた。」



西脇緑「マージョリとの出会い」より:

「今から十二年前の早春、(中略)私は英国にマージョリを訪ねる機会に恵まれた。なだらかな丘陵が延々と続くハンプシャーの田園風景の中にぽつんと存在する小さな村、ハーストボーン・タラントでマージョリは晩年を過し、亡くなった。母の死を報告したのをきっかけに手紙のやりとりが続いていたので、旧友に会う感じでマージョリは私を温かく迎えてくれた。
 背はそれほど高くないが、骨組のしっかりした、男性的な体つきで、若い頃美人であったと思わせる顔だちは力強かった。幾重にも変化した人生を見て来た眼差しは同時に鋭くもあり、優しくもあった。白髪に真紅のカーディガン、同色のスラックスという出で立ちは無意識に画家の色彩感覚を伝えた。この頃父はどんな物を朝食に食べるかと聞かれて一瞬拍子抜けしたが、彼女は時には懐かしそうに、時には急に活気を持って昔の話をしてくれた。
 「お互い、一目惚れだったのよ。」正にドラマティックな開幕である。ロンドンの中心、ピカデリーサーカスにある、カフェ・ロワイヤールでの出来事であった。この劇的な場面に関して、父の方では父特有の軽べつ的沈黙を守ったに相違ないが、彼女としては、部屋の反対側にいた、文学青年のグループの中に父を見出し、この人以外にない、と心に決めたそうである。」



西脇順三郎 馥郁タル火夫 07


「慶大の学生たちと
1925年11月に帰国した西脇は、翌年4月慶大文学部教授に就任した。ソフト帽に鼻めがね、ニッカボッカにステッキという英国紳士風の出立ちで異彩をはなった。」



西脇順三郎 馥郁タル火夫 10


「四月の寓話」詩稿。


西脇順三郎 馥郁タル火夫ヨ 04


西脇順三郎 馥郁タル火夫ヨ 05


ちらし:

西脇順三郎 馥郁タル火夫ヨ 01

西脇順三郎 馥郁タル火夫ヨ 02



こちらもご参照下さい:

『永遠の旅人 西脇順三郎 詩・絵画・その周辺』 (新潟市美術館 1989年)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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西脇順三郎 『詩の歓び』

「いや、あまりにセンチメンタル……おそらく自分が、病的なセンチメンタルみたいなものを持っているからだかもしれないけれども、そういうものに反発するのかもしれません。」
(西脇順三郎)


西脇順三郎
加藤郁乎/鍵谷幸信/窪田般弥/那珂太郎
シンポジウム 
『詩の歓び』


徳間書店 
昭和45年6月24日 初版第1刷印刷
昭和45年6月30日 初版第1刷発行 
290p
四六判 並装(フランス表紙) ビニールカバー
定価880円
装幀: 道吉剛

「このシンポジウムは昭和四十四年十一月、東京紀尾井町・福田屋で行なわれた。」



本書は西脇順三郎の詩篇「天気」「雨」「太陽」「馥郁タル火夫」「世界開闢説」「旅人かへらず」「近代の寓話」「プレリュード」「失われた時」「最終講義」「田園の憂欝」「野原の夢」をめぐって、英文学者の鍵谷幸信、俳人の加藤郁乎、詩人の那珂太郎、仏文学者で詩人の窪田般彌が、作者である西脇順三郎を中心に雑談する本です。

本文二段組。


西脇順三郎 詩の歓び


目次
 
ことばの衝撃力
玄の思想
永遠の転位
消滅への情熱
ポイエーシスによる夢




◆本書より◆


西脇 (中略)まず古代篇という、大体名前をつけたのは、(中略)私は大体古いものがわりあいに好きだったものですから。古いといっても日本のものは入らないんですけど、ヨーロッパの古いことなんですが、(中略)どうしても私のギリシャ文学に対する態度は、一つの古代として見ているので、(中略)どうしても原始人という立場で、いつもギリシャ人を見ようとしておるんです。(中略)不幸にして(中略)もうすでに文献に残ってるようなギリシャ文学ってものは、実はあまり、私の考えてるような原始人がないんですね。ないけれども、それを私は無理に原始人というふうにしたのかもしれませんが、とにかく、一般の、いわゆるヨーロッパの古典学者が考えてるようなギリシャ文学とは、非常に違うんです。」
「『ギリシャ詞華集』という、ギリシャの大衆文学の残したものがあるんです。それはたとえば、外国じゃ、石碑にちょっと書くのは諧謔が入ってますね。日本みたいに人情的な石碑はないんです。そういうことが非常に面白いんで、アンソロジーを非常に読んだ結果なんですけれども、「天気」とか「雨」とか「太陽」はね。(中略)「天気」というのは、古代篇の序説として書いてあるわけです。(中略)ですから「神」ということが、非常に大切になるわけです。原始人というのは「神」ということはひとつの生命なんですから、みんなアニマーを非常に信じた時代ですから、何でも神に見える。「存在」といったら「神」というような意味になるわけです。(中略)人間でないもの、みんな神というわけ。(中略)近代人の「神」という考え方は、キリスト教的な神と、すぐなるんですけれどもね、しかし私のいう「神」というのは、古代人の考えている神の意味なんです。」

「太陽

カルモジインの田舎は大理石の産地で
其処で私は夏をすごしたことがあった
ヒバリもいないし 蛇も出ない
ただ青いスモモの藪から太陽が出て
またスモモの藪へ沈む
少年は小川でドルフィンを捉えて笑った」

鍵谷 「カルモチン」という睡眠薬がありましょう。
 西脇 で、イタリアでミケランジェロが彫刻に使った石材の産地というのは、「カルラーラ」といい、「カル」の音だけは似ているんですよ、「カルモジイン」と。「カル」だけ似ていて、「カルララ」というとあまり露骨になるから、あまり明らかだからおもしろくないので、そうかといって「カル」まではどうしても書くつもりだったから、そうすると「カルモチン」というようになって、(笑)「カルモチン」というとまた悪くとられるから、で、「カルモジイン」と濁らせただけです。
 那珂 でも、「カルモチン」というのは、白い結晶の粉末でしょう。だからやはり大理石のイメージと結びつきますよね。ぼくはそれに驚いたんですけれども。
 西脇 有名な大理石の産地というのは、「カルラーラ」で有名ですけれども。いまでも世界的な大理石の産地ですよ。いまのルネッサンス、十五世紀から、寺院がたくさんできて、みんな「カルラーラ」から産しているんです。
 鍵谷 先生は、これについては、あるところで書いておられるんです。こういうことはあまり先生、なさらないのだけれども、「自作のうちあけ」ということをいわれて、
  『「太陽」という詩は、オセアニアという海岸のある孤島の風景を描きたかったのである。少年連中が裸でイルカを肩にかついで遊んでいるところであり、またこれは大理石の産地であるイタリアのいなかと連結して、一つの心の夏を暗示しようとした』
というふうに、文章に書かれているのです。」
西脇 ぼくは土人が好きですから、昔は、土人のことを書いたものをたくさん持っていたんですよ。
 で、ある南洋のどこの島かな、子供がイルカをとって遊んでいるんですよ。
 だっていまローマへ行っても、有名なルフィシーの博物館なんかで、まん中へ入ると、有名な、イルカを持っている子供がいますがね。あれはやっぱりイルカを持って遊んでいるんです。笑っているんですよ、「ウエルカム」といって。」

西脇 おそらく萩原朔太郎という人も、ぼくと同じように、どちらかというと、むしろ感覚的に弱い人ですね。だから、一応肺病みたいになったんじゃないのかな。だから、すぐわかるんですよね、彼のじめじめしたところというものは。これは病的だってことがね。だから、いやなんです。だけども、それを救う、もう一つのすばらしい力が入ってるわけですね、朔太郎にはね。ところが世間では、じめじめしたところの朔太郎を好きな人が多いでしょう。それは肺病じゃない人が好きです。人間というのは、肺病の傾向のある人は、じめじめしたことが逆にきらいになるんですね。」

「西脇 だから、あの時代でもって上田敏の調子をとらなかったということは、すばらしいですね。上田敏流に、彼は書かなかったんですよ。書けなかったの、書こうと思っても。ぼくと同じように、書こうと思ってもね。だけど一生懸命に書こうと思ったら、勉強してあのことばづかいを覚えるでしょう。やっぱり好きじゃなかったってことが、大きな原因だろうと思います。その点で、萩原というのは、なるほどおもしろいと思うんですがね。ことばの改革者です。」

西脇 (中略)文学というものはやっぱり人間の心の欲求からみんなきてますね。というのは、人間には哀愁を求める気持ちというのは非常に多いんです。それと同時に正反対の笑いを求める。哀愁と笑いというのは正反対なものですよ。正反対なものだけれども、人間は両方を求めるんですよ。ぼくだってそうなんです。非常に哀愁を求めることも、哀愁の美というものも知っているし、笑いの美ということも知っているから、こういうふうになるんですよ。両方入ってしまう。哀愁だけでもいけないし、笑いだけでもいけない。笑いと哀愁というもの、そこにまた遠いものの連結が、一番そこが、何といっても、ほんとうの現実です。人間は哀愁を求めるってことはだれもいう人はいない。ぼくは、人間の神経に、哀愁……笑いは笑いをつかさどる神経があるんだけれども、哀愁を求める神経、哀愁をつかさどる神経はあると思うんですよ。いままでそういうことをいった人はありませんが……」

西脇 ヴィジョンというか、実際そう思うんですよ。なぜぼくは道を歩いて、ススキだとかそういうものにさびしさを感ずるのか。これは、われわれススキだとか、そういうところばかりにいた、古い原始人の遺伝だろうと思うんですよ。そういう自然を見てさびしく思うのは。思い出とはみんなさびしくなるもんですよ。思い出が出る。だからぼくにも原始人の、何かが残っているというふうに感じたんです。なぜ、ぼくは、自然の景色や、そういう現実的な風景とか、そういうのを見るとさびしく感ずるか。それはやっぱり原始人の思い出、ぼくの中に原始人が残っているから、原始人がぼくをさびしくさしたとか、思い出を与えてくれるというふうに解釈せざるを得なかった。」
「ぼくは低血圧だということでね。昔の人はみんな低血圧であったと考えるようになったんですよ。というのは、ぼくなんか栄養のあるものはきらいで食べなかったでしょう。栄養にならないようなものだけは好きなんですよ。食べものとしては。だから低血圧になるんですね。やっぱり低血圧というのは、血が足りないというか、からだに活力がないんですね。だから活力がないということは、どうしても哀愁を早く感ずるんですね。何でも哀愁に感ずる傾向があるでしょう。哀愁を求めざるを……だから求めるというのは、この間自分が考えたことですけれども、ぼくなんかが求める哀愁が…美の本質というのは、一種の哀愁じゃないかとさえ思ったことがある。」





































































キャサリン・サンソム/装画: 西脇マージョリー 『東京に暮す』 大久保美春 訳 (岩波文庫)

「不思議なことに、日本の子どもは甘やかされても駄目になりません。」
(キャサリン・サンソム 『東京に暮す』 より)


キャサリン・サンソム
『東京に暮す 
― 1928~1936』
大久保美春 訳

岩波文庫 青 33-466-1

岩波書店 
1994年12月16日 第1刷発行
2009年8月25日 第23刷発行
269p 
文庫判 並装 カバー 
定価660円+税
カバー: 中野達彦
装画・カバー画: マージョリー・西脇



Living in Tokyo by Katharine Sansom, with 42 illustrations by Marjorie Nishiwaki, 1937

本書を購入したのは、西脇順三郎がイギリス留学中に結婚したマージョリー(1924年結婚。1932年離婚)が挿絵を担当しているからですが、マージョリーが描く線と西脇順三郎が描く線はとても似ています。マージョリーは油彩では赤や橙など暖色系を多用し、西脇順三郎は青や緑など寒色系を多用するという違いはありますが、デッサンの線はとても似ています。
本文中図版(モノクロ)42点、口絵に著者肖像、「解説」中にマージョリーの肖像写真が掲載されています。


サンソム 東京に暮らす 01


カバーそで文:

「イギリスの外交官である夫ジョージ・サンソムの赴任に伴って来日したキャサリン・サンソム(1883―1981)が、昭和初期の東京の街と人々の暮しを軽妙な筆致で描いた日本印象記。庶民の姿が暖かいまなざしで描かれ、ほのぼのとした人間観察記になっている。挿絵多数。」


目次:

第一章 日本上陸
第二章 日本の食事
第三章 日本人と労働
第四章 日本の伝統
第五章 百貨店にて
第六章 礼儀作法
第七章 樹木と庭師
第八章 日本人の人生
第九章 社交と娯楽
第十章 日本人と旅
第十一章 日本人とイギリス人
第十二章 日本アルプス行
第十三章 日本の女性

解説



サンソム 東京に暮らす 02



◆本書より◆


「第三章」より:

「日本の商人たちの最も奇妙な特徴は商売が下手なことです。宣伝ばかり派手で中味はたいしたことがない商品が溢れるなか、日本のように無垢な社会に来ると嬉しくなります。(中略)今東京で一番話題の店は世界でも有数の大書店で、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、日本語はもちろんのことゲール語、パタゴニア語、エスキモー語で書かれた新刊書まで取り揃えています。店員は親切で何を頼んでも厭がらずに探してくれますが、絶対に棚にあるはずの本を探してもらったのに、「まだ入荷しておりません」という返事が返ってくることがあります。東京での憎めない冗談の一つです。」
「私は暇人なのでこんな遅いサービスでも構わないのですが、もっと迅速にサービスが行なわれるようになっても、以前からの礼儀正しさと、本が売れようが売れまいがそんなことはどうでもよいという大らかさを失わないで欲しいと思います。最近は口先のうまい商売ばかりで、こういうまじめな商売は少なくなってしまいましたが、感じがいいし、売ることしか考えない商売よりも結局は人々の信頼を得ることになるでしょう。」
「この素晴らしい本屋のとっておきの悪口を一つ紹介しましょう。もちろん本当の話です。ある人が新刊のベストセラーを買いにいったところ、ショーウィンドーに山と積んであるのに、店員たちはその本はうちにはございませんと言い張ったそうです。
 こんな楽しい冗談の後で、この魅力ある本屋が最近は以前の大らかさを失ってしまい、他の大書店と変わらなくなってしまったことを報告するのは残念なことです。先日この本屋に行って、一年に一部売れるか売れないかというような本、本屋に在庫があるとはとても考えられなかった本があるかと尋ねたところ、驚いたことに僅か三分で出てきてしまったのです。しかし次回ベストセラーを買いに行った時にはもっと時間がかかるかもしれません。それを期待してもう一度訪れてみましょう。」



「第四章」より:

「日本人は国民の幸福のためには個人の権利を放棄しなくてはならないと考えます。それで個人の自由を大切にする私たち西洋人が、日本人と同じように国民の幸福を望んでいることが理解できないのです。
 現在の変化しつつある世の中では、よいものを一部の人が占有するのでなく、みんなが共有するためには自由に制限を加える必要があるというのはもっともな意見で、私たちイギリス人も賛成です。それでも私たちにとっては命ともいえる個人の自由を放棄することは拒みます。」

「日本では駆け落ちは不可能です。逃げる場所がないからです。日本人は日本にいる限り家族の除け者として暮らすわけにはいきません。(中略)駆け落ちをしようものなら社会の除け者とされてしまうでしょう。」

「自転車の漕ぎ手はまさにスピードそのものです。車輪の上のあっぱれな芸人です。(中略)見事にバランスをとりながら優雅に走り、歩行者が自転車を避けようとしなければ、歩行者にぶつかったり歩行者をひくようなことはありません。そば屋の小僧が自転車で出前のお昼をあちこちの客に配達する姿ほど面白い光景はありません。上に向けた手の平で、お重と丼をいくつも高く積み重ねたお盆を支え、もう片方の手で自転車を操りながら自動車の間を縫って走り、角を曲る時には体を傾けてバランスをとり、停まる時にはまるで的に当った矢のようにすとんと止まります。自動車の間に割り込んでいくので運転手たちからよく怒鳴られていますが、路上の英雄は自転車の漕ぎ手です。自動車が入れないところもスイスイと走り抜け、陽気に口笛を吹いたり歌を歌いながら走っていきます。」

「日本人はじっと坐って何時間も同じ景色を眺めていることがありますが、自然を見つめることで精神の大事な糧(かて)を得ているのです。自然に対するこのような姿勢が、心の落ち着きという日本人のおそらく最も素晴らしい性格の基礎にあるに違いありません。」



「第六章」より:

「日本人は、必要があろうがなかろうが、他人を押し除けて我れ先に電車に乗り込もうとします。日本に来てしばらくすると、ラッシュアワーが終わってから出かけても、目的地に着く時刻はたいして変わらないことに気が付きます。駅にいると、集団の中の日本人がいかに単純で野蛮であるかがよくわかります。電車やサービスは概して良いし、駅も立派なのに、乗客には感心できません。彼等は列に並んで自分の番を待つということをしないので、切符売場や改札口では勝手に割り込んできます。彼らの頭には、目的地に早く着くことしかないのです。この目的が達成されれば、彼らはもとの善良でのんきな日本人に戻ります。」


「第八章」より:

「様々な形の自意識のために人々がおかしな行動をとるというのは周知の事実ですが、とても残念なことです。日本でしばしば、本当に優れた人は謙虚であることが多いので、彼らより劣った人たちが日本の文化や政策の説明役となっています。」

「時として日本人の高い理想が若者を打ちのめすというのも事実です。その証拠に若者の自殺が多くみられます。何らかの意味で既存の枠にはまりきらない冒険心に富んだ若者には、自由にふるまえる機会がほとんどないのです。」
「彼らは新しい土地を見つけて彼ら自身の人生を切り開いていきたいのに、「行くところがなく」、仕方なく日本に留まって、何とか入れそうな小さな隙間を見つけてそこに収まらざるを得ないのです。」
「日本は人口が非常に多いし、他の国に比べて社会組織が固定しているので、規定の枠にはまらない独創的な人が活躍する場がほとんどないのです。」



「第九章」より:

「日本人はよそよそしく、不可解で、近寄り難く、無口だと思いませんかと、よく聞かれます。私はちっともそう思わないのですが、日本人は形式や儀式のことに関してはとてもうるさく教え込まれるので、のびのびしたところが抑えられているということは言えます。ところが幸いなことに、日本人の生得の権利ともいえる陽気さと明るさは、社会の抑圧的な傾向にもかかわらず、なんとか生き続けています。従って、過度にうつ状態にある人の数は予想されるよりもずっと少ないのです。自殺が多くしかも火山や滝に身を投げる人が多いというのは事実でも不思議なことに、日本人の寿命が短くなるということはなく、彼らはしたたかに生きているという印象を受けます。」


「第十三章」より:

「しかし、日本にも時代の変化の波が押し寄せていて、今後もこの傾向が続くものと思われます。経済力がつくにつれて日本人はいろいろと新しい事業を試みるようになり、何世紀もの間押えつけられていた活力が発散されて、古い組織のあちこちに亀裂が生じています。座布団が椅子に取って代わられつつあるという事実には象徴的意味があるというのも満更勝手な解釈ではありません。(中略)ユニフォームを着ると畳よりも椅子の方が坐りやすいといえます。変化の波がやってきたのです。
 キリスト教の伝道師や教師たちが乳母車を押して歩い十九世紀の日本は熱心に新しいものを吸収しつつある時代で、外国人を歓迎し、彼らから学ぼうという強い意気込みがありました。しかし今日の日本は当時と同じものを必要としてはいません。」
「外国人が必要とされる機会は減りましたし、外国人のポストも次第に日本人が占めるようになってきています。これは当然ですし、好ましいことですが、この傾向が極端に走らないことが望まれます。」



サンソム 東京に暮らす 04


「チョーサー」とあだ名された老庭師。


サンソム 東京に暮らす 05


盆栽の植え替え。


サンソム 東京に暮らす 03


そばの出前。


サンソム 東京に暮らす 06



こちらもご参照下さい:

『馥郁タル火夫ヨ――西脇順三郎』 (1994年)
『永遠の旅人 西脇順三郎 詩・絵画・その周辺』 (1989年)





























飯島耕一 『田園に異神あり ― 西脇順三郎の詩』

「西脇順三郎の詩は、両性具有(ヘルマフロディット)の詩である。」
(飯島耕一 『田園に異神あり』 より)


飯島耕一 
『田園に異神あり
― 西脇順三郎の詩』


集英社
1979年7月10日 第1刷発行
222p
四六判 丸背布装上製本 貼函
定価1,300円
装幀: 飯田善國



本書「あとがき」より:

「一九七三年九月刊の季刊誌「すばる」(13号)に、「萩原と西脇」という三〇枚ほどの評論を書いたのがはじめだった。その後、少し長い西脇論を書かないかと同編集部にすすめられ、本書の第一章を同誌の七六年六月刊(24号)に書いた。第二章を書いたのは七七年の秋で、翌年二月刊の「すばる」(33号)に出た。第三章は七九年の一月から三月にかけて新たに書き下ろした。」


飯島耕一 田園に異神あり 01


帯文:

「言語に疲れた者は、言語によってしか慰められない。そうした時、西脇氏の詩は、「音楽」よりも「音楽」のようにやわらぎ、安らいでいた――詩人としての共感と確信に支えられた、豊饒なエロチスムと諧謔に充ちた西脇順三郎の詩的世界へ、初めて試みられた本格的案内の書!!」


帯背:

「待望の本格的
詩人案内!」



帯裏:

「西脇順三郎の詩がわかりにくい、難解だというのは、単に字句や、詩法の破格のことではなくて、この西脇氏の光線と、健康さが、多くの暗い顔をしたクソマジメな文学青年らにとってわかりにくかったのだ。文学といえば、すぐ、暗いもの、どろどろしたもの、苦しむもの、と連想する文学青年らにとって、西脇氏の文学は難解で、有閑的で、ハイブラウで、ペダンチックなものにすぎなかった。しかしそれはその健康さを、文学にとってあってはならないタブーのように見做した彼らのせいにすぎなかったのではないか。〈本文より〉」


目次:

第一章 雪のイメージと生垣の発見 1946―1960
第二章 川と考える水としての人間 1961―現在
第三章 テラコタの夢と知れ 1924―1933

あとがき



飯島耕一 田園に異神あり 02



◆本書より◆


「第一章」より:

「「やがて雪の夜/猪は大根畑をあらすのだ/ひよどりが南天の実を喰うのだ/だが一日ひさごをかたむけて/桜井さんと梅の話をしたのだ」。

 桜井さん(引用者注: 「桜」に傍点)と梅(引用者注: 「梅」に傍点)の話をする、といったシャレは西脇氏独特のもので、こういうコッケイと面白さを軽々に見逃すべきではない。しかしこういうところ、全体に遊んでいて余裕のあるところ、これが気に入らないという人も多かったし、いまも少なくないと思われる。
 ごく最近の(七六年のことである)「山の樹」という「四季」「コギト」系と考えられる雑誌の編集後記も、その反対者の典型的な例で、要するに西脇氏の詩は「足下の現実」にかかわっていないという批判をしていた。現実遊離、軽い、苦しんでいない、その他あらゆる批判が西脇順三郎の詩になされてきた。しかし「足下の現実」についてなら、いやというほど大勢の人がわめき立て、また深刻な表情で語り合っている光景があるではないか。そしてわれわれは詩にそのようなものを求めていないのだ。マラルメのソネットは、「足下の現実」を見つめたりなど少しもしていない。ランボーの『イリュミナシオン』もまた、「足下の現実」どころか、あれはハシッシュという薬が見ることを助けた想像の世界であり、「足下の現実を見つめて真面目に人生を考える詩」などとは縁もゆかりもない。芭蕉や蕪村のもっともすぐれた句は、「足下の現実」など忘れて、ことばのなかで遊んでいるものである。
 西脇順三郎は戦後のあの状態のなかで、やはり生きて行く上でさまざまの苦難を経験しただろうが、それについて苦しむ詩を書かず、むしろ苦しみをなだめ、和らげる詩を書いた。そういうところに西脇氏の精神はすぐれてよく働いた。戦時中は、「四季」「コギト」の大部分の詩人とは異って戦争状態に背を向け、書くものといっては主として「英語青年」にT・S・エリオット論を連載し、戦争詩を一篇も書かず(西脇氏の詩の方法では書こうとしても書くことができなかった、と以前に指摘したことがある)、戦後は、いわゆる戦後的な反省やら自省の詩、付焼刃のヒューマニズムを讃える詩など一篇も書かず、武蔵野や深沢用賀の「生垣」のなかの、微小な生命をのぞきつづけた。これらの詩はすべておかしみとエロチスムの発見であった。またことごとく微小な生命への讃歌だった。「足下の現実がない」などとさかしらに西脇氏を批判する貧寒な心根とは、氏はとおく離れて、やわらかい生命のエロチスムと、このほとんど無意味なわれわれの生のなかに、諧謔を探すことにすばらしいエネルギーを発揮した。
 こういう西脇氏を、ぼくはこれからたっぷりと、氏の日本語のすばらしい光線とやわらかさと自在さを引用しながら、論じてみたいと思うのだ。」




















































































































『西脇順三郎の絵画』

「しかしもう画家になる興味は全く失った。ただ絵に対する唯一の興味は、どういう絵を描いたら、自分が満足するか、自分で描いてみたいのである。これが絵に対する唯一の念願である。自分が好きな絵をさがす実験が私の絵を描く唯一の目的である。」
(西脇順三郎 「私の画歴」 より)


『西脇順三郎の絵画』

恒文社 
1982年5月30日 第1版第1刷発行
201p 
29×29cm 角背布装上製本
外函 内函 
定価23,000円
装幀: 飯田善國
選詩: 飯島耕一
編集: 海藤日出男
制作: 福住治夫



(2011年7月4日)
詩人の西脇順三郎の画集をネット古書店で買いました。4,000円+送料590円+手数料80円でした。


西脇順三郎の絵画 01


外函(ダンボール)。


西脇順三郎の絵画 02


内函。


目次:

画家としての西脇順三郎 (飯島耕一)

作品 一九二三―一九八一
 1 キュー公園(裏道) 1923 油彩
 2 キュー公園 1923 水彩
 3 バタスィー・パーク 1923 水彩
 4 多摩川風景 1940 水墨
 5 九月 1940年代(戦時中) 油彩
 6 小千谷の秋 1940年代(戦時中) 油彩
 7 鎌倉風景――衣張山 1940年代(戦時中) 水彩
 8 野菜 1940年代(戦後) 油彩
 9 静物――花 1940年代(戦後) 油彩
 10 花 1940年代(戦後) 水彩
 11 静物 1940年代(戦後) 水彩
 12 ザクロ 1940年代(戦後) 水彩
 13 三田山上 1946 油彩
 14 琵琶湖 1946 水彩
 15 丹波篠山風景 1946 水彩
 16 屋島 1946 水彩
 17 奈良風景 1947 水彩
 18 奈良――壺阪 1947 水彩
 19 花 1950年代 油彩
 20 箱根より伊豆を望む 1950年代 水彩
 21 伊豆の山々 1950年代 水彩
 22 富士山――沼津 1950年代 水彩
 23 慶応義塾大学構内 1954 油彩
 24 小千谷――信濃川 1950年代 油彩
 25 砂丘――鳥取 1950年代 水彩
 26 伯耆大山 1950年代 水彩
 27 残光(成城の下の谷) 1950年代 油彩
 28 太陽(Ambarvalia) 1950年代 油彩
 29 熱海の谷間より 1954 油彩
 30 ツツジ・グミ・ユスラウメ 1950年代 油彩
 31 ボオドレルの肖像に関係のあるスターンの肖像 1950年代 油彩
 32 窓(ボオドレル) 1950年代 油彩
 33 裸婦 1950年代 油彩
 34 水精たち 1950年代 油彩
 35 水浴 1950年代 油彩
 36 三人の姉妹女神 1950年代 油彩
 37 小千谷小景 1960年代 水彩
 38 ルカ伝第20章 1961 水彩
 39 伊太利風景(1) 1962 油彩
 40 伊太利風景(2) 1962 油彩
 41 伊太利旅行 1960年代 油彩
 42 伊太利の夏――ハドリアヌス帝城跡 1960年代 油彩
 43 サン・マルコの朝 1962 油彩
 44 ヴェニス――Basilica of the Salute 1962 油彩
 45 ヴェニス風景 1962 油彩
 46 噴水 1960年代 水彩
 47 ローマの夏――カラカラ 1960年代 油彩
 48 マルコニー侯爵夫人(伊太利旅行) 1962 油彩
 49 伊太利風景――パドワ附近(1) 1960年代 油彩
 50 伊太利風景――パドワ附近(2) 1960年代 油彩
 51 多摩川風景 1960年代 油彩
 52 メタモルフォーゼ 1960年代 水彩
 53 肖像 1960年代 水彩
 54 愛宕山――京都 1960年代 油彩
 55 仁和寺の塔(秋の朝) 1960年代 油彩
 56 鴨川夜景――京都 1962 油彩
 57 六甲 1967 油彩
 58 神戸港を望む 1967 油彩
 59 瀟湘八景 1960年代 油彩
 60 北海道の旅 1960年代 油彩
 61 『海への時間』装画 1976 水彩
 62 『夏の宴』装画(1) 1979 水彩
 63 『夏の宴』装画(2) 1979 水彩
 64 横たわる女 1970年代 水彩
 65 裸婦 1970年代 水彩
 66 伊豆の山々(1) 1981 水彩
 67 伊豆の山々(2) 1981 水彩
 68 キリストの変容――マタイ伝第17章 1981 水彩

美の女神と私 西脇順三郎美術論集
 詩人の絵画詩論
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略年譜
詩の出典/美術論の出典
掲載作品一覧



西脇順三郎の絵画 03



◆本書より◆


西脇順三郎の絵画 04


「7 鎌倉風景――衣張山」


西脇順三郎の絵画 05


「29 太陽(Ambarvalia)」


西脇順三郎の絵画 00


小川でドルフィンを捉えて笑う少年。


西脇順三郎の絵画 06


「伊太利旅行」


「フィレンツェで
蘆笛をふいている
やせたパンの男根の神を
くず鉄で作つた
人形と
紺色の蔓草を描いた
灰皿と
ウフィツィーのヴィーナスの
スライドと
海水浴へ行くのに
都合のよい
藁で作った
籠を
買った」



西脇順三郎の絵画 07


「54 愛宕山――京都」


西脇順三郎の絵画 10


「55 仁和寺の塔(秋の朝)」


西脇順三郎の絵画 09


「59 瀟湘八景」


西脇順三郎の絵画 08


「61 『海への時間』装画」


























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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