坂本満 『ファブリ世界名画集 78 ティントレット』

坂本満 
『ファブリ世界名画集 78 
ティントレット』


平凡社 1973
本文7p 図版(カラー)16p
35.5×26.8cm
並装
定価400円



ファブリ ティントレット 01


内容:

ティントレット――反宗教改革期の矛盾と情熱の表現者 (坂本満)
図版解説 

I 奴隷を救う聖マルコの奇蹟
II―III 聖ゲオルギウスと悪竜
IV スザンナの水浴び
V 聖マルコの遺骸の発見
VI キリストの昇天(部分)
VII ピエタ
VIII ピラトの前のキリスト
IX キリストの降誕(部分)
X―XI キリストの磔刑(部分)
XII 聖パウロの回心
XIII マルタとマリアの家のキリスト
XIV 嬰児たちの虐殺(部分)
XV ウェヌスとウルカヌス
XVI 最後の晩餐(部分)
XVII(表紙) 聖ゲオルギウスと悪竜(部分)




◆本書より◆


ファブリ ティントレット 02


「ピエタ (1563、カンヴァス、108×170cm) ミラノ、ブレラ美術館」


ファブリ ティントレット 03


「嬰児たちの虐殺 (部分、1583―87、カンヴァス、422×546cm) ヴェネツィア、サン・ロッコ同信組合」





こちらもご参照下さい:

『ティントレット画集』 (ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ 5)








































































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辻佐保子 『ファブリ世界名画集 64 ウッチェロ』

辻佐保子 
『ファブリ世界名画集 64 
ウッチェロ』


平凡社 1972
本文7p 図版(カラー)16p
35.5×26.8cm 並装
定価400円



ファブリ ウッチェロ 01


内容:

パオロ・ウッチェロ――錬金術師の秘法のごとく「甘美なる遠近法」を追い求めた画家 (辻佐保子)
図版解説

I ジョン・ホークウッド騎馬像
II―III 聖母の誕生
IV 聖ステファヌスの論争
V 大洪水(部分)
VI 嘆きの聖母と福音書記者ヨハネ(部分)
VII 天使(部分)
VIII 聖ゲオルギウスと龍 
IX 青年像
X―XI 修道生活の諸場面
XII サン・ロマノの戦闘(部分)
XIII サン・ロマノの戦闘
XIV 狩(部分)
XV 女性像
XVI 聖餅冒涜の奇蹟(第1話)
XVII(表紙) 聖餅冒涜の奇蹟(第5話)




◆本書より◆


ファブリ ウッチェロ 02


「聖母の誕生 (1445ころ、302×361cm)プラート、ドゥオーモ」


「図版解説」より:

「カペラ・デル・アスンタ右壁上段フレスコ(中央部)。フィレンツェのドゥオーモの大時計の頭部(1443)と様式上の類似が認められ、ロンギ、カルリ、ベルティらの学者は近年この壁画作者(プラートの画家)をウッチェロと判定。P・ヘネシーはシノピアの構成がウッチェロのそれと異なると反論している。室内の細部描写や左端の女性のポーズも異質な個性を示す。」


ファブリ ウッチェロ 03


「女性像 (39×26cm) ニューヨーク、メトロポリタン美術館」


「図版解説」より:

「ボストン美術館にもう1点、これよりやや年少の少女を描いた類似の横顔婦人像がある。カステロの〈降誕〉の画家による女性肖像と共に、リオネロ・ヴェントゥーリ、カルリらがこの肖像をウッチェロに帰しているが確証はまったくない。」


































































アンリ・ダヴァンソン 『トゥルバドゥール』 新倉俊一 訳 (筑摩叢書)

アンリ・ダヴァンソン 
『トゥルバドゥール
― 幻想の愛』 
新倉俊一 訳
 
筑摩叢書 198 

筑摩書房 
1972年12月20日 初版第1刷発行
1985年5月30日 初版第3刷発行
286p 口絵(モノクロ)16p 
目次3p 文献・註・索引xxix 
巻末折込地図1葉
四六判 並装 カバー
定価1,600円
装幀: 原弘



本書「訳者あとがき」より:

「本書は Henri davenson, Les troubadours, Coll. 《Le Temps qui court》, 23, Ed. du Seuil 1961 の翻訳である。但し、訳稿完成後の一九七一年秋に、本名の Henri-Irenee Marrou の名で改訂増補版が出たので、著者の諒承のもとに、改訂増補された部分については、校正の段階で必要な手直しをほどこしてある。」


口絵図版32点、巻末地図3点。


ダヴァンソン トゥルバドゥール


目次:

告白
〔「言葉のロマンチックな意味で……〕
ジョングルールとトゥルバドゥール
十二世紀のルネサンス
この封建の世紀……
宮廷風の生活
トゥルバドゥールの詩
〔読者へのすすめ〕
トゥルバドゥールの音楽
愛、この十二世紀の発明
アラブ仮説
アンダルシヤの「ザジャル」からアキテーヌの「ヴェルスス」へ
「起源」に関する謎
トゥルバドゥールとカタール派
宮廷風恋愛
トゥルバドゥールとキリスト教
この愛の挫折
トゥルバドゥールの影響

訳者あとがき

参考文献
原註・出典指示
解説索引

口絵
地図




◆本書より◆


「始めるに当って、正規の概念を蔑ろにした言葉の使い方を、注意深く避けることにしたい。「トゥルバドゥール」 troubadour と「ジョングルール」 jongleur の両者を区別することを知らねばならぬ。厳密な意味では(中略)、前者と後者の関係は対照的であって、作者と演奏家のそれであった。すなわち、トゥルバドゥールとは、作者、作曲家であり、一方ジョングルールは、作者が《trobar, trouver》〔作詞作曲する〕したものを演じるのである。旅廻りの、しばしば貧窮の芸人という紋切り型のイメージが、まだしも当てはまるのはジョングルール――joglar, joglador――のほうである。「メネストレル」 ménestrel (このような概念範疇では、この語は本来的に北フランスに属する)について言えば、これは宮廷ないし領主に侍って「奉仕」 ministerium する、安定した任務を得たジョングルールのことである。歌手としての才能は、ジョングルール(及びジョングルレス〔女芸人〕)が行使した、多種多様の職務の一つに過ぎなかった。ラテン語無言劇(ミーム)の直系の後継者たる彼らは、何でもござれの語り手、おそらく楽士でもあったろうが、同時に香具師、曲芸師、離れ業や力業の使い手、人形使い、芸を覚えた動物使い(中略)でもあった。それはローマの原型と同じく、善男善女から、先ずは公教会関係者から貶められ、辱しめられた職業――各身分に固有の罪過を列挙するに当り、皇帝や王侯から始めて、貴族、騎士等々と、階層秩序を順に下っていった告誡聴問僧の手引書によって判断する限り、これは最下級の職業であった。」
「おそらく、二つの概念の間にあった境界線は、越えることのできないものではなかった。シェイクスピア一座以来、我々は多くの俳優が、彼等の役割と劇作家としての役割を兼ねてきたのを見ているからだ。同様に、ジョングルールの何人かは、詩的創造の分野における才能に恵まれていたため、トゥルバドゥールの中に――それも時には最も高名なものの中に数えられたのであった。(中略)その逆に、トゥルバドゥールが、時には、自ら自作の詩を歌う羽目になったこともあるが、これは、諷刺詩の言い分を信ずるならば、必ずしも余り成功したわけではなかった。」





こちらもご参照下さい:

『フランス中世文学集 1 信仰と愛と』 新倉・神沢・天沢 訳





























































新倉俊一 『ヨーロッパ中世人の世界』

新倉俊一 
『ヨーロッパ中世人の世界』


筑摩書房 
1983年11月30日 初版第1刷発行
345p 口絵(モノクロ)4p
四六判 角背紙装上製本 カバー
定価2,400円



本書「あとがき」より:

「要するに、自閉と突出という二極分解は――中世人もまた、別の意味で、魂の二極分解の常習者であった――、私の業(ごう)と言うべきものである。」


新倉俊一 ヨーロッパ中世人の世界 01


帯文:

「愛は十二世紀の発明である。(セニョーボス)
「トリスタンとイズー」「ローランの歌」中世の恋愛詩にあらわれた中世人たちの愛と死と夢の世界を写本研究の成果をふまえて、生き生きと描く文学エッセイ。」



帯背:

「中世文学への誘い」


目次:


中世の知識人 アベラールとその後裔たち
中世人と死
中世人と夢
中世人の法意識
中世の「近親相姦」伝承


愛、十二世紀の発明
司祭アンドレの『恋愛術』
モロワの森の恋人たち


ファブリオ、コント、ノヴェレ
ファブリオの世界
悪女伝『リシュー』
トルバドゥール芸術とアラビヤ文化


或る写本の話
海の星 Stella Maris
硯乎硯乎(けんやけんや)、與瓦礫異(がれきとことなり)

あとがき



新倉俊一 ヨーロッパ中世人の世界 02



◆本書より◆


「中世の知識人 アベラールとその後裔たち」より:

「窮乏の度合は、実学ならざる文芸の道にいそしんだ者において著しい。実学(法律学・教会法学)のほうは、王権による中央集権化が進み、一方、公教会制度の整備が進行するにつれて、むしろこれを修めた実務家の需要が増えたくらいであった。アベラールの時代には、専門家たることと学問への内的希求が調和していて、専門知識が広い意味での教養の一環として捉えられ、如何に生きるかとの命題と不可分の関係にあったわけだが、専門分化が進むにつれて、悪しき意味での技術優先、実学尊重の傾向が顕著となって来た。すでに十二世紀の中葉、アベラールの愛弟子の一人マイネリウスは、学生を前にして、「法学が文芸の学を殺す、悲しむべき日が来るだろう」と予言したと伝えられるが、実用 utilitas 重視の気風は、正にその予言どおりに蔓延していったのである。」

「就職の道をふさがれた彼らは、生産手段を持ち合わせぬ以上、都市を食いつめて放浪の旅に出るほかはなかった。」

「これらの、いわば挫折したグループのほかに、自らの意志で(というより性格的に)、一定の秩序・規律に拘束されることを嫌う連中、リベルタン libertins とでも名付けるべき連中がいたことを、指摘しなければならない。
 第一節で引用した「本性を抑えるのはいかに難きことか」を、改めて想起してみる必要がある。もとより、この種の本能は、また、その誘惑に抗し難い人間の存在は、いつの時代にもあることで、この時代の特産ではありえない。しかしながら、中世において、公教会がかなりその抑圧に成功していた世界に、突如その禁圧が及ばなくなったような、或はその禁圧に反抗するグループが出現したかの如き現象に、われわれは立ち会うのである。」
「ほとんど異教的な肉体の讃美、ウェヌスの力に対する屈服と礼賛、バッカスへの共感と陶酔、賭博と無頼の肯定――ベネディクト・ボイエルン修道院所蔵の十三世紀写本の名を高からしめたものは、まさにこれらの詩篇であった。」
「彼らリベルタンには、既成の権威・戒律に敬意や畏怖の念を抱かぬどころか、のみならず、そのようなものを愚弄することを以て快しとするようなところが見える。このような性向は、公教会の権威者ないし特権者――教皇、教皇庁の高僧、司教、修道院長や修道僧――を攻撃する詩に、ことに明瞭にあらわれる。」
「彼らは自律集団を形成するよりは、むしろ、もっと安易な方法をとった。すなわち、〈旅芸人〉 joculatores, jongleurs の一員となることである。一口に〈旅芸人(ジョングルール)〉と言っても、これには様々な種類がある。剣使い、猛獣使い、アクロバット演技者、物真似、手品師等の類いから、文学のレパートリを携えて、これを宴席で披露する、多少とも知的形成を必要とする連中までもが含まれるのである。中には、演奏家が作曲にまで手を出す場合があるように、自ら歌、詩、小話を制作して、自作自演することもありえた。放浪学僧が旅芸人の一座に加わる場合、その知的な役割を担ったことは(中略)、彼らの前歴からして当然に推定できることである。」





こちらもご参照下さい:

新倉俊一 『フランス中世断章』











































































新倉俊一 『フランス中世断章』

新倉俊一 
『フランス中世断章
― 愛の誕生』


岩波書店 
1993年2月4日 第1刷発行
v 313p
四六判 
丸背クロス装上製本 カバー
定価2,800円(本体2,718円)
カバー絵: 渡辺隆次



本書「あとがき」より:

「前著『ヨーロッパ中世人の世界』(筑摩書房、一九八三年)が出てから、早くも十年近くの歳月が流れ過ぎた。その「あとがき」の中で、確実に研究の停滞と結びついた、突出と自閉という魂の二極分解に、この自分の業(ごう)と評すべきものに言及したが、それ以後の生活も、思えば似たようなものであった。(中略)ただし、(中略)取り上げた事柄が所謂専門の厳しい、時に狭い枠からはみ出し、テクストの読みに多少のふくらみがもしありとすれば、二極分解のプラス作用によるのかも知れない。」


新倉俊一 フランス中世断章


帯文:

「典雅なる中世
西欧の近代文学の原点をなし、文学と歴史が交錯するアムールの世界を、著者ならではの流麗な筆で描く。」



目次:


「沈める都」伝説考
狼の話
樽の話
「青ひげ」の素顔


剣――伴侶そして分かつもの
ベディエ『トリスタン・イズー物語』をめぐって
トリスタン幻想
王様の耳は馬の耳


中世「町人文学」の成立――フランスの場合


あとがき




◆本書より◆


「「沈める都」伝説考」より:

「カエサルの観察は鋭かったと言わねばなるまい。ケルトの民にとって、死とは死者の世界に「移り住む」にすぎないこと、「死者の世界」はこの地上のどこかに実在していること、そこでは罪や罰の観念はなく、地上の楽園の様相を呈する例のあることを、その後の研究者の多くが指摘している。さらに、この死者と生者の世界とを分ちへだてる障害が、しばしば水であったということも。」


「狼の話」より:

「狼研究家の説明によると、狼と人間との付き合いは先史時代に遡るが、狼はそれほど恐怖の対象ではなかったそうである。両者に共通する獲物を争うことがあっても、常に敵対する存在ではなく、それにまたもっと恐るべき野獣、例えば洞穴ライオンやホラグマがいた。これらの野獣に比べれば、狼は石を投げ、棒切れを振り回すだけで追い払うことができた。ところが、歴史時代に入り、前記の強力な野獣が姿を消し、農耕と牧畜が盛んになると、狼は人間と利害対立する存在になる。生活圏を狭められ、獲物とすべき小動物の数が減少するにつれ、狼は人間の飼う羊を狙うようになる。羊のみならず、時には弱い女子供を襲うこともあった。さらには、常習的な人喰い狼と化するものも出てくる。なぜなら、戦争や内乱があると、死者や負傷者がそのまま放置されることが多く、疫病による死者を山野に放棄することがしばしばあったから、狼は人肉の味を覚えたのである。狼の研究家、高橋正雄氏の適切な表現を借りるならば、「オオカミが人喰いになる原因を人間が自ら作っていたのである」。」




























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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