窪田般彌 『老梅に寄せて』

「老いを知らぬ梅の一生は
いつまでも薔薇色のまま
いささか狼狽の色は隠せない
周章老梅よ」

(窪田般彌 「老梅に寄せて」 より)


窪田般彌 
『老梅に寄せて』


書肆山田
2002年11月20日初版第1刷
106p 初出・著者紹介3p
21.6×14.6cm 仮フランス装 カバー
定価2,400円+税
装幀: 亜令



本書「あとがき」より:

「『西方の短歌』(一九八四)以後、折にふれて発表した作品がたまったので、ささやかな詩集を編むことにした。」


窪田般彌 老梅に寄せて 01


帯文:

「死がない生活は深刻だ
死がない人生は残酷だ
おお死よ 詩の無限の戯言よ!」



帯裏:

「この世に残るものは何もない
この何もないものが残るだけ」



目次 (初出):

老梅に寄せて (「midnight press」 1999.4)
花虫類奇譚 (「ユリイカ」 1996.9)
魔術師メルランの墓 (「GANIMEDE」 9号/1997.4)
ウソの唄 (「ユリイカ」 1999.7)
緑の死相 (「毎日新聞」 1985.10.16)
秋黄昏 (「朝日新聞」 1988.10.7)
椿 (「朝日新聞」 1983.2.1)
秋海棠 (「岩礁」 92号/1997.9)
日日是口実 (「岩礁」 93号/1997.12)
嬉遊曲 (「ユリイカ」 1998.3)
飛雲抄 (「反世界」 10号/1999)
痴愚神礼賛 (「夏夷」 7号/1999.8)
秋の歌 (「ユリイカ」 1994.3)
サディ氏に寄せる哀歌 (「ユリイカ」 1993.5)
譚詩 (「ユリイカ」 1987.7)
哀悼歌 (「流域」 19/1986.7)
Light Verse (「世界日報」 1985.9.10)
懐疑的なるクリスマス (「詩学」 1987.2)
革命暦 (「現代詩手帖」 1988.9)
虫けら (「詩学」 1985.9)
夏の思い出 (「ぴぃぷる」 1984.7)
清水康雄を送る歌 (「るしおる」 37/1999.6)
哀れなリュトブフ (「現代詩手帖」 1987.4)
養花天 (「駟駱」 1986.7)
世界の寓話 (「本の手帖」 1987.9)
魔につかれて (「朔」 1986.1)
薄暮の旅人 (「GANIMEDE」 22号/2001.8)
戯歌 (「ユリイカ」 2001.12)

あとがき

初出記録――
窪田般彌(くぼたはんや)――



窪田般彌 老梅に寄せて 02



◆本書より◆


「秋黄昏(こうこん)」より:

「世紀病の悲しい秋が
伐採された樹木の霊に取りつかれ
造成された昔の森にやってきた」

「超高層ビルは地上の塵芥(ごみ)よ 文明の墓石だ」

「迷いこんだ木の葉が一枚舞い落ちる
枯葉ふむ足の感触はつねに神秘だ
秋のこころは
愁をはらむ時の色
暗い永遠さながらの」



「椿」より:

「庭園よ 私はお前をつくり直そう
せめて夕暮れから
夜明けまで生きつづけて」



「戯歌」より:

「どこかで砂漏刻(すなどけい)が
無心にこぼれおちている
せわしく非情の時をつっ走る人生よ
またたき一つの
瞬時の現在(いま)とは何なのか

ゆっくりと行け
ゆっくり急げなどと言うな
どこまでもゆっくりだ
這うだけのでんでん虫みたいに
加速知らずのあののろさには無為の魅力がある

世間はやたらに忙しがっている
能率 能力 脳天気 おまけに
急げ急げのファーストフードだ
世界には置きざりにされた賤民たちの
絶望と敵意と恨みとがむき出しになっているのに

のろ間とそしられ
愚かなるロバの如しと笑われても
あわてずにゆっくり行こう
追いぬかれることなんか気にするな
スピードは狂騒社会の罰当りだ

明日は遠い国に旅立つ者には
蝸牛(かぎゅう)ののろさは無冠の無為だ
ゆったりと流れる時に身をまかそう
もくもくとわずかな牧草を反芻している
のんき坊主の牛たちのように」

「さあ ゆっくり行こう 貯めるなら
利息のつかない無為の時を貯えよう
大量生産と消費経済はむなしい蝸角(かかく)の争いだ
おお バラ色の皺腹の
桑原桑原の人生よ!」




◆感想◆


窪田般彌最後の詩集である本書ですが、未読だったので、ネット古書店で西脇順三郎の『近代の寓話』の復刻本を注文したついでに、本書が650円で売られていたので購入してみました。ほぼ新品でした。

しかし正直にいうと窪田さんの詩はよくわからないです。というかそもそもわたしは詩がわからないです。わたしが違和感を感じることなく心からたのしんでよめる詩人は西脇順三郎だけであります。
そこで本書ですが、「しがない」と「死がない」、脳「軟化」と「南下」のしゃれは、西脇順三郎の晩年の詩句のパクリ、じゃなかった、引用ですが(「脳南下症」に関しては晩年の多田智満子もしきりに引用していました)、西脇順三郎の長編詩『壤歌』にみられる現代の功利主義的文明に対する批判は、本書にも、より厭世的に先鋭化されたかたちで表現されています。方法論としては西脇順三郎同様、言語遊戯による諧謔を交えての「道化」的立場からの文明批判ですが、いやな後味が残ってしまうのは、多田智満子もそうですが、基本的に理性的な常識人であって、西脇順三郎ほどファーアウト(浮世離れ)していない所為でありましょう。
功利主義的競争社会はわたしもだいきらいですが、だいきらいなものについては考えるのもいやなので、詩にはできればそういうものは入れてほしくないというのがほんとうのところであります。



















































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窪田般彌 訳 『フランス現代詩29人集』

「私は死ぬまで、そこにじっとしているだろう。」
(アンリ・ミショー 「迷える人間」 より)


窪田般彌 訳 『フランス現代詩29人集』
Anthologie des vingt-neuf poètes français contemporains

思潮社 1984年7月1日増補第1刷/1986年6月1日第2刷発行
335p 目次12p 21×14cm 並装 カバー
定価2,400円



本書「あとがき」より:

「訳詩集『フランス現代詩十九人集』を最初に出したのは一九六五年であったが、のちに改訂増補版として『フランス現代詩二十六人集』(一九七六)を刊行した。
このたび、(中略)新たに三人の詩人(ファルグ、サティ、アポリネール)を加え、プレヴェールとクノーを増補して三たびフランス現代詩の訳詩集を世に送ることにした。
番外として、西脇順三郎『Une Montre Sentimentale』から三篇を選んだ。」



フランス現代詩29人集


帯背:

「音楽と思想を包みこむ
美しいポエジイの宇宙」



内容:

ジャック・プレヴェール
 花と花冠
 家族のもの
 恋人よ お前のために
 花束
 庭園
 春の大舞踏会(抄)
ルネ・シャール
 にぎりしめた拳
 森が……であるためには
 笊屋の恋びと
 ピレネー
 A***
 変らぬこころ
 細心な女
 アントナン・アルトー
 きみはよく出かけた、アルチュール・ランボーよ
 アルベルト・ジャコメッティ
 美しい建物と予感
 高麗鶯
 眠りの神の書
 恋をするとかげの哀歌
 雨燕(マルチネ)
 マルト
レイモン・クノー
 詩法のために
 もしも人生去るものならば
 厳かな歌
 もしもお前が思うなら
ジャン・フォラン
 十月の思い
ポール・エリュアール
 花
 魚
 貧しいもの
ロベール・ドラエ
 夜会服をきた夜
クロード・ヴィジェ
 希望の石
マルセル・ベアリュ
 金魚鉢
アラン・ボルヌ
 ぼくには如何なる視線も……
アンリ・ミショー
 海
 犬の生活
 ぼろ屑
 占領
 簡素なこと
 迫害
 眠る
 怠惰
 コンクリートで固められた者
 幸福
 内部の小心者
 慎重な男
 怒り
 迷える人間
 わが領土
 呪い
 さらに変化を
 ベッドにて
 桟橋
 叫ぶ
 病人たちへの助言
 呪われた者
 魔術
 聖者
 病人の気晴らし
 意志の力
 また一人の不幸者が
 射影
 干渉
ジャン・ブルトン
 街のなかで
ピエール・オステル
 第一の詩篇
アンドレ・デュ・ブーシェ
 氷河
ジャック・オーディベルティ
 突風の歌
 シャンソン
 三本マスト
ロベール・デスノス
 サン・マルタン街の唄
 ペリカン
 最後の詩篇
 愛なき夜ごとの夜
イヴ・ボンヌフォワ
 庭園
 いま一つの死の岸辺
 見張をする者
 神明審判
 聖なる女(ヴェネランダ)
 一晩中
 真の名前
アラン・ボスケ
 主人オブジェ
 ジャン・タルディユ
 三段論法
 変形譚
 会話
 ムッシュウ私
フランシス・ポンジュ
 雨
 秋の終り
 蝋燭
 牡蛎
 もやに包まれ樹木は解体する
 季節循環
 かたつむり
トリスタン・ツァラ
 シャンソン・ダダ
 接近
 わが闇の偉大なる嘆きぶし(III)
アンドレ・ブルトン
 麦わらのシルエット
 ひまわり
 いつもはじめて
ジャン・コクトー
 青の神秘
 天使の髪の毛
 海の底の春
 楽しみを味わいすぎると……
 僕は海をながめる
ピエール・ジャン・ジューヴ
 エレーヌ
 一枚の絹に
サン・ジョン・ペルス
 いまは構わないでほしい
 鐘
 三つの大きな季節の上に
 歌
ピエール・ルヴェルディ
 風と精神
 いつもひとりで
 線と形象
 露天のもと
 パリのクリスマス
 厳しい生活
 待っているもの
 眼の前の世界
ジャン・ポール・サルトル
 ブラン=マントー通り
レオン・ポール・ファルグ
 潜水人形
 ブロンズの彫像
エリック・サティ
 三つの恋愛詩
ギヨーム・アポリネール
 僕は思うお前のことを
 お前の眼の
 僕がかなたで戦死したなら
 ある
 とてもいとおしい僕のルウよ
 僕のいとしい心よ
 恋に悩んだ一羽の鶯
 牡丹の花びら
 ルウ 僕の薔薇
 最も魅力的なあの場所に
 やがて八月も
 あめがふる
 刺し殺された鳩と噴水
西脇順三郎
 生誕の日
 旅人
 哀歌

詩人たち
あとがき




◆本書より◆


アラン・ボルヌ
「ぼくには如何なる視線も……」より:

「ぼくには如何なる視線も注がれないことが好ましい
どんな眼もぼくの傷を手当できないのだから。」



アンリ・ミショー
「ぼろ屑」より:

「人はもはや私を世の中に招いてはくれない。」
「私のような人間は、隠者として生きなければならない。その方がいいのだ。」


「迷える人間」より:

「私は死ぬまで、そこにじっとしているだろう。」

「わが領土」より:

「この領土はわが唯一の領土で、私はそこに幼年時代から住んでいる。私はこう言うことができる、これ以上に貧しい領土の持主はまずおるまいと。」

「さらに変化を」より:

「この世には多くの動物、植物、鉱物がある。私はすでに、何回となくそのすべてになった。しかし、経験は私に役立ちはしない。私は三十二回もアンモニウムの水塩化物になったが、いまもなお砒素のように振舞う傾向がある。犬にも何度かなったが、夜鳥の仕草がつねに突入してくる。
私が何かものを見るとき、あの極めて特殊な感情を味わわないことは稀だ……《ああ、そうだ、私はあれだったんだな……》と。私は正確には思い出さないが、感じるのだ。(そんなわけだから、私は絵入りの百科辞典が大好きだ。私はページをめくり、さらにめくる。そして、しばしば満足感を味わう。というのは、そこには私がまだならなかった数多くの存在物の写真があるからだ。それらは私を休ませる。何とも快い。私は呟く。《私はこれにもなれたはずだ。これは、こいつは私をいたわってくれた。》私は慰みの溜息をつく。おお! 休息よ!)」


「聖者」より:

「確かに、私には生きる可能性があったはずだ! だが、あんなところに追いつめられて生きるのは、それこそ耐えられないことだ。」


フランシス・ポンジュ
「かたつむり」より:

「ひとりぽっち。そう、かたつむりは勿論ひとりぽっちである。(中略)だが、かれの幸せには友などは必要でない。かれは自然に、じつにぴったりと貼りついている。全く申し分ないほど、身近に自然を享受している。かれは、己の全身をもって接吻する地面の友であり、葉っぱの友なのだ。また、あんなにも感情的な眼の玉を輝かせ、あんなにも誇らかに昂然と頭をむける、あの大空の友なのだ。気高さ、のろさ、賢こさ、誇り、虚栄、尊大。」
「このように、かれらはすべて、悔いることのない全く主観的なやり方で自己表現をするものたちである。そして、ただ痕跡を残すだけで満足し、あれこれと見積りをした堅固な住居のような自分の表現を、構築したり、形づくったりしようなどと少しも思っていない。自分たちより恒久的な表現のことなどは考えてもいないのだ。
恐らくかれらは、その必要を感じないのだろう。かれは芸術家、つまり芸術作品の製造者――というよりは、むしろ主人公、その存在そのものが芸術作品である生きものなのだ。」
「だが、一体どういうわけで聖者なのか。それは、自分たちの自然にきちんと従っているということに他ならない。だから、先ずお前自身を知れ。そして、あるがままのお前を認めよ。お前の欠点と和合せよ。お前の尺度と釣合いをとれ。」



西脇順三郎
「哀歌」より:

「人間は最も惨めなものである」
































































窪田般彌 『幻影のフランス ― ロココから二十世紀へ』

「人間の営みといっても、ヴェネツィアの場合、それは勤勉とか生真面目を意味しない。サド侯爵は十八世紀を規定して「完全に堕落した世紀」と言ったが、ヴェネツィアの人間にとって、「仕事をしに行く」とは「快楽を探しに行く」と同義語である。」
(窪田般彌 「ヴェネツィア幻視行」 より)


窪田般彌 
『幻影のフランス
― ロココから二十世紀へ』


小沢書店 
1993年11月20日 初版発行
216p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,266円(本体2,200円)



本書「あとがき」より:

「以前にエッセー集『ロココと世紀末』(一九七八年、青土社)を出したが、その後に書いた私の文章も、いささか偏愛的な十八世紀から今世紀初頭にいたる詩人、作家、風俗、都市に関するものが多い。世紀末の詩人レニエは、彼が愛する往時のヴェネツィアを「幻覚の地」と呼んだが、私もまた関心を持った異国の土地の幻視行をしていたのかもしれない。」


窪田般彌 幻影のフランス 01


帯文:

「偏愛的ヨーロッパ論
十八世紀ロココ、〈雅びやかな宴〉の時代からアポリネールの二十世紀へ。ヴェネツィアやブリュージュなど、都市と風俗、そしてモーツァルト、ラフォルグらの詩・芸術をめぐる、幻視のなかのヨーロッパ。」



帯背:

「ロココから今世紀へ
都市と風俗、詩・芸術
偏愛的ヨーロッパ論」



窪田般彌 幻影のフランス 03


目次:

雅びやかな宴――ワトーとロココの夢 (「is」 第19号 1982年12月)
下着のイマージュ (「is」 第37号 1987年9月)
ドン・フワン伝説 (小学館 『モーツァルト全集』 第14巻 1993年3月)
ヴェネツィア幻視行 (白水社 『モーツァルト 十八世紀への旅』 第3巻 1984年10月)
非合理世界への出発――フランスの幻想文学I (白水社 『フランス幻想文学傑作選』 第1巻 1982年12月)
ロマン派の狂熱と幻想――フランスの幻想文学II (白水社 『フランス幻想文学傑作選』 第2巻 1983年2月)
ジュール・ラフォルグ 一八八〇年の落伍者 (早稲田大学 「比較文学年誌」 1984年3月)
死都ブリュージュ (集英社 『世紀末の美と夢』 第5巻 1986年11月)
アポリネール 1908~1912 (早稲田大学 「文学研究科紀要」 第27輯 1981年3月)
ミラボー橋の恋――ローランサンとアポリネール (白水社 『フランス文学にみる愛のかたち』 1986年4月)

あとがき
初出一覧



窪田般彌 幻影のフランス 02



◆本書より◆


「雅びやかな宴」より:

「だが、面白いことに、ジャン・アントワーヌ・ワトーはこうした時代の雰囲気とはおよそ無縁な人間だった。彼は「雅びやかな宴」の優雅と洗練を歌う詩人画家として時代のパイオニアとなったが、生まれは粋なパリっ子などではなく、ベルギー国境に近い北フランスの町ヴァランシエンヌの大工職人の息子だった。」
「ワトーは一七〇二年頃、殆ど一文無しでパリに出てきた。そして、そこでありついた仕事は僅かな報酬で描く模写であった。彼の伝記にははっきりしない部分が多いが、致死の病となった結核に取りつかれたのは、毎日スープばかり飲んで暮したこの時代のことであろうと推定されている。」
「あくまでも彼は観察者にすぎない。あれほど美しいロココ女性を描いた彼が、生涯を独身で送り、これといった女性関係のエピソードが一つも残されていないのは、ゴンクール兄弟の言う、「十八世紀が呼吸し、それによって養育され、生命を与えられた悦楽」とは実人生において極めて縁遠かったことの証明となろうか。」
「フランドル生まれのワトーは、北方人特有の内省的で、暗い人間であったらしい。」



「ヴェネツィア幻視行」より:

「十八世紀のヴェネツィアは、頽廃の極みに達した快楽の都であった。従って、ごろつき、詐欺師、悪漢、不良の類(たぐい)の天国であったとしても少しも不思議ではない。
 サン・サムエーレ座のしがないヴァイオリン弾きだった二十歳のヴェネツィア人ジャック・カザノヴァも、その頃は生活も荒れに荒れ、まさに正真正銘のごろつきの一人だった。」
「カザノヴァとその仲間たちは、夜中に市中を徘徊し、頭に思いつくかぎりの悪業と無作法の数々を、人の迷惑も考えずに実行した。
 例えば、個人の家々の岸辺につないであるゴンドラの纜(ともづな)を解いて楽しんだ。また、しばしば産婆をたたき起こし、しかじかの女がお産だからと嘘をついて送り出した。かつがれた産婆は、出向いた家の女たちから気違い扱いされた。同じようなことは医者たちにもなされ、開業医たちはしばしば安眠をさまたげられた。街々を歩きまわっては、家々の戸口にぶらさがっている鈴の紐を手当り次第に切っていった。非常に暗い夜には、一種の記念碑である大理石の大きな盤をひっくり返そうとした。鐘楼のなかに入りこめる場合には、全教区中に早鐘で火事だと警鐘を鳴らしたり、鐘という鐘の綱を断ち切ったりした。
 こうした夜の狼藉を遠慮なくやってのけるカザノヴァは、どうにも手がつけられない愚連隊の一員だった。
 だが、この程度の悪業は、当時の大学生も公然とやっていたことでもある。」
「要するに、しがないヴァイオリン弾き時代に、カザノヴァが夜な夜な行なっていた乱暴狼藉などは、(中略)爛熟しきったヴェネツィアのような国際都市に当然生まれてくる頽廃現象であろう。こうした頽廃現象を危険きわまりないものと言ってしまえばそれまでだが、だからといってヴェネツィア市民の生活が不安に冒されていたわけではない。治安はむしろよかったと言うべきであろう。」
「ヴェネツィアは(中略)パリとともに、生きる喜びを最も味わうことのできた土地であった。」


























































窪田般彌 『カザノヴァの生涯と回想』

「文学はすべて、生存の空しさから生まれるといったら言いすぎだろうか。」
(窪田般彌 『孤独な色事師 ジャコモ・カザノヴァ』 より)


窪田般彌 
『カザノヴァの生涯と回想』


薔薇十字社 
1972年9月30日 初版発行
273p 
菊判 角背紙装上製本 機械函
定価1,600円



本書の「あとがきに代えて」には、「私がカザノヴァに関心を持ったのは、学生時代にアンリ・ド・レニエの小説『生きている過去』を読んでからである」とあります。
わたしはじつをいうとカザノヴァには関心がありません。しかし窪田般彌には関心があるので、ヤフオクで840円(送料込)で出ていた本書を買ってみました。
本書はもともと『孤独な色事師 ジャコモ・カザノヴァ』という表題で、黄色い貼函入で刊行されたものですが、私が買ったのはたぶん返本を函だけ替えて(そのさい函に記載するタイトルを学術書ふうの『カザノヴァの生涯と回想』に変更して)売ったもののようです。私などには測り知れないおとなの事情が背後に潜んでいるようです。書誌学的にはどちらの表題を採るべきか迷うところで、むろん本体(奥付)にある『孤独な色事師』を採るべきですが、紛らわしいです。
内容的には『カザノヴァ回想録』の解説(評論集『幻想の海辺』に収録されています)を元に、やや詳しく論述しています。


窪田般彌 カザノヴァの生涯と回想 01

函。


窪田般彌 カザノヴァの生涯と回想 02

本体表紙。


挟み込み「新刊案内」より:

「十八世紀ヨーロッパ――享楽と頽廃、知性と神秘主義、啓蒙と革命、幻想と科学が同時に花咲いた《最も美しい時代》の象徴であり鏡である未だ復権されざる孤独なる自由人ジャコモ・カザノヴァ。そのホモ・エロティクスとよばれる自由への志向、冒険と愛の生涯を、最適任者窪田般彌が書きおろしたわが国初の本格的カザノヴァ評伝。生涯、時代、冒険家、女たち、凋落のカザノヴァ、『回想録』以後と、適切な視点で描き出されるカザノヴァの全体像は、その時代の背景とともに、はじめて正当なる位置への復権の必要性を理解させる。」


目次:

第一章 生涯
第二章 時代
第三章 冒険家
第四章 女たち
第五章 凋落のカザノヴァ
第六章 『回想録』以後
第七章 あとがきに代えて

参考文献



窪田般彌 カザノヴァの生涯と回想 03



◆本書より◆


「早くから両親と別れ祖母のマルツィアに育てられたカザノヴァの幼年時代は、孤児のように惨めで暗かった。彼は母になじまなかったし、兄弟達にも親しまなかった。カザノヴァには三人の弟と二人の妹があったが、彼が愛情を寄せ、いろいろ面倒をみてやったのはフランチェスコだけである。(中略)しかし、他の兄弟は全くの他人に等しかったから、例えば数十年ぶりに神父となっている末弟とジェノヴァで会ったときにも、カザノヴァは彼を興味のない人物と思い、少しも感動しなかった。」

「カザノヴァが記憶に残している最も幼い頃の思い出は鼻血である。一七三三年八月初旬のことで、八歳と四ヵ月になっていた。或る日、カザノヴァは部屋の隅で、壁に向かってかがみこみ、頭をかかえながら、鼻からどくどくと流れ出る血が床の上を流れるのをじっと見つめていた。彼を非常に愛していた祖母のマルツィアがそばにかけ寄り、きれいな水で顔を洗ってくれ、ヴェネチアから半里ほどのムラーノ島に連れていった。そこは魔法使いの老婆が住んでいる荒屋で、二人の老婆はカザノヴァを箱のなかに入れ、こわがることはないと言いながら蓋をしめた。箱のなかで、彼は笑い声、泣き声、叫び声、それに上から蓋をたたく音を聞いた。外に引き出されると、鼻血もとまっていた。すると老婆は何度も彼を撫でさすり、服をぬがせてベッドに寝かせ、何か薬品をもやして、その煙を一枚の布切れのなかにかき集めた。そしてその布切れで彼をくるみ、呪文をとなえた。それが終わると、彼女はボンボンを五、六個くれ、服をきせてくれた。それから、どんな治療法をしてもらったかを黙っていれば鼻血もとまるが、秘密を口外すれば命をなくすだろうとおどかし、さらに、夜に一人のきれいな婦人が訪ねていくが、そのことを誰にも話さなければ彼女から幸せを与えられるだろうと言った。
 夜になると、まばゆいばかりの女が煙突から入ってきた。彼女は大きく裾のひろがったパニエをつけ、素晴しい布地の服をまとい、頭には宝石をちりばめた冠をのせていた。そしてベッドに腰をおろすと、ポケットから小さな箱を取り出し、何かつぶやきながら箱のなかのものをカザノヴァの頭にふりかけた。それから、また何かわけのわからないことを長々とのべたてて、カザノヴァに接吻して帰っていった。
 この話は取るに足らないものであるかもしれない。しかし、この一件は少年カザノヴァに深い印象を与え、生涯にわたって神秘学への偏愛を植えつけることになった。勿論、カザノヴァは魔法使いの存在などは信じていないけれども、そうしたものの不可思議な効力をみだりに疑ったりはしない。」

「少年カザノヴァは病身で極めて弱かった。病気は彼を陰鬱にし、面白味も可愛げもない子供にしてしまったので、誰もが彼を憐れみ相手にしなかった。両親も全くといっていいほど言葉をかけてくれなかった。食欲もなく、いかなることにも熱中できず、まるで白痴みたいだったと自ら語るその姿は、とても後年の多血質で快活な活動家カザノヴァの姿を想像できるものではない。」

「『回想録』は一代の自由人が晩年に到達しなければならなかった寂寥の所産だった。もし彼にこの絶対孤独の寂寥がなければ、恐らく『回想録』などは書かれなかったろう。
 カザノヴァはもう一度思い出のなかに人生を楽しむために、そしてそうすることが、気が狂いそうになったり、悲しみに死にそうになる毎日から身を守る「唯一の治療法」であったために、かつての恋人たちの色あせた手紙やその他の記録文書を繙きながら、自分の『生涯の歴史』を書いた。一日の大部分の時間はこのために当てられた。」

「類稀な才能の持主だったカザノヴァは、心掛けひとつでいずれかの部門の知識をより完全に身につけ、その道で大成することもできたかもしれなかった。しかし、彼には最初からそんな気は全くない。何者にでもなれる天才とは、何者にもなれない天才である。ツヴァイクも徹底性に欠けたカザノヴァは完璧なディレッタントだと言っている。カザノヴァはこの言葉を甘受するだろう。その代わりに彼は自由を得た。家族も家庭もなく、祖国すらも失った束縛のない放浪は、何らかの職業に甘んじている生活よりは、はるかに大きな幸福である。彼は自分自身が自分の主人であり、自分の生活信条は不幸を恐れぬことだと言い、「どこかに定住するという考えはつねに嫌悪の情を抱かせ、道理にかなった生活は全く性に合わない」と語る。これは真の自由人のモラル以外の何ものでもない。」

「一般に十八世紀は啓蒙の世紀といわれ、理性と合理主義が主導権を握る。賢者の石や呪いや万能薬を嘲笑したモンテスキューは、不条理な偶像をつくる想像力を欺瞞的な代物として非難し、無知の母胎となる軽信を攻撃するヴォルテールは、迷信を人間精神を堕落させる最も恐ろしい毒素と見なしていた。合理主義と科学を主体とする進歩思想にささえられていたこれらの哲学者たちの啓蒙は、たしかに無知蒙昧という「闇」に理性の光を与え、ことの正邪に合理的な判断を加えるものであった。
 しかし、理性の光などには限りがある。マルセル・シュネデールが言うように、われわれがつねに「混乱と無知と恐怖のなかに生きている」ものであるかぎり、「闇」はいつまでもわれわれにつきまとう。現代のように応用科学や技術が高度に発達した時代においても、「闇」は一向に薄れるものではない。実利主義的な金銭取引きや商売がのさばり、官僚政治と組織とが束縛を強くする時代には、自由と冒険心を奪われた人間の心に、「闇」は一そうその深さをこくするだろう。現代の幻想文学復活の背景には、こうした事情が大きく影響しているように思われる。すなわち、そうした「闇」の不安からは、「夜の、神秘の、そして聖なるものの色彩をおびた」一切の幻想的なものが生まれてくる。
 フランスを中心とした十八世紀のヨーロッパにおいても、神秘学は理性への返逆として、かえって隆盛をきわめた。すでに十七世紀末からヨーロッパに最も普及した書物のなかに、薔薇十字団の思想を紹介するフランスの神秘家モンフォコン・ド・ヴィラールの奇書『ガバリス伯爵』や、オランダの牧師バルタザール・ベッカーの『魔法にかけられた世界』があったことは、理性時代における理性の限界を示す何よりの証拠であろう。
 フランス幻想文学の先駆者ジャック・カゾットは、『ガバリス伯爵』に魅せられて『恋する悪魔』を書いている。また、スウェーデンの哲学者エマヌエル・スウェデンボルイは科学への不信を表明して心霊研究に没頭したが、彼の思想は当時流行したフリーメーソンの原動力となり、マルチネス・ド・パスカリやクロード・ド・サン=マルタンのような幻視者の誕生をみた。そして、懐疑と迷信とが共存していた大革命前ののどかな時代風潮のなかから、山師と呼ばれ冒険家といわれた行動的な自由人が何人も輩出した。」
「時代がこのような風潮に包まれていたればこそ、カザノヴァのように才智にたけた男には、古代の異教の司祭のように、無知な軽信家たちを騙し、やすやすと尊敬の念を抱かせることができたのだ。」

「冒険家に迷信家的な要素があることは容易に推測できることだが、華やかな青春時代にカザノヴァが行動の指針としたのは、「神ニ従エ」というストア派の金言だった。彼はこの金言を信じ、自分のよき守護神に守られつづけてきた。そして彼の人生は順風満帆、少しの狂いもなかった。しかし、一七六一年にミュンヘンに来たころから、運命は次第に下り坂となった。(中略)カザノヴァは精神的にも肉体的にも弱りきり、無卦にまわった人生にひとつの危機を感じていた。彼の宿命的な守護神は、「次々と愚かな行為を激しくしていった。」」

「『回想録』を読みつづけていくと、巻を追うごとに次第に人生の悲哀がにじみ出てくる。(中略)『回想録』のひとつの面白さは、次第にその濃さを増してくる後半の影の部分である。少くとも私には、前半の絢爛とした冒険譚以上に興味深い。広い意味での文学が語られているからである。」

「詩人の倦怠や寂寥に不必要な同情を寄せてはいけない。アナトール・フランスの言い草ではないが、歌う者は絶望をも美しくする術を心得る。世間的な意味での文学者になりそこねた文人カザノヴァも例外ではなかった。彼は痛風のためにきかなくなった指を酷使しながら、日に十三時間も書きつづけた。文学はすべて、生存の空しさから生まれるといったら言いすぎだろうか。十二巻の『回想録』は、何よりもこのことを証明しているではないか。」


































































窪田般彌 『物語マリー・アントワネット』 (白水Uブックス)

「マリー・アントワネットは誰の手も借りずに馬車を降り、断頭台の木の階段を黙々と上った。壇上で誤って死刑執行人の足をふんだ。育ちのいい彼女の口からは、ごく自然に優しい言葉が出た。
――お許しくださいませ。わざとしたことではありませんので。
それから数分後に、彼女は処刑される。死刑執行人サンソンの証言によれば、壇上のマリー・アントワネットは、ただ一言、「急いでください」と頼んだという。」

(窪田般彌 『物語マリー・アントワネット』 より)


窪田般彌 『物語マリー・アントワネット』 
白水Uブックス 1007

白水社 1991年6月20日第1刷発行/1998年10月25日第3刷発行
221p 新書判 並装 カバー 定価920円+税
ブックデザイン: 田中一光
カバーイラスト: 棟方志功

「本書は1985年に単行本として小社から刊行された。」



本書「あとがき」より:

「十八世紀のフランスは女性上位の時代であった。ポンパドゥール公爵夫人やデュ・バリ夫人に代表されるルイ十五世の寵姫たち、サロンの女王のタンサン夫人、美貌の暗殺者シャルロット・コルデーなど、あげていけばきりがないが、ロマネスクな意味で興味深い女性が多い。
マリー・アントワネットもまた、こうした女性たちの一人である。
たまたま(中略)おすすめもあったので、読物風のマリー・アントワネット評伝を書いてみた。フランス人の得意とする「裏面史(プティット・イストワール)」を目指したわけではないが、肩のこらない物語として読んでいただきたい。」


本文中図版(モノクロ)多数。


物語マリーアントワネット1


カバーそで文:

「歴史上あまりにも著名なマリー・アントワネットの悲劇的生涯、その結婚から革命の露と消えるまでの数奇な運命に弄ばれる一生を、エピソードを中心にまとめた読物風評伝。」


目次:

第一章 十五歳の花嫁
第二章 パリ征服
第三章 ルイ十五世の死
第四章 トリアノンの女王
第五章 頸飾り事件
第六章 革命の跫音
第七章 カペー未亡人
第八章 コンシェルジュリーの七十七日

あとがき



物語マリーアントワネット2



◆本書より◆


「マリー・アントワネットの礼儀作法の先生は、きびしい侍女のノアイユ夫人だった。だが、まりー・アントワネットはこの夫人を嫌い、「エチケット夫人」と渾名して敬遠した。朝から晩まで、いつも作法、作法と追いかけ廻されたからだった。」

「親族はみな敵であり、一人として信用できない。マリー・アントワネットは孤立した。にもかかわらず、彼女は享楽をやめようとしない。それどころか、一七八五年八月十九日には、小トリアノンのロココ劇場で、マリア・テレジアが詐欺師扱いをし、ルイ十六世が悪漢と呼んだボーマルシェの『セビーリャの理髪師』を上演する! (中略)女王自身が陽気なロジーヌという配役で。」
「彼女の頭にあったのは、国家財政の破綻を無視した享楽だけだった。」
「「生きる喜び」がすべての時代に生きた人々は、一人として、あの血に飢えた神々の手になる残虐な革命などは予想だにしなかった。
一七八五年八月十九日の『セビーリャの理髪師』を最後に、ロココの喜劇は幕をとじた。」


          *          *          *

「一七七四年五月十日の午後に、ルイ十五世は死んだ。(中略)屍体は腐敗しきっていて、あたりには耐えがたい悪臭が漂っていた。」
「当時フランスでは、国王が死ねばその心臓が遺体から取り出され、パリの教会の一つに委託されることになっていたが、ルイ十五世の場合には、遺体の切開をすることさえも不可能だった。よって歴代フランス国王のうち、ルイ十五世だけが心臓をつけたままサン・ドニ教会に埋葬されることになった。
アンドレ・カストロによれば、おかげでルイ十五世の心臓だけは、二十年後に画家マルタン・ドロランの餌食とならずにすんだという。というのは、日常的な素材を好んだこの画家は、革命時代に王族たちの心臓を買い込み――香料が使われたためにミイラ化していた――、それをチューブに詰めてカンバスになすりつけ、「素晴らしい透明絵の具」の効果をつくり出したからである。」



Martin Drolling (Wikipedia)
http://en.wikipedia.org/wiki/Martin_Drolling

The heart of the kings of France: “cordial immortality” (Medicographia)
http://www.medicographia.com/2010/07/the-heart-of-the-kings-of-france-cordial-immortality/

「Another painter, Drolling, acquired the hearts of Marie Therese, the Duchess of Burgundy, and the Regent. Though difficult to obtain, painters needed to use mummified organ matter, which they ground and combined with some oil in order to get a nice brown color, called “mummia.”」



駿河屋購入履歴 2014.12.06
中古ムックその他 別冊太陽 探偵・怪奇のモダニズム ¥860
中古ムックその他 月岡芳年 ¥1,500
中古新書 物語マリー・アントワネット ¥260
中古単行本(小説・エッセイ) 魔法物語 ¥630
中古文庫 砂漠に埋もれた文字 パスパ文字のはなし ¥360
































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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