オディロン・ルドン 『ルドン 私自身に』 池辺一郎 訳

「彼の一生は、はじめから終りまで、彼自身であることに貫かれていた。それは小さなことではない。他の事はどうでもいい。」
(オディロン・ルドン「私自身に」より、ドラクロワについて)


オディロン・ルドン 
『ルドン 私自身に』
池辺一郎 訳


みすず書房 
1983年7月5日 第1刷発行
2007年8月30日 第3刷発行
235p 目次2p 索引1p 
A5判 丸背紙装上製本 カバー 
定価3,800円+税
 


Odilon Redon: A soi-même : journal (1867-1915)


ルドン 私自身に 01


帯文:

「少年の日の記憶、普仏戦争での一兵士としての体験、植物学者クラヴォーによってひらかれた未知の生命体への驚き、銅版画家ブレダンとの出会い。幻想の画家の50年に及ぶ100編の断章を収録。」


目次:

芸術家のうちあけ話
私自身に 日記 1867―1915
 マリー・カザン
 ジャン・ドラン
 シューマン
 ベルリオーズ
 フロマンタン
 ミレー
 アングル
 カザン
 メッソニエ
 シャントルイユとプリュードン
 ファンタン・ラトゥール
 ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ
 クールベ
 印象派展覧会について
 ロドルフ・ブレダン
 ドラクロワ

訳者あとがき



ルドン 私自身に 02



◆本書より◆


「芸術家のうちあけ話」より:

「そのころの海の旅は長く、危険にみちていました。悪天候や逆風のために、私の両親の乗っていた船は、大洋の真中で漂流しかけたといいます。その話を聞くと私は、海上にさまよう運命が長びいて、自分が波の上で出生すればよかったのにという気がしました。後に私は苦しみ悩んでブルターニュの断崖の上から、海を見つめたことがありますが、深淵の上にあるあの国籍のない場所こそ私にふさわしいと思いました。」

「今では死んでしまった意識、その残映も変わってしまった現在、はるか遠い状態を再生させようとできるかぎり記憶を探って見ると、弱い陰気な子としての自分が浮かんできます。黙っているのが好きでした。影を求める子供だったのです。家の中では暗い隅々を求め、遊び部屋でも、大きなカーテンの後にかくれていることに、異常な深い喜びを感じました。外に出ると、野原のまん中で、空が私の魂を奪いました。
 後に、はるか後のことですが、(中略)私は何時間も、というよりは一日中人のいない野原で地面に仰向けに寝て、雲が通って行くのを見ていました。」

「学校に行った期間は、私の若い時の最もみじめな暗い時期でした。」
「結局私は自分の力で、なんとかひとりで自分を作りました。私が受けようとした教育には、ほんとうに私に合った献立がなかったからです。」
「私の受けた教育は、私の性質に反するものでした。教師は私の生まれながら授けられているものに対して、全く盲目で、完全な誤認しか持っていませんでした。何から何まで私を理解しなかったのです。」

「現在の私の孤立は、私がやって来たような仕方以外で芸術を作ることが、私には絶対に不可能だったからです。いわゆる「妥協」といわれるものは、私にはどういうことかわかりません。」
「私がもっぱら力を注いだのは自分の能力の方向を守ることでした。自分の創造を目覚めさせ成長させる方法を意識的に探求し、それを完全な、自律的な形、つまりそれ自身によって存在する形にまで持って行くことを願ったのです。」

「天から授かったものに従うことも、自然の命ずることです。私の授かったものは、夢にふけることでした。」

「私のデビュー時代に私に加えられた批評はすべて誤っていました。ここでは定義は無用であり、理解しようとしてはならないこと、限定することも断言することもいらない、すべて誠意のある新しさは――美も含めて――、それ自体として意味がある、このことを悟らなかったのが批評家の誤りの原因だったのです。」

「私の手柄は最も非現実的な創作物に、生のイリュージョンを与えたことにあるのは人に認めてもらえると思います。」



「私自身に」より:

「イエス――あの人は決して人を有罪とはしなかった。我々のために彼は死んだ。許し、忘れることだけを口にしながら。
 徳は色々に形を変える。拒否することが、徳となる場合もある。
 人を傷つけることを拒否すること、場合によっては完全に孤立することが善行となることがある。そういう振舞いをする人はとかく不当に扱われる。彼らは一種の行動の人であり、異常な意志の人なのだ。
 「インターナショナル」の大きな独創性は、「何びとも所有すべきではない」と言い切ったことにある。これこそ最高の誓い、人類が地上から眼を離し、翼が生えるのを感じはじめた誓いだ。」

「このように狭い街路に囲まれて、人の噂にすべての情熱を注ぐよりすることのない人々の間で過ごす人生は、何とわびしいものであろう。高貴なものに精神を向ける者にとっては、なんという煩わしさ、なんという束縛であろう。小さな庭でも、孤独のあるところは、貴い! そんなところで、たった一人でいるのは、さぞ退屈でしょうと人はいう。― この世のあわれな人々よ、のぞき見をし、うかがい、さがし回り、計算をしなさい。そんなことで過ごす一生は、永い拷問の末に死を迎えるようなものだ。自由はない。暇にまかせて考えるところには、どこにでも自由がある。狂人や賢者が不思議な音を聞いているところ、あなた方には聞こえない響きを、流れる水の傍ら、――あるいはしゃべりながら秘密をあかそうとはしない空の下で、聞いているところでは、どこにも自由はある。」
 
「彼の一生は、はじめから終りまで、彼自身であることに貫かれていた。それは小さなことではない。他の事はどうでもいい。
 それに、すべての真の芸術家には、芸術家以外の者からは理解されぬ何ものかがあるのではないか。自ら自分を教育するより他はない者、自分のやり方を自分で作る者は、不可解な意見を持っているように見えることがある。
 普通の人々のように、その属する社会の社交的な義理に従うことはできない。
 何とかごまかして逃れるが、人はそれに気づく。彼を愛する、あるいは高く評価するものは、それを彼の自然として許すが、他の者にとっては、羽根の色も身のこなしもちがう島の鳥のように、変って見える。」

(ドラクロワについて)

「私の一生を通じて、社会的という形容詞はずいぶん聞かされた。現在になって、私はこの言葉を信用しない。」

「才能とは結局、生まれながら恵まれたものを結実させるだけの力を持っていることだ。」
「自然に、ゆっくり愛していれば、やがて恵みのように、喜びが湧いてくる、それを期待して愛することだ。それは閑(ひま)の必要ということでもある。」

「芸術家が生を受けるのは、ある神秘的なことを完成するためである。彼は偶然の産物だ。社会は彼に何も期待していない。産衣を用意する母親もなく、素裸で藁の上に生れる。そして若いうちに、あるいは年老いてから、珍奇な独創の花を生む。当然他にはない花で、その未知の花の匂いは、人の頭を悩ませ人を近寄らせない。芸術家は宿命的に、悲劇的といってもいい孤立に陥る。芸術家の青年時代は――幼年時代さえ悲しい不安に包まれる。そのために彼は野生動物のようになる。彼に親しさを感じて、理解を示す人があらわれるまで。」

「本屋の窓で「社会的芸術」という題の本を見た。いやな題だ。しかし私はそれを取って、中を開いた。「美の社会化」という文字がある。私は本を閉じた。」

「人々の無関心と軽侮の中に、悲しく、誠実に生きたいたましい生涯の例を、同時代の人々の中にどれだけ見たことか。」

「人が学ぶのは、ほとんどすべて自分で学ぶのだ。」
 
「独立精神にみちたわが友ステファン・マラルメは、ギロチンを廃止すべきであると同様にリセ(学校)を廃止すべしと唱えた。」
 
「群の中で学ぶのは、ひとりで強制もなく勉強するよりもむずかしい。」

「すべて個性的な知性を示すものがそうであるように、この道も多くの非難を受けたが、発見した道に従ったのがよかったのだ。それは彼の精神をあますところなく我々に開き、彼の夢を描かせた。一言でいえば人が模倣し、そして後に残る作品ができたのだ。彼自身の様式を発見したのだ。」

(ピュヴィス・ド・シャヴァンヌについて)
 


◆感想◆


本書の存在はたいへんありがたいですが、訳者は「coeur」を「心臓」と訳しているので、たとえば、
 
「自由を愛するのは囚われない大きな心臓にのみ宿るのだ」
「たとえば天才が友情を抱くのは、平凡な能力しか持たない、しかしすぐれた心臓を持った人に対してであることが多い」
「「自然」という言葉を大袈裟にとなえる人(心臓は何も感じていないのに)、そういう人に私は反感を持つ」


といったような文章が散見されます。なぜ「心」でなく「心臓」と訳したのか、謎です。



原文:

Wikimedia (djvu ファイル)。




























































































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粟津則雄 『オディロン・ルドン 神秘と象徴』

「黒はもっとも本質的な色彩である。」
(オディロン・ルドン)


粟津則雄 
『オディロン・ルドン 
神秘と象徴』


美術出版社 
1984年9月30日 第1刷発行
326p モノクロ口絵32p カラー口絵2葉
A5判 並装 カバー 
定価2,600円
装幀: 桜井芳樹



本書「あとがき」より:

「本書の第一部をなす文章は、一九六六年に、美術選書の一冊として、『ルドン 生と死の幻想』と題して発表したものである。今回、第二部として、その後さまざまな機会にルドンについて書いた文章を集めた。」


粟津則雄 オディロンルドン 01


本書「あとがき」より:

「ルドンは一八四〇年の生れだが、同じ年に生れたモネが、外光の作用で微妙に変化する色彩の探究に身を委ねたのと対照的に、ただひたすら人間の内面の世界を凝視し続けた。ルドンとモネとのこのような対照は、文学における象徴詩と自然主義小説との対照にほぼ相応ずるのであって、両者がそれぞれおのれの志向と方法を純化徹底することによって、絵画における近代性を形作っていると言ってよい。
 というわけで、ルドンは近代絵画の流れのうえできわめて重要な位置を占めている。彼は、初期から中期までは、主として木炭素描と石版画によって、恐怖と神秘にあふれた悪夢のような内面世界を描き続けたが、九〇年代のはじめ頃から色彩の世界に入りこんだ。これは、印象主義的絵画の色彩とはまったく異なるのであって、言わば象徴的色彩とでも言うべきものだ。彼は、この色彩によって、花やペガサスやさまざまな神話的主題を描く。このような彼の歩みは、絵画の内面性の見事な達成であって、改めて辿り直すに足りるのである。」



目次:

図版目次

[Ⅰ]
I ペイルルバード
II 少年期
III 形成期
IV ブレダン
V 自然観念の変貌
VI 戦争
VII 成熟
VIII 黒
IX ユイスマンス
X 生と死
XI マラルメとゴーギャン
XII 色彩の世界
XIII 二十世紀

[Ⅱ]
I 幻想の誕生――ルドン、クレー、エルンスト、ウィーン幻想派
II ルドン――夢と神話
III 二重の闇――ルドンと日本
IV ルドンと日本
V 形とことば――オディロン・ルドン
VI ルドンと樹
VII ボードレールの誘惑――ルドンの場合

石版画集目録
ルドン年譜
あとがき
参考文献



粟津則雄 オディロンルドン 02



◆本書より◆


「私は口数も少なかったし、喧嘩もしませんでした。他の連中が野原を歩きまわろうと誘ってくれましたが、そんなことも得意ではありませんでした。私はそんなことより、中庭や庭にいて、しずかなあそびに夢中になっている方が好きでした」
(ルドン「芸術家の打明話」)

「子供のとき、私はくらがりが好きでした。厚いカーテンのしたや、家の暗い片すみや、いろいろな遊びをする部屋などに身を潜ませると、不思議な深いよろこびを味わったことを覚えています。そして外に出、野原へ行くと、空が私に対してなんという幻惑的な力をふるったことでしょう! 
 ずっとあとになっても、これはうんと後になってからのことですけれども、――いくつの時かは申しあげる勇気がありません、足りない人間だと思われかねませんからね――私は野原のひと気のないところで、地面に寝そべり、雲が動いてゆくのを眺めたり、その束の間の変化が作る夢幻的なきらめきを限りないよろこびを覚えながら眼で追ったりして、何時間も、というよりまる一日、過したものです」
(ルドン「芸術家の打明話」)

「住み馴れた場所を離れることは、私にとっては、いつも一種の死でした」
(ルドン「私記」)

「他のところへ行っても、あとになれば、生が立戻って来ます。だが、それは別の生であり、この未知の生はこわいものなのです。ちょっと場所が変るだけで、引越しをするだけで私がどんなに深い苦痛を味わうか申しあげられそうもない。私は澱んでしまっているのです。これから住もうとしている新しい住まいで、生命と仕事に対する興味を取り戻すためには、私には、時間が、たくさんの時間が必要です。いくつもの季節をすごすことさえ必要なのです。」
(ルドン「私記」)

「私は悲しくなるほど努力しても勉強しても、クラスではいつも人よりおくれていました。うんざりするような本のうえに、どれほど涙をこぼしたことか。そういう本を、一語一語覚えろと言いつけられるんですからね。十一歳から十八歳まで、私はいつも勉強というやつに、うらみばかり感じていたと言えるでしょう」
(ルドン「芸術家の打明話」)

「私は、私流の芸術を作りあげてきました」
(ルドン「芸術家の打明話」)

「私はいかなる党派にも属してはいません。いつも私には、芸術家とは孤独である、孤独でしかありえぬと思われていました。現在、私は、自分をどこに区分していいかわかりませんが、自分がどこにいないかはわかっています。それ以外のことはわかりません」(ルドン「ボンゲル宛、一九〇九年三月十二日」)

「私には、人々が『譲歩』と呼んでいるものが、まったく理解出来ないのです。世間の連中は、自分がのぞむ芸術を作っていないのです。芸術家という者は、毎日、自分をとりまくさまざまな事物の受容器となってゆくんです。外部から、さまざまな感覚を受けとり、それを、ただ自分の思うがままに、宿命的な、妥協を許さぬ、執拗な道を通じて、変形させるのです。どうしても表出したいというようなかたちで、何か言うことがあったとき、はじめて物が作れるのです」
(ルドン「芸術家の打明話」)

「一番身近な人々が一番冷酷無惨である。心を許した一言もなく、同情のかけらもない。真理を求めてただひとりゆく者、おのれの方法、おのれの努力の法則を求めて心魂を尽している者、かかる者が人々の支持をうるのは、彼が見下せる人間で、彼の創案が俗っぽいものである場合に限られている。ダンテの一ページを読んで、心高められ、心支えられる日、このような日は、衝撃と傷とを受けた日である。おまえだってゆくゆくはおれと同じ人間になるさ、われわれの額に高貴な夢想のあとを認めた仲間は、そんなふうに考える。そして嘲笑するのだ。馬鹿者と呼ばれ、人でなしと呼ばれた人々よ、君たちが受けた侮蔑は、君たちよりも、いっさいの眼に見えぬものよりも価値あるものであろうか? 君たちが示す苦しみは、君たちのなかに、もっともよきものと魂とのいくらかを残すであろうか? ついには君たちは、君たちの役割こそ究極のものと感ずるようになるであろうか? 苦しむ人間は、おのれを高める人間である。戸をたたくがよい。たたき続けるがよい。傷は実り多きものなのである。
 批判するのは理解することではない。
 すべてを理解するとは、すべてを愛することだ」
(ルドン「私記」)

「孤独のなかにおいてこそ、芸術家は、自分が、人知れぬ深みで、強く生きているのを感ずる。外部の世間の何ものも彼をそそのかしはしないし、彼はおのれをいつわらせもしない。孤独においてこそ、彼はおのれを感じ、おのれを見出すのだ。本能という始源において、ものを見、見出し、欲し、愛し、自然さにたんのうするのだ。他のいかなる社会的環境よりも、孤独な状態でこそ、彼には、おのれを純粋に高揚する力が、おのれの精神で素材を照らしそれを開示展開する力が与えられるのだ」
(ルドン「オランダでの講演のための草稿」)

「こんなことをお話しするのは、あなたがおっしゃるような、あらかじめ持つ観念などというものは、間接的な作用しか及ぼさぬということを理解していただくためですよ。それは多くの場合、おそらく出発の試みのごときものにはなるでしょう。でも、そんなものは途中で捨ててしまって、あの幻想の、魅力ある予期を絶した小道を辿るようになるんですよ。この幻想というすばらしい女性が、突如としてわれわれの眼のまえに、見事な、おどろくべき眺めを現出させてくれ、われわれを服従させるのです。彼女こそ、私の守護天使でした。以前は、今よりももっとそうでした。悲しいことですけどね。彼女は、道に窮してゆらめき動いているような額が好みなんです。特に若者や子供が好きなんですよ。ですから、何かを創造するためには、いつも多少子供のままでいることが利口なやりくちなのです。
 それにまた、彼女は、あの『無意識』というきわめて身分の高い神秘的な人物の言葉を伝える女なのです。老年などという分別くさい年齢になると、彼女のことを空しく待ちのぞむだけですよ。彼女は、時や場所やまた季節に応じて、自分が来たいときにやって来るのです。」
(ルドン「メルリオ宛、一八九八年八月」)



粟津則雄 オディロンルドン 03








































































The Graphic Works of Odilon Redon

The Graphic Works of Odilon Redon
209 Lithographs, Etchings and Engravings
With an Introduction by Alfred Werner

Dover Publications, Inc., New York, 1969
xxvii, 209pp, 30.8x23cm, paperback

*This Dover edition, first published in 1969, contains reproductions of (1) all the plates in the two portfolios (Plates 1-100 and 101-192) originally published by Artz & De Bois, THe Hague, n.d. [1913], with the title Odilon Redon: oeuvre graphique complet; (2) all the other graphic works of Redon for which illustrations could be located.



graphic works of redon 1


1969年にドーヴァー社から出たオディロン・ルドン版画全集。お手軽な一冊だが、紙質・印刷はあまりよくない。


List of Plates

Lithographs

1-11 Dans le Reve (In the Dream); 1879
12-18 A Edgar Poe (To Edgar Allan Poe); 1882
19-27 Les Origines (The Origins); 1883
28 Centaur Aiming at the Clouds (CEntaure visant les nues); 1883; trial piece not included in Les Origines
29-34 Hommage a Goya (Hommage to Goya); 1885
35 The Egg (L'OEuf); 1885; trial proof, not published
36 Profile of Light (Profil de lumiere); 1886
37-42 La Nuit (the Night); 1886
43 Bruennhilde (Brunnhilde); published in the Revue wagnerienne of August 8, 1886
44 Dark Peak (Cime noire); published in the Revue independante of April 1887
45 Girl (Jeune fille); 1887
46 Christ (Christ); 1887
47 Spider (Araignee); 1887
48 Menu of a dinner for French lithographers, April 1, 1887
49 The Idol (L'Idole); 1887; frontispiece for Les Soirs (The Evenings) by Emile Verhaeren
50-56 Illustrations for Le Jure (The Juror) by Edmond Picard; 1887
57 Des Esseintes; 1888; frontispiece for A Rebours (Against the Grain) by Joris-Karl Huysmans
58-68 Tantation de Saint-Antoine (The Temptation of Saint Anthony; 1st series); 1888
69-75 A Gustave Flaubert (To Gustave Flaubert; 2nd series of The Temptation of Saint Anthony); 1889
76 Frontispiece for Les Debacles by Emile Verhaeren; 1889
77 Frontispiece for El Moghreb al Aksa by Edmond Picard; 1889
78 Frontispiece for La Damnation de l'artiste (The Damnation of the Artist) by Iwan Gilkin; 1889
79 Frontispiece for Les Chimeres (The Chimeras) by Jules Destree; 1889
80 Captive Pegasus (Pegase captif); 1889 (first state)
81 Frontispiece for Les Flambeaux noirs (The Black Torches) by Emile Verhaeren; 1890
82 Closed Eyes (Yeux clos); 1890
83 Serpent-Halo (Serpent-Aureole); 1890
84 Female Saint and Thistle (Sainte et chardon); 1891
85-90 Songes (Dreams); 1891
92 Parsifal; 1892
92 Druid Priestess (Druidesse); 1892
93 Mystical Conversation (Entretien mystique); 1892
94 The Reader (Le Liseur); 1892
95 Tree (Arbre); 1892
96 Frontispiece for Les Tenebres (The Darkness) by Iwan Gilkin; 1892
97 The Wing (L'Aile); 1893
98 Light (Lumiere); 1893
99 Frontispiece for Chevaleries sentimentales by Ferdinand Herold; 1893
100 My Child (Mon enfant; portrait of Redon's son Ari); 1893
101 Auricular Cell (Cellule auriculaire); 1894; published in L'Estampe Originale
102 Winged Horse (Cheval aile); 1894; published in the Revue Blanche
103 Obsession (Hantise); 1894
105 Bruennhilde in Die Goetterdaemmerung (Brunnhilde, Crepuscule des Dieux); 1894
106 The Celestial Art (L'Art celeste); 1894
107 The Buddha (le Buddha); 1895; published in L'Estampe Originale
108 Centaur Aiming at the Clouds (Centaure visant les nues); 1895
109-132 La Tentation de Saint-Antoine (The Temptation of Saint Anthony; 3rd series); 1896
133 Old Knight (Vieux chevalier); 1896; published by Vollard in the Album des Peintres-Graveurs
134 Frontispiece for Le Mouvement idealiste en peinture (The Idealistic Movement in Painting) by Andre Mellerio; 1896
135-141 La Maison hantee; 1896; illustrations for Rene Philipon's translation of Edward Bulwer-Lytton's short story The Haunted and the Haunters; or, The House and the Brain
142 The Shulamite (La Sulamite); 1897; color lithograph
143 Beatrice; 1897; color lithograph; published by Vollard in the Album des Peintres-Graveurs
144 Child's Head with Flowers (Tete d'enfant avec fleurs); 1897
145 Ari [the artist's son]; 1898
146 Man on Pegasus (Homme sur Pegase) or The Poet and Pegasus (le Poete et le Pegase); 1898
147 Sleep (Le Sommeil); offered as a bonus by L'Estampe et l'Affiche in its issue of February 15, 1898
148-160 Apocalypse de Saint-Jean (The Revelation of St. John the Divine); 1899
161 Head of Woman with Corsage of Flowers (Tete de femme avec fleurs au corsage); 1900
162-164 Untitled trial lithograph
165 Portrait of the "Nabi" painter Edouard Vuillard; 1900
166 Portrait of the painter Pierre Bonnard; 1903
167 Portrait of the "Nabi" painter Paul Serusier; 1903
168 Portrait of the painter Maurice Denis; 1903
169 Portrait of the pianist Ricardo Vines; 1903
170 Portrait of Juliette Dodu, heroine of the Franco-Prussian War and half-sister of Redon's wife; 1904
171 Portrait of the art critic Roger Marx; 1904
172 Portrait of the guitarist Miguel Llobet; 1908

Etchings and Engravings

173 The Ford, with Small Horsemen (Le Gue, avec petits cavaliers); etching; 1865
174 Fear (La Peur); etching; 1865
175 Battle (Bataille); etching 1865
176 The Two Small Horsemen (Les deux petits cavaliers) or Combat of Horsemen (Lutte de cavaliers); etching; 1865
177 Combat of Horsemen (Lutte de cavaliers); etching; 1865
178 Two Trees; etching; 1865
179 Chapel in teh Pyrenees (Chapelle des Pyrenees); etching; 1866
180 Horseman Waiting (Cavalier dans l'attente); etching; 1866; trial run
181 Horseman in the Mountains (Cavalier dans les montagnes); etching; 1866; trial run
182 Horseman under a Stormy Sky (Cavalier sous un ciel d'orage); etching; 1866; trial run
183 Horseman Galloping (Cavalier galopant); etching; c. 1866; trial run
184 Apparition or Female Nude; etching and drypoint; reworking of Plate 182
185 Mountainous Landscape (Paysage de montagnes); etching; c. 1886; trial run
186 Saint-Jean-Pied-de-Port; etching; 1866
187 Sketch of Heads and Leaves (Croquis); etching; before 1870
188 David; etching; c. 1880
189 Tobias (Tobie); etching; c. 1880
190 Dream Vision (Vision de reve): etching; c. 1880
191 Evil Glory (Mauvaise gloire); etching; 1886
192 Cain and Abel (Cain et Abel); etching; 1886
193 Little Prelate (Petit prelat); drypoint; 1888
194 Passage of a Soul (Passage d'une ame); etching; 1891; frontispiece for the novel La Passante by Adrien Remacle
195 Perversity (Perversite); etching; 1891
196 Prncess Maleine (Princesse Maleine) or The Small Madonna (La petite Madone); etching; 1892
197 Skiapod (Sciapode); etching; 1892
198 Enigma (Enigme); drypoint; 1892
199 The Book (Le Livre) or Saint Theresa (Sainte Therese); drypoint; 1892; reworking of No. 197
200 Ex-Libris; etching; 1913

Drawings Reproduced by the Evely Process

201-209 Les Fleurs du Mal (Flowers of Evil), illustrations for Charles baudelaire's poems; 1890



graphic works of redon 2

At the entrance of the walks (from "Le Jure")
Why should there not exist (from "Le Jure")


graphic works of redon 3

Obsession


























































『オディロン・ルドン展』 (1989)

「どろろんうどん」かと思ってよくみたら「オディロン・ルドン」だった、そんな日もありました。


『オディロン・ルドン展―光と闇―』 (1989)

編集: 東京国立近代美術館/本江邦夫 高橋幸次
デザイン: 浅井潔
制作: アイメックス
発行: 東京新聞
263p 27×22.5cm 並装


東京国立近代美術館
1989年3月17日―5月7日

兵庫県立近代美術館
1989年5月14―6月25日

愛知県美術館
1989年7月7日―7月23日

主催: 東京国立近代美術館/東京新聞
後援: 外務省



1989年に開催されたルドン展のカタログ。


ルドン展 1


目次:

謝辞
あいさつ

オディロン・ルドン 光と闇 (本江邦夫)
ルドンの影 あるいは色彩 (市川政憲)

カタログ (本江邦夫編)

オディロン・ルドン年譜
Selected Bibliography
邦語文献
List of Exhibitions

出品作品一覧



ルドン展 2


ルドン展 3


ルドン展 5


ルドン展4

「誠実な人を探すディオゲネス」。















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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