『つげ義春 夢と旅の世界』 (とんぼの本)

「どんな芸術でも、最終的に意味を排除するのが目標だと思っているんですよ。」
(つげ義春)


『つげ義春 
夢と旅の世界』
 
とんぼの本

新潮社
2014年9月20日 発行
158p
21.6×16.6cm
並装 カバー
定価1,800円(税別)
ブックデザイン: 日下潤一+浅妻健司+赤波江春奈


「本書は「芸術新潮」2014年1月号大特集
「デビュー60周年 つげ義春 マンガ表現の開拓者」を
増補・再編集したものです。」


本書はもっていなかったのでヤフオクで1,000円(+送料360円)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。


つげ義春 夢と旅の世界 01


カバーそで文:

「夢の世界を初めてマンガにした最大の問題作「ねじ式」、
旅情と抒情が至純なイメージをつむぐ「紅い花」――。
つげ義春が切りひらいた新たなるマンガ表現を、
生々しいタッチが息づく原画で体験してみよう。
夢と創作の関係をあかす4時間ロング・インタヴュー、
懐かしくも失われゆく風景をとらえた旅写真の数々も収録。
そこに浮かびあがるのは、夢と旅のリアリズムの極み。」



目次:

夢 (山下裕二)
原画で読む「夢」1 ねじ式
ロング・インタヴュー 夢のリアリティを求めて 【聞く人】山下裕二
原画で読む「夢」2 外のふくらみ

旅 (山下裕二)
原画で読む「旅」1 紅い花
旅で撮る、旅を描く
つげ義春 旅を語る
原画で読む「旅」2 ゲンセンカン主人

We Love Tsuge
 多摩川で、つげさんとすれ違いたい (戌井昭人)
 「やなぎ屋主人」に一目惚れ (東村アキコ)

初めての人のためのつげ義春Q&A 【答える人】山下裕二
略年譜 つげ義春によるつげ義春
現在入手可能な「つげ本」




◆本書より◆


ロング・インタヴュー「夢のリアリティを求めて」より:

「どんな芸術でも、最終的に意味を排除するのが目標だと思っているんですよ。」

「ともかくリアリズムが好きですね。自分の主観による意味付けを排して、あるがままの現実に即して描くのが……。」

「乞食は社会の枠組みからはずれ、関係としての自己から解放されています。自己意識も消えて、生も死も意識されることがなくなり、生きていることの不安も消える、その状態こそ神の国、天国ではないですかね。」

「現実もあるがままに直視すると無意味になりますが、夢はさらに無意味を実感させてくれるので、リアリティとは無意味によってもたらされるのではないかと考えているのです。」

「人間の精神は薬で治せるものではないでしょう。」

「やっぱり共産党に入れましたよ。(中略)保守系に対抗できるのは他にないですから。でも政治思想にはまったく関心ないですね。」



つげ義春 夢と旅の世界 02


「ねじ式」原画。


つげ義春 夢と旅の世界 03


「外のふくらみ」原画。



◆感想◆


「スペクテイター」のつげ義春特集が、「ねじ式」の眼科や女医さん等々の元ネタ図版を多数掲載していて興味深かったので、さかのぼって本書もよんでみましたが、「ねじ式」その他の年季の入った原画がまるまる掲載されていて圧倒的でした。つげさんが旅先で撮影した写真の図版もたいへんよいです。インタビューもたいへん興味深いです。以上です。





































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「Spectator」 Vol. 41 つげ義春

「とにかくもう、早く死んでしまいたいよね。」
(「「貧乏しても、気楽に生きたい」 つげ義春氏の近況」 より)


「スペクテイター」 
Vol. 41 
つげ義春


発行: エディトリアル・デパートメント
発売: 幻冬舎
2018年2月20日 発行
240p
24.2×18.3cm 並装
定価1,000円+税



本書はネット書店で探しものをしていて出ていることを知ったので注文しておいたのが届いたのでよんでみました。なにを探していたのかは忘れてしまいました。


つげ義春 spectator 01


目次:

Dear Readers
つげ義春の証言

特集: つげ義春探し旅
はじめに&つげ作品の面白さ (赤田祐一)
作品再録「おばけ煙突」
劇画の新たな展開 つげ義春の登場 (浅川満寛)
つげと僕が二〇代だった頃 遠藤政治氏に聞く 
つげ義春の幼年時代 (挿画: 河井克夫)
つげ義春年譜
つげ義春を知るための18の手がかり (浅川満寛)
名作の読解法――「ねじ式」を解剖する (藤本和也・足立守正)
作品再録「ほんやら洞のべんさん」
つげ義春の「創作術」について (高野慎三)
つげ義春の絵コンテ
いきあたりばったりの旅 正津勉、つげ義春を語る 
作品再録「退屈な部屋」
あの頃の、つげ義春とぼく (山口芳則)
再録「つげ義春日記」より
つげ義春氏との想い出 (菅野修)
論考 日常系について (ばるぼら)
論考 川崎長太郎のリアリズムとつげ義春のリアリズム (坪内祐三)
つげ義春の、現在購入可能な作品集
つげ義春 インタビュー 「貧乏しても、気楽に生きたい」 つげ義春氏の近況 (取材構成: 浅川満寛)
“つげ義春好み”の本
 


つげ義春 spectator 02



◆本書より◆


「「貧乏しても、気楽に生きたい」 つげ義春氏の近況」より:

「とにかくもう、早く死んでしまいたいよね。」

「本当に冗談じゃなくて、早く消えてしまいたくて。」

「嫌ですよ、生まれ変わるなんて(苦笑)。」

「最高の境地っていうのは乞食。」

「なんかね、今になって考えてみると、自分は一貫して、逃げる。「逃げる思想」っていうと変だけど、この世から逃げられるだけ逃げるってかんじですね。」




◆感想◆


なんというか、たいへんしっくりきます。

そういうわけで、本書はつげさんの近況(インタビュー)などもあって内容も充実していてよい本なのでよむとよいです。図版もたくさん載っているので(つげさんの近影もあります)眼福であります。「ねじ式」の印象的な場面が写真雑誌に掲載されていた写真を手書きコラージュしたものだったりするのはたいへん興味深いです。











































































つげ義春 『新版 貧困旅行記』 (新潮文庫)

つげ義春 
『新版 
貧困旅行記』
 
新潮文庫 5454/つ-16-2 

新潮社
平成7年4月1日 発行
平成18年8月30日 15刷
282p 口絵(モノクロ)16p
文庫判 並装 カバー
定価590円(税別)



口絵写真9点、本文中写真・イラスト・地図。


つげ義春 貧困旅行記


カバー裏文:

「日々鬱陶しく息苦しく、そんな日常や現世から、人知れずそっと蒸発してみたい――やむにやまれぬ漂泊の思いを胸に、鄙びた温泉宿をめぐり、人影途絶えた街道で、夕闇よぎる風音を聞く。窓辺の洗濯物や場末のストリップ小屋に郷愁を感じ、俯きかげんの女や寂しげな男の背に共感を覚える……。主に昭和40年代から五〇年代を、眺め、佇み、感じながら旅した、つげ式紀行エッセイ決定版。」


目次:

旅写真①

1
蒸発旅日記

2
大原・富浦
奥多摩貧困行
下部・湯河原・箱根
鎌倉随歩
伊豆半島周遊
猫町紀行

3
旅写真②

4
日川探勝
ボロ宿考
上州湯宿温泉の旅
養老(年金)鉱泉
丹沢の鉱泉
日原小記

5
秋山村逃亡行
旅籠の思い出

6
旅年譜

あとがき

解説 (夏目房之介)




◆本書より◆


「ボロ宿考」より:

「二十年ほど前のことだった。秋田県五能線の八森近くの海辺に沿う崖道(がけみち)を線路づたいに歩いて行くと、線路下の草むらの中に炭焼小屋と見まごう掘立小屋のような宿屋があった。」
「宿を乞(こ)うと、腰の曲ったモンペ姿の婆(ばあ)さんが出てきて満室だと云う。」
「満室といっても誰も泊っている様子はないので、断りの口実なのだろうが、婆さんは場違いな客が来たとみて、怪しい目つきをして取りつくしまもないほど無愛想だった。」
「これほど粗末な宿屋を見たのは空前にして絶後。一体どんな人が泊るのだろうか。(中略)こんな宿屋に泊るのは、よくよく貧しい者か、放浪者、不治の病いを負った者とか、私のような精神衰弱者とか犯罪者のような、社会からこぼれてしまった者たちなのではないかと想像をめぐらせてみたりした。
 昔、四国遍路にはカッタイ道という裏道があり、ライ病遍路専用の宿泊小屋のあったこと、また同じ四国に「落し宿」もあったらしいことを宮本常一は書いている。

   ――起原も実態も明かでない宿はそのほかにもある。四国山中に見られる落し宿などもその一つである。泥棒(どろぼう)を泊める宿であった。泥棒もまた一つの職業であった。田舎の泥棒は金をとるのが必ずしも目的ではなかった。物のあるような家にしのびこんで主として食料をとる。その食料を買ってくれるのが落し宿である。泥棒はまたそういう家へ泊まる。たいていは一軒ぽつんとはなれて住んでいた。そういう家を転々として泊まりあるく者もいたのである。そしてまたそういう家へ暗夜ひそかに食料を買いに来る貧しい人たちもいた。物をぬすむということは罪悪ではあるが、その罪悪を黙認する世界があった。それによってうるおうものがまた少くなかったからである。このような宿の話は他の地方ではあまり聞かぬ。善根宿のもっとも多い地帯に落し宿のあったことは、貧しいものの世界にはそれなりに一つの連帯社会があったと見られるのである――
          (「日本の宿」昭和四十年、社会思想社刊)

 八森で見た宿屋は、そういう類(たぐ)いの一般にはうかがい知ることのできぬ、世の中の裏側にある宿屋だったのかと、あとになって思った。
 そこまで極端ではなくとも、そういう貧しげな宿屋を見ると私はむやみに泊りたくなる。そして侘(わび)しい部屋でセンベイ蒲団(ぶとん)に細々とくるまっていると、自分がいかにも零落して、世の中から見捨てられたような心持ちになり、なんともいえぬ安らぎを覚える。」




















































































































つげ義春 『新版 つげ義春とぼく』 (新潮文庫)

つげ義春 
『新版 
つげ義春とぼく』
 
新潮文庫 4863/つ-16-1 

新潮社
平成4年6月25日 発行
平成4年10月15日 3刷
265p 口絵(カラー/モノクロ)16p
文庫判 並装 カバー
定価440円(本体427円)


「この作品は昭和五十二年六月晶文社より刊行されたものに、“夢日記”の改稿・新稿を加えるなど、新たに再編集したものです。」



カラー口絵9点、モノクロ口絵6点。本文中イラスト多数。
なぜか「ボルヘスとわたし」をおもわせるタイトルのつげ義春イラスト入りエッセイ集です。


つげ義春とぼく


カバー裏文:

「多忙な現代人が忘れてしまった根源的故郷への思慕を胸に、鄙びた温泉宿を訪ね歩く場末感覚に満ちた「颯爽旅日記」。日常生活の狭間に突如現れる異世界=夢の領域をシュールなイメージとともに採取した「夢日記」。自らの貧困生活を滑稽かつ痛切に綴った「断片的回想記」など、生と死の間で揺らめく人々の物哀しさを描き続けてきた孤高の漫画家、つげ義春の世界を一望する新版エッセイ集。」


目次:

イラストレーション傑作集

颯爽旅日記
 東北の温泉めぐり
 太海 鴨川 大原
 定義温泉
 外房の大原
 ふたたび大原へ
 関東平野をゆく
 城崎温泉
 会津 新潟 群馬
夢日記
断片的回想記
 断片的回想記
 密航
 犯罪・空腹・宗教
 東北の湯治場にて
 自殺未遂
 四倉の生
 万引き
旅の絵本
 秋田県八森海岸
 秋田県黒湯温泉
 下北半島牛滝村
 会津木賊温泉
 会津西街道横川
 会津岩瀬湯本温泉
 長野県善光寺街道青柳宿
 兵庫県室津港本陣
 徳島県切幡寺参道
 熊本県峐の湯
 秋田県烝ノ湯
桃源行 画・つげ義春 文・正津勉

あとがき
文庫版へのあとがき

解説 (伊集院静)




◆本書より◆


「犯罪・空腹・宗教」より:

「ぼく自身ミステリィ的な空想の世界に没頭するのが好きだった。江戸川乱歩や、ポー、谷崎潤一郎の初期の作品を夢中になって読みあさり、萩原朔太郎や、佐藤春夫や、ドストエフスキーの作品にもミステリィじみた興奮を覚えながら読んだりしていた。そして自分も、作中の犯罪者や異常者のようになれたらどれほど気が楽かしれないと思ったりしていた。
 そう思う原因は、その頃の自分が赤面癖に悩まされていたからではないかと思う。極度の対人恐怖症になっていた。
 理由もなく突然顔を赤くすると、人に不審がられ、こいつは異常者ではないかと思われるのが恐しく、いつも平気を装うのに緊張していた。そして平気を装えば装うほど人の視線が意識されるので、それを遮(さえぎ)るつもりで顔の半分がかくれるほど髪を長くのばして、いつもうつむきかげんにしていた。
 近頃でなら、ヒッピーやフーテンの長髪スタイルは少しも珍しくはないが、その頃の長髪はかえって人の注目を集める結果となってしまい、道を歩いていると、幼い子供たちがゾロゾロと、気の触れた人でも見るような目つきでついて来たりした。そんなときは、カッとなり、いきなり五、六人をつかまえて、電車の走ってくる線路へ投げとばしてやりたい衝動にかられた。「自分は顔が赤くなるからといって、けっして隠しごとや悪事を秘めているのではないんだ。なのになぜそんな怪しげな目つきで見るんだ」と、いつも心の中で叫んでいた。そして、しまいには、いっそ犯罪者にでもなってしまったほうが、もはや自分は正常な人間とはみられないから、かえって異常者として大手を振って生きていけるような気持ちになっていた。
 そんなある日、夏の太陽の照りつける、かげろうのゆらめく道を、風采(ふうさい)の上らぬ三十歳くらいの男が歩いていた。と、物かげからいきなり犬が男に吠(ほ)えかかってきた。男は知らぬ素振りで歩いていたが、犬は何が気にくわないのか執拗(しつよう)に男に吠えかかった。道ゆく人は何事かという表情で、犬に吠えつかれている男を怪しい者を見るような目つきで見ていた。それは丁度、いつもぼくに向けられる視線と(実際にはぼくの思いすごしなのだが)同質のもののようにみえた。
 男は、自分はけっして怪しい者ではないという素振りを全身でしめすかのように、悠々(ゆうゆう)とした足どりで歩いていたが、内心は理由のない屈辱に黒々とした狂暴性にかたまっていたに違いない。急に振り向くと、やにわに小石を拾って力まかせに犬に投げつけた。犬は不意の逆襲に逃げまどい、男は上衣(うわぎ)を脱いでそれを風車のようにビュンビュン振り回しながら犬を追いまわした。上衣は何度も空振りをして、バサリバサリと地面にほこりを立てた。男は無茶苦茶になってしまった。道ゆく人は、急に無関心を装ったように急ぎ足で遠ざかってしまった。男はこぶし大の石をみつけると髪をふり乱して犬に投げつけた。石は後足に命中し、犬はその場に尻餅(しりもち)をついてしまった。男はその石を拾ってなおも犬をめった打ちにした。
 ぼくはその場にクギづけにされたように、ボー然と眺(なが)めていた。それはなんだか遠くの方の出来事のように思えた。急に物音が遠ざかり、少しも暑さを感じさせない陽(ひ)がカンカン射(さ)し、ゆらめくかげろうの向うで男は静かに犬をなぐりつけていた。ぼくは名状しがたい快感のような気分を味わっていた。」









































































































『つげ義春コレクション 大場電気鍍金工業所/やもり』

つげ義春 
『つげ義春コレクション 
大場電気鍍金工業所/やもり』


ちくま文庫 つ-14-2
筑摩書房 2008年11月10日第1刷発行/2009年6月10日第3刷発行
353p 文庫判 カバー 定価760円
カバーデザイン: 間村俊一

「本書は『つげ義春全集7』(一九九三年十月二十五日、筑摩書房刊)を文庫化したものです。」



文庫版つげ義春全集。「自伝的」作品集成。


大場電気鍍金工業所1


間村俊一装幀。1950-60年代「ブルーノート」盤ジャケットのような表紙デザインがすばらしいです。


帯文:

「青年時代までの悲惨と滑稽を描く
つげ義春自伝的作品群
第2回配本(全9冊)」



カバー裏文:

「「大場電気鍍金工業所」から「別離」まで、自伝的色彩が強く投影された作品9編を収録。少年時代から青年時代までの貧乏と悲惨を、著者独特のユーモアを交えて描く。」


目次:

大場電気鍍金工業所 (「別冊・漫画ストーリー」 1973年4月28日号)
少年 (「カスタムコミック」 1981年7月号)
海へ (「COMICばく」 1987年3月号)
やもり (「COMICばく」 1986年9月号)
下宿の頃 (「ヤングコミック」 1973年1月10日号)
義男の青春 (「漫画サンデー」 1974年7月27日号、11月16日号、11月23日号)
池袋百点会 (「COMICばく」 1984年12月号)
隣りの女 (「COMICばく」 1984年12月号)
別離 (「COMICばく」 1987年6月号、9月号)

解題 (高野慎三)
解説 悲惨な町の安全運転 (赤瀬川原平)



著者の「自伝的」作品を、発表順ではなく、主人公の成長過程を辿れるような順番で集成している。主人公の性格は、かなり一般化(「普通の人」化)されているように思える。
本シリーズの「解題」には、著者が自作について語ったインタビュー本『つげ義春漫画術』から適宜引用されているが、本書収録作「別離」(いまのところ著者の最後のまんが作品)については、
「ロマンの香りとか、そういうのを全部はぎ取ってしまいたいという気はあるんですよ。最近、この歳になってきて、赤裸々な姿を描きたいみたいな気も多少あるわけです。小説だと、徳田秋声なんかにそれを感じるんですね。夢も希望もない、汚いことでもなんでも、ずけずけ書いてしまうでしょう」
と語っている。
そういうわけで、著者自身の姿というのであれば、むしろ主人公よりも、主人公が共感を示す脇役、たとえば本書には収録されていないが、連作『無能の人』に登場する寝たきり古本屋とか作中で言及される俳人の井月とかに、理想像として、象徴的に表現されているような気がします。


そこで、今回は、本書収録「海へ」(いまのところ著者の最後から二番目のまんが作品)に登場する「キヨちゃん」に注目してみたいと思います。


大場電気鍍金工業所2


主人公の家の工場で働く女工さんです。始めたばかりの小さな工場なので、働いているのは、家族のほかにはキヨちゃんだけです。キヨちゃんは最初の日だけ主人公の家族と昼食をともにしますが、翌日からは外で食事するようになります。裏庭の祠にお弁当を隠しておいて、昼になるとそのへんの路地で一人で食べるのです。「陰鬱で人とろくに口もきかぬ義父との作業」は「暗く気づまりで耐えがたいものだった」から、女工さんも居心地が悪かったのだろう、と主人公は推測していますが、もちろん、キヨちゃんにとっては、口をきかぬ義父よりも、いろいろ気をつかってくれる親切なお母さんのほうが気づまりだったのです。そしてキヨちゃんは基本的に人と一緒にいると寛げない人なのです。
そういうわけで、キヨちゃんは昼休みを主人公一家と一緒にすごしたくないので、たとえ雨降りの日でも、外に出て一人で時間をつぶすのです。人といるよりも一人で雨に打たれている方がキヨちゃんにとっては居心地がいいのです。そんなキヨちゃんを見て主人公は「変な奴」と呟きますが、それは『無能の人』の主人公が野垂れ死にした俳人の井月を「大馬鹿ものだよ」とののしるのとおなじことなのです。彼らは何ごとかを理解しつつあるのです。
キヨちゃんは初めての給料をもらうとさっさとやめてしまいます。「キヨちゃんとはひとことも言葉を交したことはなかったが/なんだか味方に去られたような気持ちになった」「キヨちゃんはやめることができても自分はそうはいかない/逃場がない」そう主人公は考えますが、のちにキヨちゃんの「逃場」のなさが自分のそれよりもはるかに深刻なものであると知ることになるのです。
というのも、キヨちゃんは水道も電気もない「家舟」に一人で暮らしていたのです。


大場電気鍍金工業所3


これがその家舟です。キヨちゃんのお父さんは肺病で死んだのですが、キヨちゃんは葬式も出さずに、お父さんの死体を川に流してしまったのです。
(それはべつにたいしたことではないのです。水葬なのです。キヨちゃんにとってはそれでいいのです。)
家出した主人公は、キヨちゃんの家を訪れます。
「なによ」
「おれ家出したんだぞ/お前なんか一人でいいよな」
「よくないよ」
「舟の家っていいよな/何処だって好きなところへ行けるしさ/海の方へ行こうぜ/海へ行こうぜ」(※)
そんな呑気な「ロマンの香り」のする発言をする主人公に共感されても、キヨちゃんにとってはいい迷惑なのです。キヨちゃんは家舟と桟橋を繋ぐ板を外して、主人公を残して無言で家に入ってしまうのです。
小さいときに住んでいた大島に行けば、死んだ父親がまだ元気でいるのではないかというような、家族幻想(ファミリー・ロマンス)を抱くことができる主人公の甘っちょろさは、キヨちゃんによって手痛く批判されるのです。主人公は家舟に石をなげて「ちくしょう」と叫ぶしかないのです。

※ 余談ですが、名作「枯野の宿」には、旅先で熱にうかされた主人公が、宿屋の子息の岩男さんに、寝ていた布団ごと舟に載せられて「これからいい所へ行きましょう」と連れていかれる夢をみる場面がありました。




























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

※心の傷、胸焼け、劣等感等ある場合が御座いますが概ね良好な状態になります。

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