つげ義春 『新版 貧困旅行記』 (新潮文庫)

つげ義春 
『新版 
貧困旅行記』
 
新潮文庫 5454/つ-16-2 

新潮社
平成7年4月1日 発行
平成18年8月30日 15刷
282p 口絵(モノクロ)16p
文庫判 並装 カバー
定価590円(税別)



口絵写真9点、本文中写真・イラスト・地図。


つげ義春 貧困旅行記


カバー裏文:

「日々鬱陶しく息苦しく、そんな日常や現世から、人知れずそっと蒸発してみたい――やむにやまれぬ漂泊の思いを胸に、鄙びた温泉宿をめぐり、人影途絶えた街道で、夕闇よぎる風音を聞く。窓辺の洗濯物や場末のストリップ小屋に郷愁を感じ、俯きかげんの女や寂しげな男の背に共感を覚える……。主に昭和40年代から五〇年代を、眺め、佇み、感じながら旅した、つげ式紀行エッセイ決定版。」


目次:

旅写真①

1
蒸発旅日記

2
大原・富浦
奥多摩貧困行
下部・湯河原・箱根
鎌倉随歩
伊豆半島周遊
猫町紀行

3
旅写真②

4
日川探勝
ボロ宿考
上州湯宿温泉の旅
養老(年金)鉱泉
丹沢の鉱泉
日原小記

5
秋山村逃亡行
旅籠の思い出

6
旅年譜

あとがき

解説 (夏目房之介)




◆本書より◆


「ボロ宿考」より:

「二十年ほど前のことだった。秋田県五能線の八森近くの海辺に沿う崖道(がけみち)を線路づたいに歩いて行くと、線路下の草むらの中に炭焼小屋と見まごう掘立小屋のような宿屋があった。」
「宿を乞(こ)うと、腰の曲ったモンペ姿の婆(ばあ)さんが出てきて満室だと云う。」
「満室といっても誰も泊っている様子はないので、断りの口実なのだろうが、婆さんは場違いな客が来たとみて、怪しい目つきをして取りつくしまもないほど無愛想だった。」
「これほど粗末な宿屋を見たのは空前にして絶後。一体どんな人が泊るのだろうか。(中略)こんな宿屋に泊るのは、よくよく貧しい者か、放浪者、不治の病いを負った者とか、私のような精神衰弱者とか犯罪者のような、社会からこぼれてしまった者たちなのではないかと想像をめぐらせてみたりした。
 昔、四国遍路にはカッタイ道という裏道があり、ライ病遍路専用の宿泊小屋のあったこと、また同じ四国に「落し宿」もあったらしいことを宮本常一は書いている。

   ――起原も実態も明かでない宿はそのほかにもある。四国山中に見られる落し宿などもその一つである。泥棒(どろぼう)を泊める宿であった。泥棒もまた一つの職業であった。田舎の泥棒は金をとるのが必ずしも目的ではなかった。物のあるような家にしのびこんで主として食料をとる。その食料を買ってくれるのが落し宿である。泥棒はまたそういう家へ泊まる。たいていは一軒ぽつんとはなれて住んでいた。そういう家を転々として泊まりあるく者もいたのである。そしてまたそういう家へ暗夜ひそかに食料を買いに来る貧しい人たちもいた。物をぬすむということは罪悪ではあるが、その罪悪を黙認する世界があった。それによってうるおうものがまた少くなかったからである。このような宿の話は他の地方ではあまり聞かぬ。善根宿のもっとも多い地帯に落し宿のあったことは、貧しいものの世界にはそれなりに一つの連帯社会があったと見られるのである――
          (「日本の宿」昭和四十年、社会思想社刊)

 八森で見た宿屋は、そういう類(たぐ)いの一般にはうかがい知ることのできぬ、世の中の裏側にある宿屋だったのかと、あとになって思った。
 そこまで極端ではなくとも、そういう貧しげな宿屋を見ると私はむやみに泊りたくなる。そして侘(わび)しい部屋でセンベイ蒲団(ぶとん)に細々とくるまっていると、自分がいかにも零落して、世の中から見捨てられたような心持ちになり、なんともいえぬ安らぎを覚える。」




















































































































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つげ義春 『新版 つげ義春とぼく』 (新潮文庫)

つげ義春 
『新版 
つげ義春とぼく』
 
新潮文庫 4863/つ-16-1 

新潮社
平成4年6月25日 発行
平成4年10月15日 3刷
265p 口絵(カラー/モノクロ)16p
文庫判 並装 カバー
定価440円(本体427円)


「この作品は昭和五十二年六月晶文社より刊行されたものに、“夢日記”の改稿・新稿を加えるなど、新たに再編集したものです。」



カラー口絵9点、モノクロ口絵6点。本文中イラスト多数。


つげ義春とぼく


カバー裏文:

「多忙な現代人が忘れてしまった根源的故郷への思慕を胸に、鄙びた温泉宿を訪ね歩く場末感覚に満ちた「颯爽旅日記」。日常生活の狭間に突如現れる異世界=夢の領域をシュールなイメージとともに採取した「夢日記」。自らの貧困生活を滑稽かつ痛切に綴った「断片的回想記」など、生と死の間で揺らめく人々の物哀しさを描き続けてきた孤高の漫画家、つげ義春の世界を一望する新版エッセイ集。」


目次:

イラストレーション傑作集

颯爽旅日記
 東北の温泉めぐり
 太海 鴨川 大原
 定義温泉
 外房の大原
 ふたたび大原へ
 関東平野をゆく
 城崎温泉
 会津 新潟 群馬
夢日記
断片的回想記
 断片的回想記
 密航
 犯罪・空腹・宗教
 東北の湯治場にて
 自殺未遂
 四倉の生
 万引き
旅の絵本
 秋田県八森海岸
 秋田県黒湯温泉
 下北半島牛滝村
 会津木賊温泉
 会津西街道横川
 会津岩瀬湯本温泉
 長野県善光寺街道青柳宿
 兵庫県室津港本陣
 徳島県切幡寺参道
 熊本県峐の湯
 秋田県烝ノ湯
桃源行 画・つげ義春 文・正津勉

あとがき
文庫版へのあとがき

解説 (伊集院静)




◆本書より◆


「犯罪・空腹・宗教」より:

「ぼく自身ミステリィ的な空想の世界に没頭するのが好きだった。江戸川乱歩や、ポー、谷崎潤一郎の初期の作品を夢中になって読みあさり、萩原朔太郎や、佐藤春夫や、ドストエフスキーの作品にもミステリィじみた興奮を覚えながら読んだりしていた。そして自分も、作中の犯罪者や異常者のようになれたらどれほど気が楽かしれないと思ったりしていた。
 そう思う原因は、その頃の自分が赤面癖に悩まされていたからではないかと思う。極度の対人恐怖症になっていた。
 理由もなく突然顔を赤くすると、人に不審がられ、こいつは異常者ではないかと思われるのが恐しく、いつも平気を装うのに緊張していた。そして平気を装えば装うほど人の視線が意識されるので、それを遮(さえぎ)るつもりで顔の半分がかくれるほど髪を長くのばして、いつもうつむきかげんにしていた。
 近頃でなら、ヒッピーやフーテンの長髪スタイルは少しも珍しくはないが、その頃の長髪はかえって人の注目を集める結果となってしまい、道を歩いていると、幼い子供たちがゾロゾロと、気の触れた人でも見るような目つきでついて来たりした。そんなときは、カッとなり、いきなり五、六人をつかまえて、電車の走ってくる線路へ投げとばしてやりたい衝動にかられた。「自分は顔が赤くなるからといって、けっして隠しごとや悪事を秘めているのではないんだ。なのになぜそんな怪しげな目つきで見るんだ」と、いつも心の中で叫んでいた。そして、しまいには、いっそ犯罪者にでもなってしまったほうが、もはや自分は正常な人間とはみられないから、かえって異常者として大手を振って生きていけるような気持ちになっていた。
 そんなある日、夏の太陽の照りつける、かげろうのゆらめく道を、風采(ふうさい)の上らぬ三十歳くらいの男が歩いていた。と、物かげからいきなり犬が男に吠(ほ)えかかってきた。男は知らぬ素振りで歩いていたが、犬は何が気にくわないのか執拗(しつよう)に男に吠えかかった。道ゆく人は何事かという表情で、犬に吠えつかれている男を怪しい者を見るような目つきで見ていた。それは丁度、いつもぼくに向けられる視線と(実際にはぼくの思いすごしなのだが)同質のもののようにみえた。
 男は、自分はけっして怪しい者ではないという素振りを全身でしめすかのように、悠々(ゆうゆう)とした足どりで歩いていたが、内心は理由のない屈辱に黒々とした狂暴性にかたまっていたに違いない。急に振り向くと、やにわに小石を拾って力まかせに犬に投げつけた。犬は不意の逆襲に逃げまどい、男は上衣(うわぎ)を脱いでそれを風車のようにビュンビュン振り回しながら犬を追いまわした。上衣は何度も空振りをして、バサリバサリと地面にほこりを立てた。男は無茶苦茶になってしまった。道ゆく人は、急に無関心を装ったように急ぎ足で遠ざかってしまった。男はこぶし大の石をみつけると髪をふり乱して犬に投げつけた。石は後足に命中し、犬はその場に尻餅(しりもち)をついてしまった。男はその石を拾ってなおも犬をめった打ちにした。
 ぼくはその場にクギづけにされたように、ボー然と眺(なが)めていた。それはなんだか遠くの方の出来事のように思えた。急に物音が遠ざかり、少しも暑さを感じさせない陽(ひ)がカンカン射(さ)し、ゆらめくかげろうの向うで男は静かに犬をなぐりつけていた。ぼくは名状しがたい快感のような気分を味わっていた。」









































































































『つげ義春コレクション 大場電気鍍金工業所/やもり』

つげ義春 
『つげ義春コレクション 
大場電気鍍金工業所/やもり』


ちくま文庫 つ-14-2
筑摩書房 2008年11月10日第1刷発行/2009年6月10日第3刷発行
353p 文庫判 カバー 定価760円
カバーデザイン: 間村俊一

「本書は『つげ義春全集7』(一九九三年十月二十五日、筑摩書房刊)を文庫化したものです。」



文庫版つげ義春全集。「自伝的」作品集成。


大場電気鍍金工業所1


間村俊一装幀。1950-60年代「ブルーノート」盤ジャケットのような表紙デザインがすばらしいです。


帯文:

「青年時代までの悲惨と滑稽を描く
つげ義春自伝的作品群
第2回配本(全9冊)」



カバー裏文:

「「大場電気鍍金工業所」から「別離」まで、自伝的色彩が強く投影された作品9編を収録。少年時代から青年時代までの貧乏と悲惨を、著者独特のユーモアを交えて描く。」


目次:

大場電気鍍金工業所 (「別冊・漫画ストーリー」 1973年4月28日号)
少年 (「カスタムコミック」 1981年7月号)
海へ (「COMICばく」 1987年3月号)
やもり (「COMICばく」 1986年9月号)
下宿の頃 (「ヤングコミック」 1973年1月10日号)
義男の青春 (「漫画サンデー」 1974年7月27日号、11月16日号、11月23日号)
池袋百点会 (「COMICばく」 1984年12月号)
隣りの女 (「COMICばく」 1984年12月号)
別離 (「COMICばく」 1987年6月号、9月号)

解題 (高野慎三)
解説 悲惨な町の安全運転 (赤瀬川原平)



著者の「自伝的」作品を、発表順ではなく、主人公の成長過程を辿れるような順番で集成している。主人公の性格は、かなり一般化(「普通の人」化)されているように思える。
本シリーズの「解題」には、著者が自作について語ったインタビュー本『つげ義春漫画術』から適宜引用されているが、本書収録作「別離」(いまのところ著者の最後のまんが作品)については、
「ロマンの香りとか、そういうのを全部はぎ取ってしまいたいという気はあるんですよ。最近、この歳になってきて、赤裸々な姿を描きたいみたいな気も多少あるわけです。小説だと、徳田秋声なんかにそれを感じるんですね。夢も希望もない、汚いことでもなんでも、ずけずけ書いてしまうでしょう」
と語っている。
そういうわけで、著者自身の姿というのであれば、むしろ主人公よりも、主人公が共感を示す脇役、たとえば本書には収録されていないが、連作『無能の人』に登場する寝たきり古本屋とか作中で言及される俳人の井月とかに、理想像として、象徴的に表現されているような気がします。


そこで、今回は、本書収録「海へ」(いまのところ著者の最後から二番目のまんが作品)に登場する「キヨちゃん」に注目してみたいと思います。


大場電気鍍金工業所2


主人公の家の工場で働く女工さんです。始めたばかりの小さな工場なので、働いているのは、家族のほかにはキヨちゃんだけです。キヨちゃんは最初の日だけ主人公の家族と昼食をともにしますが、翌日からは外で食事するようになります。裏庭の祠にお弁当を隠しておいて、昼になるとそのへんの路地で一人で食べるのです。「陰鬱で人とろくに口もきかぬ義父との作業」は「暗く気づまりで耐えがたいものだった」から、女工さんも居心地が悪かったのだろう、と主人公は推測していますが、もちろん、キヨちゃんにとっては、口をきかぬ義父よりも、いろいろ気をつかってくれる親切なお母さんのほうが気づまりだったのです。そしてキヨちゃんは基本的に人と一緒にいると寛げない人なのです。
そういうわけで、キヨちゃんは昼休みを主人公一家と一緒にすごしたくないので、たとえ雨降りの日でも、外に出て一人で時間をつぶすのです。人といるよりも一人で雨に打たれている方がキヨちゃんにとっては居心地がいいのです。そんなキヨちゃんを見て主人公は「変な奴」と呟きますが、それは『無能の人』の主人公が野垂れ死にした俳人の井月を「大馬鹿ものだよ」とののしるのとおなじことなのです。彼らは何ごとかを理解しつつあるのです。
キヨちゃんは初めての給料をもらうとさっさとやめてしまいます。「キヨちゃんとはひとことも言葉を交したことはなかったが/なんだか味方に去られたような気持ちになった」「キヨちゃんはやめることができても自分はそうはいかない/逃場がない」そう主人公は考えますが、のちにキヨちゃんの「逃場」のなさが自分のそれよりもはるかに深刻なものであると知ることになるのです。
というのも、キヨちゃんは水道も電気もない「家舟」に一人で暮らしていたのです。


大場電気鍍金工業所3


これがその家舟です。キヨちゃんのお父さんは肺病で死んだのですが、キヨちゃんは葬式も出さずに、お父さんの死体を川に流してしまったのです。
(それはべつにたいしたことではないのです。水葬なのです。キヨちゃんにとってはそれでいいのです。)
家出した主人公は、キヨちゃんの家を訪れます。
「なによ」
「おれ家出したんだぞ/お前なんか一人でいいよな」
「よくないよ」
「舟の家っていいよな/何処だって好きなところへ行けるしさ/海の方へ行こうぜ/海へ行こうぜ」(※)
そんな呑気な「ロマンの香り」のする発言をする主人公に共感されても、キヨちゃんにとってはいい迷惑なのです。キヨちゃんは家舟と桟橋を繋ぐ板を外して、主人公を残して無言で家に入ってしまうのです。
小さいときに住んでいた大島に行けば、死んだ父親がまだ元気でいるのではないかというような、家族幻想(ファミリー・ロマンス)を抱くことができる主人公の甘っちょろさは、キヨちゃんによって手痛く批判されるのです。主人公は家舟に石をなげて「ちくしょう」と叫ぶしかないのです。

※ 余談ですが、名作「枯野の宿」には、旅先で熱にうかされた主人公が、宿屋の子息の岩男さんに、寝ていた布団ごと舟に載せられて「これからいい所へ行きましょう」と連れていかれる夢をみる場面がありました。




























































































『ねじ式 つげ義春作品集』

『ねじ式 つげ義春作品集』

青林工藝舎 200年6月21日初版第1刷
iv 456p B5判 並装 カバー 定価2,900円+税
装丁: 南伸坊



ねじ式1


帯文:

「西暦2000年分の孤独が生み出したリアリティの結晶/「ねじ式」(オリジナル2色バージョン)「噂の武士」(4段組バージョン)他、65~70年発表の代表作を初出誌サイズで一挙に再現。単行本未収録を含むカットやエッセイも可能な限り収録し、単行本により微妙に異なっていたセリフもオリジナル無修正版とした定本的集成。全書影入り単行本リスト、完全作品リストを始めとする最新版年譜を付した決定版!」


帯背:

「時代を超えた
リアリティ」



ちくま文庫版「つげ義春コレクション」は手軽につげ作品が概観できて有難いが、画面が小さく、隔靴掻痒の感が否めない。そこいくと本書は大判なので迫力があります。
本書収録の「ねじ式」は初出版を再現。「眼科」が「眠科」になっている。主人公の顔なども初出後、部分的に描きかえられているようだ。
「眠科」というのは映画「カリガリ博士」に登場する「眠り男」を連想させるし、詩的でいい。

ヤフオクで500円+送料350円でした。


ねじ式3


カセットテープは大きさ比較用。


ねじ式2


目次:

【作品】
ねじ式
噂の武士
西瓜酒
運命
不思議な絵

チーコ
初茸がり
通夜
山椒魚
李さん一家
峠の犬
海辺の叙景
紅い花
西部田村事件
長八の宿
二岐渓谷
オンドル小屋
ほんやら洞のべんさん
ゲンセンカン主人
もっきり屋の少女

やなぎ屋主人
【エッセイ】
密航
京都ブラブラ日記
断片的回想記
【解説・資料】
解説
つげ義春全単行本リスト
つげ義春年譜(含/全作品・執筆文献・記事リスト)



ねじ式4


余白ページにカット掲載。


ねじ式5


現存しない幻の作品「万力のある家」は、「作者とおぼしき一人の青年が、深大寺周辺の雑木林を散策しているうちに、粗末な小屋をみつけ、中に入ってみると、無造作におかれた机のはしに万力がくくりつけられてあり、その万力にはまだ生温かい金魚がはさまれていた」という内容とのこと。



つげ義春作品集 ねじ式1


つげ義春作品集 ねじ式2


つげ義春作品集 ねじ式3


つげ義春作品集 ねじ式4


つげ義春作品集 ねじ式5



































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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