小栗虫太郎 『黒死館殺人事件』 (ハヤカワ・ミステリ)

「あれは、ブラウニングの云ふ運命の子(チャイルド・オヴ・デスチニイ)、この事件は、一つの生きた人間の詩――に違ひないのだ。」
(小栗虫太郎 『黒死館殺人事件』 より)


小栗虫太郎 
『黒死館殺人事件』
 
HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 240

早川書房
昭和51年10月10日 3版印刷
昭和51年10月15日 3版発行
338p 
18.4×10.6cm 
並装 ビニールカバー 
定価680円
装幀: 濱田稔



旧字・旧かな。解説は旧字・新かな。本文二段組。本文中図版15点。初版刊行年月日の記載はありません。


小栗虫太郎 黒死館殺人事件 ハヤカワ 01


裏表紙文:

「大正末期、江戸川乱歩の出現によって近代日本探偵小説の基盤が確立されたことは広く世に知られている。その探偵小説が新しい分野として文壇に確乎たる地歩を占めて以来、瞬く間に多数の読者を獲得し、探偵趣味を一般に滲透せしめたことは驚くべきことであったが、一方次第に作品に低俗安易に流れる傾向も否定できなかった。そういう低迷の時期、昭和八年に突如、彗星のように登場したのが小栗虫太郎である。彼の出現はひとり探偵文壇に限らず、一般読書界に深い衝動を与えた。そしてその後に続いた木々高太郎、久生十蘭とともに、探偵小説の通俗性を一蹴し、知識階級の読物たるべく探偵小説の地位の向上にあずかってもっとも力あり、事実その高踏的な作風は綜合雑誌に歓迎され、探偵小説史上劃期的な新風を捲き起したものといえよう。
本書『黒死館殺人事件』はそれ迄の小栗式短篇を数珠玉のように繋ぎ合せたもので、意表に出た殺人方法の考案と、科学的説明、心理的洞察がペダントリーの装飾をもって、絢爛たる中世紀画巻に仕立てられ、それが比類のない魅力となっている。確かにその序篇を繙けば、直ちに作者の魔力に捉えられて、快い謎の雰囲気に陶酔し、ありとあらゆる最大級の修飾法で鏤められた文章を、惜しむように拾いながら、銅版画の世界に連れ去られてしまうに相違ない。
――中島河太郎」



目次:

序篇 降矢木一族釋義
第一篇 死體と二つの扉を繞つて
第二篇 ファウストの呪文
第三篇 黒死館精神病理學
第四篇 詩と甲冑と幻影造型
第五篇 第三の慘劇
第六篇 算哲埋葬の夜
第七篇 法水は遂に逸せり!?
第八篇 降矢木家の壊崩

解説 「黒死館殺人事件」について (中島河太郎/昭和30年12月11日)



小栗虫太郎 黒死館殺人事件 ハヤカワ 02



◆本書より(原文のママ。「ネタバレ」ありです)◆


「その、通稱黒死館と呼ばれる降矢木の館には、何時か必ずかういふ不思議な恐怖が起らずにはゐまいと噂されてゐた。勿論さういふ臆測を生むに就いては、ボスフォラス以東に唯一つしかないと云はれる降矢木家の建物が、明らかに重大な理由の一つとなつてゐるのだつた。その豪壯を極めたケルト・ルネサンス式の城館(シヤトウ)を見慣れた今日でさへも、尖塔(せんたふ)や櫓樓(ろろう)の量線から來る奇異(ふしぎ)な感覺――まるでマッケイの古めかしい地理本の挿畫でも見るやうな感じは、何日になつても變らないのである。けれども、明治十八年建設當初に、河鍋暁斎(かはなべげうさい)や落合芳幾(おちあひよしいく)をしてこの館の點晴(てんせい)に龍宮の乙姫を描かせた程の綺(きら)びやかな眩惑は、その後星の移ると共に薄らいでしまつた。今日では、建物も人も、さういふ幼稚な空想の斷片ではなくなつてゐるのだ。恰度天然の變色が、荒れ寂びれた斑(まだら)を作りながら石面を蝕(むしば)んで行くやうに、何時とはなく、この館を包み始めた狹霧(さぎり)のやうなものがあつた。さうして、やがては館全體を朧氣な秘密の塊りとしか見せなくなつたのであるが、その妖氣のやうなものと云ふのは、實を云ふと、館の内部に積り重なつて行つた謎の數々にあつたので、勿論あのプロヴァンヌ城壁を模したと云はれる、周圍の壁廓ではなかつたのだ。事實、建設以來三度に渉(わた)つて、怪奇な死の連鎖を思はせる動機不明の變死事件があり、それに加へて、當主旗太郎以外の家族の中に、門外不出の絃樂四重奏團(ストリング・クワルテット)を形成してゐる四人の異國人がゐて、その人達が、搖籃の頃から四十年もの永い間、館から外へは一歩も出ずにゐると云つたら……、さういふ傳へ聞きの尾に鰭が附いて、それが黒死館の本體の前で、鉛色をした蒸氣の壁のやうに立ちはだかつてしまふのだつた。全く、人も建物も腐朽し切つてゐて、それが大きな癌のやうな形で覗かれたのかも知れない。それであるからして、さういつた史學上珍重すべき家系を、遺傳學の見地から見たとすれば、或は奇妙な形をした蕈(きのこ)のやうに見えもするだらうし、また、故人降矢木算哲博士の神秘的な性格から推して、現在の異樣な家族關係を考へると、今度は不氣味な廢寺のやうにも思はれて來るのだつた。」

「『これが、天正遣歐使の一人――千々石清左衞門直員(ちゞわせいざゑもんなほかず)から始まつてゐる、降矢木家の紋章なんだよ。何故、豐後(ぶんご)王普蘭師可怙(フランシスコ)・休庵(シワン)(大友宗麟)の花押を中にして、それを、フィレンツェ大公國の市表章旗の一部が包んでゐるのだらう。』」
「『つまり、降矢木の血系が、カテリナ・ディ・メディチの隱し子と云はれるカペルロ・ビアンカから始まつてゐると云ふ事なんだが、その母子が揃つて、怖ろしい慘虐性犯罪者と來てゐる。カテリナは有名な近親殺害者で、おまけに聖(セント)バーセルミュウ齋日の虐殺を指導した發頭人なんだし、また娘の方は、毒のルクレチア・ボルジアから百年後に出現し、これは長劍の暗殺者と謳はれたものだ。所が、その十三世目になると、算哲といふ異樣な人物が現はれたのだよ。』」

「『ウイチグス呪法典は所謂技巧呪術(アート・マジック)で、今日の正確科學を、呪咀と邪惡の衣で包んだものと云はれてゐるからだよ。元來ウイチグスといふ人は、亞剌比亞(アラブ)・希臘(ヘレニック)の科學を呼稱したシルヴェスター二世十三使徒の一人なんだ。所が、無謀にもその一派は羅馬(ローマ)教會に大啓蒙運動を起した。で、結局十二人は異端焚殺に逢つてしまつたのだが、ウイチグスのみは秘かに遁れ、この大技巧呪術書を完成したと傳へられてゐる。それが後年になつて、ボッカネグロの築城術やヴォーバンの攻城法、また、デイやクロウサアの魔鏡術やカリオストロの煉金術、それに、ボッチゲルの磁器製造法からホーヘンハイムやグラハムの治療醫學にまで素因をなしてゐると云はれてゐるのだから、驚くべきぢやないか。また、猶太秘釋義(ユダヤカバラ)法からは、四百二十の暗號がつくれると云ふけれども、それ以外のものは所謂純正呪術であつて、荒唐無稽も極まつた代物ばかりなんだ。だから支倉君、僕等が眞實怖れていゝのは、ウイチグス呪法典一つのみと云つていゝのさ。』」

「『所で、今の調書にある人形と云ふのは。』と問ひ返した。
 『それが、テレーズ夫人の記憶像(メモリー)さ。博士がコペッキイ一家(ボヘミア)の名操人形(マリオネット)工)に作らせたとかいふ等身の自動人形ださうだ。然し、何より不可解なのは、四重奏團(クワルテット)の四人なんだよ。算哲博士が乳呑兒のうちに海外から連れて來て、四十餘年の間館から外の空氣を、一度も吸はせた事がないと云ふのだからね。』」

「慎子が原譜を探してゐる間、法水は書架に眼を馳せて、降矢木の驚嘆すべき収藏書を一々記憶に止める事が出來た。それが、黒死館に於て精神生活の全部を占めるものである事は云ふ迄もないが、或はこの書庫の何處かに、底知れない神秘的な事件の、根源をなすものが潛んでゐないとも限らないのである。法水は背文字を敏速(すばや)く追ふて行つて、暫くの間、紙と革のいきれるやうな匂の中で陶醉してゐた。
 一六七六年(ストラスブルグ)版のプリニウス『萬有史(ナチュラリス・ヒストリカ)』の三十冊と、古代百科辭典の對として『ライデン古文書(パピリス)』が、まづ法水に嘆聲を發せしめた。續いてソラヌスの『使者神指杖(カデュセンス)』を始め、ウルブリッヂ、ロスリン、ロンドレイ等の中世醫書から、バーコー、アルノウ、アグリッパ等の記號語使用の錬金藥學書、本邦では、永田知足齋、杉田玄伯、南陽原等の蘭書釋刻を始め、古代支那では、隋の經籍志玉房指要、蝦蟇圖經、仙經等の房術醫心法、その他、Susrta (ススルタ)、Charaka Samhita (シャラカ サムヒタ)等の婆羅門(ばらもん)醫書、アウフレヒトの『愛經(カーマ・ストーラ)』梵語原本、それから今世紀二十年代の限定出版として有名な『生體解剖要綱(ヴィヴィセッション)』、ハルトマンの『小腦疾患の徴候學(ディ・シムプトメトロギイ・デル・クラインヒルン・エルクランクンゲン)』等の部類に至るまで、まさに千五百冊に垂々とする醫學史的な整列だつた。次に、神秘宗教に關する集積も可成りな數に上つてゐる。倫敦亞細亞(ロンドンアジア)協會の『孔雀王咒經』初版、暹羅(シャム)皇帝勅刊の『阿叱曩胝經(アウンナテイ)』、ブレームフィールドの『黒夜珠吠咜(クルスナ・ヤジュル・ヴェイダ)』を始め、シュラギントヴィント、チルダース等の梵字密教經典の類、それに、猶太(ユダヤ)教の非經聖書(アポクリファ)、黙示録(アポカリプ)、傳道書(コヘレット)類の中で、特に法水の眼を引いたのは、猶太(ユダ)教會音樂の珍籍としてフロウベルガーの『フェルディナンド四世の死に對する悲嘆』の原譜と、聖ブラジオ修道院から逸出を傳へられてゐる手寫本中の稀書、ヴェザリオの『神人混婚(ベネエ・エロヒイム)』が、秘かに海を渡つて降矢木の書庫に収まつてゐる事だつた。それから、ライツェンシュタインの『密儀宗教(ミステリエン・レリギオネン)』の大著からデ・ルウジエの『葬祭呪文(リチュエル・フュリアレイル)』。また、抱朴子の『遐覽篇』費長房の『歴代三代記』『化胡經』等の仙術神書に關するものも見受けられた。然し、魔法本では、キイゼヴェターの『スフィンクス』、ヴェルナー大僧正の『イングルハイム呪術(マジック)』など七十餘りに及ぶけれども、大部分はヒルドの『惡魔の研究(エチュード・スル・レ・デモン)』のやうな研究書で、本質的なものは算哲の焚書に遇つたものと思はれた。更に、心理學に屬する部類では、犯罪學、病的心理學心靈學に關する著述が多く、コルッチの『擬羊の記録(レ・グラフーケ・デラ・シムラツィオネ)』リーブマンの『精神病者の言語(デイ・スペラヘ・デス・ガイステスクランケン)』、パティニの『蠟質撓拗性(フレシビリタ・チエレア)』等病的心理學の外に、フランシスの『死の百科辭典(エンサイクロペヂア・オヴ・デッス)』、シュレンク・ノッチングの『犯罪心理及精神病理的研究(クリミナルサイコロジイ・サイコパソロジック・スタディ)』、グアリノの『ナポレオン的面相(ファチス・ナポレオニカ)』、カリエの『憑着及殺人自殺の衝動の研究(コントリビュシヨン・ア・レチュード・デ・オブセッシヨン・ゼ・デ・ザムプルシヨン・ア・ロミシイド・エ・オウ・スイシイド)』、クラフト・エーヴィングの『裁判精神病理學校教科書(レールブッフ・デル・ウリヒトリヒェン・プシヒョパトロギイ)』、ボーデンの『道徳的癡患の心理(デイ・プシヒョロギイ・デル・モラリッシェ・イディオチエ)』等の犯罪學書。尚、心靈學でも、マイアーズの大著『人格及その後の存在(ヒューマン・パーソナリチー・エンド・サーヴィグル・オヴ・ボディリー・デッス)』サヴェヂの『遠感術は可能なりや(キャン・テレパシイ・エキスプレン)』ゲルリングの『催眠的暗示(ハンドブッフ・デル・ヒプノチヒェン・ズゲスチョン)』シュタルケの奇書『靈魂生殖説(トラデュシアニスムス)』までも含む尨大な集成だつた。そして、醫學、神秘宗教、心理學の部門を過ぎて、古代文獻學の書架の前に立ち、フィンランド古詩『カンテレ』の原本、婆羅門音理學書『サンギタ・ラスナラカ』、『グルドン詩篇』グラムマチクスの『丁抹史(ヒストリア・タニカ)』等に眼を移した時だつた。鎮子が漸く、鎮魂樂の原譜を携へて現はれた。」

「『ねえ支倉君、キャムベルに云はせると、重症の失語症患者でも、人を呪ふ言葉は最後まで殘つてゐると云ふぢやないか。また、凡て人間が力盡きて、反噬(はんぜい)する氣力を失つてしまつた時には、その激情を緩解するものは、精靈主義(オクルチスムス)以外にはないと云ふがね。明らかに、これは呪咀だよ。』」

「エホバ神は半陰陽(ふたなり)なりき。初めに自らいとなみて、雙生兒を生み給へり。最初に胎より出でしは、女にしてエヴと名付け、次なるは男にしてアダムと名付けたり。然るに、アダムは陽に向ふ時、臍(ほぞ)より上は陽に從ひて背後に影をなせども、臍より下は陽に逆ひて、前方に影を落せり。神、この不思議を見ていたく驚き、アダムを畏れて自らが子となし給ひしも、エヴは常の人と異らざれば婢(しもめ)となし、さてエヴといとなみしに、エヴ姙りて女兒を生みて死せり、神、その女兒を下界に降して人の母となさしめ給ひき。」

「『その内容を知つた時に恐らく伸子は、魔法のやうな物凄い月光を感じたに相違ない。その突如として起つた、絶命――喪心――宿命感、さう云つた感情が十字に群がつて來て、それまで心の平衡を保たせてゐた、對立の一方が叩き潰されたのだ。そして、それがあの破壊的な、神聖な狂氣を驅り立てゝ世にもグロテスクな爆發を惹き起させたのだよ。然し、僕は決して、伸子を悖徳狂(モーラル・インサニティ)とは呼ばないだらう。あれは、ブラウニングの云ふ運命の子(チャイルド・オヴ・デスチニイ)、この事件は、一つの生きた人間の詩――に違ひないのだ。』さう云つて法水は、澄み切つた聰明さうな眼色で檢事を顧みた。『ねえ支倉君、せめて、最後の送りだけでも、この神聖家族の最後の一人に適はしいやう、伸子を飾つてやらうぢやないか。』」


















































































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『小栗虫太郎傑作選Ⅴ 紅毛傾城』 (現代教養文庫)

「青白い日光が、茫漠たる寂寥(せきりょう)の中で、こうもはっきりと見られるのに、岬の先では、海が犠牲(いけにえ)を呑もうと待ち構えている。それが、嵐を前にした、ねつっこい静けさとでも云うのであろうか。いや、嵐を呼ぶ、海鳥(かいちょう)の啼(な)き狂う声さえ聴えないではないか。」
(小栗虫太郎 「紅毛傾城」 より)


『小栗虫太郎
傑作選Ⅴ 
紅毛傾城』
 
現代教養文庫 890/D 552 

社会思想社
昭和52年8月30日 初版第1刷発行
271p
文庫判 並装 カバー
定価360円
装幀: 斉藤和雄



松山俊太郎編集。全五巻。
「金字塔四角に飛ぶ」に図版2点。解題・著作年表は二段組です。


小栗虫太郎 紅毛傾城


目次:

源内焼六術和尚
絶景万国博覧会
紅毛傾城
金字塔四角に飛ぶ
ナポレオン的面貌

解題 (松山俊太郎)
解説・類推の魔 (中田耕治)
負傷したコザック騎兵 (九鬼紫郎)
小栗虫太郎著作年表 (島崎博)




◆本書より◆


九鬼紫郎「負傷したコザック騎兵」(「ぷろふいる」昭和11年7月号)より:

「スラブの平原に荒駒を駆って、手練の長槍を振りかざすコザック騎兵の如く、剽悍無比、勇名四隣に轟く小栗虫太郎氏に、滅多な事を訊ねたら、それこそ一喝! を食(くら)うか、それとも例の大眼玉でギョロリとばかりに舐められてしまうか! これは、滅多なことは云えないぞ、と記者は大いに自戒しながら虫太郎氏を眺めると、茶卓の向うに坐ったロイド眼鏡の小栗虫太郎氏は、コザック騎兵には相違ないが、どうも負傷兵らしい――」
「さては、原稿書きですっかり疲れてしまった小栗虫太郎氏であったか。」

「「あれはゴシップですか、何ですか知りませんが、江戸川乱歩先生などは昼間でもすっかりと部屋を閉め切って、蠟燭をともし、夜の気分を出して、原稿をお書きになるそうですが、やはり小説などというものは、夜でないと、書けないのでしょうな?」
 「そんな事はない。僕はその反対ですよ。僕は夜がとても駄目で、なるべくなら、原稿は午前中にやりたいと思っている。なぜ、夜が駄目かというと、せっせと書いているでしょう、僕は書きだしたらそれに熱中する性分だから、へこたれるまではやめない。そのうち、疲れて朝になる。その朝になってくる気分、ほのぼのとして東が白む感じが、なんともいえず恐ろしい。非常にそれが厭なんです――」」

「「探偵小説も僕は書きましたが、これからはもっと大衆的な、新鮮なものを書こうと思ってるんです。難しいとされている『黒死館殺人事件』、あれは外(はた)から思うほど苦痛ではなかった。つまり、僕としちゃ、一番書き易い形式だからでしょうね。だがまあ『黒死館』は一つあればいいでしょう。書こうと思えば、ああしたものは幾つでも出来るし、割合にやさしいんですよ。」」

「「だいたい僕は、悪疫というやつが好きでね。ペストとか虎烈剌(コレラ)とか、もっとも、ペスト以外のやつは、何か添えものがないと気分が出ない。だがねえ、ハイネみたいな、偉い奴の手にかかればそれも論外ですよ。一つあります。七月革命の後で、巴里に起った虎烈剌を、アウグスブルグの新聞へ寄稿したやつ……。(中略)それから、マンツオニの『許婚者(ビトロザル)』――ずうと以前に、英訳で読んだが、これはミラノのペストが背景になっている。いや、今後も、悪疫の小説は書きます。」」

「「以前は、ひどい心悸亢進でね。いわゆる神経性心悸亢進というやつで、僕みたいな健康な心臓が、神経だけでドドドドと来るやつです。今はたいしたことはありません。その方は癒ったらしいのですが、ただ外出恐怖というやつだけが残った。外出が絶対に出来ないのですから、非常に困ってますよ。」」
「「それがね。莫迦らしい、こんなものが何だと思いながら、それでいて恐怖感を斥けることが出来ない。自然と家へ戻る。(註)」」
「(註) 小栗虫太郎の家の周囲には、一定の距離を持って電帯の如きものが、眼に見えず張り繞(めぐ)らされてありまして小栗虫太郎は家を出ても、その電帯に突当ると、ぐるりと廻れ右をして戻ってきます。そこからは決して出られません。
(海野十三氏談)」

「「先生はどんな本をお読みになって愛読書とされておりますか?」
 「あまり沢山読みすぎて、これと云ってないが、ストリンドベルヒ、それに、日本じゃ南北だね。ストリングベルヒとはかれこれ十四、五年のお馴染だが、南北は、特有の小道具が、ピンと視覚に来なきァ、味は分らん。それに南北の極悪はおよそ天下無類だ。ありゃ、まさしく獣(けだもの)の魂だね。それから、二年前だが苦労をしてディッケンズの『二都物語』を原書で読んだ。とても感心したが、読むのにも苦労をした。苦労をしたが、やはり読むだけのことはあったという訳。(中略)なにストリンドベルヒ……、ありゃ聖書(バイブル)ですよ。
 探偵小説ではルパンが好きだ。それから『紅はこべ』だ。『赤毛のレドメイン』も読んでみたが、評判ほどではないね。ビーストンは大嫌いだ」」



小栗虫太郎傑作選





































































『小栗虫太郎傑作選Ⅱ 白蟻』 (現代教養文庫)

「そうして仰げば、蔦葛はやぶれた蜘蛛(くも)の巣(す)のように樹間にたれさがり、群葉(むらば)の下の暗黒の穹窿(きゅうりゅう)にちりばむ無数の白花(びゃっか)の星月夜。」
(小栗虫太郎 「海峡天地会」 より)


『小栗虫太郎
傑作選Ⅱ 
白蟻』
 
現代教養文庫 887/D 549 

社会思想社
1976年9月30日 初版第1刷発行
1990年9月15日 初版第3刷発行
301p
文庫判 並装 カバー
定価560円
装幀: 斉藤和雄



松山俊太郎編集。全五巻。
「完全犯罪」に図2点、「小栗虫太郎と暗号」に図版(モノクロ)3点、図表18点。


小栗虫太郎 白蟻


目次:

完全犯罪
白蟻
「白蟻」序
海峡天地会

解題 (松山俊太郎)
解説 (日影丈吉)
小栗虫太郎と暗号 (長田順行)
小栗虫太郎に関する覚書 (横溝正史)




◆本書より◆


「白蟻」より:

「秩父(ちちぶ)町から志賀坂峠を越えて、上州神ヶ原の宿(しゅく)に出ると、街を貫いて、埃(ほこり)っぽい赤土(あかつち)道が流れている。それが、二子(ふたご)山麓の、万場(ばんば)を発している十石(こく)街道(かいどう)であって、その道は、しばの間をくねりくねり蜿々(えんえん)と高原を這いのぼってゆく。そして、やがては十石峠を分水嶺に、上信(じょうしん)の国境を越えてゆくのだ。ところが、その峠をくだり切ったところは、右手の緩斜(かんしゃ)から前方にかけ、広大な地峡をなしていて、そこは見渡すかぎりの荒蕪(こうぶ)地だったが、その辺をよく注意してみると、峠の裾寄りのところに、わずかそれと見える一条の小径(こみち)が岐(わか)れていた。
 その小径は、毛莨(きんぽうけ)や釣鐘草(つりがねそう)や簪草(かんざしぐさ)などのひ弱い夏花や、鋭い棘のある淫羊藿(いかりそう)、空木(うつぎ)などの丈(たけ)低い草木で覆われていて、その入口でさえも、密生している叢(くさむら)のような暗さだった。したがって、どこをどう透し見ても、土の表面は容易に発見されず、たとい見えても、そこは濃い黝(くろず)んだ緑色をしていて、その湿った土が、熱気と地いきれとでもって湧き立ち、ドロリとした、液のような感じを眼に流し入れてくる。けれども、そのように見える土の流れは、ものの三尺と行かぬまに、はや波のような下生えのなかに没し去ってしまう。が、その前方――半里四方にも及ぶなだらかな緩斜は、それはまたとない、草木だけの世界だった。そこからは、熟(う)れいきれ切った、まったく堪(たま)らない生気が発散していて、その瘴気(しょうき)のようなものが、草原の上層一帯を覆いつくし、そこを匂いの幕のように鎖していた。しかし、ここになによりまして奇異(ふしぎ)なのは、そこ一帯の風物から、なんとも云えぬ異様な色彩が眼を打ってくることだった。それが、あの真夏の飽和――燃えさかるような緑でないことは明らかであるが、さりとてまた、雑色でも混淆(こんこう)でもなく、一種病的な色彩と云うのほかになかった。かえって、それは、心を冷たく打ち挫(ひし)ぎ、まるで枯れ尽した菅(すげ)か、荒壁を思わす朽樹(くちき)の肌でも見るかのような、妙にうら淋(さび)れた――まったく見ていると、その暗い情感が、ひしと心にのしかかってくるのだった。
 云うまでもなく、それには原因があって、この地峡も、過去においてはなんべんか興亡を繰返し、いくつかの血腥(ちなまぐさ)い記録を持っていたからであり、また一つには、そこを弾左谿(だんざだに)と呼ぶ地名の出所でもあった。天文六年八月に、対岸の小法師岳(こぼうしだけ)に砦(とりで)を築いていた淵上(ふちがみ)武士の頭領西東蔵人尚海(さいとうくらんどしょうかい)が、かねてより人質酬(ひとじちむく)いが因(もと)で反目しあっていた、日貴弾左衛門珍政(へきだんざえもんちんせい)のために攻め滅ぼされ、そのとき家中の老若婦女子をはじめに、町家の者どもまで加えた千人にもおよぶ人数が、この緩斜に引きだされて斬首(ざんしゅ)にされてしまった。そして弾左衛門は、その屍(しかばね)を数段に積みかさね、地下ふかく埋めたのだった。ところが、その後明暦三年になると、この地峡に地辷(じすべ)りが起って、とうにそのときは土化してしまっている屍の層が露(む)き出しにされた。そうすると、腐朽しきった屍のなかに根を張りはじめたせいか、そこに生える草木には、異常な生長が現われてきて、やがてはその烈しい生気が、旧(ふる)い地峡の死気を貪(むさぼ)りつくしてしまったのである。そうして、いまでも、その巨人化と密生とは昔日(せきじつ)に異らなかった。相変らず、その薄気味悪い肥土を啜(すす)りとっていて、たかく懸け垂れている一本の幹があれば、それには、別の茎がなん本となく纏(まと)わり抱きあい、その空隙(あいだ)をまた、葉や巻髭が、隙間なく層をなして重なりあっているのだが、そうしているうちには、吸盤(きゅうばん)が触れあい茎棘が刺しかわされてしまうので、その形相(ぎょうそう)すさまじい噛みあいの歯音は、やがて音のない夢幻となって、いつか知らず色のなかに滲(にじ)み出てくるのだった。
 わけても、鬼猪殃々(おにやえもぐら)のような武装の固い兇暴な植物は、ひ弱い他の草木の滴(しずく)までも啜(すす)りとってしまうので、自然茎の節々が、しだいに瘤(こぶ)か腫物(はれもの)のように張り膨らんできて、妙に寄生的にも見える、薄気味悪い変容をところどころ見せたりして、すくすくと巨人のような生長をしているのだった。したがって、鬼猪殃々(おにやえもぐら)は妙に中毒的な、ドス黒く灰ばんだ、まるで病んだような色をしていた。しかも、長くひょろひょろした頸(くび)を空高くに差し伸べていて、それがまた、上層で絡(から)みあい撚(よ)りあっているので、自然柵とも格檣(かくしょう)ともつかぬ、櫓(やぐら)のようなものが出来てしまい、それがこの広大な地域を、砦のように固めているのだった。その小暗い下蔭には、ひ弱い草木どもが、数知れずいぎたなく打ち倒されている。おまけに、澱(よど)みきった新鮮でない熱気に蒸したてられるので、花粉は腐り、葉や幹は朽ち液化していって、当然そこから発酵してくるものには、小動物や昆虫などの、糞汁の臭いも入り混って、一種堪えがたい毒気となって襲ってくるのだった。それはちょっと臭素に似た匂いであって、それには人間でさえも、咽喉(いんこう)を害し睡眠を妨げられるばかりでなく、しだいに視力さえも薄れてくるのだから、自然そうした瘴気(しょうき)に抵抗力の強い、大形な黄金(こがね)虫や やすで や むかで、あるいは、好んで不健康な湿地ばかりを好む猛悪な爬虫以外のものは、いっさいおしなべてその区域では生存を拒まれているのだった。
 まことに、そこ一帯の高原は、原野というものの精気と荒廃の気とが、一つの鬼形(きぎょう)を凝(こ)りなしていて、世にもまさしく奇異(ふしぎ)な一つに相違なかった。しかし、その情景をかくも執拗(しつよう)に記し続ける作者の意図というのは、けっして、いつもながらの饒舌(じょうぜつ)癖からばかり発しているのではない。作者はこの一篇の主題にたいして、本文に入らぬまえ、一つの転換変容(メタモルフォーズ)をかかげておきたいのである。と云うのは、もし人間と物質との同一化がおこなわれるものとして、人間がまず草木に、その欲望と情熱とを托したとしよう。そうすれば、当然草木の呻吟(しんぎん)と揺動とは、その人のものとなって、ついに、人は草木である――という結論に達してしまうのではないだろうか。さらに、その原野の標章と云えば、すぐさま、糧(かて)にしている刑屍体の腐肉が想いだされるけれども、そのために草木の髄のなかでは、なにか細胞を異にしている、異様な個体が成長しているのではないかとも考えられてくる。そして、一度憶えた甘味の舌触りが、おそらくあの烈しい生気と化していて、その靡(なび)くところは、たといどのような生物でも圧し竦(すく)められねばならないとすると、現在緩斜の底に棲(す)む騎西(きさい)一家の非運と敗惨とは、たしかに、人と植物の立場が転倒しているからであろう。いや、ただ単に、その人達を喚起するばかりではなかった。わけても、その原野の正確な擬人化というのが、鬼猪殃々(おにやえもぐら)の奇態をきわめた生活のなかにあったのである。」

「ここにもし、先天的な白内障患者や、あるいは永いこと、真暗な密室の中にでも鎖じ込められていた人達があったとして、それがやっとのことで、暗黒から解放されるようになったと仮定しましょう。すると、そうして最初の光明に接した際に、いったいどんなものが眼に飛びついてくるとお思いですか。それは、線でも角でもなくて、ただ輪廓が茫(ぼう)っとしている、色と光りだけの塊(かたまり)に過ぎないのです。よく私どもの幼い頃には、眩影景(暗い中を歩かせられて、不意に明るみに出ると、前述したような理論で、何でもないものが恐ろしいものに見える、一種の心理見世物)などいう心理見世物が、きまって、お化(ばけ)博覧会などの催し物には含まれていたものです。(中略)俗に腸綿(ひゃくひろ)踊りなどと申すものがございます。それは、今も申した心理見世物の一種なのですが、遠見では人の顔か花のように見えるものが、近寄って見ると、侍が切腹していたり、凄惨な殺し場であったりして、つまり、腸綿(はらわた)の形を適当に作って、それに色彩を加えるという、いわゆる錯覚物(だましもの)の一種なのです。そうしてみると、腸綿(ひゃくひろ)がとぐろまいている情態ほど、種々雑多な連想を引き出してくるものは外になかろうと思われます。」



小栗虫太郎傑作選


















































































『小栗虫太郎傑作選Ⅰ 黒死館殺人事件』 (現代教養文庫)

「おそらく、日本に探偵小説が出現して以来、かくも私ほど、敵視された作家も、例(ため)しなかったことであろう。」
(小栗虫太郎 『黒死館殺人事件』「著者之序」 より)


『小栗虫太郎
傑作選Ⅰ 
黒死館殺人事件』
 
現代教養文庫 886/D 548 

社会思想社
昭和52年4月25日 初版第1刷発行
547p
文庫判 並装 カバー
定価560円
装幀: 斉藤和雄



松山俊太郎編集。全五巻。
本文中に図15点、斉藤和雄による挿絵10点。「黒死館の門前に佇んで」に図版3点。


小栗虫太郎 黒死館殺人事件 傑作選 01


帯文:

「奇跡の書「黒死館殺人事件」決定版!
絶後の一大迷宮、絢爛たるペダントリーの世界に徹底した校定を試み、虫太郎が傾注した超人的力業を浮彫」



帯背:

「絶後の一大迷宮!!」


帯裏:

「「ボスフォラス以東に唯一つしかないと言われる」ケルト・ルネサンス様式の城館を舞台に次々に展開される四つの殺人。そこに住む人々の鬩ぎ合と建物自体に配された運命の糸が破局に向って昂潮する。」


目次:

序 (江戸川乱歩)
序 (甲賀三郎)
著者之序

序篇 降矢木一族釈義
第一篇 死体と二つの扉を繞って
第二篇 ファウストの呪文
第三篇 黒死館精神病理学
第四篇 詩と甲冑と幻影造型
第五篇 第三の惨劇
第六篇 算哲埋葬の夜
第七篇 法水は遂に逸せり!?
第八篇 降矢木家の壊崩

解題 (松山俊太郎)
「黒死館殺人事件」を読んで (井上良夫)
黒死館の門前に佇んで (島田太郎)



小栗虫太郎 黒死館殺人事件 04



◆本書より◆


「著者之序」より:

「「黒死館殺人事件」の完成によって、それまで発表した幾つかの短篇は、いずれも、路傍の雑草のごとく、哀われ果敢(はか)ないものになってしまった。のみならず、本篇が「新青年」に連載中は、褒められるにも、誹(そし)られるにも、ことごとく最大級の用語をもってせられた。事実、その渦の中で、私は散々に揉み抜かれたのである。おそらく、日本に探偵小説が出現して以来、かくも私ほど、敵視された作家も、例(ため)しなかったことであろう。が、また一面には、狂熱的に支持してくれる、読者も数多くあって、ことに、平素探偵小説など、見向きもせぬと思われるような純文学方面から、霰々たる激励の声を聴いたのも、この時であった。
 しかし、毫(ごう)も私は、この怖ろしい戦場を見捨てて、退却する気にはなれなかったのだが、そうして回を重ねて行くうちに、案外、生え抜きの探偵ファンの間にも、私の読者が少なくないのを知って、心強くなった。ともあれ、この一篇は、いろいろな意味からして、私にとると、貧しい理想の集積とも云えるのである。
 さて、ここで一言述べておきたいのは、これまでも、頻繁に問われたことだったが、この長篇を編み上げるについて、そもそも着想を何から得たか――と云うことである。勿論、主題はゲーテの「ファウスト」であるが、大体私の奇癖として、なにか一つでも視覚的(ヴィジュアル)な情景(シーン)があると、書き出しや結末が、労せずに泛(うか)んで来るのだ。それが本篇では、第三篇中の山場――すなわち、吹雪の夜に墓〓(漢字: 穴(あなかんむり)+石)を訪れる場面に当るのである。それゆえ、黒死館の着想を、「モッツァルトの埋葬」から得たと云っても、過言ではないと思う。
 楽聖モッツァルトの埋葬は、霙(みぞれ)を交えた北風の吹き荒む、十二月の空の下に行われた。しかし、その葬儀に列なったものは、宮廷合唱長のアントニオ・サリエリー、友人ジェスマイエルほか四人にすぎなかったが、柩が墓地門に着いた頃は、それ等の人も一人去り二人去りして、残ったのは、わずかに柩車を駆る馭者一人のみ。また、それを迎えたのも、穴掘ハルシュカ一人だったと云う、まさに、芸術史上空前の悲惨事なのであった。それゆえモッツァルトの死が、私に「黒死館」をもたらしたとも云えるわけである。」



小栗虫太郎 黒死館殺人事件 傑作選 02



◆感想◆


本書は編者松山俊太郎氏による厳密な校定を経て本文が決定されているのですが、それはどういうことかというと、「若年の読者の頭脳に、誤った知識が第一印象として刻み込まれることを惧れ」て、著者による「歴史的事実や書物の題名などの誤認」「補正」してある、具体的にいえば降矢木家の先祖である「カペルロ・ビアンカ」が「ビアンカ・カペルロ」に改変されてしまっています。
歴史書であれば勿論「ビアンカ・カペルロ」(ビアンカ・カペッロ)と表記すべきでありますが、『黒死館殺人事件』においては降矢木家の先祖は「カペルロ・ビアンカ」でなければならないです。若年の読者の頭脳に誤った知識が刻み込まれるのをおそれるのであれば、小栗虫太郎など読ませぬがよいです。この世では通用しない反現実の知識を脳髄に刻み込まれる、それこそが小栗虫太郎を読む醍醐味であるといっても過言ではないです。そもそも知識に正しい知識も誤った知識もないです。


小栗虫太郎 黒死館殺人事件 傑作選 03
















































































『小栗虫太郎傑作選Ⅲ 青い鷺』 (現代教養文庫)

「それは、茂木根一家が、いわゆる多毛族(ハーリゲ・ファミリー)であったからだ。」
(小栗虫太郎 「二十世紀鉄仮面」 より)


『小栗虫太郎
傑作選Ⅲ 
青い鷺』
 
現代教養文庫 888/D 550 

社会思想社
1976年5月30日 初版第1刷発行
1990年9月15日 初版第4刷発行
472p
文庫判 並装 カバー
定価824円(本体800円)
装幀: 斉藤和雄



松山俊太郎編集。全五巻。
「二十世紀鉄仮面」に茂田井武による插画6点。図2点。「青い鷺」に図5点。「校定通則」は二段組。「解説」中に小栗虫太郎「運命の書」全文が引用されています。


小栗虫太郎 青い鷺 01


目次:

二十世紀鉄仮面

「青い鷺」について
青い鷺

「新伝奇小説」と「運命の書」――虫太郎論序説をかねて (松山俊太郎)
校定通則




◆本書より◆


「二十世紀鉄仮面」より:

「法水は、故意(わざ)とらしく、悲しげに頸(くび)を振ったが、
 「ところできみ、きみはゴールトンが、家族特性鑑別に編み出した、『複合写真像』という方法を知っているかね。つまり、一種の重ね撮りなんだが、それは、数代にわたって、家族の写真を一つ一つ重ねていく、すると、結局は、一つの顔に出来上るんだが、それには、特徴の著しい部分はますます濃く、不明瞭な部分は、やがて消えてしまうんだ。しかも、最も興味のある点は、その写真にいつかしら、生き写しの人物が、生れて来るということなんだ。」



小栗虫太郎傑作選






































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

※心の傷、胸焼け、劣等感等ある場合が御座いますが概ね良好な状態になります。

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