『夢野久作全集 1』 (三一書房版)

「……私は悪魔になってもいいのかしら……。」
(夢野久作 「一足お先に」 より)


『夢野久作全集 1』 
編集委員: 中島河太郎/谷川健一

三一書房
1969年6月30日 第1版発行
389p 口絵(モノクロ)2葉
四六判 丸背布装上製本 
貼函 函カバー
定価980円
装幀: 中村宏

月報(8p):
夢野久作と私(五木寛之)/『久作日記』について(石沢英太郎)/編集部より



新字・新かな。二段組です。


夢野久作全集 1


函カバー文:

「幻想と戦慄に満ちた精神の地獄絵
狂気の美が彩どる残酷なロマン」



函カバー裏文:

「平野謙=推理小説作家というよりもっと豊富な文学的可能性を持つ
荒正人=日本人の想像と空想の極限に到達した作家 刊行を喜ぶ
福永武彦=現実のような幻のような正気のような狂気のような世界
都筑道夫=彼はけっして過去の作家ではない 早すぎた作家なのだ
平岡正明=先行するなづけようのないどえらい思想 突出した作家」



目次:

あやかしの鼓
夫人探索
いなか、の、じけん
人の顔
死後の恋
瓶詰の地獄
涙のアリバイ
押絵の奇蹟
微笑
支那米の袋
鉄鎚
空を飛ぶパラソル
 その一 空を飛ぶパラソル
 その二 濡れた鯉のぼり
復讐

童貞
一足お先に
冗談に殺す
霊感

解題 (中島河太郎)
解説対談 (尾崎秀樹・谷川健一)




◆本書より◆


「あやかしの鼓」より:

「私は嬉しい。『あやかしの鼓』の由来を書いていい時機が来たから……。」
「この鼓はまったく鼓の中の妖怪である。皮も胴もかなり新しいものの様に見えて、実は百年ばかり前に出来たものらしいが、これをしかけて打って見ると、ほかの鼓の、あのポンポンと言う明るい音とはまるで違った陰気な、余韻のない……ポ……ポ……ポ……という音を立てる。
 この音は今日迄の間に私が知っているだけで、六、七人の生命を呪った。」

「「けれども俺はお前に言って置く。お前はこれから後、忘れても鼓をいじってはいけないぞ。(中略)鼓をいじると自然いい道具が欲しくなる。そうしておしまいにはキットあの鼓に心を惹かされるようになるから言うんだ。あのアヤカシの鼓は鼓作りの奥儀をあらわしたものだからナ……。
 そうなったらお前は運の尽きだ。あの鼓の音をきいて妙な気もちにならないものはないのだから。狂人になるか変人になるかどっちかだ。」」

「けれども家が家だけに鼓の音は朝から晩まで引っきりなしにきこえた。そのポンポンポンポンという音をウンザリする程きかされているうちに私の耳は子供ながら肥えて来た。初めいい音だと思ったのがだんだんつまらなく思われるようになった。(中略)もうすこし気高い……神様のように静かな……又は幽霊の声のように気味のわるい鼓の音はないものか知らん……などと空想した。」

「不意に、
 「その久弥さんはどうです」
 と胡麻塩おやじが又出しゃばって言ったので私は胸がドキドキとした。
 「イヤ、これは言わば『鼓の啞』でね……調子がちっとも出ないたちです。生涯鳴らないかもしれません。こんなのは昔から滅多にいないものですがな」と言いながら私の頭を撫でられた。」
「「その児はものになりましょうか」
 と内弟子の中の兄さん株が言った。吹き出したものもあった。
 「物になった時は名人だよ」
 と老先生は落ちついて言われた。みんなポカンとした顔になった。」

「「若先生は生きておられるのですか」
 と私は畳みかけて問うた。妻木君は黙ってうなずいた。それから静かに言った。
 「……この鼓に呪われて……生きた死骸とおんなじになって……しかしそれを深く恥じながら……自分を知っておるものに会わないようにどこか……姿をかくしておられます」」

「私はどう考えても免れようのない犯人であることに気がついた。この鼓が犯人だと言っても誰が本当にしよう。世の中というものはこんな奇妙なものかと思い続けながらこの遺書を書いた。」
「私は今からこの鼓を打ち砕いて死にたいと思う。」
「しかし私はこんな一片の因縁話を残すために生まれて来たのかと思うと夢のような気もちにもなる。」



「人の顔」より:

「チエ子は奇妙な児であった。」
「背丈けがあまり伸びない上に、子供のもちまえの頬の赤味が、いつからともなく消えうせて、透きとおるほど色が白くなるにつれて、フタカイ瞼の眼ばかりが大きく大きくなって行った。それと一緒に口数が少くなって、ちょっと見ると啞児(おし)ではないかと思われるほど、静かな児になった。そうして時たま口を利く時には、その大きな眼を一パイに見開いて、マジマジと相手の顔を見る。それから、その小さな下唇を、いく度もいく度も吸ひ込んだりしているうちに、不意に、ハッキリした言葉つきで、とんでもないマセた事を言い出したりするのであったが、それが又チエ子を、たまらない程イジラシイ利発な児に見せたので、両親は大自慢で可愛がるのであった。チエ子が一番わるい癖の朝寝坊でも、叱るどころでなくかえって、手数のかからない児だと言って、自慢の一ツにする位であった。
 しかしチエ子にはもう一ツ、あまり人の目につかない特徴があった。それは何の影もない大空と屋根との境い目だの、木の幹の一部分だの、室の隅ッコだのを、ジイッと、いつまでもいつまでも見つめる癖で、すぐ近くから呼ばれているのに気がつかないで、大空のまん中に浮いている雲だの、汚れた白壁の途中だのを一心に見上げていたりするのであった。」



「死後の恋」より:

「すると又、リヤトニコフの姿が森の中へ消え入ってから十秒も経たないうちに……どうでしょう。その森の中で突然に息苦しいほど激烈な銃声が起ったのです。それは全くの乱射撃で、呆れて見ている私の頭の中をメチャメチャに掻きみだすかのように、銃弾があとからあとからモノ凄い悲鳴をあげつつ八方に飛び出しているようでしたが、それが又、一分間も経たないうちにピッタリと静まると、あとは又もとの通り、青々と晴れ渡った、絵のようにシインとした原ッパにかえってしまいました。
 私は何だか夢を見ているような気持ちになりました。」
「私はそんな光景を見まわしているうちに、なぜと言うことなしに、その森林が、たまらない程恐ろしいものに思われて来ました。……今聞こえた銃声が敵のか味方のか……というような常識的な頭の働きよりも、はるかに超越した恐怖心、……私の持って生まれた臆病さから来たらしい戦慄が、私の全身を這いまわりはじめるのを、どうすることも出来ませんでした。……一面にピカピカと光る青空の下で、緑色にまん丸く輝く森林……その中で突然に起って、又突然に消え失せた夥しい銃声……そのあとの死んだような静寂……そんな光景を見つめているうちに、私の歯の根がカチカチと鳴りはじめました。(中略)眼が痛くなるほど凝視している森の周囲の青空に、灰色の更紗(さらさ)模様みたようなものがチラチラとし始めたと思うと、私は気が遠くなって、草の中に倒れてしまいました。」
「それでも、やや暫くしてから正気を回復しますと、私は銃も帽子も打ち棄てたまま、草の中を這いずり始めました。」
「何故その時に、森の方へ近づいて行ったのか、その時の私には全くわかりませんでした。生まれつき臆病者の私が、しかも日の暮れかかっている敵地の野原を、堪え難い痛みに喘ぎながら、どうしてそんな気味のわるい森の方へ匍(は)い寄って行く気持ちになったのか……。
 ……それは、その時すでに私が、眼に見えぬある力で支配されていたというよりほかに説明の仕方がありませんでしょう。」
「……唯……自分の行く処はあの森の中にしかないと言うような気持ちで……そうして、あそこへ着いたら、すぐに何者かに殺されて、この恐しさと、苦しさから救われて、あの一番高い木の梢から、真直ぐに、天国へ昇ることが出来るかもしれぬ……と言うような、一種の甘い哀愁を帯びた超自然的な考えばかりを、たまらない苦痛の切れ目切れ目に往来させながら……はてしもなく、静かな野原の草イキレにむせかえりながら……何とはなしに流れる涙を、泥だらけの手に押しぬぐい押しぬぐい、一心に左足を引きずっていたようです。……ただし……その途中で二発ばかり、軽い、遠い銃声らしいものが森の方向から聞こえましたから、私は思わず頭を擡げて、恐る恐る見まわしましたが、やはり四方には見渡す限り何の物影も動かず、それが本当の銃声であったかどうかすら、考えているうちにわからなくなりましたので、私は又も草の中に頭を突込んで、ソロソロと匍いずり始めたのでした。
 森の入口の柔らかい芝草の上に匍い上った時には、もうすっかり日が暮れて、大空が星だらけになっておりました。」

「ガソリンマッチは地に落ちたまま消えませんでした。そこいらの枯れ葉と一緒にポツポツと燃えているうちにケースの中からガソリンが洩れ出したと見えて、見る見る大きく、ユラユラと油煙をあげて燃え立ち始めました。」
「私のいる凹地を取り巻いた巨大な樹の幹に、一ツずつ丸裸体(はだか)の人間の死骸が括(くく)りつけてあるのです。しかも、よく見ると、それは皆、最前まで生きていた私の戦友ばかりで、めいめいの襯衣(シャツ)か何かを引っ裂いて作ったらしい綱で、手足を別々に括って、木の幹の向うへ、うしろ手に高く引っぱりつけてあるのですが、そのどれもこれもが銃弾で傷ついている上に、そうした姿勢で縛られたまま、あらゆる残虐な苦痛と侮辱とをあたえられたものらしく、眼を刳り取られたり、歯を砕かれたり、耳をブラリト引き千切られたり、股の間をメチャメチャに切りさいなまれたりしています。そんな傷口の一つ一つから、毛糸の束のような太い、または細長い血の紐を引き散らして、木の幹から根元までドロドロと流しかけたまま、グッタリとうなだれているのです。口を引き裂かれて馬鹿みたような表情にかわっているもの……鼻を切り開かれて笑っているようなもの……それ等がメラメラと燃え上る枯れ葉の光りの中で、同時にゆらゆらと上下に揺らめいて、今にも私の上に落ちかかって来そうな姿勢に見えます。」
「すると、そのうちに、こうして藻掻(もが)いている私のすぐ背後で、誰だかわかりませんが微かに、溜め息をしたような気はいが感ぜられました。(中略)私は、何がなしにハッとして飛び上るように背後をふり向きますと、そこの一際大きな樹の幹に、リヤトニコフの屍体が引っかかって、赤茶気た枯れ葉の焰にユラユラと照らされているのです。」
「……その姿を見た時に私は、何だかわからない奇妙な叫び声をあげたように思います。」
「……リヤトニコフは女性だったのです。」
「彼女……私はかりにそう呼ばさせて頂きます……彼女は、すこし遅れて森に入ったために生け捕りにされたものと見えます。そうして、その肉体は明らかに「強制的の結婚」によって蹂躙されていることが、その唇を隈(くま)取っている猿轡(さるぐつわ)の瘢痕(あと)でも察せられるのでした。のみならず、その両親の慈愛の賜である結婚費用……三十幾粒の宝石は、赤軍がよく持っている口径の大きい猟銃を使ったらしく、空砲に籠めて、その下腹部に撃ち込んであるのでした。私が草原を匍っているうちに耳にした二発の銃声は、その音だったのでしょう……そこの処の皮と肉が破れ開いて、内部から掌ほどの青白い臓腑がダラリと垂れ下っているその表面に血まみれたダイヤ、紅玉(ルビイ)、青玉(サファイヤ)、黄玉(トパーズ)の数々がキラキラと光りながら粘り付いておりました。」



「押絵の奇蹟」より:

「私が八歳の冬まで生きておいでになりましたお祖母様や、オセキ婆さんや、人様のお話によりますと、お母様は井の口家のたった一粒種で御座いましたが、七歳の時に御自分の初のお節句にお貰いになった押絵の人形をこわして見て、それを又作り直してひとり手に押絵の作り方をお覚えになったのだそうです。それから後、お手習いが済みますと、人形の顔形や花もようなぞを鼻紙や草紙の端に描いて、いつまでもいつまでも遊んでお出でになりましたそうで、お友達なぞも先方から遊びに来られなければ、こちらからは進んでお出でになるようなことはありませんでした。そうして十歳くらいになられた時に、遊び事に作られた押絵の人形が評判になって売れて行きましたので、私のお祖父様やお祖母様がビックリなすったそうです。」

「私のお母様のお仕事好きが、その頃はもう普通の意味のお仕事好きを通り越していたことも否(いな)まれまいと思います。」
「つまりを申しますとお母様のお心は私をお生みになりましてからというもの、人間世界をお離れになって、ただ、お仕事一つに注ぎ込んで、ほかの事(中略)を忘れよう忘れようとしておいでになったのではないかと思われるので御座います。」

「そのうちにフト鏡の中の私の顔の輪郭が、どことなく亡くなられたお母様にも似て来たのに気がついてビックリすることがたびたびあるようになりました。」
「そのお母様のお姿は、又、奇妙にも、あのお父様からお斬られになるすこし前の、何とも言えない神々しい、清らかなお姿に見えて来てしょうがないので御座いました。そうして、そのお姿を一心に見つめておりますと、そのうちに、その鏡の中のお母様の唇が、おのずと動き出しまして、その間際におっしゃったお言葉が凛々とすき透って、私の耳に響いて来るのでした。
 「私は、不義を致しましたおぼえは毛頭御座いませぬ……けれども、この上のお宮仕えはいたしかねます」
 というように……。」



「鉄鎚」より:

「しかし遂にはそんな書物を買いに行く事すら、面倒臭くなった。苦辛い胃散の味を荒れた舌に沁み込ませながら、破れ畳の上に寝ころんで、そこいらの壁や襖の落書の文句や絵に含まれている異様に露骨な熱情や、拙劣な技巧によって痛切に表現されている心的な波動を、宇宙間無上の芸術ででもあるかのように、飽かず飽かず眺めまわしつつ、あらん限りの空想や妄想を逞しくする時間が増えて来た。私は自分の肉体と精神の弾力が、日に日にダラケて消え失せて行くのを感じた。しまいには壁の美人画の永久に若い、生き生きした微笑から、一種の圧迫を感ずる位にまで神経が弱って行った。……私は近いうちに死ぬかも知れない。病気にかかるか、それともキチガイになるか、自殺するかして……と言うような薄暗い予感に襲われ始めたのはこの頃からの事であった。」


「空を飛ぶパラソル」より:

「まだ生きているのと同様に温かい女の屍体を、仰向けに引っくり返して見ると、どんな風にして車輪にかかったものか、頭部に残っているのは片っ方の耳と綺麗な襟筋だけである。あとは髪毛と血の和(あ)え物見たようになったのが、線路の一側の十間ばかりの間に、ダラダラと引き散らされて来ている。その途中の処々に鶏の肺臓みたようなものが、ギラギラと太陽の光を反射しているのは脳味噌であろうか。右の手首は、車輪に付着(くっつ)いて行ったものか見当らず、プッツリと切断された傷口から、鮮血がドクリドクリと迸(ほとば)しり出て、線路の横に茂り合った蓬(よもぎ)の葉を染めている。その他の足袋の底と着物の裾に、すこしばかり泥が付いているだけで、轢死体としては珍しく無疵な肉体が、草の中にあおむけに寝て、左手(ゆんで)はまだシッカリと前裾を掴んでいた。」


「卵」より:

「そのうちに卵は次第に変化して来るようでした。殻の色が黄色から桃色……桃色から茶色へ……茶色から灰色へ……そうして中から聞こえる寝息と思っていた物音が、夜の更けるにつれて高まって、しまいにはウンウンという唸り声かと思われるようになりました。
 三太郎君は気味がわるくなって来ました。」

「秋が更けて行くに連れて卵はだんだんと灰色から紫色にかわって行きました。それは死人のような気味のわるい色で、しまいには薄紅い斑点さえまじって来ました。」

「すると或る夜の事、三太郎君がウンウン唸る卵を懐に入れたまま、ウツラウツラと睡っているうちに、不意にどこからともなくシャ嗄れた声が聞こえて来ました。
 「オトウサン、オトウサン、オトウサン、オトウサン、オトウサン」
 それは死に物狂いにもがいている小さな人間の声のようでした。」



「童貞」より:

「「俺はここで死ぬのかな……」」

「彼の鼻の先には、震災の名残りらしい、赤煉瓦とコンクリートの破片がゴロゴロと積み上げられていた。その上から草原一面にかけて、真赤に錆びた錻力(ぶりき)の切り屑、古新聞、古バケツ、ゴム靴、古タイヤ、麦稈帽なぞが、不規則な更紗模様を描いて散らばっていた。あとは名も知らぬ蔓草や、ヒョロ長い雑草が元気よく茂り合っているばかりであった。
 彼はここに来て、いくらか眠ってから、やっと今眼を醒ましたものらしい。胸の痛みも薄らいでいた。腹の空いたのも、咽喉が乾いたのも忘れて、不思議な程澄み切った気持ちになっていた。彼は背中にモゾモゾと這い込む蟻を磨り潰そうともしないまま静かに眼を閉じてみた。そうして今日中の出来事を今一度、思い出そうとこころみたが、古井戸の水のように静まり返った彼の意識の中には何の記憶の断片も浮かばなかった。ただ彼自身の空虚になった霊魂と、無力になった肉体とが草原の中に投げ出されているのを感ずるばかりであった。彼はそうした感じの中に、森閑(しん)となった耳を、澄ますともなく澄ましていた。
 ……はるかに、いろんな物音がきこえて来る。電車、自動車、飛行機のうなり、工場の笛……その他、もの悲しいような……淋しいようないろいろな物音がこの空地に流れ込んで、草の株を枕にした彼の身元まで忍び寄って来た。
 彼はそのような物音のシンフォニーに聞き入った。何も考えないままにその方に惹きつけられて行った。
 あとからあとから起る新しい雑音の旋律……遠く近くから風のように……水のようにさまよい起る大東京のどよめき……その中に彼は、彼が作曲したいずれの楽譜よりも新しい、底強い魅力を発見した。構成派でもなければ写実派でもない……大地と大空とが直接に奏でる「人類文化」の噪音交響楽……徹底した真剣な音楽をシミジミと大地に横たわって聞く……そこに彼は、無限の新しい技巧を感得した。
 彼はかつての日、深く自信もし、愛惜していた自分の天才が、如何に小さく安っぽいものであるかをこの時初めて悟ったのであった。そうして言い知れぬ感激のために腸の底まで強直してしまったのであった……眼は向う側の高いスレート屋根を這い昇って行く朱色の日ざしを凝視しながら…心はこの大地のオーケストラ…二度と繰り返されないであろう微妙な非音階音が縺(もつ)れ合い、重なり合いつつ奏でて行く「大都会の夕暮」の哀調に恍惚として、今までにない慰安と幸福とを感じた。……「にんげんの音楽は皆似せものであった。……自分の音楽も似せものであった。……自分は要するに無用の存在であった。……自分は死んでも本当の音楽はこうして永遠に、地上に繰り返されて行くのだ。(中略)」……そのような気持ちが彼の胸に一パイになって、生温い泪が自ずと瞼にあふれて来た。……赤い日ざしが……青空が……白い雲が……煉瓦がユラユラとゆらめいて、次から次へと左右の眥(めじり)へ流れ出して行った。
 彼は感傷の余り、疲れた視線を赤い日ざしから離した。するとそれと同時に、タッタ今の感激のうちにスッカリ空っぽになった彼の頭が、彼自身のものではないかのように力なく、ゴロリと草の株から転がり落ちた。」

「彼の脳髄はいつの間にか「死」と紙一重の単純さにまで還元されていた。過去の思い出とか、未来の夢とかいうものはあとかたもなく消えつくして、ただ、現在の感じを、そのままに受け入れる力しか残っていなかった。」



「一足お先に」より:

「……私の右足がニューとそこに突っ立っている。
 それは私の右足に相違ない……瘠せこけた、青白い股の切り口が、薄桃色にクルクルと引っ括っている。……そのまん中から灰色の大腿骨が一寸ばかり抜け出している。……その膝っ小僧の曲り目の処へ、小さなミットの形をした肉腫が、血の気をなくしたまま、シッカリと獅噛(しが)みついている。
 ……それはタッタ今、寝台から辷り降りたまんまジッとしていたものらしい。リノリウム張りの床の上に足の平を当てて、尺蠖(しゃくとりむし)のように一本立ちをしていた。そうして全体の中心を取るかのように、薄暗がりの中で、フウラリフウラリと、前後左右に傾いていたが、そのうちに心もち「く」の字型に曲ったと思うと、普通の人間の片足がする通りに、ヒョロリヒョロリと左手の窓の方へ歩き出した。」

「「……キ……貴様こそ天才なのだ。天才も天才……催眠術の天才なのだ。貴様は俺をカリガリ博士の眠り男みたいに使いまわして、コンナ酷(むご)たらしい仕事をさせたんだ。そうして俺のする事を一々陰から見届けて、美味い汁だけを自分で吸おうと企らんだのだ。」」
「「……そうだ。キットそうに違いないんだ。貴様は……貴様は昨日の正午過ぎに、俺がタッタ一人で午睡している処へ忍び込んで来て、俺に何かしら暗示を与えたのだ……否……そうじゃない……その前に俺を診察しに来た時から、何かの方法で暗示を与えて……俺の心理状態を思い通りに変化させて、こんな事件を起すように仕向けたのだ。そうだ……それに違いないのだ」」
「「俺はこの事件と……ゼ絶対に無関係なんだ……。俺は貴様の巧妙な暗示にかかって、昨日の午後から今までの間、この寝台の上で眠り続けていたんだ。そうして貴様から暗示された通りの夢を見続けていたんだ。」」

「「……お兄さま……お兄様、お兄様……オニイサマってばよ……お起きなさいってばよ……」」



「冗談に殺す」より:

「「……殺しても……いいのよ」」

「「……オレダヨオ――オ――」」




◆感想◆


「私はどう考えても免れようのない犯人であることに気がついた。この鼓が犯人だと言っても誰が本当にしよう。世の中というものはこんな奇妙なものかと思い続けながらこの遺書を書いた。」
(「あやかしの鼓」)
「不義を致しましたおぼえは毛頭御座いませぬが……この上のお宮仕えはいたしかねます」
(「押絵の奇蹟」)
世の中というものはわからんちんなので、鼓の祟りだとか、妊娠中に押絵を作っていたから生まれてきた子どもの顔が押絵の人物に似てしまったのだとか、わたしが悪いのではない社会が悪いのだとかいっても通用しないのでやっかいです。しかしそのような社会の不当な仕打ちを償うのが文学の存在意義であります。
それはそれとして、本巻所収の童話風短篇「卵」は、まるで日野日出志の怪奇まんがのようではありませんか。
夢野久作は聖書をよくよんでいたようで、「一足お先に」の冒頭にも「もし汝の右の眼、なんじを罪に陥さば抉り出してこれを棄てよ」云々(マタイ伝福音書第五章)を引用していますが、マタイ伝では、引用されている文章の直前に「すべて色情を懐きて女を見るものは、既に心のうちに姦淫したるなり」とあります。それが短篇「卵」の発想源であろうと思われます。「不義」を致したおぼえがなくても、精神的姦淫の結果としての「卵」を押し付けられてしまえばグウの音も出ないです。精神的姦淫すなわち妄想が生み出した卵を大切に育てるか、落っことして無かったことにするか、どっちかです。
『ドグラ・マグラ』の胎児は母親の心がわかって恐ろしがりましたが、「卵」の主人公の三太郎君は卵の心がわかって恐ろしかったのでしょう。
「瓶詰の地獄」も聖書をテーマにした作品ですが、洪水伝説であれば新しい人類の始祖となるべき兄妹が辿り着いた地上の楽園に地獄をもたらすのは、本来ならば救いとなるべき「聖書」(聖書的モラル)であります。
「冗談に殺す」は完全犯罪者の「自白心理」を扱っていますが(猟奇歌「号外の真犯人は/俺だぞ………と/人ごみの中で/怒鳴つてみたい」)、それはようするに心理的に抑圧され無かったことにされた「犯人」としての自己の自己主張であります。
「一足お先に」は『ドグラ・マグラ』の雛形の一つとして興味深いです。夢野久作もうっかり朝寝坊して妹に「……お兄さま……お兄様、お兄様……」と起こされたことがあったのではないでしょうか。微笑ましいかぎりです。
「霊感」は軽読物(ファルス)ではあるものの、双子の兄弟のドッペルゲンガー感覚や霊感(『暗黒公使』では「第六感」=生物(植物も含む)に本来的に備わっている直観力)などを扱っていて興味深いですが、名前のない子どもの父親探しがテーマであるという点で『ドグラ・マグラ』の衛星的作品であるといえます(『ドグラ・マグラ』では父親は若林博士でも正木博士でもなく呉青秀であり、鍵となるのは物質的=生物学的遺伝でなく精神的=心理遺伝です)。


こちらもご参照ください:

ひとあしお先に 豊島たづみ









































































































































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『夢野久作全集 6』 (三一書房版)

「私の生まれ故郷は、あの大空の向うに在る、音も香もない虚無世界に違いない事を、私はハッキリと覚(さと)って来ました。」
(夢野久作 「少女地獄」 より)


『夢野久作全集 6』 
編集委員: 中島河太郎/谷川健一

三一書房
1969年12月31日 第1版第1刷発行
1974年6月30日 第1版第3刷発行
386p 口絵(モノクロ)2葉
四六判 丸背布装上製本 カバー
定価1,200円
装幀: 中村宏

月報(8p):
怨念とアイデンティティー(由良君美)/非合理な円環(石子順造)



本書「解題」より:

「第六巻にはおもに晩年の作品と未発表原稿とを収録した。」


新字・新かな。二段組です。


夢野久作全集 6 01


目次:

巡査辞職
無系統虎列剌
人間レコード
髪切虫
継子
人間腸詰
悪魔祈祷書
少女地獄
 何んでも無い
 殺人リレー
 火星の女
名娼満月
女坑主
戦場
冥土行進曲
芝居狂冒険
オンチ
名君忠之
赤猪口兵衛

解題 (中島河太郎)
解説対談 (埴谷雄高・谷川健一)



夢野久作全集 6 02



◆本書より◆


「巡査辞職」より:

「その深良屋敷の老夫婦の間にはマユミという娘がタッタ一人あった。しかも、それが非常な美人だったので「深良小町」の名が近郷近在に鳴り響いているのであったが、可哀相なことにそのマユミは、学問上に早発性痴呆と言う半分生まれ付みたような薄白痴(うすばか)であった。大まかな百姓仕事や、飯爨(めしたき)や、副食物(おかず)の世話ぐらいは、どうにかこうにか人間並に出来たが、その外の読み書き算盤はもとより、縫針なんか一つも出来なかった。妙齢(としごろ)になっても畑の仕事の隙さえあえれば、蝶々を追っかけたり、草花を摘んだりしてニコニコしている有様なので、世話の焼ける事、一通りでなかったが、それを母親のオナリ婆さんが、眼の中に入れても痛くない位可愛がって、振袖を着せたり、洟汁(はな)を擤(か)んで遣ったりしているのであった。
 しかし何を言うにも、そんな状態(ありさま)なので、誰一人壻(むこ)に来る者ががないのには両親とも弱り切っていた。のみならず所謂、白痴美と言うのであろう。その底なしの無邪気な、神々しいほどの美しさが、誰の目にもたまらない魅力を感じさせたので、さもなくとも悪戯(いたずら)好きの村の若い者は皆申し合わせたように(中略)夜となく昼となく深良屋敷の周囲をウロ付いたものであった。」
「しかしその中にタッタ一人、このマユミにチョッカイを出しに来ない青年がいた。それはこの谷郷村の区長、乙束(おとつか)仙六という五十男の次男坊であった。村では珍しく中学校まで卒業した、一知という男で、村の青年は皆、学者学者と綽名(あだな)を呼んで別扱いにしている、今年二十三の変り者であった。
 ちょうどその頃、一知の父親の乙束仙六は、養蚕の失敗に引続く信用組合の公金拐帯(かいたい)の尻を引受けて四苦八苦の状態に陥り、(中略)心労の結果ヒドイ腎臓病と神経衰弱に陥って寝てばかりいる状態(さま)は、他所(よそ)の見る目も気の毒な位であったが、しかし次男坊の一知は、そんな事を夢にも気付かないらしく、自分勝手の呑気な道楽仕事にばかり熱中していた。
 その道楽仕事と言うのは、中学時代から凝(こ)っていたラジオで、幾個(いくつ)もいくつも受信機を作っては毀し毀しするので、彼の勉強部屋になっている区長の家の納屋の二階は、誰にもわからない機械器具の類で一パイになっていた。村の人は、
 「聴かぬためのラジオなら、作らん方が好(え)え。学者馬鹿たあ、よう言うたる」
 と嘲笑し、両親も持て余して、好きにさせていると言う、一種の変り者で、言わばこの村の名物みたようになっていたのが、この一知青年であった。
 だからその一知が、牛九郎老夫婦の眼に止まって壻養子に所望されると、両親の乙束区長夫婦は一議にも及ばず承知した。」

「草川巡査は間もなく部長に昇進して、県警察部勤務を命ぜられる事になったが、同巡査はその前に辞職して故郷の山寺に帰ってしまった。」
「「あの時の辛かった事を思うと今でもゾッとして夢のような気持になる。(中略)自分はあの時以来、世の中が何となく厭になった。ドウセ罪亡ぼしに坊主になる運命であったのだろう。如何に憎むべき罪人とは言え、あの若い、美しい夫婦の幸福の絶頂と、あの正直一遍の区長の苦しみのドン底とを束にして、一ペンにタタキ潰した事を思うと、とてもタマラない気持になる。この気持は人間世界の理屈では清算出来るものでない。(中略)」
 とよく人に語っている。」



「髪切虫」より:

「髪切虫にとっては、触角を動かす事が、つまり、考える事であった。見る事であった。聞く事であった。嗅ぐ事であった。あらゆる感覚を一つに集めた全生命そのものであった。その卵白色とエナメル黒のダンダラの長い長い放物線形に伸びた触角は、宇宙間に彷徨している超時間的、超空間的の無限の波動の、自由自在の敏感さで受容れるところの……そうして受入れつつユラリユラリと桐の葉蔭で旋回しているところの……変幻極まりない鋭敏な、小さい、生きたアンテナそのものであった。
 蝙蝠色に重なり合った桐の葉の群れのズット向うの、青い半円型の草山の蔭の地平線からボヘミア硝子(ガラス)色のサーチライトが、空気よりも軽く、淋しい、水か硝子のようにあてどもなく、そこはかとなく撒き散らされていた。だからその草山の方向に、何気なく触角を向けているうちに、髪切虫は、何とも言えない大宇宙の神秘さをヒシヒシと感じ始めて来たのであった。」



「少女地獄 何んでも無い」より:

「私はかの姫草が、その虚構(うそ)の一つ一つに全生命を賭けていた事を、この時に初めて知った。彼女は、彼女の虚構が露見したら、すぐにもこの世を果敢なみて自殺でもしなければいられない位、突き詰めた心理の窮況に陥りつつ日を送り、夜を明かして来たのであろう。しかも、そうした冒険的な緊張味の中に彼女は言い知れぬ神秘的な生き甲斐を感じつつ生きて来たものであろう。
 彼女は殺人、万引、窃盗のいずれにも興味を持たなかった。ただ虚構を吐く事にばかり無限の……生命(いのち)がけの興味を感ずる天才娘であった。
 彼女は貞操の堕落にも多少の興味を持っていたらしい。しかし、それも具体的な堕落でなくて、虚構の堕落ではなかったか。現実的な不道徳よりも、想像の中の不倫、淫蕩の方が遙かに彼女の昂奮、満足に価してはいなかったか。彼女は肉体的には私達第三者が想像するよりも、遙かに清浄な生涯を送ったものではなかったかと想像し得る理由がある。」

「小生は小生の姉、妻と共に告白します。小生等は彼女を爪の垢ほども憎んでおりません。
 何事も報いられぬこの世に……神も仏もない、血も涙もない、緑地(オアシス)も蜃気楼も求められない沙漠のような……カサカサに乾干(ひから)びたこの巨大な空間に、自分の空想が生んだ虚構(うそ)の事実を、唯一無上の天国と信じて、生命がけで抱き締めて来た彼女の心境を、小生等は繰返し繰返し憐れみ語り合っております。その大切な大切な彼女の天国……小児が掻き抱いている綺麗なオモチャのような、貴重この上もない彼女の創作の天国を、アトカタもなくブチ毀(こわ)され、タタキ付けられたために、とうとう自殺してしまったであろうミジメな彼女の気持を、姉も、妻も、涙を流して悲しんでおります。隣家の田宮特高課長氏も、小生等の話を聞きまして、そんな風に考えて行けばこの世に罪人はいない……と言って笑っておりましたが、事実、その通りだと思います。
 彼女は罪人ではないのです。一個のスバラシイ創作家に過ぎないのです。(中略)……しかも、それが真に迫った傑作であったために、彼女は直ぐにも自殺しなければならない程の恐怖観念に脅かされつつ、その脅迫観念から救われたいばっかりに、次から次へと虚構の世界を拡大し、複雑化して行って、その中に自然と彼女自身の破局を構成して行ったのです。
 然るに小生等は、小生等自身の面目のために、真剣に、寄ってたかって彼女を、そうした破局のドン底に追い詰めて行きました。そうしてギューギューと追い詰めたまま幻滅の世界へタタキ出してしまいました。」



「少女地獄 火星の女」より:

「私はまだ物心付かないうちから、人に笑われるために生まれて来た、醜い、ノッポの私自身を知りつくさなければならなかったのでした。
 私が尋常六年頃から新体詩や小説を読み耽るようになったのは、そんな悲しさや淋しさが積り積ったせいではなかったかと思います。つまり私は皆様のお蔭で、人並外れて早くから淋しい、一人ポッチの文学少女になってしまったのでしょう。」

「学校の運動場のズット向うの、高い防火壁に囲まれた片隅に、物置小舎になっている廃屋(あばらや)があります。」
「私は課業の休みの時間になりますと、よく便所の背面(うしろ)から弓の道場の板囲いの蔭に隠れて、あの廃屋の二階に上りました。あそこに置いて在るボロボロの籐の安楽椅子に身を横たえて、上半分骨ばかりになった雨戸越しに、防火壁の上の青い青い空をジイッと眺めるのを一つの楽しみのようにしておりました。そうして私の心の奥底に横たわっている大きな大きな冷たい冷たい空虚と、その青空の向うに在る、限りも涯しもない空虚とを見比べて、いろいろな事を考えるのが習慣のようになっておりました。」
「私の心の底の底の空虚と、青空の向うの向うの空虚とは、全くおんなじ物だと言う事を次第次第に強く感じて来ました。そうして死ぬるなんて言う事は、何でもない事のように思われて来るのでした。
 宇宙を流るる大きな虚無……時間と空間のほかには何もない生命の流れを私はシミジミと胸に感ずるような女になって来ました。私の生まれ故郷は、あの大空の向うに在る、音も香もない虚無世界に違いない事を、私はハッキリと覚(さと)って来ました。」



「戦場」より:

「その地殻のドン底から欝積しては盛り上り、絶えては重なり合って来る轟音の層が創るリズムの継続は、ちょうど日本の東京のお祭りに奏せられる、あの悲しい、重々しい BAKA-BAYASHI (バカバヤシ)のリズムに似ている……。
  Ten Teretsuku Teretsukutsu Don Don (テン テレツク テレツクツ ドン ドン)
 ……と言う風に……あの BAKA-BAYASHI の何億何万倍か重々しくて物悲しい、宇宙一パイになる大きさの旋律が想像出来るであろうか……。」
「かの時から私の脊髄骨の空洞に沁み込んで消え残っている戦慄……血と、肉と、骨と、魂とを同時に粉砕し、嘲弄する処の鉄と、火と、コンクリートと BAKA-BAYASHI ……地上最大の恐怖を描きあらわすところの最高度のノンセンスのオルケストラ……。
 そのオルケストラの中から後送されて来る演奏済みの楽譜……死傷者の夥しさ。まだ日の暮れないうちに半分、もしくは零になりかけている霊魂の呻吟が、私達のいる白樺の林の中から溢れ出して、私を無限の強迫観念の中に引包んでしまった。」

「……出征兵士の中には、かの美少年候補生が話したような家庭の事情のために、是非とも殺されなければ都合の悪い運命を背負っている若い連中が、何人混交(まじ)っているかわからないであろう。」



「解説対談」より:

埴谷 戦後椎名鱗三君と梅崎春生君と松沢病院へ行ったことがあるんですよ。そうしましたら、一人の四十ぐらいの女の人にどうもほれられたらしい。偶然パッとそのひとの目と見合せたのがいけなかったようだ。ぼくが偶然向うを見たら向こうもパッとぼくの目を見たんだな。「アッ、いけない」と思ったら、もうそれからつきまとってきて、ぼくの前でいろんな歌を歌って踊るわけですよ。椎名君と梅崎君が、どうも埴谷さんほれられたな(笑)、というんです。そういうことがありましたがね。
 谷川 どうですか、そのときの気持は。
 埴谷 いや、やはり純粋でいいと思いますね。」

埴谷 (中略)ぼくは中学一年まで台湾にいたのですけれども、ぼくの中学校は公園のすぐそばにあって、学校を出ると公園の池をまず通るわけですよ。朝、公園の池のわきを通ると、老人が公園の池をながめている。そして、午後おそく通ると、まだ同じ所でながめていますよ。ああいうふうに悠然とながめている気質は日本人にはないんじゃないかと思いますね。日本人からみると、ああいうのはバカじゃないかと考えたりしますけど、向こうからいうと、そうした老人は尊敬すべき存在であると思っているんでしょう。天地とともに悠々自適しているわけですからね。」

埴谷 そうですよ。真犯人は「胎児の夢」なんです。それが『ドグラ・マグラ』の素晴らしいところです。」




◆感想◆


『ドグラ・マグラ』を完成して憑き物が落ちたのか、本巻収録作はふつうの大衆小説に近い作風になっていて、やや退屈です。しかしながら「巡査辞職」や「少女地獄」の「何んでも無い」「火星の女」等では、「人間世界」すなわち定型発達者の・定型発達者による・定型発達者のための社会の理屈では清算できない、非定型発達者の心のありようを共感的に描いているので、それが素晴らしいところです。



























































































『夢野久作全集 3』 (三一書房版)

「……妾(わたし)には好きと嫌いの二つしか道がないのだ。妾はその中で好きな方の道を一直線に行くだけだわよ。」
(夢野久作 「氷の涯」 より)


『夢野久作全集 3』 
編集委員: 中島河太郎/谷川健一

三一書房
1969年8月31日 第1版第1刷発行
1990年2月20日 第1版第10刷発行
378p 口絵(モノクロ)2葉
四六判 丸背布装上製本 カバー
定価1,700円(本体1,650円)
装幀: 中村宏

月報(8p):
夢野久作の不思議(澁澤龍彦)/夢野久作の人と作品(紫村一重)



本書「解題」より:

「第三巻には昭和八年二月から、十年一月までの中短篇が収められている。」


新字・新かな。二段組です。


夢野久作全集 3


カバー裏文:

「戦雲渦巻く陰謀の地ハルピンを舞台に、一兵卒が陥し入れられる奈落の底は……国境廃絶の予感に満ちた『氷の涯』を劈頭に掲げ、土着の抒情と情念が白昼の午後開花する。」


目次:

氷の涯
爆弾太平記
白菊
斬られたさに
山羊鬚編集長
難船小僧
衝突心理
木魂
近眼芸妓と迷宮事件
白くれない
骸骨の黒穂
笑う啞女
黒白ストーリー
 材木の間から
 光明か暗黒か
 なまけものの恋

解題 (中島河太郎)
解説対談 (鶴見俊輔・谷川健一)




◆本書より◆


「氷の涯」より:

「……退屈な、話相手もない、兵卒の中の変り種である文学青年の僕に取っては、読書以外の何の慰安もなかったので……。
 事実……屋上の展望と散歩を除いた哈爾賓の生活は、僕に取って退屈以外の何ものでもなかった。町のスケールが大きければ大きいだけ、印象がアクドければアクドいだけ、それだけ哈爾賓の全体が無意味な空っぽなものに見えた。(中略)その中で毎日毎日判で捺したような当番の生活をする僕……眺望と、散歩と読書以外に楽しみのない無力な兵卒姿の僕自身を発見する時、僕はいつも僕自身を包んでいる無限の空間と、無窮の時間を発見しないわけにはゆかなかった。宇宙は一つのスバラシク大きな欠伸である。そうして僕はその中にチョッピリした欠伸をしに生まれて来た人間である……という事実をシミジミと肯定しないわけにゆかなかった。」

「……妾は主義とか思想とか言うものは大嫌いだ。チットモ解らないし面白くもない。『理屈を言う奴は犬猫に劣る』って本当だわ。
 ……妾には好きと嫌いの二つしか道がないのだ。妾はその中で好きな方の道を一直線に行くだけだわよ。」

「……でも、そんなに苦労をしたお陰で、アンタと妾だけが、こうして助かる事が出来たんだから嬉しい。ホントウの事を正直に話す勇気のある者は、アンタと妾だけだから……。」

「そうして見る見る取り返しのつかなくなってゆく自分自身の運命を、千万無量の思いに湧きかえる上流の火の粉と艇尾の波紋の美観と一緒にして、ウットリと見惚れていたのであった。
 そのうちに僕はヤット気がついてニーナの方を振り向いた。無言のままブルブルと震える指をソッと彼女の肩に置いた。
 「……マア……キレイ……」とニーナは振り返りざま日本語で叫んだ。ピタリと機械を止めながら、危険を忘れて河の中流にコースを取った。それにつれて火光を真正面に受けたニーナの顔が見る見る真赤に輝やき出した。僕の顔をチラリと見ながら露語で尋ねた。」
「「……アンタが火を放(つ)けたんでしょう……」

「その中にニーナは突然に僕の顔を振り返ってニッコリ笑った。
 「ねえアンタ。妾たちモウ駄目なのよ」
 トテモいい気持ちに陶酔しかけていた僕は、しかし平気で煙を吹き上げた。「フーン、どうして駄目なんだい」
 ニーナは平生の通り、梨の汁を飲み込み飲み込み話し出した。平気な、茶目気を帯びた口調で……。
 「こっちの方へもスッカリ手が廻ってんのよ」と言うのであった。」

「「惜しい事をしたな。無罪の証拠になるんだったのに……」
 「証拠なんかなくたってアンタは無罪じゃないの……」
 「お前に対してだけはね……」
 「妾は有罪だって何だって構やしないわ」」

「「ねえアンタ」
 「何だい」
 「……妾と一緒に死んでみない……」
 僕はだまっていた。ちょうど考えていたことを言われたので……。
 「ねえ。……ドウセ駄目なら銃殺されるよりいいわ。ステキな死に方があるんだから……」」

「僕らは今夜十二時過にこの橇に乗って出かけるのだ。まず上等の朝鮮人参を一本、馬に噛ませてから、ニーナが編んだハンド・バッグに、やはり上等のウイスキーの角瓶を四、五本詰め込む。それから海岸通りの荷馬車揚場の斜面に来て、そこから凍結した海の上に辷り出すのだ。ちょうど満月で雲も何もないのだからトテモ素敵な眺めであろう。
 ルスキー島をまわったら一直線に沖の方に向って馬を鞭打つのだ。そうしてウイスキーを飲み飲みどこまでも沖へ出るのだ。
 そうすると、月のいい晩だったら氷がだんだんと真珠のような色から、虹のような色に変化して、眼がチクチクと痛くなって来る。それでも構わずグングン沖へ出て行くと、今度は氷がだんだん真黒く見えて来るが、それから先は、ドウなっているか誰も知らないのだそうだ。」



「白菊」より:

「彼は今一度ブルブルと身震いをした。鮮やかな空色と、血紅色と、黒色の稜角を、花型に織り出したロシア絨氈の一角に、泥足のままスッキリと立ち上った。
 右手に持ったマキリを赤い光線に透かしてみると、眼と口を真白く見開いて、声のない高笑いを笑いながらおもむろに仄暗い丸天井を仰ぎ見た。
 それはさながらに鉄の檻を出た狂人の表情であった。
 彼は何の躊躇もなく悠々と寝台に近寄って薄い黄絹を引き巻くった。白いレースに包まれている少女の透きとおった首筋の向う側にイキナリ右手のマキリを差し廻しながら、左手でソロソロと緞子の羽根布団をめくった。同時にモウ一度彼独特の物凄い笑いを、顔面に痙攣(ひきつ)らせた。」
「それから返り血を避けるべく、羽根布団を引き上げながら、すこしばかり、身を背向けた。
 ……すると……そうした気持ちにふさわしくそこいら中がモウ一度、彼の身の中でシンカンとなった。

 その一刹那であった。
 少女の枕元にあたる、大きな硝子窓の向うを、何かしら青白いものが、一直線にスウーと横切って行った。
 彼はハッとしてその方向を見た。少女の首筋からマキリを遠ざけながら首を伸ばした。
 ……今まで気がつかなかったが、薄い黄絹の帷帳越しによくみると、窓の外は一パイの星空であった。今の青白い直線は、その星の中の一つが飛び失せたものに相違なかった。それにつれて……やはり今まで気が付かなかった事であるが、どこか、遠く遠くの海岸に打ち寄せるらしい、深夜の潮の音が、かすかにかすかに、硝子(ガラス)窓越しに聞えてくるのであった。」
「彼は緊張し切った態度のまま、その音に耳を澄ました。それから、やはりシッカリした身構えのうちに少女の寝顔と、右手のマキリを見比べた。
 部屋の中に漂うている桃色の光りを白眼(にら)みまわした。
 その光が淀ませている薄赤い暗がりの四方八方から、彼に微笑みかけている。
 あらゆる愛くるしい瞳と、唇の一つ一つを念入りに眺めまわしているうちに、またもギックリと振り返って、窓の外の暗黒を凝視した。
 ……その時に又一つ……
 ……ハッキリと星が飛んだ……
 ……銀色の尾を細長く引いて……
 彼は愕然となった。おびえたゴリラのように、身構えをし直して、少女の顔を振り返った。
 ……この深夜に……開放された部屋の中で……タッタ一人眠っている西洋人の娘……。
 ……物騒な北海道の山の中で、可愛い娘にコンナ事をさせている毛唐の大富豪……。
 ……これは人間の心か……。
 ……神様の心か……。
 そんなような超常識的な常識……犯罪者特有の低能な、ヒネクレた理知が、一時に彼の中に蘇ったのであった。白熱化した彼の欲情を、みるみる氷点下に冷却し始めたのであった。いい知れぬ恐怖の旋風となって、彼の足の下から襲いかかったのであった。」



「山羊鬚編集長」より:

「「ナアニ。外国の犯罪記録を調べてみるとコレ位の事件はザラに出て来るよ。山の中の別荘で寝しなに、可愛がって頂戴と言った女を急に殺してみたくなったり、霧の深い晩に人を撃ってみたくなってピストルを懐にして出かけたりするのとおなじ犯罪の愛好心理だ。いわゆる、純粋犯罪というのとおんなじ心理状態が、この事件の核心になっていると思うんだ。そんな人間が都会に住んでいる頭のいい学者とか、腕の冴えた技術家とか言うものの中からヒョイヒョイ飛出す事がある……と横文字の本に書いてあるんだ。つまり文化意識の行き詰まりから生まれた野蛮心理だね」」
「「日本の警察なんかじゃ、そんなハイカラな犯罪がある事を知らないもんだから、犯罪と言やあ、金か女かを目的としたものに限っているように思って、その方から探りを入れようとするんだ。だからコンナ事件にぶつかると皆目、見当がつかないんだよ」」



「木魂(すだま)」より:

「……俺はどうしてコンナ処に立ち佇(ど)まっているのだろう……踏切線路の中央(まんなか)に突立って、自分の足下をボンヤリ見詰めているのだろう……汽車が来たら轢き殺されるかも知れないのに……。」

「……ナーンだ。馬鹿馬鹿しい。何でもないじゃないか。」

「彼は元来、年老いた両親の一人息子で、生まれつきの虚弱児童であったばかりでなく、一種の風変りな、孤独を好む性質(たち)であったので、学校に行っても他の生徒と遊び戯れた事なぞは殆んどなかった。その代りに学校の成績はいつも優等で、腕白連中に憎まれたり、いじめられたりする場合が多かったので、学校が済んで級長の仕事が片づくと、逃げるように家に帰って、門口から一歩も外に出ないような状態であった。
 けれども極く稀にはタッタ一人で外に出ることもないではなかった。それはいつでも極く天気のいい日に限られていて、行く先も山の中にきまり切っていた……という理由は外でもない。彼は生まれつき山の中が性に合っているらしいので、現在でもわざわざ(中略)山の中の一軒屋に住んで、不自由な自炊生活をしている位であるが、こうした彼の孤独好きの性癖は既に彼の少年時代から現われていたのであろう。青い空の下にクッキリと浮き上った山々の木立を、お縁側から眺めていると、子供心に呼びかけられるような気持ちになった。」
「ところで彼は、そんな山歩きの途中で、雑木林の中なんぞに、思いがけない空地を発見する事がよくあった。(中略)そのまん中に立ちながら、そこいら中をキョロキョロ見まわしていると、山という山、丘という丘が、どこまでもシイーンと重なり合っていて、彼を取囲む立木の一本一本が、彼をジイッと見守っているように思われて来る。」
「そんな処を見つけると彼は大喜びで、その空地の中央の枯草に寝ころんで、大きな数学の本を拡げて、六ヵしい問題の解き方を考えるのであった。」
「ところが、そんな風に数学の問題に頭を突込んで一心になっている時に限って、思いもかけない背後(うしろ)の方から、ハッキリした声で……オイ……と呼びかける声が聞こえて、彼をビックリさせる事がよくあった。(中略)跳ね起きながら振り返ってみると誰もいない。雑木林がカーッと西日に輝やいて、鳥の声一つ聞えないのであった。
 それは実に不思議な、神秘的な心理現象であった。最初のうち彼は、そんな声を聞くたんびに、髪の毛がザワザワとしたものであったが、しかし、それは一時的の神経作用と言ったようなものではなかったらしく、その後も同じような……又は似たような体験を幾度となく繰返したので、彼はスッカリ慣れっこになってしまったのであった。」



「解説対談」より:

鶴見 ええ。それから学問論とさっきあなた言われたんだけども、『骸骨の黒穂』という小説あるでしょう。これはとってもおもしろいと思った。この中で直方に突如として乞食がいっぱい寄ってくるんですね。それからまたいなくなる。それは理由があるんだ。それで乞食の元親方でいま飲み屋をやっている人間がいろんな信号を出しているんですよね。そういう落ちぶれたと考えられるような人間がそれぞれ自分の知性の営みをもっていて、ちゃんと信号を出している。そのことによっていろんな人間界のことが行なわれていて、ただ官僚とか大学の教授とかいうのはそういうもの知らんのだということずいぶん出ていますね。だけどやっぱりそれが人類の学問なんですよ。彼が渡り者としてゴロゴロ歩いて行ったり、子供のときに彼のうちにゴロゴロしていた無名の右翼活動家のもっているいろんなものが入っているわけだな。で、彼は日本の大学が知らないような学問をしているわけでしょう。テレパシーだね。テレパシックな感応があるでしょう。」
谷川 そのさっきおっしゃった乞食の赤潮ということですけれども、それは実際に乞食に近い連中に触れてみないと、そういうところがわからなかったということがありますね。清水精一という人ご存じだろうと思うんですが、高槻の地主の息子で、小作争議を体験して、それで非常に悩み抜いて哲学をやるんですね。ドイツにも留学したという話を聞いたんですが、それでもわからない。そこで比叡山に行って、いろいろ高僧に教えを受けるわけですけどわからずに、比叡山を捨てて西のほうに歩き出しまして、丹波の山の中で木食をやるんですね。松葉だけを食うんですね。穀食を断つ生活をするんですけれども。それをやっているうちにだんだん松葉にもうまい松葉とまずい松葉があることがわかるんですね。それで今度はうまい松葉を食うためには何里をも遠しとせずに取りに行くわけですね。ですから人間の欲を断念しようとしたものが、松葉を食うという段階になっても、やっぱりうまいまずいという好悪感がそこに働くということを知るんですね。」
「それから動物が自分の小屋の所に――たとえば雌のキツネなんかが悄然とすわっているのを見るとまるで幻みたいに見えるというんですね。交尾期に相手にはぐれた雌のキツネが小屋のそばにたたずんでいる。そのときにどうしても雌の動物に愛着を感じるというんです。それでやはり欲念というのは捨てられないって。捨てられないものがやはり人生だということで、今度山を降りるわけなんです。降りてすぐまた上の暮らしをするんじゃなくて、橋の下の中に入っていくわけです。大阪の阿倍野橋の下の乞食の群に投じて、そこで乞食の親方の娘を細君にして、そこで活動する話があるんですけれども、そうするとまた乞食の中にシステムがありまして、縄張りと、それから非常にきびしい掟があるわけで、乞食というのは遊んで暮らせるものじゃない、働かなけりゃ乞食も成り立たないという、われわれ乞食を知らない者の論理からいうと、まったく反論理みたいなものを乞食はもっているわけですね。乞食ほど勤勉な者はないというようなことで、どっかの縁日があればそこに行ってかならず坐るわけなんですけれども、(以下略)」




◆感想◆


本巻所収の「氷の涯」と第五巻所収の「犬神博士」は両方とも「傍観者(心理的アウトサイダー)が事件に巻き込まれ、首謀者と目されて、自分でも自分が首謀者のように思われてきて、炎上する都市から逃走する、という話です。
この前、マルセル・シュオッブの「大地炎上」(『黄金仮面の王』所収)を夢野久作がよんでいたのではなかろうかということを書きましたが、「氷の涯」と「大地炎上」を併せ読むと興味深いのではないでしょうか。シュオッブは「『アナベラとジョヴァンニ』講演」で劇作家ジョン・フォードの近親相姦劇『あわれ彼女は娼婦』を論じ、「世間や社会道徳と格闘し、非業の死をとげると知りながら全人類を相手に個我を肯定」した人々を顕彰しました。「犬神博士」は非業の死を遂げるかわりに「キチガイ博士」の称号を頂戴しつつ自己充足した余生を送りましたが、「氷の涯」の語り手とニーナは、表面上は非業の死を遂げたようにみえつつも、実質的には「物質的文明」に感染した世界の終りを逃げ延びた「精神的文明」の生存者たち(サーヴァイヴァーズ)だといえるのではないでしょうか(「物質的文明」「精神的文明」というのは夢野久作の用語です。夢野久作によると「精神的文明」の精髄は「大和魂」であり、彼らのめざした「日本」は「精神的文明」の「メッカ」である、ということになります)。しかしそれはどうでもいいです。個人的には、〈はみだし者カップル 対 人間社会(あるいは「世間」)〉という構図(「曽根崎心中」「俺たちに明日はない」「おぞましい二人」等)がたいへん興味深いです。

「白菊」に関しては、掌篇「微笑」や、長篇「暗黒公使」の呉井嬢次とゴンクール氏の対決場面(および「第六感」に関する説明のくだり)、「犬神博士」のチイ少年とハンマの源太の対決場面(および「合い気の術」に関する説明のくだり)を併読されるとよいです。

「木魂」の主人公は「すべての人間の特徴を殺してしまう」「数学だけ甲でいる事を許さない」「今の教育法」を批判していますが、それはバートランド・ラッセルの考え方に近いです。ウィキペディアをみると「投獄中、面会に来た友人に「なんでまた、君はそんなところにいるんだね?」と尋ねられたラッセルは「君こそ、なんでそんなところにいるんだい?」と尋ね返したそうである」「最悪なのは、あらゆる人間を分類して(仕分けして)明瞭なレッテル(ラベル)を貼ること(行為)である。この不幸な習性の持主は、自分が相手に適切だと思うタグ(札)を貼りつける時に、その相手について(タグをはりつけるに足る)完全な知識をもっていると考える」とありましたが、これなどはたいへんドグラマグラ的ではないでしょうか。
「木魂」の主人公は生まれつき人付き合いが苦手で数学が得意なタイプの人物ですが、「数学だけ甲でいる事を許さない」「今の教育法」によって教育されたために、人間社会から逃避して好きな数学に集中しようとすると超自我の叱責の声(自分に呼びかける自分の声)を幻聴するようになり、統合失調状態になってしまったのでしょう。他人事ではないです。
「好きな方の道を一直線に行く」(「氷の涯」)、それで野垂れ死にすることになるとしても、自分を見失って鉄道自殺するよりはよいです。














































































































『夢野久作全集 5』 (三一書房版)

「油断すんな。魔法(ドグラマグラ)かけられるな」
(夢野久作 「犬神博士」 より)


『夢野久作全集 5』 
編集委員: 中島河太郎/谷川健一

三一書房
1969年11月15日 第1版第1刷発行
1995年4月30日 第1版第12刷発行
362p 口絵(モノクロ)2葉
四六判 丸背布装上製本 カバー
定価2,000円(本体1,942円)
装幀: 中村宏

月報(8p):
血の占拠(唐十郎)/幻の『筑紫風雲録』(足立正生)



本書「解題」より:

「本巻には『犬神博士』を除いて昭和十年後半期の中短篇を収めた。」


『犬神博士』は昭和6年9月~7年1月「福岡日日新聞」に連載。
新字・新かな。二段組です。


夢野久作全集 5 01


カバー裏文:

「混沌としたエネルギーが渦巻く北九州を舞台に、旅廻りの一座の稚児が現実界をひっくり返して奇想天外な大活躍を展開する『犬神博士』――これこそが失われた民衆の魂の表出であり、庶民の笑と怨恨の原点である。」


目次:

S岬西洋婦人絞殺事件
超人鬚野博士
二重心臓
眼を開く
犬神博士

解題 (中島河太郎)
解説対談 (森秀人・谷川健一)



夢野久作全集 5 02



◆本書より◆


「犬神博士」より:

「こりゃあ怪(け)しからん。吾輩が何でキチガイだ。」
「フーン。成る程。松原の中の穢(きた)ない一人者で、犬や猫をゴチャゴチャ飼って、頭や髭を延び放題にして、夏冬ブッ通しの二重マントを着て、福岡市内をブラブラ歩きまわって、掃溜や塵箱を掻きまわしているような人間ならば、大抵キチガイにきまっていると言うモッパラの評判か。成る程ナア。」
「吾輩の眼から見れば世間の奴等の方がよっぽどキチガイじみている、頼まれもしないのに無駄な苦労ばかりしている。世界中の人間はみんな無駄骨折がしたさに生きているようなもんだ。
 これに反して吾輩の生活状態を見ろ。みんな廃物利用の原理原則に叶った堂々たるものばかりだ。」
「着物は別にない。寒い時に浴衣を一枚着るくらいのもんだ。寒い時には寒い、暑い時には暑いというのが吾輩の信念だ。(中略)それから履物(はきもの)は見付かれば穿く。なければ穿かない。」
「ドウダ。吾輩の生活状態はこの通り一(ピン)から十(キリ)まで合理的になっている。利用厚生の道に叶っている。それを世間の奴等がキチガイ呼ばわりするんなら、世間の奴等はキチガイ以上のキチガイだろう。それとも無駄骨折りに発狂するのが正気の沙汰で、悠々と天道を楽しむのがキチガイだと言う定義がどこかに在るのか。又はキチガイが二十億いて、正気の人間がタッタ一人おれば、その一人がキチガイと言う事にきまっているのか。
 ウン。それならば勘弁して遣る。すべてキチガイと言うものは自分だけが本気で、ほかの奴はキットどこかがおかしいものと決めているものだからナ。ウスウス自分のおかしい処を気付いている奴は尚更のこと、正当防衛の意味で他人をキチガイ呼ばわりするものだからナ。」

「まず或る村で天変地異が引き続いて起こる。又は神隠し、駈落ち、泥棒、人殺しなんどの類が頻々として、在来の神様に伺いを立てた位では間に合わなくなって来ると、村中の寄り合いで評議して一つ犬神様を祭ってみようかと言う動議が成立する。そこで村役、世話役、肝煎(きもいり)役なんどが立ち上って山の中の荒地を地均(じならし)して、犬神様の御宮を建てる一方に、熱心家が手を分けて一匹の牡犬を探し出して来る。」
「その牡犬を地均した御宮の前に生き埋めにして、首から上だけを出したまま一週間放(ほ)ったらかして置くと、腹が減ってキチガイのようになる。そこでその汐時を見計らって、その犬の目の前に、肉だの、魚だの、冷水だのとタマラナイものばかりをベタ一面に並べて見せると犬は、モウキチガイ以上になって、眼も舌も釣り上った神々しい姿をあらわす。その最高潮に達した一刹那を狙って、背後から不意討ちにズバリと首をチョン斬って、かねて用意の素焼きの壺に入れて黒焼きにする。その壺を御神体にして大変なお祭り騒ぎを始める。
 ところでその犬神様に何でもいいから、お犬様のお好きになりそうなものを捧げて、お神籤(みくじ)を上げると、ほかの神様にわからなかった事が何でも中(あた)ると言うから妙だ。天気予報から作の収穫(みいり)、漁獲(りょう)のあるなしはむろんの事、神隠しが出て来る。駈落ちが捕まる。間男、泥棒、人殺しが皆わかると言うのだが、成る程考えたね。人間だってそんな眼に会わせたら大抵神様になるだろうが。」

「そこで女親はモウ一度三味線を抱え直してペコペコと弾き始める。それをキッカケに吾輩が、振袖をヒラヒラさせながら真ッ先に立つと、その後から男親がホイホイと掛け声をしながら鼓を打って踉(つ)いて来る。(中略)女の三味線は大した事はないけれども男の鼓が非常に軽妙だから、三味線の調子ばかりでなく、吾輩の足どりまでも浮き浮きして来る。」
「そのうちに程よい空地か神社の境内、又は道幅の広い処に来ると、男親が荷物を卸して茣蓙を二枚道傍に向って拡げる。一枚が舞台で一枚が楽屋だ。その楽屋の上に両親が坐って、同時にイヤアホウという掛け声をかけると、囃子の調子がかわるのに連れて、吾輩が両袖を担いで三番叟(さんばそう)の真似を始める。この辺は仲々本格だが、実はこの三番叟の中で男がかける突飛な掛け声を聞いて人が集まる仕かけになっているので、そのうちに五、六人も大人が立ち止まると、又も囃子の調子が一変して、普通の手踊りの地を男が謡い出す。」
「唄い出すものはカッポレ、奴さん、雨ショボ、雪はチラチラなんぞのありふれた類で、ソイツに合わせて吾輩が踊る訳だが、吾輩は踊りの天才だったらしいね。今でも天才かも知れないが、その頃から既に大衆を惹き付ける技巧を持っていたと見えて、貰いがナカナカ多かった。」
「むろん吾輩の踊りばかりが上手な訳じゃなかった。吾輩に振りをつけてくれた男親の地唄が又トテモよかったもので、吾輩も女親の三味線なんかテンデ問題にしないで、男の鼓と歌に乗せられて踊っていたもんだが、ここに一つ困ったのは男の唄の文句だった。
 他所(よそ)のお座敷でやる時なんかはさほどでもないが、往還傍(おうかんばた)や空地の野天でやる時は、トテモ思い切った猥雑な文句を、平気の平左でイヤアホーと放送する。その文句に合わせて、そんな身ぶりを習った通りに踊らなくちゃならないのだからトテモ難儀だ。むろん四つか五つの子供だから意味なんかテンデ解らないが、矢鱈にお尻を振ったり色眼を使ったりして、踊りの手を崩して行くのが子供心に辛かった。何だか芸術を侮辱しているようでネ。」
「しかしそのお尻の振り工合が悪いと、アトで非道(ひど)い眼にブン殴られるのだから、イヤでも一所懸命にやる。そうなると見物が哄(どっ)と笑う。情ないにも何もお話にならない。しかも見物は女の児の積りで猥雑な身ぶりを喜んでおるのに、踊っている本人の正体は泣きの涙の男の子なんだから、イヨイヨナンセンスこの上なしだ。」
「この点になると吾輩の親たちは断然、最新式(モダーン)の尖端(トップ)を切っていた訳だね。(中略)男の児を無理やりに女の児にして育て上げて、生活の合理化を遣ると同時に、性教育まで施していたんだから斬新奇抜(アラモード)だろう。」
「お蔭で吾輩は七、八ッ頃まで男と女の区別を知らなかった。男の風をしている女もあるし、女の風をしている男もいるものだと、自分に引き比べて想像していた。」

「「わてえ何ともあらへんがな。起きてもええがな」
 と言いも終らぬうちに吾輩はムックリと起き上りかけた。それを白髪の老人は慌てて両手で押え付けたが、その拍子に吾輩は座敷の天井、柱も、床の間の掛物も何もかもがグルグルと回転し始めたような気持ちがしたので、両手でシッカリと眼を押えながら、モトの処に頭を押し付けた。
 「ソーラ見い。眼がまわるじゃろ。静かにしとらんといかん」
 「眼はまわりはへんがな。お座敷がまわるのじゃがな」」

「「帰れッ……みんな帰れッ……あの児は幻術(ドグラマグラ)使いぞ、幻術使いぞ。逃げれ、逃げれッ。殺されるゾーッ」」

「「ニコニコ笑いよる……不逞な餓鬼ばい」
 「油断すんな。魔法(ドグラマグラ)かけられるな」」

「吾輩はその人影に見付けられないうちに一散走りで右手の横町に逃げ込んだ。(中略)間もなく鉄道の踏切を越えて山の岨道(そまみち)にかかった。そこでホッとして振り返ってみると、青柳の家は直方の町の真中で盛んに黒煙をあげて燃えている。
 それを見ると吾輩は急に恐ろしくなって又走り出した。
 昨夜の喧嘩も、今朝の火事も、直方中の騒動は何もかも、みんな自分一人で仕出かしたような気持ちになりながら、何処かわからなくなった山の中を滅法矢鱈に走った走った……走った……。」




◆感想◆


「「ソーラ見い。眼がまわるじゃろ。静かにしとらんといかん」
 「眼はまわりはへんがな。お座敷がまわるのじゃがな」」
(「犬神博士」より)

「ぐるぐるぐると天地はめぐる
だから俺も眼がくるめいて
邪道に陥ちるんだ」」
(「猟奇歌」より)

「Because the world is round it turns me on」
(ビートルズ「ビコーズ」より)

「吾輩の眼から見れば世間の奴等の方がよっぽどキチガイじみている、頼まれもしないのに無駄な苦労ばかりしている。世界中の人間はみんな無駄骨折がしたさに生きているようなもんだ。」
(「犬神博士」より)

「Everybody seems to think I'm lazy
I don't mind, I think they're crazy
Running everywhere at such a speed
Till they find there's no need」
(ビートルズ「アイム・オンリー・スリーピング」より)


以上であります。




















































































『夢野久作全集 2』 (三一書房版)

「妾(わたし)は何だかつまんなくなって来た。」
(夢野久作 「ココナットの実」 より)


『夢野久作全集 2』 
編集委員: 中島河太郎/谷川健一

三一書房
1969年7月31日 第1版第1刷発行
1991年2月28日 第1版第11刷発行
373p 口絵(モノクロ)2葉
四六判 丸背布装上製本 カバー
定価1,700円
装幀: 中村宏

月報(8p):
夢野文学と「文化あるいは構造人類学」(山口昌男)/日常性に対する刺激(結城昌治)/編集部より



本書「解題」より:

「本巻には昭和六年から八年にかけての作品が収められている。」


新字・新かな。二段組です。


夢野久作全集 2


カバー裏文:

「東京駅のステーション・ホテルでの殺人事件を契機に浮かびあがる国際的な秘密結社の暗躍とその中で抹殺される人間の悲惨な相貌を描いた長篇小説『暗黒公使』を巻末に据え、地底に光る『斜坑』を軸に夢魔と狂気の世界が成熟する!」


目次:

ココナットの実
斜坑
怪夢
 工場
 空中
 街路
 病院
 七本の海藻
 硝子世界
焦点を合わせる
狂人は笑う
 青ネクタイ
 崑崙茶
幽霊と推進機
ビルジング
キチガイ地獄
老巡査
けむりを吐かぬ煙突
縊死体
暗黒公使

解題 (中島河太郎)
解説対談 (渡辺啓助・谷川健一)




◆本書より◆


「ココナットの実」より:

「「イイエイイエ。あたしチットモひもじかない。ゆんべ遅くまで色んなものを喰べたんだもの……それよりも妾ホントウに淋しいのだよ。お前にこうして抱っこされていてもよ……綱渡りの途中で綱が切れちゃって、そのまんま宙に浮いているような気持よ。ドッチへ行ったらいいのか解んなくなったような気持ちよ。教えておくれよ。ハラム、どうしたらいいんだか……」」


「斜坑」より:

「地の底の遠い遠い所から透きとおるような陰気な声が震え起って、斜坑の上り口まで這い上って来た。
 「……ほとけ……さまあああ……イイ……ヨオオオイイ……旧坑口だぞおお……イイイ……ヨオオオ……イイ……イイ……」
 その声が耳に止まった福太郎はフト足を佇(と)めて、背後の闇黒(やみ)を振り返った。
 それはズット以前から、この炭坑地方に残っている奇妙な風習であった。
 坑内で死んだものがあるとその死骸は決してその場で僧侶や遺族の手に渡さない。そこに馳せつけた仲間の者の数人が担架やトロッコに舁(かつ)ぎ載せて、せわしなく行ったり来たりする炭車の間を縫いながら、ユックリユックリした足取りで坑口まで運び出して来るのであるが、その途中で曲り角や要所要所の前を通過するとそのたんびに側についている連中の中(うち)の一人が出来るだけ高い声でハッキリとその場所の名前を呼んで、死人に言い聞かせてゆく。そうして長い時間をかけて坑口まで運び出すと、医局に持ち込んで検屍を受けてから初めて僧侶や、身よりの手に引渡すのであった。
 炭坑の中で死んだ者はそこに魂を残すものである。いつまでもそこに仕事をしかけたまま倒れているつもりで、自分の身体が外に運び出された事を知らないでいる。だから他の者がその仕事場(キリバ)に作業をしに行くと、その魂が腹を立てて邪魔(ワザ)をする事がある。通り風や、青い火や、幽霊になって現われて、鶴嘴の尖端を掴んだり、安全燈(ランプ)を消したり、爆薬(ハッパ)を不発(ボヤ)にしたりする。モットひどい時には硬炭(ボタ)を落して殺すことさえあるので、そんな事のないように、運び出されて行く道筋を死骸によっく言い聞かせて、後に思いを残させないようにする……と言うのがこうした習慣の起原(おこり)だそうで、年がら年中暗黒の底に埋もれてる坑夫達にとっては、いかにも道理至極した、涙ぐましい儀式のように考えられているのであった。」



「怪夢 空中」より:

「T11と番号を打った単葉の偵察機が、綠の野山を蹴落しつつスバラシイ急角度で上昇し始めた。」
「……二千五百の高度……。
 ……静かなプロペラのうなり……。
 ……好調子なスパークの霊感……。」
「……その瞬間であった……。
 ちょうどプロペラの真正面にピカピカ光っている、大きな鏡のような青空の中から、一台の小さな飛行機があらわれて、ズンズン形を大きくしはじめたのは……。」
「私は驚いた。固唾(かたず)を呑んで眼をみはった。向うから来るのは私の乗機と一分一厘違わぬ陸上の偵察機である。搭乗者も一人らしい。」
「……二千五百の高度……。
 ……静かなプロペラ……。
 ……好調子なスパーク……。
 ……青空……。
 ……太陽……。
 ……層雲の海……。」
「私の全身に冷汗がニジミ出た。……コンナ馬鹿な事がと思いつつ慌てて機体を右に向けると、向うの機も真似をするかのように右の横腹を眩しく光らせつつ、やはり真正面に向って来る。
 ……鏡面に映ずる影の通りに……。」
「その途端に私の機体が、軽いエア・ポケットに陥ったらしくユラユラと前に傾いた。……と同時に向うの機もユラユラと前に傾いたが、その一刹那に見えた翼のマークは紛れもなく……T11……と読まれたではないか……。」



「怪夢 病院」より:

「……それは私であった……かつてこの病院の医務局で勉強していた私に相違なかった。」
「診察着の背後の巨大な建物の上を流れ漂う銀河が、思い出したようにギラギラと輝いた。
 ……と……同時に私は、いっさいの疑問が解決したように思った。私を精神病患者にして、この檻に入れたのは、たしかにこの鉄格子の外に立っている診察着の私であった。この診察着の私は、あまりに自分の脳髄を研究し過ぎた結果、精神に異常を呈して、自分と間違えてこの私を、ここにブチ込んだものに相違なかった。」
「「お前をこうやって監視するのが、俺の勉強なのだ。お前が完全に発狂すると同時に俺の研究も完成するのだ。」」



「怪夢 硝子世界」より:

「世界の涯の涯まで硝子(ガラス)で出来ている。
 河や海はむろんの事、町も、家も、橋も、街路樹も、森も、山も水晶のように透きとおっている。」
「私の背後のはるか彼方に聳ゆるビルジングの一室が、真赤な血の色に染まっているのが、外からハッキリと透かして見える。」
「私はその一室でタッタ今、一人の女を殺したのだ。ところが、そうした私の行動を、はるか向うの警察の塔上から透視していた一人の名探偵が、(中略)すぐに私とおんなじスケート靴を穿いて、警察の玄関から私の方向に向って辷り出して来た。」
「青い青い空の下……ピカピカ光る無限の硝子の道を、追う探偵も、逃げる私もどちらもお互同士に透かし合いつつ……ミジンも姿を隠すことの出来ない、息苦しい気持ちのままに……。」
「私はハッとした。いつの間にか地平線の端まで来てしまった。……足の下は無限の空虚である。」



「狂人は笑う」より:

「富豪貴人たちはそこで、その茶器の蓋をした白紙を取除いて、生温い湯をホンノ、チョッピリ啜り込むのです。むろん一口味わった時には、普通の白湯と変りがないそうですけれども、その白湯を嚥み下さないで、ジット口に含んだままにしていると、いつとはなしに崑崙茶の風味がわかって来る。つまり紙の上に載っていた緑茶の精気が、紙を透した湯気に蒸されて、白湯の中に浸み込んでいるのだそうですが……。
 ……ドウデス。ステキな話でしょう。それはもう何とも彼(かん)とも言えない秘めやかな高貴な芳香が、歯の根を一本一本にめぐりめぐって、ほのかにほのかに呼吸されて来るそのうちにアラユル妄想や、雑念が水晶のように凝り沈み、神気が青空のように澄み渡って、いつ知らず聖賢の心境に瞑合し、恍然として是非を忘れると言うのです。その神々しい気持ちよさというものは、一度味わったらトテモ忘れられないものだそうです。
 ええ。むろんそうですとも。夜になっても眠られないのは、わかり切った事ですが、しかし富豪たちはチットも疲れを感じません。影のように付添って介抱する黄色い着物の茶博士たちが、入れ代り立ち代り捧げ持って来る崑崙茶の霊効でもって、夜も昼も神仙とおんなじ気持ちになり切っている。神凝り、鬼沈み、星斗(せいと)と相語り、地形と相抱擁して倦む処を知らず、一杯をつくして日天子を迎え、二杯を啣(ふく)んで月天子を顧みる。気宇凛然として山河を凌鎖し、万象瑩然として清爽際涯(さいかい)を知らずと書物には書いてあります。
 けれどもその間は、お茶の味をよくするために食物を摂りません。ただ梅の実の塩漬と、砂糖漬とを一粒宛、日に三度だけ喰べるのですから、富豪たちの肉体が見るみる衰弱して行くのは言う迄も無い事です。安楽椅子に伸びちゃったまま、黄色い死灰のような色沢(つや)になって、眼ばかりキラキラ光らしている光景は、ちょうど木乃伊(ミイラ)の陳列会みたいで、気味の悪いとも物凄いとも形容が出来ないそうです。
 ところがおしまいには、その眼の光もドンヨリと消え失せてしまって、何の事はないキョトンとした空っぽの人形みたいな心理状態になる。身動きなんか無論出来ないのですから、お茶は介抱人に飲まして貰う。その時のお茶の味が又、特別においしいのだそうで、身体中がお茶の芳香に包まれてしまったようなウットリとした気持ちになるのだそうですが、やはり神経が弱り切っているせいでしょうね。その代りに糞も小便も垂れ流しで、ことに心身消耗の極、遺精を始める奴が十人が十人だそうですが、そんなものは皆、茶博士たちが始末してやるのだそうで、実に行届いたものだそうです。」



「キチガイ地獄」より:

「ところでそのような次第で、木の実、榧(かや)の実を拾いながらヤットのことで、念がけていた人跡未踏の山奥に到着しますと、私は辛苦艱難をして持って来た鍬と、ナイフで木を伐り倒して、頑丈な掘立て小舎を造り、畠を耕して自給自足の生活を始めると同時に、小川の魚を釣って干物にしたり、木の実を煮て苞(つと)に入れたりして、冬籠もりの準備を始めました。
 二人はそこで初めて、この上もなく自由な、原始生活の楽しさを悟ったのです。科学、法律、道徳と言ったようなやかましい条件に縛られながら生きている事を、文化人の自覚とか何とか錯覚している馬鹿どもの世界には、夢にも帰りたくなくなったのです。
 二人は約束しました。……二人はこれから後イクラ子供が出来ても、年を老(と)っても、モウ人間世界へは帰るまい。アダムとイブが子孫を地上に繁殖させたようにして、吾々の子孫をこの神秘境に限りなく繁殖させよう。自然の儘の文化部落を作らせよう……と……。」



「けむりを吐かぬ煙突」より:

「それは歴史画の巨匠、梅沢狂斎が筆を揮った殷紂、夏桀、暴虐の図集であった。支那風の美人、美少女、美少年が、あらゆる残忍酷烈な刑に処せられて笞打たれ、絞め殺され、焙られ、焼かれ、煮られ、引き裂かれ、又は猛獣の餌食にあたえられて行く凄愴、陰惨を極めた場面の極彩色密画であった。その一枚一枚毎に息苦しくなってゆくような……それでいて次の頁を開かずにはいられないような……。」


「縊死体」より:

「私は、その娘と深い恋仲になっていたものであるが、或る夕方のこと、その娘が私に会いに来た時の桃割れと振袖姿が、あんまり美し過ぎたので、私は息苦しさに堪えられなくなって、彼女を郊外の××踏切り付近の離れ家に連れ込んだ。そうして驚き怪しんでいる娘を、イキナリ一思いに絞め殺して、やっと重荷を卸したような気持ちになったものである。万一こうでもしなかったら、俺はキチガイになったかも知れないぞ……と思いながら……。」


「暗黒公使」より:

「「有機の中では何が一番面白かったですか」
 「毒物の研究が一番面白う御座いました」
 「えッ……毒物?……」
 「はい……」
 私は眼を丸くしない訳に行かなかった。
 「……どうして毒物が面白いのですか」
 「最前お話しました中央郵便局で破棄される郵便物の中に貴方のお書きになった「毒物研究」という書物があったんです」
 「僕の……」
 「はい……」」
「「……私はその貴方の御本を読みましたから、いろんな事を考えるようになりました」
 「……どんな事を……」
 「すべての草や、木や、土や、生き物の中には、まだ沢山の秘密が隠れているだろうと……」
 「……フーム……たとえば……」
 「例えば何故人は毒薬を飲むと死ぬのだろう。その人の身体を犯されると何故その人の生命までいけなくなるのだろう。生命と身体とは別か一緒か……」
 「ハハハハハハ。それは科学の問題ではない。哲学か、心霊学者の仕事だ。君は余りに空想に走り過ぎている」
 「けれどももしこの事がハッキリとわかったら……毒薬も電気も何も使わずに、生命だけ取ってしまう工夫が出来たら、身体にちっとも傷がつきませんから、絶対に見つからない人殺しが出来ると思います」
 「……………………」」

「場内から割れるような喝采が起った。同時にこの演技が終りを告げると、嬢を中心にした四人の騎兵が今度は立乗りをしながら、拍手を浴びつつ一列になって場内を廻転しはじめた。
 けれどもその第一周目が終る迄に私はふと妙な事に気がついていた。ちょっと見たところ、五頭の馬はカルロ・ナイン嬢の鞭で支配されているようであるが、実はそうでない。いつも嬢の直ぐ次に馬を立てるあの色の黒い、鬚武者の巨漢が、眼色や身振りで、自在に操っているのである。」

「ところで冒頭に断って置くがこの第六感と言うものは、千里眼、又は催眠術なぞと言う迷信的なものとは全然別物なので、あんなあやふやな奇蹟的なものではない。厳然たる科学の範囲に属する感覚である事である。
 すなわち普通の人が知っている眼、耳、鼻、口等の五官の作用以外に存在する凡ての直覚力を仮りに「第六感」と名づけたもので、(中略)新聞記者が朝眼を覚ますと同時に「今日は何か事件の起りそうな日だな」と思ったり、又は刑事巡査が犯罪の現場にくると直ぐに「犯人はまだ近くにいるな」と感じたりするのが、まるで偶然のように事実と符合して行くのは皆、この第六感の作用に他ならないのである。」
「しかも、私の考えに依ると、かような第六感の作用は人間ばかりに限ったものでない。(中略)犬、猫、伝書鳩が故郷に帰る能力なぞ、五官の活用ばかりでは絶対に説明出来ない事である。しかもこれがもっと下等な生物になるともっと明瞭に現われて来るので、朝顔の蔓が眼も何もないのに竹の棒を探り当て、銀杏の根が密封した死人の甕(かめ)を取り囲む。又は林の木の枝がお互同士に一本でもくっ着き合ったり押し合ったりしているものはなく、(中略)程よく隔りを置いているのも、この考えから見れば何の不思議もないので、換言すれば下等な生物になればなる程……耳や鼻や口がなくなって、五官の活用がなくなればなくなる程……第六感ばかりで生活している事になる訳である。」
「元来この第六感というものは、今まで説明した処でもあらかた察しられる通り、人間が普通の常識とか、妄想とか、空想とか、または知恵分別とか言う雑念の一切合財から綺麗に離れた、純真純一な空っぽの頭になった時に感ずるもので、(中略)吾々のようなありふれた俗物でも、時々、名僧知識と同様の何の気もない無心状態になって「第六感」を受けている場合は屡々あり得るので、(中略)その第一種は昔から俗に言う「虫の知らせ」と言う奴で、(中略)「鴉(からす)鳴きが悪い」とか、「下駄の鼻緒が切れた」とか、「鼬(いたち)が道を横切った」とか、又は「夢見が悪い」とか(中略)言うあれである。これはその人間の第六感が或る事を感じていながら、まだ意識のうちに現われて来なかったのが、そんな出来事に出会った拍子にひょいと現われて、何かの異変を知らせているので、決して迷信とか旧弊と言って排斥すべきものではないのである。
 例えば鴉がいつもと違った陰気な低い声で「カアア……」と啼く。おやと思ってその方を見る。その瞬間、その人の頭の中にあるいろいろのあり触れた妄念が綺麗に消え失せて、ただぽかんとした空っぽの頭になる。そこに「第六感」がアリアリと浮かみ現われて、その日のうちに起りかけている悪い出来事を感じている。」
「前に挙げた数例でも同様で、別に鴉や、鼻緒や鼬が凶事を知らせている訳ではない。」

「「……わたくしは死ぬのはちっとも恐ろしくはございません。(中略)御覧なさい。この絨毯は狭山様のお宅の床が、妾の血で穢れないように敷いたのです。壁紙も、窓かけも、何もかも妾の死に場所を綺麗にしたいために新しく飾りつけたのです。」」
「「……さ……お撃ちなさい。貴方のお手にはその撃鉄(ひきがね)を引くお力がないのですか。貴方のお心の力は、そのバネの力よりもお弱いのですか。貴方は今まで、何でもない事で、度々そんな事をなすった事がおありになるではございませんか」
 女の声は、その態度と共に益々冷やかに落ち着いて来た。これに反してその言葉は一句毎に烈しい意味を含んで来た。その一語一語は悉く一発の尖弾……死に価するものであった。
 しかしその言葉が進むに連れて……否……女の言葉が烈しくなればなる程、室の中に充ち満ちていた殺気――間一髪を容れぬ危機は次第に遠退(の)いて行った。そうして女の冷やかな言葉の切れ目切れ目毎に、この世のものとも思われぬ深刻な淋しさが次第次第に深くなって来た。」
「ゴンクール氏は今や正しく、その鉄をも貫く連発の銃弾が、何の役にも立たない事を知ったのである。この世のありとあらゆる威嚇の中でも唯一無上の「死の威嚇」が、この女に限っては何等の効力も示し得ない事を覚ったのである。眼の前に立っている美しい幻影が、恰も影法師か何ぞのように生命の価値を知らぬ存在である事を知ったのである。
 ゴンクール氏の意識から見ると「死」は凡ての最後であった。しかし女にとっては「死」が仕事の出発点であった。ゴンクール氏の仕事は生きた人間の世界で価値をあらわす仕事であった。これに反して女の仕事は死んだ人間に取っての価値あるものであった。死んで行く人……もしくは死んだ人のために死を覚悟して……言葉を換えて言えば死の世界から仕事をしに来ているのであった。」
「かくして以前(もと)のロッキー山下の禿鷲(コンドル)、殺人請負(ガンマン)の大親分(ボス)、今の米国の暗黒境王(ギャングスター)、ウォール街の暗黒公使(ダーク・ミニスター)、J・I・Cの団長ウルスター・ゴンクール氏は、この女が顔を見合わせた最初から、自分と全然違った世界にいた者である事を拳銃(ピストル)を突きつけてみた後にやっと気づいたのであった。
 その世界……女のいる世界は、氏がまだ見た事も聞いた事も……想像した事すらない……この世のあらゆるものの権威……あらゆるものの価値を認めぬ……すべての光明……すべての感情を認めぬ、静かな、淋しい、涯もない暗黒の世界であった。この無名の女の姿はその中から自分を脅かし、自分の旧悪を責めるために現われた一つの美しい幻影に過ぎなかった。
 氏は驚き、恐れ、眼を瞠り、口を開いて喘いだ。頬や首すじを粟立たせ、五体をわななかせて震え上った。」
「……この幻影……美しい女の姿……暗い静かな声は、次第次第にゴンクール氏の魂を包んで行った。「死んだ者の怨みの声」を聞き「眼に見えぬ執念の手」に触れられるこの世の外の世界へ、一歩一歩引き込んで行く。
 抵抗しようにも相手のない「この世の外の力」……その力はゴンクールの魂をしっかりと握り締めて、次第次第に死の世界へと引っぱり寄せて行く。
 手を押えられたのならば振り放す事が出来る。足を捉えられたのならば蹴飛ばす事が出来る。牢に入れられたのならば破ることが出来る、けれども魂を捕えられた者は逃げようがない。たとえ宇宙の外に逃げる事が出来ても魂が自分のものである以上、捕えた手は何処までも随(つ)いて来る。しかもその魂を捉えている手は影法師と同様の力のない手である。……ゴンクール氏の魂は唯、空に藻掻くばかりであった。」



「解説対談」より:

谷川 ですから、普通の者がいわば劣等視しているものの復権といいますか、そういうものが夢野久作全体に強い主張となって流れていますね。精神的に何か足りない人物がそれを補う善良さだとか、それからそれのもつ無意識な行動の的確さだとか、そういうものをもっているという過程があるわけですね。「気違いは常人よりもなお賢明である」という説が夢野久作によって非常に強い作品の力によって主張されていると私は思うんですけど。
 渡辺 そうですね。いままで疎外されていた者の復権ということがね。」




◆感想◆


そういうわけで『暗黒公使』の女装の美少年・呉井嬢次の、毒薬も電気も使わず相手の第六感に働きかける捨て身のサイキック戦術はたいへんかっこいいですが、しかしそれが「物質文明」的ドグラマグラ的に悪用されるとたいへんやっかいです。

「怪夢」の一篇「空中」はマルセル・シュオッブの「〇八一号列車」にそっくりですが、矢野目源一訳をよんで影響されたのでしょう。シュオッブといえば、兄妹のような少年少女が世界の終りを生き延びて「愛しあいましょう」という「大地炎上」も矢野目源一によって訳されているようなので(実をいうとわたしは矢野目訳をよんでいないのであれですが)、それと「瓶詰の地獄」との関連性も興味深いところです。
同じく「怪夢」の一篇「硝子世界」は萩原朔太郎の詩「殺人事件」にちょっと似ていますが、「猟奇歌」の「お月様は死んでゐるの/と児が問へば/イーエと母が答へけるかな」が萩原朔太郎の詩「遺伝」の一節「「犬は病んでゐるの? お母あさん。」/「いいえ子供/犬は飢ゑてゐるのです。」」の本歌取りであることをかんがみると、それもたぶん偶然ではないです。
同じく「怪夢」の一篇「工場」はH・G・ウェルズの「ダイナモの神」を連想させますが影響関係があるのかどうかはわかりません。












































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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