『日夏耿之介全集 第一卷 詩集』

「夫(か)の狂人のごとく 庶人のごとく 情人のごとく
騷人のごとく わたくしに唯唯在るは
柔軟無碍(むげ)自由自在の有翼(うよく)の繁産(はんざん)の想像のみだ」

(日夏耿之介 「道人跪拜録」 より)


『日夏耿之介全集 
第一卷 詩集』

監修: 矢野峰人/山内義雄/吉田健一

河出書房新社
1973年6月30日初版発行
1991年11月30日3版発行
609p 目次1p 口絵(モノクロ)i
B5判 丸背布装上製本 貼函
装本: 杉浦康平・辻修平
装画: 長谷川潔

月報 1 (8p):
轉身の頌とふたたびめぐりあって (金子光晴)/日夏、辰野兩先生囘想 (小堀杏奴)/椿山莊の夜 (中野重治)/日夏さんのこと (吉田健一)/長谷川潔畫伯の裝畫 (齋藤磯雄)/雅號について (井村君江)/題簽: 樂水子雲



本書「解題」より:

「本卷には日夏耿之介の全詩作品、初出及び校異、詩作品一覽を收録した。」
「習作として作者自身が除いた最初期の作品は省き、短歌、俳句、小唄等の主なものは第八卷で取捨し收録する。」



本文一段組、「拾遺篇」は二段組、「初出及び校異」は三段組。
正字・正かな。


日夏耿之介全集01 01

左側の黒いのが函、右側の黄色っぽいのが筒状の函カバーであります。


日夏耿之介全集01 02

本体表紙と月報であります。


日夏耿之介全集01 03


目次:

轉身の頌
 詩集轉身の頌序
 再刻本の序
 轉身
  宗教
  かかるとき我生く
  Une Jouissance
  喜悦は神に
  非力は猥褻瀆也
  快活な VILLA
  雙手は神の聖膝の上に
  空氣上層
  海の市民
  ある刹那に諷へる歌
  白き雪の上の大反射
  心を析け渙らすなかれ
 黙禱
  黙禱
  吐息せよ
  ある宵の祈願の一齣
  魂は音樂の上に
  心望
  愛は照る日のごとし
  怕しき夜の電光體
  癡者をして
  死と愛と
 晶光詩篇
  (霄は悲しび)
  (地平は紫に暮れ)
  (秋の日 黄にただれ墜ちて)
  (こころの重錘落ちたり)
  (薄暮の街路 銀にひかり)
  (小さき鳩の叫びごゑ!)
  (たましひは夜の月にやどる)
  (かぎりもなき悲哀を汲み取り)
  (大氣はあけぼのに醉ひて)
  (やはらかき雙つの手 半霄をすべり來て)
  (市民の跫音は恆にもの悲しくまろび)
  (靑く哭しめる)
 AB INTRA
  AB INTRA
  汚點
  塵
  靑き隕石
  白馬の歌
  洞穴を穿て
  夜の思想
  紅宵
  王領のめざめ
  驕慢
  夏落葉
  少人に予ふる歌
  騷擾
  雲
  眞珠母の夢
 羞明
  悲哀
  羞明
  訪問
  崖上沙門
  無言禮拜
  血
  嬉戲と横臥
  ある跪拜のときに
  畏怖
  輕舸の歌
  心虚しき街頭の散策者
  海光
  災殃は日輪にかがやく
  死あらむのみ
  花の中の死
  抒情即興
  かげ
  さかしき星
  闇の化怪
  海底世界
  憤怒
  墜ちきたる女性
  野心ある咳
  寂寥
  神領追憶記
  黑瞳
  照る日の下に
  伶人の朝
  靑き神
  漂泊
  遊民序歌
  坂路に於ける感觸
  白き足
  うるはしき傀儡なれど
  翫賞
  涙を喰ふ者
  火の寵人
古風な月
  古風な月
  聖痕
  園囿閑春
  悲劇役者の春の夜
  傳説の朝
  痴情小曲
  神學教授
 哀憐
  挨拶
  春娃と萬象
  愛の王者
  三鞭酒
  房星
  金色のエロス
  太陽は世界を牽く

黑衣聖母
 詩集黑衣聖母の序
 煉金秘義
  道士月夜の旅
  蠱惑の人形
  青面美童
  非哀
  浴船
  夜の誦
 舊約風の世界
  神前に在りて
  尸解
  黑色
  心の一夜
  骨丘の鬼
  しかし笛の音はない夜の事
  庚申宵宮
  虚空護摩壇
 黑衣聖母
  雲の上の聖母像
  黑衣聖母
  生神母畫像の前
  殉情捨離
  賢こき風
  古賢石文
  翔空引
  箴言體
 痛悔の經
  灰の巒
  人生倦怠
  靑き偶像
  儂が身の夜半
  夏の午後
  薄暮の旅人
  儂を制作つた神さまよ
  儂は疑惑の幺微體
  儂が病院
  疾む鳥
  枯坐
  索迷
  吐息するもの影
  左道の末徒
  午後の心
  觀想
  入山
 崇物教徒
  書齋に於ける詩人
  懇ろなる神威
  丘の上の忍默
  八月のミンストレル
  古ながらの鶯
  上代伽藍
  稚狗
  重要の夜
  檞樹及子供
  日曜日
  地に蠢く公孫樹
  炎
  驛遞夫
  光おびただしき異族
 記憶の舌
  葬列
  單音の神の言葉
  安易
  咳
  古簡新聲
  詩感
  記憶の舌
  一夜
  光塵
  斷橋
  Imagination
  愁夜戲樂第七番
 心の郷土
  久遠偶像

黄眠帖
 意匠
  夜のこころ
  道人跪拜録
  夜闌經
  夜の法會
  月光愁夜
  山院秋晩圖
  慾界
  夜半
  密房沙門
 閑情
  一枚の黄色い紙の上に
  〓(漢字: さんずい+寂)かなるこの黄昏
  檞の樹
 非時代的古詩
  民主詩人を咏ず
  東方腐儒の言葉
  農園瞥景を吟ず
  自動車を咏ず
  古代盲僧經
  玉蟲

咒文
 詩集咒文序
 咒文乃周圍
 薄志弱行ノ歌
 塵
 蠻賓歌
 咒文乃周圍自註

拾遺篇
 たそがれの寢室
 洛陽遊民歌
 密會
 光の音樂
 落ちゆく人々
 癡人
 籠城最後の夜に
 春宵秘戲
 わが愛人
 化粧
 ひびき
 寫像
 歩みゆく世界
 星辰讃美
 ある夜の戀人等
 戀人等の散歩
 悲しき歌
 鏡を持てる戀人
 聖性交
 綠柱石ある金冠
 他界消息
 新しき戀人に就て
 紅き彈丸
 日の晩禱
 鈴
 こころの歌
 王の輦
 黑き夜半の月
 人生れむ
 街頭の人氣なき昧爽
 遍光
 足長蜂
 腐蝕する者
 囚人
 思想
 病春浴泉歌
 近代茶寮歌

初出及び校異
詩作品一覽
解題 (井村君江)
詳細目次



日夏耿之介全集01 04



◆本書より◆


「轉身の頌序」より:

「予の肉身は重き空氣の中心から瓦斯體の如くに浮び出でた。觸目するものは悉く皆囘轉しはじめた。遠方に叫ぶ野獸の姿を見た。靑空の中に散布された星群を見た。
 月光惝悦者は日輪の羞明を經て、カアライルが所謂久遠轉身 Perpetual Metamorphoses の星の瞬きを幻感し、かつ祈り、かつ思ひ、讀書と Vision との閑寂な微笑の月日を躊躇せずに受け容れた。」



「AB INTRA」:

「降り積(つ)もる深雪(みゆき)の中の太陽より
慘死せる縞蜥蜴(しまとかげ)の綠金(りよくきん)の屍(しかばね)より
暴風の日の林間濕地(りんかんしつち)より
初夏(しよか)陽炎(やうえん)の瞳の契點(さなか)より
沸きのぼれる銀光水液(ぎんくわうすゐえき)
流動體結晶の水沫(みなわ)の果(はて)
はた悉皆(あらゆる)幻覺の心なす 翼ある天童(てんどう)」



「闇の化怪」:

「化怪(けくわい)は光れり、土螢(つちほたる)のごとし
化怪(けくわい)は夥し 盡きざる也
あらゆる夢を産卵(さんらん)しつつ
闇の徂徠(ゆきか)ふこの夜(よる)をあゆめり
悲嘆(ひたん)するは何人ぞ
夜(よる)を誰何(すゐか)するあるは何人(なんぴと)ぞ
惡(ああ) 化怪(けくわい)は世にみちみちわたれり
われは何故にかく夜を安臥しうるか」



「海底世界」:

「靑き水面(みなも)を透(すか)して
日はほの赤くさせり

魚鱗(ぎよりん)のむれ 亂れ擾(さや)ぎて
海草(かいさう)の隙(あはひ)に匿れ しばしば
雜色(ざつしき)の埃及模樣(えじぷともやう)を織りなせしかば
なかば錆びたる沈沒船の碎片は
黑色砂丘(こくしよくすなやま)のいただきに金字塔(きんじたふ)を築きたり
水死者の蹠(あなうら)たかきよりきたる

魚鱗(ぎよりん)のむれみだれさやぎ いま
若き新來者(まらうど)を相抱擁(いだき)たり
覩(み)よ ここにして不思議なる觀念(こころ)の裡(うち)に
靑ざめし死者の笑顏(ゑがほ)を
死者は踊(をど)れる也 狂へる也
魚は魚とむすび 貝は貝とむすび
惡(ああ) 人は人と相接すなり

まとゐは盡(つ)きねど
水死の人 人魚(にんぎよ)と化(な)り
碎片は塔をなす
滄溟(おほわだ)の底(そこひ)にして
人すべて鱗族(りんぞく)たるをえうす

ああ 日(ひ)はほの赤(あか)くこの世界を訪(おとづ)るる」



「咒文乃周圍」:

「 夢たをやかな密咒(みつじゆ)を誦(ず)すてふ
蕃神(かみ)のやうな黄老(おきな)が逝(さ)つた
「秋(さはきり)」のことく「幸福(さいはひ)」のことく「來(こ)し方(かた)」のことく

 冬天(とうてん)に咒文(じゆもん)をふりまき
風狂(ふうきやう)の老漢(おきな)が逝(い)んだ
燼(もえざし)のことく 流鶯(りうあう)のことく 秘佛(ひぶつ)のことく

 侏儒樂(しゆじゆがく)を咒文に口寄せ
わらはやみの詩翁(おきな)も逝(い)んだ
魚(いろくづ)のことく 御饗(みあへ)のことく 蘭燈(ともしび)のことく

 蟲書(ちゆうしよ)をもて咒文を石記(しる)す
幻人(げんじん)の道老(おきな)は逝(い)んだ
肉(ししむら)のことく 茯苓(ぷくりやう)のことく 擲梭(ひ)のことく

 梟木(けうぼく)に咒文を彫(ゑ)り刻(きざ)みつ
美目(びもく)なせる佚老(おきな)も逝(い)んだ
泥(ひぢ)のことく 悲谷(ひこく)のことく 古酒(こしゆ)のことく

 沙漏(しやろう)をもて咒文を撰(せん)ず
展樂(てんがく)の頽人(おきな)も逝(い)んだ
浪(へなみ)のことく 牡鹿(をじか)のことく 權道(けんだう)のことく

 夢(ゆめ)ほのぼのと密咒を誦(ず)すてふ
浄巾(じやうきん)の黄老(おきな)は逝(さ)つた
月(つきよみ)のことく 燔肉(ひもろぎ)のことく 密人(みいら)のことく

 沒藥(もつやく)に咒文を嗅ぐてふ
灰心(くわいしん)の神人(おきな)も逝(い)んだ
煙(けぶり)のことく 色身(しきしん)のことく 魔媼(まあう)のことく

 天庿(てんぺう)を咒文にをろがむ
くぐつやみの羸老(おきな)も逝(い)んだ
宵(さよ)のことく 空漏日(くろび)のことく 瘴癘(しやうれい)のことく

 弦索(げんさく)をもて咒文を聽きわく
黄貂衣(くわうてん)の幽人(おきな)は逝(い)んだ
雪(みゆき)のことく 流沙(りうさ)のことく 塵表(ぢんぺう)のことく

 蘭引(らんびき)を咒文にうけぶてふ
折伏(しやくぶく)の杖者(おきな)が逝(い)んだ
風(いぶき)のことく 誣罔(ふまう)のことく 夸者(くわじや)のことく

 髑髏(ひとがしら)に咒文を現(げん)ず
玄默(げんもく)の皓髪(おきな)も逝(い)んだ
霧(さぎり)のことく 蟢子(ささがに)のことく 誕妄(およづれ)のことく

 あはれ 夢まぐはしき密咒(みつじゆ)を誦(ず)すてふ
邪神(かみ)のやうな黄老(おきな)は逝(さ)つた
「秋(さはきり)」のことく 「幸福(さいはひ)」のことく 「來(こ)し方(かた)」のことく」



日夏耿之介全集01 05



























































































































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『日夏耿之介全集 第八卷 隨筆・創作』

「結極ロマンチケルは遙かに在るものを憧れて生きてゐるのであるから。」
(日夏耿之介 「我鬼窟主人の死」 より)


『日夏耿之介全集 
第八卷 隨筆・創作』

監修: 矢野峰人/山内義雄/吉田健一

河出書房新社
1978年6月30日初版発行
1991年11月30日2版発行
643p 目次4p
B5判 丸背布装上製本 貼函
装本: 杉浦康平・辻修平
装画: 長谷川潔

月報 8 (8p):
私にとっての日夏耿之介先生 (新庄嘉章)/文字の魔 (多田智満子)/わが日夏耿之介 (丸谷才一)/はじめてお目にかゝった日のことなど (安田保雄)/日夏先生のこと (山室靜)/黄眠翁の風雅 (松下英麿)/題簽: 樂水子雲



本書「解題」より:

「この第八卷は、本全集の最終卷にあたり、これをもつて、『日夏耿之介全集』は一先づ完結する。
 本卷の本文は、隨筆、日録、對話、小品、戲曲、小説、短歌、俳句・俳文(附―自句自註)の八部門をもつて構成した。しかし、戲曲、小説以外のジャンルについては、紙幅の關係から、その作品の幾分の一かを收載するにとどめざるを得なかつたのは、顧みて遺憾とする。」



本文二段組。
正字・正かな。


日夏耿之介全集


目次:

隨筆
 落日を漁る少年
 私の中學時代
 火戲記
 私の受けてきた教育
 亡父を祭る文
 母を偲ぶの記
 飯田之記
 飯田かたぎ
 仲之町隨筆
 ほととぎすを聽くの記
 白山御殿町
 養神亭の浴室
 湯ヶ島記
 岐蘇の旅
 病窓雜誌
 鵠沼之記
 印矩巷談
 水鷄の宿
 馬琴の手紙
 美しき書籍の話
 限定本のおもひ出
 稀本ばなし
 春・季感・女詩人
 秋の抒情詩
 俳話詩語
 紅葉が句の「拵へ」
 漱石餘裕俳諧
 荷風俳諧の粹
 黄眠草堂隨録
 月世界の男
 秋香記
 文房之記
 新拾古玩記
 二蓬
 羅山
 蘭菊
 學問的寄與
 學問戀愛モラルその他
 鴎外先生の墓に詣づるの記
 俊髦亡ぶ
 我鬼窟主人の死
 吉江喬松博士と自分
 吉江先生の臨終
 怒る德富蘆花
 當流の艷隱者
 センスのある人
 與謝野晶子さんが逝かれた
 杢太郎情調
 詩集「沙金」
 『愛の詩集』
 三人の少年詩人
 爐邊子の墓に詣るの記
 假面に集つた人々
 囘想の象徴詩派
 長谷川潔
 鐵齋學人
 菱田春草に就て
日録
 病間日記
 さ月日記
 朱夏日記
 香母亭日記
 山莊記
 山莊日記
 聽雪廬日記
 聽雪廬日記鈔
 栗里亭記
 お城下日記
 秋霖日記
 林を出づるの記
 凝花村舎記
 雪後庵援筆
 文永寺
 ふづき風流
 市民日記
 讀書日記
 榴花深處日録
對話
 神經文學遊談
 詩榻茶談
小品
 源氏傳授
 古神像
 魔界頽るるの記
 呉竹さう紙
戲曲
 美の遍路
小説
 竹枝町巷談
短歌
 病艸子
 文人畫風
俳句・俳文
 婆羅門俳諧
 我句獨註
 俳諧自我註

收録作品一覽
解題 (松下英麿)

日夏耿之介著作目録 (井村君江 編)
日夏耿之介年譜 (井村君江 編)




◆本書より◆


「落日を漁る少年――私の學生の頃」より:

「小學生の頃は――
 學校がいやでならなかつた。なぜ、あのやうに下等で、意地わるな横着な子ばかりゐて威張つてゐる小學校などといふ處に通はねばならぬのかといつも心に嘆息してゐた。
 それよりか家にゐてねころんで、夏ならば水羊羹、冬ならば花林糖のやうな菓子を喰べながら、愛讀する本に讀み耽つて、その世界にぢりぢり這入り込んで、その善良な住民となりおほせ、その空氣を十分肺に吸つて、彩色した餅を喰べてゆかれるやうなそんな浪曼的な世界に夢中になつて、この汚なくて沒義道で淺猿しい現實の人生には冷たくそつぽを向いてくらしてゆく程世にもたのしいことはないと考へた。勉強しないから勿論優等でなかつた。數學が大きらひであるといふことは、我々如き者の凡そ常道であるが、これには少し註解がいる。
 わたくしが算術がきひであつたのは、あの眞四角な實證の世界のなかで、このたましひを6にきめたり8にねぢ曲げたりして、空想のゆとりが少しもないことが神經に苦痛であるからいやであつたので、或る時は3と7とが21になるといふやうな、はつきりと正しい答へが、自分の生に於ける良心に對し(良心に照し)實にうれしかつたことは是又爭へなかつた。」
「それで算術は一向勉強しなかつた。國語の方は、これはあまりたやすいので輕蔑して復習といふことをしなかつた。そのため、しばしば何でもない成語熟語の眞當な答へが出來かねるやうなことがあつて、點はそれ程でなかつた。」
「中學生は――
小學生よりもさらに慘めであつた。」
「健康はすでに暗澹としてわるかつた。何となく弱い、まともでない、蒲柳の質とでもいふのであつたらう。(中略)少年らしい快活を喪ひ、勿論機智や世才などの持合せが少しもないから、大人からは好かれない。凡そ大人といふものは、快的でウヰッティで秘書官タイプの少年を可愛がるものである。愛嬌などいふものは勿論毛筋ほどもない。努めて云ひたくない。そそられても應じない。愛嬌を強ひられると、強ひられたることに早くもつよい反感を感じて、必要以上に無愛嬌な態度を傲然と示す。そこでいよいよ嫌はれる。どうなとしろといふそぶりをはつきり示す。わたくしはかくの如き少年であつた。」
「植物園うらの通をゆくと、左に阪谷邸があり衝きあたりが岩村男爵といふ人の屋敷で、それから更にゆくと宍戸伯の別邸があつて、人が棲んでゐず、誰もが庭にはひつてゆかれた。芭蕉の古池の句を誰でも思はずにゐられぬやうな小さい古池があつて枯葉が汀に漂つて秋草がうなだれてゐた。この庭の秋の紅葉がよかつた。紅葉の長いトンネルになつてゐて、二三丁もつづいたさきのさきが天國の入口のやうに小さくすぼまつて丸く見える。その眞紅な秋の葉の天蓋路をそぞろに歩いてゆくと中ほどに傳記小説にでも出て來さうな明治式の古風な洋館が、人氣もなくひつそりと立つてゐる。わたくしはこの洋館のそばまで行つてそつと中を窺いた。なぜか犯罪的な空氣が感ぜられた。」
「中學は小學より尚いやであつたが、大學は中學より更に一層いやでいやであつた。
 ほとほと親友らしいものを持ち合せずにすごしてしまつた。陰鬱は一入色濃くなり、空想にはもえ上る情慾があくどく混じ、健康はさらに一層損じて、時として處々で卒倒した。」
「學校にこそ失望し、大部分のクラスメイトとこそ遠かつたけれど、少數の友人は遉がにあつた。今日文士翻譯家として大に名をなしてゐる諸君子の外に、そこには後年全く社會から影を沒してしまつた二三の友人がゐて、わたくしの親しみは文場の手取りとなつた才人等よりも、心の睦みは寧ろその裏町の人々の上にあつた。頭もよかつた、德もあつた。それにも拘らず彼等はそのあとを韜晦して社會から全く姿をくらまし、一平凡商人や教員として生きるか、若死をしてしまつた。ある者はつひに狂死した。」



「私の中學時代」より:

「わたくしは人によく濫讀をすすめる。濫讀は人の性によつては大いに力にもなるが、時には害をもなすだらう。自分自身は濫讀をして知識の基礎を築いたと考へてゐるので自分によろしかつた事として率直に人にもこれをすゝめるのである。」

「思ひ上つた少年、わたくしはまだ十二歳のころ、町の學者を二人訪ねて美文を論じた。ハラでは他流試合のつもりであつたらしい。
 一人は中學の羽生先生で、この先生は後に平賀元義を天下に紹介して正岡子規に知られ靑山學院教授で終つた。一人は町の俠客で、日榮萬之助、日榮萬と略稱する色白の小男だが、巡査を天龍川に投げ込んだ事のあるといふ荒つぽい男で、助六のやうなかつかうをしてぞめき歩いて暮してゐた。この男、史癖があつて、詩人ヨネ・ノグチの竹馬の友で、南朝の興亡史は微に入り細を穿ち、手にとるやうに詳しく知つてゐる町の學者であつた。後醍醐天皇蒙塵の話になると、よく涙をこぶしで拂つて話した。この矛盾を矛盾とせぬ、町の人から毛蟲のやうに嫌はれてゐる男を、わたくしは訪ねて美文を論じた。
 日榮萬さんは大いに喜んで、むし菓子をとり寄せてごちそうしてくれた。何でも共同便所の眞上にあたる床屋か何かの二階だつたと思ふ。本がすばらしくたくさんあつたと覺えてゐる。後に彼は人に語つて「あの坊ちやんは見所がある。叔父さまよりも文章がうまい」と批評をした。祖父は笑つて、アノ男に賞められたのは、町で我れ(お前といふこと)一人であらうといつた。」

「そのころ少年の身だしなみの原則の中に、空想するなかれといふことが嚴重にいはれてゐた。これは封建時代の儒學のプリンシプルから出た生活規矩の信條の一つらしかつた。空想を排せられゝば排せられるほど、わたくしは空想に酩酊した。本を讀みながら空想してニヤニヤひとり笑ひをすると、祖母に「男の癖に何ですニヤニヤ笑ひなどして」と叱られる。母はやさしかつたがもつと嚴しかつた。
 父は一日中銀行へ行つてゐて、夜にならなければ歸らなかつたが、癇癪持ちであつたから、父には親しめなかつたし、父も愛情を言動にあらはすやうなことはしないたちであつた。」



「火戲記」より:

流星火は十何間もする奴を櫓の上から盛んに打ちあげたが落ちて來る大竹竿が人に當つて屍が田圃の中にめり込んだとか、農家の屋根を打ち拔いて臥せゐた靑女房を殺したとか酷い過失が頻出したのでお上から止められてしまつたのは惜しかつた。黑玉に當つて死んだ人、不發玉を拾ふとたんに爆發して黑コゲに死んだ人。筒が割れて何人もの人が死傷したり、口割れがして導火係りが大火傷したなど話は多いが、八寸一尺の大筒の音がドウーンと腹にこたへる豪快な心持ちは當の製造家ならずとも氣持ちのよいものだ。花火の翌日は「ツメヌキ」といふ藥團の不發ものや、「カンバリ」といふ玉がらや、靑赤に變色する連星を天空にささえる風船(中略)の行衞を捜しに出かけたものである。」
「年に一度のあの花火サワギも、文明の恩澤たる世智辛さのみ水のやうに侵入して、教化の進まぬ割に妙に小利口に化つてゆく田園の人々の昔乍らの獸性の開放口としてこんなものでもないとどんな暴行暴動が頻發するか判らない。」



「白山御殿町」より:

「わたくしの雅名日夏は何からつけたかと、よく人に興味本位に糺問されるが五月蠅さに、いつも可い加減をいうてすませたが、今このそぞろ言で序でに初めて告白すれば、其頃原町邊の近くに日夏雅太郎といふ人の門札が出て居て、わたくしにはその氏名が一寸雅馴であると考へられた。(中略)此日夏氏の日夏を無造作に採り、名は鴎外の對話なのりそ(引用者注: 「なのりそ」に傍点)に出てくる女耿(テル)子の耿を耿(カウ)と訓ませる事とした。日夏を當時習つてゐた伊太利語に譯すとジョルノオ・デスタアテとなつて、一寸泰西文豪のやうな名前になるとてたあいなく欣んでゐたものであつた。日夏氏は如何な人か知らなかつたが、後讀賣の雜報で、原町の會社員日夏雅太郎がボヤを出したと出てゐたので會社員と判つた。」


「黄眠草堂隨録」より:

「しかし、煉金術に就てわれらの關心は勿論、かゝる科學の幼稚時代の一段階として認められた上に在るのではない。ロマンチックの精神――之は時處を絶し文學的範疇を越えた人間本性の二大區別の一である。――が人間そのものの存在と共に自然そのものの存在と共に、永劫にわたつて求め歇まない神秘界の秘龕に對する惝悦を談理的に表現する神秘哲學の發展の上に密接の干係を有してゐるからである。思ふに、多くの煉金の夢は儚なき人間の痴夢かも知れない。しかもかゝる痴夢から後世はいかに夥しき眞實をくみうる事であらう。煉金術は詩とまこととの間に彷徨する類のもつとも美しき可能性に對するあこがれである。煉金の事は中世文化史上畸異にして重要な獨自の地位に在る。」


「文人畫風」より:

「のぞみなき明けくれの間もふみ讀むはなにのゆゑぞも本能なるらし」






































































『日夏耿之介全集 第七卷 外國文學』

「彼は極端な羞(はにか)みやであつたが、人前に出るとぽつと羞んで直ぐ持ち前の苦渋な様子になるのが常であつた。子供好きで話上手であつたし、科学にも熱心に興味を寄せてゐた人であつたが、世事には相変らず疎くて手紙を書く事が嫌ひで、書いてもよく忘れた。九九年に妹へ宛てゝ書いた手翰がそのまゝ書類の間に挿まつてゐて、八年後の死亡の際に漸(や)つと出て来たこともあつた。」
(日夏耿之介 「『天上獵狗』の研究」 より)


『日夏耿之介全集 
第七卷 外國文學』

監修: 矢野峰人/山内義雄/吉田健一

河出書房新社
1974年2月28日初版発行
1991年11月30日3版発行
483p 目次2p
B5判 丸背布装上製本 貼函
装本: 杉浦康平・辻修平
装画: 長谷川潔

月報 3 (8p):
一代の鴻儒 (佐藤正彰)/魔道の學匠 (澁澤龍彦)/日夏耿之介の英文學研究の系譜について (島田謹二)/日夏英文學閑記 (鈴木幸夫)/外國文學と黄眠先生 (中村眞一)/日夏耿之介著作の裝幀考 (關川左木夫)



本書「解題」より:

「多岐廣範な分野にわたつて論究が行はれてゐることが、その特色ともなつてゐるこの著者の、外國文學研究のうちから選擇抽出しなければならない困難と、その多樣性を損はず、しかもその論考によつて著者の特異性がほぼ遺憾なく感得できる必要に對應して、これらの要請に耐へうるものにすべく本卷は編集された。
 そこでまづ文學思潮、文學論の綜合的觀點よりする論文から始めて、次に著者の敏感な詩人的感覺を根據にしてはじめて完成された作家論、作品鑑賞論を集め、とくに詩人が傾倒したポオ研究については、これをさらに獨立させる編成を行つた。
 次に外國文學と日本文學との交流に關連する論考は、これに類似する多數の研究、あるひは隨筆の論文からも抽出し、補完して編成した。さらに神秘主義文學の研究、怪異文學、焚書考、楚囚文學などの研究を神秘主義文學として一括し、著者の博學非凡かつ繊細鋭利な業績の一端を示すことにした。なほこの著者の外國文學研究の主著「美の司祭」が全集中に一卷別に刊行されるから、キイツに關する研究が本卷から除外されることになつた理由は言ふ必要もないことであらう。
 しかし紙幅の關係から著者の外國文學研究のすべてを網羅することは不可能であつたとしても、本卷によつてほぼその外國文學研究の全貌とその特色を知る論考は收め得たと思ふ。」



本文二段組。
正字・正かな。


日夏耿之介全集


目次:

文學思潮・詩論
 英吉利浪曼文學概見 (『英吉利浪曼象徴詩風卷上』 昭和15年11月 収録)
 デ・マアルの浪曼語義沿革考 (『英吉利浪曼象徴詩風卷上』 昭和15年11月 収録)
 英吉利浪曼主義文獻小志 (『英吉利浪曼象徴詩風卷上』 昭和15年11月 収録)
 英吉利象徴文學概説 (『英吉利浪曼象徴詩風卷下』 昭和16年2月 収録)
 ゴシシズム及びゴシック・ロマンス解 (『英吉利浪曼象徴詩風卷上』再版 昭和23年2月 収録)
 近英デカダンスの小衆文學 (「新文學」 昭和22年5月 初出)
 詩歌の形態學 (『神秘思想と近代詩』 大正13年4月 収録)
作家・作品論
 『疾める薔薇』に就て (『英吉利浪曼象徴詩風卷上』 昭和15年11月 収録)
 『マンフリッド』に於ける『ファウスト』 (『英吉利浪曼象徴詩風卷上』 昭和15年11月 収録)
 『西風賦』の詩想技巧及位相 (『英吉利浪曼象徴詩風卷上』 昭和15年11月 収録)
 『閃光』に於ける輪廻思想に就て (『英吉利浪曼象徴詩風卷下』 昭和16年2月 収録)
 『天上獵狗』の研究 (『英吉利浪曼象徴詩風卷下』 昭和16年2月 収録)
 偶成と推敲とその錯綜詩 (『英吉利浪曼象徴詩風卷下』 昭和16年2月 収録)
 信天翁と大鴉と鳩 (『英吉利浪曼象徴詩風卷下』 昭和16年2月 収録)
 イエイツ傳覺書 (『英吉利浪曼象徴詩風卷下』 昭和16年2月 収録)
 ラフカディオ・ヘルンの沙翁論 (『英吉利浪曼象徴詩風卷下』 昭和16年2月 収録)
ポオ論
 アラン・ポオ小傳 (『ポオ秀詞』 昭和22年10月 初出)
 ポオ傳覺書 (『英吉利浪曼象徴詩風卷上』 昭和15年11月 収録)
 ポオの青春時代 (『英吉利浪曼象徴詩風卷上』 昭和15年11月 収録)
 大鴉縁起攷 (『英吉利浪曼象徴詩風卷下』 昭和16年2月 収録)
 大鴉攷餘説 (『英吉利浪曼象徴詩風卷下』 昭和16年2月 収録)
 洛陽之酒徒ポオ (『英吉利浪曼象徴詩風卷下』 昭和16年2月 収録)
外國文學と日本文學
 三代文學歐化の跡 (「群像」 昭和22年2月 初出)
 沙翁國譯二題 (『輓近三代文學品題』 昭和16年1月 収録)
 本邦に於けるバイロン熱 (『輓近三代文學品題』 昭和16年1月 収録)
 本邦に於けるロゼッティ (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
 明治文學に於ける伊太利亞 (「日伊文化研究」 昭和17年3月 初出)
 明治文學に於けるゲエテ (『ゲーテと現代』 昭和24年10月 初出)
 ヴヰクトオリヤ文學輸入閑話 (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
 紀季文學輸入閑話 (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
神秘文學論
 全神秘思想の鳥瞰景 (『神秘思想と近代詩』 大正13年4月 収録)
 フランシス・グリーアスン (『神秘思想と近代詩』 大正13年4月 収録)
 近代神秘詩と詩人エイ・イーの位相 (『神秘思想と近代詩』 大正13年4月 収録)
 恠異ぶくろ (『サバト恠異帖』 昭和23年12月 所収)
 吸血鬼譚 (『サバト恠異帖』 昭和23年12月 所収)
 焚書考 (『サバト恠異帖』 昭和23年12月 所収)
 楚囚文學考 (『サバト恠異帖』 昭和23年12月 所収)

收録作品一覽
解題 (關川左木夫)




◆本書より◆


「英吉利浪曼文學概見」より:

「英文學史は、大體に於て浪曼主義文學史であると言つてもさう孔だしくは過言でない。」


「詩歌の形態學」より:

「眞の達人は方丈の室をも宇宙大に化する。傳説的詩型の約束中に身を沈めて自由な詩感を押し入れても、その詩感の柔軟性と自由性と宇宙性とは失はぬところに詩才の天稟がある。誠は押入れるのではない、整へるのであるから。」


「『天上獵狗』の研究」より:

「フランシス・ジョオゼフ・トムスン Francis Joseph Thompson は、一八五九年十二月十六日、英國ランカ州プレストン市ヰックリ街七番地に生れた。」
「七〇年九月二十二日十一歳の秋に、ダアラム附近の加特力教黌アショウ專門學校に學んで古典を修めたが、學科には身を入れず多く懶惰で、圖書館にのみ入つてゐたといふ。數學には最も不得手であつたが作文は旨かつた。詩も數篇作つてそれらは學校や學友に今も保存されてゐる。この學校に存學すること前後七年、知らず識らず宗派の空氣に感化された事が深かつたのは爭はれないが、其の當時の當人には學校の課目から發する自分の反感の方が強かつた事も亦事實であらう。一八七七年七月家にかへり同じ十一月にマンチェスタ市のオウエン專門學校に入學して醫學を學んだが、こゝでも、解剖の實習よりは詩作のエテュウドを好んで、大部分圖書館でその日を暮らした。八年近くこゝにもゐたが、つひにこの肉體の解剖や療治法は此の心の慰め手となるべかりし近代の大詩人の心に染まず、その父親はその子を宗教家軍人醫師と三たび方針を改めさせて三度ともに失敗して仕舞つた。かゝる場合に常とする父と子との氣まづい對立こゝに始まつた。一八八五年、かれは在り合せの小金を持つて倫敦にとび出し、こゝにその一生の極貧生活の序幕が開かれた。
 この生存中の大詩人に對して、倫敦――英國人にとつてメッカである――は死せる大詩人に對する百分の一の好意をも表はさなかつた。世渡り下手な、氣の小さい、交際ぎらひの、あまつさへ蒲柳の身に、半錢のたくはへすらも無くなつてしまつたトムスンは、當て途(ど)もなく大街道を端から端と彷徨して歩いた。この間の詳しい生活はメネルの傳に詳細に冩されてゐる。ある時は靴屋の雇人となつた。
 ある日町を歩いてゐると、彼の世にも哀れな身なりを氣の毒に思つたのか、一人の男が來て矢庭に訊ねた。
 「救はれてゐるのかね。」
 零丁れても氣を負うた此の小詩人はこれに答へず反問した。
 「あなたはそんな訊問をなさる權利がありますか。」
 その男は別に怒りもせず、もの靜かにかう言つた。
 「うむ、君のこゝろの事なら心配しない方がいゝ。君は體がよくないね。仕事をしたかつたらわしについて來給へ。」
 そこで靴屋に雇はれたのであるが、後そこを去つて今度は本屋に住み込んで「集め人」となつたが、其處も亦とび出して果ては乞丐のやうに街上を徘徊する極貧の慘めな日々がつづいた。火柴(マツチ)や何かを賈つて歩く手傳ひ仕事をやつて零細な金を儲けては、鐵道の迫持ちの下や公園のベンチの上に寢て夜をしのぎ口をすごした。」

「二年ほど、サセックス州のスタアリントンにあるプレモント派の僧院に暮らして病を養つた。一八八八年十一月の事であるが、ある時ダウンズ錨地の方に散歩に出て濃霧の中に行方不明となり、辛(や)つと見附け出された時は疲勞の絶頂であつた。九七年には倫敦にかへつてゐたが、ある日、寢臺の上で煙草をのみ乍ら熟睡してしまつて、ふと眼を醒ますと、部屋一面に火が燃えてゐて漸(や)つとの事で大事にならずに濟んだこともあつた。
 こんな事があつた外には先づ無事な生活を送つてゐたが、相變らず貧乏してゐたのは、懶けてゐて餘り著作をしなかつたからで、此の懶怠も彼にとつては無意義ではなかつた。彼の詩文は共に世の注意を惹起して往つた。けれども彼は彫琢を經ずに發表する事はしえない人であつた。それ故に貧乏であつた。」
「彼は世間で僧院内に居た樣にいはれるが、事實は一日の大半を寺内で過しただけで、勞働者の家に同居したり、田舎郵便局に泊つてゐたりしたのであるともいふ。」
「彼は極端な羞(はにか)みやであつたが、人前に出るとぽつと羞んで直ぐ持ち前の苦澁な樣子になるのが常であつた。子供好きで話上手であつたし、科學にも熱心に興味を寄せてゐた人であつたが、世事には相變らず疎くて手紙を書く事が嫌ひで、書いてもよく忘れた。九九年に妹へ宛てゝ書いた手翰がそのまゝ書類の間に插まつてゐて、八年後の死亡の際に漸つと出て來たこともあつた。
 彼の痼疾は肺病であつた。神經痛の苦しみを忘れるためいつも鴉片丁幾を喫つてゐたが、その分量は段々少くなつていつた。けれども、其の時既に彼は完全な中毒者であつた。
 一九〇六年彼はまたクロウリイの地に行き舊知に邂逅した。翌年になると、めつきり弱って自分で「儂は鴉片丁幾中毒で死んでゆくのだ。」と言つてゐた。(中略)一九〇七年十一月十三日彼は死んだ。ケンソオル・グリインの聖瑪利亞墓地に葬られた。」



「ポオの青春時代」より:

「今は只ひとつの己が心の慰めとては、何より好きな作詩しかない。戀人は他の男にうばはれてしまつた。華やかな學生生活も昨日の儚ない夢とはなつた。こゝに世の中で一番ふかく、空想を實在也と觀じる詩人の群れに投じるべく、かれは世の中に一番儚ない詩を作つて生きて行かうと思ひ定めなければならない運命と面接しに行つた……
 大概の大詩人大文豪にも、その眼覺ましい世界的名聲の一生涯中に、暗黑時代はあるものだ。冬蟄の時代である。蔽蝕の時代である。韜晦の時代である。恬として下凡の黎民の間に隱れるか、悲憤して登龍の雨天を瞰むか。このやうな時代はキイツにもあつた。シェレにもあつた。ユゴオにもハイネにもコオリッヂにも、亦グレイにもシャトオブリヤンにも、さては又「月界から降つて來た」象徴詩人ジェラアル・ド・ネルヴァルにもあつた。」






















































































































『日夏耿之介全集 第六卷 美の司祭』

「遁逃は現實の醜と非とから身を避けるの保身明哲の術であるのみか、怯懦ならざる、行爲の文學で、永遠を目あてに現在と理想との中間に緩衝地帶を置く手段でもあり、更に又遁逃する事の文學的情趣のみが有する香氣への無限の愛着であつた。」
(日夏耿之介 『美の司祭』 より)


『日夏耿之介全集 
第六卷 美の司祭』

監修: 矢野峰人/山内義雄/吉田健一

河出書房新社
1975年6月30日初版発行
1991年11月30日2版発行
515p 目次1p 口絵(モノクロ)12p
B5判 丸背布装上製本 貼函
装本: 杉浦康平・辻修平
装画: 長谷川潔

月報 5 (8p):
『美の司祭』 (尾島庄太郎)/日夏耿之介と比照的方法 (佐藤輝夫)/鎌倉の時 (富士川英郎)/阿佐ヶ谷の黄眠草堂 (星野慎一)/英文學者としての日夏先生 (本田安次)/講義ノートについて (井村君江)



本書「解題」より:

「『美の司祭』は、著者が昭和十四年三月、早稲田大學より博士號を授與された學位論文であり、同年六月、(中略)三省堂から刊行されたものである。」
「本卷は三省堂本の著者自訂本を底本とした。」



本文二段組。
正字・正かな。

キーツのオードの比較文学的研究です。


日夏耿之介全集


目次:


凡例
緒説
第一章 浪曼的懈怠の心理
第二章 自然詩の客觀性の問題
第三章 古陶詩の輓近性
第四章 神話詩の現實的迫力
第五章 英吉利鬱悒詩情の究竟頂
第六章 夜鶯に因る快苦感の誕生
第七章 オウド展開史上キイツィヤン・オウドの位相
結語
ジョン・キイツ年譜

解題 (井村君江)
索引




◆本書より◆


「緒説」より:

「これは分析の書である。一人の若き英吉利浪曼主義の天才が、その天稟の詩才に最も相應はしいと一般に思惟される詩形であるところのオウド ODE の一體を採り用ひて、英詩史無前の「無意識的悟性」の極致をよく發揮したる詩歌の道の歩みの跡を跟つけるに、著者は彼が作詩完成時の形態を以てして、第一解(スタンザ)から序次を踏んで、詩感展開の必然性と少數のその蹉躓との原態を究め乍ら、主として力を作者の增補と削除との剪裁上の可否、一つの解(スタンザ)から、次の解(スタンザ)に推移するインタアヴァルの深切な雄辯性への解釋、並びに起句もしくは破題の成功無成功の實蹟如何、及びその結語もしくはエピログとの因果關係の樣子を、なるべく作詩家の立場に寄り添つて、傳記的資料と批判的基礎とを根元としつつ、著者自らの詩作經驗に照して、これらの煩瑣な絲筋を手繰りながら、飽くまでも解剖分析を職として、自然に赴く道ではあるが、強ひて綜合歸納の明らさまな努力の方面にその關心を轉じることをば敢て試みむとはしなかつた。(中略)尤も、多くのキイツ文獻に接するより杳か以前、キイツ詩集を初めて手にした砌から、夙くも今日の結論と大體に於て變らないものが、著者の心内に既に去來し磅礴してゐた事はまぎれない事實であつた。」

「デュウラアからトムスンをつらぬく哀切なメランコリイの一線に、個性的な鬱悒美の一砦がよく築き上げられたのは、この希臘主義詩人の手による獨自の手堅き地割の上であつた。この砦上にひびく聲が『夜鶯』の玲瓏たる麗音に外ならなかつた。その歌は固よりきはめて美しいが、それは不斷に悲哀に濡れそぼつて、蕭然としてしとやかであつた。このやうな悲哀は、ボオドレエルと相通じてその出現を豫嗜(フォアテイスト)してこそゐるが、またキイツには『惡之華』の詩人とは本來著しく相違する他の反面の詩人的稟質があり、これらが順當に近代英吉利的展開を示したのが、キイツの正嫡子ロゼッティであつた。兩者の間に懷抱せられてゐる美貌の『サイキ』は、希臘的と中世的とのこちたきけぢめはあれ、洵は靈犀一味相通じる事深く勁い、近代美を裝ふ絶妙の美神であるにちがひはない。この神に對するジョン・キイツの心度、佛蘭西革命後間もなき騷然たる歐羅巴の地上にその姿を現じたこの詩人の態度は、さながら落莫たるこの世の流沙の上に黑き孤影を投げる、己れを空しうしてこの神に齋きまつろひ、恆に篤信の敦慮を失はない、一個沈痛敬虔を極めたる素樸なる黑衣司祭の身振であつた。かくまで美を謳歌して、而も人をしてその陷り易き美の膚淺性に些も想到せしめず、かくまで美に耽溺して、輕浮の語氣口吻を絶對に露さなかつたところに、單純な駢體文字 Euphuism でも亞流的な畸想文字 Concettism でも宗匠風の婉曲文字 Euphemism でもない、この詩人の「生」と「詩」とに對する態度の、根(こん)づよくも眞摯にして、豐かにして肅やかなる、その個性的形而上的特長が存する。」



「結語」より:

「遁逃の文學は、遊離的遁避であつて、又、同時に人間可能性に對する異常な詩人的情熱の爲に惹き起す必至の嚴肅な行動の一部分である。」
「目的は何れであれ、建設操作の文學が在るとともに、この遁避文學が不可言の興味を以て常に人を魅惑して來た事實は、遁逃が單なる獨善的遊離作用の一面しきや持つのでない何よりの左劵であつた。遁逃は現實の醜と非とから身を避けるの保身明哲の術であるのみか、怯懦ならざる、行爲の文學で、永遠を目あてに現在と理想との中間に緩衝地帶を置く手段でもあり、更に又遁逃する事の文學的情趣のみが有する香氣への無限の愛着であつた。」












































































『日夏耿之介全集 第五卷 作家論』

「ロマンチシズムは距離の文學で、その距離には、空間の距離と時間の距離とがある。」
(日夏耿之介 「芥川王朝文學の出生」 より)


『日夏耿之介全集 
第五卷 作家論』

監修: 矢野峰人/山内義雄/吉田健一

河出書房新社
1973年9月30初版発行
1991年11月30日3版発行
487p 目次2p 
B5判 丸背布装上製本 貼函
装本: 杉浦康平・辻修平
装画: 長谷川潔

月報 2 (8p):
信陽舎時代 (印南喬)/錬金術師の雄 (小川國夫)/素人の見巧者 (篠田一士)/眞に耽美の高踏性に徹した (成瀬正勝)/耿之介と杢太郎との交情 (野田宇太郎)/『聖盃』について (井村君江)/図版1点



本書「解題」より:

「本卷には日本の作家についての論考すなはち明治・大正・昭和の三代にわたる現代作家十四人に關する四十一篇を收録した。」
「これら單行本のかたちにまとめられてゐる評論を一應分解して新たに作家別に章を起し、重要と思はれるものを選擇して再編成した。(中略)またそれ以外、雜誌記事及び草稿のかたちで殘つてゐるものからも幾つかを收載した。」



本文二段組。
正字・正かな。


日夏耿之介全集


目次:

森鴎外
 鴎外その日本的造立 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 鴎外の日本的思想型態 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 永遠の雅文小説 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 靑年心理の探求 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 煩惱の嚴色 (『鴎外文學』(改訂版) 昭和22年12月 収録)
 樣式及び表現美 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 翻譯文學の師子座 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 鴎外の詩 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 鴎外創作力の發展と終局 (『鴎外と露伴』 昭和24年6月 収録)
 師承の系譜 (『わが師を語る』 昭和26年4月 収録)
夏目漱石
 漱石の小説 (『輓近三代文學品題』 昭和16年1月 収録)
 カラマアゾフ兄弟と漱石 (「藝林閒歩」 昭和21年4月 初出)
泉鏡花
 名人鏡花藝 (『鏡花・藤村・龍之介そのほか』 昭和21年11月 収録)
 『高野聖』の比較文學的考察 (『明治浪曼文學史』 昭和26年8月 収録)
幸田露伴
 露伴文學襍説 (『鴎外と露伴』 昭和24年6月 収録)
 露伴の學問 (『鴎外と露伴』 昭和24年6月 収録)
 露伴の名人もの (『鴎外と露伴』 昭和24年6月 収録)
 三人浦島 (『露伴全集』 月報 昭和25年6月 初出)
島崎藤村
 告白文學としての『新生』 (『鏡花・藤村・龍之介そのほか』 昭和21年11月 収録)
 「舊主人」に就て (「龍」 昭和23年8月 初出)
高山樗牛
 詩評家としての高山樗牛 (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
樋口一葉
 一葉の日誌文學 (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
與謝野晶子
 『みだれ髪』の空想的感覺 (『明治浪曼文學史』 昭和26年8月 収録)
上田敏
 上田敏の譯詩に就て (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
 海潮音以後の上田敏氏 (『黄眠零墨』 昭和17年9月 収録)
芥川龍之介
 芥川王朝文學の出生 (「新文學」 昭和22年1月 初出)
 芥川の遺書文學について (「國土」 昭和22年11月 初出)
 齒車讀後 (草稿 昭和21年)
堀口大學
 堀口大學の藝術 (『詩壇の散歩』 大正13年10月 収録)
齋藤茂吉
 齋藤茂吉君の歌 (『書齋の中の嗟嘆』 昭和29年10月 収録)
永井荷風
 永井荷風の藝術 (『輓近三代文學品題』 昭和16年1月 収録)
 永井荷風とその時代 (『荷風文學』 昭和25年3月 収録)
 荷風の私窩子文學 (『荷風文學』 昭和25年3月 収録)
 永井荷風の思想的立場を論ず (『荷風文學』 昭和25年3月 収録)
 好色の在り方 (『現代日本小説大系』 月報 昭和25年6月 初出)
谷崎潤一郎
 谷崎文學の民蔟的性格 (『輓近三代文學品題』 昭和16年1月 収録)
 荷風の影響と谷崎文學の出發と (『谷崎文學』 昭和25年3月 収録)
 『春琴抄』とその對蹠文學と (『谷崎文學』 昭和25年3月 収録)
 『細雪』上卷細評 (『谷崎文學』 昭和25年3月 収録)
 『細雪』中卷細評 (『谷崎文學』 昭和25年3月 収録)
 『細雪』下卷細評 (『谷崎文學』 昭和25年3月 収録)

收録作品一覽
解題 (井村君江)




◆本書より◆


「露伴の學問」より:

「若い頃の彼は、いつたん一事に凝ると、爲めに萬事すたれるといふ風の凝性の性分であつたらしい。釣や將棋に凝つて忠言を受けたやうなこともあつたやうすであるが、彼が凝るのは棋戲垂綸にはかぎらない。彼は天地觸目の庶物の悉皆本末について悉皆知悉したいといふ生れ乍らの熱情があつた。」


「芥川王朝文學の出生」より:

「ロマンチシズムは距離の文學で、その距離には、空間の距離と時間の距離とがある。」

「わが邦の文學は、幾んど一貫したリヤリズムの歴史で、時に秀拔な秋成の小説如きがあつたが、之れとて「秋成好き」といふ少數のファナティックに愛好せられるに止まり、怪異小説も秋成と前後して展開したが發達は文學集團としてはせず、明治に入つて一鏡花の卓出した文學を出したにとどまつた。一貫したリヤリズムの國日本に複雜多岐な文學感情の歴史は無かつた。」

「自ら選びたる靑年われらは、一面西洋にあくがれ最も支那を尊敬した。われらは、現代を欣び同時に古代に憧憬した。われらは、銀座街のブラジル珈琲店で一杯のカフェをすすると共に、本町二丁目の丸善の二階のひろい階段を上ることを怠らなかつた。われらは諸外國語をかじることを嗜んだが、しまひには、空想の氾濫感性の放埒のまゝに、(中略)初め習ひ覺えた英語一本槍であらゆる諸國の詩小説を濫讀漫讀耽讀して學課を些かも顧みなかつた。佛のアナトオル・フランスとともに、清の蒲松齡を喜んだ。米のアンブロオズ・ビヤスとともに、故國の宇治大納言物語を悦んだ。」



「芥川の遺書文學について」より:

「この時、彼は已に文名隆々たるものあつた。予は批評家の投げてくれた、古風な象徴派といふ草小舎に入つて跼蹐蟠居してゐた上に、われらの詩は小説程俗眼を聽さず市價がないため、從つて價格の評價に附隨する認容が社會人の間に生じないから、之れを宜いことにして、恬として氣儘氣隨に孤獨で暮してゐた。國家との關係は、寄留屆を鎌倉署や大森署に出しておけば、所得税も出すには及ばぬ郊寒島痩の徒であつた。かくして芥川は、予と書籍珍玩のみの詩侶雅友であつた。」


「谷崎文學の民蔟的性格」より:

「見巧者といふものが小説にもある。必ずしも正統派批評家はあづからぬ。いかな長篇でも冒頭を讀めばきつぱりと正確な見當をつける。部分をとび讀みして巧みに全體を揣摩する。讀後の印象を談るに、ポテンシャルな柔かな俚語づかひで、あつといふやうな旨い譬喩をする。さういふ素人を私は知つてゐる。見巧者出身の作者兼評者に故人綠雨があつた。
 又、書き巧者といふものが小説にある。必ずしも所謂大家と限らない。初見參(デビュ)の比から早くも文體を成してゐる。段々旨くなるのでなく、最初から旨いのである。さういふ人は、その代り途中に激しい浮沈が非道い。大きくなる爲の浮沈である。書き巧者といふと一見小型作者を聯想し易いが、之はもと作柄の形容で、作ゆきにも自ら大小があり、谷崎はそのうち最も大規模な作者である事いふまでもない。」

「本來この作者は、神經系統について神經質ではないが、肉體について神經質であり、俗人としては線が太くて豪快な一面もあると共に、殘忍な迄にその逞しい健康を酷使して、藝に於ても生に於ても羸弱な變質者心理に向つて不斷にあこがれてゐた。が、渠自らは決して變質者ではない。その扱ふ變質境は時に餘りにあくどくて眼を蔽はしめるけれど、この種の變質的動作は、原來常人の肉體的に夢想して時に片足を踏み込みうる程度の變質であつて、冷徹凄切を極めた本來の變質者世界の陰慘なる消息そのものとは違ふ。もし他日眞の異常變質天才の文學が登場したならば、少くとも變質文學としての谷崎文學(それも主として第二期以後の)は、倏ちにその光芒を文壇から失つて了ふだらう。」



「荷風の影響と谷崎文學の出發と」より:

「併し、谷崎は決して天才でも天才肌でもなかつた。天才と見えたのは、その華美なる出發の扮妝と出立の身振とであつて、芥川や佐藤のやうな浪曼的要素の文學を造立した同輩が天才でなかつたとおなじやうに、そしてかれらが實は浪曼的惝悦を有ちながら日本人的リアリズムをその面の黄なるごとく固着せしめてゐたと同樣に谷崎も浪曼主義的憧れのやうなものは、その心匠の一部に老齡まで持ちつづけてゐたと共に、實は日本人プロパアのリアリズムが實在論としてその世界觀にも寫實主義としてその藝術觀にもめいめい基盤となつてゐたので、華やかなる出立のポオズは、時代の要求した文學の樣體の作者として當然身につけるべきかたちであつて、只夫れ豪奢にして人目を眩めかしたとはいへ、凡そ天才の有するオリヂナリティとエラチックと飛躍と氣六づかしさとは、出發早くもそのスティルを決した觀あつたるその文體のなかには無かつた。天才ではないが、人の眼を瞠らしめたタレントであつたことは申すまでもなかつた。」


「『春琴抄』とその對蹠文學と」より:

「かう見てくると、日本のいまの文學がどんな境涯のものかといふことが、はつきり判つてくるであらう。
 小説『春琴抄』は昭和の小説の傑作であつて、まづこれを代表小説として海外に送り出しても別に不平はなささうであるが、この作者は別に天才肌の作者ではなく、天才風の神經も感覺もタッチもない。たゞ感じ考へ見たものを、常識的ながら周到に再三思考しその前後左右を考へた上で、そつのない意匠にちりばめて、くまなく足らぬところのない意くばりの上で悠々描寫してゆくだけの事である。構文は至極常識的である。趣味はアブノオマルを好むけれど、本人は至つてノオマルで至つて世俗的である。」



「『細雪』上卷細評」より:

「鴎外や露伴や鏡花や一葉や荷風をば、好んで取り上げてわたくしが批評をするのは、それらの人の人柄と作品との合致したものをわたくしが特別に喜むからであるが、谷崎潤一郎著『細雪』を批評するのは、さういふ好みや立場のそれとは些しちがふ。つまりわたくしは、谷崎文學の愛讀者ではないのである。」















































































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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