三木成夫 『生命形態学序説』

「われわれは、胎児が、受胎一ヵ月後の、ホンの数日の間に、古生代から中生代を経て新生代にいたるほぼ3億の歳月を、いわば瞬時に凝縮させて通り過ごすさまを現実にこの眼で見る。そして同時に、人類の祖先が中生代では当時の爬虫類の、さらに古生代では古代魚類の、それぞれ一員として生存していたことを、ひとつの実感として想い浮かべるのである。」
(三木成夫 「生命の形態学」 より)


三木成夫
『生命形態学序説
― 根原形象とメタモルフォーゼ』


うぶすな書院 
1992年11月3日 第1刷発行
2004年10月30日 第6刷発行
ix 307p
B5判 並装 カバー
定価3,690円+税
表紙原図: 三木成夫



横組。図版(モノクロ)多数。
本書収録論文中、「生命の形態学」(1~5)及び「解剖学総論草稿」(本書収録分を含むほぼ全文)は、『生命形態の自然誌 第一巻 解剖学論集』(うぶすな書院)にも収録されています。


三木成夫 生命形態学序説 01


目次 (初出):

序文 (平光厲司)

生命の形態学
 〈1〉 生の原形――人体解剖学総論 (「総合看護」第12巻 第3号 昭和52年8月15日 現代社)
  Ⅰ 宇宙の根原現象――「らせん」と「リズム」
  Ⅱ 生の波――食と性の位相交替
 〈2〉 植物と動物――人体解剖学総論 (同 第12巻 第4号 昭和52年11月15日)
  Ⅰ 生物の祖先――“進化”とはなにか
  Ⅱ 植物的および動物的――「遠」の観得と「近」の感覚
  Ⅲ 植物と動物の体制――“つみ重ね”と“はめ込み”
 〈3〉 動物の個体体制――人体解剖学総論 (同 第13巻 第1号 昭和53年2月15日)
  Ⅰ 植物器官と動物器官――“内臓系”と“体壁系”
  Ⅱ 両器官の形成――体制の分極
  Ⅲ からだの極性――分極の意味するもの

解剖生理 (『高校看護 看護一般Ⅱ』 昭和42年度版 メヂカルフレンド社)
 Ⅰ 人間とはいかなる生物か
  1 生物とはなにか
  2 植物と動物はどのように異なるか
  3 動物のからだにおける植物性器官と動物性器官
 Ⅱ 人体における植物性器官
  1 呼吸系(消化・吸収系)
  2 循環系(血液・脈管系)
  3 排出系(泌尿・生殖系)
 Ⅲ 人体における動物性器官
  1 受容系(感覚系)
  2 伝達系(神経系)
  3 実施系(運動系)
 Ⅳ 人間と動物のちがいについて

解剖学とは何か (「解剖学総論草稿」の一部 昭和44年夏~52年春 現代社)
 第一節 構造の意味
  1 人為の構造――二つの側面
  2 自然の構造――その“しくみ”
  3 自然の構造――その“かたち”
 第二節 形態学について
  1 ゲーテの自然観――形態学の樹立
  2 植物変容論――Bildung und Umbildung
  3 生物学と形態学――自然を見る二つの眼
 第三節 原形について
  1 原形とはなにか?――“おもかげ”の意味
  2 原形体得の歴史――「記憶」について
  3 原形の探究――Phylogenie の遡及

三木成夫シェーマ原図

「三木成夫シェーマ原図」解説 (後藤仁敏)
生命記憶と古代形象 (金子務)



三木成夫 生命形態学序説 02



◆本書より◆


「生命の形態学」より:

「古生物学の教えるところによれば、脊椎動物の祖先は、今を去る数億の昔、当時の古生代の海に古代魚類としてその姿を現わしたという。それは現在の魚類とは著しく形を異にしたものであるが、この原始の脊椎動物は興亡の歴史を繰り返したのち、やがてそのあるものが、この古生代も終わりに近い石炭紀の“古代緑地”に上陸を敢行し、そこで現代の両棲類の祖先の形象にめざましい進化をとげたという。一方、そのあるものは、陸上生活に完全に適応した体制を獲得し、これが、続く中生代の全期にわたってその豊饒の陸地にひとつの王国を築き上げる。今日の爬虫類の先祖である。この地球の中生代は、しかし、やがて起ったアルプス造山運動の雄大な地殻変動ののち、ついに新生代の幕明けを迎えるのであるが、そこでは、まったく装いも新たに、全身に毛皮をまとった新型の動物種が登場する。これが現在の哺乳類の起原である。われわれ人類を含む霊長類が、この最も新しい脊椎動物の一派であることはいうまでもない。なお、今日生存する魚類・両棲類・爬虫類のめんめんは、こうした地球の歴史の途上に、相ついで現われた当時の新型の fashion を、時の流れに適応させながら、それぞれのかたちで、今日まで伝えたものに他ならない。」
「そこでいま、これら現実の動物の顔と、さきに示したヒトの胎児のそれを較べてみると、われわれはここで、母胎内の出来事の意味するものを、ほとんど直観的に読みとるのではなかろうか。そこには、上述の古生物学の教える脊椎動物の歴史の、まぎれもない「再現」が見られる。それは、過去のそのままの再現ではなく、いってみれば“かくありなん”という、まさにその“おもかげ”の再現なのである。しかもそれはつかの間の形象として走馬灯のごとくに過ぎ去ってゆく。
 われわれは、胎児が、受胎一ヵ月後の、ホンの数日の間に、古生代から中生代を経て新生代にいたるほぼ3億の歳月を、いわば瞬時に凝縮させて通り過ごすさまを現実にこの眼で見る。そして同時に、人類の祖先が中生代では当時の爬虫類の、さらに古生代では古代魚類の、それぞれ一員として生存していたことを、ひとつの実感として想い浮かべるのである。左の動物のその相貌の中に読みとられたもの――それはまさしく、人類の遠い祖先の持つ、ひとつの“おもかげ”に他ならなかった。それはあの人の胎児に見られた“おもかげ”とともに「古代形象」と呼ばれるが、われわれは、こうした動物や胎児の姿に潜む、遠い彼方の諸形象を「古生物学」の窓を通して眺め、そこから生物の宗族発生 Phylogenie の歴史をその淵源にまで遡って求めようとするのである。」



「解剖生理」より:

「さて、植物と動物の栄養のとりかたの違いについては、どの生物の教科書にもくわしく述べてあるので、ここでそれをくり返すことはやらない。ただここでは、その中の最も重要な一点――すなわち、“植物のもつ生まれながらの合成能力が、動物にはまったくない”というひとことを指摘するにとどめる。というのは、まさしくこのひとことから両者の生き方が分かれてくるのであるから。
 窓の外に眼を向けよう。そこには豊かにふりそそぐ太陽(光)のもとで、地上のどこにでもある材料(水、二酸化炭素、無機物)をもととして、自分ひとりで生命の源をつくりあげていく植物たちの姿がある(光合成)。すなわちかれらは自然のすべて(地・水・火・風)を最大限に利用するのであるが、この時かれらは大空と大地に向かってまっすぐにそのからだを伸ばす、というきわめて有効なしかも無理のない姿勢をとる。そして四季の移り変わりにそのまま従って生長と繁殖の営みをつづけていくのである。すなわち植物たちの生き方にはなんの無理もない。
 これに比べ、生まれながらにしてこの合成能力に欠けた動物たちは、いきおい植物のつくりあげた“平和のみのり”にたよらざるを得なくなってくる。すなわち居ながらにして、自分だけでからだを養うことができなくなり、ついに大自然の中から、ただ自分の好みにあった“えさ”だけを見つけ(感覚)、それに向かって動く(運動)という新しい仕事をはじめるのである。
 しかもこの時かれらは、泳ぎ(魚類)、のたうち(爬虫類)、飛び(鳥類)、歩く(哺乳類)という、いずれも地球の重力にさからったひとつの冒険をおかすのであって、あるものは冬の荒野に木の実を求めてさまよい(草食動物)、あるものはこの動物にとびかかり(肉食動物)、あげくのはては仲間に襲いかかる(人類)といったさまざまの方法をあみだすのである。
 つまりこのようにして、好むと好まざるとにかかわらず「感覚―運動」という特殊の栄養方法にたよらざるを得なくなった動物たちの生き方に、自然の多くを無視したひとつの無理が生じてくることとなっても、それはしかたがないというものであろう。
 「動く」ことは、だから、合成能力の欠けた動物たちに課せられたひとつの“宿命”と考えられるが、このようにして、大自然の中でゆったりと腰をすえ、みのり豊かな一生を送る植物の生活は、ついに自然にさからって、ただ“えさ”というそれだけの目標に動かされつづける動物の生活へと大きく変わっていくことになるのである。」

「動物とはいわば“胃袋と生殖器”(植物性器官)に、“眼と手足”(動物性器官)がついたもの、ということになる。そして血管神経がこのようなからだのすみずみにまでいきわたり、それぞれ植物性過程と動物性過程の進行をつかさどるのであるが、心臓は、実はおのおのの一部が極端に発達したものにほかならないのである。われわれ人間の日常生活の中で、ことごとく対立する“こころ”(心情)と“あたま”(精神)は、まさしくこの心臓と脳に由来したものであって、以上のことから、これらはそれぞれ人体における植物的なものと動物的なものの象徴であることがわかってくるであろう。」



「解剖学とはなにか」より:

「精神と心情の本来の関係はなにか? クラーゲスは、それは精神が心情を抹殺するのではなく、心情に奉仕する間柄でなければならないことを指摘する。したがって人間の思考の本来の姿は、論理中心ではなく生中心のそれであるという。」
「われわれにとって精神の能作とは“しくみ”を暴いて自然をわがものにするためではなく、心情によって受容された“かたち”を時に応じて固定し、計測可能の側面を見出すという、ただそれだけのものということになる。」

「ひとびとはたれしも動物に、そして幼児に、ある限りない力でもってひきよせられる。そこには、われわれの遠い過去の面影いいかえれば、われわれ人間の原形そのものがじつは秘やかに宿されていたのである。
 「原形とは、現象する過去の諸心情である」(クラーゲス)」



三木成夫 生命形態学序説 03













































































































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三木成夫 『海・呼吸・古代形象 ― 生命記憶と回想』

「こうして、私達の身体の中には過去に魚であった頃の面影が年輪のように染み付いています。」
(三木成夫 「海と呼吸のリズム」 より)


三木成夫 
『海・呼吸・古代形象
― 生命記憶と回想』


うぶすな書院
1992年8月31日 第1刷発行
2007年8月9日 第10刷発行
vii 236p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,428円+税
表紙: バリ島



本文中図版(モノクロ)多数。


三木成夫 海 呼吸 古代形象


帯文:

「〈こころ〉とわたしたちが呼んでいるものは内臓のうごきとむすびついたあるひとつの表出だ。また知覚と呼んでいるものは感覚器官や、体壁系の筋肉や、神経のうごきと、脳の回路にむすびついた表出とみなせばよい。わたしはこの著者からその示唆をうけとったとき、いままで文字以後の表現理論として展開してきたじぶんの言語の理念が、言語以前の音声や音声以前の身体の動きのところまで、拡張できると見とおしが得られた。――吉本隆明(解説より)」


目次:

――海
母性の進化――生物学からみた一つの序章
――呼吸・睡眠・排泄
呼吸の歴史――ヒトの呼吸とそのこころ
仕事は息抜きの要領で
呼吸のリズム――肺呼吸の自然誌より
海と呼吸のリズム
半健康というものの奥にある慢性覚醒不全
からだの不調――「朝食拒否」の生物学
「排泄」に関する試論
――生命記憶
生命記憶と回想
胎児の世界のこと
“いのち”について
内臓の感受性が鈍くては世界は感知できない
南と北の生物学
「随想」
 恩師小川鼎三先生
 浦良治先生に捧ぐ
 西成甫先生を偲ぶ
――形態
古代形象について
 Ⅰ 奇型心と太古の魚
 Ⅱ 血管発生
 Ⅲ 故郷の海の夢
“らせん”について
 Ⅰ 小川鼎三教授の隠された業績
 Ⅱ 心臓神経のねじれの出来かた
 Ⅲ ねじれにはどんな意味があるのか
動物的および植物的――人間の形態学的考察

解説 (吉本隆明)




◆本書より◆


「生命記憶と回想」より:

「私は何かに操られるようにその椰子の実を一個買い求めました。」
「ともかくも、その椰子の汁を一口吸ってみたかった。(中略)さっそく表面のシュロ状のものをむしり取ろうとしましたが、そう簡単に片づくしろものではない。とうとう鋸を持ちだし、あっちこっちをガリガリ傷つけながら、悪戦苦闘の末、やっとの思いで、中の黒檀のような殻のところにまで到達したのです。(中略)おそるおそる錐(きり)で二ヶ所を開け、台所へとんでいってストローをとってきて一方の穴に突っ込み、何か夢遊病者のように吸ってみたのです。その瞬間――これは他人の味ではない、いったいおれの祖先はポリネシアではないか! と。それはほとんど確信に近い生命的な叫びでした。
 本日、皆さまにお話しようと思っておりますのは、じつはこういう世界のことなのです。実証を旨(むね)とする今日の世相から申しますと、まるでお笑い草なのですが……。」
「最近、人間の大脳半球が「論理」をつかさどる左側のロゴス脳と「カン」をつかさどる右側のパトス脳に分極していることが、アメリカ大脳生理学のひとつの成果として紹介されているようですが、わが国のある耳鼻科のお医者さんが、この模様を聴覚の電気生理学を利用して、われわれ日本人の脳について調べましたら、ここでは右側のパトス脳が左側のロゴス脳のところへ同居しているという。」
「そのお医者さんは、この脳の型を日本に一番近い韓国や中国の人々について調べましたところ、予想に反して全く違う。韓国人の脳も中国人の脳も完全にヨーロッパ・アメリカ型。」
「そこで世界中のさまざまの人種を片っ端から調べたら、やっとわれわれ日本人と同じ型の脳を持つ民族が見つかった。それが何とトンガ、フィジーそしてサモア、ニュージーランド。まさにポリネシアだったのです。それを見ました時には、ゲーテではありませんが「五感は欺かない」と思いました。」



「“いのち”について」より:

「われわれ大和民族は、歴史的に眺めて、世界中のどんな民族の中でも“こころ”の豊かさにおいて傑出したものを持っているといわれています。われわれの祖先は自然というものを無欲に、そして理屈をつけないで、ニュートンの力学がどうであろうと、アインシュタインの相対性原理がどうであろうと、こうした自然を静かに眺め、そのふところに抱かれて生活してきた。これが、この民族の本来の姿のように思われるのです。もちろんこの明治百年というものはあわただしかった。それはいわゆる国際的な立場から“あたま”の方を磨くことに専念しないではいられなかったからでしょう。しかしもうこのへんでそろそろ、われわれ本来の姿にかえる、そのときがやって来たのではないかと思っているところであります。」


「生命記憶と回想」より:

「ふつう記憶と申しますと、それは、もの心ついてから以後に集積されたものを指すようですが、私がこれからお話します記憶とは、臍(へそ)の緒が切れる以前から、つまり生まれながらにして備わったものであります。三十億年のコアセルベートの彼方から、からだの奥深くに、次から次へと累積されてきた記憶のことであります。ロゼッタストーンの不可解な記号のように、この累積された記憶はからだの奥深く、細胞原形質の中核をなすDNAのあの二重の渦巻文様の中に秘めやかに刻み込まれているのです。」


「古代形象について」より:

「人間のからだの奥に、遠い古生代の魚が一匹ひそかに棲んでいる……。」





















































































































三木成夫 『胎児の世界 ― 人類の生命記憶』 (中公新書)

「昭和の奇筆、夢野久作は、この「胎児の世界」と「夢の世界」のあいだに「細胞記憶」というひとつのかけ橋をわたす。古生代の一億年を数日で復習する胎児の世界を、そこでは「盧生が夢の五十年、実は粟飯一炊の間……」の夢枕の世界に譬える。ともに、このからだをつくる個々の細胞の、その記憶によって支えられるという。わたしたちの「生命記憶」の宿が、ここではすでに細部のなかに求められているのである。」
(三木成夫 『胎児の世界』 より)


三木成夫 
『胎児の世界
― 人類の生命記憶』
 
中公新書 691

中央公論社
1983年5月25日 初版
1996年5月30日 13版
vi 226p 
新書判 並装 カバー
定価720円(本体699円)



本文中図版(モノクロ)46点。


三木成夫 胎児の世界


カバーそで文:

「まだ目もあかない赤ん坊が、突然、何かに怯えて泣き出したり、何かを思い出したようににっこり笑ったりする。母の胎内で見残した夢の名残りを見ているのだという……。私たちは、かつて胎児であった「十月十日(とつきとおか)」の間羊水にどっぷりつかり、子宮壁に響く母の血潮のざわめき、心臓の鼓動のなかで、劇的な変身をとげたが、この変身劇は、太古の海に誕生した生命の進化の悠久の流れを再演する。それを、ふと思い起こすことがある……。」


目次:

まえがき

Ⅰ 故郷への回帰――生命記憶jと回想
 民族と里帰り
  「椰子の実」の記憶
  絹の道
  里帰りの生理
 母乳の味
  母乳と玄米
  哺乳動物誌
  味覚の根原――「憶」の意味
 羊水と古代海水
  出産
  脊椎動物の上陸
  いのちの塩

Ⅱ 胎児の世界――生命記憶の再現
 鶏の四日目
  墨汁の注入
  四日目の出来事
  上陸の形象
 胎児の発生
  胎児の顔
  受胎一か月の像
  おもかげ――原形について
 再現について
  個体発生と宗族発生
  奇形の意味するもの
  胎児の夢

Ⅲ いのちの波――生命記憶の根原
 食と性について
  ヤツメウナギの変態
  植物メタモルフォーゼ
  食と性の位相交替
 内臓波動
  いのちの波
  万物流転――リズムの本質
  胎児と宇宙
 永遠周行
  東洋の「道」
  遷宮の意味
  母なる海

あとがき
参考文献




◆本書より◆


「懐かしさというものは「いまのここ」に「かつてのかなた」が二重映しになったときにごく自然に湧き起こってくる感情であろう。(中略)外界から受け取ったものと、すでに蓄えられている“あるもの”との一致が、この場をとおして意識に上ってくるのであろう。しかしその“あるもの”の正体は依然としてつかめない。「何かに似ている……」という、ただそれだけの意識にすぎない。」

「当時、わたくしは、人体解剖学を志して一〇年の一区切りを迎えようとしていた。」
「しかし、なぜか動物にもひかれていた。それは、人間の胎児も動物の胎児も発生の仕方が不思議なくらいよく似ているという一点が、つねに心の一隅にあったからだ。そんなとき、いつもきまって、あの「個体発生は系統発生を繰り返す」という呪文のようなことばが顔を出し、背後からジッとこちらに目を向けていた。」

「胎児は、受胎の日から指折り数えて三〇日を過ぎてから僅か一週間で、あの一億年を費やした脊椎動物の上陸誌を夢のごとくに再現する。」

「胎児の顔貌にただようもの――それはまぎれもない動物のおもかげであった。あの軟骨魚類のおもかげが、アッという間に爬虫類のそれに変わり、やがてそれが哺乳類に向かっていく。」

「このからだには新旧入り雑った祖先のおもかげが宿される。ときに露わに、ときに秘めやかに、あるものは器官の構造のなかに、あるものはその機能のうえに。その目で顕微鏡をのぞき、病人に接すれば、それら「古代形象」は続々と姿を現わすだろう。」
「この祖先の形象は、しかし、ときに思いがけないかたちをとって現われることがある。(中略)わたしどもはさらに「奇形」といわれているものの奥に必ず、この古代のかたちが隠されていることを述べずにはいられない。たとえば、どんな心臓の奇形も、最後はそこに行き着くのではないかと思っている。」

「ヒトの心奇形には、多少にかかわらず肺静脈の還流異常が同伴するが、このさまざまの流れ方をする肺静脈には、(中略)脊椎動物に見られるすべての型が含まれていることがうかがわれる。原始肺から鰾に向かう「水生型」と、呼吸肺に向かう「陸生型」と、この二種が新旧とりどりに、そこでは何かまぼろしのように現われてくるのである。」
「こうした陸上動物の発生初期にいっせいに出現する「水生型」の各種の肺静脈のおもかげのなかに、あの古生代末の“上陸と降海”のドラマのもつ、秘められた側面を、わたくしは思わずにはいられない。この祖先たちは、海と陸の間を、おそらく想像に絶する長い歳月のあいだ、さまよいつづけたのであろう。ここに述べた赤ん坊たちの肺静脈のもつ奇なる形象が、その間の事情を如実に物語っているのではなかろうか……。」
「わたしたち人間のからだには古代形象が、顕勢的に、潜勢的に、その顔をのぞかせる。これは、上述のように、たとえば奇形となってからだの構造に現われるだけではない。その目で見れば、日常の営みのあちこちにその姿を現わす。」

「このように見てくると、人間のからだに見られるどんな“もの”にも、その日常生活に起こるどんな“こと”にも、すべてこうした過去の“ものごと”が、それぞれのまぼろしの姿で生きつづけていることが明らかとなる。そしてこれを、まさに、おのれの身をもって再現して見せてくれるのが、われらが胎児の世界ではなかろうか。」





















































































三木成夫 『生命とリズム』 (河出文庫)

「ところが魚の中には昔から決して上陸しようとしなかったもの、いいかえれば古生代以来深海にひたすら生きのびてきたものがあります。これがサメ・フカです。」
(三木成夫 「呼吸と波」 より)


三木成夫 
『生命とリズム』

河出文庫 み-20-2

河出書房新社
2013年12月10日 初版印刷
2013年12月20日 初版発行
307p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価850円(税別)
ロゴ・表紙デザイン: 粟津潔
本文・カバーフォーマット: 佐々木暁
カバーデザイン: 木庭貴信
カバー装画: 三木成夫


「本書は『人間生命の誕生』(一九九六年、築地書館)を元本とし、「胎児の世界と〈いのちの波〉」「呼吸について」の二篇を加えたものである。」



本文中図版(モノクロ)多数。


三木成夫 生命とリズム


カバー裏文:

「「イッキ飲み」や「朝寝坊」「ツボ」「お喋り」に対する宇宙レベルのアプローチから、「生命形態学」の原点である論考、そして感動の講演「胎児の世界と〈いのちの波〉」まで、『内臓とこころ』の著者が残したエッセイ、論文、講演をあますところなく収録。われわれ人間はどこから生まれ、どこへゆくのか――「三木生命学」のエッセンスにして最後の書。」


目次:

Ⅰ 生命とはなにか――生命論
 だれが人間を創ったのだろう――受胎後三十二日目、胎児は変身をはじめる。魚類から両生類、そして爬虫類へと……
 生について――看護本来のすがた
 人間の精神と自然の破壊
 人間生命の誕生
 胎児の世界と〈いのちの波〉

Ⅱ からだと健康――保健論
 生活を左右する「体内時計」その1――動物も人間も「潮」と「光」の懐中時計をもっている
 「ツボ」の比較解剖学的考察――東西医学の源流について
 「上虚」の医学的考察について
 上腹部(みぞおち)の構造とその機能について
 鰓呼吸から肺呼吸への歴史
 「お喋り」の起原――呼吸の医学から
 呼吸の波――宇宙リズムとの交流
 呼吸について――仕事と息抜きの関係
 対談 現代の子の生活リズム――学業不振の原因がここに?
 リズムのずれによるからだの「不調」――日リズムの分析
 夜型人間の生理学的構造
 「イッキ」飲みに際して

Ⅲ 先人に学ぶ――人間論
 生活を左右する「体内時計」その2――中生代の生命記憶が人間にも冬眠を要求している
 ゲーテと私の解剖学
 上野の杜の生物学――『ゲーテ全集』によせて
 植物的および動物的――アリストテレスに学ぶ
 思いつくままに――浦良治先生の思い出
 「古代」に注がれる眼――井尻・今西の比較解剖試案
 堀越千秋くんに

Ⅳ 生命形態学への道――形態論
 左脳診断から右脳診断へ――病者の顔を一瞬で鑑別するのは左目。心音の微妙な差を聞きとるのは左耳。
 脾臓の過去
 「原形」に関する試論――人体解剖学の根底をなすもの
 ゲーテの形態学と今日の人体解剖学――現代科学の岐路に立って

単行本版解説 三木成夫先生について (後藤仁敏)
文庫版解説 生物は環境に適応する (甲野善紀)




◆本書より◆


「鰓呼吸から肺呼吸への歴史」より:

「太古の昔、海水からコアセルベートという一つのまとまりができた。これを再現して分析してみると、地球を構成するすべての元素が含まれている。六価クロムから砒素にいたる猛毒のものが、少しずつだがすべて含まれている。それが細胞となる。したがってわれわれの細胞の一つ一つが、生きた衛星ではないか、ということになってくるのです。星であるから命令されなくてもちゃんと太陽系の運行のリズムを知っている。つまり卵巣から卵が飛び出すのは、まさに天体が分かれて惑星をつくり、衛星をつくっていくのと本質的に同じことではないかというのです。
 このように見てきますと、ひろく生物のリズムと宇宙的なリズムとは目に見えない糸で繋がってくるのではないだろうか。人間のからだのリズムと天体のリズムが調和した時、つまり春夏秋冬の波に乗って、春は春のものを食べ、夏は夏のものを食べ、その土地その季節の一番シュンのものを食べ、また冬がきたら寒さにふるえ、夏がきたら汗をかくといった生活を送る時、これこそ生のリズムと宇宙のリズムが調和した生物としての本来のすがたではないかと思うのです。
 カルチャー、文化というものは何か。耕す、耕すとは何か。それは、いってみれば一年分の保存食品をつくる準備をすることです。シュンのものを食べないで、いつでも食べられるようにそれを缶詰にするとか、いわゆるインスタント食品をつくるなどその一例ですが、文化というものは、結局は自然から離れていく一つの方向であるような気がするのです。
 お釈迦様の悟りは天のリズムと人のリズムの調和ではなかったかと思う。アショカ王はこれを「人天交接」という言葉でもって表現した。(中略)われわれが将来を配慮して、一年間の食料を貯えるのは、人間だけが持つ一つの智能でしょう。しかしこの智能も一つ間違えると、人間の慾になります。(中略)ほんとうに慾は人びとを盲目にするものですね。また将来計画といわれますけれど、それは実は「予期不安」であることが多いのです。われわれはこうした慾と不安に駆り立てられて次第次第に自然から離れて、あるいは自然を破壊していくのをお釈迦様は憂えたのではないでしょうか……。
 話が横道にそれてしまいましたが、呼吸のリズムもこれとまったく変わりないと思います。われわれの日常を振り返りますと、このような慾と不安に駆り立てられた時の呼吸には、まったくリズムというものがない。たいていは息を凝らし、さらには息を殺しております。これに対して、平常心の時には呼吸のリズムがあります。これこそ、古生代の昔からえんえんと続いてきたリズムです。それは、はじめにお話ししました、あの波打際の、ザザーッと寄せて、そしてサァーッと引いていく、あの波のリズムです。それこそ宇宙的なリズムではないでしょうか。お釈迦様の呼吸の教えはこのことではないかと思っております。」



「対談 現代の子の生活リズム」より:

「私には例の「登校拒否」が、かれらのとった無意識の「自衛手段」のように思えてならないんですよ。一種の正当防衛ですよ……。」


「生活を左右する「体内時計」その2」より:

「クマは冬場が来ると冬眠する。一日中、巣にこもって、ただウツラウツラと……。つついてやれば目を覚まし、止めれば、また眠る。その間、だからエサ場に出掛けるようなことはない。からだが半分眠っているので、獲物を見ても満足には動けないだろう。だいいち胃袋からして眠っているので、はじめから食慾がないのだ。クマはこんな時「食べないとからだによくない」とか「毎日、寝てばかりいてダラしない」とか、思ったりはしない。人間どものように“心配”もしなければ、また“気がね”もしない。だからとうぜん“無理”もしない。春が来るまで、文字通り寝て過ごすだけだ。天体の周行と軌を一にして……。」














































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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