郡司正勝 『かぶき入門』

「「かぶき」とは、かぶくの名詞であり、「かぶく」とは「傾く」の意の動詞であった。(中略)歌舞伎(妓)は、のちに当てられた漢字である。当時人目にたつ服装をして街頭を闊歩するというような、すべてなみはずれた身なりや行動をする者をかぶき者といった。」
(郡司正勝 『かぶき入門』 より)


郡司正勝 
『かぶき入門』


牧羊社
1990年12月15日 初版発行
231p 口絵(カラー)2p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,200円(本体2,136円)
著者自装
カバー: 當り奉納願お賀久面・部分(歌川国芳画)



本書頭注より:

「初版は昭和二十九年四月、現代教養文庫(社会思想研究会出版部)より発行。第一章は昭和三十七年一月に新訂版が出たとき、書き替えられた。」


初版は『歌舞伎入門』。2006年8月、岩波現代文庫の一冊として再刊されています。
本文中図版(モノクロ)多数。


郡司正勝 かぶき入門 01


カバーそで文:

「出色の「かぶき」入門書
 久しくみられなかった本格的な「かぶき」入門書として本書はまさに出色である。
 この本を読んだあとのかぶき見物が、どんなに楽しく、また味わい深いものになるか――特に、これからかぶきを観ようとする若い人たちにおすすめする。
ドナルド・キーン
(コロンビア大学教授)」



目次:

口絵
 歌舞伎図巻より部分
 くまどり

第一章 かぶきの生き方
第二章 かぶきの本質
 一 演劇とお芝居
 二 様式性と饗宴性
第三章 かぶきの歴史
 一 かぶき前史
  古代芸能
  中世の芸能
  人形浄るり芝居
 二 かぶき史
  かぶきの誕生
  元禄かぶきの展開
  東漸するかぶき
  江戸かぶきの爛熟頽廃
  転換期かぶき
第四章 かぶき劇場
 一 劇場の発生――劇場と芝居
 二 劇場の発達――座と芝居
 三 企業としてのかぶき
 四 劇場構造の展開とその性格
第五章 かぶきの見物
 一 見物・贔屓・連中について
 二 批評と評判について
第六章 かぶき役者
 一 役者と俳優――その起源について
 二 役者の社会生活と私生活
 三 芸術家としての役者
 四 役者の階級と制度
 五 役柄の分化と女形
第七章 かぶきのドラマツルギー
 一 俳優本位の脚本
 二 民衆感情の反映としてのかぶき戯曲
 三 脚本の種類
 四 脚本の構成
 五 作劇法
 六 狂言作者の制度
 七 かぶき脚本の変遷
第八章 俳優術と演出
 一 かぶきの芸
 二 演出について
 三 セリフについて
 四 音楽と舞踊について
 五 衣裳・かつら・化粧について
 六 舞台・道具・照明について
第九章 かぶきと社会性

付・外題一覧



郡司正勝 かぶき入門 02



◆本書より◆


「第二章 かぶきの本質」より:

「かぶきのもつ原始性をそのまま幼稚とみるのは間違いである。すべて江戸の巧緻な感情や感覚によって裏打ちされたものであることを識るべきである。
 絵になるということをうるさくいう。かぶき役者は「絵心」を必要とするといわれる。かぶきの本質はリアルを否定する。適当な美化と誇張は必ず行なわなければならない。つねに絵になるためには、自然さは犠牲にされる。「生(なま)」ということが一番かぶきでは軽蔑されるのである。そしてこの「絵心」はつねに「浮世絵」の美学と歩みをともにしてきたのである。
 しかしかぶきは知的な象徴や抽象をもたない。すべて直感による肉体に則した暗示であり、誇示であり、デフォルメである。芸術としての観念にわずらわされることなく展開したかぶきは、「華やかさ」をとりあつめてみせたのである。」



「第四章 かぶき劇場」より:

「「芝居小屋」には、ある特殊な語感がある。それは、かぶき役者または劇場に関係したものを「小屋者」といって、一種の侮蔑感をともなったことである。江戸時代の劇場は元禄以後は、当時の社会としては、すでに大建築であって、けっして小屋というようなものではない。それをことさら小屋といったのは、「非人小屋」に準じていったのである。かぶき役者はいちおう非人とは区別されたものの、それに準ずる賤民としてあつかわれたことは事実である。したがって、その住居にも種々の制限があった。たとえば、非人の住居には、やはりやかましい規定があり、天井を張ってはならぬということは、その一つの大きな条件であった。かぶき劇場が元禄期までも、天井を張ることを許されなかったことについては、火災とか風俗による理由とかが説かれているが、法文上はあるいは、この非人小屋の規定に準じたのではあるまいかとおもわれる。つまり、遊廓とならんで、二大悪所といわれた場所にたいする江戸幕府の一つの政策があったとみるべきであろう。」


「第六章 かぶき役者」より:

「「俳優」という文字は、すでに『日本書紀』にみえているから、日本演劇史の開巻第一頁を飾るほど古い。ただし、今日われわれが使っていることばと同じものだとするのは少々危険である。この日本最初の歴史編纂のとき、古代日本語の「わざをぎ」または「わざをぎびと」のために、外国の文字を借用したというのにすぎないからである。
 すなわち「わざをぎ」とは、神霊をまねきおろす業、もしくはその業をなす人をさすのであり、巫覡(みこ)、神官が同時に俳優であった、古代の俳優の発生的性格をよく説明してくれる言葉であった。しかし、この俳優をわざをぎと読ませたことばが生長しなかったのは、外国芸能の注入によって、俳優の性格が一変したからである。六世紀頃からおいおい迎えられた、外来の伎楽、舞楽にたずさわった人々は、歌舞の技術をもった朝廷の役人であって、「わざをぎびと」ではなかった。したがってかれらは「俳優」とも「わざをぎ」ともよばれていなかった。
 むしろ「わざをぎ」の伝統は、中世にいたって「役者」ということばによって受け継がれたといっていい。「役者」という名称は、はじめ神事や祭礼にたずさわる役目の者の意であり、のちに芸能をもって、これに奉仕する者のみをさすことばとなったのである。「能役者」は、猿楽能をもって、神事に奉仕する者の称号であった。しかるに、能楽が将軍家の式楽として採用されると、役者の意味は、この式楽を行なう役目の者の意味に聞こえてくるようになった。
 役者が、今日の俳優の意味にとられるようになったのは、かぶき役者からだといっていい、したがって俳優という語は、気取ったときの文章などにもちいられるほかには、一般称号とはならなかったのである。今日の俳優なる語は、むしろ明治以後のアクター(actor)の翻訳語であることと承知しておかなくてはならない。
 しかし「役者」と「俳優」は同じだといっても、そのことばの背後には、ながいあいだの歴史と生活の陰影がつきまとっている。たとえば、かぶき役者は「河原乞食」といわれる歴史とその生活をもっていたので、今日の芸術家としての俳優がもつ社会的尊敬は与えられてはいなかったといっていい。」

「役者は芸者と同様、顧客の宴席によばれ、祝儀をもらったのがかれらの舞台外の生活であった。むかしの女形の名優といわれた、元禄の芳沢あやめも、初世瀬川菊之丞も、色子(いろこ)といわれた男娼出であった。なかにはプライドをもって、客の宴席に侍することを潔しとしない者もあったが、一般の風潮ではなかった。かれらはつねに士農工商の四階級の下におかれていたので、芸にはおそろしいほどの真剣味をみせた。幕末の代表的名優、四世市川小団次のごとき者ですら、楽屋へかよう道すがら「誰に遭っても腰を下げ、一々挨拶する中に、下駄の歯入、紙屑拾いなどにも叮嚀に辞儀をし」(『近世日本演劇史』)たといわれる。
 かれらの社会的地位は、非人階級とは、かろうじて区別されたものの、「河原者」として賤民扱いされ、「制外者」といって、階級の外として、人口の計算のなかには入れられなかったのである。明治維新におよんで、これらの社会制度が崩壊したときの、同五年に布達された教部省布達の演劇に関する規制中にも、つぎの一条がみられる。
  一、演劇(しばい)其他右ニ類スル遊芸ヲ以テ渡世致シ候ヲ(よわたるものは)制外者抔ト(にんぐわいのものなどゝ)相唱へ(いやしめ)候従来(これまで)ノ弊風(しくせに)有之不可然儀(よろしからざるぎ)ニ候条自今ハ身(みの)分相応行儀相慎(つつし)ミ営業(とせい)可致事
 天保の改革のときのごときは、人間でないということで、何匹と数えたといわれ、一般社会との交通を遮断され、住居も芝居町の一画に制限され、外出時には編笠を冠るべしといった、種々の制圧のもとにあまんじなければならなかったのである。しかし、施政者がつねにかれらを圧迫しなければならぬほどの民衆の人気者であったという矛盾を三〇〇年近くも背負わされてきたのである。」
「社会生活は、表面上はまことに憤慨にたえないような地位を与えられてきたかれらも、私生活にあっては、立物たちは、さながら大名の生活に匹敵するほどであって、多くの門弟使用人にとりまかれて別荘をいとなみ、舞台のあいだには、酒宴、行楽日をつぎ、金銭を湯水のごとく使いすてたのである。」
「これにたいして恵まれない下級俳優は、病気でもして一興行休むと、ほとんど生活もできぬくらいだということである。役者本位のかぶきであっても、立物のみのかぶきであるところに、一般の生活は保障されていないといわねばならない。」



「第八章 俳優術と演出」より:

「明治維新はすべて、啓蒙からはじまり、幼稚なリアリズムからはじめられた。かぶきの高度な様式は、荒唐無稽な踊りにすぎないとみられた。人々は新しい翻訳劇の真迫性に驚嘆の目をみはった。かぶきの様式などはすべて、なまぬるく、古くさくみえた。お姫さまが、ゼンマイ仕掛けのように首を振りながら、ぞろぞろと裾をひきずって、地上を素足で歩きまわったり、その足のままで御殿に上ったり、また黒衣(くろご)を着けた後見が、芝居の最中に、「合引(あいびき)」(腰掛)をもって出て、俳優に腰かけさせたり、死骸を緋毛氈で隠しながら運んだり、衣裳の袖を孔雀が羽根を広げるように広げてみせたりするのが、いかにも馬鹿げた野蛮で幼稚なものとして目に映ったのである。
 すべてが実利、功利とすすんだ時代であったから、かぶきがモットーとしてきた「慰み」の精神から発したフィクションの美などは、少なくとも当時の指導階級に立つ人々はかえりみる余裕がなかったのである。(中略)その合理主義精神は、かぶきにとっては大きな敵であった。(中略)リアルを追い詰めてきた西欧の演劇が最頂点に達したとき、演劇に関心をもつ来朝者たちが、かぶきをみた驚きは、かぶきが楽に、このリアルの罠にかからずに、演劇の世界を楽しんでいる姿であった。」



郡司正勝 かぶき入門 03




















































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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