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アーサー・シモンズ 『象徴主義の文学運動』 (前川祐一 訳/冨山房百科文庫)

「社会の規則は、通常の人びとのために通常の人びとが作るが、天才は基本的に異常な人間である。詩人は社会と反目し社会は詩人と反目し、これは絶対の敵対関係なのである。」
(アーサー・シモンズ 「ポール・ヴェルレーヌ」 より)


アーサー・シモンズ 
『象徴主義の文学運動』 
前川祐一 訳

冨山房百科文庫 44 


冨山房 
1993年7月14日 第1刷発行
xxiii 239p 
17.3×11cm 並装 カバー 
定価1,000円(本体971円)
装画: 瀬川康男
装幀: 辻村益朗



本書「訳者あとがき」より:

「翻訳の底本としては現在一般に流布している Dutton 版(一九一九年、但し一九五八年再版)を用い、随時一八九九年、一九〇八年版の双方を参照した。「書誌と覚書」は Dutton 版にはないが、シモンズ執筆当時のフランス象徴派詩人たちがイギリス文壇に影響を与えた状況を理解する意味で、一九〇八年版から特につけ加えた。」


Arthur Symons : The Symbolist Movement in Literature, 1899



シモンズ 象徴主義の文学運動



帯文:

「詩人・批評家が衝く
創作と人生の間
“詩歌からあらゆる夾雑物を取り去り、その本質を
決定的に孤立させようとした意図” (小林秀雄)、
象徴主義(サンボリスム)に殉じた表現者列伝」



帯背:

「世紀末の光芒」


帯裏:

「著者 アーサー・シモンズ
英国の詩人・批評家。一八六五年ウェールズ生れ。仏、伊で教育を受ける。英国での象徴主義運動の先駆。詩集に『昼と夜』、『善悪のイメージ』等、評論に『散文と韻文の研究』、『ウィリアム・ブレイク』等、一八九六年ビアズリーを絵画主任に純芸術雑誌「サヴォイ」を創刊・編集。一九四五年歿。

訳者 前川祐一(まえかわゆういち)
一九二六年東京生れ。東京大学英文科卒。立教大学教授を経て、中京大学教授。著書に『マックス・ビアボウム』、『イギリスの世紀末』。訳書にプラーツ『記憶の女神ムネモシュネ』、グリーン『神・人・悪魔』他。」



カバー裏文:

「大正初期の岩野泡鳴訳でわが国の文壇にも多大な影響を及ぼした世界的名著の新訳。文学表現に大革新をもたらした偉才八人の、内面の相貌を捉えた人生の書でもある。「全世界を失っておのれ自身の魂を手に入れた」ネルヴァル、「高貴な魂」リラダン、「永遠の恐るべき子供」ランボー、「多情なる誠実さ」のヴェルレーヌ、「月のピエロ」ラフォルグ、「文学をあまりにも深く愛した」マラルメ、「頭脳そのものが眼」のユイスマンス、そして「神秘家」メーテルランクの個性の核心を、美に満ち直観に富む批評の言で照射している。」


目次:

解題 (前川祐一)

W・B・イエイツに

ジェラール・ド・ネルヴァル
ヴィリエ・ド・リラダン
アルチュール・ランボー
ポール・ヴェルレーヌ
ジュール・ラフォルグ
ステファヌ・マラルメ
後期のユイスマンス
神秘家メーテルランク
結語
書誌と覚書

訳註
訳者あとがき




◆本書より◆


「ジェラール・ド・ネルヴァル」より:

「この章は全世界を失って、おのれ自身の魂を手に入れたひとりの人間の問題を扱う。」

「そうこうするうちにフェラールはパリに出て、ロマン派の友人たちのあいだで、彼らと同様気の向くままにものを書いたり生活したりしていた。「気のいい(ル・ボン)ジェラール」は仲間うちではとりわけ人に好かれたし、存命中から少なからぬ名声を得た。彼はある時はパリで、ある時はヨーロッパのあちらこちらで放浪者の生活をおくったが、これはみずから好んでのことで、友人たちが必要からやむを得ずそんな生活に追い込まれたのと較べればはるかに徹底していた。誰もができるだけ常軌を逸した生活をとそればかりを目的にしていたこの時代に、ジェラールの生活や思想は風変りではあったが、全く正常な多くの人たちのそれに較べて、全体としてとりわけ目立つものとは思われなかった。ただ、ジェラールの生活には気どり(ポーズ)がなかった。だからある日、青い紐の先に大海老(ロブスター)を結びつけてパレ・ロワイヤルにやって来たとき(彼に言わせれば、大海老は吠えないし、海の神秘を知っているからだそうだが)、この幻想家はまさしく自分の幻想を抑える能力を失っていたわけで、モンマルトルのブランシュ先生の精神病院に送られるしかなかった。」

「ジェラール・ド・ネルヴァルは夢を見る人間の理想化された内面生活を生きた。「わたしは人生にすっかり疲れてしまった」と彼は語っている。実にたくさんの夢見る人間が、脳裡に宇宙の光り輝く闇を宿していた。それと同様、彼は自分にとって掛替えのない、誰からも邪魔されることのない孤独を大都会の雑踏の不潔極まる街角に見出した。シバの女王を愛し、七人の神(エロヒム)が世界を分割するのを見てしまったこの詩人が、うつせみの人の世の現実にしかと目覚めたとき、彼には人間のなかでも最も卑しい人たちと一緒にいるほど楽しいことはなかった。なぜならこういう人たちには、貧困や悪徳、さらには文明の耐えがたい圧力さえもが、人間喜劇にともなう快活さの幾分かを残しているからである。現実の世界がつねに自分からは遠いところにあるように感じられたし、深い裂け目の恐怖から彼は知らず知らずのうちに現実のひらひらするスカートにつかまっていたので、中央市場(レ・アル)の酔っぱらいやカルーゼル広場の浮浪者たちのなかに、彼はなにはともあれ現実感と手応えとを見出して、折さえあればそのなかに逃げ込もうとした。ここには文字どおり避難場所としての意味があった。昼間は眠ることができた。が、夜が彼の眠りを覚めさせる。現に月の影響をこうむって狂った人たちには夜が不安感を引き起す、あの不安感が彼の足を歩きまわらせる。もっともそのおかげで彼の心はさまよわずにすむということになるのかもしれない。彼が言うように太陽は決して夢には現れない。けれども夜が近づくにつれて、誰でもこの世界の背後にひそむ神秘の存在を少しは信じようという気になるのではあるまいか。

  Crains, dans le mur aveugle, un regard qui t'epie!

  盲(めくら)の壁のなかに、お前をつけ狙う視線を恐れよ!

と彼は、ソネットの傑作のひとつに書いている。そして、自然に見張られながらこちらからは見えないというこの恐怖が彼から消えたことはなかった。われわれが孤独を求め、同時にそれを避けずにいられないというのは、人間存在につきまとう恐怖のひとつである。孤独に抱き締められると、死を招くその圧力に耐えきれず、逃れれば逃れたで、なつかしさに苛(さいな)まれる。「人間はわれを忘れるときが一番幸せではなかろうか」と或るエリザベス朝の劇作家が語ったが、ジェラールの場合は、忘れなければならないものとして、アドリエンヌ、女優のジェニー・コロン、さらにはシバの女王があった。けれども夢の杯を飲みほしたということは、永遠に忘れられない記憶の杯を飲みほしたことである。過去が、それに末来もが、と彼には思われたのだが、つねに彼につきまとっていた。ただひとつ現在だけが、彼の足もとから絶え間なく逃げていった。」



「ヴィリエ・ド・リラダン」より:

「彼は自分が信じるとおりを生きたのであり、他の人が現実と呼ぶものが彼の意識に一瞬でものぼることがあれば、そのたびに軽蔑をこめてこれに耐えたのである。」

「ヴィリエには、世間一般に用いられている意味での哀感(ペーソス)が欠けている。彼が激しく嫌った言葉で言えば「一般大衆の心に触れる」という、そのことが彼にはどうしてできなかったのかをこれは説明することになる。彼の知性はあまりに抽象的で他人への憐れみが入り込む余地がない。そしてこの憐れみの欠如のために、彼は人間性を外れたところにいるように見える。」

「生涯のいつの時期もヴィリエは貧乏であった。(中略)生涯の大半を、彼はほとんど無名で過した。ヴェルレーヌからメーテルランクまで、近代フランス文学を確立したあの友人仲間には心から愛され熱烈に尊敬されたが、大部分の人からは、少々危険で興味深い狂人だと考えられていた。」

「彼は一生孤独だったが、それは生涯をかけて次の世代の生き方を先取りしていたからである。」



「アルチュール・ランボー」より:

「彼は人間の前途に立ちはだかるあらゆる因襲を飛び越え、切り抜ける。回り道をする時間的余裕もないし、侵入禁止の立看板を尊重する気もなくて、だからこそ文学における「恐るべき子供(アンファン・テリブル)」になり、(中略)ただ面白いというだけで障碍物(しょうがいぶつ)を打ち倒してみたり、精神と行為の両面で自分の野蛮さを最大限に利用する。かくして実生活の彼は、なによりもまず秩序を乱す生活者、作詩法ばかりか社会道徳にも背く反抗者として際立っている。もっとも彼の心情としては、社会道徳などというものも作詩法と同様、どっちみちほとんど意味のないものであったのかもしれない。やがてアフリカの砂漠に姿を消すに及んで、彼の反抗は文明そのものに向けられたように思われる。(中略)が、この反抗は本能的なもので、彼の五体が必要としたものなのだ。何かの信条にもとづいたものでも、世をすねた結果でもないし、一個の信念とか激情から生れたものでもない。」


「ポール・ヴェルレーヌ」より:

「あのサン・ルイ病院に、ある時期わたしは毎週のように彼を見舞に出かけたが、あそこでの彼ほど陽気な病人をわたしは見たことがない。独特の力のこもった、相手を信用し切った口調で、頭に浮んだことを次から次へと話してくれたが、そのときの彼は顔全体が含み笑いをしているようだった。剽軽(ひょうきん)な話題が、何かを思い出したのか、唸ったり、嘆いたり、急に怒りがこみあげたりして中断する。すると彼の表情に陰がさし、あるいはひきつったようになる。げじげじ眉がせわしく上下にゆがむ。と、次の瞬間には突然朗らかな笑いが戻って、その場の空気ががらっと変る。ヴェルレーヌほど自分の気分に敏感だった人はいない。」

「人は経験によって学ぶべきだ、というのは社会にとってはたしかに好ましい。が、芸術家にとっては、そのことの利益は疑わしい。十分にわかっていただくことはできまいが、芸術家は社会とは無関係なので、それは修道僧が家庭生活と関係がないのと同様である。芸術家が社会の規則によって裁かれてはならないし、社会のしきたりを受け容れたからとか拒否したからとかいって、褒(ほ)めも貶(けな)しもされないのだ。社会の規則は、通常の人びとのために通常の人びとが作るが、天才は基本的に異常な人間である。詩人は社会と反目し社会は詩人と反目し、これは絶対の敵対関係なのである。」



「ジュール・ラフォルグ」より:

「彼は人生について真剣に考え、そこで無意識に起る悲しいまでに滑稽なものを見つめている。その態度は、まるで人生というこの喜劇に参加していない人間のようだ。彼には、その芸術を生み出す二重の利点があった。ひとつは早くから死ぬ運命が決っていたこと、もうひとつは、ヴィリエがいみじくも語ったように、「脳髄に一条の月の光を宿してこの世に生を享けた人たちのひとり」だったことである。」


「ステファヌ・マラルメ」より:

「ステファヌ・マラルメは、文学をあまりにも深く愛したがために断片によるほかは書くことのできなかった作家のひとりであった。」
「彼は、つねに絶対という到達不可能なものに達しようとする絶対的な意図と、所詮は文学が文学であるために必要な妥協に対する極度に論理的な軽蔑とのあいだで分裂していた。」

「マラルメはわかりにくかったが、それは彼の表現が他の人びとと異なっていたからではなくて、考えそのものが他とは違っていたからだ。彼の考えは楕円形だった。」



「後期のユイスマンス」より:

「彼にとって世界はつねに心底住み心地が悪く、不愉快で、馬鹿馬鹿しい場所に見えた。そして彼の気質としては、あくまでも嫌悪に耐えながら事細かにこれを究明することが必要であったし、彼の小説手法にとってはほとんど恍惚に近い憎悪をこめてこれを記録することが必要であった。」







こちらもご参照ください:

『心の冒険 ― アーサー・シモンズ短篇集』 工藤好美 訳
ラフカデイオ・ヘルン 『東西文學評論』 十一谷義三郎・三宅幾三郎 譯 (岩波文庫)
アルベール=マリ・シュミット 『象徴主義』 清水茂・窪田般彌 共訳 (文庫クセジュ)
マリオ・プラーツ 『記憶の女神ムネモシュネ』 前川祐一 訳





































































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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