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『ジャン・デュビュッフェ展』 (1997年)

「私の宗教は汎神論なのです」
(ジャン・デュビュッフェ)


『ジャン・デュビュッフェ展』
Jean Dubuffet 1901-1985


編集: 富山県立近代美術館/倉敷市立美術館/福島県立美術館/姫路市立美術館/(株)ブレーントラスト
制作: 印象社
発行: 「ジャン・デュビュッフェ」展カタログ実行委員会 
1997年
223p  
30×22.5cm 並装(フランス表紙)

追加作品1葉/追補・訂正1葉


富山展/富山県立近代美術館
1997年5月10日―6月15日
倉敷展/倉敷市立美術館
1997年6月21日―7月27日
東京展/伊勢丹美術館
1997年7月31日―8月31日
福島展/福島県立美術館
1997年9月6日―10月5日
姫路展/姫路市立美術館
1997年10月10日―11月16日



作品図版153点(うちカラー109点)、写真(カラー)11点、「追加作品」図版(カラー)1点。
巻頭にデュビュッフェ肖像写真(モノクロ)1点、カタログ解説中に参考図版(モノクロ)59点、「ジャン・デュビュッフェと〈生の芸術〉」中に参考図版4点。「追補・訂正」に変更作品図版(モノクロ)1点。


デュビュッフェ展 01


内容:

あいさつ (主催者)
Remerciments

デュビュッフェという真の創造者――序 (小川正隆)
自由の錬金術 (ファブリス・エルゴ)
L'alchimie de la liberté (Fabrice Hergott)

カタログ (アルマンド・ド・トランティニヤン)
 ジャン・デュビュッフェ――はじめに (1901―1942)
 Jean Dubuffet
 第一期 物質の祝福、地面の肖像 (1942―1960)
 Première période; Célébration de la matière, des Portraits aux Sols
 第二期 ウルループの“ユーモアと錯乱の祝祭” (1960―1974)
 Deuxième période; "Fêtes des humeurs et des délires" avec L'Hourloupe
 第三期 記憶の劇場から控訴棄却まで (1974―1985)
 Troisième période; Des Théâtres de mémoire aux Non-lieux

デュビュッフェの道 (大坪健二)
曖昧さと揺らぎの中で――デュビュッフェの《パリ・サーカス》シリーズについて (麻生恵子)
ジャン・デュビュッフェと〈生の芸術(アール・ブリュット)〉 (佐々木千恵)
年譜 (堀宜雄 編)
Biographie et principales expositions
主要文献 (平瀬礼太 編)
Bibliographie



デュビュッフェ展 06



◆本書より◆


「第一期」より:

「夏の間、車で急流に沿って走りながら、「私は、この生き生きとした流れの下にある、石ころだらけの川床や、石ころの上の流れの動きを題材に、絵を描きたいという激しい欲望を感じた。水を描くという考えに、私は強い関心を抱いた。(略)生きたままにこの主題をとらえようと、絵具とスケッチブックを携えてこの地方に戻ってきた」」

「「目下のところ私は、草の茂みや道端の小さな植物たちが与えるうっとりするような装飾に心を奪われている。(略)私は小さなアザミの前で一日を過ごすと、翌日はそこから2メートルばかり離れた場所で日がな一日たたずんでいる」」



「ジャン・デュビュッフェと〈生の芸術(アール・ブリュット)〉」(佐々木千恵)より:

「ところで、〈生の芸術〉だけでなく、子供の美術からも影響を受け、また“未開”美術へも関心を寄せていたデュビュッフェであったが、これらは〈生の芸術〉のカテゴリーから外されている。デュビュッフェの定義を繰り返すと、〈生の芸術〉は、美術的訓練や文化的影響を何ら受けない個人による、イメージを作り出そうという内なる激しい欲求のみによって動機づけられた自発的な創造行為である。この定義に従うと、独自の文化的伝統がある“未開”美術や、真の創造へ向かう精神的深みに欠け、観者から影響を受けやすい子供の美術、また文化的伝統をむしろ模倣しようとするいわゆるナイーヴ・アートは、〈生の芸術〉から除外される。一方、狂気を芸術創造の側面から積極的に肯定するデュビュッフェは、狂気の生み出す他者や世界からの疎外が、内なる現実を探究するよう作家を駆り立て、それが作家の独自性を生み出す点を評価している。「狂気は、慣習によって押しつけられている現実の視点に立つことの拒否を表して」おり、それが作家を独自で新たなシステムの構築へ導く。「芸術家は、自らに架された押しつけの宇宙を欲さず、それと平行する宇宙を自らの手で作り出す者である。それこそが狂気の定義なのである」。」


デュビュッフェ展 02


「急流」(1953年8月)。


デュビュッフェ展 03


「青白い顔のお嬢さん」(1958年5月)。


デュビュッフェ展 04


「導火線男」(1958年11月)。


デュビュッフェ展 05


「四人の人物」(1961年2月)。


デュビュッフェ展 08


「プチ=シャン通り(ボンバンス)」(1962年7月3日)。


デュビュッフェ展 07


追加出品「よく眠る女」(1950年5月)。




こちらもご参照ください:

服部正 『アウトサイダー・アート』 (光文社新書)




































































































































































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難破した人々の為に。

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