『吉田健一対談集成』 (小沢書店版)

2012年8月25日。


「社会というのはあるかないか、どちらかですよ。いい社会とか悪い社会とかじゃない。あるかないかだ。そうすると、いまのところまだ日本に社会はない。」
(吉田健一)


『吉田健一対談集成』

小沢書店 1998年2月20日初版第1刷発行/同年4月30日初版第2刷発行
467p 初出一覧1p 口絵i
四六判 丸背紙装上製本 カバー 定価3,800円+税



本書が出てから10年後の2008年に講談社文芸文庫の一冊として同タイトルのものが刊行されていますが、それは本書を底本としつつも、内容は大幅に縮小されています。私がよんで興味深くおもったのは、占い師の藤田小女姫との幽霊談義ですが、それは文庫版では割愛されています。父親である吉田茂を交えた鼎談では、吉田健一が吉田茂を「パパ」と呼んでいたことがわかって興味深いですが、それも割愛されています。本書所収対談17篇のうち、文庫版には9篇が取られていて、文庫化における増補はありません。
なお、本書は新潮社の『吉田健一集成』同様、普通に保存していても必ず背が褪色するので、キレイな本を持っている人は、今のうちに黒い紙で包んで、日の当らない奥の方に隠しておくとよいです。


吉田健一対談集成1


帯文:

「あの笑い声が聞こえてくる
ユーモアと幻想味あふれる不思議な文学世界。
酒を嗜み、怪物を愛した、最後の紳士。
充実した時を優雅に過ごす人間のあり方を語る
絶妙の対話録。はじめての単行本化。」



帯背:

「ギネス片手に抱腹歓談
あの笑い声が甦る!
吉田健一
初の対談集成」



「あの笑い声」とかいわれても、「知らんがな」としか言いようがないです。


吉田健一対談集成2


目次 (*印は講談社文芸文庫版に収録):

親子対談 (吉田茂・河上徹太郎)(「改造文芸」 創刊号 1949年7月)
イギリスの生活を語る (小池厚之助・松方三郎・河盛好蔵)(「あるびょん」 第二号 1949年10月)
思い出の学生生活 (高津春繁・池田潔・志村精一・福原麟太郎)(「あるびょん」 第六、七号 1951年4、6月)
イギリスの文学について (阿部知二・中野好夫)(「あるびょん」 第十五号 1952年11月)
イギリスの旅に拾う (福原麟太郎・小川芳男)(「あるびょん」 第二十一号 1953年11月)
問答有用 (徳川夢声)(「週刊朝日」 1954年3月7日号) *
『やァこんにちわ』 (近藤日出造)(「週刊読売」 1954年11月28日号) *
幽霊は生きている (藤田小女姫)(「中央公論」 1958年8月号)
文学・文壇・文士 (河上徹太郎)(「早稲田文学」 1959年3月号) *
尾崎士郎と火野葦平 (高橋義孝)(『日本の文学 第51巻』 月報53 中央公論社 1968年6月 原題「士郎・葦平を語る」)
空虚な時代 (高橋義孝)(「自由」 1971年5月号)
恋愛小説のご注文ありませんか (池島信平)(「新刊展望」 1971年5月号 原題「おやじは乱世の政治家」) *
二十世紀と文学 (佐伯彰一)(「文芸」 1971年8月号) *
世紀末を語る (河上徹太郎)(「自由」 1972年5月号) *
読むこと書くこと (丸谷才一)(「波」 1972年12月号) *
東京の昔 (佐多稲子・池田彌三郎)(「中央公論」 1974年8月号) *
時代を生きる (河上徹太郎)(河上徹太郎 『現代日本のエッセイ 都築ヶ岡から』 毎日新聞社 1975年4月) *

対談集によせて (吉田暁子)
初出一覧




本書より:

「河上: だけど宗教家といっても、スピノザっていうのを二、三日前に読んでたんだけど、あんなにおもしろい人いないね。あれ、一種の世紀末だね。神さまが、おれは地球は、この世は、美しいと思うと言うんだよ。ところがスピノザいわく、だけど神さまは毎日毎日(中略)努力してつくっていって、七日目に至ってこれでよしって言ったのだけど、おれはその七日目しか認めないって言うんだ。これは世紀末的表現だね。
吉田: そんなことをスピノザが言ったのですか、実は読んだことないんだ。(笑)
河上: だからおれも孫引きだけどね。スピノザがそう言った。だからあいつそんなことじゃ原稿で食えないんだよ。めがねの玉ふいてそれで食ってたんだよ。
(中略)
たとえばこんなこと言ってるんだ。石をぽんとほうり上げて落ちてくるその石に、おまえは地球の引力で落ちるかどうかと聞いたら、石は私の自由意志で落ちるって言うだろうって。自由意志。これも君、世紀末だよ。
吉田: いまのは美しいことばだった。そう言ったのですか、石が。
河上: いや、スピノザが言ったんだよ。(笑)
吉田: 代弁したんでしょう。石は黙して語らないから。かわいい石だね。」
(「世紀末を語る」より)

「吉田: 日本はまだ社会があるというところまでいっていない。明治以前は明らかにあった。でも、それは壊しちまった。(中略)社会というのはあるかないか、どちらかですよ。いい社会とか悪い社会とかじゃない。あるかないかだ。そうすると、いまのところまだ日本に社会はない。」
(「読むこと書くこと」より)

「佐伯: ただ結果としては、明治維新で過去とすっかり断絶したということはよく言われるんですけれども、僕にはどうしてもそうは思えない。それは意識的な面というか、強いて理論化する面では、たしかに断絶は生じたと思いますが。
吉田: 第一重宝だしね、そう言っておくと。
佐伯: ということは逆に無意識というか、もう少し下の面では、むしろつながっている面のほうが非常に多いんじゃないかと。
吉田: それはそうですよ。僕は意識的にだって、断絶というのはこのごろぜんぜん認めなくなっちゃいましたよ。どこが断絶なのかわかりませんね。そんなこというなら、いきなりシナから漢文学かなにか入ったときだって、断絶と思った人間だっているかもしれない。だけれどそんなことなかったでしょう。その程度だと思うんですね。」
(「二十世紀と文学」より)

「吉田 だいたい、ベスト・セラーは買わなきゃならない、という心理がおかしいんだ。(中略)昔は好きでなきゃ買わなかった。読まなかった。好きがすべての初めであり、終りでしょうからね。
河上 うん。」
(「文学・文壇・文士」より)

「藤田 なんかおききになることはありませんか?
吉田 ぼくは運命は神々の手にありというんです。ぼくはもう死ぬ年まできめちゃったんです。ぼくにも霊感があったんです。それはもうきまってるんです。」
(「幽霊は生きている」より)



ところで、対談での吉田健一の一人称は「ぼく」、「わらわ」「われら」、河上徹太郎との対談では「われ」などになっています。
佐伯彰一との対談では、

「わが国の言葉は第一人称というのはあまり使いませんからね。だから自分なんていう言葉も出てこないけれども、ただ一人称がないということ、あれはご承知のように、ギリシャ語だってラテン語だってないんですよ。よほどでなければ、エゴとかなんとかいう言葉は使いませんよ。(中略)あれはだからけっしてわが国だけが「自我」に乏しいなんていうことには、あいにくなりませんよ。しかもそれで私はだの僕だのが出てきちゃって、まあこのごろ使うけれどさ、あれ使わずに書けるんですよ。僕使わないもの、このごろ、この十何年か。」

と(使うのか使わないのかどっちなのかよくわかりませんが)ヘリクツを言っています。ようするに一人称が苦手だったのでしょう。
吉田健一は文章では「私」のかわりに「こっち」というのを使います。「こっち」とか「わらわ」とかを使うのは、オタクの人が「拙者」を使ったりするのと同じだと考えてよいです(※1)。
吉田健一は取り巻きの人たちから「優雅」な「紳士」などと持ち上げられていますが、「不具」「気違い」といった言葉を罵倒語として多用し、河上徹太郎に「なんだよォ。一人称がはっきりしないから、君のいうことはなんにもわからないよ」とたしなめられ、なんかの会で一生懸命演説している人を「あのバカ、まだやってる」などと嘲りながら「あの」笑い声でケラケラ笑って磯田光一を困らせ(※2)、初対面の背の低い川村二郎(ドイツ文学)にずけずけと背の低さを指摘して後々まで根にもたれてしまうような人だったことはたいへん興味深いです。

※1 それとは別に、吉田健一が愛読したウッドハウスが最近になってようやく日本でも受け入れられるようになったのは、「オタク」の人たちの「執事萌え」のおかげだといってよいです。
※2 磯田光一「中央大学の吉田さん」(集英社版吉田健一著作集月報第11号掲載)。


























































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