巖谷國士 『封印された星』

「もしほんとうに純粋なシュルレアリスムを貫いて生きるとしたら、いまごろ生きているはずはないと思うんですがね、三十年くらい前に死んでいると思います」
(瀧口修造)


巖谷國士 
『封印された星』

瀧口修造と日本のアーティストたち

平凡社 
2004年12月5日初版第1刷発行
368p 口絵(カラー)7p 
A5判 フランス装 本体カバー 函 
定価3,800円+税
装幀・デザイン: 桜井久
編集: 清水壽明



本書「後記」より:

「I は瀧口修造論の集成。(中略)どれも与えられたテーマにそって、私的な回想をまじえながら自由に書いているエッセーなので、伝記的・年代記的なデータを補うために、末尾には「瀧口修造小事典」をおさめることにした。
 II は生前の瀧口修造を通じて知りあうことのできたアーティストたちをめぐるテクストの集成。」
「III は瀧口修造の没後、さまざまな機会に交流することのできたアーティストたちを語るテクストの集成。」
「IV は亡くなったアーティストたちにささげたエッセーの集成で、追悼文も一、二ふくまれる。最後の四人はいわゆるアーティストではないが、いずれも美術とふかくかかわっていた人々、瀧口修造と交友関係をもっていた人々、アーティストに通じる「目」の方法や「物」の感覚をそなえていた人々である。」
「多かれ少なかれプライヴェートな動機をふくんでいるエッセーの集成なので、II、III、IV でとりあげた方々についても伝記的・年代記的なデータを補うべく、巻末に「名鑑」を設けてある。これについては編集部の用意した原稿がもとになっていることを申し添えておく。」



本文中図版(モノクロ)多数。


巌谷国士 封印された星01


「BOOK」データベースより:

「★瀧口修造の〈星〉――
★現代美術の〈星〉宇宙
瀧口修造とシュルレアリスムの流れを汲む32人のアーティストたち――
そのさまざまな作業と作品を、ひとりのシュルレアリストの「目」が読み解いてゆく!
著者30年にわたる滝口修造論・美術家論の集大成。」



函は貼函ではなく黒い厚紙製で、瀧口修造のデカルコマニー作品を印刷した長方形の紙が貼付されています。


巌谷国士 封印された星02


目次 (初出):

I
瀧口修造
 リバティ・パスポート 1 (改題 「みずゑ」 1979年9月号 美術出版社)
 三年ののち (第二回オマージュ瀧口修造展 「妖精の距離」 カタログ 1982年7月3日―22日 銀座佐谷画廊)
 ある瀧口修造展 (改題 「マリ・クレール」 1985年9月号 中央公論社)
 人・光線―瀧口修造とマン・レイ (第九回オマージュ瀧口修造展 「マン・レイ――オブジェを中心に」 カタログ 1989年7月3日―22日 銀座佐谷画廊)
 瀧口修造とアンドレ・ブルトン (第十三回オマージュ瀧口修造展 「アンドレ・ブルトンと瀧口修造」 カタログ 1993年7月5日―31日 銀座佐谷画廊)
 瀧口修造のデカルコマニー (「太陽」 特集・瀧口修造のミクロコスモス 1993年4月号 平凡社)
 リバティ・パスポート 2 (「現代の眼」 2003年10―11月号 東京国立近代美術館)
 瀧口修造小事典 

II
加納光於
 「運動」――旅人たち (第三回オマージュ瀧口修造展 「加納光於――瀧口修造に沿って」 カタログ 1983年7月4日―二十三日 銀座佐谷画廊)
 Illumination 頌 (『加納光於色彩版画集 Illumination-1986』 および同展カタログ 1986年6月刊 銀座ギャラリー上田)
中西夏之
 中西夏之の作業・作品 (中西夏之展 「紫・むらさき―Painting」 カタログ 1983年4月4日―28日 雅陶堂ギャラリー竹芝)
 「波打際」の思考 (「朝日新聞」 1985年8月3日夕刊)
岡崎和郎
 哲学とユーモア (岡崎和郎展 「HISASHI」 カタログ 1989年3月6日―4月8日 横田茂ギャラリー竹芝)
池田龍雄
 宇宙の卵、絵画の卵 (池田龍雄編著 『梵 BRAHMAN―非連続の連続』(私家版) 1984年5月1日刊 迷宮の会)
野中ユリ
 自我の集中と払散について (改題 「美術手帖」 1974年3月号 美術出版社)
 イリュミナシオン・イリュミネ (改題 「小原流挿花」 1976年2月号 小原会館)
 結晶のような…… (2002年7月1日執筆 未発表)
合田佐和子
 ナイルのほとりで (「朝日新聞」 1988年1月8日朝刊)
 見ることの自由と不思議 (合田佐和子展 「記憶ファンタジー」 パンフレット 2003年12月1日―26日 名古屋中京大学C・スクエア)
四谷シモン
 聖シモンとその自動人形 (澁澤龍彦編 『四谷シモン 人形愛』 1985年6月刊 美術出版社)
 密室の分身 (「朝日新聞」 1985年8月3日夕刊)
上野紀子/中江嘉男
 チコの望遠鏡 (『突然変異達 MUTATIONS』 しおり 1998年2月27日刊 N&Y STUDIO)
平沢淑子
 平沢淑子展のために (平沢淑子展カタログ 1983年9月2日―24日 曙橋フジテレビギャラリー)
高梨豊
 オリーヴの木の下で (2002年3月30日執筆 未発表)

III
秋山祐徳太子
 ポップ・ペーソス (秋山祐徳太子著 『通俗的芸術論 ポップ・アートのたたかい』 しおり 1985年7月20日刊 土曜美術社)
荒木経惟
 大洪水のあと (改題 荒木経惟写真集 『花陰』 1996年6月刊 経堂ギャラリー・イヴ/ジャテック出版)
渡辺兼人/金井美恵子
 写真の入った小説――既視の街 (「現代詩手帖」 1981年3月号 思潮社)
金井久美子
 Kumiko・K の部屋 (改題 金井久美子テンペラ画展パンフレット 1987年5月25日奪取6月10日 渋谷アートスペース美蕾樹)
桑原弘明
 小さな世界のために (桑原弘明オブジェ展 「手のひらの夢」 パンフレット 1995年12月15日―二十八日 渋谷アートスペース美蕾樹)
 小さな旅のために (桑原弘明オブジェ展 「箱の中の世界」 パンフレット 1997年1月17日―31日 渋谷アートスペース美蕾樹)
 小さな庭のために (桑原弘明オブジェ展 「scope」 パンフレット 2000年10月16日―11月11日 名古屋中京大学C・スクエア)
島谷晃
 謎のまなざし (鳥谷晃展パンフレット 1992年10月29日―11月24日 経堂ギャラリー・タガ)
山下清澄
 ノスタルジア――共通の場所 (巖谷國士編 『山下清澄 ノスタルジア』 1985年12月12日刊 美術出版社)
河原朝生
 ノスタルジア (『河原朝生画集』 1994年6月5日刊 求龍堂)
 長い長い時間 (河原朝生作品展パンフレット 1999年11月8日―12月4日 経堂ギャラリー・イヴ)
梅木英治
 どこかで見たことがある…… (梅木英治版画集 『日本幻想文学集成版画集』 1998年2月15日刊 ガレリア・アンダンダ)
大月雄二郎
 ビッグ・ブルー・ムーン (2003年2月9日執筆 未発表)
伊勢崎淳
 伊部のアトリエで (改題 「備前 伊勢崎淳作陶展」 カタログ 1990年4月12日―17日 新宿伊勢丹美術サロン)
 備前焼とモダン・アート (改題 「山陽新聞」 2004年7月18日朝刊)

IV
瑛九
 瑛九の私設ユートピア (『瑛九・銅版画SCALE IV』 1983年5月刊 林グラフィックプレス)
岡本太郎
 いま考えてみると…… (「ユリイカ」 岡本太郎特集 1999年10月号 青土社)
池田満寿夫
 手抜きがアート (「朝日新聞」 1987年7月13日朝刊)
 松原のアトリエ――過激な暇 (「池田満寿夫の世界」展カタログ 1988年8月22日―10月4日 世田谷文学館)
吉村二三生
 一語一会「たまらねえな!」 (「朝日新聞」 2002年8月28日夕刊)
堀内誠一
 ある種の鳥人 (『堀内さん』 1989年8月17日刊 堀内事務所)
 110人のイラストレーターたち (「ほるぷ図書新聞」 第四六七号 1984年9月1日)
澁澤龍彦
 『裸婦の中の裸婦』をめぐって (澁澤龍彦・巖谷國士著 『裸婦の中の裸婦』 1990年1月刊 文藝春秋)
土方巽
 不世出の「物」 (「現代詩手帖」 土方巽追悼特集 1986年3月号 思潮社)
 二冊の不思議な書物 (改題 「朝日新聞」 1987年2月二十三日朝刊)
石子順造
 キッチュの毒性 (改題 「朝日新聞」 1986年6月10日朝刊)
武田百合子
 見る人としての武田百合子 (文藝別冊 『武田百合子』 2004年2月29日刊 河出書房新社)

名鑑
初出一覧
後記



巌谷国士 封印された星03



◆本書より◆


「リバティ・パスポート 1」より:

「私的なメッセージを重視し、関係を維持し浸透してゆくということが、宙吊りの生き方をえらぶ瀧口修造にはふさわしかった。
 たとえばシュルレアリスムをめぐる氏の発言は、いつも私的で暗示的なものだった。とくにアンドレ・ブルトンについてはいわゆる論じることをせず、暗示し喚起するばかりにとどまった。」
「氏はなにも完成させようとせず、宙吊りにすることをえらんだ。」



「瀧口修造とアンドレ・ブルトン」より:

「それは、トワイヤンのビュランによるアンドレ・ブルトンの肖像だった。細長い二等辺三角形のなかにくっきりと描かれたブルトンの横顔の上に、二羽の美しい鳥がうかんでいる。一方は結晶の鳥、他方は炎の鳥である。(中略)僕もこの絵のことを思いうかべていたんです――というと、瀧口修造はまたにっこり笑って肯き、しばらくそれを眺めてからこういった。「ほらね、とてもいい絵です。おわらないものは、いつだって宙吊りなんですよ」と。」


「瀧口修造小事典」より「声」:

「その話し声はひそやかだった。綾子夫人につられてそうなったという説もあるが、もともと声を張りあげることを好まなかったようだ。耳を近づけてもよく聴きとれないことが多かった。それでいて話は何時間もつづき、しかも、別のレヴェルでのコミュニケーションがみごとに成り立った。笑い声も小さかったが、かすかに肩をゆすり、心から愉しんでいることが伝わった。ごくたまに激することもあったが、それは川端康成の選挙応援とか、三島由紀夫の日本刀をもつ褌姿などに対してであって、周囲に集まる友人たちに対してではなかった。」


「「波打際」の思考」より:

「「人は最初どのように絵を描くだろうか。最初の人はどのように絵を描いただろうか」と中西夏之は問う。」


「自我の集中と拡散について」より:

「いつもあやうい甘さをたたえて、修行者ふうの、「少年」ふうのストイシズムをつらぬく野中ユリの作業は、ある絶対をもとめている。ある極限への待命状態にあるといってもいい。個の意識をもはやのこさない完全白、「宇宙白」を待つあいだ、実体のイメージは非充足のなかでたゆたう。憧憬と陶酔のなかで味わうたそがれの薄片界の憩いである。」


「聖シモンとその自動人形」より:

「「状況劇場」時代のシモンは芝居を通じて自動人形を、人間人形を、体現していたともいえる。肉のはなやかさとけだるさと、物の冷たさとぎくしゃくした動きをあわせそなえていた女形シモンは、観客に快美なアナーキーを味わわせつつ、同時になにか人間をフィクションに変えてしまうような客観性を示していた。彼の演技に特有のむなしさは、彼のもとめる人間としての人形のありかたを、もしかしたら先どりしていたのかもしれない。」

「十何年ぶりかで舞台に立つ名女形はメイクアップの最中だった。(中略)だんだん人形に似てくる。」
「それから舞台にあらわれたシモンは、思いがけず異様な存在感を示した。若い役者たちの汗みずくの演技とはどうやら次元がちがうのである。人間は人間だと思いこんでひたすら頑張っているやつと、人間は人間ではないことを知って自分を外から動かしているやつとでは、勝負にならない。大きな頭と、淫らで無表情な顔と、ぎくしゃくした動作と、不真面目なようで真面目な早口とで、シモンはあざやかに人形人間の幻をつくってゆく。ほとんど異星人の出張サーヴィスのようである。」



「見る人としての武田百合子」より:

「いまは何かにつけて、物を意味だとか機能だとかにむすびつけて、ある種のパターンに分類して見たり、情報やメッセージに翻訳して見ることが強制され、教育されているような時代です。でも、物の見え方にも見方にも、個人差があるはずですね。みんながおなじようなものをおなじように見るという世界は最低です(笑)。視力の弱い人間でも、視覚障害のある人間もふくめて、見ることの権利と自由がほしい。」

「ある種のポップ・アートを思わせる何か。(中略)資本主義社会のパターンをえらぶポップではなくて、逆にそういうところから逃れて抵抗している物たちのポップです。ときにはキッチュに見えるような、懐かしいような切ないような、へんてこな物たち。(中略)それらはたいていの場合、徐々に失われてゆく前時代的な物たちなんで、武田百合子さんの本のなかには、どこを叩いても、流行のものとか、アメリカ的・ブッシュ的な意味でポップなものなどありません。ついでに気どったものや権威的なものも、たちまちただの物に還元されてしまいます。」
「物が見えちゃうと、この時代の現実に抵抗せざるをえないのかもしれない。写真に通じる目の方法で、見ることの自由をつらぬいてゆくことで、世界をパターンで説明したり画一化しようとしたりする者たちに、断乎として反抗しています。一種、ゲリラ的でもありますね。」
「見ることによって何かに従属することをこばむ生き方、それを美しくできたというところが高貴なんです。」










































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本