オリバー・サックス 『妻を帽子とまちがえた男』 (高見幸郎・金沢泰子訳/晶文社サックス・コレクション)

「ナイジェル・デニスはこう書いている。「かくして、天才少女から天才がとりのぞかれておわった。あとに何ものこらなかった。ただひとつの優れた点はなくなり、どこをとっても人なみ以下の欠陥ばかりとなった。こんな奇妙な治療法を考えつくとは、いったいわれわれはどういう人間なのか?」」
(オリバー・サックス 『妻を帽子とまちがえた男』 より)


オリバー・サックス 
『妻を帽子とまちがえた男』
高見幸郎・金沢泰子 訳

サックス・コレクション

晶文社 1992年1月30日初版/2006年5月5日27刷
398p 参考文献x 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,840円+税
ブックデザイン: 日下潤一
カバー絵: 南伸坊
Oliver Sacks : The Man Who Mistook his Wife for a Hat, 1985



本書はハヤカワ文庫版も出ていますが、ヤフオクで安かったので(100円+送料)単行本を購入してみました。


サックス 妻を帽子とまちがえた男1


カバーそで文より:

「病気について語ること、それは人間について語ることだ――
 妻の頭を帽子とまちがえてかぶろうとする男。日々青春のただなかに生きる90歳のおばあさん。記憶が25年まえにぴたりと止まった船乗り。頭がオルゴールになった女性……
 脳神経に障害をもち、不思議な症状があらわれる患者たち。正常な機能をこわされても、かれらは人間としてのアイデンティティをとりもどそうと生きている。心の質は少しも損なわれることがない。
 24人の患者たち一人一人の豊かな世界に深くふみこみ、世界の読書界に大きな衝撃をあたえた優れたメディカル・エッセイ。」



目次:

はじめに

第一部 喪失
1 妻を帽子とまちがえた男
2 ただよう船乗り
3 からだのないクリスチーナ
4 ベッドから落ちた男
5 マドレーヌの手
6 幻の足
7 水平に
8 右向け、右!
9 大統領の演説

第二部 過剰
10 機知あふれるチック症のレイ
11 キューピッド病
12 アイデンティティの問題
13 冗談病
14 とり憑かれた女

第三部 移行
15 追想
16 おさえがたき郷愁
17 インドへの道
18 皮をかぶった犬
19 殺人の悪夢
20 ヒルデガルドの幻視

第四部 純真
21 詩人レベッカ
22 生き字引き
23 双子の兄弟
24 自閉症の芸術家

訳者あとがき (高見幸郎)

参考文献




◆本書より◆


「からだのないクリスチーナ」より:

「しかし、クリスチーナがつらそうに、ぎこちない動作でバスに乗ろうとすると、理解のない、腹立たしげな罵声があびせられるばかりである。「いったいどうしたんだ、目が見えないのか。それとも酔っぱらっているのかい?」 彼女はどう答えたらいいのだろう。「固有感覚がないのです」とでも言えというのか? 同情も援助も得られないこと、これもまた辛い試練だった。障害をもっているのに、それが表にはっきり現れないからだ。彼女は盲目でもないし、身体が麻痺しているのでもない。表むきはなんともないのである。だから往々にして、嘘つきか馬鹿のように思われてしまう。われわれの社会では、外から見えないかくれた感覚に障害がある人たちにも、同じことがおきているのである。」


「双子の兄弟」より:

「二人のまわりには、ふしぎに満ちたりた雰囲気と、ある種の静かな安らぎがただよっていた。そして、その安らぎを邪魔したりこわしたりしたら悲劇を招きかねないと思われたほどだった。どれほど奇妙でおかしくても、これを「病的」と言ってはならない。われわれにはそう呼ぶ権利などないのである。
  しかしこの平和は、それから十年後にかき乱され、こわされた。二人を引きはなすべきだ、それが「彼ら自身のためになる」と考えられたのだ。「二人だけの不健全なまじわり」はやめさせるべきで、「もっと外の世界に接しなければ、しかるべき社会性がつかない」と考えられたのである(これは、当世の医学や社会学のきまり文句である)。こうして兄弟二人は(中略)引きはなされた。(中略)彼らは、数についてのあのふしぎな能力を失ってしまったように思われる。そしてそれとともに、生の喜びや生きているという感覚もなくなっていったようにみえる。だがこうしたことは、彼らがなかば独立できて、社会的に人なみになれたのだから、代償としては些細なものだと考えられたのである。
 この処置を聞いて思い出されるのは、ナディアにたいしておこなわれた処置である(ナディアは、スケッチにすばらしい才能をもった自閉症の子供である)。ナディアもまた、「スケッチ以外の面での能力が最大限に発揮されるような道を見いだすべく」否応なく治療体制に従わせられた。その結果はどうだったか? ものをしゃべるようにはなったけれど、スケッチはぴたりとやめてしまった。ナイジェル・デニスはこう書いている。「かくして、天才少女から天才がとりのぞかれておわった。あとに何ものこらなかった。ただひとつの優れた点はなくなり、どこをとっても人なみ以下の欠陥ばかりとなった。こんな奇妙な治療法を考えつくとは、いったいわれわれはどういう人間なのか?」」



「アイデンティティの問題」より:

「ウィリアムをふたたびつなぎ合わせようとしたわれわれの努力は、すべて失敗した。ますます作話へ駆り立てるだけの結果となった。しかし、われわれがあきらめて彼のそばからはなれると、ときおり彼は、病院の静かでおだやかな庭へとはいってゆく。そして静寂のなかで、自分自身の平静をとりもどすのである。他人がいると、彼は興奮してしゃべることになる。アイデンティティを見つけようとして際限なくしゃべり、陽気な非現実の混迷状態にみずからを追いこんでしまう。植物、静かな庭、人間のいない世界では、対人関係に気をつかう必要はない。だから彼は、アイデンティティの混迷状態から脱し、興奮状態から解放され、くつろいで平静になれるのだ。静寂と、十全にして満ち足りた雰囲気、しかもまわりはすべて人間以外のものばかりとあって、はじめて彼は静穏と充足感を味わうのである。人間のアイデンティティだの人間関係だのはもはや問題ではなくなり、あるものはただ、自然との、ことばによらない深い一体感である。そしてこの一体感を通じて彼は、この世に生きていること、偽りのない真正な存在であることを感じとるのだ。」


「自閉症の芸術家」より:

「自閉症の者は、抽象的・範疇的なものには興味を抱かない。具体的なもの、個々のひとつひとつが大事なのである。(中略)彼らの世界は具体的な個々の物で成りたっている。したがって、彼らはユニバース(単一の世界)に住んでいるのではなく、ウィリアム・ジェイムズのいうマルチバース(複合世界)に住んでいる。確固とした強烈な無数の「個」でできた世界なのである。それは、「一般化」することや科学的な考え方とはまったく正反対な心のありかたである。しかし、ありようこそちがうが、これだって同じようにリアルな現実的態度なのである。」

「「誰ひとり、島のように孤立して存在することはできない」とダンは書いた。しかし、自閉症とはまさにそのような存在なのである。本土からきり離され孤立化した島のような存在である。」
「本土から切り離され、「島」のような存在でいることは、必然的に「死」を意味するのだろうか? それは「ひとつの死」かもしれないが、かならずしもまったくの死ではない。なぜなら、他の人々や社会や、文化との「水平的」つながりは失われていても、生き生きとして強力な「垂直的」なつながりは存在しうるからだ。つまり、他人の影響や接触はなくても、現実や自然とのあいだに直接的なつながりをもつことはできるのだ。ホセはそれをもっていた。彼の知覚はおどろくほど鋭く、描くものは直接的で明晰だった。まわりくどい曖昧さはかけらほどもない。そこにあるのは、他からの影響をうけない岩のような力である。」



サックス 妻を帽子とまちがえた男2


上の図版は、患者を治療しようとする試みが、患者の生き生きとした想像力を殺す結果になってしまうことを示しています。著者が描いた絵(四角の中に丸、その中に×印)を見せて、それと同じ絵を描くように言うと、果物が入っている箱(右ページ)や上昇する凧(左ページ上)を描いたが、鎮静剤を投薬すると、

「今度は正確ではあるが平凡に、もとのかたちよりすこし小さくそれを写した。その絵には、前の二つにあったような面白さも動的なところもなく、想像力も感じられなかった。「なんにも見えなくなっちまった」と彼は言った。「前はとても本当らしく、生き生きと見えたのに、治療をうけると何もかも死んだみたいに見えるのかなあ」」(「キューピッド病」より)


「キューピッド病」より:

「病気は幸福な状態で、正常な状態に復することは病気になることなのかもしれないのだ。興奮状態はつらい束縛であると同時に、うれしい解放でもあるのだ。しらふの状態でなく酩酊状態にこそ、真実が存在するのかもしれないのである。」



こちらもご参照下さい:
エドワード・リア/エドワード・ゴーリー 『ジャンブリーズ』






































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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